以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
先ず、図1〜図4を参照して、本実施形態に係る車両100について説明する。
車両100は、図1に示すように、エンジン1と、トルクコンバータ2と、自動変速機3と、油圧制御装置4と、ECU5とを備えている。この車両100は、例えばFF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式であり、エンジン1の出力が、トルクコンバータ2および自動変速機3を介してデファレンシャル装置6に伝達され、左右の駆動輪(前輪)7に分配されるようになっている。
−エンジン−
エンジン(内燃機関)1は、走行用の駆動力源であり、例えば多気筒ガソリンエンジンである。エンジン1は、スロットルバルブのスロットル開度(吸入空気量)、燃料噴射量、点火時期などにより運転状態を制御可能に構成されている。
−トルクコンバータ−
トルクコンバータ2は、図2に示すように、エンジン1の出力軸であるクランクシャフト1aに連結されたポンプインペラ21と、自動変速機3に連結されたタービンランナ22と、トルク増幅機能を有するステータ23と、エンジン1と自動変速機3とを直結するためのロックアップクラッチ24とを含んでいる。なお、図2では、トルクコンバータ2および自動変速機3の回転中心軸に対して、下側半分を省略して上側半分のみを模式的に示している。
−自動変速機−
自動変速機3は、エンジン1と駆動輪7との間の動力伝達経路に設けられ、入力軸3aの回転を変速して出力軸3bに出力するように構成されている。この自動変速機3では、入力軸3aがトルクコンバータ2のタービンランナ22に連結され、出力軸3bがデファレンシャル装置6などを介して駆動輪7に連結されている。
自動変速機3は、第1遊星歯車装置31aを主体として構成される第1変速部(フロントプラネタリ)31、第2遊星歯車装置32aと第3遊星歯車装置32bとを主体として構成される第2変速部(リアプラネタリ)32、第1クラッチC1〜第4クラッチC4、第1ブレーキB1および第2ブレーキB2などによって構成されている。
第1変速部31を構成する第1遊星歯車装置31aは、ダブルピニオン型の遊星歯車機構であって、サンギヤS1と、互いに噛み合う複数対のピニオンギヤP1と、これらピニオンギヤP1を自転および公転可能に支持するプラネタリキャリアCA1と、ピニオンギヤP1を介してサンギヤS1と噛み合うリングギヤR1とを備えている。
プラネタリキャリアCA1は、入力軸3aに連結され、その入力軸3aと一体的に回転するようになっている。サンギヤS1は、トランスミッションケース30に固定され、回転不能である。リングギヤR1は、中間出力部材として機能し、入力軸3aに対して減速されてその減速回転を第2変速部32に伝達する。
第2変速部32を構成する第2遊星歯車装置32aは、シングルピニオン型の遊星歯車機構であって、サンギヤS2と、ピニオンギヤP2と、そのピニオンギヤP2を自転および公転可能に支持するプラネタリキャリアRCAと、ピニオンギヤP2を介してサンギヤS2と噛み合うリングギヤRRとを備えている。
また、第2変速部32を構成する第3遊星歯車装置32bは、ダブルピニオン型の遊星歯車機構であって、サンギヤS3と、互いに噛み合う複数対のピニオンギヤP2およびP3と、それらピニオンギヤP2およびP3を自転および公転可能に支持するプラネタリキャリアRCAと、ピニオンギヤP2およびP3を介してサンギヤS3と噛み合うリングギヤRRとを備えている。なお、プラネタリキャリアRCAおよびリングギヤRRは、第2遊星歯車装置32aおよび第3遊星歯車装置32bで共用されている。
サンギヤS2は、第1ブレーキB1によりトランスミッションケース30に選択的に連結される。また、サンギヤS2は、第3クラッチC3を介してリングギヤR1に選択的に連結される。更に、サンギヤS2は、第4クラッチC4を介してプラネタリキャリアCA1に選択的に連結される。サンギヤS3は、第1クラッチC1を介してリングギヤR1に選択的に連結される。プラネタリキャリアRCAは、第2ブレーキB2によりトランスミッションケース30に選択的に連結される。また、プラネタリキャリアRCAは、第2クラッチC2を介して入力軸3aに選択的に連結される。リングギヤRRは、出力軸3bに連結され、その出力軸3bと一体的に回転するようになっている。
第1クラッチC1〜第4クラッチC4、第1ブレーキB1および第2ブレーキB2は、何れも油圧アクチュエータによって摩擦係合させられる摩擦係合要素であり、油圧制御装置4およびECU5によって制御される。
図3は、変速段(ギヤ段)毎の第1クラッチC1〜第4クラッチC4、第1ブレーキB1および第2ブレーキB2の係合状態または解放状態を示した係合表である。なお、図3の係合表において、○印は「係合状態」を示し、空白は「解放状態」を示している。
