JP6233339B2 - 有機被覆重防食鋼材 - Google Patents

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本発明は、地中、河川中および海洋中、あるいは海浜地域のような腐食環境の極めて厳しい条件下で用いられる耐陰極剥離性に優れた有機被覆重防食鋼材に関し、特に電気防食と併用される鋼管、鋼管杭、鋼矢板および鋼管矢板等の用途に供して好適なものである。
土中、河川および海洋等で用いられる鋼管、鋼管杭、鋼管矢板および鋼矢板等の鋼構造部材には、50年程度にわたる長期の耐食性を付与することを目的として、ポリオレフィン樹脂やウレタンエラストマーを被覆した、いわゆる有機被覆重防食鋼材が用いられてきた。有機被覆重防食鋼材は、優れた防食性および耐食性を保持することが重要な役割であり、かかる性能を長期間にわたって保証するため、個々の機能に特化した被覆層を多層にわたって積層することが行われてきた。
例えば、ウレタンエラストマーを被覆した重防食鋼材としては、素地鋼材側から順に、素地鋼材に直接施される非常に薄い化成処理層、10〜100μm厚さの接着剤層、そして最も厚い1〜5mm程度の防食層の組み合わせが挙げられる。また、ポリオレフィン樹脂を被覆した重防食鋼材としては、素地鋼材側から順に、素地鋼材に直接施される非常に薄い化成処理層、10〜100μm厚さのエポキシ系接着剤層、100〜500μm厚さのポリオレフィン系接着層、そして最も厚い1〜5mm程度の防食層の組み合わせが挙げられる。
この場合、ポリオレフィン樹脂やウレタンエラストマーから成る最上層の防食層が腐食因子の遮断と機械的な耐衝撃性の確保に、また接着剤層が鋼材への密着性の確保に、そして最下層の化成処理層が接着剤層と鋼材との耐水二次密着性の確保にそれぞれ大きく寄与している。
しかしながら、近年、各種有機被覆重防食鋼材が広く世の中に普及するにつれ、港湾施設の代表的な期待耐用年数である50年に対し、20年程度の防食耐久寿命しか有しないことが明らかになってきた。
即ち、最上層の防食層は、その安定的な化学構造に加え、さらに耐候剤としてカーボンブラックを配合することにより、材料として50年程度の材料寿命を有するものと考えられる。にもかかわらず、実際には、20年程度で鋼材と被覆層の界面に進入した水や酸素等の腐食因子によって被覆層全体が剥離し、被覆層による防食性能が全く期待できなくなる事態が生じていた。
特に、以下に述べるように、重防食鋼材に電気防食(カソード防食法)を併用した場合には、被覆層の剥離が顕著に見受けられた。
鋼矢板、鋼管杭およびラインパイプ等は、被覆層に鋼面に達する傷が生じた場合の鋼材の集中腐食を防ぎ、数十年以上の長期にわたって防食するため、有機被覆による防食と併用して、カソード防食法が適用される。すなわち、万が一、施工の際に有機被覆に素地鋼材にまで達する疵がついた場合でも、鋼材はカソード防食の効果によって防食される。また、鋼管杭や鋼矢板については、朔望平均干潮面の1m下から海上大気部にかけてのみ重防食被覆を行い、海中部は電気防食を適用することによりコストを削減する例も見られ、有機被覆重防食鋼材への電気防食の併用は産業上有用な防食手法である。
その反面、有機被覆層は、カソード防食に由来する防食電流によって剥離速度が加速される。この現象は、防食電流によって被覆層を透過した酸素が還元されてアルカリが発生し、このアルカリのために樹脂被覆層の剥離が発生する、いわゆる「陰極剥離」として知られているものである。
ここで、「カソード防食法」とは、鋼材の電位を腐食が生じる電位よりも卑な電位に下げて、不変態領域の電位とする防食法を意味し、具体的には犠牲アノードを用いる方法と強制通電による方法がある。
上記した陰極剥離現象は、電気防食併用時に顕著に見られる現象ではあるが、必ずしも電気防食併用時に特有の現象ではない。すなわち、電気防食を施さない素地鋼材の表面の一部が露出した有機被覆重防食鋼材を海水中に浸漬した場合には、露出した素地鋼材表面で鉄が溶出するアノード反応が起こり、露出部に近接した有機被覆層下の素地鋼材表面において酸素が還元されるカソード反応が起こる。その結果、有機被覆層下の素地鋼材表面でアルカリの蓄積が起こり、電気防食併用時よりは進展速度が遅いものの、同様の陰極剥離現象が起こる。
なお、電気防食と有機被覆重防食を併用した際の陰極剥離部位については、常に海水中に漬かっている部位については電気防食によって防食される。しかしながら、鋼材露出面積の増加によって犠牲アノードの消費が早くなるだけでなく、剥離した被覆層が潮の干満によって繰返し応力を受け、接着している樹脂被覆層のさらなる剥離の起点となるため、樹脂被覆層の陰極剥離は好ましくない。また、有機被覆重防食に電気防食を併用しない場合には、陰極剥離によって樹脂被覆層が剥離した部位は全く防食されず速やかに腐食が進行するので、やはり樹脂被覆層の陰極剥離は好ましくない。
