一組の配向膜の配向処理方向とプレチルト角の組み合わせで定まる液晶分子の捩れ方向(第1旋回方向)と、カイラル剤によって誘起される液晶分子の捩れ方向(第2旋回方向)とが逆方向となるように作製された液晶層を有し、たとえば液晶層に物理的作用、一例として電気光学特性の飽和電圧以上の電圧の付加及びその除去により、液晶分子が各方向へ捩れる状態を可換的に実現する液晶表示素子を、リバースツイストネマチック(reverse twisted nematic ;RTN)型液晶表示素子と呼ぶ。第1旋回方向は、液晶層にカイラル剤を添加しない場合に、液晶分子がユニフォームツイスト構造で捩れる旋回方向である。
RTN型液晶表示素子は、駆動電圧の閾値を低くすることができるため、低消費電力駆動が実現されるという特徴を有する。本願発明者らは、駆動電圧の閾値低減を目的に、様々な条件で作製したRTN型液晶表示素子について研究を行い、その成果を特許文献3に開示した。本願発明者らの研究の結果、プレチルト角が高いほどリバースツイスト構造状態が安定すること、及びカイラル剤のカイラルピッチが短いほど駆動電圧の閾値は低くなるが、リバースツイスト構造状態は不安定となることが見出された。
特許文献3には、リバースツイスト構造状態が安定な、高プレチルト角条件を中心に行った研究の成果が記載されている。低プレチルト角条件に関しても実験を実施したが、リバースツイスト構造状態は元々不安定な液晶分子配列状態であるため、リバースツイスト構造状態が一層不安定となる短ピッチ条件(たとえばカイラルピッチが20μm以下)については検討を行っていなかった。
本願発明は、たとえば低プレチルト角かつ短ピッチ条件という、通常は研究の対象外とされるような、非常に不安定な条件におけるリバースツイスト構造状態に係る研究の一成果である。この特異な条件下で本願発明者らは、液晶表示素子の駆動電圧の閾値が比較的高く、シャープネスが極めて急峻となる予期せぬ現象を発見し、特許文献5に開示した。しかしながらこのような現象が発生する理由は、これまで明らかにされていなかった。
本願発明者らは、鋭意研究の結果、この現象を生じさせるメカニズムを突き止め、本願に係る液晶素子とその駆動方法、及び、液晶装置の発明をなした。
図1は、第1の実施例による液晶表示素子の製造方法を示すフローチャートである。
透明導電膜、たとえばITO(indium tin oxide)膜が形成された透明基板を2枚準備する。透明基板は、たとえば厚さ0.7mmtのソーダライムガラスで形成される。ITO膜の厚さは、たとえば1500Åである。これらの透明基板を洗浄、乾燥し(ステップS101)、ITO膜のパターニングをフォトリソ工程を用いて行い、透明基板(ガラス基板)上に透明電極(ITO電極)を形成する(ステップS102)。ITO電極パターンのエッチングは、たとえば第二塩化鉄を主成分とするエッチング液を用いたウェットエッチで行う。
ガラス基板上に、ITO電極を覆うように配向膜材料を塗布する(ステップS103)。配向膜材料の塗布は、たとえばフレキソ印刷を用いて行う。インクジェット印刷を用いてもよい。配向膜材料として、たとえば(株)日産化学製のSE−130を使用する。SE−130は、低プレチルト角を発現させるTN型液晶表示素子用の水平配向膜材料である。配向膜材料はこれに限られない。
配向膜材料を塗布したガラス基板をホットプレートに乗せ、100℃で3分間の仮焼成(プリベーク)を実施する(ステップS104)。その後、クリーンオーブンにて200℃、1時間の本焼成を行う(ステップS105)。こうしてITO電極を覆う配向膜を形成する(ステップS103〜S105)。
次に、ラビング処理(配向処理)を行う(ステップS106)。基板に接する液晶分子を一方向に並べる(配向する)ため、布を巻いた円筒状のロールを高速に回転させ配向膜上を擦る。
液晶層の厚さ(基板間距離)を一定に保つため、一方のガラス基板面上にギャップコントロール剤を乾式散布法にて散布する(ステップS107)。ギャップコントロール剤には粒径5μmのシリカ系材料((株)宇部日東化成製 ハイプレシカUF)を使用した。プラスチックボールを用いることもできる。
