以下、添付した図面を参照しながら、好ましい実施形態について説明する。なお、図面の説明において、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
[燃料電池用金属セパレータ]
本実施形態の燃料電池用金属セパレータは、基材と、前記基材上に形成されたクロムオキシカーバイド層と、前記クロムオキシカーバイド層上に形成された導電性層と、を有することを特徴とするものである。かかる構成を有することにより、上記した発明の効果を有効に発現し得るものである。
図1は、本実施形態の燃料電池用金属セパレータ(以下、単に金属セパレータとも称する)の積層構造の一態様を示す断面概略図である。図1に示す金属セパレータ20は、金属基材21と、金属基材21の両面に形成(成膜)されたクロムオキシカーバイド層23と、クロムオキシカーバイド層23上に形成(成膜)された導電性層25とを有する。図1では、導電性層25が、クロムオキシカーバイド層23上に、導電性中間層25a、導電性炭素層(DLC層)25bの順に形成(成膜)された2層(積層被膜)構造の例を示している。但し、本実施形態では、かかる2層(積層被膜)構造に特に制限されるものではなく、導電性層25が、導電性炭素層(DLC層)25bからなる1層(単層被膜)構造(図示せず)であってもよい。
本実施形態の金属セパレータにより上記効果が得られる理由について、詳細は不明であるが、以下のように考えられる。
本発明者らは、金属基板表面上のクロムオキシカーバイド層を導電性層(DLC層)で被覆・保護することで、クロムオキシカーバイド層が腐食環境で変質し、低い接触抵抗が維持できないという課題を解決し得ることを見出した。これにより、クロムオキシカーバイド層本来の性能である、燃料電池用金属セパレータに要求される耐食性、低い接触抵抗、電気伝導性、加工性、強度、軽量性等の性能を有効に発現することができることがわかった。
更に、金属基板上にDLC層を形成した構成では、最表層のDLC層が腐食環境において自然電位+1Vのとき、1時間以内に完全に溶解してSUS基板の金属イオンが溶出するという課題が示されている(特許文献1の実施例参照)。かかる最表層の導電性層(DLC層)が溶解するという課題に対しては、特許文献1のようにクロムオキシカーバイド層で被覆・保護する構成が必要かつ有効であると考えられていた。ところが金属基板と導電性層(DLC層)の間にクロムオキシカーバイド層を設けたことで、意外にも腐食環境下、最も過酷な環境に晒される最表層のDLC層の溶解を抑制できる(DLC溶解抑制効果を有する)という予期し得ない効果が得られることを見出した。(この作用メカニズムの詳細は不明である)。その結果、最表層の導電性層(DLC層)が腐食環境でも安定な保護層として機能(作用)することにより、クロムオキシカーバイド層の変質による接触抵抗の上昇を防止することができる(十分な耐食性を発現できる)。更に金属基板からの金属イオンの溶出を効果的に防止できる(この点でも十分な耐食性を発現できる)ことがわかった。
上記したように本実施形態に係る金属セパレータでは、金属基材と、前記金属基材上に形成されたクロムオキシカーバイド層と、前記クロムオキシカーバイド層上に形成された導電性層とを有することで、十分な耐食性を持ち、低い接触抵抗を実現できる。なお、上記メカニズムは推測によるものであり、本実施形態の金属セパレータがこれに制限されるものではない。
以下、本実施形態の金属セパレータの構成要素について説明する。
[導電性層25]
本実施形態の金属セパレータ20を構成する導電性層25として、導電性炭素層25bを有するのが好ましい。更に必要に応じて、導電性中間層25aを有していてもよいし、更に他の導電性層を有していてもよい。以下、好適な導電性層25である導電性炭素層25bと、これと併用可能な導電性中間層25aについて説明するが、従来公知の他の導電性層と併用してもよいことは言うまでもない。また、導電性炭素層25bは、1層(単層被膜)構造であってもよいし、2層以上の(積層被膜)構造であってもよい。本実施形態では、導電性層25(導電性炭素層25b、任意の導電性中間層25a)、更には金属基材及びクロムオキシカーバイド層を含めた構成がいずれも導電性を有する必要がある。かよって、導電性層を含めた金属セパレータが導電性を有するとは、金属セパレータの接触抵抗(測定方法は実施例参照)が、腐食環境に晒される前(実施例の腐食試験前)では、測定面圧1MPaで10mΩ・cm2以下、好ましくは5mΩ・cm2以下であればよい(図8A参照)。腐食環境に晒された状態(実施例の腐食試験後)では、測定面圧1MPaで50mΩ・cm2以下、好ましくは30mΩ・cm2以下であればよい(図8B参照)。
[導電性炭素層25b]
導電性炭素層25bは導電性炭素を含む層である。この導電性炭素層25bは、クロムオキシカーバイド層23や導電性中間層25aとの密着性を向上させることができる。更にクロムオキシカーバイド層23を被覆・保護することで、クロムオキシカーバイド層23が腐食環境で変質するのを抑制し、低い接触抵抗が維持でき、十分な耐食性を発現できる。これにより、クロムオキシカーバイド層本来の性能である、燃料電池用金属セパレータに要求される耐食性、低い接触抵抗、電気伝導性、加工性、強度、軽量性等の性能を有効に発現することができる。また本実施形態の金属セパレータでは、最表層の導電性層(DLC層)が腐食環境でも安定な保護層として機能(作用)することにより、クロムオキシカーバイド層の変質による接触抵抗の上昇を防止することができる(十分な耐食性を発現できる)。更に金属基板からの金属イオンの溶出を効果的に防止できる(この点でも十分な耐食性を発現できる)。導電性炭素の例としては、多結晶グラファイトが挙げられる。ここで「多結晶グラファイト」とは、微視的にはグラフェン面(六角網面)が積層した異方性のグラファイト結晶構造(グラファイトクラスター)を有するが、巨視的には多数の当該グラファイト構造が集合した等方性結晶体である。したがって、多結晶グラファイトは、ダイヤモンドライクカーボン(DLC;Diamond−Like Carbon)の1種であるということもできる。導電性炭素層25bとして使用することができるのは、導電性を有するダイヤモンドライクカーボン層(DLC層)である。詳しくは、抵抗率10Ω・cm以下の導電性を有するDLC層であれば、厚さ1μmの層を形成すると、1平方センチメートル当たりの抵抗値は1mΩ以下となり、実用上は問題なく使用することができる。より低い接触抵抗(例えば、10mΩ・cm2以下)にするためにはDLC層の抵抗率を0.1Ω・cm以下とすることが望ましい。
本実施形態では導電性炭素層25bは多結晶グラファイトのみから構成されてもよいが、導電性炭素層25bは多結晶グラファイト以外の材料をも含みうる。導電性炭素層25bに含まれうる多結晶グラファイト以外の炭素材料としては、カーボンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、カーボンナノホーン、カーボンフィブリルなどが挙げられる。また、カーボンブラックの具体例として、以下に制限されることはないが、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック、ランプブラック、オイルファーネスブラックもしくはサーマルブラックなどが挙げられる。なお、カーボンブラックは、グラファイト化処理が施されていてもよい。また、導電性炭素層25bに含まれうる炭素材料以外の材料としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)等の貴金属;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の撥水性物質;導電性酸化物などが挙げられる。多結晶グラファイト以外の材料は、1種のみが用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
導電性炭素層(DLC層)25bの形成(成膜)方法としては、特に制限されるものではなく、従来公知の製造方法を利用することができ、湿式成膜法および乾式成膜法のいずれも利用することができる。例えば、湿式成膜法としては、カーボンペースト(グラファイト等の炭素材料の粉(粉末)+樹脂バインダー+溶媒)を塗布する方法(塗布法)等を用いることができる。上記グラファイト等の炭素材料の粉(粉末)の平均粒子径としては、本実施形態の作用効果を損なわない範囲であれば特に制限されるものではないが、50〜130nmの範囲が好ましい。また、上記樹脂バインダーとしては、本実施形態の作用効果を損なわない材料であれば特に制限されるものではなく、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVdF、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が例示できるが、これらに制限されるものではない。さらに、上記溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、水等が例示できるが、これらに制限されるものではない。さらに、上記グラファイト等の炭素材料の粉(粉末)と樹脂バインダーの配合比率(質量比)としては、本実施形態の作用効果を損なわない範囲であれば特に制限されるものではないが、上記グラファイト等の炭素材料の粉(粉末)配合量は固形成分の30〜70質量%の範囲が好ましい。また樹脂バインダーの配合量も固形成分の30〜70質量%の範囲が好ましい。導電性炭素層(DLC層)25bを形成(成膜)するのに好適に用いられる手法としては、乾式成膜法が好ましい。導電性炭素層の乾式成膜法による形成(成膜)方法は、特に制限されない。例えば、導電性炭素層25bの構成材料(例えば、グラファイト)をターゲットとして、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)上に導電性炭素を含む層を原子レベルで積層(成膜)することにより、導電性炭素層を形成することができる。これにより、直接付着した導電性炭素層25bとクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)との界面およびその近傍は、分子間力や僅かな炭素原子の進入によって、長期間にわたって密着性が保持されうる。かかる乾式成膜法の具体例としては、例えば、スパッタリング法やイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法;熱CVD(Chemical Vapor Deposition)法、プラズマCVD法、光CVD法等の化学気相成長(CVD)法などが挙げられる。またフィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法などが挙げられる。スパッタリング法としては、マグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、デュアルマグネトロンスパッタ法、ECRスパッタリング法などが挙げられる。また、イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでも、スパッタリング法およびイオンプレーティング法を用いることが好ましく、スパッタリング法を用いることが特に好ましい。かような手法によれば、表層部として水素含有量の少ない炭素層(特に乱層構造のグラファイト構造)を形成することができる。その結果、炭素原子同士の結合(sp2混成炭素)の割合を増加させることができ、優れた導電性が達成されうる。これに加えて、比較的低温で成膜が可能であり、金属基材やクロムオキシカーバイド層や導電性中間層へのダメージを最小限に抑えることができるという利点もある。さらに、スパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、クロムオキシカーバイド層や導電性中間層の結晶構造を制御したり、成膜される各層の膜質をコントロールしたりできるという利点もある。
