はんだは、融点450℃未満の接合用合金と定義される。はんだとして、古くより錫と鉛の合金が使われてきたが、昨今は、環境問題への配慮から、鉛を含まず錫を主成分とする鉛フリー合金が多く使われるようになっている。一方、高温はんだと呼ばれる融点260℃以上のはんだでは、代替組成の選択が比較的難しいため、鉛を主成分とするはんだが未だに使われているが、鉛フリーの合金に基づく高温はんだの開発も進められている。鉛フリー高温はんだでは、主成分を、錫ではなく、亜鉛またはビスマスとし、さらに他の金属元素を添加した様々な合金が提案されている(特許文献1、特許文献2)。
はんだ製品は、例えば半導体と基板などをはんだ接合するために用いられる。はんだ製品には、大略して、線はんだ、ソルダペースト、および成形はんだの3形態がある。成形はんだは、プリフォームはんだとも呼ばれ、テープ、円形、方形など様々な形状に成形されたはんだである。
はんだは、電子部品や基板などの接合対象物の間で、加熱されて溶融状態となり、それが冷却により凝固すると、接合対象物同士が接合する。接合材であるはんだとして重要なことは、溶融状態において接合対象物双方に「濡れる」ということである。対象物に対して濡れないままではんだが凝固すると、接合対象物間で十分なはんだ接合が起こらないからである。
濡れるという現象は、溶融状態のはんだが、接合対象物の表面金属上に拡散するか、または接合対象物の表面金属と金属間化合物を形成することで生じる。しかし、はんだおよび接合対象物のうちの一方または両方の表面に金属酸化物の層(酸化膜)があると、濡れが生じなくなる、あるいは生じにくくなる。酸化膜のない金属表面は活性であるため、はんだと接合対象物がそれぞれ非酸化金属表面を露出していれば上記拡散や金属間化合物形成の反応が促進されるのに対し、酸化膜の存在はその拡散や反応を妨げるからである。
ただし、酸化膜が少しでもあれば接合反応が全く生じなくなるというわけではなく、酸化膜が十分に薄ければ、接合は可能となり得る。はんだについて言えば、酸化膜が十分に薄ければ、溶融状態になる際の対流によって酸化膜が内部に引き込まれて(非特許文献1)非酸化金属面が露出するので、相手材に濡れることができる。したがって、はんだの酸化膜を除去する、あるいはできるだけ薄くすることが、はんだ接合における技術的ポイントになっている。
しかしながら、はんだは、通常、はんだ製品の製造時に大気中の酸素に晒されるため、酸化膜の形成が避けられない。このはんだの酸化膜を除去する目的で一般的に使われるのがフラックスである。フラックスは、加熱時に化学反応を起こしてはんだの酸化物を還元する。
線はんだによる接合においては、フラックスを塗布しながら接合を行う手法が用いられる。また、心部にフラックスを含有するヤニ入り線はんだは、上記のようなフラックス塗布を行わなくても、線はんだ自体が融ける際にフラックスを滲み出させ、表面の酸化膜を除去するものである。ソルダペーストは、はんだ粉末とフラックスを混錬した製品として提供される。このソルダペーストが、電子基板上に印刷され、加熱され溶融されると、含有されたフラックス成分がはんだ粉の酸化膜を還元する。
成形はんだにおいては、接合時に使用するフラックスや(特許文献3)、フラックスを内部に含有する成形はんだ(特許文献4)、およびフラックスでコートした成形はんだ(特許文献5)の形態が知られている。なお、パッケージ(外周器)内など、特に高信頼性が要求される位置のはんだ付けでは、フラックスを使用せず、H2ガスまたはフォーミングガスと呼ばれるN2とH2の混合ガス中で、接合対象物と接合対象物の間に成形はんだを挟み、はんだ融点以上に昇温させることによってはんだ付けを行う場合がある。この場合は、フラックスが使用されていなくとも、H2ガスやフォーミングガスがはんだの酸化物を還元するので、はんだ付けの雰囲気がフラックスの働きをする(特許文献6)。
このように、従来、はんだを用いて良好な接合を得るためには、はんだ表面に形成された酸化膜を還元性ガスやフラックスによって還元除去することが行われてきた。しかし、はんだの酸化が進み酸化膜が厚くなると、還元ガスやフラックスを使用しても十分な還元除去ができない場合がある。還元できずに残った酸化膜は溶融はんだの濡れ性を抑制し、はんだ接合を阻害することになる。
