JP6930446B2 - 硬質皮膜、硬質皮膜被覆工具及びその製造方法 - Google Patents

硬質皮膜、硬質皮膜被覆工具及びその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、優れた潤滑性を発揮する(AlCrB)N硬質皮膜、硬質皮膜被覆工具及びその製造方法に関する。
被削材を高送りや高速で切削加工する工具や、過酷な成形条件に用いる金型等を長寿命化するために種々の硬質皮膜が提案がされている。
特開2005−330539号公報(特許文献1)は、基材の表面に、組成式:(Al1−xCr)(N1−yにおいて0.35≦x≦0.65、0.03≦y≦0.3及び0.8≦z≦1.2を満たす硬質膜を被覆した耐摩耗性被覆部材を開示している。
特許第3640310号(特許文献2)は、(AlCr1−x−ySi)(N1−α−β−γαβγ)、但し、x、y、α、β及びγは夫々原子比率を示し、0.45<x<0.75、0<y<0.20、0≦α<0.12、0≦β<0.20、0<γ<0.25からなる組成の硬質皮膜を開示している。
特許第5331210号(特許文献3)は、AlαCrαN[但し、Xは結合状態がSP2又はSP3の混成軌道のBNで、10分子以上からなる直径が1〜1000nmの範囲内の塊であり、アモルファス状態のBN、又はcBN、hBNの少なくとも一方の結晶を含むもので、αは周期律表のIVa族、Va族、VIa族(Crを除く)、B、C、Si、Yの中の一種類以上の元素であり、a、b、c、dはそれぞれ原子比で、0.35≦a≦0.76、0.12≦b≦0.43、0.02≦c≦0.20、0≦d≦0.20の範囲内であり、かつAlに対するCrの原子比の割合(b/a)が0.25≦b/a≦0.67の範囲内でアルミニウムリッチであり、a+b+c+d=1である。]からなる硬質皮膜を開示している。
特許第5684829号(特許文献4)は、3.5Pa及び500℃のN雰囲気中で陰極アーク蒸発(アークイオンプレーティング法)によりfcc構造のAlCrBN皮膜を形成(段落0014)している。
特開2005−330539号公報 特許第3640310号公報 特許第5331210号公報 特許第5684829号公報
上記従来技術に記載のとおり、AlCrNにBを添加することにより、高硬度の硬質皮膜が得られる。しかし、昨今の過酷な長寿命化の要求を満たす硬質皮膜を得るには、硬質皮膜の硬度向上による耐摩耗性の向上だけでなく、硬質皮膜の潤滑性の向上による耐チッピング性、耐摩耗性の向上が必要である。従って、上記要求を満たす新たな(AlCrB)N皮膜及び当該皮膜を被覆した切削工具が求められている。
従って、本発明の目的は、従来より優れた潤滑性を発揮し、もって長寿命で高性能な(AlCrB)N硬質皮膜、当該硬質皮膜を基体上に形成した硬質皮膜被覆工具及びその製造方法を提供することである。
本発明の硬質皮膜は、(AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)で表される組成を有し、X線回折パターンがfccの単一構造を有することを特徴とする。
上記の硬質皮膜において、X線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であるのが好ましい。
本発明の硬質皮膜被覆工具は、前記硬質皮膜を基体上に形成したことを特徴とする。
本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法は、(AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)で表される組成を有し、X線回折パターンがfccの単一構造を有する硬質皮膜を基体上に有する硬質皮膜被覆工具をアークイオンプレーティング法により製造する方法であって、アーク放電式蒸発源(ターゲット)として酸素含有量が2000〜4000μg/gのAlCrB焼結体合金を用いて、全圧2.7〜3.3Paとした窒素ガス雰囲気中において、400〜550℃の温度に保持した前記基体上に前記硬質皮膜を形成することを特徴とする。
上記製造方法において、前記硬質皮膜においてX線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であり、かつ前記基体に−160V〜−100Vのバイアス電圧を印加するのが好ましい。前記バイアス電圧として直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧が好ましい。
上記製造方法において、前記ターゲットの金属元素及び半金属元素の組成がAlαCr1−α−ββ(ただし、α、1−α−β、及びβはそれぞれAl、Cr及びBの原子比であり、0.4≦α≦0.8、及び0.04≦β≦0.17を満たす数字である。)で表されるのが好ましい。
本発明の(AlCrB)N硬質皮膜は、X線回折パターンがfccの単一構造を有し、かつ酸素含有量(1−a)が0.010〜0.002であることにより、従来の(AlCrB)N硬質皮膜に比べて優れた潤滑性を発揮し、もって長寿命で高性能である。
上記の(AlCrB)N硬質皮膜において、X線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であれば、従来の(AlCrB)N硬質皮膜に比べてさらに優れた潤滑性を発揮し、もって長寿命で高性能な(AlCrB)N硬質皮膜となる。
本発明の硬質皮膜を有する硬質皮膜被覆工具は、従来の(AlCrB)N硬質皮膜被覆工具に比べて顕著に優れた潤滑性を発揮し、もって長寿命で高性能なので、インサート、エンドミル、又はドリル等の切削工具として極めて有用である。
