近年、大気中に放出される硫黄酸化物や煤塵等に起因する広域的な大気汚染や炭酸ガス等による地球温暖化等の環境問題が、地球規模の課題としてクローズアップされている。
大気汚染や地球温暖化等の原因の一つに自動車の排気ガスがあり、排気ガスによる汚染を低減するため、ニッケル水素電池等の二次電池を搭載したハイブリッド自動車や電気自動車の生産や需要が加速的に増加している。
ハイブリッド自動車や電気自動車に搭載されたニッケル水素電池も、何れは廃棄される見込みであり、使用済みのニッケル水素電池から有価金属を回収して、資源としてリサイクルするための技術開発も進められている。
使用済みのニッケル水素電池から有価金属であるニッケルやコバルトを回収する方法としては、例えば、使用済みのニッケル水素電池を炉に入れて熔解し、使用済みのニッケル水素電池を構成する合成樹脂等を燃焼して除去し、更に大部分の鉄をスラグ化して除去し、ニッケルを還元して鉄の一部と合金化したフェロニッケルとして回収する乾式処理方法がある。
しかしながら、乾式処理方法は、低コストで大量処理が可能であり、既存の製錬所の設備をそのまま利用でき、処理に手間がかからないという利点があるものの、回収されたフェロニッケルから不純物を分離することは難しく、ステンレスの原料以外の用途には適していない。
また、乾式処理方法は、特にコバルトや希土類元素の殆どが、スラグ中に分配されてスラグとして廃棄されてしまい、希少なコバルトや希土類元素の有効利用という側面では、望ましい方法とは言い難い。
そこで、使用済みのニッケル水素電池から有価金属を回収する方法において、使用済みのニッケル水素電池に含まれている有価金属を、電池用にリサイクルが可能となる高純度の金属として回収するために、特許文献1に開示されているような湿式処理方法が提案されている。特許文献1に記載の有価金属の回収方法は、以下に示した(1)乃至(3)の工程で構成される。
即ち、特許文献1に記載の方法は、(1)正・負極活物質含有物を、硫酸溶液に混合、溶解した後、浸出液と浸出残渣とに分離する浸出工程と、(2)浸出工程で得られた浸出液に、アルカリ金属硫酸塩を添加して、希土類元素の硫酸複塩混合沈澱と脱希土類元素液とを得る希土類晶出工程と、(3)希土類晶出工程で得られた脱希土類元素液に硫化剤を添加して、ニッケル及びコバルト硫化物原料と残液とに分離する硫化物原料回収工程とから構成されている。
特許文献1に記載の湿式処理による有価金属の回収方法では、回収対象であるニッケル及びコバルトを選択的に分離するために、硫化物沈澱法が採用されている。硫化物沈澱法による有価金属の分離回収には、反応が速く、有価金属を選択的に分離し易いという特徴がある。
硫化物沈澱法は、例えば、硫酸水溶液にニッケルやコバルトが浸出された処理液へ、硫化剤として硫化水素ナトリウム(NaHS)水溶液を滴下すると、下記式1及び式2に示した反応により、ニッケルが硫化されて硫化ニッケル(NiS)として沈澱し、また、コバルトが硫化されて硫化コバルト(CoS)として沈澱する。
NiSO4+NaHS→NiS+NaHSO4・・・(式1)
CoSO4+NaHS→CoS+NaHSO4・・・(式2)
式1及び式2に示した反応により生成した硫酸水素ナトリウム(NaHSO4)は、酸性であるので処理液のpHを低下させる。処理液が特定のpH以下になると、硫化ニッケル及び硫化コバルトの再溶解が起こり、硫化反応が進まなくなる。そのため、処理液のpHを上昇させる必要があり、アルカリ性水溶液が滴下される。
例えば、アルカリ性水溶液として水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を滴下すると、下記式3に示した反応が起こり、特定のpHを維持することができる。
NaHSO4+NaOH→Na2SO4+H2O・・・(式3)
処理液のpHが低下すると、或いは処理液中のニッケルやコバルトが硫化ニッケルや硫化コバルトとして沈澱し尽くすと、下記式4に示した反応により、硫化水素(H2S)ガスが発生する。
H2SO4+NaHS→H2S+NaHSO4・・・(式4)
アルカリ性水溶液に対して硫化剤の供給が過剰になれば、硫化水素ガスが発生し、硫化水素ガスを吸収するための除害塔等の排ガス処理装置の運転等の環境上の問題の他、処理装置の導入コストや運転コスト、硫化剤と吸収剤のコスト等の効率上の問題が発生する。
