JP2006198657A - 多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物 - Google Patents

多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物 Download PDF

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Abstract

【課題】
厚板の開先継手に必要な開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで積層する多層盛溶接を良好に施工すると共に、溶接終了後の裏面側及び表面側の溶接部分に残留する引張応力を圧縮応力に改善する又は大幅低減する。
【解決手段】
管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先継手に、材質の異なる2種類のワイヤで積層溶接するステンレス鋼の多層盛溶接方法において、初層溶接又は仮付け溶接後の初層溶接で前記開先底部の裏面側に裏ビードを形成させる初層裏波溶接工程(初層裏ビード形成工程)と、開先裏面からの累計積層ビード高さが第1の特定範囲に到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤで積層溶接する第1の積層溶接工程と、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、マルテンサイト系ワイヤで積層溶接する第2の積層溶接工程とを有する。
【選択図】図1

Description

本発明は、ステンレス鋼の管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先継手の多層盛溶接方法及び多層盛溶接構造物に関する。
原子力発電プラントや火力発電プラントの容器,配管,構成部品などの溶接構造物に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼材は、溶接などによって結晶粒界にCr炭化物が析出し易く、結晶粒界近傍にCr欠乏層の形成により腐食に対する割れ感受性(材料の鋭敏化)が高くなることが知られている。また、溶接部分(溶接金属部及び隣接する熱影響部)には、高い引張残留応力が存在しており、高温水などの厳しい腐食環境下で使用されると、応力腐食割れが発生し易い。この応力腐食割れを防止するためには、前記材料の鋭敏化,引張応力,腐食環境の3因子の中から1つの因子を取り除く必要がある。このため、特に、高温水などの腐食環境下にさらされる溶接部分の表面及び近傍に残留する引張応力を圧縮応力に改善することが強く求められている。
従来から溶接材部分の引張残留応力の低減に関する溶接方法や溶接装置が幾つか提案されている。例えば、特許文献1(特公昭53−38246号公報)に記載の配管系の熱処理方法では、溶接組み立て後の配管の内部に冷却水を存在させ、前記配管の外部を加熱して管内面と管外面との間に温度差を発生させ、管内面を引張降伏させ、管外面を圧縮降伏させることが提案されている。
また、特許文献2(特開2001−141629号公報)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接部位の予防保全方法及び装置では、線状の溶接部位を追従しながら高周波加熱コイルを移動させ、この高周波加熱コイルによって溶接部位を応力降伏点の温度より高い温度まで加熱する手順と、過熱領域に冷却水を噴出して急速冷却する手順を有することが提案されている。
一方、特許文献3(特表平9−512485号公報)に記載の金属部品を接合する方法及び装置では、選定速度(毎分127cm以上)で走行する電極先端のチップ近傍に溶接材を連続的に供給する段階と、前記チップからの放電電流によって溶接材料を開先内で連続的に溶融する段階と、溶接ビードを形成する段階とを有し、前記電極はチップに接合及び電気的に接続された非円形断面のブレードを有し、所定数の溶接パス全体で圧縮性のある最終残留応力状態を外部にヒートシンク媒体なしで生成して達成することが提案されている。
また、特許文献4(特公昭62−19953号公報)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の狭開先継手の多層盛溶接方法では、開先最深部に近い側の層をオーステナイト系溶加材を用いて溶着(溶接)し、前記層に隣接する外側の少なくとも1つの層をマルテンサイト系溶加材を用いて溶接することが提案されている。
さらに、特許文献5(特開平11−138290号公報)に記載の溶接方法及び溶接材料では、溶接によって生成する溶接金属に溶接後の冷却過程でマルテンサイト変態を生じさせ、前記溶接金属が室温時においてマルテンサイト変態の開始温度(例えば250℃未満170度以下)時より膨張している状態にすることが提案されている。
また、特許文献6(特開平9−253860号公報)に記載の高張力鋼のTIG溶接方法及びTIG溶接用ソリッドワイヤでは、全溶着金属のマルテンサイト変態開始温度が
400℃以下であり、ワイヤ全重量に対してNiが7.5〜12%を含有し、Cが0.1%以下、Hは2ppm 以下に規制されたソリッドワイヤを使用し、ワイヤ送り速度を5〜40g/分にして溶接することが提案されている。
特公昭53−38246号公報(特許第957324号) 特開2001−141629号公報 特表平9−512485号公報(特許第3215427号) 特公昭62−19953号公報(特許第1415054号) 特開平11−138290号公報(特許第3350726号) 特開平9−253860号公報
上記特許文献1の場合には、溶接組み立て時に生じていた配管内面の引張残留応力を圧縮残留応力に変化させるのに有効な方法であると考えられる。しかしながら、溶接設備と異なる大型の高周波加熱設備が必要であるばかりでなく、溶接完了後に、配管の内周部に冷却水を供給しながら外周部を高温加熱するための作業工数及び費用が必要になる。
また、上記特許文献2の場合には、引張残留応力を低減するための工夫がされている。しかしながら、溶接完了後に、線状の溶接部位表面上を移動させる高周波コイルにより高温加熱し、過熱領域を冷却水の噴射により急速冷却しているため、移動式の加熱及び水冷設備が必要になると共に、この高温加熱及び急速冷却を実施するための作業工数及び費用が必要になる。
一方、上記特許文献3の場合には、外部にヒートシンク媒体を使用せずに、熱効率の高い溶接施工及び狭い開先継手の伝導性自己冷却効果により、引張残留応力及び溶接ひずみを低減する工夫がされている。しかしながら、この引張残留応力を圧縮残留応力に変化させるまでに至らない可能性が高い。また、安価な円形断面のタングステン電極棒と異なる非円筒形(非円形断面)に成形した薄い電極を使用しているため、この薄い電極は、製作費が高価になり、また、開先内に挿入してアーク溶接する時に生じる電極先端の消耗に伴う電極交換費用もコスト高になる。開先内に供給して溶融させるワイヤ(溶加材)は、溶接対象の開先継手材と同じ組成のオーステナイト系ワイヤが使用され、このワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤは使用されていない。
また、上記特許文献4の場合には、管内面の引張残留応力を低減するために、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤとマルテンサイト系ワイヤとを使い分けて溶接している。引張残留応力の低減に有効であるが、まだ引張応力が残留しており、圧縮応力に変化させるまでに至っていない。また、実施例に記載されているマルテンサイト系ワイヤは、開先内の中間層の溶接部分のみに使用されており、開先表面の最終層の溶接部分には使用されていない。さらに、開先継手の角度が広いため、板厚の厚い開先継手を溶接する場合には、溶接すべき開先断面積及び開先肩幅が増加し、1層1パスずつ積層する溶接が困難であり、1層多パスの多層盛溶接が必要になり、引張残留応力及び収縮変形が増す可能性があり、圧縮応力に改善することは困難である。また、溶接方法については、不明であるが、実施例から想定すると、非消耗性のタングステンを電極にするアーク溶接法ではなく、溶接ワイヤ(溶加材)を電極にするアーク溶接法の可能性が高い。
また、上記特許文献5の場合には、溶接継手の疲労強度を向上するために、マルテンサイト変態を生じさせる溶接材料(溶接ワイヤに該当)を用いて溶接している。溶接対象は主に低合金鉄鋼材料(高張力鋼材など)の溶接構造物であり、材質が異なるステンレス鋼材の溶接に適用することができない。また、溶接で生じる引張残留応力の低減箇所は、すみ肉継手やT継手や十字継手の溶接表面部分、又はX開先継手の両面溶接の表面部分であり、継手形状及び溶け込み形状が異なる狭開先継手のような片面溶接で求められている溶接裏面部分が対象ではない。さらに、溶接方法については、溶接ワイヤを電極にするアーク溶接法であり、非消耗性のタングステンを電極にするアーク溶接法ではない。
また、上記特許文献6の場合には、高張力鋼の溶接割れの防止に有効であると考えられるが、材質の異なるステンレス鋼材の溶接に適用することができない。この他にも、マルテンサイト変態を生じさせる溶接ワイヤを用いて溶接する溶接方法が幾つか提案されているが、主に高張力鋼材の溶接が対象であり、オーステナイト系ステンレス鋼材の溶接ではないようである。また、前記特許文献6と同様に、溶接で生じる引張残留応力の低減箇所は、溶接表面部分であり、継手形状及び溶け込み形状が異なる狭開先継手のような片面溶接で求められている溶接裏面部分が対象になっていない。
本発明の目的は、厚板の開先継手に必要な開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで積層する多層盛溶接を良好に施工すると共に、溶接終了後の裏面側及び表面側の溶接部分に残留する引張応力を圧縮応力に改善する又は大幅低減するのに有効なステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物を提供することにある。
本発明は、上記目的を達成するために、管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先継手に材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接することを特徴とする。
本発明は、特に、ステンレス鋼の多層盛溶接方法において、開先底部の裏面側に裏ビードを形成する初層裏波溶接工程と、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達するまで、又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまでオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、前記第1の積層溶接工程後に、前記第一の積層溶接部分から開先上面部の最終層まで、マルテンサイト系ワイヤ又は線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とを有することを特徴とする多層盛溶接方法にある。
本発明の多層盛溶接方法によれば、開先継手の裏面側の溶接部分に残留する引張応力を圧縮応力に改善し、応力腐食割れを防止することが可能となる。
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
本発明は、上記目的を達成するために、厚板のオーステナイト系ステンレス鋼からなる容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接するアーク溶接を行う多層盛溶接方法において、少なくとも非消耗電極方式のパルスアーク又は直流アークによる初層溶接又は仮付け溶接後の初層溶接で前記開先底部の裏面側に裏ビードを形成させる初層裏波溶接工程と、この初層裏波溶接工程後に、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、前記開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を繰返し行う第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を繰返し行う第2の積層溶接工程とを有することを特徴とする多層盛溶接方法を提案する。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うステンレス鋼の多層盛溶接方法において、溶接すべき前記開先継手の開先形状を特定範囲の寸法に形成する製作工程と、溶接準備の完了後に、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテ
ンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とを有することを特徴とするステンレス鋼の多層盛溶接方法を提案する。
