屈折現象を利用して光の進行方向を変える従来のレンズの他に、光の回折現象を利用して光の進行方向を変える回折光学素子が開発されている。回折光学素子は、表面に形成された所定の周期的な凹凸構造によって光の回折現象を生じさせる。
回折光学素子の周期的な凹凸構造は、光学素子の表面に形成された複数の溝を含む。複数の溝は互いに平行、または同心状に形成される。ここで、周期的な凹凸構造の、溝の方向に垂直な断面が矩形状であるバイナリ型回折光学素子と鋸歯状であるブレーズ型回折光学素子を考察する。同心状に形成された複数の溝の方向に垂直な方向とは、同心円の半径方向である。バイナリ型回折光学素子及びブレーズ型回折光学素子の機能を光学シミュレーションによって説明する。
表1は、光学シミュレーションのパラメータを示す表である。
周期は凹凸構造の周期を示す。材料は、凹凸構造の材料を示し、屈折率は該材料の屈折率を示す。PMMAは、ポリメタクリル酸メチルを表す。デューティ比は、凹凸構造の溝の方向に垂直な断面において、周期的な凹凸構造の高さ、すなわち溝の深さに対応する幅を有し、凹凸構造の繰り返し方向に伸長する領域において、材料が占める割合を示す。バイナリ型のデューティ比は、周期に対する凸部、すなわち溝以外の部分の幅の比である。波長は、周期的な凹凸構造を通過する光の波長を示す。
図1は、バイナリ型回折光学素子の凹凸構造の溝の深さと回折効率との関係を示す図である。図1の横軸は、凹凸構造の深さを表し、図1の縦軸は0次、1次、及び−1次回折光の回折効率を表す。図1によると、1次、及び−1次回折光の回折効率は等しい。
図2は、ブレーズ型回折光学素子の凹凸構造の溝の深さと回折効率との関係を示す図である。図2の横軸は、凹凸構造の深さを表し、図2の縦軸は0次、1次、及び−1次回折光の回折効率を表す。図2によると、1次回折光の回折効率は、図1に示したバイナリ型の1次回折光の回折効率よりも大きく、0次回折光の回折効率と等しい。また、−1次回折光の回折効率は、図1に示したバイナリ型の−1次回折光の回折効率よりも小さい。
このように、回折光学素子の周期的な凹凸構造の形状を、バイナリ型からブレーズ型に変えることによって、1次回折光の回折効率と−1次回折光の回折効率の比率を変えることができる。そこで、バイナリ型とブレーズ型とを組み合わせた形状の回折光学素子について検討する。
図3は、バイナリ型とブレーズ型とを組み合わせた複合型回折光学素子の一例を示す図である。図3は、複合型回折光学素子の、周期的な凹凸構造の、溝の方向に垂直な断面の形状を示す図である。図3に示す複合型回折光学素子の周期的な凹凸構造の断面は、溝の深さ方向において、バイナリ型に対応する部分とブレーズ型に対応する部分とを備える。
図4は、バイナリ型に対応する部分の深さが溝の深さの75%である複合型回折光学素子の凹凸構造の深さと回折効率との関係を示す図である。図4の横軸は、凹凸構造の溝の深さを表し、図4の縦軸は0次、1次、及び−1次回折光の回折効率を表す。
図5は、バイナリ型に対応する部分の深さが溝の深さの50%である複合型回折光学素子の凹凸構造の深さと回折効率との関係を示す図である。図5の横軸は、凹凸構造の溝の深さを表し、図5の縦軸は0次、1次、及び−1次回折光の回折効率を表す。
図6は、複合型回折光学素子の、バイナリ型に対応する部分の深さの溝の深さに対する比率aと、回折効率との関係を示す図である。図6の横軸は、複合型回折光学素子の、バイナリ型に対応する部分の深さの溝の深さに対する比率aを表し、図6の縦軸は、複合型回折光学素子の0次、1次、及び−1次回折光の回折効率を表す。図6に使用したデータは、複合型回折光学素子の凹凸構造の溝の深さが0.66マイクロメータのときのものである。0.66マイクロメータの値は、図1に示したバイナリ型光学素子のシミュレーション結果において、1次回折効率が最大となる凹凸構造の深さから定めた。
図6の横軸の100%は、バイナリ型回折光学素子に対応する。図6の横軸の0%は、図3に示した複合型回折光学素子において、バイナリ型に対応する部分が存在しない場合に相当する。図3において、バイナリ型に対応する部分が存在しない複合型回折光学素子の形状を破線で示した。
