JP6623686B2 - 製品部材の製造方法及び製品部材 - Google Patents
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上記粗部材に対して浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施して浸炭材を得る工程であって、
浸炭温度を900℃以上1050℃以下とし、浸炭時のカーボンポテンシャルを0.7%以上1.0%以下とし、浸炭時間を60分以上240分以下とし、恒温保持温度を820℃以上870℃以下とし、恒温保持処理時のカーボンポテンシャルを0.7%以上0.9%以下とし、焼戻し温度を160℃以上200℃以下とし、焼戻し時間を60分以上180分以下とすることで、
上記浸炭材において、最終形態である製品部材の表面に相当する位置から20μmの深さ位置に相当する基準位置での組織が、マルテンサイトと体積率で12〜35%の残留オーステナイトとを含むとともに、上記マルテンサイト及び残留オーステナイト以外の他の相が体積率で2%以下となる工程と、
上記浸炭材に対して切削加工を施して製品部材を得る工程であって、
切削工具のすくい角を−30°超−5°以下とし、工具のノーズを0.4mm以上1.2mm以下とし、送りを0.1mm/rev超0.4mm/rev以下とし、切削速度を50m/分以上150m/分以下とし、切り込みを0.05mm以上0.2mm以下とすることで、
上記基準位置での組織において、残留オーステナイトの体積率が20%以下となり、切削前の残留オーステナイト体積率(RI)と切削後の残留オーステナイトの体積率(RF)から式(A)によって求められる残留オーステナイト減少率Δγが35%以上となり、
表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下となる工程と、
を備える、製品部材の製造方法。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr≧2.35 (1)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr≦33.8 (2)
ここで、式(1)、(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
Δγ=(RI−RF)/RI×100 (A)
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Ni≧2.35 (3)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Ni≦33.8 (4)
ここで、式(3)、(4)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
表層部のC含有量が0.6〜0.95%であり、
表面から20μmの深さ位置での組織がマルテンサイトと残留オーステナイトとの合計で98%以上であり、
表面から200μm深さまでの範囲における最大残留オーステナイト体積率が10〜30%であり、
上記深さ位置での、残留オーステナイト体積率(R2)と、最大残留オーステナイト体積率(R1)から式(B)によって求められる予想残留オーステナイト減少率Δγpが20%以上であり、
表面に厚さ1〜15μmの塑性流動組織を有し、
表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下である、
ことを特徴とする、製品部材。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr≧2.35 (5)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr≦33.8 (6)
ここで、式(5)、(6)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
Δγp=(R1−R2)/R1×100 (B)
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Ni≧2.35 (7)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Ni≦33.8 (8)
ここで、式(7)、(8)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
本実施形態の製品部材の製造方法は、鋼材を加工して粗部材を得る工程(粗部材製造工程)と、粗部材に対して浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施して浸炭材を得る工程(浸炭材製造工程)と、浸炭材に対して切削加工を施して製品部材を得る工程(製品部材製造工程)とを含む。
本工程では、製品部材の形状に近い所望の形状を有する粗部材を製造する。初めに、鋼材を準備する。
鋼材は以下の化学組成を有する。なお、以下に示す各元素の割合(%)は全て質量%を意味する。
炭素(C)は、製品部材の強度(特に芯部の強度)を高める。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、鋼材の強度が高くなりすぎ、粗部材の被削性が低下する。従って、C含有量は0.1〜0.3%である。C含有量の好ましい下限は0.15%である。C含有量の好ましい上限は0.25%である。
シリコン(Si)は浸炭焼入れ及び焼戻し後の切削加工時に、工具と反応して凝着摩耗を引き起こす。そのため、Siは、工具摩耗を増大させる。従って、Si含有量は0.25%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.15%である。