本発明の硬質皮膜の形成に使用し得るアークイオンプレーティング装置の一例を示す正面図である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具の断面を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率25,000倍)である。 実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜の断面中央位置におけるBの結合状態を示すX線光電子分光スペクトルを示すグラフである。 実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜のX線回折パターンを示すグラフである。 実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜のナノビーム回折パターンから解析した結晶構造を示す写真である。 本発明の硬質皮膜被覆工具を構成するインサート基体の一例を示す斜視図である。 インサートを装着した刃先交換式回転工具の一例を示す概略図である。
本発明の実施形態を以下詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて適宜変更又は改良を加えても良い。また、1つの実施形態に関する説明は、特に断りがなければ他の実施形態にもそのまま適用できる。
[1] 硬質皮膜被覆工具
本実施形態の硬質皮膜被覆工具は、基体上に、(AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)で表される組成を有する硬質皮膜が形成された硬質皮膜被覆工具である。前記硬質皮膜のX線回折パターンはfccの単一構造を有する。前記硬質皮膜においてX線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であるのが好ましい。前記硬質皮膜はアークイオンプレーティング(AI)法により形成することができる。
(A) 基体
基体は耐熱性に富み、物理蒸着法を適用できる材質である必要がある。基体の材質として、例えば超硬合金、サーメット、高速度鋼、工具鋼、又は立方晶窒化ホウ素(cBN)等のセラミックスが挙げられる。強度、硬度、耐摩耗性、靱性及び熱安定性等の観点から、超硬合金基体又はセラミックス基体が好ましい。超硬合金は、炭化タングステン粒子と、Co又はCoを主体とする合金の結合相とからなり、結合相の含有量は1〜13.5質量%が好ましく、3〜13質量%がより好ましい。結合相の含有量が1質量%未満では靭性が不十分であり、結合相が13.5質量%超では硬度(耐摩耗性)が不十分である。焼結後の基体の未加工面、研磨加工面及び刃先処理加工面のいずれの表面にも本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜を形成できる。
(B) 超硬合金基体の改質層
基体が超硬合金の場合、基体表面に後述のTiBターゲットから発生したイオンを照射し(以降、イオンボンバードともいう。)、平均厚さ1〜10nmのfcc構造を有する改質層を形成するのが好ましい。超硬合金は主成分の炭化タングステンがhcp構造を有するが、当該改質層は上記(AlCrB)N硬質皮膜と同じfcc構造を有し、両者の境界(界面)における結晶格子縞の好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上の部分が連続する。当該改質層を介して超硬合金基体と上記(AlCrB)N硬質皮膜とが強固に密着する。
上記改質層はfcc構造を有し、高密度の薄層状に形成されるので破壊の起点になりにくい。上記改質層の平均厚さが、1nm未満では硬質皮膜の基体への密着力向上効果が十分に得られず、10nm超では逆に密着力が悪化する。上記改質層の平均厚さは2〜9nmがさらに好ましい。
(C) (AlCrB)N硬質皮膜
(1) 組成
AI法により基体上に形成される本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜は、Al、Cr、B、N及びOを必須元素とする。この硬質皮膜の組成は、一般式:(AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)により表される。本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜はfccの単一構造を有することを特徴とする。本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜は、X線光電子分光スペクトルにより特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が、0.4〜1.0であるのが好ましく、0.4〜0.9であるのがさらに好ましく、0.3〜0.9であるのが特に好ましい。
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜のAl、Cr及びBの各原子比x、1−x−y、yの総計を1として、Alの原子比xの範囲は0.35〜0.75である。xが0.35未満では硬質皮膜のAl含有量が少なすぎるため、耐酸化性が損なわれる。一方、xが0.75を超えると硬質皮膜中に軟質なhcp構造が形成されて耐摩耗性が損なわれる。xの下限は好ましくは0.4であり、xの上限は好ましくは0.74である。
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜のAl、Cr及びBの各原子比x、1−x−y、yの総計を1として、Crの原子比1−x−yの範囲は0.64〜0.15である。1−x−yが0.15未満では硬質皮膜のAl含有量が多すぎるため、硬質皮膜中に軟質なhcp構造が形成されて耐摩耗性が損なわれる。一方、1−x−yが0.64を超えると硬質皮膜のAl含有量が過少になるため耐酸化性が損なわれる。1−x−yの下限は好ましくは0.17であり、1−x−yの上限は好ましくは0.58である。
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜のAl、Cr及びBの各原子比x、1−x−y、yの総計を1として、Bの原子比yの範囲は0.01〜0.1である。yが0.01未満では添加効果が得られず、潤滑性が損なわれる。一方、yが0.1を超えると脆化するとともにfccの単一構造を保持できない。yの下限は好ましくは0.02であり、yの上限は好ましくは0.09である。
