本発明の細胞培養方法は、細胞及び培地を収容可能であり、所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性ポリマー層の表面と、細胞の吸着が抑制された親水性ポリマー層の表面とを内面に有する細胞培養容器を準備する工程を含む。
細胞培養容器においては、容器部を構成する壁部材が包囲する内部空間内に細胞及び培地を収容可能であり、通常は、容器部の壁部材の一部は、内部空間と外部とを連絡し、細胞及び培地を導入及び排出するため通孔が開口されている。通孔は、着脱可能な蓋により閉栓することが可能であることが好ましい。通孔を備える容器部は、通孔の周縁から、内部空間から離れる方向に延びる首部を更に備えることが好ましく、着脱可能な蓋が該首部に着脱可能に装着されることが好ましい。
細胞培養容器は、刺激応答性ポリマー層の表面と、親水性ポリマー層の表面とを内面に有することを特徴とする。ここで内面とは、容器を構成する壁部材の、内部空間側の面を意味する。刺激応答性ポリマー層は、細胞培養容器の内面上に直接形成することにより、刺激応答性ポリマー層の表面を形成していてもよい。あるいは、その表面に刺激応答性ポリマー層を形成したフィルムを、細胞培養容器の内面上に、刺激応答性ポリマー層が内部空間側に向くように固定することにより、刺激応答性ポリマー層の表面を形成してもよい。親水性ポリマー層の表面についても同様であり、細胞培養容器の内面上に直接形成することにより、親水性ポリマー層の表面を形成していてもよいし、その表面に親水性ポリマー層を形成したフィルムを、細胞培養容器の内面上に、親水性ポリマー層が内部空間側に向くように固定することにより、親水性ポリマー層の表面を形成してもよい。
<刺激応答性ポリマー層>
刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化する、すなわち細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性ポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどを挙げることができる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
温度応答性ポリマーとして、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、細胞を剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着しにくくする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものを用いるとよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いるとよい。
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーとして、具体的にはアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられ、より具体的にはポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及びポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。また、これらのポリマーを形成するためのモノマーが2種以上組み合わされて重合された共重合体であってもよい。
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、放射線照射によって重合し得るモノマーを用いることができる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、及びビニルエーテル誘導体等が挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、容器又はフィルム(以下、基材と称する場合もある)上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーが複数種一緒に使用された場合、基材上に形成されるポリマーはヘテロポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。
また、増殖細胞の種類によってTを調節する必要がある場合や、被覆物質と基材との相互作用を高める必要が生じた場合や、基材の親水・疎水性のバランスを調整する必要がある場合などには、上記以外の他のモノマー類を更に加えて共重合してよい。更に上記ポリマーとその他のポリマーとのグラフト又はブロック共重合体、あるいは上記ポリマーと他のポリマーとの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質が損なわれない範囲で架橋することも可能である。
細胞接着性及び細胞非接着性は、一の領域と他の領域における細胞の接着度合いの相対的な関係を示すものである。細胞接着性とは、細胞が接着しやすいことをいう。細胞接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりやすいか否かで決定される。
細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO2濃度5%のインキュベーター内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象物上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象物をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
一方、細胞非接着性とは、細胞が接着しにくい性質をいう。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着性の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
<親水性ポリマー層>
親水性ポリマー層とは、細胞の吸着、特に非特異的吸着を抑制する親水性ポリマーを含む層である。親水性ポリマーは、炭素成分を含み、ポリマーの主鎖もしくは側鎖に親水性の官能基を含むポリマーのことを指す。親水性ポリマーは、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を含む水溶性ポリマーであることが好ましい。また、細胞培養に使用する観点から、生体毒性の低いもの採用することが好ましい。
親水性ポリマーの具体例としては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリル酸、これらと他のモノマーとの共重合体や、グラフト重合体などが挙げられる。中でもポリアルキレングリコールは様々な分子量のものが市販されており、かつ生体適合性に優れているので好適に用いることができる。
ポリアルキレングリコール(PAG)は、1つ以上のアルキレングリコール単位((CH2)n−O)からなるアルキレングリコール鎖(AG鎖)を少なくとも含む。アルキレングリコール鎖は次式:
−((CH2)n−O)m−
(nはアルキレン鎖の炭素数を表し、mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。nは、通常1〜10の整数であり、好ましくは1〜4の整数である。mは4以上であることが好ましい。PAGの数平均分子量は好ましくは25000以下、より好ましくは10000以下、さらに好ましは1000以下である。数平均分子量が増すと粘度が増すため取扱いが難しく、PAGの高密度での配置が難しくなるからである。
PAG末端のヒドロキシル基は、他の物質と共有結合を形成することが可能な官能基が直接的又は間接的(リンカーを解して)に導入された状態であってもよい。導入される官能基としては、代表的には、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基(塩化カルボニル基、フッ化カルボニル基、臭化カルボニル基、ヨウ化カルボニル基)等が挙げられる。これらの官能基は、PAG末端のヒドロキシル基の水素を置換する置換基として、PAGに直接的に連結されていてもよいし、PAGの末端に結合したリンカー構造に結合した官能基として、PAGに間接的に連結されていてもよい。リンカー構造としては、炭素の数が0〜3個、窒素、酸素及び硫黄から選択される同一又は異なるヘテロ原子の数が0〜3個である二価の基が挙げられる。親水性層には他の親水性化合物が更に含まれていてもよい。
