車両のステアリング機構にモータの回転力でアシストトルクを付与する電動パワーステアリング装置は、モータの駆動力を、減速機構を介してギア又はベルト等の伝達機構により、ステアリングシャフト或いはラック軸に操舵補助力として付与するようになっている。かかる従来の電動パワーステアリング装置(EPS)は、アシストトルクを正確に発生させるため、モータ電流のフィードバック制御を行っている。フィードバック制御は、操舵補助指令値(電流指令値)とモータ電流検出値との差が小さくなるようにモータ印加電圧を調整するものであり、モータ印加電圧の調整は、一般的にPWM(パルス幅変調)制御のデューティの調整で行っている。
電動パワーステアリング装置の一般的な構成を図1に示して説明すると、ハンドル1のコラム軸(ステアリングシャフト、ハンドル軸)2は減速ギア3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a,6bを経て、更にハブユニット7a,7bを介して操向車輪8L,8Rに連結されている。また、コラム軸2には、ハンドル1の操舵トルクTdを検出するトルクセンサ10及び舵角θを検出する舵角センサ14が設けられており、ハンドル1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介してコラム軸2に連結されている。電動パワーステアリング装置を制御するコントロールユニット(ECU)30には、バッテリ13から電力が供給されると共に、イグニションキー11を経てイグニションキー信号が入力される。コントロールユニット30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTdと車速センサ12で検出された車速Vとに基づいてアシスト(操舵補助)指令の電流指令値の演算を行い、電流指令値に補償等を施した電圧制御指令値Vrefによってモータ20に供給する電流を制御する。なお、舵角センサ14は必須のものではなく、配設されていなくても良い。
コントロールユニット30には、車両の各種情報を授受するCAN(Controller Area Network)40が接続されており、車速VはCAN40から受信することも可能である。また、コントロールユニット30には、CAN40以外の通信、アナログ/ディジタル信号、電波等を授受する非CAN41も接続可能である。
コントロールユニット30は主としてCPU(MCU、MPU等も含む)で構成されるが、そのCPU内部においてプログラムで実行される一般的な機能を示すと図2のようになる。
図2を参照してコントロールユニット30の機能及び動作を説明すると、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTd及び車速センサ12で検出された(若しくはCAN40からの)車速Vは、電流指令値Iref1を演算する電流指令値演算部31に入力される。電流指令値演算部31は、入力された操舵トルクTd及び車速Vに基づいてアシストマップ等を用いて、モータ20に供給する電流の制御目標値である電流指令値Iref1を演算する。電流指令値Iref1は加算部32Aで補償信号CMを加算され、電流指令値Irefとして電流制限部33に入力され、最大電流を制限された電流指令値Irefmが減算部32Bに入力され、フィードバックされているモータ電流値Imとの偏差I(Irefm−Im)が演算され、その偏差Iが操舵動作の特性改善のためのPI制御部35に入力される。PI制御部35で特性改善された電圧制御指令値VrefがPWM制御部36に入力され、更に駆動部としてのインバータ37を介してモータ20がPWM駆動される。モータ20の電流値Imはモータ電流検出器38で検出され、減算部32Bにフィードバックされる。インバータ37は駆動素子としてFETが用いられ、FETのブリッジ回路で構成されている。
加算部32Aには補償信号生成部34からの補償信号CMが加算されており、補償信号CMの加算によって操舵システム系の特性補償を行い、収れん性や慣性特性等を改善するようになっている。補償信号生成部34は、セルフアライニングトルク(SAT)343と慣性342を加算部344で加算し、その加算結果に更に収れん性341を加算部345で加算し、加算部345の加算結果を補償信号CMとしている。
