しかしながら、特許文献1、2に記載されたブローチのように粗加工切刃部の切刃のみに硬質皮膜がコーティングされて、仕上げ加工切刃部においては切刃に表面処理が何等施されていないものは勿論、特許文献3に記載されたブローチのように仕上げ加工切刃部の切刃表面に酸化処理または/および窒化処理が施されたものでも、加工寸法は安定するにしても、耐摩耗性は十分ではなく、この仕上げ加工切刃部における切刃の摩耗によって工具寿命が早期に費えるおそれがある。
ここで、例えば仕上げ加工切刃部がブローチ本体と別体のシェル部に形成されて着脱可能とされた組み立て型のブローチでは、このように仕上げ加工切刃部の切刃に摩耗が生じたときにはシェル部を交換すればよいが、特許文献1〜3に記載されたような一体型のブローチでは仕上げ加工切刃部だけを交換することはできず、再研磨を施して再研磨代が無くなったならブローチ本体ごと廃棄しなければならなかった。
本発明は、このような背景の下になされたもので、仕上げ加工切刃部における加工精度を確保しつつ耐摩耗性の向上を図って工具寿命を延長することが可能なコーティングブローチ、およびその製造方法を提供することを目的としている。
上記課題を解決して、このような目的を達成するために、本発明のコーティングブローチは、長手方向に延びるブローチ本体の先端側外周部に複数の粗加工切刃が突出して上記長手方向に向けて並んだ粗加工切刃部が設けられるとともに、この粗加工切刃部よりも後端側の上記ブローチ本体外周部には複数の仕上げ加工切刃が突出して上記長手方向に向けて並んだ仕上げ加工切刃部が設けられ、上記粗加工切刃部においては、上記複数の粗加工切刃の突出方向の高さが上記長手方向後端側に向かうに従い高くされるとともに、上記仕上げ加工切刃部においては、上記複数の仕上げ加工切刃の突出方向の高さは等しく、突出方向と上記長手方向とに交差する厚さ方向の厚みが上記長手方向後端側に向かうに従い厚くされていて、上記粗加工切刃と仕上げ加工切刃の表面には硬質皮膜がコーティングされており、上記仕上げ加工切刃にコーティングされた上記硬質皮膜の膜厚が、上記粗加工切刃にコーティングされた上記硬質皮膜の膜厚よりも薄くされていることを特徴とする。
従って、このように構成されたコーティングブローチでは、切り込み量が大きくて作用する負荷も大きい粗加工切刃部の粗加工切刃に、膜厚の厚い硬質皮膜がコーティングされているので、このような大きな負荷に対しても十分な耐摩耗性を確保することができる。また、仕上げ加工切刃部の仕上げ加工切刃にも、粗加工切刃の表面にコーティングされた硬質皮膜より膜厚は薄いものの硬質皮膜がコーティングされており、この仕上げ加工切刃部に作用する負荷は切り込み量が小さいために粗加工切刃部よりも小さいので、このような負荷に対しては十分な耐摩耗性を与えることができる。
その一方で、このように仕上げ加工切刃にコーティングされた硬質皮膜は、その膜厚が粗加工切刃よりも薄くされているため、膜厚の不均一等による影響が少なく、最終的に被削材の加工寸法を決定する仕上げ加工切刃部において仕上げ加工切刃に硬質皮膜をコーティングしたことによる切刃精度の低下を抑えることができ、加工精度を確保することができる。また、このように膜厚が薄いことから、仕上げ加工切刃にコーティングされた硬質皮膜の剥離も防止して、一層の耐摩耗性の向上を図ることができる。
ここで、上記粗加工切刃部における硬質皮膜の膜厚は、該粗加工切刃部における上記長手方向の最先端の粗加工切刃から後端側に5つまでのそれぞれの粗加工切刃のブローチ本体外周側を向く突端面において、各粗加工切刃のすくい面から後端側に1mmの位置の平均膜厚として2.0μm〜5.0μmの範囲内であるのが望ましい。粗加工切刃部においては、被削材に食い付いて切り込まれ始めるブローチ本体の長手方向先端側の所定数の粗加工切刃に作用する負荷が大きく、これらの先端側の粗加工切刃のブローチ本体外周側を向く突端面において、再研磨代を考慮してすくい面から後端側に1mmの位置での平均膜厚が上記範囲であれば、その耐摩耗性を十分に確保することができる。
すなわち、これら粗加工切刃部の最先端から後端側に5つの粗加工切刃の突端面の上記位置における平均膜厚が2.0μm未満であると、被削材への食い付きにより大きな負荷が作用するこれらの粗加工切刃の耐摩耗性を十分に確保することができなくなるおそれがある。その一方で、逆にこの位置における硬質皮膜の膜厚が5.0μmを上回るほど厚いと、食い付き時の衝撃によって硬質皮膜が剥離してチッピングを誘発し、却って安定した工具寿命を得ることができなくなるおそれが生じる。
また、上記仕上げ加工切刃部においては、そのブローチ本体後端側の所定数の仕上げ加工切刃によって被削材の加工精度が決定されることになる。このため、該仕上げ加工切刃部では、やはり再研磨代を考慮して、その最後端の上記仕上げ加工切刃から5つまでのそれぞれの上記仕上げ加工切刃のブローチ本体外周側を向く突端面において、各仕上げ加工切刃のすくい面から後端側に1mmの位置の上記硬質皮膜の膜厚が、平均膜厚として0.3μm〜1.5μmの範囲内であることが望ましい。
