以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。図1に示すように、本発明を適用した内燃機関(以下「エンジン」という)3は、例えば4つの気筒3aを有するガソリンエンジンであり、車両(図示せず)に動力源として搭載されている。
エンジン3の各気筒3aには、燃料噴射弁(以下「インジェクタ」という)4及び点火プラグ5が、気筒3aの燃焼室(図示せず)に臨むように設けられている。インジェクタ4は、燃焼室内に燃料を直接、噴射するタイプのものである。点火プラグ5からの火花の放電によって、燃料と空気との混合気が点火され、燃焼が行われる。インジェクタ4からの燃料噴射量及び燃料噴射時期と点火プラグ5の点火時期IGLOGは、電子制御ユニット(以下「ECU」という)2からの制御信号によって制御される(図2参照)。
なお、本実施形態において「混合気」は、気筒3aに充填され、燃焼に供される筒内ガスであり、後述する内部EGRが行われる場合には、内部EGRガスを含むものである。
エンジン3の各気筒3aには、その内部の圧力(筒内圧)を検出する筒内圧センサ51が設けられている。本実施形態では、筒内圧センサ51は、インジェクタ一体型のものであり、図示しないが、燃焼室に臨み、筒内圧をピックアップする圧力検出素子や、圧力検出素子からの信号を増幅し、出力する増幅回路などが、インジェクタ4に一体に組み付けられている。筒内圧センサ51で検出された筒内圧PCYLを表す検出信号は、ECU2に入力される。
また、エンジン3は、可変吸気位相機構11、可変排気位相機構12及びターボチャージャ13などを備えている。
可変吸気位相機構11は、エンジン3のクランクシャフトに対する吸気弁(いずれも図示せず)の相対的な位相(以下「吸気位相」という)CAINを無段階に変更するものであり、吸気位相制御モータ11a(図2参照)などを備えている。吸気位相制御モータ11aは、ECU2からの制御信号に応じて、クランクシャフトに対して吸気カムシャフト(図示せず)を相対的に回転させ、両者の相対角度を変化させることによって、吸気位相CAINを無段階に変更する。
同様に、可変排気位相機構12は、クランクシャフトに対する排気弁(図示せず)の相対的な位相(以下「排気位相」という)CAEXを無段階に変更するものであり、排気位相制御モータ12a(図2参照)などを備えている。排気位相制御モータ12aは、ECU2からの制御信号に応じて、クランクシャフトに対して排気カムシャフト(図示せず)を相対的に回転させ、両者の相対角度を変化させることによって、排気位相CAEXを無段階に変更する。
これらの可変吸気位相機構11及び可変排気位相機構12は、吸気位相CAINと排気位相CAEXの変更によって、吸気弁及び排気弁の開閉弁タイミングをそれぞれ制御するとともに、吸気弁と排気弁とのバルブオーバーラップによる内部EGRを制御するのに用いられる。
ターボチャージャ13は、吸気通路6に設けられたコンプレッサ21と、排気通路7に設けられ、シャフト22を介してコンプレッサ21に一体に連結されたタービン23を備えている。排気通路7を流れる排ガスによってタービン23が駆動され、それと一体にコンプレッサ21が回転することによって、吸気が過給される。また、ウェイストゲートバルブ(図示せず)などをECU2からの制御信号で制御することで、過給圧が調整される。
吸気通路6には、上流側から順に、ターボチャージャ13のコンプレッサ21、過給によって昇温した吸気を冷却するためのインタークーラ26、及びスロットル弁27が設けられている。
スロットル弁27は、吸気通路6の吸気マニホルド6aよりも上流側に配置されている。スロットル弁27の開度は、ECU2からの制御信号に応じ、THアクチュエータ27aを介して制御され、それにより、気筒3aに吸入される筒内ガス量が制御される。
排気通路7のタービン23よりも下流側には、三元触媒28が設けられている。三元触媒28は、活性状態において、排ガス中のHCやCOを酸化するとともに、NOxを還元することによって、排ガスを浄化する。
また、エンジン3には、その運転状態を検出するために、前述した筒内圧センサ51に加えて、以下のような各種のセンサが設けられている(図2参照)。
クランク角センサ52は、クランクシャフトの回転に伴い、所定のクランク角度ごとに、パルス信号であるCRK信号及びTDC信号をECU2に出力する。CRK信号は、所定のクランク角度(例えば0.5度)ごとに出力される。ECU2は、このCRK信号に基づき、エンジン3の回転数(以下「エンジン回転数」という)NEを算出する。
