スピーカーシステムは、スピーカーキャビネットに取り付けられたスピーカーユニットに音声信号を印加することにより音を再生する。スピーカーシステムでは、印加された音声信号によりスピーカーユニットが駆動されると、スピーカーユニットの駆動の反作用により、スピーカーキャビネットを構成する各面の板材(スピーカーキャビネットを構成するそれぞれの板)が振動し、各面の板から音が放射される。なかでも木質製のスピーカーキャビネットを構成するそれぞれの板は、板を構成する材料、板の幅・厚み等に依存して特定の固有振動数で振動するので、それぞれの板が特有の音色を有する。
スピーカーユニットから再生される音に比べて、スピーカーキャビネットを構成するそれぞれの板から放射される音は音圧レベルが低いが、スピーカーシステム全体の再生音質に与える影響は大きいので、従来から木質製のスピーカーキャビネットを構成する各面の板材の選定もしくは板材の形状等に工夫がなされている。すなわち、スピーカーキャビネットの板材には、多くの場合にはMDFボード(中密度繊維板)と呼ばれる繊維板、もしくはパーティクルボードが使用される一方で、一部の場合には、スプルース、マホガニー、といった楽器用木質材料の板材が用いられることがある。
従来には、スピーカーキャビネットからの放射音がスピーカー全体の再生音質に好ましい影響を与えるようにスピーカーキャビネットを構成するものがある。例えば、スピーカーキャビネットを構成する6つの面から任意に選択した2つの面のピッチ周波数の比が、協和音とみなされる周波数比に相当するように設定するものがある(特許文献1)。また、楽器材料等からなるスピーカーキャビネットの振動を阻害しないように、線接触で保持するようにしたスピーカースタンドを備えるスピーカーがある(特許文献2)。
また、本願出願人は、それぞれの外周部が頂点を規定しない一対の側板に、該一対の側板の外周部に対応して湾曲した1枚の曲げ板が取り付けられてなる、スピーカーキャビネットの共有特許権者である(特許文献3)。さらに、本願出願人は、スピーカーユニット取付部を備える表板と、該表板に向かって右側面方向の右側板と、該表板に向かって左側面方向の左側板と、を備えるスピーカーキャビネットであって、該表板が、繊維板もしくはパーティクルボードの板材から構成され、該右側板および該左側板が、該表板よりも板厚の薄い楽器用木質材料の板材から構成される、スピーカーキャビネットの特許権者である(特許文献4)。
特開2003−299169号公報
実開平6−23394号公報
特許第3959420号公報
特許第3959421号公報
しかしながら、特許文献3の図1〜図5に図示するような非矩形状の側板を有するスピーカーキャビネットは、特許文献3の図6または特許文献4の図1〜図4に図示するような矩形状の側板を有するスピーカーキャビネットに比較して製造が難しく、製造コストが高くなり易いという問題がある。さらに、スピーカーキャビネットからの放射音の音圧レベルをさらに高めるようにする場合であっても、楽器用木質材料の板材をスピーカーキャビネットに用いようとすると、再生音質の改善および製造コストの低減を両立させるには、従来技術では不十分な点がある。特に、楽器用木質材料であっても板厚が厚い無垢材または集成材をスピーカーキャビネットに用いようとすると、同様の問題がある。
本発明は、上記の従来技術が有する問題を解決するためになされたものであり、その目的は、スピーカーキャビネット、並びに、これらのスピーカーキャビネットを用いたスピーカーシステムに関し、製造が容易で、かつ、スピーカーキャビネットからの放射音の音圧レベルをさらに高めたスピーカーキャビネット、並びに、これらのスピーカーキャビネットを用いたスピーカーシステムを提供することにある。
本発明のスピーカーキャビネットは、スピーカーユニット取付部を備える表板と、表板に向かって側面方向の右側板並びに左側板と、表板および右側板および左側板と共にスピーカーキャビネットの内部空間を規定するキャビティ部材と、を備えるスピーカーキャビネットであって、木質材料の矩形状の板材から構成される右側板および左側板が、表板およびキャビティ部材と連結する連結部と、連結部の内側に連結部の板厚よりも薄く形成されてその外形が非矩形状に規定される響板部と、を含み、響板部が連結部の板厚に対して平均板厚が薄くなるように彫られて形成されている。
