前記従来の焼結材料に対し、強度を低下させることなく、さらに靱性を向上させることが要求されている。本発明は、この課題に鑑みてなされたものであり、高強度と高靱性を両立させることができる焼結材料の製造方法を提供することを目的とする。
前記目的を達成すべく、本発明の焼結材料の製造方法は、Fe−Mo系の第1粉末、Fe−Cr系又はFe−Cr−Mo系の第2粉末、Cu系粉末、及び、黒鉛系粉末を混合する混合工程と、該混合工程で得られた混合粉を成形後に焼結する焼結工程と、を有する焼結材料の製造方法であって、前記混合工程において、前記混合粉の重量を100重量%としたときに、前記Cu系粉末が0.2重量%以上かつ5重量%以下、前記黒鉛系粉末が0.2重量%以上かつ1.2重量%以下、残部が前記第1粉末及び前記第2粉末であり、前記残部の前記第1粉末と前記第2粉末との重量比が90:10から10:90までの範囲になるように各粉末を混合し、前記焼結工程において、焼結温度が1200℃以下かつ焼結時間が1時間以下かつ前記第1粉末及び前記第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散しかつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で前記混合粉を焼結することで、前記第1粉末の粒子の内部にFe−Mo系のベイナイト組織を形成し、前記第2粉末の粒子の内部にFe−Cr系又はFe-Cr−Mo系のマルテンサイト組織を形成し、前記第2粉末の粒子の表層部のCu拡散部に残留オーステナイト組織を形成し、複相組織の焼結材料を得ることを特徴とする。
第1粉末としては、例えば、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Mo粉を用いることができる。
Moは、ベイナイト組織の生成に寄与する元素である。そのため、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0.2重量%よりも少ないと、ベイナイト組織が生成しない。また、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが5重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料の密度が低下することで、焼結材料の強度が低下する。
第2粉末としては、例えば、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0重量%以上かつ3重量%以下、Crが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Cr−Mo粉、又は、Crが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Cr粉を用いることができる。
前記本発明の焼結材料の製造方法は、焼結時に靱性に優れたベイナイト組織を生成する第1粉末と、焼結時に強度に優れたマルテンサイト組織を生成する第2粉末とを90:10から10:90までの重量比で含む混合粉を成形後に焼結している。これにより、靱性及び強度に優れた複相組織の焼結材料を得ることができる。これに対し、混合粉が第1粉末を含まない場合には、ベイナイト組織が生成しないため、焼結材料の靱性が低下する。また、混合粉が第2粉末を含まない場合には、焼結材料の強度が低下する。
Crは、焼結材料の焼入性向上に寄与する元素である。そのため、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Crが0.2重量%よりも少ないと、焼入性が悪化し、マルテンサイト組織が生成しない。また、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Crが5重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料の密度が低下することで、焼結材料の強度が低下する。また、Moも焼結材料の焼入性向上に寄与するが、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Moが3重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料の密度が低下することで、焼結材料の強度が低下する。
前記本発明の焼結材料の製造方法において、前記混合工程で得られる前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるMoを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。
これにより、焼結工程においてベイナイト組織とマルテンサイト組織が生成され、焼結材料の強度が向上する(固溶強化)。したがって、焼結材料のシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料の引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるMoが0.2重量%よりも少ないと、ベイナイト組織を生成させることができず、例えば、焼結材料のシャルピー衝撃値と引張強度が低下する。また、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるMoが5重量%よりも多いと、例えば、Fe−Mo系の第1粉末が10%以下の場合に、第1粉末が硬くなり、圧縮性及び成形性が悪化することで、焼結材料の密度及び強度が低下する。
