JP5897162B2 - Psf1遺伝子発現抑制剤 - Google Patents

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Description

本発明は、抗がん剤、より詳細には、がん幹細胞の増殖抑制に効果的な抗癌剤及びその利用等に関する。
従来、がん組織は、性質が一様ながん細胞集団によって構成されると考えられていた。しかし、近年、がん細胞の中には、他のがん細胞と比較して、高い浸潤能、転移能、及び放射線療法や化学療法に対する抵抗性を示す細胞が存在することが判明してきた。このような特徴を有するがん細胞は、胚性幹細胞のような未分化細胞と同様の遺伝子を発現し、遺伝子発現が異なる分化したがん細胞を産生することから、がん幹細胞と呼ばれるようになってきた(非特許文献1及び2)。
がん幹細胞と他のがん細胞との大きな違いは、がん幹細胞は一つの細胞でもがん組織を形成することができるのに対して、がん細胞はがん組織を構築できないことである。よって、多くのがん細胞が治療によって死滅したとしても、がん幹細胞が残存すれば、再発の原因となる。また、がんの薬剤耐性に関して、継続的な治療の過程で、がん細胞は薬剤抵抗性を獲得すると考えられてきた。確かに、治療薬に対する反応として、そのような細胞が出現してくることも考えられる。しかし、近年、がんの原発巣において、予め治療抵抗性を有する細胞が存在することが明らかになり、これががん幹細胞であることが判明してきた(非特許文献3)。
以上のような知見の下、がん幹細胞を効果的に制御するがんの治療法の開発が期待されている。がん幹細胞は、「様々な細胞内生存シグナルを活発にしていること」、「未分化性を維持する機構を有すること」、及び「自己複製能を有すること」という特徴を有する。特に、後者の二つは幹細胞性と呼ばれる。そこで、がん幹細胞を治療可能ながん細胞に分化誘導し、従来の抗がん剤でがん細胞を殺傷する方法や、がん幹細胞の自己複製を抑制して、がんの成長を抑制する方法等が検討されている。
現在開発中のがん幹細胞をターゲットとした治療薬として、例えば、cMyc経路、Stat3経路、βカテニン経路など様々な細胞内シグナルを抑制する、いわゆるマルチキナーゼ阻害剤がある。また、がん幹細胞の未分化性にnotch受容体の活性化が関与しているという知見から、notch受容体活性を抑制して、がん幹細胞をがん細胞に分化させる方法も提案されている(特許文献1)。更に、近年、Sonic hedgehog (shh) が胎児期の器官形成の際に、細胞増殖、分化、生存に関わる細胞シグナル伝達物質であり、様々ながん細胞(例えば、慢性白血病、肺がん、乳がん、膵がん、肝がんモデル、髄様がん)におけるがん幹細胞の維持に寄与していることが示唆され、Shhを阻害する化合物を用いた前立腺がんに対する治療有効性が提案されている(非特許文献4)。しかし、これらの手法によるがん幹細胞への作用は未だ確認されていない。
がん幹細胞に特有な細胞生存に関わる細胞内シグナルは、今のところ見つかっていない。即ち、がん幹細胞で利用されている細胞生存シグナルは、がん幹細胞以外の正常細胞においても幹細胞の細胞生存に重要な分子である。よって、このような生存シグナルを遮断すれば、正常組織の幹細胞も死滅させることが考えられる。幹細胞の未分化性を維持する分子機序についても、がん幹細胞に特異的なものは見つかっていない。よって、がん幹細胞の未分化性維持分子の阻害は、正常組織の幹細胞の分化をも誘導してしまうために、正常の幹細胞の枯渇につながることが懸念される。
ところで、PSF1(partner of sld five 1)は、未分化幹細胞の急速な自己複製に機能していることが報告されており(非特許文献5及び6)、がん組織においてもその発現が報告されている(非特許文献7〜9)。近年、PSF1遺伝子をクローニングし、そのプロモーターの下流にEGFP蛍光蛋白をコードする遺伝子を機能的に連結させた肺癌細胞株(Lewis Lung Carcinoma; LLC)及び大腸がん細胞株(colon26)が作製された(非特許文献10)。そして、これらの細胞を用いた試験により、(1)PSF1の転写活性の高い高陽性細胞は、マウスに再移植すると、少数細胞でも造腫瘍能を有し、マトリックス成分を溶解して浸潤する能力が高く、強い転移活性を有すること、(2)マウス腫瘍組織のPSF1陽性がん幹細胞と、ヒト腫瘍組織のPSF1陽性がん細胞の局在が、腫瘍内血管の近傍に位置するという共通性があること、(3)ヒト細胞におけるPSF1遺伝子をRNAi法によってノックダウンすると、細胞周期が停止又は遅延すること、及び(4)PSF1転写活性が高い高陽性細胞は、低陽性細胞と比べ、胚性幹細胞に特有な遺伝子の発現が高いことが確認されている(非特許文献11)。更に、マウスへの抗がん剤の投与試験によって、PSF1高発現細胞が抗がん剤抵抗性を増強してくることが報告されている(非特許文献11)。