好ましくは、本発明のスピーカーキャビネットは、右側板および左側板の響板部が、複数の曲面を彫られて形成された鱗状表面を有するように形成されている。
また、本発明のスピーカーキャビネットは、右側板並びに左側板の響板部が、一部に放物線又は楕円を含む曲線により非矩形状が規定される。
また、好ましくは、本発明のスピーカーキャビネットは、キャビティ部材が、複数の板状部材を積層して形成されて、少なくとも右側板並びに左側板に連結する板状部材が、非矩形状と略一致する形状の連結部を含む。
また、好ましくは、本発明のスピーカーキャビネットは、右側板および左側板の木質材料の板材が、スプルースまたは桐の無垢材または集成材である。
また、本発明のスピーカーシステムは、上記のいずれかのスピーカーキャビネットと、表板のスピーカーユニット取付部に取り付けられるスピーカーユニットと、を含む。
以下、本発明の作用について説明する。
本発明のスピーカーキャビネットは、スピーカーユニット取付部を備える表板と、表板に向かって側面方向の右側板並びに左側板と、表板および右側板および左側板と共にスピーカーキャビネットの内部空間を規定するキャビティ部材と、を備える。右側板並びに左側板が矩形状の板材から構成される場合には、略直方体状のスピーカーキャビネットが形成される。
表板のスピーカーユニット取付部は、代表的には、表板にスピーカーユニットのフレームが固着され得て、かつ、磁気回路が収まる孔寸法で設けられた貫通孔からなるスピーカーユニット取付孔であって、振動を発生するスピーカーユニットを強固に固定し、かつ、その重量を支えるために、その板材の板厚は厚く選択される。また、キャビティ部材は、複数の板状部材を積層して形成されて、少なくとも右側板並びに左側板に連結する板状部材が、後述する響板部の非矩形状と略一致する形状の連結部を含む。したがって、スピーカーユニットの駆動の反作用により、スピーカーキャビネットを構成する右側板および左側板が振動して放射音が再生されて、スピーカーシステム全体の再生音質に好ましい影響を与えることができる。
本発明のスピーカーキャビネットは、木質材料の矩形状の板材から構成される右側板および左側板が、表板およびキャビティ部材と連結する連結部と、連結部の内側に連結部の板厚よりも薄く形成されてその外形が非矩形状に規定される響板部と、を含む。右側板および左側板の木質材料の板材は、響板部が連結部の板厚に対して平均板厚が薄くなるように彫られて形成されている。響板部が、連結部の板厚より小さい半径で規定される複数の曲面を彫られて形成された鱗状表面を有するように形成されて、一部に放物線又は楕円を含む曲線により非矩形状が規定されれば、響板部の振動の基本モードに対し、高次振動が極端なピークを持たず、周波数軸に対して素直に右下がりになる美しい音色を有する響きの放射音が再生可能になる。
ここで、右側板および左側板から放射される音は、表板に取り付けられたスピーカーユニットから正面方向に放射される音に対して、左右方向へ放射される。すなわち、スピーカーの正面に位置する聴取者には、スピーカーキャビネットから放射される音は、スピーカーユニットからの直接音に対して、左右方向からの間接音として到来する。したがって、本発明のスピーカーキャビネットを備えるスピーカーの右側板および左側板からの放射音は、楽器用木質材料に特有の音色を備えることに加え、両耳聴の聴取者にとって広がり感や響き感を強調し、スピーカー全体の再生音質にさらに好ましい影響を与えることができる。
特に好ましくは、右側板および左側板の木質材料の板材は、スプルースまたは桐の無垢材または集成材であればよい。桐は、楽器用木質材料の板材としては、密度が低くて軽量であり、ヤング率が高くて音響変換効率がかなり高いという利点があり、右側板および左側板からの美しい音色を有する響きの放射音の放射音圧を高くできる部材である。一方で、日本古来の楽器である琴または琵琶に用いられる桐材は、比較的に柔らかくて薄い板材に形成しにくいので、厚みのある無垢材または集成材として利用可能になる。したがって、スピーカーキャビネットの右側板または左側板に用いる場合は、響板部を連結部の内側に連結部の板厚よりも薄く形成されてその外形が非矩形状に規定されるようにすれば、再生音質の改善および製造コストの低減を両立させることができる。
