JP5863089B2 - 角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物 - Google Patents

角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物 Download PDF

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Description

本発明は、眼内疾病の医療分野で用いるゲルフィルムおよびそれを用いた角膜内皮細胞の定着方法に関するものである。
高分子ゲルは水溶性有機高分子の三次元架橋物が水または有機溶媒を含んで膨潤したソフトマテリアルであり、高吸水性、振動吸収性、圧力分散性、選択的吸着性、物質透過性、薬物放出制御性、光透過制御性、アクチュエータ特性、生体適合性など、多くの機能性を有する材料として、化学、分析、自動車、電池、建築・土木、農業、食品、医療・医薬、バイオエンジニアリング、スポーツなど幅広い分野で用いられてきている(例えば、非特許文献1)。この内、水を主成分として含む高分子ゲルは、環境に優しく、生体の構造に近い組成を有するため、最も広く検討されている。現在まで、高分子ゲルの力学物性および機能性を改良する目的で多くの研究がなされ、水溶性高分子と層状剥離クレイからなる有機・無機複合ゲルを始めとする幾つかの新たな高分子ゲル素材が提案されている(例えば、特許文献1〜4、非特許文献2)。これらの高分子ゲルの応用に関しては、水を主成分とすることから、安全で高機能な材料として医療分野での利用が期待されており、薬物徐放システムや創傷被覆材料としての応用がなされている。
医療分野の内、眼内治療では、特に角膜の疾病・損傷による欠損部位を治療することが広く行われている。その内、角膜内皮細胞の疾病・欠損による視野狭窄の治療は、多くは角膜移植により行われてきた。それに対する治療法としては、全面的な角膜全体の移植による方法、および角膜内皮細胞シートを移植する方法が知られている。これに対して、疾病した角膜内皮細胞が必ずしも角膜内皮全体ではなく部分的なものである場合、角膜移植または角膜内皮細胞シートの移植ではなく、疾病した角膜内皮細胞部分のみを修復し、視力を回復する治療法の確立が望まれている。この方法として、近年、天野博士により角膜から角膜内皮前駆細胞を分離し、培養したものを治療に用いる手法が提案された(非特許文献3)。この方法は少ないドナーから多くの患者を救える可能性があり注目されている。
しかしながらこの手法には、下記のような問題点があり、動物実験を含む臨床への適用は困難な状況である。(1)角膜内皮細胞は単層細胞からなるシート状に培養することはできず、細胞凝集体(Spheres of cells)として得られる。(2)この細胞凝集体を眼内に注入して疾病・欠損部に重力を用いて定着させるには、24時間から36時間の間、真下を向いておかなくてはならない。
一方、角膜内皮細胞は極めてダメージを受けやすく、フィルムなど他材料と接触しただけで容易に傷つき、死滅する場合が多いことも、角膜内皮細胞の治療の難しさであった。
特開2002−53629号公報 特開2002−307049号公報 再表2006−115255号公報 特開2006−213868号公報
「ゲルハンドブック」長田義仁、梶原莞爾編集(エヌティーエヌ)1997年 「高分子ゲルの最新動向」柴山充弘、梶原莞爾監修(シーエムシー出版)2004年 S. Amano, S. Yamagami, T. Mimura, S. Uchida, S. Yokoo, Corneal stromal and entothelial cell precursors. Cornea 2006, 25, S73-77. Kazutoshi Haraguchi, Huan-Jun Li, "Control of the Coil-to-Globule Transition and Ultrahigh Mechanical Properties of PNIPA in Nanocomposite Hydrogels", Angew. Chem. Int. Ed., 44, 6500-6504 (2005).