図3に示すように、この例の自動変速機3では、第1クラッチC1および第2ブレーキB2が係合されることにより、変速比(入力軸3aの回転速度/出力軸3bの回転速度)が最も大きい第1変速段(1st)が成立する。第1クラッチC1および第1ブレーキB1が係合されることにより第2変速段(2nd)が成立する。
第1クラッチC1および第3クラッチC3が係合されることにより第3変速段(3rd)が成立し、第1クラッチC1および第4クラッチC4が係合されることにより第4変速段(4th)が成立する。第1クラッチC1および第2クラッチC2が係合されることにより第5変速段(5th)が成立し、第2クラッチC2および第4クラッチC4が係合されることにより第6変速段(6th)が成立する。第2クラッチC2および第3クラッチC3が係合されることにより第7変速段(7th)が成立し、第2クラッチC2および第1ブレーキB1が係合されることにより第8変速段(8th)が成立する。なお、第3クラッチC3および第2ブレーキB2が係合されることにより後進段(Rev)が成立する。
−油圧制御装置−
油圧制御装置4は、自動変速機3の摩擦係合要素の状態(係合状態または解放状態)を制御するために設けられている。なお、油圧制御装置4は、トルクコンバータ2のロックアップクラッチ24を制御する機能も有する。
−ECU−
ECU5は、エンジン1の運転制御および自動変速機3の変速制御などを行うように構成されている。具体的には、ECU5は、図4に示すように、CPU51と、ROM52と、RAM53と、バックアップRAM54と、入力インターフェース55と、出力インターフェース56とを含んでいる。なお、ECU5は、本発明の「制御装置」の一例である。
CPU51は、ROM52に記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて演算処理を実行する。ROM52には、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップなどが記憶されている。RAM53は、CPU51による演算結果や各センサの検出結果などを一時的に記憶するメモリである。バックアップRAM54は、イグニッションをオフする際に保存すべきデータなどを記憶する不揮発性のメモリである。
入力インターフェース55には、クランクポジションセンサ81、入力軸回転速度センサ82、出力軸回転速度センサ83、アクセル開度センサ84およびスロットル開度センサ85などが接続されている。
クランクポジションセンサ81は、エンジン1の回転速度を算出するために設けられている。入力軸回転速度センサ82は、自動変速機3の入力軸3aの回転速度(タービン回転速度)を算出するために設けられている。出力軸回転速度センサ83は、自動変速機3の出力軸3bの回転速度を算出するために設けられている。なお、出力軸3bの回転速度から車速を算出することが可能である。アクセル開度センサ84は、アクセルペダルの踏込量(操作量)であるアクセル開度を検出するために設けられている。スロットル開度センサ85は、スロットルバルブのスロットル開度を検出するために設けられている。
出力インターフェース56には、インジェクタ91、イグナイタ92、スロットルモータ93および油圧制御装置4などが接続されている。インジェクタ91は、燃料噴射弁であり、燃料噴射量を調整可能である。イグナイタ92は、点火プラグによる点火時期を調整するために設けられている。スロットルモータ93は、スロットルバルブのスロットル開度を調整するために設けられている。
そして、ECU5は、各センサの検出結果などに基づいて、スロットル開度、燃料噴射量および点火時期などを制御することにより、エンジン1の運転状態を制御可能に構成されている。また、ECU5は、油圧制御装置4を制御することにより、自動変速機3の変速制御およびトルクコンバータ2のロックアップクラッチ24の制御を実行可能に構成されている。
ECU5による変速制御では、例えば、車速およびアクセル開度をパラメータとする変速マップに基づいて要求変速段が設定され、実際の変速段が要求変速段になるように油圧制御装置4が制御される。
−変速モデルを用いた変速制御−
本実施形態において特徴とする制御(目標入力軸回転速度変化率を設定するための初期なまし制御)を説明する前に、前述した自動変速機3において変速目標値(本発明でいう変速時の制御目標値)を実現させる制御操作量を決定するための変速制御の概略について説明する。
一般的な変速制御としては、例えば変速ショックや変速時間等が適切であるか否かを実車にて評価しつつ適合により予め定められた制御マップに基づいて、変速時の各摩擦係合要素のトルク容量(或いは油圧指令値)を決定して変速を実行する手法がある。この制御マップを用いる手法では、パワーオンダウンシフトやパワーオフアップシフト等の変速パターンおよび変速前後の変速段の組み合わせに応じて、多数の制御マップを作成しておく必要がある。そのため、自動変速機の変速段が多段化されるほど、適合作業に多くの労力が必要となってしまう。
