図1は、本発明の実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の構成を説明するための断面図である。図1に示すように、赤外線カットフィルタ10は、透明誘電体基板12と、赤外線反射層14と、赤外線吸収層16とを備える。赤外線反射層14は、透明誘電体基板12の一方の面上に形成されている。赤外線吸収層16は、透明誘電体基板12の他方の面上に形成されている。
図1に示す赤外線カットフィルタ10は、例えばデジタルカメラにおいて、撮像レンズと撮像素子との間に設けられる。赤外線カットフィルタ10は、赤外線反射層14から光を入射し、赤外線吸収層16から光を出射するように実装される。すなわち、実装状態において、赤外線反射層14が撮像レンズに対向し、赤外線吸収層16が撮像素子に対向する。
透明誘電体基板12は、例えば厚さ0.1mm〜0.3mm程度の板状体であってよい。透明誘電体基板12を構成する材料は、可視光線を透過するものであれば特に限定されず、例えばガラスであってよい。ガラスで形成されたガラス基板は安価であることから、コスト面から好ましい。あるいは、透明誘電体基板12として、PMMA(Polymethylmethacrylate)やPET(Polyethylene terephthalate)、PC(Polycarbonate)、PI(Polyimide)等の合成樹脂フィルムまたは合成樹脂基板を用いることもできる。
赤外線反射層14は、上述したように透明誘電体基板12の一方の面上に形成され、光入射面として機能する。赤外線反射層14は、可視光線を透過するとともに、赤外線を反射するよう構成される。赤外線反射層14は、屈折率の異なる誘電体を多層に積み上げた誘電体多層膜から形成されてよい。誘電体多層膜は、各層の屈折率および層厚を制御することにより、分光透過率特性等の光学特性を自由に設計することができる。赤外線反射層14は、例えば、屈折率の異なる酸化チタン(TiO2)層と酸化シリコン(SiO2)層とを透明誘電体基板12上に交互に蒸着したものであってよい。誘電体多層膜の材料としては、TiO2とSiO2以外にも、MgF2やAl2O3、MgO、ZrO2、Nb2O5、Ta2O5等の誘電体も使用できる。
赤外線吸収層16は、上述したように透明誘電体基板12の他方の面上に形成され、光出射面として機能する。赤外線吸収層16は、可視光線を透過するとともに、赤外線を吸収するよう構成される。赤外線カットフィルタ10へ入射した光は、赤外線反射層14および透明誘電体基板12を透過した後、赤外線吸収層16に入射するので、赤外線吸収層16は、赤外線反射層14および透明誘電体基板12で遮断されなかった赤外線を吸収することになる。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10において、赤外線吸収層16は、ゾルゲル法により形成されたシリカを主な成分とするマトリックスと赤外線吸収色素とから成る。従来多く見受けられる赤外線吸収膜は、フタロシアニン系、シアニン系やジインモニウム系などの有機化合物からなる赤外線吸収色素を、ポリエステル、ポリアクリル、ポリオレフィン、ポリビニルブチラール、ポリカーボネート等の透明誘電体であるところの樹脂マトリックスに内包させて成る。しかしながら有機系の樹脂マトリックスはその物性ゆえ、硬度が低く耐擦傷性についても問題があり、実際の使用に際してはその上面にハードコートなどの保護層を積層する必要があった。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10では、このような問題点に着目し、赤外線吸収層16として、ゾルゲル法により形成されたシリカをマトリックスの主な成分としたものを採用した。ゾルゲル法により形成されたシリカをマトリックスの主な成分とする赤外線吸収層16を採用することの効果について以下に説明する。
まず第1に、赤外線吸収層16が高硬度で得られることが挙げられる。従来フタロシアニン系、シアニン系やジインモニウム系などの有機化合物からなる赤外線吸収色素を、その中に内包させるには有機系のマトリックスからなるバインダに含有させるのが通常である。しかしながら有機系のマトリックスはその物性ゆえ、硬度が低く耐擦傷性についても問題があり、実際の使用に際してはその上面にハードコートなどの保護層を積層する必要があった。
本実施形態に係る赤外線吸収層16は、有機―無機ハイブリッドと称される、シリカをその主な成分としたマトリックスからなる層で形成されるゆえ、硬度について適用される技術分野においては何ら問題がなくなり、物性上もさることながら、これを保護するためのハードコーティング等も事実上必要がないために、製造コストを低く抑えることができるメリットも得られる。
第2に、耐環境性の向上が得られることが挙げられる。赤外線吸収層16がシリカをその主な成分としたマトリックスから得られることから、従来の有機系バインダからなる赤外線吸収膜と比較して、湿気に対するバリア性なども向上しており、周囲の環境から内包する有機化合物からなる赤外線吸収色素への悪影響を抑える効果がより期待できる。
第3に、ガラス等の基板への強固な密着力が得られることが挙げられる。従来よく用いられる樹脂系バインダからなる赤外線吸収膜を無機物であるガラス基板に施工することを考えると、施工前にガラス基板上にシランカップリング剤を塗布しておくなどのプライマ処理が事実上必要であった。そうしないとある一定の過酷な環境下では、赤外線吸収膜がガラス基板から剥離する問題があった。本実施形態に係る赤外線吸収層16は、シリカをその主な成分としたマトリックスを用いるため、同類であるところのガラス基板への密着性が向上することが期待できる。
次に、ゾルゲル法により形成されたシリカ系膜の形成に必要な材料とその効果について説明する。
まず、シリカの原料について説明する。本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10においては、赤外線吸収層16の材料として主成分にテトラエトキシシラン(TEOS/化学式=Si(OC2H5)4))を使用し、ゾルゲル法によって赤外線吸収層16のマトリックスの形成を行う。テトラエトキシシランは後述するアルコキシシラン(SiR4−m(OCnH2n+1)m)の一種である(Rは官能基、mは0〜4までの整数)。
