(1)エンジンの全体構造
以下、図面に基づいて本発明の実施形態に係る往復動ピストンエンジンについて説明する。往復動ピストンエンジン100は、気筒2内を往復動するピストン5及びクランク機構を備えたエンジンであり、気筒2が形成されたエンジン本体1を備える。この往復動ピストンエンジン100は、例えば、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として、また、車両の駆動源として利用されるモータ等をアシストする装置として車両に搭載される。
図1は、往復動ピストンエンジン100の概略断面図である。図2は、図1のII−II線に沿う断面の概略図である。エンジン本体1は、気筒2が形成されたシリンダブロック3およびシリンダブロック3に取付けられるシリンダヘッド4を備える。以下では、図1の上下方向であって気筒2の中心軸方向を上下方向といい、シリンダヘッド4側を上、シリンダブロック3側を下として説明する。
図2に示すように、本実施形態では、エンジン本体1は直列4気筒エンジンであって、シリンダブロック3には、4つの気筒2が一列に並んだ状態で形成されている。気筒2内には、例えば、ガソリンを主成分とする燃料が供給され、この燃料と空気との混合気が気筒2内で燃焼する。
各気筒2内には、それぞれ、ピストン5が上下方向に往復動可能に収納されている。気筒2内には、ピストン5の冠面5Aと気筒2の内周壁2Aと、シリンダヘッド4の下面とによって、前記混合気が内側で燃焼する燃焼室6が区画されている。
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の底面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口部4Aと、排気ポート10の上流端である排気側開口部4Bとが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口部4Aを開閉する吸気バルブ11と、排気側開口部4Bを開閉する排気バルブ12とが組み付けられている。本実施形態のエンジンは、ダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンである。吸気側開口部4Aと排気側開口部4Bとは、各気筒2につき2つずつ設けられるとともに、吸気バルブ11および排気バルブ12も2つずつ設けられている。
シリンダヘッド4には、燃焼室6内の混合気に点火エネルギーを供給する点火プラグ18が各気筒2につき1つずつ取り付けられている。また、シリンダヘッド4には、燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ17が、各気筒2につき1つずつ取り付けられている。
各ピストン5には、コンロッド8の上端部82がそれぞれ連結されている。各コンロッド8の下端部81には、気筒2の配列方向に延びるクランクシャフト7が連結されている。燃焼室6内で混合気が燃焼すると、ピストン5とコンロッド8とが上下方向に往復動し、これに伴ってクランクシャフト7がその中心軸回りに回転する。クランクシャフト7とコンロッド8とは、それぞれ、エンジンのクランク機構を構成する部材である。
(2)クランク機構の構造
図3は、図2のIII−III線に沿う断面の概略図である。図4および図5は、コンロッド8とクランクシャフト7との関係を示す図である。
クランクシャフト7は、その回転軸を中心とする略円柱状の複数のクランクジャーナル部71と、これらクランクジャーナル部71間に設けられて、コンロッド8の下端部81に挿通されるクランクピン72とを有している。以下では、適宜、コンロッド8の下端部81をコンロッド大端部81という。
シリンダブロック3には、ピストン5の下方となる位置に、気筒2の配列方向に並ぶ複数の貫通孔3a(図例では、5つの貫通孔3a)が形成されている。これらの貫通孔3aには、略円環状のクランク軸受(第2部材)40が嵌装されている。クランクジャーナル部(第1部材)71は、クランク軸受40内に挿通されてこれに回転可能に支持されており、クランクジャーナル部71の外周壁(第1摺動面)71Aは、クランク軸受40の内周壁(第2摺動面)40Aに沿って摺動する。図4の例では、クランクジャーナル部71は矢印Y31の方向に回転する。
コンロッド大端部81には、略円形の貫通孔81aが形成されている。この貫通孔81aには、コンロッド大端部81と一体に回転する略円環状のクランクピン軸受83が嵌装されている。クランクシャフト7のクランクピン72は、クランクピン軸受83内に挿通されて、クランクピン軸受83によりこれと相対回転可能に支持されている。
クランクピン軸受83を含むコンロッド8とクランクピン72を含むクランクシャフト7とは、図4および図5に示すように、相対的に回転する。具体的には、図4に示す状態からピストン5が下降すると、図5に示すように、クランクピン軸受83を含むコンロッド8は矢印Y21の方向(図5では反時計回り)に回転しつつ下降し、クランクピン72はクランクジャーナル部71の中心軸に対して矢印Y22の方向(図5では時計回り)に公転し、クランクピン軸受83はクランクピン72に対して矢印Y21に示す方向(図5では反時計回り)に相対的に回転する。そして、ピストン5の往復動に伴って、クランクピン72(第1部材)の外周壁72A(第1摺動面)が、クランクピン軸受(第2部材)83の内周壁83A(第2摺動面)に対して、矢印Y21に示す方向に相対的に摺動する。