厚い酸化膜に対しては、より強力なフラックスを使用して還元除去を行い得るが、強力なフラックスは反応性が高いために、使用前のはんだ製品の保存性を悪くするばかりでなく、フラックスによる環境への悪影響も引き起こし得る。
このため、はんだ製品は、酸化膜を成長させないために、真空包装や、窒素などの不活性ガスの充填を伴う包装がされることがある。しかし、はんだ自体の製造時や包装前の時点でははんだが空気中の酸素に触れるため酸化は避けられず、酸化が進む場合がある。特に湿度が高い環境では酸化が著しくなる。一度形成された厚い酸化膜を有するはんだが、そのまま製品とならざるを得ないこともある。
以下においては、主にはんだおよびその主成分である錫(Sn)を例に挙げて説明するが、その説明は、当業者の知識に基づいて、他の金属製品および対応する金属成分にも適用され得ることが理解されるべきである。つまり、以下の説明においては、「はんだ」はより一般的に「金属製品」と換言され得る。本開示において金属製品とは、必ずしも最終製品を意味せず、例えばはんだ製品になる前の成型された錫合金のような中間製品も包含する。
はんだ表面の酸化膜を除去し得る手段としては、大別して4つの方法があると考えられる。第1の手段は、機械的除去であり、具体的には、研削やブラシ研磨である。ただし、大気中での機械的除去では、新たに露出された金属表面に直ちに再酸化が生じるので、真空中や窒素などの不活性ガス中でこれを行う必要がある。
第2の手段は、物理的除去であり、具体的には、スパッタリングである。これは、真空中における直流高電圧の印加によりイオン化させたアルゴンをはんだに衝突させて、酸化膜を除去するものである。
第3の手段は、化学的除去であり、具体的には、ギ酸や水素ガスによるはんだ酸化物の還元である。なお、これらの還元性物質によるはんだの還元は、密閉した処理槽中で行われ、ギ酸の場合は150℃以上、水素ガスの場合は270℃以上に温度を上げて還元を行う。
上記第1、第2、または第3の手段で酸化膜を除去した後のはんだを大気に晒すと再酸化が生じてしまうので、それを防ぐためには、酸化膜除去処理と同じ環境中で除去処理後直ちにコーティングをすること、および/またはポリエチレン袋やアルミ袋などの酸素不透過性包装に入れることが必要になると考えられる。
発明者らは、はんだ表面の酸化膜を除去し得る第4の手段として、電気化学的除去に着目した。酸化膜の電気化学的除去の原理を以下に詳述する。図1は、25℃水中の錫の電位−pH平衡ダイアグラムを示したものである。横軸はpHであり、縦軸は標準水素電極(SHE:Standard Hydrogen Electrode)の電位を基準とした電位であり、この図は一般にPourbaix平衡図と呼ばれる。この図から読み取れるのは、例えばpH 7において、電位が-0.3 V以上においては錫の酸化物であるSnO2が安定であり、-0.3 V以下ではSnすなわち酸化されていない錫が安定であるということである。すなわち、pH 7において電位を-0.3 V以下に維持すれば、SnO2は還元されてSnを得ることができる。
図2は、金属の酸化物を還元するための電気化学的還元装置100の概要を示したものである。符号101は、還元が起こる作用電極となる金属片(例えば成形はんだ)、102は、その金属片の電位を変えるための対極(例えば白金板)、103は電位の基準となる参照電極(例えば銀/塩化銀電極)である。104は、作用電極101の電位を参照電極103に対して一定に調節できるように構成された装置であるポテンショスタットである。ポテンショスタット104は、リード線105を介して作用電極101、対極102、および参照電極103に電気的に接続されており、電源ケーブル106を介して電源(例えば商用電源)107にも接続されている。電解槽に収容された電解液108は、電解質を含む水溶液、すなわち水性電解液である。作用電極101、対極102、および参照電極103は電解液108中に浸漬されている。使用される電解質は当業者が適宜選択することができ、その例としては水酸化ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸、炭酸ナトリウム、ホウ酸(H3BO3)、ホウ酸ナトリウム(Na2B4O7)、またはそれらの混合物が挙げられるがこれらに限定されない。化合物の水和物を用いて電解液を調製してもよい。電解液のpHも当業者が適切なものを適宜決定することができるが、例えばpH 1〜10、あるいはpH 4〜9の範囲であり得る。
