[エンジンの構造]
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を詳細に説明する。先ずは、本発明に係るピストン構造が適用されるエンジン本体について、図1に基づいて説明する。ここに示されるエンジン本体1は、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として前記車両に搭載されるエンジンであって、気筒内を往復動するピストン及びクランク機構を備えた往復動ピストン型の多気筒エンジンである。エンジン本体1に供給される燃料は、本実施形態では、ガソリンを主成分とするものである。
エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5を備える。シリンダブロック3は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数の気筒2(図中ではそのうちの1つのみを示す)を有している。気筒2内では、前記燃料と空気との混合気が燃焼する。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、気筒2の上部開口を塞いでいる。
ピストン5は、各気筒2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。このピストン5の構造については、後記で詳述する。なお、図1では、クランク軸7が時計方向に回転するものとし、ピストン5が摺動する気筒2の内周壁として、スラスト側内周壁2Aと反スラスト側内周壁2Bとを示している。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の底面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口部4Aと、排気ポート10の上流端である排気側開口部4Bとが形成されている。吸気ポート9の上流端は吸気通路9Aに、排気ポート10の下流端は排気通路10Aに各々接続されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口部4Aを開閉する吸気バルブ11と、排気側開口部4Bを開閉する排気バルブ12とが組み付けられている。本実施形態のエンジンは、ダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンである。吸気側開口部4Aと排気側開口部4Bとは、各気筒2につき2つずつ設けられるとともに、吸気バルブ11および排気バルブ12も2つずつ設けられている。
吸気バルブ11及び排気バルブ12は、いわゆるポペットバルブであり、各々開口部4A、4Bを開閉する傘状の弁体と、この弁体から垂直に延びるステムとを含む。前記弁体は、燃焼室6に臨むバルブ面を有する。本実施形態において、燃焼室6は、気筒2の内壁面、ピストン5の冠面、シリンダヘッド4の底面、吸気バルブ11及び排気バルブ12の各バルブ面によって区画されている。
シリンダヘッド4には、吸気バルブ11、排気バルブ12を各々駆動する吸気側動弁機構13、排気側動弁機構14が配設されている。これら動弁機構13、14によりクランク軸7の回転に連動して、吸気バルブ11及び排気バルブ12の各ステムが駆動される。これらステムの駆動により、吸気バルブ11の弁体が吸気側開口部4Aを開閉し、排気バルブ12の弁体が排気側開口部4Bを開閉する。
吸気側動弁機構13には、吸気側可変バルブタイミング機構(吸気側VVT)15が組み込まれている。吸気側VVT15は、吸気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する吸気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、吸気バルブ11の開閉タイミングを変更する。同様に、排気側動弁機構14には、排気側可変バルブタイミング機構(排気側VVT)16が組み込まれている。排気側VVT16は、排気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する排気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、排気バルブ12の開閉タイミングを変更する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6内の混合気に点火エネルギーを供給する点火プラグ17が各気筒2につき1つずつ取り付けられている。点火プラグ17は、その点火点が燃焼室6内に臨む姿勢でシリンダヘッド4に取り付けられている。点火プラグ17は、図外の点火回路からの給電に応じてその先端から火花を放電して、燃焼室6内の混合気に点火する。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内にガソリンを主成分とする燃料を噴射するインジェクタ18が、各気筒2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ18は、図略の燃料供給管を通じて供給された燃料を噴射する。前記燃料供給管の上流側には、クランク軸7と連動連結されたプランジャー式のポンプ等からなる高圧燃料ポンプ(図示せず)が接続されている。この高圧燃料ポンプと前記燃料供給管との間には、全気筒2に共通の蓄圧用のコモンレール(図示せず)が設けられている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各気筒2のインジェクタ18に供給されることにより、各インジェクタ18からは、高い圧力の燃料が燃焼室6内に噴射される。
[ピストンの第1実施形態]
<ピストンの構造>
図2(A)は、第1実施形態に係るピストン5の正面図、図2(B)は、ピストン5の側面図、図3は、図2(A)のIII−III線断面図、図4は、図2(A)のIV−IV線断面図である。ピストン5は、例えばアルミニウムの鋳造品からなり、ピストン本体20と、ピストン本体20の気筒軸方向AXの下方に配置されるスカート部30とを含む。一般に、ピストン本体とスカート部とは一体物として成形されるが、本実施形態ではピストン本体20とスカート部30とは別体である。スカート部30は、気筒2のスラスト側内周壁2A(図1)と対峙するスラスト側スカート部30Aと、反スラスト側内周壁2Bと対峙する反スラスト側スカート部30Bとを含む。
ピストン本体20は、コンロッド8の上端のスモールエンド8Aと、ピストンピン41により連結されている。ピストン本体20に対して一対のスカート部30A、30Bは、チルト機構によって、気筒軸方向AXに揺動可能とされている。具体的には、スラスト側スカート部30Aはスラスト側スカートピン42A(結合部)にて、反スラスト側スカート部30Bは反スラスト側スカートピン42B(結合部)にて、それぞれピストン本体20と回動自在に結合されている。つまり、本実施形態では、スカート部30A、30Bが、各々スカートピン42A、42Bでピストン本体20に対して結合される構造によって、スカート部30A、30Bを所定範囲で気筒軸方向AXに揺動可能とするチルト機構が構成されている。