ポリアルキレングリコールの具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールのコポリマーなどが挙げられ、
本発明においては親水性ポリマーとして、ポリエチレングリコールが特に好適に用いられる。ポリエチレングリコールは、1つ以上のエチレングリコール単位(CH2−CH2−O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含む。エチレングリコール鎖は次式:
−(CH2−CH2−O)m−
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。
ポリエチレングリコールの分子量は特に限定されず、基材の用途に応じて適宜設定することができる。ポリエチレングリコールの数平均分子量は好ましくは176以上(mが4以上)、より好ましくは300以上、さらに好ましくは350以上である。ポリエチレングリコールの数平均分子量の上限は特に限定されないが、数平均分子量が大きくなるほど粘度が増すため取扱いが難しいこと、及び、ポリエチレングリコールの高密度での配置が難しいことから、ポリエチレングリコールの数平均分子量は好ましくは25000以下、より好ましくは10000以下、さらに好ましは1000以下である。
ポリエチレングリコールは、次式:
HO−(CH2−CH2−O)m−H
(mは重合度を示す整数である)
で表されるエチレングリコール(EG,m=1)又はポリエチレングリコール(PEG,mは2以上)を用いて形成することができる。
ポリエチレングリコールの数平均分子量は、原料として用いられるEG又はPEGの数平均分子量からH2Oの分子量(18.015)を控除することにより求めることができる。EG又はPEGの数平均分子量は蒸気圧浸透圧法又は膜浸透圧法によって求められる。蒸気圧浸透圧法はEG又はPEGの数平均分子量が100,000未満のときに使用することができる。膜浸透圧法はPEGの数平均分子量が10,000〜1,000,000のときに使用することができる。
親水性ポリマー層における親水性ポリマーの密度及び親水性は、親水性ポリマー層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、親水性層表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、親水性ポリマー材料が十分な密度で存在し、親水性を有するとともに細胞の吸着、特に非特異的吸着が抑制されていると考えられる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角をさす。
<第1細胞培養工程>
本発明の細胞培養方法は、細胞培養容器の刺激応答性ポリマー層の表面で細胞を培養する第1細胞培養工程を含む。換言すれば、細胞培養容器の刺激応答性ポリマー層の表面に、細胞が接触可能な状態で細胞を培養する。好ましくは、刺激応答性ポリマー層の表面を有する内面が底面となるように細部培養容器を配置した状態で細胞を培養する。そうすると、細胞及び培地は重力により刺激応答性ポリマー層の表面と接触可能な状態となる。刺激応答性ポリマー層の表面は、刺激を与える前は細胞接着性を有することから、細胞は刺激応答性ポリマー層の表面に接触するとこれに接着して増殖する。すなわち、第1細胞培養工程を実施することにより、細胞の接着培養を実施することができる。
刺激応答性ポリマーとして、臨界溶解温度未満の温度で細胞非接着性を示し、同温度以上の温度で細胞接着性を示す温度応答性ポリマーを用いる場合は、臨界溶解温度(下限臨界溶解温度T)以上の温度で細胞培養を行う。温度応答性ポリマーとして、適した下限臨界温度Tを有するものを選択し、好ましくは32〜37℃、より好ましくは37℃で培養を行う。
<細胞剥離工程>
本発明の細胞培養方法は、上記第1細胞培養工程の後、刺激応答性ポリマー層に刺激を印加して、刺激応答性ポリマー層の表面から細胞を剥離する細胞剥離工程を含む。すなわち、第1細胞培養工程において刺激応答性ポリマー層の表面に接着した細胞は、刺激応答性ポリマー層に刺激を印加して細胞非接着性に変化させることにより、剥離することができる。
第1細胞培養工程において用いた刺激応答性ポリマーに対応した所定の刺激を与えることにより、刺激応答性ポリマー層の表面を、細胞接着性から細胞非接着性に変化させる。第1細胞培養工程において、臨界溶解温度未満の温度で細胞非接着性を示し、同温度以上の温度で細胞接着性を示す温度応答性ポリマーを用いた場合は、臨界溶解温度(下限臨界溶解温度T)以下の温度とする低温処理を施すことにより、細胞が接着している表面を細胞非接着性に変化させ、細胞を剥離する。細胞を剥離する温度は、用いた温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度Tに基づき適宜調整されるが、好ましくは15〜30℃、より好ましくは20℃である。
刺激応答性ポリマーを用いることにより、従来のトリプシン等のタンパク質分解酵素を用いる細胞剥離方法とは異なり、細胞へのダメージを抑制できるとともに、細胞を分離した後、培地交換を行い別の容器へ細胞混濁液を注入するという煩雑な操作も必要ない。したがって、コンタミネーションの問題や細胞への刺激による特性変化の問題も回避できる。
刺激応答性ポリマー層の表面から剥離させた細胞は、そのまま回収することもできるし、続いて第2細胞培養工程で培養してもよい。
<第2細胞培養工程>
本発明の細胞培養方法は、細胞培養容器の親水性ポリマー層の表面で細胞を培養する第2細胞培養工程を含む。換言すれば、細胞培養容器の親水性ポリマー層の表面に、細胞が接触可能な状態で細胞を培養する。好ましくは、親水性ポリマー層の表面を有する内面が底面となるように細部培養容器を配置した状態で細胞を培養する。そうすると、細胞及び培地は重力により親水性ポリマー層の表面と接触可能な状態となる。親水性ポリマー層の表面は細胞の吸着が抑制されていることから、親水性ポリマー層の表面と細胞が接触可能な状態であっても細胞の接着は抑制され、細胞を非接着の状態で培養することができる。すなわち、第2細胞培養工程を実施することにより、細胞の浮遊培養を実施することができる。
第2細胞培養工程は、細胞が細胞培養容器の刺激応答性ポリマー層の表面に実質的に接触しない状態で実施することが好ましい。ここで実質的に接触しない状態とは、培養細胞の70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%、さらに好ましくは95%以上が、刺激応答性ポリマー層の表面に接触しない状態であることを意味する。
本発明の細胞培養方法においては、刺激応答性ポリマー層の表面と親水性ポリマー層の表面とを内面に有する細胞培養容器を用いるが、親水性ポリマー層の表面で細胞培養を行う第2細胞培養工程を、刺激応答性ポリマー層の表面に細胞が接触しない状態で実施することにより、細胞の容器表面への接着を回避して接着培養が生じるのを防ぐとともに、効果的に浮遊培養を実施することができる。
したがって、刺激応答性ポリマーの表面と親水性ポリマー層の表面が同一平面上に存在しないような細胞培養容器を用いることが好ましい。そのような細胞培養容器を用いることによって、親水性ポリマー層の表面を有する内面が底面となるように細胞培養容器を配置して培養を実施した場合に、刺激応答性ポリマー層の表面に細胞が接触しない状態で浮遊培養を実施できる。刺激応答性ポリマーの表面と親水性ポリマー層の表面が同一平面上に存在しないことから、親水性ポリマー層の表面を有する内面が底面となるように細胞培養容器を配置すると、刺激応答性ポリマーの表面は底面とは異なる面に配置されることになるからである。