ここで、導電性炭素層25bの成膜を乾式成膜法であるスパッタリング法により行なう場合には、上記した通り、スパッタリング時に金属基材21に対して負のバイアス電圧を印加するとよい。かような実施形態によれば、イオン照射効果によって、上記したクロムオキシカーバイド層23や導電性中間層25aのように結晶構造の制御ができ、導電性炭素層25bの構造を境界層と表層部で変化させることができる。これにより、耐腐食性向上に寄与するクロムオキシカーバイド層や導電性中間層の形成や本実施形態における導電性炭素層のように高い密着性と低い接触抵抗を両立し得る導電性炭素層(DLC層)を得ることができる。
さらに、上記イオン照射効果によって、グラファイトクラスターが緻密に集合した構造の導電性炭素層(DLC層)が成膜されうる。このような導電性炭素層25bは、クロムオキシカーバイド層23や導電性中間層25aとの高い密着性を有しつつ、表層部は優れた耐食性、導電性を発揮しうることから、燃料電池の他の部材(MEA等)との接触抵抗の小さい導電部材(金属セパレータ)が提供されうる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性炭素層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。さらに導電性炭素層25bでは、導電性炭素層25b成膜時における(負の)バイアス電圧を低い値から高い値へ変化させる手法を用いてもよい。具体的には、導電性炭素層25b成膜時の初期では、クロムオキシカーバイド層23や導電性中間層25aとの間に隙間や欠陥を生じないように低いバイアス電圧(0Vより高ければよく、0V超〜50V)で成膜を開始する。その後バイアス電圧を高い値(通常200〜500V、好ましくは200〜300V)に移行させ導電性が高いDLC層に変化させてもよい。或いは、一定のバイアス電圧(通常50〜500V、好ましくは100〜300V)とする手法を用いてもよい。この場合にも、クロムオキシカーバイド層23や導電性中間層25aが金属基材21との間に介在することで、隙間や欠陥を生じ難く、導電性が高い導電性炭素層(DLC層)とすることができる。
この他にも、導電性炭素層(DLC層)25bの形成(成膜)方法としては、マグネトロンスパッタリング法を好適に用いることができる。図2は、マグネトロンスパッタリング法の1種である、直流マグネトロンスパッタリング法(DCMS法)で用いられる成膜装置の1例を説明するための上面模式図である。図3は、図2の真空チャンバ(容器)の壁を省略し、各部材の電位関係(真空チャンバ内の電源系統)を模式的に示した部分断面図である。
直流マグネトロンスパッタリング法(DCMS法)で用いられる成膜装置は、図2に示すように、1つの真空チャンバ601内に、複数のターゲット(カソード)6101〜6104が設置されている。真空チャンバ601内は10−1〜10−2Torrレベルで保持され、必要に応じて、給気口(図示せず)より、N2、Ar等のガス(図示せず)を導入することが出来る。不要な雰囲気ガスや余分なガスソースは、真空チャンバ601内の所定の圧力(真空圧等)を制御すべく、排気口(図示せず)より適宜排気される。これにより多層膜を連続的に成膜することができる。このような多層膜を連続形成可能な成膜装置を用いることで、一度真空チャンバ601内を高真空にしたのち、真空を解除することなく、クロムオキシカーバイド層を形成した基材501上に、例えば、導電性中間層(Cr層)(図示せず)と導電性炭素層(DLC層)(図示せず)を連続的に成膜することができる。このためクロムオキシカーバイド層を形成した基材501上に導電性中間層(Cr層)と導電性炭素層(DLC層)を積層して成膜する際の時間が短くて済む。
各ターゲット6101〜6104の裏面にはそれぞれ独立した磁気回路6201〜6204が配置されている。
真空チャンバ601内には、複数の基材501を固定し、均一な成膜を実現するための回転ステージ650が設けられている。回転ステージ650が回転することで、各ターゲット6101〜6104からのスパッタリングによる成膜が行われる。
また、図3に示すように、基材501(回転ステージ650)と各ターゲット6101〜6104は、それぞれ独立した電源656および655に接続されている。基材501には回転ステージ650からバイアスが印加される。これにより各ターゲット6101〜6104に対する基材501のバイアスを自在に制御可能としている。なお、図3においては、ターゲット6101の場合を示したが、他の各ターゲット6102〜6104も同様に、それぞれ独立した電源に接続されている。また、DC電源655や各ターゲット6101(〜6104)と真空チャンバ601との間は絶縁体670で電気的に絶縁(遮断)されており、真空チャンバ601は接地されている。
直流マグネトロンスパッタリング法(DCMS法)では、上記した成膜装置を用いて、ターゲット6101の位置に導電性炭素層(DLC層)成膜用ターゲット(例えば、グラファイトターゲット)、ターゲット6103の位置に、導電性中間層(Cr層)成膜用ターゲット(例えば、Crターゲット)を配置して、初めに、導電性中間層(Cr層)を成膜後、その上から導電性炭素層(DLC層)を連続して成膜することができる。各成膜時のスパッタ条件(成膜条件)のうち、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、各層を成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。なお、導電性炭素層(DLC層)だけを直流マグネトロンスパッタリング法(DCMS)で製膜する場合には、ターゲット6103の位置にも、導電性炭素層(DLC層)成膜用ターゲット(例えば、グラファイトターゲット)を設けてもよい。
なお、このような成膜装置は、あくまでも直流マグネトロンスパッタリング法(DCMS法)で用いられる成膜装置の1例であり、本実施形態がこのような成膜装置を用いることに限定されるものではない。もちろん直流マグネトロンスパッタリング法(DCM法S)を実施する際には単層膜をスパッタする装置を用い、導電性中間層(Cr層)と導電性炭素層(DLC層)を別々に成膜してもよい。或いは、任意な導電性中間層(Cr層)を設けることなく、導電性炭素層(DLC層)のみを成膜してもよい。
この他にも、導電性炭素層(DLC層)25bの形成(成膜)方法としては、例えば、特開2010−024476号公報に記載の製造方法を用いることも好ましい態様の1つである。かかる製造方法により、抵抗率10mΩ・cm以下、好ましくは0.1Ω・cm以下の導電性炭素層25b(DLC層)を得ることができるためである。この他にも、例えば、大電力パルススパッタリング法(以下、HiPIMS法と称する)を用いることもできる。HiPIMS法を採用することにより、接触抵抗の低い導電性炭素層(DLC層)25bを高い成膜レートで成膜することができる点で好ましい態様の1つである。更にグラファイト構造の形成によるクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)との密着性の阻害を十分に抑えられる点でも好ましい態様の1つである。この他にも、例えば、アークイオンプレーティング法等が挙げられる。導電性炭素層(DLC層)25bに接するようにクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)を形成した場合の導電性炭素層(DLC層)25b及びクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)の密着性の観点からは、HiPIMS法が好ましい。以下では、このHiPIMS法について説明する。
図4は、HiPIMS法で用いられる成膜装置の一例を模式的に示した概略図である。成膜装置100は、真空チャンバ11と、真空チャンバ11内に設置された炭素原料電極14と間隔を隔てて対向配置された金属基材21とを備えている。金属基材21上には、クロムオキシカーバイド層23(更に必要に応じて導電性中間層25a)が配置されている。炭素原料電極14には、パルス電圧(負電圧)を印加するための、基板原料電極用パルス電源(HiPIMS電源)17が接続されている。金属基材21には、DC電源18が接続されている。真空チャンバ11は、接地されている。また、真空チャンバ11には、外部から、スパッタ用雰囲気ガスであるアルゴンガスを導入するためのアルゴンガス管15が、アルゴンガス導入ポート16を経て導入されている。
成膜装置100においては、真空チャンバ11内にアルゴンガスが導入され、炭素原料電極(ターゲット)14に、スパッタリング用パルス電源17からパルス電圧が印加される。これにより、アルゴンガスが電離し、炭素原料電極(ターゲット)14近傍にプラズマが発生する。このプラズマにより、炭素原料の炭素原子がスパッタされる。HiPIMS法では高いパルス電圧を印加するためプラズマの密度が高くなり、スパッタされた炭素原子もイオン化され得る。金属基材21に負バイアス電圧をかけることにより、このような炭素イオンを引き付け、炭素被膜として堆積させる。これにより、高速の成膜レートが実現でき、得られた炭素膜は緻密で接触抵抗の低いものとなる。さらに、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)に負バイアス電圧が印加されていることにより、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)近傍の水分が蒸発し、堆積する炭素被膜中に水分が含まれなくなる。これによっても、炭素被膜の接触抵抗が低下する。
クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)に負バイアス電圧を印加する基材用電源としては、DC電源、RF電源、パルス電源等のいずれを用いてもよいが、DC電源18が好ましい。すなわち、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)に直流電圧を印加することが好ましい。DC電源18により、一定の負バイアス電圧をかけることにより、金属基板21が一定して炭素イオンを引き付けることができ、接触抵抗をはじめとする膜質の制御が可能となるためである。パルス電源を用いる場合には、炭素イオンを効率的に引き付けるため、炭素原料電極用のパルス電源17のパルス電圧と同期させることが好ましい。
炭素原料電極14に印加する負パルス電圧E1は、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)の負バイアス電圧よりも大きいことが好ましい。負パルス電圧E1が負バイアス電圧よりも大きいことで、密着性の良い炭素被膜を製造することができる。
