以下、本発明の実施の形態について、添付図面を参照しながら説明する。図1や図2は、本発明の実施形態に係る粉体離型剤1A、1Bを示す一部断面図である。図3は、図1に示す粉体離型剤1Aの中芯材2Aを示す写真である。図4は、図3に示す中芯材2Aの表面を拡大して示す写真である。
図1や図2に示す粉体離型剤1A、1Bは、金型重力鋳造において、金型のキャビティ面に塗布される。図1に示す粉体離型剤1Aは、中芯材2Aと、複数の球状粒子3Aとから構成される。図2に示す粉体離型剤1Bは、中芯材2Bと、複数の球状粒子3Bとから構成される。以下、粉体離型剤1A,1Bを総称して粉体離型剤1と適宜記し、中芯材2A,2Bを総称して中芯材2と適宜記し、球状粒子3A,3Bを総称して球状粒子3と適宜記す。
図1や図2に示す粉体離型剤1では、中芯材2は多孔質を呈しており、複数の球状粒子3は、中芯材2の表面を被覆する。各球状粒子3の径は、中芯材2の径よりも小さい。中芯材2や各球状粒子3は、それぞれ無機化合物から形成される。図1に示す粉体離型剤1Aの中芯材2Aは、珪藻土を含有するものであり、図2に示す粉体離型剤1Bの中芯材2Bは、ゼオライトを含有するものである。図1や図2に示す各球状粒子3A,3Bは、例えば非晶質シリカからなる。
図1に示す粉体離型剤1Aでは、中芯材2Aは、中空の球状を呈しており(図1、図3)、中芯材2Aの壁には、中芯材2Aの内側外側を連通させる多数の貫通孔4Aが形成されている(図1、図4)。各貫通孔4Aの径は、200nm以上500nm以下である。
図2に示す粉体離型剤1Bでは、中芯材2Bは、中実の球状を呈しており(図2)、中芯材2Bを貫通する孔4Bが多数形成されることで、中芯材2Bはスポンジ状を呈している。
金型のキャビティ面に塗布される粉体離型剤1A,1Bのメジアン粒子径は、10μm以上50μm以下であり、より好ましくは、20μm以上30μm以下である。この粉体離型剤1A,1Bのメジアン粒子径は、粉体離型剤1A,1Bの試料0.1gをビーカーに入れ、分散液を1wt%含有する水溶液100gをビーカーに添加して、超音波にて2分間分散処理した後、レーザー回折式粒度分布計(株式会社堀場製作所製 LA−700)で測定したものである。粉体離型剤1A,1Bのメジアン粒子径が10μm未満である場合には、粉体離型剤1A,1Bのメジアン粒子径がキャビティ面の表面粗さと近い値となり、キャビティ面の凹凸に粉体離型剤1A,1Bが埋もれてしまい、粉体離型剤1A,1Bに覆われず露出するキャビティ面の範囲が大きくなる。そして、この露出するキャビティ面と溶湯とが接触することで、溶湯の流動性が充分得られなくなる。また、粉体離型剤1A,1Bのメジアン粒子径が50μmよりも大きい場合には、溶湯充填後、金型から取り出した鋳造品の表面に粉体離型剤1A,1Bの転写痕が残ることで、鋳造品の表面品位が劣化する。このため、鋳造品の表面を研磨する後工程が必要となり、コスト高となる。
粉体離型剤1A,1Bは、例えば、中芯材2A,2Bとなる珪藻土(昭和化学工業株式会社製 ラヂオライト800)と、球状粒子3A,3Bとなる非晶質シリカ(DSLジャパン株式会社製 カープレックス#80)とを、96wt%:4wt%の重量割合で予備混合した後、室温で、ポットミルで混合処理することで得ることができる(処理周波数:15Hz、処理時間:2時間)。混合処理には、ヘンシェルミキサーを含む混合機を使用することができる。なお、混合処理には、中芯材2A,2Bに、衝撃及びせん断力を付与しない混合機を使用する必要がある。
本実施形態の粉体離型剤1によれば、中芯材2や各球状粒子3が無機化合物であることで、粉体離型剤1をキャビティ面に付着させておくことで、溶湯の熱によって熱分解ガスが発生することなく、溶湯をキャビティに充填することができる。このため、鋳造品の表面や内部にガス欠陥が生じないので、高品質の鋳造品、すなわち機械的特性に優れた鋳造品を得ることが出来る。
また、中芯材2が多孔質であることで、粉体離型剤1は、中芯材2の内部に空気層を有するものとなる。粉体離型剤をキャビティ面に付着させて溶湯を充填する際には、上記の中芯材2の内部の空気層が断熱層として機能することで、溶湯と金型との断熱性が高められ、溶湯の流動性が向上して、鋳造品の薄肉部を形成するキャビティの範囲においても、溶湯がスムースに充填される。
また,球状粒子3が中芯材2の表面を被覆することで,中芯材2の表面に対してコロ転がりの作用が付与され、粉体離型剤1が転がりやすいものとなる。したがって、粉体離型剤1をキャビティ面に塗布する際に、キャビティ面全体に粉体離型剤1を行き渡らせることができる。このため、鋳造品に付着斑が生じることを防止できる。あわせて、中芯材2同士の凝集を緩和できるので、粉体離型剤1を貯蔵するタンク(後述の粉体供給装置13A,13Bに相当)から、粉体離型剤を噴出するノズル(後述の静電ノズル63,64に相当)までの配管(後述の配管61,62に相当)の壁面で、粉体離型剤1が凝集することを防止できる。このため、粉体離型剤1を、安定的にキャビティ面に塗布することができる。
