本発明の人工多能性幹細胞の分化誘導方法は、基材と、基材上に形成された複数の隔離された細胞接着領域(細胞接着性の領域)及び各細胞接着領域を囲む細胞非接着領域(細胞非接着性の領域)とを備える細胞培養基材を用いることを特徴とする。
本発明において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。細胞接着領域とは、細胞接着性が良好な領域を意味し、細胞非接着領域とは、細胞の接着性が悪い領域を意味する。従って、細胞接着領域と細胞非接着領域とがパターン化された基材上に細胞を播くと、細胞接着領域には細胞が接着するが、細胞非接着領域には細胞が接着しないため、細胞培養基材表面には細胞がパターン状に配列されることになる。
細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO2濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象物上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象物をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
一方、細胞非接着性とは、細胞が接着しにくい性質をいう。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着性の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
本発明で用いる細胞培養基材は、細胞非接着領域が、ポリエチレングリコールが基材上に固定化されて形成されたものであり、細胞接着領域が基材上に固定化されたポリエチレングリコールの少なくとも一部が酸化及び/又は分解されて形成されたものである。このような細胞培養基材は、例えば、基材の表面全体にポリエチレングリコール(PEG)の薄膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理又は分解処理を施して細胞接着性を付与することにより製造できる。前記処理を施さない部分はPEGが固定化された細胞非接着領域である。
ポリエチレングリコール(PEG)は、1つ以上のエチレングリコール単位((CH2)2−O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含むが、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。エチレングリコール鎖は、例えば、次式:
−((CH2)2−O)m−
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。mは、好ましくは1〜13の整数であり、より好ましくは1〜10の整数である。
PEGにはエチレングリコールオリゴマーも包含される。また、PEGには、官能基が導入されたものも包含される。官能基としては、例えば、エポキシ基、カルボキシル基、N−ハイドロキシスクシイミド基、カルボジイミド基、アミノ基、グルタルアルデヒド基、(メタ)アクリロイル基等が挙げられる。官能基は、場合によりリンカーを介して、好ましくは末端に導入されたものである。官能基が導入されたPEGとして、例えば、PEG(メタ)アクリレート、PEGジ(メタ)アクリレートが挙げられる。
細胞培養基材に用いられる基材としては、その表面にPEG薄膜を形成することが可能な材料で形成されたものであれば特に限定されるものではない。具体的には、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
基材上に形成されるPEG薄膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがさらに好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基材表面のPEG薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。さらに、PEG薄膜の厚みを一定以上とすることで、細胞非接着性が低下して、細胞が細胞接着領域以外の領域まで接着伸展するのを抑制できる。またPEG薄膜の厚みを一定以下とすることで、培養液中に含まれる細胞生存に必要な因子を、細胞接着領域内の基材に近い細胞にもゆきわたらせることができる。
基材表面へのPEG薄膜の形成方法としては、基材へPEGを直接吸着させる方法、基材へPEGを直接コーティングする方法、基材へPEGをコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いでPEGをコーティングする方法、基材表面に重合開始点を形成し、次いでPEGを重合する方法等を挙げることができる。基材上に下地層を形成し、次いでPEGをコーティングする方法が好ましい。
下地層は、例えば、特開2012−175983に記載の方法により形成することができ、好ましくはPEG末端のヒドロキシル基又は導入された官能基と反応して共有結合を形成することができる官能基、あるいは、そのような官能基に変換可能な官能基を有するシランカップリング剤を用いて形成できる。そのような官能基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、グリシジル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基、イソシアネート基、マレイミド基等が挙げられ、なかでも(メタ)アクリロイル基、グリシジル基又はエポキシ基が好ましい。
