本発明に係る一実施形態のマスタシリンダを図面を参照して説明する。図1は、図示せぬブレーキブースタを介して導入されるブレーキペダルの操作量に応じた力でブレーキ液圧を発生させるマスタシリンダ11を示している。このマスタシリンダ11には、鉛直方向上側にブレーキ液を給排するリザーバ12が取り付けられている。なお、本実施形態においては、マスタシリンダ11に直接リザーバ12を取り付けているが、マスタシリンダ11から離間した位置にリザーバを配して配管で接続するようにしても良い。
マスタシリンダ11は、底部13と筒部14とを有する有底筒状に一つの素材から加工されて形成されるとともに長手方向が車両前後方向に沿う姿勢で車両に配置される金属製のシリンダ本体15を有している。このシリンダ本体15の開口部16側には、金属製のプライマリピストン(ピストン)18が摺動可能に挿入されている。また、シリンダ本体15のプライマリピストン18よりも底部13側には、同じく金属製のセカンダリピストン(ピストン)19が摺動可能に挿入されている。
プライマリピストン18およびセカンダリピストン19は、シリンダ本体15の筒部14の軸線(以下、シリンダ軸と称す)に直交する断面が円形状の摺動内径部20に摺動可能に案内される。プライマリピストン18には底面を有する内周孔21が、セカンダリピストン19には底面を有する内周孔22が、それぞれ形成されており、マスタシリンダ11は、いわゆるプランジャ型のものとなっている。このように、本実施形態におけるマスタシリンダ11は、2つのピストン18,19を有するタンデムタイプのものとなっている。なお、本発明は、上記タンデムタイプのマスタシリンダへの適用に限られるものではなく、プランジャ型のマスタシリンダであれば、シリンダ本体に1つのピストンを配したシングルタイプのマスタシリンダや、3つ以上のピストンを有するマスタシリンダ等のいかなるプランジャ型のマスタシリンダにも適用できるものである。
シリンダ本体15には、筒部14の径方向(以下、シリンダ径方向と称す)の外側に突出する取付台部23が筒部14の円周方向(以下、シリンダ周方向と称す)における所定位置に一体に形成されている。この取付台部23には、リザーバ12を取り付けるための取付穴24,25が形成されている。なお、本実施形態においては、取付穴24,25は、互いにシリンダ周方向における位置を一致させた状態でシリンダ軸方向における位置をずらして形成されている。
シリンダ本体15の筒部14の取付台部23側には、底部13の近傍にセカンダリ吐出路(吐出路)26が、これよりも開口部16側にプライマリ吐出路(吐出路)27が、それぞれ形成されている。これらセカンダリ吐出路26およびプライマリ吐出路27は、図示は略すが、ブレーキ配管を介してディスクブレーキやドラムブレーキ等の制動用シリンダに連通しており、制動用シリンダに向けてブレーキ液を吐出する。なお、本実施形態においては、これらセカンダリ吐出路26およびプライマリ吐出路27は、互いにシリンダ周方向における位置を一致させた状態でシリンダ軸方向における位置をずらして形成されている。
シリンダ本体15の摺動内径部20には、シリンダ軸方向における位置をずらして複数具体的には4カ所のいずれも円環状をなす周溝30、周溝31、周溝32および周溝33が底部13側から順に形成されている。これら周溝30〜33は、シリンダ周方向に環状をなしてシリンダ径方向外側に凹む形状をなしており、いずれも全体が切削加工により形成されている。
最も底部13側にある周溝30は、底部13側の取付穴24の近傍に形成されており、この周溝30内には、周溝30に保持されるように、円環状のピストンシール35が配置されている。
シリンダ本体15における周溝30よりも開口部16側には、底部13側の取付穴24から穿設される連通穴36を筒部14内に開口させるように、筒部14の摺動内径部20からシリンダ径方向外側に凹む環状の開口溝37が形成されている。ここで、この開口溝37と連通穴36とが、シリンダ本体15に設けられてリザーバ12に常時連通するセカンダリ補給路(補給路)38を主に構成している。
シリンダ本体15の摺動内径部20には、シリンダ周方向における取付台部23側に、周溝30内に開口するとともに周溝30からシリンダ軸方向に直線状に底部13側に向け若干延出する連通溝41が、シリンダ径方向外側に凹むように形成されている。この連通溝41は、底部13と周溝30との間であって底部13の近傍となる位置に形成されたセカンダリ吐出路26と周溝30とを後述のセカンダリ圧力室68を介して連通させるものである。
