自動車等の動力伝達機構では、伝達軸同士の間に介在する等速ジョイントを用いて、一方の伝達軸から他方の伝達軸に回転駆動力を伝達する。一般的には、伝達軸のうち、ドライブシャフトとハブの間(アウトボード側)にバーフィールド型の等速ジョイントが介在し、デファレンシャルギヤとドライブシャフトの間(インボード側)にトリポード型の等速ジョイントが介在する。
これらの等速ジョイントは、一方の伝達軸に連結されるアウタ部材と、他方の伝達軸の先端部に位置決め固定されるインナ部材と、アウタ部材とインナ部材との間に介在してトルク伝達を行うトルク伝達部材とを有している。また、等速ジョイントの材料としては、通常、製造コストや成形性等の観点から鋼が採用される。
例えば、バーフィールド型の等速ジョイントでは、アウタ部材は、インナ部材が内挿される有底穴が形成されたカップ状であり、該カップ状の底部の外壁には、上記の伝達軸と連結される軸部が突出形成されている。アウタ部材の内壁には、互いに等間隔で離間した複数個の第1ボール溝が形成されている。
インナ部材は、上記の第1ボール溝に対応するように、複数個の第2ボール溝が外周壁に設けられた円環状である。トルク伝達部材は、上記の第1ボール溝と第2ボール溝との間のそれぞれに、転動可能に挿入される複数個のボールからなり、該ボールは、アウタ部材の内面とインナ部材の外面との間に介在するリテーナに保持されている。すなわち、このボールが第1ボール溝と第2ボール溝の各々に接触することで、該ボール(トルク伝達部材)を介して、アウタ部材とインナ部材との間でトルク伝達が行われる。
一方、トリポード型の等速ジョイントでは、アウタ部材は、上記のトリポード型と同様に軸部が突出形成されたカップ状であり、アウタ部材の内壁には、互いに等間隔で離間した複数個のトラック溝が形成されている。インナ部材は、円環部と、該円環部の外周壁から突出した複数個のトラニオンとを有する、いわゆるスパイダである。このトラニオンがアウタ部材のトラック溝内にそれぞれ収容されるように、インナ部材がアウタ部材に内挿される。
トルク伝達部材は、インナ部材の各トラニオンに回転自在に嵌着される略円環体のローラであり、トラック溝の内壁に摺接する。つまり、ローラの内周壁がトラニオンの外壁に接触し、且つローラの外周壁がトラック溝の内壁に接触することで、該ローラ(トルク伝達部材)を介して、アウタ部材とインナ部材との間でトルク伝達が行われる。
従って、アウタ部材の内面(特に、トラック溝及び第1ボール溝の内壁)と、インナ部材の外面(特に、トラニオンの側壁及び第2ボール溝の内壁)は、トルク伝達部材(ローラやボール)と接触することに起因して摩耗が生じ易い。この摩耗を抑制する手段として、アウタ部材の内面及びインナ部材の外面(以下、総称して部材表面ともいう)に熱処理を施して硬化層を形成することが知られている。
この硬化層では、硬度の最大値が、主に部材表面に含まれる炭素量によって決まるため、該硬化層を形成することで上昇させることが可能な部材表面の硬度には限界がある。また、部材表面内で炭素分布や焼入れ温度がばらつくこと等に起因して、硬化層の硬度にもばらつきが生じ易い。さらに、この硬化層は、深さが深くなるに連れて、すなわち、アウタ部材やインナ部材の内部に向かうに連れて、硬度が低下し、有効硬化層深さを超えると判定硬さ(限界硬さ)を下回る。従って、部材表面に硬化層を形成しても、判定硬さを下回る部位にトルク伝達による応力が付与され続けると、硬化層が剥離してしまう懸念がある。すなわち、部材表面に硬化層を形成するのみでは、上記の摩耗を十分に抑制できない懸念がある。
また、硬化層を形成するべく熱処理を施すと、アウタ部材やインナ部材に熱変形や寸法変化が生じる。従って、所望の形状のアウタ部材及びインナ部材を得るためには、上記の熱処理による熱変形や寸法変化を予め考慮して、鍛造加工用の金型を高精度に設計する必要が生じ、等速ジョイントの製造工程が複雑となってしまう。さらに、熱処理としては一般的に高周波焼入れを行うが、この場合、硬化層を得るために消費される電力等のエネルギーが増大してしまう。
そこで、鋼に代えて、サイアロンや窒化ケイ素等のセラミックスから等速ジョイントを形成して、上記の摩耗を抑制することが提案されている。セラミックスは、耐摩耗性、耐食性、絶縁性等に優れ、上記の硬化層に比して、硬度や高温時の強度が大きい。従って、等速ジョイントの材料としてセラミックスを採用することで、部材表面を上記の摩耗を抑制可能な硬度とすることが可能になる。例えば、特許文献1には、セラミックスとしてβサイアロン焼結体から、トルク伝達部材(ボール)を形成することが提案されている。