他方のガラス基板面上にはシール剤を印刷し、メインシールパターンを形成する(ステップS108)。たとえば熱硬化性のシール剤である(株)三井化学製のES−7500に、粒径5μmのグラスファイバーを数%加え、スクリーン印刷法で印刷する。ディスペンサを用いて、シール剤を塗布することもできる。光硬化性のシール剤や、光・熱併用硬化型のシール剤を使ってもよい。
メインシールパターンを形成した基板面上の所定の位置に、金メッキを施したプラスチックボール(Auボール)などを含む導通材を印刷し、導通材パターンを形成する。たとえば粒径5μmのグラスファイバーを加えたES−7500に、更に粒径6μm程度のAuボールを数%含ませたものを、導通材としてスクリーン印刷する。導通材パターンの印刷は、メインシールパターンを印刷した基板とは異なる基板に行ってもよい。
ガラス基板を貼り合わせる(ステップS109)。2枚のガラス基板を所定の位置で重ね合わせてセル化し、プレスした状態で熱処理を施しシール剤を硬化させる。ここでは配向処理の組み合わせでユニフォームツイスト構造を形成するときの液晶分子が、上側基板から下側基板に向かう方向に沿って、右方向に90°捩れるように、2枚のガラス基板を重ね合わせた。シール剤の熱硬化は、たとえばホットプレス法を用い、150℃で焼成して行う。その後、スクライバ装置でガラス基板に傷をつけ、つけた傷の一部に沿ってブレイキングし、短冊状に分割する。
分割された短冊状の空セルを単位とし、たとえば真空注入法で空セルにネマチック液晶を注入する(ステップS110)。液晶材料には、たとえば(株)DIC製のRDP−84910を使用した。液晶中にはカイラル剤を添加した。添加量はカイラルピッチが、上側基板から下側基板に向かう方向に沿って左捩れ方向に、15μmとなるように調整した。
液晶注入口を、たとえば紫外線(UV)硬化タイプのエンドシール剤で封止し(ステップS111)、液晶分子の配向を整えるため、液晶の相転移温度以上にセルを加熱する(ステップS112)。たとえばオーブンにより、120℃で30分間の熱処理を行う。その後、スクライバ装置でガラス基板につけた傷の残部に沿ってブレイキングし、個別のセルに小割する。
小割されたセルに対し、面取り(ステップS113)と洗浄(ステップS114)を実施する。洗浄工程においては、洗剤、有機溶剤などによりセルを洗浄し、セルに付着した液晶や面取り時の粉を洗い落とす。
最後に、2枚のガラス基板の液晶層と反対側の面に、所定の大きさにカットした偏光板を貼付する(ステップS115)。2枚の偏光板はクロスニコルに配置し、ノーマリホワイトのTN型液晶表示素子を実現した。
両基板のITO電極間には電源、及び、たとえば後述の駆動方法で液晶表示素子を駆動可能な制御装置を接続した。
図2は、第1の実施例による液晶表示素子の概略的な断面図である。
第1の実施例による液晶表示素子は、離間して略平行に対向配置された上側基板10a、下側基板10b、及び両基板10a、10b間に挟持されたツイストネマチック液晶層14を含んで構成される。
上側基板10aは、上側ガラス基板11a、上側ガラス基板11a上に形成された上側ITO電極12a、及び上側ITO電極12a上に形成された上側配向膜13aを含む。同様に、下側基板10bは、下側ガラス基板11b、下側ガラス基板11b上に形成された下側ITO電極12b、及び下側ITO電極12b上に形成された下側配向膜13bを含む。
液晶層14は、上側基板10aの上側配向膜13aと、下側基板10bの下側配向膜13bとの間に配置され、厚さは、たとえば5μmである。
上側及び下側配向膜13a、13bには、ラビングにより配向処理が施されている。上側及び下側基板10a、10bの各々におけるプレチルト角の形成される向き(液晶分子14aが基板10a、10bに対して立ち上がる向き)は、ラビング処理の向きで決定される。実施例においては、上側及び下側基板10a、10bにおけるプレチルト角の向きは、液晶材料がスプレイ構造を含まないユニフォームツイスト構造を形成した場合、より具体的には、たとえばカイラル剤を含まない液晶材料を配向膜13a、13b間に封入した場合、上側基板10a側の基板法線方向から見て、上側基板10aから下側基板10bに向かう方向に沿って、右方向に90°捩れるユニフォームツイスト構造となる組み合わせとした。なお、上側及び下側配向膜13a、13bに付与されたプレチルト角は1°であった。