例えば、メタクリロイル基を末端に有するシランカップリング剤(メタクリロイルシラン)を例にとると、メタクリロイルシランを付加した基材表面の水接触角は、典型的には45°以上、望ましくは47°以上、より望ましくは48°以上、さらにより望ましくは50°以上である。それにより、次にPEGを固定化することによって十分な細胞非接着領域を形成することができる。
基材上に固定化されるPEGの密度及び細胞非接着性は、表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、PEG固定化後の表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、PEGが十分な密度で存在し、細胞非接着性と考えられる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角をさす。
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物、すなわちPEGが酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。本発明において「分解」とは有機化合物、すなわちPEGの結合が切断される反応を指す。「分解」としては典型的には、酸化による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解」と「酸化」とは同一の処理を指す。
紫外線照射による分解は、PEGが紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、PEGが、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線がPEGに吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化してPEGと反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化によりPEGが分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。以上のように「酸化」と「分解」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化及び/又は分解」という用語を使用する。
酸化及び/又は分解の方法としては、PEG薄膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。PEG薄膜を部分的に酸化及び/又は分解する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化及び/又は分解してもよい。
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いると良い。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度などの諸条件に応じて適宜決定することができる。
細胞接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)の炭素量は、細胞非接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着領域の炭素量が、細胞非接着領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。また、細胞接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞非接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞非接着領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。パターニング時の紫外線露光量の増加に伴い、細胞接着性が増加するが、細胞回収時に接着性が高いと細胞が剥がれにくくなり、回収が困難になるからである。
本発明において、「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義され、「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。
本発明で用いる細胞培養基材においては、各細胞接着領域の面積は0.785mm2未満、好ましくは0.5mm2以下、より好ましくは0.4mm2以下、さらに好ましくは0.3mm2以下、さらにより好ましくは0.15mm2以下、とりわけさらにより好ましくは0.01mm2以下であり、好ましくは0.00785mm2以上、より好ましくは0.03mm2以上、さらに好ましくは0.125mm2以上の範囲となるようパターン形成されている。本発明の一実施形態において、各細胞接着領域の面積は、0.03mm2〜0.15mm2の範囲であることが好ましく、0.125mm2〜0.4mm2の範囲であることがより好ましい。人工多能性幹細胞を0.00785mm2以上の面積を有する細胞接着領域に接着させて培養することにより、細胞が剥離することなく、細胞を接着させたまま培養することができる。また、人工多能性幹細胞を0.785mm2未満の面積を有する細胞接着領域に接着させて培養することにより、外胚葉系遺伝子や中胚葉系遺伝子を発現亢進させることなく、内胚葉系遺伝子を発現亢進させることができる。すなわち、内胚葉系細胞への分化を効果的に誘導することができる。