そこで、本実施形態では、変速制御として、前記制御マップを用いる手法に代えて、変速目標値を実現させる制御操作量を決定する変速モデルを用いて変速を実行する手法を採用している。前記変速目標値は、変速時に実現したい変化態様を定める要素(例えば変速時間、駆動力等)の目標値である。前記制御操作量は、制御対象に対して操作する要素(エンジントルク、クラッチトルク等)の要求値である。
以下、変速モデルを用いた変速制御について説明する。変速中における運動方程式は、下記の式(1)および式(2)で表される。
この式(1)および式(2)は、自動変速機3を構成する相互に連結された各回転要素毎の運動方程式、および、自動変速機3を構成する遊星歯車装置における関係式から導き出されたものである。前記各回転要素毎の運動方程式は、各回転要素におけるイナーシャと回転速度時間変化率との積で表されるトルクを、遊星歯車装置の3つの部材、および摩擦係合要素の両側の部材のうち各回転要素に関与する部材に作用するトルクにて規定した運動方程式である。また、遊星歯車装置における関係式は、遊星歯車装置の歯車比を用いて、その遊星歯車装置の3つの部材におけるトルクの関係と回転速度時間変化率の関係とを各々規定した関係式である。
式(1)および式(2)において、dωt/dtは、タービン回転速度(回転角速度)ωt(すなわち変速機入力軸回転速度ωi)の時間微分すなわち時間変化率であり、入力軸3a側の回転部材の速度変化量としての入力軸3aの加速度(角加速度、以下、入力軸加速度という場合もある)を表している。この入力軸加速度dωt/dtが本発明でいう入力軸回転速度変化率に相当する。dωo/dtは、変速機出力軸回転速度ωoの時間変化率であり、出力軸加速度を表している。Ttは、入力軸3a側の回転部材上のトルクとしての入力軸3a上のトルクであるタービントルクすなわち変速機入力トルクTiを表している。このタービントルクTtは、トルクコンバータ2のトルク比tを考慮すればエンジントルクTe(=Tt/t)と同意である。Toは、出力軸3b側の回転部材上のトルクとしての出力軸3b上のトルクである変速機出力トルクを表している。Tcaplは、変速時に係合動作を行う摩擦係合要素のトルク容量(以下、係合側クラッチトルクという)である。Tcdrnは、変速時に解放動作を行う摩擦係合要素のトルク容量(以下、解放側クラッチトルクという)である。a1,a2,b1,b2,c1,c2,d1,d2はそれぞれ、前記式(1)および式(2)を導き出した際に定数としたものであり、前記各回転要素におけるイナーシャおよび前記遊星歯車装置の歯車比から設計的に定められる係数である。この定数の具体的な数値は、例えば変速の種類(例えば変速パターンや変速前後の変速段の組み合わせ)毎に異なる。従って、前記運動方程式としては1つの所定のものであるが、自動変速機3の変速には、変速の種類毎に異なる定数とされたそれぞれの変速の種類に対応する運動方程式が用いられる。
前記式(1)および式(2)は、変速目標値と制御操作量との関係を定式化した自動変速機3のギヤトレーン運動方程式である。変速目標値は、変速時間および駆動力の各目標値を表現でき、ギヤトレーン運動方程式上で取り扱えるものである。本実施形態では、変速時間を表現できる物理量の一例として、入力軸加速度dωt/dtを用いている。また、駆動力を表現できる物理量の一例として、変速機出力トルクToを用いている。つまり、本実施形態では、変速目標値を、入力軸加速度dωt/dtと、変速機出力トルクToとの2つの値で設定している。
一方、本実施形態では、前記変速目標値を成立させる制御操作量を、タービントルクTt(エンジントルクTeも同意)と、係合側クラッチトルクTcaplと、解放側クラッチトルクTcdrnとの3つの値で設定している。そうすると、運動方程式が前記式(1)および式(2)の2式で構成されることに対して制御操作量が3つあるため、2つの変速目標値を成立させる制御操作量を一意に解くことはできない。なお、各式中の出力軸加速度dωo/dtは、前記出力軸回転速度センサ83の検出値である変速機出力軸回転速度ωoから算出される。
そこで、前記式(1)および式(2)の運動方程式に、拘束条件を追加して制御操作量を一意に解くことについて検討した。そして、本実施形態では、変速中のトルクの受け渡しを表現したり制御したりするのに適しており、また、何れの変速パターンにも対応することができる拘束条件として、解放側クラッチと係合側クラッチとで受け持つ伝達トルクのトルク分担率を用いることとしている。つまり、変速中のトルクの受け渡しを運動方程式に組み込むことができ、且つ制御操作量を一意に解くことができる、伝達トルクのトルク分担率を拘束条件として設定することとしている。前記トルク分担率は、自動変速機3の変速時に解放側クラッチと係合側クラッチとで受け持つ必要がある合計の伝達トルク(合計伝達トルク)を、例えば入力軸3a上のトルク(入力軸上合計伝達トルク)に置き換えたときに、その入力軸上合計伝達トルクに対して両摩擦係合要素が各々分担する伝達トルクの割合である。本実施形態では、係合側クラッチのトルク分担率を「xapl」とし、解放側クラッチのトルク分担率を「xdrn」として、それぞれのトルク分担率を、変速中のトルクの受け渡しを反映するように時系列で変化するトルク分担率x(例えば0≦x≦1)を用いて次式(3)および次式(4)のように定義する。
