以下、本発明の実施形態を、図面を用いて説明する。なお、以下の説明では、内燃機関として、ピストンが上下方向に往復移動するガソリンエンジンに使用する場合について説明するが、ディーゼルエンジンなど、ピストンが往復移動する他の内燃機関に適用することもできる。また、以下ではエンジンとして、シリンダが上下方向に形成された直列複数気筒の場合を説明するが、これに限定するものではなく、V字形の複数気筒、水平対向の複数気筒などの他の形式のエンジンに適用してもよい。また、以下では、すべての図面において同様の要素には同一の符号を付して説明する。以下では、まずエンジンの全体構成、及びピストンリング付ピストンの全体構成を説明し、その後、ピストンリングのうち、トップリングの詳細構成を説明する。
図1は、本実施形態のピストンリング付ピストンを組み込んだエンジンを示す概略部分断面図である。ガソリンエンジン10は、エンジン本体12を形成するシリンダブロック14に上下方向に形成された複数のシリンダ16と、各シリンダ16の内側に配置され上下方向に往復移動するピストンリング付ピストン18と、ピストンリング付ピストン18に上端部が結合された結合ロッド20と、結合ロッド20の下端部が結合されたクランク軸22とを備える。以下、ガソリンエンジン10は単にエンジン10と記載する。クランク軸22は水平方向に伸び、その両端部はエンジン本体12に回転可能に支持される。クランク軸22の軸方向中間部は、エンジン本体12の下部内側のクランク室24に配置される。クランク室24の下部には潤滑油であるエンジンオイルが溜まっている。シリンダブロック14の上側にシリンダヘッド26が結合され、シリンダヘッド26とシリンダブロック14とピストンリング付ピストン18の上面とにより燃焼室28が形成されている。
図2は、図1のA部拡大図を示している。ピストンリング付ピストン18は、ピストン本体32と、3つのピストンリングであるトップリング34、セカンドリング36、及びオイルリング38とを含む。以下、ピストンリング付ピストン18は単にピストン18と記載する場合がある。ピストン本体32は、上端部が塞がれた略円筒状で、外周面の上側に燃焼室28側からクランク室24側に向かって順に、第1リング溝40と第2リング溝42とオイルリング溝44とを有する。各リング溝40,42,44は、ピストン本体32の外周面に全周に沿って断面矩形状に形成される。また、ピストン本体32の上端部の直径方向に対向する2個所位置には、内外両周面を貫通する図示しない孔が形成される。ピストンピン21の両端部はこれらの各孔に挿入されて支持される。ピストンピン21の中間部は、結合ロッド20の上端部に回転可能に支持される。これにより、ピストン本体32の上下方向の変位によってクランク軸22が回転する。
また、ピストン本体32は、オイルリング溝44とピストン内部空間46とを通じさせるように形成された油孔であるドレンホール48を含んでいる。ピストン内部空間46は下側のクランク室24と通じている。ドレンホール48の一端部はオイルリング溝44の内周部及び下部に接続され、ドレンホール48の他端部はピストン本体32の内壁に開口している。
オイルリング38は、3ピース型であり、上下2つの環状サイドレール50,52と、環状サイドレール50,52間に介装された環状スペーサ54とを含み、オイルリング溝44に装着されている。環状スペーサ54は、上下2つの環状要素の外周部同士を筒状の連結部で連結して形成され、各環状要素によって、各環状サイドレール50,52をオイルリング溝44の上下面に押し付けている。
トップリング34は第1圧力リングと呼ばれるもので、第1リング溝40に収容され、この例では第1リング溝40内で上下方向に移動可能に配置されている。セカンドリング36は第2圧力リングと呼ばれるもので、第2リング溝42に収容され、この例では第2リング溝42内で上下方向に移動可能に配置されている。トップリング34及びセカンドリング36は、鋼等の金属から周方向一部に不連続部である図示しない合口を有する略円環状に形成される。