各細胞接着領域の形状は特に制限されないが、四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であることができる。円形のものが好ましく、直径が1.0mm未満、好ましくは0.8mm以下、好ましくは0.1mm以上、より好ましくは0.2mm以上、さらに好ましくは0.3mm以上の円形が好ましい。本発明の一実施形態において、各細胞接着領域の形状は、0.2mm〜0.8mmの円形が好ましく、0.4mm〜0.7mmの円形がより好ましい。1つの細胞培養基材において、複数存在する細胞接着領域は、いずれも同じ面積を有することが好ましく、同じ面積と形状を有することがさらに好ましいが、異なる面積や形状が混在していてもよい。前記形状を有する細胞接着領域に人工多能性幹細胞を接着させて培養することにより、外胚葉系遺伝子や中胚葉系遺伝子を発現亢進させることなく、内胚葉系遺伝子を発現亢進させることができる。すなわち、内胚葉系細胞への分化を効果的に誘導することができる。
また、細胞培養基材において、各細胞接着領域は、細胞非接着領域に囲まれており、すなわち互いに隔離されており、好ましくは0.35mm以上、より好ましくは0.70mm以上、さらに好ましくは0.75mm以上、特に好ましくは1.40mm以上互いに離れて配置されている。すなわち、細胞接着領域間の最短距離(円の場合、二つの円の中心間の距離が、各半径の合計に上記値を加えた値となる)が好ましくは0.35mm以上、より好ましくは0.70mm以上、さらに好ましくは0.75mm以上、特に好ましくは1.40mm以上となるように配置される。各細胞接着領域を一定距離以上隔離することにより、各細胞接着領域内の細胞が他の細胞接着領域の細胞と細胞間結合を形成することなく均一に一定間隔で培養され、再現性の高い実験系を構築できる。また、前記間隔で互いに隔離された各細胞接着領域に人工多能性幹細胞を接着させて培養することにより、外胚葉系遺伝子や中胚葉系遺伝子を発現亢進させることなく、内胚葉系遺伝子を発現亢進させることができる。すなわち、内胚葉系細胞への分化を効果的に誘導することができる。
本発明で用いる細胞培養基材の面積は、細胞の分化誘導に使用される細胞培養容器の形状、並びに細胞接着領域の面積及び数に基づき、適宜設定することができる。具体的には、本発明で用いる細胞培養基材は、通常は、該細胞培養基材に形成される1個の細胞接着領域の面積の最小値を超える面積を有し、使用される細胞培養容器における培養面の面積未満の面積を有する。例えば、本発明で用いる細胞培養基材の面積は、0.00785mm2を超えることが好ましい。
細胞培養基材における細胞接着領域の割合は、通常1〜50%、好ましくは5〜40%、より好ましくは10〜20%である。培養液に対する細胞の量を一定以上とすることで細胞の死滅を防止でき、一定以下とすることで生存に必要な因子の枯渇とそれによる細胞へのダメージを防止できる。
また、各細胞接着領域は、規則的に一定の間隔で、例えば格子状に、縦横同じピッチで配置されていることが好ましい。各細胞接着領域の細胞からの産生物質によるパラクライン効果を一定にすることで、分化に与える影響を一定にすることができる。
例えば、円形の細胞接着領域を複数有するパターンは、複数の円形の開口部を有するフォトマスクを用い、PEG薄膜が形成されたガラス基板とフォトマスクを対向するように配置し、フォトマスクの側から紫外線を照射し、PEG薄膜においてフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理することにより形成することができる。
本発明で用いる細胞培養基材は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の細胞接着領域への接着を促進する目的で、プレコート処理されていることが好ましい。プレコート処理は、細胞外マトリックス(コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ビトロネクチン)、ゼラチン、リジン、ペプチド、それらを含むゲル状マトリックス、血清等で細胞培養基材をコーティングすることにより実施できる。プレコート処理を実施することにより、接着性の低いiPS細胞の細胞接着領域への接着を促進でき、細胞の接着培養及び分化誘導を効果的に実施できる。
同様に、iPS細胞の細胞接着領域への接着を促進する目的で、iPS細胞の播種前にフィーダー細胞を播種して24時間程度培養し、フィーダー細胞上でiPS細胞の培養を実施することが好ましい。フィーダー細胞としては、当技術分野で通常用いられるものを使用でき、特に制限されないが、例えば、線維芽細胞等が挙げられる。フィーダー細胞は、細胞培養基材に対し1.26×105cells/cm2未満の密度、好ましくは6.3×104cells/cm2以下の密度で、好ましくは3.15×104cells/cm2以上の密度で播種する。
本発明の分化誘導方法においては、プレコート処理とフィーダー細胞の播種を双方実施してiPS細胞の培養を行って用いてもよく、プレコート処理のみを行ってもiPS細胞の培養を行ってもよく、又はプレコート処理を行わずフィーダー細胞の播種のみを行ってiPS細胞の培養を行ってもよい。
本発明の分化誘導方法において使用される人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