xapl=x …(3)
xdrn=1−x …(4)
係合側クラッチトルクTcaplと解放側クラッチトルクTcdrnとの関係式は、入力軸3a上のトルクに置き換えた「Tcapl」および「Tcdrn」と、前記式(3)および式(4)とに基づいて、「x」(=xapl)と「1−x」(=xdrn)とを用いて定義することができる。そして、前記式(1)、前記式(2)、および、「Tcapl」と「Tcdrn」との関係式から、制御操作量である、タービントルクTt、係合側クラッチトルクTcapl、および、解放側クラッチトルクTcdrnを算出する関係式が導き出される。タービントルクTt(エンジントルクTeも同意)は、「x」(=xapl)、「1−x」(=xdrn)、入力軸加速度dωt/dt、および、変速機出力トルクToなどを用いた関係式にて表される。同様に、係合側クラッチトルクTcaplは、「x」(=xapl)、入力軸加速度dωt/dt、および、変速機出力トルクToなどを用いた関係式にて表される。同様に、解放側クラッチトルクTcdrnは、「1−x」(=xdrn)、入力軸加速度dωt/dt、および、変速機出力トルクToなどを用いた関係式にて表される。
つまり、本実施形態の変速モデルは、前記変速目標値と前記制御操作量とを含む自動変速機3の運動方程式(前記式(1),(2))と、前記トルク分担率を表す関係(前記式(3),(4))とを用いて、前記変速目標値に基づいて前記制御操作量を算出するものである。このように、本実施形態では、前記式(1),(2)に、トルク分担率xにて設定した拘束条件を追加することで、変速モデルを用いて自動変速機3の変速を実行する。よって、2つの変速目標値に対して3つの制御操作量があったとしても、前記変速モデルを用いて3つの制御操作量を適切に決定することができる。この変速モデルとしては1つの所定のものであるが、上述したように変速の種類(例えば変速パターンや変速前後の変速段の組み合わせ)毎に異なる定数とされたギヤトレーン運動方程式が用いられるので、自動変速機3の変速には、それぞれの変速の種類に対応する変速モデルが用いられることになる。
−初期なまし制御−
本実施形態では、変速初期における入力軸回転速度変化率を小さくすることで与えられる目標入力軸回転速度変化率を設定するための手段として初期なまし制御を利用した場合を例に挙げて説明する。
この初期なまし制御は、パワーオンダウンシフト時の変速初期における入力軸回転速度変化率(入力軸加速度dωt/dt)を、なますことによって、目標入力軸回転速度変化率を設定して行うものである。この目標入力軸回転速度変化率の設定動作は、前述した式(1)における入力軸加速度dωt/dtの目標値を設定する動作である。
また、本実施形態にあっては、この初期なまし制御の実行の有無、つまり、低く設定された(なまされた)目標入力軸回転速度変化率を使用した変速動作と、なましていない目標入力軸回転速度変化率を使用した変速動作との利用態様を、中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト制御(特にパワーオン飛び越しダウンシフト制御)が実行される場合と、中間変速段を経由させないダウンシフト制御(特に単一変速でのパワーオンダウンシフト制御)が実行される場合とで異ならせている。また、中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト制御においても、変速開始前の変速段から中間変速段に向けての変速と、中間変速段から他の変速段に向けての変速とで、初期なまし制御の実行の有無を異ならせている。これらについては後述する。
なお、前述した、なましていない目標入力軸回転速度変化率は、前記ROMに記憶された入力軸回転速度変化率マップから読み出される。この入力軸回転速度変化率マップは、入力軸回転速度変化率(入力軸加速度dωt/dt)を変化させる態様を定めたマップである。この入力軸回転速度変化率マップは、ドライバビリティの悪化の抑制と変速時間の短縮とを両立させながらイナーシャ相中にタービン回転速度ωtを変化させることができるように、予め定められている。
前記飛び越しダウンシフト制御とは、例えばパワーオンダウンシフト時等において、現在の変速段から2段以上のローギヤ側の変速段に向けて変速される制御(現変速段と運転状態に応じて要求される要求変速段との間に2段以上の変速段差が生じた場合の制御)である。例えば、第7変速段での走行中にアクセルペダルの踏込量が大きくなって、要求変速段が第3変速段に設定されて変速が実行される場合等が挙げられる。