金属成分AlCr及び半金属成分Bの各原子比の合計pと、窒素及び酸素の各原子比の合計qとの総計を1として、pの範囲は0.4〜0.6(qの範囲は0.6〜0.4)である。すなわち、本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜は、(AlCr1−x−y(N1−a[ただし、x、1−x−y、y、a、1−a、p及びqは、それぞれAl、Cr、B、N、O、AlCrB及びNOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、0.990≦a≦0.998、0.4≦p≦0.6、0.6≦q≦0.4を満たす数字である。]で表される組成を有する。
pが0.4未満では(AlCrB)N多結晶体の結晶粒界に不純物が取り込まれやすい。不純物は成膜装置の内部残留物に由来する。かかる場合、(AlCrB)N硬質皮膜の強度が低下し、外部衝撃によって容易に皮膜破壊を招く。一方、pが0.6を超えると、金属成分AlCr及び半金属成分Bの比率が過多となって結晶歪が大きくなり、基体との密着力が低下し、(AlCrB)N硬質皮膜が剥離しやすくなる。pの下限は好ましくは0.40であり、pの上限は好ましくは0.60である。
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜に含まれる窒素(N)及び酸素(O)の各原子比の総計を1として、Nの原子比aの範囲は0.990〜0.998である。aが0.990未満では酸素含有量が過大になり、耐摩耗性が低下する。aが0.998を超えると酸素含有量が過小になり、潤滑性が低下する。aの下限は、0.981が好ましく、0.982がさらに好ましい。aの上限は、0.997が好ましく、0.996がさらに好ましい。窒素(N)及び酸素(O)含有量は後述のEPMA及びTEM−EDSを併用して分析することができる。
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜はCを含有しても良い。その場合、高い耐摩耗性を保持するためにC含有量は、非金属元素のN、O及びCの総含有量(原子比)を1とした場合に0.1以下であるのが好ましく、0.05以下であるのがより好ましい。
(2) メカニズム
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜を基体上に有する硬質皮膜被覆工具が従来の(AlCrB)N硬質皮膜被覆工具より顕著に良好な潤滑性を有し、もって長寿命で高性能になるメカニズムは必ずしも十分明らかになっていないが、以下のように考えられる。
後述の従来例1に例示するように、従来の(AlCrB)N硬質皮膜被覆工具は短寿命であり、昨今の過酷な長寿命化、高性能化の要求に十分応えることができなかった。
本発明者は、(AlCrB)N硬質皮膜の長寿命化、高性能化を鋭意検討した結果、(a)(AlCrB)N硬質皮膜の成膜に使用するターゲットとして2000〜4000μg/gの酸素含有量のAlCrB焼結体合金を用いること、(b)成膜時の窒素ガス雰囲気の全圧を2.7〜3.3Paにすることにより、成膜された(AlCrB)N硬質皮膜がfccの単一構造を有し、及び窒素含有量(原子比)を0.990〜0.998(酸素含有量(原子比)を0.010〜0.002)に調整できることを発見した。さらに、得られた(AlCrB)N硬質皮膜においてX線光電子分光分析法で特定された結合状態にB−N結合及びB−O結合が共存し、前記B−N結合と前記B−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)を0.4〜1.0に調整できることを発見した。そして、かかる本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜を工具基体上に形成してなる硬質皮膜被覆工具が顕著に優れた潤滑性を発揮し、もって長寿命で高性能な切削工具になることが分かった。
本発明者の詳細な検討から、本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜において上記B−O結合部分が主に優れた潤滑性を分担し、及び上記B−N結合部分が主に優れた耐摩耗性を分担し、もって潤滑性と耐摩耗性とが両立された結果、本実施形態の硬質皮膜被覆工具が長寿命でかつ高性能になったと考えられる。
(3) 膜厚
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜の厚さは0.5〜8μmが好ましく、1〜5μmがより好ましい。この範囲の膜厚により、基体から(AlCrB)N硬質皮膜が剥離するのが抑制され、優れた潤滑性及び耐摩耗性が発揮される。厚さが0.5μm未満では(AlCrB)N硬質皮膜の被覆効果が十分に得られず、厚さが8μmを超えると残留応力が過大になり、(AlCrB)N硬質皮膜が基体から剥離しやすくなる。ここで、平坦ではない(AlCrB)N硬質皮膜の「厚さ」は「算術平均厚さ」を意味する。
(4) 結晶構造
本実施形態の硬質皮膜のX線回折パターンはfccの単一構造からなる。
X線回折ではfcc以外の微小相が存在していてもX線回折パターンに現れないため、硬質皮膜の微小相の検出が可能な透過型電子顕微鏡(TEM)による電子回折によれば、本実施形態の硬質皮膜は、fccを主構造とし、副構造としてその他の構造(hcp等)を有していても良い。実用性の点から、前記電子回折パターンはfccを主構造とし、hcpを副構造とするのが好ましく、fccの単一構造からなるのがさらに好ましい。
(5) ピーク強度比(B−N)/(B−O)
X線光電子分光分析で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)は、0.4〜1.0であることが好ましく、0.5〜0.9であることがより好ましい。ピーク強度比(B−N)/(B−O)が上記範囲を満たすことで、耐摩耗性及び潤滑性を両立した長寿命の硬質皮膜が得られる。前記ピーク強度比が0.4未満ではB−N結合が相対的に低下するために耐摩耗性が低下する。一方、前記ピーク強度比が1.0を超えるとB−O結合が相対的に低下するため、潤滑性が低下する。
[2] 成膜装置