セラミックスから等速ジョイントを得るためには、セラミックスの粉体を冷間等方圧加圧(CIP)によって成形し、さらに、焼結後に熱間等方圧加圧(HIP)を行う必要がある。この場合、製造工程が煩雑になるため、製造効率が低下し、量産が困難になることや、成形によって得られる形状が限定されるため、等速ジョイントの形状の自由度が低下してしまうことが懸念される。
また、等速ジョイントの材料としてセラミックスを採用すると、鋼を採用する場合に比して、設備コストや製造コストが大幅に高騰してしまう。従って、等速ジョイントの各構成要素の全てをセラミックスから形成することは現実的ではない。しかしながら、特許文献1に提案されるように、等速ジョイントの構成要素のうち、トルク伝達部材のみをセラミックスから形成しても、部材表面に生じる上記の摩耗を十分に抑制することは困難である。
本発明は、この種の問題を解決するものであり、トルク伝達による摩耗を低コストで容易且つ効率的に抑制でき、耐久性に優れた等速ジョイント及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明は、アウタ部材と、前記アウタ部材に内挿されるインナ部材と、前記アウタ部材及び前記インナ部材の間に介在してトルク伝達を行うトルク伝達部材と、を備える等速ジョイントであって、前記アウタ部材の内面及び前記インナ部材の外面の少なくとも何れか一方である部材表面に、セラミックス又はサーメットを主成分とする高硬度層を備えることを特徴とする。ここで、主成分とは、高硬度層中のセラミックス又はサーメットの割合が、略80atm%以上であることをいい、該割合が100atm%であってもよい。
本発明に係る等速ジョイントの部材表面に備えられる高硬度層は、例えば、部材表面に熱処理を施すことで形成される硬化層に比して、耐摩耗性、耐食性、絶縁性等に優れ、硬度(耐面圧)や高温時の強度が大きい。従って、この等速ジョイントでは、高硬度層が設けられた部材表面にトルク伝達部材が接触しても、摩耗が生じることを効果的に抑制でき、優れた耐久性を示す。
また、高硬度層は、研削加工することが可能であるため、該高硬度層を形成した後にインナ部材やアウタ部材の寸法を調整することができる。従って、インナ部材やアウタ部材の寸法変化等を考慮して鍛造加工用の金型を予め高精度に設計する必要がなくなり、等速ジョイントを容易且つ効率的に得ることが可能になる。さらに、高周波焼入れ等の熱処理を行う必要がないため、等速ジョイントを得る過程で消費される電力等のエネルギーを削減することができる。
また、アウタ部材及びインナ部材を、鋼等から形成することが可能であるため、構成要素の全てをセラミックス又はサーメットから形成する場合に比して、等速ジョイントの製造コストを削減することができる。さらに、例えば、CIPやHIPによる成形加工等の煩雑な製造工程を経ることなく、等速ジョイントを得ることができるため、等速ジョイントの生産効率や形状の自由度を向上させることや、設備コストを削減することが可能になる。
従って、トルク伝達による摩耗を低コストで容易且つ効率的に抑制でき、耐久性に優れた等速ジョイントを得ることができる。つまり、この等速ジョイントは、低コストで成形性に優れる等の鋼材の利点と、高硬度で耐摩耗性に優れる等のセラミックス材又はサーメット材の利点とを併せ持つことができる。また、上記の通り、高硬度層によって部材表面の硬度を効果的に上昇させることができる分、インナ部材やアウタ部材の体積を減少させても十分な強度を維持することができる。このため、等速ジョイントを小型化することが可能となる。
上記の等速ジョイントにおいて、前記高硬度層は多層構造からなる。この場合、等速ジョイントの材質や使用条件等に応じた種々の機能を複合的に有する高硬度層を得ることができる。
上記の等速ジョイントにおいて、前記高硬度層の多層構造は、厚さ方向に気孔率が変化することで形成され、前記厚さ方向の中央側の気孔率が、両端側の気孔率に比して大きい。この場合、部材表面に形成された高硬度層のうち、部材表面に近い一方側と、トルク伝達部材と接触する接触面に近い他方側とは、中央側に比して緻密に形成されることになる。従って、高硬度層の接触面側の硬度を、トルク伝達による摩耗を効果的に抑制することが可能な値とすることができる。また、高硬度層の部材表面側と部材表面との接着性(密着性)を向上させることができる。