特表2012-501626
Ben-Porath I et al., Nat. Genet. 2008; 40: 499-507 Somervaille TC et al., Cell Stem Cell 2009; 4: 129-40 Visvader JE, Lindeman GJ, Nat Rev Cancer 2008; 8: 755-68 Nanta R et al., Oncogenesis 2, e42,2013 Ueno M et al., Mol Cell Biol 2005; 25: 10528-32 Ueno M et al., Blood 2009; 113: 555-62 Obama Kら, Oncol Rep 2005; 14: 701-6 Hayashi R et al, Genomics Proteomics Bioinformatics 2006; 4: 156-64; Ryu B et al., PLoS One 2007; 2: e594 Nagahama Y et al., Cancer Res 70, 1215-1224, 2010 Matsui T et al., Am J Pathol 182; 1790-1799, 2013
上記に加え、PSF1陽性細胞の遺伝子発現パターンは、がん幹細胞マーカーといわれているCD44強陽性細胞の遺伝子発現パターンと一致することを本発明者等は確認した。以上から、PSF1遺伝子の発現を抑制することにより、がん細胞の腫瘍形成能、浸潤能、及び転移能といった能力を抑え、がんを効果的に治療することが可能であることが分かる。これは、PSF1遺伝子は、がん細胞の中でもがん幹細胞において高い発現が見られることから、PSF1遺伝子を標的とすることにより、がん細胞の根源であるがん幹細胞の活動を封じ込めることができるためである。ところが、PSF1遺伝子の発現抑制を通じた抗癌剤は未だ報告されていない。そこで、本発明は、PSF1遺伝子の発現抑制活性を通じた、より効果的ながんの治療手段を提供することを一つの目的とする。
本発明者らは、PSF1遺伝子の発現抑制活性を有する物質の探索を行ったところ、特定の植物抽出物にその活性があること、及び、特定の植物抽出物は、PSF1遺伝子発現細胞の細胞死を即時に誘導することなくPSF1遺伝子の発現を抑制することを見出した。このような知見に基づき、本発明者等は更なる試験を重ね、特定の植物抽出物ががん幹細胞を含むがん細胞の細胞分裂周期を停止又は遅延させ、休眠させることにより、その腫瘍増殖を抑制することを確認し、本発明を完成するに至った。
代表的な本発明を以下に示す。
項1.
PSF1遺伝子発現抑制活性を有する、キュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物を含む、PSF1遺伝子発現抑制剤。
項2.
がんの予防又は治療剤である、項1に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤。
項3.
該抽出物が、アルコール抽出物である、項1又は2に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤。
項4.
該抽出物が、ウワバミソウの脂肪酸低級アルキルエステル溶媒抽出物又は塩化脂肪族低級炭化水素溶媒抽出物である、項1又は2に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤。
項5.
該抽出物が、ウワバミソウの地上部、プナーの果実、ヘリコニア・コリンシアナの葉の抽出物である、項1〜3のいずれかに記載のPSF1遺伝子発現抑制剤。
項6.
PSF1遺伝子発現抑制活性を有する、キュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物が濃縮された食品。
項7.
