JP5787313B2 - 線虫を用いた菌類寄生ウイルスを糸状菌に導入する方法 - Google Patents

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Description

本発明は、口針によって糸状菌類の菌糸に穿孔して細胞内容物を吸汁摂取する性質を有する線虫を用いることを特徴とする、糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関する。
植物病原糸状菌に感染する菌類寄生ウイルス(マイコウイルス、菌類ウイルスともいう。以下、本明細書において単にウイルスという場合、菌類寄生ウイルスを指す。)を利用して、その宿主となる病原菌の病原力を低減させることによって植物病害を防除する生物防除法の開発が試みられている。
その先駆的研究として、果樹類の重要な病害である紋羽病(白紋羽病および紫紋羽病)を防除するために菌類寄生ウイルスを利用する研究開発が進められている(非特許文献1 参照)。
しかし、菌類寄生ウイルスは、任意の植物病原糸状菌の菌株に導入できないという問題がこの生物防除法の開発を遅らせている。
その問題は、異なる菌体間における菌類寄生ウイルスの伝搬は、(1) 体細胞的に和合な菌体間での菌糸融合によってのみ認められ、体細胞的に不和合な菌体間では認められないこと、(2) そして菌類寄生ウイルスは外部から直接に菌糸細胞に感染しないこと、に起因する(非特許文献2 参照)。
菌類寄生ウイルスの人為的な導入方法としては、ベクターモノカリオンを用いた導入方法、すなわち、同じ菌種内の異なる菌株と菌糸融合を行う性質を有するベクターモノカリオン菌株を仲介することによって菌類寄生ウイルスを導入する方法(特許文献1 参照)、が挙げられる。しかし、当該方法は、担子菌類にのみ限定される手法であり、さらにウイルスを導入できる菌株には制限があり、任意の菌株にウイルスを導入することができない方法である。(非特許文献3,4 参照)。
また、プロトプラストを用いた導入方法(ウイルス発現ベクターを用いた形質転換によるウイルス発現、試験管内転写産物の導入、電子銃による純化ウイルス粒子の導入、異なる菌体由来のプロトプラスト融合による導入などを含む)(非特許文献5 参照)を挙げることもできる。しかし、当該導入方法は、プロトプラスト化と再生系が確立している種類や菌株にしか用いることができず、また、プロトプラスト化やプロトプラストからの菌糸再生が得られにくい菌種や菌株には適用が困難な方法である。
このように、従来の方法では、菌類寄生ウイルスを糸状菌類に人為的に導入する際に利用できる菌種や菌株に大幅な制限があり、任意の菌種や菌株に菌類寄生ウイルスを導入できる汎用性の高い方法の開発が望まれていた。
特開2002-065279号公報
Matsumoto, N. (1998) Japan Agricultural Research Quarterly (JARQ), 32: p31-35. Buck, K. W. (1998) Bridge, P., Couteaudier, Y. and Clarkson, J. (eds). p53-72. CAB International, Wallingford, Oxfordshire. Suzaki, K. et al. (2003) Mycoscience, 44: p139-147. Suzaki, K. et al. (2005) Journal of General Plant Pathology, 71: p161-168. 佐々木厚子(2009)果樹研究所研究報告, 8:p1-14.
本発明では、上記従来の課題を解決し、特定の菌種や菌株の種類に制限されることなく、‘任意の’糸状菌類の菌種や菌株に容易に適用が可能である(極めて汎用性が高い)、菌類寄生ウイルスの導入方法を開発することを目的とする。
まず、本発明者らは、自然界には様々なウイルスが病原菌に自然感染する現象が確認されており、ウイルスを媒介する生物の存在が示唆されていることに着目した。
特に、様々な菌食性動物の中から、摂食方法が吸汁性であり、かつ摂食を受けた菌糸細胞が死滅するまでに時間を要する菌食性線虫に着目した。
そして、「口針を有する菌食性線虫」が、菌糸を吸汁摂取する過程において、糸状菌類の菌糸間における菌類寄生ウイルスの感染を媒介することを見出した。
そして、本発明者らは、上記発見に基づいて鋭意研究を重ねた結果、微細な口針によって菌糸内容物を吸汁し摂取する菌食性線虫を用いること(具体的には、口針を有する線虫、任意の糸状菌類の菌株、及び前記菌株に導入したい寄生ウイルスに感染した糸状菌類の菌株、の三者を同時に共存させること)によって、‘任意の’糸状菌類の菌株に菌類寄生ウイルスを導入できる方法を見出した。
なお、当該方法は、菌食性線虫が口針を用いて菌糸を吸汁摂食する過程でウイルスの導入を図ることができるため、菌体間での不和合性等を考慮する必要が無く、極めて汎用性の高い方法である。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
即ち、〔請求項1〕に係る本発明は、糸状菌類に対して当該糸状菌類に寄生可能なウイルスを導入するにあたり、;口針によって糸状菌類の菌糸に穿孔して細胞内容物を吸汁摂取する性質を有する線虫を用いることを特徴とする、;糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
また、〔請求項2〕に係る本発明は、前記線虫を、下記(a)及び(b)の糸状菌類との共存在下で生育させることによって、;下記(a)の糸状菌類に感染している導入対象の菌類寄生ウイルスを、当該線虫の口針を介して下記(b)の糸状菌類に感染させることを特徴とする、;請求項1に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
(a):導入対象の菌類寄生ウイルスが感染している糸状菌類。
(b):導入対象の菌類寄生ウイルスが感染していない糸状菌類。