すなわち、これら仕上げ加工切刃部の最後端から先端側に5つの仕上げ加工切刃の突端面の上記位置における硬質皮膜の膜厚が平均で0.3μm未満であると、やはり必要な耐摩耗性を得ることができなくなるおそれがある。その一方で、これらの仕上げ加工切刃の上記位置の硬質皮膜の平均膜厚が1.5μmを上回ると、仕上げ加工切刃として十分な切刃精度を確保することができなくなるおそれが生じ、被削材の仕上げ面粗さが低下するなど加工精度の劣化を招くことになる。
なお、これらの粗加工切刃と仕上げ加工切刃との間に配設される切刃においては、ブローチ本体の後端側に向けて硬質皮膜の膜厚が漸減していてもよく、また段階的に薄くなるようにされていてもよい。例えば、粗加工切刃部と仕上げ加工切刃部では、上述のような平均膜厚で硬質皮膜の膜厚が略一定とされ、これら粗加工切刃部と仕上げ加工切刃部との間に上述のような中仕上げ加工切刃部が設けられている場合に、この中仕上げ加工切刃部においては膜厚が漸次小さくなるようにされていてもよい。
また、本発明は、粗加工切刃部から仕上げ加工切刃部に亙って切刃のブローチ本体外周側への突出高さが上記長手方向後端側に向かうに従い高くなる一般的なスプラインブローチ等に適用することも考えられる。しかしながら、上述のような耐摩耗性による工具寿命の延長と加工精度の向上とを両立できることを考慮して、本発明は、高い加工精度と加工効率とを要求される自動車用の内歯車の加工に用いられるような、上記粗加工切刃部においては、上記複数の粗加工切刃の突出方向の高さが上記長手方向後端側に向かうに従い高くされる外径上がり切刃部とされるとともに、上記仕上げ加工切刃部においては、上記複数の仕上げ加工切刃の突出方向と上記長手方向とに交差する厚さ方向の厚みが上記長手方向後端側に向かうに従い厚くされた歯厚上がり部とされるブローチに適用している。
さらに、本発明は、上述のように仕上げ加工切刃部がブローチ本体とは別体で着脱可能とされるシェル部に形成された組立型のブローチに適用することも可能であるが、やはり上述した耐摩耗性の不足による工具寿命についての課題を考慮すると、上記粗加工切刃と上記仕上げ加工切刃部とが上記ブローチ本体に一体に形成された一体型のブローチに適用するのが効果的である。なお、このように仕上げ加工切刃部がブローチ本体とは別体のシェル部に形成されている場合に、仕上げ加工切刃の硬質皮膜を粗加工切刃よりも薄くするには、シェル部をブローチ本体から取り外して、ブローチ本体の粗加工切刃部とシェル部の仕上げ加工切刃部とに別々に硬質皮膜をそれぞれ所定の膜厚でコーティングしてから組み立てればよい。
一方、上記構成のコーティングブローチを製造する本発明のコーティングブローチの製造方法としては、一体型のブローチの場合や、組立型のブローチの場合でもシェル部を取り付けてから、粗加工切刃と仕上げ加工切刃の一方の表面にマスキングを施して他方の表面に硬質皮膜をコーティングし、次いで粗加工切刃と仕上げ加工切刃の上記他方の表面にマスキングを施すとともに、上記一方の表面のマスキングを除去して上記他方の表面へのコーティングとは異なる条件で硬質皮膜をコーティングすることにより、仕上げ加工切刃へのコーティング時間を短くしたりコーティング速度を遅くしたりすることで、仕上げ加工切刃の硬質皮膜の膜厚を粗加工切刃よりも薄くすることができる。
ただし、ブローチ本体に設けられる切刃の数が多い場合には、すべての切刃にこのようなマスキングを施すのは多くの時間と労力を要することになる。そこで、このような場合には、まず上記ブローチ本体の上記仕上げ加工切刃の表面にマスキングを施して上記粗加工切刃の表面に上記硬質皮膜をコーティングし、次いで上記仕上げ加工切刃の表面のマスキングを除去して該仕上げ加工切刃と上記粗加工切刃の表面に上記硬質皮膜をコーティングすることにより、上記仕上げ加工切刃にコーティングされる上記硬質皮膜の膜厚を、上記粗加工切刃にコーティングされる上記硬質皮膜の膜厚よりも薄くするようにして、マスキングを施す切刃の数を減らすようにしてもよい。
また、このように切刃にマスキングを施すことなく、上記ブローチ本体の上記粗加工切刃と仕上げ加工切刃とにそれぞれ上記硬質皮膜をコーティングする複数のコーティング手段を備えたコーティング装置によって、上記複数のコーティング手段同士で異なる条件で上記硬質皮膜をコーティングすることにより、仕上げ加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚を、粗加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚よりも薄くするようにしてもよい。
