JP6872186B2 - 水素センサ及びその使用方法 - Google Patents

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Description

本開示は水素センサに関し、とくに、試料に含まれる水素を検知するための水素センサに関する。
近年、水素が様々な分野において注目され、重要な役割を果たしている。例えば、腎臓の機能が障害された患者に対して血液透析療法が行われているが、電気分解法により生成された高濃度の水素を含む透析液を使用することにより、酸化ストレス及び炎症による障害がより軽減されることが期待されている。
特開2016−33496号公報
水素を含む透析液を使用した血液透析療法の効果を研究する際にも、臨床において水素を含む透析液を使用した血液透析療法を患者に対して行う際にも、透析液に含まれる水素の量を適切に制御するために、透析液中の水素の溶存量を精確に検知する必要がある。また、他の応用においても、例えば、燃料電池車において水素タンクなどからの水素の漏れを検知したり、排気中の水素濃度を検知したりするために、とくに常温又は低温において水素を検知する技術のより一層の向上が望まれる。
常温又は低温の液体中の水素の濃度を検出する技術として、本発明者らによる特許文献1がある。本発明者らは、特許文献1に記載された発明を更に改良し、本開示の技術に想到した。
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、水素を検知するための技術を向上させることである。
上記課題を解決するために、本開示のある態様の水素センサは、パラジウムと周期表第11族元素との合金を含み、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極と、所定量の水素を含む標準試料に接触可能に設けられた標準極と、試料極及び標準極に接触するように設けられた水素イオン伝導体と、を備える。試料極の合金は、試料極の周囲の温度において試料に含まれる水素が試料極の合金に溶解するときに合金が相転移を起こさないようにするために必要な量の周期表第11族元素を含む。
本開示によれば、水素を検知するための技術を向上させることができる。
実施の形態に係る水素センサの構成を示す図である。 Pd−H系の状態図である。 Pd−Au合金、Pd−Ag合金、及びPd−Cu合金の臨界温度を示す図である。 Pd−H系のP−T−X図である。 実施例のPd−Au合金を試料極とした水素センサによる測定結果を示す図である。 実施例のPd−Au合金を試料極とした水素センサによる測定結果を示す図である。
[水素センサの構成]
図1は、実施の形態に係る水素センサ10の構成を示す。水素センサ10は、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極12と、所定の水素濃度に保たれた標準試料に接触可能に設けられた標準極14と、試料極12及び標準極14に接触するように設けられた水素イオン伝導体16とを備える。
試料極12は、Pd(パラジウム)と周期表第11族元素であるAu(金)、Ag(銀)、又はCu(銅)との合金を含み、円筒状の外側筒部20の先端に配置される。水素を選択的に溶解させることのできるPd合金を試料極12に用いることにより、酸性度等の試料溶液の環境に左右されずに、試料の水素濃度を検知することができる。
外側筒部20は、内側筒部22の外側に、内側筒部22と同軸となるように配設される。外側筒部20は、水素が浸透あるいは透過しないガラスや樹脂などの材料により形成されており、外側筒部20と試料極12との間は電気的に絶縁されている。
試料極12は、保持層30の表面に形成され、円板状に切り出されて外側筒部20の先端に設置される。本図においては、保持層30が外側に、試料極12が内側になるように設置されているが、別の例においては、保持層30が内側に、試料極12が外側になるように設置されてもよい。前者の例では、薄膜である試料極12を物理的な刺激などから保護することができる。後者の例では、試料極12が直接試料に接触するので、応答速度を向上させることができる。