また、〔請求項3〕に係る本発明は、前記線虫および前記(a)の糸状菌類を、前記(b)の糸状菌類が生育する培地, 土壌, 又は植物体の根の上, に放すことによって、;前記(a)の糸状菌類に感染している導入対象の菌類寄生ウイルスを、当該線虫の口針を介して前記(b)の糸状菌類に感染させることを特徴とする、;請求項2に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
また、〔請求項4〕に係る本発明は、前記(a)の糸状菌類と前記(b)の糸状菌類とが、;異なる菌種間の関係にある、又は、同一菌種であるが体細胞不和合性の関係にあるものである、;請求項2又は3に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
また、〔請求項5〕に係る本発明は、前記線虫が、Aphelenchoides属、Anomyctus属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Deladenus属、Ditylenchus属、Dorylium属、Filenchus属、Iotonchium属、Leptonchus属、Paraphelenchus属、Paurodontus属、Pseudohalenchus属、およびTylencholaimus属のいずれか1以上に属する線虫である、請求項1〜4のいずれかに記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
また、〔請求項6〕に係る本発明は、前記糸状菌類が植物病原菌であり、前記寄生ウイルスが前記植物病原菌によって引き起こされる植物に対する病原力を低減させるウイルスである、請求項1〜5のいずれかに記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
また、〔請求項7〕に係る本発明は、前記植物病原菌が、白紋羽病菌もしくは紫紋羽病菌である、請求項6に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
本発明は、特定の菌種や菌株の種類に制限されることなく、‘任意の’糸状菌類の菌種や菌株に対して容易に適用な可能な、菌類寄生ウイルスを人為的に導入する方法を提供する。
なお、本発明は、菌食性線虫が口針を用いて菌糸を吸汁摂食する過程でウイルスの導入を図る方法であるため、菌体間での体細胞不和合性やプロトプラスト化の確立等を考慮する必要が無く、極めて汎用性の高い方法である。
これにより本発明は、現行の方法が適さなかった糸状菌類の菌種または菌株への菌類寄生ウイルスの導入において高い効果を発揮すると期待される。
さらに、本発明は、野外に生息する野生の糸状菌類の菌種に対して、培養を介することなく、直接ウイルス導入を行うことも可能となる。従って、本発明は、人工培養系が確立していない菌種や菌株に対しても菌類寄生ウイルスの導入を行うことが可能となる。
また、本発明によって、植物病原糸状菌に対して、高い病原力低減効果を示す菌類寄生ウイルスを効率良く選抜することが可能となる。それによって、ウイルスが感染して病原力の低減した植物病原菌を容易に獲得することが可能となる。
特には、果樹の重要疾病である紋羽病の病原である紋羽病菌に対して病原力低減をもたらす菌類寄生ウイルスの導入をした紋羽病菌を得ることが可能となる。
そして本発明では、このようにして得られた植物病原菌を用いることによって、糸状菌類が引き起こす植物疾病に対する生物防除が可能となる。
特に、「紋羽病」の生物防除法の開発に大きな成果が期待される。
さらに本発明は、菌類寄生ウイルスを、任意の遺伝子やコンストラクトをカスタムメイドしたウイルスベクターとして用いることで、任意の植物病原糸状菌、キノコ、カビに対して、遺伝子導入する技術として応用することも期待できる。
本発明の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法の一態様を示す図である。 実施例4で観察された、土壌中における線虫の菌糸摂食行動を撮影した写真像を示す。 実施例5の1回目の試験において、RT31-2株(ウイルス受容株)への菌類寄生ウイルス導入の有無(RnMBV1ゲノムRNAの存在)を、電気泳動にて検出した結果である。 レーンMはλファージDNA HindIII断片サイズマーカー、;レーンPはW779株からのRnMBV1のゲノムRNA、;レーン1,2はRT31-2株に導入されたRnMBV1ゲノムRNAを示す。 実施例5の2回目の試験において、RT31-2株(ウイルス受容株)への菌類寄生ウイルス導入の有無(RnMBV1ゲノムRNAの存在)を、電気泳動にて検出した結果である。 レーンMはλファージDNA HindIII断片サイズマーカー、;レーンPはW779株からのRnMBV1のゲノムRNA、;レーン1はRT31-2株に導入されたRnMBV1ゲノムRNAを示す。 実施例6において、RT31-2株(ウイルス受容株)への菌類寄生ウイルス導入の有無(RnPV1ゲノムRNAの存在)を、電気泳動にて検出した結果である。 レーンMはλファージDNA HindIII断片サイズマーカー、;レーンPはW97(RnPV1)株からのRnPV1のゲノムRNA、;レーン1はRT31-2株に導入されたRnPV1ゲノムRNAを示す。 実施例7において、RT31-2株(ウイルス受容株)への菌類寄生ウイルス導入の有無(RnPV1ゲノムRNAの存在)を、電気泳動にて検出した結果である。 レーンMはλファージDNA HindIII断片サイズマーカー、;レーンPはW97(RnPV1)株からのRnPV1のゲノムRNA、;レーン1はRT31-2株に導入されたRnPV1ゲノムRNAを示す。 実施例8において、灰色かび病菌(BC3(RnMBV1)株)と白紋羽病菌(RT31-2株)の菌糸どうしが接近した状態を撮影した写真像図を示す。 実施例8における、灰色かび病菌(BC3(RnMBV1)株)から白紋羽病菌(RT31-2株)への菌類寄生ウイルス導入方法を示す図である。 実施例8において、RT31-2株(ウイルス受容株)への菌類寄生ウイルス導入の有無(RnMBV1ゲノムRNAの存在)を、電気泳動にて検出した結果である。 レーンMはλファージDNA HindIII断片サイズマーカー、;レーンNはBotrytis cinerea BC3株由来の寄生ウイルスゲノムRNA、:レーンP1はW779株からのRnMBV1のゲノムRNA、レーンP2はBC3(RnMBV1)株からのRnMBV1のゲノムRNA、;レーン1,2はRT31-2株に導入されたRnMBV1ゲノムRNA、;レーンCは対照試験の結果を示す。