(3)オイル供給システム
図2に示すように、往復動ピストンエンジン100には、エンジン本体1の摺動部分に潤滑用のオイル(以下、適宜、潤滑用オイルという)を供給するためのオイル供給システム200が設けられている。具体的には、気筒2の内周壁2Aとピストン5の外周壁との間に、クランクシャフト7のクランクジャーナル部71とクランク軸受40との間、および、コンロッド8のクランクピン軸受83とクランクピン72との間に、それぞれ潤滑用オイルが供給される。
オイル供給システム200は、オイルポンプ202と、圧力調整部203と、フィルター204と、オイル経路210と、複数のオイル噴射装置210とを有する。オイル噴射装置210は、潤滑用オイルをピストン5の下面に向かって噴射する装置であり、各ピストン5の下方にそれぞれ1つずつピストン5を向く姿勢で配置されている。オイルポンプ202は、オイルストレーナ201を介してエンジン本体1の下方に設けられたオイルパン209からオイルをくみ上げる。くみ上げられた潤滑用オイルは圧力調整部203で適切な圧力に調整され、かつ、フィルター204で濾過された後、オイル経路210を通って各部に供給される。
図2に示すように、オイル経路210は、フィルター204に接続されるメインオイル通路211と、メインオイル通路211からそれぞれ分岐して各オイル噴射装置210に接続される複数のピストン側オイル通路212とを含む。オイル噴射装置210には、これらメインオイル通路211とピストン側オイル通路212を介して潤滑用オイルが供給される。オイル噴射装置210は、供給された潤滑用オイルをピストン5の下面に向かって噴射し、これにより、ピストン5の外周壁と気筒2の内周壁2Aとの間に潤滑用オイルが供給される。
また、オイル経路210は、メインオイル通路211からそれぞれ分岐して各クランクジャーナル部71に向かう複数のクランク側オイル通路213を含む。図例では、5つのクランクジャーナル部71に対応して5つのクランク側オイル通路213が形成されている。これらクランク側オイル通路213は、シリンダヘッド3に形成されており、各クランクジャーナル部71がそれぞれ挿通される前記貫通孔3aの内周壁にそれぞれ開口している。クランク側オイル通路213内の潤滑用オイルは、これらの開口部分から貫通孔3a内に供給される。貫通孔3a内に供給された潤滑用オイルは、クランクジャーナル部71とクランク軸受40との間に広がり、これにより、これらの間に潤滑用オイルが充填される。
さらに、オイル経路210は、クランクシャフト7に形成されたシャフト内オイル通路214を含む。具体的には、クランクシャフト7には、各クランクジャーナル部71内にそれぞれ形成されてその外周壁71Aに開口する複数のクランクジャーナル内オイル通路214aと、各クランクピン72内にそれぞれ形成されてその外周壁に開口する複数のクランクピン内オイル通路214cと、これらを連通する連通通路214bとが形成されている。
なお、クランクジャーナル部71の数はクランクピン72の数よりも多く、一部のクランクジャーナル内オイル通路214aはクランクピン内オイル通路214cと連通せずに独立している。図2の例では、右側の2つのピストン5に対応する2つのクランクピン内オイル通路214cはそれぞれ右側に隣接するクランクジャーナル内オイル通路214aと連通し、左側の2つのピストン5に対応する2つのクランクピン内オイル通路214cはそれぞれ左側に隣接するクランクジャーナル内オイル通路214aと連通しており、左右中央のクランクジャーナル内オイル通路214aはクランクピン内オイル通路214cと連通していない。
前記のようにして貫通孔3a内およびクランクジャーナル部71とクランク軸受40との間に供給された潤滑用オイルは、クランクジャーナル内オイル通路214aに流入し、連通通路214bおよびクランクピン内オイル通路214cを介して、クランクピン72の外周壁の外側に導出される。そして、この導出された潤滑用オイルは、クランクピン72の外周壁とクランクピン軸受40との間に広がり、これらの間に潤滑用オイルが充填される。
本実施形態では、エンジンの稼働中、潤滑用オイルはほぼ常時前記各部に供給される。
(4)ピストンの構造
図6は、図3の一部を拡大した図であって、ピストン5周辺を示した図である。図7は、図6のVII−VII線に沿う断面の概略図である。ピストン5は、その上部を構成して冠面5Aを有するピストンヘッド部20と、ピストンヘッド部20の下方に配置されるスカート部30とを含む。本実施形態では、ピストンヘッド部20とスカート部30とは一体物として成形されている。
図7に示すように、スカート部30は、上下方向と直交する断面において、気筒2の内周壁2Aに沿うように円弧上に延びる一対のスカート本体部31と、これらスカート本体部31間に位置して略平板状の外周面を有する一対の平板部32とを含む。スカート本体部31は、ピストン5の中心軸X1に沿う面について互いに対称な形状を有しており、以下では、一方のスカート本体部31について説明する。
スカート本体部(第2部材)31は、気筒2(第1部材)の内周壁(第1摺動面)2Aと対峙する面に、ピストン5の往復動に伴って、この内周壁2Aに沿って上方および下方に摺動する外周壁31S(第2摺動面)を有している。以下では、このスカート本体部31の外周壁31Sをスカート摺動面31Sという。本実施形態では、前記のように、ピストン5の外周壁と気筒2の内周壁2Aとの間に潤滑用オイルが供給されるようになっており、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間には潤滑用オイルが介在する。