一方、高硬度層の中央側は、気孔率が大きい分、気孔中に潤滑材を良好に保持することができ、高硬度層の潤滑材保持能力を高めることができる。これによって、トルク伝達部材と高硬度層の間に適宜潤滑材を供給して潤滑膜を形成することが可能になるため、互いの潤滑を良好に維持することができる。すなわち、高硬度層が設けられた部材表面の摩耗を一層効果的に抑制することができる。また、この高硬度層の中央側は、両端側に比して気孔率が大きいことで、緩衝材としての機能を果たすことができる。従って、例えば、高硬度層の中央側に弾性変形が生じること等によって、高硬度層に対するトルク伝達部材の接触面圧を吸収することが可能になる。このため、等速ジョイント全体の耐久性を高めることができる。
すなわち、上記のような多層構造の高硬度層を備えることによって、一層優れた耐久性を示し、適切に高寿命化が図られた等速ジョイントを得ることが可能になる。
上記の等速ジョイントにおいて、前記厚さ方向の両端側のうち、前記部材表面に近い一方側の気孔率に比して、前記トルク伝達部材と接触する接触面に近い他方側の気孔率が大きいことが好ましい。この場合、部材表面と高硬度層との接着性を向上させることができ、且つ接触面に近い他方側の気孔を介して、接触面と厚さ方向の中央側の気孔との間を潤滑材が移動し易くなる。従って、部材表面に高硬度層を一層強固に形成し、且つ接触面とトルク伝達部材との潤滑性を一層良好に維持して耐摩耗性を向上させることができる。その結果、耐久性に優れ、高寿命化が図られた等速ジョイントを得ることが可能になる。
上記の等速ジョイントにおいて、前記高硬度層は、溶射によって形成されることが好ましい。この場合、例えば、コーティングや接着等によって高硬度層を形成する場合に比して、材料の選択自由度が高く、効率的且つ高精度に高硬度層を得ることが可能になる。また、例えば、溶射の際の各条件(溶射速度、溶射距離、溶射温度等)や、材料となる粒子の粒径や種類(成分)を調整することによって、容易に多層構造の高硬度層を形成することができる。
また、本発明は、アウタ部材と、前記アウタ部材に内挿されるインナ部材と、前記アウタ部材及び前記インナ部材の間に介在してトルク伝達を行うトルク伝達部材と、を備える等速ジョイントの製造方法であって、前記アウタ部材の内面及び前記インナ部材の外面の少なくとも何れか一方である部材表面に、セラミックス又はサーメットを主成分とする高硬度層を形成する高硬度層形成工程を有することを特徴とする。
本発明に係る等速ジョイントの製造方法では、高硬度層が設けられた部材表面にトルク伝達部材が接触しても、摩耗が生じることを効果的に抑制することができ、優れた耐久性を示し、高寿命化が図られた等速ジョイントを得ることができる。また、高周波焼入れ等の熱処理を行う必要がないため、等速ジョイントを得る過程で消費される電力等のエネルギーを削減することができる。
さらに、構成要素の全てをセラミックス又はサーメットから形成する場合に比して、等速ジョイントの製造コストを削減することができる。さらに、例えば、CIPやHIPによる成形加工等の煩雑な製造工程を経る必要がないため、等速ジョイントの製造効率や形状の自由度を向上させることや、設備コストを削減することができる。
従って、トルク伝達による摩耗を低コストで容易且つ効率的に抑制でき、耐久性に優れた等速ジョイントを得ることができる。また、高硬度層によって部材表面の硬度を効果的に上昇させることができる分、インナ部材やアウタ部材の十分な強度を維持しつつ、等速ジョイントを小型化することが可能となる。
上記の等速ジョイントの製造方法において、前記高硬度層形成工程では、前記部材表面に対して溶射によって前記高硬度層を形成し、前記高硬度層が多層構造となるように溶射条件を変化させる。この場合、等速ジョイントの材質や使用条件等に応じた種々の機能を複合的に有する高硬度層を得ることができる。また、高硬度層を溶射によって形成するため、例えば、コーティングや接着等によって高硬度層を形成する場合に比して、材料の選択自由度が高く、効率的且つ高精度に高硬度層を得ることが可能になる。また、例えば、溶射速度や、材料となる粒子の粒径や種類を調整することによって、容易に多層構造の高硬度層を形成することができる。