第1細胞培養工程と第2細胞培養工程の順序は特に制限されない。すなわち、第2細胞培養工程は、第1細胞培養工程及びそれに続く細胞剥離工程の後に実施してもよいし、その前に実施してもよい。第2細胞培養工程を、第1細胞培養工程及びそれに続く細胞剥離工程の後に実施する場合は、第1細胞培養工程において接着培養を行い、細胞剥離工程で接着した細胞を剥離し、これを第2細胞培養工程で浮遊培養することになる。第1細胞培養工程及びそれに続く細胞剥離工程を、第2細胞培養工程の後に実施する場合は、第2細胞培養工程で浮遊培養を行い、続いて第1細胞培養工程において接着培養を行い、細胞剥離工程で接着した細胞を剥離して回収することになる。
細胞培養容器は、刺激応答性ポリマーの表面と親水性ポリマーの表面が同一平面上に存在しないように構成することが好ましい。例えば、刺激応答性ポリマーの表面と親水性ポリマーの表面とが対向する、表面同士が交わる関係にある(例えば、刺激応答性ポリマーの表面と親水性ポリマーの表面が容器の底面と側面に存在する)、あるいは表面同士が平行であるが互いに表面の高さが異なるものであってもよい。なかでも、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面に対し、対向する内面に親水性ポリマー層の表面を有することが好ましい。換言すれば、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面を底面としたときに、親水性ポリマー層の表面を有する内面が天面となるような構成であることが好ましい。逆も同様であり、親水性ポリマー層の表面を有する内面を底面としたときに、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面が天面となるような構成であることが好ましい。ここで、親水性ポリマー層の表面を有する内面と、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面は、精密に180°の角度で対向している必要はなく、親水性ポリマー層の表面を有する内面を底面として細胞と培地を容器内に収容したときに、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面が細胞と培地に接触していなければよい。
このような細胞培養容器を用い、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面を底面として第1細胞培養工程、好ましくは接着培養を行って、その後細胞剥離工程を行った後、細胞培養容器を回転させることにより、好ましくは上下をひっくり返すことにより、細胞及び培地を刺激応答性ポリマー層の表面から親水性ポリマー層の表面に移動させ、親水性ポリマー層の表面を有する内面を底面として第2細胞培養工程、好ましくは浮遊培養を行うことができる。
第2細胞培養工程を先に行う場合も同様である。すなわち、親水性ポリマー層の表面を有する内面を底面として第2細胞培養工程、好ましくは浮遊培養を行った後、細胞培養容器を回転させることにより、好ましくは上下をひっくり返すことにより、細胞及び培地を親水性ポリマー層の表面から刺激応答性ポリマー層の表面に移動させ、刺激応答性ポリマーの表面を有する内面を底面として第1細胞培養工程、好ましくは接着培養を行って、その後細胞剥離工程を行って細胞を回収することができる。第1細胞培養工程と第2細胞培養工程をさらに繰り返してもよい。
あるいは、細胞培養容器として底面が内壁により2つ以上の領域に隔離されており、少なくとも1つの領域に親水性ポリマー層の表面を有し、少なくとも1つの別の領域に刺激応答性ポリマー層の表面を有するものを用いてもよい。この態様においては、親水性ポリマー層の表面と刺激応答性ポリマー層の表面が同一の表面に存在していてもよい。
このような細胞培養容器を用い、刺激応答性ポリマーの表面を有する領域に細胞及び培地を収容して第1細胞培養工程、好ましくは接着培養を行って、その後細胞剥離工程を行った後、細胞及び培地を親水性ポリマー層の表面を有する領域に移動させ、第2細胞培養工程、好ましくは浮遊培養を行うことができる。
第2細胞培養工程を先に行う場合も同様である。すなわち、親水性ポリマーの表面を有する領域に細胞及び培地を収容して第2細胞培養工程、好ましくは浮遊培養を行った後、細胞及び培地を刺激応答性ポリマー層の表面を有する領域に移動させ、第1細胞培養工程、好ましくは接着培養を行って、その後細胞剥離工程を行って細胞を回収することができる。
本発明の細胞培養方法では、同一の細胞培養容器内で、上記のように細胞培養を行う面、好ましくは底面を変更するだけで、接着培養と浮遊培養を切り替えることが可能となる。したがって、細胞を分離した後、培地交換を行うなどの煩雑な操作を回避でき、コンタミネーションの問題や細胞への刺激による特性変化の問題を回避できる。また、接着培養で細胞を増殖させた後、所期の特性が極力維持された状態の細胞を用いて浮遊培養を行うことができる。
<細胞>
本発明において培養する細胞は特に制限されないが、本発明は、接着培養及び浮遊培養のどちらも実施することが望まれる細胞の培養に特に好適に用いられる。細胞の具体例としては、例えば、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器又は組織(肝臓、膵臓、心臓、軟骨、骨、脂肪、腎臓、神経、皮膚、骨髄、胚等)に由来する初代細胞、樹立された株化細胞、又はこれらに遺伝子操作等を施した細胞を用いることができる。より具体的に、例えば、ES細胞、iPS細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、組織幹細胞(体性幹細胞)、造血系幹細胞、癌幹細胞その他の未分化な幹細胞又は前駆細胞を用いることができる。また、例えば、肝臓系細胞や膵臓系細胞等の消化器系臓器由来の細胞、腎臓系細胞、神経系細胞、心筋細胞等の循環器系臓器由来の細胞、脂肪細胞、皮膚真皮等の結合組織由来の線維芽細胞、皮膚表皮等の上皮系組織由来の上皮細胞、骨系細胞、軟骨系細胞、網膜等の眼組織由来の細胞、血管系細胞、血球系細胞、生殖系細胞等の分化した細胞を用いることもできる。また、癌化した細胞を用いることもできる。このような細胞としては、1種類の細胞を単独で用いることができ、又は2種類以上の細胞を任意の比率で混在させて用いることもできる。
播種する細胞の数は、個々の細胞のサイズ、形成すべき細胞集合体のサイズ等の条件に応じて適宜決定することができる。すなわち、播種する細胞の密度は、細胞培養容器の細胞培養する表面、すなわち、刺激応答性ポリマーの表面及び親水性ポリマー層の表面の単位面積あたり、例えば、2〜1.0×105cell/mm2の範囲とすることが好ましく、10〜5.0×104cell/mm2の範囲とすることがより好ましい。
これは、細胞集合体を形成するために必要な数の細胞を播種する必要があり、また、播種細胞の数が多すぎると、当該細胞から形成される細胞集合体が巨大なものとなり、その内部の細胞が栄養や酸素の不足により壊死してしまうことがあるためである。
<細胞培養容器>
本発明はまた、上記細胞培養方法を実施するための細胞培養容器に関する。本発明の細胞培養容器は、
細胞及び培地を収容可能であり、
所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性ポリマー層の表面と、細胞の吸着が抑制された親水性ポリマー層の表面とを内面に有し、
刺激応答性ポリマー層の表面と親水性ポリマー層の表面とが同一平面上に存在せず、
刺激応答性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合及び親水性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合の双方において、細胞及び培地を収容可能である。
刺激応答性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合及び親水性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合の双方において、細胞及び培地を収容可能であるとは、刺激応答性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合も、親水性ポリマー層の表面が存在する面を底面とした場合も、細胞及び培地がこぼれることなく収容可能であることを意味する。すなわち、底面を変えるために、細胞培養容器の上下をひっくり返したり、必要な角度で回転させたりしても、細胞及び培地がこぼれることなく収容可能なように容器が構成されていることを意味する。刺激応答性ポリマー層、親水性ポリマー層、及びその他の構造については、細胞培養方法に関して容器について既に記載したとおりである。