液晶層14にはカイラル剤が、カイラルピッチを15μmとする量で、添加されている。カイラル剤の影響力のもとで生じる液晶分子14aの配列は、上側基板10a側の基板法線方向から見て、上側基板10aから下側基板10bに向かう方向に沿って、左捩れ方向に捩れる構造である。
上側基板10a、下側基板10bの液晶層14と反対側の面には、それぞれ上側偏光板15a、下側偏光板15bが配置される。両偏光板15a、15bは、クロスニコルに、かつ、光透過軸が、上側及び下側基板10a、10bのラビング方向に対し平行となるように配置される。
上側ITO電極12a、下側ITO電極12b間に電源を含む制御装置20が接続されている。たとえば電源により両電極12a、12b間に、閾値電圧以上の交流電圧を印加することで、液晶分子14aの配列を、スプレイツイスト構造からユニフォームツイスト(リバースツイスト)構造に転移させることができる。
図3は、第1の実施例による液晶表示素子のスプレイツイスト構造状態とリバースツイスト構造状態を示す写真である。写真は、第1の実施例による液晶表示素子の上側基板10aの法線方向から撮影した。
本願発明者らは、第1の実施例による液晶表示素子が、上側基板10a側の基板法線方向から見たとき、(1)左方向(第2旋回方向)にツイスト角90°で捩れるスプレイツイスト配列状態、(2)左方向にツイスト角270°で捩れるSTN(スーパーツイストネマチック)配列状態、及び、(3)右方向(第1旋回方向)にツイスト角90°で捩れるRTN(リバースツイストネマチック)配列状態の各配列状態をとりうることを発見した。
図4は、第1の実施例による液晶表示素子の上側基板10a側の基板法線方向から見た液晶分子14aの捩れ方向及び角度を示す概略図である。
液晶表示素子完成直後の液晶分子14aの捩れ方向は、カイラル剤による捩れ方向(第2旋回方向)と同方向の左捩れであり、配列状態は捩れ角が90°のスプレイツイスト配列状態である。この状態において、たとえば電極12a、12b間に所定範囲内の電圧を印加し、液晶層14に縦電界を加えると、捩れ角が270°のSTN配列状態に転移する。90°スプレイツイスト配列状態と270°STN配列状態における液晶分子の捩れ方向は同方向である。この電圧印加状態を維持すると、液晶分子14aの配列状態(270°STN配列状態)も維持される。印加電圧を徐々に増加し、270°STN配列状態の液晶層14により強い縦電界を与えると、捩れ角が90°のRTN配列状態に転移する。この相転移は、両電極12a、12b間に閾値電圧以上の電圧を印加したとき、ディスクリネーションラインの発生を伴わずきわめて速やかに行われる。90°RTN配列状態における液晶分子14aの捩れ方向は、90°スプレイツイスト配列状態及び270°STN配列状態におけるそれと反対方向(第1旋回方向)である。なお、図3の写真には、スプレイツイスト配列状態から90°RTN配列状態に転移する際に現れる270°STN配列状態を省略してある。
90°RTN配列状態の液晶層14から瞬間的に縦電界を消去する(電極12a、12b間に印加する電圧を一瞬オフする)だけで、液晶分子14aは270°STN配列状態に転移する。電極12a、12b間への印加電圧をオフしたまま放置すると、液晶分子14aは、270°STN配列状態から徐々に配列状態を変化させ、数分後には90°スプレイツイスト配列状態に転移する。
なお、270°STN配列状態時に印加電圧を瞬間的にオフした場合、液晶分子は270°STN配列状態を維持する。
270°STN配列状態は、第1の実施例による液晶表示素子において、たとえば液晶分子14aがスプレイツイスト配列状態からRTN配列状態に遷移する過程で現れ、ある範囲の電圧値を印加した状態では安定な、「準安定」とも呼べる液晶分子14aの配列状態である。
図5は、第1の実施例による液晶表示素子の電気光学特性を示すグラフである。グラフの横軸は、電極12a、12b間に印加した電圧を単位「V」で示し、縦軸は、液晶表示素子の光透過率を単位「%」で示す。
第1の実施例による液晶表示素子は、印加電圧に対する光透過率の変化の急峻性が大きい(シャープネスが優れている)ことがわかる。