特に、前記初層裏波溶接工程では、形成すべき裏ビード幅の適正範囲を4〜7mm、好ましくは4〜6mmに特定し、前記パルスアーク溶接のピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御し、あるいは前記直流アーク溶接の平均電流,平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御し、裏面側の溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅が前記特定値の適正範囲に形成するとよい。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うステンレス鋼の多層盛溶接方法において、溶接すべき前記開先継手の開先形状を特定範囲の寸法に形成する製作工程と、溶接準備の完了後に、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する、あるいは線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とを有することを特徴とするステンレス鋼の多層盛溶接方法を提案する。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うステンレス鋼の多層盛溶接方法において、初層裏波溶接によって開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させた後に、開先裏面から特定の累計積層ビード高さ又は開先表面から特定の残存開先深さまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接し、この積層溶接後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する、あるいは線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接することを特徴とするステンレス鋼の多層盛溶接方法を提案する。
特に、前記累計積層ビード高さは、開先継手の板厚の1/5以上,4/5以下の範囲に特定し、また、前記残存開先深さは、開先継手の板厚の4/5以下,1/5以上の範囲に特定し、この特定した範囲に到達するまで、前記オーステナイト系ワイヤを送給及び開先内で溶融させて積層溶接するようにするとよい。
また、前記第2の積層溶接工程では、前記マルテンサイト系ステンレスワイヤを送給及び溶融させて、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接するか又は1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか又は最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接する、あるいは前記インコネル系ワイヤ又は前記他のオーステナイト系ワイヤを送給及び溶融させて、前記開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接するか又は1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか又は最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接するようにすることもできる。
また、前記開先継手の開先形状は、開先底部の開先幅又はこの開先底部中央に挿入するインサート材の幅を含む開先幅を最小で4mm以上,最大で8mm以下、開先上面部までの片面角度を10°以下の特定範囲の寸法に形成するようにするとよい。
また、前記非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行う場合には、前記第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程で溶接パス毎又は溶接層毎に出力すべき高いピーク電流と低いベース電流とを交互に繰返すパルス周波数を最小で1Hz以上、最大で500Hz以下、好ましくは150Hz以下の範囲で使用する1つ以上の特定値を定め、あるいは初層裏波溶接又は仮付け溶接及び初層裏波溶接と、この初層裏波溶接を除いた第1の積層溶接工程と、前記第2の積層溶接工程とで使用する複数の異なる特定値を定め、この定めたパルス周波数のパルスアークを溶接パス毎又は溶接層毎に出力させて、前記仮付け溶接を含む開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで積層溶接するようにすることもできる。
また、前記第2の積層溶接工程では、この以前の第1の積層溶接工程で前記オーステナイト系ワイヤを開先内で溶融させて積層溶接した時の最後の溶接条件又はこの最後前の溶接条件よりも小さい入熱量の溶接条件に変更して使用し、あるいは前記最後の溶接条件又はこの最後前の溶接条件と同等の溶接条件を再使用し、また、前記マルテンサイト系ワイヤは、少なくとも化学組成のNiが8〜12重量%、Crが8〜12重量%含有し、マルテンサイト変態開始温度が100℃以上,300℃以下であるマルテンサイト系ステンレスワイヤを用い、このマルテンサイト系ステンレスワイヤを前記開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接する、あるいは1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接する、あるいは最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接するようにすることもできる。
また、前記第2の積層溶接工程では、前記マルテンサイト系ワイヤの代わりに、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを前記アーク溶接部分に送給及び溶融させて、開先内の残り部分の溶接から開先上面部の最終層溶接まで1層1パスずつ積層溶接する、あるいは1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接する、あるいは最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接するようにすることもできる。
また、前記初層裏波溶接工程,第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程で使用する非消耗電極方式のパルスアーク溶接では、溶接毎に出力すべき高いピーク電流と低いベース電流とを交互に繰返すパルス周波数を最小で1Hz以上、最大で500Hz以下の範囲で使用する1つ以上の特定値を定め、あるいは大別した3つの前記溶接工程で複数の異なる特定値を定め、この定めたパルス周波数のパルスアークを溶接毎に出力させて、前記仮付け溶接を含む開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接までパルスアーク溶接を行うようにするとよい。
また、前記第1の積層溶接工程,第2の積層溶接工程では、材質の異なる前記ワイヤを無通電のままアーク溶接部分に送給及び溶融させるか又は通電加熱しながらアーク溶接部分に送給及び溶融させる非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにすることもできる。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行って製作するステンレス鋼の多層盛溶接構造物において、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とによって製作することを特徴とするステンレス鋼の多層盛溶接構造物を提案する。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行って製作するステンレス鋼の多層盛溶接構造物において、溶接すべき前記開先継手の開先形状を特定範囲の寸法に形成する製作工程と、溶接準備の完了後に、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する、あるいは線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とによって製作することを特徴とするステンレス鋼の多層盛溶接構造物を提案する。
特に、前記開先継手の開先形状は、開先底部の開先幅又はこの開先底部中央に挿入するインサート材の幅を含む開先幅を最小で4mm以上,最大で8mm以下、開先上面部までの片面角度を10°以下の特定範囲の寸法に形成するとよい。
溶接パス毎の入熱量,溶接熱による収縮変形を従来より小さくできるばかりでなく、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減,溶接工数の低減を図ることができる。また、開先底部中央に挿入するインサート材により、開先底部の突き合せ部に生じ易い段違いやギャップの影響を緩和することができ、特に、初層裏波溶接工程で、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。
また、本発明は、上記目的を達成するために、厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先底部から開先上面部まで片面溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な開先継手であり、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて前記開先上面部まで積層溶接するアーク溶接を行って製作するステンレス鋼の多層盛溶接構造物において、開先裏面から特定の累計積層ビード高さ又は開先表面から特定の残存開先深さまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを用いて積層溶接された第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤを用いて積層溶接された第2の溶接金属部とを有する、あるいは前記第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを用いて積層溶接された第3の溶接金属部とを有す
るステンレス鋼の多層盛溶接構造物を提案する。
すなわち、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法では、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程により、片面溶接で重要な開先継手の裏面側に完全溶け込みの裏ビードを確実に形成できるばかりでなく、例えば、高温水などの腐食環境下にさらされる内面側又は底面側の溶接裏面部及びこの溶接裏面部から特定の高さ位置まで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤによる溶接金属で開先内を確実に充填することができる。
特に、開先裏面からの累計積層ビード高さHbは、開先継手の板厚Tの1/5以上,4/5以下の範囲に特定し、あるいは開先表面からの残存開先深さ(H=T−Hb)は、開先継手の板厚Tの4/5以下,1/5以上の範囲に特定することにより、目標とする特定の高さ位置まで開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤによる溶接金属で開先内を充填できるばかりでなく、その後に溶接すべき残存開先深さや溶接パス数及び層数を予測することができる。
また、前記第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程により、開先継手材と融合性の良い溶接金属部を開先上面部まで良好に充填できるばかりでなく、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。さらに、残留応力を改善できる結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コスト低減を図ることもできる。
また、前記第1の積層溶接工程後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程により、この積層溶接による溶接金属部に線膨張係数の偏差による収縮抑制作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。また、同時に最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。
また、前記第2の積層溶接工程では、前記マルテンサイト系ステンレスワイヤを送給及び溶融させて、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接するか又は1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか又は最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接する、あるいは前記インコネル系ワイヤ又は前記他のオーステナイト系ワイヤを送給及び溶融させて、前記開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接するか又は1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか又は最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接することにより、1層パス溶接が可能な狭い開先の多層盛溶接だけでなく、1パスでは溶けにくくなる開先幅の壁面であっても、入熱アークが同一条件のまま又は少し低く抑制した条件でも、1層2パス溶接によって、この開先幅の両壁面を確実に溶融することができ、開先上面部の最終層ま