<スカート摺動面>
続いて、スカート摺動面31Sの詳細について説明する。図8は、図6の一部を拡大した図に対応する図であってスカート摺動面31Sを模式的に示した図である。
スカート本体部31は、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間に隙間Gが形成されるように構成されている。
スカート摺動面31Sは、気筒2の中心軸X1に沿う断面、つまり、スカート摺動面31Sの摺動方向に沿う断面、において、気筒2の内周壁2Aに向けて張り出す弓形形状を有している。本実施形態では、スカート摺動面31S全体が、その摺動方向に沿った断面において、気筒2の内周壁2A側に張り出す張出形状部を構成している。本実施形態では、スカート摺動面31Sは、その上下中央部分を基準に、上下方向にほぼ対称な形状を有している。
スカート摺動面31Sは、上下方向の中央部に位置して気筒2の内周壁2A側に最も張り出した頂部Psと、上下方向の両端部に位置して気筒2の内周壁2A側への張り出し量が最も小さい、つまり、気筒2の内周壁2Aに対して最も離間した位置となる裾部Qs(Qs1、Qs2)とを有する。
上側の裾部Qs1は、ピストン5が上方に移動してスカート摺動面31Sが上方に摺動する際にこの摺動方向の下流端となる部分であり、下側の裾部Qs2は、ピストン5が下方に移動してスカート摺動面31Sが下方に摺動する際にこの摺動方向の下流端となる部分である。スカート摺動面31Sの張出量は、各裾部Qs(Qs1、Qs2)から頂部Psに向かって徐々に小さくなるように構成されている。
なお、図6および図8では理解を容易にするために、スカート摺動面31Sの弓形形状を大きく誇張して描いており、実際には、後述するように、スカート摺動面31Sは、目視では判別困難なミクロンオーダーの張り出しを有する弓形形状である。
このようにスカート摺動面31Sを弓形形状としているのは、スカート摺動面31Sの上方および下方への摺動時において、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間の摺動抵抗を小さく抑えるためである。
具体的には、隙間Gが存在していることで、ピストン5の往復動に伴いスカート部30に速度uが与えられると、図8の矢印Y1、Y2で示すように、周辺に存在する潤滑用オイルFが摺動方向の下流側から摺動面間(スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間)に引き込まれる。このとき、前記のように裾部Qsから頂部Psに向かってスカート摺動面31Sの張出量が小さくなっていると、摺動面間入り込んだ潤滑用オイルFは堰き止められて行き場を失う。その結果、潤滑用オイルFは、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間においてこれらの間の隙間を拡大させる方向に力を生じさせ、この力が、摺動面31Sを内周壁2Aから浮揚させるように作用する。以下、適宜、この潤滑用オイルFによって前記隙間を拡大させる力を摺動浮揚力といい、この摺動浮揚力による前記作用を摺動浮揚作用という。
具体的には、ピストン5の上昇中であって、スカート部30に上向きに速度u1が与えられたときには、矢印Y1に示すように、上側の裾部Qs1から頂部Psに向かって潤滑用オイルFが隙間Gに入り込み、これにより、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間に摺動浮揚力が生じる。一方、ピストン5の下降中には、矢印Y2に示すように、下側の裾部Qs2から頂部Psに向かって潤滑用オイルFが隙間Gに入り込み、これにより、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間に摺動浮揚力が生じる。
従って、スカート摺動面31Sを前記のように弓形形状とすれば、ピストン5の往復動時にスカート摺動面31Sひいてはスカート部30およびピストン5と気筒2の内周壁2Aとが接触するのを抑制して、これらの摺動抵抗を小さくし機械損失を低減することができる。例えば、ピストン5が、その往復動時にいわゆる首振り運動を行って気筒2の中心軸に対して傾いた場合でも、ピストン5の外周壁(スカート摺動面31S)と気筒2の内周壁2Aとが接触するのを抑制することができる。
ただし、本願発明者らは、スカート摺動面31Sを単純に弓形形状にしただけでは十分な摺動浮揚作用を得ることができず、この作用を効果的に得ることのできるスカート摺動面31Sのプロファイルがあることを突き止めた。
(5)摺動面のプロファイル
図9は、摺動面Saを有する摺動部材C1が、被摺動面Sbに沿って矢印Y10で示す方向に摺動することを示した模式図である。ここでは、この図9を用いて、スカート摺動面31Sに限らずエンジン本体1に設けられてピストン5の往復動に伴って摺動する摺動部材C1の摺動面Sa全般に適用できるプロファイルについて説明する。
図9に示すように、摺動面Saは、被摺動面Sb側に張り出す張出形状を有しており、最も張り出した部分となる頂部Paと、頂部Paの摺動方向(矢印Y10で示す方向)の下流側に配置されて被摺動面Sbに対して最も離間する裾部Qaとを有し、摺動方向の下流側に向かって被摺動面Sbから徐々に離間する形状を有している。
