実施例に係る燃料電池は、反応ガスとして燃料ガスと酸化剤ガスとの供給を受けて発電する固体高分子形燃料電池であり、多数の単セルを積層したスタック構造を有する。実施例に係る燃料電池は、例えば燃料電池自動車や電気自動車などに搭載される。図1は、燃料電池100の構成を示す断面図である。
図1のように、燃料電池100は、電解質膜12の一方の面にアノード触媒層14aが設けられ、他方の面にカソード触媒層14cが設けられた膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)10を備える。電解質膜12は、スルホン酸基を有するフッ素系樹脂材料又は炭化水素系樹脂材料で形成された固体高分子膜であり、湿潤状態において良好なプロトン伝導性を有する。アノード触媒層14a及びカソード触媒層14cは、電気化学反応を進行する触媒を担持したカーボン担体と、スルホン酸基を有する固体高分子であり、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を有するアイオノマーと、を含む。
MEA10の両側には、一対のガス拡散層(アノードガス拡散層16a及びカソードガス拡散層16c)と、一対のセパレータ(アノード側セパレータ18a及びカソード側セパレータ18c)と、が配置されている。アノードガス拡散層16a及びカソードガス拡散層16cは、ガス透過性及び電子伝導性を有する部材によって形成されており、例えばカーボンクロスやカーボンペーパなどの多孔質カーボン製部材によって形成されている。
アノード側セパレータ18a及びカソード側セパレータ18cは、ガス遮断性及び電子伝導性を有する部材によって形成されており、例えばカーボンを圧縮してガス不透過とした緻密性カーボンなどのカーボン部材や、プレス成型したステンレス鋼などの金属部材によって形成されている。アノード側セパレータ18a及びカソード側セパレータ18cは、ガスが流通する流路を形成するための凹凸を表面に有する。この凹凸によって、アノード側セパレータ18aとアノードガス拡散層16aとの間に燃料ガス(例えば水素)が流通可能なアノード流路20aが形成される。カソード側セパレータ18cとカソードガス拡散層16cとの間に酸化剤ガス(例えば空気)が流通可能なカソード流路20cが形成される。
図2は、カソード触媒層14cの一部を拡大した断面図である。なお、アノード触媒層14aはカソード触媒層14cと同様の構造をしているため、アノード触媒層14aの説明は省略する。図2のように、カソード触媒層14cは、電気化学反応を進行する触媒(例えば白金や、白金−コバルト合金)30を担持するカーボン担体32と、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を有するアイオノマー34と、を含む。アイオノマー34の重量Iと触媒30を担持したカーボン担体32の重量Cとの比(I/C)は、例えば0.65〜0.85である。
カーボン担体32は、多孔質のカーボン粒子である。多孔質のカーボン粒子として、例えばアセチレンブラック系カーボンブラック、ファーネスブラック系カーボンブラック、黒鉛、炭素繊維、及び活性炭などやこれらの粉砕物、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブなどの炭素化合物を用いることができる。アイオノマー34は、末端ブロック型アイオノマーと称されるものであり、詳細については後述する。
触媒30は、カーボン担体32の外表面や空孔内に担持されている。アイオノマー34は、触媒30を覆うように、カーボン担体32の外表面や空孔内に設けられている。アイオノマー34はプロトン伝導性を有することから、アノード触媒層14aでH2→2H++2e−の化学反応によって生じたプロトンH+は、電解質膜12を介してカソード触媒層14cに伝導した後、アイオノマー34内を移動して触媒30に到達する。
アイオノマー34は、上述のように末端ブロック型アイオノマーと称されるものであり、スルホン酸基を備えた親水部と疎水部とのランダム共重合体からなる高分子鎖と、当該高分子鎖の末端に結合している前記親水部の凝集構造からなる親水性ブロックと、を備える。
高分子鎖とは、親水部と疎水部とのランダム共重合体を言い、高分子鎖の分子構造は特に限定されない。例えば、高分子鎖は、直鎖状の構造を備えた高分子であってもよいし、又は分岐状の構造を備えた高分子であってもよい。また、高分子鎖に含まれる親水部と疎水部の比率も特に限定されない。さらに、高分子鎖は、C−H結合のみを含む炭化水素系高分子であってもよいし、C−F結合を含むフッ素系高分子であってもよい。高い耐久性を得るためには、高分子鎖は、C−F結合を含み、且つ、C−H結合を含まないもの(パーフルオロ系高分子)が好ましい。