トップリング34は、自由状態でシリンダ16の内径よりも大きな外径を有し、また第1リング溝40の溝底径よりも大きい内径を有する。第1リング溝40にトップリング34を装着し、シリンダ16内にピストン18を組み付けた状態では、トップリング34の外周面がシリンダ16の内周面に接触し、その状態でもトップリング34の内周面と第1リング溝40の溝底との間に径方向の隙間が形成される。セカンドリング36も同様に、自由状態でシリンダ16の内径よりも大きな外径を有し、また第2リング溝42の溝底径よりも大きい内径を有し、シリンダ16内にピストン18を組み付けた状態では、セカンドリング36の外周面がシリンダ16の内周面に接触し、その状態でもセカンドリング36の内周面と第2リング溝42の溝底との間に径方向の隙間が形成される。オイルリング38、トップリング34及びセカンドリング36の外周縁は、シリンダ16の壁面に摺接する。トップリング34は、ピストン本体32に組み付けられた後、シリンダ16の内側に組み付ける前の状態で、トップリング34の外周縁が全周にわたって第1リング溝40(図2)の開口端から突出しないように、トップリング34の自由状態での外径が拘束される。第1リング溝40の開口端は、ピストン本体32の外周面との境である。そして、ピストン本体32にトップリング34が組み付けられた後の状態で、シリンダ16の内側にピストン本体32が組み付けられる。トップリング34は、その外周縁が全周にわたって第1リング溝40の開口端から突出して、シリンダ16の壁面に対する摺接が可能となる。セカンドリング36もトップリング34と同様に自由状態での外径が拘束されてシリンダ16の内側に組み付けられる。
ピストン本体32の外周面で、第1リング溝40よりも燃焼室28側には円筒面状のトップランド58が形成され、第1リング溝40と第2リング溝42との間には円筒面状のセカンドランド60が形成される。トップランド58とシリンダ16との間に筒状のトップランド空間62が形成され、セカンドランド60とシリンダ16との間に筒状のセカンドランド空間64が形成される。また、ピストン本体32の外周面で第2リング溝42とオイルリング溝44との間には円筒面状のサードランド66が形成される。トップリング34は、シリンダ16の内側にピストンリング付ピストン18が配置された状態で、外周部の上側がトップランド空間62を介して燃焼室28に対向する。
次に、トップリング34の形状を詳しく説明する。図3はトップリング34の外周部を示している図2のB部拡大図である。図3は、トップリング34の中心軸を含む平面についての断面形状を示している。トップリング34は、軸方向一方側端面である上端面70、軸方向他方側端面である下端面72、及び外周面74を有する。
外周面74は、シリンダ16に接する摺動面76と、摺動面76よりも燃焼室28側に形成される空隙形成面78と、摺動面76よりもクランク室24側に形成される第2空隙形成面80とを含む。摺動面76は、図3の矢印Wで示す範囲に形成され、実質上円筒面とみなされる程度に大きい曲率半径を有する円弧形の曲面で形成される。例えば摺動面76は、上下方向に1mmの範囲で考えた場合に、径方向に1〜3μm程度変化するような大きい曲率半径を有する。摺動面76は上下方向に平行な直線の断面形状を有する単なる円筒面としてもよい。
空隙形成面78は、燃焼室28側に向かってシリンダ16の内周面との間の幅が広がるように略テーパ状の曲線またはテーパ状の直線で形成される断面形状を有する。これによって、空隙形成面78は、シリンダ16の内周面(壁面)との間で断面三角形状の燃焼室側空隙82を形成する。
第2空隙形成面80は、クランク室24側に向かってシリンダ16の内周面との間の幅が広がるように略テーパ状の曲線またはテーパ状の直線で形成される断面形状を有し、下端面72に接続される。なお、後述の図11から図16で示す別例のように、第2空隙形成面80を省略して摺動面76を下端面72に接続される円筒面としてもよい。
また、シリンダ16の内側にピストンリング付ピストン18が配置された状態で、図3に示す断面形状において、空隙形成面78の曲率または傾きが燃焼室28側の端部(図3の上端部)で変化する位置を基準点P1と設定する。より具体的には、上記の断面形状において、空隙形成面78のうち、摺動面76側の単一円弧の曲線L1または直線が、曲率が異なる曲線L2または傾きが異なる直線と接続される、燃焼室28側の端部、すなわち接続点を基準点P1と設定する。「基準点P1」の意味には、上記の断面形状において、空隙形成面78の円弧または直線が、燃焼室28側の端部で別の直線または別の円弧に接続される接続点も含まれる。また、基準点P1は、異なる曲率の曲線L1,L2が接続される場合に変曲点となる。そして、基準点P1を用いて規定される主燃焼室側空隙の断面積Sと、シリンダの内径Dとの比S/Dを以下で説明するように規制する。すなわち、基準点P1からシリンダ16の内壁面に対し垂直な線(垂線)を引き、この垂線を上辺とする略三角形の断面の面積をSとする。なお、この垂線の長さが、後述する開口高さHである。
