以下に本発明の溶接方法の実施例を、図面を用いて説明する。
<実施例1>
本発明の溶接方法の実施例1を、図1乃至図6Cを用いて説明する。
図1は本発明の実施例1に係わる円筒形状の溶接部材構造物の一部を示す斜視図であり、図2は本発明の実施例1に係わる平板形状の溶接部材構造物の一部を示す斜視図である。
図1における円筒部材1や、図2における平板部材10は、例えば、原子力発電用の原子炉に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼製(SUS304系,SUS316系、他のSUS材等)の母材(第1母材)からなるものである。
図3A乃至図3Cは、図1中のAA部または図2中のBB部を拡大した断面を示す図である。
図3Aに示すように、図1に示すようなステンレス鋼製の円筒部材1の上面または下面のいずれかの端面1a、または図2に示すような平板部材10の側面10aに、所定深さH1の溝開先3を設ける。
次いで、図3Bに示すように、図3Aに示す溝開先3が設けられた端面1aまたは側面10aに、ステンレス鋼と異なるNi合金製の溶接ワイヤを溝開先3内に開先溶接(肉盛溶接とも記載)して、複数の溶接パスからなる第1多層肉盛溶接部4aを溝開先3の開先底面から開先上部まで形成する。
この第1多層肉盛溶接部4aは、Ni合金製の溶接ワイヤを用いた非消耗電極式の第1アーク溶接による肉盛溶接を施工して形成する。特に、ワイヤ給電加熱方式のホットワイヤTIGアーク溶接を施工すると、通常のTIGアーク溶接法と比べてワイヤ溶着効率を数倍に増加することができる。このため、ステンレス鋼製の円筒部材1の端面1a、または平板部材10の側面10aに設けた溝開先3内に、ステンレス鋼と異なるNi合金製の溶接ワイヤを肉盛する異材溶接であっても、溶接性に優れ、高能率に肉盛溶接を施工することができ、溶接割れおよび融合不良等がない高品質な多層肉盛溶接部を得ることができる。
次いで、図3Cに示すように、Ni合金製の第1多層肉盛溶接部4aおよびその近傍の円筒部材1または平板部材10の一部を切削加工予定面5aに沿って切削加工を行い、切削面5bを成形して円筒部材1の継手面または平板部材10の継手面に凸形状突起部6を成形する。
図3Aに示すような肉盛溶接する溝開先3の開先深さH1は、5mm以上20mm以下(5≦H1≦20mm)の範囲にすると良い。また、図3Cに示すような凸形状突起部6に残存すべき溶接金属部の高さH3は、5mm以上17mm以下(5≦H3≦17mm)の範囲にすると良い。
また、溝開先3を形成すべき位置X1、または肉盛溶接後の切削加工によって成形すべき凸形状突起部6の位置X2は、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X1,X2=T1/2)にすると良い。
このような工程を経て成形した凸形状突起部6を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10は、その後の溶接工程で、ステンレス鋼材と異なるNi合金製の円筒部材2(図12参照)または平板部材20(図13参照)の母材(第2母材)とそれぞれ突合せて仮組した両側開先内を肉盛溶接するのに好適な部材となる。
また、凸形状突起部6の成形位置X2を円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X=T1/2)にすると、両側開先を左右対称な形状にでき、また、この両側開先内を肉盛溶接施工する時に略左右対称な形状の多層肉盛溶接部を形成することが可能となる。
<実施例1の変形例1>
図4A乃至図4Cは、図1中のAA部または図2中のBB部を拡大した断面の変形例を示す図である。
図4A乃至図4Cにおける図3A乃至図3Cとの相違点は、溝開先3を形成すべき位置X1や肉盛溶接後の切削加工によって成形すべき凸形状突起部6の位置X2を、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X1,X2=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T1/5≦X1,X2<T1/2の範囲)にしたことである。その他は図3A乃至図3Cと同様である。
上述したように、凸形状突起部6を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10は、その後の溶接工程で、ステンレス鋼材と異なるNi合金製の円筒部材2または平板部材20とそれぞれ突合せて仮組した両側開先内を肉盛溶接するようにしている。
このような場合において、図4A乃至図4Cに示すように、凸形状突起部6の成形位置X2を円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X1,X2=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T1/5≦X1,X2≦T1/2の範囲)にすると、両側開先を左右非対称な任意形状にでき、また、この両側開先内を肉盛溶接施工する時に、左右非対称な形状の多層肉盛溶接部を形成することが可能となる。
なお、溝開先3の深さH1を5mm以上とすることで、第1多層肉盛溶接部4a形成のための溶接パス数は増加するものの、肉盛高さの不足によって凸形状突起部6の高さH3が確保されない、との事態を防止することができ、安定した異材溶接が可能となる。また、溝開先3の深さH1を20mm以下とすることで、第1多層肉盛溶接部4aの肉盛高さおよび切削加工後の凸形状突起部6の高さH3を確保できるとともに、肉盛溶接の施工時間が増加することを抑制でき、更に、第1多層肉盛溶接部4aおよびその近傍の円筒部材1または平板部材10の切削加工時間も増大することが抑制される。
また、凸形状突起部6の高さH3を5mm以上とすることで、凸形状突起部6の寸法不足や断面積および体積不足が生じることを防止できる。このため、その後の溶接工程で、凸形状突起部6を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10とNi合金製の円筒部材2または平板部材20と突合せて仮組した両側開先内を肉盛溶接施工する場合に、例えば、初層溶接箇所で凸形状突起部6の寸法不足による溶接不良が発生したり、凸形状突起部6の断面積不足による溶融金属不足が発生したりすることを抑制することができ、より安定した異材溶接が可能となる。また、凸形状突起部6の高さH3を17mm以下とすることで、溶融金属不足の問題や割れの問題が生じることなく、また、凸形状突起部6の製作時間が増大することもなくなる。
<実施例1の変形例2>
図5A乃至図5Cは、図1中のAA部または図2中のBB部を拡大した断面の他の変形例を示す図である。
図5A乃至図5Cにおける図3A乃至図4Cとの相違点は、溝開先無の端面または側面に、所定高さの多層肉盛溶接部を形成するようにしたことである。
まず、図5Aに示すように、円筒部材1の上面または下面のいずれかの端面1a、または平板部材10の側面10aを準備する。
次いで、図5Bに示すように、Ni合金製の溶接ワイヤを肉盛溶接して複数の溶接パスからなる第2多層肉盛溶接部4bを所定の肉盛積層高さH2まで形成する。
この第2多層肉盛溶接部4bについても、図3Bや図4Bに示す第1多層肉盛溶接部4aの形成工程と同様に、Ni合金製の溶接ワイヤを用いた非消耗電極式の第1アーク溶接によって肉盛溶接を施工して形成する。特に、ワイヤ給電加熱方式のホットワイヤTIGアーク溶接を施工すると、通常のTIGアーク溶接法と比べてワイヤ溶着効率を数倍に増加することができる。このため、ステンレス鋼製の円筒部材1の端面1a、または平板部材10の側面10aに、ステンレス鋼と異なるNi合金製の溶接ワイヤを肉盛する異材溶接であっても、溶接性に優れ、高能率に肉盛溶接を施工することができ、溶接割れおよび融合不良等がない高品質な多層肉盛溶接部を得ることができる。