上記の等速ジョイントの製造方法において、前記高硬度層形成工程では、前記溶射条件を第1条件、第2条件、第3条件の順に変化させ、前記第1条件とする間、前記部材表面に堆積する第1層を形成し、前記第2条件とする間、前記第1層から連続し且つ前記第1層に比して気孔率が大きくなるように第2層を形成し、前記第3条件とする間、前記第2層から連続し且つ前記第2層に比して気孔率が小さくなるように第3層を形成する。この場合、高硬度層のうち、部材表面に近い第1層と、トルク伝達部材と接触する接触面に近い第3層とを、中央側の第2層に比して緻密に形成することができる。従って、第1層と部材表面との接着性を向上させることができる。また、第3層の硬度を、トルク伝達による摩耗を効果的に抑制することが可能な値とすることができる。
一方、気孔率を大きくした第2層では、気孔中に潤滑材を良好に保持することができる。これによって、トルク伝達部材と第3層との間に、適宜潤滑材を供給して潤滑膜を形成することが可能になるため、互いの潤滑を良好に維持することができる。すなわち、高硬度層が設けられた部材表面の摩耗を一層効果的に抑制することができる。
また、第1層及び第3層に比して第2層の気孔率が大きくなるため、該第2層が緩衝材としての機能を果たす。従って、高硬度層に対するトルク伝達部材の接触面圧が、例えば、第2層に弾性変形が生じること等によって吸収されるため、等速ジョイント全体の耐久性を高めることができる。すなわち、上記のような多層構造の高硬度層を形成することによって、一層優れた耐久性を示し、適切に高寿命化が図られた等速ジョイントを得ることが可能になる。
上記の等速ジョイントの製造方法において、前記第1層に比して、前記第3層の気孔率が大きくなるように前記第1条件及び前記第3条件を設定することが好ましい。この場合、部材表面と第1層との接着性を向上させることができる。また、第3層の気孔を介して、該第3層の表面(接触面)と第2層の気孔との間を潤滑材が移動可能となる。従って、部材表面に高硬度層を一層強固に形成し、且つ接触面とトルク伝達部材との潤滑性を一層良好に維持して耐摩耗性を向上させることができる。その結果、耐久性に優れ、高寿命化が図られた等速ジョイントを得ることが可能になる。
上記の等速ジョイントの製造方法において、前記高硬度層の一部を研削する研削工程をさらに有することが好ましい。この研削により、高硬度層を形成した後にインナ部材やアウタ部材の寸法を調整することができるため、鍛造加工用の金型を予め高精度に設計する必要がなくなり、等速ジョイントを容易且つ効率的に得ることが可能になる。
本発明によれば、部材表面に高硬度層を形成することで、トルク伝達による摩耗を低コストで容易且つ効率的に抑制でき、耐久性に優れ、しかも小型化することが可能な等速ジョイントを得ることができる。
以下、本発明に係る等速ジョイントについて、その製造方法との関係で好適な実施形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
本発明に係る等速ジョイントは、自動車等の動力伝達装置のインボード側及びアウトボード側の何れの伝達軸同士の間に介在するものであっても適用することができる。このため、本実施形態では、図1に示すように、第1等速ジョイント10がアウトボード側に設けられるバーフィールド型であり、第2等速ジョイント12がインボード側に設けられるトリポード型である例について説明する。
すなわち、第1等速ジョイント10は、ドライブシャフト14とハブ(不図示)の間に介在し、第2等速ジョイント12は、デファレンシャルギヤ(不図示)とドライブシャフト14の間に介在する。
先ず、第1等速ジョイント10の構成について説明する。第1等速ジョイント10は、アウタカップ(アウタ部材)16と、インナリング(インナ部材)18と、ボール(トルク伝達部材)20とから基本的に構成され、これらの部材のそれぞれは、例えば、鋼等から構成される。
アウタカップ16は、有底穴が形成されたカップ状であり、その軸部21がハブに一体的に連結されている。アウタカップ16の球面からなる内面には、軸方向に沿って延在し、軸心の回りにそれぞれ等間隔をおいて、例えば6本の第1ボール溝22が形成される。
インナリング18は、上記の第1ボール溝22に対応するように、複数個の第2ボール溝24が外周壁に設けられた円環状であり、アウタカップ16の内部に収納される。また、インナリング18は、その中心に形成された孔部を介してドライブシャフト14の一端部にスプライン嵌合される。