ピストンピン41及びスカートピン42A、42Bは、気筒軸方向AXと直交する方向を指向するように配置される直線円柱体である。一対のスカートピン42A、42Bの間にピストンピン41が配置される態様で、3つのピン41、42A、42Bが平行に並んでいる。ピストン本体20に首振りが生じていない状態(図2)では、ピストンピン41とスカートピン42A、42Bとは、同じ高さ位置に存在することになる。なお、スラスト側スカートピン42Aはピストンピン41よりも反スラスト側に配置され、反スラスト側スカートピン42Bはピストンピン41よりもスラスト側に配置されている。その理由については、図18〜図20に基づき、後記で詳述する。
図5(A)は、ピストン本体20の上面図、図5(B)は側面図、図5(C)は正面図である。図6(A)は、図5(A)のVIA−VIA線断面図、図6(B)は、図5(C)のVIB−VIB線断面図である。ピストン本体20は、円柱状のヘッド部20Aと、ヘッド部20Aから下方へ延出した一対のピストンボス24とを含む。
ヘッド部20Aは、冠面21、裏面22及び周壁23を含む。冠面21は、ヘッド部20Aの上面であり、燃焼室6の底面を形成する面である。ここでは冠面21が平面である例を示しているが、インジェクタ18から燃料の噴射を受けるキャビティや、吸気バルブ11及び排気バルブ12との干渉を避けるための吸気/排気バルブリセスなどの凹部が備えられていても良い。また、山型の凸部を有する冠面21として、ペントルーフ型の燃焼室6に対応するようにしても良い。
裏面22は、冠面21の反対側の面である。一対のピストンボス24は、裏面22から鉛直下方に延び出している。周壁23は、気筒2の内周壁と対峙するヘッド部20Aの外周面であり、気筒2の内周壁よりも僅かに小さい外径を有する円筒面である。周壁23には、気筒軸方向に並ぶ複数のリング溝231が凹設されている。リング溝231には、燃焼室6の気密性を保つためのピストンリング(図示せず)が嵌め込まれる。
一対のピストンボス24は、互いに平行に並ぶ平板状の部材であり、それぞれピストンピン孔25(メインピン受け孔)、スラスト側スカートピン孔26A(第1ピン受け孔)及び反スラスト側スカートピン孔26B(第2ピン受け孔)が穿孔されている。ピストンピン孔25は、クランク機構を構成するコンロッド8との連結部を構成する孔であり、上述のピストンピン41が挿通される。図4に示されているように、ピストンピン孔25の通し孔を有するコンロッド8のスモールエンド8Aは、一対のピストンボス24の間に嵌め込まれ、ピストンピン41はピストンピン孔25とスモールエンド8Aとを貫通している。
スカートピン孔26A、26Bは、ヘッド部20Aの裏面22側に配置された、スカート部30A、30Bを揺動可能に支持するピン孔である。スラスト側スカートピン孔26Aは、上述のスラスト側スカートピン42Aを挿通させるための貫通孔であり、反スラスト側スカートピン孔26Bは、反スラスト側スカートピン42Bを挿通させるための貫通孔である。
スカート部30を構成するスラスト側スカート部30Aと反スラスト側スカート部30Bとは、同じ形状を備えている。図7(A)は、スカート部30A、30Bのうちの一つの上面図、図7(B)は、図7(A)の矢印VIIB方向の矢視図、図7(C)は正面図である。図8(A)は、図7(C)のVIIIA−VIIIA線断面図、図8(B)は、図7(C)のVIIIB−VIIIB線断面図、図8(C)は、図7(A)のVIIIC−VIIIC線断面図である。
一対のスカート部30A、30Bは各々、スカート本体部31とアーム部32とを備えている。スカート本体部31は、気筒2の内周壁2A、2Bの形状に沿って、周方向に円弧型、気筒軸方向AXに平板状の部材である。スカート本体部31は、スラスト側内周壁2A又は反スラスト側内周壁2Bと対峙する面に、摺動面31S(外周壁)を備えている。摺動面31Sは、ピストン5の往復動作時に、内周壁2A、2Bと摺接、若しくは内周壁2A、2Bとの間に空気等の流体を介して浮揚(対向)する面である。この摺動面31Sは、気筒軸方向AXの断面において、内周壁2A、2B側へ張り出す弓形形状(張出形状)を有している(後記で詳述する)。
アーム部32は、スカート本体部31の摺動面31Sとは反対側の裏面31Rから気筒2の径方向内側に向けて延び出している。本実施形態ではアーム部32は、スカート本体部31の周方向の一端側から延び出す第1アーム32Aと、他端側から延び出す第2アーム32Bとからなる。アーム32A、32Bは、それぞれ、スカート本体部31の裏面31Rに繋がる連結部321と、突出先端である先端部322とを有している。アーム32A、32Bは互いに平行に配置され、各々上面視では直線的な棒型の形状を有し、正面視では連結部321から先端部322に向けて幅狭となるテーパ型の形状を有している。
一対のスカート部30A、30Bは、図4に示すように、互いの摺動面31Sが反対方向を向くように配置される。そして、スラスト側スカート部30Aの第1アーム32Aと反スラスト側スカート部30Bの第2アーム32Bとが隣り合い、スラスト側スカート部30Aの第2アーム32Bと反スラスト側スカート部30Bの第1アーム32Aとが隣り合うように配置される。第1アーム32Aの連結部321は、スカート本体部31の周方向端部よりもやや内側の位置に繋がっている。これにより、当該連結部321の周方向外側には、段部323が形成されている。段部323は、相手方の第2アーム32Bの先端部322を収容する空間を形成している。
アーム32A、32Bの先端部322付近には、それぞれスカートピン42A、42Bを挿通させるためのピン通し孔33が穿孔されている。また、アーム32A、32Bの連結部321からピン通し孔33の手前付近にかけて、スカート部30A、30Bの軽量化を図るための開口34が設けられている。
図9は、ピストン5の概略的な分解図である。この図9と図4を参照して、スラスト側スカート部30Aのアーム32A、32Bが備えるピン通し孔33A(第1ピン通し孔)に対応したピストン本体20側の受け孔が、ピストンボス24のスラスト側スカートピン孔26Aである。また、反スラスト側スカート部30Bのアーム32A、32Bが備えるピン通し孔33B(第2ピン通し孔)に対応した受け孔が、反スラスト側スカートピン孔26Bである。
スラスト側スカートピン42Aは、ピン通し孔33A及びスカートピン孔26Aに挿通されている。これにより、スラスト側スカート部30Aは、スカートピン42Aの軸回りに揺動可能な状態で、ピストン本体20と結合されている。また、反スラスト側スカートピン42Bは、ピン通し孔33B及びスカートピン孔26Bに挿通されている。これにより、反スラスト側スカート部30Bは、スカートピン42Bの軸回りに揺動可能な状態で、ピストン本体20と結合されている。既述の通り、ピストンピン41はピストンピン孔25に挿通される。