本実施形態に係るもののように変速段数が多い自動変速機3にあっては、一対の摩擦係合要素の掛け替え(所謂クラッチツークラッチ変速)で実現可能な変速前後の変速比の変化量が大きくなる傾向がある。この場合、摩擦係合要素の解放および係合に伴う摩擦係合要素の回転速度変化量が大きくなり、この摩擦係合要素の摩擦材同士の摺動による発熱量(クラッチ発熱量)が増大してしまうことになる。
摩擦係合要素の温度上昇を抑えることでその耐久性(特に、摩擦材の耐久性)を保証する手段としては、変速中の伝達トルクを低下させることが挙げられる(例えばエンジン1のトルクダウン制御等)。しかしながら、この場合、変速中の駆動力が低下したり、変速後における駆動力の変動が大きくなったりしてドライバビリティの悪化に繋がってしまう虞がある。また、前記耐久性を保証する他の手段として、摩擦係合要素の熱容量を増大させることも挙げられる。しかしながら、この場合、摩擦係合要素の大型化に繋がってしまう。その結果、自動変速機3の大型化および重量の増大化、製造コストの高騰、動力伝達効率の悪化等を招いてしまうことになる。
これらの不具合を解消するために、飛び越しダウンシフト要求が生じた場合、変速前の変速段と、前記変速マップに基づいて設定された要求変速段との間に他の変速段(中間変速段)を経由させることが行われる。
ところで、自動変速機3の一般的なパワーオンダウンシフト制御では、変速初期時における駆動力抜け(解放側の摩擦係合要素の解放動作が急速に進むことによる駆動力抜け)に起因するドライバビリティの悪化を抑制するために、自動変速機3の入力軸3aの回転速度の単位時間当たりの変化量の目標値である前記目標入力軸回転速度変化率を設定するに際し、変速初期時におけるこの目標入力軸回転速度変化率の初期なまし制御を行っている。
しかしながら、前述した中間変速段を経由させるダウンシフト時に、第1回目の変速制御(変速開始前の変速段から中間変速段への変速制御;第1変速制御)の変速初期時だけでなく、第2回目の変速制御(中間変速段から他の変速段(例えば要求変速段)への変速制御;第2変速制御)の変速初期時においても前記目標入力軸回転速度変化率の初期なまし制御を行った場合には、一連のダウンシフト制御(変速開始前の変速段から要求変速段までの間のダウンシフト制御)での回転変化の中盤で入力軸回転速度変化率が小さくなってしまう(変速動作が停滞してしまう)ことになる。これでは、飛び越しダウンシフトを円滑に行うことができず、変速時間の長期化にも繋がってしまう。
また、変速時間の短縮化を図るべく、前記第2変速制御に対応する変速段間での変速初期の目標入力軸回転速度変化率を大きく設定した場合には、この変速段間での変速が単一変速(中間変速段を経由させないダウンシフト)であった場合に、前述した変速初期時の駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化が発生してしまう虞がある。
本実施形態は、これらの点に鑑み、単一変速および中間変速段を経由させる変速の何れにおいても、変速初期時の駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制し、また、中間変速段を経由させる変速にあっては回転変化の中盤で入力軸回転速度変化率が小さくなってしまう(変速動作が停滞してしまう)ことを抑制するようにしたものである。
具体的には、パワーオンダウンシフトが要求され、前記中間変速段を経由させる変速が行われる場合に、変速開始前の変速段(現変速段)からの変速によって中間変速段が成立した以降であって要求変速段が成立するまでの変速に対してのみ、前記初期なまし制御(目標入力軸回転速度変化率を設定するための初期なまし制御)を非実行とするようにしている。つまり、変速開始前の変速段からの変速に対しては、その変速の初期において初期なまし制御を実行する一方、それ以降の変速(中間変速段が成立した以降の変速)に対しては、その変速の初期において初期なまし制御を禁止するようにしている。言い替えると、パワーオンダウンシフトが要求され、前記中間変速段を経由させる変速が行われる場合に、変速開始前の変速段(現変速段)からの変速によって中間変速段が成立した以降であって要求変速段が成立するまでの変速に対してのみ、変速初期における入力軸回転速度変化率を小さくすることなしに目標入力軸回転速度変化率を設定するようにしている。
この変速制御は前記ECU5によって実行される。このため、ECU5において、前記初期なまし制御(より詳しくは初期なまし制御の許可と禁止とを切り替える制御)を実行する機能部分が初期なまし制御部として構成されている。また、この初期なまし制御部は、広義には、本発明でいう目標設定部(パワーオンダウンシフト時の変速初期における入力軸回転速度変化率を小さくすることで与えられる目標入力軸回転速度変化率を設定する目標設定部)に相当する。
