JP6191182B2 - 炭素繊維束及びその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、電気伝導性が高く、柔軟性に優れた炭素繊維及びその製造方法に関するものである。
炭素繊維は高強度、高弾性率、軽量等の優れた特性を有しており、航空宇宙用途や、スポーツ、レジャー用途を中心に利用されてきた。さらには近年では、高導電性という特長も活かした炭素繊維ケーブル、電子機器筺体、電池やキャパシタの電極添加材料などへの用途も広まりつつある。このように、炭素繊維の適用領域は拡大し、特に電気伝導性が高く、複雑な形状を要する部材への需要も高まってきている。
炭素繊維の導電性はグラファイト網面構造の発達と相関があり、グラファイト網面構造が発達しているほど、導電性は高くなる。グラファイト網面構造を発達させる手法として、炭素化温度を高くする方法や、耐炎化や炭素化時に繊維を伸長させながら焼成する方法などがある。しかしながら、これらの手法を用いると、同時に引張弾性率が高くなってしまい、剛性の高い炭素繊維になる。このような、剛性の高い炭素繊維は、曲げ方向への柔軟性や圧縮特性が低く、複合材料に成型する際の加工性が低いという難点があり、電気伝導性の高い炭素繊維の用途は限られてきた。
特許文献1には異種元素を含浸することで、繊維中心部に対比して結晶性の低い領域を表層部に有した圧縮強度に優れた炭素繊維が開示されている。また、特許文献2には特定の引張強度、引張弾性率および炭素結晶サイズを有した、ねじりや曲げに強いゴルフシャフトに好適な炭素繊維が開示されている。
しかしながら、特許文献1、2に記載の発明は、圧縮強度や曲げに強いなどの機械的特性を規定している特許ではあるが、電気的特性を規定する記載はない。
特許文献1の場合、イオン注入により表層の結晶部が低下しており、電気伝導性も低下する問題があった。
また、特許文献2の場合、耐炎化時間が長いため、単繊維繊度が1.1texより小さい前駆体繊維を使用した場合、低い炭素化温度でも引張弾性率が発現し、剛性の高い炭素繊維ができやすいという問題があった。
特開平9−170427号公報 特開2005−256211号公報
本発明の課題は、従来技術では達成し得なかった、優れた電気伝導性と柔軟性を同時に兼ね備えた炭素繊維およびその製造方法を提供することにある。
即ち本発明の要旨は、(1)単繊維のループ試験における、破断直前のループ頂点部分の繊維の曲率半径r(μm)と繊維径D(μm)の比(r/D)が8以下であり、二端子法を用いて測定した炭素繊維束の体積抵抗率が2×10−5Ω・m以下の炭素繊維束である。
(2)単繊維のループ試験で、ループの短径R1(μm)と長径R2の比(R1/R2)が急激に上昇し始める座屈点において、次式で求められる圧縮降伏歪(εcf)とストランド引張弾性率の積から得られる単繊維圧縮強度が5GPa以上であることが好ましい。
εcf = 1.07 × D/R2
また、(3)X線回折法で2θ測定を行い、d(002)面の回折強度のピーク半価幅から求めたグラファイト網面結晶サイズLcが1.7nm以上で、d(002)面回折が最高強度になる2θでβ測定を行い、回折強度のピーク半価幅から求めた結晶子配向度πが75%以上であることが好ましい。
そして、(4)ストランド弾性率が250GPa以下であることが好ましい。
第二の要旨は、(5) 単繊維繊度が2.3dtex以下の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、
(A)表面温度が150℃以上440℃以下である加熱ロールに断続的に接触させるか、または、
(B)酸化性雰囲気中で加熱した後、表面温度が150℃以上440℃以下である加熱ロールに断続的に接触させるかして、
繊維密度を1.35g/cm以上1.43g/cm以下とする際に繊維束を加熱する時間を30分以下とする、炭素繊維束の製造方法。
である。
本発明により、電気伝導性が高くて複雑な形状を擁した複合材料への加工が容易である炭素繊維及びその製造方法を得ることができる。
ループ試験法の概略図である。 ループの長径と短径を表した概略図である。 体積抵抗率測定装置の概略図である。 体積抵抗率測定装置の一部の概略図である。
以下、本発明を詳細に説明する。
炭素繊維の電気伝導性を向上させるためには、グラファイト網面構造を発達させる必要がある。その方法として、炭素化工程での焼成温度を高くする方法や、繊維を伸長させながら焼成する方法などが従来から知られている。しかしながら、これらの方法を用いると、ストランド引張弾性率も同時に増大して繊維の剛性が高まるため、炭素繊維の柔軟性が低下して、複合材料への加工性が低下することが予想される。