図6によると、バイナリ型に対応する部分の深さの溝の深さに対する比率aが100%であるときに、1次回折光の回折効率と−1次回折光の回折効率は等しく0.405である。−1次回折光の回折効率は、バイナリ型に対応する部分の深さの溝の深さに対する比率aが100%から減少するにしたがって単調に減少し、比率aが0%のときには0.1である。また、1次回折光の回折効率は、比率aが100%から減少するにしたがって最初は増加し、比率aが55%のときに最大値0.505を示し、その後、比率aがさらに減少すると減少し、比率aが0%のときに0.35である。
図7は、バイナリ型回折光学素子、ブレーズ型回折光学素子、及び複合型回折光学素子による回折を説明するための図である。図7(a)に示すバイナリ型回折光学素子においては、1次回折光と−1次回折光の効率が同じである。図7(b)に示すブレーズ型回折光学素子においては、1次回折光の効率を理論上100%とすることができる。1次回折光の効率が100%であるとき、−1次回折光の効率は0である。図7(c)に示す複合型回折光学素子においては、バイナリ型に対応する部分の深さの溝の深さに対する比率を変化させることによって、−1次回折光の効率と1次回折光の効率との比を変えることができる。
つぎに、複合型回折光学素子及びその成形型の製造方法について検討する。一般的に、光学素子及びその成形型を製造する際には、主に、切削加工またはリソグラフィ加工が利用される。
図8は、切削加工方法を示す流れ図である。切削加工においては、切削加工装置の直交軸及び回転軸に、被削材であるワーク及び切削工具をそれぞれ設置して、直交軸及び回転軸を駆動させ、切削工具によってワークの一部を削り取る。
図8のステップS1010において、切削加工装置の直交軸及び回転軸に、被削材であるワーク及び切削工具をそれぞれ設置する。
図8のステップS1020において、切削加工装置によって切削加工を実施する。切削加工装置においては、ワーク及び切削工具の動作を数値制御によって高精度に制御することができるので、平面、非球面、格子、自由曲面など任意の形状を加工することができる。
図8のステップS1030において、切削加工された形状を評価する。評価の結果が良ければ切削加工を終了する。評価の結果が不良であればステップS1010に戻る。
図9は、リソグラフィ加工方法を示す流れ図である。
図9のステップS2010において、基板にレジストをコーティングする。
図9のステップS2020において、レジストのパターニングを実施する。マスクを使用する場合には、マスクを介してレジストに光を照射し、レジストの一部を露光する。一部が露光されたレジストを現像し、レジストのパターンを得る。マスクを使用せずに電子ビーム描画によってレジストのパターニングを実施してもよい。
図9のステップS2030において、パターニングされたレジストの形状を評価する。評価の結果が良ければレジストのパターニングを終了する。評価の結果が不良であればステップS2040に進む。
図9のステップS2040において、レジストを除去し、ステップS2010に戻る。
一般的に、リソグラフィ加工においては、レジストのパターニングの後にエッチングが実施され、レジストに覆われていない基板の部分が除去される。
上述のように、切削加工によって任意の形状を実現することができる。凹凸構造を切削加工する場合の周期及び深さの下限値は数マイクロメータである。マスクを使用したリソグラフィ加工は、バイナリ型の凹凸構造の製造に適している。電子ビーム描画を使用するリソグラフィ加工によれば、電子ビームの照射量を制御して露光・現像処理を行うことにより、ブレーズ型の凹凸構造を実現できるが、加工時間が非常に長いため大面積の加工には適していない。凹凸構造をリソグラフィ加工する場合の周期の下限値は0.1マイクロメータである。深さの下限値はなく、上限値は50マイクロメータである。また、アスペクト比(深さ/周期)の上限値は4である。
図10は、切削加工によって実現したブレーズ型の凹凸構造の断面を示す写真である。ブレーズ型の凹凸構造の材料はレジスト(東京応化工業製 PMER P-LA300PM)である。ブレーズ型の凹凸構造の周期及び深さは、それぞれ、50マイクロメータ及び5マイクロメータである。