当業者に知られているように、上記のような装置構成においてポテンショスタット104を操作することにより、作用電極となる金属片101を一定の電位に維持することができる。本実施形態では、このような装置構成を用いて、はんだ等の金属製品(すなわち、作用電極となる金属片)の還元を行って、表面の酸化膜を除去する。
図2に示す装置において、作用電極101となる金属片として、はんだの主成分である錫を用いて実験した。錫の酸化物層は、最外表面にSnO層があり、その内部にSnO2層がある2層構造である(熊倉正明、齋藤博之:「Sn系はんだの酸化皮膜構造」、日本化学会化学フェスタ2015 2015年9月P8-120)。なお、SnOは、SnO2になる前の過渡的な酸化物であるため、安定状態を示す図1には表示されていない。
図2の装置に定電流(例えば30×10-6A/cm2)で通電すると、図3に示すように、錫の電位と通電時間(還元時間)の関係が得られる。この実験は後述するSERA法の一形態であり、定電流を強制的に生じさせて、各時点での還元反応がいかなる電位で生じているか(いかなる酸化還元電位になっているか)により物質の同定を行うことに利用されるものである。図3において、通電時間がおよそ300秒になると、電位は約-1.3 Vになり、それ以上通電を続けても実質的に変化しない。この電位は、Snが安定に存在しSnO2は存在できない電位であるため、酸化膜は消失する。
なお、図3における電位は、銀/塩化銀電極(SSE:Silver-Silver chloride Electrode)を基準としている。Snが安定になる電位の数値が図1の場合と異なるのは、基準となる電位が異なるためである(図1では標準水素電極が基準となっている)。当業者は、図1のPourbaix平衡図における電位をSSEまたはその他の電極を基準とする電位に置き換えることができる。
さらに、別個の実験において、通電によって実際に酸化膜厚が減少していく様子を経時的に調べた。酸化膜厚を測定する方法として、連続電気化学還元法(SERA:Sequential Electrochemical Reduction Analysis)を使用した(渡辺正満他:材料試験技術、Vol. 60, p.224, 2015年)。この方法では、金属表面を電解液に浸し、微小電流を流して金属表面で還元反応を生じさせる。各金属の種々の酸化物は、それぞれ固有の還元電位を有するので、電位をモニターすることによりそれぞれの酸化物の還元に要した時間を測定することができ、それに基づいて各酸化物の膜厚を算出することができる
図4は、SERA法に基づいて決定した、錫板の酸化膜厚と通電時間の関係を示したものである。ただしこの特定の実験は、一試料の酸化膜厚を連続的に測定したものではなく、10 nmの酸化膜を有する試料を複数枚用意して、それぞれ横軸に示す異なる時間に渡り定電位(Pourbaix平衡図でSnが安定な電位)に強制的に保持して、その後SERA用の装置に移して各試料の酸化膜厚を測定したものである。通電時間0秒すなわち通電開始前においては、酸化膜厚は10.0 nmであったが、通電開始とともに、電気分解におけるファラデーの法則により酸化膜厚は急激に減少している。この特定の実験では、上記のように酸化膜除去とSERA測定との間に試料を大気に暴露する時間が生じるため、2 nm程度の酸化膜が毎回新たに追加されると推定され(過去の研究で求められた大気中酸化速度に基づく)、測定値上は酸化膜厚の減少率が直線的でなかったり最終的に2.5 nm程度の酸化膜厚が残ったりするという複雑化が生じている。しかしながら、上記2 nmを差し引いて考慮すると、30秒程度の通電で、初期の酸化膜厚10.0 nmを実質的には約0.5 nm以下まで薄くできていると推定される。