親水部とは、高分子鎖中において、スルホン酸基が結合している部分の最小の繰り返し単位を言う。親水部は、いずれかの部分にスルホン酸基を備えていればよく、スルホン酸基以外の部分の構造は特に限定されない。高分子鎖は、いずれか1種の親水部を備えている場合でもよいし、又は、2種類以上の親水部を備えている場合でもよい。
疎水部とは、高分子鎖中において、酸基(スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基など)が結合していない部分の最小の繰り返し単位を言う。疎水部の構造は特に限定されない。高分子鎖は、いずれか1種の疎水部を備えている場合でもよいし、又は、2種以上の疎水部を備えている場合でもよい。
親水部としては、例えば以下のものが挙げられる。
但し、aは0以上の整数、bは2以上の整数である。
疎水部としては、例えば以下のものが挙げられる。
但し、Rf
1〜Rf
4は、それぞれ独立に、フッ素、又は、途中にエーテル結合を含んでいてもよい炭素数が1以上且つ10以下であるパーフルオロアルキル基である。Rf
5は、途中にエーテル結合を含んでいてもよい炭素数が1以上且つ10以下であるパーフルオロアルキル基である。
これらの中でも、末端ブロック型アイオノマーは、親水部が式(A1)で表される構造(特にa=0、b=2であるもの)を備え、疎水部が式(B1)で表される構造を備えているものが好ましい。これは、ポリマーの密度が低下することで酸素が透過し易くなり、またスルホン酸基の触媒被毒による活性低下を抑制できるためである。この場合、Rf1及びRf2はそれぞれ−CF3が好ましい。これは、モノマーの反応性が高いためである。
親水性ブロックとは、親水部の凝集構造を言う。親水性ブロックは、高分子鎖の末端に結合している。親水性ブロックは、高分子鎖の1つの末端にのみ結合している場合でもよいし、又は、高分子鎖の2以上の末端に結合している場合でもよい。親水部の凝集構造とは、開始剤共存下において1種又は2種以上の親水性モノマーを重合させることにより得られる構造を言う。開始剤については後述する。親水性ブロックは、1種又は2種以上の親水部の繰り返しからなる。親水部の繰り返し数とは、親水性ブロックに含まれる親水部(最小の繰り返し単位)の数を言う。
親水部の繰り返し数は、末端ブロック型アイオノマーの酸素透過性や触媒被毒性に影響を与える。親水部の繰り返し数が多くなるほど、酸素透過性が向上し、触媒被毒性が低下する。このような効果を得るためには、親水部の繰り返し数は、2以上が好ましく、5以上がより好ましく、11以上がさらに好ましい。一方、親水部の繰り返し数が大きくなりすぎると、局所的に水が凝集し易くなり、出力点付近でフラッディングにより発電性能が低下する恐れがある。したがって、親水部の繰り返し数は、20以下が好ましく、18以下がより好ましく、16以下がさらに好ましい。
ここで、末端ブロック型アイオノマーにおける、界面酸素透過抵抗、酸素還元反応(ORR)活性、及び当量重量(EW)について説明する。
界面酸素透過抵抗とは、アイオノマーで被覆されている触媒に酸素を供給したときに、酸素がアイオノマーを透過してアイオノマーと触媒との界面に到達する際の抵抗を言う。界面酸素透過抵抗は、触媒表面を厚さ50nm〜200nmのアイオノマーで被覆した状態で測定された限界電流密度の逆数で表される。界面酸素透過抵抗は、出力点(例えば、電圧:0.7V)での電流密度と相関がある。界面酸素透過抵抗が小さくなるほど、出力点における電流密度が高くなる。末端ブロック型アイオノマーは、従来のアイオノマーに比べて界面酸素透過抵抗が小さい。これは、主として末端の親水性ブロックを介して末端ブロック型アイオノマーが触媒に吸着するために、触媒表面近傍に相対的に大きな隙間が形成され、酸素が拡散し易くなるためと考えられる。末端ブロック型アイオノマーにおいて、分子構造を最適化すると、Ptの表面を末端ブロック型アイオノマーで被覆したときの界面酸素透過抵抗は、3.8×10−4(cm2×atm)/mA以下となる。この値を出力点(電圧:0.7V)における電流密度に換算すると、約1.5A/cm2となる。