一般的なガラスは、1500℃を超える高温において原料を熔融し、これを冷却する熔融法により製造されている。これに対して、ゾルゲル法は、低温でガラスやセラミックスを作製する比較的新しい方法である。ゾルゲル法とは、金属の有機または無機化合物の溶液を出発原料とし、溶液中の化合物の加水分解・重縮合反応によって、溶液を金属の酸化物あるいは水酸化物の微粒子が溶解したゾルとし、さらに反応を進ませてゲル化させて固化しこのゲルを加熱して酸化物固体を得る方法である。ゾルゲル法は、溶液からガラスを作製するために、種々の基板上に薄膜を作製することが可能であり、また、熔融法によるガラスの製造温度に比べ、低温でのガラスの製造が可能となる特徴を有する。
ゾルゲルプロセスについて説明する。一例として、ゾルゲル法により形成されたシリカ系膜の形成について説明する。例えば、アルコキシシランを出発原料とするゾルゲル法において、アルコキシシランは、溶液中において、水と触媒による加水分解反応および脱水縮合反応により、シロキサン結合からなるオリゴマーからなるゾルが形成される。このゾル溶液を基板等に塗布すると、水や溶媒が揮発し、オリゴマーは濃縮されることによって分子量が大きくなり、流動性を失ってゲル状態となる。ゲル化直後は、ネットワークの隙間に溶媒や水が満たされた状態にある。このゲルが乾燥して水や溶媒が揮発すると、シロキサンポリマーがさらに収縮し固化が起こる。
一般的にアルコキシシランと水との加水分解反応は次のように表される。テトラエトキシシランを例にとると;
n・Si(OC2H5)4+4n・H2O→n・Si(OH)4+4n・C2H5OH
nSi(OH)4 → n・SiO2 + 2n・H2O
すなわち化学量論的にはアルコキシシラン1モルに対して水が4モル以上あれば、すべてのアルコキシ基(−O−CnH2n+1)が加水分解されることになる。また一般にアルカリや酸が反応の触媒として添加される。
ゾルゲル法により形成されたシリカ系膜の出発材料としては上記のテトラエトキシシランに代表されるテトラアルコキシシランが多くの場合用いられる。これらを出発点としてゾルゲル膜を作成する際に、4個の反応活性基によって強固なネットワークを形成し、緻密でガラス質の好ましい膜を得られやすい。他のテトラアルコキシシランとしてはテトラメトキシシラン、テトラプロポキシシランやテトライソプロポキシシランなどが使用可能である。前記シラン類についてはSiに配位するアルコキシ基(−O−CnH2n+1)が大きいほど加水分解の速度が小さくなるため、結果物の特性や工程の都合によって選択することが可能である。
本実施形態においては、前記テトラエトキシシランに加えてフェニルトリエトキシシランのような3官能基からなるトリアルコキシシランを混合しゾルゲル膜の原料とする。上記で採用したテトラエトキシシランは、ゾルゲル膜を構成するシリカの原料として好適に使われる。比較的低温での焼成によってガラス質の好ましい外観や特性を得られやすいからである。
しかしながらテトラエトキシシランのみを原料とするゾルゲル膜においては、膜形成過程におけるゲル化時に、架橋構造中の空間的な余裕を少なくする傾向があるので、膜中にクラックが生じやすくなる。このことは膜厚を稼ごうとした際に顕著に現れる。
さらに本実施形態においては、有機化合物からなる赤外線吸収色素一種類以上をその膜中に内包させる必要があり、テトラエトキシシランのみを原料とするゾルゲル膜には所定の量を内包させることができないという問題点があった。
ゾルゲル膜にある程度の柔軟性を与えれば前記クラックが生じにくい。そこでテトラエトキシシランに3個の反応官能基を有するトリアルコキシシランを添加する手段が知られている。トリアルコキシシランはSiの周りに3個のアルコキシ基を有し、残りの1個はメチル基やエチル基、フェニル基からなる比較的反応活性の低い修飾基を有するシラン類の総称である。反応官能基が3個であるトリアルコキシシランから形成されるシリカ膜は、空間的な余裕が生じるために、ゲル化時の発生応力が比較的小さくクラックが生じにくい。また、反応官能基が3個あるため、一つのケイ素化合物が3つの強固なシロキサン結合を形成するため、架橋されたネットワークを形成することが可能である。2個のアルコキシ基を有するジアルコキシシランも事実上存するが、加水分解による縮重合の際に直鎖状になりやすく、鎖状のネットワークしか形成されないため、膜の耐摩耗性などが低下するなどの不具合を生じる。
前記トリアルコキシシランには、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、イソプロピルトリメトキシシラン、ブチルトリメトキシシラン、イソブチルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、フェニルトリイソプロポキシシラン、エチルトリエトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン等が使用できる。
中でも官能基としてフェニル基(−C6H5)を有するトリアルコキシシランが好適である。フェニル基は100乃至200℃程度の焼成条件においては、ゾルゲル反応後にも膜に残存し柔軟性を生み出しているものと考えられる。
またフェニル基を有するトリアルコキシシランは、有機化合物からなる赤外線吸収色素の内包にも有利に働くことがわかった。後述するがトリアルコキシシランの類であるメチルトリエトキシシランとフェニルトリエトキシシラン(PhTEOS/化学式=Si(C6H5)(C2H5O)3)の色素の内包性を調べたところ前者においてはゾルゲル反応後、色素が凝集してしまい一様な透明のシリカ主成分膜の形成に至らなかった。後者は所定の赤外線吸収色素を十分に内包させることができた。これはフェニル基を含むアルコキシシランから形成されるシリカ主成分膜中に生じた気孔の中に大量の有機化合物の赤外線吸収色素を導入できると考えられる。フェニル基を官能基と有するトリアルコキシシランとしては、前記フェニルトリエトキシシランのほかにフェニルトリメトキシシラン、フェニルトリイソプロポキシシラン、フェニルトリノルマルプロポキシシラン等が挙げられる。
これらの利点を有するフェニル基を有するトリアルコキシシラン(以下フェニルトリアルコキシシラン)は先述のテトラエトキシシランのようなテトラアルコキシシランと混合させてゾルゲル法により形成されたシリカ膜の原料とする。なぜならば過剰なフェニルトリアルコキシシランの投与やフェニルトリエトキシシランのみを原料とした場合はその柔軟性からゾルゲル法により形成されたシリカ膜を形成させようとした際に、硬化しないか、硬化したとしても非常に高い焼成温度が必要であったり、膜の機械的強度が満足のいくものではない場合が生じる。従って3官能からなるフェニルトリアルコキシシランは4官能からなるテトラアルコキシシランと適当な配合をさせることが必要である。