本発明のスピーカーキャビネット並びにこれらのスピーカーキャビネットを用いたスピーカーシステムは、製造が容易で、かつ、スピーカーキャビネットからの放射音の音圧レベルをさらに高め、右側板および左側板に用いる木質材料の特質を引き出したうえで、美しい音色を有する響きの放射音を再生することができ、好ましい音声・音場再生が可能になる。
以下、本発明の好ましい実施形態によるスピーカーキャビネット並びにこれらのスピーカーキャビネットを用いたスピーカーシステムについて説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。
図1〜図3は、本発明の好ましい実施形態によるスピーカーキャビネット10について説明する図である。具体的には、図1はスピーカーキャビネット10の斜視図であり、図2(a)はA−A’断面斜視図、図2(b)は後述する左側板13のみの斜視図である。また、図3(a)はスピーカーキャビネット10の内部の写真であり、図3(b)は左側板13の一部断面図であり、図3(c)は左側板13の一部拡大図である。
本発明のスピーカーキャビネット10は、スピーカーユニット取付孔11aおよび11bを備える表板11と、表板に向かって右側面方向の右側板12と、表板に向かって左側面方向の左側板13と、裏板を構成するキャビティ部材14と、天板15と、底板16と、を備える。代表的には、スピーカーキャビネット10は直方体状であり、本実施例では、外形寸法が、幅231mm、高さ402mm、奥行き380mmの直方体状である。もちろん、スピーカーキャビネット10の外形寸法は、本実施例の寸法、プロポーションに限定されない。
スピーカーキャビネット10の表板11のスピーカーユニット取付孔11aには高音域再生用のツィーター(図示しない)が、スピーカーユニット取付孔11bには低音域再生用のウーファー(図示しない)が、それぞれ取り付けられ、スピーカーシステム1(図示しない)を構成する。スピーカーユニットの表板11への固定には、比較的長い木ねじやボルト/ナット等の固定手段が用いられ、スピーカーユニット取付孔11aおよび11bの周囲には、それぞれ4カ所の木ねじの下穴が設けられる。なお、表板11には少なくとも一つのスピーカーユニットが取り付けられればよく、取り付けられるスピーカーの個数および種類に限定されない。
表板11の板厚は30mm、右側板12および左側板13の板厚は21mm、天板15および底板16の板厚は21mmである。一方、裏板を構成するキャビティ部材14は、9枚の板厚21mmの板材を積層した部材であり、表板11と、右側板12および左側板13とともに、スピーカーキャビネット10のキャビネット内部空間を規定する。キャビティ部材14を構成するそれぞれの板材は、キャビネット内部空間の側が放物線状の断面を有し、一方で、天板15または底板16に接する、あるいは、背面を規定する外側は、直線の断面を有している。キャビティ部材14はキャビティ部材14を構成するそれぞれの板材の形状を変えることで、内部に背面に連通するダクト17と、ターミナルを取り付ける取付孔18を形成する。
本実施例のスピーカーキャビネット10の表板11、右側板12および左側板13、キャビティ部材14、天板15および底板16は、MDF、または、桐、または、スプルースの板材のいずれかである。MDF、または、桐、または、スプルースの板材の密度(D)[g/cm3]、ヤング率(E)[Gpa]、音速(=伝搬速度)(C)[m/sec]、音響放射比(C/D)[m4/kgsec]は、表1の通りである。なお、板材の比較例として、パーティクルボード、バルサ、を挙げている。接着剤等を用いて形成されるMDFまたはパーティクルボードが異方性の無い木質材料であるのに対して、天然木材である桐、スプルースまたはバルサは、木目方向によってヤング率が異なり、木目方向に沿った方向の方が木目を横切る方向に対して硬く、ヤング率が高くなる。したがって、これらの天然木材の場合には、ヤング率、音速、音響放射比の値には幅がある。
楽器用木質材料である桐、または、スプルースは、MDFまたはパーティクルボードよりも密度が低く、ヤング率が高く、木目方向の音速が格段に早い。特に、桐は、木材の中ではバルサに次いで密度が低くて軽く、多孔質の材料であるので、音響変換効率が高くて響きを出しやすい楽器用木質材料である。したがって、スピーカーユニットの駆動の反作用で生じる振動に起因する放射音は、MDFの板材を用いる場合に比較して、桐、または、スプルースでは、比較的に大きくなる。一方で、バルサは、非常に軽い木質材料であるが、厚みのある板材にしても十分な強度を保てないので、本発明のスピーカーキャビネットには適さない。桐は、比較的軟らかいので、厚みを持たせた無垢材、集成材を板材に用いるのが好ましい。