本発明は、口針によって糸状菌類の菌糸に穿孔して細胞内容物を吸汁摂取する性質を有する線虫を用いることを特徴とする、糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法に関するものである。
〔線虫について〕
「線虫」とは、線形動物門(Nematoda)に属する動物の総称であるが、本発明において用いる線虫としては、口針を有し、且つ、当該口針によって糸状菌類の菌糸に穿孔して細胞内容物を吸汁摂取する性質を有する線虫であれば、如何なる種類の線虫も用いることができる。
好ましくは、幅広い様々な種類の菌種を吸汁摂取可能な種類を用いることが望ましい。なお、菌食性を有するものであれば植物細胞等も吸汁摂取する性質を有するものでもよいが、菌食の嗜好性が高い種類を用いることが望ましい。
本発明は、当該性質を有する線虫が菌糸の細胞内容物を吸汁摂取(菌糸摂食)する過程での菌糸間での菌類寄生ウイルス感染(導入)を媒介する性質を利用するものである。
ここで、このような性質を有する線虫としては、Aphelenchoides属、Anomyctus属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Deladenus属、Ditylenchus属、Dorylium属、Filenchus属、Iotonchium属、Leptonchus属、Paraphelenchus属、Paurodontus属、Pseudohalenchus属、Tylencholaimus属に属する線虫を挙げることができる。
特には、Aphelenchoides属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Ditylenchus属、Filenchus属、Tylencholaimus属に属する線虫を挙げることができる。
また、本発明では、これらの線虫種を複数同時に用いることも可能である。
なお、糸状菌類の種類や菌種によっては、ある種の線虫の生育を阻害したり、負の走化性を有する産生物質(二次代謝物)を生産する場合がある。その場合、対象となる糸状菌類に適した線虫の種類を用いることが望ましい。
また、当該線虫は、糸状菌類との共培養によって行うものである場合、好ましくは、無菌化された分離株(アイソレイト)あるいは系統(ストレイン)を用いることが望ましい。
〔糸状菌類について〕
ここで「糸状菌類」とは、‘子嚢菌類’および‘担子菌類’に属する真核性の菌類を指し、生活環において管状の栄養体(菌糸)を形成する種類や菌種を指すものであり、具体的には、カビやキノコの仲間を指すものである。
本発明では、前記線虫の吸汁摂取対象となり、且つ、寄生可能な菌類寄生ウイルスが存在するものであれば、如何なる(任意の)菌種や菌株の糸状菌類に対しても、適用が可能な技術である。
例えば、子嚢菌類ではBotrytis cinerea、Fusarium oxsporum、Rosellinia necatrixなど、;担子菌類では、Armillaria mellea、Flammulina velutipes、Helicobasidium mompa、Pleurotus ostreatus、Rhizoctonia solaniなど、;を挙げることができる。
なお、本発明の方法は、具体的には、当該糸状菌類と線虫を共存在下で生育させることによって行うものである。なお、培養によって行う場合、好ましくは、無菌化された菌株を用いることが望ましい。
〔菌類寄生ウイルスについて〕
本発明において導入対象である「菌類寄生ウイルス」(マイコウイルス、菌類ウイルス)は、目的の糸状菌類(ウイルス受容菌)に寄生可能なものであればよい。
また、目的の糸状菌類(ウイルス受容菌)では従来見つかっていないウイルスであっても、当該糸状菌類に寄生可能なものであれば、本発明の方法によって人為的に導入させることが可能である。
また、当該菌類寄生ウイルスは、任意の遺伝子を導入可能としたウイルスベクターにカスタムメイドされたものを用いることも可能である。
〔ウイルス導入方法について〕
本発明における糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入は、‘前記線虫’と、‘導入対象の菌類寄生ウイルスが感染していない糸状菌類(ウイルス受容菌)’と、‘導入対象の菌類寄生ウイルスが感染している糸状菌類(ウイルス供与菌)’とを、三者が存在する環境下で生育させることによって行うことができる。
ここで、‘ウイルス供与菌’とは、導入対象である菌類寄生ウイルスを保持している糸状菌類(目的ウイルス感染菌)を指す。
また、‘ウイルス受容菌’とは、当該菌類寄生ウイルスを導入したい目的の糸状菌類を指す。なお、ウイルス受容菌としては、ウイルスフリー菌のみでなく、当該導入したいウイルス以外のウイルスに感染しているものも用いることができる。
本発明の方法は、線虫の口針による物理的なウイルス導入であるため、ウイルス受容菌とウイルス供与菌とは、両者の菌糸融合がおこらない関係のものどうしであっても、問題なく適用することができる。
例えば、異なる菌種間の関係、同一菌種であるが体細胞性不和合の関係のものどうしであっても、好適に用いることができる。
なお、もちろん、体細胞性和合の関係(同一菌株間の関係、一部の同一菌種間の関係)にあるものどうしにも用いることもできる。
また、ここで口針を介して導入されるのは、ウイルスのゲノムRNA(VC因子)ではなく、ウイルス粒子そのものである。
本発明におけるウイルス導入は、具体的には、以下の方法によって行うことができる。
(i) 共培養による方法
まず、ウイルス導入を行う1つ目の方法として、人工的に前記‘線虫’と、‘ウイルス受容菌’と、‘ウイルス供与菌’と、の三者が生育可能な培地を調製し、これらが生育可能な条件で共培養を行う方法を挙げることができる。