(AlCrB)N硬質皮膜の形成にはAI装置を使用することができ、積層硬質皮膜の形成にはAI装置又はその他の物理蒸着装置(スパッタリング装置等)を使用することができる。AI装置は、例えば図1に示すように、減圧容器5と、絶縁物14を介して減圧容器5に取り付けられたアーク放電式蒸発源13,27と、各アーク放電式蒸発源13,27に取り付けられたターゲット10,18と、各アーク放電式蒸発源13,27に接続されたアーク放電用電源11,12と、軸受け部4を介して減圧容器5の内部まで貫通する回転自在の支柱6と、基体7を保持するために支柱6に支持された保持具8と、支柱6を回転させる駆動部1と、基体7にバイアス電圧を印加するバイアス電源3とを具備する。減圧容器5には、ガス導入部2及び排気口17が設けられている。アーク点火機構16,16は、アーク点火機構軸受部15,15を介して減圧容器5に取り付けられている。減圧容器5内に導入したガス(アルゴンガス、窒素ガス等)のイオン化のために、フィラメント型の電極20が絶縁物19,19を介して減圧容器5に取り付けられている。ターゲット10と基体7との間には、遮蔽板軸受け部21を介して減圧容器5に遮蔽板23が設けられている。遮蔽板23は遮蔽板駆動部22により例えば上下又は左右方向に移動し、遮蔽板23がターゲット10と基体7との間に存在しない状態にされた後に、本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜の形成が行われる。
(A) (AlCrB)N硬質皮膜形成用ターゲット
(1) 焼結体合金の組成
本実施形態で使用する(AlCrB)N硬質皮膜形成用ターゲットは、例えばAl粉末及び所定組成のCrB合金粉末を用いて、下記のAlCrB焼結体合金の組成になるように配合及び混合し、得られた混合粉末を成形し、得られた成形体を焼結して得られたAlCrB焼結体合金のターゲットである。前記ターゲットの含有酸素量は例えばAl粉末及びCrB合金粉末の粒径を適宜選択して調整することができる。
AlCrB焼結体合金の組成は、不可避的不純物以外、AlαCr1−α−ββ(ただし、α、1−α−β及びβはそれぞれAl、Cr及びBの原子比を表し、0.4≦α≦0.8、及び0.04≦β≦0.17を満たす数字である。)により表される組成を有するのが好ましい。α及びβをそれぞれ上記特定範囲内とすることで、本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜を成膜することができる。
AlCrB焼結体合金のAl、Cr及びBの各原子比の総計を1として、Alの原子比αの範囲は0.4〜0.8であるのが好ましい。αが0.4未満では(AlCrB)N硬質皮膜のAl含有量が少なすぎるため、耐酸化性が損なわれる。一方、αが0.8を超えると(AlCrB)N硬質皮膜中に軟質なhcp構造が形成されて耐摩耗性が損なわれる。αの下限はより好ましくは0.45であり、αの上限はより好ましくは0.78である。
AlCrB焼結体合金のAl、Cr及びBの各原子比の総計を1として、Crの原子比1−α−βの範囲は0.56〜0.03であるのが好ましい。1−α−βが0.03未満ではCrの添加効果が得られない。一方、1−α−βが0.56を超えるとAl含有量が過少になり耐酸化性が損なわれる。1−α−βの下限はより好ましくは0.10であり、1−α−βの上限はより好ましくは0.50である。
AlCrB焼結体合金のAl、Cr及びBの各原子比の総計を1として、Bの原子比βの範囲は0.04〜0.17であるのが好ましい。βが0.04未満ではBの添加効果が得られない。一方、βが0.17を超えると(AlCrB)N硬質皮膜においてfccの単一構造を保持できない。βの下限はより好ましくは0.05であり、βの上限はより好ましくは0.16である。
(2) 焼結体合金の酸素含有量
AlCrB焼結体合金の酸素含有量は2000〜4000μg/gである。酸素含有量が2000μg/g未満及び4000μg/g超ではいずれも、(AlCrB)N硬質皮膜の含有酸素量が0.002未満及び0.010超になり、本実施形態の硬質皮膜の有利な効果を奏しない。さらに上記ピーク強度比(B−N)/(B−O)の特定範囲を満たさない。AlCrB焼結体合金の酸素含有量の下限は、好ましくは2050μg/gであり、より好ましくは2100μg/gである。一方、AlCrB焼結体合金の酸素含有量の上限は、好ましくは3900μg/gであり、より好ましくは3800μg/gである。
(B) 改質層形成用TiBターゲット
改質層形成用TiBターゲットは、不可避的不純物を除いて、Ti1−f(ただし、fはTiの原子比であり、0.5≦f≦0.9を満たす。)で表される組成を有するのが好ましい。Tiの原子比fが0.5未満ではfcc構造の改質層が得られず、またfが0.9超では脱炭層が形成されて、やはりfcc構造の改質層が得られない。Tiの原子比fの下限はより好まし範囲は0.7であり、Tiの原子比fの上限はより好ましくは0.88である。
(C) アーク放電式蒸発源及びアーク放電用電源
図1に示すように、アーク放電式蒸発源13,27はそれぞれ陰極物質の改質層形成用TiBターゲット10、及び(AlCrB)N硬質皮膜形成用ターゲット18を備える。例えば、アーク放電用電源11、12から、ターゲット10に直流アーク電流を通電し、ターゲット18にパルスアーク電流を通電する。図示していないが、アーク放電式蒸発源13、27に磁場発生手段(電磁石及び/又は永久磁石とヨークとを有する構造体)を設け、(AlCrB)N硬質皮膜を形成する基体7の近傍に数十G(例えば10〜50G)の空隙磁束密度の磁場分布を形成するのが好ましい。
(AlCrB)N硬質皮膜形成用ターゲットはドロップレットが発生しやすいAlを含む。ドロップレットは(AlCrB)N多結晶粒の成長の分断を引き起こすとともに、(AlCrB)N硬質皮膜の破壊の起点となる。そのため、150〜250Aの直流アーク電流を前記AlCrB焼結体合金ターゲット(蒸発源)に通電することにより、ドロップレットの過剰発生を抑えることができる。
(D) バイアス電源
図1に示すように、基体7にバイアス電源3から直流電圧又はパルスバイアス電圧を印加する。
