以下、本発明の歯科用セメントキットにおいて、特徴的部材である(B)歯科用セメント材(以下、「セメント材」とも略する)を先に説明し、次いで、(A)歯科用前処理材(以下、「前処理材」とも略する)を説明する。
〔(B)歯科用セメント材について〕
本発明の歯科用セメントキットにおいて、(B)歯科用セメント材は、b1)ラジカル重合性モノマー100質量部、b2)樹枝状ポリマー5〜70重量部、b3)無機充填材50〜400重量部、およびb4)有効量の重合開始剤を含んでなる。係るセメント材は一般にペースト状である。上記組成において、最も特徴的成分はb2)樹枝状ポリマーである。
b2)樹枝状ポリマー
樹枝状ポリマーは、従来のポリマーが一般的に紐状(または線状)の形状であるのに対し、3次元的に枝分かれ構造を繰り返し、高度に分岐している高分子である。そのため樹枝状ポリマーは、1)球形に近い形状を有すること、2)ナノメートルオーダーのサイズを有すること、3)分子間の絡み合いが少なく微粒子的挙動を示すこと、4)紐状ポリマーに比べて溶媒や液状の重合性モノマーと混合した際の分散性が高く、かつ、粘度の増加を低く抑えることができること、5)機能性基を導入可能な分子鎖末端を表面に多数有すること、6)分子内に空隙を有していることなどの特徴を有している。
斯様な樹枝状ポリマーは、ポリマー同士の分子間の絡み合いが少なく微粒子的挙動を示すので、樹枝状ポリマーが配合されるセメント材の粘度を高めることなく、高い親和性で微分散させることができる。そして、樹枝状ポリマーは、3次元的な広がりをもつことから、前処理材に含まれる親和性化合物とセメント材との相溶性を高める効果がある。したがって、樹枝状ポリマーをセメント材に配合すると、セメント材層は歯科用前処理層との界面で良好に融和し、両層の一体性が高まり、補綴物は歯質に対して高強度に接着するようになる。
さらに、セメント材と前処理材との相溶性が高まる結果として、塗布性等のセメント材の操作性も向上する。特に、補綴物の歯質への接着を、歯科用セメント材を補綴物の裏面側に多めに盛り付け、これを歯質側に圧接する方法により実施した場合には、補綴物と歯質との隙間からの余剰セメントの逃出性が良く、残留した余剰セメント材が補綴物を浮き上がらせる問題が防止できる。
本発明において、樹枝状ポリマーとしては、デンドリマー、ハイパーブランチポリマー、リニアーデンドリティックポリマー、デンドリグラフトポリマー、ハイパーグラフトポリマー等が挙げられる。デンドリマー、リニアーデンドリティックポリマー、デンドリグラフトポリマーの樹枝状部分は分岐度が1であり、欠陥の無い構造を有しているのに対し、ハイパーブランチポリマー、ハイパーグラフトポリマーの樹枝状部分は欠陥を含んでいても良いランダムな分岐構造を有している。なお、ハイパーブランチポリマーには、スターハイパーブランチポリマーも含まれる。
デンドリマーの分岐構造は、多官能基を有するモノマーを一段階ずつ化学反応させることで形成される。デンドリマーの合成法には、中心から外に向かって合成するDivergent法と外から中心に向かって行うConvergent法とを挙げることが出来る。デンドリマーの例としては、アミドアミン系デンドリマー(米国特許第4,507,466号明細書ほか)、フェニルエーテル系デンドリマー(米国特許第5,041,516号明細書ほか)が挙げられる。アミドアミン系デンドリマーについては、末端アミノ基とカルボン酸メチルエステル基とを持つデンドリマーが、Aldrich社より「StarburstTM(PAMAM)」として市販されている。また、そのアミドアミン系デンドリマーの末端アミノ基を、種々のアクリル酸誘導体およびメタクリル酸誘導体と反応させることで合成された、対応する末端をもったアミドアミン系デンドリマーを使用することもできる。
また、フェニルエーテル系デンドリマーについては、Journal of American Chemistry 112巻(1990年、7638〜 7647頁))に種々のものが記載されている。フェニルエーテル系デンドリマーについても、末端ベンジルエーテル結合の代わりに、末端を種々の化学構造を持つもので置換したものを使用することができる。
ハイパーブランチポリマーは、多段階合成反応を精密に制御し分岐構造を形成させるデンドリマーとは異なり、一般に一段階重合法により得られる合成高分子である。一段階で大きな分子を合成するため、分子量分布や分岐不十分単位が存在するが、前記デンドリマーと比べると、製造が容易であり製造コストが安価であるという大きなメリットがある。また、合成条件を適宜選択すれば分岐度も制御でき、用途に応じた分子設計も実施できる。ハイパーブランチポリマーは、1分子内に、分岐部分に相当する2つ以上の第一反応点と、接続部分に相当し、第一反応点とは異なる種類のただ1つの第二反応点とを持つモノマーを用いて、1段階の合成プロセスを経て合成される(Macromolecules、29巻(1996)、3831− 3838頁)。
このような合成プロセスとしては、例えば、1分子中に2種の官能基を持つABx型モノマーの自己縮合法、ビニル基「A」と、当該ビニル基「A」に対して重合開始可能な官能基「C」とを有するAC型モノマーの自己縮合ビニル重合法、A2型モノマーとB3型モノマーとを重縮合する方法などが知られている(デンドリティック高分子−多分岐構造が拡げる高機能化の世界、株式会社エヌ・ティー・エス(2005))。そして、これら方法により一気に分岐構造を形成する。なお、上記に説明した合成方法の説明において、大文字のアルファベットで示す“A”と“B”とは、互に異なる官能基を示し、“A”および“B”に組み合わせて示されるアラビア数字は、1分子内の官能基の数を示す。
また、重合開始可能な官能基とビニル基とを1分子内に有する化合物の重合によってハイパーブランチポリマーを得る方法として、自己縮合性ビニル重合法(SCVP法)が知られている(Science、269、1080(1995))。また、多量の開始剤を用いて複数の重合性基を有する分子を重合させることにより、開始剤断片が生成重合体中に取り込まれたハイパーブランチポリマーを合成する方法として開始剤断片組込ラジカル重合法(IFIRP)が知られている(J.Polymer.Sci.:PartA:Polym.Chem.、42,3038(2003))。
ハイパーブランチポリマーの構造は、用いるABx型モノマーや得られたポリマーの表面官能基の化学修飾よって様々な構造を有する。ハイパーブランチポリマーとしては、骨格構造の分類上の観点から、ハイパーブランチポリカーボネート、ハイパーブランチポリエーテル、ハイパーブランチポリエステル、ハイパーブランチポリフェニレン、ハイパーブランチポリアミド、ハイパーブランチポリイミド、ハイパーブランチポリアミドイミド、ハイパーブランチポリシロキサン、ハイパーブランチポリカルボシラン等が挙げられる。また、それらハイパーブランチポリマーが有する末端基としては、アルキル基、フェニル基、ヘテロ環状基、(メタ)アクリル基、アリル基、スチリル基、ヒドロキシル基、アミノ基、イミノ基、カルボキシル基、ハロゲノ基、エポキシ基、シリル基等が挙げられる。またこれら末端基をさらに化学修飾することにより、目的に応じた官能基をハイパーブランチポリマー表面に付与することも可能である。
このような末端基の官能基として、酸性基やヒドロキシル基等の被着面(歯質、卑金属、セラミックス)との親和性官能基を有していた場合、セメント材を接着させるのが歯質表面であったり、卑金属製補綴物表面であったり、セラミックス製補綴物表面であると、セメント材は特に高い接着力が得られるため好ましい。酸性基は、リン酸基やカルボキシル基が挙げられ、セメント材を接着させるのが歯質表面である場合にはリン酸基が特に好ましく、卑金属製補綴物表面である場合にはカルボキシル基が特に好ましい。
また、該末端基の官能基が、エチレン性不飽和結合含有基やヒドロシリル基からなるラジカル重合性基との反応性基であるときには、樹枝状ポリマー同士や該樹枝状ポリマーとセメント材に含まれるラジカル重合性モノマー(さらに、前処理材に含まれる親和性化合物がラジカル重合性モノマーである場合は、当該モノマー)との結合の形成によって、セメント材の硬化体強度(或いは、セメント材と前処理剤との界面部分の接着強度)が向上するため好ましい。