また、炭素原料電極14に印加する負パルス電圧E1およびクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)に印加する負バイアス電圧は、共に好ましくは800V以上、より好ましくは900V以上の負電圧である。パルス電圧E1が800V以上の負電圧であると、プラズマの密度が高くなり、スパッタリングされた炭素原子もイオン化される。負バイアス電圧が800V以上の負電圧であると、発生した炭素原子イオンを引き付けるため、成膜レートが高速となり、炭素被膜も緻密化され、接触抵抗の低い炭素被膜とできる。また、パルス電圧E1が800V以上であると、堆積した炭素被膜の膜剥がれを防ぐ効果もある。負パルス電圧E1と負バイアス電圧との差は、100V以上であることが好ましい。負パルス電圧E1および負バイアス電圧の上限には特に制限はない。
図5は、炭素原料電極14に印加する電圧の波形を模式的に示した図である。図5に示す波形において、負電圧Aの絶対値がE1である。図5中、炭素原料電極14に印加する負パルス電圧E1は、周波数(パルス電源の周波数)が好ましくは500〜2000Hz、より好ましくは500〜1500Hzであり、パルス幅Cが好ましく50〜400μs、より好ましくは50〜200μsである。周波数が500Hz以上であれば、成膜レートが向上し、十分な成膜レートで炭素被膜を堆積することができる。一方、現在使用可能な電源によって2000Hzが上限値となるが、周波数の上限には特に制限はない。
パルス幅Cが50μs以上であれば、十分な速度で成膜ができる。一方、電源容量上の制限からは400μsが上限値となるが、パルス幅Cの上限には特に制限はない。また、パルスの周期Bとパルス幅Cとの比であるduty(C/B×100(%))は、0<duty<100%であれば、十分な速度で成膜ができる。なお、成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
真空チャンバ11に導入されるスパッタ用雰囲気ガスとしては、アルゴン、クリプトン、酸素、炭化水素系ガスまたはこれらの混合ガスのいずれかである。このうち、特にアルゴンガスを好ましく用いることができる。
また、金属基材21は、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)を備え、炭素被膜を形成させるための基板としても機能する。金属基材21の構成材料は、後述する金属(合金)材料が好ましい。本実施形態のように基材21の構成材料が金属(合金)である場合、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)を形成する前に、金属基材21の表面をイオンボンバード処理(酸化膜除去処理)することが特に好ましい。イオンボンバード処理とは、イオン化したアルゴンガス等を金属表面にたたき付けて洗浄する方法である。これにより、金属基材表面に形成された酸化膜や水酸化膜などの不動態被膜を破壊することができる。表面をイオンボンバード処理することにより、金属基材21表面へのクロムオキシカーバイド層23の密着性を向上させることができ、更に接合抵抗が大きくなるのを効果的に防止することができる点で優れている。上記酸化膜除去処理(イオンボンバード処理など)は、HiPIMS法以外の他の成膜方法にも適用し得るものである。
以上が、HiPIMS法で導電性炭素層(DLC層)を成膜(形成)する場合の成膜条件の一例(第1のHiPIMS法)であるが、上記以外の成膜条件でも導電性炭素層(DLC層)を成膜可能である。例えば、HiPIMS法で導電性炭素層(DLC層)を成膜する場合の成膜条件の他の一例(第2のHiPIMS法)としては、印加する負のバイアス電圧は、700〜1200Vであることが好ましい。このような範囲の負のバイアス電圧を印加することにより、Ar+イオンが炭素被膜(導電性炭素層;DLC層)の表面により衝突するようになり、炭素被膜(導電性炭素層;DLC層)の表面がダングリングボンドを有しやすくなる。したがって、自由に移動できる電子が多くなるため、形成された導電性炭素層(DLC層)と他の部材(特に燃料電池の他の構成部材)とはオーミック接触するようになり、積層方向の接触抵抗が低減する点で優れている。かように積層方向の接触抵抗が低減されることで、積層方向の導電性が十分に確保された導電性炭素層(DLC層)となり、グラファイト成分の減少を抑制することができる。さらに、導電性炭素層(DLC層)自体の内部応力の増大をも抑制することができ、導電性炭素層25b全体とクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)との密着性をより一層向上させることができる点でも優れている。
導電性炭素層(DLC層)25bは、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)に最も近い層であるが、好ましくはクロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)と導電性炭素層(DLC層)25bとが接している形態である。
導電性炭素層(DLC層)25bの膜厚は特に制限されないが、好ましくは20〜80nmである。安定した導電性炭素層(DLC層)形成及び成膜時間が長くなり過ぎないようにする観点から、より好ましくは20〜50nmである。導電性炭素層(DLC層)25bの膜厚がかような範囲であれば、上記した発明の効果(上記した作用メカニズムによる効果)を十分に発揮し得る。
なお、本実施形態においては、導電性炭素層25bは金属セパレータ20の一方の主表面にのみ存在させてもよい。しかしながら、好ましくは図1などに示すように、金属セパレータ20の他の主表面にも(即ち、金属基材21の両表面に)導電性炭素層25bが存在した構成とするのが好ましい。これは、金属基材21の両表面において、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)を介して金属基材21と、導電性炭素層25bとの密着性を確保しつつ、腐食環境においても金属基材21の耐食性(防食効果)をより一層維持できるためである。
本実施形態においては、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)を介して金属基材21のすべてが、導電性炭素層25bにより被覆されている。換言すれば、本実施形態では、導電性炭素層25bにより金属基材21が被覆された面積の割合(被覆率)は100%である。ただし、かような形態のみには限定されず、被覆率は100%未満であってもよい。導電性炭素層25bによる金属基材21の被覆率は、好ましくは50%以上であり、より好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは90%以上であり、最も好ましくは100%である。かような構成とすることにより、導電性炭素層25bにより被覆されていない、金属基材21の露出部への酸化皮膜の形成に伴う導電性・耐食性の低下が効果的に抑制されうる。なお、本実施形態のように、クロムオキシカーバイド層23(ないし導電性中間層25a)が金属基材21と導電性炭素層25bとの間に介在する場合には、上記被覆率は、金属セパレータ20を積層方向から見た場合に、導電性炭素層25bと重複する金属基材21の面積の割合を意味するものとする。
また、図1に示す導電性炭素層25bは、上記したように単層構造であってもよいし、成膜条件を変えて形成した2つの層が積層された2層構造であってもよい。この場合、例えば、上記した第1のHiPIMS法により成膜(形成)した層と、上記した第2のHiPIMS法により成膜(形成)した層が積層された2層構造の導電性炭素層25b等が例示できる。ただし、本実施形態の金属セパレータはこの形態には限定されず、3層以上の積層構造である導電性炭素層(DLC層)を有していてもよい。上記した第1のHiPIMS法により成膜(形成)した層や上記した第2のHiPIMS法により成膜(形成)した層以外の他の導電性炭素層の例としては、例えば、第1のHiPIMS法により成膜(形成)した層と同様の膜質を有する層や第2のHiPIMS法により成膜(形成)した層と同様の膜質を有する層が挙げられる。その他の導電性炭素層の層順や層数は特に制限されない。
[導電性中間層25a]
本実施形態において、金属セパレータ20は、クロムオキシカーバイド層23上(クロムオキシカーバイド層23と導電性炭素層(DLC層)25bとの間)に、必要に応じて、導電性層25を構成する層として、導電性中間層25aを有していてもよい。この導電性中間層25aは、金属基材21上のクロムオキシカーバイド層23と導電性炭素層25bとの密着性を向上させるという機能や、金属基材21やクロムオキシカーバイド層23からのイオンの溶出を防止するという機能を有する点で優れている。導電性中間層25aの好ましい層数は、1〜5層である。
導電性中間層25aを構成する材料としては、上記の密着性の付与やイオンの溶出防止の機能を有するものであれば特に制限されない。例えば、長周期型周期表の第4族の金属(Ti、Zr、Nf)、第5族の金属(V、Nb、Ta)、第6族の金属(Cr、Mo、W)、ならびにこれらの炭化物、窒化物および炭窒化物などが挙げられる。なかでも好ましくは、クロム(Cr)、タングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)もしくはハフニウム(Hf)といったイオン溶出の少ない金属、またはこれらの窒化物、炭化物もしくは炭窒化物が用いられる。より好ましくは、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物が用いられる。特に、CrもしくはTi、またはこれらの炭化物もしくは窒化物を用いる場合、導電性中間層25aの役割として、上側の導電性炭素層25bとの密着性確保と、下側の金属基材21及びクロムオキシカーバイド層23の防食効果がある。特にCrおよびTi、なかでもCrの場合、不動態皮膜の形成により、露出部が存在していたとしても、それ自体の溶出がほとんど見られないという観点から、特に有用である。
導電性中間層25aの形成方法としては、乾式成膜法が好ましい。かかる乾式成膜法の具体例としては、例えば、スパッタリング法やイオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法;熱CVD(Chemical Vapor Deposition)法、プラズマCVD法、光CVD法、プラズマCVD法等の化学気相成長(CVD)法などが挙げられる。また、フィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法なども挙げられる。スパッタリング法としては、直流マグネトロンスパッタリング(DCMS)法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、デュアルマグネトロンスパッタリング法、電子サイクロトロン共鳴スパッタリング(ECRスパッタリング)法などが挙げられる。イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでもスパッタリング法またはイオンプレーティング法を用いることが好ましい。かような方法であれば、比較的低温で成膜が可能であり、金属基材21及びクロムオキシカーバイド層23へのダメージを最小限に抑えることができる。さらにスパッタリング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、導電性中間層25aの結晶構造を制御したり、膜質をコントロールしたりできるという利点もある。