次いで、図5Cに示すように、第2多層肉盛溶接部4bおよびその近傍の円筒部材1または平板部材10の一部を切削加工予定面5aに沿って切削加工を行い、切削面5bを成形して円筒部材1の継手面となる端面1aまたは平板部材10の継手面となる側面10aに凸形状突起部6を成形する。
図5Bに示すような円筒部材1の端面1aまたは平板部材10の側面10aに肉盛溶接すべき第2多層肉盛溶接部4bの積層高さH2は、上述した開先深さH1の場合と同様であり、5mm以上20mm以下(5≦H2≦20mm)の範囲にすると良い。また、図5Cに示すような凸形状突起部6に残存すべき溶接金属部の高さH3は、5mm以上17mm以下(5≦H3≦17mm)の範囲にすると良い。
さらに、肉盛溶接すべき位置X3、または肉盛溶接後の切削加工によって成形すべき凸形状突起部6の位置X2は、図3A乃至図4Cに示した場合と同様であり、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X3,X2=T1/2)にすると良い。
このような工程を経て成形した凸形状突起部6を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10も、上述したように、その後の溶接工程で、ステンレス鋼材と異なるNi合金製の円筒部材2または平板部材20とそれぞれ突合せて仮組した両側開先内を肉盛溶接するのに好適なものとなる。
また、凸形状突起部6の成形位置X2を円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X=T1/2)にすることによって、上述したように、両側開先を左右対称な形状にでき、また、この両側開先内を肉盛溶接施工する時に略左右対称な形状の多層肉盛溶接部を形成することが可能となる。
<実施例1の変形例3>
図6A乃至図6Cは、図1中のAA部または図2中のBB部を拡大した断面の他の変形例を示す図である。
図6A乃至図6Cにおける図5A乃至図5Cとの相違点は、第2多層肉盛溶接部4bを形成する位置X3や肉盛溶接後の切削加工によって成形すべき凸形状突起部6の位置X2を、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X3,X2=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T1/5≦X2,X3<T1/2の範囲)にしたことである。その他は図5A乃至図5Cと同様である。
上述したように、凸形状突起部6の成形位置X2を円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X2=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T1/5≦X2<T1/2の範囲)にすると、第2多層肉盛溶接部4bや凸形状突起部6を左右非対称な位置に形成・成形することが可能となる。また、その後の溶接工程で、ステンレス鋼材と異なるNi合金製の円筒部材2または平板部材20とそれぞれ突合せて仮組した左右非対称な形状の両側開先内に肉盛溶接することになり、左右非対称な形状の多層肉盛溶接部を形成することが可能となる。
なお、第2多層肉盛溶接部4bの積層高さH2を5mm以上とすることで、第2多層肉盛溶接部4b形成のための溶接パス数は増加するものの、肉盛高さの不足によって、凸形状突起部6の高さH3が確保されない、との事態を防止することができ、安定した異材溶接が可能となる。また、第2多層肉盛溶接部4bの積層高さH2を20mm以下とすることで、切削加工後の凸形状突起部6の高さH3を確保できるとともに、肉盛溶接の施工時間が増加することを抑制でき、更に、第2多層肉盛溶接部4bおよびその近傍の円筒部材1または平板部材10の切削加工時間も増加することが抑制される。
また、凸形状突起部6の高さH3を5mm以上とすることで、上述したように、その後の溶接工程で、凸形状突起部6を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10とNi合金製の円筒部材2または平板部材20と突合せて仮組した両側開先内を肉盛溶接施工する時に、凸形状突起部6の溶接箇所に該当する初層溶接部にミクロ割れが発生することを抑制することができる。また、凸形状突起部6の高さH3を17mm以下とすることで、ミクロ割れの問題は解消されるとともに、凸形状突起部6の製作時間が増加することも抑制することができる。
<実施例1のまとめ>
図3A乃至図4Cに示したように、円筒部材1の端面1aまたは平板部材10の側面10aに設けた所定深さH1の溝開先3内にNi合金製の溶接ワイヤを肉盛溶接して第1多層肉盛溶接部4aを形成した後に、切削加工予定面5aに沿って切削加工を行い、切削面5bを成形して凸形状突起部6を成形する場合には、溝開先3の加工工数、および肉盛溶接後の凸形状突起部6の製作工数が図5A乃至図6Cに示す態様に比べて増加するが、第1多層肉盛溶接部4aのパス数削減による大幅な肉盛工数低減を図ることができる。
一方、図5A乃至図6Cに示したように、溝開先無の端面1aまたは側面10aにNi合金製の溶接ワイヤを肉盛溶接して所定肉盛高さH2の第2多層肉盛溶接部4bを形成した後に、切削加工予定面5aに沿って切削加工を行い、切削面5bを成形して凸形状突起部6を成形する場合には、第2多層肉盛溶接部4bのパス数増加による肉盛工数が図3A乃至図4Cに示す態様に比べて増加するが、事前の平面加工の工数低減、肉盛溶接後の凸形状突起部6の製作工数を削減することができる。
従って、両者の利点と欠点とを理解した上で、溶接条件に応じていずれかを適宜選択して採用すると良い。
いずれにしても、溶接割れおよび融合不良等がない高品質な第1多層肉盛溶接部4aまたは第2多層肉盛溶接部4bを得ると共に、肉盛溶接金属付の凸形状突起部6を確実に得ることができる。このような、割れや融合不良等がない品質良好なNi合金製の凸形状突起部6を有したステンレス鋼製の部材構造物は、例えば、原子力発電用の原子炉に使用されるステンレス鋼製のシュラウドや炉内構造の部材製品に非常に好適であり、耐食性および強度等の性能が高く、高温高圧および高放射線量の環境下に配備され、長期間にわたって稼働する部材構造物に適している部材構造物である。
なお、従来行われていた、ステンレス鋼製の円筒部材1側または平板部材10側に肉盛無の突起部を成形するような場合には、肉盛溶接の工数が不要になる。しかしながら、その後の溶接工程で、肉盛無の突起部を有するステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10とNi合金製の円筒部材2または平板部材20とを突合せて形成した両側開先内を肉盛溶接施工する時に、突起部が部材と同質のステンレス鋼のままであるため、ステンレス鋼母材の溶融金属が溶接部内に多く取り込まれる。このため、後述する溶融希釈率βの増加によって、溶接部内(溶接金属中)に含有されるNi当量が減少し、P当量が増加するので、溶接部内にミクロ割れが発生し易くなる。しかし、本実施例であれば、突起部はNi合金ベースであるため、突起部がステンレス鋼の場合に生じる問題は発生しない。
<実施例2>
本発明の溶接方法の実施例2を図7を用いて説明する。図1乃至図6Cと同じ構成には同一の符号を示し、説明は省略する。以下の実施例においても同様とする。
図7は、本実施例に係わる肉盛溶接方法に使用したワイヤ給電加熱方式のホットワイヤTIGアーク溶接の装置構成を示す図である。
図7において、ホットワイヤTIGアーク溶接装置は、TIGトーチ11、電極12、TIG溶接電源13、給電ケーブル24a,24b、ワイヤ加熱電源21、給電ケーブル25a,25b、給電チップ17、ワイヤリール18、送給ローラ19を備えている。
ホットワイヤTIGアーク溶接装置では、TIGトーチ11内の電極12と被溶接材の母材15(ステンレス鋼製の第1母材やNi合金製の第2母材)との間に、給電ケーブル24a,24bを介して給電するTIG溶接電源13が接続されている。電極12は、例えば非消耗性のタングステン電極が好適である。