PSF1遺伝子発現抑制活性を有するキュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物のPSF1遺伝子発現抑制させるための使用(但し、ヒトに対する医療行為を除く)。
項8.
PSF1遺伝子発現抑制活性を有するキュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物を、PSF1遺伝子発現抑制が必要な対象に投与することを含む、癌の治療方法。
本発明により、PSF1遺伝子の発現を抑制し、がんを効果的に治療することが可能となる。これは、PSF1遺伝子活性を抑制することにより、通常のがん細胞だけでなく、がん幹細胞の活動を有意に抑制し(又はこれらの細胞を休眠させ)、がんの腫瘍形成能だけでなく、浸潤能及び転移能をも効果的に抑制することができる為である。従って、本発明により、がんの悪性化又は重篤化を予防することができる。また、PSF1遺伝子の発現抑制(特に、中程度の発現抑制)は、正常な細胞には顕著な影響を示さないため、本発明は、より安全な、患者にとって負担の少ないがんの治療手段となる。
各種抽出物をLLC細胞に添加して16時間培養した後の、細胞の形態を示す顕微鏡写真である。1はネガティブコントロール(DMSO)、2はキュウリグサ(Trigonotis peduncularis)抽出物を添加した場合、3はウワバミソウ(Elatostema involucratum)抽出物を添加した場合、4はプナー(Tetramerista glabra)抽出物を添加した場合、5はヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)抽出物を添加した場合、6はポジティブコントロール(Rhus taitensis抽出物を添加した場合)である。 PSF1プロモーター制御下にEGFP蛍光蛋白を発現するLLC細胞に各種抽出物を添加し、EGFPの発現強度及びPI染色強度をフローサイトメトリーで解析した結果を示す。1はネガティブコントロール(DMSOの添加)、2はキュウリグサ抽出物を添加した場合、3はウワバミソウ抽出物を添加した場合、4はプナー抽出物を添加した場合、5はヘリコニア・コリンシアナ抽出物を添加した場合、6はポジティブコントロール(Rhus taitensis抽出物の添加)である。各チャート内の%は、□で囲まれた範囲内の細胞の全細胞中における割合を示す。 各種抽出物をLLC細胞に添加し、細胞内のPSF1 mRNAの発現量をリアルタイムPCRで解析した結果を示す。1はネガティブコントロール(DMSOの添加)、2はキュウリグサ抽出物を添加した場合、3はウワバミソウ抽出物を添加した場合、4はプナー抽出物を添加した場合、5はヘリコニア・コリンシアナ抽出物を添加した場合である。縦軸は、コントロールを基準としたPSF1 RNAの相対発現量を示す。DMSO添加に比べ、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、ヘリコニア・コリンシアナから抽出したエキスを添加した細胞ではPSF1遺伝子の発現が減弱した。 各種抽出物を種々のヒトがん細胞[glioma (A172), breast cancer (MCF7), lung cancer (RERF-LC-KJ), gastric cancer (HGC-27), colon cancer (HT29), prostate cancer (PC3), cervical cancer (HELA), leukemia (MEG01)[()内は細胞株名を示す]]に添加し、細胞内のPSF1 mRNAの発現量をリアルタイムPCRで解析した結果を示す。1はネガティブコントロール(DMSOの添加)、2はキュウリグサ抽出物を添加した場合、3はウワバミソウ抽出物を添加した場合、4はプナー抽出物を添加した場合、5はヘリコニア・コリンシアナ抽出物を添加した場合である。縦軸は、コントロールを基準としたPSF1 RNAの相対発現量を示す。 マウス肺がん細胞株(KLN205細胞株)を用いたがん発生モデルにおいて、マウスに各種抽出物を投与した際に、肺に形成される腫瘍塊の数を計算した結果を示す。1はネガティブコントロール(DMSOの投与)、2はキュウリグサ抽出物を投与した場合、3はウワバミソウ抽出物を投与した場合、4はプナー抽出物を投与した場合、5はヘリコニア・コリンシアナ抽出物を投与した場合である。縦軸は、1肺表面に確認された腫瘍塊の数を示す。各バーの上に記載した数は、3回の実験の平均値を示す。
