海に近い立地で海水を利用する海水利用構造物として、例えば、海水を冷却水として利用するために海岸近傍に設置される発電設備を備えたものがあり、具体的には例えば、火力発電所、原子力発電所、コンバインドサイクル発電プラントがある。このような発電設備を備えた海水利用構造物は、復水器等の、海水を冷却水として使用する機器と、該機器に海水を導入する海水取水路とを備えている。
図1には、海水利用構造物の典型的な形態が示されている。図1に示す海水利用構造物10は、海水に接して配された海水取水路10Aと、海水取水路10Aから取水された海水を利用する海水利用設備10Bとを具備している。海水取水路10Aには、取水方向Xの上流側から順に、カーテンウォール11、スクリーン構造体等からなる防汚装置20及び海水ポンプ30が配されている。海水利用設備10Bは、海水取水路10Aから取水された海水を利用する設備本体12を具備している。設備本体12は、例えば循環水管13、復水器14、放水管15等を含んで構成され、建屋16内に配されている。つまり、海水取水路10Aは屋外に配され、海水利用設備10B(設備本体12)は屋内に配されている。このような構成の海水利用構造物10においては、カーテンウォール11から海水取水路10A内に海水を取り込んで防汚装置20を順次通過させることで、海水中の夾雑物を物理的に除去した後、その海水を海水ポンプ30で汲み上げて海水利用設備10Bに送る。そして、海水利用設備10Bにおいては、海水ポンプ30から送られてきた海水は、循環水管13を通って復水器14に導入され、復水器14で蒸気の冷却等に利用された後、放水管15を通じて建屋16の外部に放出される。
海水利用構造物10においては、海水利用設備10Bで利用される海水中に含まれていることが望ましくない夾雑物は、海水利用設備10Bに取り込まれる前に、防汚装置20が備えるスクリーン構造体あるいは海水ポンプ30の取水口に設置されたストレーナー等によってある程度除去されるが、完全に除去することは難しく、海水利用設備10Bに流入してしまうのが実情である。特にフジツボ等の海生生物が海水利用設備10Bに流入し、復水器14の管内等に付着し繁殖すると、流路が閉塞されてしまい、冷却水の導入、排出等に支障を来すことになる。
そこで、このような海生生物に起因する問題を解決するために、海水利用構造物10の適当な部位、例えば、海水取水路10Aにおける防汚装置20の周辺部、海水利用設備10Bにおける設備本体12の一部(取水槽、ポンプ室等)、あるいは海水ポンプ30におけるストレーナーの近傍等に、注入管等を用いて、次亜塩素酸ソーダや塩素等の薬剤又は電解生成物等を注入することが従来行われている。しかし、このような生物阻害剤の注入は、注入部位及びその周辺とそれ以外の部位とで生物阻害剤の濃度差が顕著になり、注入部位から比較的遠い部位は、生物阻害剤の濃度が低いため十分な効果が得られず、海生生物の付着防止対策としては万全ではない。
別の海生生物付着防止方法として、付着防止対象の周辺の海水を電気分解して発生した塩素や酸素によって海生生物の付着を防止する方法が知られている。例えば特許文献1には、熱交換器の海水入口水室に不溶性陽極電極を取り付け、この不溶性陽極電極から流れる直流電流により周辺の海水を電気分解して次亜塩素酸ソーダを発生させることで、熱交換器に対する海生生物の付着・繁殖を防止することが記載されている。
特許文献1記載技術では、不溶性陽極電極が熱交換器の水室に設置されているため、該熱交換器よりも取水方向の上流位置の設備には次亜塩素酸ソーダが到達し難く、海生生物の付着防止対策としては万全ではない。また、この方法で発生した次亜塩素酸ソーダの濃度には、不溶性陽極電極及びその近傍とそれ以外の部位とでムラがあるため、例えば、熱交換器の海水入口水室の隅や海水出口水室の一部では、次亜塩素酸ソーダが到達し難いために海生生物が付着・繁殖し得る。
また特許文献2には、発電所等で海水を取水する設備の網状体のスクリーンに電気化学的防汚を施すことで、該スクリーンへの海生生物の付着を防止する方法が記載されている。特許文献2記載のスクリーンは、該スクリーンの主体をなすスクリーン構造体の表面が導電性ゴムパネルで覆われ、別体の直流電源の正極と、陽極としての該導電性ゴムパネルとが電気的に接続されていると共に、該直流電源の負極と、陰極としての該スクリーン構造体とが電気的に接続されている。前記導電性ゴムパネルは、導電性材料からなる基材の表面に導電性ゴムのライニング、裏面に絶縁性の耐食ゴムのライニングを施した構造である。