硫化水素ガスの発生を抑制するように、金属硫化物が生成する際の反応を制御する方法として、例えば特許文献2に、硫化剤を用いた重金属含有排水の処理方法が開示されている。
特許文献2に記載の処理方法は、硫化剤を用いた重金属含有排水の処理方法であって、排水から発生する微量の硫化水素ガスを検出しながら、排水から硫化水素ガスが発生し始める状態を維持するように、重金属含有排水に硫化剤を添加して硫化処理する方法である。
特許文献2に記載の処理方法は、連続して流れる濃度未知の重金属含有排水の処理において、重金属に対する硫化剤の過剰添加を防止する場合に適している。しかしながら、特許文献2には、硫化剤とアルカリ性水溶液とを添加する際のこれらの流量を制御する方法が示されておらず、処理液のpHを安定化し、安定した硫化反応を継続するための問題解決にはなっていない。
ところで、処理液を入れた反応槽に、硫化剤を滴下する配管とアルカリ性水溶液を滴下する配管とを別々に設け、硫化剤とアルカリ性水溶液とを混合すること無く処理液へ別々に滴下した場合に、目的金属が処理液中に残存している場合においても、式4の反応が起こり、硫化水素ガスが発生するという問題がある。
そこで、処理液に硫化剤とアルカリ性水溶液とを滴下した場合において、滴下方法の問題による硫化水素ガスの発生を解決する手段として、例えば特許文献3に、金属の硫化物沈澱方法が提案されている。
特許文献3に記載の硫化物沈澱方法は、目的金属を含む酸性の処理液に硫化剤とアルカリ性水溶液とを添加し、目的金属を硫化物として沈澱させる方法である。より詳細には、硫化剤とアルカリ性水溶液とを混合し、その混合液を処理液に添加する金属の硫化物沈澱方法である。
特許文献3では、硫化剤とアルカリ性水溶液とを混合し、その混合液を処理液に添加することによって、硫化剤とアルカリ性水溶液と処理液との混合状態は大幅に改善されている。しかしながら、それでも局所的には、式4に示した反応が起こることがあり、硫化水素ガスの発生の問題は、完全に解決されるに至っていない。
本発明を適用した具体的な実施の形態(以下、「本実施の形態」という。)について、図面を参照して詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変更を加えることが可能である。
本実施の形態に係る金属硫化物の生成反応の制御方法では、金属を含む酸性水溶液に、硫化剤である硫化水素ナトリウム水溶液とアルカリ性水溶液とを添加し、金属を含む酸性水溶液中の金属を硫化物として沈澱させる際に、アルカリ性水溶液の供給量を制御することで、反応槽内での局所的な酸性部分の発生を低減させ、過剰な硫化水素ガスの発生を抑制することが可能となる。
ここで、金属を含む酸性水溶液において、酸性水溶液としては、例えば硫酸(H2SO4)水溶液が用いられるが、硫酸水溶液以外の酸性水溶液を用いてもよい。また、金属としては、例えばニッケル、コバルト、銅、亜鉛、カドミウム等が挙げられる。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、例えば、廃電池に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液を、金属を含む酸性水溶液として用いてもよい。この浸出液は、廃電池に焙焼等の前処理を施し、これに硫酸水溶液等の酸性水溶液を加えて撹拌し、廃電池に含まれる有価金属を浸出させて、浸出残渣と分離して得られたものを浄液したものである。
ここで、廃電池とは、使用済みのニッケル水素電池やリチウムイオン電池等の二次電池や、二次電池を構成する正極材等の製造工程で生じた不良品等のことである。また、有価金属とは、ニッケルやコバルト等のことである。
また、金属硫化物の生成反応の制御方法では、例えば、鉱石又は鉱石産原料に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液を、金属を含む酸性水溶液として用いてもよい。この浸出液は、鉱石又は鉱石産原料を、硫酸水溶液や塩酸水溶液等の酸性水溶液、塩素等の酸化剤等で浸出して得られたものである。
ここで、鉱石としてはニッケル酸化鉱石等が挙げられ、鉱石産原料としてはニッケルマット等が挙げられる。
金属を硫化物として沈澱させるための硫化剤としては、硫化水素(H2S)ガスの利用が一般的であるが、単位硫化物当たりの硫化剤コストを抑えるために、ここでは、硫化水素ナトリウム(NaHSO4)水溶液の使用が有効である。
