以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。図1は、本発明の第1実施形態が適用された液圧ブレーキ装置と回生ブレーキ装置を備えた車両用ブレーキシステム1が搭載されるハイブリッド車両の各機能のブロック構成を示したものである。
まず、本実施形態の車両用ブレーキシステム1に備えられた液圧ブレーキ装置について説明する。図1に示されるように、車両用ブレーキシステム1には、ブレーキペダル11と、倍力装置12と、M/C13と、W/C14、15、34、35と、ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50とが備えられており、これらによってインラインシステムの液圧ブレーキ装置が構成されている。また、車両用ブレーキシステム1にはブレーキECU70が備えられている。このブレーキECU70が、液圧ブレーキ装置が発生させる液圧制動力を回生ブレーキ装置が発生させる回生制動力と協調させる回生協調制御を実行する部分の一部として機能する。図2は、液圧ブレーキ装置を構成する各部の詳細構造を示した図である。
図2に示されるように、ドライバによって踏み込まれるブレーキ操作部材としてのブレーキペダル11には、ストロークセンサ11aが接続されており、このストロークセンサ11aの検出信号がブレーキECU70に伝えられることで、ブレーキペダル11の踏み込み量(操作量)が検出される。また、ブレーキペダル11は、倍力装置12およびM/C13に接続されており、ドライバがブレーキペダル11を踏み込むと、倍力装置12にて踏力が倍力され、M/C13に配設されたマスタピストン13a、13bを押圧する。これにより、マスタピストン13a、13bによって区画されるプライマリ室13cとセカンダリ室13dとに同圧のM/C圧が発生させられる。このM/C13に発生させられるM/C圧は、液圧経路を構成するブレーキ液圧制御用アクチュエータ50を通じて各W/C14、15、34、35に伝えられる。
また、M/C13には、プライマリ室13cおよびセカンダリ室13dそれぞれと連通された通路を有するマスタリザーバ13eが接続されている。マスタリザーバ13eは、M/C13内にブレーキ液を供給したり、M/C13内の余剰のブレーキ液を貯留したりする。
具体的には、マスタリザーバ13eは、M/C13のプライマリ室13cおよびセカンダリ室13dそれぞれに接続された通常ポート13f、13gに加え、プライマリ室13cにおける通常ポート13fよりもセカンダリ室13d側において接続された回生ポート13hを通じてM/C13内と接続されている。通常ポート13f、13gは、マスタピストン13a、13bが同じストローク量移動するとマスタピストン13a、13bによって塞がれ、当該ポート13f、13gを通じてのM/C13とマスタリザーバ13eとの間のブレーキ液の流動を行えなくするが、回生ポート13hは、通常ポート13fが塞がれてからもマスタピストン13aが更にストロークしてマスタピストン13aに塞がれるまでプライマリ室13cとマスタリザーバ13eとの間のブレーキ液の流動を許容する。回生ポート13hは、回生ブレーキ装置が発生可能な最大回生制動力との関係に基づいて配置されている。例えば、回生ポート13hがマスタピストン13aに塞がれるまではM/C圧が発生しないため、マスタピストン13aがストロークして回生ポート13hを塞いだときに、回生ブレーキ装置によって最大回生制動力が既に発生させられている状態となるように、マスタピストン13aの初期位置から回生ポート13hまでの距離を設定してある。
そして、上述したように、プライマリ室13cとセカンダリ室13dには同圧のマスタ圧が発生させられることから、回生ポート13hがマスタピストン13aに塞がれるまでは、プライマリ室13cとセカンダリ室13d内に発生させられるM/C圧は0となる。
ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50は、第1配管系統50aと第2配管系統50bとを有して構成されている。第1配管系統50aは、左後輪RLと右後輪RRに加えられるブレーキ液圧を制御するもので、第2配管系統50bは、左前輪FLと右前輪FRに加えられるブレーキ液圧を制御するものであり、これら第1、第2配管系統50a、50bの2配管系により前後配管が構成されている。
以下、第1、第2配管系統50a、50bについて説明するが、第1配管系統50aと第2配管系統50bとは、略同様の構成であるため、ここでは第1配管系統50aについて説明し、第2配管系統50bについては第1配管系統50aを参照する。