[3] 成膜条件
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜は、前記AlCrB焼結体合金ターゲットを用いたAI法により形成できる。本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜の成膜条件を工程ごとに以下詳述する。
(A) 基体のクリーニング工程
図1に示すAI装置の保持具8上に基体7をセットした後、減圧容器5内を1〜5×10−2Pa(例えば1.5×10−2Pa)に保持しながら、ヒーター(図示せず)により基体7を250〜650℃の温度に加熱する。図1では円柱体で示されているが、基体7はソリッドタイプのエンドミル又はインサート等の種々の形状を取り得る。その後、アルゴンガスを減圧容器5内に導入して0.5〜10Pa(例えば2Pa)のアルゴンガス雰囲気とする。この状態で基体7にバイアス電源3により−250〜−150Vの直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧を印加して基体7の表面をアルゴンイオンによりボンバードしてクリーニングする。
基体温度が250℃未満ではアルゴンイオンによるエッチング効果がなく、また650℃超では成膜工程時に基体温度を所定条件に設定することが困難である。基体温度は基体に埋め込んだ熱電対により測定する(以降の工程でも同様)。減圧容器5内のアルゴンガスの圧力が0.5〜10Paの範囲外であると、アルゴンイオンによるボンバード処理が不安定となる。直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧が−250V未満では基体にアーキングの発生が起こり、−150V超ではボンバードのエッチングによるクリーニング効果が十分に得られない。
(B) 改質層形成工程
改質層形成用TiBターゲットを用いたWC基超硬合金製の基体7へのイオンボンバードは、基体7のクリーニング後に、流量が30〜150sccmのアルゴンガス雰囲気中で行い、基体7の表面に改質層を形成する。アーク放電式蒸発源13に取り付けたTiBターゲットの表面にアーク放電用電源11から50〜100Aのアーク電流(直流電流)を通電する。基体7を450〜750℃の温度に加熱するとともに、バイアス電源3から基体7に−1000〜−600Vの直流バイアス電圧を印加する。TiBターゲットを用いたイオンボンバードにより、Tiイオン及びBイオンがWC基超硬合金製の基体7に照射される。
基体7の温度が450〜750℃の範囲外ではfcc構造の改質層が形成されないか、若しくは基体7の表面に脱炭層が形成されて性能が著しく低下する。減圧容器5内のアルゴンガスの流量が30sccm未満では基体7に入射するTiイオン等のエネルギーが強すぎて、基体7の表面に脱炭層が形成され、硬質皮膜の密着性を損なう。一方、アルゴンガスの流量が150sccm超では、Tiイオン等のエネルギーが弱まり、改質層が形成されない。
アーク電流が50A未満ではアーク放電が不安定になり、また100A超では基体7の表面にドロップレットが多数形成されて密着性を損なう。直流バイアス電圧が−1000V未満ではTiイオン等のエネルギーが強すぎて基体7の表面に脱炭層が形成され、また−600V超では基体表面に改質層が形成されない。
(C) (AlCrB)N硬質皮膜の成膜工程
基体7の上、又は改質層を形成した場合は改質層の上に、(AlCrB)N硬質皮膜を形成する。この際、窒素ガスを使用し、アーク放電式蒸発源27に取り付けたターゲット18の表面にアーク放電用電源12からアーク電流を通電する。同時に、下記温度に制御した基体7にバイアス電源3から直流バイアス電圧又はユニポーラパルスバイアス電圧を印加する。
(1) 基体温度
(AlCrB)N硬質皮膜の成膜時の基体温度を400〜550℃にする。基体温度が400℃未満では(AlCrB)Nが十分に結晶化しないため、(AlCrB)N硬質皮膜が十分な潤滑性及び耐摩耗性を有さず、また残留応力の増加により皮膜剥離の原因となる。一方、基体温度が550℃超では結晶粒の微細化が促進されて潤滑性及び耐摩耗性が損なわれる。基体温度は480〜540℃が好ましい。
(2) 窒素ガスの圧力
本実施形態の(AlCrB)N硬質皮膜を形成するための成膜ガスとして窒素ガスを使用する。窒素ガスの圧力(全圧)は2.7〜3.3Paにする。窒素ガスの圧力が2.7Pa未満では(AlCrB)N硬質皮膜の窒化(B−N結合の形成)が不十分になり、酸素含有量が過大になる他、窒化されないAlCrB合金相等の異相が存在する。一方、窒素ガスの圧力が3.3Pa超では、酸素含有量が過小になる。さらに、B−N結合のピーク強度がB−O結合のピーク強度より大きくなる。窒素ガスの圧力の下限は、2.8Paが好ましく、2.9Paがより好ましい。窒素ガスの圧力の上限は、3.2Paが好ましく、3.1Paがより好ましい。
(3) 窒素ガスの流量
窒素ガスの流量は750〜900sccmにするのが好ましい。窒素ガスの流量が750sccm未満及び900sccm超ではいずれも上記窒素ガスの圧力(全圧)を2.7〜3.3Paに調整することが困難になる。窒素ガスの流量の下限は770sccmがより好ましく、窒素ガスの流量の上限は880sccmがより好ましい。
(4) 基体に印加するバイアス電圧
(AlCrB)N硬質皮膜を形成するために、基体に直流バイアス電圧又はユニポーラパルスバイアス電圧を印加する。直流バイアス電圧は−160〜−100Vにするのが好ましい。直流バイアス電圧が−160V未満ではB含有量が著しく低下する。一方、直流バイアス電圧が−100V超では(AlCrB)N硬質皮膜が短寿命になる。直流バイアス電圧のより好ましい範囲は−150〜−110Vである。
ユニポーラパルスバイアス電圧の場合、負バイアス電圧(ゼロから負側への立ち上がりの急峻な部分を除いた負のピーク値)は−160〜−100Vにするのが好ましい。負バイアス電圧をこの範囲とすることで長寿命の(AlCrB)N硬質皮膜を得られる。負バイアス電圧のより好ましい範囲は−150〜−110Vである。ユニポーラパルスバイアス電圧の周波数は好ましくは20〜50kHzであり、より好ましくは30〜40kHzである。
