以下、図面に基いて本発明の実施形態を説明する。
(1)エンジンの構成
図1に示すように、本実施形態に係る火花点火式エンジン1は、複数の気筒2(図1には1つのみ図示)を有する4サイクルエンジンであり、出力軸であるクランク軸3を回転自在に支持するシリンダブロック4と、シリンダブロック4の上方に配置されたシリンダヘッド5と、シリンダブロック4の下方に配置されたオイルパン6と、シリンダヘッド5の上方に配置されたヘッドカバー7とで、エンジン本体の外形が略形成されている。
各気筒2にコンロッド8を介してクランク軸3に連結されたピストン9が摺動自在に収容され、ピストン9の上方に燃焼室10が形成されている。燃焼室10に燃料を直接噴射するインジェクタ11がシリンダヘッド5に設けられ、燃焼室10の天井壁部に点火プラグ12と、吸気ポート13を開閉するための吸気弁14と、排気ポート15を開閉するための排気弁16とが設けられている。吸気弁14および排気弁16はそれぞれ図略のカムシャフトを有する動弁機構17,18によってクランク軸3に連動して開閉駆動される。
吸気ポート13に吸気通路20が接続され、排気ポート15に排気通路30が接続されている。吸気通路20に吸入空気量を調節するためのスロットル弁21が備えられ、排気通路30に排気ガスを浄化するための図略の三元触媒を収容する触媒装置31が備えられている。
シリンダブロック4の下部およびオイルパン6の上部に亘る空間を覆うエンジン本体の部分であるクランクケースとスロットル弁21より吸気下流の吸気通路20との間に、燃焼室10からクランクケースに漏れ出した未燃の混合気(ブローバイガス)を吸気通路20に還流させるためのPCV(positive crankcase ventilation)ホース23が設けられている。ヘッドカバー7とスロットル弁21より吸気上流の吸気通路20との間に、通気のための別のベンチレーションホース24が設けられている。
また、エンジン1は、クランク軸3で駆動されて発電を行うオルタネータ25を備えている。
本実施形態に係るエンジン1は、エタノールを含有する燃料を使用することが可能なエンジンである。すなわち、本実施形態に係る車両はFFV(フレックス燃料自動車)である。そのため、燃料タンク40には、例えばE95(エタノール95%+水5%の燃料)やE25(エタノール25%+ガソリン75%の燃料)等のエタノール含有燃料が給油される。給油時は、E95またはE25が任意の量だけ燃料タンク40に注がれるから、燃料タンク40内の燃料のエタノール濃度は、そのときどきで様々な値を取り得る。そして、燃料タンク40内のエタノール含有燃料は、燃料供給管41を介してインジェクタ11に供給され、インジェクタ11から燃焼室10に直接噴射される。
本実施形態に係るエンジン1では、燃料が燃焼室10に直接噴射されるので、インジェクタ11に供給される燃料の圧力が比較的高圧に設定されている。そのため、インジェクタ11から噴射される燃料の微粒化が促進される。
本実施形態に係るエンジン1では、幾何学的圧縮比および有効圧縮比が比較的高圧縮比に設定されている(例えば幾何学的圧縮比はガソリンエンジンとしては高めの値である12.5以上20以下に設定されている)。そのため、例えばエンジン1の始動時等に燃料が圧縮行程後半で燃焼室10に直接噴射された場合、噴射された燃料は高温の燃焼室10内で気化が促進され、点火プラグ12の周りでリッチな混合気を生成し(弱成層)、燃料の微粒化と併せて着火安定性の向上が図られる。
ところで、ガソリンは分子式の異なる複数成分の混合物であるのに対し、アルコールは1つの分子式で定義される単成分である。そのため、ガソリンは低沸点成分の存在により比較的低温でも一部が蒸発・気化して着火燃焼し得るが、アルコールは沸点(エタノールで78.3℃)以下ではほとんど蒸発・気化しないため着火燃焼せず、エンジン始動が難しくなる。
この問題に対処するため、従来、エンジン始動専用に、アルコール濃度の低いE25専用またはガソリン専用のサブタンク、供給管、フュエルレール、およびサブインジェクタを備え、エンジン始動時は、このエンジン始動専用のサブの燃料系統を用いてエンジンを始動することが行われている(サブタンクシステム)。しかし、メインの燃料系統(上記燃料タンク40、燃料供給管41、インジェクタ11等)に加えてサブの燃料系統を備えると、ハード面の複雑化、コスト面の上昇、および車両重量の増大を招く。また、サブタンクの配置場所等、安全面でも解決すべき課題が生じる。
