以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
[1.第1の実施形態]
[1.1.鋼管用ねじ継手の全体構成]
まず、図1を参照して、本発明の第1の実施形態に係る鋼管用ねじ継手の全体構成について説明する。図1は、本実施形態に係る鋼管用ねじ継手を示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態に係る鋼管用ねじ継手(以下、ねじ継手という。)は、溶接取付タイプのテーパねじ継手であり、2本の鋼管本体1A、1Bを管軸方向に接続するためのものである。なお、以下の説明では、鋼管本体1A、1Bを鋼管本体1と総称し、鋼管本体を管体と略称する場合もある。
鋼管本体1は、例えば、小口径(例えば直径120mm以下)の短尺鋼管(例えば長さ3m程度)からなる。この小口径の鋼管本体1をねじ継手で管軸方向に連結して得られる土木用鋼管は、例えば、トンネル若しくは斜面等の地盤を補強するための地盤補強用鋼管(例えば、トンネルの鏡ボルト又は長尺フォアパイル等)として用いられる。なお、本発明の鋼管用ねじ継手を用いて連結される鋼管は、建造物の基礎杭など、他の用途の鋼管杭として用いられてもよい。鋼管本体及びねじ継手として、例えば、一般構造用炭素鋼鋼管、建築構造用炭素鋼鋼管などを用いることができる。
また、鋼管本体1は、図示のような管体表面に凹凸のないストレート管であってもよいし、ディンプル鋼管であってもよい。なお、ディンプル鋼管は、管体表面に凹凸を有する土木用鋼管用の鋼管であり、鋼管と土砂との付着力を増加させる目的で使用される。ところが、ディンプル鋼管の断面は異径であるため、鋼管の端部に直接的にねじを切削加工するピン・ボックスタイプのねじ継手を用いると、継手強度を確保することが困難となる。そこで、本実施形態のように、管体とは別途に切削加工された継手部を管体端部に摩擦圧接などで接合する溶接取付タイプのねじ継手を使用することが好ましい。
ねじ継手の継手部は、ピン2とボックス3から構成される。ピン2とボックス3は、鋼管本体1とは別途に切削加工される管状の継手部材である。ピン2は、一方の鋼管本体1Aの端面11Aに接合され、ボックス3は、他方の鋼管本体1Bの端面11Bに接合される。本実施形態では、ピン2とボックス3は、例えば摩擦圧接により鋼管本体1の端面11に接合されているが、拡散接合又は溶接などの他の方法により接合されてもよい。これらピン2とボックス3は、継手強度の安定性の観点から、同一の素材(例えば、炭素鋼、低合金鋼、SUS等の鋼材)で形成されることが好ましい。さらに、本実施形態では、ピン2とボックス3の素材は、鋼管本体1と同材質であるが、かかる例に限定されず、鋼管本体1とは異なる材質であってもよい。
ピン2の管軸方向中央部から先端側までの薄肉部21の外周面には、切削加工によりテーパ状の雄ねじ22が形成されており、ピン2の基部側の厚肉部23の端面は、一方の鋼管本体1Aの端面11Aに接合されている。一方、ボックス3の管軸方向中央部から先端側までの薄肉部31の内周面には、切削加工によりテーパ状の雄ねじ32が形成されており、ボックス3の基部側の厚肉部33の端面は、他方の鋼管本体1Bの端面11Bに接合されている。
上記ピン2の雄ねじ22と、ボックス3の雌ねじ32は、同一のねじピッチp、ねじ高さh、ねじテーパtaを有しているため、当該雄ねじ22と雌ねじ32は相互に嵌合(螺合)する。雄ねじ22と雌ねじ32からなるテーパねじは、ピン2からボックス3に向けて縮径するようなテーパを有する。かかるテーパねじ継手においては、ピン2を回転させながらボックス3内に挿入して、ピン2の雄ねじ22とボックス3の雌ねじ32を十分に螺合させることにより、図1(b)に示すように、ピン2とボックス3が締結されて、2本の鋼管本体1A、1Bを管軸方向に連結できる。
なお、図1(b)の例では、ピン2とボックス3からなる継手部の肉厚tjが鋼管本体1の肉厚tよりも厚く、継手部の外径と鋼管本体1の外径が略同一であるため、継手部が鋼管本体1の内側に突出した状態となっている。しかし、かかる例に限定されず、継手部が鋼管本体1の外側に突出した状態、或いは、継手部が鋼管本体1の内側及び外側の双方に突出した状態であってもよい。継手部を鋼管本体1の外側又は内側のいずれに突出させるかは、土木用鋼管の用途や施工方法などに応じて適宜変更することが可能である。
上記のように本実施形態に係るねじ継手はテーパねじを用いているので、軸合わせが容易であり、小回転でピン2とボックス3を締結完了することが可能である。従って、主に人力により継手が締結される小口径で短尺の土木用鋼管として、本実施形態に係るねじ継手を好適に使用できる。
ところが上述したように、テーパねじは、掘削時の振動等により緩みやすく、少しの緩みに対しても有効ねじ山高さ(実際に掛かっているねじ山高さ)が減少する。このため、引張荷重が作用した時に、継手部の1つの破断形態として、ピン2がボックス3からすっぽ抜ける現象(いわゆるジャンプアウト)が発生し、テーパねじの緩みにより継手強度が低下しやすいという欠点がある。
そこで、ピン2やボックス3の構造(形状、寸法、材質等)を適切に設計することにより、継手部のテーパねじが緩んだ場合においても、ジャンプアウトを防止して、継手部の引張強度(以下、継手強度という。)が鋼管本体1の引張強度(以下、管体強度という。)以上の強度を確保可能にすることが望ましい。以下、これを実現するためのねじ継手の構造について詳述する。
[1.2.ねじ継手の各部の定義]
次に、図1〜図4を参照して、本実施形態に係るねじ継手の各部について詳述するとともに、後述するねじ継手の条件式に用いられる各種のパラメータを定義する。図2は、本実施形態に係るねじ継手においてピン2とボックス3が完全に嵌合した状態を示す拡大断面図である。図3は、図2の楕円部分Eを示す拡大断面図である。図4は、図1及び図2のA−A断面、B−B断面、C−C断面と、ねじ荷重面を投影した投影面を示す図である。