このような電動パワーステアリング装置では、減速ギアやラック&ピニオンにより摩擦が大きく、また、アシストトルクを発生させるためのモータによりステアリング軸回りの等価慣性モーメントが大きい。そのため、セルフアライニングトルク(SAT)が小さい低車速域では、摩擦が大きいことによりハンドル戻りが悪くなる。これは直進状態においてSATのみでは舵角が中立点まで戻ってこないため、運転者の操舵介入により中立点まで戻す必要があり、運転者の負担となる。
一方、SATが大きい高車速域では、SATが大きいために、舵角速度は低車速域に比べて速くなる傾向にあるが、慣性モーメントによる慣性トルクも大きく、舵角の中立点でハンドルが収束せず、オーバーシュートしてしまうため、車両特性が不安定に感じられることがある。
このように、車速又は操舵状態によって異なった特性の補償が必要であり、それらを達成するために、ハンドル戻り時に適度なアシストをするための様々な制御手法が提案されている。それらのハンドル戻り制御の中でも、運転者による操舵介入時でも滑らかなハンドル戻り制御を行うことを目的とした先行技術として、特許第4685557号公報(特許文献1)に示される電動パワーステアリング装置がある。
特許文献1の装置では、目標舵角速度に追従するように構成された制御器において、ベース修正舵角速度を車速及び操舵トルクによる乗算及び加算で補正し、目標舵角速度を算出している。運転者による操舵介入時には、操舵トルクが加わった方向に目標舵角速度を補正することで、運転者が操舵した際の違和感の減少を図っている。
手放し状態で滑らかなハンドル戻りを実現させるためには、舵角加速度が大きく変動せずに、舵角中立点で舵角速度が0となることが良い。しかしながら、特許文献1記載の装置では、目標舵角速度を設定する際に操舵トルクによる補正を行っているが、アシストトルクによる補正は行っていない。アシストトルクは一般的に車速が大きくなるほど小さくなるように設定するため、操舵トルク及び車速による補正では好ましい補正量の算出に手間がかかる。
このような問題に対して、特許第5896091号公報(特許文献2)に示される電動パワーステアリング装置では、舵角及び車速に応じて目標戻りトルクを定義し、目標戻りトルクに操舵トルク及びアシストトルクを加算した結果に仮想的な操舵系特性に応じた伝達特性を乗算することにより目標舵角速度を算出している。そして、目標舵角速度と実舵角速度との偏差に対してP(比例)制御、I(積分)制御、D(微分)制御のうちの少なくとも1つを行うことで、運転者による操舵介入時にも自然なフィーリングのハンドル戻り制御の実現を図っている。
本発明におけるハンドル戻り制御では、電動パワーステアリング装置において補助力を伝達するための減速ギアやラック&ピニオンの摩擦により動作が阻害され、直進状態に戻したい走行状態であるにも拘わらずハンドルが中立点まで戻らず、車両が直進状態になり難いことがあるので、舵角や車速等に応じたハンドル戻し制御電流により電流指令値を補正(補償)することで、直進状態に戻す走行状態においてハンドルを積極的に中立点に戻すようにする。ハンドル戻り制御は、簡易的な仮想車両モデルに基づいて目標舵角速度を演算し、目標舵角速度と舵角速度(実舵角速度)の偏差に対してPID(比例積分微分)制御を行うことにより実行される。そして、ハンドル戻り制御において、目標舵角速度に対して舵角速度に追従して制限をかけることにより、発生する偏差を一定以下に抑制し、ハンドル戻り制御が過大に働くことを抑制し、操舵違和感を減少させる。
本発明における簡易的な仮想車両モデルは、舵角θ及び車速Vから求めた戻り舵角速度(目標値)ωt、操舵トルクTd並びにアシストトルクTaに対して、操舵系の仮想的な慣性モーメントJ及び粘性係数Cに応じた車両特性(車両伝達特性)を適用することで、目標舵角速度ω0を算出するモデルである。
仮想車両モデル(操舵系特性部)を用いることで、操舵系の仮想的な慣性モーメントJ及び粘性係数Cを設定することができるため、車両特性を任意に決めることが可能となる。また、仮想車両モデルにはアシストトルクTaも加味した運転者の操舵介入も考慮されているため、運転者が操舵している状態でも滑らかなハンドル戻り制御を提供することができる。