V10/V90及びV5/V90を計算したところ、それぞれ1.037、1.041というシャープネス値が求められた。ここでV5、V10、V90は、最も高い光透過率を100%としたとき、5%の光透過率、10%の光透過率、90%の光透過率が得られる電圧値である。液晶表示素子を1/480デューティ駆動するのに必要なシャープネス値は、1.0465以下である。第1の実施例による液晶表示素子は、V10/V90、V5/V90ともに、この必要値を実現している。
第1の実施例による液晶表示素子は、優れたシャープネス特性を示し、1/480デューティ駆動という高デューティ駆動が可能な液晶表示素子である。本願発明者の鋭意研究の結果、このような優れたシャープネス特性は、プレチルト角が0.1°以上5°以下のときに出現することが判明した。
本願発明者らは、第1の実施例による液晶表示素子とは、液晶材料のみが異なる第2〜第4の実施例による液晶表示素子を作製し、電気光学特性を調べた。第2、第3、第4の実施例においては、液晶材料として、それぞれ(株)DIC製のRDP−83107、RDP−83108、RDP−83409を使用した。第2〜第4の実施例による液晶表示素子も、上側基板側の基板法線方向から見たとき、左方向にツイスト角90°で捩れるスプレイツイスト配列状態、左方向にツイスト角270°で捩れるSTN配列状態、及び、右方向にツイスト角90°で捩れるRTN配列状態をとりうる。
図6A〜図6Dは、各々第1〜第4の実施例による液晶表示素子の電気光学特性を示すグラフである。グラフの横軸は、電極間への印加電圧を単位「V」で示し、縦軸は、液晶表示素子の光透過率を単位「%」で示す。図6A〜図6Dのグラフにおいては、最も高い光透過率を100%としたときの光透過率を示した。各グラフには実測値とシミュレーション値を、それぞれ実線と点線で記載した。第1〜第4の実施例による液晶表示素子は、実測及びシミュレーションの双方から、優れたシャープネスを有する液晶表示素子であることがわかる。
次に、本願発明者らは、第5の実施例による液晶表示素子について、シミュレーションを行い、電気光学特性を再現した。第5の実施例による液晶表示素子は、液晶材料として、(株)メルク製のネマチック液晶材料であるZLI−4792を使用した点、及び、プレチルト角を3°とした点で第1の実施例と相違する。第5の実施例による液晶表示素子においても、液晶層の液晶分子は、上側基板側の基板法線方向から見たとき、左方向捩れの90°スプレイツイスト配列状態、左方向捩れの270°STN配列状態、及び、右方向捩れの90°RTN配列状態の3状態をとりうる。
図7は、第5の実施例による液晶表示素子の、90°左捩れスプレイツイスト配列状態、270°左捩れSTN配列状態、及び、90°右捩れRTN配列状態の各配列状態における電気光学特性を示すグラフである。グラフの両軸の意味するところは、図5のグラフにおけるそれらと等しい。曲線aは、90°スプレイツイスト配列状態、曲線bは、270°STN配列状態、曲線cは、90°RTN配列状態の電気光学特性を表す。
270°STN配列状態(曲線b)においては、2.6V〜2.7Vの間(約2.68V)で光透過率が急峻に変化し、これは図5及び図6A〜図6Dに見られる印加電圧に対する光透過率の変化の急峻性(優れたシャープネス)を示す電気光学特性と酷似している。光透過率が急峻に低下した後(電圧値が約2.68Vを超える範囲)の270°STN配列状態の電気光学特性は、90°RTN配列状態のそれと等しい。
図8Aは、第5の実施例による液晶表示素子における液晶分子捩れ角(ダイレクタ捩れ角)を示すグラフである。グラフの横軸は、液晶層の厚さ方向の位置を正規化して示す。液晶層(液晶分子)が上側基板に接する位置を0とし、下側基板に接する位置を1とした。縦軸は、捩れ角を単位「°」で表す。正方向が、上側基板側の法線方向から見たときの右捩れ方向(第1旋回方向)を示し、負方向が左捩れ方向(第2旋回方向)を示す。曲線a〜曲線dで、それぞれ上下基板間への印加電圧が2V〜5Vであるときの、液晶分子捩れ角を表示した。
印加電圧が2Vであるとき(曲線a)、液晶分子は上下基板間で左方向に270°捩れている。液晶層厚さ方向の位置によらず、捩れ角の変化量は一定である。
2V〜3Vの間で捩れ方向の逆転が起きている(曲線a及び曲線b)。捩れ方向の逆転が生じる電圧は、光透過率が急峻に変化する電圧(約2.68V)と等しい電圧であった(図7参照)。