本書に開示される発明に関して、「キュウリグサ(Trigonotis peduncularis)」とは、ムラサキ科(Boraginaceae)キュウリグサ属(Trigonotis)に属する植物であり、日本各地からアジアの温帯及び暖帯に広く分布している草丈10cm〜20cmほどの小さな1年草である。和名は、葉をもむとキュウリのようなにおいがすることに由来する。別名タビラコともいい、若い茎や葉は食用として山菜料理に利用される。また、民間薬として、利尿などに効能があることが知られている。
本書に開示される発明に関して、「ウワバミソウ(Elatostema involucratum)」とは、イラクサ科(Urticaceae)ウワバミソウ属(Elatostema)の植物であり、学名シノニウムはElatostema japonicum、Elatostema umbellatumである。高さ50cm程度の雌雄異株の多年草で、日本各地の渓流沿い、山地の湿った斜面などに群生している。その若葉、若芽、及び茎は、ミズナ(水菜)、アカミズとして山菜で知られており、また、茎及び根茎は軽い切り傷、虫さされの処置に利用される。
本書に開示される発明に関して、「プナー(Tetramerista glabra)」とは、テトラメリスタ科(Tetrameristicaceae)テトラメリスタ属(Tetramerista)の植物である。学名シノニウムはTetramerista crassifolia、Tetramerista montanaである。英名はPunah、和名はプナー、プナ、ブナ、ブナノキ等である。樹高は30〜40mで、マレーシア、スマトラ、ボルネオなどに分布している。その果実は直径15mm程度の大きさである。
本書に開示される発明に関して、「ヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)」とは、オウムバナ科(Heliconiaceae)オウムバナ属(Heliconia)の植物である。大型の多年草で、園芸ではヘリコニアと呼ばれ観賞用に用いられている。また、インドネシアではその葉柄は下痢止めに用いられる。
上述する植物は、いずれかのみを抽出物の原料として使用しても良く、2種以上を適宜組み合わせて使用しても良い。
抽出に供される植物の部位は、特に限定されず、全草、地上部、葉、樹皮、茎、根、果実、種子、種皮、及び花等から適宜選択することができる。より高いPSF1遺伝子の発現阻害活性を有する抽出物を得るという観点から、キュウリグサの抽出物は、キュウリグサの全草の抽出物であることが好ましい。ウワバミソウの抽出物は、その地上部の抽出物であることが好ましい。プナーは、プナーの果実の抽出物であることが好ましい。ヘリコニア・コリンシアナは、ヘリコニア・コリンシアナの葉の抽出物であることが好ましい。
植物の抽出物は、公知の抽出方法を任意に選択し、組み合わせて実施することにより得ることができる。例えば、植物又はその一部をそのまま又は乾燥後、粉砕又は細切し、溶媒を用いてバッチ式又は連続式で抽出することができる。
抽出溶媒は、任意の溶媒を選択して使用することができる。例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等の低級アルコール溶媒;1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール溶媒;エチルエーテル、プロピルエーテル等のエーテル溶媒;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン溶媒;ジクロロメタン、クロロホルムのようなメタン誘導体、1,1,1−トリクロロエタンのようなエタン誘導体、あるいはテトラクロロエチレンのようなエチレン誘導体である塩化脂肪族炭化水素溶媒等を挙げることができる。これらの溶媒は、単独、混合、又は組み合わせて用いることができる。ウワバミソウの抽出物を得る為の好ましい溶媒としては、夾雑物含量を低減させ、有効成分濃度を高めるという観点から、低極性溶媒(例えば、酢酸エチル及びクロロホルム等)及びアルコール溶媒が上げられ、より好ましくはエステル溶媒、塩化脂肪族炭化水素溶媒、及び低級アルコール溶媒、更に好ましくは脂肪酸低級アルキルエステル溶媒、塩化脂肪族低級炭化水素溶媒、及びエタノール(特に、70〜100%(v/v)エタノール、好ましくは75〜100%(v/v)エタノール、より好ましくは80〜100%(v/v)エタノール)である。