ここで、操舵系に静止摩擦、クーロン摩擦及び弾性項がないと仮定した場合、セルフアライニングトルク(SAT)Sat、操舵トルクTd、アシストトルクTaの力の釣り合い方程式は、下記数1となる。
そして、舵角速度ωは舵角θの時間微分であるので、下記数2が成立する。
更に、上記数3をラプラス変換すると下記数4となり(sはラプラス演算子)、数4を目標舵角速度ω
0について解くと、下記数5となる。
上記数5より、目標舵角速度ω
0を求める。数5において、Sat/CはSATによって発生する舵角速度として、車両特性に応じて設定する戻り舵角速度ωtとして考えることができる。1/{(J/C)s+1}は仮想車両モデルから求められる伝達特性(以下、「仮想特性」とする)であり、(Td+Ta)/Cは操舵トルクTd及びアシストトルクTaによって発生する舵角速度である。
SAT Satは一般的に車速V及び舵角θによって決まるので、戻り舵角速度ωtも車速V及び舵角θに応じて設定する。操舵トルクTdはトルクセンサによって検出し、アシストトルクTaは電流指令値Irefからモータトルク定数Ktを考慮して算出可能である。よって、操舵トルクTd及びアシストトルクTaを合算したトルク(統合トルク)Tcを操舵系の仮想的な粘性係数Cで除算することにより、統合トルクTcによって発生する舵角速度(以下、「統合舵角速度」とする)ωcを算出し、戻り舵角速度ωt及び統合舵角速度ωcを合算し、仮想特性で変換することにより、目標舵角速度ω0が求められる。
このようにして求められた目標舵角速度ω0に対して、本発明では、目標舵角速度ω0と舵角速度ωの偏差(制限前偏差)が過大にならないように制限をかける。つまり、偏差に対して制限値を設定し、偏差が制限値を越えないようにする。このとき、偏差がハンドルを中立(中立点)に戻すような偏差(戻し偏差)の場合に設定する制限値(以下、「戻し制限値」とする)の大きさ(絶対値)に比べて、偏差がハンドルの動きを収れんさせるような偏差(ダンピング偏差)の場合に設定する制限値(以下、「ダンピング制限値」とする)の大きさの方が大きくなるように、制限値を設定する。また、ハンドルの収れんに必要な補償量は舵角速度ωが速いほど大きくなるので、ダンピング制限値の大きさは舵角速度ωが速くなるに従って大きくなるようにする。また、切増しのときには運転者の操舵を阻害しないように、切増し時のダンピング制限値の大きさが切戻し時のダンピング制限値の大きさより小さくなるようにする。
なお、車速Vによってハンドルの戻り性能や車両の収れん性が異なるため、例えば車速Vに応じた車速ゲインを乗算することにより、ハンドル戻り制御の出力を可変にする。また、ハンドル戻り制御が主に必要とされるのは、コラム軸に付加される操舵トルクTdに対して摩擦トルクの割合が相対的に大きいときであるので、操舵トルクTdが大きいときに、ハンドル戻り制御は大きな出力を必要としない。そのため、例えば操舵トルクTdに応じて小さくなる操舵トルクゲインThを乗算することにより、ハンドル戻り制御の出力を可変にする。
このように、目標舵角速度ω0と舵角速度ωとの偏差に応じて制御を行うことで、滑らかなハンドル戻りが実現できると共に、運転者が操舵した場合でも違和感のないハンドル戻り制御を提供できる。
以下に、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。
図3に、本発明に係るハンドル戻し制御部100の構成例(第1実施形態)を示す。ハンドル戻し制御部100に入力される操舵トルクTdは操舵トルクゲイン部151及び加算部122に、電流指令値Irefはモータトルク定数部121及び加算部171に、舵角速度ωは切増/切戻判定部141、制限部142及び減算部154に、舵角θは戻り舵角速度演算部111、切増/切戻判定部141及び制限部142に、車速Vは戻り舵角速度演算部111、粘性係数出力部131及び車速ゲイン部152にそれぞれ入力される。