本発明が解決しようとする課題は、眼内の角膜内皮細胞の欠損部治療において、角膜移植をすることなく、角膜内皮細胞の疾病・欠損部を修復することを、安全且つ効果的に行うための材料およびそれを用いた角膜内皮細胞の定着方法を提供することにある。
本発明者らは、角膜内皮細胞欠損部の治療方法として、特定の成分組成、及び形状からなる透明性、柔軟性および角膜内皮細胞保持性および剥離性を有するゲルフィルムを、強膜角膜連結部に開けた小さい孔から丸めて眼内に挿入し、角膜内皮細胞の下に広げて設置する。ゲルフィルムと角膜内皮細胞との間にドナーからの取得した正常角膜内皮細胞(前駆細胞を含む)またはその培養したものを注入し、角膜内皮細胞を欠損部に定着させる。その後、ゲルフィルムを同じ孔を通って取りだすことで、角膜内皮細胞の欠損部への定着を安定して確実に行えることを見いだし、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、水溶性ラジカル重合性有機モノマーの重合体(A)と層状剥離した粘土鉱物(B)により形成された三次元網目構造と水(C)からなる有機・無機複合ゲルであって、(B)/(A)の質量比が0.1〜2.5、(C)/{(A)+(B)}の質量比が0.1〜10、光透過率が80%以上である角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物を提供するものである。
本発明における一定組成および特性を有する有機・無機複合ゲルフィルムは、それの持つ特性、具体的には、透明性、力学的タフネス、加工性、柔軟性、適正膨潤性、変形回復性、細胞保持または培養性、細胞剥離性、安全性を活かして角膜内皮細胞欠損治療用材料として効果的に用いられる。具体的には、(1)角膜内皮細胞がゲルフィルムの上で保持または培養可能であり、且つ、保持または培養された角膜内皮細胞がゲルフィルム上に強く接着することなく、リン酸バッファー溶液で洗い流せる。
(2)その強度、柔軟さ、及び変形回復性のため、フィルムを丸めて眼の中に挿入したり、取り出すことができる。
(3)必要な形状に切断加工されたゲルフィルムを、丸めて強膜角膜連結部に開けた小さい孔から眼内に挿入した後、角膜内皮と密着させるように設置させられる。
(4)角膜内皮とゲルフィルムの間に正常角膜内皮細胞(前駆細胞を含む)を導入し、治療を要する角膜内皮面に定着させられる。
(5)角膜内皮細胞を傷つけることなく、眼内から同じ孔を通ってゲルフィルムを取り出せる。以上の結果、角膜内皮細胞欠損の治療が安定して効果的に行える。治療時の模式図を図1に示す。
本発明における有機・無機複合ゲルフィルムを用いた角膜内皮細胞の定着法の模式図。有機・無機複合ゲルフィルム(例:D−NC25フィルム)を、治療を要する角膜内皮細胞欠損部の下に広げて設置し、前駆細胞を含む角膜内皮細胞を角膜とゲルフィルムの間に注入して、欠損部に角膜内皮細胞を定着させつつある状態((1)強膜角膜連結部、(2)結膜)。図1A:側面図、図1B上面からの投影図。 切り取られた有機無機複合ゲルフィルムの形状である。(1)角膜より小さい形状に切断・加工されていること、(2)少なくとも1個以上の穴が開けられていることが好ましい。 ウシの角膜内皮細胞(A)と、移植された前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞(B)が密着している状態を示す。ヘマトキシリン・エオシン染色後の光学顕微鏡写真。
本明細書では、上記の水溶性ラジカル重合性有機モノマーの重合体(A)を以下、水溶性有機モノマー重合体(A)と記載し、水溶性有機モノマー重合体(A)と水膨潤性粘土鉱物(B)とからなる三次元網目を有する高分子ゲルを有機・無機複合ゲルと記載する。
本発明において用いる有機・無機複合ゲルは、水溶性有機モノマー重合体と層状に剥離した水膨潤性粘土鉱物が分子レベルで複合化し、三次元網目を形成しているものであり、媒体として水(C)がふくまれる。また、少量の有機架橋剤により形成された化学架橋を併せ持つものが含まれる。