<摺動面の構造>
続いて、スカート本体部31の摺動面31Sのプロファイルについて詳細に説明する。図10Aは、摺動面31Sのプロファイルを誇張して示す、スカート本体部31の気筒軸方向AX(説明の便宜上、「上」、「下」の方向表示を付している)の模式的な断面図である。図10Aでは、一対のスカート部のうち、スラスト側スカート部30Aを示しており、このスカート部30Aがスカートピン42A回りに揺動していない中立状態を想定している。
摺動面31Sは、気筒軸方向AXの断面において、気筒2のスラスト側内周壁2Aに向けて張り出す弓形形状(張出形状の一例)を有している。すなわち摺動面31Sは、気筒軸方向AXの中央部に、最も内周壁2A側に張り出した頂部Pを有し、気筒軸方向AXの両端部(上下端部)に最も内周壁2A側への張り出しが小さい裾部Q1、Q2を有し、頂部Pから裾部Q1、Q2にかけて張出が徐々に小さくなる緩やかな曲面形状を備えている。上側の裾部Q1は、ピストン5が上方に移動して摺動面31Sが上方に摺動する際にこの摺動方向の下流端となる部分であり、下側の裾部Q2は、ピストン5が下方に移動して摺動面31Sが下方に摺動する際にこの摺動方向の下流端となる部分である。なお、図10Aでは理解を容易にするために、摺動面31Sの弓形形状を大きく誇張して描いており、実際には目視では判別困難なミクロンオーダーの張り出しを有する弓形形状である。
スカート部30は、本来的には、ピストン5の往復動作時における2次運動によってピストン本体20の首振りが発生しないよう、気筒2の内周壁と摺動することが予定されている。しかし、本実施形態では、ピストン5の往復動作時に、摺動面31Sと内周壁2Aとの間に隙間Gが形成されることが予定されている。つまり、摺動面31Sは、流体Fを介して内周壁2Aから浮揚する。これにより、スカート部30の摺動抵抗を極小化することを可能とする。なお、流体Fは、例えば空気、水、或いは0W−20クラスの低粘度オイルであり、特に好ましくは空気である。
隙間Gが存在している場合、ピストン5の往復動に伴いスカート部30Aに速度uが与えられると、周辺に存在する流体Fが摺動面間(摺動面31Sと内周壁2Aとの間)に引き込まれる。行き場を失った流体Fは、前記摺動面間を拡大させる方向に抗力を生じさせる。この抗力が、摺動面31Sを内周壁2Aから浮揚させるように作用する。より具体的には、ピストン5の上昇中であって、スカート部30に上向きに速度u1が与えられたときには、上側の裾部Q1の上方から頂部Pに向かって流体Fが隙間Gに入り込む。これにより、摺動面31Sと内周壁2Aとの間に摺動浮揚力が生じる。一方、ピストン5の下降中であって、スカート部30に下向きに速度u2が与えられたときには、下側の裾部Q2の下方から頂部Pに向かって流体Fが隙間Gに入り込む。これにより、摺動面31Sと内周壁2Aとの間に摺動浮揚力が生じる(以下、摺動浮揚という)。摺動面31Sは、このような摺動浮揚が良好に発現するプロファイルに設定される。
図10Aに示すように、前記中立状態において、摺動面31Sの頂部Pと内周壁2Aとの間の隙間を最小隙間h1、裾部Qと内周壁2Aとの間の隙間を最大隙間h2とし、さらに両者の差分h2−h1を山高さD、両者の比率h2/h1を隙間比mとする。良好な摺動浮揚を達成するには、流体Fの性質に応じて最小隙間h1を設定すると共に、その最小隙間h1に応じた山高さD(隙間比m)を設定することが肝要となる。最大隙間h2及び山高さDは、h1及びmが設定されることにより、自ずと決定される。
<摺動面のプロファイル>
摺動面31Sを上記の弓形形状とすれば、ピストン5の往復動時に摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとが接触するのを抑制して、これらの摺動抵抗を小さくし機械損失を低減することができる。例えば、ピストン5が、その往復動時にいわゆる首振り運動を行って気筒2の中心軸に対して傾いた場合でも、ピストン5の摺動面31Sと気筒2の内周壁2Aとが接触することを抑制できる。ただし、本発明者らは、摺動面31Sを単純に弓形形状にしただけでは十分な摺動浮揚の作用を得ることができず、この作用を効果的に得ることのできる摺動面31Sのプロファイルがあることを突き止めた。
図10Bは、摺動面Saを有する摺動部材C1が、被摺動面Sbに沿って矢印Y10で示す方向に摺動することを示した模式図である。摺動面Saは、被摺動面Sb側に張り出す張出形状を有しており、最も張り出した部分となる頂部Paと、頂部Paの摺動方向(矢印Y10で示す方向)の下流側に配置されて被摺動面Sbに対して最も離間する裾部Qaとを有し、摺動方向の下流側に向かって被摺動面Sbから徐々に離間する形状を有している。
摺動部材C1が速度Uで摺動しているとき、摺動面Saと被摺動面Sbとの間に生じる摺動浮揚力Wは、次の式(1)により求めることができる。
式(1)において、ηは摺動面Saと被摺動面Sbとの間に介在する流体Fの粘度であり、Bは摺動面の摺動方向の長さ(図10Bにおける頂部Paから裾部Qaまでの長さ)であり、Cは摺動面の摺動方向と直交する方向の長さ(図10Bの紙面と直交する方向の長さ)であり、Uは摺動面Saの摺動速度である。h1は、最小隙間であって、頂部Paと被摺動面Sbとの間の離間距離、つまり、摺動面Saと被摺動面Sbとの間の隙間寸法の最小値である。mは、上述の隙間比であって、裾部Qaと被摺動面Sbとの離間距離、つまり、摺動面Saと被摺動面Sbとの間の隙間寸法の最大値を最大隙間h2としたときの、最小隙間h1と最大隙間h2との比率であり、m=h2/h1で表される。
式(1)において、第2項目を負荷容量係数Kwとすると(Kw=6/(m−1)2{lnm−2(m−1)/(m+1)})、浮揚力Wはこの負荷容量係数Kwに比例する。
図11は、負荷容量係数Kwと隙間比mとの関係を示したグラフである。このグラフに示されるように、摺動浮揚力Wは、隙間比mが2.2のときに最大となり、隙間比mがこの値から離間するほど小さくなる。この知見より、隙間比mを2.2近傍に設定すれば高い摺動浮揚力Wを得ることができる。具体的には、隙間比mを1.5以上5.0以下とすることで、摺動浮揚力Wを、図11のラインL1以上とすることができる。この場合、摺動浮揚力Wとして、その最大値(隙間比mが2.2のときの値)の60%以上となる高い値を得ることができる。
なお、隙間比mが適正値(m=2.2)よりも大きくなると摺動浮揚力Wが小さくなるのは、最小隙間h1が相対的に小さくなることで、流体Fが堰き止められる効果が過剰に大きくなり、被摺動面Sbと摺動面Saとの間に流入できない流体Fの割合が多くなるためと考えられる。また、隙間比mが適正値(m=2.2)よりも小さくなると摺動浮揚力Wが小さくなるのは、摺動面Saが平板に近づくことになり流体Fの堰き止め効果が小さくなるためと考えられる。