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高めるとともに、鋼中の残留オーステナイトを増加させる。Mnを含有するオーステナイトは、Mnを含有しないオーステナイトと比較して、切削加工時に加工誘起マルテンサイト変態しやすい。その結果、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が高まる。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、浸炭焼入れ及び焼戻し後の残留オーステナイトが過剰となる。そのため、切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、切削加工後も残留オーステナイトが減少しにくい。その結果、切削加工後の製品部材の耐摩耗性及、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、Mn含有量は0.4〜2.0%である。Mn含有量の好ましい下限0.8%である。Mn含有量の好ましい上限は1.8%である。
燐(P)は不純物である。Pは、粒界に偏析して鋼を脆化する。従って、P含有量は0.050%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%である。P含有量はなるべく低い方がよい。
硫黄(S)は、Mnと結合してMnSを形成し、被削性を高める。S含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、S含有量が高すぎれば、粗大なMnSを形成して、鋼の熱間加工性、冷間加工性、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、S含有量は0.005〜0.020%である。S含有量の好ましい下限は0.008%である。S含有量の好ましい上限は0.015%である。
クロム(Cr)は鋼の焼入れ性を高め、さらに、残留オーステナイトを増加させる。Cr含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、浸炭焼入れ及び焼戻し後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、製品部材製造工程における切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、切削加工後も残留オーステナイトが減少しにくい。その結果、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、Cr含有量は0.4〜3.5%である。Cr含有量の好ましい下限は0.5%である。Cr含有量の好ましい上限は3.1%である。
ニオブ(Nb)は、C、Nと結合してNbC、NbN、Nb(C、N)を形成することで、浸炭加熱時のオーステナイト粒の粗大化を抑制する効果がある。その結果、使用時に亀裂の発生を抑制して、部品の低サイクル曲げ疲労強度が顕著に向上する。この効果を安定して得るためには、0.01%以上のNbを含有させる必要がある。一方、Nbの含有量が0.06%を超えると、NbC、NbN、Nb(C、N)が粗大化し、オーステナイト粒粗大化抑制の効果がむしろ低下する。従って、Nbの含有量を0.01〜0.06%とした。Nbの含有量は、0.015%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすることが一層好ましい。また、Nbの含有量は0.05%以下とすることが好ましく、0.04%以下とすることが一層好ましい。
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Alはさらに、Nと結合してAlNを形成し、結晶粒を微細化する。その結果、鋼の強度が高まる。Al含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、硬質で粗大なAl2O3が生成して、鋼の被削性が低下し、さらに、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度も低下する。従って、Al含有量は0.010〜0.050%である。Al含有量の好ましい下限は0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.040%である。
窒素(N)は窒化物を形成して結晶粒を微細化し、鋼の曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度を高める。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、粗大な窒化物が生成して鋼の靱性が低下する。従って、N含有量は0.005〜0025%である。N含有量の好ましい下限は0.010%である。N含有量の好ましい上限は0.020%である。
酸素(O)は不純物である。OはAlと結合して硬質な酸化物系介在物を形成する。酸化物系介在物は鋼の被削性を低下させ、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度も低下させる。従って、O含有量は0.003%以下である。O含有量はなるべく低い方がよい。
鋼材を構成する各元素の含有量の関係は、以下に示す式(1)及び式(2)を満たす。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr≧2.35 (1)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr≦33.8 (2)