抽出に使用する溶媒の量は適宜選択することができ、通常、原料に対し、好ましくは1〜100倍量の抽出溶媒を使用すればよい。抽出温度も適宜、目的に応じて決定すればよいが、水抽出の場合は通常、好ましくは4〜130℃、より好ましくは25〜100℃である。溶媒中にエタノールが含まれる場合は4〜70℃の範囲が好適である。非アルコール系有機溶媒を用いる場合は、4℃〜還流温度で抽出を行うことが好ましい。
抽出時間は、抽出効率を考慮して設定することができる。例えば、数分〜数日、好ましくは30分〜10時間の範囲となるように、原料、抽出溶媒、抽出温度を設定することができる。抽出操作は、例えば、攪拌しながら又は静置して行えばよく、必要に応じて数回繰り返してもよい。更に、必要に応じて、ろ過、遠心分離、濃縮、限外ろ過等の処理を組み合わせて、PSF1遺伝子発現阻害活性を有する抽出物を得ることができる。
抽出物は、そのままでも使用することができるが、濃縮、乾固した物を水、極性溶媒、又は非極性溶媒に再度溶解して使用することもできる。抽出物は、生理作用を損なわない範囲で、脱色、脱臭、脱塩等の精製処理や、液液分配やカラムクロマトグラフィー等による分画処理、更なる精製処理を行った後に用いることもできる。
抽出物のPSF1遺伝子発現の抑制活性は、任意の手法で測定することができるが、例えば、後述する実施例に示すように、PSF1遺伝子プロモーター制御下にEGFPを発現するように構築された株化細胞(例えば、LLC細胞)を用いて測定することができる。
当該抽出物は、PSF1遺伝子発現抑制活性を有するため、PSF1遺伝子発現抑制剤、或いは、がんの予防又は治療剤として利用することが出来る。PSF1遺伝子発現抑制剤は、上記植物抽出物自体(例えば、生薬)であっても、植物抽出物と他の成分とを組み合わせた製剤(例えば、漢方薬)であっても良い
PSF1遺伝子発現抑制剤をがんの予防又は治療剤として利用する場合、がんの種類は特に制限されず、任意に選択することができる。例えば、がんは、脳腫瘍(例えば、神経膠腫)、乳がん、呼吸器がん(例えば、肺がん)、消化器がん(例えば、大腸がん、胃がん)、泌尿器系腫瘍(例えば、前立腺がん)、女性性器腫瘍(例えば、子宮頸がん)、及び血液腫瘍(例えば、白血病)から成る群より選択される1種以上であり得る。一実施形態において、予防又は治療の対象として好ましいがんの種類は、肺がん、子宮頸がん、大腸がん、胃がん、及び神経膠腫である。
PSF1遺伝子発現抑制剤、或いは、がんの予防又は治療剤の形態は特に制限されず、例えば、液状、ペースト状、ゲル状、固体状、粉末状等の任意の形態とすることが出来る。使用目的に応じて、植物抽出物は薬学的に許容可能な各種の担体と配合し、所望により溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を加えて、錠剤、顆粒剤、散剤、粉末剤、カプセル剤等の固形剤、通常液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤とすることができる。
薬学的に許容可能な担体は、特に制限されないが、例えば、デンプン、乳糖、ショ糖、マンニトール、コーンスターチ、結晶セルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルエーテル、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストリン、ペクチン、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、水、エチルアルコール、エチレングリコール、グリセリン等を挙げることが出来る。これらの1種又は2種以上の組合せを適宜選択して使用することが出来る。
PSF1遺伝子発現抑制活性を有する抽出物を医薬とする場合の抽出物の配合量は、疾患の程度、患者年齢等によって相違し、実験的に定めることが好ましい。例えば、PSF1遺伝子発現抑制活性を有する抽出物を有効成分とする経口製剤の場合は、大人一人(60kg体重)当たり一日量として、5mg〜30g程度であり、20mgないし10g程度とすることが好ましく、1日1回ないし数回に分けて投与することができる。また、血管内投与の場合は、0.5mg〜3g程度、又は2mg〜1g程度とすることが好ましく、この場合も1日1回ないし数回に分けて注射により、または輸液とともに投与することができる。
PSF1遺伝子発現抑制活性を有する抽出物は、それを食品に配合することにより、当該抽出物が濃縮された食品とすることが出来る。食品中に濃縮した状態で配合される当該抽出物の量は、目的に応じて適宜設定することができ、例えば、抽出物の乾燥重量換算で、大人1日の摂取量が、0.1〜30gとなるように設定することが出来る。