ここで、式(1)に基づくと、最小隙間h1が小さいほど摺動浮揚力は大きくなる。従って、最小隙間h1は小さい方が好ましいように思われる。これに対して、本発明者らは、最小隙間h1について、摺動面Saと被摺動面Sbとの間に生じる摩擦係数μを小さく抑えることのできる最適な範囲が存在することを突き止めた。摩擦係数μの大小は、摺動面Saの摺動浮揚時における摩擦の大小に相当し、摩擦係数μが小さいほど良好な摺動浮揚が実現できることを示す。
図12は、流体Fを空気、水、オイルとしたときの、摩擦係数μと最小隙間h1との関係を示したグラフである。流体Fとして例示した空気の粘度は1.8×10−5[Pa・s]、水の粘度は8.9×10−4[Pa・s]、低粘度オイル0W−20の粘度は6.8×10−3[Pa・s]である。図12のグラフは、エンジン稼働時にピストン5の往復動に伴って所定の被摺動面に沿って摺動する摺動面Saに加えられる荷重の最大値と、式(1)で求められる摺動浮揚力Wとが釣り合い、摺動面Saが浮揚するときの最小隙間h1と摩擦係数μとの関係を示している。なお、図12のグラフは、最小隙間h1の変化に伴って隙間比mも変化することを示している。
より詳細には、式(1)において、Uに、エンジン回転数が代表的な所定の回転数のときの対象となる摺動面Saの平均移動速度を代入し、ηに、流体Fの粘度を代入し、摺動浮揚力Wに、前記荷重の最大値を代入する。そして、これら値を代入した式(1)から、最大隙間h2と最小隙間h1との差(h2−h1)を所定値としたときの、最小隙間h1の値を算出するとともに、この最小隙間h1等を用いて摩擦係数μを算出する。また、前記所定値の値を振って、最小隙間h1の値を変化させて、各値に対応する摩擦係数μを求めている。例えば、市街地走行を行うときを対象とすると、前記Uに対応するエンジン回転数として1350rpmを用い、摺動面Saに加えられる入力荷重を1175Nとすることができる。
図12には、流体Fの各々について、最適な最小隙間h1における摩擦係数μ、つまり最も低い摩擦係数μに比較して、+20%だけ摩擦係数μが増加するラインL2、L3、L4をそれぞれ付記している。この+20%のまでの範囲が、極めて良好な摺動浮揚が実現できる範囲である。具体的には、流体Fが空気の場合、最小隙間h1は0.7μm〜1.3μm、水の場合は4.9μm〜8.9μm、0W−20の場合は18μm〜26μmとなる。これらが理想的な範囲であるが、当該範囲から若干外れても良好な摺動浮揚を得ることができるので、好ましい最小隙間h1の範囲は、それぞれ、
空気の場合: 0.5μm〜1.5μm
水の場合 : 3μm〜11μm
0W−20の場合: 15μm〜30μm
と設定することができる。
上記の結果より、摺動浮揚を達成するために現状で利用可能な流体Fの範疇(空気、水、低粘度オイル)において、良好な摺動浮揚が実現できる最小隙間h1の範囲は、0.5μm〜30μmと設定することができる。この範囲は、エンジン本体1の運転時において確保されるべき最小隙間h1の範囲である。エンジン本体1が運転されると、ピストン5は高熱を帯びて熱膨張する。シリンダブロック3とピストン5とが同じ材質である場合でも、両者は熱分布が異なるのでピストン5の方が大きく熱膨張する。従って、運転時において最小隙間h1の上限値=30μmを確保できるよう、常温を基準とする設計値としては、前記上限値をより大きく設定することが妥当である。この点に鑑み、本実施形態では、常温での最小隙間h1の範囲を0.5μm〜40μmと設定する。
摺動浮揚において、摺動抵抗の低減の観点から最も望ましい流体Fは空気である。空気を隙間Gに流入させれば(空気浮揚)、ピストン5の往復動作時における摩擦を小さくすることができるからである。空気浮揚を採用する場合は、エンジン本体1の運転時に最小隙間h1=0.5μm〜1.5μmが確保されるよう、ピストン5の熱膨張を考慮して、常温における最小隙間h1の設計値を定めることが望ましい。
ここで、摺動面31Sは、平滑度が高い面であることが望ましい。最小隙間h1は、0.5μm〜40μmという微小な長さの範囲で選ばれることから、摺動面31Sが粗い面であると、最小隙間h1の精度が低下する。従って、摺動面31Sは、その表面粗さ(算術平均粗さRa)が0.4μm以下となるような平滑面であることが望ましい。
また、摺動面31Sを有するスカート本体部31(スカート部30A、30B)と内周壁2Aの構成部材(シリンダブロック3又はライナー)とは、同一材質とすることが望ましい。これにより、熱膨張差に起因する隙間Gの長さ変動、つまり最小隙間h1及び最大隙間h2の変動を抑止することができる。例えば、両者を、鋳型に鋼湯を注型して形成される鋳鋼にて形成することが望ましい。或いは、少なくとも往復動するスカート部30A、30Bを、線膨張係数の小さい金属、例えばステンレス鋼(鍛造品)にて形成すれば、隙間Gの長さ変動を抑制できるので好ましい。
図10Aでは、摺動面31Sが弓形形状である例を示している。しかし、摺動面31Sは、気筒軸方向AXの断面において、内周壁2Aに向けて張り出す張出形状を備える限りにおいて、その態様を問わない。すなわち、最小隙間h1を形成する部分(頂部P)と、最大隙間h2を形成する部分(裾部Q)とを有していれば、それら両部分の間の形状は必ずしも弓形の曲面形状でなくとも良く、種々の形状を備えていても良い。例えば、頂部Pと裾部Qとの間の一部又は全部が、気筒軸方向AXの断面において直線的に傾斜した面、階段状に傾斜した面であっても良い。
図13(A)は、隙間比mが適正値である場合のスカート部30Aの浮揚状態を示す図、図13(B)は、隙間比mが適正値よりも大きい場合のスカート部30Aの浮揚状態を示す図である。最小隙間h1が流体Fの種別に応じて上記の範囲内に設定され、且つ、隙間比mが適正値に設定され、ピストン5の往復動に伴いスカート部30Aに速度uが与えられると、図13(A)に示す通り、周辺の流体Fが摺動面31Sと内周壁2Aとの間の隙間Gに流入する。流入した流体Fは、行き場を失うことになる(堰き止め効果)。この流体Fの堰き止め効果により、摺動面31Sを内周壁2Aから離間させる抗力(浮揚力)が発生し、摺動面31Sが内周壁2Aから浮揚する。
これに対し、隙間比mが適正値よりも大きい場合、すなわち、最大隙間h2が過度に大きい場合、図13(B)に示すように、周辺の流体Fは隙間Gに流入するものの、上記の堰き止め効果が過剰となって隙間Gに流入できない流体FAの割合が多くなる。このため、隙間Gへの流体Fの流入量が小さくなり、これに伴い浮揚力も小さくなる。従って、良好な摺動浮揚を実現できない。一方、隙間比mが適正値よりも大きい場合、摺動面31Sが平板に近づくこととなる。このため、同様に隙間Gへの流体Fの流入量が小さくなり、浮揚力も小さくなる。
<スカート部の動作>
続いて、スカート部30(スラスト側スカート部30A及び反スラスト側スカート部30B)の揺動動作について、図14(A)〜図15(B)に基づいて説明する。図14(A)〜(C)は、ピストン5の往復動に伴う、スカート部30の揺動状態を説明するための図、図15(A)は、クランク角を示す図、図15(B)は、ピストン5の往復動時における、ピストン5の速度及び加速度を示すグラフである。