導電性中間層25aは、上述のように金属基材21やクロムオキシカーバイド層23の防食効果を高めることができ、アルミニウムのような腐食しやすい金属の場合でも、金属セパレータの金属基材21として適用できる。当該形態において、印加される負のバイアス電圧の大きさ(絶対値)は特に制限されず、導電性中間層25aを成膜可能な電圧が採用されうる。一例として、印加される電圧の大きさは、好ましくは50〜500Vであり、より好ましくは100〜300Vである。
なお、導電性中間層25a及び導電性炭素層25bの成膜時のその他の条件等の具体的な形態は特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。また、UBMS法により導電性炭素層25bを成膜する場合には、予め同様の装置及び製法で導電性中間層25aを形成しておき、その上に導電性炭素層25bを形成することが好ましい。これにより、下地層との密着性に優れる導電性中間層25a及び導電性炭素層25bが形成されうる。ただし、他の手法によって導電性中間層25aを形成し、異なる装置や製法にて導電性炭素層25bを成膜するようにしても良い。この場合であっても、クロムオキシカーバイド層23との密着性に優れる導電性中間層25a、更には導電性炭素層25bが形成されうる。
必要に応じて用いられる導電性中間層25aは1層以上であれば、その層数は特に制限されない。また、必要に応じて用いられる導電性中間層25aの膜厚も特に制限されない。ただし、金属セパレータ20をより薄膜化することにより、燃料電池のスタックのサイズをできるだけ小さくするという観点から、導電性中間層25aの膜厚(2層以上の場合はその総厚)は、好ましくは10nm〜10μmであり、より好ましくは15nm〜5μmである。また、さらに好ましくは20nm〜5μmであり、特に好ましくは100nm〜2μmである。安定した導電性中間層形成及び成膜時間が長くなり過ぎないようにするの観点から、最も好ましくは100〜200nmである。導電性中間層25aの膜厚が10nm以上であれば、均一な層が形成され、金属基材21及びクロムオキシカーバイド層23の耐食性を効果的に向上させることが可能となる。一方、導電性中間層25aの膜厚が10μm以下であれば、導電性中間層25aの膜応力の上昇が抑えられ、金属基材21やクロムオキシカーバイド層23や導電性炭素層25bに対する被膜追従性の低下やこれに伴う剥離・クラックの発生が防止されうる。
また、図1に示す導電性層25は、導電性中間層25aおよび導電性炭素層25bがそれぞれ1層ずつ積層された2層構造であるが、本実施形態の金属セパレータはこの形態には限定されず、3層以上の積層構造である導電性層25を有していてもよい。導電性中間層25aおよび導電性炭素層25b以外の他の導電性層の例としては、導電性中間層25aと同様の膜質を有する層や電性炭素層25bと同様の膜質を有する層が挙げられる。その他の導電性層の層順や層数は特に制限されない。
[クロムオキシカーバイド(CrxCyOz)層23]
本実施形態において、金属セパレータ20は、金属基材21上(金属基材21と導電性層25との間)に、クロムオキシカーバイド層23を有することを特徴とするものである。このクロムオキシカーバイド層23は、金属基材21と導電性層25との密着性を向上させるという機能や、金属基材21からのイオンの溶出を防止するという機能を有する点で優れている。本実施形態では、上記したように、クロムオキシカーバイド層23を形成する前に、予めイオンボンバード処理を行うことで金属基材21表面に形成された酸化膜や水酸化膜などの不動態被膜を破壊するのが好ましい。
クロムオキシカーバイド層23の抵抗率は約0.2mΩ・cmである。クロムオキシカーバイド層23の厚さは特定されるものではない。クロムオキシカーバイド層の膜厚は厚いほど金属基板からの金属イオンの溶出を低減させることが可能である。さらに、クロムオキシカーバイド層の膜厚が厚ければ金属セパレータとしての強度が増大する。また所定の厚さ以上あれば、上記作用効果を損なうことなく有効に発現し得るため好ましい。このような観点から、クロムオキシカーバイドの膜厚は、好ましくは0.5nm以上、より好ましくは2nm以上、さらに好ましくは3nm以上、特に好ましくは5nm以上、なかでも好ましくは10nm以上、最も好ましくは30nm以上であり、5μm以下、好ましくは2μm以下、より好ましくは1μm以下、さらに好ましくは500nm以下、特に好ましくは200nm以下、なかでも好ましくは100nm以下、とりわけ好ましくは50nm以下、もっとも好ましくは20nm以下の範囲である。そして、好ましくは0.5nm以上200nm以下の範囲の厚さで、より好ましくは0.5nm以上100nm以下、更に好ましくは0.5nm以上50nm以下の厚さで、さらに好ましくは0.5nm以上20nm以下の厚さで用いられる。但し上記した効果を損なうことなく有効に発現し得る厚さであれば、上記に規定する範囲に特に制限されるものではない。
また、(層23を構成する又は主成分とする)クロムオキシカーバイドは、クロム、炭素、酸素からなる化合物で二つの面心立方副格子からなる塩化ナトリウム(NaCl)型結晶に類似の立方晶である。ここでNaCl型結晶に類似の立方晶とは、NaCl型結晶のように2つの面心立方副格子から構成されるが、1つの面心立方副格子は必ずしも単一の元素で占有されていない立方晶をいう。プラズマCVD法で作成されるクロムオキシカーバイドの格子定数は0.410nmでCrxCyOzと書かれるCr、C、Oの組成比率(x、y、z)は、X線光電子分光(XPS:X−ray Photoelectron Spectroscopy)法による組成分析で(0.5、0.25、0.25)である。(Japanese Journal of Applied Physics, Vol.28, pp.1450−1454 (1989)(非特許文献1という)参照。)。一般に、製法および成膜条件の違いにより、格子定数、化学組成には、ばらつきが生じる。例えば、反応性スパッタリング法で、成膜条件を種々変えて作成した格子定数0.42nmの3つのクロムオキシカーバイド膜が開示されている。(Journal of the American Ceramic Society, Vol.84, pp.1763−1766 (2001)(非特許文献2という)参照。)。それら3つの試料のCr、C、Oの組成比率(x、y、z)は、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro−Analyzer)法による組成分析では(0.368、0.215、0.417)、(0.298、0.045、0.666)、(0.38、0.20、0.421)である。プラズマCVD法および反応性スパッタリング法で作成された格子定数は、0.01nm程度の製法による変動幅を考慮すると、好ましくは0.40nm以上0.43nm以下であり、より好ましくは0.41nm以上0.42nm以下である。また、クロムの組成比率xは成膜装置、製法等による変動を考慮して好ましくは0.298以上0.50以下である。一般に表面分析法による定量分析の誤差は大きく、X線光電子分光法で10%程度(例えば、特開平8−110313号公報参照。)、電子線マイクロアナライザ法で約1%といわれている。(例えば、笠田洋文“EPMAのしくみと試料分析例 by KASADA”、[online]、平成14年10月、鳥取大学技術部、[平成26年1月29日検索]、インターネット<URL:http://www.eng. tottori−u.ac.jp/〜www_tec/epma/epma.html>参照。)。このような測定誤差も考慮すれば、クロムの組成比率xは0.28以上0.60以下である。
クロムオキシカーバイドは、NaCl型に類似の立方晶で、2つの面心立方副格子からなる。そのうち1つの副格子はX線回折データから確認されているとおり、Crで占められている。他の副格子はCとOで占められているといえる(上記非特許文献1参照。)。このことから、成膜方法および成膜条件の違いによる組成範囲の広がり効果も勘案すると、クロムオキシカーバイドにおいてクロムの組成比率xは0.28以上0.60以下、炭素と酸素は合わせて残りを占めるといえる。また、格子定数の範囲も成膜方法の違いを勘案して、0.40以上0.43nm以下をとるといえる。また、クロムの組成比率xが0.28以上少であれば、電気伝導性が低下を防止することができる。またクロムの組成比率xが0.60以下であれば、十分な耐食性を維持することができる。
また、炭素の組成比率y、酸素の組成比率zに関しては、クロムの組成比率xを1とした場合に、炭素の組成比率yは、1/6〜16/6、好ましくは1/6〜8/6であり、酸素の組成比率zは、1/6〜16/6、好ましくは1/6〜8/6であるのが好ましい。即ち、CrC1/6〜16/6O1/6〜16/6が好ましい。特にy+z=3/2であるのがより好ましい。ただし、かかる範囲に制限されるものではない。
また、クロムオキシカーバイドは、硫酸、塩酸中で非常に高い耐食性を示し、また、電気伝導度は2MS/mで、ステンレス鋼(SUS304)と同等の電気伝導性を有する。一般に皮膜としては、ヘキサカルボニルクロムを不完全分解することによって、もしくは金属クロムと、二酸化炭素、メタン等の炭化水素を原料として、プラズマ雰囲気下で合成することによって、層(膜)の形状で得ることができる。前者のヘキサカルボニルクロムの不完全分解は、熱CVD(Chemical Vapor Deposition)法、プラズマCVD法、または光CVD法によってなされ、プラズマCVD法が一般的である。後者のプラズマ合成は、反応性スパッタリング法、または反応性イオンプレーティング法等でなされる。
このクロムオキシカーバイドの結晶子の大きさは、成膜方法及び成膜条件によって異なる。プラズマCVD法で種々の成膜条件でヘキサカルボニルクロムを不完全分解して作製したクロムオキシカーバイド膜では、結晶子の大きさは、8nm以上80nm以下であることがX線回折で知られている(上記非特許文献1参照。)。結晶子の大きさと膜硬度、すなわち膜内部の残留応力との間には相関関係があり、結晶子が大きいほど硬度が高くなる。結晶子の大きさが80nmの場合m硬度はビッカース硬度で20GPa程度である。したがって、結晶子の大きさが80nm以下であれば、残留応力が高くなることもなく、密着性低下や剥離などを効果的ン防止することができ、コーティングする上で好ましい。一方、結晶子が8nm以上であれば、非晶質部分が含まれてくることもないので、本来のクロムオキシカーバイドの優れた性質が如何なく発揮することができる点で好ましい。したがって、結晶子の大きさは、成膜法や成膜条件の違いを考慮して、8nm以上80nm以下より範囲が広い5nm以上100nm以下と考えられるが、より好ましくは10nm以上80nm以下であり、さらに好ましくは20nm以上60nm以下である。