次に、上述の粉体離型剤1(図1,図2)を用いて金型重力鋳造を行う鋳造システムや鋳造方法について説明する。
図5や図6は、本発明の実施形態に係る鋳造システム10を示す平面図である。本実施形態の鋳造システム10は、傾斜鋳造機11と、ロボット12と、粉体供給装置13A,13Bと、炉14と、電圧制御装置(図示せず)と、湿度センサ(図示せず)と、金型温度センサ(図示せず)とを備える。
図7や図8は、傾斜鋳造機11やロボット12を示す側面図である。図9や図10は、傾斜鋳造機11の正面図である。
図5〜図10に示すように、傾斜鋳造機11は、金型15(図9,図10)を備える鋳造部16と、鋳造部16の両側方に設けられて、鋳造部16を回転可能に支持する一対の支持部17A,17Bとを備える。
図9や図10に示すように、鋳造部16は、上述の金型15に加えて、下型設置プレート20と、上型設置プレート21と、固定プレート22と、タイバー23と、油圧シリンダ24と、カップリング25と、連結棒26とを備える。上型設置プレート21は、下型設置プレート20の上方に配置される。固定プレート22は、上型設置プレート21の上方に配置される。金型15は、上下に相対する上型30及び下型31からなる。上型30は、上型設置プレート21の下面に固定される。下型31は、下型設置プレート20の上面に固定される。タイバー23は、下型設置プレート20から上方に延びて、上型設置プレート21を貫通し、上端が固定プレート22に固定される。油圧シリンダ24は、固定プレート22の上面に固定される。カップリング25は、上型設置プレート21の上面に固定される。連結棒26は、固定プレート22を貫通して、油圧シリンダ24とカップリング25とを連結するものであり、油圧シリンダ24の駆動力をカップリング25に伝達する。
一対の支持部17A,17Bは、それぞれ、柱体40と、回転軸41と、吊下体42とを備える。柱体40は、鋳造部16の側方で床面に立設されるものであり、柱体40の上端には、孔43が形成される。孔43は、水平方向に延びており、鋳造部16側に開口する。回転軸41は、柱体40の孔43に挿入されており、モータ等の動力により回転可能である。回転軸41の鋳造部16側の部分41aは、孔43の開口から延び出ている。この延び出た回転軸41の部分41aに、吊下体42が接合される。吊下体42は、この接合位置から下方に延びており、吊下体42の下端部は、下型設置プレート20の端面に接合される。
図11〜図13は、金型15や下型設置プレート20や上型設置プレート21を示す側面図である。図14や図15は、金型15の断面図である。図14(a)は、金型15が図11の状態になるときの断面を示し、図14(b)は、金型15が図13の状態になるときの断面を示す。図15は、後述の上型30のキャビティ面32aや下型31のキャビティ面33aに、粉体離型剤1を塗布する際の断面を示す。
上述した鋳造部16では、連結棒26(図9、図10)が油圧シリンダ24の駆動力をカップリング25に伝達することで、カップリング25や上型設置プレート21や上型30が上下方向に移動可能とされる。そして、上型30が上昇することで、図10や図13や図14(b)に示すように、上型30と下型31とが離れる型開きの状態になる。そして、この型開きの状態から、上型30が下降することで、図9や図11や図14(a)に示すように、上型30と下型31とが当接する型閉じの状態になる。この型閉じの状態では、上型30の凹部32及び下型31の凹部33により、金型15のキャビティKや湯口Yが構成される(図14(a))。湯口Yは、溶湯をキャビティKに導くためのものであって、金型15の一方側に開口する。下型31の一方側側面には、湯口Yの直下となる位置に、バケット35が固定されている。バケット35は、湯口Yに注がれる溶湯を貯留するものである。ここで、符号32aで示す上型30の凹部32の表面や、符号33aで示す下型31の凹部33の表面は、粉体離型剤1が塗布される金型15のキャビティ面に相当する。上述した型開きの状態(図10や図13や図14(b)の状態)では、上型30の凹部32の表面32aや下型31の凹部33の表面33aは、露出する。以下では、上型30の凹部32の表面32aを、上型30のキャビティ面32aと記し、下型31の凹部33の表面33aを、下型31のキャビティ面33aと記す。
