本発明を、添付図面に示す実施形態に基づいて説明する。図1〜図4には、本発明の実施形態1の多段変速工具を示している。本実施形態の多段変速工具は、クラッチ機能を有するドリルドライバであり、筒型の本体ハウジング80内に、動力源であるモータ1と、このモータ1の回転力を伝達する減速機2と、減速機2を通じて伝達された回転力により回転駆動される出力軸3と、出力軸3にかかるトルクが所定水準に達した時点でクラッチを働かせるクラッチ機構4とを配している。
このモータ1と出力軸3の間に配される減速機2が、移動部材5の軸方向のスライドによって減速比が切替自在な変速段を、ギアケース50内に複数(ここでは2段)有する。以下においては、ギアケース50内に2段備えた変速段のうち入力側(即ちモータ1側)の変速段を「1段目の変速段」といい、出力側(即ち出力軸3側)の変速段を「2段目の変速段」という。なお、後述するように、1段目と2段目の減速段の移動部材5は、ともにリングギア15,29であり、変速部材35の回転に伴ってスライド操作される。
1段目の減速段は、以下の構成を具備する。
モータ1のモータ軸1aに固定される1段目のサンギア6は、歯数の異なる二つのサンギア7,8を一体に形成したものであり、一方のサンギア7が入力側、他方のサンギア8が出力側に位置する。入力側のサンギア7は、1段目の入力側のプラネットギア9に噛み合い、出力側のサンギア8は、同じく1段目の出力側のプラネットギア10に噛み合う。入力側と出力側のプラネットギア9,10は、軸方向に所定距離を隔てて配置されている。
入力側のプラネットギア9は円周上に複数配置され、それぞれのプラネットギア9が、ピン11を介して1段目の入力側のキャリア12に回転自在に保持される。また、出力側のプラネットギア10も円周上に複数配置され、それぞれのプラネットギア10が、ピン13を介して1段目の出力側のキャリア14に回転自在に保持される。入力側と出力側のキャリア12,14は、複数のピン13の圧入により相対回転不能に連結されている。
1段目のリングギア15は、入力側のプラネットギア9に噛み合うことのできる入力側のリングギア16と、出力側のプラネットギア10に噛み合うことのできる出力側のリングギア17とを、一体に形成したものである。リングギア15をなす入力側と出力側のリングギア16,17は、軸方向に距離を隔てて位置する。このリングギア15の外周面には、軸方向に伸びる突起体18(図3参照)が複数形成されている。この突起体18がギアケース50内周面の溝に嵌まることで、1段目のリングギア15は、ギアケース50に対して軸方向にスライド自在且つ回転不能となっている。
1段目のリングギア15の外周面には、周方向につながったリング溝19が形成されており、このリング溝19に、Ω字形状のワイヤーから成る1段目の支持部材20が、外側から嵌まり込む(図3参照)。Ω字状である支持部材20の両端部20aは、ギアケース50の両側面に貫設した1段目用のスライド溝51を通じて、両側方に突出する。スライド溝51は、軸方向に一直線状に形成した長孔である。支持部材20のギアケース50外に突出した端部20aは、後述の変速部材35に係合し、変速部材35の回動に伴って支持部材20が軸方向にスライド操作される。この支持部材20を介して、リングギア15は軸方向の所定範囲内にてスライド移動される。
図2では、1段目のリングギア15は前記所定範囲の入力側端部に位置する。この位置においては、入力側のリングギア16の部分が入力側のプラネットギア9と噛み合い、出力側のリングギア17の部分は出力側のプラネットギア10と噛み合わない。一方、1段目のリングギア15が前記所定範囲の出力側端部に位置する場合には、入力側のリングギア16の部分は入力側のプラネットギア9と噛み合わず、出力側のリングギア17の部分が出力側のプラネットギア10と噛み合う。
リングギア16とプラネットギア9が噛み合う場合と、リングギア17とプラネットギア10が噛み合う場合とでは、減速比が相違する。つまり、1段目の移動部材5であるリングギア15が軸方向にスライドすることで、1段目の減速段の減速比が変更される。
2段目の減速段は、以下の構成を具備する。
2段目のサンギア25は、1段目の出力側のキャリア14と一体に形成されている。2段目のプラネットギア26は、2段目のサンギア25と噛み合う位置の円周上に複数配されている。2段目のキャリア27には、これら複数のプラネットギア26が、ピン28を介して回転自在に支持される。