図3では、空隙形成面78のうち、摺動面76側の断面形状が単一の曲率半径Rを有する円弧の曲線L1であり、曲線L1が基準点P1で別の曲率半径を有する上側の円弧の曲線L2に接続される場合を示している。上側の曲線L2は上端面70に接続される。空隙形成面78は、上側の曲線L2で燃焼室28に向かって外径が急激に小さくなるので、空隙形成面78の上側の曲線L2に対応する部分とシリンダ16の内周面との間の空間は燃焼室28に向かって急拡大する。基準点P1は「面取り開始位置」とも呼ばれる。上側の曲線L2の代わりに、テーパ面を形成する上側の直線が形成されてもよい。この場合も、空隙形成面78の上側の直線に対応する部分とシリンダ16の内周面との間の空間は燃焼室28に向かって急拡大する。上側の曲線L2または直線を省略して、摺動面76に接続される円弧形の曲線L1または直線を直接に上端面70に接続してもよい。この場合、基準点P1は、空隙形成面78を形成する曲線L1または直線が上端面70に接続される接続点となる。
燃焼室側空隙82のうち、摺動面76の燃焼室側端縁Q1から基準点P1までの範囲で形成される主燃焼室側空隙の断面積S(図3の砂地で示す部分の面積)は、シリンダ16の内径Dに対して、S/D>0.00012mmの関係で規制される。これによって、後述のように断面積Sを内径Dとの関係で大きく確保でき、この断面積Sに対応する空間内にオイルを保持しやすくなる。これによって、燃焼室28へのオイルの飛散を低減できる。
さらに、シリンダ16の内側にピストンリング付ピストン18が配置された状態で、摺動面76の最大外周縁と基準点P1との間のトップリング34の径方向長さ、すなわちシリンダ16の内周面と基準点P1との間の径方向長さである開口高さHは、0.06mm未満である(H<0.06mm)。これによって、開口高さHが過度に大きくなることを防止できる。したがって、断面積Sに対応する空間内に保持されたオイルのうち、シリンダ16の内周面及びピストン18に接触しない面であり、変位が可能な自由表面を小さくして、オイルがシリンダ16の内周面のうち、トップリング34よりも上側に流出して付着するオイル流出を低減できる。
上記のように、ピストン本体32にトップリング34を組み付けた後、シリンダ16内側に組み付けた後の状態で、トップリング34の外周部は全周にわたって第1リング溝40(図2)の開口端から突出する。そして、トップリング34の外周部がシリンダ16に摺接するように、トップリング34の自由状態での外径が規制される。
このようなピストンリング付ピストン18によれば、燃焼室28へのオイルの飛散及びシリンダ16の内周面へのオイル流出を低減できる。
次にこの理由を詳しく説明する。自動車用のエンジン10では冷却水温、回転数、負荷などの運転条件について、広い範囲で使用されることを想定する必要がある。また、エンジン10の燃焼室28へ燃料噴射部から燃料噴霧を行う場合に、シリンダ16の内周面への燃料付着を抑制することが燃焼の安定化及び燃料消費量の低減の面から望まれる(以下、シリンダ16の内周面は「シリンダ壁面」という。)。
しかしながら、エンジン10で想定されるすべての運転条件に対してシリンダ壁面に燃料が付着することを完全に回避することは困難である。特に、筒内直接噴射式エンジンにおいてシリンダ壁面への燃料付着の抑制はかなり困難である。シリンダ壁面に燃料が付着すると、壁面上で潤滑に使用されるオイルと燃料とが混合状態となるため、オイルの見かけ上の厚さが大きくなり、ピストン18の往復移動時にトップリングによって燃料とともにオイルがかき上げられる。この場合、(1)燃焼室内へのオイルの飛散、または(2)シリンダ壁面へのオイルの流出が生じる場合がある。
特に、(1)のオイル飛散は、ピストン18が往復移動時のストロークの中央から上死点に向かう場合の上死点前90°〜20°のタイミングにおいて、ピストン18の移動速度が高いので、オイルがトップリング34により強く押し出されて燃焼室28内に液滴状に飛散しやすい。このタイミングにおいてはピストン18が減速状態にあるので、飛散したオイルはピストン18よりも上方に飛散することになる。