当該共培養を行うことによって、前記線虫は菌糸の吸汁摂取行動を行うため、ウイルス供与菌に保持されていた導入対象の菌類寄生ウイルスは、当該線虫の口針を介して、前記糸状菌類(ウイルス受容菌)に感染(導入)させることが可能となる。
なお、共培養の条件としては、ウイルス受容菌、ウイルス供与菌、線虫とが、共に培養可能な培地と条件で行うことができる。好ましくは、これらの糸状菌類が培養可能であり線虫が活発に吸汁摂取を行う条件(15〜25℃、好気的条件、寒天培地などの固形培地上)で行うことが望ましい。
菌類の生育、共培養する線虫の個体数・移動能力・生長速度に合わせ、3日〜3ヶ月以内で行うことができるが、好ましくは5〜30日(白紋羽病菌とAphelenchoides属線虫の組み合わせでは約10〜20日)の共培養によって、ウイルス受容菌(目的の糸状菌類)に、ウイルスが導入された菌株を得ることが可能となる。
なお、ウイルス供与菌とウイルス受容菌との組合せによっては、(a)お互いの菌糸が混ざりあったコロニー(菌叢)を形成する場合、(b)お互いの菌糸が接近した際に、菌糸の成長阻害や死滅などが起こり、対峙面を挟んで両者の菌糸が交じり合わないでそれぞれのコロニーを形成する場合(対峙培養)、(c)片方の菌のみが死滅していく場合、がある。
本発明では、これらのいずれの場合でも、両者の菌が線虫の移動可能な範囲で生育している時期があれば、ウイルス導入を行うことが可能である。
前記共培養を行った後は、ウイルス受容菌のみを容易に選択するために、ウイルス供与菌が生育せずに、ウイルス受容菌のみが生育できるような条件で培養を行うことが望ましい。
なお、本発明では、ウイルス受容菌としては任意の菌に対して行うことが可能な実施態様であることが、様々な用途への応用の点で重要である。
(a) そこで、ウイルス供与菌側に生育困難性(例えば栄養要求性)の性質を持たせておき、当該ウイルス供与菌の生育が困難な培地(例えば栄養が欠失した培地)に植継いで、ウイルス受容菌を選択する方法などを挙げることができる。
(b) また、ウイルス受容菌側に予め選抜遺伝子(抗生物質耐性遺伝子、マーカー遺伝子等)を組み込んでおく態様で行うことも可能である。
これにより、共培養後にウイルス受容菌部分を選択培地に植継いで、ウイルス導入がされた受容菌のみを選択培養する方法が可能となる。また、発光や発色等が確認された菌糸のみを選択移植することも可能となる。
上記のようにして選択したウイルス受容菌は、当該移植部分付近の菌糸の継代培養を2回以上(好ましくは3〜5回)繰り返すことで、ウイルス受容菌どうしの菌糸融合(体細胞和合)により、植継いだ菌糸全体に当該ウイルスの感染を促すことができる。
なお、前記(b)の方法で選抜遺伝子を組み込んだウイルス受容菌は、そのままでは野外に持ち出すことができない。
そこで、当該ウイルス受容菌(選抜遺伝子、ウイルス導入済み)を、選抜遺伝子を組み込む前の元の菌株と一緒に培養し、菌糸融合させることによって、ウイルスを感染させた元の菌株を野外散布等に用いることができる。
(ii) 放虫・放菌する方法
また、本発明におけるウイルス導入を行う2つ目の方法として、‘ウイルス受容菌’(ウイルスを導入したい目的の糸状菌類)が生育する培地、土壌、あるいは植物体(具体的にはの根の表面)に対して、前記‘線虫’および‘ウイルス供与菌’(導入対象である菌類寄生ウイルスを保持している糸状菌類)を、放す(放虫・放菌、散布、又は接種する)ことによって、「線虫の移動可能な範囲内に、三者が共存して生育する状態」を創出する方法を挙げることができる。
なお、当該方法では、線虫の口針を介したウイルス感染を、野外にて直接行わせることが可能となるため、人工培養系の確立していない菌種や菌株においても、菌類寄生ウイルスを導入することが可能となる。
〔本発明の用途〕
上記のような本発明の方法によって、特定の菌種や菌株の種類に制限されることなく、‘任意の’糸状菌類の菌種や菌株に対して容易に菌類寄生ウイルスを導入することが可能となる。また、自然界では感染しえない組合せの菌類寄生ウイルスを導入した菌株、人為的な改変を伴ったウイルスを導入した菌株、などの作出も可能となり、病原力の低減がより顕著な菌株の作出も可能となる。
例えば、植物病原力を極めて顕著に低減させた植物病原菌、子実体の形,色,風味,食感を変化させたキノコ類、などの糸状菌類の菌株や系統を、新規に作出することも可能となる。
・植物防除法への応用
なお、特に本発明は、植物病原菌に対して、当該病原力を低減(弱毒化)させる菌類寄生ウイルスを導入させて、病原力が低減された植物病原菌を作出することに、有用性を発揮する技術である。
本発明の方法によって人為的に作出した病原力低減菌(弱毒菌)は、当該病原力低減菌の野生型植物病原菌(強毒菌)が引き起こす疾病に対して、ウイルス感染を利用した生物防除を行うことができる。
具体的には、上記(i)の方法によって作出した病原力低減菌(弱毒菌)を果樹園や畑の土壌に散布して、野生型の病原菌(強毒菌)と接触(菌糸融合)させることによって、体細胞性和合の野生型菌にウイルス伝搬(感染)がおこり、野生型を弱毒化させることが可能となる。
また、上記(ii)の方法のように線虫とウイルス供与菌を土壌中に直接放した(放虫・放菌した)場合、野外にて直接、ウイルス受容菌である野生型の病原菌(強毒菌)を、病原力低減菌(弱毒菌)にする(作出する)ことが可能となる。当該弱毒化した菌により、さらに体細胞性和合の野生型菌にウイルス伝搬(感染)がおこり、他の野生型菌を弱毒化させることが可能となる。
ここで、本発明で作出した病原力低減菌(弱毒菌)を用いて生物防除が可能な植物疾病としては、前記糸状菌類に属する植物病原菌が原因となるものであれば、如何なるものであっても応用が可能である。
例えば、紋羽病(紫紋羽病、白紋羽病)、青かび病、枝枯病、葉枯病、すす病、葉腐病、根腐病、萎凋病、立枯病、紋枯病、いもち病、灰色かび病、ならたけ病、材質腐朽病、などを挙げることができる。
なお、原因病原菌の人工培養系が確立していない疾病(例えば、さび病、うどんこ病など)については、現時点では本発明の応用は困難であるが、将来、これらの原因病原菌の人工培養系が確立した際には、応用が可能となることが期待される。
・紋羽病の植物防除への応用
本発明では、特に、果樹、農作物、園芸植物全般に対して大きな被害を与える紋羽病への応用を挙げることができる。