Pdと周期表第11族元素との合金は、具体的には、Pd−Au(パラジウム−金)、Pd−Ag(パラジウム−銀)、Pd−Cu(パラジウム−銅)である。これらのPd合金には、添加元素として、3族元素、4族元素、5族元素、6族元素、7族元素、鉄族元素、白金族元素を微量添加してもよい。添加元素としては、具体的には、Y(イットリウム)、Ho(ホルミウム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Ni(ニッケル)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、Ru(ルテニウム)等を用いることができる。
保持層30は、複数の流通孔を備えた多孔質膜からなる。これにより、保持層30によって試料極12を補強しながら、流通孔に試料又は電解質を流通させ、試料極12と接触させることができる。多孔質膜として、例えば、多孔質セラミックス、不織布、不織紙、限外ろ過膜(UF膜)、逆浸透膜(RO膜)、ポリエチレン等の高分子多孔質膜等を用いることができる。保持層30は、水素イオンの伝導性を有する固体電解質からなる電解質膜を含んでもよい。
試料極12は、保持層30の表面に直接成膜することにより形成されてもよい。試料極12の成膜方法として、例えば、スパッタ法、メッキ法、蒸着法等を用いることができる。これらの方法によれば、Pd合金を圧延による場合よりも薄い薄膜に形成することができる。
試料極12の厚さは、圧延により形成可能な薄膜の厚さよりも薄く、好ましくは100nm以下、より好ましくは50nm以下である。試料極12の厚さは、Pd原子の1原子層の幅である0.27nmよりも厚い。試料極12の膜厚が薄いほど、水素センサ10の応答性を向上させることができ、より速やかに試料の水素濃度を検出することができる。また、試料極12の膜厚が薄いほど、測定中に試料極12内に溶解した水素を測定後に速やかに離脱させることができる。試料極12の膜厚が薄いほど、試料極12の機械的強度が低くなるが、本開示の技術によれば、後述するように、水素センサー10の繰返し使用による試料極12の劣化や損傷を低減させることができるので、試料極12の膜厚を従来よりも薄くすることができる。
試料極12には、導電性を有するリード線32の一端が電気的に接続されている。リード線32の表面は、電気絶縁性を有する絶縁層によって覆われている。リード線32の他端は、試料に含まれる水素の濃度を算出するための演算装置40、及び、試料極12に浸透した水素を測定後に離脱させるために使用される電源装置42と接続されている。
標準極14は、円板状に形成され、円筒状の内側筒部22の先端に配置される。内側筒部22は、水素が浸透あるいは透過せず、かつ、水素イオンを伝導しないガラスや樹脂などの材料により形成されており、内側筒部22と標準極14との間は電気的に絶縁されている。
標準極14は、例えば、Pd又はPd合金により形成される。Pd合金として、具体的には、Pd−Au(パラジウム−金)、Pd−Ag(パラジウム−銀)、Pd−Pt(パラジウム−白金)、Pd−Cu(パラジウム−銅)等を用いることができる。また、Pd又はPd合金には、添加元素として、3族元素、4族元素、5族元素、6族元素、7族元素、鉄族元素、白金族元素を微量添加してもよい。添加元素としては、具体的には、Y(イットリウム)、Ho(ホルミウム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Ni(ニッケル)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、Ru(ルテニウム)等を用いることができる。
標準極14は、所定の水素濃度に保たれた標準試料に接触可能に設けられる。標準試料は、水素ガスが充填されたガスボンベ26と、内側筒部22の内周側に配置された円筒状のノズル24とを備える水素供給手段から供給される。ガスボンベ26から供給された水素ガスは、ノズル24から標準極14に向かって吹き付けられる。これにより、標準極14は、供給された水素分圧に相当する水素ポテンシャルに保たれる。内側筒部22内に供給された水素は、内側筒部22とノズル24との間の空隙を介して外部に排出される。