図1〜図3に示すように、ピン2の雄ねじ22とボックス3の雌ねじ32が完全に嵌合した状態では、雄ねじ22と雌ねじ32が密着して螺合し、ピン2とボックス3が安定的に締結される。雄ねじ22と雌ねじ32は、相互に隙間無く嵌合するように対称な凹凸形状となっている。
図3に示すように、ピン2の雄ねじ22のねじ山24と、ボックス3の雌ねじ32のねじ山34の断面はともに、略台形状を有し、相互に対称な形状となっている。ピン2のねじ山24は、荷重面25、差し込み面26、頂面27を有している。同様に、ボックス3のねじ山34も、荷重面35、差し込み面36、頂面37を有している。
ねじ山24の荷重面25と、ねじ山34の荷重面35は、管軸方向に対して略垂直に起立している。相互に嵌合したピン2とボックス3に管軸方向の引張荷重が負荷されたときに、ねじ山24とねじ山34が係止されるが、このとき、ねじ山24の荷重面25とねじ山34の荷重面35は当接し、テーパねじが抜けないように引張荷重を受け持つ。一方、ねじ山24の差し込み面26と、ねじ山34の差し込み面36は、管軸方向に対して傾斜しているため、ピン2をボックス3に差し込んで締結するときに、雄ねじ22と雌ねじ32の干渉を軽減し、円滑な締結に寄与する。引張荷重の負荷時には、差し込み面26と差し込み面36の間には若干の隙間が生じる。
次に、上記の構造のテーパねじ継手の各部を定義する。
完全ねじ長さLt[mm]は、ピン2の雄ねじ22とボックス3の雌ねじ32が、緩み無く完全に嵌合した状態における、当該雄ねじ22と雌ねじ32との嵌合部(完全ねじ部)の管軸方向の長さである(図2参照。)。
管体直径D[mm]は、鋼管本体1の直径(外径)である(図1、図2参照。)。
管体肉厚t[mm]は、鋼管本体1の肉厚である(図1、図2参照。)。
継手肉厚tj[mm]は、ねじ継手の継手部(ピン2とボックス3)の嵌合部の肉厚である(図1、図2参照。)。
増肉率Δtは、管体肉厚tに対する継手肉厚tjの比率である(Δt=tj/t)。
ねじピッチp[mm]は、ピン2の雄ねじ22及びボックス3の雌ねじ32のピッチである(図3参照。)。雄ねじ22のピッチと、雌ねじ32のピッチは同一である。
ねじ高さh[mm]は、雄ねじ22及び雌ねじ32の荷重面25、35での高さである(図3参照。)。雄ねじ22の高さと、雌ねじ32の高さも同一である。
ねじテーパta[無次元量]は、雄ねじ22と雌ねじ32からなるテーパねじのテーパである(図3参照。)。雄ねじ22のテーパと、雌ねじ32のテーパは、同一である。
ねじ山数Nは、雄ねじ22のねじ山24及び雌ねじ32のねじ山34の数である。雄ねじ22のねじ山24の数と、雌ねじ32のねじ山34の数は同一である。
ボックス3の危険断面は、完全ねじ部のボックス3側の端部におけるボックス3の断面(図1、図2のA−A断面)である。なお、完全ねじ部は、雄ねじ22と雌ねじ32が緩み無く完全に嵌合したときの嵌合部である。
ボックス3の危険断面積AB[mm2]は、上記ボックス3の危険断面における断面積である(図4(a)参照。)。
ピン2の危険断面は、上記完全ねじ部のピン2側の端部におけるピン2の断面(図1、図2のB−B断面)である。ねじ継手で連結された鋼管本体1に引張荷重が負荷されたときには、上記ボックス3の危険断面やピン2の危険断面に応力が集中するため、これら危険断面で継手部が破断しやすい。
ピン2の危険断面積AP[mm2]は、上記ピン2の危険断面における断面積である(図4(b)参照。)。
管体断面積A0[mm2]は、鋼管本体1の最小断面積(鋼管本体1を軸方向の任意の位置で該軸方向に対して垂直な断面で切断したときの鋼管本体1の断面積のうち、最小の断面積)である。例えば、鋼管本体1がその表面にスリットやグルーブが形成されていないストレート管である場合には、A0は、鋼管本体1の軸方向の任意の位置での断面(例えば、図1、図2のC−C断面)における鋼管本体1の断面積A1である(図4(c)参照。)。また、鋼管本体1の表面にスリットやグルーブが形成されている場合には、該スリットやグルーブの分だけ鋼管本体1の断面積が減少するので、A0は、該該スリットやグルーブの形成位置での鋼管本体1の断面積Ag、Asとなる(後述する第2の実施形態を参照。)。
ねじ底径db[mm]は、上記ボックス3の危険断面(A−A断面)における雌ねじ32のねじ底の直径である(図2、図4(a)参照。)。
ねじ底径dp[mm]は、上記ピン2の危険断面(B−B断面)における雄ねじ22のねじ底の直径である(図2、図4(b)参照。)。
ねじ荷重面の直径dn[mm]は、雄ねじ22のn番目のねじ山24の荷重面25のねじ高さ方向中心の直径、又は雌ねじ32のn番目のねじ山34の荷重面35のねじ高さ方向中心の直径である。
ねじ荷重面の投影面積At[mm2]は、雄ねじ22のねじ山24の荷重面25、又は雌ねじ32のねじ山34の荷重面35を、鋼管本体1の管軸4に垂直な平面(投影面)に対して投影したときの面積である(図4(d)参照)。Atは、1つのねじ山24、34の荷重面25、35の投影面積である。ΣAtnは、雄ねじ22又は雌ねじ32に形成されたN個全てのねじ山24、34の荷重面25、35の投影面積の総和である。
管体降伏強度σYB[MPa]は、鋼管本体1の素材(管体素材)の降伏強度である。
管体引張強度σTB[MPa]は、鋼管本体1の素材(管体素材)の引張強度である。一般に、σTB>σYBである。
継手降伏強度σYJ[MPa]は、ピン2及びボックス3の素材(継手素材)の降伏強度である。本実施形態では、ピン2の素材と、ボックス3の素材は同一である。また、本実施形態では、ピン2及びボックス3の素材(継手素材)と、鋼管本体1の素材(管体素材)は同一であるため、σYJ=σYBであるが、かかる例に限定されない。
[1.3.継手が完全に嵌合している場合に継手強度を確保するための条件]
次に、上記ねじ継手のテーパねじが完全に嵌合して緩んでいない場合に、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を確保できるための条件について説明する。
ねじ継手の破断形態としては、管体破断、ピン破断、ボックス破断、ジャンプアウトがある。ねじ継手が管体以上の引張強度を確保するためには、以下の式(1)、(2)及び(5)の条件を同時に満たす必要がある。