次に、本実施形態における初期なまし制御の手順について図5のフローチャートに沿って説明する。このフローチャートは、車両のスタートスイッチがオン操作された後、所定時間毎に繰り返して実行される。
先ず、ステップST1において、自動変速機3の変速要求が生じ、その変速要求がパワーオンダウンシフト要求であるか否かを判定する。つまり、アクセルペダルの踏込量が大きくなり、前記変速マップに基づいて設定される要求変速段が、現在の変速段からローギヤ側の変速段に変更されたか否かが判定される。
パワーオンダウンシフト要求が生じていない場合、つまり、自動変速機3の変速要求がアップシフト要求であった場合や、パワーオフダウンシフト要求であった場合や、自動変速機3の変速要求が生じていない場合には、ステップST1でNO判定され、そのままリターンされる。この場合、アップシフト要求やパワーオフダウンシフト要求が生じておれば、その変速要求に従った変速が実行されることになる。
一方、パワーオンダウンシフト要求が生じており、ステップST1でYES判定された場合には、ステップST2に移り、その変速要求が、中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト要求(中間変速段を経由させるパワーオン飛び越しダウンシフト要求)であるか否かを判定する。つまり、前記変速マップに基づいて設定される要求変速段が、現在の変速段から2段以上のローギヤ側の変速段であり、且つ要求変速段に至るまでに中間変速段を経由させる必要があるものであるか否かを判定する。この中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト要求としては、例えば第7変速段が成立している車両走行中に、前記アクセル開度センサ84によって検出されたアクセル開度が大きくなったことで、第7変速段から第3変速段へのダウンシフト要求が生じた場合等が挙げられる。この場合、中間変速段としては例えば第5変速段が設定される。
飛び越しダウンシフトにおける変速前後の変速段の組み合わせそれぞれに対して、中間変速段を経由させる必要があるか否かの情報、および、中間変速段を経由させる必要がある場合に設定される中間変速段の情報は、前述した如くクラッチ発熱量等を考慮したものとして予め前記ROMに記憶されている。このため、パワーオンダウンシフト要求が生じた際には、このROMに記憶された情報を参照することによって、中間変速段を経由させる必要がある飛び越しダウンシフトであるか否かの判定、および、中間変速段を経由させる必要がある場合の中間変速段の設定がそれぞれ行われることになる。また、前記ROMに記憶される、中間変速段を経由させる必要があるか否かの情報および設定される中間変速段の情報としては、飛び越しダウンシフトにおける変速前後の変速段の組み合わせと車速(前記出力軸回転速度センサ83からの出力信号に基づいて算出される出力軸3bの回転速度に相当)とに応じて設定されたものであってもよい。例えば、変速前後の変速段の組み合わせが同一であっても、車速が所定値以上である場合には中間変速段を経由させる必要があると判断され、車速が所定値未満である場合には中間変速段を経由させる必要はないと判断される。
中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト要求ではない場合、つまり、変速段を1つだけ変化させるダウンシフト要求(例えば第7変速段から第6変速段へのダウンシフト要求等)であった場合や、中間変速段を経由させなくてもクラッチ発熱量を低く抑えることができる飛び越しダウンシフト(例えば第7変速段から第5変速段へのダウンシフト要求等)であった場合には、ステップST2でNO判定され、ステップST3に移る。
ステップST3では、前記初期なまし制御が許可される。つまり、変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制するために、この変速初期時における前記目標入力軸回転速度変化率を小さく設定する制御を実行する。この場合のなまし率としては、実験やシミュレーションによって、変速前後の変速段の組み合わせ等に応じて設定されている。具体的には、変速前後における入力軸3aの同期回転速度の差が大きいほど、前記なまし率が小さく設定される。
例えば、第7変速段から第5変速段へのダウンシフト要求が生じていた場合、第2クラッチC2および第3クラッチC3を係合させて第7変速段が成立している状態から、第3クラッチC3を解放し、第1クラッチC1を係合させることで第5変速段を成立させるに際し、第3クラッチC3を解放させる制御(作動油圧を低下させていく制御)によって調整される入力軸回転速度変化率の目標値(目標入力軸回転速度変化率)を小さく設定する。これにより、変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制しながら、入力軸3aの回転速度を第5変速段の同期回転速度に向けて変化させていく。