前記本発明の焼結材料の製造方法において、前記混合工程で得られる前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCrを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。
これにより、焼結材料の焼入れ性が向上し、マルテンサイト組織と残留オーステナイト組織の生成に寄与する。したがって、焼結材料のシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料の引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCrが0.2重量%よりも少ないと、例えば、焼結材料のシャルピー衝撃値と引張強度が低下する。また、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCrが5重量%よりも多いと、例えば、Fe−Cr系粉末が10%以下の場合に、Fe−Cr系粉末が硬くなり、圧縮性が悪化することで、焼結材料の密度及び強度が低下する。
前記本発明の焼結材料の製造方法において、前記混合工程で得られる前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCuを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。これにより、焼結工程における焼結材料の複相組織化とCu拡散部の固溶強化に寄与する。したがって、焼結材料のシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料の引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCuが0.2重量%よりも少ないと、例えば、引張強度が低下する。また、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCuが5重量%よりも多いと、例えば、焼結材料のシャルピー衝撃値が低下する。
なお、混合粉に含まれるFe−Mo系の第1粉末の粒子は、焼結工程において、Cuを拡散させない粒子の内部がベイナイト組織となり、Cuを拡散させる粒子の表層部のCu拡散部がマルテンサイト組織となる。また、混合粉に含まれるFe−Cr系の第2粉末の粒子は、焼結工程において、Cuを拡散させない粒子の内部がマルテンサイト組織となり、Cuを拡散させる粒子の表層部のCu拡散部がマルテンサイト+残留オーステナイト組織となる。
また、前記混合工程で得られる前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCを0.2重量%以上かつ1.2重量%以下とすることができる。これにより、焼結工程における焼結材料のマルテンサイト組織及び残留オーステナイト組織の生成と、強度の向上に寄与する。したがって、焼結材料のシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料の引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCが0.2重量%よりも少ないと、焼結工程において焼結材料にフェライト組織が生成し、焼結材料の強度が低下する。また、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCが1.2重量%よりも多いと、焼結工程において焼結材料に初析セメンタイト組織が生成し、焼結材料の強度及び靱性が低下し、被削性が悪化する。
第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の粒径は、それぞれの粉末の粒子の90%以上が20μm以上かつ210μm以下の粒径範囲であり、かつ、混合粉全体の粒子の90%以上が20μm以上かつ210μm以下の粒径範囲であることが好ましい。第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径が20μmよりも小さくなると、著しく粉体の流動性が低下して成形性が悪化し、焼結材料の密度及び強度が低下する。第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径が210μmよりも大きくなると、焼結材料の密度及び強度が低下する。また、生産性の観点からも第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径は、210μm以下とすることが好ましい。
また、前記本発明の焼結材料の製造方法は、前記混合工程において混合する材料として、潤滑剤及び快削成分を用いてもよい。これにより、製造された焼結材料の被削性を向上させることができる。
前記本発明の焼結材料の製造方法は、焼結工程において、焼結温度が1200℃以下かつ焼結時間が1時間以下でかつ前記第1粉末及び前記第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散しかつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で前記混合粉を焼結する。Cuは、焼結材料の強度を向上させつつ焼結材料を複相組織にすることを目的として混合粉に添加される。しかし、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCuを拡散させるとベイナイト組織が生成せず、焼結材料の靱性が低下する。