本発明者らは、従来の酸化性雰囲気下における耐炎化処理時間を短くして、加熱ロールを用いた耐炎化処理を行い、繊維密度を向上させた後、炭素化処理を行うことによって、電気伝導性が高く、柔軟性に優れた炭素繊維が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明の炭素繊維は、単繊維のループ試験における、破断直前の最もループ頂点部分の繊維の曲率半径r(μm)と繊維径D(μm)の比(r/D)が8以下で、かつ二端子法を用いて測定した炭素繊維束の体積抵抗率が2×10−5Ω・m以下のアクリル系炭素繊維束である。
柔軟性の指標として、単繊維のループ試験による破断直前のループの曲率半径が有用である。曲率半径r(μm)は繊維径D(μm)の大きさにも依存するので、繊維自体の柔軟性を評価するため曲率半径と繊維径の比(r/D)を採用した。r/Dはその値が小さいほど、繊維の曲げ剛性が低く、柔軟であることを表す。r/Dの上限値は、複雑な成型に耐えられるだけの柔軟性を有するという点から、8.0以下が好ましく、7.7以下がより好ましく、7.4以下がさらに好ましい。
下限値は、成型の加工性の点から、4.0以上が好ましく、5.0以上がより好ましく、6.0以上がさらに好ましい。
本発明において、繊維径D(μm)は、炭素繊維束の目付け(g/m)と密度、フィラメント数から、下式を用いて求める。
= 4/π×T/(ρ×f)×10
T:炭素繊維束の目付け(g/m)
ρ:炭素繊維の密度(g/cm
f:炭素繊維束のフィラメント数
電気伝導性の観点から、X線回折法により求めたグラファイト網面結晶サイズLcが1.7nm以上であることが好ましく、機械的強度が極端に低下しないよう、結晶子配向度πは75%以上であることが好ましい。また、ループの短径と長径の比(R1/R2)が急激に上昇し始める座屈点において、下式で求められる圧縮降伏歪(εcf)とストランド引張弾性率の積から得られる単繊維圧縮強度が5GPa以上であれば、曲げ強さやねじり強さにも優れた炭素繊維になる。単繊維圧縮強度は、6GPa以上が好ましく、7GPa以上がさらに好ましい。
εcf = 1.07 × D/R2
上述したように、ストランド弾性率は高すぎると、剛性が高まるため望ましくない。したがって、250GPa以下が好ましく、235GPa以下がより好ましい。
[ループ試験によるループ径、曲率半径、圧縮歪、圧縮強度の測定方法]
ループ試験は以下の方法で行う。
(1)約10cmの単繊維をスライドグラス上に置き、中央部にグリセリンを1〜2滴たらして単繊維をひねりながらループを作る。
(2)短冊状にした厚さ18μmのカプトン膜を単繊維と平行にスライドグラスに貼り付け、このカプトン膜に乗せるようにしてカバーガラスを置く。
(3)単繊維の片方はテープで固定し、もう片方は中央精機社製のオートマイクロアクチュエーター稼動部にテープで固定する(図1)。
(4)これを顕微鏡下に置いて顕微鏡に接続したビデオカメラでモニタ上に映し、これを観察しながら常にループを視野に捉えるようにしながら、単繊維を一定速度で引張り、歪をかける。
(5)そして破断するまでの挙動をビデオに録画し、再生画面を停止させながら、ループの短径(R2)と長径(R1)をモニタ上で測定する(図2)。
(6)式(1)により単繊維径(D)とR2から歪(ε)を計算し、εを横軸,長径と短径との比(R1/R2)を縦軸にしてグラフにプロットする。
ε=1.07×D/R2・・・・・(1)
R1/R2は、圧縮座屈しない領域では一定値を示すが、圧縮座屈すると急に大きくなる。したがって、R1/R2が急に増大し始める歪を圧縮降伏歪(εcf)として求める。これを約10本の単繊維につき測定し、その平均値を求めた。得られた平均値に引張弾性率を掛けた値を単繊維圧縮強度とした。また、破断直前の曲率半径は、解析ソフト2DMeasure(ハイロックス社製)を用いて、最も歪んでいる部分を円近似することで求めた。
[グラファイト網面結晶子サイズLcの測定方法]
炭素繊維のグラファイト網面結晶子サイズLcは、以下の方法で求めることができる。(1)測定に使用する炭素繊維トウを50mm長に切断し、ここから12mg精秤採取し、試料繊維軸が正確に平行になるようにして引き揃えた後、幅1mmの厚さが均一な繊維試料束に整える。
(2)この繊維試料束両端に酢酸ビニル/メタノール溶液を含浸させて形態が崩れないように固定した後、これを広角X線回折試料台に固定する。
(3)X線源として、リガク社製のCuKα線(Niフィルター使用)X線発生装置(商品名:TTR−III、回転対陰極型X線発生装置)を用い、同じくリガク社製のゴニオメーターにより、透過法にてグラファイトの面指数d(002)に相当する2θ=26°近傍の回折ピークをシンチレーションカウンターにより検出する。なお、出力50kV−300mAにて測定した。回折ピークにおける半価幅から下記の式(2)を用いて、結晶サイズLcを求めた。
Lc=Kλ/(β0 cosθ)・・・ (2)
(式中、Kはシェラー定数0.9、λは用いたX線の波長(ここではCuKα線を用いているので、0.15418nm)、θはBraggの回折角、β0 は真の半価幅、β0 2=βE 2−β1 2(βEは見かけの半価幅、β1 は装置定数であり、ここでは0.063rad)である。