第1配管系統50aには、上述したM/C圧を左後輪RLに備えられたW/C14および右後輪RRに備えられたW/C15に伝達する主管路となる管路Aが備えられている。この管路Aを通じて、各W/C14、15それぞれにW/C圧が発生させられる。
また、管路Aには、連通状態と差圧状態に制御できる調圧弁を備えた第1差圧制御弁16が備えられている。この第1差圧制御弁16は、通常ブレーキ状態では連通状態とされ、ソレノイドに電流が流されると差圧状態となる。第1差圧制御弁16で形成される差圧は差圧指示値(ソレノイドに流す電流の電流値)に応じて変化し、差圧指示値が大きいほど大きな差圧量となる。この第1差圧制御弁16が差圧状態とされていると、W/C圧がM/C圧よりも差圧量分高くなるようにブレーキ液の流動が規制される。
そして、管路Aは、この第1差圧制御弁16よりもW/C14、15側の下流において、2つの管路A1、A2に分岐する。2つの管路A1、A2の一方にはW/C14へのブレーキ液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁17が備えられ、他方にはW/C15へのブレーキ液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁18が備えられている。
第1、第2増圧制御弁17、18は、連通・遮断状態を制御できる2位置弁として電磁弁により構成されている。これら第1、第2増圧制御弁17、18が連通状態に制御されると、M/C圧あるいは後述するポンプ19からのブレーキ液の吐出によるブレーキ液圧がW/C14、15に加えられる。
なお、ドライバが行うブレーキペダル11の操作による通常のブレーキ時には、第1差圧制御弁16および第1、第2増圧制御弁17、18は、常時連通状態に制御される。また、第1差圧制御弁16および第1、第2増圧制御弁17、18には、それぞれ安全弁16a、17a、18aが並列に設けられている。
管路Aにおける第1、第2増圧制御弁17、18および各W/C14、15の間と調圧リザーバ20とを結ぶ減圧管路としての管路Bには、連通・遮断状態を制御できる2位置弁として、電磁弁からなる第1減圧制御弁21と第2減圧制御弁22とがそれぞれ配設されている。これら第1、第2減圧制御弁21、22は、通常ブレーキ時には、常時遮断状態とされている。
調圧リザーバ20と管路Aの間を結ぶように、還流管路となる管路Cが配設されている。この管路Cには調圧リザーバ20からM/C13側あるいはW/C14、15側に向けてブレーキ液を吸入吐出するように、モータ60によって駆動される自吸式のポンプ19が設けられている。このポンプ19の吐出口側には、ポンプ19に対して高圧なブレーキ液が加えられないように安全弁19aが備えられていると共に、ポンプ19が吐出したブレーキ液の脈動を緩和するために固定容量ダンパ23が配設されている。
そして、調圧リザーバ20とM/C13とを接続するように、補助管路となる管路Dが設けられている。この管路Dを通じて、ポンプ19にてM/C13からブレーキ液を吸入し、管路Aに吐出することで、ドライバによるブレーキペダル11の操作にかかわらずトラクション制御時やアンチロックブレーキ制御時などにおいて、W/C14、15側にブレーキ液を供給し、対象となる車輪のW/C圧を増加できるようになっている。なお、調圧リザーバ20は、所定量のブレーキ液を貯留すると、調圧弁が遮断されることでブレーキ液の吸入が行われないように構成されている。このため、ポンプ19の吸入能力より多くのブレーキ液が調圧リザーバ20内に流動することがなく、ポンプ19の吸入側に高圧が印加されることもない。
また、ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50には、M/C圧センサ51が備えられている。M/C圧センサ51は、ブレーキ配管のうちのM/C圧と同圧となる部位に備えられており、本実施形態の場合には管路AのうちのM/C13と第1差圧制御弁16との間に備えられている。M/C圧センサ51の検出信号はブレーキECU70に伝えられている。
一方、上述したように、第2配管系統50bは、第1配管系統50aにおける構成と略同様となっている。つまり、第1差圧制御弁16および安全弁16aは、第2差圧制御弁36および安全弁36aに対応する。第1、第2増圧制御弁17、18および安全弁17a、18aは、それぞれ第3、第4増圧制御弁37、38および安全弁37a、38aに対応し、第1、第2減圧制御弁21、22は、それぞれ第3、第4減圧制御弁41、42に対応する。調圧リザーバ20は、調圧リザーバ40に対応する。ポンプ19および安全弁19aは、ポンプ39および安全弁39aに対応する。ダンパ23は、ダンパ43に対応する。また、管路A、管路B、管路C、管路Dは、それぞれ管路E、管路F、管路G、管路Hに対応する。以上のように車両用ブレーキシステム1における液圧ブレーキ装置が構成されている。この液圧ブレーキ装置をブレーキECU70によって制御することにより、回生ブレーキ装置による回生制動力との協調制御に基づく液圧制動力を発生させる。