この場合には、仕上げ加工切刃に硬質皮膜をコーティングするコーティング手段において、粗加工切刃のコーティング手段よりもコーティングを施す時間を短くしたり、粗加工切刃へのコーティングよりもコーティングの速度を遅くしたりして異なるコーティング条件とすることにより、仕上げ加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚を粗加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚よりも薄くすることができる。
また、上記ブローチ本体の上記粗加工切刃と仕上げ加工切刃とに上記硬質皮膜をコーティングするコーティング手段と、このコーティング手段に対して上記ブローチ本体を上記長手方向に相対的に移動させる移動手段とを備えたコーティング装置によって、上記コーティング手段に対して上記粗加工切刃と仕上げ加工切刃とが相対的に移動する際に異なる移動条件とすることにより、仕上げ加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚を、粗加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚よりも薄くすることも可能である。
この場合には、例えば上記移動手段により、まず粗加工切刃部から仕上げ加工切刃部に亙って切刃部の全体に硬質皮膜がコーティングされるようにコーティング手段に対してブローチ本体を相対的に移動し、次いでコーティング手段に対するブローチ本体の相対移動範囲を粗加工切刃部だけにして異なる移動条件としつつ、続けて硬質皮膜をコーティングすることにより、仕上げ加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚を、粗加工切刃にコーティングされる硬質皮膜の膜厚よりも薄くすることができる。また、ブローチ本体全体に硬質皮膜をコーティングし続けるようにして、移動手段によるコーティング手段に対するブローチ本体の相対移動速度を、仕上げ加工切刃部では速く、粗加工切刃部では遅くして異なる移動条件とすることによっても、仕上げ加工切刃の硬質皮膜の膜厚を粗加工切刃より薄くすることもできる。
なお、こうして粗加工切刃と仕上げ加工切刃の表面にコーティングされる硬質皮膜としては、特に限定はされないが、周期律表の4a、5a、6a族の元素を少なくとも1種以上含む金属の窒化物、炭化物、炭窒化物が硬度の点から望ましく、具体的には、TiN、Ti(C,N)、(Al,Ti)N、(Al,Ti,Si)N、(Al,Cr)N、(Al,Cr,Si)N、(Ti,Si)N、(Cr,Si)N等が挙げられる。
以上説明したように、本発明のコーティングブローチによれば、粗加工切刃部では大きな負荷に対して十分な耐摩耗性を確保することができるとともに、仕上げ加工切刃部にも粗加工切刃部よりは小さな負荷に対して必要な耐摩耗性を与えることができて、工具寿命の延長を図ることができる。その一方で、この仕上げ加工切刃部では硬質皮膜のコーティングによる切刃精度の低下を抑えることができ、高精度のブローチ加工を行うことが可能となる。
図1ないし図3は、本発明のコーティングブローチの一実施形態を示すものである。本実施形態において、ブローチ本体1は、高速度工具鋼等の硬質材料により、外形が軸線Oを中心とした多段の略円柱状に一体形成されて、この軸線O方向を長手方向とする長尺の軸状をなしている。ブローチ本体1の長手方向先端部(図1において左端部分)には、前つかみ部2が形成されるとともに、この前つかみ部2の直ぐ後端側(図1において右側)には円柱状の前案内部3が形成されている。
さらに、この前案内部3の後端側には切刃部4が形成されており、この切刃部4のうち先端側の部分は被削材に粗加工を施す粗加工切刃部4Aとされるとともに、後端側の部分はこうして粗加工が施された被削材の仕上げ加工を行う仕上げ加工切刃部4Bとされている。切刃部4においては粗加工切刃部4Aが長手方向において仕上げ加工切刃部4Bよりも多くの部分を占めている。なお、これら粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとの間に、特許文献1、2に記載されたような中仕上げ加工切刃部が設けられていてもよい。また、ブローチ本体1の後端部には円柱状の後案内部5が形成されている。
ここで、本実施形態のコーティングブローチは、切刃部4においてブローチ本体1の外周側に突出する複数(多数)の切刃が、周方向に間隔をあけるとともに上記長手方向にもチップルームを介して間隔をあけ、しかもこの長手方向に向けて軸線O回りに螺旋状に配列されて、被削材に形成された下孔に挿通された上で被削材に対して先端側に送り出されつつ軸線O回りに相対的に回転されることによりブローチ加工を行うヘリカルブローチとされている。