前記焼結工程において、焼結温度が1200℃を超えると、焼結時間が1時間未満、より具体的には、概ね0.5時間程度でも、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCu拡散するため、ベイナイト組織を生成させることができない。また、焼結温度が1200℃以下の場合でも、焼結時間が1時間を超えると、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCu拡散が進行し、ベイナイト組織が減少し又は消失する。
したがって、前記焼結工程において、焼結温度が1200℃以下かつ焼結時間が1時間以下で、かつ第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散しかつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で混合粉を焼結する。これにより、第1粉末の粒子の内部にFe−Mo系のベイナイト組織を形成し、第2粉末の粒子の内部にFe−Cr系又はFe-Cr−Mo系のマルテンサイト組織を形成し、第1粉末及び第2粉末の粒子の表層部のCu拡散部に残留オーステナイト組織を形成することができる。そのため、ベイナイト組織とマルテンサイト組織とを混在させた理想的な複相組織を有する焼結材料を得ることができる。
前記本発明の焼結材料の製造方法によって得られた焼結材料は、ベイナイト組織とマルテンサイト組織と残留オーステナイト組織との複相組織を有することで、高強度と高靱性を両立させることができる。したがって、前記本発明の焼結材料の製造方法によって得られた焼結材料は、例えば、歯車部品、バルブシート、バルブガイド、ロータ、ノズルクランプ、レバーシフト、クラッチハブ、キーシンクロ、パワーステアリング部品、可変バルブタイミング機構部品、オイルポンプ、ステアリング固定ギヤ等に使用することができる。
以上の説明から理解できるように、本発明の焼結材料の製造方法によれば、強度と高靱性を両立させることができる焼結材料の製造方法を提供することができる。
以下、図面を参照して本発明の焼結材料の製造方法の実施形態を説明する。
図1は、本発明の焼結材料の製造方法の一実施形態に係るフロー図である。図2は、図1に示す製造方法によって得られる焼結材料SMの概念図である。図3は、図1に示す製造方法によって得られる焼結材料SMの一例を示す断面写真である。
本実施形態の焼結材料SMの製造方法は、混合工程S1と焼結工程S2とを有している。混合工程S1では、Fe−Mo系の第1粉末、Fe−Cr系又はFe−Cr−Mo系の第2粉末、Cu系粉末、及び、黒鉛系粉末を混合して、混合粉を得る。焼結工程S2では、混合工程S1で得られた混合粉を成形後に焼結して、焼結材料SMを得る。以下、混合工程S1と焼結工程S2の各工程について、詳細に説明する。
(混合工程S1)
混合工程S1では、得られる混合粉の重量を100重量%としたときに、Cu系粉末が0.2重量%以上かつ5重量%以下、黒鉛系粉末が0.2重量%以上かつ1.2重量%以下、残部が第1粉末及び第2粉末となるように各粉末を混合する。ここで、残部の第1粉末と第2粉末との重量比は、90:10から10:90までの範囲になるようにする。これにより、混合粉は、焼結時に靱性に優れたベイナイト組織BSを生成する第1粉末と、焼結時に強度に優れたマルテンサイト組織MSを生成する第2粉末とを90:10から10:90までの重量比で含んでいる。
第1粉末としては、例えば、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Mo粉を用いることができる。Moは、ベイナイト組織BSの生成に寄与する元素である。そのため、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0.2重量%よりも少ないと、ベイナイト組織BSが生成しない。また、第1粉末の重量を100重量%としたときに、Moが5重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料SMの密度が低下することで、焼結材料SMの強度が低下する。
第2粉末としては、例えば、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Moが0重量%以上かつ3重量%以下、Crが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Cr−Mo粉、又は、Crが0.2重量%以上かつ5重量%以下、残部がFeであるFe−Cr粉を用いることができる。
Crは焼結材料SMの焼入性向上に寄与する元素である。そのため、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Crが0.2重量%よりも少ないと、焼入性が悪化してマルテンサイト組織MSが生成しない。また、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Crが5重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料SMの密度が低下することで、焼結材料SMの強度が低下する。また、Moも焼結材料SMの焼入性向上に寄与するが、第2粉末の重量を100重量%としたときに、Moが3重量%よりも多いと、粉末が硬くなり、成形性が悪化して焼結材料SMの密度が低下することで、焼結材料SMの強度が低下する。