水素供給手段は、所定量の水素を固溶させた水素化物又は水素吸蔵合金により構成されてもよい。例えば、標準極14を構成する棒状のPd又はPd合金の周囲に、水素を固溶させた円筒状の水素化物又は水素吸蔵合金を標準極14と接触するように設け、水素化物又は水素吸蔵合金の周囲をエポキシ樹脂などにより被覆してもよい。これにより、水素供給手段の構成を簡略化し、水素センサ10を小型化することができる。また、標準極14を水素化物又は水素吸蔵合金により構成し、水素供給手段を兼ねてもよい。これにより、水素センサ10を更に小型化することができる。水素化物又は水素吸蔵合金として、具体的には、水素化したPd、水素化したZr、水素化したNb、水素化したTi、水素化したLaNi水素吸蔵合金、水素化したTiFe水素吸蔵合金、水素化したCaNi水素吸蔵合金、水素化したMgNi水素吸蔵合金、水素化したZrMn水素吸蔵合金等を用いることができる。水素化物中の水素の量は、PdH(水素化パラジウム)、ZrH(二水素化ジルコニウム)、NbH(水素化ニオブ)、TiH(二水素化チタン)などのように金属と水素の比が整数比になっていてもよいし、そうでなくてもよい。PCT曲線がプラトーになる領域を利用すれば、水素化された金属中の水素の量が多少変動しても圧力は一定に保たれる。この場合の標準極14の水素圧力は、標準極14の温度からPCT曲線を用いて決定することができる。そのために、この場合、水素センサ10には標準極14の温度を測定するための手段が設けられる。
標準極14には、導電性を有するリード線34の一端が電気的に接続されている。リード線34の表面は、電気絶縁性を有する絶縁層によって覆われている。リード線34の他端は、試料に含まれる水素の濃度を算出するための演算装置40と接続されている。
外側筒部20の内側には、水素イオン伝導性を備えた電解質からなる水素イオン伝導体16が注入されている。水素イオン伝導体16は、標準極14と試料極12との両方に接触するように、両者の間に設けられる。水素イオン伝導体16として、例えば、希硫酸、リン酸水溶液、希硝酸、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸緩衝液等の水素イオン伝導性の電解質を用いることができる。これらの電解質は、ポリアクリル酸ナトリウム等の高吸水性高分子ポリマー等に吸収させてゲル状にしてもよい。水素イオン伝導体16は、水素イオン伝導性の固体電解質であってもよい。この水素イオン伝導性の固体電解質として、例えば、スルホン酸基、リン酸基、炭酸基、カルボキシル基、パーフルオロ三級アルコール基、スルホン酸アミド基等を含むものを用いることができる。具体的には、ナフィオン(登録商標)、パーフルオロスルホン酸ポリマー、パーフルオロカルボン酸ポリマー等の水素イオン伝導性の固体電解質を用いることができる。この場合には、万が一、水素センサ10が損傷しても、水素センサ10の外部に水素イオン伝導体16の電解質が漏出するのを防止することができる。
水素センサ10により試料の水素濃度を測定するとき、試料中の水素は、試料極12に固溶して拡散し、水素イオン伝導体16と試料極12との界面まで到達する。これにより、平衡状態においては、試料極12中の水素濃度分布が一様になり、水素イオン伝導体16と試料極12との界面は、試料中の水素の水素ポテンシャルに相当する水素分圧を有している。つまり、試料極12の水素イオン伝導体16側の界面における水素分圧と試料の水素分圧とは部分平衡状態にある。他方、標準極14側では、水素供給手段から供給される水素が標準極14に固溶して拡散し、水素イオン伝導体16と標準極14との界面まで到達する。これにより、平衡状態においては、標準極14中の水素濃度分布が一様になり、水素イオン伝導体16と標準極14の界面は、水素供給手段によって供給される水素ガスの水素分圧と同等の水素分圧を有している。つまり、標準極14における水素イオン伝導体16側の界面の水素分圧と、水素供給手段によって供給される水素ガスの水素分圧とは部分平衡状態にある。