ここで、上記式(1)、(2)の条件はそれぞれ、管体1及び継手部に引張荷重が作用したときに、ボックス3の危険断面、ピン2の危険断面で破断せずに、管体1で破断するための条件である。つまり、式(1)、(2)は、ピン破断やボックス破断よりも先に管体破断を実現させるための条件式である。
詳細には、式(1)の左辺のボックス3の危険断面積ABと継手降伏強度σYJの積が、式(1)の右辺の管体断面積A0と管体降伏強度σYBの積以上であれば、引張荷重作用時に、ボックス3の危険断面での破断が生じる前に、管体1で破断が発生する。同様に、式(2)の左辺のピン2の危険断面積APと継手降伏強度σYJの積が、式(2)の右辺の管体断面積A0と管体降伏強度σYBの積以上であれば、引張荷重作用時に、ピン2の危険断面で破断が生じる前に、管体1で破断が発生する。
従って、上記式(1)及び(2)の条件を満たしていれば、継手部(ピン2及びボックス3)の危険断面での破断よりも前に管体破断が発生するので、継手強度を管体強度以上に確保できることになる。なお、式(1)及び(2)では、代表強度として降伏強度σYJ、σYBを用いているが、継手部と管体1を同一の素材で形成した場合、式(1)及び(2)を満足しておけば、継手素材の引張特性にかかわらず、継手引張強度は管体引張強度以上となるため、引張荷重作用時に継手部より先に管体1が破断する。継手部と管体1に異強度材を用いた場合でも、上記式(1)及び(2)を満足しておけば、管体破断を実現できる。この理由の一つとして、継手部のピン2及びボックス3の危険断面は、ねじ部からの拘束効果を受けるため、当該拘束効果を受けない場合と比べて同じ断面積でも破断しにくいことが挙げられる。
一方、上記式(5)は、管体1及び継手部に引張荷重が作用したときに、継手部のジャンプアウト(ボックス3からピン2がすっぽ抜けることによる継手破断)を発生させずに、管体1で破断するための条件である。つまり、式(5)は、ジャンプアウトよりも先に管体破断を実現させるための条件式である。
式(5)の左辺のΣAtは、テーパねじのN個のねじ山24、34の荷重面25、35(引張荷重の負荷時に当該引張荷重を受け持つ側の面)の投影面積Atの合計である。このΣAtと継手降伏強度σYJの積が、式(5)の右辺の管体断面積A0と管体降伏強度σYBの積以上であれば、継手部のジャンプアウトが生じる前に、管体破断が発生すると考えられる。
しかし、継手のピン2又はボックス3の降伏が始まると、テーパねじのねじ山24、34同士の乗り上げが起き始めるため、式(5)の条件を満たせば、ジャンプアウトよりも先に管体破断を実現できるかどうかについては明らかではなかった。特に、継手部の増肉率Δtが制限された条件下では、ボックス3の薄肉化により継手部の剛性が低下し、ジャンプアウトが発生しやすくなると想定される。
そこで、式(5)の適合性をFEA(Finite Element Analysis:有限要素解析)により検証することとした。
ところで、上記式(5)の両辺は、以下のように変換できる。ここで、{(dp+db)/2}は、ピン2の危険断面におけるねじ底径dpと、ボックス3の危険断面におけるねじ底径dbの平均値(テーパねじの平均ねじ直径)である。
従って、上記式(5)は、次の式(6)に変換できる。式(6)は、ジャンプアウトよりも先に管体破断を生じさせるための完全ねじ長さLtの条件式である。
上記式(5)及び式(6)の適合性を検証するため、FEAモデルを用いて完全ねじ長さLtと継手強度(継手破断が生じるときに負荷される最大引張荷重)との関係を解析した。図5は、FEAにより得られた完全ねじ長さLtと継手強度の関係を示すグラフである。なお、FEAモデルの条件は以下の通りである。
D=76.3mm
t=3mm
p=5.08mm
h=0.85mm
db=68.3mm
dp=70.6mm
σYB=σYJ=235MPa
Δt=tj/t=2.22
図5に示すように、FEAの結果によれば、Lt≧20mmの場合には、継手部のジャンプアウトが発生せずに管体1で破断した。また、Lt=15mmの場合には、継手部がジャンプアウトし継手が管体以上の強度を発揮できなかった。一方、上記FEAの条件を式(6)に代入すると、Lt≧20.1mmという条件式が得られ、この条件式は、図5のFEA結果(Lt≧20mmではジャンプアウトが生じない)と好適に整合する。従って、式(6)で得られる完全ねじ長さLtの条件を満足すれば、ジャンプアウトより先に管体破断を実現できることが明らかになり、式(5)及び(6)の正当性を実証できた。
以上から、ねじ継手のテーパねじが完全に嵌合している場合には、前述の式(1)、(2)及び(5)の条件を満たすことにより、引張荷重の作用時に継手破断よりも先に管体破断を実現でき、管体強度以上の継手強度を確保できるといえる。
[1.4.継手が緩んだ場合でも継手強度を確保するための条件]
次に、上記ねじ継手のテーパねじが緩んだ場合であっても、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を確保できるための条件について説明する。
上述したように、ねじ継手のテーパねじが緩んでおらず完全に嵌合している場合には、上記式(1)、(2)及び(5)の条件を満たせば、継手破断を防止して管体破断を実現できる。しかし、テーパねじが緩んだ場合には、ピン2の雄ねじ22とボックス3の雌ねじ32の嵌合長さが短くなるとともに、ねじ山24、34相互のねじ掛かり(有効ねじ山高さ)も小さくなるので、平行ねじよりも、ピン2がボックス3から抜けてジャンプアウトし易くなる。このため、テーパねじが緩んだ場合には、上記式(5)の条件を満たしたとしても、ジャンプアウトを防止できない可能性がある。
そこで、本願発明者は、ねじ継手が1回転緩んだ場合でも、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を発揮できる条件を導出するべく鋭意検討し、その条件式を導出した。以下に、当該条件式とその導出方法について説明する。