好ましい実施形態において本発明の細胞培養容器は、3以上の内壁により構成される胴部と、胴部の一端を閉塞する側壁部と、胴部の他端に接合され通孔を有する側壁部とを含み、一の内壁に刺激応答性ポリマー層の表面を有し、別の内壁に親水性ポリマー層の表面を有する。胴部を構成する3以上の内壁は、好ましくは底面部と天面部とこの両面を接合する側壁部を含む。好ましくは、底面部に刺激応答性ポリマー層の表面を有し、天面部に親水性ポリマー層の表面を有する。その逆もまた好ましい。通孔は、その周縁から容器の外側に延びる首部に接続されていることが好ましい。
本発明の細胞培養容器の好ましい実施形態の一例を図1に示す。図1Aに示す容器部100は、底面部101と、底面部101の周縁に立設された側壁部102と、側壁部102の上端部に接合された、底面部101に対向配置される天面部103とを少なくとも備える。側壁部102の一部に通孔104が穿設されており、通孔104の周縁から容器部外側に延びる首部105を備える、「フラスコ型」と呼ばれる形状の容器部である。容器部100の首部105には蓋110を係止するための係止部106が形成されており、該係止部を介して蓋110が着脱可能に装着される。容器部100と蓋110とを組み合わせることによりフラスコ型の細胞培養容器120が形成される。
図1Bは容器部100のI−I'断面図を示し、図2CはII−II'断面図を示す。容器部100の、底面部101、側壁部102及び天面部103に包囲される内部空間130には、細胞及び培地を収容可能である。内部空間130に面する内壁面の一部分(図1に示す実施形態では底面部101)には、刺激応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が、刺激応答性ポリマー層が内部空間側を向くように固定されており、刺激応答性ポリマー層の表面を形成している。その他の内壁面(図1に示す実施形態では側壁部102及び天面部103)には親水性ポリマー層が形成され、親水性ポリマー層の表面を形成している。天面部103にのみ親水性ポリマー層が形成されていてもよい。あるいは、天面部103に、親水性ポリマー層が形成されたフィルムが、親水性ポリマー層が内部空間側を向くように固定されており、親水性ポリマー層の表面を形成していてもよい。
容器部及び蓋などの他の細胞培養容器の部材を形成する材料は特に限定されず、細胞培養において一般的に用いられる材料を用いることができる。例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂等の樹脂材料、表面親水化処理を施した上記の少なくとも1種を含む樹脂材料、及びガラスや石英等の無機材料であることができるが、好ましくは樹脂材料である。樹脂材料としては、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。
本発明の容器部において、フィルムが固定される内壁面は外部に解放されておらず、それが対向する方向には、容器部の内壁面の他の領域(図1の実施形態では、フィルム140が固定される底面部101に対向する方向に位置する天面部103)が存在している。このため容器部を完成させた後に、内壁面にフィルムを導入し固定することは容易ではない。そこで、フィルムを固定化することを容易にするために、容器部を、フィルムが固定される内壁面を備える部分であって、該内壁面が存在する側が開放された形状の第1部材と、1以上の他の部材として用意し、第1部材にフィルムを固定化してから、フィルム固定化第1部材と1以上の他の部材とを接合して容器部を形成する。
複数の部材を組み合わせて容器部を形成する点について図2及び3に沿ってより説明する。図2に示すように、容器部100を形成するための一実施形態では、底面部101と側壁部102とを備え、底面部101の、フィルム140固定面の側が開放された第1部材201と、天面部103に対応する第2部材202とを接合することにより容器部100を形成する。このとき、第2部材202との接合の前に、第1部材201の、底面部101の内壁面にはフィルム140が固定される。本発明では、フィルムが固定された第1部材を特に「フィルム固定化第1部材」と呼ぶ。第1部材201と第2部材202との接合は、細胞培養の目的に応じて、必要な場合は培地が漏出しないように液密に接合される。
図3に示す実施形態では、底面部101に対応する第1部材301と、首部105を備えた側壁部102に対応する第2部材302と、天面部103に対応する第3部材303とを接合することにより容器部100を形成する。第1部材301の、底面部101の内壁面に対応する部分には、フィルム140が固定される。刺激応答性ポリマー層と親水性ポリマー層をどちらもフィルムを介して形成する場合は、第1部材301に刺激応答性ポリマー層が形成されたフィルムを固定し、第3部材303に親水性ポリマー層が形成されたフィルムを固定する。
本発明の細胞培養容器を構成する各部材、並びに、容器部を製造するための第1部材及び1以上の他の部材としては、市販品を購入し使用してもよいし、本発明の方法の実施者が自ら製造し使用してもよい。樹脂材料で構成される容器部を製造するための第1部材及び1以上の他の部材は、樹脂射出成形等の手段によって製造し、必要に応じて内容物の容量を計測するための目盛を印刷技術等の手段により部材表面に付与することにより製造することができる。
なお、上記の細胞培養容器は一例であり、例えば、容器部に細胞及び培地を導入する通孔と、容器部で培養した細胞及び培地を取り出す通孔とを備える容器であってもよい。
<フィルムの構造>
上記フィルムの構造を図4及び5を参照して説明する。フィルム410は、フィルム基材層401と、フィルム基材層401上に配置された、刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層402とを少なくとも備える。フィルム410は、長尺状の形態のときにロール巻取り可能な可撓性を備えることが好ましい。フィルム410は、細胞培養容器を構成する部材への接合方法に応じて必要な層を更に含むことができる。
例えば、図5に示すように、フィルム410は、フィルム基材層401の、刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層402が形成される側とは異なる側に粘着剤503を介して第1部材520に貼付し固定することができる。この場合、粘着剤層を更に備えるフィルムを用いてもよく、フィルムの粘着剤層の表面は、貼付前の段階では必要に応じて更に剥離フィルムにより保護することができる。また、フィルムは、フィルム基材層の、刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層が形成されていない側と第一部材とを必要に応じてヒートシールにより固定することができる。この場合、ヒートシール性樹脂層を更に備えるフィルムを用いることができる。
粘着剤層を構成する粘着剤としてはポリエステル樹脂、アクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエチレンイミン樹脂、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等を挙げることができ、なかでもアクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂等を好ましく用いることができる。粘着剤層の厚さは特に限定されないが、10μm〜300μmであることが好ましく、20μm〜200μmであることがより好ましい。剥離フィルムは、剥離性を有する剥離部材からなり貼付に際して剥離除去される。剥離部材は、必要な強度や柔軟性を有する限りとくに限定されないが、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリエチレン等の樹脂からなるフィルム又はそれらの発泡フィルムに、シリコーン系、フッ素系、長鎖アルキル基含有カーバメート等の剥離剤で剥離処理したものを挙げることができる。剥離フィルムの厚さは特に限定されないが、好ましくは10μm〜100μmである。