ここで、式(1)、(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
F1=1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Crと定義する。F1は、鋼の焼入れ性を表すパラメータである。F1が低すぎれば、鋼の焼入れ性が低くなる。この場合、強度の低いフェライト及びパーライトが生成し、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、F1は2.35以上である。F1の好ましい下限は3.0である。F1の上限は、製品部材の靭性確保のため8.0とすることが好ましい。
F2=−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Crと定義する。F2は、オーステナイトの安定度を表すパラメータである。F2が低すぎれば、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低くなる。一方、F2が高すぎれば、浸炭焼入れ及び焼戻し後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、切削加工時に加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。そのため、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、F2は11.3以上33.8以下である。F2の好ましい下限は12.0である。F2の好ましい上限は33.0である。
鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Pbを含有してもよい。
鉛(Pb)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、工具摩耗の低下及び切り屑処理性の向上が実現される。しかしながら、Pb含有量が高すぎれば、鋼の強度及び靱性が低下し、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度も低下する。従って、Pb含有量は0.5%以下とすることが好ましい。Pb含有量のさらに好ましい上限は0.4%である。なお、上記の効果を得るためにはPb含有量を0.03%以上とすることが好ましい。
バナジウム(V)及びチタン(Ti)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。これらの元素は、C及びNと結合して、析出物を形成する。これらの元素の析出物は、AlNによる焼入れ部の結晶粒微細化を補完する。これらの元素の析出物は、製品部材の耐摩耗性を高める。しかしながら、これらの元素の総含有量が0.1%を超えれば、析出物が粗大化し、曲げ疲労強度、低サイクル曲げ疲労強度及び被削性が低下する。従って、V及びTiの総含有量は0.1%以下であることが好ましい。任意選択的元素として、V及びTiのいずれか1種以上が含有されれば、上記効果が得られる。V及びTiの総含有量のさらに好ましい上限は0.08%である。V及びTiの総含有量の好ましい下限は0.01%である。
モリブデン(Mo)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、Moは鋼の焼入れ性を高め、残留オーステナイトを増加させる。Moはさらに、焼戻し軟化抵抗を高め、耐摩耗性を高める。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、浸炭焼入れ及び焼戻し後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。その結果、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、Mo含有量は3.0%以下とすることが好ましい。Mo含有量のさらに好ましい上限は2.0%である。Mo含有量の好ましい下限は0.1%である。
ニッケル(Ni)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、Niは鋼の焼入れ性を高め、残留オーステナイトを増加させる。Niはさらに、鋼の靱性を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、浸炭焼入れ及び焼戻し後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、焼戻し後の切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。その結果、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、Ni含有量は2.5%以下であることが好ましい。Ni含有量のさらに好ましい上限は2.0%である。Ni含有量の好ましい下限は0.1%である。
鋼材を構成する各元素の含有量の関係は、以下に示す式(3)及び式(4)を満たすことが好ましい。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Ni≧2.35 (3)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Ni≦33.8 (4)
ここで、式(3)、(4)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