クロムオキシカーバイド層23の形成方法としては、上記したように乾式成膜法を用いるのが好ましい。かかる乾式成膜法の具体例としては、例えば、(反応性)スパッタリング法や(反応性)イオンプレーティング法などの物理気相成長(PVD)法;熱CVD(Chemical Vapor Deposition)法、プラズマCVD法、光CVD法、プラズマCVD法等の化学気相成長(CVD)法などが挙げられる。また、フィルタードカソーディックバキュームアーク(FCVA)法などのイオンビーム蒸着法なども挙げられる。スパッタリング法としては、直流マグネトロンスパッタリング(DCMS)法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、デュアルマグネトロンスパッタリング法、電子サイクロトロン共鳴スパッタリング(ECRスパッタリング)法などが挙げられる。イオンプレーティング法としては、アークイオンプレーティング法などが挙げられる。なかでもスパッタリング法またはイオンプレーティング法を用いることが好ましい。かような方法であれば、比較的低温で成膜が可能であり、金属基材21へのダメージを最小限に抑えることができる。さらにスパッタリング法またはイオンプレーティング法によれば、バイアス電圧等を制御することで、クロムオキシカーバイド層23の組成や結晶構造を制御したり、膜質をコントロールしたりできるという利点もある。
クロムオキシカーバイド層23の形成方法として好適なスパッタリング法やイオンプレーティング法としては、特に制限されるものではないが、例えば、特開2016−044321公報に記載の形成方法等を適宜利用することができる。即ち、上記公報ではイオンプレーティング装置(上記公報の図2参照;文中の符号は省略する)を用いるクロムオキシカーバイド層を形成(成膜)するものである。かかるイオンプレーティング装置は、内部で被覆処理を行うための炉と、炉の外部に設けられる集束コイルと、炉内でプラズマ状態を生成するためのプラズマガンと、被膜用原料(蒸発源)を設置するためのルツボと、プラズマとなった被膜用原料を被覆させる金属基材を保持する基材保持部とを備える。なお、炉には、内部を所定真空度に維持するために排気ポンプに接続される排気口、反応ガスの導入口などが設けられる。
上記装置を用いたクロムオキシカーバイド層23の形成方法としては、まず金属基材および蒸発源となる固形のクロムがそれぞれ、基材保持部およびルツボに設置される。そして、炉内を排気ポンプを用いて適切な真空度(たとえば0.04〜0.08Pa)に調節した上で、ルツボに設置した固形のクロムをプラズマガンを用いて、アルゴンガスを導入して高電圧の印加によりプラズマ状態を生成しながら、反応ガスの導入口から炉内に導入した反応ガスである炭酸ガスと反応させることにより、金属基材の表面上にクロムオキシカーバイド層が被覆、形成(成膜)される。本実施形態によれば、スパッタリング法やイオンプレーティング法によりクロムオキシカーバイド層を形成することで、優れた密着性を得ることができ、耐食性および耐摩耗性をより向上させることができる。さらに、スパッタリング法やイオンプレーティング法により、短時間で簡易に連続して積層することができる。
また、クロムオキシカーバイド層23の形成方法として、特開2012−146616号公報に記載の形成方法(放電プラズマCVD法)などを用いることもできる。上記公報の形成方法(放電プラズマCVD法)では、プラズマ処理容器内に金属基板を設置する。次に非酸化性ガス雰囲気中で前記金属基板を100℃乃至450℃に加熱する第1工程と、金属基板表面をプラズマ処理する第2工程と、放電プラズマCVDによる金属基板表面にクロムオキシカーバイド層を形成する第3工程とにより成膜することができる。同一プラズマ処理装置内で第1工程から第3工程まで原料ガスを切り替えることによって実施することができる特長を有する。
プラズマ処理装置(上記公報の図1参照)を用い、複数枚の金属基板をほぼ平行、等間隔に配置し、奇数番目の金属基板を電気的に結線して第1の基板電極とし、偶数番目の金属基板を電気的に結線して第2の基板電極とし、第1の基板電極と2の基板電極を一対の基板電極としてコンデンサを介して高周波電源から高周波電力を給電して放電プラズマを発生させ、且つバイアス電源からローパスフィルタを介して両基板電極に交互に負のバイアス電圧を給電して第2工程から第3工程を実施する。
第1工程では、プラズマ処理容器内を真空排気した高真空中、又はアルゴンガス、窒素ガス等の非酸化性ガス雰囲気中で、プラズマ処理装置内に設置した加熱手段によって金属基板を所定温度に加熱する。この工程では、金属基板表面の酸化反応を抑制しながら100℃以上に加熱して十分にガス出しする。
第2工程では、プラズマ処理容器内に不活性ガス、例えばアルゴンガス又はアルゴンガスと水素の混合ガス等の非酸化性ガスを導入し、一対の基板電極に高周波電力を給電して放電プラズマを発生させ、同時に負のバイアス電圧を印加して金属基板の両面をイオン照射して基板表面の酸化被膜や付着物を除去する。高周波電源には、例えば周波数13.56MHz、出力300W〜3kWを有するものを使用することができる。また、バイアス電圧として一対の基板電極に交互に波高値300V〜5kVの負の脈流電圧又は/及び負のパルス電圧を印加する必要がある。その為に交流電圧発生器の出力電圧を変圧器の一次側に給電し、二次側の出力電圧をダイオードによって両波整流して負の脈流電圧を発生させ、ローパスフィルタを介して前記一対の基板電極に脈流電圧を交互に給電することができる。交流電圧の周波数は、特定されるものではないが、50Hz乃至200kHzが好適である。更に、好ましくは1kHz乃至100kHzである。
第3工程では、プラズマ処理容器内に設置した金属基板を250℃〜450℃に加熱し、原料ガスとしてクロムヘキサカルボニルガスを導入して、金属基板である一対の基板電極に高周波電力を給電して放電プラズマを発生させ、金属基板表面にクロムオキシカーバイド層23を形成する。この際、金属基板は250℃〜450℃の温度に保持し、−200V〜−500Vの前記バイアス電圧を印加すればよい。
また、クロムオキシカーバイド層23の形成方法として、特開2006−278040号公報に記載の形成方法(CVD法)などを用いることもできる。上記公報の形成方法では、ヘキサカルボニルクロム原料として化学蒸着法により、金属基板上にクロムオキシカーバイド又はクロムオキシカーバイドを主成分とする層(被膜)を形成することにより、金属セパレータを製造することができる。あるいはクロム及び炭素含有ガスを原料として反応性プラズマ処理により、金属板上にクロムオキシカーバイド又はクロムオキシカーバイドを主成分とする層(被膜)を形成することにより、金属セパレータを製造することができる。本実施形態のクロムオキシカーバイド層23には、上記形成方法で得られる、クロムオキシカーバイド又はクロムオキシカーバイドを主成分とする層も含まれるものである。
上記化学蒸着法は、ヘキサカルボニルクロムを原料とする熱CVD、プラズマCVD、あるいはレーザーCVDを指す。また、上記反応性プラズマ処理とはクロム及び二酸化炭素を原料とする反応性スパッタリング、反応性イオンプレーティング、反応性レーザー蒸着を指す。この場合、原料は、二酸化炭素の代わりに一酸化炭素を用いても良いし、他に補助ガスとして、酸素、炭化水素、希ガスを用いることもできる。
上記クロムオキシカーバイド又はクロムオキシカーバイドを主成分とする層(被膜)としては、クロムオキシカーバイドが最も優れたものであるが、クロムオキシカーバイドからなる層(被膜)中に、モリブデンオキシカーバイド又はタングステンオキシカーバイドを90質量%以下の範囲で含有させても良い。
すなわち、クロムオキシカーバイドを主成分とする層(被膜)においては、クロムオキシカーバイドを少なくとも10質量%以上含有させる必要がある。上記クロムオキシカーバイドを主成分とするという記述は、必ずクロムオキシカーバイドを含有するという意味において使用するものであり、50質量%以上を含有させるという意味ではない。
このように、モリブデンオキシカーバイド又はタングステンオキシカーバイドを添加する場合は、金属基板に対する密着強度の向上や、用途に応じて層(被膜)の硬質性及び耐食性の制御が可能となるという効果がある。
上述した各種の手法(形成方法)によれば、金属基材21の両表面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)が形成された金属セパレータ20が製造されうる。金属基材21の両面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)が形成されてなる金属セパレータ20を製造するには、市販の適当な成膜装置(両面同時スパッタ成膜装置およびこれを用いたスパッタ成膜方法)を用いてもよい。或いは、別途、金属基材21の両表面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)が成膜可能なスパッタリング装置を作製して成膜を施してもよいなど、特に制限されるものではない。また、コスト的には、有利とはいえないが、金属基材21の一方の主表面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を成膜する。ついで金属基材21の他方の主表面に対して、上述したのと同様の手法によって、クロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を順次形成してもよい。あるいは、まず、クロムなどの金属材料をターゲットとした装置内で、金属基材21の一方の主表面にクロムオキシカーバイド層23、更には任意の導電性中間層25a(原料ガスは切り替える)を成膜する。続いて、上記工程により成膜されたクロムオキシカーバイド層23、導電性中間層25aと対向する主表面とは異なる主表面にクロムオキシカーバイド層23、更には任意の導電性中間層25a(原料ガスは切り替える)を成膜する工程を行なう。続いて、ターゲットをカーボンに切り替えて、同じ装置内部で、金属基材21の一方の主表面に形成されたクロムオキシカーバイド層23ないし導電性中間層25a上に導電性炭素層25bを成膜する。続いて、上記工程により成膜された導電性炭素層25bと対向する主表面とは異なる主表面にと対向する主表面とは異なる主表面に、導電性炭素層25bを成膜する工程を行なえばよい。このように、金属基材21の両表面へのクロムオキシカーバイド層23、更には任意の導電性中間層25aの成膜や、該クロムオキシカーバイド層23ないし導電性中間層25a表面に導電性炭素層25bを成膜する手法としても、金属基材21の一表面へのクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)の成膜について上述したのと同様の手法(但し、工数は半減可能である)が採用されうるなど、特に制限されるものではない。
なお、本実施形態では、金属基材21の両面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を形成した金属セパレータ20を燃料電池に用いるのが好ましい。ただし、燃料電池スタックの両端部の金属セパレータでは、片面のみにクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25を形成した構成であってもよい。これは、燃料電池スタックの両端部の金属セパレータの外側の面(片面)は、プレート等が接することから、腐食環境に晒されないため、当該金属セパレータの外側の面(片面)には、クロムオキシカーバイド層23や導電性層25を設けなくてもよいためである。但し、部品点数の軽減や部品と取り違えを防止する観点からは、燃料電池スタックには、全て共通の金属セパレータ(両面にクロムオキシカーバイド層23、更には導電性層25を形成した金属セパレータ)を用いてもよい。
[金属基材21]