ブレーキECU70は、CPU、ROM、RAM、I/Oなどを備えた周知のマイクロコンピュータによって構成され、ROMなどに記憶されたプログラムに従って各種演算などの処理を実行する。例えば、ブレーキECU70は、車輪速度を検出する図示しない車輪速度センサの検出信号を受け取って車輪速度を求めると共に、車輪速度から車両速度(推定車体速度)を求めたり、ストロークセンサ11aやM/C圧センサ51の検出信号に基づいてブレーキペダル11のストローク値やM/C圧を求めたりしている。このブレーキECU70からの電気信号に基づいて、各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42およびポンプ駆動用のモータ60が制御され、液圧ブレーキ装置による液圧制動力が調整される。
具体的には、ブレーキECU70からの電気信号に基づいて各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42が駆動され、各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42の駆動状態に応じたブレーキ液圧がW/C14、15、34、35に発生させられることで、各車輪に発生させられる制動力が制御される。
例えば、前輪FL、FRに対して液圧制動力を発生させるときには、第2差圧制御弁36を差圧状態にした状態でモータ60を駆動し、ポンプ39にてブレーキ液を吸入・吐出させる。これにより、M/C13内のブレーキ液が管路H、Gを通じてポンプ39に吸入され、管路G、Eを通じて前輪FL、FRのW/C34、35に供給される。また、第2差圧制御弁36の差圧指示値を回生制動力との協調に応じて設定し、第2差圧制御弁36に回生制動力との協調に応じた差圧を発生させる。これにより、回生制動力との協調に応じた差圧に基づいてW/C34、35を加圧でき、回生ブレーキ装置による回生制動力との協調制御に基づく液圧制動力を発生させることができる。
次に、本実施形態の車両用ブレーキシステム1に備えられた回生ブレーキ装置について説明する。図1に示されるように、ハイブリッド車には、回生ブレーキ装置およびこの回生ブレーキ装置を制御するハイブリッドECU80が備えられている。
回生ブレーキ装置は、両前輪FL、FRを連結する車軸に接続されたモータ81と、モータ81に電気的に接続されたインバータ82およびインバータ82に電気的に接続されたバッテリ83等を備えた構成とされている。モータ81は、例えば交流同期型で構成され、インバータ82にてバッテリ83が発生させる直流電流を交流電流に変換させることで、モータ81への電力供給がなされる。インバータ82は、ハイブリッドECU80の制御信号に基づいてバッテリの直流電流を交流電流に変換する役割や、モータ81によって発電された交流電力を直流電力に変換してバッテリ83の充電を行う役割を果たす。
ハイブリッドECU80は、主として駆動系を制御するものであるが、ブレーキECU70に対して回生ブレーキ制御に使用されるデータを供給したり、逆にブレーキECU70から必要なデータを受け取ったりしている。このハイブリッドECU80で、ブレーキECU70との協調による回生ブレーキ制御を行っており、インバータ82を制御してモータ81の作動やバッテリ83の充電を制御する。具体的には、ハイブリッドECU80の制御信号に基づいてインバータ82にてモータ81の作動を制御し、両前輪FL、FR(もしくはこれらを連結する車軸)の回転力でモータ81を駆動させて発電を行い、それにより得られた電力によってバッテリ83の充電を行う。そして、この発電の際のモータ81の抵抗力により制動力が発生させられるため、これを回生制動力として用いている。
なお、ハイブリッドECU80は、回生ブレーキ装置の各種情報を扱っており、上記したように、ブレーキECU70からの要求に応じて必要な情報をブレーキECU70に送信している。ここでいうハイブリッドECU80が扱っている各種情報には、モータが発生した逆起電力から演算される回生実行トルクなどが含まれている。