一方、(2)のオイルの流出について、ピストン18が上死点近傍の上死点前20°〜上死点後20°の範囲にある場合において、ピストン上昇時ではオイルに上向きに慣性力が作用する。また、ピストン下降時ではオイルに慣性力が働く方向と逆方向にピストンが移動する。この結果、オイルがピストン18に置き去りにされるようにトップリング34の外周部から上側に流出する。
このようなオイルの燃焼室28への飛散、またはシリンダ壁面への流出は、クランク室24側のオイルが燃焼室28側に運ばれて消費されるという「オイル上がり」につながり、オイル消費量が増加する要因となる。またオイルは、高分子の炭化水素、灰分などの難燃性成分を含有しているため、オイル上がりは燃焼室28内で堆積物が生成されたり、ノッキングのようにエンジン10の燃焼が不安定になるなどの不具合が生じる原因となる場合がある。
本実施形態によれば、主燃焼室側空隙の断面積Sをシリンダ内径Dとの関係で大きくしているので、トップリング34の外周面とシリンダ壁面との間に大きい燃焼室側空隙82を形成でき、トップリング34の外周部でかき上げられたシリンダ壁面上のオイルを燃焼室側空隙82で一時的に保持できる。これによって、(1)のオイルの飛散を低減できる。また、トップリング34の燃焼室側の開口高さHを小さくしているので、トップリング34の外周部上でのオイルの自由表面の面積を小さくすることができる。この結果、トップリング34の外周部からオイルが移動しにくくなるので、(2)のオイルの流出を低減できる。
図4は、本発明の効果を確認するために2種類のトップリング34を用いて本発明者が行った実験の結果を示しており、オイルの飛散発生率とクランク角度との関係、及び、オイルのシリンダ壁面への流出の発生率とクランク角度との関係を示している。図4では横軸にクランク角度を示し、縦軸にそのクランク角度における飛散または流出の発生率として、発生しやすさを表す発生頻度を示している。例えば発生率が0.30であれば100回の実験で30回飛散または流出が発生したことを意味する。
実験は、耐熱透明ガラスなどの透明材料製のシリンダブロックを有するエンジンの実験モデルで行い、実験の評価は複数のクランク角度におけるトップリング34の周辺部の油膜挙動を、後述の図8から図10で示すように可視化撮影して行なった。図4は、2種類のトップリング34として、トップリング34の外周面とシリンダ壁面との間の主燃焼室側空隙の断面積Sが比較的小さい第1例のトップリング34(図4の実線a)と、断面積Sが第1例よりも大きい第2例のトップリング34(図4の一点鎖線b)とを用いた場合を示している。図4で黒丸は第1例のトップリング34を用いた場合を、白抜きの三角形は第2例のトップリング34を用いた場合を示している。
図4の実験結果から、オイルの飛散及び流出の特性がトップリング34の形状に大きく依存することが分かる。第1例のトップリング34では、(1)のオイル飛散が発生しやすいが(2)のオイル流出は生じにくい。一方、第2例のトップリング34では、(1)のオイル飛散は生じにくいが(2)のオイル流出は生じやすい。
また、本発明者はトップリング34の形状について、主燃焼室側空隙の断面積Sと開口高さHとを種々変更して複数種類の実験モデルで実験を行なった。図5、図6は、その実験結果を示している。図5は、主燃焼室側空隙の断面積Sとシリンダ内径Dとの比S/Dと、飛散発生率との関係を示している。図6は、開口高さHと流出発生率との関係を示している。図5、図6の黒丸が実験例であり、曲線が実験例から得られた近似曲線である。
図5の実験結果から、主燃焼室側空隙の断面積Sが大きいほど(1)のオイル飛散を低減できることが分かり、図6の実験結果から、開口高さHが小さいほど(2)のオイル流出を低減できることが分かる。したがって、(1)(2)の両方の効果を得るためには、S/Dと開口高さHとをいずれも適切に規制する必要があることが分かる。
なお、図5ではシリンダ16の内径Dを考慮しているが、この理由は主燃焼室側空隙の断面積Sが同じ場合でも、シリンダ16の内径Dによって主燃焼室側空隙の容積が大きく変化する場合があるためと、シリンダ16の内径Dに応じて必要になる燃料の量が変化することでシリンダ壁面への燃料付着量が変化する場合が多いためとである。
図5、図6では、本実施形態で要求される条件であるS/D>0.00012mmと開口高さH<0.06mmとの2つの条件を満足する実験例を実施例1とし、2つの条件の少なくとも1つが満足されない実験例を比較例1,2としている。実施例1のS/Dは0.000256であり、開口高さHは0.04123である。比較例1のS/Dは0.0000324であり、開口高さHは0.010973である。比較例2のS/Dは0.073687である。