戻り舵角速度演算部111は、車速V及び舵角θに応じて戻り舵角速度ωtを算出する。例えば、図4に示されるような特性を基に、入力される車速V及び舵角θより舵角速度ωtを決定する。図4に示される特性では、SATは舵角θに応じて大きくなるので、戻り舵角速度ωtも舵角θが大きくなるに従って次第に大きくなるようになっている。また、車速Vに対しては、車速Vが速くなるに従って大きくもなるし、小さくもなる。なお、上述のように、Sat/Cを戻り舵角速度ωtと見做すことができるので、SAT Satを推定或いは測定し、粘性係数Cで除算することにより、戻り舵角速度ωtを算出しても良い。
モータトルク定数部121に入力される電流指令値Irefは、モータトルク定数Ktを乗算され、アシストトルクTaとして出力される。そして、アシストトルクTaと操舵トルクTdが加算部122で加算され、統合トルクTcとなる。
粘性係数出力部131は、車速Vに応じて粘性係数Cを決定する。例えば、粘性係数Cは図5に示されるような特性であり、少なくとも車速V1までは小さい粘性係数C1で一定であり、車速V1以上で車速V2(>V1)以下では次第に大きくなり、車速V2以上では大きな粘性係数C2で一定となる。なお、粘性係数Cの特性は、このような特性に限定されるものではない。粘性係数Cは、粘性特性部132及び仮想特性部133に入力される。
粘性特性部132は、統合トルクTcを粘性係数Cで除算することにより、統合舵角速度ωcを算出する。統合舵角速度ωcは、反転部112で符号を反転した戻り舵角速度−ωtと加算部134で加算され、仮想特性部133に入力され、その入力に対して、仮想特性部133は、慣性モーメントJ及び粘性係数Cより定義される仮想特性を用いて、目標舵角速度ω0を求める。つまり、加算部122、粘性特性部132、反転部112、加算部134及び仮想特性部133にて数5を実行する。なお、戻り舵角速度ωtを、統合舵角速度ωcとは逆の方向となるように戻り舵角速度演算部111で演算すれば、反転部112は不要である。
切増/切戻判定部141は、舵角速度ω及び舵角θに基づいて、ハンドルが切増し方向に操舵されているか、切戻し方向に操舵されているか、或いは保舵状態かを判定し、判定結果Jsをそれぞれ「切増し」、「切戻し」又は「保舵」として出力する。即ち、舵角θ又は舵角速度ωが略0ならば「保舵」、そうではなくて(「保舵」ではなくて)、舵角θと舵角速度ωの符号が一致している場合は「切増し」、一致していない場合は「切戻し」と判定する。
制限部142は、切増/切戻判定部141からの判定結果Js、舵角速度ω及び舵角θに基づいて、目標舵角速度ω0に対して制限をかけ、制限目標舵角速度ω0’を出力し、制限目標舵角速度ω0’と舵角速度ωの偏差(制限後偏差)SG1(=ω0’−ω)が減算部154で求められる。制限部142の詳細については後述する。
操舵トルクゲイン部151は、操舵トルクTdに応じて操舵トルクゲインThを出力する。例えば、操舵トルクゲインThは図6に示すような特性であり、操舵トルクTdがT1までは一定値ゲインTh1であり、T1を超えると次第に減少し、T2以上でゲイン0となる特性となっている。
車速ゲイン部152は、車速Vに応じて車速ゲインKPを出力する。例えば、車速ゲインKPは図7に示すような特性であり、少なくとも車速V3までは小さいゲインKP1で一定であり、車速V3以上では次第に大きくなり、車速V4以上では大きなゲインKP2で一定であるが、このような特性に限定されるものではない。
操舵トルクゲインTh及び車速ゲインKPは共に乗算部153及びリミッタ163に入力される。
偏差SG1に操舵トルクゲインTh及び車速ゲインKPを乗算した乗算部153からのハンドル戻し制御偏差SG2は、加算部164に入力されると共に、特性改善のための積分制御部161に入力され、積分ゲイン部162を経てリミッタ163に入力され、リミッタ163で操舵トルクゲインTh及び車速ゲインKPに応じて出力を制限された信号SG4が加算部164で、ハンドル戻し制御偏差SG2と加算され、ハンドル戻し制御電流HRとして出力される。積分は摩擦の影響を受け易い低操舵トルク域を補償し、特に手放しで摩擦に負ける領域で積分を利かせる。加算部171で電流指令値Irefにハンドル戻し制御電流HRを加算して補正(補償)し、補正された補償電流指令値Irefnが電流指令値Irefに替わって電流制限部33に入力され、モータ駆動される。なお、ノイズを除去するために、ハンドル戻し制御電流HRを、例えばローパスフィルタに通してから、加算部171に入力しても良い。