そこで、本実施形態に係るエンジン1では、エンジン始動専用のサブタンクシステムを備える代わりに、上述のように、インジェクタ11から燃焼室10に噴射される燃料の液滴の微粒化を図るとともに、圧縮比を高くしてピストン9上昇時の燃焼室10温度を高め、燃料を圧縮行程後半で燃焼室10に噴射することにより、たとえアルコール濃度の高い混合燃料であっても、特にアルコールの沸点以下の冷間始動時であっても、燃焼室10内での蒸発・気化量を多くして、エンジン1の始動性を確保するようにしたものである(サブタンクレスシステム)。
(2)自動変速機の構成
図2は、上記エンジン1に連結された自動変速機60の構成を示す骨子図である。この自動変速機60は、主たる構成要素として、クランク軸3に連結されたトルクコンバータ61と、トルクコンバータ61の出力回転が入力軸62を介して入力される変速機構63とを備えている。変速機構63は、入力軸62の軸心上に配置された状態で変速機ケース64に収納されている。
変速機構63の出力回転が、入力軸62の軸心上において入力軸62の中間部に配置された出力ギヤ65からカウンタドライブ機構66を介して差動装置67に伝達され、左右の車軸67a,67bが駆動される。
トルクコンバータ61は、クランク軸3に連結されたケース61aと、このケース61a内に固設されたポンプ61bと、このポンプ61bに対向配置されてポンプ61bにより作動油を介して駆動されるタービン61cと、上記ポンプ61bとタービン61cとの間に介設され、かつ、上記変速機ケース64にワンウェイクラッチ61dを介して支持されてトルク増大作用を行うステータ61eと、上記ケース61aとタービン61cとの間に設けられ、上記ケース61aを介してクランク軸3とタービン61cとを直結するロックアップクラッチ61fとで構成されている。そして、タービン61cの回転が入力軸62を介して変速機構63に伝達される。
変速機構63は、第1、第2、第3プラネタリギヤセット70,80,90を有し、これらが変速機ケース64内における上記出力ギヤ65の反トルクコンバータ側において、トルクコンバータ側から上記順に配置されている。
変速機構63を構成する摩擦要素として、出力ギヤ65のトルクコンバータ側に、第1クラッチ100および第2クラッチ110が配置されているとともに、出力ギヤ65の反トルクコンバータ側に、第1ブレーキ120、第2ブレーキ130、および第3ブレーキ140がトルクコンバータ側から上記順に配置されている。
第1、第2、第3プラネタリギヤセット70,80,90は、いずれもシングルピニオン型のプラネタリギヤセットである。各ギヤセット70,80,90は、それぞれ、サンギヤ71,81,91と、これらのサンギヤ71,81,91に噛み合うピニオン72,82,92と、これらのピニオン72,82,92を支持するキャリヤ73,83,93と、上記ピニオン72,82,92に噛み合うリングギヤ74,84,94とで構成されている。
入力軸62が第3プラネタリギヤセット90のサンギヤ91に連結されている。第1プラネタリギヤセット70のサンギヤ71と第2プラネタリギヤセット80のサンギヤ81とが連結され、第1プラネタリギヤセット70のリングギヤ74と第2プラネタリギヤセット80のキャリヤ83とが連結され、第2プラネタリギヤセット80のリングギヤ84と第3プラネタリギヤセット90のキャリヤ93とが連結されている。第1プラネタリギヤセット70のキャリヤ73に出力ギヤ65が連結されている。
第1プラネタリギヤセット70のサンギヤ71および第2プラネタリギヤセット80のサンギヤ81が第1クラッチ100を介して入力軸62に断接可能に連結されている。第2プラネタリギヤセット80のキャリヤ83が第2クラッチ110を介して入力軸62に断接可能に連結されている。
第1プラネタリギヤセット70のリングギヤ74および第2プラネタリギヤセット80のキャリヤ83が第1ブレーキ120を介して変速機ケース64に断接可能に連結されている。第2プラネタリギヤセット80のリングギヤ84および第3プラネタリギヤセット90のキャリヤ93が第2ブレーキ130を介して変速機ケース64に断接可能に連結されている。第3プラネタリギヤセット90のリングギヤ94が第3ブレーキ140を介して変速機ケース64に断接可能に連結されている。
以上の構成により、この変速機構63によれば、図3の締結表に示すように、第1、第2クラッチ100,110および第1、第2、第3ブレーキ120,130,140の各摩擦要素の締結状態の組み合わせにより、前進1速〜6速と後退速とが達成される。
(3)制御システム
図4に示すように、本実施形態に係る車両(FFV)はPCM(powertrain controle module)50を備える。PCM50は、周知の通り、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサであり、本発明の推定手段、減速燃料カット手段、減速燃料カット禁止手段、および減速燃料カット中止手段に相当する。