紋羽病は、原因菌である紋羽病菌によって引き起こされる植物疾病の総称であり、原因菌として、白紋羽病菌(子嚢菌類)と紫紋羽病菌(担子菌類)が挙げられる。これらは疾病の外観は類似するが、分類的には全く異なる糸状菌類である。
‘白紋羽病菌’としては、Rosellinia属に属する100種類以上の種のうち、R.necatrix、R.compacta、を挙げることができる。
‘紫紋羽病菌’としては、Helicobasidium属に属する数種を挙げることができ、H.mompa、H.brebissonii、H.longisporum、などを挙げることができる。
本発明の方法によって、白紋羽病菌の病原力を低減させる菌類寄生ウイルスとしては、Rosellinia necatrix megabirnavirus 1(RnMBV1)、Rosellinia necatrix mycoreovirus 3(RnMYRV3)、などを挙げることができる。
また、紫紋羽病菌の病原力を低減させる菌類寄生ウイルスとしては、Helicobasidium mompa endornavirus 1(HmEV1)、Helicobasidium mompa partitivirus 1(HmPV1)、Helicobasidium mompa totivirus 1(HmTV1)などを挙げることができる。
なお、本発明の方法では、前記のように、任意の紋羽病菌に対して自然界では感染しえない他の糸状菌の寄生ウイルスの導入を行うことも可能となる。
本発明の方法で作出した病原力が低減した紋羽病菌によって、生物防除が可能となる植物としては、果樹、農作物、園芸植物全般を挙げることができる。
特には、白紋羽病の場合では、リンゴ、ナシ、ブドウ、ビワ、イチジク、キウイフルーウ、モモ、ウメ、オウトウ、アンズ、スモモ、カキ、カンキツ、クリ、クワ、チャ、サクラ、カシ、ナラ、ポプラ、カエデ、ツバキ、ツツジ、バラ、キク、オモト、シャクヤク、など、;紫紋羽病の場合では、リンゴ、クワ、ウルシ、チャ、サクラ、ナラ、カエデ、ツバキ、ツツジ、ヒサカキ、ユリノキ、サツマイモ、アスパラガス、ニンジン、アルファルファ、など、;に対して、有効に用いることができる。
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
〔実施例1〕 『糸状菌(Rhizoctonia solani)の菌糸に対する摂食試験』
本実施例では、Aphelenchoides属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Ditylenchus属、Filenchus属、Tylencholaimus属の線虫について、糸状菌類(担子菌類)の菌糸内容物の摂食(吸汁摂取)試験を行った。なお、これらの線虫は、いずれも微細な口針を有する線虫である。
(1)試験方法
・線虫の分離および調製
表1に示す採集地における分離源から、Aphelenchoides属に属する線虫(A.sp.1を3株, A.sp.2を3株, A.sp.3を2株)、Aphelenchus avenae、Bursaphelenchus xylophilus、Filenchus misellus、Filenchus discrepans、Ditylenchus属に属する線虫(D.sp.1, D.sp.2, D.sp.3)、Tylencholaimus parvusを分離し、各種線虫の分離株(分離株No.1〜16)を得た。なお、分離方法は、ベールマン法、すなわち分離源試料を包んだティッシュペーパー等を漏斗に張った水に浸し、線虫を漏斗の底に沈殿させる方法を用いて行った。
分離後の各分離株は、糸状菌Botrytis cinerea (BC3株)を餌としPDA平板培地上で培養した(線虫密度は500±100/cm2)。
・摂食試験
PDA平板培地を作製し、Rhizoctonia solani(紋枯病、葉腐病、立枯病、クモの巣病などの原因菌)を接種して、1週間生育させた。
そして、それぞれのコロニーの中央に、前記調製した各種線虫の分離株を培地ごと接種した。そして、翌日より顕微鏡下で観察を行い、各線虫分離株が口針によって菌糸の内容物を吸汁摂取するかを調べた。また、さらには繁殖にまで至る否かについても調べた。結果を表2に示す。
なお、表中において、吸汁摂取および繁殖が観察された頻度を表す各符号を以下に示す。
「吸汁摂取および繁殖の頻度」
+++: 盛んに、観察された。
++: 通常の頻度で、観察された。
+: 少ないながらも、観察された。
−: 観察されなかった。
(2)結果
その結果、本実施例で用いた線虫の分離株において、Rhizoctonia solaniの菌糸の内容物を吸汁摂取することが観察され、そのほとんどのものは、‘盛んに’摂食することが観察された。
このことから、Aphelenchoides属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Ditylenchus属、Filenchus属、Tylencholaimus属に属する線虫は、本発明のウイルス導入方法に用いることが可能であることが示唆された。
また、繁殖についても、Filenchus misellusとDitylenchus属の線虫の一部を除き、本実施例で用いたほとんどの分離株で行われることが観察された。
〔実施例2〕 『紫紋羽病菌に対する菌糸摂食試験』
実施例1で菌糸摂食(吸汁摂取)行動が確認された線虫について、紫紋羽病菌(担子菌類)に対しても当該行動を行うかを試験した。
(1)試験方法
Aphelenchoides属、Aphelenchus属、Ditylenchus属、Filenchus属の線虫を用いて、紫紋羽病菌に対する摂食(吸汁摂取)試験を行った。
用いた線虫は、実施例1と同様に調整した。また、摂食試験は、Helicobasidium mompa(紫紋羽病菌)を接種して15日間生育したPDA培地を用いたことを除いては、実施例1と同様にして行った。結果を表3に示す。
(2)結果
その結果、本実施例で用いた線虫の分離株において、Helicobasidium mompaの菌糸の内容物を吸汁摂取することが観察された。特に、Ditylenchus属の線虫で‘盛んに’摂食することが観察された。