本願発明者は、ねじ継手が1回転緩んだとしても管体強度以上の継手強度を確保できるための条件を見出すため、ねじ継手のFEAモデルによる感受性解析を行った。この解析では、表1に示すように、外径D、肉厚t、強度σYB、σYJ、σTB等が異なる3種類のFEAモデルを使用した。
いずいれのモデルも、前述した式(1)及び(2)の前提条件を満たしている。
図6は、表1のケースBの例のねじ継手のFEAモデルにおいて、ねじ継手のテーパねじが完全に嵌合している状態と、1回転緩んだ状態を示す。図6に示すように、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだ場合は、完全に嵌合している場合と比べて、テーパねじの嵌合長さが短くなるとともに、ねじ山24、34の嵌合が甘くなり、有効ねじ山高さ(ねじ掛かり)が減少している。そこで、完全に嵌合している場合の完全ねじ長さLtを変化させることで、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだときにLtが継手強度に及ぼす影響について解析した。
図7は、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだときの完全ねじ長さLtと継手強度との関係を示すグラフである。ここで完全ねじ長さLtは、ねじ継手のテーパねじが完全に嵌合したときの設計上のねじ長さを意味する。図7では、上記表1のケースA〜CのFEAモデルそれぞれの解析結果を示している。
図7に示すように、Ltが十分に長いと、テーパねじが1回転緩んでも、ねじ継手がジャンプアウトすることなく、管体破断するが、Ltが所定の閾値を下回れば、ねじ継手は管体破断するより先にジャンプアウトすることが分かった。図7の結果によれば、ケースAではLt<33mm、ケースBではLt<27mm、ケースCではLt<26mmで、ねじ継手はジャンプアウトした。この解析結果から、Ltを所定の閾値以上にすれば、テーパねじが1回転緩んだ場合において、ねじ継手のジャンプアウトを防止できるといえる。
本願発明者は、ねじ継手のジャンプアウトは、テーパねじの荷重面25、35の投影面積の総和に支配されていると考え、ジャンプアウトよりも先に管体破断を実現するための条件式として、次の式(10)を導き出した。
ここで、σaは、ジャンプアウトより先に管体破断を実現するための管体強度のパラメータである。テーパねじが完全に嵌合している場合は、上記式(5)のようにσa=σYBに設定すれば、ねじ継手のジャンプアウトは防止できる(図6参照。)。しかし、テーパねじが1回転緩んだ場合に、ジャンプアウトを防止するための条件式については、これまで明らかになっていなかった。
ここで、式(10)の境界条件は、以下の式(11)で表される。また、Atnは、以下の式(12)で表される。
従って、上記式(11)の両辺は、以下のように変換できる。
この結果、式(11)から以下の式(12)が導出される。
ところで、図7で示した関係は、サイズ、強度等が異なる3種類のFEAモデルについての解析結果であるため、無次元化を図ることで、その傾向を観察することとした。
まず、横軸については、式(13)に示すように、σaを強度パラメータαの関数で定義した。強度パラメータαは、テーパねじが緩んだときの有効ねじ山高さと嵌合ねじ長さの減少という寸法次元を、管体1の強度次元に置き換えるためのパラメータである。この式(13)と式(12)から、αは以下の式(14)で表される。
次に、縦軸の継手強度については、継手強度をWj、管体強度をWbとし、継手効率βを式(15)で定義した。
そして、図7のLtと継手強度の関係を、式(14)で導かれるαと式(15)で導かれるβとの関係に変換したものを図8に示す。
図8に示すように、表1のケースA、B、Cのいずれの場合も、α<0.5である場合に継手効率βが1を下回り、ジャンプアウトが発生することが分かった。従って、テーパねじが1回転緩んだときにジャンプアウトが発生するか否かの境界条件は、α=0.5であるといえる。そこで、α=0.5を式(13)に代入すると、以下の式(16)が得られる。
そして、式(16)のσaを式(10)に代入すると、以下の式(3)が導出される。
この式(3)は、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだ場合においても、ジャンプアウトを防止して、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を確保するための条件式である。前述した式(5)では、式(10)のパラメータσaとして、σa=σYBを用いているのに対し、式(3)では、σa=(σYB+σTB)/2を用いている。σTB>σYBであるため、{(σYB+σTB)/2}>σYBである。従って、式(5)の条件よりも式(3)の条件の方が、ジャンプアウトを防止する観点から継手強度に厳しい条件を要求している。
このように、本実施形態では、テーパねじが1回転緩んだ場合でも、ジャンプアウトを防止して、管体強度以上の引張強度を確保するための条件式として、上記式(5)に代えて、より厳しい式(3)を用いることを特徴としている。これにより、テーパねじが少なくとも1回転緩んだ場合であっても、ジャンプアウトを好適に防止できる。
以上の結果から、テーパねじが1回転緩んだ場合においても、ねじ継手のボックス破断、ピン破断及びジャンプアウトを防止して、ねじ継手が管体以上の引張強度を確保するためには、以下の式(1)、(2)及び(3)の条件を同時に満たせばよいといえる。
さらに、上記式(12)等を利用することで、上記式(3)の両辺は、以下のように変換できる。
従って、上記式(3)は、次の式(4)に変換できる。式(4)は、テーパねじが1回転緩んだ場合でも、ジャンプアウトよりも先に管体破断を生じさせるための完全ねじ長さLtの条件式である。
以上より、上記式(1)、(2)及び(4)の条件を同時に満たせば、テーパねじが1回転緩んだ場合においても、ねじ継手のボックス破断、ピン破断及びジャンプアウトを防止して、ねじ継手が管体以上の引張強度を確保できる。
[1.5.条件式の検証結果]