本実施例のスピーカーキャビネット10の右側板12および左側板13は、左右対称の部材である。したがって、以下では、図2および図3に図示する左側板13について説明する。図2(b)ならびに図3(b)、図3(c)に図示する左側板13は、外形が矩形の板材であって、表板11およびキャビティ部材14と連結する連結部13aと、連結部13aの内側に連結部13aの板厚よりも薄く形成されてその外形が非矩形状に規定される響板部13bと、を含む。響板部13bは、一部に放物線を含む曲線13cにより非矩形状が規定されている。
この曲線13cの放物線は、天板15に対応する直線部に占める曲線の割合が約38.8%になり、裏板に対応する直線部に占める曲線の割合が約100%になり、底板16に対応する直線部に占める曲線の割合が約62.7%になるように形成されている。したがって、右側板12および左側板13に連結するキャビティ部材14を構成する板材は、この曲線13cにより規定される非矩形状と略一致する形状の連結部を含む。振動モード分散の効果および、内部定在波の影響を軽減するため、対向する面のいずれか一方の面で、曲線が占める割合は50%以上が好ましい。
さらに、左側板13の響板部13bは、連結部13aの板厚Taに対して平均板厚Tbが薄くなるように彫られて形成されている。平均板厚Tbは、響板部13bを規定する非矩形状の内部において、薄く彫られたところの平均的な板厚として定義される。響板部13bの板厚は、音響放射効率を高めるためには彫加工の深さ(最深部)が板厚の10%以上50%未満になるのが好ましいので、連結部13aの板厚Taに対して50%以上95%未満程度に収まるのが好ましい。
図3に示す左側板13の響板部13bは、断面形状R10、深さ2.8mmの切削ドリルを、ストローク10mm、切削ピッチ12mm×20mmで繰り返し彫り加工することで、鱗状の表面を有するように形成されている。したがって、本実施例の場合には、響板部13bの板厚は、連結部13aの板厚Taに対してその平均板厚Tbが約90%になっている。響板部13bは、筝または和太鼓といった和楽器の胴部に用いられるような彫り加工が好ましく、これらに類するような網状鱗彫、綾杉彫、波動扇状彫、亀甲彫、槍形綾彫、などで彫り加工された面であってもよい。なお、響板部13bの板厚は、連結部13aの板厚Taに対して50%以上95%未満程度に収まればよいが、最も浅いところは連結部13aの板厚Taとほぼ等しくてもよい。
図4は、スピーカーキャビネット10を構成する左側板13の振動放射音について説明するグラフである。左側板13に相当する板材の中央部を、振動を発生するスピーカーユニットの代わりにインパルスハンマーで叩いて、板材の近傍で振動により発生する放射音圧を測定した結果であって、図4(a):本実施例に相当する左側板13にキャビネット部材14を構成する板材の一部を連結した場合と、図4(b):響板部を有さずキャビネット部材14を構成する板材の一部を連結しない比較例1の単なる板材の場合と、を示している。
板材がMDF(板厚21mm)の場合には、図4(a):本実施例では左側板13の音響変換効率が高くなって、その結果振動放射音が約2kHz以上の高い周波数帯域において相対的に大きくなり、また、極端なピークを持たず振動モードが分散し、周波数軸に対して素直に右下がりとなる特性を実点できている。本実施例では、響板部13bが一部に放物線を含む曲線13cにより非矩形状に形成されているので、振動の高次モードが集中しないようになる。加えて、響板部13bの板厚が、連結部13aの板厚に対して薄くなるように彫り加工されて鱗状の表面を有するように形成されているので、板材がコストの安い量産に適するMDFであっても、音響変換効率が高くて響きを出しやすくすることができる。
一方で、図4(b):単なるMDFの板材の場合には、矩形の形状から振動モードが集中し、高い周波数帯域において極端なピークが発生して大きくなり、MDFに固有の響きが顕著な放射音になってしまっている。したがって、本発明の響板部13bを有する側板12および13を備えるスピーカーキャビネット10では、板材がMDFであっても良く響く楽器用木質材料の板材のような音声・音場再生が可能になる。