2段目のリングギア29は、ギアケース50に対して軸方向にスライド自在に且つ回転自在に配される。2段目のリングギア29の外周面には、周方向につながるリング溝30が形成されており、このリング溝30に、Ω字形状のワイヤーから成る2段目の支持部材31が、外側から嵌まり込む(図3参照)。支持部材31の両端部31aは、ギアケース50の両側面に貫設した2段目用のスライド溝52を通じて両側方に突出する。支持部材31のギアケース50外に突出した端部31aは、変速部材35に係合し、変速部材35の回動に伴って支持部材31が軸方向にスライド操作される。この支持部材31を介して、2段目のリングギア29は軸方向の所定範囲内にてスライド移動される。
図2では、2段目のリングギア29は前記所定範囲の入力側端部に位置する。この位置においては、リングギア29が有する内歯に対して、1段目の出力側のキャリア14がその外周部に有する噛合部と、2段目の複数のプラネットギア26とが噛み合う。一方、このリングギア29は後述の係合部53には係合せず、ギアケース50に対して回転自在の状態にある。これにより、2段目のプラネットギア26はキャリア14及びリングギア29と一体に回転し、2段目の減速段は非減速状態となる。
一方、2段目のリングギア29が前記所定範囲の出力側端部に位置する場合には、このリングギア29の内歯に対して、1段目の出力側のキャリア14の噛合部が噛み合わず、2段目の複数のプラネットギア26が噛み合う。そして、ギアケース50の内周面に固定した係合部53に対して、2段目のリングギア29の出力側外周部が係合し、2段目のリングギア29がギアケース50に対して回転不能の状態となる。このとき、2段目の減速段は減速状態となる。
つまり、2段目の移動部材5であるリングギア29が軸方向にスライドすることで、2段目の減速段の減速比が変更される。なお、2段目の減速段での減速比変更は、減速状態と非減速状態が切り替わることを意味する。
以上のように、1段目の減速段では、移動部材5である1段目のリングギア15が軸方向にスライドして、1段目の減速比を変更する。2段目の減速段では、1段目とは別の移動部材5である2段目のリングギア29が軸方向にスライドして、2段目の減速比を変更する。本実施形態の減速機2では、1段目と2段目の減速比の組み合わせにより、減速機2全体の減速比が変更される。本文中においては、減速比変更を「変速」といい、1速から4速に向かう側の変速を「増速」、4速から1速に向かう側の変速を「減速」という。
次に、1段目と2段目のリングギア15,29をスライドさせるための変速部材35について説明する。本実施形態の変速部材35は、軸方向から視て円弧状に湾曲した一枚のカムプレート36を用いて形成される。カムプレート36は、円筒状であるギアケース50の外周面上に、所定範囲内で周方向にスライド自在に配置される。
カムプレート36には、1段目の変速に用いるカム溝37と、2段目の変速に用いるカム溝38とが、軸方向に並設されている。入力側に位置するカム溝37は、ギアケース50側面のスライド溝51から突出した1段目の支持部材20の端部20aが嵌まるように、径方向に貫通させて形成したものである。出力側に位置するカム溝38は、ギアケース50側面のスライド溝52から突出した2段目の支持部材31の端部31aが嵌まるように、径方向に貫通させて形成したものである。
並設される一対のカム溝37,38は共に、軸方向及び周方向に対して傾斜した傾斜部分を有するものであり、カム溝37,38同士ではその形状を相違させている。1段目側のカム溝37では、互いに逆側に傾斜した傾斜部分を、周方向に沿って交互に連続させ、全体をジグザグ状に形成している。2段目側のカム溝38では、互いに逆側に傾斜した傾斜部分を、周方向に沿って伸びる直線部分を介して周方向に連続させ、一方の傾斜部分の端部からさらに直線部分を連続させている。
1段目の支持部材20の端部20aは、ピン形状を有し、ギアケース50のスライド溝51とカムプレート36のカム溝37との交差部分に、挿通される。したがって、カムプレート36が軸まわりに回動されると、これに伴ってスライド溝51とカム溝37との交差部分が軸方向にスライドし、両側の端部20aひいては支持部材20全体が軸方向にスライド移動される。これにより、前述のとおり1段目のリングギア15がスライドして減速比が変更される。