本発明における水溶性のラジカル重合性有機モノマーとしては、水に溶解する性質を有し、水に均一分散可能な水膨潤性粘土鉱物と相互作用を有するものが好ましく、例えば、粘土鉱物と水素結合、イオン結合、配位結合、共有結合等を形成できる官能基を有するものが好ましい。これらの官能基を有する水溶性のラジカル重合性有機モノマーとしては、具体的には、アミド基、アミノ基、エステル基、水酸基、テトラメチルアンモニウム基、シラノール基、エポキシ基などを有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーが挙げられ、なかでもアミド基やエステル基を有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーは特に好ましい。なお、本発明で言う水には、水単独以外に、水と混和する有機溶媒をとの混合溶媒で水を主成分とするものが含まれる。
アミド基を有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーの具体例としては、N−アルキルアクリルアミド、N,N−ジアルキルアクリルアミド、アクリルアミド等のアクリルアミド類、または、N−アルキルメタクリルアミド、N,N−ジアルキルメタクリルアミド、メタクリルアミド等のメタクリルアミド類が挙げられる。ここでアルキル基としては炭素数が1〜5のものが好ましく選択される。またエステル基を有する重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーの具体例としては、メトキシエチルアクリレート、エトキシエチルアクリレート、メトキシエチルメタクリレート、エトキシエチルメタクリレートなどがあげられる。
かかる水溶性有機モノマー重合体としては、例えば、ポリ(N−メチルアクリルアミド)、ポリ(N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−シクロプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(アクリロイルモルフォリン)、ポリ(メタクリルアミド)、ポリ(N−メチルメタクリルアミド)、ポリ(N−シクロプロピルメタクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルメタクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−エチルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−メチル−N−n−プロピルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)、ポリ(N−アクリロイルピロリディン)、ポリ(N−アクリロイルピペリディン)、ポリ(N−アクリロイルメチルホモピペラディン)、ポリ(N−アクリロイルメチルピペラディン)、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(2−メトキシエチルアクリレート)、ポリ(エトキシエチルアクリレート)、ポリ(メトキシエチルメタクリレート)、ポリ(エトキシエチルメタクリレート)が例示される。また水溶性有機モノマー重合体としては、以上のような単一の重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーからの重合体の他、これらから選ばれる複数の異なる重合性不飽和基含有水溶性有機モノマーを重合して得られる共重合体を用いることも有効である。また上記水溶性有機モノマーとそれ以外の有機溶媒可溶性重合性不飽和基含有有機モノマーとの共重合体も、本発明にいう一体化した高分子ゲルが達成出来るものであれば使用することができる。本発明においては、上記高分子の内、特に、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(2−メトキシエチルアクリレート)、またはこれらを含む共重合体が、本発明の治療法に必要な有機・無機複合ゲルの物性(透明性、力学的タフネス、加工性、柔軟性、適正膨潤性、変形回復性、細胞保持・培養性、細胞剥離性、安全性)を達成できる点から最も好ましく用いられる。なお、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は約32℃付近に相転移温度を有し、それから得られる有機・無機複合ゲルは相転移温度以上で、白濁し、収縮するが、粘土鉱物(B)の比率が高い場合(具体的には、0.5〜2.5、好ましくは0.65〜2.0、特に好ましくは、0.8〜1.5)では、相転移による白濁化や収縮が生じなく、より好ましく用いられる。