支持部17A,17Bの各回転軸41の回転によって、吊下体42や鋳造部16は、図5に示す非傾倒状態(鉛直方向に延びる状態)から、図6に示す傾倒状態(水平方向に延びる状態)まで、回転可能とされる。そして、このように鋳造部16が回転可能であることで、金型15は、図9や図11や図14(a)に示す水平状態から、図12に示す直立状態まで、傾動可能とされる(図9や図11や図14(a)は、鋳造部16が図5の状態にあるときを示し、図12は、鋳造部16が図6の状態にあるときを示す)。この金型15の傾動によって、バケット35に貯留された溶湯は、湯口Yを通じて、キャビティKに充填される。
図14に示すように、金型15(上型30や下型31)には、熱媒体の流路50が形成される。熱媒体の流路50は、金型15(上型30や下型31)の温度を調整するために形成される。この流路50に循環させる熱媒体の温度を調整することで、余熱時に金型15を加熱したり、鋳込後に金型15を冷却することが可能である。また、図示しない金型温度センサは、金型15における湯口近傍部36やキャビティ近傍部37の温度を測定する。この金型温度センサの測定値に基づき、湯口近傍部36やキャビティ近傍部37の流路50に流される熱媒体の温度が制御される。この温度制御により、肉厚が厚く溶湯の熱で高温となりやすい湯口近傍部36では、低温の熱媒体を流路50に循環させ、その一方、肉厚が薄く低温となりやすいキャビティ近傍部37では、高温の熱媒体を流路50に循環させることが可能である。
図5〜図8や図15に示すように、ロボット12は、ロボットアーム60と、第1配管61と、第2配管62と、上型用ノズル63と、下型用ノズル64(図15)と、ロボット本体部65とを備える。
ロボットアーム60は、複数のアーム体が関節機構を介して連結されたものであり、関節機構が、駆動源の回転をアーム体に伝達することで、アーム体が、上下左右に揺動したり、軸回りに回転する。
上型用ノズル63や下型用ノズル64は、上型30のキャビティ面32aや下型31のキャビティ面33aに粉体離型剤1を塗布するために設けられる。図15に示すように、上型用ノズル63は、ロボットアーム60の上面60aの先端に固定される。下型用ノズル64は、ロボットアーム60の下面60bの先端に固定される。
第1配管61は、上型用ノズル63に粉体離型剤1を供給するために設けられる。図15に示すように、第1配管61は、ロボットアーム60の上面60aに沿って配置されて、先端が上型用ノズル63に接続される。第2配管62は、下型用ノズル64に粉体離型剤1を供給するために設けられる。第2配管62は、ロボットアーム60の下面60bに沿って配置されて、先端が下型用ノズル64に接続される。
ロボット本体部65は、ロボットアーム60の動作を制御するものである。このロボット本体部65の制御によって、図15に示すように、金型15が型開き状態のときにロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込ませることや、上型30と下型31との間からロボットアーム60の先端を抜き出すことが可能とされる(図7は、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込むときの動作を示し、図8は、上型30と下型31との間からロボットアーム60の先端を抜き出すときの動作を示す)。そして、図15に示すように、ロボットアーム60の先端が上型30と下型31との間に差し込まれた状態では、上型用ノズル63が上型30のキャビティ面32aと向かい合い、下型用ノズル64が下型31のキャビティ面33aに向かい合う。
図5や図6に示すように、粉体供給装置13Aは、第1配管61の基端に接続されるものであって、粉体離型剤1を圧送する空気流を生じさせることで、粉体離型剤1を第1配管61に供給して上型用ノズル63から噴出させる。粉体供給装置13Bは、第2配管62の基端に接続されるものであって、粉体離型剤1を圧送する空気流を生じさせることで、粉体離型剤1を第2配管62に供給して下型用ノズル64から噴出させる。粉体供給装置13A,13Bは、図15に示すように、ノズル63,64が上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに向かい合うときに、上述の空気流を生じさせて、ノズル63,64から粉体離型剤1を噴出させる。これにより、上型用ノズル63から噴出される粉体離型剤1が上型30のキャビティ面32aに吹き付けられ、下型用ノズル64から噴出される粉体離型剤1が、下型31のキャビティ面33aに吹き付けられる。なお、粉体供給装置13A,13Bに生じさせる空気流の流速が、それぞれ独立に制御可能であることで、ノズル63,64から噴出される粉体離型剤1の量(配管61,62に供給される粉体離型剤1の量)が、それぞれ独立に調整可能である。また、粉体供給装置13A,13Bに種類の異なる粉体離型剤を投入することで、上型30のキャビティ面32aに吹き付ける粉体離型剤と、下型31のキャビティ面32aに吹き付ける粉体離型剤とを変えることができる。例えば、図1に示す粉体離型剤1Aを粉体供給装置13Aに投入し、図2に示す粉体離型剤1Bを粉体供給装置13Bに投入した場合には、上型30のキャビティ面32aに粉体離型剤1Aが吹き付けられ、下型31のキャビティ面33aに粉体離型剤1Bが吹き付けられる。