また、本実施形態のコーティングブローチは、被削材として例えば自動車の減速器などに用いられる内歯車の歯を形成するものであり、粗加工切刃部4Aは、その複数の粗加工切刃6の突出方向の高さが長手方向後端側に向かうに従い高くされて、上記歯の歯溝を粗加工する外径上がり部とされる。さらに、仕上げ加工切刃部4Bは、その複数の仕上げ加工切刃7の突出方向の高さは等しく、この突出方向と長手方向とに交差する仕上げ加工切刃7の厚さ方向の厚みが長手方向後端側に向かうに従い厚くなるようにされ、粗加工切刃部4Aによって形成された上記歯溝の対向する溝壁面を切削して上記歯の歯面を仕上げ加工する歯厚上がり部とされている。
図2および図3に示すように、粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7はいずれも、長手方向先端側を向くすくい面6A、7Aと、ブローチ本体1外周側への突出方向を向く突端面6B、7Bと、長手方向後端側を向く背面6C、7Cと、これら図2および図3に示す断面図には図示されないブローチ本体1の周方向を向く一対の側面とを備えている。粗加工切刃6においては、すくい面6Aと突端面6Bおよび側面との交差稜線部が専ら切刃エッジとして切削に使用される一方、仕上げ加工切刃7においてはすくい面7Aと側面との交差稜線部が専ら切刃エッジとして切削に使用され、1刃当たりの切り込み量は粗加工切刃6が仕上げ加工切刃7よりも大きくされている。
そして、これら粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7の表面には、硬質皮膜8がコーティングされており、この硬質皮膜8の膜厚は、仕上げ加工切刃7にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚が、粗加工切刃6にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚よりも薄くされている。なお、この硬質皮膜8は、本実施形態では粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7の上記突端面6B、7Bと、側面と、必要に応じて背面6C、7Cとにコーティングされていて、すくい面6A、7Aには、一旦コーティングされた硬質皮膜8が除去されることにより、コーティングされてはいない。
また、このような硬質皮膜8の膜厚tは、粗加工切刃部4Aにおいては、その最先端の粗加工切刃6から後端側に5つの粗加工切刃6までのそれぞれの突端面6Bの上記厚さ方向の中央において、図2に示すように各粗加工切刃6のすくい面6A(すくい面6Aと突端面6Bとの交差稜線)から長手方向後端側に向けての距離Lが1mmの位置の平均膜厚とされ、本実施形態では2.0μm〜5.0μmの範囲内とされている。ただし、図2や次述する図3において膜厚tは、説明のために厚く示されている。
一方、仕上げ加工切刃部4Bにおける硬質皮膜8の膜厚tは、仕上げ加工切刃部4Bにおける最後端の仕上げ加工切刃7から先端側に5つの仕上げ加工切刃7までのそれぞれの突端面7Bの上記厚さ方向中央において、図3に示すように各仕上げ加工切刃7のすくい面7A(すくい面7Aと突端面7Bとの交差稜線)から長手方向後端側に向けて距離Lが1mmの位置における膜厚の平均とされる。この仕上げ加工切刃部4Bにおける硬質皮膜8の膜厚tは、本実施形態では0.3μm〜1.5μmの範囲内とされている。
なお、これらブローチ本体1先端側の5つの粗加工切刃6と後端側の5つの仕上げ加工切刃7との間に配設される粗加工切刃6および仕上げ加工切刃7においては、その表面にコーティングされる硬質皮膜8の膜厚tが、ブローチ本体1の後端側に向けて漸次薄くなるようにされていてもよく、また段階的に薄くなるようにされていてもよい。さらに、例えば切刃部4において粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとの間に、切り込み量が粗加工切刃部4Aよりは小さくて仕上げ加工切刃部4Bよりは大きい上述したような中仕上げ加工切刃部を設け、粗加工切刃部4Aおよび仕上げ加工切刃部4Bでは膜厚tが略一定とされ、上記中仕上げ加工切刃部において膜厚が後端側に向かうに従い漸次小さくなるようにされていてもよい。
また、こうしてコーティングされる硬質皮膜8は、本実施形態では周期律表の4a、5a、6a族の元素を少なくとも1種以上含む金属の窒化物、炭化物、炭窒化物よりなるものであって、具体的には、TiN、Ti(C,N)、(Al,Ti)N、(Al,Ti,Si)N、(Al,Cr)N、(Al,Cr,Si)N、(Ti,Si)N、(Cr,Si)Nのうちいずれか1種よりなる単層の皮膜、または2種以上を積層した多層(複数層)の皮膜であり、粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとで同一種の皮膜とされている。このような硬質皮膜8は、上記金属の窒化物、炭化物、炭窒化物のコーティング手段(蒸着手段)を備えたコーティング装置による公知の物理的蒸着(PVD)法によってコーティングすることができる。