一般に、ピストン5の速度は、上死点(TDC)及び下死点(BDC)においてゼロとなり、それらの間のクランク角=90°、270°の位置で最も速くなる。一方、ピストン5の加速度(減速度)は、速度がゼロであるTDC、BDC付近で最も大きくなり、それらの間のクランク角=90°、270°の位置で最も小さくなる。スラスト側スカート部30A、反スラスト側スカート部30Bは、それぞれスラスト側スカートピン42A、反スラスト側スカートピン42Bの軸回りに揺動可能にピストン本体20に結合されている。このため、ピストン5に加速度(減速度)が作用すると、スカート部30A、30Bは揺動することになる。
図14(A)は、ピストン5に下方向(TDCからBDCへ向かう方向)の加速度、若しくは上方向(BDCからTDCへ向かう方向)の加速度のいずれもが作用していない状態(クランク角=90°、270°)における、スカート部30A、30Bの姿勢を示している。このときの姿勢が、スカート部30A、30Bが揺動していない中立状態である。スカート部30A、30Bの各摺動面31Sは、気筒軸方向AXの中央部が最も内周壁2A、2B側に張り出し、この中央部の点を挟んで気筒軸方向AXに対称な弓形形状を備える。このため、前記中立状態においては、前記中央部が頂部P1となり、この頂部P1と内周壁2A、2Bとの間に上述の最小隙間h1が作られることになる。また、摺動面31Sの気筒軸方向AXの上端部Q1、下端部Q2によって、最大隙間h2が作られる。勿論、このときの隙間比mが、1.5〜5.0の範囲内となるように、最大隙間h2(山高さD)が選ばれている。
スカート部30A、30Bの各摺動面31Sと、内周壁2A、2Bとの間には、それぞれ隙間G1、G2が存在している。ピストン5が気筒2内でラジアル方向に偏心していない場合、この中立状態における頂部P1と内周壁2A、2Bとの間の最小隙間h1が、最も大きい最小隙間h1となる。つまり、頂部の位置はスカート部30A、30Bの揺動によって気筒軸方向AXにシフトし、スカート部30A、30Bの傾きが大きくなるほど、最小隙間h1は小さくなる。摺動面31Sが有する弓形形状は、上記の通り揺動に応じて頂部がシフトし、これに応じて気筒軸方向AXにシフトする最小隙間h1を作ることができる形状である。
図14(B)は、ピストン5に下方向の加速度、若しくは上方向の減速度が作用している状態における、スカート部30A、30Bの姿勢を示している。本実施形態ではチルト機構によって、スカート部30A、30Bがピストン本体20に対して揺動(チルト)可能である。ピストン5に下方向の加速度が作用すると、スカート部30A、30Bは慣性によってその場に止まり続けようとするため、移動するピストン本体20への追従が遅れる。このため、スラスト側スカート部30Aは、スカートピン42Aの軸回りに時計方向に揺動し、反スラスト側スカート部30Bは、スカートピン42Bの軸回りに反時計方向に揺動する。また、ピストン5に上方向の減速度が作用すると、スカート部30A、30Bは慣性によって移動し続けようとするため、同様にスカート部30A、30Bは各々時計方向、反時計方向に揺動する。従って、図14(B)に示すように、スカート部30A、30Bは、それぞれ上方に傾いた姿勢の揺動状態となる。この揺動状態となるのは、クランク角が0°〜90°の範囲(下方向加速)と、270°〜360°の範囲(上方向減速)とである。
この上向き揺動状態においても、隙間G1、G2において、上述の最小隙間h1及び隙間比mの関係は維持される。スカート部30A、30Bが上方に傾斜した姿勢では、摺動面31Sの気筒軸方向AXの中央部よりも下方位置のポイントが、最も内周壁2A、2B側に張り出した頂部P2となる。これら頂部P2と、内周壁2A、2Bとの間に上述の最小隙間h1が作られる。ここでの最小隙間h1は、上述の通り頂部P1における最小隙間h1よりも小さい値となる。また、上端部Q1、下端部Q2によって、上端側及び下端側の最大隙間h2が各々作られる。そして、頂部P2における最小隙間h1と上端部Q1における最大隙間h2とから得られる隙間比m、及び、下端部Q2における最大隙間h2から得られる隙間比mのいずれも、1.5〜5.0の範囲内となるように摺動面31Sの形状が設定されている。
図14(B)から明らかな通り、隙間G1、G2は、上端部Q1側よりも下端部Q2側の方が狭い(但し、相当誇張して描かれている)。ピストン5に下方向の加速度が加わる際、専ら下端部Q2側から流体Fが隙間G1、G2へ流入することになる。従って、下端部Q2側における隙間比mが、最も大きい浮揚力が得られる隙間比m=2.2付近となるように、下端部Q2における最大隙間h2を設定することが望ましい。
図14(C)は、ピストン5に上方向の加速度、若しくは下方向の減速度が作用している状態における、スカート部30A、30Bの姿勢を示している。この場合、図14(B)とは逆に、スカート部30A、30Bは、それぞれ下方に傾いた姿勢の揺動状態となる。すなわち、スラスト側スカート部30Aは、スカートピン42Aの軸回りに反時計方向に揺動し、反スラスト側スカート部30Bは、スカートピン42Bの軸回りに時計方向に揺動する。この揺動状態となるのは、クランク角が90°〜180°の範囲(下方向減速)と、180°〜270°の範囲(上方向加速)とである。
この下向き揺動状態においても、隙間G1、G2において、上述の最小隙間h1及び隙間比mの関係は維持される。下向き揺動状態では、摺動面31Sの気筒軸方向AXの中央部よりも上方位置のポイントが、最も内周壁2A、2B側に張り出した頂部P3となる。これら頂部P3と、内周壁2A、2Bとの間に上述の最小隙間h1が作られる。ここでの最小隙間h1は、頂部P1における最小隙間h1よりも小さい値である。また、上端部Q1、下端部Q2によって、上端側及び下端側の最大隙間h2が各々作られる。そして、頂部P2における最小隙間h1と上端部Q1における最大隙間h2とから得られる隙間比m、及び、下端部Q2における最大隙間h2から得られる隙間比mのいずれも、1.5〜5.0の範囲内となるように摺動面31Sの形状が設定されている。
下向き揺動状態では、隙間G1、G2は、上端部Q1側の方が下端部Q2側よりも狭くなる。ピストン5に上方向の加速度が加わる際、専ら上端部Q1側から流体Fが隙間G1、G2へ流入することになる。従って、上端部Q1側における隙間比mが、最も大きい浮揚力が得られる隙間比m=2.2付近となるように、上端部Q1における最大隙間h2を設定することが望ましい。
<スカート部の最大チルト>
図14(A)〜(C)では、ピストン5が気筒2内でラジアル方向に偏心していない状態の動作を説明した。つまり、隙間G1と隙間G2とが同じである場合を想定している。しかし、隙間G1、G2が存在している以上、ピストン5がスラスト側内周壁2A寄り、若しくは反スラスト側内周壁2B寄りに偏心することが生じ得る。このような偏心が生じた際の、動作について説明する。図16(A)は、ピストン5の往復動作時に、スカート部30A、30Bが全体的に最もスラスト側内周壁2Aに寄った状態を示す図、図16(B)は、反スラスト側スカート部30Bがスカートピン42B回りに最大の揺動角θmaxで振れている状態を示す図である。