リード線32及び34によって試料極12及び標準極14と接続された演算装置40は、標準極14と試料極12との間に生じた起電力、標準極14における水素分圧、及び試料の温度に基づいて、下記のネルンストの式を用いることにより、試料極12における水素分圧を算出する。
E=(−RT/2F)ln(P1/P2)
ここで、Eは起電力、Rは気体定数、Tは温度(K)、Fはファラデー定数、P1は試料極12の水素ポテンシャルに相当する水素分圧、P2は標準極14の水素ポテンシャルに相当する水素分圧である。なお、この式における温度Tは、センサ10の温度であり、厳密には上述した標準極14の水素供給手段の温度とは異なるので、標準極14の温度を測定する手段に加えて、又は代えて、センサ10又は試料の温度を測定する手段を設けてもよい。
試料の水素濃度を検出した後、電源装置42によって試料極12と標準極14との間に電圧を印加し、電流を流すことにより、試料極12内に溶解した水素を水素イオンにして速やかに離脱させることができる。これにより、試料の水素濃度を検知した後、次回の水素濃度の検知が可能となるまでの期間を短縮することができる。前述したように、試料極12の膜厚が十分に薄い場合は、電圧を印加しなくても、試料極12内に溶解した水素が速やかに離脱するため、電圧の印加を省略してもよい。また、電源装置42を設けなくてもよい。
電源装置42によって試料極12と標準極14との間に印加される電圧は、0.4V以上0.75V以下の範囲にあることが好ましい。これにより、試料極12内の水素を水素イオンとして効率良く速やかに放出することができる。なお、電圧が0.4V未満になると、試料極12において還元反応が生じ、水素ガスが生成される場合がある。また、電圧が0.75Vを超えると、試料極12の酸化反応が生じ、試料極12が劣化するおそれがある。これらの観点から、試料極12と標準極14との間に印加される電圧は、0.5V以上0.7V以下の範囲にあることがより好ましく、0.55V以上0.65V以下の範囲にあることがさらに好ましい。これにより、試料極12における還元反応に伴う水素ガスの生成及び試料極12の酸化反応に伴う試料極12の劣化をより抑制することができる。
水素センサ10は、透析液、飲料、液体燃料、溶媒、溶液などの任意の液体状の試料に溶存する水素の濃度を検出することもできるし、大気、排気ガス、燃料ガスなどの任意の気体状の試料に含まれる水素の濃度を検出することもできる。なお、液体状の試料としては、ゼリー状、ゲル状など、試料極12が損傷しない程度の固さを有する半液体状の試料であってもよい。
[試料極として好適なPd合金を選択するための指針]
本発明者らは、図1に示す水素センサ10において、試料極12を改良するために様々な実験を重ね、Pdと周期表第11属元素との合金が試料極12として好適であることに想到した。以下に、Pdと11族元素との合金が試料極12として好適である理由と、とくに好適なPd合金を選択するための理論的指針を示す。
図2は、Pd−H系の状態図を示す。Pdの結晶中に水素が溶解するとき、臨界温度Tc未満の温度領域においては、水素を含まない純Pdと同じ結晶相であるα相と、水素を多く含むPdの結晶相であるα’相と、α相及びα’相が共存する領域とが存在し、水素の含量が増加するとα相からα’相への相転移が起こる。Tc以上の温度領域においては、Pdの結晶中に水素が溶解することによる結晶相の相転移は起こらない。
Pdを試料極12として使用する場合、水素センサ10が使用される温度が臨界温度Tc未満であれば、測定中に水素が試料からPdに溶解することによりα相からα’相への相転移が起こり、測定後にPdに溶解していた水素が大気中に拡散されると再びα’相からα相へ戻る。水素センサ10を使用するたびにα相→α’相→α相の相転移が起こると、歪みのために薄膜が次第に劣化し、使用に耐えなくなる。幾度にも亘る相転移に耐えうる機械的強度を持たせるためには、薄膜の膜厚を十分に厚くする必要があるが、膜厚が厚くなるほど水素が拡散して均一な濃度分布になるのに長い時間を要するので、応答速度が低下してしまう。このように、試料極12としてPdを使用する場合、Pdの臨界温度である293℃未満の温度領域では、試料極12の耐久性と水素センサ10の応答速度の双方を向上させることは困難であった。