このことから、Aphelenchoides属、Aphelenchus属、Ditylenchus属、Filenchus属に属する線虫は、本発明のウイルス導入方法に用いることが可能であることが示唆された。
なお、繁殖については、Ditylenchus属の線虫では‘盛んに’行われることが観察された。そして、旺盛に繁殖して1ヶ月後には紫紋羽病菌の生育を完全に抑えるまでに至った。
また、Filenchus discrepansは、菌糸を摂食しつつ生残し、細々とではあるが繁殖も観察された。
また、Aphelenchoides属線虫とAphelenchus avenaeは、菌糸を摂食しつつ移動を繰り返し、最終的には紫紋羽病菌のコロニー外へ移動して繁殖することなく死滅した(なお、コロニー内にいくつか卵も観察されたが,卵割が進まずに変色し,孵化には至らなかった)。
〔実施例3〕 『PDA培地の濃度を変えた場合の菌糸摂食試験』
実施例1,2で菌糸摂食(吸汁摂取)行動が確認された線虫(Filenchus discrepans)について、PDA培地の濃度を変えた場合でも当該行動を行うかを試験した。
(1)試験方法
実施例2と同様にしてFilenchus discrepansを調製した。また、摂食試験は、(1) PDA培地(試験3-1)、又は(2)栄養分のみを10分の1に減らしたPDA培地(試験3-2)に、Helicobasidium mompa(紫紋羽病菌)を接種して15日間生育した培地を調整し、実施例2と同様にして行った。結果を表4に示す。
(2)結果
その結果、栄養分を多く含む環境(試験3-1)に比べて、栄養分を1/10に減少させた環境(試験3-2)では、Filenchus discrepansは、菌糸を盛んに摂食し、良好な繁殖することが観察された。
このことから、栄養が乏しい環境で菌を生育させた場合、線虫がより活発に菌糸摂食を行うことが示された。
〔実施例4〕 『土壌中での菌糸摂食試験』
実施例1,2で寒天培地上での菌糸摂食(吸汁摂取)が確認された線虫について、土壌中でも当該行動を行うかを試験した。
(1)試験方法
・線虫の調製
Aphelenchus属、Aphelenchoides属、Ditylenchus属、Filenchus属の各線虫種を、10%PDA平板培地上で培養したBotrytis cinerea (BC3株)のコロニー上で、2ヶ月間飼育した。
・摂食試験
果樹研究所の白紋羽病発生ナシ圃場内で採集した土壌を滅菌し、シャーレ内に敷きつめて滅菌土壌を調製した。
この滅菌土壌内に白紋羽病菌(NW10株)(子嚢菌類)を生育させたナシの小枝を埋設して、23℃暗黒下に置き、土壌中に菌糸を蔓延させた。
そして、当該土壌の上に前記調製した線虫を培地ごと接種して、23℃暗黒下で培養した。
5日後、シャーレを逆さにして土壌を取り除き、シャーレの底に付着して残った菌糸体を顕微鏡下で観察し、線虫による菌糸摂食の様子を観察した。
結果を表5に示す。なお、表5において、菌糸内容物の吸汁摂取が確認された線虫分離株を「○」、確認されなかったものを「×」と評価した。
(2)結果
その結果、本実施例で用いた菌食性線虫の全てにおいて、土壌中においても白紋羽病菌への菌糸摂食(吸汁摂取)行動が観察された。
また、土壌中と寒天培地上の間で、菌糸摂食行動に違いは認められなかった。一例として、Filenchus discrepans(分離株No.12)の菌糸摂食行動を撮影した写真像を、図2に示す。
〔実施例5〕 『菌類寄生ウイルスの導入試験』
Aphelenchoides sp.の菌糸摂食(吸汁摂取)行動を利用して、白紋羽病菌に菌類寄生ウイルスを導入できるかを試験した。
(1)試験方法
・線虫の調製
実施例1で分離したAphelenchoides sp.を、Botrytis cinerea (BC3株)を餌とし10%PDA平板培地上で20日間培養した(線虫密度は500±100/cm2)。
・菌の調製
‘ウイルス供与株’として、Rosellinia necatrix megabirnavirus 1 (RnMBV1)が感染した白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)W779株を用いた。
また、‘ウイルス受容株’として、同菌種のウイルスフリー株であるRT31-2株(W37株にハイグロマイシン耐性、GFP発現能を付与した株)を用いた。
なお、これらの菌株どうしは体細胞的に不和合(Mycelial Compatibility Group: MCGが異なる)の関係にあり、両者間で一時的に菌糸融合が起こる場合があるものの、当該融合菌糸細胞は速やかに死滅する。
・共培養
前記W779株(ウイルス供与株)と、RT31-2株(ウイルス受容株)を、PDA平板培地上に接種し、対峙培養を行った。
10日後、W779株(ウイルス供与株)コロニーの中央部に、前記調製した線虫を培地ごと(直径1cmに)切り取って接種して、23℃暗黒下で共培養を行った。そして20日後、W779株(ウイルス供与株)上に放した線虫が、RT31-2株(ウイルス受容株)上でも多数観察されるようになっているのを確認した。
次いで、両菌株のコロニーの対峙面に形成された帯線部分を、約5mmの幅で、両菌株が含まれるように切り取り、0.1%ハイグロマイシンを含むPDA培地に接種し、2週間培養することで、ハイグロマイシン耐性を有するRT31-2株のみを選択的に生育させた(図1 参照)。
そして、菌糸が接種源から3cm以上伸びてきたら接種源付近の菌糸を分離・移植する作業を、10日間隔で3回繰り返した。
この操作によって、接種源付近に細々と生育していたウイルス感染したRT31-2株の菌糸の生育を促し、RT31-2株の菌糸どうしの融合により、コロニー(菌叢)全体にウイルスを感染させた。
・ウイルス感染(導入)の確認
RT31-2株から、RNA抽出キット(Plant RNA Isolation regent :Invitrogen Co., USA)を用いてウイルスゲノムである二本鎖(ds)RNAを抽出した。得られたRNAを、電気泳動解析により検出して、ウイルス感染の有無を判定した。
・対照試験
