JP6688615B2 - 高強度極細鋼線およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、タイヤ、ベルト、高圧ホース等、ゴム及び有機材料の補強用に使用されるスチールコードや、シリコンインゴットのスライス加工に使用されるソーワイヤなどの高強度極細鋼線およびその製造方法に関するものである。
近年、タイヤの軽量化、高性能化の要望に応えるために、スチールコードの高強度化が急速に進展し、引張強さで3000MPa以上の極細鋼線が主流になりつつある。また、タイヤ、ベルト、高圧ホース等の補強材に極細鋼線を使用する場合、通常、複数本の極細鋼線を高速で撚り合わせる撚り線加工が行われる。極細鋼線の引張強さが高くなると延性が低下し、伸線加工時だけでなく、撚り線加工時にも捻じりによる断線が発生しやすくなる。
極細鋼線は、熱間圧延ままの線材にパテンティングを施し、乾式伸線を行った後、パテンティングを施し、更に湿式伸線を行って製造される。パテンティングは、金属組織をパーライトに恒温変態させる熱処理である。パーライトは、フェライトとセメンタイトとが層状に交互に重なるラメラ組織であり、伸線加工に適している。なお、熱間圧延後、調整冷却を施して、金属組織をパーライトに恒温変態させることにより、パテンティングを省略することも可能である。
伸線加工の間に複数回のパテンティングを施す場合、製品の線径まで湿式伸線する直前に行うパテンティングは最終パテンティング、それ以前の乾式伸線後に施されるパテンティングは中間パテンティングと呼ばれる。最終パテンティングを行った後、湿式伸線に必要とされる潤滑性を確保するために、鋼線に銅めっきやブラス(黄銅)めっきが施される。ブラスめっき層は、鋼線に銅めっきと亜鉛めっきとを別々に施した後、拡散熱処理を施して形成されることが多い。
このように、極細鋼線の製造には、パテンティング及び拡散熱処理など、複数回の熱処理が行われている。しかし、これらの熱処理には、生産性の低下や、製造コストの上昇という問題がある。
そのため、熱間圧延後の線材の伸線加工性を向上させて、パテンティングの回数を減らしたり、熱処理を省略したりする技術が提案されている(例えば、特許文献1〜3、参照)。これらの技術は、初析フェライト、初析セメンタイト、ベイナイトなどの非パーライト組織の生成を制限し、パーライトブロックやパーライトコロニーを微細化し、伸線加工による断線や、撚り線加工時の縦割れの発生を防止するものである。
また、環境への配慮からシアン浴を用いたブラスめっきを避け、かつ、拡散熱処理を省略するため、湿式伸線前の鋼線に銅めっき及び亜鉛めっきを施した後、そのまま伸線加工する方法が提案されている(例えば、特許文献4、参照)。特許文献4の方法は、鋼線に、銅めっき及び亜鉛めっきを交互に2回以上繰り返して施し、伸線加工時の加工熱及び圧力によって銅と亜鉛とを拡散させるものである。
近年では、シアン化合物を含まない非シアン浴を用いて電気めっきを行う、ブラスめっき方法が開発されつつある。伸線加工及び拡散熱処理による表面への酸化皮膜の形成を避け、ゴムとの接着性を向上させるため、一次めっき後、伸線加工を行い、非シアン浴を用いて合金めっきを施す方法が提案されている(例えば、特許文献5、参照)。特許文献5の合金めっきを施す方法では、銅塩、亜鉛塩及びピロりん酸アルカリ金属塩からなる非シアン浴や、ピロりん酸銅、ピロりん酸亜鉛、ピロりん酸アルカリ金属塩からなる非シアン浴などを用いる。
特開2001−181789号公報 特開2010−202913号公報 特開2010−202920号公報 特開昭58−61297号公報 特開2012−36543号公報
極細鋼線の強度は、最終パテンティング後の湿式伸線の加工歪み(真歪)、即ち、湿式伸線の前後の線径によって調整される。特許文献4の方法では加工歪みが小さく、現在、要求される高強度には達しないと考えられる。また、特許文献5には、湿式伸線の前後の線径が記載されていないので、極細鋼線の強度は不明である。
このように、従来技術では、拡散熱処理を省略して伸線加工を行い、しかも伸線加工後の線径が0.18〜0.45mmである極細鋼線の引張強さを3000MPa以上とし、かつ、十分な延性を確保することはできなかった。
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、拡散熱処理を施すことなく、線径が0.18〜0.45mm、引張強さが3000MPa以上で、かつ優れた延性を有する高強度極細鋼線およびその製造方法を提供することを課題とするものである。
本発明者らは、極細鋼線を撚り線加工する際に、個々の極細鋼線の表面に作用する周方向の偏応力によって、断線が発生することを見出した。そして、伸線方向に垂直な断面に、Znめっき相とCuめっき相とが分離された状態で混在してなる大理石状(マーブル状)の模様が形成され、伸線方向に垂直な断面におけるCuめっき相とZnめっき相との面積比が所定の範囲であるめっき層を、母材の表面に有する極細鋼線とすることで、撚り線加工時の断線を防止できるという知見を得た。
本発明者らは、上記のめっき層を有する極細鋼線を製造するには、熱間圧延線材上にCuめっき層とZnめっき層とを交互に、かつ各々2層以上形成した後、加工発熱を抑制しながら伸線加工を行えばよいことを見出した。この場合、伸線加工される熱間圧延線材上には、一定の厚みでそれぞれ形成されたCuめっき層とZnめっき層とからなる層状構造のめっき層が形成されている。伸線加工を行う際には、層状構造のめっき層を有する熱間圧延線材の外面は、超硬工具製のダイスで完全な円錐形状に拘束されつつ摺動される。
伸線加工される熱間圧延線材上に、このような層状構造のめっき層が形成されていると、伸線加工中のダイスと熱間圧延線材の外面との摩擦抵抗が極めて低くなる。このため、伸線加工中の加工発熱によるZnめっき層とCuめっき層との合金化が抑制される。したがって、伸線加工後に得られた極細鋼線のめっき層においても、Znめっき相とCuめっき相とが分離された状態となり、Znめっき相とCuめっき相との境界が明確となる。また、層状構造のめっき層を形成していたCuめっき層およびZnめっき層は、伸線加工を行うことにより、厚み方向および面方向に互い絡まりつつ長手方向に伸長される。その結果、伸線加工後に得られた極細鋼線の伸線方向に垂直な断面に、大理石状(マーブル状)の模様が形成される。
また、上記の層状構造のめっき層が形成されている熱間圧延線材は、伸線加工中の加工発熱が顕著に小さいものであるため、高強度化のために伸線加工によって導入する歪を大きくしても、極細鋼線の母材の表層のセメンタイトの分解が抑制される。その結果、時効硬化が抑制され、延性劣化の少ない極細鋼線が得られる。