なお、上記SERA法では容量がごく小さい溶液槽中において電解を行い、大気との接触を完全に遮断できていなかったため、外部から溶入する酸素および/または電気分解で生じる酸素の影響が相対的に大きくなり、そのことも図4において最終的に酸化膜厚がわずかに残る一因になった可能性がある。しかしながら、図2で示したように、金属試料を十分な量の電解液中に完全に浸漬してカソード還元を行うと、Snの還元環境が確保されるので、実際には、酸化膜厚は実質的にゼロになると考えられる。
現在では、ほとんどの金属単体についてPourbaix平衡図が利用可能となっているが、仮に図1のようなPourbaix平衡図が利用可能でない金属であっても、図3または図4に示すような測定を行うことにより、酸化物の除去が起こっていることを確認することができ、また、酸化物の除去が起こる電位を決定することができる。酸化物の除去は、完全な除去または部分的な除去であり得る。
酸化物の電気化学的還元においても、通電を停止すると、溶存した酸素等による再酸化が生じ得るので、通電状態のまま、再酸化を抑制するためのコーティングを施すことが好ましい。
図5に、本実施形態の方法を実施するための装置200の一例の概要を示す。これは、テープ状はんだ、ワイヤ状はんだ等のような長尺の金属製品の表面の酸化膜を電気化学的に除去し、その後の再酸化を防ぐためにコーティングを行うための装置である。長尺の金属製品は、例えば、1m以上、好ましくは100m以上の長さを有し得る。長尺の金属製品は、例えば、横断面直径の100倍以上、好ましくは1000倍以上の長さを有し得る。電気化学的還元に関する部分については、図2についての上記説明が本質的にそのまま適用され得る。図5の装置によれば、巻き取り可能な長尺の金属製品を連続的に処理することができる。201は、回転ロール209Aに巻かれておりそこから電解液208に送り入れられる金属製品(例えばはんだテープ)であり、電解液208の中に設けられたガイドロール210A、Bを介して、もう一つの回転ロール209Bに巻き取られる構成になっている。202は対極、203は参照電極である。204はポテンショスタットであり、金属製品201の電位を参照電極203に対して一定に調節する働きをする。ポテンショスタット204と、送り側の回転ロール209A(金属製品201と電気的に接触している)、作用電極202および参照電極203とは、リード線205によりそれぞれ電気的に接続されている。
電解液208に金属製品201、対極202、および参照電極203が浸された状態で、電源207を用いて電流を流し、金属製品201表面の酸化物が存在できない電位にポテンショスタット204を設定することで、酸化物を除去する。これはすなわちカソード還元を行うことを意味する。酸化物が存在できない電位に維持されていれば、金属製品201表面の酸化膜は継続的に除去されるので、金属製品201を徐々に回転ロール209Bに巻き取ることで、酸化膜が除去された金属製品201を連続的に生成して回収することができる。金属製品が上記還元性電位に晒される時間は、電流量や除去されるべき酸化物の量に応じて異なり得、当業者によって適宜決定され得るが、通常は30秒間以上、好ましくは5分間以上である。
ただし、金属製品201が電解液を出て大気に晒されると再酸化が起こってしまう。そこで、本実施形態では、電解液208の液面に、コーティング剤としての両親媒性分子(例えばステアリン酸)を含む有機膜212が浮かべられている。両親媒性分子は、好ましくは単分子層の状態で有機膜212中に存在している。金属製品201は、電解液208の液面に浮かぶ有機膜212を通過しながら、つまりそれに接触しながら、電解液208中から外気相中へと引き上げられるので、酸化物除去されたばかりの金属製品201の表面は、再酸化を抑制できる両親媒性分子の保護膜すなわちコーティングで覆われることになる。結果として、両親媒性分子によるコーティングが施された被覆金属製品が得られる。このとき、両親媒性分子の親水性基側が金属表面に向かって整列しながら吸着していると考えられる。