特許文献2記載技術では、複雑な形状のスクリーン構造体の表面を導電性ゴムパネルで被覆するため、導電性ゴムパネル自体の形状が複雑で製作に手間がかかり、しかも、そのような複雑な形状の導電性ゴムパネルをスクリーン構造体に取り付ける作業が煩雑で多大な労力及び時間を必要とするため、特許文献2記載技術を実施するにはコスト高や作業効率の悪さが懸念される。さらに、導電性ゴムパネルは、導電性ゴム、基材及び絶縁性ゴムからなる三層構造を有しているために比較的厚み大きく、そのため、これを被覆されたスクリーンは、網目が細かいために通水性に難があり、海水の流れを妨げてしまうおそれがある。
また特許文献3には、海水取水設備の取水口に取り付けられ、海生生物の付着を防止する防汚機能を備えたバスケット型の海水ストレーナーとして、表面が電気的触媒で被覆された海生生物捕獲用の導電体の濾過体と、該濾過体と電気的に絶縁された胴及び蓋からなる濾過体収納部と、外部直流電源とを備え、該電源の正極が該濾過体に接続され、該電源の負極が該収納部に接続された構成を有し、海水の電気分解により該濾過体の表面に酸素を発生させることで、該濾過体の表面に海生生物が付着することを防止するようにしたものが記載されている。
特許文献3記載技術は、主として、海水ストレーナー自体への海生生物の付着防止を図ったもので、その効果が及ぶ範囲は広範囲とは言い難く、海水取水設備全体を対象とした場合には課題解決手段として不十分である。また、特許文献3記載の海水ストレーナーでは酸素によって海生生物の付着・繁殖の防止を図っているが、一般に、酸素による海生生物の付着・繁殖の防止効果は塩素に比べて低く、そのため例えば、該海水ストレーナーを通過した海生生物が、海水ポンプにおける軸とポンプケーシングとの間の隙間に入り込んで生育し、そのため、斯かる部分のシール機能低下や軸の噛付き等の不都合が生じるおそれがある。さらに、特許文献3記載の海水ストレーナーは、それが取り付けられる海水の流路が狭く、比較的高度な海生生物の除去を行う必要があるため、該海水ストレーナーが具備する濾過体(電気分解の陽極)の網目が比較的細かいものとなるところ、斯かる構成に起因して、該濾過体に電流の強い部位と弱い部位とが生じ、その電流の弱い部位に海生生物が付着・繁殖するおそれがある。
本発明の海水利用構造物の防汚装置及び海水ポンプの防汚装置は何れも、海に近い立地で海水を利用する海水利用構造物、例えば火力発電所、原子力発電所、コンバインドサイクル発電プラント等に適用可能なものであり、例えば図1に示すように適用することができる。図1の海水利用構造物10において、防汚装置20は、本発明の海水利用構造物の防汚装置の一実施形態であり、また海水ポンプ30には、本発明の海水ポンプの防汚装置の一実施形態が適用されている。
防汚装置20は、図2に示すように、異物除去体21,24と、金属物22,25と、直流電源23,26とを具備する。異物除去体21,24は、図1に示すように、海水利用設備10Bよりも海水の取水方向Xの上流側に配され、金属物22,25は、図2に示すように、対応する異物除去体21,24の周辺の海水と接触するように配されている。これらに直流電源23,26を含めた、防汚装置20の要部全体が図1に示すように、建屋16の外部即ち屋外の海水取水路10Aに配されている。
防汚装置20は、異物除去体21、金属物22及び直流電源23を含む防汚ユニット20Aと、異物除去体24、金属物25及び直流電源26を含む防汚ユニット20Bとを含んで構成されており、取水方向Xにおいて防汚ユニット20Aが上流側、防汚ユニット20Bが下流側に配されている。防汚装置20が具備する複数の防汚ユニット20A,20Bは、それぞれ独立に海水の電気分解を行って所定の防汚機能を発揮し得るようになされている。本発明の防汚装置は、斯かる構成の防汚ユニットを少なくとも1つ具備していれば良く、本実施形態のように複数の防汚ユニットを具備することは必須ではないが、図2に示す如く、複数の防汚ユニット20A,20Bを取水方向Xに列状に配置することで、これらよりも取水方向Xの下流側に位置する海水流路の広範囲にわたって海生生物の付着・繁殖をより一層効果的に抑制し得る。
防汚ユニット20Aにおいては、直流電源23の正極と、電気分解の陽極としての異物除去体21とが、導線41を介して電気的に接続されていると共に、直流電源23の負極と、電気分解の陰極としての金属物22とが、導線42を介して電気的に接続されており、直流電源23から流れる直流電流により、陽極即ち異物除去体21の周辺の海水を電気分解して塩素を発生させるようになされている。