[グラファイト網面結晶子の繊維軸方向への配向度πの測定方法]
グラファイト網面結晶子サイズLcの測定のときと同様にして試料を調整し、同様の解析方法によって得られたd(002)回折の最高強度を含む2θで、サンプル繊維束をX線に対して垂直な面上で360°回転させながら回折強度を測定し、回折プロフィルの半価幅(H°)から、下記の式(3)を用いて結晶配向度π002(%)を求めた。
π002 =[(180−H) / 180]×100・・・ (3)
[体積抵抗率の測定方法]
炭素繊維束の体積抵抗率は、JIS−R−7609記載の方法で測定することができる。なお、多数の単繊維から構成される繊維束(炭素繊維束)を用いて測定することができる。この炭素繊維束を構成する単繊維数は例えば1000〜50000本とすることができる。また、炭素繊維束の抵抗値は二端子法により測定した(図2)。この方法では、試験長Lで測定した抵抗値Rを、以下の式(4)にそれぞれ代入し、各試験長Lに対して体積抵抗率S(L)を求める。JIS法によると、試験長は1点のみでよいが、本発明では、最小二乗法でフィッティングを行うため、50、130、210mmの3点の試験長で体積抵抗率の測定を行い、各試験長に対して3回ずつ測定を行い、その平均値を実測した抵抗値とした。この方法は、測定の際に発生してしまう試料以外の抵抗を除去するものである。
S(L)=R/L × T/ρ・・・ (4)
ここで、S(L): 体積抵抗率(Ω・m)、L: 試験長(m)、R: 実測した抵抗値(Ω)、T: トウの目付け(g/m)、ρ: 炭素繊維の密度(g/m)である。
次に、各試験長に対して求められた3つの体積抵抗率S(L)の平均値Sav(L)を求めた。そして、試験長LをX軸、Sav(L)とLの積をY軸に取り、得られる近似直線式の傾きを炭素繊維の体積抵抗率Sとした。
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の単繊維繊度は特に限定がないが、製造途中の糸切れや毛羽を防止するという観点から、0.3dtex以上が好ましく、焼けムラを防ぐ観点から、2.3dtex以下が好ましく、2.0dtex以下がさらに好ましい。炭素繊維前駆体アクリル繊維束の単繊維繊度は、例えばドープ原液(紡糸原液)の吐出速度や延伸倍率を変えることによって調整することができる。また、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の単繊維繊度は以下の方法によって測定することができる。すなわち、あらかじめフィラメント数が分かっている繊維束を1m取り出してその質量を計測し、その質量をフィラメント数で割ることで単繊維繊度を求める。
本発明の炭素繊維は、例えば、以下の工程を含む本発明の製造方法によって製造することができる。
ポリアクリロニトリル系重合体からなり、かつ単繊維繊度が2.3dtex未満の炭素繊維前駆体を、表面温度150~400℃の加熱ロールに断続的に接触させ、繊維密度が1.35〜1.43g/cmに達するまで加熱処理する耐炎化工程を含むことで、本発明の炭素繊維を製造することが可能になる。加熱ロールによる耐炎化を行う前に、酸化性雰囲気下における間接加熱処理を行うことも可能であり、より均一な構造の炭素繊維が得られると期待される。ただし、酸化性雰囲気下における耐炎化処理時間が長すぎると、最終的な炭素繊維の剛性が高まることになる。したがって、酸化性雰囲気下における加熱は25分以下が好ましく、20分以下がより好ましく、15分以下がさらに好ましい。
以上のような、耐炎化方法を用いるため、本発明の炭素繊維を得るための耐炎化処理時間は、従来に比べて圧倒的に短縮することができ、本発明の炭素繊維を得るために必要なこの工程の全所要時間は25分程度あれば十分であり、もっと短縮することも可能である。
なお、本発明では、各繊維(前駆体繊維や耐炎化繊維、炭素繊維)を繊維束として取り扱うことができる。これらの繊維束は、フィラメントを多数束ねて作製することができる。繊維束を構成するフィラメント数は、用途によって適宜設定できる。ただし、品質安定性の観点から、100,000本以下であることが好ましく、70,000本以下とすることがより好ましく、50,000本以下がさらに好ましい。
本発明の炭素繊維を得るための上記に挙げた耐炎化方法以外の製造方法(重合方法、紡糸方法、炭素化方法)は、例えば以下の方法を用いることができる。
[重合方法]
炭素繊維用前駆体繊維として、ポリアクリロニトリル系重合体からなる特定の単繊維繊度を有する繊維を用いる。このアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル単位を含めばよく、アクリロニトリルのホモポリマー(単独重合体)であっても良いし、アクリロニトリルと、他のモノマーとのコポリマー(共重合体)であっても良い。
炭素化を良好に行う観点から、ポリアクリロニトリル系重合体の原料としては、アクリロニトリル85モル%以上を含み、かつ該アクリロニトリルと共重合可能な重合性不飽和単量体15モル%以下を含む重合体が好適である。