粘着剤層は、粘着剤と、必要に応じて溶媒と含む粘着剤層形成用塗工液をフィルム基材又は剥離フィルムの表面に塗布して塗膜とし、必要に応じて乾燥することにより形成することができる。塗布方法としては、例えば、コンマコーティング法、ブレードコーティング法、グラビアコーティング法、ロッドコーティング法、ナイフコーディング法、リバースロールコーティング法、オフセットグラビアコーティング法等が使用できる。
ヒートシール性樹脂層とは、感熱接着剤(熱をかけると溶融して接着する)のことであり、予めヒートシール層を塗布しておき、使用時に熱や圧力をかけることによりフィルムを対象物に接着させるために用いられる。ヒートシール性樹脂層はグラビアコート、ダイコート、ロールコート、スプレーコートなどの印刷法を用いることにより形成できる。
<フィルム基材層>
フィルム基材層は、一方の表面に上述の刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層を形成することが可能な材料を含むものであればよく、材料の種類は特に限定されない。典型的には、フィルム基材層の材料として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタン、もしくはその共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。好ましくは、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネートである。
フィルム基材層の、刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層が形成される側の表面は、易接着処理された表面であることができる。「易接着処理」とは、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の易接着剤による処理を指す。すなわち、刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層が形成される側の表面が易接着処理されたフィルム基材層は、上記の材料からなる層と、該層の少なくとも一方の表面に配置された、前記易接着剤からなる易接着層とを備える。なお、表面が易接着処理されたフィルム基材層は、必要であれば市販品を使用してもよい。
フィルム基材層の厚さ(フィルム基材層が基材の層に加えて易接着層を備える場合は、易接着層を含むフィルム基材層の全体の厚さを指す)は、特に制限は無いが、ロール状に巻き取り可能な可撓性を付与する厚さであることが好ましく、例えば5〜500μm、好ましくは20〜400μm、より好ましくは50〜250μmである。
<刺激応答性ポリマー層の形成>
本発明において、刺激応答性ポリマー層の形成は下記のようにして行うことができる。すなわち、重合して該ポリマーを形成するモノマーと、該モノマーを溶解しうる有機溶媒と含む塗布用組成物を調製し、これを慣用の塗布方法に従って、基材の表面に塗布して塗膜を形成し、次に、該塗膜に放射線照射等の適当な手段により塗膜中のモノマーを重合してポリマーを形成するとともに、基材の表面とポリマーとの間にグラフト化反応を生じさせることにより形成することができる。
前記したモノマーを溶解しうる有機溶媒としては、モノマーを溶解しうるものであれば特に制限はないが、常庄下に於いて沸点120℃以下、特に60〜110℃のものが好ましい。好ましい溶媒としては、具体的にはメタノール、エタノール、n−プロパノール、2−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、及び水等が挙げられ、これらは組み合わせて使用しても良い。その他の溶媒、例えば1−ペンタノール、2−エチル−1−ブタノール、2−ブトキシエタノール、及びエチレン(若しくはジエチレン)グリコール又はそのモノエチルエーテル、等も使用可能である。必要であれば、上記溶液にはその他添加剤を配合してよい。
本発明の好ましい実施形態では、モノマーを溶解しうる有機溶媒として2−プロパノール(イソプロピルアルコール)を用いる。また、塗布用組成物中のモノマーの含有量は5〜70重量%であることが好ましい。また、塗布用組成物中には、モノマーに加えて、複数個のモノマーが重合したオリゴマー又はプレポリマーが含まれてもよい。この実施形態では、オリゴマー又はプレポリマーの大きさはダイマー以上のものであれば特に限定されず、分子量約3,300(典型的には28分子ポリマー)より大きいものが好ましく、分子量5,700以上のものがより好ましい。
重合及びグラフト化のために使用する放射線としては、α線、β線、γ線、電子線、紫外線等がある。所望のグラフトポリマーを作製するためにはγ線と電子線がエネルギー効率が良いため好ましく、特に、生産性の面から電子線が好ましい。紫外線に関しては適当な重合開始剤やフィルム基材表面とのアンカー剤を組合せることで使用できる。放射線の線量の範囲は、電子線であれば5Mrad〜50Mradが好ましく、γ線であれば0.5Mrad〜5Mradが好ましい。照射工程後に、必要により塗膜を乾燥させて、前記有機溶媒を除去する。
このようにして形成された刺激応答性ポリマー層を、必要に応じてさらに洗浄してもよい。グラフト重合後の刺激応答性ポリマー層の表面上には、共有結合により固定化されたポリマー分子だけでなく、固定化されていない遊離のポリマー分子や、未反応のモノマー等が存在していると考えられ、洗浄により、これら遊離ポリマーや未反応物を除去することができるので好ましい。ここで、洗浄方法は特に限定されないが、典型的には浸漬洗浄、遥動洗浄、シャワー洗浄、スプレー洗浄、超音波洗浄等が挙げられる。また洗浄液としては典型的には各種水系、アルコール系、炭化水素系、塩素系、酸・アルカリ洗浄液が挙げられる。
<親水性ポリマー層の形成>
本発明においては、親水性ポリマー層は、細胞培養容器の内壁面に直接形成してもよいし、フィルム基材層上に親水性ポリマー層を形成し、得られたフィルムを内壁面に固定してもよい。細胞培養容器の内壁面上及びフィルム基材層上での親水性ポリマー層の形成は下記のようにして行うことができる。
親水性ポリマー層は、好ましくはプライマー層を介して形成される。このような態様において、親水性ポリマー(B)はプライマー層を構成するポリシロキサンの側鎖Aと共有結合を介して連結される(図6)。ここで側鎖Aは、後述する式1のシラノール化合物が有する、R1に由来する基であり、R1上の官能基又は該官能基から誘導された官能基が親水性ポリマーの官能基、好ましくはポリアルキレングリコールの末端のヒドロキシル基と共有結合を形成して形成された二価の基を指す。ケイ素原子に結合する基Xは式1のシラノール化合物のR1(p=2の場合)、R2(p+q=3の場合)、又はヒドロキシル基(q=3の場合)に由来する基である。プライマー層中のポリシロキサンは直鎖状であってもよいし、分岐鎖状又は網目状の構造を有していてもよいが、好ましくは分岐鎖状又は網目状の構造を有する。ポリシロキサンが分岐鎖状又は網目状の構造を有するとき、Xは、他の繰り返し単位のケイ素原子と結合する架橋基である。架橋基としてのXとしては、式1のシラノール化合物のヒドロキシル基に由来するエーテル基(−O−)が挙げられる。ポリシロキサンが直鎖状の構造を有するとき、Xは、式1に定義するR1又はR2、未反応のヒドロキシル基、加水分解されずに残存した式2に定義する基Y等の一価の基である。
親水性ポリマー層を形成する部材又はフィルム基材層はあらかじめ表面にコロナ放電処理、プラズマ処理、紫外線照射処理、オゾン処理などの物理的な処理が施されていてもよい。このような処理を施すことにより、基材の種類に限定されることなく、より安定的にプライマー層及び親水性層を形成することが可能になる。プラズマ処理としては、大気圧プラズマ処理、低圧プラズマ処理、酵素プラズマ処理などが挙げられるが、製造効率の観点から大気圧プラズマ処理が好ましい。このようなプラズマ照射条件により、基材表面の凹凸が大きくなりプライマー層との結合密度が向上し、親水性ポリマーの付加量を増大させることができる。