防汚ユニット20Bにおいては、直流電源26の正極と、電気分解の陽極としての異物除去体24とが、導線43を介して電気的に接続されていると共に、直流電源26の負極と、電気分解の陰極としての金属物25とが、導線44を介して電気的に接続されており、直流電源26から流れる直流電流により、陽極即ち異物除去体24の周辺の海水を電気分解して塩素を発生させるようになされている。
図2に示すように、異物除去体21,24は、使用時に海水中に浸漬され海水中の夾雑物(ゴミ、海生生物その他の異物)を物理的に除去し得るスクリーン構造体210,240を有している。取水方向Xにおいて相対的に上流側に位置する異物除去体21のスクリーン構造体210は、比較的大きな夾雑物を物理的に除去し、相対的に下流側に位置する異物除去体24のスクリーン構造体240は、スクリーン構造体210を通過した比較的小さな夾雑物を物理的に除去する。こうした機能の違いから、スクリーン構造体210,240は互いに構成が異なる。
防汚ユニット20Aにおける異物除去体21のスクリーン構造体210は、いわゆるバースクリーンなどとも呼ばれるもので、図3に示すように、複数の金属等からなるバー211が取水方向Xと交差する方向、より具体的には取水方向Xと直交する幅方向Yに間欠配置された柵状構造を有している。海水はバー211,211の隙間212を通過し、隙間212を通らない海水中の夾雑物がスクリーン構造体210によって除去される。隙間212の大きさは特に制限されないが、通常好ましくは20〜150mmである。また、スクリーン構造体210(バースクリーン)は、図2に示すように、その正面(流れてくる海水と最初に接触する面、スクリーン面)が傾斜しているところ、その傾斜角度は特に制限されないが、垂直方向に対して、通常好ましくは5〜30度である。スクリーン構造体210においては、そのスクリーン面に溜まった夾雑物は定期的に手動又は自動で除去される。
防汚ユニット20Bにおける異物除去体24のスクリーン構造体240は、ロータリースクリーンなどとも呼ばれるもので固液分離機構を備えており、該機構によってスクリーン面を回転させ、海水を一部含みながら夾雑物を汲み上げて排出するようになされている。固液分離機構を備えたスクリーン構造体としては、ロータリースクリーンの他に、ドラムスクリーン、トラベリングスクリーン、ワイヤスクリーン等が知られており、何れも本発明で使用することができる。
スクリーン構造体210,240の表面(スクリーン面)は、電気化学的に活性で安定な電気的触媒で被覆されている。スクリーン構造体210においては、スクリーン面を構成する各バー211の表面が電気的触媒で被覆されており、スクリーン構造体240においても、スクリーン構造体210と実質的に同様に、スクリーン面が電気的触媒で被覆されている。スクリーン構造体210,240共に、電気的触媒で被覆されるスクリーン面は金属製であり、具体的にはチタン板又はチタンクラッド鋼板によって構成されている。電気的触媒は、海水の電気分解反応を促進して塩素及び酸素の生成を促進する触媒であり、例えば、イリジウム、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、鉄、コバルト、ニッケル等の元素を含む、金属又は酸化物等の化合物が挙げられる。電気的触媒は、少なくともスクリーン面における使用時に海水中に浸漬される部分の全域を被覆することが好ましい。電気的触媒の被覆量(単位面積当たりの質量)は、スクリーン構造体210,240(陽極)の耐久性とコストの低減の観点から、好ましくは金属として0.1〜30g/m2である。
図2に示すように、異物除去体21(スクリーン構造体210)の周辺には、棒状の金属物22が一対配され、また、異物除去体24(スクリーン構造体240)の周辺には、異物除去体24と棒状の金属物25が一対配されている。金属物22,25は何れも、上端部が海水の水面から突出するように海水取水路10Aに配されている。金属物22,25の配置位置は、防汚ユニット20A,20Bによる防汚機能発現時の電流密度、即ち、対応する異物除去体21,24から海水を介して金属物22,25へ流れる電流の電流密度が、異物除去体21,24の表面(スクリーン面)の各箇所でほぼ一定となるように設定される。具体的には金属物22,25は通常、異物除去体21,24から取水方向Xの上流側又は下流側に所定距離、例えば数m〜数十m離間した領域に配される。本実施形態においては図2に示すように、金属物22,25は、それぞれ、対応する異物除去体21,24の下流側に配されている。金属物22,25の材料としては、例えばステンレス鋼、炭素鋼、合金鋼等が挙げられ、また、金属物22,25の形態としては、例えば、鋼管、棒綱、形綱、綱帯、線材、鋼板等が挙げられる。