本発明で使用するセメント材では、これら樹枝状ポリマーのうち1種のみを単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。上記樹枝状ポリマーの中で、デンドリマーおよびハイパーブランチポリマーは、リニア−デンドリティックポリマー、デンドリグラフトポリマー、ハイパーグラフトポリマーと比較し、3次元的な広がりがより大きいため、前処理材の親和性化合物とセメント材との相溶性をより高める効果が高く好ましい。
本発明において樹枝状ポリマーの分子量は、特に限定されるものではないが、分子量が小さすぎる場合は前処理材とセメント材の相溶性向上効果やセメント材の硬化体の強度向上効果が得られ難くなるため、GPC(Gel Permeation Chromatography)法による測定によるポリスチレン換算で、重量平均分子量が1500以上であることが好ましく、15000以上であることがより好ましく、20000以上であることが最も好ましい。
また、重量平均分子量の上限は特に限定されるものではないが、大きすぎる場合には、樹枝状ポリマーの配合量を大きく変化させた場合に、セメント材の粘度が大きく変化しやすくなり、前処理材との相溶性が低下し、接着性に影響を与える場合がある。このため、重量平均分子量は、実用上200000以下であることが好ましく、100000以下であることがより好ましく、80000以下であることが最も好ましい。
また、分子量を上記範囲内とした場合、動的光散乱法にて測定したテトラヒドロフラン(THF)中での流体力学的平均直径が1nm〜40nm前後程度の球状の樹枝状ポリマーを得ることができる。なお、流体力学的平均直径は、3nm〜20nmの範囲内が好ましく、5nm〜15nmの範囲内がより好ましい。
本発明で使用するセメント材における樹枝状ポリマーの配合量は、ラジカル重合性モノマー100重量部に対して5〜70重量部であり、好ましくは10〜30重量部である。樹枝状ポリマーの配合量を5重量部以上とすることにより、前処理材との相溶性が有意に向上する。また、樹枝状ポリマーは分子間の絡み合いが少なく微粒子的挙動を示すので、樹枝状ポリマーが配合される歯科用セメント材の粘度上昇を抑制できるが、70重量部以上配合した場合は、セメント材の性状が変化するほどに粘度上昇してしまう。
本発明において好適に用いられる樹枝状ポリマーは、3分岐した分岐部分および4分岐した分岐部分から選択される少なくとも1種の分岐部分と、分岐部分同士を接続する接続部分とを含む網目状構造(網目状の多分岐構造)を有しているものである。このような網目状構造を有する樹枝状ポリマーとしては、代表的には、ハイパーブランチポリマーが挙げられる。なお、網目状構造中の分岐がより発達して形成されているほど、網目状構造を構成する分子鎖の動きが制限されて、分子鎖同士の絡み合いが少なくなるため、セメント材に対する樹枝状ポリマーの配合割合を増やしても粘度の増加を抑制することがより容易になる。
尚、このような網目状構造を有する樹枝状ポリマーにおいても、網目状構造の末端部分は、エチレン性不飽和基との反応性基や、酸性基、ヒドロキシル基などの被着面(歯質、卑金属、セラミックス)との親和性官能基を有していてもよく、こうした官能基を有していなくてもよい。なお、網目状構造の内部部分も、こうした官能基を有していてもよい。これら官能基を末端基部分に有している樹脂状ポリマーにおける各有利な点は、既に説明したとおりである。
ハイパーブランチポリマーを構成する網目状構造において、分岐部分の分岐数は、3分岐または4分岐が一般的である。3分岐した分岐部分(3分岐部分)は、窒素原子、3価の環状炭化水素基または3価の複素環基により形成されているのが好ましく、4分岐した分岐部分(4分岐部分)は、炭素原子、ケイ素原子、4価の環状炭化水素基または4価の複素環基により形成されているのが好ましい。なお、(3価または4価)の環状炭化水素基としては、大別すると、(3価または4価の)のベンゼン環などに例示される芳香族炭化水素基、および、(3価または4価の)シクロヘキサン環などに例示される脂環炭化水素基が挙げられる。また、(3価または4価の)複素環基としては、公知の複素環基が利用できる。なお、3価の複素環基としては、たとえば、下記構造式1に示すものを挙げることもできる。
また、分岐部分同士を接続する接続部分は、下記構造式群Xから選択されるいずれか1種の2価の基または原子であるのが好ましい。ここで、構造式群X中、R11は、芳香族炭化水素基または炭素数40以下のアルキレン基であり、nは、1〜9の範囲から選択される整数である。なお、1つの分岐部分に結合する複数の接続部分は、いずれか2つ以上が同一であってもよく、1つの分岐部分に結合する全ての接続部分が互に異なっていてもよい。
また、こうした網目状構造の末端部分の一般例としては、水素原子、ハロゲン原子(−F、−Cl、−Br、もしくは、−I)、スチリル基、エポキシ基、グリシジル基、下記構造式群Zから選択されるいずれか1種の1価の基、後述する一般式(IIA)に示す1価の基、後述する一般式(IIB)に示す1価の基、1価の環状炭化水素基、または、1価の複素環基などが挙げられる。ここで、末端部分のうち、水素原子およびハロゲン原子を除いた基については、さらに化学修飾されたものでもよい。また、1価の環状炭化水素基および1価の複素環基は、環に結合する水素原子が、ハロゲン原子、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、1価のカルボン酸エステルで置換されていてもよい。また、1価の環状炭化水素基としては、大別すると、1価のベンゼン環などに例示される芳香族炭化水素基、および、1価のシクロヘキサン環などに例示される脂環炭化水素基が挙げられる。
なお、構造式群Z中、R12は、1価の芳香族炭化水素基または炭素数80以下、好適には40以下のアルキル基であり、R13は、2価の芳香族炭化水素基または炭素数80以下、好適には40以下のアルキレン基である。また、構造式群Z中に示される基において、R12およびR13の双方を含む場合、価数を除いて両者の構造は同一であっても互いに異なっていてもよい。
これら網目状構造の末端部分は、酸性基やヒドロキシル基等の反応性官能基の場合、セメント材を接着させるのが歯質表面であったり、貴金属製補綴物表面であったり、セラミックス製補綴物表面であると、セメント材が特に高い接着力が得られるため好ましく、また、該末端基の官能基が、反応性の不飽和結合を有する基やヒドロシリル基の場合、樹枝状ポリマー同士や該樹枝状ポリマーとセメント材に含まれるラジカル重合性モノマーとの結合が生じるため、強度面で有利であることは前述したとおりである。
本発明の粉液型歯科用接着材において、好適に使用できる樹枝状ポリマーの具体例としては、下記一般式(I)に示される単位構造が互いに結合して形成された網目状構造を有する樹枝状ポリマーが挙げられる。
ここで、一般式(I)中、Aは、CとR1とを結合する単結合(すなわち、CとR1とが単にσ結合で結合している状態)、>C=O、−O−、−COO−、または、−COO−CH2−であり、R1は、2価の飽和脂肪族炭化水素基、または、2価の芳香族炭化水素基であり、R2は、水素原子、または、メチル基であり、Yは、下記一般式(IIa)で示される基、または、下記一般式(IIb)で示される基である。末端部分を除いた網目状構造が、一般式(I)に示される単位構造から構成される場合、網目状構造を構成する一般式(I)に示される単位構造は、実質的に1種類のみから構成されていてもよく、2種類以上から構成されていてもよい。
なお、下記一般式(IIa)で示される基、および、下記一般式(IIb)で示される基において、aは0または1である。ここで、一般式(I)に示される単位構造は、Yが一般式(IIa)で示される基の場合には4個の結合手を有する単位構造になり、Yが一般式(IIb)で示される基の場合には3個の結合手を有する単位構造になる。ハイパーブランチポリマーの粉液型歯科用接着材に対する配合割合を増やした際に粘度の増加を抑制し易いという観点から、Yは一般式(IIa)で示される基であるのが好ましい。
また、一般式(I)に示される単位構造により形成された網目状構造の末端部分としては、既述した末端部分の一般例として例示した各種の原子あるいは各種の基が挙げられる。