次に、上記ねじ継手が1回転緩んだ場合でも、ジャンプアウトを防止して、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を発揮できるための条件式(3)及び(4)の妥当性を検証した結果について説明する。
上述したように、人力によりねじ継手が完全締結された状態から1回転緩んだ場合であっても、上記式(3)又は(4)の条件を満足しておけば、ジャンプアウトを防止して、管体強度以上の継手強度を確保することができるとの知見が得られた。以下では、式(4)を満たすことにより、ねじ継手の締結完了から1回転緩んだ場合でも管体強度以上の継手強度を確保できることを、FEAモデルの解析結果を用いて証明することとする。
(1)試験1
まず、ねじ継手のFEAモデルに引張荷重を作用したときのねじ継手の変形挙動を解析する試験結果について説明する。本試験では、ねじ継手のテーパねじが、(a)緩み無く完全に嵌合している場合、(b)1回転緩んでいる場合、(c)2回転緩んでいる場合それぞれのFEAモデルを作成して、引張荷重を作用したときのねじ継手の変形挙動を解析した。当該FEAモデルの条件は以下の通りである。
D=76.3mm
p=5.08mm
h=0.85mm
db=68.344mm
dp=70.593mm
σYB=390MPa
σTB=540MPa
Lt=31.5mm
また、本試験では、ねじ継手の継手強度を評価するために、管体1を設けずにねじ継手単独のFEAモデルを用い、該モデルのねじ継手に対して管軸方向に引張荷重を負荷して、ねじ継手の端面に引張変位を与えた。なお、本試験の条件では、完全ねじ長さLt(=31.5mm)は、上記式(4)の条件を満たしており、理論的にはジャンプアウトよりも先に管体破断が生じることが推定された。
図9は、上記(a)〜(c)のねじ継手の各FEAモデルに対して最大引張荷重を作用させた時の変形状態を示す図である。また、図10は、当該各FEAモデルに対して負荷された引張荷重(軸荷重)と、管軸方向の変位との関係を示すグラフである。
図9及び図10に示すように、(a)ねじ継手が緩み無く完全に嵌合している場合には、テーパねじは十分に嵌合しており、ジャンプアウトが生じなかった。また、(b)ねじ継手が1回転緩んでいる場合には、(a)の場合と比べて、テーパねじ間に多少の隙間が生じるものの、テーパねじの有効ねじ山高さ(ねじ掛かり)及び嵌合長さとも十分であり、ジャンプアウトは生じなかった、一方、(c)ねじ継手が2回転緩んでいる場合には、テーパねじの隙間が大きくなり、ねじ山24、34の乗り上げが生じて有効ねじ山高さが不十分となるだけでなく、嵌合長さも減少するため、ジャンプアウトが生じた。
このように、上記FEAモデルの解析結果によれば、1回転緩んだねじ継手に引張荷重を負荷したときでも、ねじ継手はなお嵌合しているが、2回転緩んだねじ継手に引張荷重を負荷すると、ジャンプアウトする傾向が観察される。従って、本FEAモデルの条件では、1回転までの緩みに対してはジャンプアウトを防止できることが実証されたといえる。
(2)試験2
次に、完全ねじ長さLtと継手強度の関係を調べた各種試験の結果について説明する。
まず、ねじ継手の緩み回転数と継手強度(最大引張荷重)の関係を調べた試験について説明する。上記試験1と同様なFEAモデルの条件において、Ltが相異なる3種類のFEAモデル(Lt=31.5mm、26.8mm、21.3mm)を作成し、ねじ継手の緩み回転数と継手強度の関係を調べる試験を行った。本試験の結果として、図11は、Ltをパラメータとして、テーパねじの緩み回転数と継手強度の関係を示すグラフである。
図11に示すように、いずれの条件においても、テーパねじの緩み回転数が大きくなるにしたがって継手強度は低下する。しかし、Lt=26.8mmと31.5mmの条件では、1回転までの緩みに対しては、略同一の継手強度を示した。これに対し、Lt=21.3mmの条件では、1回転緩んだ場合には、Lt=26.8mmと31.5mmの条件と比べて、継手強度が低かった。これは、Lt=21.3mmの条件では、Ltが短すぎるため、ねじ継手が1回転緩んだときに十分な嵌合長さや有効ねじ山高さが得られていないからであると考えられる。
さらに、ねじ継手の完全ねじ長さLtと継手強度(最大引張荷重)の関係を調べた試験について説明する。Ltが相異なる複数種類のFEAモデルを作成し、ねじ継手の緩みがない場合と、1回転緩んだ場合の継手強度を調べる試験を行った。本試験の結果として、図12は、完全ねじ長さLtと継手強度の関係を示すグラフである。
図12に示すように、テーパねじに緩みがない場合と1回転緩んだ場合のいずれとも、Ltが所定長さ以上となれば、継手強度は増加せず、ほぼ一定値となっている。これは、ねじ継手が当該所定長さ以上の十分なLtを有すれば、ねじ継手はジャンプアウトせずに、ピン2又はボックス3の危険断面で破断することを意味している。しかし、Ltが当該所定長さ未満の不十分なLtを有する場合には、完全ねじ長さLtが小さくなるにつれて継手強度は低下している。これは、ピン2及びボックス3の危険断面強度よりもテーパねじの嵌合強度(ねじ山強度)が低くなるため、ピン2又はボックス3の危険断面で破断せずに、ねじ継手hがジャンプアウトすることを意味している。
また、図12に示す試験結果によれば、管体1として、D=76.3mm、t=4.5mm、材質:STK400(σYB=350MPa、σTB=402MPa)の鋼管を選択した場合において、テーパねじの緩みがないときは、Lt≧18mmであれば、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を有することを示唆している。一方、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだときは、Lt≧26mmであれば、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を有することが期待される。