本実施形態においては、図2に示すように、海水取水路10Aは、取水方向Xに沿って延びる一対の相対向する側壁100,100間に画成されているところ、一対の金属物22,22は、対応する異物除去体21に対して取水方向Xの下流位置において、一対の側壁100,100に対応して、取水方向Xと直交する幅方向Yに対向配置されている。一対の金属物25,25の配置も同様であり、対応する異物除去体24に対して取水方向Xの下流位置において、一対の側壁100,100に対応して、幅方向Yに対向配置されている。このように、陰極となる一対の金属物22,22(25,25)を、対応する異物除去体21(24)から取水方向Xに所定距離離間した位置にて、取水方向Xに延びる一対の側壁100,100に対応して幅方向Yに対向配置することにより、異物除去体21(スクリーン構造体210)のスクリーン面の全面からほぼ均一な電流がより安定的に流れるようになるため、海水の電気分解によって発生する塩素の濃度にムラを生じさせることなく、より広範囲に渡って防汚できるようになり、また、金属物22,25が海水取水路10Aを画成する側壁100に沿って配置されることで、金属物22,25による海水の流れの阻害を抑えつつ、金属物22,25が安定的に固定されるようになり、さらにはそれらの設置自体が容易となる。
以上の構成を有する防汚装置20においては、直流電源23,26それぞれの正極と負極との間に電圧をかけることで、異物除去体21,24をそれぞれ陽極として海水電解により塩素、次亜塩素酸又は次亜塩素酸塩が発生する。こうして発生した塩素等は、酸素による場合よりもはるかに優れた海生生物の付着・繁殖防止効果を有しており、異物除去体21,24から取水方向Xの下流側に流れて海水利用設備10Bに流れ込むことによって、海水利用構造物10における取水系統の海水流路全体が、有効且つ経済的に海生生物から防汚される。また、異物除去体21,24(防汚装置20)は屋外に配されているため、このような塩素発生装置が屋内に配されている場合に比して、塩素を排気する設備が不要となり、排気設備コストを削減できる。
また、スクリーン構造体210,240の表面(スクリーン面)を被覆する電気的触媒は、例えば特許文献2記載技術で採用されている導電性ゴムに比べて、製造が容易であり、しかも軽量で形態の自由度が高いことに起因してスクリーン面への装着作業が容易であるため、海水利用構造物の防汚作業を比較的簡便且つ安価に実施することができる。また、この電気的触媒は、機械的強度にも優れているため薄い被覆とすることができ、スクリーン構造体210,240の通水性の低下を実質的に妨げるおそれが少ない。
また、防汚装置20は、直流電源23,26から陽極としての異物除去体21,24に流れる電流を制御する電流制御手段(図示せず)を備えており、海水利用構造物10が海水の取水を停止している時には、異物除去体21,24(陽極)に酸素が発生するように、該電流制御手段によって異物除去体21,24に流れる電流が制御される。即ち、防汚ユニット20Aにおける直流電源23の電流制御手段では、先ず、水位計(図示せず)で測定された海水の水深に基づき、海水中に浸漬された異物除去体21の面積を求め、さらに、その面積に対し後述する塩素又は酸素を発生させるための陽極の電流密度をかけて電流値を算出し、その算出された電流値の電流が陽極に流れるように、電流制御が行われる。また、防汚ユニット20Bの直流電源26でも、直流電源23と同様の電流制御が行われ、具体的には、海水の水深に基づき、海水中に浸漬された異物除去体24の面積を求め、その面積に対し後述する塩素又は酸素を発生させるための陽極の電流密度をかけて算出した電流値の電流が陽極に流れるように、電流制御が行われる。つまり防汚装置20は、斯かる電流制御により、塩素又は酸素を一定量以上発生することができ、これによって海水取水路10A及び海水利用設備10Bの双方を海生生物から効果的に防汚することができる。
防汚装置20は、例えば、海水の取水時には、異物除去体21,24(陽極)の電流密度が2〜1000A/m2となるように、また、海水の取水停止時には、異物除去体21,24(陽極)の電流密度が0.3〜1.95A/m2となるように、前記電流制御手段によって電流を制御する。