酸素還元反応(ORR)活性は、触媒性能を表す尺度である。ここでは、ORR活性は、回転ディスク電極法を用いて測定された、0.82V(RHE)での電流密度で表されるとする。ORR活性は、効率点(例えば、電流密度:0.2A/cm2)における電圧と相関がある。ORR活性が高くなるほど、効率点での電圧が高くなる。本質的に高いORR活性を示す触媒であっても、触媒表面が被毒されると、ORR活性が低下する。スルホン酸基は、触媒を被毒し、触媒性能を低下させる原因となる。これに対し、末端ブロック型アイオノマーは、従来のアイオノマーに比べて触媒のORR活性が低下し難い。これは、主として末端の親水性ブロックを介して末端ブロック型アイオノマーが触媒に吸着するために、スルホン酸基と触媒との吸着箇所が少なくなるためと考えられる。末端ブロック型アイオノマーにおいて、分子構造を最適化すると、Pt(111)の表面を末端ブロック型アイオノマーで被覆したときのORR活性は、24.3mA/cm2@0.82V以上となる。この値を効率点(電流密度:0.2A/cm2)における電圧に換算すると、約835mVとなる。
当量重量(EW)は、末端ブロック型アイオノマーに含まれる親水部の割合、並びに親水部及び疎水部の分子構造により制御することができる。EWが小さくなるほど、高いプロトン伝導度が得られる。一方、EWが小さくなりすぎると、アイオノマーが水に融解又は膨潤し易くなる。末端ブロック型アイオノマーにおいて、分子構造を最適化すると、EWは、600g/mol以上且つ1100g/mol以下となる。
次に、末端ブロック型アイオノマーの製造方法について説明する。末端ブロック型アイオノマーは、以下のようにして製造することができる。まず、スルホン酸基又はその前駆体を備えた親水性モノマーと開始剤とを反応させ、親水部の凝集構造からなる親水性ブロック、並びに、未反応の前記親水性モノマー及び前記開始剤を含む反応溶液を得る(第1重合工程)。
親水性モノマーとは、重合性基と、重合性基に結合しているスルホン酸基(−SO3H)又はその前駆体と、を備えているものをいう。スルホン酸基の前駆体としては、例えば、−SO2F、−SO2Clなどがある。スルホン酸基又はその前駆体は、重合性基に直接結合していてもよく、あるいは、有機基を介して結合していてもよい。重合性基とは、構造中に炭素−炭素二重結合又は炭素−炭素三重結合を備えている官能基をいう。重合性基としては、例えば、トリフルオロビニル基(CF2=CF−)、ジフルオロメチレン基(CF2=C<)などがある。
親水性モノマーとしては、例えば以下のものが挙げられる。
但し、aは0以上の整数、bは2以上の整数である。
末端ブロック型アイオノマーを製造する際には、親水性モノマーとして、これらのいずれか1種のモノマーを用いてもよく、あるいは、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、式(a1)で表されるモノマーは、末端ブロック型アイオノマーを製造するための親水性モノマーとして好適である。これは、分子内及び分子間のスルホン酸が凝集して連続性の高いプロトンパスを形成し易いためである。
親水性モノマーを重合させるための開始剤は、特に限定されるものではなく、親水性モノマーの種類に応じて最適なものを選択することができる。開始剤としては、例えば、
(a)ヘキサフルオロプロピレンオキシド(HFPO)ダイマーパーオキシド、
(b)CF3CF2CF2C(=O)OOC(=O)CF2CF2CF3(ヘプタフルオロブチリルパーオキシド、HFBP)、
(c)FSO2CF2(C=O)OOC(=O)CF2SO2F(RFUP)、
などが挙げられる。
第1重合工程は、反応溶液中の親水性モノマーのすべてを反応させるのではなく、一部を反応させる。これにより、親水性ブロックと未反応の親水性モノマーとを含む反応溶液が得られる。この場合、第1重合工程は、親水部の繰り返し数が2以上20以下である親水性ブロックが得られるように、親水性モノマーと開始剤とを反応させるのが好ましい。反応溶液に含まれる親水性ブロックの量、及び親水性ブロック中の親水部の繰り返し数は、重合条件により制御することができる。重合時間が長くなるほど、反応溶液に含まれる親水性ブロックの量が多くなり、あるいは、親水性ブロック中の親水部の繰り返し数が大きくなる。適度な繰り返し数の親水性ブロックを適量生成させるためには、重合時間は15分以上が好ましく、20分以上がより好ましく、30分以上がさらに好ましい。一方、重合時間が長くなりすぎると、親水性ブロックの生成量が過剰となり、あるいは、親水性ブロック中の親水部の繰り返し数が過度に大きくなる。従って、重合時間は2時間以下が好ましく、1.5時間以下がより好ましく、1時間以下がさらに好ましい。また、親水性モノマーと開始剤とを反応させる際の反応溶液の温度が低すぎると、現実的な時間内に重合反応が進行しない。従って、反応溶液の温度は−80℃以上が好ましく、−70℃以上がより好ましい。一方、反応溶液の温度が高くなりすぎると、重合反応が過度に進行する。従って、反応溶液の温度は40℃以下が好ましく、25℃以下がより好ましい。