また本実施形態では、粉体離型剤1を確実に上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに付着させるために、金型15(上型30や下型31)にアース線91(図16)が設置されるとともに、上型用ノズル63や下型用ノズル64として、静電塗布ノズルが使用される。図15や図16に示すように、この静電塗布ノズルである上型用ノズル63や下型用ノズル64は、筒状のノズル部80と、ノズル部80の開口に設けられて、コロナ放電を生じさせる針電極81とを備える。粉体供給装置13A,13Bが生じさせる空気流によって搬送される粉体離型剤1は、配管61,62を通じて、ノズル63,64のノズル部80の内部に導入されて、ノズル63,64のノズル部80の開口から噴出される。
図16に示すように、上型用ノズル63の針電極81(第1針電極)や下型用ノズル64の針電極81(第2針電極)は、それぞれ電線82を介してHV電源90に接続されており、HV電源90から、ノズル63,64の針電極81に電圧が印加されることで、これら針電極81がマイナスイオンを放出する。そして、このマイナスイオンが、上型用ノズル63や下型用ノズル64の開口(ノズル部80の開口)から噴出される粉体離型剤1に付着することで、当該粉体離型剤1が負極性に帯電する。そして、この負極性に帯電した粉体離型剤1が、上型30や下型31に近づいていくことで、上型30や下型31にある負電荷がアース線91を通じてグランドに放出され、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに正電荷が集まる。これにより、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aが、粉体離型剤1と反対の正極性となるので、負極性に帯電した粉体離型剤1が、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに引き寄せられて、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに付着する。
図示しない電圧制御装置や湿度センサは、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aへの粉体離型剤1の付着量が、鋳造環境の相対湿度に応じて変動することを防止すべく設けられる。湿度センサは、金型15の近傍に設置されており、当該設置された鋳造環境の相対湿度を測定する。相対湿度とは、ある気温で空気中に含まれる水蒸気の量を、その温度の飽和水蒸気量で割ったものである。電圧制御装置は、CPU、メモリ、及び通信インターフェースや、上述のHV電源90を備えるものであって、湿度センサや金型温度センサと、有線又は無線を介して通信可能である。電圧制御装置のメモリには、HV電源90からノズル63,64の針電極81に印加される電圧と、鋳造環境の相対湿度と、上型30や下型31の温度との関係を示す電圧制御データが予め記憶されている。電圧制御装置は、湿度センサや金型温度センサから、相対湿度や上型30・下型31の温度の測定値を受信するとともに、これら湿度や温度の測定値と電圧制御データとに基づき、ノズル63,64の針電極81に印可する電圧を制御する。これにより、針電極81から放出されるマイナスイオンの量が、鋳造環境の相対湿度や上型30・下型31の温度に応じた値とされ、このマイナスイオンの量に応じた負極性の帯電量で、ノズル63,64から噴出される粉体離型剤1が帯電する。この結果、ノズル63,64から噴出される粉体離型剤1の帯電量は、鋳造環境の相対湿度や上型30・下型31の温度に応じた値になる。このため、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに付着する粉体離型剤1の量が、相対湿度や金型温度によって変動することを防止できる。なお、上型用ノズル63や下型用ノズル64の針電極81に印加する電圧は、それぞれ独立に制御可能である。
炉14(図5、図6)は、金型15のキャビティKに充填するための溶湯を貯留する。例えば、炉14は、アルミニウム等の金属を加熱して溶融させるとともに、当該溶融した溶湯を貯留可能な溶錬炉である。