一般式(I)に示される単位構造を構成するR1は、2価の飽和脂肪族炭化水素基、または、2価の芳香族炭化水素基である。ここで、2価の飽和脂肪族炭化水素基は、鎖状または環状のいずれであってもよい。また、炭素数は特に限定されないが、1〜5の範囲内が好ましく、1〜2の範囲内がより好ましい。炭素数を5以下とすることにより、R1として示される分子鎖部分が短くなるため、液材を構成するラジカル重合性単量体と、ハイパーブランチポリマーとの絡みあいをより一層抑制し、ペースト粘度が増大するのをより一層抑制できる。2価の鎖状飽和脂肪族炭化水素基としては、たとえば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基などが挙げられる。また、2価の環状飽和脂肪族炭化水素基としては、シクロプロピレン基、シクロブチレン基などが挙げられる。
また、2価の芳香族炭化水素基としては、ベンゼン環を1つ含む単環状、ベンゼン環を2つ以上含みかつ縮環構造を有するもの、あるいは、ベンゼン環を2つ以上含みかつ縮環構造を有さないもの、のいずれであってもよい。2価の芳香族炭化水素基に含まれるベンゼン環の数は、特に限定されないが、1〜2の範囲内が好ましく、ベンゼン環の数は1であることが特に好ましい(言い換えれば2価の芳香族炭化水素基が、フェニレン基であることが特に好ましい)。2価の芳香族炭化水素基としては、たとえば、上述したフェニレン基以外にも、ナフチレン基やビフェニレン基などを例示できる。
なお、以上に例示したR1の中でも、特にフェニレン基が好ましい。R1としてフェニレン基を用いた場合、粉液型歯科用接着材の硬化物の機械的強度を良好にすることができる。
現時点において、セメント材に使用する樹枝状ポリマーとして好適に使用できるハイパーブランチポリマー、即ち、上述した構造を有する市販のハイパーブランチポリマーの例としては、日産化学工業株式会社の「HYPERTECH」(登録商標)シリーズ、DSM社の「Hybrane」(登録商標)、Perstop社の「Boltorn」(登録商標)などが挙げられる。なお、「HYPERTECH」、「Hybrane」、「Boltorn」は分子量、粘度、末端基の異なるグレードが販売されている。
次に、本発明で使用するセメント材に配合される、上記樹脂状ポリマー以外の成分について説明する。
b1)ラジカル重合性モノマー
本発明において、セメント材に含まれるラジカル重合性モノマーとしては、分子中に少なくとも一つのラジカル重合性の不飽和基を有するものであれば公知のものが何ら制限なく使用される。このようなラジカル重合性の不飽和基としてはアクリロイル基、メタアクリロイル基、アクリルアミド基、メタアクリルアミド基、スチリル基等を例示できる。一般的には硬化速度や硬化体の機械的物性の観点から、(メタ)アクリレート系のラジカル重合性モノマーが好適に用いられる。
当該(メタ)アクリレート系のラジカル重合性モノマーを具体的に例示すると下記(1)〜(4)に示すものが挙げられる。
(1)単官能ラジカル重合性モノマー
単官能ラジカル重合性モノマーとしては、例えば、エチルヘキシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、n―ラウリル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、n―ステアリル(メタ)アクリレートシクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、2―ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3―ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、若しくはグリシジル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸のアルキルエステル、1H,1H,3H―ヘキサフルオロブチルメタクリレート、1H,1H,5H―オクタフルオロペンチルメタクリレート、1H,1H,6H―デカフルオロヘキシルメタクリレート若しくは1H,1H,7H―ドデカフルオロヘプチルメタクリレート等の含フッ素(メタ)アクリレート、あるいは下記式(i)から(v)、(vi)〜(vii)で示される(メタ)アクリレート等が挙げられる。
なお、上記各式中のRaは、水素原子またはメチル基である。また、上記各式中のRb若しくはRcは、それぞれ独立なアルキレン基である。また、上記各式中のRdは、アルキル基である。上記各式中のsは、0もしくは1〜10の整数であり、tは1〜10の整数(但し、s+tは2〜10の整数である。)である。
(2)二官能ラジカル重合性モノマー
二官能ラジカル重合性モノマーとしては、例えば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,3―ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4―ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6―へキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9―ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、1,10―デカンジオールジ(メタ)アクリレート、2,2―ビス((メタ)アクリロキシフェニル)プロパン、2,2―ビス[4―(3―(メタ)アクリロキシエトキシ)―2―ヒドロキシプロポキシフェニル]プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシテトラエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシペンタエトキシフェニル)プロパン、2,2―ビス(4―(メタ)アクリロキシジプロポキシフェニルプロパン、2―(4―メタクリロキシエトキシフェニル)―2―(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2―(4―(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)―2―(4―(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2―(4―(メタ)アクリロキシジプロポキシフェニル―2―(4―(メタ)アクリロキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4―(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン、あるいは2,2−ビス(4―(メタ)アクリロキシイソプロポキシフェニル)プロパン等が挙げられる。
(3)三官能ラジカル重合性モノマー
三官能ラジカル重合性モノマーとしては、例えば、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールエタントリ(メタ)アクリレート、ペンタエルスリトールトリ(メタ)アクリレートあるいはトリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
(4)四官能ラジカル重合性モノマー
四官能ラジカル重合性モノマーとしては、例えば、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラ(メタ)アクリレート、あるいはペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
また、上述のラジカル重合性モノマーの中でも、機会的強度の点から、二官能以上のラジカル重合性モノマーを含むことが好ましい。
本発明においては、上述のようなラジカル重合性モノマーを単独で用いても良いし、あるいは、2種類以上のラジカル重合性モノマーを併用しても良い。さらに、官能基数が異なる複数種のラジカル重合性モノマーを組み合わせても良い。
本発明の(B)歯科用セメント材に含まれるb1)ラジカル重合性モノマーとしては、分子量が200〜700の多官能性モノマーであることが、得られるセメント材の硬化体が高強度になるとともに、セメント材の粘度が高くなりすぎないことから特に好ましい。分子量が200未満のものの割合が増えると、強度が不足する場合があり、分子量が700を越えたものの割合が増えると粘度が高くなりすぎる場合がある。このため、ラジカル重合性モノマーが、実質的に分子量が200〜700の多官能性モノマーだけからなるのが好ましい。ここで、実質的に分子量が200〜700の多官能性モノマーだけからなるとは、ラジカル重合性モノマー100重量部中に分子量が200〜700の多官能性モノマーが90重量部以上、好ましくは95重量部以上である。