図3に示される構成例において、モータトルク定数部121及び加算部122で統合トルク演算部を構成し、粘性係数出力部131、粘性特性部132、仮想特性部133及び加算部134で操舵系特性部を構成し、切増/切戻判定部141及び制限部142で目標舵角速度制限部を構成し、操舵トルクゲイン部151、車速ゲイン部152、乗算部153及び減算部154でハンドル戻し制御偏差算出部を構成し、積分制御部161、積分ゲイン部162、リミッタ163及び加算部164でハンドル戻し制御電流演算部を構成している。
ここで、制限部142の詳細について説明する。
制限部142は、目標舵角速度ω0に対して、目標舵角速度ω0と舵角速度ωの偏差(制限前偏差)が過大にならないように、偏差に対して制限値を設定することにより、制限をかける。制限値は、戻し制限値の大きさに比べてダンピング制限値の大きさの方が大きくなるように(以下、「条件1」とする)、また、ダンピング制限値の大きさは舵角速度ωが速くなるに従って大きくなるように(以下、「条件2」とする)、更に、切増し時のダンピング制限値の大きさが切戻し時のダンピング制限値の大きさより小さくなるように(以下、「条件3」とする)設定される。そして、切戻しの状況において、舵角θが正のときに値が負であるか又は舵角θが負のときに値が正である偏差に対する制限値を戻し制限値とし、舵角速度ωが速い状況において、舵角θが正のときに値が正であるか又は舵角θが負のときに値が負である偏差に対する制限値をダンピング制限値とし、更に切増し時と切戻し時とで別のダンピング制限値を用意し、上記の3つの条件を満たすようにする。例えば、舵角θが正の場合、制限値を図8(A)に示されるような特性とする。図8は、縦軸を制限値とし、横軸を舵角速度ωの絶対値|ω|とした特性図であり、実線が戻し制限値、破線が切戻し時のダンピング制限値(以下、「切戻しダンピング制限値」とする)、一点鎖線が切増し時のダンピング制限値(以下、「切増しダンピング制限値」とする)である。なお、ダンピング制限値は舵角速度ωが速いとき(舵角速度の絶対値|ω|が大きいとき)の呼称であるが、以下では舵角速度ωが遅いときも含めてダンピング制限値と呼ぶことにする。図8(A)に示されるように、戻し制限値は一定値であり、ダンピング制限値は、|ω|が所定の値|ω1|までは一定値(ゼロでも良い)で、それ以降は|ω|に比例して大きくなる。そして、切増しダンピング制限値は、切戻しダンピング制限値よりも小さくなっている。舵角θが負の場合は、制限値の正負が逆となり、制限値は図8(B)に示すような特性となる。なお、制限値の特性は図8に示されるような特性に限られず、上記の3つの条件を満たすならば曲線等を含むような特性でも良く、更に少なくとも条件1を満たすような特性でも良い。少なくとも条件1を満たすような特性の場合、ダンピング制限値は一定値でも良い。
制限部142は、図8に示される特性を用いて、目標舵角速度ω0に対して制限をかける。制限部142の構成例を図9に示す。制限部142は、先ず目標舵角速度ω0と舵角速度ωの偏差Δωを減算部149にて求める。そして、舵角θの符号及び偏差Δωの符号をそれぞれ符号部145及び146で求め、それらの符号及び切増/切戻判定部141からの判定結果Jsに基づいて使用する制限値を制限値決定部147で決定し、決定された制限値Ltを用いて偏差Δωに制限実行部148で制限をかける。即ち、判定結果Jsが「切戻し」の場合、舵角θが正で偏差Δωが正ならば図8(A)の切戻しダンピング制限値(以下、「切戻しダンピング制限値1」とする)を使用し、舵角θが正で偏差Δωが負ならば図8(A)の戻し制限値を使用し、舵角θが負で偏差Δωが正でも同じ戻し制限値を使用し、舵角θが負で偏差Δωが負ならば図8(B)の切戻しダンピング制限値(以下、「切戻しダンピング制限値2」とする)を使用する。判定結果Jsが「切増し」の場合、舵角θが正で偏差Δωが正ならば図8(A)の切増しダンピング制限値(以下、「切増しダンピング制限値1」とする)を使用し、舵角θが正で偏差Δωが負又は舵角θが負で偏差Δωが正ならば戻し制限値を使用し、舵角θが負で偏差Δωが負ならば図8(B)の切増しダンピング制限値(以下、「切増しダンピング制限値2」とする)を使用する。判定結果Jsが「保舵」の場合、戻し制限値を使用する。そして、制限をかけられた偏差Δωを目標舵角速度ω0に加算部150で加算することにより、制限目標舵角速度ω0’を算出する。なお、制限部142を図9に示されるような構成ではなく、CPU内部のプログラムとして実現しても良い。