プライマー層は、少なくともポリシロキサンを含む層により形成することができる。ここで、ポリシロキサンとはシロキサン結合(Si−O−Si)の繰り返し単位からなるポリマーであり、シラノール化合物の縮合重合によって得ることができる。シラノール化合物の縮合はシラノール化合物の分子間で起こる反応である。部材及びフィルム基材表面が反応性の官能基を有してない場合には、シラノール化合物及び形成されたポリシロキサンは、単に物理的に吸着していると考えられる。このようなシラノール化合物の表面吸着力は、モノマーでは極めて弱いが、ある程度縮合が進み、ポリマー(ポリシロキサン)となれば強くなる。シラノール化合物を適度に縮合することによって、ポリシロキサンを含むプライマー層が形成される。
シラノール化合物は、シラノール基(Si−OH)に加えて、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基を有する。この有機基はポリシロキサンの側鎖となる。シラノール化合物は典型的には式1で表される構造を有する:
(R1)p(R2)4-p-qSi(OH)q ・・・・(式1)
(pは1又は2であり、qは2又は3であり、p+qは3又は4であり、R1は、独立に、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基であり、R2はケイ素原子に直結した炭素原子を含む有機基である)。p=1かつq=2又は3であることが好ましく、p=1かつq=3であることがより好ましい。p+q=4である場合、R2は存在しない。
R1は、好ましくは、水素原子が1つ以上(好ましくは1つ)の官能基により、必要に応じて適当なリンカー構造を介して、置換されている、炭素数が1〜20、好ましくは1〜15、より好ましくは1〜10、特に好ましくは1〜6の炭化水素基である(ただし、前記炭化水素基の全部又は一部がビニル基である場合のように、前記炭化水素基自体が官能基である場合は官能基により置換されている必要はない)。前記炭化水素基は、直鎖又は分岐鎖あるいは環構造を有する、飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素基(アルキル基、炭素数2以上のアルケニル基、又は炭素数2以上のアルキニル基)であってもよいし、単環又は多環の炭素数6以上の芳香族炭化水素基であってもよいし、1つ以上の前記脂肪族炭化水素基によって置換された前記芳香族炭化水素基であってもよいし、1つ以上の前記芳香族炭化水素基によって置換され前記脂肪族炭化水素基であってもよい。前記炭化水素基では、炭素−炭素結合が、1又は2個の、酸素、窒素及び硫黄から選択される同一又は異なる原子により中断されていてもよい。炭化水素基の例としては好ましくはプロピル基、エチル基が挙げられる。
R1における、前記炭化水素基の1つ以上の水素を、必要に応じて適当なリンカー構造を介して、置換する官能基としては、親水性ポリマーの官能基、例えばポリアルキレングリコールのヒドロキシル基と反応して共有結合を形成することができる官能基、あるいは、そのような官能基に変換可能な官能基が挙げられる。典型的には、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、グリシジル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基、イソシアネート基、マレイミド基等が挙げられ、なかでもグリシジル基又はエポキシ基が好ましい。グリシジル基又はエポキシ基は、それ自体がヒドロキシル基と反応して共有結合を形成可能であるが、特開2009−156864号公報に記載されている方法に従って、グリシジル基又はエポキシ基をアルデヒド基に変換し、形成されたアルデヒド基と、ヒドロキシル基とを反応させることもできる。これらの官能基は、前記炭化水素基の水素原子を直接置換してもよいし、適切なリンカー構造を介して置換してもよい。リンカー構造としては、例えば炭素の数が0〜3個、窒素、酸素及び硫黄から選択される同一又は異なるヘテロ原子の数が0〜3個である二価の基が挙げられ、例えば、炭化水素基が左側に、官能基が右側にそれぞれ結合するとしたとき、−O−、−S−、−NH−、−(C=O)O−、−O(C=O)−、−NH(C=O)−、−(C=O)NH−、−(C=O)S−、−S(C=O)−、−NH(C=S)−、−(C=S)NH−、−(N=C=N)−、−CH=N−、−N=CH−、−O−O−、−S−S−、−(O=S=O)−で表される構造が挙げられる。
R1の特に好ましい態様としては3−グリシドキシプロピル基、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチル基が挙げられる。
R2は、好ましくは、置換基により置換されていないという点を除いてR1について上述したものと同様の(ただしR1とは独立して選択される)炭化水素基であり、なかでも、炭素数が1〜6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基が特に好ましい。
前記シラノール化合物は、加水分解によりシラノール基(Si−OH)を生成可能な基を有するケイ素化合物を、加水分解することにより生成することができる。このようなケイ素化合物は式2で表される構造を有する:
(R1)p(R2)4-p-qSi(Y)q ・・・・(式2)
(Yは、独立に、加水分解によりシラノール基を生成可能な基であり、p、q、R1、R2はそれぞれシラノール化合物に関して定義したとおりである)。
Yとしては、アルコキシ基、ハロゲン原子、アリールオキシ基、アルコキシ基又はアリールオキシ基により置換されたアルコキシ基、アルコキシ基又はアリールオキシ基により置換されたアリールオキシ基、アルキルカルボニルオキシ基等が好ましい。Yとしては特に、炭素数1〜6のアルコキシ基(特にメトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、tert−ブトキシ基)、炭素数1〜6の、アルコキシ基により置換されたアルコキシ基(例えばメトキシエトキシ基)、炭素数1〜6のアルキルカルボニルオキシ基(例えばアセトキシ基)、塩素原子が好ましい。
式2のケイ素化合物としては、シランカップリング剤として市販されている化合物を好適に使用することができ、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン又は3−グリシドキシプロピルトリエトキシシランが特に好ましい。
プライマー層を形成する際、式2のケイ素化合物を以下のように加水分解し、式1のシラノール化合物を生成することができる。加水分解の条件は特に限定されないが、例えば次の方法が可能である。まず、式2のケイ素化合物に希塩酸を添加し、基Yを加水分解する。希塩酸のpHは2.0〜3.0に調整するのが望ましい。ケイ素化合物に対する水分子のモル比は2〜4とする。この操作によって基Yはシラノール基へ変換され、式1のシラノール化合物が生成する。
次いでシラノール化合物を基体表面に適用し、縮合重合によりポリシロキサンを形成する。式1のシラノール化合物は、塩基とともにアルコールに溶解する。シラノール化合物の終濃度は0.1〜10%(v/v)の範囲で調整することが望ましい。塩基はトリエチルアミン、N,N−ジイソプロピルエチルアミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジンなどを用いることができるが、これらに限定されない。塩基の終濃度は0.1〜10%(v/v)の範囲で調整することが望ましい。アルコールはエタノール、2−プロパノール、tert−ブチルアルコール等を用いることができるが、これらに限定されない。このシラノール化合物溶液を基体のプラスチック表面に接触させ、10分〜24時間放置する。反応温度は4〜80℃の範囲で設定できるが、特に室温(20〜25℃)が好ましい。
形成されたポリシロキサンの側鎖上のシラノール化合物からの官能基を誘導体化して他の官能基に変換する場合には、プライマー層形成後に引き続き、ポリシロキサンの側鎖上のシラノール化合物からの官能基を、親水性ポリマーの官能基と反応して共有結合を形成することができる官能基に変換する誘導体化工程を行う。
親水性層は、プライマー層のポリシロキサンの側鎖上の官能基(シラノール化合物の官能基に対応する官能基、あるいは、該官能基から誘導された官能基)と親水性ポリマーの官能基を反応させることにより形成することができる。反応条件は、ポリシロキサンの側鎖上の官能基と親水性ポリマーの種類に基づいて、適宜選択される。