シリンダ本体15には、シリンダ軸線方向における上記開口溝37の周溝30とは反対側つまり開口部16側に、上記周溝31が形成されており、この周溝31内には、周溝31に保持されるように、円環状の区画シール42が配置されている。
シリンダ本体15の周溝31よりも開口部16側であって開口部16側の取付穴25の近傍に、上記した周溝32が形成されている。この周溝32内には、周溝32に保持されるように、円環状のピストンシール45が配置されている。
シリンダ本体15におけるこの周溝32の開口部16側には、開口部16側の取付穴25から穿設される連通穴46を筒部14内に開口させるように、筒部14の摺動内径部20からシリンダ径方向外側に凹む環状の開口溝47が形成されている。ここで、この開口溝47と連通穴46とが、シリンダ本体15に設けられてリザーバ12に常時連通するプライマリ補給路(補給路)48を主に構成している。
シリンダ本体15の摺動内径部20の周溝32の底部13側には、シリンダ周方向における取付台部23側に、周溝32に開口するとともに周溝32からシリンダ軸方向に直線状に底部13側に向け若干延出する連通溝51が、シリンダ径方向外側に凹むように形成されている。この連通溝51は、周溝31の近傍となる位置に形成されたプライマリ吐出路27と周溝32とを後述するプライマリ圧力室85を介して連通させるものである。
シリンダ本体15における上記開口溝47の周溝32とは反対側つまり開口部16側に周溝33が形成されており、この周溝33内には、周溝33に保持されるように、円環状の区画シール52が配置されている。
シリンダ本体15の底部13側に嵌合されるセカンダリピストン19は、円筒部55と、円筒部55の軸線方向における一側に形成された底部56とを有する有底円筒状をなしている。上記内周孔22は、これら円筒部55と底部56とにより形成されている。セカンダリピストン19は、円筒部55をシリンダ本体15の底部13側に配置した状態で、シリンダ本体15の摺動内径部20に設けられたピストンシール35および区画シール42のそれぞれの内周に摺動可能に嵌合される。円筒部55の底部56に対し反対側の端部の外周側には、他の部分よりも外径寸法が若干小さい環状の段部59が形成されている。この段部59には、その底部56側にシリンダ径方向に貫通するポート60が複数、シリンダ周方向の等間隔位置に、放射状となるように形成されている。
セカンダリピストン19とシリンダ本体15の底部13との間には、図示せぬブレーキペダル側(図1における右側)から入力がない非制動状態でこれらの間隔を決めるセカンダリピストンスプリング62を含む間隔調整部63が設けられている。この間隔調整部63は、シリンダ本体15の底部13に当接する係止部材64と、セカンダリピストン19の底部56に当接する係止部材65と、係止部材64に一端部が固定されるとともに係止部材65を所定範囲内でのみ摺動自在に支持する軸部材66とを有している。上記セカンダリピストンスプリング62は、両側の係止部材64,65間に介装されている。
ここで、シリンダ本体15の底部13および筒部14の底部13側とセカンダリピストン19とで囲まれて形成される部分が、ブレーキ液圧を発生してセカンダリ吐出路26にブレーキ液圧を供給するセカンダリ圧力室(圧力室)68となっている。言い換えれば、セカンダリピストン19は、シリンダ本体15とで、セカンダリ吐出路26に液圧を供給するセカンダリ圧力室68を形成している。このセカンダリ圧力室68は、セカンダリピストン19がポート60を開口溝37に開口させる位置にあるとき、セカンダリ補給路38に連通するようになっている。
シリンダ本体15の周溝31に保持される区画シール42は、合成ゴムからなる一体成形品であり、その中心線を含む径方向断面の片側形状がC字状をなしている。区画シール42は、内周がセカンダリピストン19の外周に摺接するとともに外周がシリンダ本体15の周溝31に当接してセカンダリピストン19およびシリンダ本体15の区画シール42の位置の隙間を常時密封する。