このように制限部142にて目標舵角速度ω0に対して制限をかける理由を、舵角θが正の場合を例として説明する。
図10(A)、(B)及び(C)は、舵角θ、舵角速度ω及び目標舵角速度ω0の時間変化を表わした図であり、実線が舵角θ、破線が舵角速度ω、一点鎖線が目標舵角速度ω0である。図10(D)は、図10(A)及び(B)での目標舵角速度ω0と舵角速度ωの偏差Δωの時間変化を表わした図であり、図10(E)は、図10(C)での偏差Δωの時間変化を表わした図である。
図10(A)は制限部142による制限をかけない場合を示しており、時点t1近辺では偏差Δωが大きくなっており、それによりハンドル戻り制御での補償量が大きくなり、違和感が発生するおそれがある。そこで、舵角速度ωの大きさが目標舵角速度ω0の大きさよりも小さい場合、偏差Δωが大きくならないように、目標舵角速度ω0を、図10(B)での二点鎖線のように制限する。つまり、この場合、図10(D)に示すように、舵角θが正で偏差Δωが負であり、ハンドルを中立に戻す方向に補償量が出力されるので、補償量が大きくなり過ぎないように、点線で示すように、偏差Δωを制限する。
図10(C)での時点t2近辺のように、舵角速度ωの大きさが目標舵角速度ω0の大きさよりも大きい場合も偏差Δωは大きくなるが、この場合は急な戻りを抑制するために、偏差Δωを大きいままにするべく、目標舵角速度ω0の制限を開放する(制限をかけづらくする)。つまり、この場合は、図10(E)に示すように、舵角θが正で偏差Δωも正であり、ハンドルの動きを収れんさせる方向(戻りを抑制させる方向)に補償量が出力されるので、偏差Δωを制限しない。このように、偏差Δωに基づいて制御するので、偏差Δωが大きいほど補償量の出力も大きくなり、ハンドルの動きを収れんさせる方向への出力を、ハンドルを中立に戻す方向への出力よりも大きくすることが可能となる。
このような構成において、その動作例を、図11及び図12のフローチャートを参照して説明する。
先ず操舵トルクTd、電流指令値Iref、車速V、舵角θ、舵角速度ωを入力(読み取り)し(ステップS1)、操舵トルクゲイン部151は操舵トルクゲインThを出力する(ステップS2)。モータトルク定数部121は電流指令値Irefにモータトルク定数Ktを乗算してアシストトルクTaを算出し(ステップS3)、加算部122で操舵トルクTdと加算して統合トルクTcを算出し(ステップS4)、粘性特性部132に出力する。
また、戻り舵角速度演算部111は、入力された舵角θ及び車速Vに基づいて戻り舵角速度ωtを求め(ステップS5)、反転部112が戻り舵角速度ωtの符号反転を行い(ステップS6)、加算部134に入力する。車速ゲイン部152は車速Vに従った車速ゲインKPを出力し(ステップS7)、粘性係数出力部131は車速Vに従った粘性係数Cを出力する(ステップS8)。粘性係数Cは粘性特性部132及び仮想特性部133に入力され、粘性特性部132は、入力された統合トルクTcを粘性係数Cで除算し、統合舵角速度ωcを算出し(ステップS9)、加算部134に出力する。符号反転された戻り舵角速度−ωtと統合舵角速度ωcが加算部134で加算され(ステップS10)、更に仮想特性部133で仮想特性を用いて目標舵角速度ω0が求められ(ステップS11)、目標舵角速度ω0は制限部142に入力される。
切増/切戻判定部141は舵角速度ω及び舵角θを入力し、それらに基づいてハンドルの操舵方向を判定し(ステップS12)、判定結果Jsを出力する。
制限部142は、舵角速度ω、舵角θ、目標舵角速度ω0及び判定結果Jsを入力し、制限処理を行う(ステップS13)。制限処理については図12のフローチャートを参照して説明する。