炉14でアルミニウム等の金属が溶融される場合、炉14は、100℃程度の高熱を発する。この炉14の熱が粉体離型剤1に及ぼす影響を小さく抑えること等を目的として、鋳造システム10では、粉体供給装置13A,13Bやロボット12を、炉14から遠ざけるレイアウトが採用されている。具体的には、図5や図6に示すように、支持部17A,17Bが配置される直線X上を境界とする一方側及び他方側のうち、一方側に粉体供給装置13A,13Bとロボット12とが配置され、他方側に炉14が配置されている。他方側は、作業員が鋳造のための作業を行う領域である。また、鋳造部16の回転に対して粉体供給装置13A,13Bやロボット12が支障しないように、傾斜鋳造機11に対する粉体供給装置13A,13Bやロボット本体部65の離隔距離は、鋳造部16の回転半径R(図6〜図9)よりも大きく設定されている。上記の離隔距離は、回転軸41の軸芯からの距離である。図7や図8に示すHは、鋳造部16の上端(油圧シリンダ24の上端)の回転軌道を示しており、上記の回転半径R(図6〜図9)は、型閉じの状態における回転軸41の軸芯と鋳造部16の上端(油圧シリンダ24の上端)との間の直線距離に相当する。
図17は、本発明の実施形態に係る金型重力鋳造方法の工程を示すフローチャートである。以下、図17を参照して、本実施形態に係る金型重力鋳造方法を説明する。なお、図17の処理は、流路50(図14)への熱媒体の循環によって、金型15(上型30や下型3)の温度が300℃以下、好ましくは、160℃以上260℃以下とされた状態で行なわれる。
まず、塗布工程が実行される(ステップS1〜S3)。この塗布工程は、金型15(上型30・下型31)のキャビティ面32a,33aに粉体離型剤1を塗布するものである。具体的には、まず、金型15を水平状態及び型開きの状態(図10、図13、図14(b)の状態)とする(ステップS1)。そして、傾斜鋳造機11側に向かうロボットアーム60の動作により(図7に示す動作)、図15に示すように、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込ませて、上型用ノズル63や下型用ノズル64を、それぞれ上型30・下型31のキャビティ面32,33aに向かい合わせる(ステップS2)。ついで、上型用ノズル63や下型用ノズル64から、負極性に帯電させた粉体離型剤1を噴出させて、当該粉体離型剤1を、正極性となる上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに塗布する(ステップS3)。
このステップS3が実行される際には、電圧制御装置(図示せず)は、湿度センサ(図示せず)から相対湿度の測定値を受信し、金型温度センサ(図示せず)から上型30や下型31の温度の測定値を受信する。
そして、電圧制御装置は、相対湿度と上型30の温度と電圧制御データとに基づき、上型用ノズル63の針電極81に印可する電圧を制御する。これにより、上型用ノズル63の針電極81から放出されるマイナスイオンの量が相対湿度や上型30の温度に応じた値とされ、このマイナスイオンの量に応じた負極性の帯電量で、上型用ノズル63から噴出される粉体離型剤1が帯電する。
また、電圧制御装置は、相対湿度と下型31の温度と電圧制御データとに基づき、下型用ノズル64の針電極81に印可する電圧を制御する。これにより、下型用ノズル64の針電極81から放出されるマイナスイオンの量が相対湿度や下型31の温度に応じた値とされ、このマイナスイオンの量に応じた負極性の帯電量で、下型用ノズル64から噴出される粉体離型剤1が帯電する。
塗布工程の後では、充填工程が実行される(ステップS4〜S6)。この充填工程は、炉14内の溶湯を金型15のキャビティKに充填するものである。
具体的には、まず、ロボット本体部65側に向かうロボットアーム60の動作により(図8に示す動作)、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間から抜き出して、金型15を型閉じの状態(図9、図11、図14(a)の状態)とする(ステップS4)。なお、空洞を有する鋳造品を成形する場合には、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間から抜き出した後、上型30と下型31との間にシェル中子(図示せず)をセットして、上型30を下降させることで、キャビティK内にシェル中子を配置する。ついで、ラドルと称される耐熱性の容器を用いて、炉14内のアルミニウム等の溶湯をバケット35に投入する(ステップS5)。ついで、回転軸41を回転させて、金型15を傾斜させることで、バケット35に投入された溶湯を、重力の作用により、湯口Yを通じてキャビティKに充填する(ステップS6)。ステップS6における回転軸41の回転は、溶湯をキャビティKの奥まで流し込むために、例えば金型15が直立状態(図12の状態)に至るまで行われる。