図11は、図10に示したブレーズ型の凹凸構造の断面の凸部の立ち上がり部分を拡大した写真である。図11の点線で囲った部分によると、立ち上がり部分の角には円弧状部分が存在する。この円弧状部分は、切削工具の先端の円弧に起因するものである。このような円弧状部分は、意図された回折光以外の迷光を生じ、1次光の効率が下がり、0次光の効率が上がる傾向を生じるので好ましくない。
図12は、リソグラフィ加工によって実現したバイナリ型の凹凸構造の断面を示す写真である。バイナリ型の凹凸構造の材料はレジスト(東京応化工業製 PMER P-LA300PM)である。バイナリ型の凹凸構造の周期及び深さは、それぞれ、20マイクロメータ及び3.5マイクロメータである。
図13は、図12に示したバイナリ型の凹凸構造の断面の立ち上がり部分を拡大した写真である。図13によると、凸部の立ち上がり部分の角に円弧状部分は生じていない。このように、リソグラフィ加工によれば、凹凸構造の断面の凸部の立ち上がり部分に円弧状部分が生じることはなく、直角を実現できるので、意図された回折光以外の迷光を生じることがなく都合がよい。
要約すると、切削加工はブレーズ型の凹凸構造の傾斜面を形成するのに適し、リソグラフィ加工はバイナリ型の凹凸構造の凸部の立ち上がり部を形成するのに適する。
つぎに、本発明の成形型及び光学素子の製造方法について説明する。
図14は、本発明の一実施形態の成形型の製造方法を示す流れ図である。
図15は、図14の流れ図の各製造ステップを説明するための図である。
図14のステップのステップS3010において、基板にレジストをコーティングする。
図15(a)は、表面にレジスト200をコーティングした基板100を示す図である。基板100の材料は、シリコン(Si)、ニッケル・リン被膜(NiP)などである。レジスト200はどのようなものであってもよい。
図14のステップのステップS3020において、レジスト200を切削加工して、ブレーズ型の周期的な凹凸構造を形成する。
図15(b)は、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。ブレーズ型の周期的な凹凸構造の周期をPで示す。
図14のステップのステップS3030において、リソグラフィ加工によって、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造の一部を除去する。
図15(c)は、一部を除去された、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。図15(c)に示すように、一つの除去される部分の幅Wは周期Pよりも小さく、複数の除去される部分は周期Pで配置される。したがって、図15(c)に示す凹凸構造も周期Pの周期的な凹凸構造である。図15(c)に示す凹凸構造の凸部の立ち上がり部分は、リソグラフィ加工によって形成されているので、立ち上がり部分の角に円弧状部分は生じない。
図14のステップのステップS3040において、図15(c)に示す、周期的な凹凸構造を電鋳によって転写し成形型を得る。
図15(d)は、電鋳によって得られた成形型300を示す図である。成形型300の材料はニッケルなどである。
図16は、本発明の一実施形態の光学素子の製造方法を示す流れ図である。
図17は、図16の流れ図の各製造ステップを説明するための図である。
図16のステップのステップS4010において、基板にレジストをコーティングする。
図17(a)は、表面にレジスト200をコーティングした基板100を示す図である。基板100の材料は、石英などの透明材料である。
図16のステップのステップS4020において、レジスト200を切削加工して、ブレーズ型の周期的な凹凸構造を形成する。
図17(b)は、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。ブレーズ型の周期的な凹凸構造の周期をPで示す。
図16のステップのステップS4030において、リソグラフィ加工によって、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造の一部を除去する。