金属製品201が、送り側の回転ロール209Aから電解液208に入る際に液面に有機膜があると電解処理に支障が生じ得るので、電解液208の上部に設けられ有機膜用区画を画定する仕切り211によって、有機膜212の広がりを防ぐことが好ましい。この場合、有機膜212は有機膜用区画内に浮かべられる。仕切り211は、水平方向に移動可能および/または変形可能であってもよい。
図5を要約すると、長尺の金属製品を連続的に電解液中に送り入れ、カソード還元によりその金属表面の酸化膜を除去した後に、電解液の液面に浮かぶ有機膜に通過させて電解液中から外気相中へと引き出すことによって、酸化膜除去とコーティング付与とを含む被覆金属製品の製造を連続的に実施することができる。有機膜を適宜補充してもよい。
本実施形態におけるコーティング剤として、両親媒性分子が用いられる。特に、Langmuir-Blodgett膜を形成することができる両親媒性分子が本実施形態において好適に使用される。両親媒性分子は、両親媒性の化合物またはその塩であり得、典型的には、両親媒性の有機化合物またはその塩である。複数種類の両親媒性分子の混合物も使用され得る。
両親媒性分子に含まれる親水性基の例としては、カルボキシル基、ヒドロキシル基、ニトリル基、第一級アミノ基、第一級アミド基、アルドキシム基、フェノール基、メチルケトン基、ウレイド基、アセトアミド基、硫酸基、スルホン酸基、リン酸基、およびリン酸エステル基(例えば、リン脂質に見出されるコリン、エタノールアミン、セリン、イノシトール、またはグリセリンエステル基)、ならびにそれらの塩が挙げられるが、これらに限定されない。両親媒性分子に含まれる疎水性基の例としては、炭素数8以上、好ましくは炭素数10以上、より好ましくは炭素数12〜25の、直鎖式または分岐式の脂肪族基が挙げられるがこれらに限定されない。これらの脂肪族基は不飽和結合を含んでいてもよい。これらの脂肪族基は、水素の一部または全部がフッ素で置き換えられたフルオロ脂肪族基であってもよい。両親媒性分子の塩の例としては、ナトリウム塩、カリウム塩をはじめとするアルカリ金属塩、カルシウム塩をはじめとするアルカリ土類金属塩、鉄やコバルトの塩をはじめとする遷移金属塩、アンモニウム塩、アンモニウム誘導体塩等が挙げられるが、これらに限定されない。ステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸等の脂肪酸およびその塩は特に好適な両親媒性分子の具体例である。
両親媒性分子を水性電解液の液面に浮かべる際には、親水性基が水性電解液側に向かい疎水性基が外気相側に向かった状態である、両親媒性分子の単分子層を形成させて有機膜とすることが好ましい。このことは、例えば、両親媒性分子の分子体積に基づいて、その単分子層が上記有機膜の面積と等しくなるような量を適宜計算し、その量の両親媒性分子を電解液の有機膜用区画内に浮かべることによって達成され得る。両親媒性分子を、あらかじめ有機溶媒に溶解しておいた状態で水性電解液に浮かべると、より簡便に両親媒性分子の単分子層を含む有機膜を形成し得る。このようにすると、室温で固体である両親媒性分子も、水性電解液の液面上に層形成させることができるだけでなく、有機溶媒の存在によって単分子層の形成は阻害されず、むしろ促進され得る。有機溶媒は、両親媒性分子と共に電解液の液面に加えられた後に、揮発または電解液中に溶解して消失し得る。この目的で使用され得る有機溶媒としては、水より比重が軽い有機溶媒が好ましく、例えばベンゼン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、アセトン等が挙げられるが、これらに限定されない。
両親媒性分子の単分子層およびその形成手法は、ノーベル化学賞にもつながった20世紀初頭におけるラングミュアの研究以来、非常に広範に研究されてきており、当業者は、単分子層およびLangmuir-Blodgett膜形成のための材料を適宜選択することができる。