アルカリ性水溶液としては、例えば水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液が用いられるが、これ以外のアルカリ性水溶液を用いてもよい。
また、金属硫化物の生成反応の制御方法では、例えば、図1に示すような金属硫化物生成装置1を用いて金属硫化物の生成を行う。
図1に示すように、金属硫化物生成装置1は、反応槽10と撹拌機11とを備えている。金属硫化物生成装置1では、反応槽10内に金属を含む酸性水溶液40を投入し、撹拌機11を作動して撹拌できるように構成されている。
反応槽10は、例えばFRP(Fiber Reinforced Plastics)製の槽であるが、塩化ビニル、ポリプロピレン、ゴムライニングを施した圧延鋼等の、金属を含む酸性水溶液40、酸性水溶液、硫化水素ナトリウム水溶液、アルカリ性水溶液等に腐食されない材質の槽であればよい。
撹拌機11の撹拌羽根12は、例えばゴムライニングを施した鉄製であるが、反応槽10と同様に金属を含む酸性水溶液40等に腐食されない材質であればよく、これ以外の材質のものでもよい。
反応槽10には、酸用配管20が接続されており、酸性水溶液を反応槽10の内部に滴下できるようになっている。酸用配管20は、例えば塩化ビニル製の配管であるが、耐酸性のものであれば、塩化ビニル以外の材質の配管でもよい。なお、ここで用いる酸性水溶液としては、例えば硫酸水溶液が挙げられるが、これ以外の酸性水溶液を用いてもよい。
反応槽10には、混合配管21が接続されており、硫化剤である硫化水素ナトリウム水溶液とアルカリ性水溶液とが混合された混合液を反応槽10の内部に滴下できるようになっている。
混合配管21には、硫化剤用配管22とアルカリ用配管23とが共に接続されており、硫化水素ナトリウム水溶液は硫化剤用配管22から、アルカリ性水溶液はアルカリ用配管23から、それぞれ混合配管21に供給され、混合されるようになっている。
また、混合配管21には、洗浄水用配管24も接続されており、洗浄水用配管24から洗浄水を流すことで、混合配管23や反応槽10を洗浄できるようになっている。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、硫化水素ナトリウム水溶液と、アルカリ性水溶液である水酸化ナトリウム水溶液とを混合した時に、硫化ナトリウム(Na2S)が生成する場合がある。混合液中の硫化ナトリウムは溶解度が低いため、結晶を生じて配管を閉塞する可能性があることから、定期的に洗浄水用配管24から洗浄水を流すことで混合配管21内を洗浄することが好ましい。
硫化剤用配管22及びアルカリ用配管23には、それぞれ流量計及び流量調節弁(共に図示せず。)が取り付けられており、硫化水素ナトリウム水溶液及びアルカリ性水溶液の流量を調節できるようになっている。
金属硫化物生成装置1では、流量計及び流量調節弁を設置することにより、反応槽10に滴下される混合液中の硫化水素ナトリウム水溶液とアルカリ性水溶液の割合を調整することができ、更に混合液の反応槽10への供給及び停止を制御することもできる。
混合配管21、硫化剤用配管22、アルカリ用配管23及び洗浄水用配管24は、例えば塩化ビニル製の配管であるが、各配管に供給する液により腐食されない材質であればよく、塩化ビニル以外の材質の配管でもよい。
更に、反応槽10には、硫化水素ガス濃度計31、pH計32及びORP(酸化還元電位)計33が設けられている。
金属硫化物生成装置1では、硫化水素ガス濃度計31により反応槽10上部の気相部における硫化水素ガスの濃度を測定することができる。また、金属硫化物生成装置1ではpH計32により反応槽10中の金属を含む酸性水溶液40のpHを測定することができる。更に、金属硫化物生成装置1ではORP計33により反応槽10中の金属を含む酸性水溶液40の酸化還元電位(ORP:Oxidation-reduction Potential)を測定することができる。
次に、金属硫化物の生成反応の制御方法について説明する。
ここでは、廃電池に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液(金属を含む酸性水溶液40)に、硫化水素ナトリウム水溶液とアルカリ性水溶液とを添加し、図1に示す金属硫化物生成装置1を用いて有価金属を硫化物沈澱として分離回収する方法を例に挙げて説明する。なお、廃電池に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液とは、硫酸ニッケルを含む酸性水溶液(硫酸ニッケル溶液)のことである。