で良好な溶接結果を得ることができる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接することにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができる。
さらに、前記第1の積層溶接工程,第2の積層溶接工程では、材質の異なる前記ワイヤを通電加熱しながら開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させることにより、ワイヤ無通電時のワイヤ溶融量に比べて溶接パス毎のワイヤ溶融量を増加することができ、開先上面部の最終層溶接まで少ない溶接パス数で良好に仕上ることができる。
また、前記第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程の以前に、溶接すべき前記開先継手の開先形状を特定範囲の寸法に形成する製作工程を設けることにより、特定寸法の開先形状を有する開先継手を確実に製作することができる。特に、開先底部の開先幅又はこの開先底部中央に挿入するインサート材の幅を含む開先幅を最小で4mm以上,最大で8mm以下、開先上面部までの片面角度を10°以下の特定範囲の寸法に形成することにより、溶接パス毎の入熱量,溶接熱による収縮変形を従来より小さくできるばかりでなく、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減,溶接工数の低減を図ることができる。また、開先底部中央に挿入するインサート材により、開先底部の突き合せ部に生じ易い段違いやギャップの影響を緩和することができるばかりでなく、初層裏波溶接時に、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。
また、前記非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行う場合には、前記第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程で溶接パス毎又は溶接層毎に出力すべき高いピーク電流と低いベース電流とを交互に繰返すパルス周波数を最小で1Hz以上,最大で500Hz以下、好ましくは150Hz以下の範囲で使用する1つ以上の特定値を定め、あるいは初層裏波溶接又は仮付け溶接及び初層裏波溶接と、この初層裏波溶接を除いた第1の積層溶接工程と、前記第2の積層溶接工程とで使用する複数の異なる特定値を定め、この定めたパルス周波数のパルスアークを溶接パス毎又は溶接層毎に出力させて、前記仮付け溶接を含む開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで積層溶接することにより、目標とする特定値のパルス周波数のパルスアークを初層裏波溶接,第1及び第2の積層溶接工程の各溶接で確実に出力できるばかりでなく、直流アーク溶接で出力させる平均電流と同じ平均電流であっても、アーク力及び指向力を強くでき、開先内の両壁面部及び開先底面部の溶融,溶け込み深さを促進することができる。
また、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法では、初層裏波溶接によって開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させた後に、開先裏面から特定の累計積層ビード高さ又は開先表面から特定の残存開先深さまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接することにより、上述したように、高温水などの腐食環境下にさらされる内面側又は底面側の溶接裏面部及びこの溶接裏面部から特定の高さ位置まで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤによる溶接金属で開先内を確実に充填することができる。また、この積層溶接後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接することにより、上述したように、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。同時に最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接することにより、上述したように、溶接金属部に線膨張係数の偏差による収縮抑制作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。
また、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接構造物では、上述した第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程によって製作することにより、開先継手の多層盛溶接及び残留応力低減が必要な厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材であっても、開先底部から初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで良好に積層溶接することができる。さらに、この第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程の以前に、溶接すべき前記開先継手の開先形状を特定範囲の寸法に形成する製作工程を設けることにより、特定寸法の開先形状を有する開先継手を確実に製作することができる。特に、開先底部の開先幅又はこの開先底部中央に挿入するインサート材の幅を含む開先幅を最小で4mm以上,最大で8mm以下、開先上面部までの片面角度を10°以下の特定範囲の寸法に形成することにより、上述したように、溶接パス毎の入熱量,溶接熱による収縮変形を従来より小さくできるばかりでなく、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減,溶接工数の低減を図ることができる。
また、上述したように、オーステナイト系ワイヤとマルテンサイト系ワイヤとを使い分けて積層溶接することより、マルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができ、同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、前記マルテンサイト系ワイヤの代わりに、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤに交換して、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで積層溶接することにより、溶接金属部に線膨張係数の偏差による収縮抑制作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。また、同時に最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。さらに、残留応力を改善できる結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コ
スト低減を図ることができるばかりでなく、原子力発電プラントなどの実機適用稼働における残留応力腐食割れ防止,長寿命化に寄与することができる。
また、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接構造物では、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを用いて積層溶接された第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤを用いて積層溶接された第2の溶接金属部とを有することにより、上述したように、マルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができ、同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、前記第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを用いて積層溶接された第3の溶接金属部とを有することにより、上述したように、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。また、同時に最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。
以下、本発明の内容について、図1〜図13の実施例を用いて具体的に説明する。
図1は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接手順概要の一実施例を示す説明図である。また、図2は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接概要を示す一実施例であり、(1)は継手部材の狭い開先内に非消耗性の電極及びワイヤを挿入した状態の溶接前の開先断面、(2)は初層裏波溶接した時の溶接断面、(3)はオーステナイト系ワイヤを用いて開先底部から板厚Tの3/5程度の高さHbまで積層溶接し、その後にマルテンサイト系ワイヤに交換して開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで積層溶接した時の溶接断面、(4)は(3)と同様に、オーステナイト系ワイヤを用いて板厚Tの1/4程度の浅い高さHbまで積層溶接し、その後にマルテンサイト系ワイヤに交換して残り深い部分から開先上面部まで積層溶接した時の溶接断面である。また、図3は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接概要を示す他の一実施例であり、図2の積層溶接と異なる方法で積層溶接した時の溶接断面である。
すなわち、図1に示すように、最初の開先形状の製作工程51は、溶接対象の継手部材を所定寸法に機械加工したり、溶接場所に搬送したり、加工後の継手部材や部品を組立したりする工程である。この継手部材1,2は、図2(1)に示すように、開先裏面1b,2b側に裏ビード15を形成させると共に、開先表面1a,2a側の開先上面部まで積層する多層盛溶接が必要な容器や配管や案内管など厚板の管部材又は厚板の平板部材を突き合せた狭い開先継手である。特に、原子力発電プラント,火力発電プラント,化学プラントなどで使用されるオーステナイト系のステンレス鋼材からなる狭開先継手であって、多層盛溶接の施工によって裏面側の溶接部分(裏ビード15部分)に残留する応力を圧縮応力に変化させることが重要である。
前記製作工程51では、例えば、開先底部の開先幅w又はこの開先底部中央に挿入するインサート材19の幅を含む開先幅wを最小で4mm以上,最大で8mm以下の寸法、開先上面部までの片面角度θを10°以下の狭い開先形状に仕上げることにより、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減,溶接工数の低減を図ることができる。また、開先底部中央に挿入するインサート材19により、開先底部の突合せ部に生じ易い段違いやギャップの影響を緩和することができ、特に、後述する初層裏ビード形成工程(初層裏波溶接工程とも称す)で、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。なお、前記開先形状及びインサートについては、図8で詳細に後述する。
次の溶接準備工程52では、溶接台車5,溶接トーチ7,ワイヤ4などの取付け、TIG溶接電源8や溶接制御装置9aの立上げ,溶接動作の準備,溶接条件の設定を行う。ワイヤ4は、開先継手材の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤ56を送給できるように準備するとよい。図2(1)に示したように、狭い継手部材1,2の開先内3に非消耗性の電極6とこの電極6先端に点弧するアーク10で溶融させるワイヤとを挿入して溶接を施工する。
この非消耗性のタングステン電極6は、高融点材のLa23入りW,Y23入りW,
ThO2 入りWの電極棒であり、開先内に挿入可能な細径の丸電極を使用すればよい。本溶接試験によれば、太径電極の横幅を狭く偏平形状に加工しなくても、開先内3に挿入可能な細径の丸電極6(例えば外径φ1.6,φ2.4の電極棒の先端のみを円錐形状に加工)であっても、図示していないシールドガス流入の雰囲気内で、この丸電極6先端と開先底部との間に発生させるアーク10が開先内3の壁面側にはい上がることなく、溶融すべき開先底部の部分に前記アークを安定に保持することができる。さらに、前記細径の丸電極6は、安価に入手できると共に、丸電極棒の先端のみを簡便な電極研磨器で簡単に円錐加工することができ、消耗時の再加工,溶接トーチへの取付け取り外し作業が容易で使い勝手がよい。