制限部142は、目標舵角速度ω0と舵角速度ωの偏差Δωを減算部149で求める(ステップS101)。そして、符号部145及び146にて舵角θの符号及び偏差Δωの符号をそれぞれ求め、制限値決定部147において判定結果Jsを確認し(ステップS102)、判定結果Jsが「切戻し」の場合、舵角θが正であり(ステップS103)、偏差Δωが正ならば(ステップS104)、切戻しダンピング制限値1を用いて偏差Δωに制限実行部148で制限をかけ(ステップS105)、偏差Δωが負ならば(ステップS104)、戻し制限値を用いて偏差Δωに制限をかける(ステップS106)。舵角θが負であり(ステップS103)、偏差Δωが正ならば(ステップS107)、戻し制限値を用いて偏差Δωに制限をかけ(ステップS108)、偏差Δωが負ならば(ステップS107)、切戻しダンピング制限値2を用いて偏差Δωに制限をかける(ステップS109)。判定結果Jsが「切増し」の場合、舵角θが正であり(ステップS110)、偏差Δωが正ならば(ステップS111)、切増しダンピング制限値1を用いて偏差Δωに制限をかけ(ステップS112)、偏差Δωが負ならば(ステップS111)、戻し制限値を用いて偏差Δωに制限をかける(ステップS113)。舵角θが負であり(ステップS110)、偏差Δωが正ならば(ステップS114)、戻し制限値を用いて偏差Δωに制限をかけ(ステップS115)、偏差Δωが負ならば(ステップS114)、切増しダンピング制限値2を用いて偏差Δωに制限をかける(ステップS116)。判定結果Jsが「保舵」の場合、戻し制限値を用いて偏差Δωに制限をかける(ステップS117)。制限実行部148での偏差Δωへの制限のかけ方は、偏差Δωが制限値を越えた場合(偏差Δωの絶対値が制限値の絶対値より大きい場合)、制限値を偏差Δωとし、そうでない場合、偏差Δωはそのままとする。制限をかけられた偏差Δωを目標舵角速度ω0に加算部150で加算し、制限目標舵角速度ω0’を算出する(ステップS118)。
制限目標舵角速度ω0’は減算部154に加算入力され、減算入力された舵角速度ωとの偏差SG1が求められ(ステップS14)、偏差SG1は乗算部153に入力される。乗算部153には操舵トルクゲインTh及び車速ゲインKPが入力されており、それらの乗算によってハンドル戻し制御偏差SG2が求められる(ステップS15)。ハンドル戻し制御偏差SG2は積分制御部161で積分処理され(ステップS16)、更に積分ゲインKIを乗算され(ステップS17)、リミッタ163でリミット処理される(ステップS18)。
リミッタ163でリミット処理された信号SG4は加算部164に入力され、ハンドル戻し制御偏差SG2と加算され(ステップS19)、ハンドル戻し制御電流HRを出力する(ステップS20)。加算部171で電流指令値Irefにハンドル戻し制御電流HRを加算して補正し、補償電流指令値Irefnを出力する(ステップS21)。補正された補償電流指令値Irefnが電流制限部33に入力され、モータ駆動される。
なお、図11及び図12でのデータ入力、演算や処理の順番は適宜変更可能である。
目標舵角速度と舵角速度の偏差に対する制限値を、車速、舵角及び/又は舵角速度によって変化させることも可能である。
車速によってSATが変化し、また一般的な車速感応式電動パワーステアリング装置ではアシストトルクも変化する。よって、それらの変化によりハンドル戻りも変化するため、車速によって制限値を変化させることで、滑らかなハンドル戻しを広い車速域で実現することができる。
制限値を舵角に応じて変化させることで、車両特性が大きく現れるオフセンタ域において、ハンドルを中立に戻す場合やハンドルの動きを収れんさせる場合のどちらの場合でも、より一層の制御効果が得られる。また、摩擦の影響が大きくなるオンセンタ域においても、より一層の制御効果が期待できる。
図8に示されるように、制限値は舵角速度に応じて、ある程度変化させているが、切増しから切戻しへ移行する際の反力感を創出するために、さらに制限値を舵角速度に応じて変化させる。操舵を切増しから切戻しに移行する際には時間の大小はあるが、必ず舵角速度がゼロとなる保舵の領域があるので、舵角速度によって制限値を変化させることにより、保舵時の反力を作り出すことが可能となる。また、これにより静止摩擦を補償する効果も得られる。