このように膜厚tが異なる硬質皮膜8を粗加工切刃部4Aの粗加工切刃6の表面と仕上げ加工切刃部4Bの仕上げ加工切刃7の表面にコーティングする、本発明のコーティングブローチの製造方法の第1の実施形態としては、ブローチ本体1の粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7のうち一方の表面にマスキングを施して他方の表面に上記硬質皮膜8をコーティングし、次いで粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7のうち上記他方の表面にマスキングを施すとともに、上記一方の表面のマスキングを除去して上記他方の表面へのコーティングとは異なる条件で硬質皮膜8をコーティングすればよい。
粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7のうち一方を粗加工切刃6、他方を仕上げ加工切刃7とした場合には、一方の表面に硬質皮膜8をコーティングする際のコーティング時間(蒸着時間)を、他方の表面に硬質皮膜8をコーティングする際よりも長くしたり、一方の表面に硬質皮膜8をコーティングする際のコーティング速度(成膜速度)を、他方の表面に硬質皮膜8をコーティングする際よりも高くしたりして、異なるコーティング条件とすればよい。
さらに、本発明の製造方法の第2の実施形態として、初めに仕上げ加工切刃7の表面だけにマスキングを施してから、例えば粗加工切刃6の表面に両者の膜厚tの差分の膜厚で硬質皮膜8をコーティングし、次いで仕上げ加工切刃7のマスキングを除去してコーティングを行って、それぞれの表面に所定の膜厚tで硬質皮膜8がコーティングされるようにしてもよい。この場合には、マスキングを施す切刃の数を減らして効率的に本発明のコーティングブローチを製造することができる。
また、本発明のコーティングブローチの製造方法の第3の実施形態としては、図4に示すようなブローチ本体1の粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7とにそれぞれ硬質皮膜8をコーティングする複数の上述のコーティング手段11を備えたコーティング装置によって、これら複数のコーティング手段11同士で異なる条件で硬質皮膜8をコーティングすることにより、仕上げ加工切刃7にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚tを、粗加工切刃6にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚tよりも薄くするようにしてもよい。
すなわち、図4(A)に示すように、切刃部4の粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとに硬質皮膜8をコーティングする複数のコーティング手段11同士で、まず互いに同じ条件で硬質皮膜8をコーティングし、仕上げ加工切刃7の表面の硬質皮膜8が所定の膜厚tに達したなら、図4(B)にバツ印で示すように示すように仕上げ加工切刃部4Bにコーティングを行うコーティング手段11を停止した上で粗加工切刃部4Aへのコーティングを続けることにより、コーティング時間を異なる条件として、粗加工切刃6表面の硬質皮膜8が所定の膜厚tとなるようにすればよい。
また、これとは逆に、初めに図4(B)に示したように粗加工切刃部4Aへのコーティングのみを行い、後から図4(A)に示したように仕上げ加工切刃部4Bへのコーティングを粗加工切刃部4Aと並行して行うことにより、コーティング時間を異なる条件としてもよい。さらに、この第3の実施形態でも、粗加工切刃部4Aへのコーティング速度(成膜速度)を、仕上げ加工切刃部4Bへのコーティング速度(成膜速度)よりも高くして、異なるコーティング条件としてもよい。
さらにまた、本発明のコーティングブローチの製造方法の第4の実施形態としては、図5に示すようなブローチ本体1の粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7とに硬質皮膜8をコーティングするコーティング手段12と、このコーティング手段12に対してブローチ本体1をその長手方向に相対的に移動させる白抜き矢線で示した移動手段13とを備えたコーティング装置によって、コーティング手段12に対してブローチ本体1の粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとが相対的に移動する際に異なる移動条件とすることにより、仕上げ加工切刃7にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚tが粗加工切刃6にコーティングされた硬質皮膜8の膜厚tよりも薄くなるようにしてもよい。