以下、実施例により本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
製造例1:キュウリグサ、ウワバミソウの抽出物の調製
高知県(日本)で採集したキュウリグサの全草の乾燥物2グラムに80%エタノール20mlを加え、50℃で8時間時々振盪し、室温で一晩静置した。これを自然濾過し、濾液の一部10mlを50℃で窒素パージを用いて乾燥させ、次いで一晩凍結乾燥させて、キュウリグサの抽出物129mgを得た。同様の手順で、80%エタノール20mlを用い、高知県(日本)で採集したウワバミソウの地上部の乾燥物2グラムから得られた濾液の一部10mlを乾固させ、抽出物123mgを得た。
製造例2:プナー、ヘリコニア・コリンシアナの抽出物の調製
プナーの果実及びヘリコニア・コリンシアナの葉の乾燥物各100gにメタノール約1リットルを加え、室温で、時々振盪しながら4日間静置した。これを濾過し、濾液を40〜45℃にてロータリーエバポレートを用いて減圧濃縮した。得られた残渣を、真空ポンプを用いて一晩乾燥し、プナー、ヘリコニア・コリンシアナの抽出物をそれぞれ10.28g、9.18g得た。
試験例1:細胞形態に基づく細胞死誘導性の検討
PSF1遺伝子プロモーター制御下にEGFPを発現する肺がん細胞株 LLC (Cancer Res 70, 1215-1224, 2010)を、大阪大学から入手した。この細胞株を10%胎仔牛由来血清(FCS)、100 units/mlのペニシリン、100 μg/mlのストレプトマイシンを添加したDMEM中で、5% CO2、37℃の条件下で培養した。このようにして培養したLLCを10細胞ずつ6well培養皿に播種し、2mlの上記培養液中で24時間培養した。上記製造例1及び2で得た各抽出物を、最終濃度が100μg/mlとなるようにdimethyl sulfoxide (DMSO; ナカライ テスク社製)に溶解し、2μlをLLCを培養したウェルに添加した。ネガティブコントロールには、DMSOのみを2μl添加した。ポジティブコントロールには、製造例1と同様の方法でRhus taitensisの葉から得た抽出物を最終濃度が100μg/mlとなるように添加した。その後、前記培養条件で16時間培養し、細胞の形態を顕微鏡で観察した。結果を図1に示す。ネガティブコントロールの細胞像と同様に、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、及びヘリコニア・コリンシアナの抽出物を添加した細胞の形態は特に変化なく、細胞死が誘導されていないことが示された。一方、Rhus taitensisの抽出物を添加した細胞では、球状に変化し、培養液中に浮いていたため、細胞死の誘導が確認された。
試験例2:PSF1遺伝子発現抑制作用の検討
試験例1と同じ条件で培養したLLC細胞を5%FCSを含むリン酸緩衝液(PBS)で1回洗浄した後、500μlの5%FCSを含むPBSに分散させた。そこに、propidium iodide(PI:BD Bioscience社製)を2μl加えて穏やかに混和し、室温、暗所で15分間反応させた。その後、細胞をフローサイトメーター(FACS Calibur:Becton Dickinson社製)に供し、GFP蛍光強度(横軸)及びPI蛍光強度(縦軸)についてフローサイトメトリー法を用いて解析した(図2)。ネガティブコントロールの細胞ではほとんどがGFP陽性PI陰性である。これは、細胞が生存しており、PSF1の遺伝子が転写され続けていることを意味する。一方、ポジティブコントロールであるRhus taitensisの抽出物を添加した細胞では、PI強度が上昇し、細胞死が誘導されたことが確認された。これらと比較して、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、及びヘリコニア・コリンシアナの抽出物を添加した細胞では、PIの強度はさほど上昇せず、GFP強度は低下することが確認された。この結果から、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、及びヘリコニア・コリンシアナの抽出物によって、細胞死は誘導されないがPSF1遺伝子のプロモーター活性が抑制されることが判明した。
試験例3:リアルタイムPCRを用いたPSF1発現抑制作用の検討