また、TDC信号は、いずれかの気筒3aにおいて、エンジン3のピストン(図示せず)が吸気TDC(上死点)付近の所定のクランク角度位置にあることを表す信号であり、本実施形態のようにエンジン3が4気筒の場合には、クランク角度180度ごとに出力される。ECU2は、TDC信号およびCRK信号に応じて、TDC信号の出力タイミングを基準とするクランク角CAを、気筒3aごとに算出する。また、ECU2は、TDC信号及びCRK信号に応じて、所定のクランク角度(例えば30度)ごとに、クランク角ステージFISTG(=0〜23)を算出し、割り当てる。
また、可変吸気位相機構11を取り付けた吸気カムシャフト、及び可変排気位相機構12を取り付けた排気カムシャフトには、吸気位相センサ53及び排気位相センサ54がそれぞれ設けられている。吸気位相センサ53は、吸気カムシャフトの回転に伴い、所定のカム角度(例えば0.5度)ごとに、パルス信号であるCAMIN信号をECU2に出力する。ECU2は、このCAMIN信号とCRK信号に基づき、吸気位相CAINを算出する。同様に、排気位相センサ54は、排気カムシャフトの回転に伴い、所定のカム角度(例えば0.5度)ごとに、CAMEX信号をECU2に出力する。ECU2は、このCAMEX信号とCRK信号に基づき、排気位相CAEXを算出する。
また、吸気通路6には、吸気絞り弁25の上流側にエアフローセンサ55が設けられ、スロットル弁27の下流側の吸気チャンバ6bに、吸気圧センサ56及び吸気温センサ57が設けられている。エアフローセンサ55は、気筒3aに吸入される空気(新気)の量(吸入空気量)GAIRを検出し、吸気圧センサ56は、気筒3aに吸入される吸気の圧力(吸気圧)PBAを絶対圧として検出し、吸気温センサ57は、外部EGRガスを含む吸気の温度(吸気温)TAを検出する。これらの検出信号はECU2に入力される。
さらに、ECU2には、水温センサ59からエンジン3を冷却する冷却水の温度(以下「エンジン水温」という)TWを表す検出信号が、アクセル開度センサ60から、車両のアクセルペダル(図示せず)の踏込み量(以下「アクセル開度」という)APを表す検出信号が、それぞれ入力される。
ECU2は、CPU、RAM、ROM及びI/Oインターフェース(いずれも図示せず)などから成るマイクロコンピュータで構成されている。ECU2は、前述した各種のセンサの検出信号などに応じて、エンジン3の運転状態を判別し、インジェクタ4の燃料噴射量や点火プラグ5の点火時期IGLOGの制御などを含むエンジン制御を実行する。また、本実施形態では特に、ECU2は、気筒3a内に充填される混合気の空燃比AFを推定するとともに、推定した空燃比AFに応じて燃料噴射制御を実行する。
本実施形態では、ECU2が、基準クランク角設定手段、基準筒内圧算出手段、空燃比推定手段、制御手段、初期クランク角取得手段、初期筒内温度取得手段、及び目標空燃比設定手段に相当する。
図3は、ECU2で実行される、混合気の空燃比AFの推定処理のメインフローを示す。本処理は、気筒3aごとに、前述したクランク角ステージFISTGの切替周期と同じ周期(例えばクランク角度30度ごと)で、繰り返し実行される。なお、筒内圧センサ51で検出された筒内圧PCYLに直接、関連する処理は、本処理とは別個に、CRK信号の発生周期と同じ周期(例えばクランク角度0.5度ごと)で実行され、例えば、検出された筒内圧PCYLがクランク角CAに対応して記憶される。
図3の推定処理では、まずステップ1(「S1」と図示。以下同じ)において、クランク角ステージFISTGが、吸気TDC(上死点)に相当する第1所定値STG1に等しいか否かを判別する。この判別結果がYESで、当該気筒3aが吸気行程に移行した直後の段階にあるときには、吸気関連パラメータを取得する(ステップ2)。具体的には、吸気関連パラメータとして、検出された吸気温TA、エンジン水温TW及び排気位相CAEXを読み出すとともに、ECU2のRAMの所定領域に記憶する。その後、本処理を終了する。
前記ステップ1の判別結果がNOのときには、クランク角ステージFISTGが、圧縮BDC(下死点)に相当する第2所定値STG2に等しいか否かを判別する(ステップ3)。この判別結果がYESで、当該気筒3aが圧縮行程に移行した直後の段階にあるときには、圧縮関連パラメータを取得する(ステップ4)。具体的には、圧縮関連パラメータとして、検出された吸気圧PBA、エンジン回転数NE及び吸気位相CAINと、その時点で設定されている点火時期IGLOGを読み出すとともに、ECU2のRAMの所定領域に記憶する。
次に、基準クランク角CA_REFの設定処理を実行する(ステップ5)。この設定処理は、混合気の燃焼が開始される直前のタイミングを予測し、基準クランク角CA_REFとして設定するものである。図4はそのサブルーチンを示す。