一方、ステップST2において、変速要求が、中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフト要求であり、YES判定された場合には、ステップST4に移り、第2変速制御以降の変速制御(中間変速段から他の変速段に向けての変速制御)の開始時であるか否かを判定する。
第1変速制御(変速開始前の変速段から中間変速段に向けての変速制御)の開始時である場合には、ステップST4でNO判定され、ステップST3に移る。このステップST3では、前述したように、初期なまし制御が許可される。つまり、変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制するために、この変速初期時における前記目標入力軸回転速度変化率を小さく設定する制御を実行する。即ち、この場合、中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフトにおける第1変速制御の開始時であるとして、初期なまし制御が許可され、変速初期時における目標入力軸回転速度変化率を小さく設定する制御が実行されることになる。例えば、第7変速段から第3変速段への飛び越しダウンシフト要求が生じており、第5変速段が中間変速段として設定されている場合に、第1変速制御として、第2クラッチC2および第3クラッチC3を係合させて第7変速段が成立している状態から、第3クラッチC3を解放し、第1クラッチC1を係合させることで第5変速段を成立させるに際し、第3クラッチC3を解放させる制御(作動油圧を低下させていく制御)によって調整される入力軸回転速度変化率の目標値(目標入力軸回転速度変化率)を小さく設定する。これにより、中間変速段に向けての変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制しながら、入力軸3aの回転速度を第5変速段の同期回転速度に向けて変化させていく。
一方、第2変速制御以降の変速(中間変速段から他の変速段に向けての変速)の開始時である場合には、ステップST4でYES判定され、ステップST5に移る。このステップST5では、前述したように、初期なまし制御が禁止される。つまり、中間変速段から他の変速段に向けての変速初期時における目標入力軸回転速度変化率を大きく設定する制御を実行する。例えば、第7変速段から第3変速段への飛び越しダウンシフト要求が生じており、第5変速段が中間変速段として設定されている場合に、第2変速制御として、第1クラッチC1および第2クラッチC2を係合させて第5変速段が成立している状態から、第2クラッチC2を解放し、第3クラッチC3を係合させることで第3変速段を成立させるに際し、第2クラッチC2を解放させる制御(作動油圧を低下させていく制御)によって調整される入力軸回転速度変化率の目標値(目標入力軸回転速度変化率)を大きく設定する(前記ステップST3での目標入力軸回転速度変化率よりも大きく設定する)。例えば、前記入力軸回転速度変化率マップに記憶された目標入力軸回転速度変化率に設定する。これにより、中間変速段(第5変速段)から要求変速段(第3変速段)に向けての変速初期時において目標入力軸回転速度変化率を低下させることなく、入力軸3aの回転速度を第3変速段の同期回転速度に向けて変化させていく。このため、中間変速段(第5変速段)から要求変速段(第3変速段)に向けての変速初期時にあっては、入力軸3aの回転速度変化率が小さくなってしまうことがなく、変速動作が停滞してしまうことがない。
前述したステップST3およびステップST5の動作が、本発明でいう「目標設定部による動作であって、パワーオンダウンシフトが要求され、中間変速段を経由させる変速が行われる場合に、現変速段からの変速によって中間変速段が成立した以降であって要求変速段が成立するまでの変速に対してのみ、変速初期における入力軸回転速度変化率を小さくすることなしに目標入力軸回転速度変化率を設定する動作」に相当する。
以上の動作が、所定時間毎に繰り返されることになる。
図6は、本実施形態において、単一変速でのパワーオンダウンシフト時(中間変速段を経由させない変速;前記ステップST2でNO判定された場合のステップST3での変速)の目標入力軸回転速度変化率および目標入力軸回転速度それぞれの変化の一例を示すタイミングチャート図である。この図6では、Nin1が変速開始前の変速段における入力軸3aの同期回転速度であり、Nin2が要求変速段における入力軸3aの同期回転速度である。また、期間T1が変速初期において初期なまし制御が実行される期間であり、期間T2が変速終期においてなまし制御が実行される期間である。
この図6から解るように、単一変速では、現変速段(変速開始前の変速段)から要求変速段に向けての変速の初期時に初期なまし制御が実行される。このため、変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制することができる。