定量リアルタイムPCR を用いて、LLC細胞,ヒトglioma細胞 (A172), breast cancer細胞 (MCF7), lung cancer細胞 (RERF-LC-KJ), gastric cancer細胞 (HGC-27), colon cancer細胞 (HT29), prostate cancer細胞 (PC3), cervical cancer細胞 (HELA),及びleukemia細胞 (MEG01)におけるPSF1遺伝子の発現に対する影響を検討した。これらの細胞を試験例1と同様の条件で培養し、各抽出物で処理したがん細胞から、kit (Qiagen社製)を用いて、トータルRNAを得た。尚、LLC細胞以外の細胞については、各抽出物を最終濃度が500μg/mlとなるように10μl添加し、その際のネガティブコントロールにおいてはDMSOのみを10μl添加した。次に、ExScript RT reagent Kit(タカラ社製)を用いて、回収した各全RNAからcDNAをそれぞれ合成し、得られたcDNAを用いて、PSF1の発現をリアルタイムPCR法によって解析した。比較対照として解糖系酵素であるGAPDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)のmRNAの発現量も測定した。リアルタイムPCRは、Stratagene Mx300P (Stratagene社製)を用いて実施した。マウスPSF1をPCRで合成する際のプライマーとして、以下の配列を用いた。
5´- CCGGTTGCTTCGGATTAGAG -3´(配列番号1)
5´- CTCCCAGCGACCTCATGTAA -3´(配列番号2)
マウスGAPDHをPCRで合成するためのプライマーとして以下の配列を用いた。
5´- AACTTTGGCATTGTGGAAGG -3´(配列番号3)
5´- GGATGCAGGGATGATGTTCT -3´(配列番号4)
ヒトPSF1をPCRで合成する際のプライマーとして、以下の配列を用いた。
5´- ACCTGTATGACCGCTTGCTTC -3´(配列番号5)
5´- TTCATCTCCTCCCAGTGAC-3´(配列番号6)
ヒトGAPDHをPCRで合成する際のプライマーとして、以下の配列を用いた。
5´- ACCCAGAAGACTGTGGATGG -3´(配列番号7)
5´- CCCTGTTGCTGTAGCCAAAT -3´(配列番号8)
測定結果を図3(マウス)及び図4(ヒト)に示す。図3及び4に示される結果から、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、及びヘリコニア・コリンシアナの各抽出物は、マウス及びヒトのがん細胞におけるPSF1の発現を抑制することが確認された。特に、ヒトがん細胞を用いた解析結果から、これら抽出物は、脳腫瘍、乳がん、呼吸器がん、消化器がん、泌尿器系腫瘍、女性性器腫瘍、そして血液腫瘍などへの効果が確認され、あらゆる種類のがん種に対してPSF1発現抑制効果を有することが判明した。この結果は、キュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、及びヘリコニア・コリンシアナの各抽出物は、がん細胞及びがん幹細胞においてPSF1の発現を抑制し、細胞周期を停止させることでがんの休眠化を誘導することを意味する。これまでの解析によれば、PSF1の遺伝子はがんの種類に関係なく発現が亢進していることからも、これらのエキスはあらゆるがんの治療に有効であると考えられる。また、がんの悪性化及び重篤化の予防にも有効であることが期待される。
試験例4:マウス肺がん発生モデルを用いたin vivo抗腫瘍活性評価
KLN205細胞(マウス扁平上皮肺癌細胞)は独立行政法人理化学研究所から入手した。この細胞を、10%FBS (Hyclon社)、Non-Essential Amino Acids (Lonza社)、ペニシリン(100units/ml ;Invitrogen社)、及びストレプトマイシン (100μg/ml; Invitrogen社)を含有するEagle MEM(日水製薬社)を用いて培養した。80%コンフレントまで培養後、Trypsin/EDTA (Invitrogen社)により回収し、PBSにて2.0x106細胞/mLに調製した。
7週齢のDBA/2雌性マウス(日本SLC社製)を清水実験材料株式会社より購入し、3日間予備飼育を行い馴化させた。マウスは、温度22±3℃、湿度55±15%、常時オールフレッシュ方式換気、照明12hr/day(午前6時より午後6時)に設定した飼育室にて、プラスチック製飼育ケージに3匹ずつ収容し飼育した。また、飼料はラボMRストック(日本農産工業)、水は水道水を自動給水装置で自由摂取させた。