また、前記細径の丸電極6の代わりに、太径の電極下部の横幅を開先幅wより狭い偏平形状に形成した非消耗性の電極、あるいは開先幅wより狭い偏平形状に該当する非円形断面形状を有する他の非消耗性の電極を用いて溶接を行うことも可能である。この偏平形状の電極は、太径の丸電極下部の横幅を偏平形状に加工するための製作費用を要するが、上述した細径の丸電極6とほぼ同様に、電極先端のみを簡便な電極研磨器によって簡単に円錐加工でき、溶接トーチへの取付け取り外し作業容易である。
次の初層裏ビード形成工程53では、開先底部を浅く溶かすワイヤなしの仮付け溶接,開先底部の裏面側に適正範囲の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接を行う工程である。特に、裏ビード形成が必要な初層裏波溶接(初層裏ビード形成工程53)では、図2(2)に示すように、形成すべき裏ビード幅Bの適正範囲を4〜7mm、好ましくは4〜6mmに特定し、そして、裏面側1b,2bまで溶融可能な入熱アークの初層条件を出力させ、裏ビード幅wが特定範囲に形成するように施工するとよい。例えば、非消耗電極方式のパルスアーク溶接の場合は、ピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御し、また、直流アーク溶接の場合には、平均電流,平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御し、裏面側の溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅が前記特定の適正範囲に形成させることにより、溶接装置を操作する溶接士が代わっても個人差の影響がなくなり、目標にしている裏ビード幅を特定値の適正範囲(例えば4〜6mmの範囲)に確実に形成でき、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。この初層裏波溶接は、開先底部を浅く溶かすワイヤなしの仮付け溶接した後に行うようにすることもできる。なお、この初層裏波溶接については、さらに図7及び図8で後述する。
次の第1の積層溶接工程41は、図1及び図2に示したように、初層裏ビード形成工程(初層裏波溶接工程)の終了後に、開先裏面から特定の累計積層ビード高さHbに到達するまで、オーステナイト系ワイヤ56を開先内3のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する溶接動作を繰返し行う工程である。この第1の積層溶接工程41により、高温水などの腐食環境下にさらされる内面側又は底面側の溶接裏面部及びこの溶接裏面部から特定の高さ位置まで、開先継手材と同質系のオーステナイト系の溶接金属で確実に充填することができる。
なお、ワイヤ4については、開先継手の部材1,2の材質(例えば、SUS304系,SUS316系)と同質系のオーステナイト系ワイヤ(例えば、外径がφ0.8〜φ1.2で、Y304系かY308系,Y316系の市販ワイヤ)を用いており、図2及び図3に示したように、開先内3で溶融させて1層1パスずつ積層溶接41するようにしている。また、前記開先継手部材1,2の材質が異なる他のオーステナイト系ステンレス(例えば、SUS309系,SUS321系など)の場合には、この継手部材の材質に合った同質系のオーステナイト系ワイヤを用いればよい。
初層裏波溶接後に行う2層目の溶接では、オーステナイト系ワイヤを使用すると共に、少なくとも初層裏波溶接時に形成した裏ビード15を再溶融させない入熱条件に抑制した溶接条件(例えば、初層溶接条件の1/2〜2/3の入熱条件)に変更して、非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにしている。このように2層目溶接の入熱を抑制して溶接することにより、裏ビードの再溶融が確実に防止できると共に、表面側に積層するビード高さを増すことができる。
また、前記第1の積層溶接工程41では、開先裏面から積層すべき累計積層ビード高さHbを開先継手の板厚Tの1/5以上から4/5以下の範囲に特定し、開先表面から残存すべき残存開先深さHを板厚Tの4/5以下,1/5以上の範囲(H=T−Hbに該当)に特定するとよい。そして、特定した前記累計積層ビード高さHb又は残存開先深さHに到達するまで、オーステナイト系ワイヤ56を開先内で溶融させて積層溶接(第1の積層溶接工程41)することにより、上述したように、溶接裏面部から特定の高さ位置まで、開先継手材と同質系のオーステナイト系の溶接金属で確実に充填することができる。同時に、その後に溶接すべき残存開先深さや溶接パス数及び層数を予測することもできる。
なお、オーステナイト系ワイヤ56を用いて溶接すべき累計積層ビード高さHbが板厚Tの1/5より小さ過ぎる又は残存する開先深さHが板厚Tの4/5より大き過ぎると、腐食環境下にさらされる溶接裏面部分の耐食性保持,腐食進行の防止を損なうおそれがあって好ましくない。前記積層ビード高さHbの最小値は、板厚の大小によって変化するが、少なくとも2層目の溶接ビード高さまではオーステナイト系ワイヤを用いて溶接施工することが好ましい。一方、オーステナイト系ワイヤ56を用いて溶接すべき累計の積層ビード高さHbが板厚Tの4/5より大き過ぎる又は残存する開先深さHが板厚Tの1/5より小さ過ぎると、その後に、前記マルテンサイト系ワイヤ57に交換して最終層まで積層溶接すべき部分が少な過ぎるため、室温時の溶接金属部に生じさせる膨張効果及び張力が相対的に低下し、反対側の最も離れた溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができなくなって好ましくない。また、前記マルテンサイト系ワイヤの代わりに、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを用いる場合も、最終層まで積層溶接すべき部分が少な過ぎることになるので好ましくない。
また、第1の積層溶接工程41では、少なくとも初層の溶接条件,2層目の溶接条件と異なる積層条件であって、溶接パスに該当する複数の適正な溶接条件(例えば、4kJ/cm〜12kJ/cmの低い入熱条件又は平均溶接電流が約120A〜220Aのアーク条件)に変更して1層1パスずつ積層溶接41するように、前記非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにしている。あるいはほぼ一定の適正な溶接条件
(例えば、約4kJ/cmか約6kJ/cmか約8kJ/cmか約10kJ/cmか約12kJ/cmに特定した低い入熱条件)に設定して積層溶接41するように、前記非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにすることもできる。ワイヤ送り量については、溶接入熱条件に適した溶融可能なワイヤ量であり、例えば、形成すべきビード高さが0.5〜2.0mmの範囲内になるように送給するとよい。
また、溶接中は、図7で後述する第1の映像モニタ装置37に画面表示する表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御するとよい。このように第1の積層溶接工程41を施工することにより、開先裏面から所定の積層ビード高さHbまでオーステナイト系ワイヤによる溶接金属で確実に充填すことができる。
さらに、ワイヤを通電加熱しながら開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させることによって、ワイヤ無通電時のワイヤ溶融量に比べて溶接パス毎のワイヤ溶融量を増加することができ、開先上面部の最終層溶接まで少ない溶接パス数で良好に仕上ることができる。次の第2の積層溶接工程42は、図1及び図2に示したように、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤ56と異なるマルテンサイト変態を有するマルテンサイト系ワイヤ57を開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する溶接動作を繰返し行う工程である。この第2の積層溶接工程42により、開先内の残り部分から開先上面部の最終層までマルテンサイト系ワイヤによる溶接金属で確実に充填することができるばかりでなく、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。
また、この第2の積層溶接工程42では、図3に示したように、1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接する、あるいは最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接することにより、1層1パス溶接が可能な狭い開先の多層盛溶接だけでなく、1パスでは溶けにくくなる開先幅の壁面であっても、入熱アークが同一条件のまま又は少し低く抑制した条件でも開先幅の両壁面を確実に溶融でき、開先上面部まで良好な溶接結果を得ることができる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接することにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができる。また、上述したように、ワイヤを通電加熱しながら開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させることによって、ワイヤ無通電時のワイヤ溶融量に比べて溶接パス毎のワイヤ溶融量を増加することができ、開先上面部の最終層溶接まで少ない溶接パス数で良好に仕上ることができる。
また、図3に示したように、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤ56を用いて積層溶接41された第1の溶接金属部411と、前記第1の溶接金属部411と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、前記オーステナイト系ワイヤ56と異なるマルテンサイト系ワイヤ57を用いて積層溶接42された第2の溶接金属部422とを有する溶接構造物とすることもできる。
このように、オーステナイト系ワイヤ56とマルテンサイト系ワイヤとを使い分けて積層溶接41,42すること、あるいは前記第1の溶接金属部411の上部に材質の異なる前記第2の溶接金属部422を積層することにより、マルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。残留応力を改善できる結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コスト低減を図ることもできる。
なお、前記第2の積層溶接工程42で使用するマルテンサイト系ワイヤ57は、溶接時の冷却過程でマルテンサイト変態を生じ、通常の室温(例えば20℃)時に、マルテンサイト変態の開始温度(例えば100〜300℃)時よりも膨張した状態になる溶接金属であり、しかも、溶接対象のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手材と融合性の良いマルテンサイト系のステンレスワイヤを用いるとよい。例えば、少なくとも化学組成のNiが8〜12重量%、Crが8〜12重量%含有し、マルテンサイト変態開始温度が100℃以上,300℃以下であるマルテンサイト系ステンレスワイヤ(外径がφ0.8〜φ1.2のワイヤ)を用いればよい。
また、マルテンサイト系ワイヤの代わりに、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤに交換して用いることもできる。そして、この交換した前記ワイヤをアーク溶接部分に送給して溶融させ、開先内の残り部分の溶接から開先上面部の最終層溶接に到達するまで順番に1層1パスずつ積層するように非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を繰返し行うようにしてもよい。
さらに、この交換した前記ワイヤを通電加熱しながらアーク溶接部分に送給して溶融させ、あるいは前記ワイヤを無通電のままアーク溶接部分に送給して溶融させ、開先内の残り部分の溶接から開先上面部の最終層溶接に到達するまで積層溶接42する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにすることもできる。なお、ワイヤの通電加熱は、ワイヤと継手部材との間にワイヤ通電加熱電源を接続して作動させれば、実施可能となり、ワイヤ電流の大きさで制御し、また、選択スイッチで通電のありなしも可能となる。このワイヤ通電加熱は必要な溶接パスを選択して実施すればよい。