以上のようにして、本実施形態にかかる液圧ブレーキ装置と回生ブレーキ装置が備えられたの車両用ブレーキシステム1が構成されている。このように構成された車両用ブレーキシステム1では、M/C13内からのブレーキ液の吸入が行われる制御が実行されるとき、つまりブレーキフィーリングの悪化が発生し得るときに、ブレーキフィーリングの悪化を防止するための制御を実行している。例えば、M/C13内からのブレーキ液の吸入が行われる制御の一例として、回生制動力から液圧制動力へのすり替え処理が挙げられる。
本実施形態の車両用ブレーキシステム1にて回生協調制御を行う場合、所定の減速度を発生させる制動力を回生制動力にて発生させ、それ以上の減速度を発生させる際には、回生制動力では足りない制動力分をブレーキペダル11の踏み込みで発生したM/C圧に基づく液圧制動力にて発生させる。所定の減速度を発生させる分の制動力については、基本的には回生制動力にて発生させているが、モータ81の状況などに応じてその時々に発生可能な回生制動力が変動して発生可能な回生制動力では所定の減速度が得られない場合や回生制動力よりも液圧制動力を優先させたい場合、その分の制動力についてはポンプ駆動に基づく液圧制動力にて補っている。このような場合に、ポンプ駆動によってM/C13内のブレーキ液を吸入してW/C14、15、34、35側に供給することから、M/C圧が低下してペダル反力が低下し、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれてブレーキフィーリングを悪化させかねない。
回生制動力から液圧制動力へのすり替えを行うときにも、上記作動が行われるため、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれてブレーキフィーリングを悪化させる可能性がある。これを防止するためには、ブレーキペダル11の吸い込みが発生している吸い込み発生状態、もしくは、吸い込みが発生すると予想される吸い込み予測状態の少なくともいずれか一方のときに、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からブレーキ液が吸入できるようにすれば良い。
しかしながら、単に回生制動力から液圧制動力へのすり替えを行ったのでは、マスタピストン13a、13bにて通常ポート13f、13gおよび回生ポート13hが塞がれた状態となっているため、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からブレーキ液を吸入することができない。
このため、本実施形態では、ブレーキフィーリングの悪化を防止するための制御として、ポンプ駆動によるM/C13からW/C14、15、34、35へのブレーキ液の供給量を通常のすり替えよりも大きくするブレーキ液供給量増加制御を行うことで、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませる。これにより、マスタピストン13a、13bと各室13c、13dの内壁面との間のシール力を低下させ、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からブレーキ液を吸入できるようにする。この現象について図3を参照して説明する。
図3は、M/C13内の様子を示した断面図である。まず、ブレーキペダル11の踏み込み前の状態では、マスタピストン13a、13bが押されていないため、図3(a)に示すように通常ポート13f、13gおよび回生ポート13hが開放された状態となっている。このため、図中の矢印で示したように、各ポート13f、13g、13hを通じてマスタリザーバ13eからのブレーキ液の吸入が行える状態になっている。そして、ブレーキペダル11が踏み込まれても、図3(b)に示すようにマスタピストン13aによって回生ポート13hが塞がれるまでは、マスタリザーバ13eとM/C13内が連通させられているため、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からブレーキ液を吸入できる。
ところが、さらにブレーキペダル11が踏み込まれると、図3(c)に示すようにマスタピストン13aによって回生ポート13hが塞がれ、マスタリザーバ13eとM/C13内が遮断させられて、マスタリザーバ13e側からブレーキ液を吸入できなくなる。しかし、ポンプ駆動によるM/C13からW/C14、15、34、35へのブレーキ液の供給量を通常のすり替えよりも大きくすると、図3(d)に示すようにブレーキ液の吸入に伴ってマスタピストン13a、13bも吸引されて倒れ込む。この倒れ込みに基づいて、マスタピストン13a、13bの外周シールが各室13c、13dの内壁面から離れること、もしくは、弾性変形していた外周シールの変形量が少なくなることにより、これらの間のシール力が低下する。したがって、シール部を超えて、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からブレーキ液を吸入することが可能になる。