また、ステンレス鋼製の母材15と、Ni合金製の溶接ワイヤ16に給電する給電チップ17との間に、他の給電ケーブル25a,25bを介してワイヤ加熱電源21が接続されている。
ホットワイヤTIGアーク溶接装置によって溶接を行う際には、TIGトーチ11から噴出させるシールドガス(省略)の雰囲気内で、電極12と母材15との間にTIGアーク14を発生させると共に、TIG溶接電源13から所望の溶接電流Iaを出力させている。これにより、TIGアーク14直下の母材15上に形成される溶融プール22内に溶接ワイヤ16を送給すると共に、ワイヤ加熱電源21から肉盛溶接に適したワイヤ電流Iwを給電する。
溶融プール22内に送給する溶接ワイヤ16は、ワイヤリール18に巻かれており、ワイヤ送給装置(省略)の送給ローラ19を介して溶融プール22内に送給するようにしている。溶接ビード23は、溶接中に進行する溶融プール22の後方に凝固過程で形成される。
ワイヤ給電加熱方式のホットワイヤTIGアーク溶接は、溶接ワイヤ16と母材15との間に給電するワイヤ電流Iwによって、ジュール発熱作用を利用する給電加熱されて高温になる溶接ワイヤ16をTIGアーク14直下の溶融プール22内に送給して溶融させながら肉盛溶接を行う方法であり、通常のTIG溶接方法と比べてワイヤ溶着効率を数倍に増加することができる。
ステンレス鋼の母材15表面に肉盛溶接する溶接ワイヤ16は、ステンレス鋼ワイヤと異なるNi合金ワイヤであり、例えば、インコネル系の溶接ワイヤである。Ni成分が高いNi合金製の溶接ワイヤ16をTIGアーク14近傍の溶融プール22内へ送給および溶融させながら溶接することによって、融合不良やミクロ割れ等の欠陥のない良好な溶接ビード23を得ることができ、また、肉盛溶接効率を向上することができる。
このような本発明の溶接方法の実施例2においても、前述した溶接方法の実施例1とほぼ同様な効果が得られる。
また、ワイヤ溶着量を増加させることができ、この施工効果によって第1多層肉盛溶接部4a,第2多層肉盛溶接部4bの溶接パス数を容易に削減することができる。また、溶接割れおよび融合不良等がない高品質な第1多層肉盛溶接部4a,第2多層肉盛溶接部4bを得ると共に、工数低減も容易に実現することができる。
なお、図7中では、ワイヤ給電加熱方式のホットワイヤTIGアーク溶接を母材15表面に施工する事例を示しているが、母材15表面に設けた溝開先3内にもホットワイヤTIGアーク溶接を施工することができ、上述したような効果を得ることができる。
また、詳しくは後述するが、ステンレス鋼製の母材15表面または溝開先3内に肉盛溶接すべき溶接ワイヤは、少なくともワイヤ成分中のNi含有量が70%以上またはNi当量の算出値が70%以上有するNi合金製の溶接ワイヤを用いると、溶接部のミクロ割れの未然防止をより確実に図ることが可能となる。
<実施例3>
本発明の溶接方法の実施例3を表1および図8を用いて説明する。
表1は、肉盛溶接方法に使用した母材と溶接ワイヤおよび溶接内部の化学成分、P当量とNi当量および割れ感受性等の評価結果を示すものである。
溶接試験に用いた母材は、オーステナイト系ステンレス鋼の代表例の一つであるSUS316L材である。また、溶接ワイヤは、Ni合金の代表例の一つであるインコネル82である。
P当量およびNi当量(重量%)は、下記式(1),(2)を用いて算出した。
P当量(%)=(P+S/1.5)−(C−Si/3.5+Mn/14)/25−(Cr−Ni/3.5)/1500 … (1)
Ni当量(%)計算式=Ni+30×C+30×N+0.5×Mn … (2)
上記式(1),(2)中の溶接内部(溶接金属中)に含有されているC,P,S,Ni等の各含有量(重量%)は、ステンレス鋼母材およびインコネル82ワイヤ(溶接ワイヤ)に含有されている各化学成分の含有量と、溶接金属中に含有されるステンレス鋼母材の希釈率との割合から算出した値である。
また、割れ感受性は、溶接内部にミクロ割れが発生したかしないかで評価した。
表1に示すように、溶接金属中に含有されるステンレス鋼母材の希釈率βが高い(ステンレス鋼母材の溶融割合がワイヤの溶融割合より多い)と、溶接金属中に含有されるNi当量は減少し、P当量は増加する。このため、割れの発生(△印)が見受けられた。
反対に、溶融希釈率βが減少(ステンレス鋼母材の溶融割合が減少)するほど、溶接金属中に含有されるNi当量は増加し、P当量は減少するので割れは発生していない(○印)ことが分かった。
したがって、SUS316L母材にインコネル82ワイヤを溶接する場合には、ワイヤ溶着量(溶融割合)が増加するように施工して溶接部を形成することで、溶融希釈率βが減少でき、Ni当量が増加およびP当量が減少するので、ミクロ割れをより確実に防止することができることが分かる。
なお、本明細書における溶融希釈率β(または希釈率βとも称す)とは、被溶接材の一つであるステンレス鋼母材に異材ワイヤを溶接または肉盛した時に、形成される溶接部の溶融断面積(ワイヤ溶着部の面積Aとステンレス母材溶融部の面積Bとの和)に占めるステンレス母材溶融部の面積Bの割合のことであり、希釈率β(%)は、β=B/(A+B)×100で求められるものである。
図8は、表1とは同じ材質,品番の材料を用いた肉盛溶接方法を用いて試験した時の母材溶融の希釈率と溶接部のNi当量およびP当量の関係を示す図である。
図8において、溶接ワイヤ(インコネル82ワイヤ)および母材(ステンレス鋼、SUS316L)は、表1に示したものと同質,同品番であるが、母材側のNi当量が14.8%であり、表1中の値(13.16%)よりも少し高い。この違いは、ステンレス鋼母材の購入時期や板厚の相違(化学成分を記したミルシート値の相違)によるものと推定される。
図8に示すように、表1と同様に、希釈率βが増加すると、溶接金属中(溶接部および肉盛溶接部)のNi当量は減少し、P当量は増加する関係にある。図8中に記した×印の箇所は局部割れが発見された溶接結果であり、●印および■印の箇所は割れなしの溶接結果をそれぞれ記している。
この図8に示す試験結果より、割れなしの領域は、ステンレス鋼母材の溶融希釈率βが49%以下の範囲であると共に、溶接金属中に含有されたNi当量が44%以上の領域、P当量が0.006%以下の領域であることが分かった。したがって、これらの領域を満足するように溶接および肉盛溶接を実施することによって、局部割れ(ミクロ割れ)等がない良好な溶接部(溶接ビードおよび断面部)を確実に得ることができることが分かった。
なお、表1および図8では、SUS316L母材にインコネル82ワイヤを溶接した実施例を示したが、他のオーステナイト系ステンレス鋼製の母材に、インコネル82ワイヤと異なるNi合金製の溶接ワイヤを溶接する場合でも、同様な考え方を適用することが可能である。
<実施例4>
本発明の溶接方法の実施例4を図9乃至図11Eを用いて説明する。
図9A乃至図9Eは、本発明に係わる肉盛溶接方法を用いて試験した時の溝開先3を埋めた第1多層肉盛溶接部4aにおける溶金境界A部およびB部のミクロ組織写真の一例を示す図である。
図9Aは板厚60mmの母材表面(SUS316L材)に設けた開先深さ18mmの溝開先3内にインコネル82ワイヤを肉盛溶接(7パス)して形成した第1多層肉盛溶接部4aのマクロ断面部写真である。図9Bおよび図9Cは、図9A中の肉盛1パス目と2パス目の溶金境界である溶金境界A部組織のミクロ組織を示す写真であり、図9Bは溶金境界A部の倍率100倍における様子を撮影した写真、図9Cは図9B中のA1部の倍率500倍の様子を撮影した写真である。また、図9Dおよび図9Eは、肉盛1パス目の第1多層肉盛溶接部4aと母材との境界である溶金境界B部組織のミクロ組織を示す写真であり、図9Dは倍率100倍、図9Eは図9D中のB1部を倍率500倍で拡大した写真である。