シリンダ本体15の周溝30に保持されるピストンシール35は、合成ゴムからなる一体成形品であり、その中心線を含む径方向断面の片側形状がE字状をなしている。つまり、ピストンシール35は、周溝30の開口部16側に配置される円環板状の基部90と、基部90の内周側から基部90の軸線方向にほぼ沿って底部13側に延出する円環状の内周リップ部91と、基部90の外周側から内周リップ部91と同じく底部13側に延出する円環状の外周リップ部92と、基部90の内周リップ部91と外周リップ部92との間から、これら内周リップ部91および外周リップ部92よりも先(基部90とは反対側)まで突出する円環状の中間突出部93とを有している。
ピストンシール35は、内周リップ部91の内周がセカンダリピストン19の外周に摺接するとともに外周リップ部92の外周がシリンダ本体15の周溝30に当接するようになっている。このピストンシール35は、セカンダリピストン19がポート60をピストンシール35よりも底部13側に位置させた状態では、セカンダリ補給路38とセカンダリ圧力室68との間を密封可能、つまり、セカンダリ圧力室68と、セカンダリ補給路38およびリザーバ12との連通を遮断可能となっている。この状態で、セカンダリピストン19が、シリンダ本体15の摺動内径部20およびシリンダ本体15に保持されたピストンシール35および区画シール42の内周で摺動することによって、セカンダリ圧力室68内のブレーキ液を加圧してセカンダリ吐出路26から車輪側の制動用シリンダに供給することになる。
なお、図示せぬブレーキペダル側から入力がなく、上述のセカンダリピストン19がポート60を開口溝37に開口させる位置(非制動位置)にあるときに、ピストンシール35は上記セカンダリピストン19の段部59内でポート60に一部重なるようになっている。そして、セカンダリピストン19がシリンダ本体15の底部13側へ移動してピストンシール35の内周部がポート60に全部重なると、セカンダリ圧力室68とリザーバ12との連通が遮断されるようになっている。
シリンダ本体15の開口部16側に嵌合されるプライマリピストン18は、第1円筒部71と、第1円筒部71の軸線方向における一側に形成された底部72と、底部72の第1円筒部71とは反対側に形成された第2円筒部73とを有する形状をなしている。上記内周孔21は、これらのうちの第1円筒部71と底部72とにより形成されている。プライマリピストン18は、第1円筒部71をシリンダ本体15内のセカンダリピストン19側に配置した状態で、シリンダ本体15の摺動内径部20に設けられたピストンシール45および区画シール52のそれぞれの内周に摺動可能に嵌合されている。ここで、第2円筒部73の内側には図示せぬブレーキブースタの出力軸が挿入され、この出力軸によって底部72が押圧されることになる。
第1円筒部71の底部72に対し反対側の端部の外周側は、他の部分よりも外径寸法が若干小さい環状の凹部75が形成されている。この凹部75には、その底部72側に径方向に貫通するポート76が複数、シリンダ周方向の等間隔位置に、放射状となるように形成されている。
セカンダリピストン19とプライマリピストン18との間には、図示せぬブレーキペダル側(図1における右側)から入力がない非制動状態でこれらの間隔を決めるプライマリピストンスプリング78を含む間隔調整部79が設けられている。この間隔調整部79は、セカンダリピストン19の底部56に当接する係止部材81と、プライマリピストン18の底部72に当接する係止部材82と、係止部材81に一端部が固定されるとともに係止部材82を所定範囲内でのみ摺動自在に支持する軸部材83とを有している。上記プライマリピストンスプリング78は、両側の係止部材81,82間に介装されている。
ここで、シリンダ本体15の筒部14とプライマリピストン18とセカンダリピストン19とで囲まれて形成される部分が、ブレーキ液圧を発生してプライマリ吐出路27にブレーキ液を供給するプライマリ圧力室(圧力室)85となっている。言い換えれば、プライマリピストン18は、セカンダリピストン19とシリンダ本体15とで、プライマリ吐出路27に液圧を供給するプライマリ圧力室85を形成している。このプライマリ圧力室85は、プライマリピストン18がポート76を開口溝47に開口させる位置にあるとき、プライマリ補給路48に連通するようになっている。
シリンダ本体15の周溝33に保持される区画シール52は、区画シール42と同じ部品であり、合成ゴムからなる一体成形品であって、その中心線を含む径方向断面の片側形状がC字状をなしている。区画シール52は、内周がプライマリピストン18の外周に摺接するとともに外周がシリンダ本体15の周溝33に当接してプライマリピストン18およびシリンダ本体15の区画シール52の位置の隙間を常時密封する。