また、本発明においては、水溶性有機モノマー重合体(A)と水膨潤性粘土鉱物(B)とからなる三次元網目を有することが必須であるが、更に、少量の有機架橋剤を用いて形成される化学架橋を併せ持つものを必要に応じて使用することも可能である。特に、生理食塩水中での形状変化を小さくしたり、ゲル硬さを増したりするのに、化学架橋の併用は用いられる。但し、化学架橋の程度が大きいと得られる有機・無機複合ゲルの力学物性、特に延伸物性、曲げ物性、捻り物性などが極端に低下し、本発明の目的を達成できなくなる。併用可能な化学架橋の程度は、用いる有機架橋剤の量で規定され、水溶性のラジカル重合性有機モノマーに対して0.0001〜0.005モル比の有機架橋剤を用いること、より好ましくは、0.0001〜0.002モル比、特に好ましくは0.0001〜0.001モル比の有機架橋剤を用いることである。なお、有機架橋剤としては、通常使用されている2官能や3官能有機架橋剤が用いられ、代表例として、N,N’−メチレンビスアクリルアミドが上げられる。
本発明における有機・無機複合ゲルに用いる粘土鉱物(B)としては、水に膨潤性を有するものであり、好ましくは水によって層間が膨潤する性質を有するものが用いられる。より好ましくは少なくとも一部が水中で層状に剥離して分散できるものであり、更に好ましくは水中で1ないし10層以内の厚みで、特に好ましくは1ないし3層以内の厚みで、層状に剥離して均一分散できる層状粘土鉱物である。例えば、水膨潤性スメクタイト類や水膨潤性雲母などが用いられ、より具体的には、ナトリウムを層間イオンとして含む水膨潤性ヘクトライト、水膨潤性モンモリロナイト、水膨潤性サポナイト、水膨潤性合成雲母などが挙げられる。本発明においては、これらの水中で層状剥離性を有する粘土鉱物の内、特に水熱合成法などの方法により人工的に合成された合成ヘクトライトが、本発明の治療法に必要な有機・無機複合ゲルの物性(透明性、力学的タフネス、加工性、柔軟性、適正膨潤性、変形回復性、細胞保持・培養性、細胞剥離性、安全性)を達成できる点から最も好ましく用いられる。
本発明における水溶性有機モノマー重合体(A)に対する水膨潤性粘土鉱物(B)の質量比(B/A)は、0.1〜2.5であることが好ましく、より好ましくは、0.2〜2.2、特に好ましくは、0.5〜2.0である。本発明で用いる有機・無機複合ゲルフィルムは後述するフィルム物性を有することが必要であり、最適のB/A比率は用いる高分子の種類において変化する。
本発明における水溶性有機モノマー重合体(A)と水膨潤性粘土鉱物(B)の和に対する水(C)の質量比(C/{A+B})は、0.1〜10であることが好ましく、より好ましくは、0.3〜7、特に好ましくは、0.5〜5である。ただし、この範囲内で、最適のC/{A+B}比率は用いる高分子の種類において変化する。
本発明においては、有機・無機複合ゲルの厚みは20〜300μmが好ましく用いられ、より好ましくは、30〜250μm、特に好ましくは、50〜150μmである。また、いずれの厚みにおいても、有機・無機複合ゲルは透明性を有し、好ましくは600nmで測定した光透過率が80%以上、より好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上である。光透過率が高いことが、治療中の角膜状態を正確に検査出来るために必要である。
本発明における有機・無機複合ゲルは良好な力学物性を有し、はさみやカッターなどで任意の形状・大きさに切断でき、また孔あけができ、更に、糸による縫合ができることが必要である。これは、治療で用いる有機・無機複合ゲルの最適の大きさは患者の角膜とその周辺の病変の状態により変化することから、それにあわせて医療現場で簡単に切断加工できることが望まれることによる。また、用いた有機・無機複合ゲルを眼内で固定するために、クラックを発生したり、裂けることなく、孔あけをしたり、周辺組織と縫合できることが望まれる。このためには、用いる有機・無機複合ゲルは延伸試験において、10kPa以上の引っ張り弾性率、100kPa以上の引っ張り破断強度、100〜1500%の破断伸びを有していることが必要である。
また本発明においては、有機・無機複合ゲルが適度な強度・弾性率と共に、円筒状に巻き上げられる柔軟性、およびその後の変形回復性を有していることが治療をより低侵襲で行うために必要である。具体的には、前記厚みを有する有機・無機複合ゲルが好ましくは10mm以下、より好ましくは5mm以下、更に好ましくは3mm以下の直径の円筒状に変形可能であり、且つ、変形の力を除くと自発的にまたは小さい外部力により元の形に戻る回復性を有するものが特に好ましく用いられる。