図5では、巻き取り可能な長尺金属製品(例えば線はんだ)を処理する例を説明したが、その他の形態の金属製品にも本質的に同様の方法を適用することができる。例えば、図5のような装置において、板状の金属製品(例えば成形はんだ)を電解液208中で電解還元して酸化膜除去し、その後、両親媒性分子を含む有機膜212を通過させながら外気相中へ引き上げることにより、酸化膜が除去された金属製品の表面を両親媒性分子でコーティングすることができる。
つまり、電解液の液面に両親媒性分子を浮かべて有機膜を形成しておいて、電解液中の電解還元によって酸化膜が除去された金属製品を、この有機膜を通過させながら、すなわちこの有機膜に接触させながら、電解液から外気相中へと引き出すことによって、酸化膜が除去された金属製品のコーティングが達成される。このことは、有機膜中の単分子層を、金属製品表面上に移し取ることを意味し得る。金属製品を電解液から外気相中に引き出す際には、金属製品を略垂直方向に引き上げるようにすると、金属製品表面上における均等な単分子膜のコーティング形成が促進されるため好ましい。
金属製品を電解液から外気相中に引き出す際には、両親媒性分子が直接金属製品表面に付着してコーティングを形成し、電解液は金属製品表面から実質的に排除される。再酸化を抑制あるいは最小限化するためには、還元性電位における通電を止める前に、すなわち通電を続けたままで、このコーティング操作を行うことが好ましい。
上記のようにして、金属製品上に単分子膜コーティングが得られるが、その上にさらに、追加の単分子膜コーティングを積層していくことが好ましい。これにより、単分子累積膜すなわちLangmuir-Blodgett膜(LB膜)によるコーティングを得ることができる。LB膜によるコーティングの形成は、上記のようにして両親媒性分子の単分子膜のコーティングを得た金属製品に、追加コーティング工程を行うことにより達成することができる。1回目の追加コーティング工程は、金属製品を、外気相中から、両親媒性分子を含み水性液の液面に浮かぶ有機膜に接触させながら水性液中へと引き入れることを含む。2回目の追加コーティング工程は、1回目の追加コーティング工程に続けて、金属製品を、水性液中から、水性液の液面に浮かんでいる有機膜に接触させながら再び外気相中へと引き出すことを含む。奇数回目の追加コーティング工程では、両親媒性分子が疎水性基側を金属製品側に向け親水性基側を外側に向けて整列してコーティング膜を形成し、偶数回目の追加コーティング工程では、両親媒性分子が親水性基側を金属製品側に向け疎水性基側を外側に向けて整列してコーティング膜を形成すると考えられる。このような追加コーティング工程の対を繰り返し実行してもよい。有機膜を適宜補充してもよい。積層数が増えれば、コーティングがより厚くなり、大気遮断性能あるいは再酸化防止性能がより強化されることが理解される。
図6は、図5で示した装置のバリエーションであって、再酸化防止のための追加コーティング工程を複数回行うことができる装置250の一例を示したものである。この例では、図5の装置と比べてガイドロール210が有機膜212の上下に増設されており、金属製品201は最初のコーティング後に4回の追加コーティング工程を受けるようになっている。すなわち、金属製品201は、回転ロール209Bによって巻き取られる時点で合計5層の単分子膜コーティングを受けている。
図6の例では、追加コーティング工程は、電解還元および最初のコーティングのために使用したものと同じ装置内の同じ水性電解液および同じ両親媒性分子の有機膜を使用して行われている。しかしながら、追加コーティング工程は、図7に示すように、別個の装置において行ってもよい。この場合、水性液および有機膜の組成は、上記最初の装置で用いた水性電解液および有機膜と同じであってもよいし、異なっていてもよい。追加コーティング工程の時点では水性液中の電解質は不要なので、水性液は水であってもよい。複数の追加コーティング工程のあいだで水性液および/または有機膜の組成を異ならせることもできる。
図7(A)に示す装置300および方法では、回転ロール309を交互に逆回転することで、金属製品301(例えば成形はんだ)を水性液308・外気相間で何回でも出し入れして有機膜312を通過させて、LB膜を厚くすることができる。