第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の粒径は、それぞれの粉末の粒子の90%以上が20μm以上かつ210μm以下の粒径範囲であり、かつ、混合粉全体の粒子の90%以上が20μm以上かつ210μm以下の粒径範囲であることが好ましい。第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径が20μmよりも小さくなると、著しく粉体の流動性が低下して成形性が悪化し、焼結材料SMの密度及び強度が低下する。第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径が210μmよりも大きくなると、焼結材料SMの密度及び強度が低下する。また、生産性の観点からも第1粉末、第2粉末及び混合粉の粒径は、210μm以下とすることが好ましい。
混合工程S1では、得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるMoを0.2重量%以上かつ5重量%以下、混合粉に含まれるCrを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。また、混合工程S1では、得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCuを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。また、混合工程S1において混合する材料として、潤滑剤及び快削成分を用いてもよい。
より具体的には、第1粉末として、例えば、粒径が20μmから210μmのFe−1.5%Mo粉であるヘガネス社製のAstaloyMoを使用することができる。また、第2粉末として、例えば、粒径が20μmから210μmのFe−1.5%Cr−0.2%Mo粉であるヘガネス社製のAstaloyCrMを使用することができる。
また、Cu系粉末としては、例えば、福田金属社製のCu粉であるCEwt25を2重量%の混合量で用いることができる。また、黒鉛系粉末としては、例えば、日本黒鉛社製の粒径が1μmから10μmの黒鉛系粉末であるJCPBを0.8重量%の混合量で用いることができる。
また、混合粉に加える潤滑剤としては、例えば、日油株式会社製のステアリン酸亜鉛、「ニッサンジンクステアレート」を0.8重量%の混合量で用いることができる。焼結材料SMを引張試験片又は衝撃試験片として製造する場合には、前記した各材料を、例えば、筒井理化学器械社製のV型混粉機(500g用)を用いて30分間に亘って混粉することができる。
(焼結工程S2)
焼結工程S2では、まず、混合工程S1で得られた混合粉を成形する。焼結材料SMを引張試験片又は衝撃試験片として製造する場合には、例えば、混合工程S1で得られた混合粉を常温で7[t/cm2]の面圧で成形することができる。次に、成形した混合粉を焼結する。焼結工程S2において、焼結温度は、1200℃以下とし、焼結時間は、1時間以下とする。そして、第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散してCu拡散部DPが形成され、かつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で混合粉を焼結する。
この焼結工程S2によって、第2粉末の粒子の表層部のCu拡散部DPに残留オーステナイト組織RASを形成する。より詳細には、第1粉末の表層部のCu拡散部DPにマルテンサイト組織MSを形成し、第2粉末の粒子の表層部のCu拡散部DPにマルテンサイト組織MS及び残留オーステナイト組織RASを形成する。また、第1粉末の粒子の内部にFe−Mo系のベイナイト組織BSを形成し、第2粉末の粒子の内部にFe−Cr系又はFe-Cr−Mo系のマルテンサイト組織MSを形成する。これにより、複相組織の焼結材料SMを得ることができる。
図3に示す焼結材料SMの断面写真において、右上のマルテンサイト組織MSは、例えば、Fe−Cr−Mo−C+Cuで表され、800HV程度の硬度を有する高硬度相である。また、図3の右上のマルテンサイト組織MS+残留オーステナイト組織RASは、例えば、Fe−Cr−Mo−C+Cuで表される。また、図3の左のベイナイト組織BSは、例えば、Fe−Mo−C+Cuで表され、350HV程度の硬度を有する低硬度相である。また、図3の左のマルテンサイト組織MSは、例えば、Fe−Mo−C+Cuで表され、500HVから800HV程度の硬度を有する中高硬度相である。なお、残留オーステナイト組織RASは、全体の2%から10%程度である。