図16(A)では、ピストン5のスラスト方向(内周壁2Aの方向)への偏心によって、ピストンピン41の中心軸がスラスト方向に最大幅dmaxだけシフトした状態を示している。これにより、スカートピン42A、42Bの位置も、スラスト方向にシフトしている。このようなシフトが生じても、スラスト側スカート部30Aの摺動面31Sに対して浮揚力が作用するので、隙間G1は維持される。この際、摺動面31Sの頂部P11と内周壁2Aとの間の最小隙間h1は、偏心が生じていない図14(A)の場合よりも小さくなるが、摺動浮揚を得ることができる範囲に維持され、且つ、隙間比mも1.5〜5.0の範囲内に維持される。
一方、隙間G2において、反スラスト側スカート部30Bの摺動面31Sの頂部P12は、内周壁2Bから最も離間し、両者間の隙間距離はGmaxとなる。この場合、反スラスト側スカート部30Bは、スカートピン42B回りに最大の揺動角θmaxで傾くことが可能となる。図16(B)では、スカート部30Bが最も上向きに揺動している例を示している。この例では、頂部P13は下端部Q2に近い位置となる。
図17は、図16(B)の状態における、反スラスト側スカート部30Bの摺動面31Sと内周壁2Bとの間に形成される隙間G2を説明するための図である。このようにスカート部30Bが揺動角θmaxで振れた状態にあっても、上述の最小隙間h1及び隙間比mの関係が維持されるよう、摺動面31Sの形状が設定されている。下端部Q2に相当近い位置に有る頂部P13と内周壁との間に、最小隙間h1が作られる。勿論、最小隙間h1は、摺動浮揚を得ることができる範囲内である。
また、下端部Q2、上端部Q1によって、下端側の最大隙間h2A、上端側の最大隙間h2Bが各々作られる。頂部P13における最小隙間h1と下端部Q2における最大隙間h2Aとから得られる隙間比mは、1.5〜5.0の範囲内に設定される。さらに、頂部P13における最小隙間h1と上端部Q1における最大隙間h2Bとから得られる隙間比mについても、1.5〜5.0の範囲内となるように設定される。これにより、ピストン5がラジアル方向に最も偏心したときでも、下端部Q2から流体Fが流入する場合、及び上端部Q1から流体Fが流入する場合のいずれにおいても、摺動面31Sの良好な摺動浮揚を実現することができる。
<ピストンの首振りへの対応>
本実施形態のピストン5は、往復動作時における2次運動により、ピストンピン41回りに首振りする。スカート部がピストン本体に固着(一体化)されている場合は、ピストン本体の首振りに応じてスカート部も傾く。これにより、ピストンの首振りが抑制される。しかし、本実施形態ではチルト機構(スカートピン42A、42B)によって、スカート部30A、30Bはピストン本体20に対して揺動する。このため、スカート部30A、30Bの揺動軸となるスカートピン42A、42Bの配置について工夫を施すことが望ましい。
図18(A)、(B)は、ピストン本体20の首振り時における、スカート部30A、30Bの挙動を説明するための図である。図18(A)は、ピストン本体20がピストンピン41回りに首振りしていない状態を示している。この状態では、ピストン本体20に傾きがないので、ピストンピン孔25及びスカートピン孔26A、26B(図5(C)参照)は同じ高さ位置となる。従って、これらの孔に挿通されるピストンピン41及びスカートピン42A、42Bも、気筒2の径方向に同じ高さ位置に並ぶことになる。なお、図18(A)では、スカート部30A、30Bが、図14(A)に示す中立状態である場合を示している。ピストン5に加速度又は減速度が作用すれば、図14(B)、(C)に示したように、図18(A)の状態からスカート部30A、30Bが揺動した状態となる。
一方、図18(B)は、ピストン本体20がピストンピン41回りに反時計方向に首振りした状態を示している。この場合、ピストンピン41を中心として、スカートピン42A、42Bが公転することとなり、スラスト側スカートピン42Aはピストンピン41より上側に、反スラスト側スカートピン42Bはピストンピン41より下側に各々位置することになる。そして、スラスト側スカート部30Aは、矢印C1で示すように、スラスト側スカートピン42A回りに時計方向に揺動する。また、反スラスト側スカート部30Bは、矢印C2で示すように、反スラスト側スカートピン42B回りに時計方向に揺動する。このような挙動を示すのは、スラスト側スカート部30Aの揺動支点であるスラスト側スカートピン42A(スラスト側スカートピン孔26A)がピストンピン41(ピストンピン孔25)よりも反スラスト側に配置され、反スラスト側スカート部30Bの揺動支点である反スラスト側スカートピン42B(反スラスト側スカートピン孔26B)がピストンピン41(ピストンピン孔25)よりもスラスト側に配置されていることによる。
ここで、スカート本体部31の摺動面31Sのプロファイルについて説明を加える。図19は、摺動面31Sのプロファイルの特徴を説明するための図である。図19において、円弧Y1は、ピストンピン41の中心軸からスラスト側内周壁2Aまでの径方向距離R1を半径とする円弧である。この円弧Y1は、ピストン本体20の首振り軌道に相当する。スラスト側スカートピン42Aは、ピストンピン41よりもスラスト側内周壁2Aに対して遠い位置にある。円弧Y2は、スカートピン42Aの中心軸からスラスト側内周壁2Aまでの径方向距離R2を半径とする円弧である。スラスト側スカート部30Aの摺動面31Sが円弧Y2の軌跡に沿った面である場合、摺動面31Sと内周壁2Aとの間の隙間は、中立状態でも、スカート部30Aがスカートピン42A回りに揺動して傾いた場合でも一定である。このようなプロファイルでは、スカート部30Aは内周壁2Aと干渉せず、下方に垂下してしまう。
曲線Y3は、摺動面31Sのプロファイルの一例である。曲線Y3は、気筒軸方向AXの中央部において円弧Y2と同じ位置にあるが、気筒軸方向AXに向かうほど、円弧Y2よりも内周壁2Aに近づくプロファイルを有している。つまり、摺動面31Sの張出形状は、スカート部30Aの気筒軸方向AXの傾きが大きくなるほど、摺動面31Sの頂部となる部分と内周壁2Aとの間の隙間が小さくなる形状を含んでいる。この場合、スカート部30Aの傾きが大きくなると、内周壁2Aと干渉する。従って、スカート部30Aの揺動範囲が規制される。
但し、本実施形態では、ピストン5の往復動作時に摺動浮揚が生じるので、実質的に摺動面31Sと内周壁2Aとの接触はさほど生じない。また、図14(A)〜図15(B)で説明した通り、ピストン5の移動速度は上死点及び下死点で遅くなり、スカート部30A、2Bは大きく揺動する。この際、上記の通り摺動面31Sのプロファイルによって隙間Gが小さくなるので、ピストン5の移動速度が遅い状態であっても、隙間Gに流入する流体Fによる摺動浮揚を行わせ易くすることができる。