図9A乃至図9Cに示すように、第1多層肉盛溶接部4aはSUS316L材の母材と良好に融合しており、肉盛底部および左右上部にも融合不良やミクロ割れは認められなかった。
また、図9Dおよび図9Eに示すように、溶金部の組織は、肉盛溶接の凝固過程で生成したオーステナイト組織およびその粒界が凝固方向に成長したように形成されており、異常な組織や割れは認められなかった。
図示していないが、3パス目以降の上部の溶金部や溶金境界および母材熱影響部においても、異常な組織や割れは認められなかった。
図9Dおよび図9Eに示すような1パス目の溶接部は、特に、溝開先3の底部を十分に溶融させる必要があるため、希釈率βが増加し易い箇所であるが、溶接断面積から希釈率β(%)を算出{β=母材溶融面積B/(ワイヤ溶着面積A+B)×100)}した結果、11.7%であり、この時のP当量は0.00064%であり、また、Ni当量は69.99%であったことから、割れが発生しない安全な領域であると判断される。
また、2パス目以降の溶接部は、前パスの上に順次に肉盛溶接する施工であることから、前パス上部の再溶融と開先両壁の溶融とワイヤ溶融との繰り返しとなる。その結果、2パス目以降の各溶接部に占める開先両壁部分の母材溶融面積Bの割合は、1パス目よりも格段に小さくなるため、各溶接部の希釈率βは上記11.7%よりもさらに小さくなる。また、溶接パスの積み重ね毎に再溶融される部分の溶金成分が改善されるため、積み重ね毎の溶接部に占めるP当量は減少、Ni当量は増加する方向に向かうことになる。
このように、上記希釈率βの減少に伴うNi当量の増加とP当量の減少等によって、割れのない品質良好な溶接部が形成できていることが確認された。
図10は、本実施例に係わる肉盛溶接方法を用いて試験した時の肉盛溶接のパス数と肉盛高さの関係を示す一例である。図10は、下向姿勢で施工した肉盛溶接の事例である。図10中には、図3A乃至図4Cに示した実施例1のような溝開先内に肉盛溶接した溶接断面写真1と、図5A乃至図6Cに示した実施例1の変形例2のような母材表面に肉盛溶接した溶接断面写真2の2つの写真を添付している。
図10において、目標高さ18mm以上に対して、溝開先内に肉盛溶接した場合はパス毎の肉盛高さが大きいために肉盛溶接断面写真1に示すように7パスで到達する。これに対し、肉盛溶接断面写真2に示すように、溝開先無の母材表面(平面上)に肉盛溶接した場合には、パス毎の肉盛高さが小さいために13パスで到達する結果になっている。このように、肉盛溶接のパス数は大きく異なるが、両方共に品質良好な多層肉盛溶接部が得られている。
なお、下向姿勢で溝開先内に肉盛溶接する場合または母材表面に肉盛溶接する場合には、ワイヤ送り速度Wfをさらに増加する施工が可能であり、ワイヤ送り速度Wfの増加よるパス毎のワイヤ溶着断面の増加によって、両者のパス数を削減することができ、高能率化および工数低減を図ることも可能である。
特に、母材表面に肉盛溶接した場合には、溝開先溶接の場合と比べて、1パス目の溶接部において、母材溶融の増加によって希釈率βが増加し易いため、割れ感受性が高まる。これに対して、2パス目以降の溶接部は、前パスの上に順次に肉盛溶接するため、母材溶融がなく、前パス上部の再溶融とワイヤ溶融とになることから、希釈率βの激減によって割れの問題は解消される。このようなことから、割れの問題は1パス目の溶接部に限定することができる。
図8に示したように、1パス目の溶接部の希釈率βが49%以下であれば、割れは生じていないが、希釈率βが49%を超えると、割れの発生に至ることがある。このため、母材表面に肉盛溶接する時には、例えば、希釈率βが48〜30%の範囲に収束するような肉盛条件(または溶接条件)を選定して肉盛溶接することで、1パス目の溶接部および2パス目以降の溶接において、割れの問題を全て解消することができると判断した。
したがって、溝開先内の肉盛溶接または母材表面の肉盛溶接であっても、上述したように、ワイヤ成分中のNi含有量が70%以上またはNi当量の算出値が70%以上有するNi合金製の溶接ワイヤを用い、母材溶融の希釈率βが49%以下の範囲に収束するように肉盛溶接すると共に、溶接金属中に含有されたNi当量が44%以上の領域、P当量が0.006%以下の領域になるように溶接部(および肉盛溶接部)を形成させることで、割れのない品質良好な肉盛溶接部を確実に得ることができることが分かった。
図11A乃至図11Eは、凸形状突起部6と溶金境界A部およびB部のミクロ組織の一例を示す写真である。
図11Aは肉盛施工終了後に多層肉盛溶接部およびその近傍部材の一部を切削加工して凸形状突起部6を成形したマクロ断面部写真である。図11Bおよび図11Cは、凸形状突起部6の下部(肉盛1パス目)の左溶金境界のミクロ組織を示す写真であり、図11Bは溶金境界A部の倍率25倍、図11Cは図11B中のA1部分の倍率100倍での組織の様子を撮影した写真である。また、図11Dおよび図11Eは、凸形状突起部6の底部(肉盛1パス目)の溶接金属部境界(溶金境界)のミクロ組織を示す写真であり、図11Dは溶金境界B部の倍率25倍、図11Eは図11D中のB1部の倍率100倍での組織の様子を示す写真である。
図11A乃至図11Eに示すように、凸形状突起部6はSUS316L材の母材と良好に融合しており、また、溶金部の組織は、肉盛溶接の凝固過程で生成したオーステナイト組織であり、異常な組織や割れは認められなかった。省略しているが、凸形状突起部6の上部の溶金部においても、異常な組織や割れは認められなかった。
<実施例5>
本発明の溶接方法の実施例5を図12乃至図18Bを用いて説明する。
図12は本実施例に係わる円筒形状の部材継手の溶接部材構造物の一部を示す斜視図であり、図13は本実施例に係わる平板形状の部材継手の溶接部材構造物の一部を示す斜視図である。
図12は、継手面となる肉盛溶接すべきNi合金製の円筒部材2の上面側の端面2aの上に、Ni合金からなる凸形状突起部6を有する開口部を事前に設けたステンレス鋼製の円筒部材1を突き合わせて形成した両側開先部を横向姿勢で肉盛溶接する構造である。図13は、継手面となる肉盛溶接すべきNi合金製の平板部材20の側面20aの上に、Ni合金からなる凸形状突起部6を有する開口部を事前に設けたステンレス鋼製の平板部材10を突合せて形成した両側開先部を横向姿勢で肉盛溶接する構造である。
第1母材である上側の円筒部材1または平板部材10は、例えば、原子力発電用の原子炉に使用されるオーステナイト系のステンレス鋼製(SUS304系,SUS316系、他のSUS材等)の部材製品である。
また、第2母材である下側の円筒部材2または平板部材20は、ステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10よりも耐食性等の性能が高いNi合金製(例えば、インコネル系、ハステロイ(登録商標)系、他の高Ni合金材等)の部材製品であり、ステンレス鋼製の部材よりもさらに厳しい高温高圧および高放射線量の環境下に配備される部材である。また、この他にも、火力発電やボイラ等で使用される部材製品にも使用可能である。
図14は、平板形状の部材継手の他の溶接部材構造物を示す斜視図である。
図14において、肉盛溶接すべきNi合金製の平板部材20の側面部が立向きになるように左右いずれかの片方に配置し、この平板部材20の隣に、凸形状突起部6を有する開口部を事前に設けたステンレス鋼製の平板部材10を突合せて形成した両側開先部を立向姿勢で肉盛溶接する構造となっている。
図15Aおよび図15Bは、図12中のCC部、図13中のDD部または図14中のEE部を拡大した断面を示す図である。
図15Aに示すように、まず、図12中のCC部に示すような肉盛溶接すべきNi合金製の円筒部材2の上面部の上に、Ni合金からなる凸形状突起部6を有する開口部を事前に設けたステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10を突合せて円周方向に両側開先部7a,7bを形成する。または、まず、図13中のDD部に示すような肉盛溶接すべきNi合金製の平板部材20の側面部の上に、若しくは図14中のEE部に示すような平板部材20の側面部の隣に、Ni合金からなる凸形状突起部6を有する開口部を事前に設けたステンレス鋼製の平板部材10を突合せて側面方向に両側開先部7a,7bを形成する。