このようなめっき層を有する極細鋼線では、以下に示す理由により、撚り線加工時の断線を防止できると推定される。すなわち、Znめっき相およびCuめっき相は、合金化したブラスめっき層に比べて軟質で、加工硬化率の低いものである。しかも、上記のめっき層は、異なる硬さを有するZnめっき相とCuめっき相とが分離された状態で大理石状の複雑な模様を形成している。このことから、上記のめっき層を有する極細鋼線では、撚り線加工時に、めっき層によって、極細鋼線の母材に作用する周方向の偏応力が効率よく吸収され、母材に作用する応力が緩和される。更に、Znめっき相およびCuめっき相は、撚り線加工に対する抵抗(流動抵抗)が小さいものであるため、撚り線加工時に、極細鋼線の母材に作用する応力の集中を抑制する。これらのことにより、撚り線加工時の断線の頻度を低減できる。
また、母材の表面にZnめっき相とCuめっき相とが混在する上記のめっき層を形成する場合、母材の表面にブラスめっき層を形成する場合のように、ZnとCuとを合金化する必要はない。このため、めっき層を形成する際に拡散熱処理を行う必要はなく、効率よくめっき層を形成できる。
更に、本発明者らは、鋭意研究を重ね、母材が特定の成分組成および組織を有するものである場合に、線径が0.18〜0.45mmであり、引張強さ3000MPa以上であって、しかも撚り線加工時の断線を防止できる高強度極細鋼線を実現できることを見出し、本発明を想到した。
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]母材と、前記母材の表面に形成されためっき層とを有し、線径が0.18〜0.45mmであり、引張強さが3000MPa以上である高強度極細鋼線であって、
前記母材は、質量%で、
C:0.60%〜0.80%、
Si:0.05〜0.35%、
Mn:0.25〜0.90%
を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、
金属組織は、面積率で85.0%以上がパーライトであり、伸線方向に垂直な断面における前記母材表面から深さ方向に20μmまでの領域に存在するパーライトコロニーの伸線方向に垂直な断面において、厚み中心線の全長を5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における曲率半径の平均値が5.0〜10.0μm、前記厚み中心線の全長を5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における厚み平均が0.2〜1.5μmであり、
前記めっき層は、伸線方向に垂直な断面に、Zn含有率が93%以上のZnめっき相とCu含有率が91%以上のCuめっき相とが混在してなる大理石状の模様が形成され、前記伸線方向に垂直な断面における前記Cuめっき相と前記Znめっき相との面積比(Cuめっき相/Znめっき相)が1.0〜2.3であることを特徴とする高強度極細鋼線。
[2] 前記母材が、更に、質量%で、
Cr:0.01〜1.00%、
を含有することを特徴とする上記[1]に記載の高強度極細鋼線。
[3] 前記母材が、更に、質量%で、
Nb:0.010〜0.200%、
V :0.01〜0.50%、
Mo:0.01〜0.50%、
B :0.0004〜0.0030%
Al:0.002〜0.100%、
Ti:0.002〜0.100%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記[1]又は[2]に記載の高強度極細鋼線。
[4][1]〜[3]のいずれかに記載の成分組成からなり、面積率で85.0%以上がパーライトであり、パーライトブロックのサイズが10〜30μmであり、線径が2.5〜4.5mmである熱間圧延線材を製造する工程と、
前記熱間圧延線材に対して、Cu含有率が91%以上のCuめっき層を形成するCuめっき工程とZn含有率が93%以上のZnめっき層を形成するZnめっき工程とを交互に、かつ各めっき工程を2回以上行うめっき工程と、
前記めっき工程後の前記熱間圧延線材を湿式伸線加工することにより、線径0.18〜0.45mmとする伸線加工工程とを有することを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の高強度極細鋼線の製造方法。
本発明の高強度極細鋼線およびその製造方法によれば、線径が0.18〜0.45mmであり、引張強さが3000MPa以上である高強度極細鋼線を提供できる。しかも、本発明の高強度極細鋼線は、優れた延性を有するものであるため、撚り線加工を行う場合に断線を防止できる。
本発明の高強度極細鋼線の一例を示した斜視図である。 図2は、図1に示す高強度極細鋼線の伸線方向に垂直な断面におけるめっき層を拡大して示した模式図である。 図1に示す高強度極細鋼線の伸線方向に垂直な断面を示した模式図である。 図1に示す高強度極細鋼線の一部を拡大して示した模式図であり、伸線加工前の熱間圧延線材中のパーライトブロック1つ分に相当する部分の模式図である。 図5(a)は、伸線加工によって変形した複数のパーライトコロニー3、3の側面図である。また、図5(b)および図5(c)は、図4に示す複数のパーライトコロニー3のうちの一つを拡大して示した模式図である。図5(b)は、パーライトコロニー3の側面図である。図5(c)は、図5(b)に示すパーライトコロニー3の伸線方向に垂直な断面であり、図5(b)に示したA−A´線に対応する断面図である。 本発明の高強度極細鋼線の製造方法において用いる熱間圧延線材の一例に含まれるパーライトブロックを示した模式図である。 本発明の高強度極細鋼線の一例における伸線方向に垂直な断面の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。
「高強度極細鋼線」
本発明者らは、熱間圧延線材に湿式電解プロセスにより、順次、Cuめっき層を形成するCuめっき工程とZnめっき層を形成するZnめっき工程とを行い、拡散熱処理を行わずに、0.18〜0.45mmの最終線径まで伸線加工することが可能か否か、検討を行った。
その結果、熱間圧延線材に対して、Cuめっき工程とZnめっき工程とを交互に行い、かつ各めっき工程を2回以上行うめっき工程を行った後、加工発熱を抑制しながら伸線加工を行うと、めっき工程において形成したCuめっき層とZnめっき層との合金化が抑制されて、伸線方向に垂直な断面にZnめっき相とCuめっき相とが混在してなる大理石状の模様が形成されためっき層が形成されることが分かった。なお、湿式伸線加工における加工発熱の抑制は、湿式伸線加工時の条件を制御することによって達成した。
図7は、本発明の高強度極細鋼線の一例における伸線方向に垂直な断面の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。図7に示すように、本発明の高強度極細鋼線のめっき層は、伸線方向に垂直な断面に、Znめっき相とCuめっき相とが混在してなる大理石状の模様が形成されている。
さらに、線材として、特定の成分組成を有し、線径が2.5〜4.5mmであり、パーライトの面積率が85.0%以上、ブロックサイズが10〜30μmの熱間圧延線材を使用することにより、湿式伸線加工で断線することなく、強度が3000MPa以上の極細鋼線を得ることが可能であるという知見が得られた。そして、このようにして得られた極細鋼線は、耐撚り線断線性にも優れていることがわかった。