次に、前記反応溶液にさらに疎水性モノマーを加え、前記親水性ブロックを開始剤として、前記親水性モノマー及び前記疎水性モノマーをさらに共重合させる(第2重合工程)。
疎水性モノマーとは、重合性基を備え、かつ、構造中に酸基(スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基など)を備えていないモノマーをいう。疎水性モノマーの構造は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なモノマーを用いることができる。
疎水性モノマーとしては、例えば以下のものが挙げられる。
但し、Rf
1〜Rf
4は、それぞれ独立に、フッ素、若しくは、途中にエーテル結合を含んでいてもよい炭素数が1以上10以下であるパーフルオロアルキル基である。Rf
5は、途中にエーテル結合を含んでいてもよい炭素数が1以上10以下であるパーフルオロアルキル基である。
末端ブロック型アイオノマーを製造する際には、疎水性モノマーとして、これらのいずれか1種のモノマーを用いてもよく、あるいは、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、式(b1)で表されるモノマーは、末端ブロック型アイオノマーを製造するための疎水性モノマーとして好適である。これは、嵩高い分子構造を持つために、高い酸素透過性が得られるためである。この場合、Rf1及びRf2は、それぞれ、−CF3が好ましい。これは、モノマーの反応性が高いためである。
反応溶液に疎水性モノマーを加えてさらに反応させると、親水性ブロックを開始剤として、親水性モノマー及び疎水性モノマーがさらに共重合し、末端ブロック型アイオノマー又はその前駆体が得られる。重合条件は、特に限定されるものではなく、親水性ブロックと親水性モノマーと疎水性モノマーと間の反応が効率よく進行する条件であれば良い。
親水性モノマーとして、スルホン酸基の前駆体を備えたモノマーを用いた場合、末端ブロック型アイオノマーの前駆体が得られる。この場合、得られた前駆体の加水分解及び酸洗浄を行い、酸型にする。加水分解及び酸洗浄の方法及び条件は、特に限定されるものではなく、親水性モノマーの種類に応じて最適な方法及び条件を選択することができる。
親水性モノマーと疎水性モノマーから電解質を合成する場合において、先に親水性モノマーのみを部分的に重合させ、次いで疎水性モノマーを加えてさらに重合させると、親水部と疎水部のランダム共重合体からなる高分子鎖の末端に、適度な大きさの親水性ブロックが結合している末端ブロック型アイオノマーが得られる。
次に、両末端ブロック型アイオノマー、片末端ブロック型アイオノマー、及びランダム型アイオノマーの分子構造と、これらのアイオノマーをPt上に配置してPt表面からの距離とその場所でのアイオノマー密度とのシミュレーション結果と、を説明する。図3(a)は、ランダム型アイオノマーの分子構造を示す図、図3(b)は、両末端ブロック型アイオノマーの分子構造を示す図、図3(c)は、片末端ブロック型アイオノマーの分子構造を示す図である。ランダム型アイオノマーは、疎水部20個と親水部10個とがランダムに結合している。両末端ブロック型アイオノマーは、高分子鎖が疎水部20個の繰り返しからなり、両末端に親水部5個の繰り返しからなる親水性ブロックを有している。片末端ブロック型アイオノマーは、高分子鎖が疎水部20個の繰り返しからなり、一方の末端に親水部10個の繰り返しからなる親水性ブロックを有している。ランダム型アイオノマー、両末端ブロック型アイオノマー、及び片末端ブロック型アイオノマーは全て、分子量が約6000でEWは約800である。図3(a)から図3(c)のように、ランダム型アイオノマーの分子構造は直線形状であるのに対し、末端ブロック型アイオノマーの分子構造は湾曲した形状であるとの特徴がある。
図4は、Ptとアイオノマーとの界面近傍におけるアイオノマー密度を示す図である。表1にPt表面からのアイオノマーの積算質量を示す。
図4のように、Pt表面から5Å以下の領域では、アイオノマー密度は、ランダム型アイオノマー>両末端ブロック型アイオノマー>片末端ブロック型アイオノマーの順であった。表1のように、積算質量についても同様の傾向が見られた。この結果は、高分子鎖の末端により大きな親水性ブロックを形成することによって、酸素透過性が向上し、且つ、触媒性能の低下も抑制できることを示している。