本処理では、まずステップ21において、前記ステップ4で取得した吸気圧PBA及びエンジン回転数NEに応じ、所定のマップ(図示せず)を検索することによって、遅角補正量ΔC_CAを算出する。この遅角補正量ΔC_CAは、点火時期IGLOGで点火プラグ5による点火動作が行われた後、混合気が着火し、燃焼が開始されるまでの着火遅れ時間に相当し、クランク角度で表される。吸気圧PBAが低いほど、混合気が着火しにくくなり、また、エンジン回転数NEが高いほど、同じ着火遅れ時間に対応するクランク角度は大きくなる。このため、上記のマップでは、遅角補正量ΔC_CAは、吸気圧PBAが低いほど、また、エンジン回転数NEが高いほど、より大きな値に設定されている。
次に、前記ステップ4で取得した点火時期IGLOGから遅角補正量ΔC_CAを減算することによって、基準クランク角CA_REFを設定する(ステップ22)。なお、点火時期IGLOG及び基準クランク角CA_REFは、各気筒3aの圧縮TDCを原点(0度)とし、進角側を正として表される(図10参照)。
次に、設定した基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに相当する0度よりも小さいか否かを判別する(ステップ23)。この判別結果がNOのとき、すなわち基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに相当するか又はそれよりも進角側のときには、そのまま本処理を終了する。
一方、ステップ23の判別結果がYESで、基準クランク角CA_REFが圧縮TDCよりも遅角側のときには、基準クランク角CA_REFを圧縮TDCに相当する0度に制限し(ステップ24)、本処理を終了する。
図3に戻り、上記ステップ5に続くステップ6では、基準筒内圧P_REFの算出処理を実行する。この基準筒内圧P_REFは、混合気中に外部EGRガスが存在せず、且つ混合気の空燃比が理論空燃比であるという条件で、上記の基準クランク角CA_REFにおいて発生する筒内圧である。その算出処理の詳細については、後述する。
次に、AF係数(空燃比係数)C_AFの算出処理を実行し(ステップ7)、本処理を終了する。図5に示すように、このAF係数C_AFは、圧力差ΔP(後述する実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの差)と混合気の当量比KAFの間に、線形関係が認められることから、圧力差ΔPに対する当量比KAFの傾き(KAF/ΔP)をAF係数C_AFと定義したものである。その算出処理の詳細については、後述する。
前記ステップ3の判別結果がNOのときには、クランク角ステージFISTGが、圧縮TDC(上死点)に相当する第3所定値STG3に等しいか否かを判別する(ステップ8)。この判別結果がNOのときには、そのまま本処理を終了する。一方、ステップ8の判別結果がYESで、当該気筒3aが圧縮行程が終了した直後の段階にあるときには、ステップ5で設定した基準クランク角CA_REFにおいて検出された筒内圧PCYLを、RAMから読み出し、実筒内圧P_CPSとして取得する(ステップ9)。
次に、取得した実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの差(=P_CPS−P_REF)を、圧力差ΔPとして算出する(ステップ10)。次に、これまでに算出した圧力差ΔPとAF係数C_AFを用い、次式(A)によって、混合気の当量比KAFを算出する(ステップ11)。
KAF = ΔP×C_AF+1.0 ・・・(A)
なお、この式(A)は、上述したAF係数C_AFの定義と、空燃比AFが理論空燃比のとき(当量比KAF=1.0)に、実筒内圧P_CPSが基準筒内圧P_REFに一致し、圧力差ΔPが0になるという関係から、導き出される(図5参照)。
次に、次式(B)により、当量比KAFと理論空燃比(=14.7)から混合気の空燃比AFを算出し(ステップ12)、本処理を終了する。
AF = 14.7/KAF ・・・(B)
次に、図6を参照しながら、図3のステップ6で実行される、第1実施形態による基準筒内圧P_REFの算出処理について説明する。本処理では、まずステップ31において、前記ステップ2で取得した吸気位相CAINから、吸気弁の閉弁タイミング(以下「吸気閉弁タイミング」という)IVCを算出する。この吸気閉弁タイミングIVCは、前述した基準クランク角CA_REFと同様、圧縮TDCを原点(0度)とし、進角側を正とするクランク角で表される。