ボール20は、相互に対向する第1ボール溝22と第2ボール溝24との間にそれぞれ1個ずつ転動可能に配設され、アウタカップ16の内面とインナリング18の外面との間に介在するリテーナ26に保持されている。このボール20が、第1ボール溝22と第2ボール溝24の各々に接触することで、アウタカップ16とインナリング18の間でトルク伝達を行う。
アウタカップ16とドライブシャフト14との間には、蛇腹部を有するゴム製又は樹脂製の継手用ブーツ28aが装着されている。継手用ブーツ28a内には、潤滑材として、グリース組成物が封入されている。
この第1等速ジョイント10では、アウタカップ16の内面に高硬度層30aが形成され、且つインナリング18の外面に高硬度層30bが形成されている。高硬度層30a、30bの詳細については後述する。
次に、第2等速ジョイント12の構成について説明する。第2等速ジョイント12は、外輪部材(アウタ部材)32と、スパイダ(インナ部材)34と、ローラ(トルク伝達部材)36とから基本的に構成され、これらの部材のそれぞれは、例えば、鋼等から構成される。
外輪部材32は、有底穴が形成されたカップ状であり、その軸部37がデファレンシャルギヤに一体的に連結されている。外輪部材32の内面には、軸心の回りにそれぞれ等間隔をおいて、例えば、3本のトラック溝38が形成される。
スパイダ34は、円環部40と、該円環部40の外周壁から突出した複数個のトラニオン42とを有している。このトラニオン42がトラック溝38内にそれぞれ収容されるように、スパイダ34が外輪部材32に内挿される。また、円環部40は、その中心に形成された孔部を介してドライブシャフト14の他端部にセレーション嵌合される。
ローラ36は、複数本の転動体44を介して、トラニオン42に回転自在に嵌着される円環状であり、トラック溝38の内壁に摺接する。つまり、ローラ36の内周壁がトラニオン42の外壁に接触し、且つローラ36の外周壁がトラック溝38の内壁に接触することで、外輪部材32とスパイダ34との間でローラ36を介してトルク伝達が行われる。なお、転動体44は、例えば、ニードル、ころ等を含む転がり軸受であればよい。
外輪部材32とドライブシャフト14との間には、上記の継手用ブーツ28aと同様に、継手用ブーツ28bが、その内部にグリース組成物が封入されるように装着されている。
この第2等速ジョイント12では、外輪部材32の内面に高硬度層30aが形成され、且つスパイダ34の外面に高硬度層30bが形成されている。以降では、第1等速ジョイント10のアウタカップ16の内面及びインナリング18の外面と、外輪部材32の内面及びスパイダ34の外面とを総称して部材表面ともいう。この部材表面に形成された高硬度層30a、30bは、図2に示すように、厚さ方向に気孔率が変化する多層構造からなる。高硬度層30a、30bの構成について、本実施形態に係る等速ジョイントの製造方法との関係で具体的に説明する。
この等速ジョイントの製造方法では、上記の第1等速ジョイント10及び第2等速ジョイント12の各構成要素を得るべく、熱処理及び潤滑処理を施した鋼材を鍛造加工して、上記の構成要素の各々の形状の成形体を得る。そして、これらの成形体のうち、アウタ部材(アウタカップ16、外輪部材32)の内面及びインナ部材(インナリング18、スパイダ34)の外面である部材表面に高硬度層30a、30bをそれぞれ形成する高硬度層形成工程を行う。
この高硬度層30a、30bの形成は、コーティングや接着等の種々の方法を適用して行うことが可能であるが、溶射(プラズマ溶射や高速フレーム溶射等)によって行うことが好ましい。溶射を適用することで、材料の選択自由度を高めることができ、且つ効率的且つ高精度に高硬度層30a、30bを得ることが可能になる。また、例えば、溶射の際の各条件(溶射速度、溶射距離、溶射温度等)や、材料となる粒子の粒径や種類(成分)を調整することによって、容易に所望の緻密度や気孔率を有する多層構造の高硬度層30a、30bを形成できる。
そこで、本実施形態では、溶射によって、高硬度層30a、30bを形成する例について説明する。図3に示すように、高硬度層成形工程では、溶射銃46を用いて、材料となる粒子を溶解して部材表面に吹きつけて成膜する。この際、アウタ部材及びインナ部材は、温度が過度に上昇することを抑制するため、不図示の冷却手段によって、例えば、100℃を上回らないように冷却される。冷却手段としては、冷却水等の冷却媒体を用いた公知の方法で行うことが可能である。なお、図3には、アウタ部材として外輪部材32の内面に高硬度層30aを形成する場合を例示する。