これにより、回生制動力から液圧制動力へのすり替えを行うときに、ポンプ駆動によってM/C13内のブレーキ液が吸出されても、マスタリザーバ13eからブレーキ液が供給されるため、M/C圧が低下してペダル反力が低下することを抑制できる。このため、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれることを抑制でき、ブレーキフィーリングの悪化を防止できる。
ポンプ駆動によるM/C13からW/C14、15、34、35へのブレーキ液の供給量を通常のすり替えよりも大きくするには、例えば第1、第2差圧制御弁16、36の単位時間当たりの差圧の増加量を大きくすれば良い。このようにすれば、差圧が小さい状態から差圧を大きくしていく状態となるため、ポンプ19、39によるブレーキ液の吸入吐出が行い易くなる。このため、ブレーキペダル11の吸い込みが発生している吸い込み発生状態、もしくは、吸い込みが発生すると予想される吸い込み予測状態の少なくともいずれか一方のときに、ESC−ECU3から第1、第2差圧制御弁16、36に出力する差圧指示値を変化させ、通常のすり替え時よりも単位時間当たりの差圧の増加量を大きくすることで、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませることができる。
具体的に、回生制動力から液圧制動力へのすり替え処理時に行うブレーキ液供給量増加制御の詳細を説明する。図4は、ブレーキECU70が実行するブレーキ液供給量増加制御の詳細を示したフローチャートである。本処理は、例えば車両のプッシュスタートスイッチがオンされているときに、所定の制御周期ごとに実行される。
まず、ステップ100では、車両速度Vsがすり替え開始車速V1(例えば14km/h)以下であるか否かを判定する。すり替え処理では、例えば車両速度Vsが車両停止前の予め決められた速度となるときに回生制動力がすべて液圧制動力にすり替えられるように、車両速度Vsがすり替え開始車速V1に至ったときからすり替えを開始している。このため、車両速度Vsがすり替えを開始するすり替え開始車速V1以下になっているか否かを判定することで、すり替えが開始されている状態であるか否かを確認している。
本ステップで肯定判定されると、ステップ110に進んでブレーキ操作が保持状態であるか否かを判定する。例えば、ストロークセンサ11aの検出信号から得られるストローク値Stに基づいて本判定を行っている。具体的には、今回の制御周期のストローク値St(n)と前回の制御周期のストローク値St(n−1)との差の絶対値|St(n)−St(n−1)|が、ストローク値Stに変化がないと想定される程度に小さな閾値St1未満であるか否かを判定することで、ブレーキ操作が保持状態であるか否かを判定している。
そして、ステップ110でも肯定判定されると、ステップ120に進んですり替え処理中であるか否かを判定する。すり替え処理では、回生制動力が液圧制動力にすり替えられることから、回生実行トルクTrが徐々に低下していくことになる。このため、例えばハイブリッドECU80から伝えられる回生実行トルクTrを確認し、今回の制御周期の回生実行トルクTr(n)と前回の制御周期の回生実行トルクTr(n−1)との差Tr(n)−Tr(n−1)が0未満であるか否かを判定することで、すり替え処理中であるか否かを判定している。なお、すり替え処理中の場合、第1、第2差圧制御弁16、36やポンプ19、39の制御によりM/C13内のブレーキ液をW/C14、15、34、35に供給してる状態である。このため、すり替え処理中であることの判定は、第1、第2差圧制御弁16、36やポンプ19、39の制御によりM/C13内のブレーキ液をW/C14、15、34、35に供給してる状態であることの判定を行うこととを意味している。
このステップでも肯定判定されると、更にステップ130に進み、M/C圧Pmが所定圧Pm1以下であるか否かを判定する。所定圧Pm1とは、ブレーキペダル11の吸い込みが発生すると予想される程度までM/C圧が低下したことを示す基準値であり、例えば0.01Mpaに設定される。吸い込みが発生した吸い込み発生状態のときにブレーキ液供給量増加制御が行われるようにしても良いが、吸い込みが発生すると予想される吸い込み予測状態のときに行われるようにすることで、より早くからブレーキペダル11の吸い込みの発生を抑制することができる。このため、このステップでも肯定判定された場合には、すり替え中において、ブレーキ操作は保持されていて、かつ、M/C圧の低下に伴ってブレーキペダル11の吸い込みが発生し得る状況であることから、ステップ140に進んでマスタピストン13a、13bの倒し込みを実行させるためのピストン倒し制御実行フラグをオンする。