印加電圧が3V〜5V(曲線b〜曲線d)の範囲では、液晶分子は上下基板間で右方向に90°捩れている。液晶分子の捩れは、主に液晶層の厚さ方向中央付近(およそ0.4〜0.6の位置)で生じている。
図8Bは、90°右捩れRTN配列状態にある液晶分子の捩れ角を示すグラフである。グラフの両軸の意味するところは、図8Aのグラフにおけるそれらと等しい。曲線a〜曲線fで、各々上下基板間に印加する電圧が0V〜5Vであるときの液晶分子捩れ角を示す。
印加電圧が3V〜5V(曲線d〜曲線f)の範囲では、液晶分子は上下基板間で右方向に90°捩れ、捩れは主として液晶層の厚さ方向中央付近(およそ0.4〜0.6の位置)で生じている。図8Aと図8Bの印加電圧3V〜5Vを示す曲線を比較すると、第5の実施例による液晶表示素子の液晶分子は、印加電圧3V〜5Vで、90°右捩れRTN配列状態にある液晶分子と同じ挙動を示していることがわかる。
第5の実施例による液晶表示素子についてのシミュレーション(図7、図8A及び図8B参照)から、実施例による液晶表示素子においては、約2.68Vの電圧印加で生じる捩れ方向の逆転(270°STN配列状態から90°RTN配列状態への転移)により、光透過率の急峻な変化が生じていると考えられる。
図9A及び図9Bは、第5の実施例による液晶表示素子の、90°スプレイツイスト配列状態、270°STN配列状態、及び90°RTN配列状態の各状態における自由エネルギーを示すグラフである。
グラフの横軸は、電極間への印加電圧を単位「V」で示し、縦軸は、ギブスの自由エネルギーを単位「μJ/m2」で示す。曲線aは、液晶分子が90°スプレイツイスト配列状態にあるとき、曲線bは、270°STN配列状態にあるとき、曲線cは、90°RTN配列状態にあるときの自由エネルギーを表す。なお、参考のために、第5の実施例による液晶表示素子の液晶層に、カイラル剤を添加しない場合の液晶分子配列状態(90°右捩れTN配列状態)における自由エネルギーを、曲線dとして付記した。図9Bは、図9Aの一部(印加電圧2V〜3Vの範囲)を拡大したグラフである。
印加電圧が2.2V強までの範囲においては、90°スプレイツイスト配列状態、270°STN配列状態、90°RTN配列状態の3状態(曲線a〜曲線c)の中で、270°STN配列状態(曲線b)の自由エネルギーが最も低く、安定である。しかし、2.4V強の電圧値で、270°STN配列状態(曲線b)の自由エネルギーが最も高くなり、不安定となる一方、90°RTN配列状態(曲線c)の自由エネルギーは最も低く、安定である。その結果、2.683V〜2.684Vの間で捩れ方向の逆転(270°STN配列状態から90°RTN配列状態への転移)が生じる。
なお、たとえば90°RTN配列状態(曲線c)と90°TN配列状態(曲線d)は、右方向に90°捩れる点で共通するが、90°RTN配列状態(曲線c)においては、左方向への旋回性を与えるカイラル剤が添加されているため、90°TN配列状態(曲線d)よりも自由エネルギーが高く、不安定である。
続いて、実施例による液晶表示素子の駆動方法について説明する。ここでは第5の液晶表示素子をデューティ駆動する場合について述べる。
図10A及び図10Bに、上側、下側電極間に印加される駆動電圧の波形の例を示す。両図において、横軸は時間、縦軸は電圧を表す。たとえば図10Aの選択波形Vsは選択画素に印加される駆動電圧波形、図10Bの非選択波形Vusは非選択画素に印加される駆動電圧波形である。選択波形Vsの実効値電圧は、たとえば液晶分子の配列状態を270°STN配列状態から90°RTN配列状態へ転移させうる閾値電圧以上の電圧、一例としてスタティック駆動の2.7V相当の電圧に設定され、非選択波形Vusの実効値電圧は、たとえば当該閾値電圧未満の電圧、一例としてスタティック駆動の2.6V相当の電圧に設定される。
図11は、実施例による液晶表示素子の駆動方法を示すフローチャートである。