図5は、スピーカーキャビネット10を構成する他の左側板13の振動放射音について説明するグラフである。本実施例は、先の実施例の図4とは板材の相違を示し、板材が桐の集成材(板厚21mm)の場合である。図5(a):本実施例に相当する左側板13にキャビネット部材14を構成する板材の一部を連結した場合と、図5(b):響板部を有さずキャビネット部材14を構成する板材の一部を連結しない比較例2の単なる板材の場合と、を示していることも共通する。したがって、共通する説明及び図示は省略する。
板材が桐の集成材の場合には、図5(a):本実施例では左側板13の音響変換効率が高くなるものの内部損失も大きいので、その結果振動放射音が約2kHz以上の高い周波数帯域において極端なピークを持たず振動モードが分散し、周波数軸に対して素直に右下がりとなる特性を実点できている。桐の集成材は、集成の方向ならびに繊維方向によって強い異方性を有するが、本実施例では、響板部13bが一部に放物線を含む曲線13cにより非矩形状に形成されているので、振動の高次モードが集中しないようになる。加えて、響板部13bの板厚が、連結部13aの板厚に対して薄くなるように彫り加工されて鱗状の表面を有するように形成されているので、音響変換効率が高くて響きを出しやすい桐の集成材の利点を生かすことができる。
一方で、図5(b):単なる桐の集成材の場合には、矩形の形状から振動モードが集中し、低い周波数から高い周波数帯域において放射音圧レベルが高く、桐材固有の響きが顕著な放射音になってしまっている。したがって、本発明の桐の集成材を用いた響板部13bを有する側板12および13を備えるスピーカーキャビネット10では、良く響く楽器用木質材料の板材の特質をバランス良く引き出した音声・音場再生が可能になる。
図6は、スピーカーキャビネット10の振動特性について説明するグラフである。具体的には、スピーカーキャビネット10の表板11の中央部を、振動を発生するスピーカーユニットの代わりにインパルスハンマーで叩いて、右側板12と、左側板13と、キャビティ部材14により構成される裏板と、天板15と、底板16と、においてそれぞれ振動ピックアップで測定した振動加速度特性を重ね書きしているグラフである。図6(a)は本実施例の桐の集成材の板材を用いたスピーカーキャビネット10の場合であり、一方、図6(b)は特許文献3に記載の発明を搭載した(図示しない)比較例3のスピーカーキャビネットの場合であり、さらに、図6(c)はMDFの板材からなる従来の(図示しない)比較例4のスピーカーキャビネットの場合である。
図6(a)に示すように、スピーカーキャビネット10が桐の集成材の場合には、各面において一様に、約1kHz付近をピークにして周波数にほぼ比例して振動レベルが下がる振動特性を示している。中でも右側板12および左側板13の振動レベルは相対的に他の面よりも大きく、良く響く楽器用木質材料の板材の特質を引き出した音声・音場再生が可能になる。
つまり、右側板12および左側板13の響板部が、連結部の板厚より小さい半径で規定される複数の曲面を彫られて形成された鱗状表面を有するように形成されて、一部に放物線又は楕円を含む曲線により非矩形状が規定されているので、響板部の振動の基本モードに対し、高次振動が極端なピークを持たず、周波数軸に対して素直に右下がりになる美しい音色を有する響きの放射音が再生可能になる。その結果、右側板12および左側板13からの放射音は、楽器用木質材料に特有の音色を備えることに加え、両耳聴の聴取者にとって広がり感や響き感を強調し、スピーカー全体の再生音質にさらに好ましい影響を与えることができる。これは、先の実施例のように、スピーカーキャビネット10がMDFの板材で構成されていても、同様の効果が得られる。
また、本実施例のスピーカーキャビネット10では、積層されて強固に形成されるキャビネット部材14を備えるので、スピーカーキャビネット10をスタンド等に設置する場合は、連結する底面16とともにスピーカーキャビネット10を強固に設置できる。キャビネット部材14をくり抜く様にダクト17が形成されているので、ダクトの余計な振動等が発生しない利点を得ることができる。また、キャビネット部材14の内部側は、放物線を含む曲線13により曲面状に形成されているので、キャビネット内部で発生しやすい定在波を防止できる。