PCM50は、吸気通路20に備えられて吸入空気量を検出するためのエアフローセンサSW1、エンジン回転数を検出するためのエンジン回転数センサSW2、エンジン水温(エンジンの冷却水の温度)を検出するためのエンジン水温センサSW3、排気通路30に備えられて排気ガス中の酸素濃度を検出するためのリニア空燃比センサ(酸素濃度センサ)SW4、運転者のアクセル操作(アクセルペダルの踏込み)の有無およびアクセル操作量(アクセルペダルの踏込量)を検出するためのアクセルポジションセンサSW5、および車両の走行速度を検出するための車速センサSW6と相互に電気的に接続されている。
PCM50は、上記各種センサSW1〜SW6から入力される種々の情報に基き、エンジン1の制御および自動変速機60の制御を行う。特に、PCM50は、触媒装置31の排気ガス浄化率の向上のために、エンジン1を理論空燃比で運転するように、リニア空燃比センサSW4を用いて空燃比のフィードバック制御を行う。また、PCM50は、例えばアルコールセンサ等を用いずに、上記リニア空燃比センサSW4を利用して、燃料タンク40内の燃料のエタノール濃度を推定するエタノール濃度推定制御を行う。また、PCM50は、オイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料(次の「(4)問題の所在」参照)の量を推定する気化燃料量推定制御を行う。また、PCM50は、上記気化燃料が実際に排気通路30内で後燃えしていることを検出する後燃え検出制御を行う。さらに、PCM50は、車両の減速走行時、所定の燃料カット条件が成立したときに、燃費向上等のためにエンジン1に対する燃料供給および火花点火を断つ減速燃料カット制御を行う。
PCM50は、これらの各種制御を実行するため、インジェクタ11、点火プラグ12、スロットル弁21を駆動するためのスロットル弁アクチュエータ22、オルタネータ25、および自動変速機60(より詳しくは上記摩擦要素100,110,120,130,140を締結または解放するための油圧の供給および排出を制御するソレノイドバルブ等)と相互に電気的に接続されており、これらの各種機器に制御信号を出力する。
例えば、PCM50は、図5に概念的に示す変速マップに基いて、車速およびスロットル開度(スロットル弁21の開度)から変速段を決定し、決定した変速段が実現するように、図3の締結表に従って、上記摩擦要素100,110,120,130,140を締結または解放する。
図5には、変速段がシフトアップする際の変速ラインを実線で示し、変速段がシフトダウンする際の変速ラインを破線で示している。なお、図5は、あくまでも概念図であって、各ラインの車速に対する位置や形状はこれに限定されないことはいうまでもない。
中〜高速度域でスロットル開度がゼロ(アクセル開度全閉)の領域は、PCM50が減速燃料カット制御を行う減速燃料カット領域(F/C領域)である。すなわち、この領域では、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火が行われず停止される。
(4)問題の所在
一般に、エンジン始動直後等の冷間時は、燃料の気化が不足するため、インジェクタ11から噴射される燃料のうち燃焼せずに未燃のまま残る量が多くなる。残った未燃燃料は気筒2の側壁とピストン9の周面との隙間からクランクケースに漏れ出してオイルパン6に入り、オイルパン6内のエンジンオイルに混入する。エンジンオイルに混入した燃料は、エンジン1の暖機に伴いエンジンオイルの温度が上昇すると、クランクケース内でエンジンオイルから蒸発・気化し、PCVホース23やベンチレーションホース24を通って吸気通路20に還流され、吸気通路20を吸気上流側から流れてきた吸気(新気)と一緒に燃焼室10に流入する。
ここで、図6のエタノール蒸気圧特性に示すように、エタノールは温度が沸点(78.3℃)に近づくに連れて急激に気化が進んで蒸発量が増大する。そのため、エタノールの蒸発量が急激に増大する時期(つまりオイルパン6内のエンジンオイルの温度がエタノールの沸点78.3℃に近づいた時期)は、オイルパン6から多量のエタノールが蒸発・気化し、この多量の蒸発・気化したエタノールが燃焼室10に流入する。
そのため、オイルパン6から蒸発・気化したエタノール含有燃料由来の多量のエタノールが燃焼室10に流入する時期と、減速燃料カット制御によって火花点火が停止される時期とが重なると、燃焼室10に流入したエタノールを主成分とする気化燃料のほとんどは燃焼室10で燃焼しないまま排気通路30に排出される。そして、排気通路30に排出された気化燃料は、高温度に昇温された金属製のエキゾーストマニホルドや触媒装置31のケース等に触れて受熱し、排気通路30内で後燃えする。その結果、触媒装置31が過度に熱せられ、担体にクラックが入ったり、担体が溶損するという問題が起こる。その結果、触媒性能が劣化するだけでなく、担体の破片によるエンジン1の損傷という二次被害も生じ得る。