そして、ステップ150に進み、ピストン倒し制御実行フラグがオンしてから、所定時間C1が未だ経過前であるか否かを判定する。所定時間C1は、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませるために必要となる時間である。したがって、ピストン倒し制御実行フラグがオンしてから所定時間C1が未経過であれば、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませるための処理を実行し始めていても、まだマスタピストン13a、13bが倒れるに至っていないことになる。このため、本ステップで肯定判定された場合には、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませるための処理を実行する(もしくはその処理の実行を続ける)べく、ステップ160に進む。
そして、ステップ160では、車両速度Vsがすり替え終了車速V2(例えば7km/h)よりも高いか否かを判定し、すり替え終了前であって肯定判定されれば、ステップ170に進んでマスタピストン13a、13bを倒れ込ませるための処理を実行する。上記したように、すり替え処理では、例えば車両速度Vsが車両停止前の予め決められた速度、つまりすり替え終了車速V2となるときに回生制動力がすべて液圧制動力にすり替えられるようにしているため、その車速V2よりも車両速度Vsが高ければ、すり替え前もしくはすり替え中である。このため、ステップ160で肯定判定されるとステップ170に進み、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値としてピストン倒し制御用差圧指示値B(n)を設定する。具体的には、今回の制御周期の差圧指示値B(n)を前回の制御周期の差圧指示値B(n−1)やM/C圧Pmが0Paの状態でマスタピストン13a、13bが倒れ込むブレーキ液供給量となるように設定される設計値αを用いて、次式より演算している。
(数1) B(n)=B(n−1)+|B(n−1)−B(n)|×α
なお、ステップ170の処理がはじめて実行されるときには、右辺におけるB(n−1)、B(n)には、それぞれ、後述するステップ180において通常のすり替えの際に設定される通常制御用差圧指示値の前回の制御周期の差圧指示値と今回の制御周期の差圧指示値が用いられる。そして、ステップ170の処理の実行が2回目以降となるときには、右辺におけるB(n−1)、B(n)には、ピストン倒し制御用差圧指示値の前回の制御周期の差圧指示値と今回の制御周期の差圧指示値が用いられる。
このように、ピストン倒し制御用差圧指示値B(n)を設定することで、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧の増加量が通常のすり替え時よりも大きくなるようにできる。このため、瞬間的なブレーキ液の供給量を通常のすり替え時よりも増加することが可能となり、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませることができる。したがって、回生制動力から液圧制動力へのすり替えを行うときに、ポンプ駆動によってM/C13内のブレーキ液が吸出されても、マスタリザーバ13eからブレーキ液が供給されるため、M/C圧が低下してペダル反力が低下することを抑制できる。このため、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれることを抑制でき、ブレーキフィーリングの悪化を防止できる。
一方、ステップ100〜130、150において否定判定された場合には、すり替え処理ではない場合やブレーキペダル11の吸い込みが発生しないと考えられる場合、もしくは、すり替え処理におけるピストン倒し制御実行後などである。このため、ステップ180に進み、ピストン倒し制御用ではない通常制御用差圧指示値B(n)を設定する。これにより、例えばすり替え処理中であれば、すり替え時に通常設定される差圧指示値B(n)、つまりピストン倒し制御用差圧指示値B(n)よりも差圧指示値B(n)の変化量が小さく設定されることになる。