図4は、焼結材料SMの引張試験片TSの正面図及び端面図である。焼結材料SMの引張強度を測定するための引張試験片TSは、例えば、粉体粉末冶金協会標準の金属焼結体の引張試験片TSを使用することができる。引張試験片TSは、標点距離Gが25mm、中心での幅Dが5.70±0.02mm、平行部端での幅Wが5.96±0.02mm、厚さTが4.00mmから5.00mm、肩部の半径Rが25mm、平行部長さの半分Aが16mm、つかみ部長さの半分Bが43.90±0.10mm、全長Lが96.50±0.10mm、端部の半径Eが4.35mm、加圧面積が約7.0cm2、つかみ部幅Cが8.70±0.05mmであるものを用いることができる。なお、これらの寸法は、成形型の寸法である。本実施形態では、引張試験片TSの厚さTを4.5mm±0.2mmとした。引張試験では、例えば、インストロン社製の200kN引張試験機を使用することができる。
図5は、焼結材料SMの衝撃試験片ISの正面図及び端面図である。焼結材料SMの衝撃値を測定するための衝撃試験片ISは、例えば、幅W及び高さHが10±0.2mm、全長Lが50±0.6mmであるものを用いることができる。衝撃試験では、例えば、JTトーシ社製のシャルピー衝撃試験機を使用することができる。また、焼結材料SMの密度は、例えば、アルキメデス法によって測定することができる。
以下、本実施形態の焼結材料SMの製造方法の作用について説明する。
本実施形態の焼結材料SMの製造方法では、混合工程S1によって得られた混合粉に含まれるFe−Mo系の第1粉末の粒子は、焼結工程S2において、Cuを拡散させない粒子の内部がベイナイト組織BSとなり、Cuを拡散させる粒子の表層部のCu拡散部DPがマルテンサイト組織MSとなる。また、混合粉に含まれるFe−Cr系又はFe−Cr−Mo系の第2粉末の粒子は、焼結工程S2において、Cuを拡散させない粒子の内部がマルテンサイト組織MSとなり、Cuを拡散させる粒子の表層部のCu拡散部DPがマルテンサイト組織MS+残留オーステナイト組織RASとなる。
すなわち、本実施形態の焼結材料SMの製造方法によって得られた焼結材料SMは、靱性に優れたベイナイト組織BSと、強度に優れたマルテンサイト組織MSと、残留オーステナイト組織との複相組織を有することで、高強度と高靱性を両立させることができる。したがって、焼結材料SMは、例えば、歯車部品、バルブシート、バルブガイド、ロータ、ノズルクランプ、レバーシフト、クラッチハブ、キーシンクロ、パワーステアリング部品、可変バルブタイミング機構部品、オイルポンプ、ステアリング固定ギヤ等に使用することができる。
図6は、第2粉末の混合量と焼結材料SMの衝撃値との関係を示すグラフである。図7は、第2粉末の混合量と焼結材料SMの引張強度との関係を示すグラフである。図8は、第2粉末の混合量と焼結材料SMの衝撃値及び引張強度との関係を示すグラフである。
より詳細には、図6から図8は、それぞれ、第1粉末としてFe−1.5%Mo粉を用い、第2粉末としてFe−3.0%Cr−0.2Mo粉を用いた焼結材料SMのシャルピー試験衝撃値及び引張強度を示すグラフである。図6と図7は、混合粉に含まれる第1粉末と第2粉末の合計の重量を100重量%としたときの第2粉末の混合量を横軸とし、シャルピー試験衝撃値と引張強度をそれぞれ縦軸としている。また、図8は、横軸を衝撃値とし、縦軸を引張強度として、各混合量の第2粉末を用いた焼結材料SMの衝撃値及び引張強度を示すグラフである。
なお、図6から図8において、第2粉末であるFe−3.0%Cr−0.2Mo粉の混合量が0重量%であるデータX1は、前記特許文献1に開示された従来の焼結材料に対応するデータである。また、第2粉末であるFe−3.0%Cr−0.2Mo粉の混合量が100重量%であるデータX2は、前記特許文献2に開示された従来の焼結材料に対応するデータである。そして、Fe−3.0%Cr−0.2Mo粉の混合量が10重量%から90重量%までのデータD1−D8が本実施形態の製造方法によって製造された焼結材料SMのデータである。
前述のように、本実施形態の焼結材料SMの製造方法では、焼結時に靱性に優れたベイナイト組織BSを生成する第1粉末と、焼結時に強度に優れたマルテンサイト組織MSを生成する第2粉末とを90:10から10:90までの重量比で含む混合粉を成形後に焼結している。これにより、例えば、焼結材料SMのシャルピー衝撃値を、概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料SMの引張強度を、概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
したがって、本実施形態の焼結材料SMの製造方法によれば、靱性及び強度に優れた複相組織の焼結材料SMを得ることができる。これに対し、混合粉が第1粉末を含まない場合、すなわち、第2粉末の混合量が100重量%である場合には、ベイナイト組織BSが生成しないため、焼結材料SMの靱性が低下し、衝撃値が大幅に低下する。また、混合粉が第2粉末を含まない場合、すなわち、第2粉末の混合量が0重量%である場合には、焼結材料SMの強度が低下し、引張強度が大幅に低下する。
図9は、本実施形態の焼結材料SMと従来の焼結材料の衝撃値と引張強度を示すグラフである。図9において、菱形の点は、第1粉末としてのFe−1.5%Mo粉と、第2粉末としてのFe−3.0%Cr粉とを含む混合粉であるFe−1.2%Mo−0.8%Cr−2.0%Cu−0.7%Cを焼結した焼結材料SMのデータD4を示している。また、正方形の点は、第1粉末を含まず、第2の粉末としてのFe−1.2%Mo−0.8%Cr粉にCu系粉末と黒鉛系粉末を混合した混合粉であるFe−1.2%Mo−0.8%Cr−2.0%Cu−0.7%C粉を焼結した従来の焼結材料のデータX3を示している。なお、図9に示す本実施形態の焼結材料SMのデータD4は、図6に示す本実施形態の焼結材料SMのデータD4に対応している。