そこで、本実施形態では、上記のようなオイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料が後燃えすることを回避する対策が講じられており、そのために、PCM50は、次に説明するように、気化燃料量推定制御および後燃え検出制御を行う。
(5)制御の内容
[5−1]エタノール濃度推定制御
PCM50が行うエタノール濃度推定制御はおよそ次のようである。
燃料のエタノール濃度と理論空燃比との関係は一義的に決まっている。例えばエタノール濃度が0%(全量ガソリン)の場合、理論空燃比は14.7であり、エタノール濃度が100%の場合、理論空燃比は9.0である。そして、エタノール濃度がその間の値(0%超〜100%未満)である燃料の理論空燃比は、14.7と9.0とを結ぶ直線上に1対1にある。この直線は、エタノール濃度が1%増える毎に理論空燃比が0.057減るような傾きを持っている。
例えば、いま、エタノール濃度が50%と推定して理論空燃比Xが実現する燃料噴射量を設定したとする。その結果、リニア空燃比センサSW4からの情報に基き特定される理論空燃比がXであれば、推定値が正しかった(実際のエタノール濃度が50%である)と判定できる。しかし、リニア空燃比センサSW4からの情報に基き特定される理論空燃比がXよりも大きい場合は、その大きい分だけ、実際のエタノール濃度が50%よりも低いと判定でき、リニア空燃比センサSW4からの情報に基き特定される理論空燃比がXよりも小さい場合は、その小さい分だけ、実際のエタノール濃度が50%よりも高いと判定できる。
PCM50は、理論空燃比のズレ量を上記直線の傾きに当てはめることにより、エタノール濃度のズレ量を求める。そして、このエタノール濃度のズレ量を最初の推定値(上記例でいえば50%)に加算することにより、実際のエタノール濃度を推定する。
[5−2]気化燃料量推定制御
PCM50が行う気化燃料量推定制御はおよそ次のようである。
PCM50は、冷間時にオイルパン6内のエンジンオイルに混入する未燃燃料量Q1を算出する(未燃燃料量算出ステップ)。より詳しくは、PCM50は、前回、オイルパン6内のエンジンオイルに残留する残留燃料量Q3がゼロになった後、例えば冷間始動時の始動性確保等のために燃料噴射量の増量を開始した時点から、現時点までに、オイルパン6に落ちてエンジンオイルに混入した未燃燃料の総量を算出する。例えば、PCM50は、噴射タイミング毎、すなわち、全気筒を通じて燃料が噴射される毎に、エンジンオイルに混入する未燃燃料量を算出し、得られた値を積算していく。
また、PCM50は、暖機時にオイルパン6内のエンジンオイルから気化する気化燃料量Q2を算出する(気化燃料量算出ステップ)。より詳しくは、PCM50は、前回、オイルパン6内のエンジンオイルに残留する残留燃料量Q3がゼロになった後、エンジンオイルに混入する未燃燃料量が増え始めた時点から、現時点までに、温度上昇に伴いエンジンオイルから蒸発・気化した気化燃料の総量を算出する。例えば、PCM50は、エタノールの蒸発速度(単位時間当たりの蒸発量)等から、エンジンオイルに混入した未燃燃料のうち、温度上昇に伴うエタノールの単位時間当たりの気化量を算出する。また、PCM50は、エタノールの蒸発速度だけでなく、ガソリンも含めた燃料全体の蒸発速度等から、エンジンオイルに混入した未燃燃料全体の温度上昇に伴う単位時間当たりの気化量を算出する。そして、PCM50は、算出した単位時間当たりの燃料全体の気化量の値に時間(より詳しくは、エンジンオイルに混入する未燃燃料量が増え始めた時点から現時点までの経過時間)を乗算することにより、エンジンオイルから蒸発・気化した気化燃料の総量を算出する。
また、PCM50は、現時点で、オイルパン6内のエンジンオイルに残留する残留燃料量Q3を算出する(残留燃料量算出ステップ)。具体的に、PCM50は、未燃燃料量算出ステップで算出した未燃燃料量Q1から、気化燃料量算出ステップで算出した気化燃料量Q2を減算することにより、エンジンオイルに残留する残留燃料量Q3を算出する(Q3=Q1−Q2)。算出された残留燃料量Q3は、上述のように、上記未燃燃料量算出ステップおよび気化燃料量算出ステップで考慮される。