上記試験(本発明)の対照として、BC3株のみを培養した10%PDA平板培地を接種したこと(共培養において線虫のいない状態にしたこと)を除いては、上記と同様にして試験を行なった(対照1)。
また、W779株(ウイルス供与株)の代わりに、W779株をウイルスフリー化した株(W1015株)を用いたことを除いて、上記と同様にして試験を行なった(対照2)。
(2)結果
上記試験は重複して行った。RT31-2株(ウイルス受容株)へのウイルス導入を示す電気泳動像を図3,4に示す。
その結果、2回の試験でウイルス導入に成功し、1回目の成功例では、7菌株中2菌株において、RnMBV1のゲノム(図3のレーンC)と同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図3のレーン1,2 参照。なお、レーン1と、レーン2とは、それぞれ別の導入株からのRNAを示す。)。
また、2回目の成功例では、10菌株中1菌株において、RnMBV1のゲノム(図4のレーンP)と同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図4のレーン1 参照。)。
そして、これらのdsRNAバンドは、線虫を完全に除去した後も継続して確認されたことから、RT31-2株中に導入されたウイルス由来のRNAであることが示された。
一方、対照試験では、全ての菌株において、ウイルス導入を示すバンドは検出されなかった(表6 参照)。
〔実施例6〕 『菌類寄生ウイルスの種類を変えての導入試験』
実施例5とは別種の寄生ウイルス(RnPV1)について、ウイルス導入が可能であるかを試験した。
(1)試験方法
‘ウイルス感染株(供与株)’として、W97(RnPV1)株を用いたことを除いては、実施例5と同様にして試験を行った。
なお、W97(RnPV1)株とは、白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)W97株に、Rosellinia necatrix partitivirus 1 (RnPV1)が感染した株である
また、W97(RnPV1)株とRT31-2株は、体細胞的に不和合(Mycelial Compatibility Group: MCGが異なる)の関係にあり、両者間で一時的に菌糸融合が起こる場合があるものの、当該融合菌糸細胞は速やかに死滅する。
・対照試験
上記試験(本発明)の対照として、BC3株のみを培養したPDA平板培地を接種したこと(共培養において線虫のいない状態にしたこと)を除いては、上記と同様にして試験を行なった(対照1)。
また、W97(RnPV1)株(ウイルス感染株)の代わりに、ウイルスフリーであるW97株を用いたことを除いて、上記と同様にして試験を行なった(対照2)。
(2)結果
当該試験におけるRT31-2株へのウイルス導入を示す電気泳動像を図5に示す。
その結果、10菌株中1菌株において、RnPV1のゲノム(図5のレーンP)と同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図5のレーン1 参照)。
そして、これらのdsRNAバンドは、線虫を完全に除去した後も継続して確認されたことから、RT31-2株中に導入されたウイルス由来のRNAであることが示された。
このことから、RnMBV1とは別種の寄生ウイルスであるRnPV1についても、ウイルス導入が可能であることが示された。
一方、対照試験では、全ての菌株において、ウイルス導入を示すバンドは検出されなかった(表7 参照)。
〔実施例7〕 『線虫の種類を変えての導入試験』
実施例6とは別種の線虫について、ウイルス導入が可能であるかを試験した。
(1)試験方法
線虫として、実施例1で分離したFilenchus discrepans(Botrytis cinerea (BC3株)を餌とし10%PDA平板培地上で2ヶ月間培養し、線虫密度は500±100/cm2にしたもの)を用いたこと、;共培養を1ヶ月間行ったこと、;を除いては、実施例6と同様にして試験を行った。
・対照試験
上記試験(本発明)の対照として、BC3株のみを培養した10%PDA平板培地を接種したこと(共培養において線虫のいない状態にしたこと)を除いては、上記と同様にして試験を行なった(対照1)。
また、W97(RnPV1)株(ウイルス感染株)の代わりに、ウイルスフリーであるW97株を用いたことを除いて、上記と同様にして試験を行なった(対照2)。
(2)結果
当該試験におけるRT31-2株へのウイルス導入を示す電気泳動像を図6に示す。
その結果、5菌株中1菌株において、RnPV1のゲノム(図6のレーンP)と同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図6のレーン1 参照)。
そして、これらのdsRNAバンドは、線虫を完全に除去した後も継続して確認されたことか、RT31-2株中に導入されたウイルス由来のRNAであることが示された。
このことから、Aphelenchoides sp.とは別種の線虫であるFilenchus discrepansを用いても、ウイルス導入が可能であることが示された。
一方、対照試験では、全ての菌株において、ウイルス導入を示すバンドは検出されなかった(表8 参照)。
〔実施例8〕 『異なる糸状菌種間での導入試験』
異なる糸状菌種間での(灰色かび病菌から白紋羽病菌への)ウイルス導入が可能であるかを試験した。
(1)試験方法
・線虫の調製
実施例1で分離したFilenchus discrepansを、Botrytis cinerea (BC3株)を餌とし10%PDA平板培地上で2ヶ月間培養した(線虫密度は500±100/cm2)。
・菌の調製
‘ウイルス供与株’としては、灰色かび病菌(Botrytis cinerea)のBC3株に、人工的にRnMBV1を導入したBC3(RnMBV1)株を作製して用いた
また、‘ウイルス受容株’としては、白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)のRT31-2株を用いた。