2段目においても、同様の構造に基づいて、移動部材5であるリングギア29がスライド移動される。1段目側のカム溝37と2段目側のカム溝38は形状を相違させており、共通のカムプレート36を回転操作するだけで、1段目と2段目のリングギア15,29を個別にスライド操作することができる。
カムプレート36には、カム溝37,38を形成した部分から周方向(図中下方向)に所定距離だけ離れた部分に、ギア構造39を形成している。ギア構造39は、カムプレート36の外周面上に形成され、周方向に並設された多数のギアを有している。カムプレート36を軸まわりに回転駆動する駆動部としては、モータ1とは別のアクチュエータを用いる。図中ではアクチュエータを省略しているが、小型モータと減速機とでアクチュータを構成し、小型モータの回転動力が減速機を介してギア構造39に伝達されるように設ける。小型モータは、FET回路により正逆回転可能である。なお、このようなアクチュエータを設けず、外部から手動でカムプレート36を回転操作可能に設けてもよい。
図4には、変速部材35であるカムプレート36の回転に伴い、減速機2が変速される様子を示している。本実施形態では、多段変速工具に備えた制御部(図示略)が作業状況を検知し、その作業状況に基づいてアクチュエータを駆動操作することで、減速機2を自動変速させる。ここでの作業状況とは、出力軸3にかかる負荷トルクであり、出力軸3に配されるトルクセンサ(図示略)によって検知される。負荷トルクを検知する手段としては、公知である多様なセンサが採用可能である。例えば、出力軸3以外の箇所に設置するトルクセンサを用いてもよいし、電流検出手段を設け、検出される電流値と減速比によって負荷トルクを推定するという手段を用いてもよい。
本体ハウジング80に備えたトリガスイッチ70を引き込み、作業開始した時点では、カムプレート36は図4中の(B)に示す4速の状態にある。4速では、1段目と2段目のリングギア15,29が共に入力側に位置する。そして、負荷トルクが増加するに伴い、これを検知した制御部がアクチュエータを駆動させ、カムプレート36を軸まわりに回転移動させる。通常は、負荷トルクが増加するに伴ってカムプレート36を一方向に回転させてゆき、図4中(C)の3速、(D)の2速、(E)の1速と、1速ずつ順に減速させていく。
3速では、1段目のリングギア15が出力側,2段目のリングギア29が入力側に位置する。2速では、1段目のリングギア15が入力側、2段目のリングギア29が出力側に位置する。1速では、1段目と2段目のリングギア15,29が共に出力側に位置する。つまり、4速の状態から1段目のリングギア15を出力側にスライドさせることで1段減速される。ここから1段目のリングギア15を入力側にスライドさせて2段目のリングギア29を出力側にスライドさせることで更に1段減速され、ここから1段目のリングギア15を出力側にスライドさせることで更に1段減速される。
一方、作業開始直後から負荷トルクが急激に上昇するような場合には、これをトルクセンサで検知した制御部が、開始時点で4速の状態にあるカムプレート36が前記方向とは逆方向に回転するように、駆動部を制御する。これにより、図4中(B)の4速から(A)の1速へと、2速飛ばしで速やかに減速される。つまり、カムプレート36の逆回転に伴い、4速の状態から1段目と2段目のリングギア15,29がともに出力側にスライドされることで、2速飛ばしでの減速が実現される。
2速飛ばしの減速によれば、1速ずつの減速に比べて以下の利点がある。つまり、通常の減速では1速ずつの減速に時間がかかり、さらにギア同士の衝撃的な噛み合いも発生してしまう。これに対して、1速以上飛ばして最高速から最低速へと一気に変速することで変速時間が短縮され、トータルの作業時間も短縮される。また、ギア同士の衝突も最小限に抑えることができる。
しかも、このように減速機2の変速順として、1速ずつ順に変速する通常の変速順(以下「第一変速順」という。)と、1速以上飛ばして変速する別の変速順(以下「第二変速順」という。)とを、選択的に実施可能とするために、一対のカム溝37,38を有するカムプレート36を配置して軸まわりに正逆回転自在とするだけでよい。そのため、装置の小型化や低コスト化が実現される。