また、極細鋼線の母材の表層近傍は、極細鋼線を製造するための伸線加工によって導入される歪の影響を受け易い部位である。このため、本発明者らは、極細鋼線の強度および延性と、母材の結晶方位との関係の明確化を試みた。
その結果、極細鋼線において優れた強度および延性を得るには、極細鋼線の母材が、伸線方向に垂直な断面における母材表面から深さ方向に20μmまでの領域に存在するパーライトコロニー粒界の湾曲の曲率半径が5.0〜10.0μm、パーライトコロニーの幅が0.2〜1.5μmである必要があることが分かった。
図1は、本発明の高強度極細鋼線の一例を示した斜視図である。図1に示す高強度極細鋼線10は、母材1と、母材1の表面1aに形成されためっき層2とを有している。
図2は、図1に示す高強度極細鋼線10の伸線方向に垂直な断面11におけるめっき層2を拡大して示した模式図である。図2に示すように、伸線方向に垂直な断面11のめっき層2は、Znめっき相2aとCuめっき相2bとを有している。
本実施形態の極細鋼線10のめっき層2に存在するCuめっき相2bに含まれるCu含有率は91%以上である。このため、Cuめっき相2bによって非常に軟質なZnめっき相を保持できる。Cuめっき相2bのCu含有率は、93%以上であることが好ましい。Cuめっき相2bのCu含有率が91%未満であると、Cuめっき相2bによるZnめっき相を保持する機能が不足する。このため、極細鋼線10を製造するための伸線加工時に、Znめっき相2aが著しく変形し、Znめっき相2aの固体潤滑剤としての機能が低下したり、応力緩和性を発現できなくなったりする。
また、Cuめっき相2bのCu含有率は、100%であってもよいが、95%以下である場合には、後述するめっき工程を行った後に湿式伸線加工を行う方法により、極細鋼線10を容易に製造できるため、好ましい。
Cuめっき相2bのCu含有率が100%でない場合、Cuめっき相2bはCuの他に、Zn、Feを含むものとすることができ、CuとZnと不可避的不純物からなるものであることが好ましい。Cuめっき相2bがZnを含むものである場合、Cuめっき相2b中のZnは、極細鋼線10を製造するための伸線加工時に、後述するZnめっき層から供給されたものであってもよい。
めっき層2に含まれるZnめっき相2aのZn含有率は93%以上である。このため、Znめっき相2aによる固体潤滑材としての機能が得られるとともに、応力緩和性を発現させることができる。Znめっき相2aのZn含有率は、95%以上であることが好ましい。Znめっき相2aのZn含有率が93%未満であると、Znめっき相2aが硬化して、Znめっき相2aの固体潤滑性としての機能が低下したり、応力緩和性が損なわれたりすると考えられる。
また、Znめっき相2aのZn含有率は、100%であってもよいが、94%以下である場合には、後述するめっき工程を行った後に湿式伸線加工を行う方法により、極細鋼線10を容易に製造できるため、好ましい。
Znめっき相2aのZn含有率が100%でない場合、Znめっき相2aはZnの他に、Cu、Feを含むものとすることができ、CuとZnと不可避的不純物からなるものであることが好ましい。Znめっき相2aがCuを含むものである場合、Znめっき相2a中のCuは、極細鋼線10を製造するための伸線加工時に、後述するCuめっき層から供給されたものであってもよい。
図2に示すように、めっき層2に含まれるZnめっき相2aおよびCuめっき相2bは、分離された状態で混在しており、その境界が明確である。また、Znめっき相2aおよびCuめっき相2bは、図2に示すように、いずれも母材1の表面1aに対して層状の形状を有している。また、めっき層2中において、Znめっき相2aとCuめっき相2bとが互いに絡まっている。このことにより、めっき層2の伸線方向に垂直な断面11には、Znめっき相2aとCuめっき相2bとからなる大理石状(マーブル状)の模様が形成されている。
めっき層2の伸線方向に垂直な断面11におけるCuめっき相2aとZnめっき相2aとの面積比(Cuめっき相/Znめっき相)は1.0〜2.3の範囲である。上記面積比が上記範囲内であると、非常に軟質であるZnめっき相2aをCuめっき相2bによって保持できるとともに、Znめっき相2aによる固体潤滑剤としての機能と応力緩和性とが十分に得られる。上記面積比が上記範囲未満であると、Cuめっき相2bが不足して、Znめっき相2aをCuめっき相2bによって保持できず、極細鋼線10の伸線加工性及び耐撚り線加工性が不十分となる。Cuめっき相2bの面積を十分に確保するため、上記面積比は1.2以上であることが好ましい。また、上記面積比が上記範囲を超えると、Znめっき相2aが不足して、Znめっき相2aによる固体潤滑剤としての機能および応力緩和性が損なわれる。Znめっき相2aの面積を十分に確保するため、上記面積比は2.0以下であることが好ましい。
図1に示す母材1の金属組織は、面積率で85.0%以上がパーライトであり、複数のパーライトコロニーが存在している。図1に示す母材1の伸線方向に垂直な断面11における母材1の表面1aから深さ方向に20μmまでの領域21(図3参照)には、複数のパーライトコロニーが存在している。
図4は、図1に示す極細鋼線10における母材1の表面1aから深さ方向に20μmまでの領域21(図3参照)の一部を拡大して示した模式図であり、伸線加工前の熱間圧延線材中のパーライトブロック1つ分に相当する部分31の模式図である。図4に示す部分31には、伸線加工によって変形した複数のパーライトコロニー3、3が存在している。図5(a)は、伸線加工によって変形した複数のパーライトコロニー3、3の側面図である。また、図5(b)および図5(c)は、図4に示す複数のパーライトコロニー3のうちの一つを拡大して示した模式図である。図5(b)は、パーライトコロニー3の側面図である。図5(c)は、図5(b)に示すパーライトコロニー3の伸線方向に垂直な断面であり、図5(b)に示したA−A´線に対応する断面図である。図5(c)に示すように、母材1の伸線方向に垂直な断面11の領域21に存在するパーライトコロニー3は湾曲している。
図4および図5(a)〜(c)に示す湾曲しているパーライトコロニー3の粒界3aの湾曲の曲率半径及びパーライトコロニー3の幅3bは、極細鋼線10を製造する際の伸線加工度に対応して変化する。すなわち、伸線加工の真歪が大きくなるほど、パーライトコロニー3の粒界3aの湾曲の曲率半径は小さくなり、パーライトコロニー3の幅3bは細くなる。パーライトコロニー3、3は、伸線加工によって、互いに幾何学的に拘束しつつ塑性変形し、図5(a)および図5(b)に示すように、長さ方向中心部が太く、両端部が尖っている略紡錘型の形状を有し、図5(b)および図5(c)に示すように、断面視外側に向かって厚みが薄くなる形状となっている。