次に、以下のように作製した末端ブロック型アイオノマーAに対して行った評価について説明する。まず、オートクレーブに上記の式(a1)で表される親水性モノマー(a=0、b=2)を入れ、−80℃に冷やした後、減圧と窒素充填を繰り返して酸素を脱気した。次いで、開始剤(HFBP)を0.01mol%加えて30分間攪拌した。次に、溶液に上記の式(b1)のRf1及びRf2が−CF3であるPDD(パーフルオロジメチルジオキソール)を投入し、室温に上昇させて72時間反応させた。親水性モノマーとPDDのモル比は、親水性モノマー:PDD=3:1とした。真空乾燥後、得られた固体を水酸化ナトリウム水溶液で加水分解し、塩酸により酸洗浄することで酸型の末端ブロック型アイオノマーAを作製した。
また、比較のために、以下のように作製したランダム型アイオノマーB及び市販のアイオノマーCに対しても評価を行った。まず、オートクレーブを窒素置換後にドライアイスで冷却し、PDD、次いで上記の式(a1)で表される親水性モノマー(a=0、b=2)の順で注入した。最後に、開始剤(HFPOダイマーパーオキシド)を投入した。内容物を磁気攪拌しながら室温に温め、72時間反応させた。その後、さらに追加の開始剤(1mLのHFPOダイマーパーオキシド溶液)を注入し、ランダム型アイオノマーBを作製した。また、市販のアイオノマーCは、ナフィオン(登録商標、以下同じ)溶液:DE2020をそのまま用いた。
末端ブロック型アイオノマーA、ランダム型アイオノマーB、及び市販のアイオノマーC(ナフィオン)をカソード触媒層のアイオノマーとして用いてMEAを作製し、MEA性能を評価した。MEA性能は、効率点(電流密度:0.2A/cm2)での電圧値、及び、出力点(電圧:0.7V)での電流密度を評価した。また、Pt単結晶の(111)面上にアイオノマーの薄膜(厚さ35nm狙い)を形成し、この試料を用いて、3極式回転ディスク電極法(Hanging meniscus方式)により、過塩素酸中においてサイクリックボルタモグラム(CV)及び酸素飽和下での酸素還元反応(ORR)活性を測定した。また、Pt上に厚さが50nm〜200nmとなるようにアイオノマーを塗布し、この試料を用いて、80℃、60%RHの条件下で限界電流密度を測定した。得られた限界電流密度の逆数を界面酸素透過抵抗とした。
表2は、MEA性能及びORR性能の測定結果である。図5は、効率点での電圧とORR活性との関係を示す図である。図6は、出力点での電流密度と界面酸素透過抵抗との関係を示す図である。
表2のように、EWは、ランダム型アイオノマーB<末端ブロック型アイオノマーA<市販のアイオノマーC(ナフィオン)の順であった。MEA性能は、末端ブロック型アイオノマーA、ランダム型アイオノマーB、市販のアイオノマーC(ナフィオン)の間で大きく異なった。効率点での電圧及び出力点での電流密度いずれも、末端ブロック型アイオノマーA>ランダム型アイオノマーB≫市販のアイオノマーC(ナフィオン)の順となった。
ランダム型アイオノマーBのORR活性は、市販のアイオノマーC(ナフィオン)よりも著しく大きかった。これは、(B3)構造よりも(B1)構造を導入したアイオノマーは、主鎖が剛直になり、スルホン酸基が触媒に吸着し難くなるためと考えられる。また、末端ブロック型アイオノマーAのORR活性は、ランダム型アイオノマーBよりもさらに大きかった。これは、主として高分子鎖の末端に形成された親水性ブロックを介してアイオノマーが触媒に吸着するため、及びこれによって触媒表面に吸着するスルホン酸基の数が減少したためと考えられる。図5のように、効率点での電圧とORR活性との間には、正の相関があることが分かった。MEAの効率を上げるためには、ORR活性を向上させることが重要であることが分かる。
ランダム型アイオノマーBの界面酸素透過抵抗は、市販のアイオノマーC(ナフィオン)よりも著しく小さかった。これは、高分子鎖内に嵩高い分子構造(ジオキソール環)を導入することによって、酸素の拡散が容易になるためと考えられる。また、末端ブロック型アイオノマーAの界面酸素透過抵抗は、ランダム型アイオノマーBよりもさらに小さかった。これは、主として高分子鎖の末端に形成された親水性ブロックを介してアイオノマーが触媒に吸着するため、及びこれによって触媒とアイオノマーとの界面近傍におけるアイオノマー密度が低下したためと考えられる。図6のように、出力点での電流密度と界面酸素透過抵抗との間には、負の相関があることが分かった。高出力を得るためには、アイオノマーの酸素透過性を向上させることが重要であることが分かる。