図10は、本実施形態の焼結材料SMの衝撃値と引張強度を示すグラフである。図10において、菱形の点は、図9と同様に、第1粉末としてのFe−1.5%Mo粉と、第2粉末としてのFe−3.0%Cr粉とを含む混合粉であるFe−1.2%Mo−0.8%Cr−2.0%Cu−0.7%Cを焼結した焼結材料SMのデータD4を示している。また、正方形の点は、第1粉末としてのFe−1.5%Mo粉と、第2粉末としてのFe−3.0%Cr粉とを含む混合粉であるFe−1.0%Mo−0.8%Cr−2.0%Cu−0.7%Cを焼結した焼結材料SMのデータD9を示している。
図9及び図10から明らかなように、本実施形態の焼結材料SMは、第1粉末を含まない混合粉を焼結した従来の焼結材料と比較して、引張強度及び衝撃値が上昇している。これは、本実施形態の焼結材料SMの製造方法により、ベイナイト組織BSを生成する第1粉末とマルテンサイト組織MSを生成する第2粉末を含む混合粉を焼結することで、靱性に優れるベイナイト組織BSと強度に優れるマルテンサイト組織MSとが混在し、強度と靱性が両立した焼結材料SMが得られたためである。一方、従来の焼結材料は、ベイナイト組織BSが生成されないため、靱性が低くなっている。
前述のように、本実施形態の焼結材料SMの製造方法では、混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるMoを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。これにより、焼結工程S2においてベイナイト組織BSとマルテンサイト組織MSが生成され、焼結材料SMの強度が向上する(固溶強化)。したがって、図6から図10のデータD1−D9に示すように、焼結材料SMのシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料SMの引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるMoが0.2重量%よりも少ないと、ベイナイト組織BSを生成させることができない。そのため、図6から図9のデータX1−X3に示す従来の焼結材料のように、焼結材料SMのシャルピー衝撃値と引張強度が低下する。
図11は、混合粉に含まれるMo量と焼結材料SMの密度との関係を示すグラフである。図11では、混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるMoの重量%を横軸とし、焼結材料SMの密度を縦軸としている。混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるMoが5重量%よりも多いと、例えば、Fe−Mo系の第1粉末が10%以下の場合に、第1粉末が硬くなり、圧縮性及び成形性が悪化する。そのため、焼結材料SMの密度が低下し、その結果、焼結材料SMの強度が低下する。
前述のように、本実施形態の焼結材料SMの製造方法では、混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCrを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。これにより、焼結材料SMの焼入れ性が向上し、マルテンサイト組織MSと残留オーステナイト組織の精製に寄与する。したがって、図6から図10のデータD1−D9に示すように、焼結材料SMのシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料SMの引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCrが0.2重量%よりも少ないと、例えば、図6から図9のデータX1−X3に示す従来の焼結材料のように衝撃値と引張強度が低下する。
図12は、混合粉に含まれるCr量と焼結材料SMの密度との関係を示すグラフである。混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCrが5重量%よりも多いと、Fe−Cr系粉末である第1粉末が硬くなり、圧縮性が悪化する。そのため、焼結材料SMの密度が低下し、焼結材料SMの強度が低下する。
前述のように、本実施形態の焼結材料SMの製造方法では、混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCuを0.2重量%以上かつ5重量%以下とすることができる。これにより、焼結工程S2における焼結材料SMの複相組織化とCu拡散部DPの固溶強化に寄与する。したがって、図6から図10のデータD1−D9に示すように、焼結材料SMのシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料SMの引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、前記混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCuが0.2重量%よりも少ないと、例えば、図6から図9のデータX1−X3に示す従来の焼結材料のように引張強度が低下する。