パーライトコロニー3の粒界3aの湾曲の曲率半径とは、図5(c)に示すように、パーライトコロニー3の伸線方向に垂直な断面において、厚み中心線3cの全長Lを5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における曲率半径の平均値を意味する。
パーライトコロニー3の幅3bは、パーライトコロニー3の長さ方向略中心部の伸線方向に垂直な断面において、図5(c)に示す厚み中心線3cの全長Lを5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における厚み平均を意味する。パーライトコロニー3の粒界3aの幅3bを、パーライトコロニー3の長さ方向略中心部で測定する理由は、紡錘型のパーライトコロニー3の幅3bがパーライトコロニー3の長さ方向の位置で変動するためである。
図1に示す極細鋼線10は、図4および図5(a)〜(c)に示すパーライトコロニー3の粒界3aの湾曲の曲率半径が5.0〜10.0μmであり、パーライトコロニー3の幅3bが0.2〜1.5μmであるものである。
極細鋼線10の延性をより一層向上させるためには、上記の曲率半径は6.0μm以上であることが好ましく、パーライトコロニー3の幅3bは0.4μm以上であることが好ましい。極細鋼線10を製造する際の伸線加工の真歪が過剰に大きくなると、上記の曲率半径が5.0μm未満になる、及び/又は、パーライトコロニー3の幅3bが0.2μm未満になる。その結果、極細鋼線10の延性が低下して、極細鋼線10を撚り線加工する際にデラミネーションが発生し易くなる。
線径が0.18〜0.45mmであり、強度が3000MPa以上である本実施形態の極細鋼線10では、パーライトコロニー3の粒界3aの湾曲の曲率半径が10.0μm以下で、かつパーライトコロニー3の幅3bが1.5μm以下になっている。引張強度が3500MPa以上の極細鋼線を得るためには、極細鋼線10を製造する際の伸線加工の真歪を大きくして、上記の曲率半径を7.5μm以下とし、かつ、パーライトコロニー3の幅3bを1.0μm以下としてもよい。極細鋼線10を製造する際の伸線加工の真歪が不十分であると、上記の曲率半径が10.0μm超える、及び/又は、パーライトコロニー3の幅3bが1.5μm超えになり、極細鋼線10の強度が低下する。
本実施形態の極細鋼線10の母材1における金属組織は、面積率で85.0%以上がパーライトである。母材1のパーライト面積率は、伸線加工前の素材である熱間圧延線材のパーライト面積率と同等である。即ち、熱間圧延線材に存在する非パーライト組織の割合は、伸線加工によって変化しない。非パーライト組織とパーライトとでは、伸線加工による塑性加工挙動が異なる。そのため、伸線加工時に非パーライト組織とパーライトとの界面に歪が集中し、破壊の起点となるボイドが形成される場合がある。極細鋼線10の母材1の非パーライト組織が多い場合は、伸線加工前の素材である熱間圧延線材の非パーライト組織も多いので、伸線加工時に欠陥が発生し易くなる。
本実施形態の極細鋼線10では、母材1のパーライトの面積率が85.0%以上であり、素材である熱間圧延線材の伸線加工性が優れている。したがって、極細鋼線10は、製造する際の伸線加工時における欠陥の発生が抑制されたものとなり、耐撚り線断線性が良好となる。母材1のパーライトの面積率は、より一層極細鋼線10の耐撚り線断線性を向上させるために、95.0%以上であることが好ましく、100%であることがより好ましい。
「母材の成分組成」
次に、極細鋼線の母材の成分組成について説明する。なお、成分組成の含有量の「%」は「質量%」を意味する。また、残部はFeおよび不純物である。
C:0.60〜0.80%
Cは、鋼線のパーライトの面積率を高め、優れた伸線加工性及び高強度を得るために必要な元素である。極細鋼線では、主に、伸線加工によってラメラ間隔(フェライトの幅)を微細にし、強度を高める。しかし、C含有量が0.60%未満であると、非パーライト組織が増加したり、強度を高めるために伸線加工における加工度を高めたりする必要が生じる。このため、伸線加工によって、延性を損なわずに安定して十分な引張強さを得ることが難しくなる。したがって、極細鋼線の強度と延性を確保するために、C含有量の下限は0.60%以上とし、0.62%以上であることが好ましい。一方、C含有量が0.80%を超えると、強度が高くなり過ぎて、延性を確保することが難しくなる。このため、C含有量の上限を0.80%以下とし、0.75%以下とすることが好ましい。
Si:0.05〜0.35%
Siは、脱酸元素であり、パーライト中のフェライトの強化にも寄与する。この効果を得るには、0.05%以上のSiを添加することが必要であり、0.15%以上含有することが好ましい。一方、0.35%を超えるSiを添加しても上記効果が飽和するため、Si量の上限を0.35%以下とし、0.30%以下とすることが好ましい。
Mn:0.25〜0.90%
Mnは、Siと同様に脱酸に用いられる元素であり、また、焼入性を向上させて、非パーライト組織である初析フェライトの生成の抑制にも寄与する。この効果を得るには、0.25%以上のMnを添加することが必要であり、0.30%以上含有することが好ましい。一方、Mn含有量が0.90を超えると、Mn偏析が生じ、非パーライト組織であるベイナイトなど硬質な相が過剰に生成する。そのため、過剰なMnの含有は、伸線加工中の破断の発生や、極細鋼線の延性の劣化の原因にもなる。したがって、Mn含有量の上限を0.90%以下とし、0.85%以下とすることが好ましい。
不純物であるPとSは特に規定しないが、延性を確保する観点から、各々0.02%以下とすることが望ましい。
更に、伸線加工性、強度、延性等を向上させるために、Crを含有させてもよい。
Cr:0.01〜1.00%
Crは、パーライトのラメラ間隔を微細化し、引張強さや伸線加工性の向上に寄与する元素である。この効果を得るためには、0.01%以上のCrを添加することが好ましく、0.02%以上含有することがより好ましい。一方、Crを過剰に添加すると、パーライト変態が遅延することがあるため、Cr含有量の上限を1.00%以下とすることが好ましく、0.50%以下とすることがより好ましい。
更に、伸線加工性、強度、延性等の向上を目的として、以下の元素を選択的に1種又は2種以上含有させてもよい。
Nb:0.010〜0.200%
Nbは、鋼中のCと結合して炭化物を形成し、結晶粒径を細粒化させる元素である。伸線加工性を高めるには、0.010%以上のNbを添加することが好ましく、0.020%以上含有することがより好ましい。一方、Nbを過剰に添加すると、粗大なNbCなどの炭化物が生成して、伸線加工性を損なう場合があるため、Nb含有量の上限を0.200%以下にすることが好ましく、0.180%以下とすることがより好ましい。
V:0.01〜0.50%