この摺動部材C1が速度Uで摺動しているとき、摺動面Saと被摺動面Sbとの間に生じる摺動浮揚力Wは、次の式(1)により求めることができる。
式(1)において、ηは摺動面Saと被摺動面Sbとの間に介在する流体Fの粘度であり、Bは摺動面の摺動方向の長さ(図9における頂部Paから裾部Qaまでの長さ)であり、Cは摺動面の摺動方向と直交する方向の長さ(図9の紙面と直交する方向の長さ)であり、Uは摺動面Saの摺動速度である。h1は、最小隙間であって、頂部Paと被摺動面Sbとの間の離間距離、つまり、摺動面Saと被摺動面Sbとの間の隙間寸法の最小値である。mは、隙間比であって、裾部Qaと被摺動面Sbとの離間距離、つまり、摺動面Saと被摺動面Sbとの間の隙間寸法の最大値を最大隙間h2としたときの、最小隙間h1と最大隙間h2との比率であり、m=h2/h1で表される。
式(1)において、第2項目を負荷容量係数Kwとすると(Kw=6/(m−1)2{lnm−2(m−1)/(m+1)})、浮揚力Wはこの負荷容量係数Kwに比例する。
図10は、負荷容量係数Kwと隙間比mとの関係を示したグラフである。このグラフに示されるように、摺動浮揚力Wは隙間比mが2.2のときに最大となり、隙間比mがこの値から離間するほど小さくなる。
これより、隙間比mを2.2近傍に設定すれば高い摺動浮揚力Wを得ることができる。具体的には、隙間比mを1.5以上5.0以下とすれば、摺動浮揚力Wを、図10のラインL_Kw40以上として、その最大値(隙間比mが2.2のときの値)の60%以上となる高い値を得ることができる。
なお、隙間比mが適正値(m=2.2)よりも大きくなると摺動浮揚力Wが小さくなるのは、最小隙間h1が相対的に小さくなることで、流体Fが堰き止められる効果が過剰に大きくなり被摺動面Sbと摺動面Saとの間に流入できない流体Fの割合が多くなるためと考えられる。また、隙間比mが適正値(m=2.2)よりも小さくなると摺動浮揚力Wが小さくなるのは、摺動面Saが平板に近づくことになり流体Fの堰き止め効果が小さくなるためと考えられる。
ここで、式(1)に基づくと、最小隙間h1が小さいほど摺動浮揚力は大きくなる。従って、最小隙間h1は小さい方が好ましいように思われる。これに対して、本願発明者らは、最小隙間h1について、摺動面Saと被摺動面Sbとの間に生じる摩擦係数μを小さく抑えることのできる最適な範囲が存在することを突き止めた。摩擦係数μの大小は、摺動面Saの摺動浮揚時における摩擦の大小に相当し、摩擦係数μが小さいほど良好な摺動浮揚が実現できることを示す。
図11は、流体Fを低粘度オイル0W−20としたときの、摩擦係数μと最小隙間h1との関係を示したグラフである。なお、ここでは、このように0W−20程度の粘度、あるいは、これ以下の粘度を有するオイルを低粘度オイルという。つまり、粘度が7×10−3[Pa・s]程度以下のオイルをいう。
具体的には、図11は、エンジン稼働時にピストン5の往復動に伴って所定の被摺動面に沿って摺動する摺動面Saに加えられる荷重の最大値と、式(1)で求められる摺動浮揚力Wとが釣り合い、摺動面Saが浮揚するときの最小隙間h1と摩擦係数μのグラフである。なお、図11では、最小隙間h1の変化に伴って隙間比mも変化している。
より詳細には、式(1)において、Uに、エンジン回転数が代表的な所定の回転数のときの対称とする摺動面Saの平均移動速度を代入し、ηに、流体Fの粘度を代入し、摺動浮揚力Wに、前記荷重の最大値を代入する。そして、これら値を代入した式(1)から、最大隙間h2と最小隙間h1との差(h2−h1)を所定値としたときの、最小隙間h1の値を算出するとともに、この最小隙間h1等を用いて摩擦係数μを算出する。また、前記所定値の値を振って、最小隙間h1の値を変化させて、各値に対応する摩擦係数μを求めている。例えば、市街地走行を行うときを対象とすると、前記Uに対応するエンジン回転数として1350rpmを用い、摺動面Saに加えられる入力荷重を1175Nとすることができる。
図11には、最適な最小隙間h1における摩擦係数μ、つまり最も低い摩擦係数μに比較して、+20%だけ摩擦係数μが増加するラインL_μを付記している。この+20%のまでの範囲が、極めて良好な摺動浮揚が実現できる範囲である。具体的には、流体Fが低粘度オイル0W−20の場合は18μm〜26μmとなる。
ここで、この範囲は、エンジン本体1の運転時において確保されるべき最小隙間h1の範囲である。つまり、エンジン本体1が運転されると、これに伴って摺動する摺動面およびこれを備えた摺動部材は高熱を帯びて熱膨張する。そして、仮に摺動部材と、これが摺動する被摺動部材とが同じ材質である場合でも、両者の熱分布は異なり、両者には熱膨張差が生じる。従って、エンジンの運転時において前記範囲が確保できるよう、常温を基準とする設計値としては、前記上限値をより大きく設定することが妥当である。この点に鑑み、本実施形態では、常温での最小隙間h1の範囲を15μm〜40μmと設定する。
(6)スカート摺動面のプロファイル
以上の知見より、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間に介在させる流体Fが低粘度オイル0W−20とされる本実施形態では、最小隙間h1が15μm以上40μm以下の所定値に設定されている。