図5、図6の実験結果から分かるように、実施例1では飛散発生率及び流出発生率をいずれも小さく低減できた。一方、S/Dが本実施形態の条件よりも小さい比較例1ではトップリングの外周部とシリンダ壁面との間でのオイルの保持効果を得られず、飛散発生率が実施例1に比べてかなり高くなった。また、開口高さHが本実施形態の条件よりも大きい比較例2では、トップリングの上面でのオイルの自由表面が大きく、流出発生率が実施例1に比べてかなり高くなった。
図7は、本実施形態において、比較例との関係でノッキング発生率を示している。ここではエンジン10の燃焼の安定性についてノッキングの発生頻度で評価を行なった。ノッキング発生率は、実施形態のピストンリング付ピストンである実施例を用いて異なる運転条件1、2でノッキング発生率を比較例1に対する相対値として求めた。運転条件1はエンジン10の冷却水温が40℃の場合であり、運転条件2は冷却水温が60℃の場合であり、いずれも低温でノッキングが発生しやすい。比較例1は、図5、図6で説明した比較例1と同じである。
図7の実験結果から分かるように、実施例では比較例に比べてノッキング発生率を運転条件1,2のいずれでもかなり小さく低減できた。これによって、実施例ではオイルの飛散及び流出を低減できたことが推測される。
次に、図8から図10を用いて、オイルの飛散及び流出の状態を写真の模式図を用いて説明する。図8は、比較例1及び実施例1で透明なシリンダブロックを有するエンジンの実験モデルを用いて行った実験で、クランク角度が上死点前の−40°でオイルの飛散状態を撮影した場合のトップリング34の周辺部での油膜挙動の写真の模式図である。
比較例1及び実施例1は、図5、図6で説明したものと同じである。また、図8では、トップリング34を黒く塗りつぶしており、斜線部でトップリング34より下側を示している。図8(a)の比較例1では、トップリング34の外周面とシリンダ壁面との間の主燃焼室側空隙が小さいので、トップリング34の上側にオイルがあふれて、一部がトップリング34の上面よりも上側に粒状に飛散している。この場合、クランク角度が−40°と、上死点の前で比較的上死点から離れているので、ピストン速度が高くオイルを上側に強く押し出す状態となっている。
一方、図8(b)に示す実施例1では図8(a)とクランク角度が同じであるが、オイルの飛散は観察されない。この場合、実施例1の主燃焼室側空隙が大きいので、主燃焼室側空隙内にオイルが収まっていることが推測される。
図9は、比較例2及び実施例1で図8と同様に実験モデルを用いて行った実験で、クランク角度が上死点直後の+5°の場合にオイルの流出状態を撮影した場合のトップリング34の周辺部での油膜挙動の写真の模式図である。比較例2は、図6で説明したものと同じである。図9(a)の比較例2では開口高さHが大きいので、トップリング34の外周部上側のオイルの自由表面が大きく、オイルが上側に流出してシリンダ壁面に残留付着が発生している。
一方、図9(b)に示す実施例1では図9(a)とクランク角度が同じであるが、オイルの流出は観察されない。この場合、実施例1の開口高さHが小さいことにより、オイルの自由表面が小さくなるので、オイル流出が発生しないことが推測される。
このオイル流出について、図10を用いてさらに詳しく説明する。図10は、図9(a)と同様に比較例2で実験モデルを用いて行った実験で、クランク角度が(a)−5°、(b)0°、(c)+5°、(d)+10°のそれぞれでオイルの流出状態を撮影した場合のトップリング34の周辺部での油膜挙動の写真の模式図である。図10の(a)から(d)のそれぞれの写真は連続写真ではないため、オイルの挙動はつながらないが、クランク角度に応じたオイル挙動の違いは確認できる。
図10の写真の観察結果から分かるように、開口高さHが大きい比較例2の場合には、トップリング34の外周部上面に存在するオイルの自由表面が大きいので、上死点直前でピストンは大きく減速しているがオイルに作用する慣性力によって一部で上側に流出し、上死点に到達し、上死点から離れる場合に、上側に流出したオイルの一部が大きくなり、+10°のクランク角度でシリンダ壁面にオイルが残留して付着した状態となっている。