(4) アーク電流
(AlCrB)N硬質皮膜の形成時にドロップレットを抑制するために、(AlCrB)N硬質皮膜形成用ターゲット(AlCrB焼結体合金ターゲット)18にアーク電流(直流電流)を通電するのが好ましい。アーク電流は150〜250Aにするのが好ましい。アーク電流が150A未満ではアーク放電が不安定になり、(AlCrB)N硬質皮膜の形成が困難になる。一方、アーク電流が250A超ではドロップレットが顕著に増加して耐摩耗性が悪化する。アーク電流は160〜240Aにするのがより好ましい。
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は勿論それらに限定されない。以下の実施例及び比較例において、ターゲットの金属元素及び半金属元素の組成は特に断りがなければ蛍光X線法による測定値であり、含有酸素量はキャリアガス法(carrier gas hot extraction method)による測定値である。また、実施例では硬質皮膜の基体としてインサートを用いたが、勿論本発明はそれらに限定される訳ではなく、インサート以外の切削工具(エンドミル、ドリル等)又は金型等にも適用可能である。
実施例1
(1) 基体のクリーニング
8.0質量%のCoを含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる組成を有するWC基超硬合金製の仕上げミーリングインサート基体(図6に示す形状を有する三菱日立ツール株式会社製のZDFG300−SC)、及び物性測定用インサート基体(三菱日立ツール株式会社製のSNMN120408)を、図1に示すAI装置の保持具8上にセットし、真空排気と同時にヒーター(図示せず)で550℃まで加熱した。その後、アルゴンガスを500sccm(1atm及び25℃におけるcc/分)の流量で導入して減圧容器5内の圧力を2.0Paに調整するとともに、前記各基体(以後、基体7ともいう。)に−200Vの直流バイアス電圧を印加してアルゴンイオンのボンバードによるエッチングにより基体7のクリーニングを行った。
(2) TiBターゲットを用いた改質層の形成
基体温度を550℃に保持したまま、アルゴンガスの流量を70sccmとし、Ti0.80.2(原子比)で表される組成のターゲット10をアーク放電用電源11が接続されたアーク放電式蒸発源13に配置した。バイアス電源3により基体7に−800Vの直流電圧を印加するとともに、ターゲット10の表面にアーク放電用電源11から75Aの直流アーク電流を流し、基体7の表面に平均厚さ4nmの改質層を形成した。前記改質層の平均厚さの測定は特許第5967329号に記載の方法で行った。
(3) (AlCrB)N硬質皮膜の形成
(Al)0.59(Cr)0.31(B)0.10(原子比)の金属元素及び半金属元素の組成、及び酸素含有量が2250μg/gのAlCrB焼結体合金からなるターゲット18を、図1のアーク放電用電源12が接続されたアーク放電式蒸発源27に配置した。基体7の温度を450℃に設定するとともに、窒素ガス雰囲気とした減圧容器5内の窒素ガスの全圧を3.0Paにし、及び窒素ガスの流量を800sccmに調整した。
バイアス電源3により基体7に−120Vの直流電圧を印加するとともに、ターゲット18にアーク放電用電源12から200Aの直流アーク電流を流し、基体7の上に、(Al0.54Cr0.420.04)N0.9940.006(原子比)の組成を有する厚さ3μmの本実施例の(AlCrB)N硬質皮膜を被覆した。こうして本実施例の硬質皮膜被覆工具(ミーリングインサート)を得た。成膜した硬質皮膜の組成は、硬質皮膜の厚さ方向の中心位置を電子プローブマイクロ分析装置EPMA(日本電子株式会社製JXA−8500F)により、加速電圧10kV、照射電流0.05A、及びビーム径0.5μmの条件で測定した。なお、EPMAの測定条件は他の例でも同じである。さらに、上記(AlCrB)N硬質皮膜に含有されるN及びO元素の分析値は、前記のEPMA分析とともに、透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM−2100)に搭載のエネルギー分散型X線分光器(EDS、NORAN社製UTW型Si(Li)半導体検出器、ビーム径:約1μm)を使用したTEM−EDS分析を併用して決定した。
図2は、上記(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサートの断面組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率:25,000倍)である。図2において、31はWC基超硬合金基体を示し、32は柱状結晶粒の多結晶組織からなる(AlCrB)N硬質皮膜を示す。なお、図2は低倍率なので、改質層は見えない。
(4) (AlCrB)N硬質皮膜におけるBの結合状態
X線光電子分光装置(PHI社製PHI−5000Versaprobe II)を用いて、アルゴンイオンにより上記断面組織の(AlCrB)N硬質皮膜を表面から厚さ方向の1/2の深さ(表面側)までエッチングした後、直径100μmの範囲にAlKα線(1486.7eV、25kV、モノクロ)を照射し、Bの結合状態を示す図3のX線光電子分光スペクトルを得た。図3において、横軸は結合エネルギー(eV)であり、縦軸はc/s(counts per second)である。図3中に検出されたB1sスペクトル、B1sスペクトルのピーク分離を行って得られたB−O結合及びB−N結合を示す。図3から、191eVにB−N結合のピーク強度が、及び193eVにB−O結合のピーク強度がそれぞれ観察され、前記B−N結合と前記B−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)は0.6であった。
(5) (AlCrB)N硬質皮膜のX線回折パターン
物性測定用インサート基体上の(AlCrB)N硬質皮膜の結晶構造を観察するために、X線回折装置(Panalytical社製のEMPYREAN)を使用し、当該(AlCrB)N硬質皮膜の表面に以下の条件でCuKα1線(波長λ:0.15405nm)を照射してX線回折パターン(図4)を得た。