そこで、有機被覆重防食鋼材の陰極剥離を抑制することを目的として、例えば、以下に述べる種々の技術が提案されている。
特許文献1に記載の技術は、鋼材の表面に、Fe,PおよびVを含む酸化物層を形成し、この酸化物層上にシランカップリング剤層を形成し、さらにこのシランカップリング剤層上に有機樹脂層を被覆することにより、耐陰極剥離性に優れた有機樹脂被覆鋼材を得るものである。この内、鋼材表面に形成する酸化物層は、鋼材表面を擬似不働態化することにより鋼材表面における電気化学反応を抑制する機能を有している。また、その上のシランカップリング剤層は、接着性に乏しい酸化物層と樹脂層の接着を補助する助剤としての機能を有している。ここで、鋼材と被覆層との間で発現する接着力は、鋼材/酸化物層の界面における酸・塩基結合であると考えられる。
以下に、酸・塩基結合に基づく接着力発現メカニズムについて説明する。
プロトンの授受及び放出が可能な官能基を有する物質は固有の等電点を有しており、等電点より酸性側の環境ではプロトンを受け取って正に帯電し、等電点よりアルカリ側の環境ではプロトンを放出して負に帯電する。大気中に暴露された鉄の表面はごく薄い鉄酸化層で覆われており、さらにその最表面は水酸化(Fe-OH)されているので、プロトンの受容と放出が可能であり、その等電点はおおよそpH7と考えられる。
同様に、鋼材表面に形成するFe、PおよびVを含む酸化物層中に含有されるVは、バナジン酸塩の状態で存在し、その等電点はおおよそpH2と考えられる。したがって、鋼材表面と上記酸化物層との間の接着力は、鉄表面が負に帯電(プロトンを放出)し、同時に酸化物層に含有されるバナジン酸塩が正に帯電(プロトンを受容)することによって発生する引力に起因すると考えられる。
ここで、被覆層の近傍で鋼材面が何らかの原因で腐食環境に露出した場合、Fe、PおよびVを含む酸化物層によって鋼材表面が擬似不働態化しているとはいえ、被覆層下でのカソード反応の発生を完全に止めることはきわめて困難である。その結果、発生したアルカリの蓄積により、pHが12程度以上に上昇し、それぞれの等電点よりアルカリ側の環境であるため、鋼材表面およびバナジン酸が共にプロトンを放出して負に帯電し、鉄/酸化物層界面の接着力が失われる。
したがって、特許文献1に記載の技術では、有機被覆重防食鋼材の陰極剥離の進展速度をある程度抑えることは可能であるものの、平衡状態としては剥離することが安定状態であるため、充分な耐久性が得られない。
なお、鋼材表面に化成処理を行わず、直接接着剤層を積層した場合でも、鋼材/接着剤層間で形成される結合は、鋼材表面の鉄水酸化物と樹脂に含有される極性基との酸・塩基結合であるため、前述と同様のメカニズムで陰極剥離が進展する。
一方、特許文献2に記載の技術は、有機被覆重防食鋼材の接着剤層に適用するエポキシ系粉体塗料が、エポキシ当量:500〜2500 g/eqのビスフェノールF型固形エポキシ樹脂(A)と、フェノール性水酸基が300〜800 g/eq、軟化点が70〜120℃の末端ビスフェノールF型フェノール系硬化剤(B)、イミダゾール系硬化促進剤(C)及び無機顔料(D)とからなる粉体塗料組成物であって、エ ポキシ樹脂(A)のエポキシ基1当量当たり、硬化剤(B)のフェノール性水酸基が0.6〜1.0当量で、硬化促進剤(C)がエポキシ樹脂に対して0.2〜5質量%の割合であり、無機顔料(D)が、酸化チタン(a)を必須として、亜リン酸亜鉛(b)、リン酸亜鉛(c)、モリブデン酸アルミ(d)の内の少なくとも1種を含み、無機顔料(D)の合計が粉体塗料組成物中に5〜40質量%含有することを特徴とする有機被覆重防食鋼材である。
本技術は、プライマー層の水および酸素透過度の抑制と残留応力の低減を両立させることにより、有機被覆重防食鋼材の密着耐久性を向上させるものである。しかしながら、鋼材/被覆層間の接着力の発現機構が、上記した酸・塩基結合に基づいている限りは、平衡状態としては剥離することが安定状態であるため、充分な耐久性が得られないことは自明であり、根本的な解決手段とはならない。
特開2005-126744号公報 特開2007-314762号公報
本発明の目的は、従来の酸・塩基結合を主体とした鋼材/被覆層の接着力の発現機構とは異なる接着機構を導入することにより、長期にわたって陰極剥離の進展を抑制することができる有機被覆重防食鋼材を提供することにある。
さて、発明者らは、上記課題の解決に向けて鋭意研究を重ねた。
その結果、従来の酸・塩基結合に代えて、鉄/被覆層界面に疎水性相互作用に基づく接着力を導入することにより、鋼材界面のpHに依存することなく長期にわたって接着力を維持できるとの知見を得た。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