本実施形態の多段変速工具において、負荷トルクの急激な上昇は、トルクセンサにより検知される負荷トルクの変動を基にして、所定時間後の負荷トルクを推定することで検知する。つまり、減速機2が4速の状態にあるときに、所定時間後の負荷トルクの推定値が閾値以下であるときは、制御部が変速順として第一変速順を選択し、カムプレート36を入力側から視て反時計まわりに回転させていく。一方、減速機2が4速の状態にあるときに、所定時間後の負荷トルクの推定値が閾値を越えるときは、制御部が変速順として第二変速順を選択し、カムプレート36を時計まわりに回転させる。また、制御部は、作業終了後にいったん4速に戻るように、カムプレート36を自動的に回転させる。
なお、前記のように制御部が第一変速順と第二変速順の一方を自動的に選択するのでなく、使用者が第一変速順と第二変速順の一方を選択できるようにしてもよい。この場合、変速順が自動選択される前記内容の変速モードとは別に、外部操作によって変速順が選択される変速モードを、制御部に備えておく。具体的には、外部操作可能なスイッチを本体ハウジング80の外面上に配しておき、負荷トルクの急激な変動があらかじめ想定されるボルト締め作業などを行う場合には、このスイッチを操作して、常に第二変速順に従って変速が行われる変速モードを選択すればよい。また、負荷トルクの急激な変動が想定されない作業を行う場合には、スイッチ操作により、常に第一変速順に従って変速が行われる変速モードを選択してもよい。このようにすることで、変速の仕方が不意に変更されて使用者の混乱を招くことが、効果的に防止される。
前述のように、本実施形態の多段変速工具では、リングギア15,29を移動部材5としているが、他部材を移動部材5として用いてもよい。
例えば、1段目のリングギア15を成す入力側と出力側のリングギア16,17を別部材とし、プラネットギア9,10と噛み合う箇所にそれぞれリングギア16,17を回転可能に設け、各リングギア16,17の外側に噛合部を設け、これらの外側にさらにアウターリングを備え、このアウターリングを移動部材5としてもよい。このアウターリングは、ギアケース50に対して回転不能であり且つ軸方向にスライド自在なものとし、スライド位置に応じてリングギア16,17の一方にだけ噛み合い、回転不能に保持するように設ける。この場合も、移動部材5であるアウターリングのスライドにより、1段目の減速段が変速される。
また、2段目のリングギア29についても、これをスライド不能に設けて(つまりリングギア29を移動部材5とはせず)、リングギア29の外側に別途備えたアウターリングを、移動部材5として用いてもよい。この場合のアウターリングは、リングギア29と一体に回転し且つ軸方向にスライド自在なものとし、そのスライド位置に応じてキャリア14やギアケース50と噛み合うように設ける。この場合も、移動部材5であるアウターリングのスライドにより、2段目の減速段が変速される。
さらに、本実施形態の多段変速工具では、回転駆動されるカムプレート36を変速部材35として用いているが、軸方向に往復駆動される適宜形状の変速部材35をワイヤー等で移動部材5に連結させて設け、この変速部材35の軸方向の移動に伴って1速、4速、3速、2速、1速の順に変速されるように設けてもよい。この場合も、変速部材35を自動的にスライドさせるためのアクチュエータやギア構造を備えてもよいし、手動でスライド可能に設けてもよい。
次に、本発明の実施形態2の多段変速工具について説明する。図5には、本実施形態の多段変速工具の特徴部分を示している。なお、本実施形態の多段変速工具の構成のうち、実施形態1と同様の構成については詳しい説明を省略し、本実施形態の特徴的な構成についてのみ、以下に詳述する。
本実施形態の多段変速工具では、移動部材5をスライドさせるための変速部材35として、周方向に一周してつながるリング状のカムプレート36を用いている。このリング状のカムプレート36は、ギアケース50の外周面上に、周方向の全範囲で回転自在に配置される。
カムプレート36の各カム溝37,38は、周方向に一周してつながるように、環状に形成されている。これらカム溝37,38は、いずれもカムプレート36内面に凹設したものであり、カム溝37,38が径方向に貫通しないように設けている。凹溝状のカム溝37には、ギアケース50側面のスライド溝51から突出した1段目の支持部材20の端部20aが嵌まり、凹溝状のカム溝38には、ギアケース50側面のスライド溝52から突出した2段目の支持部材31の端部31aが嵌まる(図5(b)参照)。