本実施形態によれば、図5から分かるようにS/Dを0.00012mmより大きくすることでオイルの飛散を低減でき、図6から分かるように開口高さHを0.06mm未満にすることでオイルのシリンダ壁面への流出を低減できる。
一方、上記の特許文献1から特許文献3では次のような不都合が生じる。まず、特許文献1では、ピストンリングの外周面にはテーパ面と円筒部との接続部に断面円弧形の曲面部を形成することが記載されているが、これはピストンリングの摩擦の低減を図るためである。このような特許文献1に記載された構成では、本実施形態のオイルの飛散及び流出を低減できる効果を得られない。
また、特許文献2に記載された構成では、ピストンリングの断面形状で外周面の曲率半径Rを、エンジンのシリンダ内径Dに対してR=1.18D〜1.35Dの関係に規制している。この場合、本発明の効果確認の実験で用いたエンジン用のトップリングをこの関係にしたがって設計した場合に、主燃焼室側空隙の断面積Sとシリンダ内径Dとの比S/Dは0.000026mmで、開口高さHは0.0057mmとなる。この場合、開口高さHは本実施形態の条件H<0.06mmを満足するが、S/Dは本実施形態の条件S/D>0.00012mmに対して5倍程度大きくしなければ、条件を満足する数値とならない。この理由の主な理由は、開口高さHが小さすぎることにある。このため、特許文献2に記載された構成では、オイルの飛散を低減できない。
また、特許文献3に記載された構成では、ピストンリングの外周面のラップ面とテーパ面との傾斜角度差が10分〜60分である。この構成では、ピストンリングの外周面とシリンダ内周面との接触面圧を高めることを目的としており、ピストンリングの外周面形状をシリンダ壁面に対して当たり面であるラップ面と、テーパ面との大まかに2つに分けている。このような構成は、特許文献1に記載された構成でテーパ面と円筒面との接続部の曲面の断面を数値限定した構成と同様になる。これによって、特許文献3に記載された構成では、主空隙断面積を特定する形状の規定がされていないので、オイルの飛散を低減する効果を期待できない。
さらに従来の一般的なセカンドリングにおいてテーパ面を持つ構成でテーパ角度を1〜3度に設定することにより本実施形態の条件を満足することも考えられる。しかしながら、シリンダ壁面に燃料が付着する場合に、セカンドリングではなくトップリングが最初にシリンダ壁面上の燃料に接触するため、セカンドリングの形状において、本実施形態のトップリングの形状の条件を満足していても本実施形態の効果は得られない。
以下、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34の別例の第1例から第6例を説明する。一般的に、自動車用エンジンに使用されるトップリング34の上下方向の幅は1.0〜1.5mmであり、さらにシリンダ内径Dはおよそ60〜100mmの範囲である。このことを勘案して、以下の各例の説明では、トップリング34の幅が1.2mmでシリンダ内径Dが80mmの場合について説明する。
[トップリングの別例の第1例]
図11は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第1例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、外周面74は、クランク室24側の摺動面76と、燃焼室28側の空隙形成面84とを含む。摺動面76は円筒状に形成され、空隙形成面84は、燃焼室28側に向かって外径が小さくなるように断面直線状に形成されるテーパ面である。この場合、空隙形成面84の断面形状が燃焼室28側の端部で変化する基準点P1は、上端面70との接続位置である。摺動面76の軸方向長さE1は、空隙形成面84の軸方向長さE2より小さい。
例えば、摺動面76の軸方向長さE1は0.2mmであり、空隙形成面84の軸方向長さE2は1.0mmである。この場合、本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から開口高さHを求めることができる。この場合、開口高さHは0.019mmであり、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。このため、図11の形状を用いて、開口高さHを0.019〜0.06mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。