まず、全画素の上側、下側電極間に所定範囲内の電圧、たとえば2.2Vの交流電圧(リセットパルス)を印加し、液晶層に縦電界を加えて、90°スプレイツイスト配列状態にある液晶分子を270°STN配列状態に転移させる(ステップS201)。ここで所定範囲内の電圧とは、たとえば液晶分子の配列状態を90°スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態へ転移させうる閾値電圧以上で、270°STN配列状態から90°RTN配列状態へ転移させうる閾値電圧未満の電圧である。なお、全画素に非選択波形Vusを印加することで、液晶分子の配列状態を90°スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態に転移させてもよい。270°STN配列状態にある画素により白表示が行われる。
白表示を行う画素には、非選択波形Vusを、たとえば一定周期で継続的に印加する(ステップS202)。非選択波形Vusの継続的な印加により、270°STN配列状態が維持される。
少なくとも一部の画素に選択波形Vsを印加する(ステップS203)。選択波形Vsを与えた画素の液晶分子は、270°STN配列状態から90°RTN配列状態に転移する。この相転移は速やかに行われ、100msec〜500msec程度で完了する。選択波形Vsが印加された画素は、白表示から黒表示に表示状態が変更される。白表示を行う画素と黒表示を行う画素により、画像が表示される。
選択波形Vsを加え、一旦黒表示とした画素は、その後非選択波形Vusを継続的に印加する(ステップS202)ことにより、黒表示(90°RTN配列状態)を維持することができる。すなわち、たとえば全画素に非選択波形Vusを、たとえば一定周期で継続的に印加する(ステップS202)ことで、画像を保持することができる。なお、黒表示を行う画素に、たとえば選択波形Vsの印加を継続してもよい。
黒表示部分を追加して画像の変更を行う場合には、追加的に黒表示とする画素に選択波形Vsを印加する(ステップS203)。このようにして画像(表示内容)を追加的に変更することができる。
全く異なる画像に書き換える場合には、一旦、たとえば瞬間的に、全画素の駆動電圧(駆動波形)をオフする(ステップS204)。瞬間的な駆動電圧のオフで、90°RTN配列状態から270°STN配列状態への転移が生じるため、全画素を白表示(270°STN配列状態)とし、表示状態をリセットすることができる。90°RTN配列状態から270°STN配列状態への転移は、1s〜2s以下で完了する。瞬間的な駆動電圧のオフに限らず、90°RTN配列状態が維持されない、たとえば270°STN配列状態に転移する電圧まで電圧を低くして黒表示から白表示に表示状態を変更することができる。
この状態から、たとえば黒表示を行う画素に対し選択波形Vsを印加し(ステップS203)、全画素に非選択波形Vusを印加し続ける(ステップS202)ことで、新たな画像に書き換え、書き換えた画像を保持することができる。
なお、駆動電圧の無印加状態が数分間続くと、液晶分子はスプレイツイスト配列状態に転移する。この場合には、再度リセットパルスを印加する(ステップS201)。
実施例による液晶表示素子の駆動方法においては、画素単位で液晶分子の配列状態を270°STN配列状態または90°RTN配列状態として表示を行う。液晶分子の配列状態が、270°STN配列状態から90°RTN配列状態に転移する際、光透過率が急峻に変化する。シャープネスが優れているため、大きな表示容量で表示を行うことができる。実施例による液晶表示素子の駆動方法は、比較的書き換えが少なく大容量表示を行う場合に、特に好適に使用可能である。
なお、白表示(270°STN配列状態)や黒表示(90°RTN配列状態)を維持するために印加する非選択波形Vus(ステップS202)は、画像保持波形と考えることができる。したがって、たとえば非選択波形Vusの実効値電圧をスタティック駆動の2.6V相当の電圧よりも低くすることができる。また、駆動波形は方形波など単純な波形でもよい。実効値電圧を低くしたり、波形を単純化することで、駆動時の消費電力を低減可能である。