図20(A)は、比較例のスカート部300A、300Bの挙動を、図20(B)は本実施形態のスカート部30A、30Bの挙動を示す図である。比較例のスラスト側スカート部300Aのスカートピン420Aは、ピストンピン41よりもスラスト側(内周壁2A側)に位置している。また、反スラスト側スカート部300Bのスカートピン420Bは、ピストンピン41よりも反スラスト側(内周壁2B側)に位置している。
ピストン本体20に首振りが生じると、スカートピン420A、420Bはピストンピン41の回りを公転する。この場合、スラスト側スカートピン420Aはスラスト側内周壁2Aから離れる方向に移動する。これにより、公転前のスカートピン420Aの中心軸と内周壁2Aまでの距離a11に比べ、公転後の距離a12の方が長くなる。反スラスト側スカート部300Bも同様である。つまり、ピストン本体20に傾きが生じると、スカートピン420A、420Bも同じ方向に高さ位置がシフトし、各々スラスト側、反スラスト側の内周壁2A、2Bから遠ざかることになる。従って、スカートピン420A、420Bの各摺動面310Sと内周壁2A、2Bとの隙間G0において最適な最小隙間が確保しにくくなり、摺動浮揚の実現には不利になる。このため、ピストン本体20の首振り規制を行い難くなる。
これに対し、図20(B)に示す本実施形態のスカート部30A、30Bでは、スラスト側スカート部30Aのスカートピン42Aは、ピストンピン41よりも反スラスト側(内周壁2B側)に位置し、反スラスト側スカート部30Bのスカートピン42Bは、ピストンピン41よりもスラスト側(内周壁2A側)に位置している。このため、ピストン本体20に首振りが生じスカートピン42A、42Bがピストンピン41回りに公転すると、スカートピン42Aはスラスト側内周壁2Aに接近する方向に移動し、スカートピン42Bは反スラスト側内周壁2Bに接近する方向に移動する。スラスト側スカート部30Aに着目すると、公転前のスカートピン42Aの中心軸と内周壁2Aまでの距離a21に比べ、公転後の距離a22の方が短くなる。反スラスト側スカート部30Bも同様である。従って、図18(B)に示したように、ピストン本体2がピストンピン41回りに首振りする方向と、スカート部30A、30Bが揺動する方向とを逆方向(矢印C1、C2)とすることが可能となる。
以上の挙動を示すので、ピストン本体20に首振りが生じた場合でも、スカートピン42A、42Bの各摺動面31Sと内周壁2A、2Bとの隙間Gにおいて最適な最小隙間が確保し易くなる。すなわち、ピストン本体20が首振りすると、各摺動面31Sが内周壁2A、2Bに一層接近することとなる。そして、摺動浮揚に適した最小隙間h1及び隙間比mが確保される揺動位置で、スカート部30A、30Bの揺動は停止する。つまり、スカート部30A、30Bは、首振りしたピストン本体20を支える支柱のように振る舞う。これにより、ピストン本体20の首振りが良好に規制されるものである。
[作用効果]
以上説明した第1実施形態によれば、スカート部30A、30Bがスカートピン42A、42Bで揺動可能にピストン本体20に結合されたチルト機構を備える。このため、ピストン本体20がピストンピン41の軸回りに首振りしても、スカート部30A、30Bがピストン本体20に追従して首振りせず、独立してスカートピン42A、42Bの軸回りに揺動させることができる。
そして、スカート部30A、30Bの摺動面31S(外周壁)が張出形状を備え、且つ、前記中立状態及び前記揺動状態において内周壁2A、2B側へ最も張り出した部分となる頂部と内周壁との最小隙間h1が、0.5μm〜40μmの範囲に設定される。このため、ピストン5の往復動作時に、気筒2の内周壁2A、2Bとスカート部30A、30Bの摺動面31Sとの間に流入する流体Fによって、摺動面31Sを内周壁2A、2Bから各々浮揚させることが可能となる。従って、スカート部30A、30Bの摺動抵抗を格段に低減することができる。
また、摺動面31Sと内周壁2A、2Bとの間の隙間Gにおいて、最小隙間h1と最大隙間h2との比であるh2/h1から得られる隙間比mが、1.5〜5.0の範囲に設定されている。これにより、ピストン5の往復動作時に摺動面31Sと内周壁2A、2Bとの間に流入する流体Fによる浮揚力を増加させることができ、流体浮揚を安定的に実現させることができる。
さらに、摺動面31Sの張出形状は、スカート部30A、30Bの気筒軸方向AXの傾きが大きくなるほど、摺動面31Sと内周壁2A、2Bとの間の隙間Gが小さくなる形状部分を含む。このため、スカート部30A、30Bの揺動範囲を、摺動面31Sの形状的特徴によって規制することができる。また、ピストン5の移動速度は上死点TDC及び下死点BDCで遅くなることに伴い、ピストン本体20に揺動可能に結合されたスカート部30A、30Bはスカートピン42A、42B回りに大きく揺動することになる。この際、上記の通り隙間Gが小さくなるので、ピストン5の移動速度が遅い状態であっても、隙間Gに流入する流体Fによる摺動浮揚を行わせ易くすることができる。
[ピストンの第2実施形態]
図21は、第2実施形態に係るピストン5Aの正面図、図22は、図21のXXII−XXII線断面図、図23は、図22のXXIIIA−XXIIIA線断面及びXXIIIB−XXIIIB線断面を複合的に示す断面図である。ピストン5Aは、ピストン本体520と、ピストン本体520の気筒軸方向AXの下方に配置されるスカート部530とを含む。スカート部530は、気筒軸方向AXに配列された上スカート部540及び下スカート部550を備える。
ピストン本体520は、円柱状のヘッド部520Aと、ヘッド部520Aから下方へ延出した一対のピストンボス524とを含む。ヘッド部520Aは、冠面521、裏面522及び周壁523を含む。冠面521は、燃焼室6(図1)の底面を形成する面である。裏面522は、冠面521の反対側の面であって、一対のピストンボス524は、裏面522から鉛直下方に延び出している。周壁523は、気筒2の内周壁と対峙するヘッド部20Aの外周面であり、ピストンリング(図示せず)が嵌め込むための複数のリング溝を有する。
一対のピストンボス524は、互いに平行に並ぶ平板状の部材であり、それぞれピストンピン孔525(メインピン受け孔)、上スカートピン孔526(上ピン受け孔)及び下スカートピン孔527(下ピン受け孔)が穿孔されている。ピストンピン孔525は、クランク機構を構成するコンロッド8との連結部を構成する孔であり、ピストンピン43が挿通される。ピストンピン43は、ピストン本体520をコンロッド8の上端のスモールエンド8Aと連結している。上スカートピン孔526は、ピストンピン孔525よりも上側に配置され、下スカートピン孔527は、ピストンピン孔525よりも下側に配置されている。ピストンピン孔525と、スカートピン孔526、527とは、気筒軸方向AX(上下方向)に沿って直列に並んでいる。