該化成処理層が、水と、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを含有する処理液を鋼材面に塗布し、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得たものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
2.鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
該化成処理層が、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを含有する蒸気に鋼材面を曝した後に、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得たものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
3.鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
該化成処理層が、水と、少なくとも水素原子の一つがフッ素原子で置換された直鎖アルキル基を1つ以上有するアルコキシシランを含有する処理液を鋼材面に塗布し、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得たものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
4.鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
該化成処理層が、少なくとも水素原子の一つがフッ素原子で置換された直鎖アルキル基を1つ以上有するアルコキシシランを含有する蒸気に鋼材面を曝した後に、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得たものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
5.前記有機防食層が、厚み:1〜5mmのポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂あるいはウレタンエラストマーからなることを特徴とする前記1または2に記載の有機被覆重防食鋼材。
6.前記有機防食層が、厚み:1〜5mmのフッ素樹脂からなることを特徴とする前記3または4に記載の有機被覆重防食鋼材。
本発明によれば、有機被覆重防食の陰極剥離の進展を長期に渡って抑制することができ、河川や海岸適用する建材の腐食に対する耐久性の向上に寄与し、産業上格段の効果を奏する。
本発明の一実施形態における有機被膜重防食鋼材の断面形状を示す模式図である。
以下、本発明を具体的に説明する。
図1に、本発明の有機被覆重防食鋼材10の断面構造を模式的に示す。本発明では、素地鋼材11の表面に、化成処理層12を形成後、有機防食層13を順次形成するが、化成処理層12が発揮する疎水性相互作用によって有機防食層13との間に長期的な密着耐久性を確保したところに特徴がある。
以下に、その詳細を説明する。
(1)鋼材
本発明において、使用される鋼材の種類は特に限定されず、従来公知の鋼材を使用することができる。例えば、鋼管杭、鋼管矢板および鋼矢板等に適用される軟鋼や鋼強度鋼あるいは低合金鋼等は好適に使用することができる。なお、鋼材の表面は、均一な化成処理が可能であるように、充分に脱脂することが重要である。脱脂手法は特に限定しないが、例えば強アルカリや有機溶剤による脱脂が挙げられ、水洗後、直ちに乾燥させることが重要である。また、上記した脱脂手法の代替として、酸洗やブラストによる黒皮の除去を実施してもかまわない。さらに、化成処理が効率良く実施できるように、脱脂した鋼材表面に予め水蒸気プラズマ処理を施し、鋼材表面に充分な濃度の水酸基を生成させておくことは有利である。
(2)化成処理層
本発明では、この化成処理層に特徴がある。すなわち、鋼材の表面に、水と直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを混合した処理液を塗布し、水で洗浄した後に、50〜200℃に加熱する化成処理を施すことが重要である。