次に、上記の末端ブロック型アイオノマーA及び市販のアイオノマーC(ナフィオン)をキャスト成形してキャスト膜を得た。このキャスト膜を用いて示差走査熱量分析(DSC)を行った。また、昇温過程のDSC曲線から、以下の式(1)を用いてバルク水量W
fを、式(2)を用いて凍結可能なクラスター水(融点低下水)量W
fcを求め、全水分量W
tからバルク水量W
fと融点低下水量W
fcを差し引くことによって不凍水量W
nfを求めた(式(3))。ここで、mは試料の乾燥重量、dq/dtはDSCの熱流束シグナル、ΔH
0はT
0での融解エンタルピーである(T
0はバルク水の融点)。
図7は、末端ブロック型アイオノマーAのキャスト膜をDSCすることで得られたクラスター半径分布曲線を示す図である。表3は、末端ブロック型アイオノマーAにおけるクラスター系分布及び水分率を示している。なお、表3において、一次平均半径は数平均半径である。融点低下水率は約−55℃〜0℃の間で融解を示す水分率であり、不凍水率は約−55℃まで凍結しない水分率である。試料中の水分率は融点低下水率と不凍水率との和(融点低下水率+不凍水率)である。
表3のように、末端ブロック型アイオノマーAの融点低下水率は、38dry%と大きな値であった。末端ブロック型アイオノマーAの融点低下水率が大きくなったのは、スルホン酸基を備えた親水部の繰り返しからなる親水性ブロックが末端に結合され、この親水性ブロックはスルホン酸基が連なった構造を有することから水分子をより多く引き寄せることができるためと考えられる。したがって、上記方法により作製した末端ブロック型アイオノマーA以外の末端ブロック型アイオノマーの融点低下水率も大きいことが言える。融点低下水は、ポリマーの自由体積部分(例えば疎水基環状部分の隙間など)に存在して運動性が高いため、この量が多くなるほどポリマー内部や周辺は湿潤状態になると考えられる。したがって、末端ブロック型アイオノマーは、ランダム型アイオノマーよりも保水性が高いと言える。末端ブロック型アイオノマーは保水性が高いため、末端ブロック型アイオノマーをカソード触媒層14cのアイオノマー34に用いることで、カソード触媒層14cは乾燥し難くなり、触媒30の利用率の低下を抑制することができるようになる。
また、上記のキャスト膜を用いて酸素透過度を測定した。酸素透過度は、キャスト膜の酸素拡散係数と酸素融解度を求め、これらを掛け合わせることで求めた。図8は、相対湿度と酸素透過度との関係を示す図である。図8のように、末端ブロック型アイオノマーAの酸素透過度は、市販のアイオノマーC(ナフィオン)よりも高く、30%RHで22×10−12mol/(cm2×s×atm)、50%RHで26×10−12mol/(cm2×s×atm)、80%RHで29×10−12mol/(cm2×s×atm)であった。末端ブロック型アイオノマーAの酸素透過度が高いのは、アイオノマー構造が湾曲していることにより、アイオノマー内に空隙が形成され易く、ポリマーの自由体積部分が大きいためと考えられる。したがって、上記方法により作製した末端ブロック型アイオノマーA以外の末端ブロック型アイオノマーの酸素透過度も高いことが言える。末端ブロック型アイオノマーは保水性が高いため、末端ブロック型アイオノマーをカソード触媒層14cのアイオノマー34に用いた場合、アイオノマー内に存在する液水により触媒30への空気の供給が十分に行われないことが懸念される。しかしながら、末端ブロック型アイオノマーは酸素透過度が高いため、末端ブロック型アイオノマーをカソード触媒層14cのアイオノマー34に用いた場合でも、触媒30への空気供給量の低下を抑制することができる。末端ブロック型アイオノマーの酸素透過度は、30%RHのときに20×10−12mol/(cm2×s×atm)以上の場合が好ましく、22×10−12mol/(cm2×s×atm)以上の場合がより好ましく、25×10−12mol/(cm2×s×atm)以上の場合がさらに好ましい。
次に、燃料電池100の発電性能について説明する。カソード触媒層14cのアイオノマー34には、以下のように作製したアイオノマーを用いた。まず、前述の方法により、末端ブロック型アイオノマーAを作製した。具体的には、オートクレーブ中に上記の式(a1)で表される親水性モノマー(a=0、b=2)を入れ、−80℃に冷やした後、減圧と窒素充填を繰り返して酸素を脱気した。次いで、開始剤(HFBP)を0.01mol%加えて0.5時間攪拌した。次に、溶液にPDDを投入し、室温に上昇させて72時間反応させた。親水性モノマーとPDDのモル比は、親水性モノマー:PDD=3:1とした。真空乾燥後、得られた個体を水酸化ナトリウム水溶液で加水分解し、塩酸により酸洗浄することで酸型の末端ブロック型アイオノマーAを作製した。また、上記の作製工程における攪拌時間のみを1時間に変更し、別の末端ブロック型アイオノマーDを作製した。さらに、上記の作製工程における攪拌を実施せずに、ランダム型アイオノマーEを作製した。