第1実施形態では、一つのスカート部30が具備されている例を示したが、この第2実施形態では、ピストンピン43を挟んで気筒軸方向AXに、2つのスカート部540、550が配置される例を示す。スカート部540、550は、チルト機構によって、それぞれ気筒軸方向AXに揺動可能とされている。具体的には、上スカート部540は上スカートピン44(結合部)にて、下スカート部550は下スカートピン45(結合部)にて、それぞれピストン本体520と回動自在に結合されている。上スカートピン44、下スカートピン45は各々、上述の上スカートピン孔526、下スカートピン孔527に挿通されている。ピストンピン43及びスカートピン44、45は、気筒2のスラスト側内周壁2Aと反スラスト側内周壁2Bとの径方向中間において、気筒軸方向AXに沿って直列に並んでいる。
上スカート部540は、スラスト側スカート部540A及び反スラスト側スカート部540Bを備える。一対のスカート部540A、540Bは各々、スカート本体部541とアーム部542とを備えている。各スカート本体部541は、気筒2の内周壁2A、2Bの形状に沿った円弧型の平板部材であり、それぞれ内周壁2A、2Bと対峙する面に、摺動面541S(外周壁)を備えている。摺動面541Sは、ピストン5の往復動作時に、内周壁2A、2Bと摺接、若しくは内周壁2A、2Bとの間に空気等の流体を介して浮揚(対向)する面である。摺動面541Sは、気筒軸方向AXの断面において、内周壁2A、2B側へ張り出す弓形形状を有している。この弓形形状は、先に図10Aに基づき説明したものと同様な形状とすることができる。
同様に、下スカート部550は、スラスト側スカート部550A及び反スラスト側スカート部550Bを備える。一対のスカート部550A、550Bは各々、スカート本体部551とアーム部552とを備えている。各スカート本体部551は、それぞれ内周壁2A、2Bと対峙する面に、摺動面551S(外周壁)を備えている。摺動面551Sは、ピストン5の往復動作時に、内周壁2A、2Bと摺接、若しくは内周壁2A、2Bとの間に空気等の流体を介して浮揚(対向)する面である。摺動面551Sもまた、気筒軸方向AXの断面において、内周壁2A、2B側へ張り出す弓形形状を有している。この弓形形状は、先に図10Aに基づき説明したものと同様な形状とすることができる。
上スカート部540において、スラスト側スカート部540Aのアーム部542は、スカート本体部541の周方向両側に設けられており、それぞれ径方向内側に突設されたスカートボス542Aを有する。同様に、反スラスト側スカート部540Bのアーム部542も、スカート本体部541の周方向両側に設けられており、それぞれ径方向内側に突設されたスカートボス542Bを有する。スカートボス542Aにはピン通し孔543(上ピン通し孔)が、スカートボス542Bにはピン通し孔544(上ピン通し孔)が、それぞれ穿孔されている。ピストンボス524の上スカートピン孔526と、スカートボス542A、542Bのピン通し孔543、544とが位置合わせされ、上スカートピン44が挿通されている。これにより、一対のスカート部540A、540Bは、上スカートピン44回りに揺動可能とされている。
下スカート部550も上記と同様である。スラスト側、反スラスト側スカート部550A、550Bの一対のアーム部552は、それぞれ径方向内側に突設されたスカートボス552A、552Bを有する。スカートボス552Aにはピン通し孔553(下ピン通し孔)が、スカートボス552Bにはピン通し孔554(下ピン通し孔)が、それぞれ穿孔されている。ピストンボス524の下スカートピン孔527と、スカートボス552A、552Bのピン通し孔553、554とが位置合わせされ、下スカートピン45が挿通されている。これにより、一対のスカート部550A、550Bは、下スカートピン45回りに揺動可能とされている。
上、下スカート部540、550のスラスト側、反スラスト側の摺動面541S、551S(図21では、張出形状を誇張して描いている)は、隙間Gを置いて気筒2の内周壁2A、2Bと各々対峙している。ピストン5の往復動に伴いスカート部540、550に速度が与えられると、周辺に存在する流体Fが隙間Gに引き込まれ、摺動面541S、551Sを摺動浮揚させる。摺動面541S、551Sは、このような摺動浮揚が実現されるよう、先に図10Aに基づき説明したように、摺動面541S、551Sの頂部となる部分と内周壁2A、2Bとの間の最小隙間h1が0.5μm〜40μm、摺動面541S、551Sの裾部と内周壁2A、2Bとの間の最大隙間h2と前記最小隙間h1の比である隙間比mが、h2/h1=1.5〜5.0の範囲に設定される。
上、下スカート部540、550の各々の動作は、図14(A)〜図15(B)に基づいて説明したスカート部30A、30Bの動作と同じである。スカート部540、550のスラスト側スカート部540A、550A、反スラスト側スカート部540B、550Bが、ピストン5Aのクランク角に応じて、スカートピン44、45回りに揺動する。この揺動が生じても、最小隙間h1=0.5μm〜40μm、隙間比m=1.5〜5.0が維持されるよう、摺動面541S、551Sのプロファイルが設定されている。
ピストン本体520に首振りが生じた場合、上、下スカート部540、550がその首振りを矯正する。例えば、ピストン本体520がスラスト側に傾くと、上スカートピン44がスラスト側内周壁2Aに近づき、下スカートピン45が反スラスト側内周壁2Bに近づくように、それぞれピストンピン43回りに公転する。このため、上スカート部540のスラスト側スカート部540Aが有する摺動面541Sが内周壁2Aに接近し、下スカート部550の反スラスト側スカート部550Bが有する摺動面551Sが内周壁2Bに接近する。これにより、各摺動面541S、551Sと内周壁2A、2Bとの隙間Gにおいて最適な最小隙間が確保し易くなる。そして、摺動浮揚に適した最小隙間h1及び隙間比mが確保される揺動位置で、スカート部540A、550Bは停止し、ピストン本体520を支える。これにより、ピストン本体520の首振りが規制されるものである。
[変形実施形態の説明]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、摺動浮揚を実現可能な流体Fとして、空気、水、低粘度オイル0W−20を例示した。オイルは、0W−20と同程度若しくはそれ以下の粘度ものであれば、他のオイルを用いることができる。また、流体Fとして水を用いる場合は、防錆剤を添加することが望ましい。防錆剤としては、例えば、メチルモルホリン、エチルモルホリン等のアルキルモルホリン類、トリエタノールアミン、N−メチルジエタノールアミン等の有機アミン類、カルボン酸アルカリ金属塩等からなる群の1種又は2種以上を用いることができる。
また、流体Fとして空気を選択し、スカート部30の空気浮揚を行わせる場合において、エンジンの低回転領域、高負荷領域など、空気浮揚が難しい条件となる場合がある。この場合、空気浮揚が難しい条件が揃うタイミングに、摺動面31Sと内周壁2A、2Bとの間の隙間に、水や低粘度オイルを供給し、摺動抵抗を低下させるようにしても良い。