ここで用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本発明で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、すい臓細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本発明におけるiPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせをあげることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
細胞培養基材に播種する前のiPS細胞は非分化誘導化培地を用いて未分化性を維持したものとする。細胞培養基材表面へ播種する前後において分化誘導化培地に切り換え、基材表面へ播種し、そのまま細胞を細胞接着領域内でコンフルエントになるまで増殖させる。得られた細胞集合体に対し酵素処理を行うことで目的とする分化誘導細胞を得ることができる。
本発明で用いる非分化誘導化培地は、iPSを分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地や、ヒトiPSの未分化性を維持する性質を有していることが知られているbasic FGFを含む培地等が挙げられる。分化誘導化培地は、iPS細胞を分化誘導させる培地であれば特に限定されるものではないが、例えば、血清含有培地や、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地等が挙げられる。用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DMEM培地、DMEM−F12培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等を用いることができる。培地に、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。例えば、0.1〜2%のピルビン酸、0.1〜2%の非必須アミノ酸、0.1〜2%のペニシリン/ストレプトマイシン、0.1〜1%のグルタミン、0.1〜2%のβメルカプトエタノール、1mM〜20mMのROCK阻害剤(例えば、Y27632)を添加してもよい。分化誘導培地には、液性因子を添加してもよいが、本発明の分化誘導方法は液性因子を添加しなくても内胚葉系細胞へ分化誘導できる点を特徴とする。したがって、一実施形態においては、液性因子を含まない分化誘導培地を用いて培養を行う。
細胞培養基材へのiPS細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。本発明においては、iPS細胞を、細胞培養基材に対し、1.2×105cells/cm2未満の密度、好ましくは3×104cells/cm2以下の密度で、好ましくは1.5×104cells/cm2以上の密度で播種する。本発明の一実施形態において、iPS細胞を、細胞培養基材に対し、3×104cells/cm2以上の密度で播種することが好ましく、3×104〜5×105cells/cm2の密度で播種することがより好ましく、3×104〜2.5×105cells/cm2の密度で播種することがさらに好ましい。iPS細胞の初期細胞密度が1.5×104cells/cm2未満の場合、細胞接着領域の表面全体に亘って、iPS細胞が均質に接着できない可能性がある。このような場合、細胞培養基材上で形成される細胞の集合体(以下、「細胞塊」とも記載する)に隙間が生じる可能性がある。これに対し、1.5×104cells/cm2以上、好ましくは3×104cells/cm2以上の初期細胞密度でiPS細胞を培養することにより、外胚葉系遺伝子群(外胚葉に特異的な遺伝子)及び中胚葉系遺伝子群(中胚葉に特異的な遺伝子)を発現亢進させることなく、内胚葉系遺伝子群(内胚葉に特異的な遺伝子)を発現亢進させることができる。すなわち、内胚葉系細胞への分化を効果的に誘導することができる。それ故、前記範囲の初期細胞密度でiPS細胞を播種することにより、内胚葉系細胞へ正常に分化し得る細胞塊を形成することができる。
通常、高い初期細胞密度でiPS細胞を播種するほど、細胞培養基材上で形成される細胞塊の厚さは高くなる。本発明者らは、細胞培養基材上で形成される細胞塊の厚さが高くなるほど、外胚葉系遺伝子群の産物である外胚葉マーカーの発現量と比較して、内胚葉系遺伝子群の産物である内胚葉マーカーの発現が特異的に亢進されることを見出した。例えば、前記初期細胞密度でiPS細胞を播種した場合、細胞培養基材上で形成される細胞塊のうち、内胚葉系遺伝子群の発現が特異的に亢進されている細胞塊の厚さは、通常は15μm以上、典型的には21μm以上となる。細胞培養基材上で形成される細胞塊の厚さが前記範囲の場合、内胚葉系細胞への分化を効果的に誘導することができる。
培養温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO2濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