また、本実施形態では、最小隙間h1の精度を確保するために、スカート摺動面31Sの平滑度が高く設定されている。つまり、前記のように、最小隙間h1は微小な長さの範囲で設定されるため、スカート摺動面31Sが粗い面であると最小隙間h1の精度が低下する。そこで、本実施形態では、スカート摺動面31Sの最小隙間h1が15μm以上40μm以下に設定されるのに伴って、スカート摺動面31Sおよび気筒2の内周壁2Aの表面粗さが、それぞれ10μm以下となるように設定されている。
また、本実施形態では、スカート摺動面31S(スカート部30ひいてはピストン5)と気筒2の内周壁2Aの構成部材(シリンダブロック3またはシリンダライナー)とは、同一材質で構成されている。これは、熱膨張差に起因する隙間Gの長さの変動、つまり、最小隙間h1および最大隙間h2の変動を抑制するためである。本実施形態では、両者は、熱膨張係数の小さいステンレス鋼(ステンレス材、鍛造品)にて形成されている。
ここで、前記では、図6に示したようにピストン5の中心軸が気筒2の中心軸X1とほぼ一致する状態(以下、適宜、中立状態という)で、スカート摺動面31Sが前記プロファイルを有するように構成された場合について説明した。しかし、ピストン5がその往復動の途中で首ふりを行う場合、すなわち、ピストン5の中心軸が気筒2の中心軸に対して傾く場合には、この首ふり状態においてもスカート摺動面31Sが前記プロファイルを維持するように構成する。
具体的には、図12に示すように、ピストン5が破線の中立状態から実線のように左に傾くように首振りした状態において、左側のスカート摺動面31Sでは、スカート摺動面31Sのうち気筒2の内周壁2Aとの隙間の寸法が最小となる部分つまり頂部Ps2は、上下中央よりも上側の位置となり、右側のスカート摺動面31Sでは、頂部Ps3は上下中央よりも下側の位置となる。そして、これに伴い、左右両側のスカート摺動面31Sにおける最小隙間h1は、図3に示した中立状態での最小隙間h1とは異なる寸法となる。また、最大隙間(頂部Ps2、Ps3よりも摺動方向の下流側におけるスカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの離間距離の最大寸法)h2も、図6に示した中立状態での最大隙間h2とは異なる寸法となる。
より詳細には、図12の実線に示す状態が、ピストン5が上方に移動している途中の状態であれば、左右両スカート摺動面31Sにおいて、その上端部の隙間寸法が最大隙間h2となる。一方、図12に示す状態がピストン5が下方に移動している途中の状態であれば、左右両スカート摺動面31Sにおいて、その下端部の隙間寸法が最大隙間h2となる。
そして、スカート摺動面31Sは、図12の実線に示した状態においても、最小隙間h1が前記の適正範囲となるように構成され、かつ、隙間比m(h2/h1)が前記適正範囲となるように構成される。
(7)クランク機構の摺動面構造
本実施形態では、前記の摺動面Saのプロファイルがクランク機構の摺動部分にも適用されている。
<クランク軸受>
前記のように、クランクジャーナル部71の外周壁71Aと、クランク軸受40の内周壁40Aとは相対的に摺動しており、このクランク軸受40の内周壁40Aが前記摺動面Saのプロファイルを有するようになっている。
図13は、クランクジャーナル部71周辺を図2のXIII−XIII線に沿う面で切断したときの概略断面図である。
クランク軸受40は、その全周にわたってクランクジャーナル部71との間に隙間Gが形成されるような大きさを有している。クランクジャーナル部71の断面形状はほぼ真円である。一方、クランク軸受40の内周壁40Aは、クランクジャーナル部71の外周壁71Aに向かって張り出す形状を有している。具体的には、クランクジャーナル部71の回転方向Y31に、つまり、クランク軸受40の摺動方向Y32と反対の方向(クランク軸受40のクランクジャーナル部71に対する相対的な回転方向Y32と反対の方向)に、隙間Gの寸法が徐々に小さくなっている。本実施形態では、クランク軸受40の内周壁40A全体がこの張り出し形状を有する張出形状部となっており、隙間Gの寸法が最小となる頂部P10と、頂部P10よりもクランク軸受40の摺動方向Y32の下流側に位置して隙間Gの寸法が最大となる裾部Q10とが隣接している。図13の例では、クランク軸受40の内周壁40Aは、その断面において、摺動方向Y32に沿って頂部P10から裾部Q10に向かってらせん状に拡径しており、これにより隙間Gの寸法が変化するようになっている。
これに伴い、クランクジャーナル部71が回転すると、つまり、クランク軸受40がこれと相対回転してクランクジャーナル部71の外周壁71Aに対して摺動すると、図13の矢印Y30に示すように裾部Q10側から頂部P10に向かって流体Fが流入し、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間に、これら壁71A、40Aどうしを離間させる方向に作用する摺動浮揚力が生じる。
そして、本実施形態では、このクランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間においても高い摺動浮揚力が得られるように、クンク軸受40の内周壁40Aに前記摺動面Saの最適なプロファイルが適用されている。
具体的には、隙間比m=h2/h1であって、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間の隙間Gの寸法のうち最小値となる最小隙間h1つまり頂部P10とクランクジャーナル部71の外周壁71Aとの離間距離h1と、この隙間Gの寸法のうち最大値となる最大隙間h2つまり裾部Q10とクランクジャーナル部71の外周壁71Aとの離間距離h2との比率m=h2/h1が1.5以上5.0以下の範囲の所定値となるように設定されている。