例えば、ポリアルキレングリコールのヒドロキシル基とポリシロキサンの側鎖上の官能基を反応させる場合、酸化触媒、好ましくは触媒量の濃硫酸を含むポリアルキレングリコールをプライマー層と接触させる。ここで、数平均分子量が1000を超えるポリアルキレングリコールはあらかじめ加熱融解しておく。必要に応じて、ポリアルキレングリコールをtert−ブチルアルコールなどで希釈して用いてもよい。このポリアルキレングリコール溶液をプラスチック表面に接触させ、加熱する。加熱温度は60〜100℃の範囲で設定できるが、プラスチックの耐熱性を加味すると80℃前後(75℃〜85℃)が好ましい。加熱時間は10分〜24時間の範囲で設定できるが、加熱温度が80℃前後の場合は10分〜60分間が好ましい。
<細胞培養容器の製造方法>
本発明の細胞培養容器は、長尺状のフィルムを準備し、カットし、フィルムを固定し、部材接合、並びに必要に応じて滅菌を行うことにより製造できる。
長尺状のフィルムは、ロール・ツー・ロール方式により製造することが好ましい。ロール・ツー・ロール方式とは、ロール状に巻いた可撓性を有する長尺状の基材を繰り出して、間欠的、或いは連続的に搬送しながら基材上に所定の処理を施し、再びロールに巻き取る生産方式である。ロール・ツー・ロール方式はフィルムを枚葉毎に製造するバッチ方式に比べて均一性の高いフィルムを効率的に製造することが可能である。本発明では、ロール状に巻かれた長尺状のフィルム基材を繰り出して搬出し、繰り出されたフィルム基材上に刺激応答性ポリマー層又は親水性ポリマー層を形成し、形成後のフィルム基材をロール状に巻き取る方法を使用できる。
続いて、長尺状のフィルムをカットして枚葉状のフィルムを取得する。典型的には、長尺状のフィルムをカットして相互に切り離された状態の複数の枚葉状のフィルムを取得する。しかしながらこれに限らず、いわゆるハーフカットによりフィルムを枚葉状にカットしてもよい。得られる枚葉状のフィルムは、フィルムが固定される第1部材の、フィルムが固定される領域の形状に応じた任意の形状であることができる。例えば、三角形、四角形(長方形、正方形、平行四辺形、菱形等)、五角形、六角形、七角形、八角形等の多角形や、円形、楕円形等の形状であることができる。枚葉状のフィルムは特に多角形であることが好ましい。多角形であれば、長尺状のフィルムから効率的に枚葉片を取得することができるからである。多角形の中でも長方形又は正方形が特に好ましい。
第1部材の所定位置にフィルムが固定化されたフィルム固定化第1部材と、1以上の他の部材とを接合することにより容器部を形成する。フィルム固定化第1部材では、図2、3に例示するとおりフィルムが、開放された内壁面に固定されている。容器部の他の部材は、第1部材と組み合わされたときに、第1部材上のフィルムが内壁面に配置された容器部が完成するように構成されている。得られる容器部において、フィルムの対面方向が開放されておらず内壁面(通孔を有する内壁面であってもよい)により閉鎖される。他の部材は1以上の組み合わせであることができ、好ましくは3個以下、より好ましくは2個又は1個である。
容器部を構成する第1部材及び1以上の他の部材は、容器部について説明した樹脂材料等の各種材料により構成されている。第1部材及び1以上の他の部材は、細胞培養の目的に応じた方式で接合することができ、必要な場合は、培地が漏出しないように液密な様式により相互に接合する。部材同士の接合は、樹脂材料からなる部材同士の接合であれば超音波溶着、レーザー溶着、ヒートシール等の方法で行うことができ、他の材料からなる部材同士の接合であっても接着剤を用いた接着など任意の方法で行うことができる。接合により製造された容器部に、必要に応じて蓋等の他の部材を組み合わせ、本発明の細胞培養容器を得ることができる。
本発明の細胞培養容器は滅菌することが好ましい。滅菌方法としては、γ線照射滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、電子線滅菌、紫外線照射滅菌、過酸化水素滅菌、エタノール滅菌等の方法を用いることができる。特にγ線照射滅菌は全生物種を死滅させられるという点で好適である。
<細胞培養方法の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態について、図7を参照することにより説明する。本実施形態は、細胞培養容器としてフラスコ型のものを用い、第1細胞培養工程、細胞剥離工程、及び第2細胞培養工程をこの順番で実施する態様である。本実施形態で用いるフラスコ型の細胞培養容器100は、その内面全体に親水性ポリマー層701が形成されており、さらに、底面部101に刺激応答性ポリマー層として温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定されている。
第1細胞培養工程(図7A)において、細胞培養容器に細胞702と培地703を導入し、温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定された底面部101を底面として、細胞培養を行う。すなわち、温度応答性ポリマー層の表面での細胞の培養、すなわち接着培養を行う。培養は、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以上の温度で実施するため、温度応答性ポリマー層の表面は細胞接着性であり、接着培養となる。次に、細胞剥離工程(図7B)において、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以下の温度で低温処理を行うことにより、温度応答性ポリマー層を細胞接着性から細胞非接着性に変化させる。これにより細胞が温度応答性ポリマー層から剥離される。続いて、第2細胞培養工程(図7C)において、細胞培養容器の天地を逆に設置し、親水性ポリマー層が形成された天面103を底面として細胞培養を行う。すなわち、親水性ポリマー層の表面で、剥離した細胞の浮遊培養を実施する。親水性ポリマー層の表面は細胞の吸着が抑制されていることから、細胞は接着せず、効果的に浮遊培養を実施できる。
本発明の別の実施形態について、図8を参照することにより説明する。本実施形態は、細胞培養容器としてフラスコ型のものを用い、第1細胞培養工程、細胞剥離工程、及び第2細胞培養工程をこの順番で実施する態様である。本実施形態で用いるフラスコ型の細胞培養容器100は、その内面全体に親水性ポリマー層701が形成されており、さらに、底面部101に刺激応答性ポリマー層として温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定されている。
第1細胞培養工程(図8A)において、細胞培養容器に細胞702と培地703を導入し、温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定された底面部101を底面として、細胞培養を行う。すなわち、温度応答性ポリマー層の表面での細胞の培養、すなわち接着培養を行う。培養は、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以上の温度で実施するため、温度応答性ポリマー層の表面は細胞接着性であり、接着培養となる。次に、細胞剥離工程(図8B)において、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以下の温度で低温処理を行うことにより、温度応答性ポリマー層を細胞接着性から細胞非接着性に変化させる。これにより細胞が温度応答性ポリマー層から剥離される。続いて、第2細胞培養工程(図8C)において、細胞培養容器を回転させて、親水性ポリマー層が形成された側壁部102を底面として細胞培養を行う。すなわち、親水性ポリマー層の表面で、剥離した細胞の浮遊培養を実施する。親水性ポリマー層の表面は細胞の吸着が抑制されていることから、細胞は接着せず、効果的に浮遊培養を実施できる。
本発明の別の実施形態について、図9を参照することにより説明する。本実施形態は、細胞培養容器として底面部が内壁901により2つの領域(902及び903)に隔離されたフラスコ型のものを用い、第1細胞培養工程、細胞剥離工程、及び第2細胞培養工程をこの順番で実施する態様である。本実施形態で用いるフラスコ型の細胞培養容器100は、その内面全体に親水性ポリマー層701が形成されており、さらに、底面部の片方の領域902に刺激応答性ポリマー層として温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定されている。