ここで、図6のエタノール蒸気圧特性に示したように、エタノールの蒸気圧が急激に増大する時期(オイルパン6内のエンジンオイルの温度がエタノールの沸点78.3℃に近づいた時期)は、上記気化燃料量算出ステップにおいて、エタノールの蒸発速度が上昇し、これにより、オイルパン6からの単位時間当たりのエタノールの気化量が多い値に算出される。また、エタノールの蒸発速度だけでなく、ガソリンも含めた燃料全体の蒸発速度も上昇し、これにより、オイルパン6からの単位時間当たりの燃料全体の気化量も多い値に算出される。
PCM50は、上記気化燃料量算出ステップにおいて、燃料全体の蒸発速度から算出される単位時間当たりの燃料全体の気化量の値を、インジェクタ11から噴射される燃料のうち未燃のままオイルパン6内のエンジンオイルに混入した後、温度上昇に伴いエンジンオイルから蒸発・気化して燃焼室10に流入する気化燃料の量と推定する。すなわち、これが、本実施形態において、後述する図8のステップS4で用いられる、オイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料の推定量である。
[5−3]後燃え検出制御
PCM50が行う後燃え検出制御はおよそ次のようである。
リニア空燃比センサSW4は、触媒装置31に導入される前の排気ガスに含まれる酸素濃度を検出するので、PCM50は、このリニア空燃比センサSW4の検出値に基いて、当量比φを特定し、その当量比φの値から燃焼が起きているか否かを判定することができる。例えば、燃焼(後燃え)が起きたときには、燃焼した混合気の空燃比がリッチなほど(つまり当量比φが大きいほど)、多くの酸素が消費されて排気ガスに含まれる酸素濃度が低下するので、PCM50は、この酸素濃度の低下の度合いに応じて、当量比φを算出することができる。
したがって、減速燃料カット制御の実行中であるにも拘らず、当量比φの値から燃焼が起きていると認められるときは、PCM50は、上記気化燃料が実際に排気通路30内で後燃えしていると判断する。例えば、PCM50は、リニア空燃比センサSW4の検出値から特定される当量比(実当量比φb)が所定の閾値β以上のときは(図8のステップS6参照)、上記後燃えが起きていると判断する。
なお、上記閾値βは、排気ポート15から触媒装置31までの排気通路30内で上記気化燃料が実際に後燃えしているか否かの観点から設定された値であって、例えば0.3以下等の値である。このような閾値βは、実機を用い、複数のパラメータの変化に応じて多数の値が予め実験的に求められ、マップ化されてPCM50のメモリに格納されている。
以上のことから、本実施形態では、上記リニア空燃比センサSW4は、本発明の検出手段(減速燃料カット制御の実行中に燃焼が起きていることを検出する手段)に相当する。
[5−4]減速燃料カット制御
次に、PCM50が行う減速燃料カット制御を説明する。
図7は、減速燃料カット制御の各種パラメータの変化を示すタイムチャートである。図中、時刻t1は、車両の走行中、例えば車速が所定車速以上ある状態でアクセル開度が全閉とされて減速が開始する時刻、時刻t2は、エンジン回転数が所定の復帰回転数まで低下する時刻、時刻t3は、車両が停車する(車速がゼロとなる)時刻である。
時刻t1で減速が開始すると、燃料カットフラグ(F/Cフラグ)がoffからonにセットされる。これにより、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火が停止され、燃費の向上等が図られる。すなわち、減速燃料カットである。そして、減速燃料カットによる車速の低下に伴い、時刻t2でエンジン回転数が復帰回転数まで低下すると、燃料カットフラグ(F/Cフラグ)がonからoffにリセットされる。これにより、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火が再開され、エンジンストールが回避される。すなわち、減速燃料カットからの燃料復帰である。
気筒2の充填効率Ceは、時刻t1〜t2の間、ほぼ最小値まで減少する。これは、減速燃料カット中は、アクセル開度が全閉とされることによりスロットル弁21がほぼ開度ゼロの全閉状態まで閉じられるからである。そして、時刻t2以降の燃料復帰時に、スロットル弁21が所定量だけ開かれ、燃焼噴射量に見合った量の吸気が気筒2に導入される。これにより、気筒2の充填効率Ceは、時刻t2以降、所定量だけ増大する。
なお、車両が停車する時刻t3以降は、充填効率Ceはアイドル時の充填効率に固定される。
このような減速燃料カット制御において、PCM50は、上記気化燃料量推定制御で推定した気化燃料量の推定量と吸気流量とから算出される当量比(予測当量比φa)が所定の閾値α以上のときは(図8のステップS4参照)、たとえ時刻t1で燃料カット条件(車速が所定車速以上であること等)が成立していても、上記減速燃料カット制御を実行せず禁止する。