前記重合性不飽和単量体の具体例として、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロ岸プロピルなどに代表されるアクリル酸エステル類;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸n−ヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ウラリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ジエチルアミノエチルなどに代表されるメタクリル酸エステル類;アクリル酸、メタクリリル酸、イタコン酸アクリルアミド、N−メチロ−ルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、スチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー種;p−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、アリルスルホン酸、及びこれらのアルカリ金属塩などが例示できる。
アクリル系の炭素繊維用前駆体の原料となる重合体を得る際の重合法としては、懸濁重合法、溶液重合法、乳化重合法などを利用することができる。また、重合開始剤は、アゾ系化合物、有機過酸化物、また、過硫酸/亜硫酸や塩素酸/亜硫酸のアンモニウム塩などのレドックス触媒を用いることができる。なお、ポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量は、好ましくはポリスチレン換算で50,000以上、より好ましくは100,000以上である。
アクリル系の炭素繊維用前駆体の原料となる重合体を溶媒に溶解してなる重合体溶液を、紡糸原液として用いる。この紡糸原液を得るために使用する溶媒としては有機溶媒が好ましく、具体的には、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。
紡糸原液中のポリアクリロニトリル系重合体の濃度は、この重合体の重合度にもよるが、紡糸工程上、好ましくは17質量%以上、より好ましくは18質量%以上であり、25質量%以下であることが好ましい。
紡糸方法としては、公知の方法を採用でき、具体的には湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法などが挙げられる。これらの中でも湿式紡糸法、乾湿式紡糸法が紡糸の生産性の観点、炭素繊維の強度発現性の観点から好ましく用いられる。
上記紡糸原液を、紡糸ノズルを解して凝固浴中に吐出して紡糸することで、凝固糸を得る。凝固糸は、これを水洗しないで直接延伸浴中で延伸してもよいし、或いは紡出後の凝固糸の溶媒を水洗によって除去した後に延伸浴中で延伸してもよい。このときの延伸浴には、通常50〜98℃の温水を利用し、前記溶媒の濃度が0重量%から凝固浴の濃度までの範囲になるよう設定する。
次いで通常は、糸条に油剤を付与する。油剤の付与方法には、浸漬法、キスローラー法、ガイド給油法、油剤浴中の駆動・非駆動ローラーによる方法、走行する糸条を固定・非固定のガイドバーへ掛けて付与する方法、上方へ吹き出した油剤中に糸条を走行させて付与する方法、走行する糸条へ上方から油剤を滴下させて付与する方法、油剤液を噴霧した空間に糸条を走行させて付与する方法、又はこれらを複数組み合わせた方法などを利用することができ、糸条の種類や用途に応じて適宜選択することができる。
ここで、シリコーン油剤の量が多すぎると、得られる炭素繊維に充分な樹脂接着性が得られなくなることがあるために、付与するシリコーン油剤の量は必要最小限に止めておき、前記付与方法によって糸条へ均一に付与するようにするのが好ましい。
続いて、浴中延伸後の糸条を、ホットドラムなどで乾燥することによって乾燥緻密化する。この乾燥緻密化の工程での乾燥温度、所要時間などは適宜選択することができる。また、乾燥緻密化後の糸条は、必要に応じて、加圧スチーム中や熱板、乾熱ロールで延伸するなどして、より高温の環境で延伸するのが好ましい。
以上のような製造方法により、単繊維繊度2.3dtex以下、配向度85%以上のアクリル系の炭素繊維用前駆体にすることが好ましく、これを焼成して、所定の物性を具備する炭素繊維にする。
本発明の炭素繊維を得るための炭素繊維用前駆体の耐炎化方法としては、熱板、熱ロールなどの加熱体に繊維を接触させる直接加熱処理が必要である。その中でも、省スペース化可能、延伸の容易さなどから熱ロールを用いる方法がより好ましい。