ソムノペンチル(共立製薬株式会社)にて麻酔を施したマウスの尾静脈より、調製したKLN205細胞を100μL(2.0x105細胞)注射した。注射5日後からDMSO(コントロール)、又はPBSにて10mg/mLに調製したキュウリグサ、ウワバミソウ、プナー、若しくはヘリコニア・コリンシアナの各抽出物(製造例1及び2で調整したもの)を腹腔内へマウス1匹あたり200μL投与した。なおDMSOの終濃度は5%であった。各抽出物は1日おきに7回投与し、最終投与から2日後にソムノペンチルにて麻酔を施した後、肺を摘出しパラホルムアルデヒド(和光純薬株式会社)にて組織の固定をおこなった。肺がん発症の評価は、固定した肺を実体顕微鏡下で観察し、1肺表面に確認できる腫瘍塊の数を合計することで行った。
評価結果を図5に示す。図5に示される結果から明らかなように、コントロールと比べてすべての抽出物により肺に形成される腫瘍塊の数が減少することが判明した。この解析系は、一個のがん細胞が一つの腫瘍塊を形成する、がん幹細胞による腫瘍形成のモデルと考えられている(T. Kaneko et al., : KLN205 - a murine lung carcinoma cell line. In Vitro, 16 (1980), pp. 884-892)。よって、本試験結果から、PSF1の発現を抑制する抽出物は、がん幹細胞の旺盛な自己複製を抑制し、がんの発症を抑制すると考えられた。また、がんがすでに発症していたとしても、がん幹細胞の自己複製を抑制すればがん細胞の増殖を抑制できるため、がんの予防だけでなくがんの治療にもこれらの抽出物質を利用することができると考えられた。
試験例5:抽出条件の検討(ウワバミソウ)
下記の表1に示す各種の抽出溶媒10mlを用い、上記製造例1と同様の手順で、ウワバミソウの地上部1g(乾燥重量)から抽出物を調製した。但し、「還流」の記載があるものは、還流温度で1時間還流抽出を行った。各抽出物について、試験例1及び2と同様の試験を行い、細胞死誘導活性はなく、PSF1遺伝子発現抑制活性を有するものについて、活性ありと判断した。その結果を表1に示す。

Claims (7)

  1. PSF1遺伝子発現抑制活性を有する、キュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物を含む、PSF1遺伝子発現抑制剤。
  2. PSF1遺伝子発現抑制活性を有する、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)の地上部の抽出物、プナー(Tetramerista glabra)の果実の抽出物、又はヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)の葉の抽出物を含む、PSF1遺伝子発現抑制剤。
  3. がんの予防又は治療剤である、請求項1又は2に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤。
  4. キュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物をアルコール抽出することを含む、請求項1に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤の製造方法。
  5. ワバミソウ脂肪酸低級アルキルエステル溶媒又は塩化脂肪族低級炭化水素溶媒抽出することを含む、請求項1に記載のPSF1遺伝子発現抑制剤の製造方法
  6. PSF1遺伝子発現抑制活性を有する、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物が濃縮された食品。
  7. PSF1遺伝子発現抑制活性を有するキュウリグサ(Trigonotis peduncularis)、ウワバミソウ(Elatostema involucratum)、プナー(Tetramerista glabra)、及びヘリコニア・コリンシアナ(Heliconia collinsiana)から成る群より選択される1種以上の植物の抽出物のPSF1遺伝子発現抑制させるための使用(但し、ヒトに対する医療行為を除く)。
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