iPS細胞を細胞培養基材へ播種後の培養期間は、好ましくは12日以上、より好ましくは14日以上、さらに好ましくは21日以上であり、好ましくは30日以下、より好ましくは27日以下である。本発明者らは、iPS細胞を細胞培養基材へ播種後14日目において、内胚葉系遺伝子群が有意に発現亢進することを見出した。本発明の分化誘導方法により、培養14日目において、内胚葉系遺伝子群の発現を未分化iPS細胞と比較して25倍まで亢進させることができ、これは驚くべき結果である。本発明者らはさらに、内胚葉系遺伝子群(内胚葉に特異的な遺伝子)の発現が25倍まで亢進したのに対し、外胚葉系遺伝子群(外胚葉に特異的な遺伝子)及び中胚葉系遺伝子群(中胚葉に特異的な遺伝子)の発現は、有意に亢進しないことも見出した。
内胚葉は消化管のほか肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などを形成する。したがって、本発明において内胚葉系細胞とはこれらの器官の細胞をさす。iPS細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、AFP、CDX2、GATA4、FOXA2、SOX17、SERPINA1、SST、ISL1、IPF1、IAPP、EOMES、HGF、ALBUMIN、PAX4、TAT等を挙げることができる。
外胚葉は皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)水晶体などを形成する。外胚葉の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄などの中枢神経系のニューロンやメラノサイトなどの元にもなる。また末梢神経系も形成する。外胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、β−TUBLIN、NESTIN、GALANIN、GCM1、GFAP、NEUROD1、OLIG2、SYNAPTPHYSIN、DESMIN、TH等を挙げることができる。
中胚葉は体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)を形成する。中胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、FLK−1、COL2A1、FLT1、HBZ、MYF5、MYOD1、RUNX2、PECAM1、CD34等を挙げることができる。
本発明の方法によりiPS細胞から分化誘導された内胚葉系細胞、例えば、膵臓、肝臓、胃、腸などの消化器系の治療用細胞を得ることができる。例えば、腸系では、クリプト細胞などの腸前駆細胞を得た場合には、これをカテーテルなどで移植することにより、潰瘍性大腸炎、クローン病、短腸症などの治療へ利用できる。膵臓系では、例えばβ細胞やインスリン産生細胞を得た場合には、これをカテーテルなどであるいは免疫遮断デバイスに封入して移植することにより、糖尿病の治療へ利用できる。肝臓系では、例えばアルブミン産生細胞を得た場合には、これをカテーテルなどであるいは免疫遮断デバイスに封入して移植することにより、大量出血を伴う外傷治療などへ利用できる。例えば膵臓、肝臓、胃、腸などの消化器系における治療用組織を、高分子支持担体などを利用して培養することにより得ることもできる。例えば、肝臓組織を誘導して得た場合は、肝癌、肝硬変、急性肝不全や、ヘモクロマトーシスなどの肝代謝障害の治療へ利用できる。肺細胞組織を得た場合、これを患部へ移植することにより嚢胞性線維症や喘息などの肺呼吸器疾患治療へ利用できる。腎臓系では、メサンギウム細胞や尿細管上皮細胞、糸球体細胞など含む組織を得た場合、これを直接移植することにより、腎不全や腎炎の治療や透析治療などへ利用できる。肝臓系の、物質代謝が可能な細胞を得ることにより、アルブミン産生細胞、血液凝固因子産生細胞、α1アンチトリプシンなどの代謝酵素産生細胞を作製し、産生した代謝酵素を直接注射するか点滴投与することにより、これらのタンパク質の欠乏症の治療に用いることができる。例えばβ細胞などの、物質代謝が可能な膵臓系の細胞を得ることにより、インスリン産生細胞を作製し、産生したインスリンを直接注射することにより、I型糖尿病の治療に用いることもできる。あるいは、得られた内胚葉系細胞を被検物質の薬効/毒性評価や作用メカニズムの解明、あるいは生物現象メカニズムの解析に用いることも可能である。
本発明はまた、細胞培養基材に関する。本発明の細胞培養基材を図8に示す。図8に示すように、本発明の細胞培養基材1は、基材11と、基材11上に形成された複数の隔離された細胞接着領域12及び各細胞接着領域12を囲む細胞非接着領域13とを備える。本発明の細胞培養基材1は、場合により、基材11の上面に下地層14を備えていてもよい。この場合、細胞接着領域12及び細胞非接着領域13は、下地層14の上面に配置される。本発明の細胞培養基材及び該細胞培養基材を構成する各部材は、前記で説明した特徴を有する。前記特徴を有する本発明の細胞培養基材は、本発明の人工多能性幹細胞の分化誘導方法に用いることができる。
本発明はまた、基材上にポリエチレングリコールを固定化する工程、及び固定化されたポリエチレングリコールの少なくとも一部を酸化及び/又は分解して、細胞接着領域を形成する工程を含む、本発明の細胞培養基材の製造方法に関する。本発明の細胞培養基材の製造方法を構成する各工程は、前記で説明した特徴を有する。前記特徴を有する本発明の細胞培養基材の製造方法により、本発明の細胞培養基材を得ることができる。
以上のように、本発明により、人工多能性幹細胞の分化誘導方法、該方法に使用される細胞培養基材、及び該細胞培養基材の製造方法を提供することができる。これにより、効率良くかつ安定的に、幹細胞から内胚葉系細胞を分化誘導することが可能となる。