直接加熱処理におけるロールの温度は、繊維の暴走反応を防ぐ観点から、150℃以上440℃以下の温度範囲内で段階的に温度を上げていくのが好ましい。また、十分に繊維を加熱するために、ロール速度にもよるが3本から10本程度の等温のロールを1組とし、繊維に接触させる組順に徐々に温度を上げていき、段階的に加熱していくことが好ましい。組の数は特に指定しないが、コストを安く抑える観点から、3組から8組の等温のロールの組を用いて加熱するのが望ましい。最初の加熱ロール温度は、酸化性雰囲気下における加熱処理を行わない場合は、150℃以上250℃以下の温度範囲にすることが好ましく、酸化性雰囲気下における加熱処理を行う場合は、繊維密度にも拠るが、200℃以上400℃以下が好ましい。10℃温度の上げ方は、組の数にもよるが、暴走反応を防ぐ観点から、〜40℃ごと温度を上げていくのが好ましい。この加熱に使用する熱ロールは連続して接触させても良いし、断続的(間欠的)に接触させても良い。
また、ロール加熱の前に、酸化性雰囲気下における間接加熱処理を行うことも可能である。ただし、酸化性雰囲気下における耐炎化処理時間が長すぎると、最終的な炭素繊維の剛性が高まることになる。したがって、酸化性雰囲気下における加熱は25分以内が好ましく、20分以内がより好ましく、15分以内がさらに好ましい。また、該工程における加熱温度は170℃以上300℃以下であることが好ましく、180℃以上270℃以下であることがより好ましい。170℃以上であれば、耐炎化反応を容易に進行させることができ、300℃以下であれば、環化反応に伴う暴走反応を防ぐことができる。
また、酸化による急激な発熱を抑制するために、この温度範囲で、段階的に昇温加熱することが好ましい。
上記のような方法による耐炎化時間は、コストを安く抑える観点から、合計で25分以内が好ましく、20分以内がより好ましく、15分以内がさらに好ましい。なお、直接加熱処理時間が短ければ短いほどコストを安く抑えることができる。
以上の様な、ロール接触による加熱処理を施すことで、密度が1.35〜1.43g/cmの耐炎化繊維を得る。耐炎化密度が1.35g/cm以上あれば、次の炭素化工程にて燃えない安定した耐炎化繊維構造となる。また、1.43g/cm以下であれば、過度な酸化反応を抑制することができ、炭素化収率の低下を防ぐことができる。
なお、本発明では、直接加熱処理を行うことで、単繊維表面のグラファイト網面を成長させることができるため、弾性率が低いにもかかわらず、体積抵抗率の低い炭素繊維を得ることが可能となる。
耐炎化工程を完了した糸条は、常法により、不活性雰囲気中で炭化処理に付される。ここでの雰囲気温度は、得られる炭素繊維の性能を高める点から、1000℃以上が好ましく、1200℃以上にするのがより好ましい。しかし、1500℃以上の温度で処理すると、過度に黒鉛化が進み、剛性が増すため柔軟性の高い炭素繊維が得られない。
又、炭化処理工程は、比較的分解発生物の多い600〜1000℃までの低温領域とそれ以上の温度領域との複数の炉に分けて行なうことが、得られる炭素繊維の諸物性及び生産性向上の点から好ましい。
アクリロニトリル質量98質量%、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル2.0質量%を共重合させたアクリロニトリル系共重合体(極限粘度〔η〕=0.21)を、ジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液(重合体濃度:21質量%、温度:60℃)を調製した。
この紡糸原液を、孔数24000のノズル孔を有する口金を用いて、温度25℃、濃度45質量%のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して、凝固糸とした。この凝固糸を、洗浄延伸及び熱延伸させて、全体で7.4倍延伸させた前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維の単繊維繊度は、1.2dtexであった。
次に、この前駆体繊維を、酸化性雰囲気中、6本ずつ180℃、210℃、240℃、270℃、300℃、330℃にそれぞれ設定した加熱ロール6組(6本×6組)に順に接触させることで、耐炎化繊維を得た。繊維が各組を通過する間の時間は、それぞれ2分、2分、2分、1分、2分、30秒で、合計9分30秒要した。
なお、密度が急激に上昇し始める温度域では、暴走反応を防ぐために接触時間を短くしている。得られた耐炎化繊維の密度は1.39g/cmであった。
この耐炎化繊維を、窒素雰囲気下、最高温度650℃、伸長率3.0%にて1分間熱処理し、さらに窒素雰囲気下、高温熱処理炉にて最高温度1350℃、伸長率−1.5%にて、1分間炭素化処理をして、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、7.22、体積抵抗率は、1.8×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.73nm、結晶配向度は75.7%、引張弾性率は142GPa、圧縮強度は5.73GPaであった。このように、実施例1では、グラファイト網面が発達し導電性が優れている一方で、曲げ方向に歪みやすく柔軟性に優れている炭素繊維が得られた。