F3=1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Niと定義する。F3は、鋼の焼入れ性を表すパラメータである。F3は、上記F1にMoの項及びNiの項を加えたものである。F3が低すぎれば、鋼の焼入れ性が低くなり、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、F3は2.35以上であることが好ましい。F3のより好ましい下限は3.0である。製品部材の靭性確保のためF3の好ましい上限は8.0である。
F4=−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Niと定義する。F4は、オーステナイトの安定度を表すパラメータである。F4は上記F2にMoの項及びNiの項を加えたものである。F2と同様に、F4が低すぎても高すぎても、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。従って、F4は11.3〜33.8であることが好ましい。F4のより好ましい下限は12.0である。F4のより好ましい上限は33.0である。
上記化学組成を有する鋼材を加工して粗部材を得る。加工方法は周知の方法を採用することができる。加工方法としては、例えば、熱間加工、冷間加工、切削加工等が挙げられる。粗部材は、製品部材に近い形状とする。
上記のようにして得られた粗部材に対して、浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施して浸炭材を得る。これにより、浸炭材において、最終形態である製品部材の表面に相当する位置から20μmの深さ位置に相当する基準位置での組織を、マルテンサイトと体積率で12〜35%の残留オーステナイトとを含むとともに、マルテンサイト及び残留オーステナイト以外の他の相が体積率で2%以下とする。
浸炭焼入れ工程は、初めに、浸炭処理を施し、その後、恒温保持処理を施す。浸炭処理及び恒温保持処理は、次の条件で行う。
浸炭温度(T1):900〜1050℃
浸炭温度T1が低すぎれば、粗部材の表層が十分に浸炭されない。この場合、浸炭焼入れ後の残留オーステナイトが少なく、表層の硬さも低い。そのため、製品部材の耐摩耗性及び曲げ疲労強度が低くなる。一方、浸炭温度T1が高すぎれば、オーステナイト粒が粗大化して耐摩耗性及び曲げ疲労強度が低下する。従って、浸炭温度T1は900〜1050℃である。浸炭温度T1の好ましい下限は910℃であり、好ましい上限は1000℃である。
カーボンポテンシャルCp1が低すぎれば、十分な浸炭がされない。この場合、浸炭焼入れ後の残留オーステナイトが少なく、表層の硬さも低い。そのため、製品部材の耐摩耗性及び曲げ疲労強度が低下する。一方、カーボンポテンシャルが高すぎれば、浸炭時に析出した硬質な初析セメンタイトが浸炭焼入れ後にも2%を超えて残存する。この場合、製品部材製造工程における切削加工時の工具摩耗が増大し、浸炭材の被削性が低下し、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度も低下する。従って、カーボンポテンシャルCp1は0.7〜1.0%である。カーボンポテンシャルCp1は浸炭処理時に上記範囲内で変動させてもよい。
浸炭処理の時間(浸炭時間)t1が短すぎれば、十分な浸炭がされない。一方、浸炭時間t1が長すぎれば、生産性が低下する。従って、浸炭時間は60〜240分である。
浸炭処理後、恒温保持処理を施す。恒温保持処理は、次の条件で行う。
恒温保持温度T2が低すぎれば、カーボンポテンシャル等の雰囲気制御が困難になる。この場合、残留オーステナイトの体積率が調整しにくい。一方、恒温保持温度T2が高すぎれば、焼入れ時に生じる歪が増大して、焼割れが発生する場合がある。従って、恒温保持温度T2は820〜870℃である。
恒温保持処理時におけるカーボンポテンシャルCp2が低すぎれば、浸炭時に侵入したCが再度外部に放出される。この場合、浸炭焼入れ後の残留オーステナイトが少なく、表層硬さも低い。その結果、製品部材の耐摩耗性及び曲げ疲労強度が低下する。一方、カーボンポテンシャルCp2が高すぎれば、硬質な初析セメンタイトが析出する。この場合、製品部材製造工程における切削加工時の工具摩耗が増大し、浸炭材の被削性が低下し、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度も低下する。従って、カーボンポテンシャルCp2は0.7〜0.9%である。
恒温保持時間t2が短すぎれば、粗部材の温度が均一にならず、焼入れ時に生じる歪が増大する。この場合、浸炭材に焼割れが発生する場合がある。一方、恒温保持時間t2が長すぎれば、生産性が低下する。従って、恒温保持時間t2は20〜60分である。
恒温保持処理後、周知の方法で焼入れ処理を施す。焼入れ処理は、例えば、油焼入れとすることができる。
浸炭焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施す。焼戻し処理を施せば、製品部材の靱性が高まる。さらに、Cが拡散して炭化物の前駆体を生成するため、残留オーステナイトが不安定化して、切削加工時に加工誘起マルテンサイト変態が発生しやすくなり、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が向上する。焼戻し処理は、次の条件で行う。
焼戻し温度T3が低すぎれば、焼戻しによる上記効果が得られない。一方、焼戻し温度が高すぎれば、残留オーステナイトが著しく不安定化して、焼戻し中に残留オーステナイトが分解する。さらに、分解せずに残留したオーステナイトは、熱処理ひずみから解放されて安定化するため、切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度の向上に貢献しない。従って、焼戻し温度T3は160〜200℃である。