ここで、本実施形態では、前記のように、クランクジャーナル部71とクランク軸受40との間には、ピストン5の外周壁と気筒2の内周壁2Aとの間に供給されるのと同じ潤滑用オイルが供給されるように構成されている。これに伴い、本実施形態では、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間での摩擦係数μが小さくなるように、最小隙間h1が、15μm以上40μm以下の所定値に設定されている。
また、本実施形態では、このクランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの表面粗さが、それぞれ、10μm以下となるように設定されている。
<クランクピン軸受>
前記のように、クランクピン72の外周壁72Aと、クランクピン軸受83の内周壁83Aとは相対的に摺動しており、このクランクピン軸受83の内周壁83Aが前記摺動面Saのプロファイルを有するようになっている。
図14は、図3の一部を拡大して、コンロッド大端部81周辺を示した概略断面図である。
クランクピン軸受83は、その内周壁83Aとクランクピン72の外周壁72Aとの間に隙間Gが形成されるような大きさを有している。クランクピン72の断面形状はほぼ真円である。一方、クランクピン軸受83の内周壁83Aは、クランクピン72の外周壁72Aに向かって張り出す形状を有している。具体的には、クランクピン72に対するクランクピンン軸受83の摺動方向Y21と反対の方向に隙間Gの寸法が徐々に小さくなっている。本実施形態では、クランクピン軸受83の内周壁83A全体がこの張り出し形状を有する張出形状部となっており、隙間Gの寸法が最小となる頂部P20と、頂部P20よりもクランクピン軸受83の摺動方向Y21の下流側に位置して隙間Gの寸法が最大となる裾部Q20とが隣接している。図14の例では、クランクピン軸受83の内周壁83Aは、その断面において、頂部P20から摺動方向Y21に沿って裾部Q20に向かってらせん状に拡径しており、これにより隙間Gの寸法が変化するようになっている。クランクピン軸受83Aとクランクピン72との間にも、前記のようにピストン5の外周壁と気筒2の内周壁2Aとの間に供給されるのと同様に潤滑用オイルが供給される。
そして、頂部P20における隙間Gの寸法である最小隙間h1と、裾部Q20における隙間Gの寸法である最大隙間h2との比率である隙間比m=h2/h1が1.5以上5.0以下の所定の値に設定されている。また、最小隙間h1が、15μm以上40μm以下の所定値に設定されている。
また、本実施形態では、クランクピン軸受83の内周壁83Aとクランクピン72の外周壁72Aとの表面粗さが、それぞれ、10μm以下となるように設定されている。
(8)作用等
以上のように、本実施形態では、ピストン5のスカート本体部31のスカート摺動面31Sが気筒2の内周壁2A側に張り出す形状とされているとともに、その隙間比mが1.5以上5.0以下に設定されている。さらに、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aの間の隙間Gに空気層が形成されつつ、最小隙間h1が、15μm以上40μm以下の所定値に設定されている。
従って、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間に高い摺動浮揚力を生じさせ、かつ、両者の間に生じる摩擦係数μを小さく抑えてスカート摺動面31Sを確実に気筒2の内周壁2Aから浮揚させることができ、ピストン5の往復動時においてスカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aの間に生じる摩擦抵抗を格段に小さく抑えることができる。そして、これにより、エンジン全体での機会損失を効果的に低減することができる。ひいては、燃費性能を高めることができる。
また、本実施形態では、この高い摺動浮揚力を実現しかつ摩擦係数μを小さくすることのできる摺動面のプロファイルが、クランク軸受40の内周壁40A、および、クランクピン軸受83の内周壁83Aにも適用されている。そのため、これらの摺動時に生じる摩擦抵抗を低減することができ、機会損失を大幅に低減できる。
特に、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間、クランクピン軸受83の内周壁83Aとクランクピン72の外周壁72Aとの間に低粘度オイルが供給されるようになっている。そのため、これらの間の摩擦抵抗をより確実に小さく抑えることができる。
また、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとが同じステンレス鋼で形成されている。そのため、これらの熱膨張差を小さく抑えて、最小隙間h1の精度および隙間比mの精度を高く維持することができる。
なお、同様の理由から、クランクジャーナル部71の外周壁71A(クランクジャーナル部71およびクランクシャフト7)とクランク軸受40の内周壁40A(シリンダブロック3)とは、また、クランクピン軸受83の内周壁83A(クランクピン軸受83)とクランクピン72の外周壁72A(クランクピン72およびクランクシャフト7)とは、互いに同じ材料で形成されるのが好ましい。特に、錆びを抑制できるステンレス鋼で形成されるのが好ましい。