海水利用構造物10による海水の取水時において、前記の通り、陽極の電流密度2〜1000A/m2、好ましくは100〜1000A/m2の範囲で通電を行うと、陽極電位が塩素発生電位(飽和カロメル電極を基準に測定した電位が1.2〜4.0V)となるから、該陽極即ち異物除去体21,24の表面(スクリーン面)では、海水が電気分解され多量の塩素が長期間にわたって発生する。そしてこの塩素を含んだ海水が異物除去体21,24から、取水方向Xの下流側へ流れることによって、海水取水路10A及び海水利用設備10Bの双方を海生生物から効果的に防汚することができる。また、陽極の電流密度を2〜1000A/m2とすることで、チタン材等からなる陽極の破壊が生じ難く、長期間にわたって安定的に防汚状態を持続することができる。
一方、海水利用構造物10による海水の取水が停止している時において、前記の通り、陽極の電流密度0.3〜1.95A/m2、好ましくは0.3〜1.5A/m2の範囲で通電を行うと、陽極電位が酸素発生電位(飽和カロメル電極を基準に測定した電位が0.52〜1.13V)となるから、該陽極即ち異物除去体21,24の表面(スクリーン面)では、海水が電気分解され酸素が発生し、該酸素によってその発生源となった異物除去体21,24のみが実質的に海生生物から防汚される。このように、塩素ではなく酸素を発生させる理由は、海水の取水停止時に塩素を発生させると、この塩素を含んだ海水が異物除去体周囲に滞留して電気的触媒の劣化を引き起こすためである。つまりこのような、異物除去体21,24(陽極)における電流密度の制御による塩素と酸素との使い分けにより、防汚装置20の劣化を抑制しつつ、海水取水系統における海水流路の広範囲を海生生物の付着・繁殖から効果的に抑制することが可能となる。また、陽極の電流密度を0.5〜2A/m2とすることで、異物除去体21,24の表面に被覆された電気的触媒の溶出量を最小に抑えることができるため、長期間にわたって安定的に防汚状態を持続することができる。
こうして防汚装置20を通過した海水は、海水取水路10Aを通って取水方向Xの下流側に位置する海水ポンプ30に到達する。図4には海水ポンプ30の概略構成が示されている。海水ポンプ30はいわゆる立軸ポンプであり、その下端に取水口(ベルマウス)32を有し、その取水口32から海水取水路10A(取水槽、ポンプ室)に存する海水を取り込んで海水利用設備10Bに送り込む。海水ポンプ30は、モータやエンジン等のポンプ駆動源(図示せず)によって駆動される。
海水ポンプ30は、ポンプ本体31を具備し、該ポンプ本体31の下端に取水口32が設けられている。ポンプ本体31は、海水ポンプ30の主体をなすもので、その外表面を形成するポンプケーシング33と、該ポンプケーシング33の内部に配置された各種の構成部材とを含んで構成されている。ポンプケーシング33の内部には、回転軸34が取水方向Xに延びており、回転軸34の下端部(取水口32側の端部)には、羽根車35が回転可能に取り付けられている。ポンプ本体31(ポンプケーシング33)の側部には、海水の吐出口36が設けられている。吐出口36は図示しない配管を介して海水利用設備10Bに接続されている。
海水ポンプ30には、これを海生生物から防汚するために、本発明の海水ポンプの防汚装置の一実施形態が取り付けられている。本実施形態の海水ポンプ用防汚装置は、ポンプ本体31の取水口32に、絶縁体としてのフランジ50bを介して配される異物除去体としてのスクリーン構造体50aと、スクリーン構造体50aの周辺の海水と接触するように配された棒状の金属物51と、直流電源52とを含んで構成されている。本実施形態においては、スクリーン構造体50aとフランジ50bとが一体となってストレーナー50を構成している。
スクリーン構造体50a(異物除去体)は、使用時に海水中に浸漬され海水中の夾雑物を物理的に除去するもので、通水性を有する円筒状の多孔性部材からなる。この多孔性部材としては、例えば、線材、棒材又は管材を格子状に組んだ格子部材、パンチングプレートからなる多孔板等を用いることができる。フランジ50b(絶縁体)は、円筒状のスクリーン構造体50aの軸方向一端側の周縁から水平方向外方に突出形成されており、フランジ50bの主体をなす部材(フランジ本体)自体は、スクリーン構造体50aと同一材料からなり導体である。ストレーナー50(スクリーン構造体50a及びフランジ50b)は金属製であり、例えばチタン又はチタンクラッド鋼で構成される。
スクリーン構造体50a(異物除去体)の表面は、電気化学的に活性で安定な電気的触媒で被覆されている。この電気的触媒については、前述した防汚装置20におけるスクリーン構造体210,240で使用したものと同様のものを用いることができる。