すなわち、この第4の実施形態においては、図5(A)に示すようにまずブローチ本体1の粗加工切刃部4Aから仕上げ加工切刃部4Bまでの切刃部4の全体に亙って移動手段13によりコーティング手段12に対してブローチ本体1を相対的に往復移動させつつコーティングを行い、仕上げ加工切刃7表面の硬質皮膜8が所定の膜厚tに達したなら、図5(B)に示すようにコーティング手段12に対して粗加工切刃部4Aだけが往復移動するようにブローチ本体1の相対的な移動条件を異なるものとして、粗加工切刃6表面の硬質皮膜8が所定の膜厚tとなるまでコーティングを行うことにより、仕上げ加工切刃7の硬質皮膜8の膜厚tを粗加工切刃6の硬質皮膜8の膜厚tよりも薄くなるようにすることができる。
また、これとは逆に、図5(B)に示したようにまずコーティング手段12に対して粗加工切刃部4Aだけが相対的に往復移動するようにして、仕上げ加工切刃7の表面にコーティングされる硬質皮膜8の膜厚tとの差分の膜厚の硬質皮膜8を粗加工切刃6の表面にコーティングし、次いで図5(A)に示したように粗加工切刃部4Aから仕上げ加工切刃部4Bまでの切刃部4全体に亙って移動手段13によりコーティング手段12に対してブローチ本体1を相対的に往復移動させつつコーティングを行い、粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7のそれぞれの表面に厚さの異なる所定の膜厚tの硬質皮膜8がコーティングされるように、移動条件を異なるものとしてもよい。
さらに、移動手段13によるブローチ本体1のコーティング手段12に対する相対移動範囲は粗加工切刃部4Aから仕上げ加工切刃部4Bに亙る範囲のままとしておいて、粗加工切刃部4Aにおいては仕上げ加工切刃部4Bよりも移動速度が遅くなるように移動条件を異なるものとして、仕上げ加工切刃7の表面には粗加工切刃6よりも薄い膜厚tの硬質皮膜8をコーティングするようにしてもよい。
なお、上記の説明では、コーティング手段12を固定してブローチ本体1をその長手方向に移動手段13によって往復動させているが、ブローチ本体1を固定してコーティング手段12をブローチ本体1の長手方向に移動手段13によって移動させてもよく、またブローチ本体1とコーティング手段12の双方を移動させてもよい。また、これら第1ないし第4の実施形態の製造方法において粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7のすくい面6A、7Aにコーティングされた硬質皮膜8は、コーティング後にすくい面6A、7Aを研磨して切刃エッジを研ぎ付ける際に上述のように除去される。
従って、例えばこれらの実施形態のいずれかにより製造される上記構成のコーティングブローチにおいては、切り込み量が大きい粗加工切刃部4Aの粗加工切刃6表面に膜厚tの厚い硬質皮膜8がコーティングされているので、粗加工切刃6に作用する大きな負荷に対しても十分な耐摩耗性を確保することができる。また、仕上げ加工切刃部4Bの仕上げ加工切刃7表面にも、膜厚tは粗加工切刃6よりも薄いものの硬質皮膜8がコーティングされているので、切り込み量が小さくて負荷も小さい仕上げ加工切刃部4Bにおいて必要な耐摩耗性を確保することができ、ブローチ本体1全体で工具寿命の延長を図ることができる。
そして、このように仕上げ加工切刃部4Bの仕上げ加工切刃7にコーティングされる硬質皮膜8の膜厚tが、粗加工切刃部4Aの粗加工切刃6の硬質皮膜8の膜厚tよりも薄くされていることにより、このような硬質皮膜8をコーティングすることによって膜厚の不均一等が生じて仕上げ加工切刃7の切刃精度が低下するのを抑えることができる。このため、最終的に被削材の加工寸法を決定する仕上げ加工切刃部4Bによる加工精度を確保することができ、高精度のブローチ加工を行うことが可能となる。また、こうして膜厚tが薄くされることによって硬質皮膜8の剥離も防ぐことができ、一層の工具寿命の延長を促すことが可能となる。
ここで、本実施形態では、粗加工切刃部4Aにおける粗加工切刃6表面の硬質皮膜8の膜厚tは、該粗加工切刃部4Aにおけるブローチ本体1の長手方向の最先端の粗加工切刃6から後端側に5つの粗加工切刃6までのそれぞれの突端面6Bにおいて、各粗加工切刃6のすくい面6Aから後端側に距離Lが1mmの位置の平均膜厚として2.0μm〜5.0μmの範囲内とされている。この点、粗加工切刃部4Aにおいては、そのブローチ本体1先端側の粗加工切刃6から被削材に食い付いて大きな切り込み量で切り込まれるため、これら先端側の粗加工切刃6への負荷が最も大きく、そのような先端側の所定数の粗加工切刃6において表面にコーティングされた硬質皮膜8が所定範囲内の平均膜厚であれば、確実に上述した十分な耐摩耗性を得ることができる。