しかし、水素センサ10が使用される温度が臨界温度Tc以上であれば、測定中に水素が試料からPdに溶解しても相転移が起こらないので、歪みによる薄膜の劣化を抑えることができる。したがって、試料極12の耐久性を維持しつつ、試料極12をより薄くすることができるので、水素センサ10の応答速度を向上させることができる。純Pdの臨界温度は約293℃であるが、臨界温度がより低いPd合金を選択すれば、より低い温度領域においても、試料極12の耐久性及び応答速度が向上された水素センサ10を実現することができると考えられる。
図3は、Pd−Au合金、Pd−Ag合金、及びPd−Cu合金の臨界温度を示す。本図は、本発明者が様々な文献を調査してまとめたものである。Pdに11族元素を添加すると、本図に示したように、11族元素の量が多くなるにつれて臨界温度がほぼ線形に下降する。Pd−Au合金については、Auを原子百分率で15%含む合金のデータしかないが、同族元素であるAgやCuと同様の挙動を示すと考えられる。それぞれのPd合金について算出した回帰直線の方程式は、下記の通りである。
Tc=− 8.179[Cu]+293(決定係数R≒0.9980)
Tc=−12.550[Ag]+293(決定係数R≒0.9835)
Tc=−17.533[Au]+293(決定係数R=1)
ここで、[Cu]、[Ag]、[Au]は、それぞれ、合金中の11族元素の原子百分率である。Pd−Au合金の回帰直線の決定係数が1であるのはデータが2点のみだからであるが、Pd−Ag合金及びPd−Cu合金についても0.98以上の非常に高い決定係数が得られた。
このように、本発明者らは、水素センサ10の試料極12として使用するPd合金に含まれる11族元素の量を制御することにより、水素センサ10を使用する環境の温度よりも低くなるようにPd合金の臨界温度を制御するという新たな観点を導入することにより、応答速度が速く、かつ、使用による劣化が抑えられた水素センサ10を実現することができるという知見を得た。
上記の方程式において、水素センサ10を使用する環境の温度よりも低い温度をTcに代入すると、Pd合金に必要な11族元素の原子百分率を算出することができる。例えば、−40℃程度の温度において水素センサを使用する場合、上記の方程式にTc=−40℃を代入すると、試料極としてPd−Au合金を使用する場合はAuを原子百分率で19.0%以上含有するPd−Au合金を使用するのが好ましく、Pd−Ag合金を使用する場合はAgを原子百分率で26.5%以上含有するPd−Ag合金を使用するのが好ましく、Pd−Cu合金を使用する場合はCuを原子百分率で40.7%以上含有するPd−Cu合金を使用するのが好ましいことが分かる。また、20℃程度の温度において水素センサを使用する場合、上記の方程式にTc=20℃を代入すると、試料極としてPd−Au合金を使用する場合はAuを原子百分率で15.6%以上含有するPd−Au合金を使用するのが好ましく、Pd−Ag合金を使用する場合はAgを原子百分率で21.8%以上含有するPd−Ag合金を使用するのが好ましく、Pd−Cu合金を使用する場合はCuを原子百分率で33.5%以上含有するPd−Cu合金を使用するのが好ましいことが分かる。また、100℃程度の温度において水素センサを使用する場合、上記の方程式にTc=100℃を代入すると、試料極としてPd−Au合金を使用する場合はAuを原子百分率で11.0%以上含有するPd−Au合金を使用するのが好ましく、Pd−Ag合金を使用する場合はAgを原子百分率で15.5%以上含有するPd−Ag合金を使用するのが好ましく、Pd−Cu合金を使用する場合はCuを原子百分率で23.6%以上含有するPd−Cu合金を使用するのが好ましいことが分かる。