つまり、オイルパン6から蒸発・気化したアルコール含有燃料由来の多量のアルコールが燃焼室10に流入する時期と、減速燃料カット制御によって火花点火が停止される時期とが重なると、燃焼室10に流入したアルコールを主成分とする気化燃料のほとんどは燃焼室10で燃焼しないまま排気通路30に排出される。そして、排気通路30に排出された気化燃料は、高温度に昇温された金属製のエキゾーストマニホルドや触媒装置31のケース等に触れて受熱し、排気通路30内で後燃えする。その結果、触媒装置31が過度に熱せられ、担体にクラックが入ったり、担体が溶損するという問題が起こる。
このようなオイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料が後燃えすることを回避するために、PCM50は、上記気化燃料量推定制御において、気化燃料量の推定量を算出し、算出した推定量と吸気流量とから、さらに予測当量比φaを算出している。これにより、気化燃料の排気通路30内での後燃えが減速燃料カット制御の開始前に未然に回避されて、触媒装置31の過熱、ひいては担体の損傷が未然に防止される。
なお、上記閾値αは、排気ポート15から触媒装置31までの排気通路30内で上記気化燃料が後燃えするか否かの観点から設定された値であって、例えば0.5以上等の値である。このような閾値αは、実機を用い、複数のパラメータの変化に応じて多数の値が予め実験的に求められ、マップ化されてPCM50のメモリに格納されている。
また、PCM50は、上記予測当量比φaが上記閾値α未満なので減速燃料カット制御を開始したけれども、減速燃料カット制御の実行中であるにも拘らず、上記後燃え検出制御において、実当量比φbが所定の閾値β以上なので、上記気化燃料が実際に排気通路30内で後燃えしていると判断されるときは、たとえ減速燃料カット制御が実行中であっても、その実行中の減速燃料カット制御を中止する。
これにより、エンジン1に対する燃料供給および火花点火が、エンジン回転数が所定の復帰回転数まで低下するのを待つことなく再開されるので、燃焼室10に流入したアルコールを主成分とする上記気化燃料がいち早く燃焼室10で燃焼し始める。そのため、上記気化燃料の排気通路30内での後燃えが減速燃料カット制御の開始後においても事後的に回避される。その結果、触媒装置31の過熱、ひいては担体の損傷がより一層防止される。
ところで、減速燃料カット制御の実行中にオイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料が後燃えすることを回避するために、減速燃料カット制御を予め禁止または途中で中止すると、図7に符号(i)で示すように、エンジントルクの発生により、減速時なのにエンブレ感が得られないという不具合が起こり得る。
そこで、PCM50は、減速燃料カット制御の禁止時は、図7に符号(ii)で示すように、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中、換言すれば、燃料カットフラグがonにセットされている期間中(燃料カット条件の成立時刻から燃料復帰条件の成立時刻までの期間中)、走行抵抗をonにする。具体的に、PCM50は、上記図2および図3で説明した自動変速機60の第3ブレーキ140をスリップさせる。図5の例では、減速燃料カット制御の実行中(時刻t1〜t2)は、変速段は6速に設定されるため、本実施形態では、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中は、第2クラッチ110と第2ブレーキ130とが締結され、他の摩擦要素は解放される(図3参照)。したがって、この解放されている第3ブレーキ140をスリップさせることにより、車輪とエンジン1との間にある自動変速機6の内部でのトルク伝達に制動力が作用する。これにより、走行抵抗がonとなり、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中(燃料カットフラグがonにセットされている期間中)、車両の走行抵抗が確実に増大し、上記のようなエンブレ感の喪失が補填される。
なお、これに限らず、例えば、5速でも減速燃料カット制御が実行される場合に、変速段が5速のときは、5速で解放されている第2ブレーキ130をスリップさせてもよい。
あるいは、PCM50は、走行抵抗をonにするために、エンジン1のクランク軸3でオルタネータ25を駆動して発電させる。これにより、クランク軸3にオルタネータ25を発電させるための負荷が作用するので、走行抵抗がonとなり、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中、車両の走行抵抗が確実に増大し、上記のようなエンブレ感の喪失が補填される。