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲に限定されるものではない。
<実施例1>細胞培養基材の作製
トルエン39.0g、メタクリロイルシランTSL8370(GE東芝シリコーン製)13.5gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを450μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌してから、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの5cm角のガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これによりガラス基板表面にメタクリロイル基を含む薄膜が形成された。
ポリエチレングリコールジアクリレート(PEGdA、アルドリッチ製)10gに重合開始剤2,2’−ジメトキシ−2−フェニル−アセトフェノン(DMPA、アルドリッチ製)0.1gを室温で溶かした。これを上記メタクリロイル化基板に1500rpmで5秒間スピンコートした。その後、速やかに窒素雰囲気下で3秒間紫外線を基板全面に照射した。次いで160℃で10分間ポストベークした。このPEGdA化基板を一晩水に浸漬した後に水洗し、次いで乾燥させた。平均乾燥膜厚は、0.33μmであった。
フォトマスクは、同じ大きさの円形の開口部が複数形成されたパターンを有する5インチサイズのものを4種類用いた。4種類のフォトマスクは、円形の開口部の直径が異なり、それぞれ直径0.3mm、1.0mm、1.5mm、2.0mmの円形の開口部が形成され、開口部間のスペース、すなわち開口部間の最短距離は全て0.35mmのパターンを有するものであった。
マスクをPEGdA化基板のPEGdA面に静かに載せ、マスクの裏面側からキセノンエキシマーランプ(172nm、10mW/cm2)を光源とする真空紫外線を1分間照射した。これにより、PEGdA膜表面のフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理した。基板を2.5cm角に切断し細胞培養に用いた。
得られた細胞培養基材における細胞接着領域の形状は円形で、その直径はそれぞれ0.3mm、1.0mm、1.5mm、2.0mmであり、細胞接着領域間のスペース、すなわち細胞接着領域間の最短距離は全て0.35mmであった。また、細胞培養基材における細胞接着領域の割合は、それぞれ、15.6%、43.1%、51.8%、56.9%であった。比較例として、全面を露光して細胞接着領域とした細胞培養基材を用意した。
<実施例2>
実施例1で作製した細胞培養基材のうち、直径2.0mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するものにヒトiPS細胞を播種し、細胞が未分化のまま接着することを検証した。以下その詳細を記載する。
実施例1で作製した細胞培養基材(25mm×15mm;面積6.45cm2)を滅菌処理し、35mmディッシュ(IWAKI)上に配置してフィブロネクチン(R&Dsystems)を室温で30分プレコートし、PBSで2回洗浄した。ヒトiPS細胞は月経血から取得した細胞に山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Myc)をセンダイウイルスベクターによって一過的に発現させて樹立したものである(DNA Methylation Dynamics in Human Induced Pluripotent Stem Cells over Time. PLoS Genet. 2011 May;7(5))培養にはhuman FGF basic(PeproTech)を添加したiPSellon培地(Cardio)を用いた。細胞播種2日後に4%パラホルムアルデヒドで固定処理を行い、免疫染色法によって細胞接着領域の細胞全てに未分化マーカー(OCT3/4、TRA1−60)が各々検出された。
免疫染色には、マウスIgG2b標識抗OCT3/4抗体(Santa Cruz 希釈率1/300)及びマウスIgM標識抗TRA1−60抗体(Millipore 希釈率1/300)をそれぞれ用いた。
<実施例3>
実施例1で作製した細胞培養基材のうち、直径0.3mm、1.0mm、1.5mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するものと、全面を露光して細胞接着性にしたものに、ヒトiPS細胞を播種し、細胞接着領域のパターンサイズと遺伝子発現傾向の相関を検証した。以下その詳細を記載する。
細胞培養基材にゼラチン(Sigma)を30分間室温でプレコートし、マウス胎児線維芽細胞をフィーダー細胞として3.15×105cells/cm2の濃度で播種した。24時間後、Accutase(Invitrogen)で分散したヒトiPS細胞を2.93×104cells/cm2の濃度で播種して2週間分化誘導し、各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。96種類の未分化マーカー及び分化マーカーを検出する定量的PCRを行った。フィーダー細胞の維持には10%のウシ血清(HyClone)と1%のペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)を添加したDMEM(SIGMA)を用い、iPS細胞の分化誘導には20%の血清代替物KSR(Invitrogen)と1%のピルビン酸、非必須アミノ酸、ペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)及び0.1%のβメルカプトエタノールとY27632(WAKO)を添加したDMEM−F12(Invitrogen)を用いた。4日目以降はY27632非添加の培地を使用した。