これに対し、上記式(4)に対して、本モデルのD、t、dp、db、p、h、σYB、σTB、σYJ等の条件を代入して計算すると、「Lt≧26.8mm」が得られる。この計算結果は、図12の実際のFEAモデル試験結果から得られる「Lt≧26mm」と整合する。従って、式(4)から得られる条件「Lt≧26.8mm」を満たせば、ねじ継手が1回転緩んだ場合でも管体強度以上の継手強度を発揮することができ、上記式(4)の正当性が上記FEA解析結果により実証できたといえる。
さらに、ねじ継手の素材強度(ピン2及びボックス3の素材の強度)の影響を評価するために、ねじ継手の素材として、管体1の素材と同等のSTK400(σYB=350MPa、σTB=402MPa)を用いて、FEAモデル解析した。その解析結果を図13に示す。図13は、完全ねじ長さLtと継手強度の関係を示すグラフである。
図13に示すように、モデル解析結果によれば、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだ場合には、「Lt≧31mm」であるときに、継手強度が管体強度以上となり、ねじ継手は管体強度以上の継手強度を有することが分かる。一方、上記式(4)からLtの条件式を求めると、「Lt≧30.0mm」となり、この条件式は、上記FEAの結果と整合する。よって、ねじ継手の素材強度を加味した場合でも、上記式(4)の正当性が上記FEA解析により実証できたといえる。
(3)試験3
次に、ねじ継手の継手部(ピン2及びボックス3)の両端に管体1を取り付けた多数のFEAモデルを用いて、ねじ継手のテーパねじを1回転緩めて引張荷重を負荷した場合の破断形態を調べた試験結果について説明する。本試験のFEAモデルの条件は以下の通りである。
D=76.3〜114.3mm
t=3.2〜4.5mm
σYB=250〜460MPa
σTB=402〜610MPa
σYJ=250〜460MPa
本試験では、多数のFEAモデルの破断形態を解析し、それらをジャンプアウトと管体破断に区分した。本試験の結果を図14に示す。図14は、本試験によるFEAモデルのLtと、上記式(4)から算出されたLtの下限値との関係を示すグラフである。なお、図14では、各モデルの破断形態の区別(ジャンプアウト又は管体破断)も併せて表示してある。
図14に示すように、FEAモデルのLtが式(4)から算出されたLtの下限値以上である場合には常に、管体破断が発生し、FEAモデルのLtが式(4)から算出されたLtの下限値未満である場合には常に、ジャンプアウトが発生している。このことは、実際のねじ継手において、Ltが式(4)の条件を満たせば、ジャンプアウトを防止して、管体強度以上の継手強度を確保できることが明らかになったといえる。
なお、上記式(4)と式(3)は相互に式変換可能であるので、式(4)の正当性が実証されれば、同様に式(3)の正当性も実証されたことになる。
[1.6.まとめ]
以上、本実施形態に係るねじ継手と、その条件式について説明した。上述したように、鋼管用のテーパねじ継手では、テーパねじの嵌合が不十分であったり、掘削時の振動などによりテーパねじが緩んだりした場合には、継手強度が著しく劣化する。ところが、従来では、テーパねじが緩んだときのメカニズム、劣化代については、何ら解明されていなかった。即ち、従来では、テーパねじの緩みを防止する対策は提案されていたが、テーパねじが緩んだ場合でも所望の継手強度を確保できる技術については、何ら提案されていなかった。
これに対し、本願発明者は、土木用鋼管の施工現場で予想される1回転までの緩みがねじ継手に生じた場合における、継手強度の劣化メカニズムを解明した。その結果、ねじ継手のテーパねじが緩んだことにより継手強度が管体強度以下になったときの破断形態はすべて、ねじ継手のジャンプアウトであった。このジャンプアウトの原因として、テーパねじの緩みによる有効ねじ山高さ(ねじ掛かり)の減少、及び嵌合ねじ長さの減少があげられる。
そこで、本実施形態では、第1に、テーパねじが緩みなく完全に嵌合している場合には、ねじ荷重面25、35における平均的な降伏強度が管体の降伏強度以上になれば、継手のジャンプアウトを防止して、管体破断を発生させることができることを明らかにした(上記式(5)等を参照。)。
次に、ねじ継手が緩むとジャンプアウトが起きやすくなることを明らかにした。そして、有効ねじ山高さと嵌合ねじ長さの減少という寸法次元を、管体1の強度次元に置き換えることで、緩みが生じたときにでも継手強度を確保できるテーパねじ継手の構造を特定できた(上記式(3)及び(4)等を参照。)。
即ち、ねじ継手が上記式(1)及び(2)の前提条件を満たすことで、ねじ継手のピン2及びボックス3の危険断面での破断を防止でき、当該危険断面での破断より先に管体破断を実現できる。さらに、ねじ継手が上記式(3)又は(4)の条件を満たすことで、テーパねじが1回転緩んだ場合であっても、ねじ継手は十分な有効ねじ山高さと嵌合ねじ長さを確保できるので、ジャンプアウトを防止でき、ジャンプアウトよりも先に管体破断を実現できる。
よって、本実施形態によれば、軸合わせが容易で、小回転で締結を完了することが可能な小口径鋼管用のねじ継手を提供することができる。さらに、本実施形態に係るねじ継手は、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだ場合においても、継手のジャンプアウトを防止して、管体強度以上の継手強度を発揮することができる。
なお、テーパねじでは、テーパtaをなだらかにし、ねじ山高さhを大きくすると、締結終了までの回転数が増加する。現場作業上、人力で鋼管本体1を抱えて多くのねじ継手を締結するためには、締結時の継手回転数は最大5回転が限度と考えられる。そこで、この回転数の制約を満たす条件として、次の式(17)が提案される。この式(17)を満たすことにより、5回転以内で迅速かつ容易にねじ継手を締結可能となる。
[2.第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態に係る鋼管用ねじ継手について説明する。第2の実施形態に係る鋼管用ねじ継手は、上記第1の実施形態に係る鋼管用ねじ継手と比べて、鋼管本体1にグルーブ又はスリット等が形成されている点で相違し、その他の機能構成は上記第1の実施形態と同様である。