一方、フランジ50b(絶縁体)は、導体である前記フランジ本体の表面を非導電性材料で被覆してなる。フランジ50bを介してポンプ本体31(ポンプケーシング33)に接続されたスクリーン構造体50aは、該ポンプ本体31に対して完全に電気的に絶縁される。フランジ50bの表面を形成する前記非導電性材料としては、例えば、プラスチック、繊維強化プラスチックを用いることができる。
本実施形態の海水ポンプ用防汚装置を構成するストレーナー50は、スクリーン構造体50a(異物除去体)でポンプ本体31の下端の取水口32の全体を覆うように、フランジ50b(絶縁体)を介してポンプ本体31に、より具体的にはポンプ本体31の外面を形成するポンプケーシング33に接続される。ストレーナー50が接続された海水ポンプ30において、図示しないポンプ駆動源により回転軸34及び羽根車35を回転させて海水ポンプ30を運転すると、海水取水路10Aに存する海水は、ストレーナー50からポンプ本体31の下端の取水口32を経て羽根車35内に吸い込まれ、ポンプケーシング33の内部を上昇して吐出口36に到達し、図示しない配管を通って海水利用設備10Bに送られる。
また、本実施形態の海水ポンプ用防汚装置を構成する金属物51(補助陰極)としては、前述した防汚装置20における金属物22,25と同様のものを用いることができる。金属物51は、海水ポンプ30の周辺において、その設置が容易で且つ海水ポンプ30による取水の妨げにならない位置に配される。
海水ポンプ30のポンプケーシング33内面又は外面若しくは両面の一部には、該ポンプ30に流入する電流を監視するモニター用電極として、プローブ54が絶縁体を挟んで取り付けられている。プローブ54は、ストレーナー50のフランジ50b(絶縁体)よりも取水方向Xの下流側に位置し、ポンプ本体31(ポンプケーシング33)と同一材質からなる。
本実施形態の海水ポンプ用防汚装置においては、図4に示すように、直流電源52の正極と、電気分解の陽極としてのスクリーン構造体50a(異物除去体)とが、電気的に接続されていると共に、直流電源52の負極と、電気分解の陰極としてのポンプ本体31及び補助陰極としての金属物51とが、それぞれ電気的に接続されている。即ち、直流電源52の正極は、海面WSより上方に位置する海上部分においては導線45、海面WSより下方に位置する海中部分においてはプラスチック又は繊維強化プラスチックで被覆したチタン棒又はチタン板47を介して、ストレーナー50におけるスクリーン構造体50a(陽極)と接続される。尚、チタン棒又はチタン板47とスクリーン構造体50aとの接続は、チタン棒又はチタン板47を、フランジ50bにおける前記フランジ本体(非導電性材料で被覆されている導体)に接続することでなされる。また、直流電源52の負極は、導線46を介して、ポンプ本体31を構成するポンプケーシング33(陰極)及び導電ブラシ37(陰極)並びに金属物51(補助陰極)とそれぞれ接続される。尚、導電ブラシ37は、回転軸34及び羽根車35と短絡するために設けられており、導電ブラシ37により両者を同時に防汚することができる。
本実施形態の海水ポンプ用防汚装置においては、直流電源52から流れる直流電流により、陽極即ちスクリーン構造体50aの周辺の海水を電気分解して塩素を発生させるようになされていると共に、直流電源52から直流電流の一部を陰極即ちポンプ本体31に流入させ且つ該直流の残りを補助陰極即ち金属物51に流入させて、ポンプ本体31に対して電気防食を行うようになされている。
即ち、直流電源52の正極と負極との間に電圧をかけることで、スクリーン構造体50a(異物除去体)を陽極として海水電解により塩素、次亜塩素酸又は次亜塩素酸塩が発生する。こうして発生した塩素等は、海水ポンプ30の駆動によりポンプケーシング33内を上昇し吐出口36を経て海水利用設備10Bに送られる。これによって、ストレーナー50及び海水ポンプ30を含む、海水利用構造物10における取水系統の海水流路全体が、有効且つ経済的に海生生物から防汚される。
また、海水ポンプ30の近傍に補助陰極として配された金属物51の存在により、直流電源52から、海水ポンプ30(ポンプ本体31)に対しては電気防食を行うのに必要十分な電流を、補助陰極に対しては過剰分の電流をそれぞれ流れ込ませることが可能となるため、海水ポンプ30のスケール付着や過防食が生じ難く、海生生物からの防汚と電気防食との両方を行うことができる。