また、非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行う場合には、前記第1の積層溶接工程及び第2の積層溶接工程で、溶接パス毎又は溶接層毎に出力すべき高いピーク電流と低いベース電流とを交互に繰り返すパルス周波数を最小で1Hz以上,最大で500Hz以下、好ましくは150Hz以下の範囲で使用する1つ以上の特定値を定め、あるいは初層裏波溶接又は仮付け溶接及び初層裏波溶接と、この初層裏波溶接を除いた第1の積層溶接工程と、前記第2の積層溶接工程とで使用する複数の異なる特定値を定めるとよい。そして、この定めたパルス周波数のパルスアークを溶接パス毎又は溶接層毎に出力させて、前記仮付け溶接を含む開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで積層溶接することにより、目標とする特定値のパルス周波数のパルスアークを初層裏波溶接、第1及び第2の積層溶接工程の各溶接で確実に出力できるばかりでなく、直流アーク溶接で出力させる平均電流と同じ平均電流であっても、アーク力及び指向力を強くでき、開先内の両壁面部及び開先底面部の溶融,溶け込み深さを促進することができる。また、開先底部から開
先上面部までの積層溶接を良好に仕上ることができる。
なお、パルスアーク溶接時のパルス周波数が最も低い約1Hz(パルス周期時間:1s)の場合は、例えば、溶接速度が90mm/min 以上の速度領域で溶接ビードのリップル形状(貝殻模様のような波目)が約1.5mm 以上に荒くなり易い。一方、パルス周波数が高い約300Hz,約500Hzの場合には、パルス周期時間が極端に短くなるため、給電ケーブルの延長(例えば10倍の100mm以上に延長)が必要な時に、このケーブル延長に伴うリアクタの増加によって、矩形状のピーク電流波形が台形状や三角形状に変化するので、事前にピーク電流値を少し高めに補正することが望ましい。このパルス周波数を約
150Hz以下に下げた場合には、例えば、給電ケーブルを100mまで長く延長しても、ほぼ矩形状のピーク電流波形を出力することが可能である。
図4は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接手順概要の他の一実施例を示す説明図である。図1との主な相違点は、初層裏ビード形成工程53の部分を第1の積層溶接工程41の中に併合して施工するようにしたことである。他の部分は図1と同じであり、説明を省略する。
すなわち、図4に示した第1の積層溶接工程41では、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達する又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、開先継手の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤ56を開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接するようにしている。積層溶接の方法については、上述した通りである。また、その後に最終層まで、マルテンサイト系ワイヤを用いて積層溶接42する第2の積層溶接工程42も上述した通りである。このように積層溶接することにより、上述した目的を達成することができる。
図5は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接手順概要の他の一実施例を示す説明図である。図1及び図4との主な相違点は、マルテンサイト系ワイヤ57の代わりに、ニッケル合金のインコネル系ワイヤ58又は前記開先継手材の線膨張係数より小さい線膨張係数を有する他のオーステナイト系ワイヤ59を第2の積層溶接工程42で用いることである。また、図6は、図5に示した積層溶接の概要を示す一実施例である。
すなわち、第1の積層溶接41の終了後に施工する第2の積層溶接工程では、前記インコネル系ワイヤ58又は前記他のオーステナイト系ワイヤ59を開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで積層溶接
42する非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を繰返し行うようにしている。また、この第2積層溶接工程42では、前記インコネル系ワイヤ58又は前記他のオーステナイト系ワイヤ59を開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて、開先内3の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接する、あるいは、図6(1)(2)に示したように、1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接する、あるいは最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接するとよい。
さらに、開先継手の同質系のオーステナイト系ワイヤ56を用いて積層溶接41された第1の溶接金属部411と、この第1の溶接金属部411と接する開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで、前記インコネル系ワイヤ58又は前記他のオーステナイト系ワイヤ59を用いて積層溶接42された第3の溶接金属部423とを有する多層盛溶接構造物とすることもできる。
なお、前記インコネル系ワイヤは、ステンレス鋼との異材溶接が可能な高ニッケル合金であり、例えば、インコネル82ワイヤ(YNiCr−3),インコネル625ワイヤ
(YNiCrMo−3)を用いればよい。
このように、第2の積層溶接工程で積層溶接42すること、あるいは第1の溶接金属部411の上部に材質の異なる第2の溶接金属部423を積層することにより、開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで前記インコネル系ワイヤ58又は前記他のオーステナイト系ワイヤ59による溶接金属で確実に充填することができるばかりでなく、溶接金属部に線膨張係数の偏差による収縮抑制作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。また、同時に最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、上述したように、1層1パス溶接が可能な狭い開先の溶接だけでなく、1パスでは溶けにくくなる開先幅の壁面であっても、入熱アークが同一条件のまま又は少し低く抑制した条件でも開先幅の両壁面を確実に溶融でき、開先上面部まで良好な溶接結果を得ることができる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接することにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができ、最終層の溶接表面部及びその近傍
に残留する引張応力をさらに小さくすることもできる。また、残留応力を改善できる結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コスト低減を図ることができるばかりでなく、原子力発電プラントなどの実機適用稼働における残留応力腐食割れ防止,長寿命化に寄与することができる。
図7は、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物に係わる溶接装置の一実施を示す概略構成図である。溶接対象の継手部材1,2は、厚板のオーステナイト系ステンレス鋼からなる容器や配管や案内管などの管部材であり、開先底部の裏面側に裏ビード15形成(完全溶け込み)を有する初層裏波溶接、開先上部までの多層盛溶接が必要な狭開先継手ある。また、前記管部材と異なる形状製品の平板部材の狭開先継手であってもよい。図7に示す実施例では、レール上を走行する溶接台車5に搭載されている溶接トーチ7(TIGトーチ)に装着した非消耗性の電極6と、ワイヤ4を案内するワイヤホルダ25の両方とを開先内3に挿入し、シールドガス33の流入雰囲気で発生させるアーク10中及び溶融プール中にワイヤ4を送給し、開先底部の裏面側に裏ビード15を形成させる初層裏波溶接を行っている状況を示している。表面側の溶接部に流入するシールドガス33は、不活性の純Arガス、あるいはAr+数パーセントH2 入りの混合ガス又はAr+数十パーセントHe入りの混合ガスを使用すればよい。これらの混合ガスを
使用すると、純Arガスと比べてエネルギ密度やアークの集中性が高まり、溶融状態及び溶け込みを良くでき、溶接速度も上げることができる。
TIG溶接電源8は、前記溶接トーチ7先端の電極6と継手部材1,2との間に接続されており、溶接モードを選択するスイッチによってパルスアーク溶接又は直流アーク溶接の切り換えが可能な溶接電源である。パルスアーク溶接を選択した場合は、このパルスアーク溶接の給電に必要なピーク電流とベース電流,アーク電圧などの各条件値を任意に出力でき、また、パルス周波数の任意変更(例えば1Hz〜最大500Hz)もできるようになっている。パルスアーク溶接と異なる直流アーク溶接を選択した場合には、溶接電流(平均電流)に該当する所望の直流電流,アーク電圧(平均アーク電圧)を出力することができる。
溶接制御装置9aは、溶接トーチ7及びワイヤ4を搭載した溶接台車5の走行を指令制御し、TIG溶接電源8の出力を指令制御し、溶接トーチ7(電極6)の左右位置,上下位置を必要に応じて指令制御し、電極6先端部へのワイヤ4の供給、このワイヤ4の左右位置及び上下位置を必要に応じて調整し、さらに、継手部材1,2の裏面側に配備してある裏面側監視装置17を駆動するものである。操作ペンダント9bは、溶接制御装置9aに接続されており、溶接条件調整手段,トーチ位置及びワイヤ位置調整手段を内蔵している。操作ペンダント9bに内蔵されている溶接条件調整手段により、パルスアーク溶接時のピーク電流とそのピーク電流時間,ベース電流とそのベース電流時間、又はパルス周波数とピーク電流の時間比率,電極高さの制御(AVC制御)に使用するピーク電圧又はベース電圧又は平均アーク電圧,ピークワイヤ送りとベースワイヤ送り,溶接速度又はこの溶接速度に該当する走行速度の各条件値を設定したり、これらの条件値を溶接中に割り込んで調整したりすることができるようになっている。また、トーチ位置及びワイヤ位置調整手段により、前記溶接トーチ7の位置ずれや、省略しているワイヤ4の位置ずれを調整したりすることができるようになっている。
また、直流アーク溶接を選択した場合には、前記溶接条件調整手段により、直流アーク溶接で出力すべき平均電流,電極高さの制御(AVC制御)に使用する平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度,溶接速度又はこの溶接速度に該当する走行速度の各条件値を設定したり、これらの条件値を溶接中に割り込んで調整したりすることができるようになっている。また、パルスアーク溶接の場合と同様に、トーチ位置及びワイヤ位置調整手段により、溶接トーチ7の位置ずれ,ワイヤ4の位置ずれを調整したりすることができるようになっている。
また、前記操作ペンダント9bに内蔵している溶接条件調整手段は、仮付け溶接で出力すべき小入熱の仮付け条件,初層裏波溶接で出力すべき初層条件,特定の累計積層ビード高さHbに到達するまで積層溶接する第1の積層溶接工程で出力すべき複数の積層条件、さらに、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで積層溶接する第2の積層溶接工程で出力すべき複数の積層条件を設定,記憶及び再生が可能な機能を有している。この溶接条件調整手段に該当する機能を有する溶接データファイルや他の手段であってもよい。また、前記操作ペンダント9bは、溶接実行手段を兼用しており、前記溶接条件調整手段又はこの溶接条件調整手段に該当する溶接データファイルに予め設定された層別又はパス別の各溶接条件に基づいて、仮付け溶接,初層裏波溶接、その後2層目溶接,3層目から開先上面部の最終層までの各溶接が順番に実行できるようになっている。
また、継手部材の上部にある溶接台車5には、表面側の溶接状態を監視するための第1のカメラ35を、溶接トーチ7とワイヤホルダ25との上部中間に配備している。この第1のカメラ35と一対のカメラ制御器36によって撮像する表面側の溶接状態の映像を第1の映像モニタ装置37に画面表示して監視できるようにしている。前記第1のカメラ
35,第1の映像モニタ装置37に該当する他の第1の映像手段,第1の映像表示手段であってもよい。前記第1の映像モニタ装置37の画面には、図7の左下段に示すように、開先表面1a,2a側から開先内3に挿入した電極6とワイヤ4、表側のアーク10及び溶融プール18、この溶融プール18及び電極6の後方に形成する表側の溶接ビード39の状態を表示している。この表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御することにより、開先内の電極6の位置ずれ(例えば左右方向の電極位置ずれ)やワイヤ4の位置ずれ(例えば左右方向,上下方向のワイヤ位置ずれ)をなくすことができる。また、溶接条件の因子も調整又は制御することもできる。
一方、継手部材1,2の裏面側には、裏面側監視装置17を配備している。この裏面側監視装置17には、裏面側の溶融プール16及びこの周辺部を撮像する第2のカメラ11、この撮像周辺部を照らす照明手段32(例えば小径の照明ランプ)、前記裏面側の溶融プール16及びこの周辺部の裏ビード15を保護するためのバックシールドガス34(例えばArガス)を流すガス流出ボックスを装備している。また、第2の映像モニタ装置