すなわち、これらブローチ本体1先端側の粗加工切刃6の表面における硬質皮膜8の平均膜厚が2.0μm未満であると、切り込み量が大きな粗加工切刃部4Aにおいて十分な耐摩耗性を確保することができなくなるおそれがある。その一方で、逆にこれらの粗加工切刃6にコーティングされた硬質皮膜8の平均膜厚が5.0μmを上回るほど厚いと、該粗加工切刃6が被削材に食い付いたときの衝撃によって硬質皮膜8が剥離してチッピングを誘発し、却って工具寿命が短くなるおそれがある。なお、膜厚tを決定する位置を各粗加工切刃6のすくい面6Aから後端側に距離Lが1mmの位置としているのは、すくい面6Aを再研磨して切刃エッジを研ぎ付け直すことを考慮してのことである。
一方、仕上げ加工切刃部4Bにおいては、そのブローチ本体1の長手方向後端側の複数の仕上げ加工切刃7により被削材の仕上げ加工精度が決定されることになる。このため、本実施形態では、仕上げ加工切刃7表面にコーティングされる硬質皮膜8の膜厚tは、仕上げ加工切刃部4Bの最後端の仕上げ加工切刃7から先端側に5つまでの仕上げ加工切刃7のそれぞれの突端面7Bにおいて、各仕上げ加工切刃7のすくい面7Aから後端側に距離Lが1mmの位置における硬質皮膜8の平均膜厚として0.3μm〜1.5μmの範囲内とされている。
すなわち、これらブローチ本体1後端側の仕上げ加工切刃7の表面にコーティングされる硬質皮膜8の平均膜厚が0.3μm未満であると、切り込み量の小さい仕上げ加工切刃7といえども必要な耐摩耗性を得ることができなくなって確実な工具寿命の延長を図ることが困難となるおそれがある。また、逆にこれらの仕上げ加工切刃7の硬質皮膜8の平均膜厚が1.5μmを上回るほど厚いと、仕上げ加工切刃7として十分な切刃精度を確保することができなくなり、被削材の仕上げ面粗さが低下するなど加工精度の劣化を招くとともに、硬質皮膜8の剥離を生じ易くもなる。
なお、本実施形態では、粗加工切刃部4Aが、ブローチ本体1後端側に向かうに従い粗加工切刃6の突出高さが高くなる外径上がり部とされるとともに、仕上げ加工切刃部4Bは、ブローチ本体1後端側に向かうに従い仕上げ加工切刃7の厚みが厚くなる歯厚上がり部とされ、自動車の減速器等に用いられる内歯車の歯をブローチ加工するコーティングブローチに本発明を適用した場合について説明したが、例えば仕上げ加工切刃部4Bにおいても仕上げ加工切刃7の突出高さがブローチ本体1後端側に向かうに従い高くなる一般的なスプラインブローチ等に本発明を適用することも考えられる。
しかしながら、このような自動車の減速器等に用いられる内歯車では、従来よりその加工効率の向上が求められているとともに、特に近年では高い加工精度も要求されるようになってきているので、そのような被削材のブローチ加工に用いられる上述した外径上がり部と歯厚上がり部とを備えたコーティングブローチに、高い加工精度と長寿命とを両立し得る本発明を適用している。
また、本実施形態では、粗加工切刃部4Aの粗加工切刃6と仕上げ加工切刃部4Bの仕上げ加工切刃7とがともにブローチ本体1に一体に形成された一体型のブローチに本発明を適用した場合について説明したが、上述のように仕上げ加工切刃部がブローチ本体と別体とされて着脱可能とされるシェル部に形成された組立型のブローチに本発明を適用することも可能である。なお、このような組立型のブローチにおいて粗加工切刃の硬質皮膜の膜厚よりも仕上げ加工切刃の硬質皮膜の膜厚を薄くするには、粗加工切刃部が設けられたブローチ本体と仕上げ加工切刃部が設けられたシェル部とに異なるコーティング条件で別々に膜厚の異なる硬質皮膜をコーティングすればよい。
ただし、上述したように、このような組立型のブローチでは、仕上げ加工切刃7に摩耗が生じて寿命に達したときにはシェル部ごと交換すればよいのに対し、一体型のブローチでは仕上げ加工切刃7に摩耗が生じて再研磨代が無くなるとブローチ本体1ごと廃棄しなければならないので、そのような一体型ブローチにおいて仕上げ加工切刃7の耐摩耗性をも確保することができる本発明を適用することは特に効果的である。
一方、このような構成のコーティングブローチを製造するための本発明の製造方法の第1の実施形態では、粗加工切刃6の表面と仕上げ加工切刃7の表面とに交互にマスキングを施して異なる条件で硬質皮膜8をコーティングし、また第2の実施形態では仕上げ加工切刃7の表面にマスキングを施して粗加工切刃6の表面に硬質皮膜8をコーティングした後に、仕上げ加工切刃7のマスキングを除去してから粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7の双方の表面に硬質皮膜8をコーティングするため、第3の実施形態のようにコーティングの途中で異なるコーティング条件となるように複数のコーティング手段11を個別に制御したり、第4の実施形態のように移動手段13を要して異なる移動条件となるように制御したりする必要がない。また、粗加工切刃部4Aと仕上げ加工切刃部4Bとで、その境界部分においてもそれぞれに比較的均一な膜厚tの硬質皮膜8をコーティングすることができる。