シリンダ本体15の周溝32に保持されるピストンシール45は、ピストンシール35と同じ部品であり、合成ゴムからなる一体成形品であって、その中心線を含む径方向断面の片側形状がE字状をなしている。つまり、ピストンシール45は、周溝32の開口部16側に配置される円環板状の基部90と、基部90の内周側から基部90の軸線方向にほぼ沿って底部13側に延出する円環状の内周リップ部91と、基部90の外周側から内周リップ部91と同じく底部13側に延出する円環状の外周リップ部92と、基部90の内周リップ部91と外周リップ部92との間からこれら内周リップ部91および外周リップ部92よりも先(基部90とは反対側)まで突出する円環状の中間突出部93とを有している。
ピストンシール45は、内周リップ部91の内周がプライマリピストン18の外周に摺接するとともに外周リップ部92の外周がシリンダ本体15の周溝32に当接するようになっている。このピストンシール45は、プライマリピストン18がポート76をピストンシール45よりも底部13側に位置させた状態では、プライマリ補給路48とプライマリ圧力室85との間を密封可能、つまり、プライマリ圧力室85と、プライマリ補給路48およびリザーバ12との連通を遮断可能となっている。この状態で、プライマリピストン18が、シリンダ本体15の摺動内径部20およびシリンダ本体15に保持されたピストンシール45および区画シール52の内周で摺動することによって、プライマリ圧力室85内のブレーキ液を加圧してプライマリ吐出路27から車輪側の制動用シリンダに供給することになる。
なお、図示せぬブレーキペダル側から入力がなく、上述のプライマリピストン18がポート76を開口溝47に開口させる位置(非制動位置)にあるときに、ピストンシール45は上記プライマリピストン18の凹部75内でポート76に一部重なるようになっている。そして、プライマリピストン18がシリンダ本体15の底部13側へ移動してピストンシール45の内周部がポート76に全部重なると、プライマリ圧力室85とリザーバ12との連通が遮断されるようになっている。
ここで、図1に示すシリンダ本体15の周溝30の近傍部分、ピストンシール35およびセカンダリピストン19のピストンシール35の摺接部分とからなるセカンダリ側のシール構造部SSと、シリンダ本体15の周溝32の近傍部分、ピストンシール45およびプライマリピストン18のピストンシール45の摺接部分とからなるプライマリ側のシール構造部SPとは、同様の構造となっており、以下においては、これらの詳細をプライマリ側のシール構造部SPを例にとり、主に図2〜図10を参照して説明する。
図2に示すように、周溝32は、最もシリンダ径方向外側にあってシリンダ軸方向に沿う円筒状の溝底部32aと、溝底部32aにおけるシリンダ本体15の開口部16側(図2における右側)の端縁部の位置でシリンダ軸の直交方向に沿う環状壁32bと、溝底部32aにおけるシリンダ本体15の底部13側(図2における左側)の端縁部の位置でシリンダ軸の直交方向に沿う環状壁32cとを有している。これら溝底部32a、環状壁32bおよび環状壁32cは、シリンダ本体15に一体的に形成されており、すべてシリンダ本体15に対する切削加工により形成されている。
ピストンシール45は、内周リップ部91の内周面91aにて、プライマリピストン18の外周面18aに摺接することになり、基部90におけるシリンダ本体15の開口部16側(図2における右側)の背面90aにて、その背後にある周溝32の環状壁32bに対向する。また、外周リップ部92の外周面92aにて、周溝32の溝底部32aに当接し、中間突出部93においてその前方にある周溝32の環状壁32cに対向する。
ピストンシール45は、図3に示すように、上記した内周リップ部91、外周リップ部92および中間突出部93が同心円状に配置されている。ピストンシール45は、図4に示すように、基部90から基部90の軸方向に沿って一定高さで延出する円筒状部95と、円筒状部95の基部90とは反対端から基部90とは反対側に突出する複数の突起96とからなっている。中間突出部93の先端側の複数の突起96は、図3に示すように、中間突出部93の周方向に沿って複数カ所、具体的には12カ所に配置されている。すべての突起96は、同一形状をなしており、中間突出部93の周方向に等間隔をあけて配置されている。周方向に隣り合う突起96と突起96との間は、中間突出部93の径方向に貫通するスリット97となっている。