[トップリングの別例の第2例]
図12は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第2例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、図11に示した別例の第1例において、摺動面76の軸方向長さE1と空隙形成面84の軸方向長さE2とを同じにしている。
例えば、摺動面76及び空隙形成面84の軸方向長さE1,E2はいずれも0.6mmである。この場合も本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から開口高さHを求めることができ、開口高さHは0.032mmであり、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。このため、図12の形状を用いて、開口高さHを0.032〜0.06mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。
図11の構成の場合、空隙形成面84の面積が過大になると、エンジン10の圧縮期間から膨張期間にわたる期間で空隙形成面84の外周側に回り込んだ筒内ガスの高い圧力によりトップリング34が内径側に縮む可能性があり、摺動面76とシリンダ壁面との接触圧力が低下する可能性がある。一方、本例の構成によれば、図11の構成に比べて空隙形成面84の長さが短く、空隙形成面84の面積が小さいので、このような接触圧力の低下を抑制できる。
[トップリングの別例の第3例]
図13は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第3例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、外周面74は、クランク室24側の摺動面76と、燃焼室28側の空隙形成面86とを含む。摺動面76は円筒状に形成され、空隙形成面86は単一の曲率を持つ断面円弧形の曲面である。摺動面76の軸方向長さE1は、空隙形成面86の軸方向長さE3より小さい。
例えば、摺動面76の軸方向長さE1は0.2mmであり、空隙形成面86の軸方向長さE3は1.0mmである。この場合、本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から空隙形成面86の曲率半径Rを求めることができ、曲率半径Rは17.5mmである。この場合、開口高さHは0.028mmと求められるので、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。一方、H<0.06mmを満足するHの最大値から曲率半径Rを求めることもでき、その場合の曲率半径Rは8.38mmである。これによって、本例の場合、曲率半径Rを8.38〜17.5mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。
本例の構成によれば、図11の構成と異なり、摺動面76に断面円弧形の空隙形成面86が接続される。このため、トップリング34の使用時の摺動面76の摩耗初期において摺動面76の軸方向長さE1が減少する程度は、摺動面76に断面直線の空隙形成面84が接続される図11の構成に比べて小さい。したがって、S/D及び開口高さHについて、摩耗による変化を小さくできるという利点がある。
[トップリングの別例の第4例]
図14は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第4例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、図13に示した別例の第3例において、摺動面76の軸方向長さE1と空隙形成面86の軸方向長さE3とを同じにしている。
例えば、摺動面76及び空隙形成面86の軸方向長さE1,E3はいずれも0.6mmである。この場合も本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から空隙形成面86の曲率半径Rを求めることができ、曲率半径Rは3.75mmである。この場合の開口高さHは0.048mmと求めることができるので、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。一方、H<0.06mmを満足するHの最大値から曲率半径Rを求めることもでき、その場合の曲率半径Rは3.03mmとなる。これによって、本例の場合、曲率半径Rを3.03〜3.75mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。