b3)無機充填材
本発明で使用するセメント材は、硬化体強度を向上させるために、ラジカル重合性モノマー100重量部に対して、無機充填材を50〜400重量部配合する。配合量が50より少ないと、得られるセメント材の硬化体の強度が低下し、さらにペーストの操作性も低下する。また、400重量部より多いとペーストが高粘度になり、前処理材との相溶性が低下する。
無機充填材としては、従来公知の無機フィラーを何ら制限なく使用することができる。一般的な歯科用の無機充填材が有する1.4〜1.7の範囲の屈折率のものが好適に使用される。こうした無機充填材の具体例としては、石英、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、シリカ−アルミナ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニア、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス、フッ化ナトリウム等が挙げられる。さらに無機フィラーの内、カチオン溶出性フィラーとしては、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム等の水酸化物、酸化亜鉛、ケイ酸塩ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス等の酸化物が挙げられる。これらもまた、1種または2種以上を混合して用いても良い。
これらの無機充填材の中でも、安価であり、取り扱いが容易という観点から、シリカ系無機フィラーを使用することが特に好ましい。ここで、シリカ系無機フィラーとは、シリカ、或いはシリカと結合可能な周期表第2〜14族の金属酸化物及びシリカを主成分とする複合酸化物粒子のことをいう。複合酸化物粒子の場合、シリカ成分は、少なくとも10mol%以上、好適には50mol%以上含有するのが良好である。
これら無機充填材は、シランカップリング処理されたものが好適に利用できる。シランカップリング剤の具体例を示すと、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ヘキサメチルジシラザン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、11−メタクリルオキシウンデシルトリメトキシシラン、11−メタクリルオキシウンデシルメチルジメトキシシラン等である。
これら無機充填材の粒子径、形状は特に限定されず、一般的に歯科用材料として使用されている、球状や不定形の、平均粒子径0.01μm〜100μmのものを使用することが好ましい。操作性や被膜厚さを考慮すると、好ましくは0.01μm〜50μmである。尚、本発明において、無機充填材の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法により測定した体積平均粒子径である。
また、本発明において無機充填材には、上記無機充填材と重合性単量体を予め混合し、ペースト状にした後、重合させ、粉砕して得られる、有機−無機複合フィラーも範疇に含まれる。
b4)重合開始剤
本発明で使用するセメント材には、ラジカル重合性モノマーを重合させるために重合開始剤が配合される。重合開始剤としては、光重合開始剤、化学重合開始剤、および熱重合開始剤のいずれもが使用できる。また、これらの内の2種類以上の重合開始剤を組み合わせて利用することもできる。なお、歯科用セメント材が、通常、口腔内で使用されることを考慮すると、これら3種類の重合開始剤の中でも、光重合開始剤または化学重合開始剤を用いることが好ましい。
このうち、光重合開始剤としては、公知のものが何ら制限なく使用できる。代表的な光重合開始剤としては、α―ジケトン類および第二級アミン類の組み合わせ,アシルホスフインオキサイド、アシルホスフィンオキサイドおよび第二級アミン類の組み合わせ、チオキサントン類および第二級アミン類の組み合わせ, α一アミノアセトフェノン類および第二級アミン類の組み合わせ,アリールボレート類および光酸発生剤類の組み合わせなどが挙げられる。
他方、化学重合開始剤としては、2成分以上からなり、使用直前に全成分が混合されることにより室温近辺で重合活性種を生じる公知のものが制限なく使用できる。例えば、有機過酸化物/アミン類、有機過酸化物/アミン類/有機スルフィン酸類、有機過酸化物/アミン類/アリールボレート類、アリールボレート類/酸性化合物、及びバルビツール酸誘導体/銅化合物/ハロゲン化合物等の各種組み合わせからなるものが挙げられる。このうち、高い歯質接着強度が得られ、また取扱いが容易な理由から、有機過酸化物/アミン類からなるものが特に好適である。この有機過酸化物と該アミン化合物からなる化学重合開始剤には、さらにベンゼンスルフィン酸やp−トルエンスルフィン酸およびその塩などのスルフィン酸や、5−ブチルバルビツール酸などのバルビツール酸類を配合するのも好適な態様である。
また、アリールボレート化合物が酸により分解してラジカルを生じることを利用した、アリールボレート化合物/酸性化合物系の化学重合開始剤は、酸性条件下において高い重合活性が得られるため、本発明では、(A)歯科用前処理材に親和性化合物として酸性基含有重合モノマーを使用した場合には採択するのが好ましい。ここで、アリールボレート化合物は、分子中に少なくとも1個のホウ素−アリール結合を有する化合物であれば特に限定されず公知の化合物が使用できるが、その中でも、保存安定性を考慮すると、1分子中に3個または4個のホウ素−アリール結合を有するアリールボレート化合物を用いることが好ましく、さらには取り扱いや合成・入手の容易さから4個のホウ素−アリール結合を有するアリールボレート化合物がより好ましい。こうしたアリールボレート化合物/酸性化合物系の化学重合開始剤に、さらに有機過酸化物および/または遷移金属化合物を組み合わせて用いる場合は、更に高い重合活性が得られるため特に好適である。
熱重合開始剤としては、例えば、ベンゾイルパーオキサイド、p−クロロベンゾイルパーオキサイド、tert−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、tert−ブチルパーオキシジカーボネート、ジイソプロピルパーオキシジカーボネートなどの過酸化物、アゾビスイソブチロニトリルなどのアゾ化合物、トリブチルボラン、トリブチルボラン部分酸化物、テトラフェニルホウ酸ナトリウム、テトラキス(p−フロルオロフェニル)ホウ酸ナトリウム、テトラフェニルホウ酸トリエタノールアミン塩などのホウ素化合物、5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸などのバルビツール酸類、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、p−トルエンスルフィン酸ナトリウムなどのスルフィン酸塩類などが挙げられる。
本発明で使用するセメント材における重合開始剤の配合量は、有効量であれば制限は無いが、通常は、ラジカル重合性モノマー100重量部に対して、0.001〜10重量部の範囲内であることが好ましく、0.005〜7.5重量部の範囲内であることがより好ましく、0.01〜5重量部の範囲内であることが最も好ましい。重合開始剤の配合量を0.001重量部以上とすることにより、重合する際の重合硬化を確保することが容易となる。また、重合開始剤の配合量を10重量部以下とすることにより、操作性を確保することが容易になる上に、コストの面に優れる。
本発明で使用するセメント材には、機械的強度、操作性、審美性等の物性に悪影響を与えない範囲で、後述する(A)歯科用前処理材で、有効成分として配合する、セメント材を接着させる面への親和性化合物を含有させても良い。ただし、セメント材の着色を防ぐ観点から、親和性化合物の中で、酸性基含有重合性モノマーは含有させるのは避けるのが好ましく、含有させる場合でもその配合量は必要最低限にすることが好ましい。具体的には、酸性基含有重合性モノマーは含有の配合量は、セメント材に含まれるラジカル重合性モノマー100重量部に対し10重量部以下、更には重量部以下とするのが好ましい。