13は、図7の右下段に示すように、カメラ制御器12と一対の前記第2のカメラ11又はこの第2のカメラ11に該当する撮像手段によって撮像する裏面側の溶融プール16及びこの周辺部の映像をリアルタイムで画面表示するものである。同時に、この映像の大きさ又は溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅Bを示す寸法、初層裏波溶接で形成すべき裏面側の溶融プール幅又は裏ビード幅の適正範囲を示す特定値14を第2の映像モニタ装置13の画面内に表示するようにしている。この第2の映像モニタ装置13は、これに該当する他の映像表示手段であってもよい。裏面側の溶融プール幅又は裏ビード幅を特定する適正範囲は、4〜7mm、好ましくは約4〜6mm(又は約5±1mm)であり、この適正範囲を特定した数値及びこの数値に該当する線引きライン(点線)又は寸法矢印を監視可能な状態に画面表示している。
このように、前記第2の映像モニタ装置13の画面又はこの第2の映像モニタ装置13に該当する第1の映像表示手段の画面に直接表示することにより、初層裏波溶接で重要な裏面側の溶融プール及び裏ビードの形成状態や大きさ、裏面側に突き出ているインサート材19の溶融状態、特定値の裏ビード幅Bを映像として監視及び観察でき、溶接中の裏ビード幅が適正範囲に形成されているか否かを容易に判定することができる。特に、裏面側の溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅Bの適正範囲を約4〜6mmに特定し、この特定値を前記第1の映像モニタ装置13の画面内に直接色分け表示して明瞭に監視可能な状態にする。その後に、裏面側の裏ビード幅Bが前記特定値の適正範囲に形成するように、初層溶接条件を出力させて前記パルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うことにより、溶接装置を操作する溶接士が代わっても個人差の影響がなくなり、裏面側に目標としている溶融プール幅及び裏ビード幅を適正範囲に形成することが確実にでき、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。
また、画像処理装置38は、裏面側のインサート材19を含む溶融プール16及びこの周辺部の画像を処理して、裏面側の溶融プール16の幅B又はこの溶融プール16近傍の裏ビード15幅Bをリアルタイムで検出し、また、インサート材の幅Cをも検出するものである。この画像処理装置38に該当する他の検出処理手段であってもよい。溶接制御装置9a側にリアルタイムで送信される検出データは、溶接制御装置9a内で複数の値を平均化する処理を順次行い、その平均化処理した検出値と目標の前記特定値とを比較及び判定処理する。そして、この判定処理の結果に基づいて、裏面側の溶融プールB幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅Bが特定値の適正範囲(約4〜6mm又は約5±1mmの範囲)に形成するように、パルスアーク溶接時のピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,溶接速度又は走行速度のいずれか1つ以上の条件因子、あるいは前記条件因子の他に、ピーク電流時間中かベース電流時間中のワイヤ送り速度又は両時間中のワイヤ送り速度の値を含むいずれか1つ以上の条件因子を増減制御するようにしている。また、直流アーク溶接の場合には、平均電流,平均アーク電圧又はアーク長,溶接速度又は走行速度,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を増減制御するようにしている。
例えば、前記画像処理装置38で検出する裏面側の溶融プール幅の検出値Bsが前記特定値の適正範囲より小さくなる状態(Bs<B1=4mm)であれば、ピーク電流Ip(パルスアーク溶接の時)や平均電流Ia(直流アーク溶接の時)を増加(Ip+ΔI又は
Ia+ΔI)させる。反対に、溶融プール幅の検出値Bsが前記特定値の適正範囲より大きくなる状態(Bs>B2=6mm)であれば、ピーク電流(パルスアーク溶接の時)や平均電流(直流アーク溶接の時)を減少(Ip−ΔI又はIa−ΔI)させるとよい。溶融プール幅の検出値Bsが適正範囲内の状態(例えばB1=4≦Bs≦B2=6mm)であれば、出力中の溶接条件をそのまま保持するとよい。
このように、検出値の判定結果に基づいて条件因子を適正に増減制御することにより、アーク力及び入熱量の増減によって溶融プール幅及びその溶融プール近傍の裏ビード幅を適正範囲内に短時間で回復することができる。また、ピーク電流又はベース電流(パルスアーク溶接の時),平均電流(直流アーク溶接の時)の増減と同時に、ピーク電圧又は平均アーク電圧又はワイヤ送り速度を増減する制御を行うことにより、裏面側に目標としている溶融プール幅及び裏ビード幅を適正範囲に確実に形成することができる。さらに、前記1つ以上の条件因子を増減調整又は増減制御すると共に、表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、前記電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御することにより、電極6の位置ずれ(例えば左右方向の電極位置ずれ)やワイヤ4の位置ずれをなくし、蛇行や融合不良のない良好な裏ビード幅を特定値の適正範囲に形成することができるばかりでなく、溶接士の負担を大幅に軽減でき、溶接品質の向上や生産性の向上を図ることができる。
図8は、狭開先継手の溶接施工の概要を示すものであり、(1)は溶接前の断面、(2)は本溶接前に仮付け溶接した時の断面、(3)は本溶接1パス目で初層裏波溶接した時の断面、(4)は前記継手部材の材質と同質系のオーステナイト系ワイヤを用いて2パス目まで溶接した時の断面、(5)は累計の積層ビード高さHbが板厚Tの約2/5に到達するまで積層溶接した時の断面、(6)は前記オーステナイト系ワイヤと異なるマルテンサイト系ワイヤを用いて、開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで積層溶接した時の断面である。この継手部材1,2は、上述したように、原子力発電プラントや火力発電プラントなどで使用される厚板のオーステナイト系ステンレス鋼からなる容器や配管や案内管などの管部材又は平板部材の溶接製品であり、開先底部の初層裏波溶接から開先上面部まで積層する溶接施工及び溶接部分に残留する引張応力の圧縮応力化又は大幅低減が必要な狭開先継手ある。
この狭開先継手の一例では、図8(1)に示すように、開先底部の中央にインサート材19を表面側1a,2a及び裏面側1b,2bに各々突き出すように設けている。このインサート材19は、前記継手部材1,2の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼材である。このインサート材19を設けることにより、開先底部の突合せ部に生じ易い段違いやギャップの影響を緩和することができる。また、初層裏波溶接で必要な適正範囲
(約4〜6mm)の裏ビード幅Bを裏面側に確実に凸形状に形成することが容易にできる。さらに、このインサート材19は、前記開先継手材と同質材であって、化学組成の一つであるS(重量%)が前記開先継手材より高めの0.008〜0.015%含有しているインサート材19を用いるとよい。特に、前記Sの含有量が高めの前記インサート材19を用いることにより、Sの含有量が少ない通常のインサート材19使用の溶接時よりも、アーク形状が細く絞られ、深さ方向への溶融金属の対流及び溶け込みが促進し、10〜20%程度少ない溶接電流(又は入熱量)の溶接条件で裏面側1b,2bに裏ビード15が確実に形成でき、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を得ることができる。なお、S
(重量%)の含有量が0.015%を超えると、溶接割れの感受性が高まるので好ましくない。
一方、インサート材19の幅を含む開先底部の開先幅wは、ここでは約6mmに設定した例を示しているが、例えば、最小値の約4mm又は約5mm、あるいは少し広めの約7mm又は最大値の約8mmの概略寸法、又はこれらの概略寸法に近い少数点含みの寸法(例えば約
5.3mm,6.4mm,7.5mm など)に予め形成するとよい。同時に、この狭開先継手の上部までの片面角度θを10°以下に形成(例えば、約2.5°,約5°,約7.5°,約
10°に形成)することにより、開先表面1a,2aの上部まで狭い開先内3を1層1パスずつ積層する多層盛溶接を確実に施工することができる。また、溶接パス毎の入熱量や多層盛溶接の累計入熱量,溶接熱による収縮変形を従来溶接より大幅に低減できるばかりでなく、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減や溶接工数の低減を図ることもできる。なお、この片面角度θを広くした開先継手を多層盛溶接することは可能であるが、板厚T又は開先深さHの増加と共に、溶接すべき開先断面積Aが増大(A=H2*tanθ+H*w)するため、溶接パス数の増加や溶接作業時間の増加,累計入熱量及び収縮変形も増加することになる。これを抑制するべく、前記片面角度θを10°以下に限定した。開先底部のルートフェイスfについては、約1〜2.5mm の範囲に形成すること、好ましくは約1.5mm 前後に形成することにより、裏面側まで容易に溶融させることができる。
本実験によれば、前記インサート材19の幅を含む開先底部の開先幅wを4mm未満に形成すると、狭すぎるため、その開先内に挿入する電極6の外面と開先内3の壁面との隙間が極端に狭く、しかも、初層溶接及びその後の溶接による熱収縮によって開先幅全体が収縮し、開先壁面への電極6の接触やアーク発生が起こり易く、開先上部までの積層溶接が困難に至る。一方、開先底部の開先幅wが8mmを超えると、広すぎるため、開先面積の増加によって溶接パス数及びワイヤ使用量が増加し、溶接工数も増す結果となる。したがって、前記開先幅wは、上述したように、最小でも4mm以上、最大でも8mm以下の寸法に形成することが好ましい。なお、1層1パスずつ積層する溶接が途中で難しくなる場合には、図3に示したように、必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接することにより、開先内の両壁面を確実に溶融でき、開先上面部まで良好な溶接結果を得ることができる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接することにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができ、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力をさらに小さくすることもできる。
本溶接の初層裏波溶接の以前に行う仮付け溶接では、図8(2)に示すように、継手部材1,2の裏面側1b,2bの継ぎ部及びインサート材19の突き出し部が溶融しない浅い溶け込みの低入熱アーク及びワイヤ送りなしの仮付け条件を出力させて、表面側1a,2aから開先底部の継ぎ部とインサート材19の突き出し部とを溶融接合20するように、ワイヤ4送りなしの仮付け溶接20を行うとよい。このように仮付け溶接することにより、裏面側まで溶融しない浅い溶け込みの溶接ビードが開先底部に良好に形成でき、溶接対象の開先継手を確実に接合固定することができる。また、本溶接の初層裏波溶接時にワイヤ送りが容易になると共に、裏ビード形成への悪影響をなくすことができる。
そして、本溶接で裏ビード15形成が必要な初層裏波溶接21では、裏面側まで溶融させる入熱アークの初層条件を出力させ、図8(3)に示すように、裏面側1b,2bまで完全に溶け込むように溶融させると共に、溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード15の幅Bが特定値の約4〜6mmの範囲(又は約5±1mmの範囲)に形成するようにしている。例えば、パルスアーク溶接の場合は、図7に示した第1の映像モニタ装置13に画面表示する裏面側の溶融プール16及びその溶融プール近傍の裏ビード15の状態や大きさを示す映像と、目標の裏ビード幅Bの適正範囲を示す特定値とを監視し、溶接中の裏ビード幅が前記特定値の範囲に形成するように、必要に応じてピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,溶接速度又は走行速度,ピーク電流時間中かベース電流時間中のワイヤ送り速度又は両時間中のワイヤ送り速度の値を含むいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御するとよい。初層溶接時のワイヤ送りは少量(例えば積層溶接時の半分以下)で充分である。また、直流アーク溶接の場合には、同様の裏ビード幅が前記特定値の範囲に形成するように、必要に応じて平均電流,平均アーク電圧又はアーク長,溶接速度又は走行速度、ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御するとよい。