表4は、末端ブロック型アイオノマーA、末端ブロック型アイオノマーD、及びランダム型アイオノマーEの融点低下水率及び親水性ブロックでの親水部の繰り返し数を示している。なお、親水部の繰り返し数は、疎水性モノマーを加える前の反応溶液での酸ポリマーの分子量Maを計測し、酸ポリマーを構成する1単位である酸モノマーの分子量MbでMaを割る(Ma/Mb)ことで算出することができる。
表4のように、攪拌時間を長くするほど、融点低下水率が高くなることが分かる。なお、親水部は水分保持に寄与するため、融点低下水率が高いほど親水部の繰り返し数は多くなるはずであるが、表4は反対の結果となっている。これは測定精度誤差によるものと考えられる。
カソード触媒層14cのアイオノマー34に末端ブロック型アイオノマーA、末端ブロック型アイオノマーD、ランダム型アイオノマーE、及び市販のアイオノマーC(ナフィオン:DE2020)を用いた燃料電池の発電性能を測定した。末端ブロック型アイオノマーAを用いた燃料電池を実施例1、末端ブロック型アイオノマーDを用いた燃料電池を実施例2、ランダム型アイオノマーEを用いた燃料電池を比較例1、市販のアイオノマーC(ナフィオン)を用いた燃料電池を比較例2とする。発電性能の測定は、温度65℃(両極無加湿)、背圧210kPa.absの条件で行った。また、実施例1、2及び比較例1、2において、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数を3.2×10
−4mとし、アイオノマー34の重量Iと触媒30を担持したカーボン担体32の重量Cとの比(I/C)を0.75とした。電解質膜12の膜厚を10μmとし、アノード触媒層14aではPtからなる触媒30がカーボン担体32に0.05mg/cm
2の量で付着し、カソード触媒層14cではPt−Co合金からなる触媒30がカーボン担体32に0.2mg/cm
2の量で付着しているとした。なお、ガス拡散抵抗係数とは、ガスの拡散し難さを表す指標値であるガス拡散抵抗と相関のある値であり、以下の式(4)で表される。なお、式(4)におけるガス拡散層の空隙率とは、ガス拡散層の全体積に対するガス拡散層基材で構成される体積を除いた空隙体積が占める割合である。なお、前述のガス拡散抵抗係数が3.2×10
−4mであるガス拡散層を、拡散層aと称すこととする。
図9は、実施例1、2及び比較例1、2の発電性能の測定結果を示す図である。実施例1(末端ブロック型アイオノマーA使用)の測定結果を破線で、実施例2(末端ブロック型アイオノマーD使用)の測定結果を実線で、比較例1(ランダム型アイオノマーE使用)の測定結果を一点鎖線で、比較例2(市販のアイオノマーC(ナフィオン)使用)の測定結果を点線で示している。
図9のように、末端ブロック型アイオノマーを用いた実施例1及び実施例2は、ランダム型アイオノマーを用いた比較例1及びナフィオンを用いた比較例2よりも低負荷(低出力)運転時及び高負荷(高出力)運転時の発電性能が向上した結果となった。上述したように、末端ブロック型アイオノマーは保水性が高いことから、カソード触媒層14cの乾燥が抑制される。このため、カソード触媒層14cにおける触媒30の利用率の低下を抑制することができ、その結果、低負荷運転時の発電性能が向上したものと考えられる。また、上述したように、末端ブロック型アイオノマーは酸素透過度が高いことから、触媒30への空気供給量の低下を抑制でき、その結果、高負荷運転時の発電性能が向上したものと考えられる。
また、実施例2に用いた末端ブロック型アイオノマーDは、実施例1に用いた末端ブロック型アイオノマーAよりも融点低下水率が高いことから、融点低下水率が高いほど発電性能を向上できることが分かる。図10は、実施例1及び実施例2の燃料電池の効率点(電流密度:0.2A/cm2)でのセル温度とセル電圧との関係を示す図である。図10のように、融点低下水率が高いアイオノマーを使用した実施例2は、融点低下水率の低いアイオノマーを使用した実施例1と比べて、低負荷運転時の発電性能が向上していることが分かる。例えば、セル温度が60℃の場合において、実施例2は実施例1に比べてセル電圧が約20mV高くなっている。これは、触媒活性に変換すると約1.6倍に相当する。