本発明における有機・無機複合ゲルは、眼内において過度に房水を吸収して膨潤することなく、且つ、水分を適度に保持するものであることが好ましい。具体的には、ゲルの生理食塩水(37℃)中での36時間浸漬後の一辺または直径および厚みの形状変化が、元のゲル形状に対する比で、いずれも1.5〜0.7、より好ましく1.2〜0.9、特に好ましくは1.1〜0.9である。これ以上の形状変化は、眼内でゲルが他の組織へ接触したり、必要なゲル面積が減少するなど治療を阻害するおそれとなる場合がある。
本発明における有機・無機複合ゲルは、角膜内皮細胞欠損治療用に用いるため、上記で述べた透明性、力学的タフネス、加工性(切断、孔あけ、縫合)、柔軟性、変形回復性、適正膨潤性のほか、細胞保持または培養性、および、細胞剥離性、安全性を有することが必要である。具体的には、有機・無機複合ゲルの表面上で細胞は死ぬことはなく安定して保持され、好ましくは培養増殖することが可能であるが、一方、細胞が強靱に接着することもない。つまり、細胞は本発明で用いる有機・無機複合ゲルの存在化で保持される、または、増殖されるが、ゲル表面に強く密着することはなく、リン酸バッファーを用いてピペッティング等により容易に剥離される性能を有することが好ましい。安全性は、通常知られているV79等を用いた細胞毒性試験(厚生労働省医薬局審査管理課・医療機器審査No.36:ISO10993準拠)において問題のないことが必要である。
本発明における有機・無機複合ゲルは、これらを併せ持つことで角膜内皮細胞欠損部への正常角膜内皮細胞の定着用材料として効果的に用いられる。具体的には、(1)角膜内皮細胞(前駆細胞を含む)がゲルフィルムの上で安定して保持されるか培養可能であり、且つ、保持または培養された角膜内皮細胞がゲルフィルム上に強く接着することなく、リン酸バッファー溶液で洗い流せる特徴を有する。(2)その強度、柔軟さ、及び変形回復性のため、フィルムを丸めて眼の中に挿入すること、および、再び丸めてまたは切断して取り出すことができる。(3)必要な形状に切断加工可されたゲルフィルムを、強膜角膜連結部に開けた小さい孔から丸めて眼内に挿入した後、角膜内皮と密着させるように広げて設置できる。(4)ゲルフィルムを固定するために結膜と縫合できる。(5)角膜内皮とゲルフィルムの間に正常角膜内皮細胞を導入し、それらが治療を要する角膜内皮面に密着して保持される。(6)ゲルフィルムは角膜内皮面に密着した場合も角膜内皮細胞を傷つけることがない。(7)ゲルは透明性を有し、角膜内皮細胞の定着の進行が確認できる。(8)ゲルフィルムは角膜内皮細胞定着後に、再び丸めたり、小さく切断したりして、同じ孔から取り出せる。これらの特徴をもつことが必要である。本発明における有機・無機複合ゲルフィルムを用いた角膜内皮細胞の定着法の模式図を図1に示す。
本発明において、ゲルフィルムを丸めて眼内に挿入するために(且つ、治療後にゲルフィルムを取り出すために)強膜角膜連結部に開けられる孔の大きさは、直径10mm〜3mmが好ましく、より好ましくは7〜4mm、特に好ましくは5mmである。10mmより大きいと治療の低侵襲性が阻害され、3mm以下では治療におけるゲルフィルムの挿入、取り出しが難しくなってくる。
本発明における角膜内皮細胞定着法で用いる有機・無機複合ゲルは、図2に示すように、(1)角膜より小さい形状に切断・加工されていること、(2)少なくとも1個以上の穴が開けられていることが必要である。角膜と同等の大きさであったり、穴が開けられていない場合は、栄養補給が不十分となるなどで元の角膜内皮細胞がダメージを受ける可能性が高まる。
本発明において用いる有機・無機複合ゲルは、特許文献1〜4に記載の方法もしくはそれらを応用した方法(例えば、延伸したり、圧縮プレス成形したりする方法)で得られるが、本発明で必要なゲル物性を達成するために、更に、他の有機成分と共重合したり他の無機成分と複合化したりすることなどは有効に用いられる。
本発明における角膜内皮細胞定着法は、欠損を有する角膜内皮細胞の下にゲルフィルムを密着して設置し、角膜内皮細胞とフィルムの間に(前駆細胞を含む)角膜内皮細胞を注入して固定することにより、且つ、異物(他材料)との接触により容易にダメージを受けやすい角膜内皮細胞と密着することが可能で、且つ、移植される(前駆細胞を含む)角膜内皮細胞が欠損部に固定化されるに必要な期間、密着していても、角膜内皮細胞にダメージを与えることのない、且つ、透明で、丸めて挿入および取り出しが可能な足場材料(ゲルフィルム)を見いだしたことに基づく。
