JP5638809B2 - アモルファス皮膜付き金属材およびアモルファス皮膜形成方法 - Google Patents

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請求項に係る発明は、金属基材の表面にアモルファス金属皮膜を有する金属材、およびそのようにアモルファス金属皮膜を形成する皮膜形成方法に関するものである。
金属基材の表面にアモルファス金属皮膜を形成する手段として、発明者らは、材料粒子を含む火炎を冷却ガスによって冷却するという新しい方式の溶射装置をすでに開発した。また、その溶射装置を用いることにより、鉄クロム(Fe−Cr)系の成分を有する、耐食性および耐摩耗性がきわめて高いアモルファス金属皮膜を形成できることも明らかにした。開発した溶射装置とアモルファス金属については、下記の特許文献1および2にて開示されている。
その溶射装置によれば、簡単な方法で、任意の基材の表面上にアモルファス金属皮膜を形成することができる。また上記鉄クロム系のアモルファス金属皮膜は、全ての化学薬品に対して高い耐食性を発揮し、耐摩耗性にも優れている。
特開2008−174784号公報 特開2009−270152号公報
上記文献1・2に記載の技術は、それ自体はきわめて有用なものであるが、実際の産業用機器・設備において使用する場合には、必ずしもアモルファス金属皮膜を適切に形成して十分な機能を発揮させられるとは限らなかった。それは、アモルファス金属皮膜の形成について下記i)〜iii)のような課題が解決されなかったからである。
i) 金属基材とアモルファス金属皮膜との間の密着性が低い。
アモルファス金属ではない一般の金属溶射では、溶射温度(基材表面での溶射皮膜の温度)を800℃程度以上にするため、金属基材の界面の数μmが一旦溶融し、そのために基材と溶射金属との密着強度が高い。しかしながら、アモルファス金属の溶射は、当該金属の結晶化を避けるべく溶射温度を低く(550℃以下に)して行われることから、基材表層界面とアモルファス金属との間の溶け込みがなく、したがって両者間の密着力が弱い。密着力が弱いと、産業用機器等において作用する力学的または熱的な衝撃により、アモルファス金属皮膜が基材から剥離する不都合も生じやすい。
ii) アモルファス金属皮膜に一貫孔やミニクラックが発生しやすい(図5参照)。
一貫孔やミニクラックは、溶射によって皮膜の形成をする場合に発生しやすい欠陥である。一般の金属溶射では、上記のように高い溶射温度を採用するためにそれらの欠陥を溶融させてなくすことが可能であるが、低温で行うアモルファス金属皮膜の溶射においてはそれが不可能である。一貫孔が存在すると、いかにアモルファス金属皮膜の耐食性が高くとも、基材を十分に保護することができなくなる。
iii) 基材の形状や、基材とアモルファス金属皮膜との間の線膨張係数の差に基づき、溶射後に皮膜の一部が割損することがある(図10参照)。
たとえば中空軸状の金属基材に対し、その外周面と軸端面とに連続してアモルファス金属皮膜を溶射した場合、冷却後、外周面と軸端面との境目に応力が集中する結果、軸端面の皮膜が割損して剥がれ落ちることがある。鉄クロム系のアモルファス金属皮膜のうちでも、耐食性と耐摩耗性において有利な高クロム(35%以上)のもの(図2、図3参照)は、延性が乏しい(図4参照)ため、とくに割損率が高くなる。
請求項に係る発明は、以上のような課題を解決し、実際の産業用機器・設備において長期間安定して使用できる皮膜付き金属等を提供するものである。
発明によるアモルファス皮膜付き金属材は、金属基材の表面に下地材を介してアモルファス金属皮膜を有する金属材(たとえば後述の化学プラント用スラリーポンプの回転軸スリーブ)であって、
・ 上記基材の上に、当該基材と上記下地材とが溶融し合ってできた層をはさんで下地材の層が形成され、
・ 当該下地材の層の上に、当該下地材と上記アモルファス金属の成分の金属(アモルファスでない金属)とが溶融し合ってできた第一中間層、および上記アモルファス金属の成分の金属(アモルファスでない金属)と上記アモルファス金属とが溶融し合ってできた第二中間層をはさんで、アモルファス金属皮膜の層が形成されている