デューティ駆動では実効値駆動を行っており、瞬間的には図10A及び図10Bに示すような波形の比較的高い電圧が、たとえば一定周期で印加される。実施例においては、上側、下側電極間に閾値電圧以上の電圧を印加し、液晶分子の配列状態を90°スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態に転移させた後、デューティ駆動を行うため、長時間、転移電圧(90°スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態に転移させるのに必要な実効値電圧)より小さい実効値電圧で表示を行うことも可能である。この場合、高デューティ駆動表示であるほど、駆動波形のピーク電圧値は高くなり、液晶分子は、270°STN配列状態で一層安定すると考えられる。この観点からは、実施例による液晶表示素子は、デューティ駆動の駆動条件を1/120デューティより高デューティとすることが好ましい。また、安定電圧Vcが、転移電圧に対し低いほど270°STN配列状態が安定になる。したがって、転移電圧との比較で、安定電圧Vcを低くする液晶材料やセル構造を採用することが望ましい。
他の実施例による液晶表示素子も同様に駆動可能である。たとえば第1の実施例の場合、選択波形Vsの実効値電圧を、一例としてスタティック駆動の1.3V相当の電圧に設定し、非選択波形Vusの実効値電圧を、一例としてスタティック駆動の1.2V相当の電圧に設定すればよい(図6A参照)。レスポンス特性を調べたところ、実施例による液晶表示素子は、たとえば数十msecで、比較的高速にスイッチング可能であることがわかった。
図12は、第5の実施例による液晶表示素子における白表示及び黒表示のスペクトル特性を示すグラフである。グラフの横軸は波長を単位「nm」で示し、縦軸は、光透過率を単位「%」で示す。曲線aは白表示(270°STN配列状態時)のスペクトル特性、曲線bは黒表示(90°RTN配列状態時)のスペクトル特性を表す。
ほぼフラットな白表示(自然な白表示)と、波長によらず遮光性のよい黒表示(自然な黒表示)が得られている。実施例による液晶表示素子は、液晶セルに偏光板を貼っただけの液晶表示素子であり、光学補償膜等は使用していない。すなわち、TN型液晶表示素子に使われる安価な液晶材料や配向膜等を使用して、自然な白表示を得ることができる。一方で、たとえばデューティ駆動を行う場合、TN型液晶表示素子では得られにくい大容量表示を行うことができる。レスポンス特性も悪くはない。
なお、270°STN配列状態で自然な白表示が得られる理由は、現時点では不明である。しかしながらシミュレーション上でも、プレチルト角が低い270°STN配列状態において、自然な白表示が得られることがわかっている。
第1〜第5の実施例による液晶表示素子においては、液晶層の厚さ(セル厚)dを5μm、カイラルピッチpを15μmとした。d/pの値は1/3である。セル厚dは5μmに限られない。d/pの値は、液晶に添加するカイラル剤の量で調整することが望ましい。
また、TN型液晶表示素子の場合、明るい表示を得るためには、グッチ・テリーの式において、ファーストミニマムまたはセカンドミニマムの条件を満たすことが必要である。グッチ・テリーの式は、次式(1)で表される。
ここでTNBは、TN型液晶セルのノーマリブラック時の光透過率であり、uは、下式(2)で計算される値である。
式(2)において、Δnは液晶の屈折率異方性、λは液晶セルに入射する光の波長、dはセル厚を示す。
実施例による液晶表示素子(RTN型液晶表示素子)においても、グッチ・テリーの式のファーストミニマムまたはセカンドミニマムの条件を満たすために、セル厚dに応じて、液晶材料(液晶の屈折率異方性Δn)を選択することが望ましい。たとえばセル厚dを小さくするときは、屈折率異方性Δnの値を大きくし、逆にセル厚dを大きくするときは、屈折率異方性Δnの値を小さくするように、液晶材料を選択する。
なお、セル厚dが小さいほど、液晶分子の配列状態は基板界面の影響を強く受けると考えられるため、セル厚dの小さい液晶表示素子の方が、270°STN配列状態を安定的に保持することができると推察される。