焼戻し時間t3が短すぎれば、上記焼戻しの効果が得られない。一方、焼戻し時間t3が長すぎれば、残留オーステナイトが著しく不安定化して、焼戻し中に残留オーステナイトが分解する。さらに、分解せずに残留したオーステナイトは、熱処理ひずみから解放されて安定化するため、切削加工時に十分に加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度の向上に貢献しない。従って、焼戻し時間は60〜180分である。
上述の条件で浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施して得られた浸炭材について、最終形態である製品部材の表面に相当する位置(以下、単に「最終表面位置」と称する場合がある)から20μm深さの位置に相当する基準位置の組織は、マルテンサイトと体積率で12〜35%の残留オーステナイトとを含有し、マルテンサイト及び残留オーステナイト以外の他の相が体積率で2%以下である。ここで、最終形態である製品部材の表面に相当する位置とは、浸炭材の表面から、後述する切削加工時(製品部材製造工程)に設定する切り込み分(厚み方向寸法)を控除した位置をいう。
浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施した後、切削加工を施す。切削加工により、製品部材の形状に仕上げつつ、加工誘起マルテンサイト変態を発生させる。これにより、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が高まる。切削加工は、次の条件で行う。
すくい角αが−5°よりも大きければ、切削加工時に加工誘起マルテンサイト変態が十分に発生しない。そのため、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。一方、すくい角が−30°以下であれば、切削抵抗が大きくなりすぎ、被削性が低下し、工具摩耗が増大し、場合によっては工具が欠損する。従って、すくい角αは、−30°<α≦−5°である。好ましいすくい角αは−25°≦α≦−15°である。
工具のノーズrが小さすぎれば表面粗さが大きくなりすぎ、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。表面粗さが大きくなった場合には、仕上げ研磨を行って、表面粗さを小さくしなければならない。一方、工具のノーズrが大きすぎれば、切削抵抗が大きくなるため、被削性が低下し、工具摩耗が増大する。従って、工具のノーズrは0.4〜1.2mmである。
送りfが小さすぎれば、切削抵抗、つまり、工具が被削材に押し付けられる力が小さすぎる。この場合、十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。そのため、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。一方、送りが大きすぎれば、切削抵抗が大きくなる。この場合、工具摩耗が大きくなり、被削性が低下する。従って、送りfは0.1超〜0.4mm/revである。送りfの好ましい下限は0.2mm/revである。
切削速度vが大きすぎれば、切削温度が上昇し、凝着摩耗が発生する。この場合、工具摩耗が増大し、被削性が低下する。一方、切削速度が小さすぎれば、切削能率が低下し、製造効率が低下する。従って、切削速度vは50〜150m/分である。
切り込みdが小さすぎれば、切削抵抗が小さくなる。この場合、十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。そのため、製品部材の耐摩耗性、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度が低下する。一方、切り込みvが大きすぎれば、切削抵抗が大きくなる。この場合、工具摩耗が大きくなり、被削性が低下する。従って、切り込みdは0.05〜0.2mmである。切り込みdの好ましい下限は0.08mmであり、好ましい上限は0.15mmである。
以上に示す切削加工により製品部材が得られる。製品部材の上記基準位置において、残留オーステナイトの体積率は20%以下である。切削加工前後における残留オーステナイトの体積減少率は35%以上である。
減少率Δγ=(RI−RF)/RI×100 (A)
本実施形態の製品部材は、上述した成分を含むとともに、上記式(1)、(2)を満たす化学組成を有し、表層部のC含有量が0.6〜0.95%であり、表面から20μmの深さ位置での組織がマルテンサイトと残留オーステナイトとの合計で98%以上(換言すれば、その他の相が体積率で2%以下)であり、表面から200μm深さまでの範囲における最大残留オーステナイト体積率(R1)が10〜30%であり、上記深さ位置での、残留オーステナイト体積率(R2)と、最大残留オーステナイト体積率(R1)から式(B)によって求められる予想残留オーステナイト減少率Δγpが20%以上であり、表面に厚さ1〜15μmの塑性流動組織を有し、表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下である。ここで、最大残留オーステナイト体積率R1とは、製品部材の表面から10μmピッチで200μm深さまで測定した残留オーステナイト体積率のうち最大の値を意味する。
Δγp=(R1−R2)/R1×100 (B)
製品部材の表層部に含まれるCは、製品部材の耐摩耗性及び(曲げ)疲労強度を高める。ここで、部品表層部のC含有量は以下の手法で測定した。