Vは、Nbと同様、結晶粒径の細粒化に寄与する元素である。伸線加工性を高めるには、0.01%以上のVを添加することが好ましく、0.02%以上含有することがより好ましい。一方、Vを過剰に添加すると、粗大なVなどの炭化物が生成して、伸線加工性を損なう場合がある。したがって、V含有量の上限を0.50%以下にすることが好ましく、0.45%以下とすることがより好ましい。
Mo:0.01〜0.50%
Moは、焼入性を高めて、非パーライト組織である初析フェライトの生成の抑制に寄与する元素である。この効果を得るには、0.01%以上のMoを添加することが好ましく、0.02%以上含有することがより好ましい。一方、Moを過剰に添加すると、非パーライト組織であるベイナイトが生成し、伸線加工性を損なう場合がある。したがって、Mo含有量の上限を0.50%以下とすることが好ましく、0.45%以下とすることがより好ましい。
B:0.0004〜0.0030%
Bは、微量の添加で焼入れ性の向上に寄与する元素である。非パーライト組織である初析フェライトの生成を抑制するには、0.0004%以上のBを添加することが好ましく、0.0005%以上含有することがより好ましい。一方、Bを過剰に添加すると、粗大なFe(CB)などの炭化物を生成し、延性を損なう場合がある。したがって、B量の上限を0.0030%以下にすることが好ましく、0.0025%以下とすることがより好ましい。
Al:0.002〜0.100%
Ti:0.002〜0.100%
Alおよび/またはTiは、結晶粒径を微細化させるために含有することが好ましい。Alおよび/またはTiを含有する場合、各元素の含有量はそれぞれ0.002%以上であることが好ましく、0.003%以上含有することがより好ましい。一方、これらを過剰に添加すると、粗大な酸化物や窒化物を生成し、延性を損なう場合がある。したがって、AlとTiの一方又は両方を含有する場合、各元素の含有量の上限はそれぞれ0.100%以下が好ましく、より好ましくは0.050%以下とする。
本発明の高強度極細鋼線の線径は0.18〜0.45mmであり、上記範囲内で用途に応じて適宜決定できる。極細鋼線の線径は、0.18mm未満になると、伸線加工減面率が大きくなりすぎ、延性が損なわれる場合がある。このため、極細鋼線の線径は、0.18mm以上とし、好ましくは0.20mm以上とする。一方、極細鋼線の線径が0.45mmを超えると、伸線加工の減面率が不足し、強度が低下する。このため、極細鋼線の線径は0.45mm以下とし、好ましくは0.38mm以下とする。
「製造方法」
本発明の高強度極細鋼線は、例えば、以下に示す製造方法を用いて製造できる。
まず、上記のいずれかの母材の成分組成からなり、面積率で85.0%以上がパーライトであり、図6に示すパーライトブロック4のサイズが10〜30μmであり、線径が2.5〜4.5mmである熱間圧延線材を製造する。熱間圧延線材は、高強度極細鋼線10の素材として用いるものである。
素材となる熱間圧延線材は、例えば、鋼片を1000〜1100℃に加熱し、最終の線径が2.5〜4.5mm、好ましくは3.0〜3.6mmになるように熱間圧延を行って製造することが好ましい。熱間圧延の仕上温度は900℃〜1100℃が、最終の圧延速度は60〜100m/sが、それぞれ、好ましい範囲である。
熱間圧延後は、パテンティングを行ってもよいし、調整冷却を施すことにより、パテンティングを省略してもよい。パテンティングを省略することで、生産性が向上する。パテンティングまたは調整冷却を行うことにより、金属組織をパーライトに恒温変態させることができる。調整冷却としては、例えば、塩を約550℃近傍で加熱して液体化し、その中に熱間圧延線材を通すソルト浴冷却、ミストを含有した空気または泡などが挙げられる。
このような条件で製造された熱間圧延線材は、パーライトの面積率が85.0%以上、パーライトブロック4のサイズが10〜30μmとなる。
素材となる熱間圧延線材の線径は、4.5mmを超えると、0.18〜0.45mmの極細鋼線を得るための伸線加工減面率が大きくなりすぎ、伸線後の極細鋼線の延性が損なわれる場合がある。したがって、熱間圧延線材の線径は4.5mm以下が好ましく、より好ましくは3.6mm以下とする。一方、熱間圧延線材の線径が2.5mm未満であると、伸線加工の減面率が不足し、極細鋼線の強度が低下する場合がある。したがって、熱間圧延線材の線径は2.5mm以上が好ましく、より好ましくは3.0mm以上とする。
素材となる熱間圧延線材のパーライトブロック4のサイズが小さくなると、伸線加工性に有害な非パーライト組織が増加する場合がある。このため、パーライトブロック4のサイズは10μm以上とし、好ましくは15μm以上とする。また、熱間圧延線材のパーライトブロック4のサイズが大きくなると、伸線加工の初期にクラックが発生し、極細鋼線の延性を損なう場合がある。このため、パーライトブロック4のサイズは30μm以下とし、好ましくは25μm以下とする。
次に、必要に応じて、熱間圧延線材の表面の酸化スケールを酸洗により除去する。
その後、熱間圧延線材に対して、例えば、湿式電解プロセスにより、Cu含有率が91%以上のCuめっき層を形成するCuめっき工程とZn含有率が93%以上のZnめっき層を形成するZnめっき工程とを交互に、かつ各めっき工程を2回以上行う(めっき工程)。
Cuめっき工程とZnめっき工程の各めっき工程を行う回数は、2回以上であればよく、2回または3回であることが好ましい。Cuめっき工程とZnめっき工程の各めっき工程を行う回数は、生産効率を低下させないようにする観点から、5回以下であることが好ましい。
めっき工程においては、Cuめっき工程とZnめっき工程のうち、どちらのめっき工程から先に行ってもよいし、どちらのめっき工程が最後になってもよい。また、Cuめっき工程とZnめっき工程の数は、同じであってもよいし、いずれか一方のめっき工程が1回多くてもよい。いずれか一方のめっき工程が1回多い場合とは、Cuめっき工程とZnめっき工程のうち、先に行っためっき工程と最後に行っためっき工程とが同じである場合を意味する。
Cuめっき工程およびZnめっき工程におけるCuめっき層またはZnめっき層の形成方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。
めっき工程において形成されたCuめっき層のCu含有率は、91%以上である。Cuめっき層のCu含有率は、後述する伸線加工後に、Cu含有率が91%以上のCuめっき相2bを有するめっき層2を形成できればよく、100%であってもよい。
また、めっき工程において形成されたZnめっき層のZn含有率は、93%以上である。Znめっき層のZn含有率は、後述する伸線加工後に、Zn含有率が93%以上のZnめっき相2aを有するめっき層2が形成できればよく、100%であってもよい。
また、めっき工程において形成されたCuめっき層の合計厚みと、Znめっき層の合計厚みとの割合(Cuめっき層/Znめっき層)は、伸線加工後に得られる極細鋼線10のめっき層2の伸線方向に垂直な断面11におけるCuめっき相2aとZnめっき相2aとの面積比(Cuめっき相/Znめっき相)の割合が1.0〜2.3の範囲なるように適宜決定されることが好ましい。具体的には、Cuめっき層の合計厚みと、Znめっき層の合計厚みとの割合は、1.0〜2.3の範囲なるようにすることが好ましい。