本例の構成によれば、図12の構成と異なり、摺動面76に断面円弧形の空隙形成面86が接続されるため、摺動面76の摩耗初期において摺動面76の軸方向長さE1が減少する程度は図12の構成に比べて小さい。このため、S/D及び開口高さHについて、摩耗による変化を小さくできるという利点がある。
[トップリングの別例の第5例]
図15は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第5例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、図11に示した別例の第1例の構成において、外周面74は、燃焼室28側に設けられ摺動面76の直径よりも小径の円筒面である空隙形成面88と、摺動面76及び空隙形成面88を接続する円形の段差面である第2空隙形成面90とを含む。摺動面76の軸方向長さE1は、空隙形成面88の軸方向長さE4より小さい。
例えば、摺動面76の軸方向長さE1は0.2mmであり、空隙形成面88の軸方向長さE4は1.0mmである。この場合、シリンダ壁面と空隙形成面88との間には、断面矩形の円筒状空間が形成される。この場合、本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から開口高さHを求めることができる。この場合の開口高さHは0.0096mmであり、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。このため、図15の形状を用いて、開口高さHを0.0096〜0.06mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。
本例の構成によれば、図11の構成に比べて、開口高さHの選択可能な範囲の下限を1/2程度に小さくできるので、シリンダ内径Dが小さいエンジン10に適用しやすいという利点がある。
[トップリングの別例の第6例]
図16は、本実施形態のピストンリング付ピストン18に組み込んだトップリング34において、別例の第6例を示している図3に対応する図である。本例のトップリング34では、図15に示した別例の第5例において、摺動面76の軸方向長さE1と空隙形成面88の軸方向長さE4とを同じにしている。
例えば、摺動面76及び空隙形成面88の軸方向長さE1,E4はいずれも0.6mmである。この場合も本実施形態で要求される条件のS/D>0.00012mmを満たすS/Dの最小値から開口高さHを求めることができ、開口高さHは0.016mmであるので、本実施形態で要求される条件のH<0.06mmを満足する。このため、図16の形状を用いて、開口高さHを0.016〜0.06mmの範囲から任意に選択された値を用いて、ピストンリング付ピストン18を形成できる。この場合、図12の構成に比べて、開口高さHの選択可能な範囲の下限を1/2程度に小さくできるので、シリンダ内径Dが小さいエンジン10に適用しやすいという利点がある。
なお、図11から図16に示したトップリング34の別例の第1例から第6例において、図3の構成と同様に、トップリング34の燃焼室側端部に上端面70と接続される断面円弧状の曲面または直線状のテーパ面を摺動面76側の空隙形成面84,86,88とは別に形成してもよい。
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態及び数値で実施し得ることは勿論である。例えば、上記では、ピストン本体にトップリング、セカンドリング、及びオイルリングの3つが装着される場合を説明したが、ピストンリング付ピストンは、ピストン本体の外周面にトップリング及びオイルリングの2つのみがピストンリングとして装着されるものでもよい。また、ピストンリング付ピストンは、ピストン本体の外周面に、上記で説明したトップリングと同様の形状のピストンリングが1つのみ装着されるものでもよい。いずれにしても、ピストンリング付ピストンには、内燃機関のシリンダ内側に配置された状態で燃焼室に対向するピストンリングがリング溝に配置され、そのピストンリングの形状が上記で説明したように規制されればよい。