図7は、本実施形態において、中間変速段を経由させるパワーオンダウンシフト時(前記ステップST2でYES判定された場合のステップST3およびステップST5での変速)の制御目標変速段および目標入力軸回転速度それぞれの変化の一例を示すタイミングチャート図である。この図7では、例えば制御目標変速段が、第7変速段(7th)、第5変速段(5th)、第3変速段(3rd)の順に変化した例を示している。また、この図7では、Nin3が変速開始前の変速段(第7変速段)における入力軸3aの同期回転速度であり、Nin4が中間変速段(第5変速段)における入力軸3aの同期回転速度であり、Nin5が要求変速段(第3変速段)における入力軸3aの同期回転速度である。また、期間T3が変速初期において初期なまし制御(前記ステップST3で許可される初期なまし制御)が実行される期間であり、期間T4が変速終期においてなまし制御が実行される期間である。また、中間変速段(第5変速段)から要求変速段(第3変速段)に向けての変速初期時にあっては初期なまし制御が禁止されている(前記ステップST5で初期なまし制御が禁止されている)ため、目標入力軸回転速度は連続的に上昇している。つまり、図中の第1変速制御目標Nin(目標入力軸回転速度)と第2変速制御目標Nin(目標入力軸回転速度)とが連続した上昇率となっている。また、一点鎖線は、比較例として、中間変速段から要求変速段への変速時に初期なまし制御が行われた場合の目標入力軸回転速度の変化を示している。この場合、中間変速段から要求変速段に向けての変速初期時にあっては、目標入力軸回転速度の上昇率が小さくなり、変速動作が停滞することに起因して変速時間が長期化している。
この図7から解るように、中間変速段を経由させるパワーオンダウンシフトでは、変速開始前の変速段から中間変速段に向けての変速の初期時には初期なまし制御が実行される。これにより、変速初期時における駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制することができる。また、中間変速段が成立した以降にあっては、要求変速段が成立するまでの変速に対しては、初期なまし制御を非実行とする。このため、変速開始前の変速段から要求変速段までの間のダウンシフト制御での回転変化の中盤で入力軸回転速度変化率が小さくなってしまう(変速動作が停滞してしまう)ことを抑制できる。これにより、中間変速段を経由させる変速を円滑に行うことができ、変速時間が長期化してしまうことを抑制できる。
以上説明したように、本実施形態では、中間変速段を経由させる変速が行われる場合に、変速開始前の変速段(現変速段)からの変速によって中間変速段が成立した以降、要求変速段が成立するまでの変速に対してのみ、初期なまし制御を非実行とするようにしている。これにより、中間変速段を経由させる変速および単一変速の何れにおいても、変速初期時の駆動力抜けに起因するドライバビリティの悪化を抑制し、また、中間変速段を経由させる変速にあっては回転変化の中盤で入力軸回転速度変化率が小さくなってしまう(変速動作が停滞してしまう)ことを抑制できる。
(他の実施形態)
なお、今回開示した実施形態は、すべての点で例示であって、限定的な解釈の根拠となるものではない。従って、本発明の技術的範囲は、上記した実施形態のみによって解釈されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて画定される。また、本発明の技術的範囲には、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
例えば、前記実施形態では、車両100がFFである例を示したが、これに限らず、車両が、FR(フロントエンジン・リアドライブ)であってもよいし、4輪駆動であってもよい。
また、前記目標入力軸回転速度変化率は時系列で設定可能な目標入力軸回転速度や目標変速進行度の変化率等に応じたものとして設定するようにしてもよい。
また、本発明でいう中間変速段を経由させる飛び越しダウンシフトの態様として、広義には、単一ダウンシフト(1段ずつのダウンシフト)を連続して実行するオーバラップ変速を含むものである。
また、中間変速段を経由させるパワーオンダウンシフトを実行する際、前記第2変速制御以降の変速の目標変速段に向けての変速に切り替えるタイミングとしては、入力軸3aが中間変速段の同期回転速度に到達した時点とする場合だけでなく、中間変速段の同期回転速度の近傍(予め実験やシミュレーションによって設定された偏差分だけ同期回転速度よりも低い回転速度)に到達した時点としてもよい。
また、前述した初期なまし制御を禁止する場合、実行しようとする変速において規定される目標入力軸回転速度変化率のうちの最大値からその変速を開始するようにしてもよい。
また、前記実施形態に挙げている初期なまし制御部は、必ずしも備えている必要はなく、パラメータの設定により、なまし機能を実現するようにしてもよい。