この吸気閉弁タイミングIVCが圧縮行程中に設定される場合、混合気の圧縮は実質的に吸気弁の閉弁時から開始されるので、吸気閉弁タイミングIVCは、圧縮開始時のクランク角(初期クランク角)に相当する。また、吸気圧PBAは、圧縮開始時における筒内圧(初期筒内圧)に相当する。
次に、吸気温TA、吸気位相CAIN及び排気位相CAEXに応じ、所定のマップ(図示せず)を検索することによって、圧縮開始時における気筒3a内の温度である初期筒内温度T_STRTを算出する(ステップ32)。上記のパラメータのうち、吸気位相CAIN及び排気位相CAEXは、吸気弁と排気弁とのバルブオーバーラップによる内部EGRが実行される場合に、内部EGR量に応じた筒内温度の上昇を反映させるためのものである。このため、上記のマップでは、初期筒内温度T_STRTは、吸気温TAが高いほど、また、吸気位相CAIN及び排気位相CAEXに対しては、バルブオーバーラップが大きい側に位置するほど、より高い値に設定されている。
次のステップ33では、基準クランク角CA_REF、吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT及び吸気圧PBAに応じ、図7に示す基準筒内圧マップを検索することによって、基準筒内圧P_REFを算出する。以下、この基準筒内圧マップについて説明する。
まず、気筒3a内に充填された混合気(筒内ガス)の比熱比と圧縮行程における状態変化について説明する。混合気の比熱比κは、定圧比熱Cpと気体定数Rを用いて次式(1)で表され、定圧比熱Cpは次式(2)で表される。
式(2)に示されるように、混合気の比熱比κは、その組成(成分と各成分のモル数)に応じて変化する。また、図8に示すように、混合気の各成分の比熱比は、温度が上昇するにつれて低下するという温度特性を有し、これらの成分で構成される混合気の比熱比κもまた、同様の温度特性を有する。さらに、図9に示すように、混合気の空燃比AFが大きいほど、燃料成分が減少することで、混合気の比熱比κが増大するという特性を有する。
また、圧縮行程における混合気の状態変化が、断熱圧縮変化であり、ポリトロープ変化とみなされることから、クランク角CA=aのときの筒内温度Taは、次式(3)で表される。
式(3)に示されるように、筒内温度Tは比熱比κの関数であり、また、上述したように、混合気の比熱比κは筒内温度Tの関数である。このため、比熱比κ及び筒内温度Tを正確に求めるために、式(1)(2)と式(3)の演算結果を逐次、相互に適用した逐次計算が行われる。その結果、クランク角CA=最終クランク角θのときの筒内温度(最終筒内温度)Tθは、次式(4)で表される。
また、クランク角CA=aのときの筒内圧Paは、次式(5)で表され、さらに、この式(5)から、クランク角CA=θのときの筒内圧(最終筒内圧)Pθは、次式(6)で表される。
式(6)に示されるように、最終筒内圧Pθは、初期筒内圧P0、初期気筒容積V0、最終気筒容積Vθ及び逐次計算される比熱比κの関数である。また、比熱比κは、逐次計算される筒内温度Tの関数であり、筒内温度Tは、初期筒内温度T0と比熱比κの関数である。また、気筒容積Vはクランク角CAから一義的に求められるため、初期気筒容積V0と最終気筒容積Vθは、初期クランク角CA0と最終クランク角CAθにそれぞれ置き換えられる。
以上から、最終筒内圧Pθは、式(2)における混合気の組成が与えられた条件で、初期筒内圧P0、初期筒内温度T0、初期クランク角CA0及び最終クランク角CAθの関数として、求められる。
前述した基準筒内圧マップは、以上の関係に基づいており、図7に示すように、初期筒内圧P0、初期筒内温度T0及び初期クランク角CA0にそれぞれ相当する吸気圧PBA、初期筒内温度T_STRT及び吸気閉弁タイミングIVCと、最終クランク角CAθに相当する基準クランク角CA_REFを入力パラメータとし、最終筒内圧Pθに相当する基準筒内圧P_REFを出力として得るものである。
また、混合気の組成の条件として、外部EGRガスが存在しないという条件と、内部EGR量の条件と、空燃比AFが理論空燃比であるという条件が与えられている。最初の条件は、外部EGRが実行される場合、外部EGRガスが気筒3aに到達するまでの遅れがあることで、外部EGR量を把握できないためである。これに対し、内部EGRは、外部EGRのような遅れがなく、内部EGR量は、吸気閉弁タイミングIVCを含む上記の初期条件によってほぼ定まるため、条件として与えられている。