また、ステップ160において否定判定された場合には、すり替えが終了していることから、ステップ190に進んでピストン倒し制御実行フラグをオフしたのち、ステップ180に進んで通常制御用差圧指示値B(n)を設定する。以上のようにして、ブレーキ液供給量増加制御が実行される。
図5および図6は、上記のようなブレーキ液供給量増加制御が実行された場合のタイムチャートであり、それぞれ、比較的高い減速度(高G)が発生させられる程度にブレーキ操作が行われた場合と、比較的低い減速度(低G)が発生させられる程度にブレーキ操作が行われた場合の様子を示している。具体的には、図5の例は、ストローク値Stに対応した目標制動力で発生させる減速度が最大回生制動力で発生させる所定の減速度よりも十分に大きな値となる場合を示している。また、図6の例は、ストローク値Stに対応した目標制動力で発生させる減速度が最大回生制動力で発生させる所定の減速度よりも若干大きな値である場合を示している。
図5および図6に示すように、ブレーキ操作の開始初期となる時点T1から回生制動力が発生させられるようになるまでの期間は、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値をブレーキペダル11のストローク値Stに対応した目標制動力を発生させる値に設定する。そして、ポンプ駆動に伴ってM/C13内のブレーキ液が吸入されて各W/C14、15、34、35側に向けて吐出され、W/C圧が発生させられる。このようにして、ポンプ駆動による液圧制動力により目標制動力が発生させられる。
続いて、ブレーキ操作の開始から所定時間が経過した時点T2になると回生制動力が発生させられる状態になり、ポンプ駆動により発生させられていた液圧制動力が回生制動力にすり替えられていく。具体的には、回生制動力の増加可能な勾配に合わせて第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値B(n)を減少させ、液圧制動力と回生制動力のトータルの制動力を目標制動力に一致させながら、液圧制動力を回生制動力にすり替える。
さらに、時点T3においてストローク値Stと対応する目標制動力にて発生させる減速度が最大回生制動力にて発生させられる減速度を超えるほどブレーキペダル11が踏み込まれると、回生ポート13hが塞がれてM/C圧Pmが発生する。これにより、ポンプ駆動による液圧制動力および回生制動力に加えて、液圧ブレーキ装置によりブレーキペダル11の踏み込みで発生したM/C圧Pmに基づく液圧制動力が発生させられ、これらトータルの制動力によって目標制動力が発生させられる。
この後、時点T4においてポンプ駆動に基づく液圧制動力がすべて回生制動力にすり替えられると、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値は0となり、更に時点T5において車両速度Vsがすり替え開始車速V1になると、今度は回生制動力がポンプ駆動に基づく液圧制動力にすり替えるすり替え処理が行われる。
このとき、ブレーキペダル11の踏み込みによって通常ポート13f、13gおよび回生ポート13hが塞がれてM/C圧Pmが発生している状態であることから、マスタリザーバ13eからのブレーキ液の供給が行われない状態となっている。このため、ポンプ駆動によってM/C13内からブレーキ液が吸入されると、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれる可能性がある。
しかしながら、すり替え処理中に発生していたM/C圧Pmが所定圧Pm1以下に下がると、ピストン倒し制御実行フラグがオンされて、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値がピストン倒し制御用差圧指示値B(n)に設定されるため、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧の変化量が図中破線で示した通常のすり替え時よりも大きくなるようにできる。したがって、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれることを抑制でき、ブレーキフィーリングの悪化を防止できる。
図5および図6に示した各例では発生しているM/C圧Pmが異なっているが、図5のように、有る程度高いM/C圧Pmが発生しているときのよに、すり替え処理の途中でブレーキペダル11の吸い込みが発生し得るときも、図6のように、M/C圧Pmが低くて、すり替え処理の初期時にブレーキペダル11の吸い込みが発生し得るときも、いずれの場合にも、上記効果を得ることができる。