図7(B)に示す装置400および方法では、テープ状はんだ、あるいは線はんだのような長尺の金属製品401が、回転ロール409Aから送り出され、外気相から有機膜412を通過して水性液408中への引き入れ、ガイドロール410に沿った方向転換、および水性液408から有機膜412を通過して外気相への引き出しを経ることによって2回の追加コーティングを受けて、もう一方の回転ロール409Bに巻き取られる。さらに、これらの回転ロールを逆回転させれば、再び追加コーティング工程を達成することができる。送りと戻しを繰り返すことによって、LB膜の多層化を実現することができる。
図7(C)に示す装置500および方法では、長尺の金属製品501を、回転ロール509Aから、有機膜512の上下に設けた複数のガイドロール510を経て、他方の回転ロール509Bに巻き取ることによって、一方向の送りで、外気相と水性液508との間の有機膜512を複数回通過させることができ、LB膜の多層化を実現できる。
一側面において、本開示は、上記の方法によって製造されるはんだ製品を提供する。このはんだ製品は、はんだ金属表面の酸化膜厚が3nm未満であり、好ましくは2nm未満であり、より好ましくは1nm未満であり、特に好ましくは0.5nm未満であり、最も好ましくは0nmである。このはんだ製品は、両親媒性分子からなる単分子膜の1層以上のコーティングを有しており、このコーティングが、酸化膜厚が3nm未満である上記はんだ金属を被覆しているため、再酸化を受けにくい。このコーティングは、3層以上の単分子膜を含むLangmuir-Blodgett膜のコーティングであることが好ましい。
なお、コーティングされた金属製品は、酸素不透過性の包装、例えばポリエチレン、ポリエステル、アルミ、またはこれらいずれかの積層体を含む袋等に入れて、真空状態または窒素などの不活性ガスで充填された状態で包装を密閉すれば、より長い期間に渡って金属製品の再酸化を抑制することができる。
成形はんだ製品は、一般に、真空包装や不活性ガス充填の包装をされることが多い。従って、コーティングは、包装前の時点における酸化や、包装から取り出してはんだ付けに使用するまでの時間における酸化を抑制することに主要な意義を有する。このように、個々のアプリケーションの事情に応じて、追加コーティングを省略したり、回数を少なくすることを選択することもあり得る。逆に、LB膜を厚くして、コーティングの抵抗値が106Ω・cm2に及ぶほどにすれば、それはほぼ絶縁体であり、はんだは実質的に大気から遮断されるので、真空包装や不活性ガス充填包装が不要になり得る。
本開示の様々な実施形態は、主にはんだ製品の濡れ性向上を目指すなかで発明されたものであるが、はんだ合金に限らず、広汎な金属材料を含む金属製品に適用できるため、金属製品が関わるあらゆる産業分野で利用可能性を有する。
金属の酸化し難さの序列は、金属のイオン化傾向で決まる。イオン化傾向とは、水溶液中における水和イオンと金属との間の標準酸化還元電位(E0と表す)の順であり、電位の高い順序を表す。通常大気中では酸化されない(あるいは酸化されにくい)単体金属として、金、白金、銀、水銀があげられるが、このうち標準酸化還元電位が最も低いのはE0=0.7960Vである水銀であり、他はこれよりも高い標準酸化還元電位を示す。
一方、大気中で徐々に酸化される単体金属として、銅、鉛、錫、ニッケル、鉄、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムが挙げられる(標準酸化還元電位の高い順に列記している)。これらのうち標準酸化還元電位が最も高い銅は、E0=0.340Vであり、最も低いマグネシウムは、E0= -2.356Vである。
さらに、空気中ですぐに酸化される単体金属の例として、ナトリウム、カルシウム、カリウムが挙げられる(標準酸化還元電位の高い順に列記している)。これらのうち標準酸化還元電位が最も高いナトリウムは、E0= -2.714Vであり、他はさらに低い標準酸化還元電位を示す(以上、標準酸化還元電位は、日本化学会編:化学便覧基礎編(丸善出版株式会社)による)。そのナトリウムでさえ、水と接触すると爆発的反応を示すことから、これらの金属は実用性が低い。