本実施形態においては、めっき工程後、拡散熱処理を行わず、加工発熱を抑制しながら、熱間圧延線材を湿式伸線加工することにより、線径0.18〜0.45mmの最終線径まで伸線加工する(伸線加工工程)。
伸線加工における加工発熱の抑制は、各ダイスの減面率の抑制、ダイスのアプローチ角度、伸線速度の制限、高性能潤滑剤の使用、ダイヤモンドダイスの使用、などによって達成できる。
伸線加工の真歪を大きくすることによって、極細鋼線の強度を向上させることができる。本実施形態においては、線径が2.5〜4.5mmの熱間圧延線材を、0.18〜0.45mmまで湿式伸線加工することにより、強度が3000MPa以上の極細鋼線を得ることができる。
以上の工程により、本発明の極細鋼線が得られる。
本実施形態において、伸線加工工程を行う前の熱間圧延線材の表面に形成されているCuめっき層およびZnめっき層は、均一な厚みで熱間圧延線材の表面に積層されている。Cuめっき層およびZnめっき層は、伸線加工工程を行うことにより変形する。本実施形態の伸線加工工程では、加工発熱を抑制しながら、熱間圧延線材を伸線加工するので、伸線加工工程におけるCuめっき層およびZnめっき層の合金化が抑制され、Cuめっき相とZnめっき相とが分離された状態を維持したまま変形する。
その結果、伸線加工工程後に、図2に示すように、Znめっき相2aとCuめっき相2bとが分離された状態で混在しており、Znめっき相2bとCuめっき相2aとの境界が明確であるめっき層2が形成される。したがって、めっき相2の伸線方向に垂直な断面11には、Znめっき相とCuめっき相とが混在してなる大理石状(マーブル状)の模様が形成されているものとなる。
本実施形態において用いる熱間圧延線材の組織は、方向性がなく等方的である。このため、伸線加工工程を行う前の熱間圧延線材は、どの方向で切断した切断面においても、同様の組織が観察される。したがって、伸線加工工程を行う前は、図6に示すパーライトブロック4中に存在するパーライトコロニー4aの形状も、どの方向で熱間圧延線材を切断した切断面においても同じである。
熱間圧延線材中のパーライトコロニー4aは、熱間圧延線材に伸線加工工程を行うことにより変形する。その結果、伸線加工工程後に得られた極細鋼線10では、図4および図5(a)〜(c)に示すように、母材1の伸線方向に垂直な断面11の領域21に存在するパーライトコロニー3が湾曲しているものとなる。
本実施形態の高強度極細鋼線の製造方法では、所定の成分組成、組織、線径の熱間圧延線材を製造し、これに対してCuめっき工程とZnめっき工程とを交互に、かつ各めっき工程を2回以上行った後、加工発熱を抑制しながら湿式伸線加工することにより、線径0.18〜0.45mmとする。その結果、引張強さが3000MPa以上で、かつ優れた延性を有する本実施形態の高強度極細鋼線が得られる。
また、本実施形態の製造方法では、ブラスめっき層を形成する場合のように、ZnとCuとを合金化する必要はない。このため、めっき工程において合金化するための拡散熱処理を行う必要はなく、効率よく製造でき、生産性に優れている。よって、本実施形態の製造方法は、省エネルギー化が可能であり、産業上の貢献が極めて顕著である。
また、このようにして得られた本実施形態の極細鋼線10では、めっき層2を形成しているZnめっき相2bおよびCuめっき相2aが、製造工程における合金化が抑制され、加工硬化していない軟質のものである。そして、Cuめっき相2aは、Znめっき相2bに比べるとやや硬質である。このため、Cuめっき相2aは、非常に軟質であるZnめっき相2bを保持する機能を有していると推定される。また、Cuめっき相2aに保持されたZnめっき相2aは、極細鋼線10に対して、伸線加工時には固体潤滑剤として機能し、撚り線加工時には応力緩和性を発現すると考えられる。その結果、本実施形態の極細鋼線10によれば、優れた伸線加工性及び耐撚り線加工性が得られる。
以下に実施例を示す。なお、この実施例は具体的な例に沿って説明を行うものであり、本発明の内容を限定するものではない。
素材となる熱間圧延線材は、122mm角断面で18m長さのビレットを約1100℃に約1時間保持してオーステナイト組織とし、最終の圧延速度が80m/sとなるようにして圧延し、製造した。圧延後の組織が粗大化しないように中間で水冷を行い、仕上げ圧延中の最高温度が960℃程度となるように調整した。熱間圧延線材のパーライトブロックのサイズを、以下に示す測定方法により、電子線後方散乱回折法(EBSD)によって測定した。
熱間圧延線材の表面の酸化スケールを酸洗によって除去し、Cuめっき層を形成する電気めっき(Cuめっき工程)を行った後にZnめっき層を形成する電気めっき(Znめっき工程)を行う組み合わせを2回以上行うめっき工程を行った。めっき工程において形成されたZnめっき層の組成はZnを95%以上含むものであった。また、めっき工程において形成されたCuめっき層の組成はCuを93%以上含むものであった。
その後、拡散熱処理を行うことなく、湿式伸線加工を行い、実施例の極細鋼線を製造した。
湿式伸線加工では、加工発熱を抑制するため、ダイスのアプローチ角度を全角で10〜12°とし、湿式伸線加工の後半(線径0.9mm以下の伸線加工)については、ダイヤモンドダイスを使用した。また、湿式伸線加工における各段の減面率を15〜20%とした。
比較のため、一部の熱間圧延線材には、酸洗を施した後、Cuめっき層を形成する電気めっきとZnめっき層を形成する電気めっきとの組み合わせを1回のみ行った。その後、拡散熱処理を施して合金化(ブラス)した後、実施例と同様にして湿式伸線加工を行って、比較例の極細鋼線を製造した。
次に、このようにして得られた実施例および比較例の極細鋼線について、以下の項目の評価を行った。
まず、以下に示す測定方法により、伸線方向に垂直な断面における母材表面から深さ方向に20μmまでの領域に存在するパーライトコロニーを観察し、パーライトコロニー粒界の湾曲の曲率半径と、パーライトコロニーの幅を測定した。
更に、以下に示す測定方法により、母材のパーライトの面積率を求めた。
また、以下に示す測定方法により、熱間圧延線材のパーライトブロックのサイズを測定した。
また、走査型電子顕微鏡(SEM)及びエネルギー分散形X線分光装置(EDS)を用いて、以下に示す測定方法により、母材の表面に形成されているめっき層の有するZnめっき相のZn含有率と、Cuめっき相のCu含有率とを求めた。
また、以下に示す測定方法により、Cuめっき相とZnめっき相との面積比(Cuめっき相/Znめっき相)を算出した。
また、極細鋼線の引張強さの測定を行った。
また、以下に示す評価方法により、極細鋼線の耐撚り線断線性の評価を行った。
「パーライトコロニー粒界の湾曲の曲率半径及び幅の測定」