例えば、溶融プール幅又は裏ビード幅が前記特定値の適正範囲より小さくなる又は大きくなる状態であれば、ピーク電流(パルスアーク溶接の時)や平均電流(直流アーク溶接の時)を増減調整すると、アーク力及び入熱量の増減によって溶融プール幅及びその溶融プール近傍の裏ビード幅を短時間で適正範囲内に回復することができ、応答性の緩やかな溶接速度又は走行速度の調整より優位である。前記ピーク電流や前記平均電流の次に、ベース電流の増減調整かアーク長又はアーク電圧の調整が有効であり、裏ビード幅を適正範囲内に回復することができる。また、ワイヤ送り速度の調整は、溶着金属の増減及び溶融プールの温度変化によって裏ビード幅と表面側のビード高さとの両方を微調整することができる。さらに、表面側の前記電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御するとよい。
本実験によれば、例えば、裏面側の溶融プール幅が約2.5mm 以下になると、裏ビードが形成したり、形成しなかったりする極めて不安定な状態になり、さらに小さくなると、全くでない溶融不足(裏ビードなし)の欠陥溶接の結果に至った。一方、裏面側の溶融プール幅が約7.5mm を超える大きさになると、下向き姿勢での裏ビード形状が1mm以上凸形状に盛り上り(下側に沈み込む形状)、反対に、上向き姿勢での裏ビード形状は1mm程度凹んでしまう結果になり、溶接姿勢の違いによって裏面側の裏ビードが凹凸形状に変化した。さらに、裏面側の溶融プール幅が約9mmを超えると、溶け落ちる欠陥溶接に至った。したがって、上述したように、裏面側の溶融プール幅及び裏ビード幅を4〜7mmの範囲、好ましくは4〜6mm(5±1mm)の範囲に特定して確実に形成させ、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビードを得るようにしている。
このように、裏面側の溶融プール幅及び裏ビード幅が前記特定値の適正範囲に形成するように、前記パルスアーク溶接又は直流アーク溶接を施工することにより、溶接装置を操作する溶接士が代わっても個人差の影響がなくなり、裏面側に目標としている溶融プール幅及び裏ビード幅を前記特定値の適正範囲に形成することが確実にでき、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることができる。特に、高度な溶接技術を要する配管の全姿勢溶接,管材の横向き姿勢の溶接,平板材の上向き姿勢の初層裏波溶接21に適している。さらに、前記1つ以上の条件値を調整又は制御すると共に、表面側の前記電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御することにより、電極6の位置ずれ(例えば左右方向の電極位置ずれ)やワイヤ4の位置ずれをなくし、蛇行や融合不良のない良好な裏ビード幅を特定値の適正範囲に形成することができる。ここでは少量のワイヤ送りを示したが、このワイヤ送りを停止(ワイヤなし)にして初層裏波溶接を実施することも可能である。また、ここでは継手部材1,2の開先底部中央にインサート材
19を設ける溶接例を示したが、インサート材19なしの開先継手であっても、例えば、下向き姿勢や立向き上進姿勢で初層裏波溶接21を実施すれば、裏面側に目標としている溶融プール幅及び裏ビード幅を適正範囲に形成でき、凸形状でほぼ均一な裏ビード幅を良好に得ることが可能である。
次に、初層裏波溶接の終了後に行う2層目の溶接22では、オーステナイト系ワイヤを使用すると共に、図8(4)に示すように、少なくとも初層溶接時に形成した前記裏ビード15を再溶融させない入熱条件に抑制した溶接条件(例えば、初層溶接条件の1/2〜2/3の入熱条件)に変更して、非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにしている。このように2層目溶接の入熱を抑制して溶接することにより、裏ビードの再溶融が確実に防止できると共に、表面側に積層するビード高さを増すことができる。
また、累計の積層ビード高さHbが3層目の溶接23以降に到達するまで積層する第1の積層溶接工程では、図8(5)に示すように、少なくとも初層の溶接条件,2層目の溶接条件と異なる積層条件であって、溶接パスに該当する複数の適正な溶接条件に変更して1層1パスずつ積層溶接41するように、非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を繰返し行うようにしている。あるいはほぼ一定の適正な溶接条件に設定して積層溶接41することもできる。また、ワイヤ送り量についても、溶入熱条件に適した溶融可能なワイヤ量であり、例えば、形成すべきビード高さが0.5〜2.0mmの範囲内になるように送給するとよい。また、溶接中は、図7に示した第2の映像モニタ装置37に画面表示する表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ4位置を調整又は制御するとよい。このように第1の積層溶接工程41を施工することにより、開先裏面から所定の積層ビード高さHbまでオーステナイト系ワイヤによる溶接金属で満たすことができる。
そして、前記第1の積層溶接工程の終了後に、開先内3の残り部分から開先上面部の最終層30まで積層する第2の積層溶接工程では、マルテンサイト変態を有するマルテンサイト系ワイヤに交換し、図8(6)に示すように、継続すべき開先内3の残りの溶接部分26から開先上面部の最終層30まで1層1パスずつ積層溶接42するようにしている。また、図3に示したように、1層1パスずつ積層する途中で開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接することもできる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接することにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができ、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力をさらに小さくすることもできる。
また、第2の積層溶接工程42では、前記マルテンサイト系ワイヤを通電加熱しながら送給及び溶融させ、あるいは前記マルテンサイト系ワイヤを無通電のまま送給及び溶融させて、図8(6)に示すように、開先内3の残り部分の溶接26から開先上面部の最終層30まで1層1パスずつ積層溶接42することもできる。
さらに、このマルテンサイト系ワイヤを使用する積層溶接42では、その以前にオーステナイト系ワイヤを使用して積層溶接41した時の最後の溶接条件又はこの最後以前の溶接条件よりも小さい入熱量の適正な溶接条件に変更して溶接することにより、開先上面部まで良好な溶接結果を得ることができるばかりでなく、溶接による収縮変形やたわみ変形,熱影響部の領域を従来より小さくすることができる。あるいは前記最後の溶接条件又はこの最後以前の溶接条件と同等の適正な溶接条件を再使用して溶接することにより、少ないパス数で積層できると共に、開先上面部まで良好な溶接結果を得ることができる。さらに、最終層の溶接30(P=N)では、図8(6)に示したように開先表面1a,2aより少し盛り上る(例えは1mm程度の余盛り高さ)ように仕上げている。この最終層の溶接
30又は最終層の前層の溶接及び最終層の溶接30では、溶接トーチ4を左右に揺動させるウィービング溶接を行うとよい。このウィービング溶接によって溶接ビードの両止端部の溶け込みを良くし、貝殻模様のような波目を有する良好な溶接ビード外観を得ることができる。
このように、2種類のワイヤを使い分けて各々積層溶接41,42することにより、原子力発電プラント,火力発電プラントなどで使用される厚板の容器や配管などの管部材や平板部材の開先継手の完全溶け込み溶接及び残留応力低減が要求される溶接製品であっても、開先裏面部から開先上面部まで欠陥のない良好な溶接結果を得ることかできるばかりでなく、上述したように、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、重要な開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する応力を圧縮応力に改善することができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、溶接パス毎の入熱量を小さく抑制した溶接条件を用いることにより、パス毎の溶接及び累計の積層溶接で生じる溶接金属部及びこの周辺部の収縮変形やたわみ変形,熱影響部の領域を従来より小さくすることもできる。
図9は、図2及び図3に示した多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接に使用するマルテンサイト系ワイヤと、オーステナイト系ワイヤ(又はこのワイヤと同質系の開先継手材)とにおける温度と伸び(1mm長さ当りの伸び)との関係を模式的に示す説明図である。また、図10は、マルテンサイト系ワイヤで積層溶接した溶接断面の上位部分に生じる膨張効果による張力とオーステナイト系ワイヤで積層溶接した溶接断面の裏面部分に生じる圧縮応力との関係を模式的に示す説明図である。すなわち、図9に示すように、オーステナイト系ワイヤ(又はオーステナイト系ステンレス鋼の開先継手材)の場合は、点線で示すように、温度変化(上昇時と下降時)に対する伸び曲線が同一線上を行き来するように変化している。これに対して、マルテンサイト変態を有するマルテンサイト系ワイヤの場合には、実線で示すように、温度上昇時の伸び曲線と温度下降時の伸び曲線とが異なるように変化している。特に、温度下降時の過程(高温領域から冷却する過程)で、マルテンサイト変態が生じ、冷却後の室温時(約20℃)に、マルテンサイト変態の開始
温度Ms時より膨張した状態になることを示している。
本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物では、図9に示した温度変化に対する伸び曲線が異なる2種類のワイヤを使い分けて積層溶接を施工している。すなわち、図10に示すように、前記オーステナイト系ワイヤを用いて開先底部側を積層溶接41し、その後に、マルテンサイト変態を有する前記マルテンサイト系ワイヤを用いて、開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで積層溶接42している。このように材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて積層溶接41,42することにより、上述したように、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、溶接継手の引張強度試験,曲げ強度試験を行った結果、母材破断による母材以上の高強度,ミクロ割れもない延性強度を有する良好な結果が得られることを確認している。
図11は、本発明の多層盛溶接方法で施工した配管溶接の断面写真の一例である。また、この配管溶接時の溶接施工条件を表1に示す。この表1中には比較のために従来法で施工した時の溶接条件を併記しており、主な相違点はマルテンサイト系ワイヤのありとなしである。第1の溶接金属部は、配管と同質系のオーステナイト系ワイヤ56を用い、板厚の約2/5程度の高さ位置まで、非消耗電極方式のアーク溶接の施工(例えば、6〜10kJ/cmの入熱条件)により積層溶接(6層6パス溶接)している。この上部にある第2の溶接金属部は、その後に、マルテンサイト系のステンレスワイヤ57に交換して用い、残りの深い部分から開先上部の最終層まで、非消耗電極方式のアーク溶接61の施工(例えば、約4kJ/cmの低入熱条件)により積層溶接(33層33パス溶接)した時の溶接断面である。このように、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて積層溶接することにより、開先底部の裏面から開先上部の表面まで欠陥のない良好な溶接結果を得ることができる。同時に、マルテンサイト系ワイヤによるマルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、重要な開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する応力を圧縮応力に改善することができる。なお、第2の溶接金属部は、低入熱量で溶接しているためにパス数が多いが、この入熱量を増加して溶接すれば、パス数を減らすことが容易にできる。
Figure 2006198657
最後に、残留応力の測定結果について述べる。図12は、多層盛溶接構造物の1つである配管内面の残留応力測定結果の一例である。同様に、図13は、多層盛溶接構造物の1つである配管外面の残留応力測定結果の一例である。配管の材質がSUS316L系、外径が314mm、板厚が29.5mm 、開先深さが28mmである。溶接施工は、図3及び図8で説明したように示したように、配管と同質系のオーステナイト系ワイヤ(Y316L系)を用いて開先板厚Tの2/5程度の浅い高さHbまで積層溶接し、その後に、マルテンサイト変態を有するマルテンサイト系のステンレスワイヤに交換して残りの深い部分から開先上面部まで低入熱条件で積層溶接している。また、残留応力測定は、X線回折測定法より精度の良いひずみゲージ開放法(配管内外面の測定箇所にひずみゲージを貼り付け、短冊切りの1次切断開放の工程から最終スリット切りの3次開放の工程を経て、周方向の開放ひずみ値εθと軸方向の開放ひずみ値εzとの測定結果より、周方向の残留応力σθ,軸方向の残留応力を算出)を用いて測定した結果である。