次いで、図15Bに示すように、図15Aに示すような円周方向または側面方向に形成した両側開先部7a,7b内に対して、Ni合金製の溶接ワイヤ16を用いた開先積層溶接(以後、肉盛溶接とも記載)を施工して複数の溶接パスからなる第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を開先上面部まで形成する。
実施例1で説明したように、Ni合金からなる凸形状突起部6の成形位置X2は、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X2=T1/2)にすると良い。上側の円筒部材1または平板部材10に事前成形した凸形状突起部6の形状は、図3Cおよび図5Cに示した断面図を反転させたような形状である。このように円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X2=T1/2)に凸形状突起部6を成形すると、この凸形状突起部6を有する開口部と下側の端面2aとを突合せた時の両側開先を、円周方向または側面方向に左右対称(または内外対称)な形状にすることができる。
また、両側開先部7a,7b内に横向姿勢(立向姿勢も同様)の肉盛溶接を施工した時に、円周方向または側面方向に略左右対称な形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
両側開先部7a,7b内に形成する第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9は、例えば、Ni合金製の溶接ワイヤ16を用いた非消耗電極式の第2アーク溶接または消耗電極式のMIGアーク溶接によって、肉盛溶接を施工して形成する。
図15Aおよび図15Bは、上側に記載したステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の板厚T1と、下側に記載したNi合金製の円筒部材2または平板部材20の板厚T2とが同一(T1=T2)の事例を示している。
例えば、両方の板厚T1,T2が50mm程度であれば、約20パス程度の溶接施工によって、両側開先部7a,7b内に第3多層肉盛溶接部8や第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
また、本実施例では、凸形状突起部6がNi合金製の肉盛溶接金属であることから、凸形状突起部6と下側の端面2aとの両側開先底部の溶接箇所(左側または内側の1パス目と右側または外側の1パス目)を溶接施工した時には、凸形状突起部6の再溶融とNi合金製の部材面溶融とNi合金製のワイヤ溶融とが混合した溶融金属によって、左右(内外)両側に1パスずつの溶接部が形成される。このため、両側開先底部の左右1パス目の溶接部分は、この溶接金属中に含有されたNi当量を高く、P当量を小さくすることができる。従って、ミクロ割れ等が発生しない品質良好な溶接部(溶接ビードおよび溶込み形状)を確実に得ることができる。また、左右または内外の両側から1パスずつ肉盛溶接された内外1パス目の各肉盛溶接金属部は、凸形状突起部6の溶融を含む部分で相互に先端部が溶け込み合った形状になっている。
さらに、左右(内外)両側の各2パス目部分の溶接(肉盛溶接)箇所を溶接施工する時には、前パス上部の再溶融と凸形状突起部6の残部の溶融とNi合金製の端面2aの溶融とNi合金製のワイヤ溶融とが混合した溶融金属の溶接部が形成される。このため、1パス目部分と同様に、溶接金属中に含有されたNi当量を高く、P当量を小さくすることができるので、ミクロ割れ等が発生しない品質良好な溶接部を得ることができる。
一方、左右(内外)両側の3パス目以降の各溶接(肉盛溶接)部分では、ステンレス鋼製の切削面5bの溶融が必要になることから、この切削面5bの溶融と前パス上部の再溶融とNi合金製の端面2aの溶融とNi合金製のワイヤ溶融とが混合した溶融金属の溶接部が形成される。しかし、この場合であっても、この溶接部に取り込まれるステンレス鋼の溶融金属が少量であるため、ステンレス鋼の溶融金属の希釈率βを49%以下に確実に抑制することができ、左右(内外)両側の3パス目以降の各溶接(肉盛溶接)部分に含有されたNi当量を44%以上に、また、P当量を0.006%以下に抑制でき、ミクロ割れや融合不良等がない品質良好な溶接部(溶接ビードおよび溶込み形状)を得ることができる。
3パス目以降のステンレス鋼の溶融金属の希釈率βは、Ni合金製の溶接ワイヤ16の送り速度(またはワイヤ溶接断面積)によって変化するが、3パス目部分の希釈率βを概算した結果、目安となる値である49%よりも小さく、約15〜30%であった。また、この時のNi当量は目安値の44%よりも大きく、約63.8〜55.2%であり、また、P当量も目安値の0.006%よりも小さく、0.0009〜0.0032%であった。4パス目以降の肉盛溶接部においても同程度の値になり、割れが生じることが抑制される適正領域であった。
さらに、両側開先の両上面部(例えば、最終層の前層および最終層)では、左右または内外の両側から溶接施工する時に、肉盛溶接金属部の一部が相互に重なり合うように複数パスずつ肉盛溶接することで、横向姿勢や立向姿勢であっても、垂れ下りがない品質良好な溶接ビードおよび溶込み形状を得ることができる。
特に、両側開先の両底面部には、左右または内外の両側から1パスずつ肉盛溶接された肉盛溶接金属部の一部が相互に溶込み合っており、さらに、両側開先の両上面部には、左右または内外の両側から複数パスずつ肉盛溶接された肉盛溶接金属部の一部が相互に重なり合っていると良い。上述したように、割れや融合不良および垂れ下り等がない品質良好な溶接ビードおよび溶込み形状を得ることができる。
<実施例5の変形例1>
図16Aおよび図16Bは、図12中のCC部、図13中のDD部または図14中のEE部を拡大した断面の変形例を示す図である。
図16Aおよび図16Bにおける図15Aおよび図15Bとの相違点は、上側のステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の板厚T1よりも、下側のNi合金製の円筒部材2または平板部材20の板厚T2の方が厚い(T1<T2)ことである。その他は図15Aおよび図15Bと同様である。
図16Aおよび図16Bでは、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X2=T1/2)に、凸形状突起部6を成形する。このような場合でも、上述したように、凸形状突起部6を有する開口部と下側の端面2aとを突合せた時の両側開先を、円周方向または側面方向に左右対称(または内外対称)な形状にすることができる。また、両側開先部7a,7b内に肉盛溶接を施工した時に、略左右対称な形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を円周方向または側面方向に形成することができる。例えば、上側の板厚T1が50mm程度、下側の板厚T2が70mm程度の両側開先継手であれば、左右12パスずつ程度の溶接施工によって、両側開先部7a,7b内に第3多層肉盛溶接部8や第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
<実施例5およびその変形例1の効果>