図13は、混合粉に含まれるCu量と焼結材料SMの衝撃値との関係を示すグラフである。混合工程S1で得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCuが5重量%よりも多いと、例えば、焼結材料SMのシャルピー衝撃値が低下する。なお、より高い衝撃値を得る観点から、混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCuは、1重量%以上かつ3重量%以下であることが好ましい。
図14の(a)から(c)は、それぞれ、混合粉に含まれるCを0.18重量%、1.2重量%、1.25重量%としたときの焼結材料SMの拡大断面写真である。
前述のように、混合工程S1では、得られる混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCを0.2重量%以上かつ1.2重量%以下とすることができる。これにより、図14の(b)に示すように、初析セメンタイトPCが生成されず、焼結工程S2における焼結材料SMのマルテンサイト組織MS及び残留オーステナイト組織の生成と、強度の向上に寄与する。したがって、図6から図10のデータD1−D9に示すように、焼結材料SMのシャルピー衝撃値を概ね17[J/cm2]から23[J/cm2]程度にすることができ、焼結材料SMの引張強度を概ね1100[MPa]から1170[MPa]程度にすることができる。
一方、図14の(a)に示すように、混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、前記混合粉に含まれるCが0.2重量%よりも少ないと、焼結工程S2において焼結材料SMに低強度組織であるフェライト組織FSが生成し、焼結材料SMの強度が低下する。また、図14の(c)に示すように、混合粉の全体の重量を100重量%としたときに、混合粉に含まれるCが1.2重量%よりも多いと、焼結工程S2において焼結材料SMに初析セメンタイトPCが生成し、焼結材料SMの強度が低下する。
前述のように、焼結工程S2では、焼結温度が1200℃以下かつ焼結時間が1時間以下でかつ第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散しかつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で混合粉を焼結する。
図15は、本実施形態の焼結材料SM及び比較例の焼結材料の衝撃値と引張強度を示すグラフである。図15は、図9に示したグラフに三角形の点で表される比較例の焼結材料のデータX4を加えたグラフである。すなわち、図15では、図9のグラフと同様に、菱形の点が本実施形態の焼結材料SMのデータD4を示し、正方形の点が従来の焼結材料のデータX3を示している。なお、比較例の焼結材料は、本実施形態の焼結材料SMと同じ混合粉を、粒子の中心部までCuが拡散する条件で焼結した焼結材料である。
Cuは、焼結材料SMの強度を向上させつつ焼結材料SMを複相組織にすることを目的として混合粉に添加される。しかし、図15の三角形の点で表される比較例の焼結材料のように、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCuを拡散させると、ベイナイト組織BSが生成せず、焼結材料の靱性が低下し、衝撃値が低下する。
図16は、焼結工程S2における焼結時間及び焼結温度と焼結材料SMのベイナイト組織BSとの関係を示す表である。焼結工程S2において、焼結温度が1200℃を超えると、焼結時間が1時間未満、より具体的には、概ね0.5時間程度でも、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCu拡散するため、ベイナイト組織BSを生成させることができない。また、焼結温度が1200℃以下の場合でも、焼結時間が1時間を超えると、第1粉末及び第2粉末のそれぞれ粒子の中心部までCu拡散が進行し、ベイナイト組織BSが減少し又は消失する。
したがって、焼結工程S2では、焼結温度が1200℃以下かつ焼結時間が1時間以下で、かつ第1粉末及び第2粉末のそれぞれの粒子の表層部にCuが拡散しかつそれぞれの粒子の中心部までCuが拡散しない条件で混合粉を焼結する。これにより、第1粉末の粒子の内部にFe−Mo系のベイナイト組織BSを形成し、第2粉末の粒子の内部にFe−Cr系又はFe-Cr−Mo系のマルテンサイト組織MSを形成し、第1粉末及び第2粉末の粒子の表層部のCu拡散部DPに残留オーステナイト組織を形成することができる。そのため、ベイナイト組織BSとマルテンサイト組織MSとを混在させた理想的な複相組織を有する焼結材料SMを得ることができる。
本実施形態の焼結材料SMの製造方法によって得られた焼結材料SMは、ベイナイト組織BSとマルテンサイト組織MSと残留オーステナイト組織との複相組織を有することで、高強度と高靱性を両立させることができる。したがって、本実施形態の焼結材料SMの製造方法によって得られた焼結材料SMは、例えば、歯車部品、バルブシート、バルブガイド、ロータ、ノズルクランプ、レバーシフト、クラッチハブ、キーシンクロ、パワーステアリング部品、可変バルブタイミング機構部品、オイルポンプ、ステアリング固定ギヤ等に使用することができる。
以上説明したように、本実施形態の焼結材料SMの製造方法によれば、強度と高靱性を両立させることができる焼結材料SMの製造方法を提供することができる。
以上、図面を用いて本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。