充填工程の後では、凝固工程が実行される(ステップS7)。この凝固工程では、金型15の流路50に循環させる熱媒体の温度を下げて、金型15を冷却することで、キャビティKに充填された溶湯を凝固させる。これにより、キャビティKで鋳造品が成形される(炉14内にアルミニウムの溶湯が貯留され、このアルミニウムの溶湯がキャビティKに充填されていた場合には、キャビティKでアルミ鋳造品が成形される)。
凝固工程の後では、脱型工程が実行される(ステップS8)。この脱型工程では、回転軸41の回転で、金型15を直立状態(図12の状態)から水平状態(図11、図14(a)の状態)に回転させた後、金型15を型開き状態(図13、図14(b)の状態)として、金型15から鋳造品を取り外す。
以上で、1回の鋳造が完了する。他の鋳造品を連続して製造する場合には、ステップS8の終了後、ステップS1に戻り、ステップS1〜S8の工程が繰り返される。なお、各回のステップS1〜S8では、金型15(上型30や下型31)の流路50に熱媒体を循環させることで、金型15の温度が300℃以下、好ましくは、160℃以上260℃以下とされる。
図18は、流路50に熱媒体が循環される状況で、図17の処理が複数回繰り返される際の金型15の温度推移の例を示す。図18に示す例では、流路50への熱媒体の循環によって、各回の処理で、金型15の温度を、160℃以上260℃以下の範囲に安定して維持できた。この結果、各回の処理で、製品となる鋳造品が製造された。
なお、本実施形態では、流路50に熱媒体を循環しない場合であっても、鋳造を行うことが可能である。図19は、流路50に熱媒体を循環しない状況で、図17の処理が複数回繰り返される際の金型15の温度推移の例を示す。流路50への熱媒体の循環を行なわない場合、金型15の温度は、キャビティKに充填した溶湯の温度に依存するものとなる。図19に示す例では、各回の処理における金型15の温度が300℃以下の範囲に維持されており、各回の処理で、製品となる鋳造品を製造できた。
なお、図18の例では、流路50に熱媒体を循環したことで、図19の例に比べて、各回の処理の金型15の温度分布が均一となり、また、各回の処理における金型15の高温部(湯口近傍部)と低温部(キャビティ近傍部・巾木部)との温度差を小さく抑えることができた。その結果、図18の例では、図19の例に比べて、各回の処理で得られる鋳造品の品質が均等なものとなり、また、各回の処理で得られる鋳造品は、各部位間の機械的特性の差が小さなものとなった。
本実施の形態によれば、粉体離型剤1が金型15のキャビティ面32a,33aに塗布されることで、キャビティKに充填される溶湯の湯まわり性や、溶湯と金型15との断熱性が高められる。このため、金型15の温度を260℃以下という低い温度に調整しても、キャビティKへの溶湯の充填率を高めて、鋳造品を所望の形状に成型することができる。そして、上述のように金型15の温度を低くできるので、溶湯の凝固時間を短縮できる。このため、鋳造品の鋳造組織を小さくすることができる。これにより、引張強さや伸び率の大きい機械的特性に優れた鋳造品を製造することが可能である。また、上述のように溶湯の凝固時間を短縮できるので、鋳造品の生産性を向上させることができる。
また、粉体離型剤1は、キャビティ面32a,33aに厚く塗り付けることを要せず、キャビティKに充填される溶湯の湯まわり性を向上させることができる。したがって、粉体離型剤1を用いることで、縦横の寸法が大きく肉厚の薄い大型薄肉鋳造品を製造することができる。
また、負極性に帯電させた粉体離型剤1が、正極性となる金型15のキャビティ面32a,33aに噴出されることで、粉体離型剤1を確実にキャビティ面32a,33aに付着させることができる。さらに、上型用ノズル63や下型用ノズル64の針電極81に印加される電圧が、鋳造環境の相対湿度に基づき調整されるので、上型用ノズル63や下型用ノズル64から噴出される粉体離型剤1の帯電量は、鋳造環境の相対湿度に応じた値になる。これにより、上型30や下型31のキャビティ面32a,33aに付着する粉体離型剤1の量が、相対湿度によって変動することを防止できる。この効果について、図20や図21を参照して詳細に説明する。
図20は、針電極81に印加する電圧が一定である場合の粉体離型剤1の帯電量と相対湿度との関係を示すグラフである。図21は、粉体離型剤1の帯電量の絶対値と、キャビティ面32a,33aの単位面積当たりにおける粉体離型剤1の付着量との関係を示すグラフである。