ここに、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランとは、Si原子にメトキシやエトキシ等のアルコキシが1〜3結合し、さらに直鎖アルキル基が結合したものである。直鎖アルキル基の炭素数は特に限定しないが、例えば2〜30、好ましくは3〜16が好適である。化成処理液に対する直鎖アルキル基を有するアルコキシシランの濃度は、0.05〜5mass%とすることが好ましく、0.1〜1mass%がより好ましい。0.05mass%未満の濃度では、化成処理としての効果が期待できず好ましくない。一方、5mass%を超える濃度の場合には、直鎖アルキル基を有するアルコキシシラン同士の自己縮合反応が起こるため、溶液のゲル化による鋼材表面への実質的な化成処理が困難になるだけでなく、密着耐久性向上の効果が大幅に減じるため、好ましくない。なお、溶媒としての水中に、加水分解したアルコキシシランの溶液安定性を向上させるため、酢酸や水酸化ナトリウム等を添加してpH3〜11の範囲に調整することは有効な手段である。
また、本発明では、鋼材表面に化成処理層を施す手段として、前述の化成処理液を塗布する以外に、アルコキシシランあるいはアルコキシシランを有する溶液を加熱することによってアルコキシシランを含有する蒸気を発生させ、これに鋼板表面を曝して、鋼板表面にアルコキシシランを吸着させ、前記と同様な水洗および加熱する過程を経て、化成処理することも可能である。アルコキシラン溶液を用いる場合には、水酸基を有しない有機溶剤であれば何でも良く、例えば、トルエンやヘキサン、デカン等が上げられる。またその際に調整するアルコキシシランの濃度は、下限は0.05mass%、上限はアルコキシシランの飽和溶解度の範囲が好ましい。
さらに、本発明では、上記した化成処理液に添加する直鎖アルキル基を有するアルコキシシランの代替として、フッ素原子で置換されたアルキル基を用いることもできる。ここで、「フッ素原子で置換されたアルキル基」とは、Si原子にメトキシやエトキシ等のアルコキシが1〜3結合し、さらにアルキル基に含まれる水素原子の1個または2個以上が、フッ素原子で置換されている直鎖アルキル基が結合したものである。フッ素原子で置換された炭化水素は、置換されていない炭化水素に比べて疎水性が高い。そのため、フッ素原子で置換されたアルキル基を有するアルコキシシランを用いることにより、より高い疎水性を鋼材表面に付与することができる。そして、その結果として、後述する疎水性相互作用による接着力を、より効果的に得ることができる。アルキル基1つあたりのフッ素原子の数は特に限定されず、1置換のもの(モノフルオロアルキル基)から、すべての水素原子がフッ素で置換されたもの(パーフルオロアルキル基)まで、いずれのものも使用することができる。
なお、本発明において、化成処理層の付着量は特に限定されないが、単分子層とすることがより好ましい。
また、上記の化成処理液には、化成処理性や化成処理層の特性を損なわない限りにおいて、各種の添加剤を含有させることができる。例えば、シリカ、各種シリケート、各種シランカップリング剤、各種チタネート、および各種アルミネート等を添加してもよい。
鋼材表面を化成処理液で覆った後に、余分な溶液を水で洗浄し、余分なアルコキシシランやシラノールを洗い流さなければならない。必要以上のアルコキシシランやシラノールが鋼材表面に残留すると、シラノール基同士が自己縮合反応を起こし、化学的に脆弱な層を形成し、陰極剥離の起点になるからである。なお、洗浄液としては、水を用いることが必須である。この点、メタノールやn−デカン、トルエン等の有機溶剤を使用することは、鋼材表面に吸着したアルコキシシランやシラノールを洗い流す点で好ましくない。
鋼材表面を洗浄した後に、鋼材を50〜200℃に加熱することが重要である。この工程によって、鋼材表面に存在するシラノール基が、鋼材表面のFe-OHと脱水縮合を起こし、Fe-O-Siからなる化学結合が形成され、鋼材表面が直鎖アルキル基または末端にF原子を有するアルキル基で覆われるため、疎水性を示すようになる。焼付け温度が50℃未満の場合には、上記脱水反応が充分に起こらないため、好ましくない。一方、焼き付ける温度が200℃を超える場合には、鋼材表面を修飾した有機分子が熱分解するため好ましくない。
(3)有機防食層
腐食環境から進入する腐食因子を遮断するため、化成処理を施した鋼材表面を有機樹脂からなる防食層で覆う。かかる有機防食層としては、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを含有する化成処理液を施した場合には、ポリオレフィン樹脂、ウレタンエラストマーあるいはフッ素樹脂が好ましい。一方、フッ素原子を1つ以上有するアルコキシシランを含有する化成処理液を施した場合には、フッ素樹脂が好ましい。有機防食層の厚みとしては、いずれも1〜5mmが好ましい。厚みが1mm未満の場合には、腐食因子の遮断機能が不十分であるため、密着耐久性に劣る。一方、厚みが5mmを超える場合には、有機防食層に発生する残留応力が増大するため、密着耐久性がむしろ低下するので好ましくない。