製品部材の表面から20μmの深さ位置での組織として、フェライト、パーライト等の強度の低い相が存在すれば、これらの相を基点に亀裂が発生しやすく、製品部材の耐摩耗性及び曲げ疲労強度が低くなる。また、初析セメンタイトが存在すれば、製品部材製造工程における切削加工時の工具摩耗が増大するうえに、疲労破壊の起点となるため曲げ疲労強度が低下する。従って、マルテンサイト及び残留オーステナイト合計の体積率を98%以上に限定する。なお、当該体積率の好ましい範囲は99%以上である。
残留オーステナイトは、製品部材の仕上げ加工時に加工誘起マルテンサイト変態を生じる。その結果、製品部材の強度が上昇し、耐摩耗性及び曲げ疲労強度が上昇する。このような効果を得るためには、最大残留オーステナイト体積率(R1)が10%以上でなければならない。
表面から200μm深さまでの範囲における最大残留オーステナイト体積率(R1)が8〜30%であり、上記深さ位置での、残留オーステナイト体積率(R2)と、最大残留オーステナイト体積率(R1)から式(B)によって求められる予想残留オーステナイト減少率(Δγp)が20%以上である。ここで、表面から20μmの深さ位置での、残留オーステナイト体積率(R2)とは、上述した(製品部材の製造方法の欄で述べた)残留オーステナイト体積率(RF)である。また、最大残留オーステナイト体積率(R1)から式(B)によって求められる予想残留オーステナイト減少率(Δγp)とは、上述した(製品部材の製造方法の欄で述べた)Δγに類似した値であり、いずれも製品材製造工程における切削加工時の、オーステナイトの加工誘起変態の程度を表す。したがって、Δγが大きくなるほどΔγpも大きくなる。
製品部材の表面の塑性流動組織の厚さは、次の方法で測定される。製品部材の表面を含み、製品部材の軸方向(例えば、ダンベル状の試験片の場合はその長手方向)に垂直な面(横断面)が観察面になるような試験片を採取する。鏡面研磨した試験片を、5%ナイタール溶液で腐食する。腐食された面を、倍率5000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察する。得られたSEM像の一例を図1に示す。同図において、塑性流動組織11は、中心部12に対して組織が製品部材の周方向(図1において紙面の左方向から右方向)に湾曲している部分であり、製品部材の表面から湾曲した組織の端までの距離を塑性流動組織11の厚さと定義した。
製品部材表面の算術平均粗さRaについては、製品部材の製造方法の欄で上述したとおりである。
製品部材相当の試験片(摩耗試験片21)表面に対して、電解研磨を施した。具体的には、試験片表面に穴の直径3mmのマスキングを施し、11.6%の塩化アンモニウムと、35.1%のグリセリンと、53.3%の水とを含有する電解液中において、試験片を陽極として、20Vの電圧で電解研磨を施し、表面から20μm深さの位置の表面(以下、観察面という)を露出させた。
製品部材相当の試験片において、残留オーステナイト以外の他の組織の体積率を、上述した方法で測定した。
図2に示す摩耗試験片21を用いて、図4に示す二円筒摩耗試験(RP試験)を行った。図4は、RP試験方法を示す正面図である。図4に示すとおり、RP試験において、摩耗試験片21と大ローラ試験片41とを準備した。大ローラ試験片41は円板状であり、直径が130mm、円周面の幅が18mm、円周面のクラウニング曲率半径が700mmであった。大ローラ試験片は、JIS規格SCM882に相当する化学組成を有し、浸炭焼入れ処理がなされていた。大ローラ試験片41の円周面を摩耗試験片21の表面に接触させ、表4に示す条件でRP試験を行った。
図3に示す疲労試験片31を用いて、試験荷重を50MPaピッチで変化させて小野式回転曲げ疲労試験を行い、曲げ疲労強度及び低サイクル曲げ疲労強度を求めた。
切削工具の工具摩耗を逃げ面摩耗量(μm)によって評価した。方法は以下の通りである。即ち、浸炭焼入れ及び焼戻し後の被削性試験片(浸炭材相当)を、表3に示す粗部材と同じ切削条件で、1本あたり1パスの切削加工を行った。複数の試験片について切削加工を繰り返し、合計の切削時間が5分となるまで切削加工した後に、切削工具の逃げ面摩耗幅を測定した。逃げ面摩耗幅の測定には、マイクロスコープを用いた。工具逃げ面が測定物台と平行になるように工具を設置し、倍率200倍で摩耗部を観察した。この時の、摩耗部中心付近で摩耗が最大となる部分の切れ刃から摩耗先端部までの距離を測定し、逃げ面摩耗量とした。本測定においては、逃げ面摩耗量が40μm以下の場合が、従来技術に対して切削加工時の工具摩耗を抑制することができるという点で合格である。
以上に説明した各試験等に関する結果を表5、表6に示す。
12 中心部
21 摩耗試験片
22 試験部
23 つかみ部
31 曲げ疲労試験片
41 大ローラ
Claims (8)
- 質量%で、C:0.1〜0.3%、Si:0.25%以下、Mn:0.4〜2.0%、P:0.050%以下、S:0.005〜0.020%、Cr:0.4〜3.5%、Nb:0.01〜0.06%、Al:0.010〜0.050%、N:0.005〜0.025%及びO:0.003%以下を含有し、かつ、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、
表層部のC含有量が0.6〜0.95%であり、
表面から20μmの深さ位置での組織がマルテンサイトと残留オーステナイトとの合計の体積率で98%以上であり、かつ、残留オーステナイトの体積率で20%以下であり、
表面から200μm深さまでの範囲における最大残留オーステナイト体積率が10〜30%であり、