なお、水素センサ10が、非常に微量な水素しか含まない試料の水素濃度を測定するためのみ使用される場合、水素センサ10を使用する環境の温度が臨界温度Tcよりも低くても、α相からα’相への相転移が起こるほどの量の水素が試料に含まれないのであれば、水素濃度の測定中にPd合金が相転移を起こすことはない。したがって、試料極12に使用するPd合金を選択するにあたっては、水素センサ10を使用する環境の温度により決定される臨界温度Tcのほかに、試料に含まれる水素の量も影響しうる。この点を更に考慮すると、試料極12として使用するPd合金は、試料極12の周囲の温度において試料に含まれる水素が試料極12のPd合金に溶解するときにPd合金が相転移を起こさないようにするために必要な量の周期表第11族元素を含めばよいということになる。図2には、11族元素を含まない純Pdの温度−水素含有量の状態図を示したが、Pd合金に含まれる11族元素の原子百分率を3つ目の軸とする三次元の状態図を参照することにより、臨界温度Tcと試料に含まれる水素の量から、Pd合金に含まれるべき11族元素の原子百分率を決定することができる。
Pd−Au合金は、硫化物イオンに対する被毒耐性がより強いので、硫化物イオンが存在しうる環境において水素センサ10が使用される場合には、とくに好適である。
臨界温度より高いが臨界温度に近い温度領域では、水素の溶解によるPd合金の相転移は起こらなくても、水素が試料極12のPd合金の薄膜中を拡散する速度に影響が現れうる。この点について、更に説明する。
図4は、Pd−H系のP−T−X図を示す。金属−水素系では、平衡条件が気相の圧力に強く依存するため、一般に、水素圧力(P)、温度(T)、濃度(X)の状態変数によって系の平衡状態が表される。例えば、423K(約200℃)の温度においてPdに水素を反応させると、まずα相の固溶体が生成し、水素濃度の増加に伴い平衡圧力が上昇する。水素濃度が更に上昇すると、α相とともにα’相が生成し、2相が共存する領域に入る。このとき、α相とα'相中の水素の化学ポテンシャルが同じになるため、水素の拡散が遅くなる。また、2相共存領域においては、水素圧力は一定に保たれる。さらに水素濃度が増加してα’相になると、再び水素圧力が上昇する。α’相は、水素濃度が高いため、水素の拡散が遅いことが知られている。
純Pdの臨界温度である約566K(約293℃)よりも高い温度においては、α相からα’相への相転移は起こらず、2相共存領域を経ないので、水素濃度が増加しても水素圧力が一定に保たれる領域はない。しかし、臨界温度に近い温度、例えば573Kにおいては、臨界温度よりも低い温度において2相共存領域に入る水素濃度の付近で、水素圧力の上昇が直線から外れ、傾きが緩やかになっている。このような現象は、Pd合金中の水素の拡散挙動にも影響し、水素センサの応答速度の低下につながりうると考えられる。したがって、本発明者らは、Pd合金の臨界温度の直上ではなく、臨界温度よりも数℃〜250℃程度高い温度において、水素センサの試料極として使用するのがより好ましいと考えた。逆に言えば、臨界温度が水素センサを使用する環境の温度よりも数℃〜250℃低い温度になるように、Pd合金に含まれる11族元素の量を設定するのがより好ましい。
試料極12として使用するPd合金に含まれるべき11族元素の原子百分率は、水素センサ10を使用する温度における、低濃度側でのジーベルツ則からのずれの大きさが所定の基準よりも小さくなるように決定されてもよい。ジーベルツ則からのずれの大きさは、統計学的手法を用いて算出される指標により判定されてもよい。
Pd合金は、水素のみを透過させて高純度水素を精製するための水素透過膜や、一定容積の容器から水素を排出するための水素排出膜としても利用されているが、本開示の水素センサ10は、Pd合金を水素透過膜又は水素排出膜として利用するものではないため、本開示の技術は、Pd合金を水素透過膜又は水素排出膜に利用する技術とは全く異なる。すなわち、本開示の水素センサ10の試料極12として利用するためのPd合金に要求される性能は、水素透過膜又は水素排出膜として利用するためのPd合金に要求される性能とは全く異なる。
水素透過金属膜では、一般に、単位面積・単位時間当たりの水素流束が重要である。水素透過膜の特性は、水素透過係数Φで議論される。
Φ=D×K
ここで、Dは金属膜中の水素の拡散係数であり、Kは金属への水素の溶解度係数である。水素の溶解する量が多く、水素が拡散し易い金属は、Φが大きくなり、水素透過膜として利用することができる。