1段目側のカム溝37では、互いに逆側に傾斜した傾斜部分を、全周にわたって交互に連続させている。2段目側のカム溝38では、互いに逆側に傾斜した傾斜部分同士を、周方向に沿って伸びる直線部分を挟みながら、全周にわたって交互に連続させている。リング状のカムプレート36を軸まわりに回転させれば、1段目と2段目のリングギア15,29は、カム溝37,38の形状により規定される形態でそれぞれスライド操作される。
カムプレート36には、軸方向に並設されるカム溝37,38に挟まれる軸方向の位置に、駆動部からの動力が伝達されるギア構造39を形成している。このギア構造39は、カムプレート36の外周面上の全周にわたって形成され、周方向に並設された多数のギアを有している。ギア構造39には、図示略のアクチュエータの回転力が伝達され、この回転力によってカムプレート36が回転操作される。なお、外部から手動でカムプレート36を回転操作可能に設けてもよい。
作業開始時点では、リング状のカムプレート36は、図5(a)に示す4速の状態にある。負荷トルクが増加するに伴い、これを検知した制御部がアクチュエータを駆動させ、リング状のカムプレート36を入力側から視て反時計まわりに回転移動させ、3速、2速、1速と1速ずつ順に減速させていく。一方、作業開始直後から負荷トルクが急激に上昇するような場合には、4速の状態にあるカムプレート36を、入力側から視て時計まわりに回転移動させ、2速飛ばしで一気に1速へと減速させる。
このカムプレート36は、一方向に回転されることで、4速、3速、2速、1速という1速ずつの第一変速順に従った減速を行い、次いで、1速、4速という2速飛ばしの第二変則順に従った増速を行う。その後も、カムプレート36の一方向の回転により、第一変速順と第二変速順が交互に繰り返される。また、これの逆方向にカムプレート36を回転させていくと、4速、1速という2速飛ばしの第二変則順に従って減速され、次いで、1速、2速、3速、4速という1速ずつの第一変速順に従って増速される。その後も、カムプレート36の逆方向の回転により、第二変速順と第一変速順が交互に繰り返される。
この無端の変速順によれば、“…⇔4速⇔1速⇔2速⇔3速⇔4速⇔1速⇔2速⇔3速⇔4速⇔1速⇔…”というように、一つの変速状態から、必ず、他の二つの変速状態にまで直ぐに変更可能となる。しかも、最高速と最低速を一気に切り替えることが可能である。
また、本実施形態のカムプレート36においては、前述のようにカム溝37,38とは軸方向にずれた位置に、ギア構造39を設けている。本実施形態では、凹状のカム溝37,38が形成される部分ではカムプレート36が全周にわたって薄肉となる。そのため、仮にギア構造39を、軸方向の位置においてカム溝37,38と重なるように設けた場合には、ギア構造39の強度を確保するという制約のため、ギア構造39の歯底円直径を大径化せざるを得ない。これに対して、カム溝37,38とは軸方向にずれた位置にギア構造39を設けることで、ギア構造39の歯底円直径を小さくしてもその箇所の強度を確保できる。そのため、カム溝37,38とギア構造39を全周にわたって形成する必要のある本実施形態のカムプレート36を、極力小径化することができる。
ところで、本実施形態では、リング状のカムプレート36を正逆回転させるようにアクチュエータを設けているが、一方向にのみカムプレート36を回転させるように設けてもよい。この場合、カムプレート36を一方向に回転させていくと、“…、4速⇒3速⇒2速⇒1速⇒4速⇒3速⇒2速⇒1速⇒4速⇒…”という順に変速される。この場合も、1速ずつ切り替える第一変速順と、最低速と最高速の間を一気に切り替える第二変速順とが、交互に実現される。また、アクチュエータとして一方向にだけ回転可能なものを用いることができ、部品コストが削減される。
次に、本発明の実施形態3の多段変速工具について説明する。図6には、本実施形態の多段変速工具の特徴部分を示している。なお、本実施形態の多段変速工具の構成のうち、実施形態1,2と同様の構成については詳しい説明を省略し、本実施形態の特徴的な構成についてのみ、以下に詳述する。
本実施形態の多段変速工具は、基本的な構成は実施形態2と共通であるが、減速機2が1速から3速までの三段階で変速されるようにカム溝37,38を形成している点のみ、実施形態2と相違する。本実施形態のカム溝37,38は共に、互いに逆側に傾斜した傾斜部と直接部分とが、周方向に沿って規則的に連続するものである。