高硬度層形成工程では、高硬度層30a、30bが厚さ方向に気孔率が変化する多層構造となるように、溶射条件を変化させる。すなわち、高硬度層30a、30bの部材表面側から、トルク伝達部材(ボール20、ローラ36)との接触面48側に向かって、溶射条件を第1条件、第2条件、第3条件の順に変化させている。
高硬度層30aのうち、溶射条件を第1条件とする間に形成される層を第1層302aとする。同様に、溶射条件を第2条件、第3条件とする間に形成される層をそれぞれ第2層304a、第3層306aとする。なお、第1層302a〜第3層306aの各層間は、互いの気孔率及び成分が傾斜的に変化している。従って、高硬度層30aの各層は明確な境界によって区分されるものではないが、説明の便宜上、高硬度層30aのうち、同一の溶射条件で形成されている部位を1つの層とする。
高硬度層30aと同様に、高硬度層30bも、第1条件、第2条件、第3条件とする間にそれぞれ形成される第1層302b、第2層304b、第3層306bからなる多層構造である。
つまり、高硬度層30a、30bのそれぞれは、厚さ方向の両端側のうち、部材表面に近い一方側に第1層302a、302bが形成され、接触面48に近い他方側に第3層306a、306bが形成されている。また、第1層302a、302bと第3層306a、306bとの間にそれぞれ第2層304a、304bが介在している。
ここで、高硬度層30aと高硬度層30bとは、第3層306a、306bの構成成分が互いに異なる以外は同様に形成される。具体的には、第3層306aは、例えば、耐摩耗性を特に良好に向上させるべく、WCを80〜90atm%、Coを5〜10atm%、CrCを3〜8atm%含む混合粒子を出発材料として形成される。従って、この場合、第3層306aは、サーメットから構成される。一方、第3層306bは、例えば、靱性と耐摩耗性との均衡を図るべく、WCを70〜90atm%、Coを1〜10atm%、CrCを1〜5atm%、Niを1〜5atm%含む混合粒子を出発材料として形成される。すなわち、第3層306bも、サーメットから構成される。
従って、以降では、高硬度層30aを形成する場合を例に挙げて説明する。高硬度層30bについては、高硬度層30aと略同様に形成することができるため、その説明を省略する。
具体的には、高硬度層形成工程では、先ず、部材表面に対して、該部材表面との密着性を特に効果的に向上させるために第1層302aの気孔率を可及的に減少させることが可能な第1条件で溶射を行う。すなわち、第1条件は、第1層302a、302bの気孔率の上限が0.5〜3%となるように設定される。
ここで、「気孔率」は、「溶射工学便覧」(日本溶射協会2010年1月出版第600頁)に記載の画像処理による気孔率の測定に基づいて算出される。すなわち、試料断面を鏡面研磨した後、光学顕微鏡により写真撮影する。これにより得られた画像を2値化処理し、全面積中に占める気孔部分(例えば、黒色)の面積を算出して得られる値である。又は、水浸法によって気孔率の測定を行ってもよい。
第1層302aの出発材料は、例えば、Al2O3、FeMn、Cr2O3を、第1層302aと表面部材との密着性を特に効果的に向上させることができるように配合して構成されている。また、第1層302aの厚さは、部材表面との密着性及び耐衝撃性を考慮して100μm以下に設定される。
従って、上記のように第1層302aについて、気孔率、構成材料、厚さをそれぞれ設定することで、部材表面から高硬度層30aが剥離することを効果的に防止することが可能になる。
次に、部材表面に堆積した第1層302aに対して、該第1層302aよりも気孔率が大きい第2層304aが形成されるように、第2条件で溶射を行う。この第2条件は、例えば、第2層304aの気孔率が2〜5%となり、且つ上記の第1層302aの気孔率を超えない範囲となるように設定される。このように、気孔率を2%以上とすることで、第2層304aの気孔内に上記のグリース組成物等の潤滑材を良好に保持することが可能になる。
また、第2層304aが、第1層302a及び第3層306aの間において緩衝材としての機能を果たすことが可能になる。すなわち、高硬度層30aに対するトルク伝達部材の接触面圧が、例えば、第2層304aに弾性変形が生じること等によって吸収される。これによって、第1等速ジョイント10及び第2等速ジョイント12(以下、総称して等速ジョイント10、12ともいう)のユニット全体の耐久性を高めることができる。また、第2層304aの気孔率を5%以下とすることで、高硬度層30aの耐衝撃性が低下することを適切に抑制できる。