極細鋼線の伸線方向に垂直な断面で、母材表面から深さ方向に20μmまでの領域で、電子線後方散乱回折法(EBSD)による測定を行った。EBSDによる測定は、極細鋼線の伸線方向に垂直な断面にArイオンミリングを施し、観察する全断面で行い、20×20μmの領域で、0.05μmステップでフェライト結晶方位データマップを採取した。
パーライト鋼を伸線加工して得られた高強度極細鋼線は、高密度の転位が導入されているため、従来、伸線ままでは明確な方位データを得ることが困難であった。そこで、本発明では、250〜400℃で12〜24時間の焼鈍を施した後、EBSDによる測定を行った。焼鈍によって、セメンタイトは分解又は球状化して形状が変化するものの、フェライトは伸線加工ままの結晶方位を保ったまま回復し、転位密度が顕著に減少する。したがって、250〜400℃で12〜24時間の焼鈍を施してEBSDによる測定を行えば、湿式伸線加工の直後と同等のフェライト結晶方位のデータマップが得られる。
フェライトは体心立方晶であり、伸線加工によって、多くの結晶粒の立方晶(110)面が長手方向に配向するが、伸線方向に垂直な断面への方位は、伸線加工前のパーライトコロニーに相当する単位で異なる。したがって、極細鋼線の伸線方向に垂直な断面の結晶方位マップ上では、パーライトコロニーが伸線後も湾曲した1区画として存在し、明確にその境界を識別することが可能である。パーライトコロニーは結晶方位が揃った領域であり、次のようにして測定することができる。
一般に、EBSDでは、観察領域を六角要素(ピクセル)に区切り、結晶方位情報を取得するため、隣接ピクセル間の方位差を求めることができる。隣接するピクセル間の結晶方位差が15°以上である場合は、異なるコロニーに属すると判断し、ピクセル間の結晶方位差が15°未満である場合は同一のコロニーに属すると判断した。このような判断をすべてのピクセル間で行い、フェライト結晶方位マップ上で、パーライトコロニー界面を得た。
得られたパーライトコロニー界面を用いて、図5(c)に示すように、パーライトコロニーの伸線方向に垂直な断面において、厚み中心線3cの全長Lを5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における曲率半径を測定し、その平均値を算出し、パーライトコロニー粒界の湾曲の曲率半径とした。
また、パーライトコロニーの長さ方向略中心部の伸線方向に垂直な断面において、図5(c)に示す厚み中心線3cの全長Lを5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における厚みを測定し、その平均値を算出し、パーライトコロニーの幅とした。
「母材のパーライト面積率の測定」
本発明者らは、極細鋼線の母材におけるパーライトの面積率を測定するため、伸線方向に垂直な断面を電解腐食して、以下に説明するように、SEMにより組織観察を行った。非パーライト組織は、ベイナイト、初析フェライトなど、パーライト(板状のフェライトとセメンタイトの層状構造)以外の組織である。非パーライト組織は、層状構造であるパーライトと比較して、幅の広い領域のフェライトを有し、SEM写真上では黒いコントラストとして観察される。極細鋼線の略円形の伸線方向に垂直な断面の中心近傍と、極細鋼線の最表層から10μm程度の部分と、極細鋼線の線径をDとしたときD/4に対応する位置とにおいて、略円形の伸線方向に垂直な断面の周方向に0°、90°、180°、270°の合計12カ所で、2000倍で写真撮影を行った。そして、直径0.4μmに相当する円内の領域に、干渉するセメンタイトが存在しない場合、その円内は非パーライト組織であると判定し、非パーライト組織を除外してパーライトの面積率を求めた。
「パーライトブロックのサイズの測定」
熱間圧延線材のパーライトブロックのサイズを測定する場合、EBSDによって結晶方位差が9°以上の境界をパーライトブロック粒界と定義する。境界の結晶方位差が9°以上の条件が途中で途切れる場合は、パーライトブロック粒界とは見なさず、無視する。このようにして、フェライト結晶方位のマップを作成した領域で、9°以上の結晶方位差を持つ境界を定義し、パーライトブロック粒界がひとつの閉じた領域を包囲する場合、この領域の円相当径をパーライトブロックとして求めた。
「Znめっき相のZn含有率とCuめっき相のCu含有率の測定」
めっき層の観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)と、これに付属するエネルギー分散型X線分光装置(EDS)を用いて行った。そして、EDSにより極細鋼線の伸線方向に垂直な断面のめっき層の組成マップを作成した。めっき層は、Cuめっき相とZnめっき相の2相に分離しており、これらはSEMで観察することにより明確に識別できる。EDSのデータを基に、めっき層にCu、Zn、Feの3元素のみが存在するものと仮定して、ZAF法により、Znめっき相のZn含有率と、Cuめっき相のCu含有率とを算出した。
「Cuめっき相とZnめっき相との面積比の測定」
EDSのデータを基に、極細鋼線の伸線方向に垂直な略円形断面の周方向における任意の位置の組成マップを作成した。そして、Cuめっき相とZnめっき相との境界を目視で判断して境界線を引き、Cuめっき相の面積およびZnめっき相の面積をそれぞれ求め、その面積比(Cuめっき相/Znめっき相)を算出した。なお、組成マップにおけるCuめっき相およびZnめっき相の面積が5μm未満の部分は、ノイズと判断して無視する。
「耐撚り線断線性の評価」
本発明において、耐撚り線断線性は、極細鋼線の一端を把持して固定し、他端を回転させることにより破断するまで捻じりを加え、極細鋼線の破断部近傍の形態及びトルクの降下で延性を判定することによって、評価した。破断部近傍の形態観察では、鋼線長手方向に対して破断面が垂直で平坦な形状、かつ、捻じり変形中の鋼線のトルクの急激な降下が認められない場合、十分な耐撚り線断線性がある(デラミ無)と判定した。一方、耐撚り線断線性が劣る極細鋼線の場合、捻じり変形によって、いわゆるデラミネーションが発生する(デラミ有)。この場合、捻じり変形中にトルクが急激に降下したり、破断後の鋼線の破断形態が縦割れとなる。
また、実施例および比較例の極細鋼線の伸線方向に垂直な断面を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察し、Cuめっき相とZnめっき相とが混在してなる大理石状の模様が形成されているか否かを調べた。
その結果、No.1〜9、11〜25では、大理石状の模様が形成されていた。これに対し、No.10、26では、大理石状の模様が形成されていなかった。
表1に、熱間圧延線材の線径(素材径)、熱間圧延線材の組成、熱間圧延線材のパーライトブロックサイズ(PBS)、Cuめっき工程とZnめっき工程との組み合わせを1セットとした場合のセット数、熱拡散処理の有無、伸線加工の真歪、湿式伸線加工における各段の減面率を示す。