次いで本発明を実施例により、より具体的に説明するが、もとより本発明は、以下に示す実施例にのみ限定されるものではない。
(実施例1−3)
水膨潤性粘土鉱物には、[Mg5.34Li0.66Si820(OH)4]Na+ 0.66の組成を有する水膨潤性合成ヘクトライト(商標ラポナイトXLG)を、水溶性有機モノマーには、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAA:興人株式会社製)を用いた。DMAAは精製により重合禁止剤を取り除いてから使用した。
重合開始剤は、ペルオキソ二硫酸カリウム(KPS:関東化学株式会社製)をKPS/水=0.40/20(g/g)の割合で水溶液にして使用した。
20℃の恒温室において、純水38gを含む平底ガラス容器にDMAA3.96gとラポナイトXLG7.62gを加え、攪拌および混合脱泡により均一透明溶液を調製した。次いで、KPSを0.04g含む水溶液2gを添加し、均一に混合した。この溶液を100mm×100mm×0.5mmの密閉した容器に充填し、50℃の恒温水槽中で5時間静置して重合を行った。これらの溶液調製から重合までの操作は、全て酸素を遮断したアルゴン雰囲気下で行った。重合後に、容器内に有機モノマー重合体と層状剥離した粘土鉱物からなる無色透明で均一なPDMAAとクレイからなる有機/無機複合ゲルが生成した。純水中で20分間の膨潤および室温乾燥を3回繰り返して精製し、最終的に厚み500ミクロン、クレイ/有機ポリマー=1.92、水/(クレイ+有機ポリマー)=3.45の有機無機複合ゲルフィルムを得た。更に、得られた有機無機複合ゲルを、ステンレススペーサーを用いて、90℃、5MPaで3分間圧縮し、その後、純水中にて水分調節処理を行い、最終的に実施例1では厚み200ミクロンの有機無機複合ゲルフィルム(引っ張り弾性率=450kPa、引っ張り破断強度=1000kPa、破断伸び620%)を、実施例2では厚み100ミクロンの有機無機複合ゲルフィルム(引っ張り弾性率=610kPa、引っ張り破断強度=1040kPa、破断伸び550%)を、実施例3では厚み50ミクロンの有機無機複合ゲルフィルム(引っ張り弾性率=750kPa、引っ張り破断強度=980kPa、破断伸び470%)を得た。各有機無機複合ゲルフィルムの片側をPETフィルムで保持して滅菌袋の中に入れ、オートクレーブ中で121℃15分間加熱処理することで滅菌処理を行った。実施例1〜3で得られた有機無機複合ゲルフィルムはいずれも無色透明で、600nmで測定した光透過率が91%(実施例1)、92%(実施例2)、93%(実施例3)であった。また、これらの有機無機複合ゲルフィルムはいずれも柔軟で、且つ、はさみまたはカッターで容易に切断加工ができた。また、相互に縫うことも可能であった。具体的には、実施例1〜3のいずれも、図2に示す形状(直径10mm)に切断・加工された。得られた有機無機複合ゲルフィルムは、実施例1では5mm以下の径に、実施例2および実施例3では3mm以下に丸めることが出来、且つ、丸めた後、それ自身の弾性力で、またはわずかの外部力により容易に平たいフィルムに広げられた。これらのゲルフィルムの生理食塩水(37℃)中での36時間浸漬後の一辺または直径および厚みの形状変化は、元のゲル形状に対する比で、実施例1では1.18および1.29、実施例2では、1.07及び1.1、実施例3では1.04及び1.07であった。これらのゲルフィルムの安全性は、V79を用いた細胞毒性試験において問題のないことが確認された。
前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞(5×104)をこのフィルム上に播種し、7日間培養した所、実施例1では1.5×105に、実施例2では2.5×105に、実施例3では3.5×105に増殖した。また、生理食塩水(PBS)で軽くピペッティングすることにより、その全量がほぼ完全に剥離できた。