図2は、テトラエトキシシランにメチルトリエトキシシランとフェニルトリエトキシシランをそれぞれ混合し、フタロシアニン系赤外線吸収色素とシアニン系赤外線吸収色素を内包化させようとした際の実験結果を示す。
本実験結果から、テトラエトキシシランとメチルトリエトキシシランとの混合物をゾルゲル膜の原料とした場合は、いずれの色素を添加した場合も凝集的となり内包させる量も許容しがたい制限があることが分かる。一方、テトラエトキシシランとフェニルトリエトキシシランとの混合物をゾルゲル膜の原料とした場合は、いずれの色素についても十分な内包容量と膜厚の選択性が得られ、赤外線吸収色素を内包させるにあたり有利な効果をもたらすことが分かる。
次に、水について説明する。水はアルコキシシランの加水分解に必須な成分である。先述したように化学量論的には1モルのアルコキシシランに対して4モルの水が必要となる。しかしゾルゲル法により形成されたシリカ膜の形成の際にも水は蒸発し続けるので、一般的には化学量論以上の水の量を存させる場合が多い。
しかしながら大量の水の存在は赤外線吸収膜の内包化の障害となることもある。有機化合物からなる赤外線吸収色素は一般的に極性が低く疎水性である。一方水は極性が高いので、過剰な水は疎水性の赤外線吸収色素の溶媒への溶解やアルコキシシランへの内包化の妨げとなるからである。
次に、溶媒について説明する。溶媒はアルコキシシランや水および触媒である酸の相溶性を高める目的で加えられる。本発明ではそれ以外に有機化合物からなる赤外線吸収色素に対して高い溶解性を有することが必要である。従って適度な極性を有する溶媒が好ましい。
更に溶媒はゾルゲル法により形成されたシリカ膜の形成の際に、少なくとも焼成温度以下で蒸発させる必要があり、逆に過剰に沸点が低すぎると基板への塗布直後にシリカのネットワークの形成途上で、急激に揮発し色素の内包化に不具合が生じる。更には溶媒の沸点が水より低いと焼成時に表面張力の高い水がシリカ膜に最後に残存することになり、急激な膜収縮によりクラック等の不具合が生じる恐れがある。
また有機化合物からなる赤外線吸収色素は高温の環境下では劣化して、吸収特性が当初のものとは大きく異なり、目的とする赤外線吸収膜を得ることができない。従って前記焼成温度は赤外線吸収色素が熱劣化しない温度範囲で行う必要がある。一般に赤外線吸収色素の耐熱温度はその特性にもよるが200℃(フタロシアニン系)、140〜160℃(シアニン系)であり、少なくともこの温度以下で焼成を完了させる必要がある。
以上の考察から溶媒に求められる沸点は100℃以上であってかつ200℃以下、より好適には100℃以上であって160℃以下であることが望ましい。
一般的使用される溶媒は、例えばメタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルイミダゾリジノン、エチレングリコール、テトラエチレングリコール、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、シクロペンタノン、2−メトキシエタノール(メチルセルソルブ)、2−エトキシエタノール(エチルセルソルブ)、酢酸エチルなどが挙げられる。
本発明では赤外線吸収色素との溶解性と沸点の観点からシクロヘキサノン(沸点131℃)、シクロペンタノン(沸点156℃)を好適に用いた。
次に、酸について説明する。酸はアルコキシシランの加水分解の際の触媒としてはたらく。強酸であることが望ましく、以下のものを挙げることができる。塩酸,硝酸,トリクロロ酢酸,トリフルオロ酢酸,硫酸,リン酸,メタンスルホン酸,パラトルエンスルホン酸,シュウ酸などである。
以上のように構成された赤外線カットフィルタ10の作用について説明する。本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の作用を説明する前に、まず比較例に係る赤外線カットフィルタの作用について説明する。
図3は、第1比較例として、ガラス基板上に誘電体多層膜からなる赤外線反射層のみを形成した赤外線カットフィルタの分光透過率曲線の一例を示す。また図4は、第2比較例としてガラス基板上に、ゾルゲル法により形成されたシリカを主な成分とするマトリックスと赤外線吸収色素とから成る赤外線吸収層のみを形成した赤外線カットフィルタの分光透過率曲線の一例を示す。
第1比較例に係る赤外線カットフィルタにおいては、図3に示すように誘電体多層膜の特徴である遮断特性の入射角依存性が見られる。図3において、実線は入射角が0°のときの分光透過率曲線を示し、破線は入射角が25°のときの分光透過率曲線を示し、一点鎖線は入射角が35°のときの分光透過率曲線を示す。透過率が50%となる波長をλRT50%とすると、入射角が0°のときはλRT50%=約655nmであるが、入射角が25°になるとλRT50%=約637nmであり、入射角が35°になるとλRT50%=約625nmである。このように、第1比較例に係る赤外線カットフィルタは、入射角が0°から35°に変化すると、λRT50%は約30nmも短波長側にシフトしている。
赤外線カットフィルタを撮像素子に適用した場合、通常、撮像素子の中央部には、赤外線カットフィルタへの入射角が小さい(例えば入射角0°などの)光が入射するが、一方、撮像素子の周辺部には、赤外線カットフィルタへの入射角が大きい(例えば入射角25°や35°の)光が入射する。従って、図3に示すような赤外線遮断特性を有する赤外線カットフィルタを撮像装置に適用した場合、撮像素子の受光面の位置によって、撮像素子に入射する光の分光透過率曲線特性(特に波長650nm付近の分光特性)が異なることとなる。これは、画像中央部と周辺部とで色味が異なる現象を生じさせ、色再現性に悪影響を及ぼす可能性がある。
また、第2比較例に係る赤外線カットフィルタにおいては、第1比較例に係る赤外線カットフィルタとは異なり、遮断特性の入射角依存性は存在しない。しかしながら、図4に示すように、第2比較例に係る赤外線カットフィルタは、透過率が比較的高い領域から低い領域に変化する過渡領域における分光透過率曲線が緩やかに下降している。一般に、赤外線カットフィルタにおいては、色再現性に影響を及ぼさないよう波長600nmから700nm付近に、前記過渡領域を有し、この領域での透過率が急峻に変化すること(「シャープカット特性」と呼ばれる)が求められる。従って、第2比較例に係る赤外線カットフィルタでは、色味の再現性の制御を良好に実現することは困難である。