管電圧:45kV
管電流:40mA
入射角ω:3°に固定
2θ:20〜90°
図4において、(111)面、(200)面、(220)面、(311)面、及び(222)面はいずれもfcc構造のX線回折ピークである。従って、実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜はfccの単一構造であることが分かる。なお、図4において、指数付けされていないX線回折ピークはWC基超硬合金基体のX線回折ピークである。
(6) (AlCrB)N硬質皮膜のミクロ構造
物性測定用インサートの(AlCrB)N硬質皮膜の断面の厚さ方向の中央位置において、透過型電子顕微鏡(JEM−2100)により、200kVの加速電圧及び50cmのカメラ長の条件でナノビーム回折を行った。得られた回折像を図5に示す。図5において、fcc構造の(111)面、(200)面及び(220)面の回折パターンが観察されたことから、本実施例の(AlCrB)N硬質皮膜は電子回折パターンもfccの単一構造であることが分かった。
(7) 工具寿命の測定
図6、図7に示すように、上記(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート(以後、インサート30ともいう。)を、刃先交換式回転工具(三菱日立ツール株式会社製 ABPF30S32L150)40の工具本体36の先端部38に止めねじ37を用いて装着した。刃先交換式回転工具40の刃径は30mmとした。刃先交換式回転工具40を使用して下記の転削条件で切削加工を行い、単位時間ごとにサンプリングしたインサート30の逃げ面を光学顕微鏡(倍率:100倍)で観察し、逃げ面の摩耗幅又はチッピング幅が0.2mm以上になったときの加工時間を工具寿命と判定した。
切削加工条件
加工方法: 連続転削加工
被削材: 120mm×250mmのS50C角材(HB220)
使用インサート: ZDFG300−SC(ミーリング用)
切削工具: ABPF30S32L150
切削速度: 380m/分
1刃当たりの送り量: 0.3mm/刃
軸方向の切り込み量: 0.3mm
半径方向の切り込み量:0.1mm
切削液: なし(乾式加工)
使用した(AlCrB)N硬質皮膜形成用AlCrB焼結体合金ターゲットの組成を表1に示し、使用した(AlCrB)N硬質皮膜の成膜条件を表2に示し、得られた(AlCrB)N硬質皮膜の組成を表3に示し、並びに前記皮膜のX線回折及び電子回折による結晶構造の測定結果、X線光電子分光分析法により特定されたB−O結合及びB−N結合のピーク強度比(B−N)/(B−O)、及び工具寿命を表4に示す。
実施例2〜9
表1に示す各例のAlCrB焼結体ターゲットを使用し、及び表2に示す各例の(AlCrB)N硬質皮膜の成膜条件を使用した以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。実施例2、3では実施例1に対してAl(Cr)添加量を変化させた。実施例4及び5では実施例1に対してB添加量を変化させた。実施例6及び9では実施例1に対して窒素ガスの全圧を変化させた。実施例7では実施例5に対してバイアス電圧を変化させた。実施例8では実施例1に対して焼結体ターゲットの含有酸素量を変化させた。前記各例のAlCrB焼結体合金ターゲットの組成を表1に示し、前記各例の(AlCrB)N硬質皮膜の成膜条件を表2に示し、得られた前記各例の(AlCrB)N硬質皮膜の組成を表3に示し、並びに前記各例の(AlCrB)N硬質皮膜のX線回折及び電子回折による結晶構造の測定結果、前記各例のX線光電子分光分析法により特定されたB−O結合及びB−N結合のピーク強度比(B−N)/(B−O)、及び前記各例の工具寿命を表4に示す。
比較例1
(AlCrB)N硬質皮膜の成膜時における減圧容器5内の窒素ガス雰囲気の全圧を2Paに、及び窒素ガスの流量を700sccmに調整した以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。
比較例2
(AlCrB)N硬質皮膜の成膜時における減圧容器5内の窒素ガス雰囲気の全圧を3.5Paに、及び窒素ガスの流量を900sccmに調整した以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。
比較例3
過小な酸素含有量(420μg/g)のAlCrB焼結体合金ターゲット(表1)を使用した以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。
比較例4
過大な酸素含有量(5390μg/g)のAlCrB焼結体合金ターゲット(表1)を使用した以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。
従来例1
<特許文献1(特開2005−330539)の表1中、試料番号4の第2層の成膜条件のトレース実験>
(AlCrB)N硬質皮膜の成膜時の窒素ガス流量:200sccm、窒素ガス全圧:1 Pa、アーク電流:200A、及び基体のバイアス電圧:−50V(表2)とした以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。
実施例10
WC基超硬合金基体にTiBターゲットを用いた改質層を形成しない以外、実施例1と同様にして(AlCrB)N硬質皮膜被覆ミーリングインサート及び硬質皮膜被覆工具を製作した。使用したAlCrB焼結体合金ターゲットの組成を表1に示し、使用した(AlCrB)N硬質皮膜の成膜条件を表2に示し、得られた(AlCrB)N硬質皮膜の組成を表3に示し、並びに当該(AlCrB)N硬質皮膜のX線回折及び電子回折による結晶構造の測定結果、X線光電子分光分析法により特定されたB−O結合及びB−N結合のピーク強度比(B−N)/(B−O)、及び工具寿命を表4に示す。
Figure 0006930446
Figure 0006930446
注:(1) 窒素ガス雰囲気の圧力である。
(2) AlCrB焼結体合金ターゲットへ印加する。
(3) 基体に印加する。