同様に、PCM50は、減速燃料カット制御の中止時は、図7に符号(iii)で示すように、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中、換言すれば、燃料カットフラグがonにセットされている期間中のうち、上記気化燃料が実際に排気通路30内で後燃えしていると判断された時刻から燃料復帰条件の成立時刻までの期間中、走行抵抗をonにする。具体的に、PCM50は、上記図2および図3で説明した自動変速機60の第3ブレーキ140や第2ブレーキ130をスリップさせる。あるいは、PCM50は、エンジン1のクランク軸3でオルタネータ25を駆動して発電させる。
以上のことから、本実施形態では、上記自動変速機60および上記オルタネータ25は、本発明の走行抵抗増大手段(減速燃料カット制御の禁止時または減速燃料カット制御の中止時は、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中、車両の走行抵抗を増大させる手段)に相当する。
次に、図8のフローチャートに従い、減速燃料カット制御の具体的動作の1例を説明する。
減速燃料カット制御(F/C制御)がスタートすると、PCM50は、ステップS1で、各種センサ値を読み込んだ後、ステップS2で、減速燃料カット領域(F/C領域)か否かを判定し(図5参照)、NOのときはリターンし、YESのときは(図7の時刻t1)、ステップS3で、吸気流量と、オイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料の推定量とから、予測当量比φaを算出する。
次いで、PCM50は、ステップS4で、予測当量比φaが閾値α以上(φa≧α)か否かを判定し、NOのときはステップS5に進み、YESのときはステップS8に進む。
ステップS5では、PCM50は、減速燃料カット(F/C)を許可する。つまり、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火をストップする(減速燃料カット制御の実行)。
一方、ステップS8では、PCM50は、減速燃料カット(F/C)を禁止する。つまり、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火をストップすることなく続行する。
ステップS5の後、PCM50は、ステップS6で、実当量比φbが閾値β以上(φb≧β)か否かを判定し、NOのときはステップS7に進み、YESのときはステップS9に進む。
ステップS7では、PCM50は、減速燃料カット(F/C)を継続して、リターンする。つまり、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火をストップし続け、エンジン回転数が復帰回転数まで低下したときに(図7の時刻t2)、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火を再開する(減速燃料カットからの燃料復帰)。
一方、ステップS9では、PCM50は、燃料復帰を行う。つまり、実行中の減速燃料カット制御を中止して、エンジン回転数が復帰回転数まで低下するのを待つことなく、インジェクタ11からの燃料噴射および点火プラグ12による火花点火を再開する。
ステップS8およびステップS9の後、PCM50は、ステップS10で、自動変速機60やオルタネータ25を制御することにより、走行抵抗を増大(on)して、リターンする。
(6)作用等
以上のように、本実施形態では、気筒2に燃料を噴射するインジェクタ11と、噴射された燃料に点火する点火プラグ12とを備え、上記燃料として、アルコール、またはアルコールとガソリンとの混合燃料が供給される火花点火式エンジン1において、次のような特徴的構成を採用した。
すなわち、PCM50は、車両の減速走行時、車速が所定車速以上あるときに、エンジン1に対する燃料供給および火花点火を断つ減速燃料カット制御を行う。PCM50は、インジェクタ11から噴射される燃料のうち未燃のままオイルパン6内のエンジンオイルに混入した後、温度上昇に伴いエンジンオイルから蒸発・気化して燃焼室10に流入する気化燃料の量を推定し(気化燃料量推定制御)、推定した気化燃料の量から求められる予測当量比φaが、排気ポート15から触媒装置31までの排気通路30内で上記気化燃料が後燃えするか否かの観点から設定された閾値α以上のときは(ステップS4でYES)、車両の減速走行時、車速が所定車速以上あっても、上記減速燃料カット制御を実行せずに禁止する(ステップS8)。