これらの比較例における欠点を考慮した上で、本発明者は、透明誘電体基板12の一方の面に赤外線反射層14を形成し、他方の面に赤外線吸収層16を形成することで、遮断特性の入射角依存性が少なく、且つ良好なシャープカット特性を実現できることを見出した。
図5は、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の分光透過率曲線の一例を示す。図5においても、実線は入射角が0°のときの分光透過率曲線を示し、破線は入射角が25°のときの分光透過率曲線を示し、一点鎖線は入射角35°のときの分光透過率曲線を示す。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の特性は、赤外線反射層14の光学特性と赤外線吸収層16の光学特性の組合せによって決まる。ここで赤外線反射層単体において、入射角0°で透過率が50%となる波長をλRT50%(nm)とし、赤外線吸収層単体において透過率が50%となる波長をλAT50%(nm)とする。図4は、λAT50%=λRT50%―30nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも30nm短い場合の赤外線カットフィルタ10の分光透過率曲線を示している。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の入射角0°で透過率が50%となる波長をλT50%(nm)とすると、図5に示すように、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10においては、入射角が0°のときはλT50%=約650nmであり、入射角が25°のときはλT50%=約650nmであり、入射角が35°のときはλT50%=約642nmである。このように本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は入射角が0°から35°に変化しても、λT50%は約8nmしか短波長側にシフトしておらず、λT50%の入射角依存性が、上述の第1比較例のλRT50%の入射角依存性よりも小さい。また図5を見ると、透過率が50%より高い領域では、入射角が変化しても分光透過率曲線に殆ど差はない。一方、透過率が50%より低い領域では、入射角が変化すると分光透過率曲線に差が現れる。しかしながら、透過率が50%より低い領域での分光透過率曲線の差は、色再現性に与える影響が小さいため、特に問題とはならない。
また図5に示すように、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は、波長600nmから700nm付近に過渡領域を有し、この領域内で透過率が急峻に変化しており、良好なシャープカット特性を実現できることが分かる。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10の光学特性は、赤外線反射層14と赤外線吸収層16の組合せにより決まる。以下、赤外線反射層14および赤外線吸収層16それぞれの好ましい光学特性について説明する。
まず、赤外線反射層14の好適な光学特性について説明する。赤外線反射層14は、求められる性能上、少なくとも波長400nm〜600nmの帯域の可視光線を透過するとともに、少なくとも波長750nm超の赤外線を反射するように設計される。透過領域と反射領域との間の過渡領域において、分光透過率が50%となる波長をカットオフ波長λRT50%と定義する。撮像素子などの分光感度領域にも依存するが、赤外線反射層14のλRT50%は、赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%付近であって、好ましくはλAT50%<λRT50%であるように設定するのが好ましい。赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%は、630nm〜690nmの範囲内にあることが好適である。
また、赤外線反射層14は、可視領域の透過率ができるだけ高くなるよう設計される。画像を構成する上で必要な可視領域の光をできるだけ撮像素子の受光面に到達させるためである。一方、赤外線反射層14は、赤外線領域の透過率ができるだけ低くなるよう設計される。画像構成に寄与しないまたは有害な帯域の光線をできるだけ遮断するためである。赤外線反射層14は、例えば、少なくとも波長400nm〜600nmの帯域の可視領域において90%以上の平均分光透過率を有するとともに、少なくとも波長750nm超の赤外線領域において2%未満の分光透過率を有することが好ましい。
さらに、赤外線反射層14は、過渡領域において分光透過率が急峻に変化することが好ましい(「シャープカット特性」と呼ばれる)。シャープカット特性が失われて過渡領域が大きくなりすぎると、色味の再現性の制御が困難になるからである。過渡領域における透過率の急峻度をλRSLOPE=|λRT50%−λRT2%|と定義した場合(λRT2%は分光透過率が2%となる波長)、赤外線反射層14のλRSLOPEはできるだけ小さいことが好ましく、例えばλRSLOPEは70nm未満であることが好ましい。
図3に示す分光透過率曲線において入射角0°、25°、35°のいずれの場合も、可視領域における平均分光透過率は90%以上となっており、赤外線領域における平均分光透過率は2%未満となっている。さらに、図3に示す分光透過率曲線において、入射角0°、25°、35°のいずれの場合も、λRSLOPEは70nm未満となっている。従って、図3に示す分光透過率曲線を有する赤外線反射層14は、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10に好適に適用できる。
次に、赤外線吸収層16の好適な光学特性について説明する。本実施形態において、赤外線吸収層16に求められる光学特性は、組み合わされる赤外線反射層14の光学特性に応じて変わる。
また、本実施形態においては、赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%が赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%よりも小さいこと、すなわち、λAT50%<λRT50%であることが好ましい。赤外線吸収層16がこの条件を満たすことで、赤外線カットフィルタ10の赤外線遮断特性の入射角依存性、言い換えると、入射角が0°から35°に変化したときの赤外線カットフィルタ10のカットオフ波長λT50%のシフト量を小さくすることができる。赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%は、630nm〜690nmの範囲内にあることが好適である。