なお、これらの糸状菌は、菌糸どうしが接近すると、RT31-2株の生育には影響はないが(図7 符号4 参照)、BC3(RnMBV1)株は一方的に顆粒化し、死滅する関係にある(図7 符号5 参照。)。従って両者間での菌糸融合は起こらない。
・共培養
BC3(RnMBV1)株(ウイルス供与株)の含菌寒天(直径1cm)を10%PDA平板培地上に接種し、3日間菌糸を生育させた後、接種源を取り除いた。
そこへ、前記調製した線虫を培地ごと(直径1cmに)切り取って接種し、23℃暗黒下で培養した。20日後、線虫の繁殖(接種源の周囲の線虫密度は100±30/cm2)を確認した後、線虫の接種源を取り除いた。
同じ場所にRT31-2株(ウイルス受容株)の含有寒天(直径1cm)を接種し(図8B 参照)、RT31-2株がBC3(RnMBV1)株(ウイルス感染株)のコロニー上で生育するのを確認しつつ、20日間培養した。
直径4cm程度となったRT31-2株のコロニー部分(図8Cの破線で示す円内)を切り取り、選択培地(0.1%ハイグロマイシン添加PDA)上に移植し、2週間培養することで、ハイグロマイシン耐性を有するRT31-2株のみを選択的に生育させた。
そして、接種源とその周辺部(3mm程度)を分離・移植する作業を10日間隔で3回繰り返して、コロニー全体にウイルスを感染させた。
・ウイルス感染(導入)の確認
実施例5と同様にして、RT31-2株からRNAを抽出し、電気泳動解析により検出して、ウイルス感染の有無を判定した。
・対照試験
上記試験(本発明)の対照として、BC3株のみを培養したPDA平板培地を接種したこと(共培養において線虫のいない状態にしたこと)を除いては、上記と同様にして試験を行なった。
(2)結果
上記試験は重複して2回行った。RT31-2株(ウイルス受容株)へのウイルス導入を示す電気泳動像を図9に示す。
その結果、1回目に行った試験では、10菌株中3菌株において、RnMBV1のゲノム(図9のレーンP1,P2)と同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図9のレーン1 参照)。
また、2回目に行った試験では、7菌株中3菌株において、RnMBV1のゲノムと同様のサイズのdsRNAバンドが検出された(図9のレーン2 参照。)。
そして、これらのdsRNAバンドは、線虫を完全に除去した後も継続して確認されたことから、RT31-2株中に導入されたウイルス由来のRNAであることが示された。
このことから、異なる糸状菌種間であってもウイルス導入が可能であることが示された。
一方、対照試験では、全ての菌株において、ウイルス導入を示すバンドは検出されなかった(表9 参照)。なお、そのうちの1株の電気泳動結果を、図9のレーンCに示す。
本発明により、農業および園芸の幅広い分野において、植物疾病に対する有効な生物防除方法を開発する手段となることが期待される。特に、紋羽病の生物防除に対して応用されることが期待される。
また本発明により、任意のキノコ(及び、有用なカビ)に対して、任意の遺伝子を組み込んだウイルスベクターを導入する手段に応用されることが期待される。これにより、キノコ(及び、有用なカビ)品種の改良や作出に有用な技術となることが期待される。
1: 菌糸摂食(吸汁摂取)が行われている箇所
2: 線虫
3: 菌糸
4: 白紋羽病菌(RT31-2株)の菌糸
5: 灰色かび病菌(BC3(RnMBV1)株)の菌糸

Claims (7)

  1. 糸状菌類に対して当該糸状菌類に寄生可能なウイルスを導入するにあたり、;口針によって糸状菌類の菌糸に穿孔して細胞内容物を吸汁摂取する性質を有する線虫を用いることを特徴とする、;糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
  2. 前記線虫を、下記(a)及び(b)の糸状菌類との共存在下で生育させることによって、;下記(a)の糸状菌類に感染している導入対象の菌類寄生ウイルスを、当該線虫の口針を介して下記(b)の糸状菌類に感染させることを特徴とする、;請求項1に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
    (a):導入対象の菌類寄生ウイルスが感染している糸状菌類。
    (b):導入対象の菌類寄生ウイルスが感染していない糸状菌類。
  3. 前記線虫および前記(a)の糸状菌類を、前記(b)の糸状菌類が生育する培地, 土壌, 又は植物体の根、に放すことによって、;前記(a)の糸状菌類に感染している導入対象の菌類寄生ウイルスを、当該線虫の口針を介して前記(b)の糸状菌類に感染させることを特徴とする、;請求項2に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
  4. 前記(a)の糸状菌類と前記(b)の糸状菌類とが、;異なる菌種間の関係にある、又は、同一菌種であるが体細胞不和合性の関係にあるものである、;請求項2又は3に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
  5. 前記線虫が、Aphelenchoides属、Anomyctus属、Aphelenchus属、Bursaphelenchus属、Deladenus属、Ditylenchus属、Dorylium属、Filenchus属、Iotonchium属、Leptonchus属、Paraphelenchus属、Paurodontus属、Pseudohalenchus属、およびTylencholaimus属のいずれか1以上に属する線虫である、請求項1〜4のいずれかに記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
  6. 前記糸状菌類が植物病原菌であり、前記寄生ウイルスが前記植物病原菌によって引き起こされる植物に対する病原力を低減させるウイルスである、請求項1〜5のいずれかに記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
  7. 前記植物病原菌が、白紋羽病菌もしくは紫紋羽病菌である、請求項6に記載の糸状菌類への菌類寄生ウイルス導入方法。
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