まず、金属硫化物の生成反応の制御方法では、廃電池に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液を浄液した液(金属を含む酸性水溶液40)を得て、得られた金属を含む酸性水溶液40を反応槽10に供給する。
次に、金属を含む酸性水溶液40が供給された反応槽10に、撹拌機11の撹拌羽根12で撹拌しながら、酸性水溶液又はアルカリ性水溶液を反応槽10に供給して、金属を含む酸性水溶液40のpHを2.8(所定値)に調整する。そして、金属を含む酸性水溶液40のpHが所定値に達したことを確認した後、酸性水溶液又はアルカリ性水溶液の供給を止める。
ここで、酸性水溶液は、酸用配管20を介して反応槽10に供給する。また、アルカリ性水溶液は、アルカリ用配管23から混合配管21へと供給し、混合配管21を介して反応槽10に供給する。更に、金属を含む酸性水溶液40のpHは、pH計32で測定し、所定値に達したか否かを判断する。
次に、金属硫化物の生成反応の制御方法では、金属を含む酸性水溶液40を供給した反応槽10に、撹拌機11の撹拌羽根12で撹拌しながら、硫化水素ナトリウム水溶液とアルカリ性水溶液とを同時に供給する。これにより、金属を含む酸性水溶液40における硫化反応が開始される。
この場合、硫化水素ナトリウム水溶液を硫化剤用配管22から混合配管21へと供給し、また、アルカリ性水溶液をアルカリ用配管23から混合配管21へと供給し、硫化水素ナトリウム水溶液及びアルカリ性水溶液を混合配管21内で混合して混合液とし、これを混合配管21から金属を含む酸性水溶液40に添加する。
混合液の作製の際には、硫化水素ナトリウム水溶液が一定流量となるように、流量計及び流量調節弁(共に図示せず。)により制御する。また、アルカリ性水溶液が一定pHとなるように、pH計32及び流量調節弁(図示せず。)により制御する。
より詳細には、後述するように、アルカリ性水溶液中のアルカリ量が金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムとの反応当量を100%としたときに、アルカリ性水溶液が反応当量の80%以上120%以下になるよう添加量を調整し、硫化水素ナトリウム水溶液と混合して混合液とする。そして、得られた混合液を、金属を含む酸性水溶液40に添加する。
次に、金属を含む酸性水溶液40中の有価金属が硫化物として沈澱し尽くしたと判断した後に、硫化水素ナトリウム水溶液及びアルカリ性水溶液の供給を停止し、反応槽10中の金属を含む酸性水溶液40を排出する。ここでは、ORP計33により、金属を含む酸性水溶液40のORPが急激に低下する時点を、硫化反応が終点に達した時点とする。
最後に、反応槽10から排出された金属を含む酸性水溶液40をフィルタープレス等で固液分離し、硫化物と硫化後液とを分離する。金属を含む酸性水溶液40中のニッケルやコバルト等の有価金属は、硫化物として沈澱し、マンガンやアルミニウム等の不純物は、硫化後液に溶解されているので、固液分離により金属と不純物とを分離することができる。
なお、金属硫化物の生成反応の制御方法では、上述した廃電池に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液だけでなく、鉱石又は鉱石産原料に含まれる有価金属を酸性水溶液に浸出させた浸出液も、金属を含む酸性水溶液40として処理することができる。例えば、ニッケル酸化鉱石やニッケルマットを、硫酸や塩酸、塩素等の酸化剤等で浸出して得られた浸出液を、金属を含む酸性水溶液40とする。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、上述した通り、金属を含む酸性水溶液40のpHが2.8(所定値)の状態から、硫化水素ナトリウム水溶液及びアルカリ性水溶液を供給して硫化反応を開始する。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、硫化反応開始時において、金属を含む酸性水溶液40のpHが3を超えないように調整することで、分離回収の対象であるニッケルやコバルト等の有価金属を含んだ硫化物沈澱への不純物の混入を防止することができる。