さらに、本実施形態においては、赤外線吸収層16の可視領域での平均透過率ができるだけ高いことが好ましい。赤外線吸収層16の平均透過率が低い場合、撮像素子に到達する光量が少なくなるからである。例えば、赤外線吸収層16の波長400nm〜600nmにおける平均透過率は、75%以上であることが好ましい。
本実施形態において、λRT2%より長波長の領域では赤外線吸収層16の分光透過率は不問である。この領域では、赤外線反射層14の分光透過率が非常に小さいので、赤外線カットフィルタ10全体としての透過率を低くすることができるからである。
また、本実施形態において、赤外線吸収層16の分光透過率曲線は、過渡領域(例えば600nm〜λRT2%)において、単調減少することが好ましい。赤外線反射層14との合成による赤外線カットフィルタ10のカットオフ波長λT50%の目安を得やすい事、設定が容易且つ自在に行えるという利点と、色再現性の制御が容易であるという利点が得られるからである。
以下、上記の好適な条件を全て満たす赤外線反射層と赤外線吸収層を用いた赤外線カットフィルタの実施例を、第1〜第3実施例として示すとともに、赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%と赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%との関係の詳細な検討を行った。
最初にフェニルトリエトキシシランとテトラエトキシシランとの適性な配合比について説明する。図6は、フェニルトリエトキシシランとテトラエトキシシランの配合比と、加水分解に必須な水の添加量(水/Si比率)との検討結果を示す。
図6に示す表において、○印は、後述の実施例1〜3で示した色素の内包が可能であって、かつ機械的な強度について合格したものを示す。×印はそれ以外である。機械的な強度に係る指標については、(a)成膜後エタノールを含ませた柔らかい紙製ワイパーによる拭き作業によっても剥離等の膜の脱落がないこと、(b)予め碁盤目に切り込みを入れた膜上に所定のテープを貼った後にそれをはがして膜の剥離等の脱落がないことを規定した。
図6に示す表から、フェニルトリエトキシシランとテトラエトキシシランとの配合比は50:50乃至80:20の範囲が好ましく、添加すべき水の量としてはSi1モルに対して4モル以上であって好ましくは6〜8モルであってもよいことが分かる。
また、図6に示す表から、フェニルトリエトキシシランとテトラエトキシシランとの配合比は40:60以下の場合は所定の色素を所定量添加しても凝集し内包化できないことが分かる。
図7は、第1〜第3実施例に用いた赤外線吸収層16の組成を示す。図7において、CY−10、IRG−022は日本化薬株式会社製、NIA−7200Hはハッコーケミカル株式会社製、SEPc−6は山田化学工業株式会社製、CIR−RLは日本カーリット株式会社製である。図6に示した検討結果から、フェニルトリエトキシシランとテトラエトキシシランの配合比を50:50に設定したものをゾルゲル膜の原料とした。溶媒はいずれもシクロペンタノンを用いた。酸性触媒としては1モル/リットルの塩酸を用いた。Si1モルに対し6モルの水を投与した。所定の赤外線吸収膜の分光特性を得るために図7に示す色素の群を投与し、第1〜第3実施例とした。
各実施例に係る赤外線吸収層16は、以下のような手順で形成した。まず、ゾルゲル原料、水及び酸触媒である塩酸(水に対して1/10wt%程度)を適当な容器に入れ、室温にて4時間程度撹拌してゾルを得る。その後、溶媒であるシクロペンタノンに所定の色素を所定量だけ計量のうえ投与し20分間室温で撹拌した溶液をゾルに混合した。
一方、各実施例に係る赤外線反射層14は、以下のような手順で形成した。透明誘電体基板12となるショット社製D263ガラス(□76乃至90mm2×t0.1乃至0.2mm前後)の洗浄済片面に、例えば図3に示す分光透過率曲線を有する誘電体多層膜からなる赤外線反射層14をイオンプレーティング法、スパッタリング法又は蒸着法等により形成させる。材料となる誘電体はSiO2,TiO2,Ta2O3,MgF2等から選ばれる1以上の材料であってよい。
上述の方法のいずれかによって誘電体多層膜からなる赤外線反射層14を形成させる場合は、後述の赤外線吸収層16の形成前に行う必要がある。これらの多層膜形成方法においては、その過程の中で真空かつ高温(100℃前後乃至200℃前後)に透明誘電体基板12を曝すこととなるため、赤外線吸収層16を形成後に行うものとすると、赤外線吸収色素が劣化するおそれがある。
透明誘電体基板12の赤外線反射層14が形成されていない面について、所定の洗浄を行った後、赤外線吸収色素を含んだゾルを塗布する。塗布は室温環境下において回転数500rpm程度でスピンコーティングを行う。
ゾルが塗布された透明誘電体基板12について、例えば140℃で20分間、オーブン内で加熱する。加水分解によるゾルゲル反応を促すとともに余剰の水や溶媒等を蒸発させるためである。このようにして得られた赤外線吸収層16はその表面がガラス質で硬度が高く、好適である。
図8は、第1〜第3実施例に係る赤外線吸収層のみを形成した赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。いずれの実施例の分光透過率曲線も、可視域400〜600nmにおける平均透過率が75%以上であって且つ、630〜690nm間にカットオフ波長λAT50があり、赤外線吸収層16としての要求特性を満足していることが分かる。
赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%と赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%のより好適な条件について説明する。図9(a)〜図9(m)は、第1実施例におけるλAT50%とλRT50%との差を10nmずつ変化させたときの赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図10(a)〜図10(m)は、第2実施例におけるλAT50%とλRT50%との差を10nmずつ変化させたときの赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図11(a)〜図11(m)は、第3実施例におけるλAT50%とλRT50%との差を10nmずつ変化させたときの赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(a)〜(m)、図10(a)〜(m)、図11(a)〜(m)において、実線は入射角が0°のときの分光透過率曲線を示し、破線は入射角が25°のときの分光透過率曲線を示し、一点鎖線は入射角が35°のときの分光透過率曲線を示す。なおいずれの実施例の場合においても、赤外線吸収層16のλAT50%を固定とし、赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%を変化させることによって、λAT50%とλRT50%との差を設定した。赤外線反射層14は誘電体多層膜によって形成されているため、その膜厚や層数を調整することによって、過渡領域の変化を容易に実現することができる。
図9(a)、図10(a)、図11(a)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=60nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも60nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(b)、図10(b)、図11(b)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=50nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも50nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(c)、図10(c)、図11(c)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=40nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも40nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(d)、図10(d)、図11(d)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=30nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも30nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(e)、図10(e)、図11(e)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=20nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも20nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(f)、図10(f)、図11(f)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=10nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも10nm長い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(g)、図10(g)、図11(g)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=0nm、すなわちλAT50%とλRT50%が等しい場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(h)、図10(h)、図11(h)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−10nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも10nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(i)、図10(i)、図11(i)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−20nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも20nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(j)、図10(j)、図11(j)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−30nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも30nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(k)、図10(k)、図11(k)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−40nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも40nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(l)、図10(l)、図11(l)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−50nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも50nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。図9(m)、図10(m)、図11(m)は、それぞれ第1〜第3実施例におけるλAT50%−λRT50%=−60nm、すなわちλAT50%がλRT50%よりも60nm短い場合の赤外線カットフィルタの分光透過率曲線を示す。
図12は、図9(a)〜(m)の分光透過率曲線(第1実施例)の主要なパラメータを示す。図13は、図10(a)〜(m)の分光透過率曲線(第2実施例)の主要なパラメータを示す。図14は、図11(a)〜(m)の分光透過率曲線(第3実施例)の主要なパラメータを示す。