d/pの値は、実施例におけるように、1/3またはその近傍の値とすることが望ましいであろう。しかしその値が多少変化しても、同様の効果が奏されると考えられる。d/pの値が1/3を超える範囲で大きくなるにつれて、カイラル剤の影響が強く現れ、スプレイツイスト配列状態が安定的に存在しやすくなる。その結果、スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態に転移させるのに必要な電圧が高くなり、270°STN配列状態で安定に保持される時間が短くなる傾向が生じる。このため、d/pの値は概ね1/2以下であることが望ましいであろう。一方、d/pの値が1/3未満の範囲で小さくなるにつれて、カイラル剤によって与えられる液晶層内の歪みが小さくなり、シャープネスが悪くなる傾向が生じると考えられる。d/pの値は概ね1/4より大きいことが望ましいであろう。なお、d/pの値はセル厚d自体とも関係するため、その望ましい範囲は一概には言い切れない。
また、実施例による液晶表示素子においては、液晶材料の広がりの弾性定数K11の値が大きく、捩れの弾性定数K22の値が小さいほど270°STN配列状態の安定性が高いことがわかった。270°STN配列状態の安定性の観点からは、広がりの弾性定数K11と捩れの弾性定数K22の比K11/K22がたとえば2以上の液晶材料を用いて液晶層を形成することが好ましいであろう。
実施例による液晶表示素子及び液晶表示装置は、優れたシャープネス特性を有し、TN型液晶表示素子に用いられる材料やセル構造で、通常のTN型液晶表示素子と同程度に安価に製造することが可能である。また、低プレチルト角を好ましい条件とするため、工業的に広く用いられている高信頼性のTN型液晶表示素子用配向膜材料を使用して製造することができ、このため高い信頼性を備える。更に、光学補償膜なしで自然な白黒表示を得ることができる。また、大容量表示が可能であり、少なくとも1/480デューティ以上の高デューティ駆動を行うことができる。レスポンス特性も良好である。優れたシャープネス特性から、たとえばデューティ駆動でドット表示を行う際の上側及び下側電極数(走査線数)を100本以上とし、高い表示性能で表示を行うことが可能である。更に、駆動時の消費電力を低減することができる。
また、実施例による液晶表示素子の駆動方法によれば、低消費電力で大容量表示を行うことが可能である。
なお、デューティ駆動において走査線数をN、ON電圧をVon、OFF電圧をVoffとするとき、それらの関係は下式(3)で表される。たとえば、第5の実施例による液晶表示素子を駆動する例においては、Vonは、スタティック駆動の2.7V相当の電圧であり、Voffは、2.6V相当の電圧である。
式(3)によると、N≧100のとき、1<Von/Voff≦約1.1となり、Nが大きくなるにつれて、Von/Voffは1に近づく。実施例による液晶表示素子は、優れたシャープネス特性を備えるため、走査線数を多くして緻密な表示が可能である。
以上、実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
たとえば、実施例においては、RTN配列状態における液晶分子の捩れ角α°を90°としたが、±20°程度の範囲(70°〜110°)で変えてもよい。ただし白表示の明るさを考慮すると、90°またはその近傍の捩れ角とすることが望ましいであろう。70°≦α°≦110°とするとき、実施例による液晶表示素子の液晶分子は、上側基板側の基板法線方向から見たとき、左方向捩れのα°スプレイツイスト配列状態、左方向捩れの(360−α)°STN配列状態、及び、右方向捩れの(180−α)°RTN配列状態の3状態をとりうる。
また、実施例においては、上側偏光板と下側偏光板の透過軸のなす角度を90°(クロスニコル配置)としたが、両偏光板の透過軸のなす角度を±5°程度の範囲で変えることができる。ただし光抜け防止の面からは、90°またはその近傍の角度で配置することが好ましい。なお、偏光板を平行ニコルに配置して、ノーマリブラックタイプの液晶表示素子とすることも可能である。その場合は、透過軸のなす角度をたとえば20°以下の範囲として、両偏光板を配置することができる。偏光板の望ましい配置は、液晶分子の捩れ角とも関係する。
更に、90°スプレイツイスト配列状態から270°STN配列状態への転移は、印加電圧の周波数が高いほど速やかに生じる。このためリセットパルスは、高周波数の交流電圧であることが望ましい。
また、実施例においては、上側及び下側基板をともに透明基板としたが、少なくとも一方が透明基板であればよい。
その他、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者には自明であろう。