配管内面側の溶接裏面部及びその周辺部の残留応力は、図12に示したように、溶接線直角方向の軸方向残留応力σz(〇印の線)及び溶接線方向の周方向残留応力σθ(◆印の線)の両方ともに、約−100MPa以下の圧縮応力になっている。一方、配管外面側の溶接表面部及びその周辺部の残留応力については、図13に示したように、溶接部に隣接する部分の周方向残留応力σθ(◆印の線)が最大約170MPaの引張応力になっている。これに対して、溶接線直角方向の軸方向残留応力σz(〇印の線)は、溶接部に隣接する部分及び溶接中央部分で約−100MPaの圧縮応力になっている。
比較のために、初層裏波溶接から最終層の溶接まで全て前記オーステナイト系ワイヤを用いて溶接施工した配管内面の残留応力測定結果の一例を図14に示す。配管の材質やサイズ,開先形状,溶接条件及び溶接の施工法はほぼ同じあり、マルテンサイト系ワイヤを使用せずに、開先継手材と同質系のオーステナイト系ワイヤのみを使用していることが異なっている。この場合には、周方向残留応力σθが約−100MPa以下の圧縮応力であるのに対して、重要な軸方向残留応力σzが最大で約100MPaの引張応力に変化している。開先継手の開先幅を狭くし、しかも、低入熱の溶接条件で積層溶接することによって、重要な溶接裏面部及びその周辺部の残留応力を従来より大幅に低減することができるが、図14に示したように、最大で約100MPaの引張応力が残っている。
これに対して、本発明の多層盛溶接方法を施工することにより、図12に示したように、重要な溶接裏面部及びその周辺部の残留応力を圧縮応力に改善することができる。残留応力改善の結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コスト低減を図ることもできる。また、原子力発電プラントなどの実機適用稼働における残留応力腐食割れ防止,長寿命化に寄与することができる。
以上述べたように、本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及び多層盛溶接構造物によれば、開先継手の多層盛溶接及び残留応力低減が必要な厚板の容器や配管などの管部材又は平板部材であっても、開先底部の初層裏波溶接から開先上面部の最終層溶接まで良好に積層溶接することができる。また、オーステナイト系ワイヤとマルテンサイト系ワイヤとを使い分けて積層溶接することより、マルテンサイト変態及び膨張効果によって、室温時の溶接金属部に膨張作用及び張力が生じ、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。また、マルテンサイト系ワイヤの代わりに、ニッケル合金のインコネル系ワイヤ又は開先継手材の線膨張係数より小さい線膨張係数を有する他のオーステナイト系ワイヤを用いて積層溶接することにより、溶接金属部に線膨張係数の偏差による収縮抑制作用及び張力が生じ、底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を圧縮応力に変える又は大幅低減することができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減することもできる。
また、溶接パス毎の入熱量,溶接による収縮変形やたわみ変形,熱影響部の領域を従来より小さくできるばかりでなく、溶接すべき開先断面積を従来より大幅に小さくでき、ワイヤの使用量の削減,溶接工数の低減を図ることができる。さらに、残留応力を改善できる結果、溶接完了後に、残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなくなり、コスト低減を図ることができるばかりでなく、原子力発電プラントなどの実機適用稼働における残留応力腐食割れ防止,長寿命化に寄与することができる。
本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接手順概要の一実施例を示す説明図である。 本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接概要を示す一実施例の溶接断面である。 本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接概要を示す他の一実施例の溶接断面である。 図1に示した溶接手順概要と異なる他の溶接手順概要の一実施例を示す説明図である。 図4に示した溶接手順概要と異なる他の溶接手順概要の一実施例を示す説明図である。 本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物の溶接概要を示すもう一つ別の一実施例の溶接断面である。 本発明のステンレス鋼の多層盛溶接方法及びその多層盛溶接構造物に係わる溶接装置の一実施を示す概略構成図である。 狭開先継手の溶接施工の概要を示す溶接前と積層溶接後の断面である。 図2及び図3に示した多層盛溶接に使用するマルテンサイト系ワイヤと、オーステナイト系ワイヤ(又はこのワイヤと同質系の開先継手材)とにおける温度と伸び(1mm長さ当りの伸び)との関係を模式的に示す説明図である。 マルテンサイト系ワイヤで積層溶接した溶接断面の上位部分に生じる膨張効果による張力とオーステナイト系ワイヤで積層溶接した溶接断面の裏面部分に生じる圧縮応力との関係を模式的に示す説明図である。 配管多層盛溶接の断面写真の一例である。 本発明の多層盛溶接方法で施工した多層盛溶接構造物の1つである配管内面の残留応力測定結果の一例である。 本発明の多層盛溶接方法で施工した多層盛溶接構造物の1つである配管外面の残留応力測定結果の一例である。 初層裏波溶接から最終層の溶接まで全て前記オーステナイト系ワイヤを用いて溶接施工した配管内面の残留応力測定結果の一例である。
符号の説明
1,2…開先継手部材、1b,2b…開先裏面、3…開先内、4…ワイヤ、5…溶接台車、6…電極、7…溶接トーチ、8…TIG溶接電源、81…ワイヤ通電加熱電源、9a…溶接制御装置、9b…操作ペンダント、10…アーク、11…第2のカメラ、12,
36…カメラ制御器、13…第2の映像モニタ装置、14…裏ビード幅Bの特定値、15…裏ビード、16…裏面側の溶融プール、17…裏面側監視装置、18,39…表面側の溶融プール、19…インサート材、20…仮付け溶接のビード断面、21…初層裏波溶接のビード断面、22…2パス目溶接のビード断面、23…3パス目溶接のビード断面、
30…最終層のビード断面、32…照明手段、33…シールドガス、34…バックガス、35…第1のカメラ、37…第1の映像モニタ装置、38…画像処理装置、41…第1の積層溶接工程、42…第2の積層溶接工程、51…開先形状の製作工程、52…溶接準備工程、53…初層裏ビード形成工程、56…オーステナイト系ワイヤ、57…マルテンサイト系ワイヤ、58…インコネル系ワイヤ、59…他のオーステナイト系ワイヤ、Hb…累計の積層ビード高さ、H…残存開先深さ、w…開先底部幅、f…ルートフェイス、θ…片面角度。

Claims (14)

  1. 管部材又は平板部材を相互に突き合せ、開先底部から開先上面部まで片面溶接を行う開先継手に、材質の異なる2種類のワイヤを使い分けて積層溶接する多層盛溶接方法において、開先底部の裏面側に裏ビードを形成する初層裏波溶接工程と、
    開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達するまで、又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまでオーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、
    前記第1の積層溶接工程後に、前記第一の積層溶接部分から開先上面部の最終層まで、マルテンサイト系ワイヤ又は線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程と
    を有することを特徴とする多層盛溶接方法。
  2. 請求項1に記載された多層盛溶接方法において、
    前記裏波溶接及び積層溶接はオーステナイト系ステンレス鋼よりなる部材に対し、非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接で行うことを特徴とする多層盛溶接方法。
  3. 請求項1に記載された多層盛溶接方法において、前記第1の積層溶接工程、第2の積層溶接工程では、材質の異なる前記ワイヤを無通電のままアーク溶接部分に送給及び溶融させるか又は通電加熱しながらアーク溶接部分に送給及び溶融させる非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うことを特徴とする多層盛溶接方法。
  4. 請求項1ないし3に記載された多層盛溶接方法において、前記開先の底部の幅は4mm以上8mm以下であり、前記開先の片面角度が10°以下の狭開先であることを特徴とする多層盛溶接方法。
  5. 請求項4に記載された多層盛溶接方法において、
    前記開先底部の中央部にインサート材を表側及び裏側へ突き出すように設けていることを特徴とする多層盛溶接方法。
  6. 請求項1ないし5に記載された多層盛溶接方法において、
    前記初層裏波溶接工程で形成する裏ビード幅を4mm〜7mmの範囲としたことを特徴とする多層盛溶接方法。
  7. 請求項6に記載された多層盛溶接方法において、
    前記裏ビード幅は、パルスアーク溶接時のピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度の少なくともいずれかの条件を変更させて調整することを特徴とする多層盛溶接方法。
  8. 請求項6に記載された多層盛溶接方法において、
    前記裏ビード幅は、直流アーク溶接時の平均電流,平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度の少なくともいずれかの条件を変更させて調整することを特徴とする多層盛溶接方法。
  9. 請求項1ないし3のいずれかに記載された多層盛溶接方法において、
    前記第一の溶接工程で溶接する積層ビード高さは前記接合部材の厚さの1/5以上,4/5以下であることを特徴とする多層盛溶接方法。
  10. 請求項1に記載された多層盛溶接方法において、
    前記第二の積層溶接工程は前記第一の積層溶接工程と比して入熱量を小さくすることを特徴とする多層盛溶接方法。
  11. 請求項1ないし10に記載された多層盛溶接方法において、
    前記マルテンサイト系ワイヤは少なくともNiが8〜12重量%、Crが8〜12重量%含有し、マルテンサイト変態開始温度が100℃以上,300℃以下であるものを使用することを特徴とする多層盛溶接方法。
  12. 管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先継手の開先底部から開先上面部まで、材質の異なる2種類のワイヤを使い分ける非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接によって積層溶接するステンレス鋼の多層盛溶接構造物において、
    開先底部の裏面側に裏ビードを形成する初層裏波溶接工程と、開先裏面から特定の累計積層ビード高さに到達するまで、又は開先表面から特定の残存開先深さに到達するまで、オーステナイト系ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、前記第1の積層溶接工程後に、前記第1の積層溶接部分から開先上面部の最終層まで、マルテンサイト系ワイヤ又は線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤをアーク溶接部分に送給及び溶融させて積層溶接する第2の積層溶接工程とによって製作されることを特徴とする多層盛溶接構造物。
  13. 管部材又は平板部材を相互に突き合せた開先継手の開先底部から開先上面部まで、材質の異なる2種類のワイヤを使い分ける非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接によって積層溶接するステンレス鋼の多層盛溶接構造物において、
    開先裏面から特定の累計積層ビード高さ又は開先表面から特定の残存開先深さまで、オーステナイト系ワイヤを用いて積層溶接された第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、マルテンサイト系ワイヤを用いて積層溶接された第2の溶接金属部とを有し、
    あるいは前記第1の溶接金属部と、前記第1の溶接金属部と接する残り部分から開先上面部の最終層まで、線膨張係数の小さい他のオーステナイト系ワイヤ又はニッケル合金のインコネル系ワイヤを用いて積層溶接された第3の溶接金属部とを有することを特徴とする多層盛溶接構造物。
  14. 請求項12ないし13に記載された多層盛溶接構造物において、
    前記累計積層ビード高さは前記接合部材の厚さの1/5以上4/5以下であり、前記残存開先深さは前記接合部材の厚さの4/5以下1/5以上であることを特徴とする多層盛溶接構造物。

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