作業開始時点では、リング状のカムプレート36は、図6(a)に示す3速の状態にある。通常の作業では、負荷トルクが上昇すると制御部がアクチュエータを駆動させ、カムプレート36を入力側から視て反時計まわりに回転移動させる。これにより、3速から2速、1速というように1速ずつ順に減速していく。一方、作業開始直後から負荷トルクが急激に上昇するような場合には、3速の状態にあるカムプレート36を、入力側から視て時計まわりに回転移動させ、1段飛ばしで一気に1速へと減速させる。
このカムプレート36は、一方向に回転されることで、3速、2速、1速という第一変速順に従った減速を行い、次いで、1速、3速という1段飛ばしの第二変則順に従った増速を行う。その後も、カムプレート36の一方向の回転により、第一変速順と第二変速順が交互に繰り返される。これの逆方向にカムプレート36を回転させていくと、3速、1速という1段飛ばしの第二変則順に従って減速され、次いで、1速、2速、3速という1速ずつの第一変速順に従って増速される。その後も、カムプレート36の逆方向の回転により、第二変速順と第一変速順が交互に繰り返される。
この無端の変速順によれば、“…⇔3速⇔1速⇔2速⇔3速⇔1速⇔2速⇔3速⇔1速⇔…”というように、一つの変速状態から、必ず、他の全ての変速状態にまで直ぐに変更可能となる。
ところで、本実施形態においても、一方向にのみカムプレート36を回転させるようにアクチュエータを設けてもよい。この場合、カムプレート36を一方向に回転させていくと、“…⇒3速⇒2速⇒1速⇒3速⇒2速⇒1速⇒3速⇒…”という順に変速されるようになり、アクチュエータとしては一方向にだけ回転可能なものを使用すればよいため、部品コストが削減される。
次に、本発明の実施形態4の多段変速工具について説明する。図7には、本実施形態の多段変速工具の特徴部分を示している。なお、本実施形態の多段変速工具の構成のうち、実施形態1〜3と同様の構成については詳しい説明を省略し、本実施形態の特徴的な構成についてのみ、以下に詳述する。
本実施形態の多段変速工具では、移動部材5をなす1段目および2段目のリングギア15,29と一対一で対応するように、二個の変速部材35を独立操作可能に備えている。一方の変速部材35は、1段目のリングギア15を軸方向にスライドさせるための一枚のカムプレート36であり、軸方向から視て円弧状に湾曲した形状である。他方の変速部材35は、2段目のリングギア29を軸方向にスライドさせるための一枚のカムプレート36であり、軸方向から視て円弧状に湾曲した形状である。両カムプレート36は、ギアケース50の外周面上にて軸方向に並設されている。以下においては、入力側に位置するカムプレート36に符号36aを付し、出力側に位置するカムプレート36に符号36bを付す。カムプレート36a,36bは共に、所定範囲内で周方向にスライド自在である。
入力側のカムプレート36aには、1段目の変速に用いるカム溝37が形成されており、出力側のカムプレート36bには、2段目の変速に用いるカム溝38が形成されている。カム溝37とカム溝38は共に、軸方向及び周方向に対して傾斜した直線状の貫通溝であり、カム溝37には1段目の支持部材20の端部20aが嵌まり、カム溝38には2段目の支持部材31の端部31aが嵌まる。
入力側のカムプレート36aが軸まわりに回動されると、カム溝37に端部20aを嵌めた支持部材20が軸方向にスライドされ、1段目のリングギア15が軸方向にスライドされる。同様に、出力側のカムプレート36bが軸まわりに回動されると、カム溝38に端部31aを嵌めた支持部材31が軸方向にスライドされ、2段目のリングギア29が軸方向にスライドされる。
両カムプレート36a,36bには、それぞれのカム溝37,38を形成した部分から周方向に所定距離だけ離れた部分に、ギアが周方向に並設されたギア構造39a,39bを形成している。そして、カムプレート36a,36bをそれぞれ軸まわりに回転駆動する駆動部として、小型モータと減速機で構成されるアクチュエータ40a,40bを独立して一対備えている。なお、このようなアクチュエータ40a,40bを設けず、外部から手動でカムプレート36a,36bを回転操作可能に設けてもよい。