次に、図6(b)に示すように、比較例3のスピーカーキャビネットの場合には、本実施例の場合と同様に各面において一様に、約1.2kHz付近をピークにして周波数にほぼ比例して振動レベルが下がる同じ傾向の振動特性を示しているが、そのレベルは相対的に本実施例の場合よりも大きくなっている。これは、比較例3のそれぞれの外周部が頂点を規定しない一対の側板に一対の側板の外周部に対応して湾曲した1枚の曲げ板が取り付けられてなるスピーカーキャビネットは、一対の側板が極めて板厚が薄い楽器用木質材料で構成されており、側板の放射音圧が高く設計されているからである。比較例3のスピーカーキャビネットを備えるスピーカーシステムは、楽器用木質材料に特有の音色を備える好ましい再生音質を有する。
ただし、比較例3のスピーカーキャビネットは、本実施例のような矩形状の側板を有するスピーカーキャビネットに比較して製造が難しく、製造コストが高くなり易い。本実施例のスピーカーキャビネット10は、外形が矩形状の厚みのある桐の無垢材または集成材を右側板12および左側板13に用いることができるので、同傾向の振動特性レベルを実現しながらも、矩形状の側板を有する直方体状のスピーカーキャビネットを実現でき、比較例3のスピーカーキャビネットよりも製造コストを低減できる利点がある。
次に、図6(c)に示すように、比較例4のスピーカーキャビネットの場合には、直方体状のキャビネットの全ての面が矩形状の板材から構成されていて、側板には響板部は設けられていない。したがって、製造コストを低減できる利点があるものの、矩形状の板材の振動モードが顕著に出現し、周波数にほぼ比例して振動レベルが下がる振動特性を示さなくなる。その結果、高い周波数帯域に出現する振動のピークの放射音圧が耳に付いてスピーカー全体の再生音質に好ましくない影響を与えるものになってしまう問題があることがわかる。
本実施例のスピーカーキャビネット10の右側板12の板材と左側板13は、MDFでもよいが、楽器用木質材料の板材から構成されればよく、スプルース、桐に限定されない。代表的には、他の楽器用木質材料のマホガニー、ローズウッド、シトカスプルース、イングルマンスプルース、シダー、エゾマツ、ローズウッド、インディアンローズウッド、ブラジリアンローズウッド、ホンジュラスローズウッド、マダガスカルローズウッド、ココボロ、ニューハカランダ、マホガニー、サペリ、ホンジュラスマホガニー、コア、メイプル、ウォルナット、バスウッド、アッシュ、エボニー、セン、アルダー、ブビンガもしくはオバンコールのいずれかであればよい。また、右側板12の板材と左側板13の板材を除く他の板材も、MDFまたは異なる楽器用木質材料を選択してもよい。
もちろん、スピーカーキャビネット10の右側板12および左側板13における響板部13bは、放物線ではない他の曲線を含む曲線13cにより規定される非矩形状の部分であってもよい。曲線13cは、上記実施例のような放物線を含まない場合には、振動モード分散の効果および、内部定在波の影響を軽減するように、曲線13cを短い直線により近似してもよい。
なお、桐は微細な孔を含む多孔質の材料であるので、スピーカーキャビネット10の内部において反響する音を吸音する効果、あるいは、反響を抑制する効果が発揮され易いようにするように、スピーカーキャビネット10を構成する板材の内部側の表面には、桐の微細な孔を塞ぐような塗装などの表面処理を施さないようにするのがより好ましい。一方、スピーカーキャビネット10を構成する板材の外部側の表面には、表面を保護し、または美観を改善する塗装などの表面処理を施してもよい。
さらに、スピーカーキャビネット10の右側板12および左側板13における響板部13bが、彫り加工されて鱗状の表面を有するように形成されている場合には、スピーカーキャビネット10の内部において上記の効果を発揮する桐の表面積が増加するという利点がある。さらに、彫り加工により桐の表面積が増加すると、スピーカーキャビネット10の内部の空気が多孔質の桐の微細な孔に連通することになり、実質的にスピーカーキャビネット10の内部の体積を増加させるように作用する。その結果、スピーカーユニットを取り付けたスピーカーシステムでは、同じ外形寸法であっても、音声再生周波数帯域の下限を規定する最低共振周波数f0が低くさせることができる利点がある。