本実施形態の金属セパレータ20において、金属基材21を構成する材料は、特に制限されず、従来、金属セパレータの構成材料として用いられている金属などが適宜採用される。具体的には、例えば、鉄、チタン、およびアルミニウム、ならびにこれらの合金が挙げられる。これらの材料は、機械的強度、汎用性、コストパフォーマンスまたは加工容易性などの観点から好ましく用いられうる。ここで、鉄合金にはステンレス鋼が含まれる。なかでも、金属基材21はステンレス鋼(SUS)、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されることが好ましい。特に、ステンレス鋼(SUS)を金属基材21として用いると、金属セパレータ20を燃料電池に適用した場合に、ガス拡散層(GDL)の構成材料であるガス拡散基材との接触面の導電性が十分に確保されうる。
ステンレス鋼としては、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系などが挙げられる。オーステナイト系としては、SUS201、SUS202、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316(L)、SUS317が挙げられる。オーステナイト・フェライト系としては、SUS329J1が挙げられる。マルテンサイト系としては、SUS403、SUS420が挙げられる。フェライト系としては、SUS405、SUS430、SUS430LXが挙げられる。析出硬化系としては、SUS630が挙げられる。なかでも、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼を用いることがより好ましい。また、ステンレス鋼中の鉄(Fe)の含有率は、好ましくは60〜84質量%であり、より好ましくは65〜72質量%である。さらに、ステンレス鋼中のクロム(Cr)の含有率は、好ましくは16〜20質量%であり、より好ましくは16〜18質量%である。
一方、アルミニウム合金としては、純アルミニウム系、およびアルミニウム・マンガン系、アルミニウム・マグネシウム系などが挙げられる。アルミニウム合金中におけるアルミニウム以外の元素については、アルミニウム合金として一般に使用可能なものであれば特に制限されることはない。例えば、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛およびニッケルなどがアルミニウム合金に含まれうる。アルミニウム合金の具体例として、純アルミニウム系としてはA1050Pが挙げられ、アルミニウム・マンガン系としてはA3003P、A3004Pが挙げられ、アルミニウム・マグネシウム系としてはA5052P、A5083Pが挙げられる。表面処理部材をセパレータに適用する場合には機械的な強度や成形性も求められるため、上記の合金種に加えて、合金の調質も適宜選択されうる。なお、基材21がチタンやアルミニウムの単体から構成される場合、当該チタンやアルミニウムの純度は、好ましくは95質量%以上であり、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは99質量%以上である。
金属基材21の厚さは、特に限定されない。加工容易性、機械的強度や、金属セパレータ20を燃料電池に適用する場合の電池のエネルギー密度の向上等の観点より、好ましくは50〜500μmであり、より好ましくは80〜300μmであり、さらに好ましくは80〜200μmである。特に、構成材料としてステンレス鋼(SUS)を用いた場合の金属基材21の厚さは、好ましくは80〜150μmである。一方、構成材料としてアルミニウムを用いた場合の金属基材21の厚さは、好ましくは100〜300μmである。上記した範囲内の場合、十分な強度を有しながらも、加工容易性に優れ、好適な薄さを達成することができる。
金属基材21を用いる際は、材料の表面の脱脂および洗浄処理を行うことが好ましい。具体的には、所望の厚さのこれらの材料を準備し、適当な溶媒(例えば、エタノール、エーテル、アセトン、イソプロピルアルコール、トリクロロエチレンおよび苛性アルカリ剤など)を用いて、材料の表面の脱脂および洗浄処理を行う。洗浄処理としては、超音波洗浄等が挙げられる。超音波洗浄の条件としては、処理時間が1〜10分程度、周波数が30〜50kHz程度、および電力が30〜50W程度である。続いて、金属基材21の構成材料の表面(両面)に形成されている酸化被膜の除去を行うことが好ましい。酸化被膜を除去するための手法としては、酸による洗浄処理、電位印加による溶解処理、または上述のイオンボンバード処理等が挙げられる。
[金属セパレータの製造方法]
金属セパレータの製造方法としては、金属基材21の表面に、クロムオキシカーバイド層23、導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を順に成膜する方法が挙げられる。各層の形成方法は上記で説明した通りであるため、ここでは詳細な説明は省略する。
上述した手法によれば、金属基材21の両表面にクロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)が形成された金属セパレータが製造されうる。また、コスト的には有利とはいえないが、金属基材21の一方の主表面にクロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を成膜する。次いで金属基材21の他方の主表面に対して、同様の手法によって、クロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を順次形成してもよい。
また、本実施形態では、クロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)は、金属基材21の一方の主表面にのみ存在させてもよい。好ましくは図1などに示すように、金属基材21の他の主表面にも(すなわち、金属基材21の両表面に)クロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)が存在した構成とするのが好ましい。これは、金属セパレータ20の両表面において、クロムオキシカーバイド層23を介して金属基材21と、導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)との密着性を確保しつつ、金属基材21の耐食性及び低い接触抵抗をより一層維持できるためである。
[固体高分子形燃料電池]
上述の金属セパレータは、積層方向の接触抵抗が低く、特に電位が印加された条件(なかでも腐食環境)下においても腐食されにくいという特性を有しているため、燃料電池用、特に固体高分子形燃料電池用金属セパレータとして好適に使用される。すなわち、他の一実施形態によると、上記金属セパレータから構成される、燃料電池用、特に固体高分子形燃料電池用金属セパレータが提供される。また、さらに他の一実施形態によると、膜電極接合体と、膜電極接合体を挟持する一対のアノードセパレータおよびカソードセパレータと、を有する固体高分子形燃料電池が提供される。ここで、アノードセパレータまたはカソードセパレータの少なくとも一方に、上記燃料電池用セパレータが適用される。膜電極接合体は、高分子電解質膜、これを挟持する一対のアノード触媒層およびカソード触媒層、ならびにこれらを挟持する一対のアノードガス拡散層およびカソードガス拡散層を含む。さらに、燃料電池用セパレータが凹凸状に形成されてなり、当該凸部が前記膜電極接合体と接触し、当該凹部が燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通するためのガス流路とされてなる。本実施形態の燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池は、セパレータ材料として上述の金属セパレータを用いることにより、運転時の電位によっても腐食が起こりにくく、接触抵抗を低く抑えることができる。そのため、長期間にわたって、優れた電池性能を発揮させることが可能となる。
図6は、一実施形態による固体高分子形燃料電池(PEFC)1の基本構成を模式的に表す断面図である。PEFC1は、まず、固体高分子電解質膜2と、これを挟持する一対の触媒層(アノード触媒層3aおよびカソード触媒層3c)とを有する。そして、固体高分子電解質膜2と触媒層(3a、3c)との積層体は、さらに一対のガス拡散層(GDL)(アノードガス拡散層4aおよびカソードガス拡散層4c)により挟持されている。このように、固体高分子電解質膜2、一対の触媒層(3a、3c)および一対のガス拡散層(4a、4c)は、積層された状態で電解質膜−電極接合体(MEA)10を構成する。
PEFC1において、MEA10は、さらに一対のセパレータ(アノードセパレータ5aおよびカソードセパレータ5c)により挟持されている。図6において、セパレータ(5a、5c)は、図示したMEA10の両端に位置するように図示されている。ただし、複数のMEAが積層されてなる燃料電池スタックでは、セパレータは、隣接するPEFC(図示せず)のためのセパレータとしても用いられるのが一般的である。換言すれば、燃料電池スタックにおいてMEAは、セパレータを介して順次積層されることにより、スタックを構成することとなる。なお、実際の燃料電池スタックにおいては、セパレータ(5a、5c)と固体高分子電解質膜2との間や、PEFC1とこれと隣接する他のPEFCとの間にガスシール部が配置されるが、図6ではこれらの記載を省略する。
セパレータ(5a、5c)は、上述の金属セパレータにプレス処理を施すことで図6に示すような凹凸状の形状に成形することにより得られる。或いは、金属基板にプレス処理を施して凹凸状の形状に成形したのち、この金属基板の両表面にクロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を形成することで、金属セパレータ(5a、5c)としてもよい。前者の場合、金属基材21、クロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)の各層間の密着着性が高く、プレス処理を施してもクロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)に影響なく、凹凸状の形状に成形することができる。また、後者の場合、凹凸状の形状の金属基板の両表面(特に凹凸状の形状のどの面)にもムラなく、均一(均質)にクロムオキシカーバイド層23及び導電性層25(任意の導電性中間層25a、導電性炭素層25b)を成膜、形成することができる。
セパレータ5(5a、5c)のMEA側から見た凸部はMEA10と接触している。これにより、MEA10との電気的な接続が確保される。また、セパレータ(5a、5c)のMEA側から見た凹部(セパレータの有する凹凸状の形状に起因して生じるセパレータとMEAとの間の空間)は、PEFC1の運転時にガスを流通させるためのガス流路として機能する。具体的には、アノードセパレータ5aのガス流路6aには燃料ガス(例えば、水素など)を流通させ、カソードセパレータ5cのガス流路6cには酸化剤ガス(例えば、空気など)を流通させる。
一方、セパレータ(5a、5c)のMEA側とは反対の側から見た凹部は、PEFC1の運転時にPEFC1を冷却するための冷媒(例えば、水)を流通させるための冷媒流路7とされる。さらに、セパレータには通常、マニホールド(図示せず)が設けられる。このマニホールドは、スタックを構成した際に各セルを連結するための連結手段として機能する。かような構成とすることで、燃料電池スタックの機械的強度が確保されうる。