針電極81に印加する電圧が一定である場合には、図20に示すように、相対湿度が高いときに帯電量が低くなり、相対湿度が低いときに帯電量は高くなる。そして、図21に示すように、粉体離型剤1の付着量は、帯電量と比例する関係にあり、帯電量が低いときに付着量は少なく、帯電量が高いときに付着量は多くなる。以上から明らかなように、針電極81に印加される電圧が一定である場合には、相対湿度が高いときに付着量が少なくなり、相対湿度が低いときに付着量が多くなる。これに対し、本実施形態によれば、針電極81に印加する電圧が相対湿度に応じて調整されるので、相対湿度が低いときや高いときでも、粉体離型剤1の帯電量を、常に一定にすることができる。そしてこのことから、粉体離型剤1の付着量を、湿度によらず一定にすることができるので、鋳造品の寸法・肉厚を常に所望のものとすることができる。
また、本実施形態の鋳造システム10では、図5や図6に示したように、支持部17A,17Bが配置される直線X上を境界とする一方側及び他方側のうち、一方側に粉体供給装置13とロボット12とが配置され、他方側に炉14が配置されるので、粉体供給装置13やロボット12を炉14から遠ざけることができる。したがって、炉14の熱が粉体離型剤1に及ぼす影響を小さく抑えることができる。また、粉体供給装置13とロボット12とを同一側に配置できるので、粉体供給装置13とロボット12とを接近させることができる。これにより、上型用ノズル63や下型用ノズル64と粉体供給装置13とをつなぐ管路(配管61,62)の延長を短くできるので、当該管路に粉体離型剤1が滞留することを防止できる。また、上述のように管路の延長を短くできるので、粉体供給装置13で生じさせる空気流の圧力を大きくすることを要せず、粉体離型剤1をノズル63,64から噴出させることができる。
さらに上述した図5や図6のレイアウトによれば、ロボット12が支持部17A,17Bの側方に存在しないので、ロボットアーム60の構造や動作を複雑にすることなく、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込むことが可能である。すなわち、ロボット12が支持部17A,17Bの側方に存在する場合には、ロボット12と鋳造部16との間に支持部17A,17Bが介在するようになるので、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込む際に、支持部17A,17Bやタイバー23を回避する動作をロボットアーム60に行わせる必要がある。このため、ロボットアーム60の構造や動作を複雑にする必要がある。一方、図5や図6のレイアウトによれば、ロボット12が支持部17A,17Bの側方に存在しないことで(ロボット12が直線X上に存在しないことで)、ロボット12と鋳造部16との間に支持部17A,17Bが介在しない。このため、上述のような支持部17A,17B等を回避する動作をロボットアーム60に行わせることを要せず、ロボットアーム60の先端を上型30と下型31との間に差し込んで、ノズル63,64を上型30・下型31のキャビティ面32a,33aと向かい合わせることができる。したがって、粉体離型剤1を上型30・下型31のキャビティ面32a,33aに塗布することが容易である。
また、傾斜鋳造機11に対する粉体供給装置13A,13Bやロボット本体部65の離隔距離が、鋳造部16の回転半径Rよりも大きく設定されるので、粉体供給装置13やロボット12が、鋳造部16の回転に支障しない。これにより、鋳造部16での重力鋳造が円滑に行なわれる。
なお、本発明は、上記の実施の形態に限らず、種々変更することができる。
例えば、上記の実施形態では、負極性に帯電させた粉体離型剤1を、正極性となる金型15のキャビティ面32a,33aに噴出する例を示したが、これとは逆に、正極性に帯電させた粉体離型剤1を、負極性となる金型15のキャビティ面32a,33aに噴出するようにしてもよい。この場合には、針電極81(図16)への印加電圧が制御されることで、針電極81からプラスイオンが放出されて、このプラスイオンの付着により、粉体離型剤1が正極性に帯電する。そして、当該正極性に帯電した粉体離型剤1が金型15のキャビティ面32a,33aに近づいていくことで、金型15のキャビティ面32a,33aは負極性となる。このようにしても、粉体離型剤1とキャビティ面32a,33aとが、反対の極性となるので、粉体離型剤1を確実にキャビティ面32a,33aに付着させることができる。
また、上記の実施形態では、針電極81への電圧の印加により、粉体離型剤1を帯電させる例を示したが、粉体離型剤1を帯電させる方法はこれに限られない。例えば、粉体離型剤1をノズル63,64の内壁にぶつけたときの摩擦で、粉体離型剤1を帯電させるトリボ方式が採用されてよい。
また、ロボットアーム60の構造は、図7や図8に示す構造に限られない。ロボットアーム60は、金型15のキャビティ面32a,33aにノズル63,64を向かい合わせることの可能な任意の構造を有し得る。また、ロボットアーム60におけるノズル63,64の固定位置も、ロボットアーム60の先端に限らず、ロボットアーム60の任意の位置に設定可能である。