この構成によれば、エタノール含有燃料が供給される火花点火式エンジン1において、燃焼室10に流入する、オイルパン6からのアルコール含有燃料由来の気化燃料の推定量から求められる予測当量比φaが、排気通路30内で上記気化燃料が後燃えするか否かの観点から設定された閾値α以上のときは、上記気化燃料が排気通路30内で後燃えする可能性が高いので、これを回避するために、たとえ車両の減速走行時、車速が所定車速以上あっても、減速燃料カット制御が禁止される。これにより、エンジン1に対する燃料供給および火花点火が停止されることなく続行されるので、燃焼室10に流入したアルコールを主成分とする上記気化燃料が燃焼室10で燃焼する。そのため、上記気化燃料の排気通路30内での後燃えが減速燃料カット制御が開始される前に未然に回避される。その結果、触媒装置31の過熱、ひいては担体の損傷が未然に防止される。
以上により、本実施形態では、減速燃料カット制御の実行中に、オイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料が後燃えすることを回避できる火花点火式エンジン1の制御装置が提供される。
本実施形態では、PCM50は、さらに、上記減速燃料カット制御の実行中に燃焼が起きていることを検出し(後燃え検出制御)、燃焼が起きていることが検出されたときは(ステップS6でYES)、上記減速燃料カット制御が実行中であっても、上記実行中の減速燃料カット制御を中止する(ステップS9)。
この構成によれば、減速燃料カット制御の実行中であるにも拘らず燃焼が起きていることが検出されるときは、上記気化燃料が実際に排気通路30内で後燃えしていると考えられる。したがって、たとえ減速燃料カット制御が実行中であっても、燃焼が検出されるときは、その実行中の減速燃料カット制御が中止される。これにより、エンジン1に対する燃料供給および火花点火が、エンジン回転数が所定の復帰回転数まで低下するのを待つことなく再開されるので、燃焼室10に流入したアルコールを主成分とする上記気化燃料がいち早く燃焼室10で燃焼し始める。そのため、上記気化燃料の排気通路30内での後燃えが減速燃料カット制御の開始後においても事後的に回避される。その結果、触媒装置31の過熱、ひいては担体の損傷がより一層防止される。
本実施形態では、PCM50は、さらに、上記減速燃料カット制御の禁止時(ステップS8)または上記減速燃料カット制御の中止時(ステップS9)は、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中(図7の時刻t1〜t2)、車両の走行抵抗を増大させる(onにする)。
上述のように、減速燃料カット制御の実行中に、オイルパン6からのエタノール含有燃料由来の気化燃料が後燃えすることを回避するために、減速燃料カット制御を予め禁止または途中で中止すると、エンジントルクの発生により、減速時なのにエンブレ感が得られないという不具合が起こり得る。そこで、この構成によれば、上記減速燃料カット制御の禁止時または中止時は、本来行われるべき減速燃料カット制御の期間中、車両の走行抵抗が増大されるので、上記のような不具合が回避され、適正なエンブレ感が付与される。
本実施形態では、PCM50は、車両の走行抵抗を増大させる(onにする)ために、上記減速燃料カット制御の実行時に開放されている自動変速機60内の第3ブレーキ140をスリップさせる。
この構成によれば、車輪とエンジンとの間にある自動変速機60の内部でのトルク伝達に制動力が作用することによって、減速燃料カット制御の禁止時または中止時に、車両の走行抵抗が確実に増大する。
本実施形態では、PCM50は、車両の走行抵抗を増大させる(onにする)ために、エンジン1のクランク軸3で駆動されるオルタネータ25を発電させる。
この構成によれば、エンジン1のクランク軸3にオルタネータ25を発電させるための負荷が作用することによって、減速燃料カット制御の禁止時または中止時に、車両の走行抵抗が確実に増大する。
なお、上記実施形態において、燃料のアルコール濃度を推定する代わりに、濃度取得手段として、燃料のアルコール濃度を直接検出するアルコールセンサを用いても構わない。
また、エンジン温度が比較的低いときは、機械抵抗が大きいため、時刻t2の燃料復帰時に、気筒2への吸気充填量を増大しても、ある程度のエンブレ感が得られる。したがって、そのようなときに車両の走行抵抗を増大するという無駄を防ぐために、PCM50は、エンジン温度が所定の閾値温度以上のときに(のみ)車両の走行抵抗を増大(on)させることが好ましい態様の1つである。
また、上記実施形態では、アルコールとして、エタノールを使用したが、これに限らず、例えば、メタノール、ブタノール、プロパノール等を使用してもよい。