具体的には、吸気圧PBA、初期筒内温度T_STRT及び吸気閉弁タイミングIVCに応じて、シミュレーションなどにより内部EGR量を算出し、前記式(2)において、排ガス成分であるCO2成分のモル数nco2 とH2O成分のモル数nH20が、算出した内部EGR量に応じて設定され、他の成分のモル数nxが、理論空燃比に相当する比率で割り当てられる。基準筒内圧マップは、以上のような混合気の組成の条件で、上記の4つの入力パラメータの様々な条件に対し、式(1)〜(6)に基づいて基準筒内圧P_REFをあらかじめ算出し、その結果を入力パラメータに対してマップ化したものである。
図10〜図12は、基準筒内圧マップにおける、各入力パラメータに対する基準筒内圧P_REFの設定例を示す。まず、図10に示すように、基準筒内圧P_REFは、基準クランク角CA_REFが0に近いほど、すなわち基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに近いほど、より大きな値に設定され、また、吸気閉弁タイミングIVCが大きいほど、すなわち圧縮行程における吸気弁の閉弁タイミングが早いほど、より大きな値に設定されている。これは、基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに近いほど、また、吸気弁の閉弁タイミングが早いほど、混合気の実質的な圧縮期間が長くなることで、最終的な筒内圧が大きくなるためである。
また、図11に示すように、基準筒内圧P_REFは、初期筒内温度T_STRTが高いほど、より小さな値に設定されている。これは、初期筒内温度T_STRTが高いほど、筒内温度がより高くなるのに応じて混合気の比熱比κが低下する結果、筒内圧の上昇度合が低下するためである。
さらに、図12に示すように、基準筒内圧P_REFは、吸気圧PBAに比例するように設定されている。これは、基準筒内圧P_REF及び吸気圧PBAは、最終筒内圧Pθ及び初期筒内圧P0にそれぞれ相当し、両者が比例関係にあるためである(式(6)参照)。
前述したように、図6のステップ33では、上記の4つのパラメータに応じ、基準筒内圧マップを検索することによって、基準筒内圧P_REFが算出される。次のステップ34では、エンジン回転数NE及びエンジン水温TWに応じ、所定のマップを検索することによって、伝熱補正係数K_HTを算出する。この伝熱補正係数K_HTは、気筒3a内と外部との間で授受される熱の影響を補償するためのものである。
次に、ステップ33で算出された基準筒内圧P_REFに伝熱補正係数K_HTを乗算することによって、最終的な基準筒内圧P_REFを算出し(ステップ35)、本処理を終了する。
次に、図13を参照しながら、図3のステップ7で実行されるAF係数C_AFの算出処理について説明する。前述したように、AF係数C_AFは、圧力差ΔP(実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの差)に対する混合気の当量比KAFの傾きとして定義され(図5参照)、空燃比AFの算出に用いられる。また、上記の傾きが吸気条件及び圧縮条件に応じて変化するという特性が認められたため、本処理において、AF係数C_AFを算出するものである。
本処理では、まずステップ41において、基準クランク角CA_REF、吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT及び吸気圧PBAを取得する。これらのパラメータは、上記の吸気条件及び圧縮条件を表すものであり、前述した基準筒内圧マップの4つの入力パラメータと同じである。このため、ステップ41におけるパラメータの取得は、図6の基準筒内圧P_REFの算出処理で得られたデータを読み出すことによって、行われる。
次に、取得した4つのパラメータに応じ、図14に示すAF係数マップを検索することによって、AF係数C_AFを算出し(ステップ42)、本処理を終了する。このAF係数マップは、上記の4つの入力パラメータの様々な条件に対し、式(1)〜(6)に基づいてAF係数C_AFをあらかじめ算出し、その結果を入力パラメータに対してマップ化したものである。
図15〜図17は、AF係数マップにおける、各入力パラメータに対するAF係数C_AFの設定例を示す。図15に示すように、AF係数C_AFは、基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに近いほど、また、圧縮行程における吸気弁の閉弁タイミングが早いほど、より小さな値に設定されている。これは、基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに近いほど、また、吸気弁の閉弁タイミングが早いほど、混合気の実質的な圧縮期間が長くなることで、圧力差ΔPが大きくなり、それに応じてAF係数C_AFが小さくなるためである。