第1細胞培養工程(図9A)において、細胞培養容器に細胞702と培地703を導入し、温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム140が固定された底面部の領域902を底面として、細胞培養を行う。すなわち、温度応答性ポリマー層の表面での細胞の培養、すなわち接着培養を行う。培養は、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以上の温度で実施するため、温度応答性ポリマー層の表面は細胞接着性であり、接着培養となる。次に、細胞剥離工程(図9B)において、温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度T以下の温度で低温処理を行うことにより、温度応答性ポリマー層を細胞接着性から細胞非接着性に変化させる。これにより細胞が温度応答性ポリマー層から剥離される。続いて、第2細胞培養工程(図9C)において、細胞及び培地を底面部の領域902から領域903に移動させて、親水性ポリマー層が形成された底面部の領域903を底面として細胞培養を行う。すなわち、親水性ポリマー層の表面で、剥離した細胞の浮遊培養を実施する。親水性ポリマー層の表面は細胞の吸着が抑制されていることから、細胞は接着せず、効果的に浮遊培養を実施できる。
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
<実施例1>
易接着ポリエステルフィルム(PET)(東レ、ルミラーU35)上に、アルドリッチ社から市販されている分子量20000〜25000のポリイソプロピルアクリルアミド(アルドリッチ社品番535311)が0.5wt%、イソプロピルアクリルアミドモノマーが40wt%になるようイソプロピルアルコールに溶解した液(塗工用組成物1)をワイヤーバー(番手4)コートし、ドライヤー乾燥後、塗工面に電子線を照射した。電子線照射量は、200kGyとした。電子線照射後、5℃のイオン交換水を用いて、塗工フィルムを洗浄し、残留モノマー及び塗工フィルム表面に結合していないポリマーを取り除いた。クリーンベンチ内で乾燥させ、さらにエチレンオキサイドガス(EOG)滅菌を行い、さらに十分に脱気を行うことにより温度応答性ポリマー層が形成されたフィルム(温度応答性フィルム)を得た。
得られた温度応答性フィルムを32mmφに切り出し、両面テープにて、BD falcon社製35mmφペトリディッシュに貼付し、温度応答性ポリマー層を表面に有する基材を得た。この評価用基材上に、ウシ血管内皮細胞を、1×105個播種し、培養1日後に、20℃にて30分間低温処理し、細胞を剥離させた。結果を図10に示す。
図10で示された通り、温度応答性ポリマー層の表面で培養された細胞は、低温処理により剥離する結果が得られた。
<実施例2>
細胞の吸着が抑制された親水性ポリマー層の表面(細胞低吸着表面)を有する基材として、96穴丸底ポリスチレン製プレートにポリエチレングリコールをコーティングしたプレートを用い、実施例1で非侵襲的に剥離させた細胞塊及び培地を移し替えて培養継続評価を行った。
まず、ポリスチレン表面にポリエチレングリコールをコーティングする具体的な手順を以下に示す。
1.65mlの3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ)に0.35mlの希塩酸(pH2.4)を添加してシラノールを調製した。これを100mlの2−プロパノール(純正化学)に添加した。ここに、さらに4mlのトリエチルアミン(和光純薬)を添加した。このシラノール溶液を96穴丸底ポリスチレン製プレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)の各ウェルに100μlずつ分注した。そのまま室温で75分間放置した。その後、ウェル内を純水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によってマイクロプレートのウェル内にポリシロキサンとエポキシ基を含むプライマー層が形成された。次に、触媒量の濃硫酸を含んだPEG400(関東化学)を各ウェルに100μlずつ分注した。そのまま90℃で30分間加熱した後、ウェル内を純水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によってプライマー層上にPEGを含む親水性ポリマー層が形成された。その後、ウェル内を純水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させ、ポリエチレングリコール層コーティングプレートを得た。
実施例1の方法でウシ血管内皮細胞を非侵襲的に剥離させて得られた細胞及び培地を、1ウェル当たり150μL回収し、上記で得られたコーティングプレートへの注入を行った。3日間、培養後、細胞の様子を光学顕微鏡(オリンパス社)によって観察した。結果を図11に示す。
図11の結果で示された通り、コーティングプレートに移し替えられた細胞は、コーティングプレート表面に接着することなく、スフェロイド形状で浮遊塊を形成する結果が得られた。以上から、温度応答性ポリマー層の低温処理で剥離回収された細胞塊及び培地を、ポリエチレングリコールでコーティングされたポリスチレン製プレートにそのまま移し替えることで、スフェロイド形状での継続浮遊培養が可能となることが実証された。
なお、ポリエチレングリコールコーティングのないプレートにそのまま移した場合は細胞の接着が見られた。
<実施例3>
ポリスチレン製フィルムに、電子重合製法を用いて親水性ポリマーのコーティングを施し、細胞の吸着が抑制された表面を有するフィルムを作製した。具体的な手順を以下に示す。
1.0mol/L(19wt%)のテトラエチレングリコールとPEGDA(5wt%/IPA)にて組成されたインキを調製し、ポリスチレン製フィルム(250μm厚)のコロナ処理面に、ミヤバー#2を用いてインキを塗布後、40℃のオーブンで30秒間乾燥させた。乾燥後、フィルムにEB照射(200kV、120kGy、5m/min)を施し、ポリスチレン製フィルムの表面上に親水性ポリマーを付与させた。得られた親水性ポリマーフィルムを32mmφに切り出し、両面テープにて、35mmφペトリディッシュ(BD falcon社製)に貼付し、細胞吸着が抑制された親水性ポリマー層の表面を有する基材を用意した。この基材上に、ウシ血管内皮細胞を1×105個播種し、4日間の培養を行った。細胞の様子を光学顕微鏡(オリンパス社)によって観察した。結果を図12に示す。
図12に示される通り、親水性ポリマー層を有するフィルム上の細胞は、表面に接着することなく浮遊状態を維持した。
<実施例4>
実施例3と同じ方法で作製した、親水性ポリマーをコーティングしたポリスチレン製フィルム(親水性ポリマーフィルム)を32mmφに切り出し、35mmφペトリディッシュ(BD falcon社製)の底面に1%アガロースゲルにて固定させ、細胞の吸着が抑制された表面を有する基材を用意した。比較評価用に、コーティング処理されていないポリスチレン製フィルム(以下、未処理比較フィルム)についても、同様の接着成形を行った。
実施例1の方法で、非侵襲的に剥離させて得られたウシ血管内皮細胞及び培地の全内容物を、上記方法で成形した親水性ポリマーフィルム固定ディッシュ皿内に移し替え、そのまま3日間、培養を継続させた。未処理比較フィルム固定ディッシュ皿にも同様に細胞及び培地を移し替え、培養を継続した。両方のディッシュ皿における細胞の様子を光学顕微鏡(オリンパス社)によって観察した。結果を図13に示す。
図13に示される通り、未処理比較フィルム固定ディッシュ皿については、フィルム表面に細胞の接着及び伸展箇所が確認された。親水性ポリマーフィルム固定ディッシュ皿に移し替えられた細胞は、フィルム表面に接着することなく、スフェロイド形状で浮遊塊を形成する結果が得られた。
以上から35mmφペトリディッシュ内で温度応答性ポリマー層の低温処理により剥離回収された細胞塊は、同一形状容器の親水性ポリマー層の表面を有する35mmφペトリディッシュディッシュ(BD falcon社製)にそのまま全細胞溶液を移し替えることで、スフェロイド形状での継続浮遊培養が可能となることが実証された。