本発明で使用するセメン材には、上記各成分以外に、保存安定性を向上させるために、重合禁止剤や酸化防止剤を配合しても良い。さらに、粘度や操作性を調節するために有機溶媒、増粘剤、連鎖移動剤等をその性能を低下させない範囲で添加することが可能である。また、歯牙、歯肉、歯冠材料の色調に合わせるため、顔料あるいは蛍光顔料等の着色材料を配合できる。
セメント材の包装形態は、保存安定性を損なわないことを条件に、適宜決定することができ、化学重合開始剤を配合する場合は、2ペーストに分包することが好ましい。例えば、有機過酸化物/アミンの組合せによる化学重合開始剤を配合した場合、ラジカル重合性モノマー、無機充填材、有機過酸化物を主成分とするペーストと、ラジカル重合性モノマー、無機充填材、アミンを主成分とするペーストを別個に包装し、使用時に混合することも可能である。
〔(A)歯科用前処理材について〕
本発明の歯科用セメントキットにおいて、(A)歯科用前処理材は、a1)セメント材を接着させる面に対する親和性化合物を含んでいる。なお、前処理材は一般に液状である。
ここで、本発明の歯科用セメントキットの被着体について説明する。歯科治療で使用されるセメント材において代表的な被着体は、イ)歯質、ロ)貴金属製補綴物、ハ)卑金属製補綴物、ニ)セラミックス製補綴物が挙げられる。このうちロ)貴金属製補綴物の材質である貴金属としては、金、白金、パラジウム、銀等が挙げられる。また、ハ)卑金属製補綴物の材質である卑金属としては、鉄、ニッケル、クロム、コバルト、スズ、アルミニウム、銅、チタン等が挙げられる。さらに、ニ)セラミックス製補綴物の材質としては、酸化物系セラミックスでも非酸化物系セラミックスのいずれでも良く、例えば、ジルコニア、アルミナ、リューサイト、二ケイ酸リチウムガラス等が挙げられる。この他、被着体の補綴物としては、上記セラミックスを粒子状にしたものを含有させたハイブリッド材料であるレジンもあるが、該セラミックス粒子に起因して、その接着性向上効果は、上記ニ)セラミックス製補綴物の場合と同様なので、本発明ではこうしたセラミックス粒子を含むレジン製補綴物も、該セラミックス製補綴物の範疇に含める。
本発明の歯科用セメントキットは、これらの被着体のいずれにも良好に使用され、その表面にセメント材が接着される。
前処理材に含有される、これらの被着体面に対する親和性化合物とは、各被着体面に対して、水素結合、イオン結合、共有結合等の化学結合によって相互作用を示す化合物を意味する。具体的には、被着体が、イ)歯質の場合、当該歯質表面に対する親和性化合物とは、酸性基含有重合性モノマーが挙げられる。酸性基含有重合性モノマーの親和性は、エナメル質や象牙質に含まれる、ハイドロキシアパタイトとイオン結合等をすることで発現する。
こうした酸性基含有重合性モノマーとしては、1分子中に少なくとも1つのラジカル重合性の不飽和基と、少なくとも1つの酸性基とを有する重合性モノマーであれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。ここで、ラジカル重合性の不飽和基とは、(メタ)アクリロイル基および(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基などの(メタ)アクリロイル基の誘導体基;ビニル基;アリール基;スチリル基や、(メタ)アクリルアミド基などが例示される。
また、本願明細書において酸性基とは、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{−P(=O)(OH)2}、カルボキシル基{−C(=O)OH}、スルホ基(−SO3H)などの−OHを有する遊離の酸基のみならず、上記に例示した−OHを有する酸性基の2つが脱水縮合した酸無水物構造(たとえば、−C(=O)−O−C(=O)−)、あるいは、上記に例示した−OHを有する酸性基の−OHがハロゲンに置換された酸ハロゲン化物基(たとえば、−C(=O)Cl)などのように当該基を有する重合性単量体の水溶液または水懸濁液が酸性を示す基、を意味する。酸性基は、pKaが5より小さいものが好ましい。
酸性基含有重合性モノマーを具体的に例示すると、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ジハイドロジェンフォスフェート、ビス(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル) ハイドロジェンホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル フェニル ハイドロジェンフォスフェート、10−(メタ)アクリロイルオキシデシル ジハイドロジェンフォスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル ジハイドロジェンフォスフェート、ビス(6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシル)ハイドロジェンフォスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル 2−ブロモエチル ハイドロジェンフォスフェートなどの分子内にホスフィニコオキシ基またはホスホノオキシ基を有す酸性基含有重合性モノマー(以下、「重合性酸性リン酸エステル」とも称す場合がある)、ならびに、これらの酸無水物および酸ハロゲン化物が挙げられる。
また、(メタ)アクリル酸、N−(メタ)アクリロイルグリシン、N−(メタ)アクリロイルアスパラギン酸、N−(メタ)アクリロイル−5−アミノサリチル酸、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ハイドロジェンサクシネート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ハイドロジェンフタレート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ハイドロジェンマレート、6−(メタ)アクリロイルオキシエチルナフタレン−1,2,6−トリカルボン酸、O−(メタ)アクリロイルチロシン、N−(メタ)アクリロイルチロシン、N−(メタ)アクリロイルフェニルアラニン、N−(メタ)アクリロイル−p−アミノ安息香酸、N−(メタ)アクリロイル−O−アミノ安息香酸、p−ビニル安息香酸、2−(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、3−(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、4−(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、N−(メタ)アクリロイル−5−アミノサリチル酸、N−(メタ)アクリロイル−4−アミノサリチル酸などの分子内に1つのカルボキシル基を有す酸性基含有重合性モノマー、ならびに、これらの酸無水物および酸ハロゲン化物が挙げられる。
また、11−(メタ)アクリロイルオキシウンデカン−1,1−ジカルボン酸、10−(メタ)アクリロイルオキシデカン−1,1−ジカルボン酸、12−(メタ)アクリロイルオキシドデカン−1,1−ジカルボン酸、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキサン−1,1−ジカルボン酸、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−3’−メタクリロイルオキシ−2’−(3,4−ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピルサクシネート、1,4−ビス(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)ピロメリテート、N,o−ジ(メタ)アクリロイルチロシン、4−(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)トリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシデシルトリメリテート、4−アクリロイルオキシブチルトリメリテート、6−(メタ)アクリロイルオキシエチルナフタレン−1,2,6−トリカルボン酸無水物、6−(メタ)アクリロイルオキシエチルナフタレン−2,3,6−トリカルボン酸無水物、4−(メタ)アクリロイルオキシエチルカルボニルプロピオノイル−1,8−ナフタル酸無水物、4−(メタ)アクリロイルオキシエチルナフタレン−1,8−トリカルボン酸無水物などの分子内に複数のカルボキシル基あるいはその酸無水物基を有す酸性基含有重合性モノマー、ならびに、これらの酸無水物および酸ハロゲン化物が挙げられる。