これら図15A,15Bや図16A,16Bに示したように、まずステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の継手面部にNi合金製の溶接ワイヤを肉盛溶接した後に切削加工予定面5aに沿って切削加工を行い、切削面5bを成形して凸形状突起部6を備えた両側開先部7a,7bを円周方向または側面方向に設ける。次に、Ni合金製の円筒部材2または平板部材20の継手面部に、凸形状突起部6を備えた両側開先部7a,7bを突合せ配置して両側開先を円周方向または側面方向に設け、その後に、Ni合金製の溶接ワイヤ16を用いた非消耗電極式の第2アーク溶接または消耗電極式のMIGアーク溶接によって、円周方向または側面方向の両側開先部内に肉盛溶接を施工し、複数の溶接パスからなる第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を両側開先の開先底面から開先上面まで形成する。このような溶接方法により、上述したように、割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を円周方向または側面方向に形成することができる。
<実施例5の変形例2>
図17Aおよび図17Bは、図12中のCC部、図13中のDD部または図14中のEE部を拡大した断面の他の変形例を示す図である。
図17Aおよび図17Bにおける図16Aおよび図16Bとの相違点は、凸形状突起部6の成形位置X2を、円筒部材1または平板部材10の板厚T1の中央位置(X2=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T1/5≦X2<T1/2の範囲)にしたことである。図17Aおよび図17Bにおいては、上側の円筒部材1または平板部材10に事前成形した凸形状突起部6の形状は、図4Cおよび図6Cに示した断面図を反転させたような形状である。その他は図16Aおよび図16Bと同様である。
図17Aおよび図17Bに示すように、板厚T1の中央位置(X=T1/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置に凸形状突起部6を成形すると、上述したように、この凸形状突起部6を有する開口部と下側の端面2aとを突合せた時の両側開先部7a,7b内を、円周方向または側面方向に左右非対称(または内外非対称)な形状にすることができる。
また、この両側開先部7a,7b内を肉盛溶接施工した時に、左右非対称および左右パス数が異なる形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を円周方向または側面方向に形成することができる。
例えば、開先深さが浅い図17A,17B上の左側の開先部は5パス程度の溶接施工が必要となる。また、反対側(右側)の開先部は深くなるため、パス数増加の施工が必要になり、約20パス程の溶接施工となる。これによって、左右非対称および左右パス数が異なる形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
<実施例5の変形例3>
図18Aおよび図18Bは、下側の部材面を傾斜させた形状とした場合の断面を示す図である。
図18Aに示すように、下側のNi合金製の円筒部材2の上面部または平板部材20の側面部に予め傾斜面2b,20bを設け、この傾斜面2b,20bの上に、凸形状突起部6および開口部を有する円筒部材1の端面1aまたは平板部材10の側面10aを突合せ配置することで、両側開先部7a,7bの形状を拡張することができる。図示した傾斜面2b,20bは左右直線的な面形状であったが、左右曲線的な面形状にすることもできる。
このような傾斜面2b,20bを設けることで、両側開先部7a,7b内を肉盛溶接施工した時に、両側開先の切削面5bおよび下側の傾斜面2b,20bの両方の溶融を促進するできことができ、溶込みの深い形状の品質良好な溶接部を得ることができる。特に、左右または内外の両側から1パスずつ肉盛溶接された内外1パス目の各肉盛溶接金属部は、凸形状突起部6の溶融を含む部分で相互に先端部が深く溶け込み合った形状にすることができる。また、左右2パス目以降の溶接箇所でも、傾斜面2b,20bおよび切削面5bの両方の溶融促進が図れ、溶込みの深い形状の品質良好な溶接部を得ることができる。
さらに、上述したように、両側開先の両表面部分(例えば、最終層の前層および最終層)では、左右または内外の両側から溶接施工する時に、肉盛溶接金属部の一部が相互に重なり合うように複数パスずつ肉盛溶接することで、横向姿勢や立向姿勢であっても、垂れ下りのない品質良好な溶接ビードおよび溶込み形状を得ることができる。
<実施例5のまとめ>
図15A乃至図18Bに示したように、上側のステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の開先内にNi合金製の凸形状突起部6を事前成形することで、下側のNi合金製の円筒部材2または平板部材20との突合せ部の両側開先部7a,7b内を溶接施工した時に、ミクロ割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を円周方向または側面方向に形成することができる。
また、第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9は、例えば、Ni合金製の溶接ワイヤを用いた非消耗電極式の第2アーク溶接または消耗電極式のMIGアーク溶接によって、肉盛溶接を横向姿勢または立向姿勢で施工して形成する。
特に、ワイヤ成分中のNi含有量が70%以上またはNi当量の算出値が70%以上有するNi合金製の溶接ワイヤを用い、ステンレス鋼母材側の溶融希釈率βが49%以下の範囲に収束するように肉盛溶接すると共に、溶接パス毎の溶接金属中に含有されたNi当量が44%以上の領域、P当量が0.006%以下の領域になるように溶接部(および肉盛溶接部)を形成することで、割れのない品質良好な溶接部および第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を確実に得ることができる。
また、上述したように、凸形状突起部6がNi合金製の肉盛溶接金属であることから、特に、凸形状突起部6と下側の端面2aとの両側開先底部の溶接箇所(左側または内側の1〜2パス目と右側または外側の1〜2パス目)を溶接施工した時には、凸形状突起部6の再溶融とNi合金製の部材面溶融とNi合金製のワイヤ溶融とが混合した溶融金属によって、左右(内外)両側に1〜2パスずつの溶接部が形成される。このため、ステンレス鋼母材成分の溶融取り込みが殆んどなくなり(希釈率βが激減する)、両側開先底部の左右1パス目および2パス目の各溶接部分は、この溶接金属中に含有されたNi当量を高く、P当量を小さくすることができ、割れの問題が解消される。従って、ミクロ割れ等が発生しない品質良好な溶接部(溶接ビードおよび溶込み形状)を確実に得ることができる。
また、左右または内外の両側から1パスずつ肉盛溶接された内外1パス目の各肉盛溶接金属部は、凸形状突起部6の溶融を含む部分で相互に先端部が溶け込み合った形状にすることができる。
また、上述したように、ステンレス鋼の溶融希釈率βは、Ni合金製の溶接ワイヤ16の送り速度(またはワイヤ溶接断面積)によって変化するが、3パス目部分の希釈率βを概算した結果、目安値の49%よりも小さく、約15〜30%であった。また、この時のNi当量は目安値の44%よりも大きく、約63.8〜55.2%であり、また、P当量も目安値の0.006%よりも小さく、0.0009〜0.0032%であった。4パス目以降の肉盛溶接部においても、同程度の値になり、割れが生じることが抑制される適正領域であった。
さらに、両側開先の両表面部分(例えば、最終層の前層および最終層)では、左右または内外の両側から溶接施工する時に、肉盛溶接金属部の一部が相互に重なり合うように複数パスずつ肉盛溶接することで、横向姿勢や立向姿勢であっても、垂れ下り等がない品質良好な溶接ビードおよび溶込み形状を得ることができる。