ここで、硫化水素ナトリウム水溶液及びアルカリ性水溶液の流量調節弁は、一律の動作特性を有していないため、各流量調節弁の開閉速度が異なっている。また、pHによる制御に関しても、アルカリ性水溶液の流量調節弁が作動してから反応槽10内のpH計が変化を検出するまでに、時間遅れが存在する。
そのため、金属硫化物の生成反応の制御方法では、反応槽10内の金属を含む酸性水溶液40のpHが3を超えてしまう可能性がある。
これらの制御性の問題に関しては、通常、プログラム制御機器のPID(比例動作、積分動作、微分動作)制御パラメータを適切に設定すれば対応可能である。しかしながら、これは、あくまでも許容された変動幅内での制御であり、例えばpHに関して3を超えずに3に近付けるような変動幅の小さな制御については、対応が困難である。
この制御性の問題を解決するために、金属硫化物の生成反応の制御方法では、硫化水素ナトリウム水溶液の流量と、アルカリ性水溶液の流量との比に、上限と下限の制限を設定する。これにより、PID制御パラメータを設定するよりも、更にpH変動幅を小さくする方法を確立することができる。
即ち、金属硫化物の生成反応の制御方法では、金属を含む酸性水溶液40のpHが高めの場合には、アルカリ性水溶液の流量を減少させる方向に動くが、金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムの供給モル量(反応当量)を100%としたときに対して80%のモル量(反応当量)を限度とし、それ以上は減少させないように制御する。
一方、処理液のpHが低めの場合であっても、アルカリ性水溶液の流量は、金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムの供給モル量(反応当量)を100%としたときに対して120%のモル量(反応当量)を限度とし、それ以上は増加させないように制御する。
これにより、金属硫化物の生成反応の制御方法では、硫化水素ナトリウム水溶液の流量に対するアルカリ性水溶液の流量の大幅な不足による硫化水素ガスの発生を抑制することができる。従って、金属硫化物の生成反応の制御方法の採用によって、従来法では為し得なかった、硫化水素ガス濃度の上昇による硫化物沈澱反応の緊急停止操作を回避することができ、効率的な運転が達成可能となる。
また、金属硫化物の生成反応の制御方法では、アルカリ性水溶液の供給過剰によるpH上昇のオーバーシュートも避けることができ、処理液のpHが3を超えることは無くなり、安定した硫化物生成を行うことが可能となる。
以上のように、金属硫化物の生成反応の制御方法では、アルカリ性水溶液中のアルカリ量が金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムとの反応当量を100%としたときに、アルカリ性水溶液が反応当量の80%以上120%以下になるよう添加量を調整し、硫化水素ナトリウム水溶液と混合して混合液とし、混合液を、金属を含む酸性水溶液に添加することにより、過剰な硫化水素ガスの発生を抑制しながらpHを調整することが可能となる。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、有害ガスである硫化水素ガスの発生を抑制することができれば、除害塔等の排ガス処理装置における硫化水素ガスを無害化するための吸収剤の使用量が減少して低コスト化を図ることができ、有害ガスによる環境問題の発生リスクを低減することができる。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、無駄な硫化水素ナトリウム水溶液消費も無くなるため、金属硫化物(硫化物沈澱)の生成工程の運転を、環境リスクを低減して、且つ低コストで安定的に実施することができる。
金属硫化物の生成反応の制御方法では、硫化物沈澱生成反応のpH制御が安定することから、分離回収の対象であるニッケルやコバルト等の有価金属の硫化物沈澱に不純物が混入する事態も回避することができる。
以下に示す実施例及び比較例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例及び比較例によって何ら限定されるものではない。
(実施例1)