円筒状部95は、基部90とは反対端の端面95aが、隣り合う突起96と突起96と間位置に出現しており、スリット97を構成している。端面95aは、中間突出部93の軸直交方向に沿っている。なお、ピストンシール45が周溝32内に配置された状態で中間突出部93は、シリンダ本体15の中心軸と中心軸を一致させるように配置される。
突起96は、その基部90とは反対側の先端面96aが、中間突出部93の軸直交方向に沿っている。突起96は、中間突出部93の周方向における一端側が、中間突出部93の径方向および軸方向に沿って円筒状部95の端面95aと突起96の先端面96aとを繋ぐ側面部96bとなっている。また、突起96は、中間突出部93の周方向における他端側が、中間突出部93の径方向および軸方向に沿って円筒状部95の端面95aから若干立ち上がる側面部96cと、側面部96cの端面95aとは反対端から中間突出部93の径方向に沿い且つ軸方向に対し傾斜して突起96の先端面96aに繋がる側面部96dとを有している。言い換えれば、突起96は、周方向における一側の側面部96bが先端面96aに対し直交しており、周方向における他側の側面部96dが先端面96aに対し鈍角をなして傾斜している。よって、さらに言い換えれば、突起96は、先端面96aに延びる側面部96b,96dのシリンダ本体15の軸方向に対する角度が、一側の側面部96bと他側の側面部96dとで異なっている。
以上により、突起96は、中間突出部93の周方向の両端側同士で剛性が異なって形成されている。ここで、この剛性は、具体的には、突起96が先端面96aにて周溝32の環状壁32cに当接して軸方向の力を受けた場合の剛性であり、突起96は、先端面96aに直交する側面部96b側の方が剛性が高く、先端面96aに対し傾斜する側面部96d側の方が剛性が低くなっている。すべての突起96は、中間突出部93の周方向における同じ一側に先端面96aに直交する側面部96bが配置され、中間突出部93の周方向における同じ他側に先端面96aに鈍角をなす側面部96dが配置されている。
ピストンシール45は、プライマリ圧力室85の圧力がリザーバ12の圧力(大気圧)に対して変動すると、複数の突起96において周溝32の環状壁32cに対して押圧および押圧解除が繰り返されることになり、その都度、周方向の同じ一側の剛性が高く同じ他側の剛性が低くされた複数の突起96の剛性のアンバランスによって、周溝32内で、その中心軸回りに回転することになる。
より具体的に、図5に示すブレーキ液圧解除時の突起96の変形履歴の概念図で説明する。なお、概念図では、回転作動上無視可能な側面部96cは省略している。
図5は、一つの突起96と、その近傍の円筒状部95の一部と、周溝32の環状壁32cとを示している。図5(a)に示すように、突起96の側面部96bと円筒状部95の端面95aとの角位置をA点、側面部96bと先端面96aとの角位置をB点、側面部96dと先端面96aとの角位置をC点、側面部96dと端面95aとの角位置をD点、突起96の周方向幅の中央の基端位置をO点、周方向幅の中央の先端位置をO’点、C点の周方向幅の中央を基準とする対称位置をC’点とし、また、突起96の全体積をV、中央線O−O’よりも側面部96b側の体積の側面部96d側の体積よりも大きい差分A−B−C’をvとして説明する。
例えば、制動を解除するために図示略のブレーキペダルを戻し始めると、間隔調整部79によってプライマリピストン18が図1に示すような待機位置に戻ろうとする。このプライマリピストン18の移動によってプライマリ圧力室85の容積が拡大していくが、その途中から細いブレーキ配管を介してのブレーキ液の戻りが容積拡大に追いつかなくなって、プライマリ圧力室85内の液圧が正圧から負圧P0に変わる。この負圧P0によってピストンシール45は、プライマリ圧力室85側に引かれて、図5(a)および図6に示すように、中間突出部93の突起96の先端面96aが周溝32の環状壁32cに当接する。
そして、さらにブレーキペダルが戻されると、プライマリ圧力室85内の負圧が大きくなるが、その初期つまり小さい負圧P1の状態において、先端面96aと環状壁32cとに生じる摩擦力の立ち上がり状況に応じて、B点は、同じ位置に留まり、あるいは図5(b)に示すように滑ってC点とは反対方向(図5の左方向)のB1点に移動することになる。摩擦力の立ち上がり状況は、突起96の形状や、突起96の先端面96aの面状態および環状壁32cの面状態による。