得られたデータにピアソン相関係数を用いたクラスタリング解析を行った結果を図1に示す。直径0.3mmの円形パターンの場合は、1.0mm及び1.5mmの円形パターンの場合と有意に差があり、全面露光した基材とパターン基材にも差があることが分かった。また、AFP、GATA4、FOXA2、SERPINA1、SST、ISL1等の内胚葉系の遺伝子群は、細胞接着領域の面積が小さいほど発現が増加する傾向が見られた。
<実施例4>
実施例1で作製した細胞培養基材のうち、直径0.3mm又は1.5mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するものと、全面露光して細胞接着性にしたものに、マウス胎児線維芽細胞をフィーダー細胞として3.15×105cells/cm2の濃度で播種して24時間後、さらにヒトiPS細胞を2.93×104cells/cm2の濃度で播種して2週間分化誘導した。iPS細胞播種後4日目、7日目、14日目で各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。内胚葉系遺伝子AFP、CDX2、SOX17、FOXA2と外胚葉系遺伝子β−TUBLIN、中胚葉系遺伝子FLK−1、未分化マーカーOCT3/4を認識、増幅するプライマーを用いて定量的PCRを行った。結果を図2及び図3に示す。
分化誘導していないヒトiPS細胞からもRNAを抽出して定量的PCRを実施し、その計測値を基準とした。7日目まではいずれの発現も上昇せず、14日目で直径0.3mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するもののみ内胚葉系遺伝子の発現が亢進した。なお、未分化マーカーは、いずれの基材でも14日目に減少した。
<実施例5>
実施例1で作製した直径0.3mmの円形の細胞接着領域のパターンを有する細胞培養基材に5μg/mlビトロネクチン(Invitrogen)をプレコートし、ヒトiPS細胞を2.93×104cells/cm2の濃度で播種して2週間分化誘導した。4%パラホルムアルデヒドで固定処理を行い、免疫染色を行った結果、細胞接着領域の細胞全てに内胚葉系マーカーであるAFPが検出された。抗体として、マウスIgG1標識抗AFP抗体(R&Dsystems 希釈率1/500)を用いた。
<実施例6>細胞培養基材の作製
実施例1において、円形の開口部の直径が、それぞれ直径0.05mm、0.1mm、0.3mm、0.5mm、1.0mm又は1.5mmの円形の開口部が形成され、開口部間のスペース、すなわち開口部間の最短距離が全て0.35mmのパターンを有する5種類のフォトマスクを用いた他は、実施例1と同様の手順で、細胞培養基材を作製した。比較例として、全面を露光して細胞接着領域とした細胞培養基材を用意した。
<実施例7>
実施例6で作製した細胞培養基材のうち、直径0.05mm、0.1mm、0.3mm、0.5mm、1.0mm又は1.5mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するものと、全面を露光して細胞接着性にしたものに、ヒトiPS細胞を播種し、細胞接着領域のパターンサイズと遺伝子発現傾向の相関を検証した。以下その詳細を記載する。
細胞培養基材(25mm×15mm;面積6.45cm2)を滅菌処理し、35mmディッシュ(IWAKI)上に配置した。細胞培養基材にゼラチン(Sigma)を30分間室温でプレコートし、マウス胎児線維芽細胞をフィーダー細胞として3.15×105cells/cm2の濃度で播種した。24時間後、Accutase(Invitrogen)で分散したヒトiPS細胞を2.93×104cells/cm2の濃度で播種して2週間分化誘導し、各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。フィーダー細胞の維持には10%のウシ血清(HyClone)と1%のペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)を添加したDMEM(SIGMA)を用い、iPS細胞の分化誘導には20%の血清代替物KSR(Invitrogen)と1%のピルビン酸、非必須アミノ酸、ペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)及び0.1%のβメルカプトエタノールとY27632(WAKO)を添加したDMEM−F12(Invitrogen)を用いた。4日目以降はY27632非添加の培地を使用した。
iPS細胞播種後14日目で各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。内胚葉系遺伝子AFP、外胚葉系遺伝子β−TUBLIN、又は中胚葉系遺伝子FLK−1を認識、増幅するプライマーを用いて定量的PCRを行った。結果を図4に示す。図中、「比較例」は、全面を露光して細胞接着性にした細胞培養基材を用いた結果を、「ヒトiPS細胞」は、月経血由来のヒトiPS細胞における各マーカー遺伝子の発現量の測定結果を、それぞれ示す。図中、縦軸は、ヒトiPS細胞における各マーカー遺伝子の発現量を基準とした場合の発現量の相対値を示す。