なお、この有機防食層には、各種公知の添加剤が含まれていてもよい。かかる添加剤としては、例えば、無機充填材、酸化防止剤、紫外線吸収剤、耐候性を付与するための着色顔料(カーボンブラック等)などが挙げられる。また、有機防食層中における添加剤の含有量は、30質量%以下とすることが好ましく、20質量%以下とすることがより好ましい。
なお、従来の酸・塩基結合を用いて鋼材に被覆層を接着する技術では、鋼材に防食層としてウレタンエラストマーやフッ素樹脂を適用する場合には、その下層に化成処理層に加えてエポキシ系、ウレタン系あるいはフッ素系接着剤層が必須であった。また、鋼材に防食層としてポリオレフィン樹脂を適用する場合には、その下層に化成処理層に加えてエポキシ系接着剤層と接着性ポリオレフィン層が必須であった。鋼材表面が親水性を有するのに対し、防食は疎水性を示すため、直接には接着しないからである。
この点、本発明では、鋼材表面を特定の化成処理によって疎水化し、疎水性相互作用に基づく接着力を鋼材/有機防食層界面に導入しているので、接着剤層や接着性ポリオレフィン層を省略することが可能となる。
次に、本発明の有機被覆重防食鋼材が、従前の技術と比して格段の耐陰極剥離性を有する理由について、以下に説明する。
本発明で開発した有機被覆重防食鋼材を海洋環境に適用した場合、当然のことながら、腐食因子である酸素および水が外部環境から有機防食層を透過して有機被覆層下の鋼材面に到達する。その場合、前述したカソード反応が起こり、アルカリが発生、蓄積する。既に述べたように、従前の酸・塩基結合に基づく接着では、高アルカリ環境下では鋼材表面と化成処理表面、あるいは樹脂表面が共にプロトンを放出して負に帯電するため、必ず結合が切れ剥離していた。これに対し、本発明の疎水性相互作用に基づく接着では、正負の帯電に由来する接着機構でないため、鋼材界面のpHに寄らず一定の接着力を保持し、その結果、陰極剥離の進展が大幅に減じるのである。
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。本発明の実施形態は、本発明の趣旨に適合する範囲で適宜変更することが可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に包含される。
(有機被覆重防食鋼材の作製)
100×100×6mmtの鋼板を用意し、その表面にプラスト処理を行って除錆した。ブラスト処理後の鋼板の表面荒さはRz(十点平均粗さ)で30μmであった。
ついで、上記の鋼板の表面に種々の化成処理を施して、化成処理層を形成した。用いた化成処理液の組成と、加熱温度、さらには処理方法を表1および表2に示す。なお、表2に記載の処理No.15は、ブラスト処理を施した鋼板上にクロメート処理を300 mgCr/m2相当になるよう塗布し、120℃で焼き付けたものである。
Figure 0006233339
Figure 0006233339
次に、上記の化成処理層の表面に有機樹脂を用いた防食層を形成した。形成した有機防食層の種類を表3に示す。 表3に記載中の試料No.1〜9および14〜16については、化成処理層の上層に、100×100×3mmtのポリエチレンフィルムを積層し、圧力1kgf/cm2、温度180℃の条件で10分間圧着して有機防食層とした。圧着後のポリエチレン層の膜厚は2mmであった。
一方、表3に記載中の試料No.10〜13については、化成処理層の上に、非黄変性のポリイソシアネートを硬化剤として用いた2液型のフッ素樹脂を3mm被覆して有機防食層とした。
なお、表3に記載中の試料No.17,18については、前記クロメート処理を施した鋼板に、ビスフェノールA型エポキシ樹脂と脂環式ポリアミンからなるエポキシプライマー層を、乾燥後の層厚が30〜50μmになるよう塗布し、鋼材温度が150℃なるように電気炉を用いて加熱してゲル化させた。ついで、No.17については、このエポキシプライマー層上に、100×100×0.5mmtの無水マレイン酸変性ポリエチレンフィルムと、100×100×3mmtのポリエチレンを圧着した。また、No.18については、エポキシプライマー層上に、非黄変性のイソシアネートを硬化剤として用いた2液型のフッ素樹脂を3mm被覆した。なお、圧着後の無水マレイン酸変性ポリエチレン層の層厚は200〜300μm、ポリオレフィン防食層の層厚は2mmであった。また、フッ素樹脂の膜厚は3mmであった。
Figure 0006233339
(耐陰極剥離性の評価)
以上のようにして得られた、化成処理層と有機防食層を有する被覆鋼板の耐陰極剥離性を、次の方法により評価した。