特に、両側開先の両底面部には、左右または内外の両側から1パスずつ肉盛溶接された肉盛溶接金属部の一部が相互に溶込み合っており、さらに、両側開先の両上面部には、左右または内外の両側から複数パスずつ肉盛溶接された肉盛溶接金属部の一部が相互に重なり合っていると良い。上述したように、割れや融合不良および垂れ下り等がない品質良好な溶接ビードおよび溶込み形状を得ることができる。
また、ステンレス鋼製の部材とNi合金製の部材との両側開先部7a,7b内にNi合金製の溶接ワイヤを肉盛溶接した第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9には、溶接パス毎の肉盛溶接金属中に含有されたステンレス鋼母材の溶融希釈率βが49%以下であり、かつ各肉盛溶接金属中に含有されたNi当量が44%以上、P当量が0.006%以下に形成されている。これにより、上述したように、割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を備えたステンレス鋼およびNi合金との異材継手からなる部材構造物を提供することができる。
<実施例6>
本発明の溶接方法の実施例6を図19A乃至図19Dを用いて説明する。
図19A乃至図19Dは、本実施例に係わる円筒部材継手または平板部材の溶接部材構造物の一部を示す断面図である。
まず、図19Aに示すように、Ni合金製の円筒部材2または平板部材20を用意し、その端面2aまたは側面20aを切削加工予定面5a1とする。
次いで、図19Bに示すように、円筒部材2の端面2aまたは平板部材20の側面20aに切削加工を施して切削面5b1を成形することで、部材板厚T2の略中央位置(X=T2/2)に高さH3の凸形状突起部6bを円周方向または側面方向に成形する。
次いで、図19Cに示すように、図19Bに示すような凸形状突起部6bを備えた円筒部材2の上に、ステンレス鋼製の円筒部材1の端面1aもしくは傾斜面1bを継手面として配置して、または凸形状突起部6bを備えた平板部材20の上もしくは隣に、ステンレス鋼製の平板部材10の側面10aもしくは傾斜面10bを継手面として配置して、横向姿勢または立向姿勢の両側開先部7a,7bを円周方向または側面方向に設ける。
次いで、図19Dに示すように、円周方向または側面方向に設けた両側開先部7a,7b内にNi合金製の溶接ワイヤ16を肉盛溶接施工して複数の溶接パスからなる第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を開先上面部まで形成する。
図15A乃至図18Bに示した実施例5の態様では、上側のステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10にNi合金製の凸形状突起部6を設け,この凸形状突起部6および開口部を有する円筒部材1または平板部材10を、下側のNi合金製の円筒部材2または平板部材20の上に突合せ配置して設けた両側開先部7a,7b内に、複数パスの肉盛溶接を施工して第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成するように構成した。
これに対して、図19A乃至図19Dに示す本実施例は、上側のステンレス鋼製(例えば、SUS304系、SUS316系、他のSUS材系)の円筒部材1または平板部材10側には凸形状突起部6を設けることなく、下側(反対側)のNi合金製の円筒部材2の端面2aまたは平板部材20の側面20aを切削加工して肉盛無の凸形状突起部6bを設け、この肉盛無の凸形状突起部6bおよび開口部を有する円筒部材2または平板部材20の上または隣に、ステンレス鋼製の円筒部材1の端面1aまたは平板部材10の側面10aを突合せ配置して設けた両側開先部7a,7b内に、複数パスの肉盛溶接を施工して第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成するように構成した。
このように構成および構造を変更することにより、例えば、ステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10側への事前肉盛作業を省略することができる。また、Ni合金製の円筒部材2または平板部材20側に設けた肉盛無の凸形状突起部6bおよび近傍部材面の材質が円筒部材2または平板部材20と同質のNi合金であるため、ステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10との異材継手である両側開先部7a,7b内にNi合金製の溶接ワイヤ16を肉盛溶接することで、割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
特に、下側の凸形状突起部6bと上側の端面2aとの両側開先底部の溶接箇所(左側または内側の1パス目と右側または外側の1パス目)を溶接施工した時には、下側の凸形状突起部6bおよび近傍の切削面5bがNi合金からなる円筒部材2または平板部材20と同質のNi合金であるため、凸形状突起部6bおよび近傍の溶融と上側のSUS部材の端面1aまたは側面10aの溶融とNi合金のワイヤ溶融とが混合した溶融金属によって、左右(内外)両側に1パスずつの溶接部が形成される。この場合には、左右1パス目の溶接部分に取り込まれるステンレス鋼の溶融金属が少量であるため、ステンレス鋼の溶融金属の希釈率βを49%以下に確実に抑制することができると共に、溶接金属中に含有されたNi当量を44%以上に増加でき、また、P当量を0.006%以下に抑制でき、ミクロ割れや融合不良等がない品質良好な溶接部(溶接ビードおよび溶込み形状)を得ることができる。
また、2パス目以降の溶接部分では、前パス溶金部の再溶融とNi部材の溶融とSUS部材の溶接とNi合金のワイヤ溶融とが混合した溶融金属が形成されるため、上述したように、SUS材の溶融金属の希釈率βを49%よりも小さく抑制することができると共に、溶接金属中に含有されたNi当量を44%以上に増加でき、また、P当量を0.006%以下に抑制できことから、パス毎の溶接部にミクロ割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を確実に得ることができる。
これにより、上述したように、割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を備えたステンレス鋼およびNi合金との異材継手からなる部材構造物を提供することができる。
このような本実施例の異材継手からなる部材構造物は、例えば、原子力発電用の原子炉に使用されるステンレス鋼製のシュラウドや炉内構造の部材製品であったり、また、Ni合金製のシュラウドサポートや炉内構造のNi合金製の他の部材製品であったり、耐食性および強度等の性能が高く、高温高圧および高放射線量の厳しい環境下に配備され、長期間にわたって稼働する製品に好適である。また、この他にも、火力発電やボイラ等で使用される部材製品にも好適に使用可能である。
なお、図19B乃至図19Dに示したように、Ni合金製の円筒部材2の端面2aまたは平板部材20の側面20aを切削加工して凸形状突起部6bを設ける位置X3は、Ni合金製の円筒部材2または平板部材20の板厚T2の中央位置(X3=T2/2)にすると良い。板厚T2の中央位置(X=T2/2)に凸形状突起部6bを成形すると、この凸形状突起部6bを有する開口部と上側の端面2aとを突合せて設けた円周方向または側面方向の両側開先を左右対称(または内外対称)な形状にすることができる。また、両側開先部7a,7b内に横向姿勢(立向姿勢も同様)の肉盛溶接を施工した時に、円周方向または側面方向に略左右対称な形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
左右非対称な形状を希望する場合には、凸形状突起部6bの成形位置X3を円筒部材2または平板部材20の板厚T2の中央位置(X3=T2/2)から内面側若しくは外面側のいずれか片方へ片寄りさせた位置(T2/5≦X3<T2/2の範囲)にすると良い。