図17(c)は、一部を除去された、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。図17(c)に示すように、一つの除去される部分の幅Wは周期Pよりも小さく、複数の除去される部分は周期Pで配置される。したがって、図17(c)に示す凹凸構造も周期Pの周期的な凹凸構造である。図17(c)に示す凹凸構造の凸部の立ち上がり部分は、リソグラフィ加工によって形成されているので、凸部の立ち上がり部分の角に円弧状部分は生じない。
図17(c)に示す、レジストの周期的な凹凸構造を備えた基板が、複合型回折光学素子である。この場合に、レジスト200は、複合型回折光学素子の一部をなす。したがって、レジスト200に、基板の材料100の屈折率に近い屈折率の材料を使用するのが好ましい。一例として、基板100が石英の場合には、石英の屈折率に近い屈折率を有するアクリル系樹脂のレジスト200を使用するのが好ましい。
図18は、本発明の他の実施形態の光学素子の製造方法を示す流れ図である。
図19は、図18の流れ図の各製造ステップを説明するための図である。
図18のステップのステップS5010において、基板にレジストをコーティングする。
図19(a)は、表面にレジスト200をコーティングした基板100を示す図である。基板100の材料は、石英などの透明材料である。レジストはどのようなものであってもよい。
図18のステップのステップS5020において、レジスト200を切削加工して、ブレーズ型の周期的な凹凸構造を形成する。
図19(b)は、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。ブレーズ型の周期的な凹凸構造の周期をPで示す。
図18のステップのステップS5030において、リソグラフィ加工によって、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造の一部を除去する。
図19(c)は、一部を除去された、レジストのブレーズ型の周期的な凹凸構造を示す図である。図19(c)に示すように、一つの除去される部分の幅Wは周期Pよりも小さく、複数の除去される部分は周期Pで配置される。したがって、図19(c)に示す凹凸構造も周期Pの周期的な凹凸構造である。図19(c)に示す凹凸構造の凸部の立ち上がり部分は、リソグラフィ加工によって形成されているので、立ち上がり部分の角に円弧状部分は生じない。
図19のステップのステップS5040において、基板にイオンエッチングを実施して、基板の周期Pの周期的な凹凸構造を形成する。
図19(d)は、基板の周期Pの周期的な凹凸構造を示す図である。図19(d)に示す、この周期的な凹凸構造を備えた基板が、複合型回折光学素子である。
図15(c)、図17(c)及び図19(c)において、複数の除去される部分は周期Pで配置される。複数の除去される部分は、たとえば、Pを整数倍した値、またはPを整数で除した値の周期で配置してもよい。
図20は、複合型回折光学素子の他の例を示す図である。図20(a)は、複合型回折光学素子の溝の方向に垂直な断面を示す図である。複合型回折光学素子は、図17(c)に示した複合型回折光学素子と同様に、基板100及びレジスト200から構成される。図17(c)に示した複合型回折光学素子においては、凸部の高さは一定であるが、図20(a)に示した複合型回折光学素子においては、それぞれの凸部の高さが変化する。図20(b)は、本例の複合型回折光学素子の凹凸構造の方向の断面を示す写真である。凹凸構造の材料はレジスト(東京応化工業製 PMER P-LA300PM)である。図20(b)によれば、凸部の立ち上がり部に円弧状部分は存在していない。
曲面の基板上にレジストを塗布して、レジストを切削加工し、リソグラフィによるレジストのパターニングを実施して曲面上の凹凸構造を得ることもできる。マスクを使用してレジストのパターニングを実施する場合には、柔軟性のある材料からなるフォトマスクを曲面に密着させた状態でレジストを露光してもよい。あるいは、レーザ描画でレジストのパターニングを実施する場合には、ワーク、すなわちレジストを塗布した基板をレーザ光源に対して移動させるか、レーザのフォーカスを変化させてレジストを露光してもよい。
このように、切削加工とリソグラフィ加工とを組み合わせた、本発明の製造方法によって、迷光が少なく所望の回折効率を実現することのできる、大面積の複合型回折光学素子を製造することができる。