また、図16に示すように、AF係数C_AFは、初期筒内温度T_STRTが高いほど、より小さな値に設定されている。これは、以下の理由による。すなわち、混合気の成分のうち、燃料は、他の成分と比較して、定圧比熱Cpの温度変化が大きく、混合気の比熱比κの温度特性への寄与度が大きい。一方、空燃比AFが高くなると、それに伴って燃料の割合が低下し、その寄与度が低くなることで、温度に応じた比熱比κの変化度合は小さくなる。このため、初期筒内温度T_STRTが高いほど、圧縮中に比熱比κがより高いレベルで変化することで、圧力差ΔPが大きくなり、AF係数C_AFが小さくなるためである。
さらに、図17に示すように、AF係数C_AFは、吸気圧PBAが高いほど、より小さな値に設定されている。これは、初期筒内圧である吸気圧PBAが高いほど、それに比例して実筒内圧P_CPS及び圧力差ΔPが増大し、それに応じてAF係数C_AFが小さくなるためである。
次に、図18を参照しながら、推定された混合気の空燃比AFを用いた燃料噴射制御処理について説明する。本処理は、TDC信号の発生に同期して、気筒3aごとに実行される。
本処理では、まずステップ51において、エンジン回転数NE及び要求トルクTRQCMDに応じ、所定のマップ(図示せず)を検索することによって、基本燃料噴射量FUEL_BASEを算出する。上記の要求トルクTRQCMDは、例えば、アクセル開度AP及びエンジン回転数NEに基づいて算出される。
次に、その時点で設定されている目標空燃比TGT_AFと推定された空燃比AFとの偏差ΔAFを算出する(ステップ52)。なお、この目標空燃比TGT_AFは、加速時(スロットル全開時)などを除くエンジン3の定常運転状態では通常、理論空燃比に設定される。
次に、算出した偏差ΔAFに応じ、PIDフィードバック制御などによって、実当量比KACTが目標当量比KCMDに収束するように、空燃比補正係数KAFFBを算出する(ステップ53)。なお、この空燃比補正係数KAFFBの算出を、STR(セルフ・チューニング・レギュレータ)などの現代制御理論を用いて行ってもよい。最後に、基本燃料噴射量FUEL_BASEに空燃比補正係数KAFFBを乗算することによって、燃料噴射量QFUELを算出し(ステップ54)、本処理を終了する。以上の制御により、混合気の空燃比AFが目標空燃比TGT_AFになるように制御される。
以上のように、本実施形態によれば、外部EGRガスが存在せず且つ空燃比が理論空燃比であるという所定の混合気の組成条件で、混合気の比熱比κの温度特性に基づき、基準クランク角CA_REFにおいて発生する基準筒内圧P_REFを算出する。そして、基準クランク角CA_REFにおいて検出された実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの圧力差ΔPに基づいて、混合気の空燃比AFを算出するので、混合気の比熱比κの温度特性を反映させながら、空燃比AFを推定できる。
また、基準クランク角CA_REFは、混合気の燃焼の開始直前のクランク角であるので、燃焼がまだ行われず、混合気の状態変化がポリトロープ変化に保たれた状態で、実筒内圧P_CPSを取得するとともに、実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの大きな圧力差ΔPを確保できる。したがって、この圧力差ΔPに基づき、混合気の比熱比κの温度特性を良好に反映させながら、空燃比AFを精度良く推定することができる。また、精度良く推定された空燃比AFを用いて、燃料噴射制御を適切に行うことができる。
さらに、点火時期IGLOG、吸気圧PBA及びエンジン回転数NEを用いて、基準クランク角CA_REFを設定するので、その設定を、エンジン3の実際の運転状態に応じて適切に行うことができ、混合気の燃焼の開始直前における基準筒内圧P_REF及び実筒内圧P_CPSを適切に得ることができる。
また、設定された基準クランク角CA_REFが圧縮TDCに相当する0度よりも遅角側のときに、基準クランク角CA_REFを0度に制限するので、圧縮TDC後におけるノッキングなどの影響による実筒内圧P_CPSの低下が回避されることで、実筒内圧P_CPSと基準筒内圧P_REFとの大きな圧力差ΔPを確保でき、空燃比AFの推定精度を良好に維持することができる。