更に、実施例5の変形例3で説明したように、上側の円筒部材1の継手面または平板部材10の継手面に傾斜面1b,10bを設けることで、両側開先部7a,7bの形状を拡張することができ、さらに、両側開先部7a,7b内を肉盛溶接施工した時に、両側開先の下側の切削面5bおよび上側の端面1a、側面10aまたは傾斜面1b,10bの両方の溶融を促進することができ、溶込みの深い形状の品質良好な溶接部を得ることができる。
また、図19A乃至図19Dは、上側に配置したステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の板厚T1と、下側に配置したNi合金製の円筒部材2または平板部材20の板厚T2とが同一(T1=T2)の事例を示している。この場合、例えば、両方の板厚T1,T2が50mm程度であれば、約20パス程度の溶接施工によって、両側開先部7a,7b内に第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
また、両者の板厚T1,T2が異なる場合、例えば、下側の円筒部材2または平板部材20の板厚T2の方が上側の円筒部材1または平板部材10の板厚T1よりも厚い時(T1<T2)の両側開先、若しくは両者の板厚が逆転時(T1>T2)の両側開先であっても、溶接パス数は変化するが、パス毎の溶接部にミクロ割れや融合不良等がない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を確実に得ることができる。
上述したように、Ni合金製の溶接ワイヤ16を用いた非消耗電極式の第2アーク溶接または消耗電極式のMIGアーク溶接による肉盛溶接を施工することで、高品質な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を形成することができる。
なお、溶接ワイヤ16は、上述したように、ワイヤ成分中のNi含有量が70%以上またはNi当量の算出値が70%以上有するNi合金製の溶接ワイヤを用い、SUS部材側の溶融希釈率βが49%以下になるように肉盛溶接を施工すると良い。これにより、各溶接部の溶接金属中に含有されるNi当量を44%以上に増加でき、また、P当量を0.006%以下に抑制できるため、割れのない品質良好な第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を確実に得ることができる。
<実施例7>
本発明の溶接方法の実施例7を図20および図21を用いて説明する。
図20は、本発明の実施例5に係わる肉盛溶接方法を用いて肉盛溶接試験した時の両側開先継手の肉盛溶接断面の一例を示す写真である。この図20は、Ni合金製の凸形状突起部6を板厚中央部に設けた板厚20mmの上側のSUS316Lからなる平板部材10と、同一板厚20mmの下側のNi合金製のNCF600からなる平板部材20との両側開先部7a,7bを横向姿勢で内外10層12パスの肉盛溶接を施工した場合の断面写真である。
図20に示す断面は、両側開先継手の肉盛溶接では、例えば、外側(右側)の開先内を3パス溶接した後に、反対側の内側(左側)の開先内を6パス溶接し、その後に、外側(右側)の残り開先部を3パス溶接(合計10層12パス溶接)して形成した箇所の断面である。
図20に示すように、両側開先の内外溶接工程を3工程に分けて施工することで、肉盛溶接による収縮変形を抑制することができると共に、割れ等がない品質良好な肉盛溶接断面部を得ることができた。
また、内外(または左右)両側開先の初層の肉盛施工では、凸形状突起部6の溶融を含む開先底部(板厚中央部分)で相互に先端部が溶け込み合った形状になっており、さらに、内外両側開先の最終層の肉盛施工では、内外から2パスずつ肉盛溶接することで、横向姿勢(または立向姿勢)であっても、垂れ下り等がない溶接ビードおよび溶込みを形成することができた。
図20に示す肉盛溶接では10層12パス溶接の事例を示したが、ワイヤ送り速度の増加調整によって8層10パス溶接(内外5パスずつ溶接)に削減することも可能である。8層10パス溶接を施工する場合には、例えば、外側の開先内を2パス溶接し、反対側の内側(左側)の開先内を5パス溶接し、その終了後に、外側の残り開先部を3パス溶接する3工程に分けることで、肉盛溶接による収縮変形を更に抑制することが可能である。
図21は、本発明の実施例5の変形例2に係わる肉盛溶接方法を用いて肉盛試験した時の両側開先継手の肉盛溶接断面の一例を示す写真である。この図21は、上側の板厚T1が40mmのSUS316Lからなる平板部材10と、下側の板厚T2が50mmのNDF600からなる平板部材20との両側開先部7a,7bを横向姿勢で内外19層24パス肉盛溶接が施工された場合の断面写真である。
図21において、両側開先継手の肉盛溶接では、例えば、外側(右側)の深い開先内を5パス溶接した後に、反対側の内側(左側)の浅い開先内を5パス溶接し、その終了後に、外側(右側)の残り開先内を14パス溶接(合計19層24パス溶接)した。
上述したように、両側開先の内外溶接工程を3工程に分けて施工することで、肉盛溶接による収縮変形を抑制することができる。
上側および下側の各平板部材10,20の板厚T1,T2が厚ければ、両側開先の内外溶接工程を3〜6工程に増やして施工することもできる。
凸形状突起部6は、平板部材10の内側へ片寄りさせた位置(X3=T1/4)に設けており、凸形状突起部6の溶融を含む開先底部で相互に先端部が溶込み合っている。
また、内外両側開先の最終層の肉盛施工では、開先幅の狭い内側(左側)を2パス溶接し、反対側の開先幅の広い外側(右側)を3パス溶接することで、上述したように、横向姿勢(または立向姿勢)であっても、垂れ下り等がない溶接ビードおよび溶込みを形成することができた。
上述したように、横向姿勢(または立向姿勢)の両側開先の溶接施工に適した溶接条件を設定して肉盛溶接することで、ステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10とNi合金製の円筒部材2または平板部材20との異材継手であっても、割れや不良ビードおよび垂れ下がり等の欠陥がない良好な溶接ビードおよび溶込み形状の第3多層肉盛溶接部8および第4多層肉盛溶接部9を得ることができると共に、溶接パスおよび工数低減を図ることができる。
また、ステンレス鋼製の円筒部材1または平板部材10の溶接すべき箇所の一部に、Ni合金製の凸形状突起部6を事前に設け、Ni合金製の溶接ワイヤを用いたTIG溶接によって、凸形状突起部6とこの凸形状突起部6に接する下側部材の突合せ部分とを溶融溶接することで、割れがない良好な溶接部(内外1〜2パス目溶接部)を得ることができる。
また、Ni合金製の溶接ワイヤを用いたTIGアーク溶接またはホットワイヤTIGアーク溶接を施工することで、上述したように、ステンレス鋼側の溶融金属が取り込まれることになっても、その希釈率βを49%より小さくすることができ、溶接パス毎の溶接金属中に含有されたNi当量を44%以上に、また、P当量を0.006%以下に抑制でき、ミクロ割れ等がない品質良好な溶接部(溶接ビードおよび溶込み形状)をパス毎に得ることができる。
<その他>
なお、本発明は、上記の実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記の実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることも可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることも可能である。
例えば、本発明の溶接方法は、オーステナイト系ステンレス鋼製の第1母材の継手面とNi合金製の第2母材の継手面との間にNi合金製の凸形状突起部を有する開口部の両側開先を形成した溶接に有効であるが、特に、上述した実施例5,6のように、これら両側開先を両方とも開先積層溶接によって多層肉盛溶接部を形成するような溶接に特に有効である。