ことを特徴とする(図8、図9参照)。
なお、上記の第一中間層および第二中間層における「アモルファス金属の成分の金属」は、ナノ組織金属となっているものと考えられる。後述のように溶射によるとき、下地材(Ni−Cr層など)との界面では、下地材と溶融し合う高い溶射温度(800℃前後)でアモルファス金属と同一成分の金属を溶射するため、当該成分の金属はアモルファスとなり得ず、ナノ組織金属となる。図9の例(4000倍のSEM写真)においても、結晶が確認できないほどナノ組織化している。
このような皮膜付き金属材では、金属基材とアモルファス金属皮膜との間の密着性が高く、アモルファス金属皮膜が基材から剥離しがたい。密着性が高いのは、基材と下地材との間、および下地材とアモルファス金属皮膜との間に、隣り合う金属同士が溶融し合ってできた層をはさんでいるからである。すなわち、基材の上には、当該基材と上記下地材とが溶融し合ってできた層をはさんで下地材の層が形成されていて、下地材の層の上には、当該下地材と上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)とが溶融し合ってできた第一中間層、および上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)と上記アモルファス金属とが溶融し合ってできた第二中間層をはさんで、アモルファス金属皮膜の層が形成されている。その一例は図9に示すとおりで、下地材とアモルファス金属皮膜との間は、それぞれ十分に溶け合い、界面間に隙間なく入り込んで密着している。溶射層の密着度についてのJIS規格試験においても、後述のように良好な結果が得られた。下地材として延性に優れた合金類を採用する場合には、力学的または熱的な衝撃をその下地材が吸収するため、アモルファス金属皮膜が剥離しがたい性質はとくに高いものとなる。
発明による皮膜付き金属材は、とくに、1)上記基材の表面に溶射によって下地材の層が形成されたうえ、2)当該下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同じ溶射温度(ただし±20℃程度の範囲内で相違するものも含む)で上記アモルファス金属の成分が溶射され、3)その後、当該アモルファス金属の成分がアモルファス化に適した溶射温度まで下げられて溶射されることにより、上記の第一中間層、第二中間層およびアモルファス金属皮膜の層が形成されている、というものが好ましい。
このような皮膜付き金属材は、隣り合う金属同士の間に溶融し合ってできた層をはさんで溶射皮膜が強固に密着した上述の好ましい金属材であるうえ、前記文献1に示された溶射装置を使用して低コストで容易に形成されるものである。前記のようにアモルファス金属の溶射温度が低いにもかかわらず、金属同士が溶融し合った層を介して溶射皮膜が強固に密着する理由は、下記1)〜3)のとおりである。すなわち、
1) 基材の表面に一般金属の下地材を溶射する際には、溶射温度をたとえば600℃以上と高くすることにより、基材上に、当該基材と下地材とが溶融し合ってできた層をはさんで下地材の層が形成される。
2) 下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同様に高い溶射温度でアモルファス金属の成分を溶射するので、当該下地材と上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)とが溶融し合ってできた第一中間層ができる。
3) その後、当該アモルファス金属の成分がアモルファス化に適した溶射温度まで下げられて溶射されることにより、上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)とアモルファス金属皮膜とが溶融し合った第二中間層をはさんでアモルファス金属皮膜が形成される。アモルファス金属皮膜の形成時には、結晶化温度からガラス温度になる間に塑性流動する温度領域があるため、溶射温度を適切に設定して当該塑性流動域を経由させれば、その間に上記金属(ナノ組織金属)とアモルファス金属皮膜とを溶融させて第二中間層を形成できるのである。