実施例1では、硫化工程への供給液である硫酸ニッケル溶液のニッケル濃度が53g/L、pHが1.5であるものを使用し、これを容量10m3の反応槽に7m3まで張り込んだ。
その後、実施例1では、撹拌機で硫酸ニッケル溶液を撹拌しながら、25%水酸化ナトリウム水溶液(比重1.27)を反応槽に供給して、硫酸ニッケル溶液のpHを2.7に合わせた。
次に、実施例1では、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給停止後に5分程度時間をおき、オーバーシュート分のpHの上昇が無いことを確認した。
次に、実施例1では、流量調節弁の応答性の違いを考慮して、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給を先に再開し、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量を確認した後に、25%硫化水素ナトリウム水溶液(比重1.3)を反応槽に供給した。
なお、実施例1では、25%水酸化ナトリウム水溶液と25%硫化水素ナトリウム水溶液とが供給されることにより、例えば、図1に示すような混合配管21で混合されて混合液が得られ、この混合液を反応槽に供給する。
この時、実施例1では、25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量設定値が7.2L/minであり、25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量設定値をモル流量に換算すると42mol/minとなった。
また、実施例1では、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給は、硫酸ニッケル溶液のpH設定値を3として制御されているが、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量は、5.0L/minから5.7L/minの間で変動した。
この時、実施例1では、硫化水素ナトリウムに対して水酸化ナトリウムが等モル量の設定であると、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量は4.9L/minであり、この間、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量には、硫化水素ナトリウムのモル流量の80%から120%の制限がかけられていた。
また、実施例1では、金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムのモル流量の80%から120%に対応する25%水酸化ナトリウム水溶液の流量は、3.9L/min以上5.9L/min以下であり、実際の流量もこの範囲で推移していた。
ここで、実施例1における25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量(水硫化ソーダ流量)、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量(苛性ソーダ流量)、反応槽内の酸化還元電位(ORP)、反応槽内のpH(pH)及び反応槽の気相部の硫化水素ガスの濃度(H2S濃度)の推移を図2に示した。
図2に示すように、硫化反応の終了時には、硫化対象のニッケルそのものがなくなるため、硫化剤が硫化水素ガスとして放出されるが、それまでの硫化反応中は、特に目立ったガス放出は認められなかった。
(比較例1)
比較例1では、実施例1と同様の方法で運転操作を行った。まず、硫化工程への供給液である硫酸ニッケル溶液のニッケル濃度が51g/L、pHが1.9であるものを使用し、これを容量10m3の反応槽に7m3まで張り込んだ。
その後、比較例1では、撹拌機で硫酸ニッケル溶液を撹拌しながら、25%水酸化ナトリウム水溶液(比重1.27)を反応槽に供給して、硫酸ニッケル溶液のpHを2.7に合わせた。
次に、比較例1では、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給停止後に5分程度時間をおき、オーバーシュート分のpH上昇が無いことを確認した。