図9(a)〜(m)、図10(a)〜(m)、図11(a)〜(m)に示す分光透過率曲線を評価するにあたり、本発明者は、赤外線カットフィルタにおいて、基本的に求められる特性(以下「要求特性」と呼ぶ)として、以下の(1)および(2)を設定した。
(1)波長400nm〜600nmにおける平均透過率Tave>70%
(2)λSLOPE=|λT50%−λT2%|<70nm(シャープカット特性)
上記(1)に示す平均透過率Taveの要求特性に関しては、図10(a)に示すλAT50%−λRT50%=60nmの場合の分光透過率曲線はこの条件を満たしていないが、図9(a)〜(m)および図10(b)〜(m)、図11(a)〜(m)に示す分光透過率曲線はこの要求特性を満たしている。
図15(a)、図16(a)、図17(a)は、それぞれ第1〜第3実施例における赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%と赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%の差λAT50%−λRT50%と、分光透過率曲線の過渡領域の急峻度λSLOPE=|λT50%−λT2%|との関係を示す。上述したように、赤外線カットフィルタにおいては、分光透過率曲線の過渡領域の急峻度(シャープカット特性)はできるだけ小さいことが好ましく、上記の条件(2)から70nm未満であることが望ましい。従って図15(a)、図16(a)、図17(a)より、−50≦λAT50%−λRT50%であることが望ましい。
さらに、上記の赤外線反射膜のみからなる赤外線カットフィルタの問題点であるところの入射角度によって分光透過率曲線特性が変化する観点に基づくと、人が色味の違いを感じるのは透過率が50%以上の領域での分光透過率の差異に基づくものであることが分かっている。そこで、本発明者は、赤外線遮断特性の入射角依存性を向上させるための要求特性として、以下の(3−1)〜(3−3)を設定した。入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λT50%のシフト量をΔλT50%として、
(3−1)ΔλT50%<25nm、より好適には(3−2)ΔλT50%<20nm、さらに好適には(3−3)ΔλT50%<12.5nm
一般的な赤外線反射膜のみからなる赤外線カットフィルタについては上の(1)及び(2)の要求特性を満足させることは容易であるが、入射角度依存性の指標としたΔλT50%については、30乃至40nm以上あるのが普通であり、このカットオフ波長λT50%のシフトの大きさが画像の面内の色味の違いとなって現れる。
図15(b)、図16(b)、図17(b)は、それぞれ第1〜第3実施例における赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%と赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%の差λAT50%−λRT50%と、入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λT50%のシフト量ΔλT50%との関係を示す。上記の要求特性(3−1)〜(3−3)からΔλT50%は25nm未満、より好適には20nm未満、さらに好適には12.5nm未満であることが望ましい。従って、図15(b)、図16(b)、図17(b)より、λAT50%−λRT50%≦−10nmであることが望ましく、より好適にはλAT50%−λRT50%≦−20nmであることが望ましく、さらに好適にはλAT50%−λRT50%≦−30nmであることが望ましい。
以上の考察から、赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%と赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%の差は、以下の条件(4)を満たすことが望ましい。
(4)−50nm≦λAT50%−λRT50%≦−10nm
さらに、赤外線反射層14のカットオフ波長λRT50%および赤外線吸収層16のカットオフ波長λAT50%は、以下の条件(5)を満たすことが望ましい。
(5)630nm≦λRT50%、λAT50%≦690nm
上記の条件(4)および(5)を満足するように赤外線反射層14および赤外線吸収層16を形成することで、透過率や色味品質などの画質要因のバランスがとれた、良好な画像を取得できる。人が色味の違いを感じるのは透過率が50%以上の領域での分光透過率の差異に基づくものであると分かっている。第1〜第3実施例に係る赤外線カットフィルタ10の分光透過率曲線を見ると、上記の条件(4)および(5)を満たすものについては、入射角が変わっても、透過率50%以上の領域においては分光透過率曲線に殆ど変化がないことが分かる。なお、上記の要求特性は一例であり、例えば撮像素子の特性に適合するように要求仕様を変更することも可能である。
以上、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10について説明した。本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10によれば、透明誘電体基板12の一方の面に赤外線反射層14を形成し、他方の面に赤外線吸収層16を形成したことにより、入射角依存性が少ない良好な赤外線遮断特性を有する赤外線カットフィルタを提供できる。
また、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10においては、透明誘電体基板12として一般的なガラス基板を用いることができる。フツリン酸ガラスのような脆く、研磨などの加工がし難いガラスを使う必要がないので、一般的な研磨、切断等の加工が可能となり、その結果、薄型化など厚みの変更が容易である。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10では、赤外線反射層14の光学特性と赤外線吸収層16の光学特性の組合せにより、赤外線カットフィルタ10全体としての特性が決まる。赤外線反射層14の光学特性は、誘電体多層膜の層構造を調整することで容易に変更できる。また、赤外線吸収層16の光学特性は、ゾルゲル法により形成されたシリカを主な成分とするマトリックス中に含まれる赤外線吸収色素の種類や濃度の調整や、赤外線吸収層の厚みの調整よりに容易に変更できる。一方、例えば赤外線吸収機能をもたせるためにフツリン酸ガラスを用いた場合、赤外線吸収特性の変更は、炉を使ったフツリン酸ガラスの溶融、フツリン酸ガラスの切断、厚み調整のためのフツリン酸ガラスの研磨などが必要となるため容易ではない。このように、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は、赤外線カットフィルタ10の光学特性を容易に変更できるという点でも優れている。