上述の金属セパレータが、図6に示すような燃料電池用(特に固体高分子形燃料電池用)セパレータとして使用される場合、導電性層25、特に導電性炭素層25bが、ガス拡散層と接するよう配置されることが好ましい。
なお、図6に示す実施形態においては、セパレータ(5a、5c)は凹凸状の形状に成形されている。ただし、セパレータは、かような凹凸状の形態のみに限定されるわけではなく、ガス流路および冷媒流路7の機能を発揮できる限り、平板状、一部凹凸状などの任意の形態であってもよい。以下、固体高分子形燃料電池を構成する各部材について説明する。
<電解質層>
電解質膜は、固体高分子電解質膜2から構成される。この固体高分子電解質膜2は、PEFC1の運転時にアノード触媒層3aで生成したプロトンを膜厚方向に沿ってカソード触媒層3cへと選択的に透過させる機能を有する。また、固体高分子電解質膜2は、アノード側に供給される燃料ガスとカソード側に供給される酸化剤ガスとを混合させないための隔壁としての機能をも有する。
固体高分子電解質膜2は、構成材料であるイオン交換樹脂の種類によって、フッ素系高分子電解質膜と炭化水素系高分子電解質膜とに大別される。フッ素系高分子電解質膜を構成するイオン交換樹脂としては、例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニリデンフルオリド−パーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーなどが挙げられる。耐熱性、化学的安定性などの発電性能を向上させるという観点からは、これらのフッ素系高分子電解質膜が好ましく用いられ、特に好ましくはパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーから構成されるフッ素系高分子電解質膜が用いられる。
炭化水素系電解質として、具体的には、スルホン化ポリエーテルスルホン(S−PES)、スルホン化ポリアリールエーテルケトン、スルホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、ホスホン化ポリベンズイミダゾールアルキル、スルホン化ポリスチレン、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(S−PEEK)、スルホン化ポリフェニレン(S−PPP)などが挙げられる。原料が安価で製造工程が簡便であり、かつ材料の選択性が高いといった製造上の観点からは、これらの炭化水素系高分子電解質膜が好ましく用いられる。なお、上述したイオン交換樹脂は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。また、上述した材料のみに制限されず、その他の材料が用いられてもよい。
電解質層の厚さは、得られる燃料電池の特性を考慮して適宜決定すればよく、特に制限されない。電解質層の厚さは、通常は5〜300μm程度である。電解質層の厚さがかような範囲内の値であると、成膜時の強度や使用時の耐久性及び使用時の出力特性のバランスが適切に制御されうる。
<触媒層>
触媒層(アノード触媒層3a、カソード触媒層3c)は、実際に電池反応が進行する層である。具体的には、アノード触媒層3aでは水素の酸化反応が進行し、カソード触媒層3cでは酸素の還元反応が進行する。
触媒層は、触媒成分、触媒成分を担持する導電性の触媒担体、および電解質を含む。以下、触媒担体に触媒成分が担持されてなる複合体を「電極触媒」とも称する。
アノード触媒層3aに用いられる触媒成分は、水素の酸化反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。また、カソード触媒層3cに用いられる触媒成分もまた、酸素の還元反応に触媒作用を有するものであれば特に制限はなく公知の触媒が同様にして使用できる。具体的には、白金、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属およびこれらの合金などから選択されうる。
これらのうち、触媒活性、一酸化炭素等に対する耐被毒性、耐熱性などを向上させるために、少なくとも白金を含むものが好ましく用いられる。前記合金の組成は、合金化する金属の種類にもよるが、白金の含有量を30〜90原子%とし、白金と合金化する金属の含有量を10〜70原子%とするのがよい。なお、合金とは、一般に金属元素に1種以上の金属元素または非金属元素を加えたものであって、金属的性質をもっているものの総称である。合金の組織には、成分元素が別個の結晶となるいわば混合物である共晶合金、成分元素が完全に溶け合い固溶体となっているもの、成分元素が金属間化合物または金属と非金属との化合物を形成しているものなどがあり、本願ではいずれであってもよい。この際、アノード触媒層3aに用いられる触媒成分およびカソード触媒層3cに用いられる触媒成分は、上記の中から適宜選択されうる。本明細書では、特記しない限り、アノード触媒層用およびカソード触媒層用の触媒成分についての説明は、両者について同様の定義である。よって、一括して「触媒成分」と称する。しかしながら、アノード触媒層3aおよびカソード触媒層3cの触媒成分は同一である必要はなく、上記したような所望の作用を奏するように、適宜選択されうる。
触媒成分の形状や大きさは、特に制限されず公知の触媒成分と同様の形状および大きさが採用されうる。ただし、触媒成分の形状は、粒状であることが好ましい。この際、触媒粒子の平均粒子径は、好ましくは1〜30nmである。触媒粒子の平均粒子径がかような範囲内の値であると、電気化学反応が進行する有効電極面積に関連する触媒利用率と担持の簡便さとのバランスが適切に制御されうる。なお、本明細書における「触媒粒子の平均粒子径」は、X線回折における触媒成分の回折ピークの半値幅より求められる結晶子径や、透過形電子顕微鏡像より調べられる触媒成分の粒子径の平均値として測定されうる。
触媒担体は、上述した触媒成分を担持するための担体、および触媒成分と他の部材との間での電子の授受に関与する電子伝導パスとして機能する。
触媒担体としては、触媒成分を所望の分散状態で担持させるための比表面積を有し、充分な電子伝導性を有しているものであればよく、主成分がカーボンであることが好ましい。具体的には、カーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛などからなるカーボン粒子が挙げられる。なお、「主成分がカーボンである」とは、主成分として炭素原子を含むことをいい、炭素原子のみからなる、実質的に炭素原子からなる、の双方を含む概念である。場合によっては、燃料電池の特性を向上させるために、炭素原子以外の元素が含まれていてもよい。なお、「実質的に炭素原子からなる」とは、2〜3質量%程度以下の不純物の混入が許容されうることを意味する。
触媒担体のBET比表面積は、触媒成分を高分散担持させるのに充分な比表面積であればよいが、好ましくは20〜1600m2/g、より好ましくは80〜1200m2/gである。触媒担体の比表面積がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散性と触媒成分の有効利用率とのバランスが適切に制御されうる。
触媒担体のサイズについても特に限定されないが、担持の簡便さ、触媒利用率、触媒層の厚みを適切な範囲で制御するなどの観点からは、平均粒子径を好ましくは5〜200nm程度、より好ましくは10〜100nm程度とするとよい。
触媒担体に触媒成分が担持されてなる電極触媒において、触媒成分の担持量は、電極触媒の全量に対して、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%である。触媒成分の担持量がかような範囲内の値であると、触媒担体上での触媒成分の分散度と触媒性能とのバランスが適切に制御されうる。なお、電極触媒における触媒成分の担持量は、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP)によって測定されうる。
触媒層には、電極触媒に加えて、イオン伝導性の高分子電解質が含まれる。当該高分子電解質は特に限定されず従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した電解質層2を構成するイオン交換樹脂が、高分子電解質として触媒層にも添加されうる。
<ガス拡散層(GDL)>
ガス拡散層は、セパレータのガス流路を介して供給されたガス(燃料ガスまたは酸化剤ガス)の触媒層への拡散を促進する機能、および電子伝導パスとしての機能を有する。
ガス拡散層(アノードガス拡散層4a、カソードガス拡散層4c)の基材を構成する材料は特に限定されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、炭素製の織物、紙状抄紙体、フェルト、不織布といった導電性および多孔質性を有するシート状材料が挙げられる。ガス拡散層の基材の厚さは、得られるガス拡散層の特性を考慮して適宜決定すればよいが、30〜500μm程度とすればよい。ガス拡散層の基材の厚さがかような範囲内の値であれば、機械的強度とガスおよび水などの拡散性とのバランスが適切に制御されうる。
ガス拡散層は、撥水性をより高めてフラッディング現象などを防止することを目的として、撥水剤を含むことが好ましい。撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系の高分子材料、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
また、撥水性をより向上させるために、ガス拡散層は、撥水剤を含むカーボン粒子の集合体からなるカーボン粒子層(マイクロポーラス層;MLP、図示せず)を基材の触媒層側に有するものであってもよい。
カーボン粒子層に含まれるカーボン粒子は特に限定されず、カーボンブラック、グラファイト、膨張黒鉛などの従来公知の材料が適宜採用されうる。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく用いられうる。カーボン粒子の平均粒子径は、10〜100nm程度とするのがよい。これにより、毛細管力による高い排水性が得られるとともに、触媒層との接触性も向上させることが可能となる。
カーボン粒子層に用いられる撥水剤としては、上述した撥水剤と同様のものが挙げられる。なかでも、撥水性、電極反応時の耐食性などに優れることから、フッ素系の高分子材料が好ましく用いられうる。
カーボン粒子層におけるカーボン粒子と撥水剤との混合比は、撥水性および電子伝導性のバランスを考慮して、質量比で90:10〜40:60(カーボン粒子:撥水剤)程度とするのがよい。なお、カーボン粒子層の厚さについても特に制限はなく、得られるガス拡散層の撥水性を考慮して適宜決定すればよいが、好ましくは10〜1000μm、より好ましくは50〜500μmとするのがよい。
<セパレータ>
セパレータ(アノードセパレータ5a、カソードセパレータ5c)は、固体高分子形燃料電池の単セルを複数個直列に接続して燃料電池スタックを構成する際に、各セルを電気的に直列に接続する機能を有する。また、セパレータは、燃料ガス、酸化剤ガス、および冷却剤を互に分離する隔壁としての機能も有する。これらの流路を確保するため、上述したように、金属セパレータのそれぞれにはガス流路および冷却流路が設けられていることが好ましい。