上記の下地材としてNi−Cr合金またはNi−Al合金の層が形成され、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜が形成されていると、とくに有利である。
Ni−Cr合金(たとえばNiが70〜90%、残部のほとんどがCrの合金)やNi−Al合金(たとえばNiが70〜90%、残部のほとんどがAlの合金)は高い延性を有するため、これらの層が基材・アモルファス金属皮膜間に形成されていると、両者間の物性の相違による応力の発生が緩和され、また力学的または熱的な衝撃が吸収される。その結果、基材上のアモルファス金属皮膜の密着性がさらに高いものとなる。
そして鉄クロム系アモルファス合金皮膜(たとえば、化学成分(原子%)が38Fe−35Cr−7Mo−13P−7Cのもの)は、前述のように耐食性・耐摩耗性に優れるため、上のような金属材は種々の産業用機器・設備において有意義な使用が可能である。
発明によるアモルファス皮膜形成方法は、金属基材の表面にアモルファス金属皮膜を形成する皮膜形成方法であって、
1) 上記基材の表面に溶射によって下地材の層を形成したうえ、
2) 当該下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同じ溶射温度(ただし±20℃程度の範囲内で相違するものも含む)で上記アモルファス金属の成分を溶射し、
3) その後、当該アモルファス金属の成分の溶射温度をアモルファス化に適した温度まで下げて溶射を行うことを特徴とする。上記1)〜3)は、連続的に(またはできるだけ短い時間間隔で)行うのがよい。なお、溶射温度とは、前記のとおり基材表面での溶射皮膜の温度をさすものとする。
この方法によれば、下記1)〜3)の理由により、アモルファス金属皮膜が基材上に強固に密着した状態に形成される。すなわち、
1) 基材の表面への下地材の溶射は、下地材が一般金属であるため溶射温度をたとえば600℃以上と高くして行うことができ、基材上に、当該基材と下地材とが溶融し合ってできた層をはさんで下地材の層が形成される。
2) 下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同様に高い溶射温度でアモルファス金属の成分を溶射するので、当該下地材と上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)とが溶融し合ってできた層ができる。
3) その後、当該アモルファス金属の成分がアモルファス化に適した溶射温度まで下げられて溶射されると、上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属)とアモルファス金属皮膜とが溶け合って、相手側金属の界面に隙間なく入り込んだ層をはさんでアモルファス金属皮膜が形成される。アモルファス金属皮膜の形成時には、ナノ結晶化温度からガラス温度になる間に塑性流動する温度領域があるため、溶射温度を適切に設定して当該塑性流動域を経由させれば、その間に上記金属とアモルファス金属皮膜とが溶融した層を形成できる。
基材と下地材およびアモルファス金属皮膜の各層が、それぞれ隣り合う金属同士の間に溶融し合ってできた層をはさんで形成されるため、各層間の密着度が高くなるのである。
上記の皮膜形成方法については、材料粒子を含む火炎を基材に向けて溶射ガンより噴射し、当該材料粒子を火炎によって溶融させたうえ、当該材料粒子および火炎を基材に達する前から冷却ガスにて冷却する機能を有する溶射装置(たとえば図16に示すもの)を用いて上記それぞれの溶射を行うのが好ましい。
そのような溶射装置を使用すると、冷却ガスを用いて溶射温度を高精度にコントロールすることができ、したがって適切な温度で上記の方法を実施し、良好な皮膜形成が行えるからである。