前述したように、トンネル掘削時の鏡面の前方への崩落を防止するため、例えば約12.5mの鏡ボルトが使用される。特に地山状態の悪い場合には、鏡ボルトを成す鋼管と地山との密着性を向上させるために、鋼管の表面に凹部、凸部、あるいは凹凸部が形成されたディンプル鋼管が用いられる。
トンネル施工においては、まず、鏡ボルトを鏡面に対して設置した後に、トンネルの天端が長尺フォアパイル等により補強される。その後、鏡面に埋設されている鏡ボルトを鏡面の廃土とともに破壊、撤去しながら、トンネル掘削が進行する。このようにして鏡ボルトは産業廃棄物となるため、できるだけ安価かつ簡易な方法で鏡ボルトを撤去することが求められる。その方法の一つとしてトンネル掘削マシンのバケット部などで、鏡面に埋設されている鏡ボルトに衝撃を加えて、該鏡ボルトを例えば約1m長さに折損することで、鏡ボルトの撤去・回収を容易にする施工方法がある。この施工方法では、衝撃による鏡ボルトの折損性を向上させるために、鏡ボルトを成す鋼管の表面に、予めグルーブ又はスリットなどの切欠きを形成しておくことが好ましい。
[2.1.グルーブ等が形成された鋼管本体の構成]
図15は、鏡ボルト撤去時の折損性を向上させるために、表面にグルーブが形成された鋼管本体10を示す側面図である。
図15に示すように、鋼管本体10は、その表面に凹凸が形成されたディンプル鋼管で構成されている。1本の鋼管本体10の長さは、約3〜3.5mであり、3本の鋼管本体10(先頭管10A、中間管10B及び端末管10C)を相互に接続することで、例えば、全長12.5mの鏡ボルトが構成される。先頭管10Aの先端にはビット5が取り付けられている。また、先頭管10A、中間管10B及び端末管10Cの後端にはそれぞれ、前述のピン2が取り付けられており、さらに、中間管10B及び端末管10Cの先端にはそれぞれ、前述のボックス3が取り付けられている。
かかる鋼管本体10の外周面には、鋼管本体10の周方向に沿って、周溝状のグルーブ6が形成されている。該グルーブ6は、鋼管本体10の軸方向に相互に間隔をあけて複数形成されている。具体的には、先頭管10Aには2つのグルーブ6が、中間管10B及び端末管10Cにはそれぞれ3つのグルーブ6が形成されている。
このように、合計8つのグルーブを形成することで、先頭管10A、中間管10B及び端末管10Cを接続して鏡ボルトを構成したときに、概ね1m間隔でグルーブ6を配置できる。かかるグルーブ6を形成することで、該グルーブ6の位置で鋼管本体10の断面積を減少させ、折損性を高めることができる。従って、鏡ボルトを撤去する際に、鏡ボルトに衝撃を加えることで、該鏡ボルトを約1m長さで容易に折損して撤去することができる。
次に、図16、図17を参照して、上記グルーブ6について詳述する。グルーブ6の断面形状は、V字形、コの字形、U字形など、適宜設計変更可能である。
図16、図17はそれぞれ、V字形のグルーブ6A、コの字形のグルーブ6Bが形成された鋼管本体を示す一部切り欠き側面図である。図16に示すV字形のグルーブ6Aの方が、図17に示すコの字形のグルーブ6Bよりも、溝底での応力集中により折損性を向上できるので、好ましい。
ここで、V字形のグルーブ6Aの形状について、より詳細に説明する。図16中の拡大図に示すように、V字形のグルーブ6Aは、湾曲状の溝底部と、略直線状の溝側部とから構成される。
V字形のグルーブ6Aの溝底部の曲率半径Rは、例えば、0.2〜1.0mmであることが好ましく、0.4〜0.8mmであることがより好ましい。グルーブ6Aを加工するための工具の損耗により、Rが大きくなるので、Rを0.2mm以下に制御することは困難である。一方、Rが大きくなると、グルーブ6Aの溝底部で応力集中しにくくなるので、鋼管本体10の折損性が低下してしまう。
また、V字形のグルーブ6Aの深さdgは、例えば、1.2mm以上、鋼管本体10の肉厚t以下である。例えば、鋼管本体10の肉厚tが4.5〜5.5mmである場合、dgの下限は、1.2mmであることが好ましく、1.8mmであることがより好ましい。また、dgの上限は、2.2mmであることが好ましい。dgが小さいと(例えば1.2mm未満である場合)、鋼管本体10が折損しにくくなる。一方、dgが小さいと(例えば鋼管本体10の肉厚t超である場合)、鋼管本体10の強度が低下してしまう。
また、V字形のグルーブ6Aの溝側部の開口角度θは、例えば、30〜90°であり、60°前後であることが好ましい。開口角度θが小さい方が、鋼管本体10の折損性が向上するが、グルーブ6Aを加工するための工具が損耗しやすくなる。
次に、図18を参照して、鋼管本体10の表面に、上記グルーブ6に代えてスリット7を形成する例について説明する。
図18は、スリット7が形成された鋼管本体10を示す一部切り欠き側面図である。図18に示すように、鋼管本体10を貫通しない上記グルーブ6に代えて、鋼管本体10を貫通するスリット7を周方向に部分的に形成してもよい。図18の例では、鋼管本体10の周方向に120°の範囲に渡って、幅2mmのスリット7が貫通形成されている。かかるスリット7を形成することによっても、該スリット7の位置で鋼管本体10の断面積を減少させ、折損性を高めることができる。
[2.2.継手強度を確保するための条件]
次に、上記第2の実施形態に係るグルーブ6又はスリット7が形成された鋼管本体10を用いた場合において、継手が完全に嵌合している場合に継手強度を確保でき、かつ、ねじ継手のテーパねじが緩んだ場合であっても、ねじ継手が管体強度以上の継手強度を確保できるための条件について説明する。
上記のように、鋼管本体10の折損性を高めるために、グルーブ6又はスリット7を形成すると、その位置において、該グルーブ6やスリット7の断面積の分だけ鋼管本体10の断面積が減少する。従って、鋼管本体10の最小断面積(上記の管体断面積)A0は、グルーブ6又はスリット7が形成されていない位置での鋼管本体1の断面積A1ではなく、グルーブ6又はスリット7の形成位置での鋼管本体1の断面積Ag、Asとなる。