本実施形態のセパレータは、上述の金属セパレータ20から構成される。なお、金属セパレータの厚さやサイズ、設けられる各流路の形状やサイズなどは特に限定されず、得られる燃料電池の所望の出力特性などを考慮して適宜決定できる。
本形態の固体高分子形燃料電池の製造方法は、特に制限されず、本技術分野において従来公知の知見を適宜参照することにより製造可能である。
固体高分子形燃料電池を運転する際に用いられる燃料は特に限定されない。例えば、水素、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、第2級ブタノール、第3級ブタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチレングリコール、ジエチレングリコールなどが用いられうる。なかでも、高出力化が可能である点で、水素やメタノールが好ましく用いられる。
なお、本実施形態の燃料電池用金属セパレータは、優れた耐食性および導電性を有するため、上述の固体高分子形燃料電池以外の燃料電池にも適用可能である。他の燃料電池の種類としては、リン酸形燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)、固体電解質形燃料電池(SOFC)またはアルカリ形燃料電池(AFC)などが挙げられる。なかでも小型かつ高密度・高出力化が可能であるから、固体高分子形燃料電池(PEFC)が好ましい。上記燃料電池は、搭載スペースが限定される車両などの移動体用電源の他、定置用電源などとして有用である。なかでも、比較的長時間の運転停止後に高い出力電圧が要求される自動車などの移動体用電源として用いられることが特に好ましい。
以下、本実施形態の燃料電池用金属セパレータを、さらに実施例を通して具体的に説明するが、本実施形態は以下の実施例には限定されない。
(実施例1)
SUS304BAからなる板厚0.1mmの金属板(テストピース)を金属基材として用いた。この金属板を、前処理としてエタノール液中で3分間超音波洗浄した。その後、真空チャンバに金属板を設置し、アルゴンガスによるイオンボンバード処理(アルゴンプラズマを立てて、基板にバイアス電圧300〜450Vを印加して基板をたたく処理)を行い、表面の酸化被膜を除去した。前処理およびイオンボンバード処理は、いずれも金属板の両面について行った。
次に、イオンプレーティング法(上記した特開2016−044321公報に記載の装置および形成方法)により、イオンボンバード処理後の金属板(金属基材)は、イオンプレーティング装置(上記公報の図2の装置)を用いて、厚さ5μmのクロムオキシカーバイド層を成膜した。すなわち、まず上記金属基材および蒸発源となる固形のクロムがそれぞれ、基材保持部およびルツボに設置した。そして、炉内を排気ポンプを用いて適切な真空度(0.04〜0.08Pa)に調節した上で、ルツボに設置した固形のクロムをプラズマガンを用いて、アルゴンガスを導入して高電圧の印加によりプラズマ状態を生成しながら、反応ガスの導入口から炉内に導入した反応ガスである炭酸ガスと反応させることにより、金属基材の表面上にクロムオキシカーバイド層を被覆、形成(成膜)した。成膜条件としては、プラズマ電流180A、バイアス電圧が−150V、真空度が0.04〜0.08Pa、導入されるアルゴンガスの流量が約20sccm、導入される炭酸ガスの流量が約100sccm、炉内温度約400℃、成膜(コーティング)時間は上記膜厚となるまで(概ね60分程度)とした。クロムオキシカーバイド層の成膜も、金属板(金属基材)の両面について行った。
次に、クロムオキシカーバイド層上に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、金属基材に対して(負の)バイアス電圧を印加しながら、固体グラファイトをターゲットとして使用し、クロムオキシカーバイド層を成膜した金属基材の両面に膜厚0.05μm(50nm)のダイヤモンドライクカーボン層(DLC層)を成膜し、金属セパレータ1を作製した。ダイヤモンドライクカーボン層(DLC層)成膜時の印加した電圧及び時間は、バイアス電圧300Vで上記膜厚となるまで(概ね5分間程度)保持した。この際、投入パワーは4kW、アルゴンガス(キャリアガス)は150sccmとした。
(実施例2)
実施例1において、イオンボンバード処理を実施しなかった以外は、実施例1と同様にして、金属セパレータ2を作製した。
(比較例1)
実施例2において、ダイヤモンドライクカーボン層(DLC層)を成膜、形成しなかった以外は、実施例1と同様にして、金属セパレータ3を作製した。
<接触抵抗の測定>
以下に示す腐食試験前後の金属セパレータについて、接触抵抗を以下の方法で測定した。具体的には、図7に示すように、上記実施例および比較例で作製した金属セパレータ5の両側を1対のガス拡散基材(ガス拡散層4a、4c)で挟持し、得られた積層体の両側をさらに1対の電極26a、26cで挟持した。そして、その両端に電源を接続し、電極を含む積層体全体を所定の面圧(0.5、1.0、1.5,2.0MPaの荷重)で保持して、測定装置を構成した。この測定装置に1Aの定電流を流し、所定の面圧をかけた時の通電量および電圧値から当該積層体の接触抵抗値を算出した。なお、上記測定は、各面圧ごとに繰り返し3回行った。3回測定した時の平均値で接触抵抗値を判断した。
腐食試験前後の金属セパレータ1〜3を用いて行った接触抵抗測定での測定面圧と接触抵抗との関係を示すグラフを図8A、図8Bに示す。なお、腐食試験後でも、実施例1、2の金属セパレータ1、2では殆ど接触抵抗値が同じであったことから、図8Bには、実施例2及び比較例1の金属セパレータ2、3で得られた結果のみを示している。
図8A、図8Bから分かるように、実施例1、2の金属セパレータ1、2は、比較例1の金属セパレータ3に比して、腐食環境においても、接触抵抗が低く、耐食性に優れることが分かった。このことから、本実施例の金属セパレータでは、クロムオキシカーバイド層を導電性層(DLC層)で被覆・保護することで、クロムオキシカーバイド層が腐食環境で変質するのを抑制し、低い接触抵抗が維持でき、十分な耐食性を発現できる。また、金属基板と導電性層(DLC層)の間にクロムオキシカーバイド層を設けることで、腐食環境下において、最も過酷な環境に晒される最表層のDLC層の溶解も抑制できる十分な耐食性を発現できる)という、予期し得ない効果が得られた。その結果、最表層の導電性層(DLC層)が腐食環境でも安定な保護層として機能(作用)することにより、クロムオキシカーバイド層の変質による接触抵抗の上昇や金属基板からの金属イオンの溶出を効果的に防止できる(十分な耐食性を発現できる)ことがわかった。これらにより、耐食性を持ち、低い接触抵抗を実現し得る金属セパレータ及びこれを用いた燃料電池を提供できるものである。
詳しくは、図8Aより、腐食環境に晒されない状態(腐食試験前)では、クロムオキシカーバイド層は、DLC層をつけなくても低い接触抵抗を実現できることがわかった(図8Aの実施例1、2と比較例1とを対比参照のこと)。
また、クロムオキシカーバイド層単独では、腐食環境に晒された状態(腐食試験後)で変質し、低い接触抵抗が維持できず、接触抵抗上昇が発生し、耐食性が不十分であることがわかった(図8Bの実施例2と比較例1とを対比参照のこと)。
図8Aより、腐食環境に晒されない状態(腐食試験前)では、酸化膜除去を実施しても、実施しなくても、クロムオキシカーバイド層を成膜した状態で大気に暴露しても、ほぼ同じ接触抵抗であることがわかった(図8Aの実施例1、2を対比参照のこと)。ここで、大気に暴露とは、イオンプレーティング装置でクロムオキシカーバイド層を成膜後、該装置からDLC成膜のためにスパッタリング装置に移し替える過程で、室内(大気中)に短時間(4時間程度)保管した際の大気への暴露をいう。このことから、クロムオキシカーバイド層を成膜後は、再酸化の懸念が不要であることも分かった。
<腐食試験>
上記実施例および比較例で作製した金属セパレータを、上記した<接触抵抗の測定>により、腐食試験前の接触抵抗値を測定した後、酸性水に対する腐食試験(浸漬試験)を行ない、上記した<接触抵抗の測定>により腐食試験後の接触抵抗値を測定した。なお、腐食試験(浸漬試験)として、具体的には、上記実施例および比較例で作製した金属セパレータを30mm×30mmサイズに切り出し、試験片とした。この試験片を、試験溶液(pH3の希硫酸水溶液、液温80℃)1000mlに浸漬し、試験片に1.0Vの定電位を印加し、4時間にわたって試験片の外観を観察するとともに、定電位における電流特性を測定した。なお、測定には、電気化学測定システムとして、ポテンショスタットを用いた。
上記腐食試験条件は以下の通りである。
1)溶 液 :0.5mM H2SO4(pH3相当)
2)液 温 :80℃
3)液 量 :1000ml
4)雰囲気 :大気平衡
5)定電位保持 :1.0Vvs.SHE(平板) SCEを用いて換算。
6)低電位保持時間:4時間
7)繰返し数 :n1(1回)
8)試験片形状 :30mm角。
(腐食試験溶液の溶出分析方法)
試料(上記腐食試験後の溶液;腐食液)を、下記の装置により分析に可能となる濃度になるまで希釈した後、50mlを採取し、ICP質量分析法によりCr、Fe、Niの定量分析を行った。
・装置:パーキンエルマー製、ICP質量分析装置ELAN DRC II。
溶出分析結果を下記表1に示す。
上記表1の結果から、DLC層の有無で、溶出金属量に差はほとんど見られないことが確認された。このことから、SUS基板とDLC層の間にクロムオキシカーバイド層を設けることで、腐食環境下において、最も過酷な環境に晒される最表層のDLC層の溶解も抑制できる(十分な耐食性を発現できる)という、予期し得ない効果が得られることがわかった。その結果、最表層のDLC層が腐食環境でも安定な保護層として機能(作用)することにより、クロムオキシカーバイド層の変質による接触抵抗の上昇やSUS基板からの金属イオン(Cr、Fe、Ni等)の溶出を効果的に防止できることがわかった。これにより、十分な耐食性を発現できる。なお、クロムオキシカーバイド層単独では、金属基板からの金属イオンの溶出は防げるものの、DLC層が腐食環境でも安定な保護層として機能(作用)することがないため、腐食環境(腐食試験後)で変質し、接触抵抗上昇が発生し耐食性が不十分であった。(図8Bの実施例2と比較例1とを対比参照のこと)。
<オージェ電子分光分析(AES分析)>
実施例1のクロムオキシカーバイド層(実施例2及び比較例1も同じ成膜条件でクロムオキシカーバイド層を作製したため、実施例1を共通サンプルとして採用した)を形成後の金属基板を用いてオージェ電子分光分析(AES分析)を行った。
(分析装置)
電界放射型オージェ電子分光(FE−AES)装置(米Physical Electronics社製SAM−680)を用いた。
(測定条件)
電子ビームエネルギー;5keV
スパッタイオン種;Ar+ とした。
(深さ方向分析結果)
金属基板試料表面(クロムオキシカーバイド層)の深さ方向(表面から1000nmまでの深さ)の分析結果を図9に示す。縦軸は装置付属の感度係数を用いて算出した原子百分率である。横軸の深さはSiO2換算値である。今回使用したスパッタイオンのエッチングレートは4.94nm/minであった。
図9より、クロムオキシカーバイド層の元素組成は、炭素の組成比率が30〜40%、酸素の組成比率が15〜30%で、残部がクロムの組成比率となることがわかる。