また、基準筒内圧P_REFを、基準クランク角CA_REF、圧縮開始時の初期クランク角に相当する吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT、及び初期筒内圧に相当する吸気圧PBAに応じて算出するので、圧縮中の混合気の温度や圧力の状態に応じて、基準筒内圧を精度良く算出することができる。さらに、算出された基準筒内圧P_REFをエンジン回転数NE及びエンジン水温TWに応じて補正することにより、気筒3a内と外部との間で授受される熱の影響を適切に補償することができる。
また、基準筒内圧P_REFの算出に用いたのと同じ4つのパラメータ(基準クランク角CA_REF、吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT及び吸気圧PBA)に応じ、混合気の吸気・圧縮条件を反映させながら、AF係数C_AFを適切に算出できる。そして、算出したAF係数C_AFを圧力差ΔPに乗算した値に基づき、空燃比AFの推定を精度良く行うことができる。
さらに、筒内圧センサ51は、その圧力検出素子及び増幅回路がインジェクタ4に一体に設けられているため、点火動作によるノイズや他の気筒3aのインジェクタ4の噴射動作によるノイズの影響を受けにくい。このため、筒内圧センサ51による実筒内圧P_CPSの検出精度が高められることで、空燃比AFの推定精度をさらに向上させることができる。
次に、図19を参照しながら、基準筒内圧P_REFの算出処理の変形例について説明する。この変形例は、前述したように、基準筒内圧P_REFが吸気圧PBAに比例するという関係(図12)から、吸気圧PBAを基準筒内圧マップの入力パラメータから除外し、基準筒内圧マップで得られたマップ値を吸気圧PBAで補正するようにしたものである。本処理は、図6の処理に代えて実行される。また、図19において、図6と同じ実行内容のステップには、同じステップ番号が付されている。
本処理では、図6の処理と同じステップ31及びステップ32を実行し、吸気閉弁タイミングIVC及び初期筒内温度T_STRTを算出する。次に、基準クランク角CA_REF、吸気閉弁タイミングIVC及び初期筒内温度T_STRTに応じ、基準筒内圧マップ(図示せず)を検索することによって、基準筒内圧P_REFを算出する(ステップ301)。なお、この基準筒内圧マップでは、圧縮開始時の初期筒内圧は、定数として扱われ、基準大気圧PATM(760mmHg)が用いられている。
次に、吸気圧PBAを基準大気圧PATMで除した値を、吸気圧補正係数K_PBとして設定する(ステップ302)とともに、この吸気圧補正係数K_PBをステップ301で算出された基準筒内圧P_REFに乗算することによって、補正された基準筒内圧P_REFを算出する(ステップ303)。
その後の処理内容は、図6と同じであり、ステップ303で算出された基準筒内圧P_REFに、エンジン回転数NE及びエンジン水温TWに応じて算出した伝熱補正係数K_HTを乗算することによって、最終的な基準筒内圧P_REFを算出し(ステップ34、35)、本処理を終了する。
以上の変形例によれば、図6の算出処理の場合と同等の基準筒内圧P_REFを算出できるとともに、入力パラメータが削減されることで、基準筒内圧マップを容易に作成でき、その負荷を軽減することができる。
次に、図20を参照しながら、第2実施形態による基準筒内圧P_REFの算出処理について説明する。前述した第1実施形態による算出処理(図6)では、空燃比AFが理論空燃比であるのに対し、図20の算出処理は、空燃比AFが目標空燃比TGT_AFであるという条件で、基準筒内圧P_REFを算出するものである。なお、図20において、図6と同じ実行内容のステップには、同じステップ番号が付されている。
本処理では、図6の処理と同じステップ31及びステップ32を実行し、吸気閉弁タイミングIVC及び初期筒内温度T_STRTを算出する。
次に、目標空燃比TGT_AFを設定する(ステップ311)。この目標空燃比TGT_AFの設定は、要求トルクTRQCMD及びエンジン回転数NEに応じ、所定のマップ(図示せず)を検索することによって、行われる。また、例えば、エンジン3が、その負荷などに応じて、空燃比AFが理論空燃比付近に制御されるストイキ燃焼モードと、空燃比AFが理論空燃比よりもかなりリーンに制御されるリーン燃焼モードに切り替えて運転されるような場合には、目標空燃比TGT_AFは、燃焼モードに応じて広範囲に設定される。