本発明者らは、本発明の重力鋳造方法により成形した鋳造品(以下、実施例の鋳造品)と、従来の重力鋳造方法で成形した鋳造品(以下、比較例の鋳造品)との機械的特性を比較する試験を行なった。以下、この試験について説明する。
比較例の鋳造品は、従来のセラミックス系塗型剤を金型15のキャビティ面32a,33aに塗布して成形したものである。
実施例の鋳造品は、図17の処理によって成形したものであり、塗布工程(ステップS1〜S3)では、コロナチャージ方式の静電塗布ノズルを用いて、負極性に帯電させた粉体離型剤1を、正極性となる金型15のキャビティ面32a,33aに塗布した。粉体離型剤1に含まれる中芯材2は、珪藻土とシリカとの化合物である(珪藻土の重量%は96%であり、シリカの重量%は4%である)。粉体離型剤1のメジアン粒子径は、25μmである。静電塗布ノズルの針電極81に印加された電圧は50KVである。粉体離型剤1を搬送する空気流の流量は4.0m3/hである。
充填工程(ステップS4〜S6)では、750℃〜780℃のアルミニウム合金(AC4C)の溶湯を、炉14からバケット35に注湯した後、金型15を回転させることで、バケット35内の溶湯をキャビティKに充填した。そして、金型15の回転開始から140秒後に、型開きを行なって(ステップS8)、実施例の鋳造品を得た。
そして、上記の方法で得られた実施例及び比較例の鋳造品の組織観察を行った。この観察の際には、マイクロカッターで鋳造品から試料を切り出し、光、硬化性樹脂に包埋するとともに、包埋試料を、サンドペーパーで粗研磨して、1μmのダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により鏡面仕上げを行った。この後、鏡面仕上げの行なった試料を、ケラー液にてエッチングして、光学顕微鏡により観察した。図22や図23は光学顕微鏡で撮影された写真であり、図22は実施例の試料の表面を示し、図23は比較例の試料の表面を示す。図22及び図23を比較すれば明らかなように、実施例の試料は、比較例の試料に比べて、鋳造組織が微細であった。
また、本試験では、実施例及び比較例の鋳造品について、2次デンドライトアームスペーシング(Secondary Dendrite Arm Spacing:SDAS)・引張強さ・伸び率を測定した。
2次デンドライトアームスペーシング(以下、SDAS)は、光学顕微鏡の写真に示される試料の表面から、デンドライト状の部分をランダムに選び、その長さと枝数から算出したものである。
引張強さや伸び率の測定の際には、ワイヤ放電加工機(ブラザー工業株式会社製:HS300)を用いて、鋳造品から試料を切り出した。そして、試料の放電加工面をサンドペーパーにて研磨し、放電加工影響部を除去した。なお、その他の表面は鋳造時のままとした。そして、試料に対して熱処理を行った。この熱処理は、試料に対して525℃の溶体化処理を8時間行った後、試料を一晩室温にて放置し、この後、試料に対して160℃の時効処理を6時間行うものである。そして、熱処理前の試料の引張強さ・伸び率と、熱処理後の試料の引張強さ・伸び率とを、インストロン型試験器で測定した。この測定は、室温で行ったものであり、インストロン型試験器の引張速度は、3mm/minであった。SDAS・引張強さ・伸び率の測定結果を、以下の表1に示す。
表1に示すように、比較例は、SDASが20μm〜40μmであった。これに対して、実施例は、SDASが、8μm〜15μmであり、比較例の50%(1/2)程度であった。このことから、本発明の重力鋳造方法によれば、鋳造品の凝固組織を小さくできることが確認された。
また、熱処理前の引張強さについては、実施例の測定値が比較例の測定値の1.3倍(130%)となった。熱処理後の引張強さについては、実施例の測定値が比較例の測定値の1.17倍(117%)となった。また、熱処理前の伸び率については、実施例の測定値が、比較例の測定値の2.33倍(233%)となり、熱処理後の伸び率については、実施例の測定値が、比較例の測定値の1.56倍(156%)となった。以上のことから、本発明の重力鋳造方法によれば、引張強さや伸び率が大きく、機械的特性に優れる鋳造品を成形できることが確認された。
また、本試験では、比較例の鋳造品の重量や、実施例の鋳造品の重量を測定しており、比較例と実施例との重量比(比較例の重量:実施例の重量)が、100:54になることが確認された(すなわち、実施例は、比較例に比べて、比較例の重量の46%ほど軽量なものであることが確認された)。この実施例と比較例との重量の差は、本発明の粉体離型剤1が従来のセラミックス系塗型剤よりも高い湯回り性を生じさせることで、実施例の最小肉厚を2mm程度に抑えることができ、実施例の肉厚を、比較例の肉厚よりも、薄くできたことによる。