直径0.3〜1.0mmの円形の細胞接着領域のパターンを有する細胞培養基材を用いた場合、内胚葉系遺伝子の発現が顕著に亢進した。全面を露光して細胞接着性にした細胞培養基材を用いた比較例の場合、いずれのマーカー遺伝子とも発現亢進しなかった。
<実施例8>
実施例6で作製した細胞培養基材のうち、直径0.3mmの円形の細胞接着領域のパターンを有するものに、異なる初期細胞密度でヒトiPS細胞を播種し、初期細胞密度と遺伝子発現傾向の相関を検証した。以下その詳細を記載する。
細胞培養基材(25mm×15mm;面積6.45cm2)を滅菌処理し、35mmディッシュ(IWAKI)上に配置した。細胞培養基材にゼラチン(Sigma)を30分間室温でプレコートし、マウス胎児線維芽細胞をフィーダー細胞として3.15×105cells/cm2の濃度で播種した。24時間後、Accutase(Invitrogen)で分散したヒトiPS細胞を、3.1×104cells/cm2、6.2×104cells/cm2、1.24×105cells/cm2、又は2.48×105cells/cm2の濃度で播種して2週間分化誘導し、各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。フィーダー細胞の維持には10%のウシ血清(HyClone)と1%のペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)を添加したDMEM(SIGMA)を用い、iPS細胞の分化誘導には20%の血清代替物KSR(Invitrogen)と1%のピルビン酸、非必須アミノ酸、ペニシリン/ストレプトマイシン及びGlutamax(Invitrogen)及び0.1%のβメルカプトエタノールとY27632(WAKO)を添加したDMEM−F12(Invitrogen)を用いた。4日目以降はY27632非添加の培地を使用した。
iPS細胞播種後14日目で各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。内胚葉系遺伝子ALBUMIN、AFP、CDX2、SOX17と外胚葉系遺伝子β−TUBLIN、中胚葉系遺伝子FLK−1、未分化マーカーOCT3/4を認識、増幅するプライマーを用いて定量的PCRを行った。結果を図5に示す。図中、縦軸は、3.1×104cells/cm2の初期細胞密度における各マーカー遺伝子の発現量を基準とした場合の発現量の相対値を示す。
SOX17を除く内胚葉系遺伝子の発現は、初期細胞密度が高くなるほど顕著に亢進した。外胚葉系遺伝子及び中胚葉系遺伝子の発現も、初期細胞密度が高くなるほど亢進したが、初期細胞密度の増加量に対する発現量の増加量の比率は、内胚葉系遺伝子の場合と比較して低かった。
<実施例9>
実施例8において、初期細胞密度を2.48×10
5cells/cm
2とした他は、実施例8と同様の手順で、ヒトiPS細胞を2週間分化誘導した。その後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定処理し、内胚葉マーカーであるAFPに対する抗体及び外胚葉マーカーであるTuj1に対する抗体を用いて、免疫染色を行った。共焦点蛍光顕微鏡を用いて、免疫染色された細胞塊の厚さを測定するとともに、該細胞塊の共焦点画像を取得した。結果を図6に示す。図中、Aは、DAPIによる核染色の画像を、Bは、抗AFP抗体による免疫染色の画像を、Cは、抗Tuj1抗体による免疫染色の画像を、Dは、DAPIによる核染色、抗AFP抗体による免疫染色及び抗Tuj1抗体による免疫染色の重ね合わせ画像を、Eは、細胞塊の表面から108μmの断面におけるDAPIによる核染色、抗AFP抗体による免疫染色及び抗Tuj1抗体による免疫染色の重ね合わせ画像を、それぞれ示す。また、免疫染色された細胞塊の各部分の厚さと、当該部分におけるマーカー発現量の相対値との関係を表1に示す。
表1に示すように、厚さ21μm以上の細胞塊では、内胚葉マーカーであるAFPの発現量が高くなった。これに対し、厚さ14μm以下の細胞塊では、外胚葉マーカーであるTuj1の発現量が高くなった。また、神経細胞様の形態が観察された。
<実施例10>細胞培養基材の作製
実施例1において、円形の開口部の直径が、直径0.3mmの円形の開口部が形成され、開口部間のスペース、すなわち開口部間の最短距離が、0.35mm、0.70mm又は1.40mmのパターンを有する3種類のフォトマスクを用いた他は、実施例1と同様の手順で、細胞培養基材を作製した。
<実施例11>
実施例10で作製した細胞培養基材に、実施例7と同様の手順でヒトiPS細胞を播種し、細胞接着領域の距離と遺伝子発現傾向の相関を検証した。iPS細胞播種後14日目で各々の細胞培養基材上の細胞からRNAを抽出した。内胚葉系遺伝子ALBUMIN、AFP、CDX2、SOX17と外胚葉系遺伝子β−TUBLIN、中胚葉系遺伝子FLK−1、未分化マーカーOCT3/4を認識、増幅するプライマーを用いて定量的PCRを行った。結果を図7に示す。図中、縦軸は、開口部間の最短距離が0.35mmの細胞培養基材における各マーカー遺伝子の発現量を基準とした場合の発現量の相対値を示す。
細胞接着領域の距離が大きくなるにしたがって、SOX17を除く内胚葉系遺伝子の発現が亢進した。これに対し、外胚葉系遺伝子及び中胚葉系遺伝子の発現は、細胞接着領域の距離が異なる細胞培養基材を用いた場合でもほぼ同程度であった。