<実施例2>
実施例1と同じ前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜250℃の加熱空気中、伸長率0%で耐炎化処理を20分行い、耐炎化繊維を得た。この耐炎化繊維の密度は1.23g/cmであった。その後、この耐炎化繊維を270、300℃にそれぞれ設定した加熱ロール2組(6本×2組)に順に接触させることで、耐炎化繊維を得た。繊維が各組を通過する間の時間は、それぞれ2分、4分で、合計26分要した。この耐炎化繊維の密度は1.39g/cmであった。この耐炎化繊維を実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、7.66、体積抵抗率は、1.6×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.77nm、結晶配向度は77.9%、引張弾性率は209GPa、圧縮強度は6.71GPaであった。
実施例1と同じ前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて230〜270℃の加熱空気中、伸長率3%で耐炎化処理を40分行い、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.31g/cmであった。その後、耐炎化繊維を270、330、360℃に設定した加熱ロールに20秒間毎連続的に接触させて、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.40g/cmであった。この耐炎化繊維を実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
<比較例1>
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、11.33、体積抵抗率は、1.6×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.80nm、結晶配向度は80.7%、引張弾性率は239GPa、圧縮強度は5.41GPaであった。得られた炭素繊維はr/dが高く、剛性の高いものであった。
<比較例2>
紡糸原液を凝固浴中に吐出する量のみを変更して、他は実施例1と全く同じ条件で、単繊維繊度が2.5dtexの前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて230〜270℃の加熱空気中、伸長率3%で耐炎化処理を30分行い、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.26g/cmであった。その後、耐炎化繊維を270、290、330、360℃に設定した加熱ロールに15秒間毎連続的に接触させて、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維Cの密度は1.37g/cmであった。この耐炎化繊維を実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、8.53、体積抵抗率は、1.5×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.77nm、結晶配向度は80.5%、引張弾性率は219GPa、圧縮強度は6.61GPaであった。
<比較例3>
紡糸原液を凝固浴中に吐出する量のみを変更して、他は実施例1と全く同じ条件で、単繊維繊度が2.5dtexの前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて230〜270℃の加熱空気中、伸長率3%で耐炎化処理を90分行い、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.38g/cmであった。この耐炎化繊維を実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、12.08、体積抵抗率は、1.8×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.59nm、結晶配向度は81.1%、引張弾性率は242GPa、圧縮強度は7.50GPaであった。
<実施例3>
アクリロニトリル質量98質量%、メタクリル酸2.0質量%を共重合させたアクリロニトリル系共重合体を、ジメチルホルムアミドに溶解して、重合体濃度23.5質量%の紡糸原液を調製した。この紡糸原液を、孔数12000のノズル孔を有する口金を用いて、空気中に紡出させて約5mmの空間を通過させた後、温度15℃、濃度80.0質量%のジメチルホルムアミド水溶液中に吐出して、凝固糸とした。この凝固糸を、洗浄延伸及び熱延伸させて、全体で8.0倍延伸させた前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維の単繊維繊度は、0.77dtexであった。