図13に、車速、舵角及び舵角速度によって制限値を変化させる場合のハンドル戻し制御部200の構成例(第2実施形態)を示す。図3に示される第1実施形態の構成例と比べると、制限部142が制限部242に代わっており、制限部242には車速Vも入力されている。その他の構成は第1実施形態と同じであるので、説明は省略する。
制限部242は、車速によって制限値を変化させるために、任意の車速毎に制限値が設定されており、舵角及び舵角速度によって制限値を変化させるために、舵角ゲイン部243及び舵角速度ゲイン部244を備えている。
任意の車速毎に設定される制限値としては、例えば図14に示されるように、車速に応じて変化させた切戻し時及び切増し時それぞれでのダンピング制限値並びに戻し制限値を複数用意する。入力される車速Vに対応する制限値がない場合は、最も近い車速の制限値を使用する、用意された制限値から補間した制限値を使用する等により対応する。
舵角ゲイン部243は、舵角θに応じて舵角ゲインGaを決定する。例えば図15の実線で示されるような特性を有し、舵角θが大きくなるに従って、舵角ゲインGaも大きくなる。なお、舵角ゲインGaの特性は、このような特性に限定されるものではなく、例えば図15の破線で示されるように、舵角θが小さいときは舵角θが大きくなるに従って小さくなり、その後、大きくなるような特性でも良い。
舵角速度ゲイン部244は、舵角速度ωに応じて舵角速度ゲインGvを決定する。例えば図16に示されるような特性を有し、舵角速度ωが大きくなるに従って、舵角速度ゲインGvは小さくなり、所定の舵角速度以降は一定となる。なお、舵角速度ゲインGvの特性は、このような特性に限定されるものではない。
制限部242は、車速Vに応じて設定された制限値に舵角ゲインGa及び舵角速度ゲインGvを乗算した制限値を用いて偏差Δωに制限をかける。
第2実施形態の動作は、第1実施形態の動作と比べると、制限部での制限処理の動作が異なる。
第2実施形態での制限処理の動作例を図17に示す。図12に示される第1実施形態での制限処理と比べると、制限値を用いて偏差Δωに制限をかける動作(ステップS105、S106、S108、S109、S112、S113、S115、S116、S117)において実行される制限値の決定の動作に変更があり(ステップS121、S123、S125、S127、S129、S131、S133、S135、S137)、制限値決定と制限実行の間にゲインの乗算(ステップS122、S124、S126、S128、S130、S132、S134、S136、S138)の動作が加わっている。制限値決定では、入力された車速Vに従って、使用する制限値を決定する。例えば、ステップS121では、車速Vに対応する切戻しダンピング制限値1を使用する。ゲイン乗算では、制限値決定で決定された制限値に対して、舵角θに応じた舵角ゲインGa及び舵角速度ωに応じた舵角速度ゲインGvを乗算する。そして、それらの動作により得られた制限値を用いて、偏差Δωに制限をかける。
なお、車速による制限値の変化を、舵角及び舵角速度による制限値の変化と同様に、ゲインの乗算で行っても良い。この場合、ダンピング制限値と戻し制限値に対するゲインは同一でも異なっても良い。舵角及び舵角速度による制限値の変化を、車速による制限値の変化と同様に、任意の舵角又は舵角速度毎に制限値を設定する方法で行っても良い。ゲインの乗算ではなく、オフセットの加減算で制限値を変化させても良い。また、上述では車速、舵角及び舵角速度全てを用いて制限値を変化させているが、少なくとも1つを用いて制限値を変化させるようにしても良い。
上述の実施形態(第1実施形態、第2実施形態)において、舵角速度はモータ角速度×ギア比で求めることも可能であり、仮想特性は車速、舵角、切増し/切戻し/保舵状態に応じて可変させても良い。また、仮想車両モデルには仮想的な摩擦特性を付加しても良い。更に、ハンドル戻し制御偏差に対してI(積分)制御演算を行うようにしているが、P(比例)制御演算、I制御演算、D(微分)制御演算の全てを行うことも可能であり、PIDの少なくとも1つの制御演算を行うようにすれば良い。