摩擦力の立ち上がりが遅く、B点がB1点に移動する場合について説明する。これは、側面部96b側と側面部96d側との体積差vの突起96の全体体積Vに対する比率v/Vの分、側面部96b側の剛性が、側面部96d側の剛性よりも大きくなることによる。つまり、図5(a),(b)に示すように、剛性の相違により初期の負圧P1の作用で突起96の基端部A−O−Dが、環状壁32cに吸い寄せられると、剛性が高い側面部96b側つまりA−B面側よりも、剛性が低い側面部96d側つまりC−D面の方が先に変形し、A−B面は変形する前にA点で折れて傾き始める。一旦、A点が折れると負圧が大きくなっている間は、折れ状態が解消されることはないので、v/Vが小さくてもA点がD点よりも先に折れて、B点はC点とは反対方向(図5の左方向)に距離δ1ずれてB1点に位置する。また、A点は同じ位置であるA1点を維持する。なお、このように、A点がD点方向(図5の右方向)に移動する前にB点がB1点にずれるのは、突起96の質量に比べてピストンシール45の全体の質量が十分大きいことから、その慣性による。B点がB1点にずれることで、C点もB点方向(図5の左方向)にずれてC1点に位置し、側面部96d側が変形していることからD点は若干A点方向(図5の左方向)にずれてD1点に位置する。
そして、さらに負圧が大きくなって負圧P2になると、突起96が環状壁32cへ強く押し付けられ摩擦力が増大するため、図5(b),(c)に示すように、B1点は同じB2点に位置し、C1点は同じC2点に位置したまま、側面部96dつまりC1−D1面が環状壁32cに引き寄せられ、樽状に変形して、D1点が環状壁32c側のD2点に位置する。このようにC1−D1面が環状壁32cに引き寄せられることにより、A1点はD1点方向(図5の右方向)に距離δ2ずれてA2点に位置する。
上記の後、図6に破線で示すように、周溝32の環状壁32bと基部90の背面90aとの隙間、溝底部32aと外側リップ部92の外周面92aとの間、および環状壁32cと中間突出部93のスリット97との間の流路を介して、プライマリ圧力室85にブレーキ液が戻されることになり、徐々にプライマリ圧力室85の負圧が小さくなる。合わせて、プライマリピストン18が待機位置まで戻ることにより、図1に示すポート76がプライマリ補給路48を介してリザーバ12に連通して、プライマリ圧力室85内の液圧が大気圧P3まで上昇する。すると、負圧から大気圧に変化することから、それまで図5(c)に示すように圧縮変形していた突起96が、図5(d)に示すように自由長まで伸び、環状壁32cとの摩擦力が失われる。このとき、ピストンシール45の慣性により、A2点はそのままの位置を維持してA3点となり、B2点がC2点方向(図5の右方向)にA3点の位置まで移動してB3点に位置し、これに伴ってC2点もB2点とは反対方向(図5の右方向)のC3点にずれ、D2点もA2点とは反対方向(図5の右方向)のD3点にずれる。
以上の変形過程により、一回のプライマリピストン18の戻り行程で、すべての突起96が距離δ2だけ周方向一側に移動する。その結果、ピストンシール45が周方向一側に回転する。なお、プライマリ圧力室85内の負圧が拡大の初期(図5(a)から図5(b))において、突起96と環状壁32cとの摩擦力が即座に立ち上がると、B点は距離δ1ずれることがなくなるため、上記した距離δ1と距離δ2とを加算した距離を各突起96が移動することになる。
突起96の周方向移動量である距離δ2に対してピストンシール45の全体が距離δ2分の突起96の弾性力で周方向に移動する条件について説明する。図6は図5(c)の荷重条件下を示しており、このときのピストンシール45の他との接触カ所は、中間突出部93の先端部と内周リップ部91の内周部となっている。内周リップ部91のプライマリピストン18との摩擦力をFinとし、中間突出部93と周溝32との摩擦力をFcenとすると、ピストンシール45の全体が周方向へ回転する条件は、以下の(1)式を満たすピストンシール45の変形となる。
Fin<Fcen・・・(1)
ここで、Finは、高い負圧によって内径リップ部91がプライマリピストン18から離れる方向に力が働くのでゼロに近い値をとる。一方、Fcenは、高い負圧によってピストンシール45の全体が環状壁32cに吸い込まれる方向に力が働き、中間突出部93で支承するので、Finと比べると十分に大きな値となる。よって、ピストンシール45の形状を任意としても上記(1)式が成立し、ピストンシール45が回転することになる。