正常牛の眼球を取り出し、10mm直径の大きさで図2に示す形状に切断・加工された滅菌後の有機無機複合ゲルフィルムを丸めて、眼球の強膜角膜連結部に開けた実施例1では直径6mm、実施例2では直径5mm、実施例3では直径4mmの穴を通して挿入した。その後、攝子(せっし)で広げて、有機無機複合ゲルフィルムを角膜の下に密着して設置することができた(図2)。フィルムと角膜の間に前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞を挿入した後、フィルムの片端を糸で結膜と軽く縫合した。次いで、細隙灯で状態を観察し、フィルム挿入後も角膜が透明性を保持していることを確認した。その後、36時間保持した後、抜糸し、有機無機複合ゲルフィルムを強膜角膜連結部の開孔部を通して取り出した。取り出したゲルフィルム表面には細胞の付着がないことを顕微鏡観察により確認した。また、角膜を検体として取り出し、ヘマトキシリン・エオシン染色した後、光学顕微鏡で観察した結果、もとの角膜内皮細胞には異常がないことを確認した。{ HYPERLINK "http://www8.ipdl.inpit.go.jp/Tokujitu/tjitemdrwkt.ipdl?N0000=235&N0001=11&N0005=V1wVEnOTc27K08xyKqKM&N0500=4JPA%20424157445%20%20%20%20%20%20%20&N0510=dnmISNU1jGhyAn0nesm4&N0552=9&N0553=000005" \t "tjitemdrwkt" ,図3}にヘマトキシリン・エオシン染色後の角膜内皮細胞と、移植された前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞が密着している状態を示す。この結果、もとの角膜内皮細胞に何の異常がなく、且つ、移植した前駆細胞を含む角膜内皮細胞が、元の角膜内皮細胞に良好に密着することが確認された。
(実施例4、5)
実施例4では、水溶性有機モノマーとしてアクリロイルモルフォリン(ACMO:興人株式会社製)を5.65g用いること、ラポナイトXLGを3.96g用いること、N,N−メチレンビスアクリルアミド(有機架橋剤)をモノマーに対して0.0005モル比を一緒に添加して用いる以外は実施例2と同様にして厚み100ミクロンの有機無機複合ゲルフィルム(クレイ/有機ポリマー=0.70、水/(クレイ+有機ポリマー)=4.16)を調製した。また、実施例5では、水溶性有機モノマーとして、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPA:興人株式会社製)を4.52g、ラポナイトXLGを4.57g用いること、更に、触媒としてN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンを32μLを溶液に添加し、且つ、重合温度を20℃で20時間行うこと以外は実施例2と同様にして、厚さ100ミクロンの有機無機複合ゲルフィルム(クレイ/有機ポリマー=1.01)を調製した。得られた各有機無機複合ゲルフィルムは、実施例2と同様に滅菌処理ができ、いずれも透明(光透過率は93%(実施例4)、91%(実施例5))で、水/(クレイ+有機ポリマー)比が実施例4では4.40、実施例5では、2.91、且つ、いずれも優れた力学物性を有し、実施例4では、引っ張り弾性率=80kPa、引っ張り破断強度=900kPa、破断伸び750%、実施例5では引っ張り弾性率=150kPa、引っ張り破断強度=600kPa、破断伸び350%)であった。更に、いずれの有機・無機複合ゲルフィルムも柔軟で、直径3mm以内に丸め、また元に戻すことができた。これらのゲルフィルムの生理食塩水(37℃)中での36時間浸漬後の一辺または直径および厚みの形状変化は、元のゲル形状に対する比で、実施例4では1.05および1.09、実施例5では、1.08及び1.10であった。これらのゲルフィルムの安全性は、V79を用いた細胞毒性試験において問題のないことが確認された。前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞(5×104)をこのフィルム上に播種し、7日間培養した所、実施例4では1.1×105に、実施例5では4.0×105に増殖した。また、生理食塩水(PBS)で軽くピペッティングすることにより、その全量がほぼ完全に剥離できた。
(実施例6)