ただし、第1の実施形態では、すべての粗加工切刃6と仕上げ加工切刃7にマスキングを施し、また除去しなければならないため、切刃の数が多い場合には、マスキングとその除去に多くの時間と労力を要することになるので、そのような場合はマスキングする切刃を少なくすることができる第2の実施形態が望ましく、さらにマスキングの必要がない第3、第4の実施形態により製造するのが望ましい。第3の実施形態では、やはり第4の実施形態のように移動手段13を要することがなく、コーティング装置の構造を簡略化することができる一方、第4の実施形態では第3の実施形態のように複数のコーティング手段11を個別に制御する必要がなくなって、コーティング装置における制御を容易とすることができる。
次に、本発明の実施例を挙げて、本発明の効果について実証する。本実施例では、同一寸法、形状のブローチ本体に、上述した第3の実施形態の製造方法によって硬質皮膜をコーティングすることにより、仕上げ加工切刃にコーティングされた硬質皮膜の膜厚が、粗加工切刃にコーティングされた硬質皮膜の膜厚よりも薄くされた本発明に係わる5種のコーティングブローチを、これら仕上げ加工切刃の硬質皮膜の膜厚と粗加工切刃の硬質皮膜の膜厚とが異なる組み合わせとなるようにして製造した。これらを実施例1〜5とする。
また、これらの実施例1〜5に対する比較例として、実施例1〜5と同一寸法、形状のブローチ本体に同一の硬質皮膜を、仕上げ加工切刃の硬質皮膜の膜厚と粗加工切刃の硬質皮膜の膜厚とが等しくなるようにコーティングした2種のコーティングブローチを製造した。これらを比較例1、2とする。さらに、比較例3として、やはり実施例1〜5と同一寸法、形状のブローチ本体に、粗加工切刃においては実施例1〜5と同一の硬質皮膜をコーティングするとともに、仕上げ加工切刃の表面には硬質皮膜をコーティングせずに窒化酸化処理を施した、特許文献3に記載の発明に係わるコーティングブローチも製造した。これを比較例3とする。
そして、これら実施例1〜5および比較例1〜3のコーティングブローチにより、同一種の被削材に内歯車を形成するブローチ加工を行い、加工可能であった歯車数と歯車精度(歯車の歯面の面粗度)を比較した。この結果を、粗加工切刃部と仕上げ加工切刃部の硬質皮膜の平均膜厚とともに表1に示す。なお、この平均膜厚は上述のように、粗加工切刃部については、該粗加工切刃部の最先端の粗加工切刃から後端側に5つの粗加工切刃までのそれぞれの突端面におけるすくい面から後端側に1mmの位置の硬質皮膜の平均膜厚であり、仕上げ加工切刃部については、比較例3を除いて該仕上げ加工切刃部の最後端の仕上げ加工切刃から先端側に5つの仕上げ加工切刃までのそれぞれの突端面における各仕上げ加工切刃のすくい面から後端側に1mmの位置の硬質皮膜の平均膜厚である。
なお、被削材に形成される歯車の諸元は、ノルマルモジュールmn:1.25、ノルマル圧力角PAn:17、歯通NT:75、ねじれ角HA:23.664L、切削長:26.75mmで、材質はSCr420H(硬さHB220)であった。また、ブローチ本体は高速度工具鋼よりなるオフノルマルタイプの一体型ヘリカルブローチであり、硬質皮膜は(Al,Cr)Nよりなる単層の皮膜をPVD法によりコーティングした。さらに切削条件は、切削速度7m/minで湿式切削であった。
この表1の結果より、粗加工切刃部と仕上げ加工切刃部の平均膜厚が等しくて、膜厚自体は比較的厚い比較例1では、加工可能であった歯車数は比較例2、3に対しては多く、工具寿命の延長は認められたものの、加工された歯車の歯面の面粗度が著しく劣り、製品として使用に耐えるものではなかった。また、同じく粗加工切刃部と仕上げ加工切刃部の平均膜厚が等しくて、ただし比較的薄い膜厚の比較例2では、加工された歯車の歯面の面粗度は良好であったものの、粗加工切刃の摩耗が大きくて加工可能な歯車数は実施例1〜5や比較例1には及ばなかった。また、仕上げ加工切刃部に硬質皮膜がコーティングされずに窒化酸化処理が施された比較例3でも、同様に歯面の面粗度は良好であってものの、仕上げ加工切刃の摩耗が顕著で実施例1〜5や比較例1、2よりも少ない加工歯車数となった。
これら比較例1〜3に対して、実施例1〜5では、加工された歯車の歯面の面粗度はいずれも良好であり、また加工可能であった歯車数も比較例1〜3より多かった。特に、粗加工切刃部における硬質皮膜の上記膜厚が2.0μm〜5.0μmの範囲内であり、仕上げ加工切刃部における硬質皮膜の膜厚が0.3μm〜1.5μmの範囲内である実施例1〜3では、これよりも仕上げ加工切刃部の膜厚が薄い実施例4や粗加工切刃部の膜厚が厚い実施例5よりも一層の工具寿命の延長が認められた。ちなみに、実施例4では仕上げ加工切刃の摩耗により工具寿命に達し、実施例5では粗加工切刃にチッピングが生じて工具寿命となった。