また、ビニルホスホン酸、p−ビニルベンゼンホスホン酸などの分子内にホスホノ基を有す酸性基含有重合性モノマーが挙げられる。
また、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、p−ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルスルホン酸などの分子内にスルホ基を有す酸性基含有重合性モノマーが挙げられる。
また、上記例示されたもの以外にも、特開昭54−11149号公報、特開昭58−140046号公報、特開昭59−15468号公報、特開昭58−173175号公報、特開昭61−293951号公報、特開平7−179401号公報、特開平8−208760号公報、特開平8−319209号公報、特開平10−236912号公報、特開平10−245525号公報などに開示されている歯科用接着材の成分として記載されている酸性基含有重合性モノマーも好適に使用できる。
これら酸性基含有重合性モノマーは単独で用いても、複数の種類のものを併用しても良い。
上記酸性基含有重合性モノマーのなかでも、歯質に対する接着性が優れている点で、酸性基がリン酸基であることが好ましい。このようなリン酸基を有する酸性基含有重合性モノマーとしては、特に、リン酸二水素モノエステル基{−O−P(=O)(OH)2}やリン酸水素ジエステル基{(−O−)2P(=O)OH}を有する重合性酸性リン酸エステルが好ましい。さらに、本発明の歯科用セメントキットが、光照射によって硬化する光硬化型のセメント材を用いたものである場合、光照射時の重合性が良好な点で、酸性基含有重合性モノマーを構成する重合性不飽和基としては、(メタ)アクリロイル基の誘導体基であることが好ましい。
次に、被着体が、ロ)貴金属製補綴物の場合、当該歯質表面に対する親和性化合物とは、イオウ原子含有モノマーが挙げられる。イオウ原子含有モノマーの親和性は、貴金属原子とイオウ原子が共有結合等をすることで発現する。
こうしたイオウ原子含有モノマーとしては、分子内に少なくとも1つのラジカル重合性基とイオウ原子とを含有しているものであれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。好適には、下記一般式で示される化合物が使用できる。
すなわち、下記一般式A1〜A5に示される互変異性によりメルカプト基を生じ得る重合性化合物;下記一般式A6〜A9に示されるジスルフィド化合物;下記一般式A10〜A11に示される鎖状若しくは環状のチオエーテル化合物等が挙げられる。
{式中、Reは水素原子またはメチル基であり、Rfは炭素数1〜12の2価の飽和炭化水素基、−CH2−C6H4−CH2−基、−(CH2)o−Si(CH3)2OSi(CH3)2−(CH2)p−基(但し、o及びpはそれぞれ1〜5の整数である。)、又は−CH2CH2OCH2CH2−基であり、Xは−OC(=O)−基、−OCH2−基、または−OCH2−C6H4−基であり(但し、これらいずれの基Xにおいても右端の炭素原子は不飽和炭素に結合し、左端の酸素原子は基Rfに結合している。)、X’は−OC(=O)−基(但し、右端の炭素原子が不飽和炭素に結合し、左端の酸素原子が基Rfに結合している。)、−C6H4−基、又は結合手であり(ここで、基X’が結合手の場合とは基Rfと不飽和炭素が直接結合した状態をいう。)、Wは−S−、−O−、又は−N(R’)−である(但し、R’は水素原子、炭素数1〜5のアルキル基である。)。}
これら化合物Aを具体的に例示すれば、前記一般式A1〜A5に示される互変異性によりメルカプト基を生じ得る重合性化合物としては、次に示す化合物が挙げられる。
また、前記一般式A6〜A9に示されるジスルフィド化合物としては、次に示す化合物等が挙げられる。
さらに、前記一般式A10〜A11に示される鎖状若しくは環状のチオエーテル化合物としては、次に示す化合物等が挙げられる。
これらのイオウ原子含有モノマーは、1種又は2種以上を組み合わせて使用することもできる。
上記イオウ原子含有モノマーとしては、これらの中でも、保存安定性の観点から、互変異性によりメルカプト基を生じ得る重合性化合物、又はジスルフィド化合物が好適に用いられ、さらに接着強度の観点から互変異性によりメルカプト基を生じ得る重合性化合物が最も好ましい。
また、被着体が、ハ)卑金属製補綴物の場合、当該歯質表面に対する親和性化合物とは、酸性基含有重合性モノマーが挙げられる。酸性基含有重合性モノマーの親和性は、卑金属表面に形成される酸化被膜とイオン結合等をすることで発現する。
こうした酸性基含有重合性モノマーの具体例も、前記被着体が、イ)歯質の場合における、当該歯質表面に対する親和性化合物として示した酸性基含有重合性モノマーと同じものが良好に使用できる。これらの酸性基含有重合性モノマーのなかでも、卑金属に対する接着性が優れている点で、酸性基がカルボキシル基であるものが特に好ましい。
さらに、被着体が、ニ)セラミックス製補綴物の場合、当該歯質表面に対する親和性化合物とは、カップリング剤挙げられる。カップリングの親和性は、カップリング基とセラミックスが共有結合等をすることで発現する。カップリング剤としては公知のものが制限なく使用できる。
こうしたカップリング剤としては、前記セメント材に含有される無機充填材のシランカップリング処理として示したものが好適に使用できる。
また、その他のカップリング剤としては、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリオクタノイルチタネート、イソプロピルイソステアロイルジアクリルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート、イソプロピルジメタクリルイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリクミルフェニルチタネート等のチタネート系カップリング剤類、アセトアルコキシアルミニウムジイソプロピレート等のアルミニウム系カップリング剤類、アリルトリメトキシジルコニウム、アリルトリアセトキシジルコニウム、γ−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシジルコニウム、γ−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)ジルコニウム、ω−(メタ)アクリロイルオキシデシルトリメトキシジルコニウム、ビニルトリメトキシジルコニウム、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)ジルコニウム等のジルコニウム系カップリング剤類が挙げられる。
また、接着性及び取扱い性の観点から、重合基を有するカップリング材も好適に使用される。例えば、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリ(トリメチルシロキシ)シラン、ω−メタクリロキシデシルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルペンタメチルジシロキサン、γ−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシジルコニウム、γ−(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)ジルコニウムが挙げられる。
この他、セラミックス製補綴物に対する親和性化合物としては、酸性基含有重合性モノマーも良好に使用できる。係る酸性基含有重合性モノマーは、セラミックス製補綴物が、ジルコニアセラミックス、アルミナセラミックス、チタニアセラミックスである場合に特に効果的である。この場合、酸性基含有重合性モノマーは、セラミックスに対する接着性が優れており、取り扱いし易い点で、酸性基がリン酸基であるのが特に好ましい。