以上説明したように、本実施形態の車両用ブレーキシステム1では、各ポート13f、13g、13hが塞がっているときにポンプ駆動によってM/C13内からブレーキ液を吸入してW/C14、15、34、35を加圧する場合に、ブレーキ液供給量増加制御を行っている。つまり、ブレーキペダル11の吸い込みが発生している吸い込み発生状態、もしくは、吸い込みが発生すると予想される吸い込み予測状態の少なくともいずれか一方のときに、これらの状態ではない場合と比較して、ブレーキ液の供給量を増加させるようにしている。これにより、マスタピストン13a、13bを倒れ込ませ、マスタピストン13a、13bと各室13c、13dの内壁面との間のシール力を低下させられるため、M/C13内を通じてマスタリザーバ13e側からのブレーキ液の吸入が可能となる。このため、ブレーキペダル11がM/C13側に吸い込まれることを抑制でき、ブレーキフィーリングの悪化を防止できる。
なお、ブレーキ液供給量増加制御を行う場合、ポンプ駆動による液圧制動力が瞬間的に増大することになるため、トータルの制動力が目標制動力を超える可能性がある。しかしながら、回生制動力をポンプ駆動による液圧制動力にすり替えるときには、車両に減速度を発生させて停止させたいという状況であるし、既に車速が低い状況であるため、瞬間的にポンプ駆動による液圧制動力が増大したとしても、車両挙動に大きな変動はなく、ドライバに違和感を与えることはない。
(他の実施形態)
本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能である。
例えば、上記第1実施形態のように、数式1に基づいてピストン倒し制御用差圧指示値B(n)を設定する場合、制御周期毎に前回の制御周期の差圧指示値B(n−1)と今回の制御周期の差圧指示値B(n)の差の絶対値に対してαが掛けられた値が加算されることから、最初は通常制御用差圧指示値B(n)に対するピストン倒し制御用差圧指示値B(n)の増加量は小さいが、その増加量が制御周期毎に指数関数的に徐々に大きくなる。しかしながら、これは、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧の変化量が通常のすり替え時よりも大きくなるようにする場合の一例を示したのであり、通常制御用差圧指示値B(n)から一定量大きくするなど、他の方法としても良い。ただし、第1実施形態のように制御周期毎に徐々にピストン倒し制御用差圧指示値B(n)の増加量を大きくすれば、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧の変化量が通常のすり替え時よりも大きくなるようにしつつ、回生制動力から液圧制動力へのすり替え量が急増しないようにできる。
また、上記第1実施形態のように、ピストン倒れ込みフラグがオンしてから所定時間C1が経過したときに通常制御用差圧指示値B(n)に戻す形態とした場合、ピストン倒し制御用差圧指示値B(n)から急に通常制御用差圧指示値B(n)に戻されることになる。しかしながら、これも、ピストン倒し制御用差圧指示値B(n)から通常制御用差圧指示値B(n)に戻す場合の一例を示したに過ぎず、他の方法としても良い。例えば、ピストン倒し制御用差圧指示値B(n)から徐々に通常制御用差圧指示値B(n)に近づくようにしても良い。
また、上記第1実施形態では、ブレーキ液供給量増加制御として、第1、第2差圧制御弁16、36の差圧指示値をピストン倒し制御用差圧指示値B(n)に設定することで、通常制御用差圧指示値B(n)よりも大きな値となるようにする場合を例に挙げた。しかしながら、これも、ポンプ駆動によるM/C13内からW/C14、15、34、35内へのブレーキ液の供給量を通常のすり替えよりも大きくする形態の一例を挙げたに過ぎず、他の方法としても良い。例えば、ポンプ19、39の回転数を瞬間的に増加させることで、ブレーキ液の供給量が通常のすり替えよりも大きくなるようにしても良い。
また、上記第1実施形態では、回生ポート13hを備えることで、最大回生制動力に相当する制動力が回生制動力もしくはポンプ駆動による液圧制動力によって発生するまでM/C圧が発生しないようにする形態とした。しかしながら、必ずしも回生ポート13hを備える必要は無く、最大回生制動力に相当する制動力が回生制動力もしくはポンプ駆動による液圧制動力によって発生する前からM/C圧が発生する形態であっても良い。
なお、上記第1実施形態では、ESC−ECU70およびハイブリッドECU80が本発明の制動力制御手段に相当している。また、図4中に示したステップは、各種処理を実行する手段に対応している。例えば、ステップ100〜170の処理を実行する部分がブレーキ液供給量制御手段に相当している。