水溶性有機モノマーとして2−メトキシエチルアクリレート(MEA)(和光純薬工業株式会社製)を4.1g、及びN,N−ジメチルアクリルアミド(DMAA)(興人株式会社製)を0.4g用いること、ラポナイトXLGを0.61g用いることを除くと、実施例5と同様にしてヒドロゲルフィルムを調製した。得られたヒドロゲルフィルムを純水で3回洗浄した後、室温で24時間、次いで100℃で1時間、真空乾燥を行い、最後に、プレスにより薄いフィルム状に成型し、最後に、20℃、水中で48時間保持して、水分を固形分の90%含む、有機無機複合ゲルフィルム(クレイ/有機ポリマー=0.135、水/(クレイ+有機ポリマー)=0.9)を調製した。得られた有機無機複合ゲルフィルムは、実施例5と同様に滅菌処理ができ、透明(光透過率は94%)、且つ、柔軟で、直径3mm以内に丸め、また元に戻すことができた。力学物性は、引っ張り弾性率=15kPa、引っ張り破断強度=120kPa、破断伸び1000%であった。これらのゲルフィルムの生理食塩水(37℃)中での36時間浸漬後の一辺または直径および厚みの形状変化は、元のゲル形状に対する比で、0.99および0.98であった。これらのゲルフィルムの安全性は、V79を用いた細胞毒性試験において問題のないことが確認された。前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞(5×104)をこのフィルム上に播種し、7日間培養した所、1.9×105に増殖した。また、生理食塩水(PBS)で軽くピペッティングすることにより、その全量がほぼ完全に剥離できた。
(比較例1、2)
比較例1では厚み100ミクロンのPETフィルム、比較例2では厚み100ミクロンの透明PPフィルムを用いたが、前駆細胞を含むヒト角膜内皮細胞(5×104)をこのフィルム上に播種し、7日間培養した所、いずれの場合も細胞が死滅した。

Claims (6)

  1. 水溶性ラジカル重合性有機モノマーの重合体(A)と層状剥離した粘土鉱物(B)により形成された三次元網目構造と水(C)からなる有機・無機複合ゲルであって、(B)/(A)の質量比が0.1〜2.5、(C)/{(A)+(B)}の質量比が0.1〜10、光透過率が80%以上であり、ゲルフィルムの表面で、前駆細胞を含む角膜内皮細胞が保持または培養可能であり、且つ、保持または培養後の細胞がリン酸バッファーによる洗浄によりゲル表面から剥離可能である角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
  2. 前記三次元網目構造に加えて、水溶性のラジカル重合性有機モノマーに対して0.0001〜0.005モル比の有機架橋剤を用いて形成された化学架橋を併せ持つ請求項1記載の角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
  3. ゲルフィルムの生理食塩水(37℃)中での36時間浸漬後の直径および厚みの形状変化が、浸漬前のゲル形状に対する比で、いずれも1.5〜0.7である請求項1または2に記載の角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
  4. ゲルフィルムが対象となる角膜の60〜90%の大きさを有し、且つ、少なくとも1個以上の貫通穴を有する請求項1〜3のいずれか一つに記載の角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
  5. 前記水溶性のラジカル重合性有機モノマーの重合体(A)がポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(アクリロイルモルフォリン)又はこれらを含む共重合体であり、前記粘土鉱物(B)が水膨潤性合成ヘクトライトであり、且つ、(B)/(A)の質量比が0.65〜2.5に制限されていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つに記載の角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
  6. 前記水溶性のラジカル重合性有機モノマーの重合体(A)がポリ(2−メトキシエチルアクリレート)又はこれを含む共重合体であり、前記粘土鉱物(B)が水膨潤性合成ヘクトライトであり、且つ、(B)/(A)の質量比が0.1〜2.5に制限されていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つに記載の角膜内皮細胞欠損治療用ゲルフィルムを含む角膜内皮細胞欠損治療用組成物
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