従って、標準酸化還元電位がE0=0.340VからE0= -2.356Vまでの範囲に含まれる金属材料を含む金属製品に対して本実施形態は特に有用になると考えられる。ただし、金属材料とは、上記で述べた単体金属だけでなく、各種の合金も含み得ることは言うまでもない。
金属製品の酸化膜厚を薄くすることは、はんだ付け性の向上ばかりでなく、例えば塗装前の金属の表面処理にも利用できる。一般に、酸化膜が厚いと塗料の密着性が悪くなるため、ブラシ等でさび落としを行わねばならない。本実施形態の方法で酸化膜を薄くすることで、塗料の密着性が改善され得る。
また、クラッド材は、異種の金属を圧延により張り合わせたものであるが、接合面に厚い酸化膜があると、圧延によっても新生面(非酸化金属面)が露出せず、良好な接合が得られない。本実施形態の方法で酸化膜を薄くしておくことで、圧延の際に非酸化金属面が露出しやすくなり、クラッド材の接合性が改善され得る。
実質的に図5に示す構成の装置を用いて、錫はんだの電解還元処理を行った。ただし、長尺はんだではなく板状の成形はんだを使用したため、回転ロールおよびガイドロールは省略された。通電を始める前に、ステアリン酸をアセトンに溶解して電解液の液面に浮かべた。その後アセトンは揮発または電解液中に溶解して消失し、ステアリン酸からなる有機膜が液面に残った。有機膜はステアリン酸の単分子層からなると考えられた。錫の酸化物が存在できない電位において通電を行って錫はんだ表面の酸化膜を除去し、その後通電を続けたまま、はんだを、電解液から有機膜を通過させて外気相中へと、ほぼ垂直に引き出した。これによって、1層目のコーティングが得られた。
別個の槽に水を入れて、水面に、上記と同様にステアリン酸からなる有機膜を形成しておいた。上記で電解還元処理直後に1層目のコーティングを施したはんだに対して、今度はこの水槽において、外気相から水相へそして水相から外気相へという往復(それぞれの相移動が有機膜通過を伴う)を10回まで行った。これは、被覆はんだにさらに20層の追加コーティングが施されたことを意味する。この方法は図7(A)に示す態様に相当するが、ただし回転ロールは用いず手ではんだの上げ下げを行った。
図8は、酸化膜除去の効果を見るために、8×8mmの正方形の処理済み成形錫はんだ(右)と、同寸法の未処理成形錫はんだ(左)とを、水素中270℃で接合対象物(成形錫はんだと同寸法の銅めっき黄銅板)にはんだ付けし、その後の接合状態を比較したものである。この処理済み錫はんだは、上記のように成形錫はんだの酸化膜を電気化学的に除去して直ちに最初のステアリン酸コーティングを行い、続いて10往復の追加コーティング工程を行った約1時間後に、不活性ガス充填したアルミ袋中に密閉包装し、それからさらに約1か月経過したものである。
図8において、破線は、はんだ付け後の成形錫はんだ試料の輪郭を示している。*印は、接合対象物表面が露出された領域(未接合領域)を示す。未処理の成形錫はんだは、濡れ性が乏しいため、はんだ付けの際に収縮して、接合対象物の表面の未接合領域を露出させたのに対し(図8左)、処理済み成形錫はんだは、優れた濡れ性を有していたため、成形寸法が維持されたまま接合対象物表面全体に渡るはんだ付けが完了し、未接合領域の露出は起こらなかった(図8右)。この比較により、本実施形態の方法で製造されたはんだ製品が著しく向上した濡れ性を有していることが明らかである。
図9は、同様の実験において、はんだがステアリン酸有機膜を通過する回数(付着回数)を変動させ、付着回数と、得られたコーティング膜の抵抗値との関係を示したものである。水性液面のステアリン酸膜を通過するごとに、LB膜厚が増してコーティングの抵抗値が大きくなっていることがわかる。付着回数1回では約500Ω・cm2の抵抗値であるが、7回付着後の抵抗値は、約10倍の5000Ω・cm2ほどになっている。抵抗値の大きさは、湿気や酸素に対する遮断効果の大きさを示している。