また、本実施形態の海水ポンプ用防汚装置においては、直流電源52から陽極としてのスクリーン構造体50aに流れる電流を制御する電流制御手段(図示せず)を備え、海水の取水停止時にスクリーン構造体50a(異物除去体、陽極)に酸素が発生するように、該電流制御手段によってスクリーン構造体50aに流れる電流が制御される。即ち、本実施形態の海水ポンプ用防汚装置の電流制御手段では、スクリーン構造体50a(異物除去体)の面積と後述する塩素又は酸素を発生させるための陽極の電流密度とをかけて電流値を算出し、その算出された電流値の電流が陽極に流れるように、電流制御が行われる。斯かる電流制御により、塩素又は酸素を一定量以上発生することができ、これによって海水ポンプ30及び海水利用設備10Bの双方を海生生物から効果的に防汚することができる。
本実施形態の海水ポンプ用防汚装置は、例えば、海水の取水時には、スクリーン構造体50a(陽極)の電流密度が2〜1000A/m2となるように、また、海水の取水停止時には、スクリーン構造体50a(陽極)の電流密度が0.3〜1.95A/m2となるように、前記電流制御手段によって電流を制御する。
海水ポンプ30による海水の取水時において、前記の通り、陽極の電流密度2〜1000A/m2、好ましくは100〜1000A/m2の範囲で通電を行うと、陽極電位が塩素発生電位(飽和カロメル電極を基準に測定した電位が1.2〜4.0V)となるから、該陽極即ちスクリーン構造体50aの表面では、海水が電気分解され多量の塩素が発生する。そしてこの塩素を含んだ海水をストレーナー50から海水ポンプ30内に取り込むことによって、ストレーナー50及び海水ポンプ30の双方、延いてはさらに下流側に位置する海水利用設備10Bを海生生物から効果的に防汚することができる。また、陽極の電流密度を2〜1000A/m2とすることで、チタン材等からなる陽極の破壊が生じ難く、長期間にわたって安定的に防汚状態を持続することができる。
一方、海水ポンプ30による海水の取水が停止している時において、前記の通り、陽極の電流密度0.3〜1.95A/m2、好ましくは0.3〜1.5A/m2の範囲で通電を行うと、陽極電位が酸素発生電位(飽和カロメル電極を基準に測定した電位が0.52〜1.13V)となるから、該陽極即ちスクリーン構造体50aの表面では、海水が電気分解され酸素が発生し、該酸素によってその発生源となったストレーナー50のみが実質的に海生生物から防汚される。海水の取水を停止しているときに、異物除去体であるスクリーン構造体50aによって塩素ではなく酸素を発生させることで、特にストレーナー50における海生生物の付着・繁殖が効果的に防汚されると共に、塩素等を発生させた場合に懸念される、塩素等の滞留によって生じる電気的触媒の劣化が効果的に防止される。斯かる酸素発生による作用効果は、前述した防汚装置20における異物除去体21,24と同じである。また、陽極の電流密度を0.3〜1.95A/m2とすることで、スクリーン構造体50a(異物除去体)の表面に被覆された電気的触媒の溶出量を最小に抑えることができるため、長期間にわたって安定的に防汚状態を持続することができる。
また、海水ポンプ用防汚装置は、陰極としてのポンプケーシング33及び導電ブラシ37並びに金属物51等、各部への流入電流を調整する流入電流調整手段53を備えている。流入電流調整手段53は、プローブ54の流入電流に基づいて、海水ポンプ30にスケールの付着や過防食が生じないよう、各部への流入電流を制御し、海水ポンプ30において防汚と防食との両方を満たす状態にさせ得る。流入電流調整手段53は、例えば、プローブ54の流入電流を検知(又は計測、モニタリング)する検知器と、可変抵抗器と、可変抵抗器の抵抗値を制御する制御部とにより構成され、該制御部は、該検知器により検知(検出、モニタリング)されたプローブ54の流入電流に基づいて該可変抵抗器の抵抗値を変化させ、電流量を調整することにより、ストレーナー50及びポンプ本体(ポンプケーシング33、回転軸34、羽根車35)に対して、防汚と電気防食との両方を行うのに必要十分な電流に調整する。流入電流調整手段53は、図4に示す如く直流電源52と一体でも良く、あるいは直流電源52とは別体でも良い。このように、海水ポンプ用防汚装置においては、前記電流制御手段によって陽極から流れる電流を制御すると共に、流入電流調整手段53によって陰極へ流れる電流を制御する。
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、斯かる実施例に制限されない。
〔実施例1〕