本発明で使用する前処理材において、これらの親和性化合物は、2種以上の被着体に応じた複数種を組み合わせて含有させ、2種以上の被着体に対して自在に適用可能なものにしても良い。
本発明において前処理材は、親和性化合物のみで構成されていても良いが、任意成分として、ラジカル重合性モノマー(親和性化合物以外のもの)、充填材、溶媒、その他添加剤を配合することができる。この場合でも、より優れた接着強度を得るためには、酸性基含有重合性モノマーならば、前処理材100重量部中に0.1〜80重量部含有させるのが好ましく、5〜50重量部含有させるのがより好ましい。また、イオウ原子含有モノマーならば、上記前処理材100重量部中に0.01〜60重量部含有させるのが好ましく、0.05〜40重量部含有させるのがより好ましい。さらに、カップリング剤ならば、上記前処理材100重量部中に0.1〜70重量部含有させるのが好ましく、1〜50重量部含有させるのがより好ましい。
また、充填材は、前記したように、あまり多量に配合されていると前処理材の粘度を急上昇させ、歯科用セメント材との相溶性を低下させるため、前処理材100重量部中において多くても40質量部の配合、特には多くても30質量部の配合に留めるのが好ましい。同様に、ラジカル重合性モノマー(酸性基含有重合性モノマーも含む)も、多官能性のものは、前処理材の粘度を急上昇させ、歯科用セメント材との相溶性を低下させるため、該多官能性モノマーは前処理材100重量部中において多くても60質量部の配合、特には多くても40質量部の配合に留めるのが好ましい。
さらに、歯科用前処理材と歯科用セメント材との相溶性を一層に高め、これら両部材の積層界面の融和性を特に優れたものにする観点からは、前記した樹脂状ポリマーを歯科用前処理材にも配合するのが好ましい。この場合、歯科用前処理材に対する樹脂状ポリマーの配合量は、親和性化合物100質量部に対して3〜40質量部が好ましく、5〜30質量部がより好ましい。
上記任意成分として含有させる溶媒は、前処理材の被着体への浸透性、操作性、歯質の脱灰をより向上させるために、水溶性有機溶媒や水が配合されていても良い。水溶性有機溶媒としては、水溶性を示すものであれば公知の有機溶媒が何等制限なく使用できる。ここで言う水溶性とは、20℃での水への溶解度が20g/100ml以上であることを言う。このような水溶性有機溶媒として具体的に例示すると、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどが挙げられる。これら有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する為害性を考慮すると、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール又はアセトンが好ましい。
この他、前処理材に含有させても良い添加剤としては、例えば、重合開始剤、重合禁止剤、酸化防止剤、増粘剤、着色剤(顔料、染料、蛍光顔料等)、香料、抗菌剤、フッ化ナトリウム等のフッ素源などが挙げられる。
〔歯科用セメントキットの使用方法〕
本発明において、歯科用セメントキットの使用方法は、特に制限されない。具体的には、被着体である、イ)歯質、ロ)貴金属製補綴物、ハ)卑金属製補綴物、ニ)セラミックス製補綴物の表面に、(A)歯科用前処理材を、スポンジ、ブラシ、ハケ、ヘラ、筆、あるいはローラー等で塗布、または噴霧し、好ましくは、余剰な溶媒を乾燥させれば良い。勿論、該前処理材は、被着体の表面に、複数回塗っても良い。また、前処理材の塗布に先立って、被着体の表面をエッチング処理や、清掃処理等しておいても良い。
前処理材が溶媒を含む場合は、被着体の表面に、塗布または噴霧した後、好ましくは余剰な溶媒を蒸発させるために乾燥させるのが好ましい。乾燥の方法としては、例えば、自然乾燥、加熱乾燥、送風乾燥、減圧乾燥、あるいは、それらを組み合わせた方法が挙げられる。口腔内で乾燥させることを考慮すると、乾燥空気を出す気銃を用いて送風乾燥することが好ましい。
斯様にして形成した、被着体表面の前処理材層の上に、(B)歯科用セメント材をヘラ等で塗布し、セメント材に含有されている重合開始剤に対応した重合方式で硬化させる。この際、セメント材が、複数の包装に分包されている場合は、各分包をそれぞれ必要量採取し混合してから用いる。
歯質に対して補綴物を接着させる場合には、歯質と補綴物の各表面に、それぞれの被着体に応じた親和性化合物を含有した前処理材で処理し、次いで、補綴物の表面に形成された前処理材層上に、セメント材を盛り付けた後、該補綴物表面のセメント材の盛り付けを、歯質表面の前処理材層上に圧接する態様で実施しても良い。この場合に、本発明の歯科用セメントキットであれば、補綴物と歯質との隙間からの余剰セメントの逃出性が良く、残留した余剰セメント材が補綴物を浮き上がらせる問題が防止できるのは既に説明したとおりである。
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
尚、実施例および比較例で使用した化合物とその略称を、以下に示した。
[親和性化合物]
1)酸性基含有重合性モノマー
「MAC−10」:11−メタクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカルボン酸
「MDP」:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
2)イオウ原子含有重合性モノマー
「MTU−6」:6−メタクリロイルオキシヘキシル 2−チオウラシル−5−カルボキシレート
3)カップリング剤
「MPS」:3−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン
「MES」: メチルトリエトキシシラン
[ラジカル重合性モノマー]
「D−2.6E」:2,2’―ビス(4―(メタクリロキシエトキシ)フェニル)プロパン(分子量:452)
「BisGMA」:2.2’ ―ビス[4―(2―ヒドロキシ―3―メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン(分子量:513)
「3G」:トリエチレングリコールジメタクリレート(分子量:288)
「UDMA」:1.6―ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)―2,2,4,―トリメチルヘキサン(分子量:468)
「HEMA」:2―ヒドロキシエチルメタクリレート(分子量:130)
[樹枝状ポリマー]
「HA−DVB−500」
日産化学工業株式会社、GPC法による重量平均分子量48000であり、流体力学的平均直径が11.7nm(in THF)であるハイパーブランチポリマー。樹枝状ポリマーの末端部分に位置する官能基(末端官能基)はメチルエステル基である。
「HA−DMA−200」
日産化学工業株式会社、GPC法による重量平均分子量22000であり、流体力学的平均直径が5.2nm(in THF)であるハイパーブランチポリマー。末端官能基はメチルエステル基である。
「HA−DMA−50」
日産化学工業株式会社、GPC法による重量平均分子量4000であるハイパーブランチポリマー。末端官能基はメチルエステル基である。
「HA−DMA−7000」
日産化学工業株式会社、GPC法による重量平均分子量67000であるハイパーブランチポリマー。末端官能基はメチルエステル基である。
「HPS−200」
日産化学工業株式会社、GPC法による重量平均分子量23000であり、流体力学的平均直径が7.5nmであるハイパーブランチポリマー。末端官能基はスチリル基である。
「PB」
末端基に水酸基を有するハイパーブランチポリマーであるPerstop社のBoltornH20(トリメチロールプロパンを核とするジメチロールプロパンの重縮合物、GPC法による重量平均分子量2100)
「PBP」
末端官能基として水酸基を有するハイパーブランチポリマーであるPerstop社のBoltornH40(トリメチロールプロパンを核とするジメチロールプロパンの重縮合物、GPC法による重量平均分子量2100)に対し5酸化2リンを0℃で接触させ、末端官能基である水酸基の一部をリン酸基に変えたハイパーブランチポリマー。調整方法および構造解析は、特開2006−160789公報の実施例1と同様に行った。末端官能基の割合は水酸基/リン酸基=1/1である。
[無機充填材]