図7(a)〜(d)には、4速〜1速の状態にある減速機2を示している。図7(a)は、1段目と2段目のリングギア15,29が入力側に位置する4速の状態を示し、図7(b)は、1段目のリングギア15が出力側、2段目のリングギア29が入力側に位置する3速の状態を示す。図7(c)は、1段目のリングギア15が入力側、2段目のリングギア29が出力側に位置する2速の状態を示し、図7(d)は、1段目と2段目のリングギア15,29が出力側に位置する1速の状態を示す。
本実施形態の多段変速工具が備える制御部は、出力軸3にかかる負荷トルクに基づいて作業状況を検知し、その検知結果に基づいて、駆動部をなすアクチュエータ40a,40bを独立に駆動制御し、減速機2を変速させる。
ここで、二つのリングギア15,29が独立して移動可能となっているため、1速から4速までの四段階の変速状態の全てが、直ぐに選択可能である。したがって、減速機2の変速順として、1速ずつ順に変速する第一変速順が実現可能であることは勿論のこと、1速以上飛ばして変速する第二変速順も実現可能となる。
例えば、作業開始時点では、カムプレート36a,36bを図7(a)の4速の状態にセットしておき、負荷トルクが増加するとアクチュエータ40aを駆動させ、カムプレート36aだけを回転させることで、図7(b)に示す3速の状態に減速させる。さらに負荷トルクが増加すれば、今度はアクチュエータ40a,40bを同時に駆動させ、カムプレート36a,36bを互いに逆側に回転させることで、図7(c)に示す2速の状態に減速させる。さらに負荷トルクが増加すれば、アクチュエータ40aを駆動させ、カムプレート36aだけを回転させることで、図7(c)に示す1速の状態に減速させる。このように、通常は、負荷トルクが増加するに伴ってカムプレート36a,36bの一方または両方を回転させ、4速から3速、2速、1速というように(つまり、1速ずつ順に変速する第一変速順で)減速させていく。
一方、作業開始直後から負荷トルクが急激に上昇するような場合には、アクチュエータ40a,40bを駆動させ、開始時点で図7(a)の4速の状態にあるカムプレート36a,36bを共に回転させて、図7(a)の4速から図7(d)の1速へと、2速飛ばしで速やかに減速させる。このように、負荷トルクが急上昇するような作業の場合は、カムプレート36a,36bを同時に回転させ、4速から一気に1速へと(つまり、2速飛ばして変速する第二変速順で)減速させる。なお、4速から2速へ減速させるように、第二変速順を1速飛ばしで設定してもよいし、1速飛ばしと2速飛ばしを使用者が選択可能となるように設けてもよい。また、負荷トルクの変動に基づいて、1速飛ばしと2速飛ばしの一方が自動的に選択されるように設けてもよい。本実施形態によれば、一つの変速状態から、必ず、他の全ての変速状態にまで直ぐに変更することができるので、第一変速順や第二変速順のような多様な変速順が実現可能となる。
なお、本実施形態においても、変速部材35は円弧状のカムプレート36a,36bに限定されず、他の構成であってもよい。例えば、変速部材35として、独立して軸方向にスライド自在な部材を一対配し、各変速部材35に支持部材20,31を一対一で連結させ、各変速部材35を専用のアクチュエータ40a,40bで独立して往復動させる機構としてもよい。この場合のアクチュエータ40a,40bとしては、回転式のモータやソレノイドが採用可能である。
以上、説明したように、実施形態1〜4の多段変速工具では、モータ1と出力軸3の間に、移動部材5の軸方向のスライドによって減速比が切替自在な変速段を複数有する減速機2を配置し、移動部材5をスライドさせるための変速部材35を備えている。この変速部材35を操作して移動部材5をスライドさせることによって、減速機2が1速から3速以上まで変速可能である。そして、変速部材35による減速機2の変速順として、1速ずつ順に変速する第一変速順に加えて、1速以上飛ばして変速する第二変速順を設けている。
したがって、通常の作業では一速ずつの第一変速順で作業を行い、急激に負荷トルクが変動するような作業においては、1速以上飛ばす第二変速順で作業を行うといったように、その作業に適した変速順を選択することができる。そのため、急激に負荷トルクが変動するような作業においても、作業時間のロスを極力抑えながらこれに対応することができる。特に、動作中にモータ1を完全に停止させずに変速を行うような場合には、ギアの切り替え回数が減ることでギアの寿命が向上する。