前記深さ位置での、残留オーステナイト体積率(R2)と、最大残留オーステナイト体積率(R1)から式(A)によって求められる予想残留オーステナイト減少率Δγpが20%以上であり、
表面に厚さ1〜15μmの塑性流動組織を有し、
表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下である、
ことを特徴とする、製品部材。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr≧2.35 (1)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr≦33.8 (2)
ここで、式(1)、(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
Δγp=(R1−R2)/R1×100 (A) - Feの一部に代えて、Pb:0.5%以下を含有する、請求項1に記載の製品部材。
- Feの一部に代えて、V及びTiからなる群から選択される1種以上を総含有量で0.1%以下含有する、請求項1又は2に記載の製品部材。
- Feの一部に代えて、Mo:3.0%以下、Ni:2.5%以下からなる群から選択される1種以上を含有し、式(1)及び式(2)に代えて、式(3)及び式(4)を満たす、請求項1から3のいずれか1項に記載の製品部材。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Ni≧2.35 (3)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Ni≦33.8 (4)
ここで、式(3)、(4)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。 - 請求項1に記載の製品部材の製造方法であって、
質量%で、C:0.1〜0.3%、Si:0.25%以下、Mn:0.4〜2.0%、P:0.050%以下、S:0.005〜0.020%、Cr:0.4〜3.5%、Nb:0.01〜0.06%、Al:0.010〜0.050%、N:0.005〜0.025%及びO:0.003%以下を含有し、かつ、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式(5)及び式(6)を満たす化学組成を有する鋼材を加工して粗部材を得る工程と、
前記粗部材に対して浸炭処理、恒温保持処理、焼入れ処理及び焼戻し処理を施して浸炭材を得る工程であって、
浸炭温度を900℃以上1050℃以下とし、浸炭時のカーボンポテンシャルを0.7%以上1.0%以下とし、浸炭時間を60分以上240分以下とし、恒温保持温度を820℃以上870℃以下とし、恒温保持処理時のカーボンポテンシャルを0.7%以上0.9%以下とし、焼戻し温度を160℃以上200℃以下とし、焼戻し時間を60分以上180分以下とすることで、
前記浸炭材において、最終形態である製品部材の表面に相当する位置から20μmの深さ位置に相当する基準位置での組織が、マルテンサイトと体積率で12〜35%の残留オーステナイトとを含むとともに、前記マルテンサイト及び残留オーステナイト以外の他の相が体積率で2%以下となる工程と、
前記浸炭材に対して切削加工を施して製品部材を得る工程であって、
切削工具のすくい角を−30°超−5°以下とし、工具のノーズを0.4mm以上1.2mm以下とし、送りを0.1mm/rev超0.4mm/rev以下とし、切削速度を50m/分以上150m/分以下とし、切り込みを0.05mm以上0.2mm以下とすることで、
前記基準位置での組織において、残留オーステナイトの体積率が20%以下となり、切削前の残留オーステナイト体積率(RI)と切削後の残留オーステナイトの体積率(RF)から式(B)によって求められる残留オーステナイト減少率Δγが35%以上となり、表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下となる工程と、
を備える、製品部材の製造方法。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr≧2.35 (5)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr≦33.8 (6)
ここで、式(1)、(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
Δγ=(RI−RF)/RI×100 (B) - 請求項2に記載の製品部材の製造方法であって、
前記鋼材が、Feの一部に代えて、Pb:0.5%以下を含有する、請求項5に記載の製品部材の製造方法。 - 請求項3に記載の製品部材の製造方法であって、
前記鋼材が、Feの一部に代えて、V及びTiからなる群から選択される1種以上を総含有量で0.1%以下含有する、請求項5又は6に記載の製品部材の製造方法。 - 請求項4に記載の製品部材の製造方法であって、
前記鋼材が、Feの一部に代えて、Mo:3.0%以下、Ni:2.5%以下からなる群から選択される1種以上を含有し、かつ、式(5)及び式(6)に代えて、式(7)及び式(8)を満たす、請求項5から7のいずれか1項に記載の製品部材の製造方法。
1.54×C+0.81×Si+1.59×Mn+1.65×Cr+1.77×Mo+0.63×Ni≧2.35 (7)
11.3≦−0.1×Si+15.2×Mn+7.0×Cr+6.7×Mo+6.2×Ni≦33.8 (8)
ここで、式(7)、(8)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
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