「F1」:球状シリカ―ジルコニア(平均粒径0.4μm)をγ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したもの
「F2」:不定形シリカ―ジルコニア(平均粒径3μm)γ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したもの
「F3」:ヒュームドシリカ(平均粒径0.02μm)をメチルトリクロロシランにより表面処理したもの
[重合開始剤]
「DEPT」:N,N―ジ(β―ヒドロキシエチル)―p―トルイジン
「BPO」:ベンゾイルパーオキサイド
また、各実施例および各比較例で実施した、歯科用セメントキットの評価方法を以下に示した。
1)エナメル質、象牙質への耐久接着性の試験方法
牛を屠殺し、屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去した。抜去した牛前歯を、注水下、#600のエメリーペーパーで研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、エナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、削り出した平面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥させた。次に、この平面に直径3mmの穴を有する両面テープを貼り付け、この穴に歯科用前処理材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した。その上に歯科用セメント材を塗布し、さらにその上にステンレス製アタッチメントを圧接することで、接着試験片を作製した。
上述の接着試験片を37℃の水中に24時聞浸漬した後、熱衝撃試験装置に入れて、4℃および60℃の水中に、試験片を各1分ずつ浸漬する操作を1回とし、10000回繰り返し操作した。熱衝撃試験を行った試験片を引張り試験機(オートグラフ、株式会社島津製作所製)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/minにて引っ張り、歯質と接着材との引っ張り接着強度を測定した。歯質と接着材との引張接着強度の測定は、各実施例あるいは各比較例につき、各種試験片4本についてそれぞれ測定した。その4回の引張接着強度の平均値を、該当する実施例若しくは比較例の耐久接着強度とした。
2)金属への耐久接着性の試験方法
貴金属合金として歯科用金―銀―パラジウム合金「金パラ12」(トーワ技研社製10×10×3mm)、卑金属合金として歯科用コバルト―クロム合金「ワークローム」(トーワ技研社製10×10×3mm)を#1500の耐水研磨紙で磨いた後にサンドブラスト処理し、その被着面に直径3mmの穴を有する両面テープを貼り付け、この穴に歯科用前処理材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した。その上に歯科用セメント材を塗布し、さらにその上にステンレス製アタッチメントを圧接することで、接着試験片を作製した。その後、「エナメル質、象牙質への耐久接着性の試験方法」と同様にして、耐久接着強度の測定を行った。
3)セラミックスの耐久接着性の試験方法
セラミックスとして、歯科用陶材「ジーセラコスモテック」(ジーシー社製、材質:リューサイト、10×10×3mm)、ジルコニアセラミックス「TZ−3Y−E焼結体」(東ソー社製、10×10×3mm)を用いた。「ジーセラコスモテックの場合には#800の耐水研磨紙で磨き、「TZ−3Y−E焼結体」の場合には#1500の耐水研磨紙で磨いた後にサンドブラストそれぞれ処理し、その被着面に直径3mmの穴を有する両面テープを貼り付け、この穴に歯科用前処理材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した。その上に歯科用セメント材を塗布し、さらにその上にステンレス製アタッチメントを圧接することで、接着試験片を作製した。その後、「エナメル質、象牙質への耐久接着性の試験方法」と同様にして、耐久接着強度の測定を行った。
4)歯科用セメント材と歯科用前処理材の相溶性評価(ちょう度測定)
10×10cmの大きさの2枚のポリエチレン製フィルムの一方の全面に歯科用前処理材をそれぞれ塗布し、5秒間エアブローして乾燥させた。このうちの一枚をアクリル板上に、歯科用前処理材の塗布面を上方に向けて置き、その上面の中心に歯科用セメント材0.1gを盛った。盛り付けた後直ちに、歯科用セメント材上に、前記先に用意した歯科用前処理材を塗布したポリエチレン製フィルムを被せ、その上に重りのついたアクリル板を載せて、120gの荷重を印加した。荷重印加から10秒後の歯科用セメント材の直径を測定した。
また、各実施例および各比較例で使用した歯科用セメントキットに組合せた、歯科用前処理材および歯科用セメント材は、それぞれ次の方法に調製した。
1)歯科用前処理材の調製
a1)親和性化合物として1.0gのMDPを用い、その他の重合性モノマーとして0.4gのBis−GMA、0.3gの3G、0.5gのHEMAを用い、溶媒として0.4gの水、6.9gのアセトンを用い、これらを均一になるまで攪拌して、本発明のプライマーP1を調整した。他のプライマー(P2〜P10)も同様の手順で、表1に示す組成にて調製した。
2)歯科用セメント材の調製
b1)ラジカル重合性モノマー成分として1.0gのBis−GMA、4.0gの3Gおよび5.0gのD−2.6Eを用い、b2)樹枝状ポリマー成分として0.6gのHA−DMA−7000、b4)重合開始剤成分として0.5gのDEPTを用い、これらを均一になるまで攪拌した。さらに、b3)無機充填材成分として17gのF1、12gのF2、1gのF3とをメノウ乳鉢で混合した。使用直前に残りのb4)重合開始剤成分である0.35gのBPOを添加し混合することで、本発明の歯科用セメント材A1とした。他の歯科用セメント材(A2〜A23)も同様の手順で、表2に示す組成にて調製した。
表1および表2記載の歯科用前処理材および歯科用セメント材を用いて各実施例および比較例の歯科用セメントキットとし、各実施例および比較例について接着試験を行った。その結果を表3〜表5に示した。
実施例1、比較例1〜3
実施例1は各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであり、エナメル質、象牙質、貴金属、卑金属、およびセラミックスに対して良好な耐久接着強度が得られた。
それに対して比較例1および2は、樹脂状ポリマーが配合されていないおよび少ない場合であり、比較例3は樹脂状ポリマーが多い場合であるが、いずれの場合においても各被着体に対する耐久接着強度が低下した。
実施例1の歯科用セメント材と比較例1〜3の歯科用セメント材のちょう度を比較すると、実施例1の歯科用セメント材が最も大きかった。歯科用セメント材と歯科用前処理材の相溶性が高いと、歯科用セメント材が歯科用前処理材面に広がり易くなるため、ちょう度が大きくなる。一方、比較例1および2では、樹脂状ポリマーが配合されていないおよび少ないため、実施例1と比較し相溶性が低下し、その結果ちょう度が小さくなった。また、比較例3では樹脂状ポリマーが多すぎて、歯科用セメント材の粘度が高くなり、樹脂状ポリマーによる相溶性向上効果が発揮されなくなり、ちょう度が小さくなった。
実施例2〜21,比較例4〜11
実施例2〜21は各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであり、樹脂状ポリマーによる相溶性向上効果により、いずれの場合においてもエナメル質、象牙質、金属、セラミックスに対して良好な耐久接着強度が得られた。
それに対して比較例4では、歯科用前処理材中にa1)成分である親和性化合物が配合されていない場合には、歯質および各補綴物材質との耐久接着強度が低下した。比較例5および6では、歯科用セメント材中のb3)成分である無機充填材が多い場合であるが、ペースト粘度が高くなり、歯科用前処理材との相溶性が低下し、耐久接着強度が低下した。比較例7では、歯科用セメント材中のb3)成分である無機充填材が少ない場合には、歯科用セメント材の硬化体強度が大幅に低下してしまうため、耐久接着強度が低下した。比較例8は、歯科用セメント材中のb4)成分である重合開始剤が添加されていない場合であるが、歯科用セメント材が硬化しなかった。