Figure 0006930446
Figure 0006930446
注:(1) 単一構造。
(2) 主構造。
(3) X線光電子分光分析法で特定されたB−N結合のピーク強度とB−O結合のピーク強度との比率。
(4):測定していない。
(5):B−O結合が観察されず、算出できなかった。
表4に示すとおり、得られた各例のX線光電子分光スペクトルから、実施例1〜10の各(AlCrB)N硬質皮膜ではいずれも、含有酸素量(1−a)が0.990〜0.998の範囲内にあった。さらに、実施例1〜8及び10の各(AlCrB)N硬質皮膜ではいずれも、B−O結合及びB−N結合が形成されているとともにB−N結合のピーク強度とB−O結合のピーク強度の比率(B−N/B−O)は0.4〜1.0の範囲内にあることが分かる。特に、実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜の含有酸素量(1−a)は0.006であり、さらに前記ピーク強度比(B−N/B−O)は0.6であった。もって実施例1の(AlCrB)N硬質皮膜被覆インサートを装着した刃先交換式回転工具の工具寿命は400分であり、最も長寿命であった。TiBターゲットによる改質層を形成していない実施例10の(AlCrB)N硬質皮膜被覆インサートを装着した刃先交換式回転工具の工具寿命は310分であり、改質層を形成した実施例1〜9の各刃先交換式回転工具より短寿命であったが、各比較例及び従来例1の各刃先交換式回転工具より長寿命であった。
比較例1〜4及び従来例1の(AlCrB)N硬質皮膜被覆インサートを装着した刃先交換式回転工具はいずれも短寿命であった。比較例1の(AlCrB)N硬質皮膜では、含有酸素量(1−a)が0.012であり、さらに前記ピーク強度比(B−N/B−O)が0.3であったことにより良好な潤滑性及び耐摩耗性を両立できなかったと判断される。比較例2の(AlCrB)N硬質皮膜では、含有酸素量(1−a)は0.001であり、さらに前記ピーク強度比(B−N/B−O)が2.1であったことにより良好な潤滑性及び耐摩耗性を両立できなかったと判断される。比較例3の(AlCrB)N硬質皮膜では、含有酸素量(1−a)は0.001であり、さらにB−O結合が形成されていなかったことにより良好な潤滑性及び耐摩耗性を両立できなかったと判断される。比較例4の(AlCrB)N硬質皮膜では、含有酸素量(1−a)は0.016であり、さらに前記ピーク強度比(B−N/B−O)が0.1であったことにより良好な潤滑性及び耐摩耗性を両立できなかったと判断される。従来例1の(AlCrB)N硬質皮膜では窒素ガスの流量及び圧力が低いことから、含有酸素量(1−a)は0.013であり、さらにB−N結合が形成されていなかったことにより良好な潤滑性及び耐摩耗性を両立できなかったと判断される。
1:駆動部
2:ガス導入部
3:バイアス電源
4:軸受け部
5:減圧容器
6:下部保持具(支柱)
7:基体
8:上部保持具
10、18:陰極物質(ターゲット)
11、12:アーク放電用電源
13、27:アーク放電式蒸発源
14:アーク放電式蒸発源固定用絶縁物
15:アーク点火機構軸受部
16:アーク点火機構
17:排気口
19:電極固定用絶縁物
20:電極
21:遮蔽板軸受け部
22:遮蔽板駆動部
23:遮蔽板
30:ミーリング用インサート
31:WC基超硬合金基体
32:(AlCrB)N硬質皮膜
35:インサートのすくい面
36:工具基体
37:インサート用止めねじ
38:工具本体の先端部
39:刃先交換式回転工具
46:工具本体
47:インサート用止めねじ
48:工具本体の先端部

Claims (6)

  1. (AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)で表される組成を有する硬質皮膜であって、
    X線回折パターンがfccの単一構造を有することを特徴とする硬質皮膜。
  2. 請求項1に記載の硬質皮膜において、X線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であることを特徴とする硬質皮膜。
  3. 請求項1又は2に記載の硬質皮膜を基体上に形成したことを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  4. (AlCr1−x−y)N1−a(ただし、x、1−x−y、y、a及び1−aはそれぞれAl、Cr、B、N及びOの原子比を表し、0.35≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、及び0.990≦a≦0.998を満たす数字である。)で表される組成を有し、X線回折パターンがfccの単一構造を有する硬質皮膜を基体上に有する硬質皮膜被覆工具をアークイオンプレーティング法により製造する方法であって、
    アーク放電式蒸発源(ターゲット)として酸素含有量が2000〜4000μg/gのAlCrB焼結体合金を用いて、全圧2.7〜3.3Paとした窒素ガス雰囲気中において、400〜550℃の温度に保持した前記基体上に前記硬質皮膜を形成することを特徴とする硬質皮膜被覆工具の製造方法。
  5. 請求項4に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、前記硬質皮膜においてX線光電子分光分析法で特定されたB−N結合とB−O結合とのピーク強度比(B−N)/(B−O)が0.4〜1.0であり、かつ前記基体に−160V〜−100Vのバイアス電圧を印加することを特徴とする硬質皮膜被覆工具の製造方法。
  6. 請求項4又は5に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、前記ターゲットの金属元素及び半金属元素の組成がAlαCr1−α−ββ(ただし、α、1−α−β及びβはそれぞれAl、Cr及びBの原子比を表し、0.4≦α≦0.8、及び0.04≦β≦0.17を満たす数字である。)で表されることを特徴とする硬質皮膜被覆工具の製造方法。
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