さらに、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10では、赤外線吸収層16として、ゾルゲル法により形成されたシリカをマトリックスの主な成分としたものを採用した。これにより、赤外線吸収層16の硬度を高くすることができるので、ハードコートなどの保護層を積層しなくても、高い耐擦傷性を実現できる。また、シリカをその主な成分としたマトリックスから赤外線吸収層16を形成することにより、湿気に対するバリア性などが向上しており、高い耐環境性を実現できる。
さらに、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10では、赤外線吸収層16としてシリカをその主な成分としたマトリックスを用いるため、同類であるところのガラス基板への密着性を向上できる。その結果、透明誘電体基板12上に赤外線吸収層16を形成する際のプライマ処理が不要となるので、低コスト化を図ることができる。
図1に示す赤外線カットフィルタ10において、赤外線反射層14は、紫外線を反射するよう形成されてもよい。赤外線カットフィルタ10を誘電体多層膜で形成した場合、層構成を調整することにより、容易に赤外線カットフィルタ10に紫外線反射機能を組み込むことができる。撮像素子に設けられるカラーフィルタは、紫外線により寿命低下などの悪影響が生じる可能性がある。従って、撮像素子の手前に位置する赤外線反射層14において紫外線を除去することにより、そのような悪影響が生じる事態を回避できる。また、赤外線反射層14に紫外線反射機能を組み込んだ場合、樹脂マトリックスで形成された赤外線吸収層16に到達する前に紫外線を除去できるので、赤外線吸収層16の劣化を防止することができる。
図18は、本発明の別の実施形態に係る赤外線カットフィルタ10を示す。図18に示す赤外線カットフィルタ10において、図1に示す赤外線カットフィルタと同一または対応する構成要素については同一の符号を付すとともに、重複する説明を適宜省略する。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は、赤外線吸収層16上に可視光の反射を防止する反射防止層18が形成されている点が、図1に示す赤外線カットフィルタと異なる。図18に示すように、反射防止層18は、赤外線吸収層16における透明誘電体基板12側の面と対向する面上に形成されている。本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10においては、反射防止層18から光が出射される。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10のように、赤外線吸収層16上に反射防止層18を形成した場合、赤外線カットフィルタ10全体としての可視光線の透過率を向上できる。
図18に示す赤外線カットフィルタ10において、反射防止層18は、紫外線の透過を防止するよう形成されてもよい。この場合、光の出射面側から入射した紫外線が撮像素子に到達するのを阻止できるので、撮像素子に設けられるカラーフィルタの劣化を防止できる。
図19は、本発明のさらに別の実施形態に係る赤外線カットフィルタ10を示す。図19に示す赤外線カットフィルタ10において、図1に示す赤外線カットフィルタと同一または対応する構成要素については同一の符号を付すとともに、重複する説明を適宜省略する。
本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は、赤外線反射層14が反っている点が図1に示す赤外線カットフィルタと異なる。赤外線反射層14は、透明誘電体基板12側の面と対向する面が凸面となるように反っている。また本実施形態では、赤外線反射層14の反りに伴い、透明誘電体基板12および赤外線吸収層16も反っている。
上述したように、赤外線カットフィルタ10を撮像装置に用いる場合、赤外線反射層14が撮像レンズに対向し、赤外線吸収層16が撮像素子に対向するように実装される。しかしながら、赤外線カットフィルタ10は非常に薄く、小さいため、赤外線反射層14と赤外線吸収層16とを見分けるのは容易ではない。そこで、本実施形態のように、赤外線反射層14を反らせることにより、目視でどちらの面が赤外線反射層14であるかを判別できる。誘電体多層膜を透明誘電体基板12上に蒸着する際に膜面の応力を制御することにより、光学特性に影響を与えない範囲で赤外線反射層14の反り具合を調整できる。
図20は、本発明の実施形態に係る赤外線カットフィルタ10を用いた撮像装置100を説明するための図である。図20に示すように、撮像装置100は、撮像レンズ102と、赤外線カットフィルタ10と、撮像素子104とを備える。撮像素子104は、CCDやCMOSなどの半導体固体撮像素子であってよい。図20に示すように、赤外線カットフィルタ10は、撮像レンズ102と撮像素子104の間に、赤外線反射層14が撮像レンズ102に対向し、赤外線吸収層16が撮像素子104に対向するように設けられる。
図20に示すように、被写体からの光は、撮像レンズ102により集光され、赤外線カットフィルタ10により赤外線を除去された後、撮像素子104に入射する。図20に示すように、赤外線カットフィルタ10には撮像レンズ102から様々な入射角で光が入射するが、本実施形態に係る赤外線カットフィルタ10を用いることにより入射角によらず赤外線を好適に遮断できるため、色再現性の高い良好な画像を撮像できる。
上記説明においては、赤外線カットフィルタ10を撮像装置に適用した実施形態について説明したが、上述の実施形態に係る赤外線カットフィルタ10は、他の用途にも適用できる。例えば、赤外線カットフィルタ10は、例えば自動車のウインドシールドガラスやサイドウインドウ、建築用ガラスなどの熱線遮断フィルムとして用いることができる。また、赤外線カットフィルタ10は、PDP(Plasma Display Panel)用の近赤外線カットフィルタとしても用いることができる。
以上、本発明を実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。