また、実施形態1〜3の多段変速工具では、変速部材35の移動に伴う減速機2の変速順を、1速ずつ順に増速する第一変速順の最高速から、1速以上飛ばして減速する第二変速順が連続するように設けている。このように、変速部材35の所定方向の移動によって実現される一連の変速順のなかに、第一変速順と第二変速順が連続的に存在するように設けることで、変速部材35を移動させるだけで第一変速順と第二変速順を簡単に選択することができる。
また、実施形態1〜3の多段変速工具において、リング状又は円弧状である変速部材35は、移動部材5に動力を伝達するカム溝37,38を有し、且つ、周方向に回転自在に配されたものである。そして、変速部材35の周方向の回転に伴って移動部材5がスライドされ、1速ずつ順に増速する第一変速順の最高速から、1速以上飛ばして減速される第二変速順が連続するように設けている。このようにすることで、変速部材35を軸まわりに回転させるだけで、第一変速順と第二変速順を簡単に選択することができる。
また、実施形態1〜3の多段変速工具において、第二変速順は、最高速の次に最低速にまで変速されるものである。これにより、負荷トルクが急激に変動するボルト締めなどの作業を行う場合においても、作業時間のロスを極力抑えながらこれに対応することができ、また、ギア寿命も向上させることができる。
さらに、実施形態3の多段変速工具において、第一変速順は、1速から3速までの三段階で変速されるものであり、第二変速順は、1速と3速の間を1速飛ばしで変速されるものである。これによれば、1速、2速、3速の全ての変速状態から、他の全ての変速状態へと直ぐに切り替えることができる。そのため、結果的にトータルの作業時間が短縮される。
また、実施形態2,3の多段変速工具においては、リング状である変速部材35を一方向にのみ回転させる駆動部を備え、変速部材35の一方向の回転に伴い、第一変速順と第二変速順が交互に繰り返されるように設けることも好ましい。これによれば、駆動部として、変速部材35を一方向にのみ回転可能なものを利用することができ、部品コストが削減される。
また、実施形態2,3の多段変速工具においては、変速部材35を回転させる駆動部を備え、変速部材35には、カム溝37,38とは軸方向にずれた位置に、駆動部からの動力が伝達されるギア構造39を形成している。このように、カム溝37,38が形成されて強度が低下する箇所ではなく、この箇所とは軸方向にずれた箇所にギア構造39を設けることで、ギア構造39の歯底円直径を小さく設けてもその箇所の強度を確保することができる。そのため、カム溝37,38とギア構造39を共に全周にわたって有する変速部材35であっても、極力小型化した部材として提供することができる。
また、実施形態4の多段変速工具では、複数の移動部材5と対応するように変速部材35を複数備え、それぞれの変速部材35により別々の移動部材5を独立してスライドさせることで、減速機2を、第一変速順に加えて第二変速順でも変速可能としている。これによれば、複数の変速部材35を独立してスライド操作し、第一変速順や第二変速順のような多様な変速順を実現することが可能となる。
また、実施形態1〜4の多段変速工具では、変速部材35を動作させる駆動部と、作業状況を検知する検知部と、検知部での検知結果に基づいて第一変速順と第二変速順のうち一方を変速順として選択し、その選択した変速順で変速が行われるように駆動部を制御する制御部と、を備えている。これによれば、作業状況に適した変速順が自動的に選択されるようになり、使用者自らが作業状況に応じて変速順を選択する手間や技能が不要となる。
また、実施形態1〜4の多段変速工具では、制御部は、検知部の検知結果に基づいて第一変速順と第二変速順のうち一方を変速順として選択し、その選択した変速順で変速が行われるように駆動部を制御する変速モードと、常に第二変速順で変速が行われるように駆動部を制御する変速モードとを、別々に有することも好ましい。負荷トルクが急激に変動する作業を行うことがあらかじめ決まっているときは、常に第二変速順で変速が行われる変速モードで作業を行えばよい。これにより、作業中に使用者の混乱を招くことが防止される。
以上、本発明を添付図面に示す実施形態に基づいて説明したが、本発明は前記各例の実施形態に限定されるものではなく、本発明の意図する範囲内であれば、各例において適宜の設計変更を行うことや、各例の構成を適宜組み合わせて適用することが可能である。