まず、試験片となる被覆鋼板の中央部に、鋼面に達する直径6mmの人工欠陥をボール盤で作製した。次に、試験片の4端面を研磨した後、樹脂被覆されたリード線を前記4端面のうちの一の端面にアルミリベットを用いて取り付けた。アルミリベット部をエポキシ系の接着剤でシールした後、全ての試験片について、裏面(防食層で被覆されていない素地鋼材表面)と端面をシリコンシーラントでシールした。
ついで、シーラントが完全に乾燥させたのち、試験片を、60℃の3mass%NaCl水溶液に60日間浸漬させた。溶存酸素濃度の影響を一定とするため、前記NaCl溶液には、試験期間中、一定の流量で空気を吹き込んだ。また、前記浸漬中は、カソード防食の状態を再現するために、リード線の片端をポテンシォスタットに接続し、白金電極を対極として、−1.5V vs SCEの電位になるように、人工欠陥部の露出した鋼面に電圧を印加した。
上記の試験片を60日間浸漬した後に取り出し、防食層を強制的に剥離させ、人工欠陥部の端面から鋼面が露出した距離をノギスで測定した。なお、この剥離作業にて鋼面が露出した領域は、樹脂被覆層の密着性が失われているため、実質的な防食性能はもはや期待できない部位であり、この露出距離が短いほど良好な耐陰極剥離性を有すると判定できる。
作製した有機被覆重防食鋼材の評価結果を表3に併記する。
本発明の化成処理を施した試料No.1〜11の有機被覆重防食鋼材については、陰極剥離距離が4mm以下と良好な性能を示した。
これに対し、従前のクロメート処理を施した試料No.17および18の場合は、陰極剥離距離14mm程度と劣っていた。また、本発明の化成処理液を塗布した後に有機溶剤で洗浄した試料No.12〜14、ならびに、塗布した化成処理液を水で洗浄した後に50℃未満あるいは200℃を超えた温度に加熱した試料No.15および16の場合は、耐陰極剥離性が劣っていた。
本発明記載の有機被覆重防食鋼材は、耐食性を付与する有機樹脂被覆層の、特に電気防食を併用する際の密着耐久性を飛躍的に向上させることにより、港湾や土中で使用する土木鋼材の耐久性向上に資するものである。
10 被覆鋼材
11 鋼材
12 化成処理層
13 有機防食層

Claims (6)

  1. 鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
    該化成処理層が、水と、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを含有する処理液を鋼材面に塗布し、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得た、疎水性相互作用に基づく密着力を有するものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
  2. 鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
    該化成処理層が、直鎖アルキル基を有するアルコキシシランを含有する蒸気に鋼材面を曝した後に、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得た、疎水性相互作用に基づく密着力を有するものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
  3. 鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
    該化成処理層が、水と、少なくとも水素原子の一つがフッ素原子で置換された直鎖アルキル基を1つ以上有するアルコキシシランを含有する処理液を鋼材面に塗布し、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得た、疎水性相互作用に基づく密着力を有するものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
  4. 鋼材の表面に、化成処理層と有機防食層をそなえる防食鋼材であって、
    該化成処理層が、少なくとも水素原子の一つがフッ素原子で置換された直鎖アルキル基を1つ以上有するアルコキシシランを含有する蒸気に鋼材面を曝した後に、水で洗浄後、50〜200℃に加熱する化成処理を施して得た、疎水性相互作用に基づく密着力を有するものであることを特徴とする有機被覆重防食鋼材。
  5. 前記有機防食層が、厚み:1〜5mmのポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂あるいはウレタンエラストマーからなることを特徴とする請求項1または2に記載の有機被覆重防食鋼材。
  6. 前記有機防食層が、厚み:1〜5mmのフッ素樹脂からなることを特徴とする請求項3または4に記載の有機被覆重防食鋼材。
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