(9)ピストン構造に係る第2実施形態
前記実施形態では、ピストンヘッドとスカート部とが一体に形成された場合について説明したが、これらを別体で構成してもよい。さらに、これらを別体で構成した場合において、スカート部を、ピストンヘッドの首振りに伴うスカート部の首振りが抑制されるように構成してもよい。
図15(A)は、ピストンヘッド部220とスカート部230とを別体にした第2実施形態に係るピストン205の正面図、図15(B)は、ピストン205の側面図、図16は、図15(A)のXVI−XVI線断面図、図17は、図15(A)のXVII−XVII線断面図である。以下の第2実施形態の説明では、図15(A)の左右方向を単に左右方向として説明する。
この第2実施形態では、スカート部230が2つの部材で構成されており、ピストン205は左右一対のスカート部230、230を有する。
図16に示すように、ピストンヘッド部220は、下方に延びる一対のピストンボス224を有している。これらピストンボス224には、ピストンピン孔225が形成されている。コンロッド8は、その上端部282に形成された貫通孔282aとピストンピン孔225とにピストンピン241が挿通されることでピストンヘッド部220に回転可能に支持されている。図17等に示すように、一対のピストンボス224には、それぞれ、2つのスカートピン孔226が形成されている。これら一対のスカートピン孔226は、ピストンピン孔225を挟んでこれと同じ高さ位置に配置されている。
一対のスカート部230は各々、スカート本体部231と一対のアーム部232とを備えている。
各スカート本体部231は、気筒2の内周壁2Aの形状に沿った円弧型の平板部材であり、内周壁2Aと対峙する面にスカート摺動面231Sを備えている。各スカート摺動面231Sは、第1実施形態と同様に、気筒2の内周壁2A側へ張り出す弓形形状を有している。一対のスカート部230は、互いのスカート摺動面231Sが反対方向を向くように配置される。
各スカート部230において、一対のアーム部232は、スカート本体部231のスカート摺動面231Sとは反対側の裏面のうちスカート本体部231の周方向の両端からそれぞれ気筒2の径方向内側に向けて延び出している。
これらアーム部232は、右側のスカート部230の一方のアーム部232と左側のスカート部230の一方のアーム部232とが隣り合い、右側のスカート部230の他方のアーム部232と左側のスカート部230の他方のアーム部232とが隣り合うように配置されている。各アーム部232の先端部付近には、それぞれピン通し孔233が穿孔されている。
右側のスカート部230は、その2つのアーム部232の先端部に設けられたピン通し孔233とピストンボス224に形成された左側のスカートピン孔226とにスカートピン242が挿通されることで、このスカートピン242の軸回りに揺動可能な状態で、ピストンボス224と結合されている。また、左側のスカート部230は、その2つのアーム部232の先端部に設けられたピン通し孔233とピストンボス224に形成された右側のスカートピン孔226とにスカートピン242が挿通されることで、このスカートピン242の軸回りに揺動可能な状態で、ピストンボス224と結合されている。このようにして、本実施形態では、ピストン205に、各スカート部230を所定範囲で上下方向に揺動可能とするチルト機構が構成されている。
なお、図15(A)に示すように、各アーム部232の上下方向の中央には開口部232aが形成されており、一方のスカート部230のスカートピン242は、他方のスカート部230のアーム部232の開口部232aを通り抜けて、一方のスカート部230のアーム部232に結合されている。これに伴い、一方のスカート部230の揺動が他方のスカート部230のスカートピン242によって所定の範囲に規制される。
<スカート部の動作>
前記のように構成されていることで、第2実施形態では、ピストン205の首ふり時において、スカート部230の首ふりが抑制される。図18(A)および図18(B)を用いて説明する。図18(A)は、中立状態におけるスカート部230の概略図、図18(B)は、首ふりが生じたときのスカート部230の概略図である。
第2実施形態では、図18(B)に示すように、ピストン205が左に傾くように首ふりをすると、ピストンボス224が左側に傾くことで、右側のスカートピン孔226およびこれに挿通されている右側のスカートピン242が、左側のスカートピン孔226およびこれに挿通されている左側のスカートピン242よりも上方に位置する状態となる。
ここで、仮に、スカート部230がスカートピン242に対して搖動不能な場合は、スカート部230は、図18(B)の破線に示すようにピストンヘッド部220とともに傾いてしまう。
これに対して、本実施形態では、図18(B)の実線で示すように、スカート部230がスカートピン242に対して搖動することで、スカート部230を中立状態のときと同じまたはこれに近い姿勢にすることができる。つまり、スカート部230の首振りを抑制することができる。従って、スカート部230のスカート摺動面231Sのプロファイル(最小隙間h1の寸法、隙間比m=h1/h2の範囲)を中立状態において適切なプロファイルにすることで、ピストン5の首振りが生じた場合であってもスカート摺動面231Sのプロファイルをより確実に適切な状態に維持することができる。
一方、この第2実施形態では、ピストン205に加速度(減速度)が作用すると、スカート部230が中立状態から搖動するおそれがある。