図19は、図16〜図18の鋼管本体10のD−D断面、F−F断面を示す断面図である。図19(a)に示すように、グルーブ6の形成位置での鋼管本体10の断面積Agは、他の位置での鋼管本体10の断面積A1よりも小さくなる。このため、鋼管本体10の最小断面積A0は、Agとなり(A0=Ag)、グルーブ6の形成位置において、鋼管本体10の引張強度が最小となる。
従って、第2の実施形態に係るグルーブ6が形成された鋼管本体10を用いる場合には、上記第1の実施形態で述べた継手強度を確保するための条件式(1)〜(3)において、鋼管本体10の最小断面積A0として、Agを用いることが好適である。A0にAgを代入した条件式(1)〜(3)を以下に示す。
同様に、図19(b)に示すように、スリット7の形成位置での鋼管本体10の断面積Asは、他の位置での鋼管本体10の断面積A1よりも小さくなる。このため、鋼管本体10の最小断面積A0は、Asとなり(A0=As)、スリット7の形成位置において、鋼管本体10の引張強度が最小となる。
従って、第2の実施形態に係るスリット7が形成された鋼管本体10を用いる鋼管本体10にスリット7を形成した場合には、上記条件式(1)〜(3)において、鋼管本体10の最小断面積A0として、Asを用いることが好適である。A0にAgを代入した条件式(1)〜(3)を以下に示す。
以上のように、第2の実施形態では、グルーブ6又はスリット7が形成された鋼管本体10を用いる場合には、A0=Ag、又は、A0=Asとした条件式(1)〜(3)を満たすように、ねじ継手を設計する。これにより、上記第1の実施形態と同様に、条件式(1)及び(2)により、ねじ継手が完全に嵌合している場合に、管体強度以上の継手強度を確保でき、かつ、条件式(3)により、ねじ継手のテーパねじが1回転緩んだ場合においても、ねじ継手のボックス破断、ピン破断及びジャンプアウトを防止して、管体強度以上の継手強度を確保できる。
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した条件例にすぎず、本発明が以下の実施例の条件に限定されるものではない。
複数種類のねじ継手の試験体を作成して管体1に接合し、各試験体が上記式(1)〜(4)の条件を満たすか否かを判定するとともに、各試験体に対して管軸方向に引張荷重を負荷した際の破断形態を確認するための引張試験を行った。この引張試験では、各試験体のねじ継手を人力で締結した後に、一部の試験体についてはテーパねじを1回転緩めて引張荷重を負荷し、その他の試験体についてはテーパねじを緩めることなく、そのまま引張荷重を負荷した。
以下の表2は、本発明の実施例及び比較例に係る各試験体の条件を示し、表3は、表2の条件から式(1)〜(4)の右辺・左辺を計算した結果を示す。さらに、表4は、本試験の評価結果として、各試験体が式(1)〜(4)の条件を満足するか否かと、各試験体のテーパねじの締結状況、管軸方向に引張荷重を負荷したときの破断形態を示す。
表2〜表4に示すように、本発明の実施例1〜33では、式(1)及び(2)の前提条件を満たし、かつ、式(3)及び(4)の条件を満足している。このうち、実施例8、16、29は、人力で試験体のテーパねじを締結した後に、テーパねじを緩めることなくそのまま引張試験に供した。それ以外の実施例1〜7、9〜15、17〜28、30〜33は、人力でテーパねじの締結を完了した状態から1回転緩めて引張試験を実施した。
この結果、表4に示すように、実施例1〜33のいずれの試験体も、ピン2やボックス3の危険断面で破断したりジャンプアウトしたりすることなく、管体1で破断した。従って、テーパねじが1回転緩んだ場合であっても、管体強度以上の継手強度を確保できているといえる。
一方、比較例1〜31は、上記式(1)〜(4)の少なくともいずれかの条件を満たしていない。詳細には、比較例1〜3、7〜14、17〜25、28〜31は、式(1)及び(2)の前提条件を満たしているが、式(3)及び(4)の条件を満たしていない。また、比較例5、6、15、16、26、27は、式(1)又は(2)のいずれか一方の前提条件を満たしていない。それ以外の比較例4〜7、13〜16、24〜27は、人力で試験体のテーパねじを締結した後に、テーパねじを緩めることなくそのまま引張試験に供した。それ以外の比較例1〜3、8〜12、17〜23、28〜31は、人力でテーパねじの締結を完了した状態から1回転緩めて引張試験を実施した。
比較例1〜4、7〜14、17〜25、28〜31は、式(1)及び(2)の前提条件を満たしているが、式(3)及び(4)の条件を満たしていないので、1回転緩めた場合は、いずれもジャンプアウトを起こした。特に、比較例4、13、14、24、25は、完全ねじ長さLtが極端に短いため、テーパねじが緩んでいなくとも、ジャンプアウトを起こした。また、比較例5、6、15、16、26、27は、式(1)又は(2)の前提条件のいずれかを満たしていないため、ピン2又はボックス3の危険断面で破断した。
以上のように、ねじ継手のテーパねじを締結完了した状態から1回転緩めた場合、上記式(1)、(2)及び(3)(あるいは、式(1)、(2)及び(4))の条件を全て満たす実施例1〜33のねじ継手のみが、管体1で破断した。この理由は、実施例1〜33は、十分な完全ねじ長さLtを有するため、テーパねじが1回転以内で緩んだとしても、ねじ継手はジャンプアウトを防止するために十分な有効ねじ山高さ(ねじ掛かり)と嵌合ねじ長さを確保できるからであると考えられる。
従って、上記試験結果から、式(1)の条件を満たせば、テーパねじが1回転緩んだ場合であっても、ボックス3の危険断面での破断を防止して、管体1での破断を実現できることが実証されたといえる。また、式(2)の条件を満たせば、テーパねじが1回転緩んだ場合であっても、ピン2の危険断面での破断を防止して、管体1での破断を実現できることが実証されたといえる。さらに、式(3)又は(4)の条件も満たせば、テーパねじが緩んでない場合は勿論、1回転緩んだ場合であっても、ジャンプアウトを防止して、管体1での破断を実現できることが実証されたといえる。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。