次に、比較例1では、流量調節弁の応答性の違いを考慮して、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給を先に再開し、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量を確認した後に、25%硫化水素ナトリウム水溶液(比重1.3)を反応槽に供給した。
この時、比較例1では、25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量設定値が7.2L/minであり、25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量設定値をモル流量に換算すると42mol/minとなった。
また、比較例1では、反応槽への25%水酸化ナトリウム水溶液の供給は、硫酸ニッケル溶液のpH設定値を3として制御されているが、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量は5.0L/minから7.0L/minの間で変動した。
この時、比較例1では、硫化水素ナトリウムに対して水酸化ナトリウムが等モル量の設定であると、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量は4.9L/minであり、この間、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量には、制限が設けられていなかった。
その結果、比較例1では、25%水酸化ナトリウム水溶液が、スタート時に過大な流量で供給されていた。これは、pH指示値の時間遅れによるものであり、硫酸ニッケル溶液のpHは、3.5にまで達してしまった。
その後、比較例1では、pHを下げるべく、一時手動で、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量を3L/minに減少させた。
この時、比較例1では、反応槽内に硫化水素ガスが発生し、瞬間的に硫化水素ガスの濃度が80ppmに達したため、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量を増加させた。
その後、比較例1では、反応槽内に硫化水素ガスの発生は見られずに、pHが徐々に低下するような流量設定で、25%水酸化ナトリウム水溶液の供給を継続した。
ここで、比較例1における25%硫化水素ナトリウム水溶液の流量(水硫化ソーダ流量)、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量(苛性ソーダ流量)、反応槽内の酸化還元電位(ORP)、反応槽内のpH(pH)及び反応槽の気相部の硫化水素ガスの濃度(H2S濃度)の推移を図3に示した。
図3に示すように、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量に制限を設けない比較例1では、pHの変動や硫化水素ガスの発生が見られ、手動制御に依存してしまうこととなり、環境問題の発生リスクが増加すると共に、手動での流量の調整が運転員の負荷となった。
以上の通り実施例1では、25%硫化水素ナトリウム水溶液と、25%水酸化ナトリウム水溶液中の水酸化ナトリウム量が25%硫化水素ナトリウム水溶液中の、金属硫化物を生成させる際に生成される硫酸水素ナトリウムの反応当量を100%とした時に80%以上120%以下になるような添加量の25%水酸化ナトリウム水溶液とを混合して混合液とし、混合液を硫酸ニッケル溶液に添加した。
その結果、実施例1では、図2に示した通り、過剰な硫化水素ガスの発生を抑制しながら、硫酸ニッケル溶液のpHを概ね3に調整することができた。
一方、比較例1では、実施例1とは異なり、25%水酸化ナトリウム水溶液の流量に制限を設けずに、25%硫化水素ナトリウム水溶液と25%水酸化ナトリウム水溶液とを混合して混合液とし、混合液を硫酸ニッケル溶液に添加した。
その結果、比較例1では、図3に示した通り、混合液を硫酸ニッケル溶液に添加している最中に、25%硫化水素ナトリウム水溶液の添加量に対する25%水酸化ナトリウム水溶液の添加量が大幅に不足し、過剰な硫化水素ガスが発生した。
また、比較例1では、図3に示した通り、25%水酸化ナトリウム水溶液の添加量が不足したことで、今度は25%水酸化ナトリウム水溶液が過剰に添加され、硫酸ニッケル溶液のpH上昇が起こり、硫酸ニッケル溶液のpHを3に調整することができなかった。