前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜250℃の加熱空気中、伸長率0%で耐炎化処理を20分行い、耐炎化繊維を得た。この耐炎化繊維の密度は1.22g/cmであった。その後、その後、この耐炎化繊維を270、300℃にそれぞれ設定した加熱ロール2組(6本×2組)に順に接触させることで、耐炎化繊維を得た。繊維が各組を通過する間の時間は、それぞれ2分、4分で、合計26分要した。この耐炎化繊維の密度は1.39g/cmであった。この耐炎化繊維を実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、7.82、体積抵抗率は、1.7×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.75nm、結晶配向度は80.2%、引張弾性率は221GPa、圧縮強度は7.67GPaであった。
<比較例4>
実施例3と同じ前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて230〜270℃の加熱空気中、熱風循環式耐炎化炉にて220〜270℃の加熱空気中、伸長率6%で耐炎化処理を45分行い耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.34g/cmであった。その後、この耐炎化繊維を、最高温度を1,100℃にした以外は、実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、9.71、体積抵抗率は、2.8×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は1.33nm、結晶配向度は81.8%、引張弾性率は252GPa、圧縮強度は7.22GPaであった。
<比較例5>
実施例3と同じ前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて230〜270℃の加熱空気中、熱風循環式耐炎化炉にて220〜270℃の加熱空気中、伸長率6%で耐炎化処理を45分行い、耐炎化繊維を得た。耐炎化繊維の密度は1.34g/cmであった。
その後、この耐炎化繊維を、最高温度を2,400℃にした以外は、実施例1と同じ条件で炭素化処理し、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維の、曲率半径と繊維径の比(r/D)は、13.22、体積抵抗率は、0.9×10−5Ω・m、グラファイト網面結晶サイズ(Lc)は3.98nm、結晶配向度は89.8%、引張弾性率は445GPa、圧縮強度は5.75GPaであった。

1 オートマイクロアクチュエーター
2 カプトン膜
3 カバーガラス
4 テープ
5 スライドガラス
6 単繊維
10 抵抗測定器
11 導線
12 長さ計
13 試験片
14 電極
21 試験片
22 締付けネジ
23 端子
24 絶縁板
25 銅板

Claims (5)

  1. 単繊維のループ試験における、破断直前のループ頂点部分の繊維の曲率半径r(μm)と繊維径D(μm)の比(r/D)が7.4以下であり、二端子法を用いて測定した炭素繊維束の体積抵抗率が2×10−5Ω・m以下である炭素繊維束。
  2. 単繊維のループ試験における、ループの短径R1(μm)と長径R2(μm)の比(R1/R2)が急激に上昇し始める座屈点において、次式で求められる圧縮降伏歪とストランド引張弾性率の積から得られる単繊維圧縮強度が5GPa以上である、請求項1に記載の炭素繊維束。
    εcf = 1.07 × D/R2
  3. X線回折法で2θ測定を行い、d(002)面の回折強度のピーク半価幅から求めたグラファイト網面結晶サイズLcが1.7nm以上で、d(002)面回折が最高強度になる2θでβ測定を行い、回折強度のピーク半価幅から求めた結晶子配向度πが75%以上である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
  4. ストランド弾性率が250GPa以下で、請求項1〜3のいずれか一項に記載の炭素繊維束。
  5. 単繊維繊度が2.3dtex以下の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を酸化性雰囲気中、表面温度が150℃以上440℃以下である加熱ロールに断続的に接触させて、繊維密度を1.35g/cm以上1.43g/cm以下とする際に繊維束を加熱する時間を15分以下とする、炭素繊維束の製造方法。
    但し、前記炭素繊維前駆体アクリル繊維束を酸化性雰囲気中で加熱した後、前記加熱ロールに接触させる場合を除く。
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