次に、末端ブロック型アイオノマーDをカソード触媒層14cのアイオノマー34に用い、且つ、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数を異ならせた燃料電池の発電性能について説明する。カソードガス拡散層16cにガス拡散抵抗係数が3.2×10−4mである拡散層aを適用した実施例2の他に、カソードガス拡散層16cにガス拡散抵抗係数が2.2×10−4mである拡散層bを適用した実施例3、3.8×10−4mである拡散層cを適用した比較例3、4.7×10−4mである拡散層dを適用した比較例4についての発電性能を測定した。
図11は、実施例2、3及び比較例3、4の発電性能の測定結果を示す図である。実施例2の測定結果を実線で、実施例3の測定結果を破線で、比較例3の測定結果を点線で、比較例4の測定結果を一点鎖線で示している。図11のように、高電流域でのセル電圧が、実施例2、3に比べて、比較例3、4は大きく低下していることが分かる。
図12は、図11においてセル電圧が0.6Vのときの電流密度とガス拡散抵抗係数との関係を示す図である。実施例2を○印で、実施例3を△印で、比較例3を□印で、比較例4を×印で示している。図12のように、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数が3.2×10−4mより大きくなると、セル電圧が0.6Vのときの電流密度が大きく低下することが分かる。ガス拡散抵抗係数が3.2×10−4mよりも大きい場合に高負荷運転時の発電性能が大きく低下したのは、空気の供給が遅くなることで濃度過電圧が発生したためと考えられる。したがって、図12は、アイオノマー34の融点低下水率が38dry%である末端ブロック型アイオノマーDを使用した場合の測定結果であるが、融点低下水率が38dry%以外の値であっても、ガス拡散抵抗係数が3.2×10−4mより大きくなると高負荷運転時の発電性能が低下することが言える。
また、図11のように、実施例2、3及び比較例3、4で、セル抵抗は電流密度0A/cm2〜3A/cm2の全域にわたって同程度で低い値になっていることが分かる。電流密度が低い領域でもセル抵抗が低い値となっていることから、アイオノマー34の保水性が高く触媒層の乾きが抑制されていることが分かる。
以上のことから、カソード触媒層14cのアイオノマー34に、疎水部とスルホン酸基を備えた親水部とのランダム共重合体からなる高分子鎖と、前記高分子鎖の末端に結合している前記親水部の凝集構造からなる親水性ブロックと、を備えた末端ブロック型アイオノマーを用いる。末端ブロック型アイオノマーは保水性が高いことから、カソード触媒層14cが乾燥することを抑制でき、その結果、低負荷運転時の発電性能を向上させることができる。また、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数を3.2×10−4m以下にする。末端ブロック型アイオノマーは酸素透過度が高く(30%RH以上の場合に20×10−12mol/(cm2×s×atm)以上)、これに加えて、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数を3.2×10−4m以下とすることで、濃度過電圧の発生を抑制でき、図11及び図12のように、高負荷運転時の発電性能を向上させることができる。したがって、低負荷運転時の発電性能の向上と高負荷運転時の発電性能の向上とを両立させることができる。
なお、カソードガス拡散層16cのガス拡散抵抗係数は、高負荷運転時の発電性能を向上させる点からは、3.0×10−4m以下の場合が好ましく、2.5×10−4m以下の場合がより好ましく、2.2×10−4m以下の場合がさらに好ましい。
また、図9の結果から、カソード触媒層14cに備わるアイオノマー34の融点低下水率が28dry%以上且つ38dry%以下の場合に、低負荷運転時及び高負荷運転時の発電性能を向上できることが分かる。融点低下水率が28dry%のときの親水性ブロックの親水部の繰り返し数は、測定誤差を含めると13.9±2であり、融点低下水率が38dry%のときの親水性ブロックの親水部の繰り返し数は、測定誤差を含めると12.9±2である。親水部の繰り返し数が2単位増減しても束縛水量及び非束縛水量に及ぼす影響は小さいと考えられることから、親水性ブロックの親水部の繰り返し数は11以上且つ16以下であることが好ましく、12以上且つ15以下であることがより好ましく、13以上且つ14以下であることがさらに好ましい。
以上、本発明の実施例について詳述したが、本発明はかかる特定の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。