一方、本開示の水素センサ10の試料極12としてPd合金を利用する場合には、「水素が高い流速で透過して抜けていく」という、いわゆる水素透過膜としての性能は要求されず、水素溶解度係数が小さくても、水素が素早く拡散し、一様な濃度になることができれば、応答性の良い水素センサを実現することができる。拡散係数は、一般に、水素濃度の関数として考えられている。すなわち、水素濃度が希薄な場合に、理想的な拡散が起こると理解されている。11族元素を多く含む合金は、PCT曲線が立ち上がり、測定条件の温度、圧力において水素濃度がより希薄になり、素早く一様な濃度分布になるため、応答性の良い試料極になり得る。
次に、11族元素の添加量の上限について考察する。水素が金属に溶解し、一様な金属−水素固溶体を形成するためには、水素が金属へ溶解する反応が自発的に起こる必要がある。すなわち、水素溶解に伴う自由エネルギー変化がマイナスであることが条件になる。これが、Pd合金における11族元素の添加量の上限を決定する根拠になると思われる。例えば、Auの場合、水素溶解のエンタルピー変化ΔHは、Auの原子百分率が80〜85%程度で0になるため、この値がPd合金に添加するAuの原子百分率の上限となる。
以上より、水素センサ10の試料極12として、11族元素とPdの合金を利用する場合に、Pd合金に添加する11族元素の好適な量は、下記の(1)〜(4)を勘案して選択する必要がある。
(1)α−α'変態を抑制する。
(2)臨界温度を使用する温度より〜250℃程度低くする。
(3)水素濃度を抑制して拡散係数を上げる。
(4)11族元素による水素拡散係数の阻害を最小にする。
水素透過膜は、できるだけ多くの水素を分離・精製することを目的に開発されてきたため、現状では、高温におけるPd合金の水素透過能について主に研究されており、低温、例えば、100℃未満、常温付近、氷点下などの温度領域におけるPd合金の特性については、ほとんど研究されていない。一般に、水素透過係数Φは温度の逆数に対して直線的に変化すると理解されているが、実際には曲線的な変化を示し、さらに、低温ではジーベルツ則からのずれが大きくなるため、低温におけるPd合金の水素拡散特性を、高温におけるPd合金の水素透過能のデータから推測することは、当業者であっても容易ではなく、上記のような知見は、本発明者らの研究により初めて明らかになったものである。
[実施例]
原子百分率で30%のAuを含むPd−Au合金の薄膜をスパッタ法により作成し、試料極12とした。上記の方程式によると、このPd−Au合金の臨界温度Tcは−233℃となるから、室温において水素がこのPd−Au合金に溶解しても相転移は起こらないはずである。薄膜の厚さは100nm(図5)、50nm(図6)とした。この試料極12を使用した水素センサ10により、水素を溶解させた水、純水素ガス、及び、所定量の水素ガスを混入させた空気を試料として、室温で水素の濃度を複数回測定した。実験結果を図5及び図6に示す。
図5は、本実施例のPd−Au合金の厚さ100nmの薄膜を試料極とした水素センサによる測定結果を示す。10回以上にわたる測定において、水素センサは全て正しい測定値を示した。また、全ての測定において、試料極に試料を接触させてから起電力の測定値が安定するまでの応答は速やかであり、試料極と試料を離隔してから起電力の測定値が元に戻るまでのリセットも速やかであった。全ての測定の終了後も、試料極12は劣化も損傷もしておらず、更なる測定に耐えうる状態であった。
図6は、本実施例のPd−Au合金の厚さ50nmの薄膜を試料極とした水素センサによる測定結果を示す。横軸のスケールが図5とは異なることに留意されたい。試料極の膜厚を50nmとした場合も、全ての測定において、試料極に試料を接触させてから起電力の測定値が安定するまでの応答は速やかであり、試料極と試料を離隔してから起電力の測定値が元に戻るまでのリセットも速やかであった。また、全ての測定の終了後も、試料極12は劣化も損傷もしておらず、更なる測定に耐えうる状態であった。
以上、本開示を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