図19(A)〜(C)は、ピストン205の加減速に伴う、スカート部230の揺動状態を説明するための図である。図19(A)は、ピストン205が中立状態にあり、ピストン205に下方向(TDCからBDCへ向かう方向)の加速度、若しくは上方向(BDCからTDCへ向かう方向)の加速度のいずれもが作用していない状態(例えば、クランク角=90°、270°の状態)における、スカート部230の姿勢を示している。
図19(B)は、ピストン5に下方向の加速度、若しくは上方向の減速度が作用している状態における、スカート部230の姿勢を示している。この図19(B)に示すように、ピストン5に下方向の加速度または上方向の減速度が作用すると、スカート部230が慣性によってその場に止まり続けようとすることに伴い、スカート部230は、上方に傾いた姿勢の揺動状態となる。
従って、第2実施形態では、この上向き揺動状態においても、スカート部230のスカート摺動面231Sのプロファイル(最小隙間および隙間比)が前記の適切なプロファイルとなるように構成するのが好ましい。
ここで、図19(B)に示す場合は、スカート摺動面231Sと気筒2の内周壁2Aとの間の隙間が、上端部側よりも下端部側の方が狭くなる(但し、相当誇張して描かれている)。そして、ピストン5に下方向の加速度が加わる際には、専ら下端部側から流体Fが隙間へ流入することになる。従って、下端部側における隙間比mが、最も大きい浮揚力が得られる隙間比m=2.2付近となるように、下端部における最大隙間を設定することが望ましい。
図19(C)は、ピストン5に上方向の加速度、若しくは下方向の減速度が作用している状態における、スカート部230の姿勢を示している。この場合、図18(B)とは逆に、スカート部230は、それぞれ下方に傾いた姿勢の揺動状態となる。
従って、第2実施形態では、この下向き揺動状態においても、スカート部230のスカート摺動面231Sのプロファイル(最小隙間および隙間比)が前記の適切なプロファイルとなるように構成するのが好ましい。
また、この場合はスカート摺動面231Sと気筒2の内周壁2Aとの間の隙間は、下端部側よりも上端部側の方が狭くなる。そして、ピストン5に上方向の加速度が加わる際には、専ら上端部側から流体Fが隙間へ流入することになる。従って、上端部側における隙間比mが、最も大きい浮揚力が得られる隙間比m=2.2付近となるように、上端部における最大隙間を設定することが望ましい。
(10)他の変形例
前記実施形態では、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間、クランクピン軸受83の内周壁83Aとクランクピン72の外周壁72Aとの間の各隙間Gに供給する潤滑用オイルとして0W−20のオイルを用いた場合について説明したが、これら隙間Gに介在させるオイルはこれに限らない。
ただし、潤滑用オイルの粘度を小さくすれば、スカート摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとの間、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40Aとの間、クランクピン軸受83の内周壁83Aとクランクピン72の外周壁72Aとの間に生じる摩擦抵抗をより確実に小さくすることができる。従って、潤滑用オイルとしては、0W−20と同程度またはこれよりも粘度の低いものが用いられるのが好ましい。
また、前記実施形態では、スカート摺動面31Sが弓形形状である例を示している。しかし、スカート摺動面31Sは、気筒2の中心軸X1に沿う断面において、内周壁2Aに向けて張り出す張出形状を備える限りにおいて、その態様を問わない。すなわち、最小隙間h1を形成する部分(頂部Ps)と、最大隙間h2を形成する部分(裾部Qs)とを有していれば、それら両部分の間の形状は必ずしも弓形の曲面形状でなくとも良く、種々の形状を備えていても良い。例えば、頂部Pと裾部Qとの間の一部又は全部が、気筒2の中心軸X1に沿う断面において直線的に傾斜した面、階段状に傾斜した面であっても良い。
同様に、クランクジャーナル部71の外周壁71Aと、クランクピン軸受83の内周壁83Aも、最小隙間h1を形成する部分(頂部P10、P20)と、最大隙間h2を形成する部分(裾部Q10、Q20)とを有していればよく、他の形状を備えていても良い。
また、前記実施形態では、スカート摺動面S31および気筒2の内周壁2Aをステンレスで形成した場合について説明したが、これらの材料はステンレスに限らない。例えば、これらを鋳鋼等で形成してもよい。ただし、前記のようにステンレスは熱膨張係数が小さいため、ステンレスを用いれば、熱膨張に伴う最小隙間h1および隙間比mの適正範囲からのずれを小さく抑えることができる。なお、同様の理由で、クランクシャフト7およびコンロッド8にもステンレスを用いるのが好ましい。
また、スカート摺動面S31と気筒2の内周壁2A、クランクジャーナル部71の外周壁71Aとクランク軸受40の内周壁40A、クランクピン72の外周壁72Aとクランクピン軸受83の内周壁83Aとを、それぞれ別の材料で形成してもよい。ただし、前記のように、これらを同じ材料とすれば熱膨張差が最小隙間h1および隙間比mに与える影響を小さく抑えて、これらの精度を高くすることができる。
なお、前記では、潤滑用オイルとして低粘度オイルを用いた場合について説明したが、他のオイル、つまり、0W−20のオイルよりも粘度の高いオイルを用いてもよい。