次に、基準クランク角CA_REFと、吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT及び吸気圧PBAと、ステップ311で設定された目標空燃比TGT_AFに応じ、図21に示す基準筒内圧マップを検索することによって、基準筒内圧P_REFを算出する(ステップ312)。図7の基準筒内圧マップに対し、この基準筒内圧マップでは、入力パラメータとして目標空燃比TGT_AFが加えられており、それにより、空燃比AFが目標空燃比TGT_AFであるという条件が与えられ、この条件と、外部EGRガスが存在しないという条件及び内部EGR量の条件から、式(2)の各成分のモル数nxが定められる。
基準筒内圧マップは、上記の5つの入力パラメータの様々な条件に対し、式(1)〜(6)に基づいて基準筒内圧P_REFをあらかじめ算出し、その結果を入力パラメータに対してマップ化したものである。
図22は、基準筒内圧マップにおける、目標空燃比TGT_AFに対する基準筒内圧P_REFの設定例を示す。同図に示すように、基準筒内圧P_REFは、目標空燃比TGT_AFが高いほど、より大きな値に設定されている。これは、空燃比が高いほど、混合気の比熱比κが高くなり(図9参照)、それに伴って最終的な筒内圧が大きくなるためである。
図20に戻り、ステップ312の後の処理内容は、図6と同じであり、算出された基準筒内圧P_REFに、伝熱補正係数K_HTを乗算することによって、最終的な基準筒内圧P_REFを算出し(ステップ34、35)、本処理を終了する。なお、本実施形態では、基準筒内圧P_REFが、目標空燃比TGT_AFを条件として算出されるため、実際の空燃比AFが目標空燃比TGT_AFのときに、実筒内圧P_CPSが基準筒内圧P_REFに一致し、圧力差ΔPが0になる。この関係から、図3のステップ11における当量比KAFの算出は、式(A)に代えて、次式(C)によって行われる。
KAF = ΔP×C_AF+KTGT ・・・(C)
右辺のKTGTは、目標空燃比TGT_AFに相当する当量比である。
以上のように、本実施形態によれば、第1実施形態と同様、基準筒内圧P_REFを、基準クランク角CA_REF、吸気閉弁タイミングIVC、初期筒内温度T_STRT及び吸気圧PBAに応じて、適切に算出することができる。また、空燃比AFが目標空燃比TGT_AFであるという条件で、目標空燃比TGT_AFに応じて基準筒内圧P_REFを算出するので、目標空燃比TGT_AFが変更される場合でも、その時点における空燃比AFの目標値である目標空燃比TGT_AFを基準として、基準筒内圧P_REFを適切に算出することができる。
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では、基準クランク角CA_REFを算出する際のパラメータとして、点火時期IGLOG、吸気圧PBA及びエンジン回転数NEを用いているが、他の適当なパラメータを併せて用いてもよい。
また、実施形態では、基準筒内圧P_REF及びAF係数C_AFの算出に用いる初期筒内温度T_STRTを、吸気温TA、吸気位相CAIN及び排気位相CAEXに応じて算出しているが、吸排気弁のバルブオーバーラップによる内部EGRが実行されない場合には、吸気温TAをそのまま初期筒内温度としてもよい。さらに、初期筒内圧として、吸気圧PBAを用いたが、圧縮開始時に筒内圧センサ51で検出された筒内圧PCYLを用いることも可能である。
さらに、基準筒内圧P_REFを、エンジン回転数NE及びエンジン水温TWに応じて補正しているが、気筒3aの内外間の熱の授受に影響を及ぼす他の適当なパラメータをさらに用いて、補正を行ってもよい。
また、実施形態は、エンジン3が外部EGR装置を有しない例であるが、本発明は、エンジン3が外部EGR装置を有する場合にも適用できる。すなわち、この場合には、外部EGRガスが混合気中に存在しないという条件で、基準筒内圧P_REFを算出するとともに、外部EGRを停止した状態で、実筒内圧P_CPSをサンプリングすることによって、実施形態と同様、空燃比AFを精度良く推定することができる。
さらに、実施形態では、推定した空燃比AFに応じて、燃料噴射制御を実行しているが、これに代えて又はこれとともに、他のエンジン制御、例えばEGR弁42を介したEGR制御、スロットル弁27を介した吸入空気量制御や、点火プラグ5を介した点火時期制御などを実行してもよい。また、筒内圧センサ51は、インジェクタ4と一体型のものであるが、インジェクタ4と分離して配置される別体型のものでもよいことは、もちろんである。
さらに、実施形態では、エンジン3は車両用のエンジンであるが、本発明は、他の用途のエンジン、例えばクランクシャフトを鉛直方向に配置した船外機用のエンジンなどにも適用可能である。その他、本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜、変更することができる。