本開示の一態様の概要は、次の通りである。本開示のある態様の水素センサは、パラジウムと周期表第11族元素との合金を含み、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極と、所定量の水素を含む標準試料に接触可能に設けられた標準極と、試料極及び標準極に接触するように設けられた水素イオン伝導体と、を備える。試料極の合金は、試料極の周囲の温度において試料に含まれる水素が試料極の合金に溶解するときに合金が相転移を起こさないようにするために必要な量の周期表第11族元素を含む。
この態様によると、試料極として使用するPd合金が相転移を起こさないようにすることができるので、試料極の膜厚を薄くすることができ、応答速度が速く、かつ、使用による劣化が抑えられた水素センサを実現することができる。
試料極の合金は、パラジウムと金との合金であってもよく、その場合、原子百分率で10%以上の金を含んでもよい。試料極の合金は、パラジウムと銀との合金であってもよく、その場合、原子百分率で15%以上の銀を含んでもよい。試料極の合金は、パラジウムと銅との合金であってもよく、その場合、原子百分率で20%以上の銅を含んでもよい。これにより、Pd合金の臨界温度を約100℃以下にすることができるので、約100℃以下の温度領域において水素センサを使用する場合にも、試料極の劣化を抑えることができる。
試料極の膜厚は100nm以下であってもよい。これにより、試料極の耐久性を維持しつつ、水素センサの応答速度を向上させることができる。
10・・・水素センサ、12・・・試料極、14・・・標準極、16・・・水素イオン伝導体、20・・・外側筒部、22・・・内側筒部、24・・・ノズル、26・・・ガスボンベ、30・・・保持層、32・・・リード線、34・・・リード線、40・・・演算装置、42・・・電源装置。

Claims (6)

  1. パラジウムと周期表第11族元素との合金を含み、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極と、
    所定量の水素を含む標準試料に接触可能に設けられた標準極と、
    前記試料極及び前記標準極に接触するように設けられた水素イオン伝導体と、
    を備え、
    前記試料極の前記合金は、前記試料に含まれる水素が前記試料極の前記合金に溶解することによる前記合金の相転移の臨界温度が、当該水素センサに対して想定されている使用温度よりも低くなるようにするために、原子百分率で10%以上の金を含むことを特徴とする水素センサ。
  2. 前記水素センサに対して想定されている使用温度は293℃よりも低い請求項に記載の水素センサ。
  3. パラジウムと周期表第11族元素との合金を含み、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極と、
    所定量の水素を含む標準試料に接触可能に設けられた標準極と、
    前記試料極及び前記標準極に接触するように設けられた水素イオン伝導体と、
    を備え、
    前記試料極の前記合金は、原子百分率で20%以上の銅を含むことを特徴とする水素センサ。
  4. 前記試料極の膜厚が50nm以下であることを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の水素センサ。
  5. 請求項1又はに記載の水素センサを、前記合金の相転移の臨界温度よりも高い温度で使用することを特徴とする方法。
  6. パラジウムと周期表第11族元素との合金を含み、測定対象の試料に接触可能に設けられた試料極と、
    所定量の水素を含む標準試料に接触可能に設けられた標準極と、
    前記試料極及び前記標準極に接触するように設けられた水素イオン伝導体と、
    を備えた水素センサの使用方法であって、
    前記試料極の前記合金は、前記試料に含まれる水素が前記試料極の前記合金に溶解することによる前記合金の相転移の臨界温度が、前記水素センサに対して想定されている使用温度よりも8℃〜250℃低くなるようにするために必要な量の周期表第11族元素を含み
    前記水素センサを前記合金の相転移の臨界温度よりも8℃〜250℃高い温度で使用することを特徴とする方法。
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