表1に示す伸線加工の真歪は、湿式伸線加工によって導入された加工歪みであり、素材径(熱間圧延線材の直径)と鋼線径(極細鋼線の直径)から、2ln(素材径/鋼線径)によって求めた。「ln」は自然対数である。
また、表2に、極細鋼線の線径(鋼線径)、Znめっき相のZn含有率(%)、Cuめっき相のCu含有率(%)、Cuめっき相とZnめっき相との面積比(Cuめっき相/Znめっき相)、パーライトコロニー粒界の曲率半径及び幅、母材のパーライトの面積率(P面積率)、耐撚り線断線性(「デラミ」の有無)、引張強さを示す。
表1および表2に示すように、No.1〜9、No.18〜22は、本発明例であり、3000MPa以上の引張強さ及び耐撚り線断線性に優れた極細鋼線が得られている。
一方、No.10〜17、No.23〜26は比較例であり、引張強さと耐撚り線断線性の一方または両方が低下している。
No.10は、Cuめっき工程とZnめっき工程との組み合わせを1セット行った後に拡散熱処理を施して、湿式伸線加工を行った例である。表1に示すように、No.10では、めっき層にブラスめっき層は存在するが、Cuめっき相およびZnめっき相が存在せず、耐撚り線断線性が低下している。
No.11は、伸線加工中に低応力で破断したため、引張強さが低下した例である。原因は、素材である熱間圧延線材のパーライトブロックサイズ(PBS)が粗大であり、伸線の初期に伸線方向に垂直な断面の中心部近傍にシェブロンクラックが発生したことであると推定される。そのため、No.11は耐撚り線断線性も低下している。
No.12は、母材のパーライトの面積率が低く、耐撚り線断線性が低下した例である。パーライトの面積率は、伸線加工によって変化しないので、No.12は熱間圧延線材のパーライト組織率も低い。そのため、伸線加工中に鋼線に欠陥が生じ、結果として、極細鋼線の耐撚り線断線性が低下したと推定される。
No.13及び14は、パーライトコロニーの曲率半径が小さく、幅が狭い例であり、耐撚り線断線性が低下している。この原因は、伸線加工の真歪が大きく、伸線加工中に鋼線の材質が劣化したことであると推定される。
No.15は、鋼線のC含有量が少ないために、熱間圧延線材の強度が低いものであるにもかかわらず、伸線加工の真歪が不十分だったため、極細鋼線の引張強さが不十分となった例である。
No.16は、鋼線のC含有量が過剰であり、極細鋼線の耐撚り線断線性が低下した例である。
No.17は、Cuめっき相の面積率がZnめっき相の面積率に対して不足した例であり、十分な応力緩和性が得られず、耐撚り線断線線性が低下している。この原因は、Cuめっき層を形成する電気めっきを行った際のCuめっき層の厚みが足りなかったためであると推定される。
No.23は、Znめっき相の面積率がCuめっき相の面積率に対して不足した例であり、Znめっき相による固体潤滑剤としての機能および応力緩和性が十分に得られず、耐撚り線断性が低下している。この原因は、Znめっき層を形成する電気めっきを行った際のZnめっき層の厚みが足りなかったためであると推定される。
No.24は、パーライトコロニーの曲率半径が大きい例であり、耐撚り線断線性が低
下している。
No.25は、パーライトコロニーの幅が大きい例であり、耐撚り線断線性が低下して
いる。
No.26は、各段の減面率が高いため伸線加工において加工発熱が抑制されなかった例である。No.26では、伸線加工時の加工発熱によって、Cuめっき層とZnめっき層との間で相互拡散が生じ、Cuめっき相とZnめっき相との境界が不明確となり、大理石状の模様が形成されなかった。このため、軟質なZnめっき相の作用による応力緩和作用が得られない極細鋼線となり、デラミネーションが発生した。
1 母材、1a 表面、2 めっき層、2a Znめっき相、2b Cuめっき相、3 、4aパーライトコロニー、4 パーライトブロック、10 高強度極細鋼線、11 断面

Claims (4)

  1. 母材と、前記母材の表面に形成されためっき層とを有し、線径が0.18〜0.45mmであり、引張強さが3000MPa以上である高強度極細鋼線であって、
    前記母材は、質量%で、
    C:0.60%〜0.80%、
    Si:0.05〜0.35%、
    Mn:0.25〜0.90%
    を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、
    金属組織は、面積率で85.0%以上がパーライトであり、伸線方向に垂直な断面における前記母材表面から深さ方向に20μmまでの領域に存在するパーライトコロニーの伸線方向に垂直な断面において、厚み中心線の全長を5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における曲率半径の平均値が5.0〜10.0μm、前記厚み中心線の全長を5分割したとき、外側に存在する2箇所の分割位置における厚み平均が0.2〜1.5μmであり、
    前記めっき層は、伸線方向に垂直な断面に、Zn含有率が93%以上のZnめっき相とCu含有率が91%以上のCuめっき相とが混在してなる大理石状の模様が形成され、前記伸線方向に垂直な断面における前記Cuめっき相と前記Znめっき相との面積比(Cuめっき相/Znめっき相)が1.0〜2.3であることを特徴とする高強度極細鋼線。
  2. 前記母材が、更に、質量%で、
    Cr:0.01〜1.00%、
    を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度極細鋼線。
  3. 前記母材が、更に、質量%で、
    Nb:0.010〜0.200%、
    V :0.01〜0.50%、
    Mo:0.01〜0.50%、
    B :0.0004〜0.0030%
    Al:0.002〜0.100%、
    Ti:0.002〜0.100%
    の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の高強度極細鋼線。
  4. 請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の成分組成からなり、面積率で85.0%以上がパーライトであり、パーライトブロックのサイズが10〜30μmであり、線径が2.5〜4.5mmである熱間圧延線材を製造する工程と、
    前記熱間圧延線材に対して、Cu含有率が91%以上のCuめっき層を形成するCuめっき工程とZn含有率が93%以上のZnめっき層を形成するZnめっき工程とを交互に、かつ各めっき工程を2回以上行うめっき工程と、
    前記めっき工程後の前記熱間圧延線材を湿式伸線加工することにより、線径0.18〜0.45mmとする伸線加工工程とを有することを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の高強度極細鋼線の製造方法。
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