図2に示すように、上記したプライマリピストン18にはポート76が周方向に間隔をあけて複数形成されており、ピストンシール45は、プライマリピストン18に摺接しつつそのポート76を開閉するため、ポート76がピストンシール45の周方向の特定位置をシリンダ本体15の軸方向に通過すると、ポート76の角部でピストンシール45を損傷させてしまう、いわゆる喰われを生じる可能性がある。
これに対して、上記した本実施形態のマスタシリンダ11では、ピストンシール45の中間突出部93の突起96が、周方向の両端側同士で剛性が異なって形成されていることから、プライマリ圧力室85の圧力解除が行われる度にピストンシール45が少しずつ回転することになり、ポート76がピストンシール45の周方向の特定位置を繰り返し通過する状況が抑制されることになる。したがって、ピストンシール45に生じる損傷を抑制することができる。
なお、ピストンの外周部にピストンシールを保持する外径摺動型のマスタシリンダにおいては、巻きバネ機構部を持たせてピストンの往復動時にピストンシールを回転させるものがあるが、この機構を、シリンダ本体15の内周側にピストンシール45を保持する本実施形態においては、構造上、ピストンシール45と巻きバネとの接触が不可能であり、適用できない。本実施形態においては、上記のように、ピストンシール45に、受ける圧力の変化によって自転を生じる突起96を設けたことにより、シリンダ本体15の内周側にピストンシール45を保持する構造であってもピストンシール45を回転させることができる。しかも、ピストンシール45の形状を変更するのみであるため、部品点数およびコストの増大を抑制することができる。勿論、外径摺動型のマスタシリンダにも適用可能であり、その場合も、部品点数およびコストの増大を抑制することができる。
ピストンシール45を回転させるためには、突起96が周方向の両端側同士で剛性が異なって形成されていれば良く、上記に対し種々の変更が可能である。
例えば、図7に示す第1変形例のように、先端面96aに伸びる側面部96b,96dの両方の先端面96aに対する角度を鈍角とし、一方の側面部96bの先端面96aに対する角度を、他方の側面部96dの先端面96aに対する角度よりも小さくしても良い。言い換えれば、O’−Cの長さ<B−O’の長さとする。この場合も、シリンダ本体15の軸方向に対する角度が、一側の側面部96bと他側の側面部96dとで異なることになり、突起96の側面部96b側と側面部96dとで剛性が異なることになる。
また、例えば、図8に示す第2変形例のように、一方の側面部96bの先端面96aに対する角度を、他方の側面部96dの先端面96aに対する角度よりも小さくするとともに側面部96bを凹状の円弧状とし、側面部96dを凸状の円弧状としても良い。この場合も、シリンダ本体15の軸方向に対する角度が、一側の側面部96bと他側の側面部96dとで異なることになり、突起96の側面部96b側と側面部96dとで剛性が異なることになる。
また、例えば、図9に示す第3変形例のように、先端面96aに伸びる側面部96b,96dの両方の先端面96aに対する角度を鈍角とし、一方の側面部96bの先端面96aに対する角度を、他方の側面部96dの先端面96aに対する角度よりも小さくするとともに、各角位置A〜Dを円弧状としても良い。この場合も、シリンダ本体15の軸方向に対する角度が、一側の側面部96bと他側の側面部96dとで異なることになり、突起96の側面部96b側と側面部96dとで剛性が異なることになる。なお、各角位置を面取りしても良い。
また、例えば、図10に示す第4変形例のように、突起96の周方向の一側の径方向肉厚と周方向の他側の径方向肉厚とを異ならせても良い。つまり、突起96の側面部96dを中間突出部93の径方向および軸方向に沿わせて端面95aと先端面96aとを繋ぐようにするとともに、側面部96b側から中央まで径方向肉厚を一定として剛性を高くし、突起96の側面部96d側に側面部96dに近づくほど薄肉となるように径方向両側に面取り100を形成して剛性を低くする。なお、この第4変形例の構造を第1実施形態、第1〜第3変形例に適用することも勿論可能である。
以上においては、プライマリ側のシール構造部SPを例にとり詳細に説明したが、セカンダリ側のシール構造部SSも同様の構造となっているため、同様の効果を奏することができる。