第2層304aを構成する材料は、高硬度層30aの層間の剥離を抑制するべく、第1層302a及び第3層306aの双方に共通する成分を含むことが好ましい。このような成分系としては、WC10CrC7Niが挙げられる。また、第2層304aの厚さは、例えば、10〜50μmの間で任意とすることができるが、20〜30μmとすることが一層好適である。この場合、高硬度層30aの潤滑材保持能力との耐衝撃性との均衡を適切に図ることが可能になる。
次に、第2層304aに対して、上記の第1層302aよりも気孔率が大きく且つ第2層304aよりも気孔率が小さい第3層306aが形成されるように、第3条件で溶射を行う。この第3条件は、例えば、第3層306aの気孔率が0.5〜2%となるように設定される。この場合、第3層306aの硬度を、トルク伝達による摩耗を効果的に抑制することが可能な値とすることができる。また、第3層306aの気孔を介して、該第3層306aの表面(接触面48)と第2層304aの気孔との間を潤滑材が移動可能とすることができる。
従って、例えば、等速ジョイント10、12の動作を停止する間に、接触面48から第3層306aの気孔を介して、第2層304aの気孔内に潤滑材を効果的に保持することができる。一方、等速ジョイント10、12の動作中は、第2層304aの機構内に保持された潤滑材が、第3層306aの気孔を介して接触面48へと移動することができる。その結果、接触面48とトルク伝達部材との潤滑性を一層良好に維持して耐摩耗性を向上させることができる。
上記の通り、第3層306aを構成する材料は、耐摩耗性や靱性等を効果的に向上させることができる成分からなる。また、第3層306aの厚さは、例えば、10〜50μmとすることが好ましい。この場合、第3層306aの硬度を十分に維持しつつ、該第3層306aが第2層304aから剥離することを効果的に抑制することができる。
以上の高硬度層形成工程によって、部材表面に高硬度層30a、30bを形成することができる。この際、高硬度層30a、30bの全体の厚さは、50〜200μmとすることが好ましく、一層好適には、70〜100μmとすることである。また、上記の溶射銃46による溶射速度(粒子の吹き付け速度)の最大値は、溶射方式や粒子の成分(比重)にもよるが、例えば、高速フレーム溶射を用いてAl2O3の粒子を溶射する場合400〜1000m/秒に達する。このように超高速で粒子が衝突することで、部材表面には、加工硬化が生じるとともに、粒子の一部が部材表面と合金化された影響層50が形成される。また、図2に一点鎖線で示すように高硬度層30a、30bの内部に残留圧縮応力を発生させることができる。
これらの影響層50及び残留圧縮応力によっても、高硬度層30a、30bが形成された部材表面の硬度を一層良好に向上させること及び部材表面からの高硬度層30a、30bの剥離を効果的に抑制することが可能になる。なお、影響層50の厚さや、残留圧縮応力の大きさについても、溶射の条件(特に、溶射速度)を調整することで、適宜設定することが可能である。
この高硬度層30a、30bのうち、第3層306a、306bの一部を研削する研削工程を行う。これによって、寸法調整を行うことで、アウタ部材及びインナ部材を得ることができる。すなわち、上記の高硬度層形成工程では、研削工程で研削される研削代20〜80μmの分、第3層306a、306bを、上記の好適な厚さよりも大きく形成しておくことが好ましい。
上記の通り、このインナ部材及びアウタ部材では、高硬度層30aを形成した後に、研削工程を行って寸法を調整することができる。従って、鍛造加工用の金型を予め高精度に設計する必要がなくなり、該インナ部材及びアウタ部材を容易且つ効率的に得ることが可能になる。なお、研削後の第3層306aの表面(接触面48)の表面粗さは12.5〜25Sに調整されることが好ましい。
次に、上記の通り高硬度層30a、30bが形成され且つ寸法調整が行われたアウタ部材及びインナ部材を適宜組み合わせることで、等速ジョイント10、12を得ることができる。