図2及び図3に示す防汚装置20と同様の構成を有する海水利用構造物の防汚装置を実施例1とし、その実施例1の防汚装置を、図1に示す如き海水利用構造物において、図1に示すように屋外の海水取水路に設置した。海水取水路は、深さ(海水取水路を画成する側壁の高さ)3m、幅(取水方向と直交する方向の長さ)3mであり、また、該海水取水路を流れる海水は、水深2m、流速0.2m/sであった。
実施例1の防汚装置においては、図2を参照して、取水方向Xに列状に設置された2基の防汚ユニット20A,20Bのうち、取水方向Xの上流側に位置する防汚ユニット20Aを構成する異物除去体21、即ちバースクリーンからなるスクリーン構造体210のみを陽極として用いた。実施例1においては、防汚ユニット20B自体は設置したものの、それを構成するロータリースクリーンからなるスクリーン構造体240は陽極として用いなかった。また、実施例1の防汚装置においては、スクリーン構造体としてのバースクリーン(陽極)と直流電源とを結ぶ導線の途中に無抵抗電流計を配し、該バースクリーンに流れる総電流を測定した。バースクリーンはチタンクラッド鋼板により構成し、その表面には電気的触媒として白金族触媒を被覆し、その表面積は6.2m2であった。金属物に
はステンレス鋼鋼管50A、長さ3mを用いた。金属物は、図2に示す金属物22と同様に、対応するバースクリーンから取水方向の下流側に20m離れた位置に固設し、且つその位置において、海水取水路を画成する一対の側壁に対応して、取水方向と直交する幅方向に対向配置した。
〔実施例1の性能評価〕
実施例1の防汚装置の設置直後に、塩素を0.5ppm発生させるために、バースクリーン(陽極)に電流密度500A/m2、電流量3100Aを通電した。残留塩素計を用
いて金属物近傍の海水の残留塩素を測定すると0.5〜0.55ppmであり、ほぼ計算通りの結果であった。また、実施例1の防汚装置の設置から約1年経過後に、該防汚装置及びその周辺を観察したところ、該防汚装置自体(バースクリーン、ロータリースクリーン)及び該防汚装置より取水方向下流側の海水取水路を画成する側壁には、海生生物の付着は認められなかった。以上の結果より、実施例1の防汚装置によれば、海水利用構造物の海水取水系統における広範囲にわたる海水流路に海生生物が付着・繁殖することが長期間にわたって防止されることが明らかである。
〔実施例2〕
図4に示す防汚装置と同様の構成を有する海水ポンプの防汚装置を実施例2とし、その実施例2の防汚装置を、図4に示すように海水ポンプに取り付けた。 海水ポンプの取水
量は600m3/h、取水口(ベルマウス)の口径は500mm、材質はSUS316L
であった。
実施例2の防汚装置においては、図4を参照して、ストレーナー50を構成するスクリーン構造体52a(異物除去体)は、チタン管φ17.3mm、長さ500mm、20本を格子状に組んだ格子部材により構成し、その表面には電気的触媒としてイリジウムを被覆し、その表面積は0.543m2であった。また、ストレーナー50を構成するフランジ50b(絶縁体)は、チタン鋼板から製作したフランジ本体の表面に、非導電性材料として繊維強化プラスチックを被覆したものを用いた。フランジ50bをスクリーン構造体50aの上端に取り付けてストレーナー50とし、このストレーナー50を、ポンプ本体31の取水口32とフランジ接続した。プローブ54には海水ポンプと同じSUS316Lを用い、ポンプケーシング33の外面に絶縁体を挟んで取り付けた。金属物51には長さ4mのステンレス鋼鋼管50Aを用い、また、直流電源装置には定格45V−500Aを用いた。
〔実施例2の性能評価〕
実施例2の防汚装置の設置直後に、塩素を0.5ppm発生させるために、ストレーナーのスクリーン構造体(陽極)に電流密度795A/m2、電流量432Aを通電した。
このとき、海水ポンプに流入する電流量は、プローブで測定した流入電流から求められ、32Aであった。また残留塩素計を用いてポンプケーシング外面近傍において海水の残留塩素を測定すると0.25〜0.30ppmであり、この測定値と計算値との間で差は認められるものの、防汚効果を持つ残留塩素の発生を確認した。また、実施例2の防汚装置の設置から約4ヵ月後に、該防汚装置及びその周辺を観察したところ、海水ポンプ及びストレーナーには、海生生物の付着、スケールの付着及び過防食による塗膜ふくれは認められなかった。以上の結果より、実施例2の防汚装置によれば、海水ポンプの海水取水系統における海水流路に海生生物が付着・繁殖することが長期間にわたって防止されることが明らかである。