上記の通り、高硬度層30a、30bは、例えば、部材表面に熱処理を施すことで形成される硬化層に比して、耐摩耗性、耐食性、絶縁性等に優れ、硬度(耐面圧)や高温時の強度が大きい。従って、この高硬度層30a、30bが設けられた部材表面にトルク伝達部材が接触しても、摩耗が生じることを効果的に抑制できる。
また、アウタ部材及びインナ部材を、鋼等から形成することが可能であるため、構成要素の全てをセラミックス又はサーメットから形成する場合に比して、等速ジョイント10、12の製造コストを削減することができる。さらに、例えば、CIPやHIPによる成形加工等の煩雑な製造工程を経ることなく、等速ジョイント10、12を得ることができるため、製造効率や形状の自由度を向上させることや、設備コストを削減することが可能になる。
以上から、トルク伝達による摩耗を低コストで容易且つ効率的に抑制でき、耐久性に優れた等速ジョイント10、12を得ることができる。つまり、この等速ジョイント10、12は、低コストで成形性に優れる等の鋼材の利点と、高硬度で耐摩耗性に優れる等のセラミックス材又はサーメット材の利点とを併せ持つことができる。また、上記の通り、高硬度層30a、30bによって部材表面の硬度を効果的に上昇させることができる分、インナ部材やアウタ部材の体積を減少させても十分な強度を維持することができる。このため、等速ジョイント10、12を小型化することが可能となる。
また、上記の通り、高硬度層30a、30bの多層構造は、厚さ方向に気孔率が変化することで形成される。そして、この気孔率は、厚さ方向の中央側(第2層304a、304b側)が、両端側(第1層302a、302b側及び第3層306a、306b側)に比して大きい値である。この場合、部材表面に形成された高硬度層30a、30bのうち、部材表面に近い一方側(第1層302a、302b側)と、トルク伝達部材と接触する接触面48に近い他方側(第3層306a、306b側)とは、中央側に比して緻密に形成される。
従って、図2に実線で示す高硬度層30a、30bの厚さと硬度との関係からも明らかな通り、高硬度層30a、30bの接触面側及び部材表面側の硬度(緻密性)を良好に上昇させることができる。その結果、トルク伝達による摩耗を効果的に抑制することができ、且つ高硬度層30a、30bと部材表面との接着性(密着性)を良好に向上させることができる。
一方、高硬度層30a、30bの中央側は、気孔率が大きい分、気孔中に潤滑材を良好に保持することができ、高硬度層30a、30bの潤滑材保持能力を高めることができる。これによって、トルク伝達部材と高硬度層30a、30bの間に適宜潤滑材を供給して潤滑膜を形成することが可能になるため、互いの潤滑を良好に維持することができる。すなわち、高硬度層30a、30bが設けられた部材表面の摩耗を一層効果的に抑制することができる。また、この高硬度層30a、30bの中央側は、両端側に比して気孔率が大きいことで、緩衝材としての機能を果たすことができる。
従って、例えば、高硬度層30a、30bの中央側に弾性変形が生じること等によって、高硬度層30a、30bに対するトルク伝達部材の接触面圧を吸収することが可能になる。このため、等速ジョイント10、12全体の耐久性を高めることができる。
すなわち、上記のような多層構造の高硬度層30a、30bを備えることによって、一層優れた耐久性を示し、適切に高寿命化が図られた等速ジョイント10、12を得ることが可能になる。
なお、本発明は、上記した実施形態に特に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能である。
例えば、上記の実施形態では、アウタ部材の内面及びインナ部材の外面の全てに高硬度層30a、30bを形成することとしたが、特にこれに限定されるものではない。高硬度層30a、30bは、アウタ部材の内面及びインナ部材の外面のうち、必要な箇所にのみ設けられればよい。
また、高硬度層30aと高硬度層30bとは、第3層306a、306bの構成成分が互いに異なる以外は同様に形成されるとしたが、特にこれに限定されるものではない。例えば、第1層302a〜第3層306aと第1層302b〜第3層306bのそれぞれは互いの構成成分、気孔率、厚さ等の種々の性質が全く同様に形成されてもよいし、全く異なるように形成されてもよい。すなわち、高硬度層30a及び高硬度層30bの多層構造は、上記の3層に限定されず、等速ジョイント10、12の材質や使用条件等に応じた種々の機能を複合的に有するように適宜調整されればよい。さらに、高硬度層30a、30bは、単層構造であってもよい。