上記の下地材としてNi−Cr合金(たとえば前記のもの)またはNi−Al合金(たとえば前記のもの)の層を形成し、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜(たとえば前記38Fe−35Cr−7Mo−13P−7C)を形成すると、さらに好ましい。
そうすると、Ni−Cr合金やNi−Al合金、および鉄クロム系アモルファス合金皮膜の性質を利用して、基材上のアモルファス金属皮膜の密着性が高く、耐食性・耐摩耗性に優れた良好な皮膜形成が実現する。
また、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜を形成することとし、アモルファス化のためのその溶射温度を430℃以上・480℃以下とするのが好ましい。
鉄クロム系アモルファス合金皮膜は、前記のとおり耐食性・耐摩耗性に優れるが、溶射によって形成する場合、前述のように一貫孔やミニクラックをともなうことがある。発明者らの試験(後述)では、溶射温度が430℃を下回る場合にはそれらの欠陥がとくに発生しやすい。また、溶射温度が480℃を超える場合には、それらの欠陥は発生しないものの皮膜の一部が結晶化してしまう。双方の温度の範囲内であれば、一貫孔もミニクラックも発生をゼロにすることができる(図6、図7参照)。それは、その温度範囲内であれば、結晶化を防止できるとともに、結晶化温度からガラス温度になる間の僅かな塑性流動領域を利用して、一貫孔やミニクラックを溶融させ得るからである。
上記基材の表面とそれに続く端面とにアモルファス金属皮膜を形成する場合には、長さ方向における片側端部に溶射後に生じる基材の縮みをa1、同様に片側端部に溶射後に生じるアモルファス金属皮膜の縮みをa3とし、下地材の厚みをH2、アモルファス金属皮膜の厚みをH3、基材表面の厚さ方向の縮み代をd1とするとき
θ = tan-1{(a1−a3)/(H2+H3+d1)}
で表される角度θの絶対値を小さくする方向に、上記基材の寸法、下地材の厚み、アモルファス金属皮膜の厚み、下地材の材質、アモルファス金属皮膜の材質、溶射中の基材の温度、またはアモルファス金属皮膜の溶射温度を定めるのがよい。角度θおよび他の符号に関しては、図11を参照。
基材の表面(たとえば軸状基材の側面。平板状の表面でも同様)とそれに続く端面(上記表面に対して90°前後の角度をなす面)とにアモルファス金属皮膜を溶射して形成する場合、前述のように、基材とアモルファス金属皮膜との間の線膨張係数の差などに基づいて端面付近の皮膜が割損することがある。しかし、上記にしたがって角度θを小さくするように各層の厚さや材質、溶射中の温度等を適切に定めるなら、溶射が終了して冷却されたとき基材表面と端面との境目付近でアモルファス金属皮膜に生じる残留応力の集中度が緩和される。その結果、端面付近の皮膜が割損して剥がれ落ちる等の不都合を防止できるうえ、耐食性と耐摩耗性に優れるものの延性が乏しい高クロム(35%以上)の鉄クロム系アモルファス合金皮膜をも、基材の表面および端面に形成することが可能なる。
上記基材が円筒状のものであるとき、その肉厚t(mm)に対する上記の角度θ(度)を、
0 ≦ θ ≦ −1.19t+12.5
となるようにするととくに有利である。すなわち、円筒状基材における肉厚tと上記角度θとの関係が図12の斜線部分に入るよう、上記した各層の厚さや材質、溶射中の温度等を定めるのである。
発明者らの試験によると、角度θが上記範囲内に入るなら、円筒状基材における軸端部(側面と端面との境目付近)にもアモルファス金属皮膜の割損は発生しないので、とくに好ましいと言える。
上記基材の表面とそれに続く端面とにアモルファス金属皮膜を形成するとき、
・ 上記基材の線膨張係数が上記アモルファス金属皮膜のそれよりも大きい場合には、溶射中に上記基材を冷却(たとえば裏面から冷却)し、
・ 上記基材の線膨張係数が上記アモルファス金属皮膜のそれよりも小さい場合には、溶射中に上記基材を加熱(たとえば裏面から冷却)するのがよい(図14、図15、表2参照)。
溶射中の基材を上記のように冷却または加熱することとし、その程度を適切に設定すると、上述のように端面付近に発生しがちな皮膜の割損を防止することができる。溶射終了後に長さ方向に生じる基材の縮みa1とアモルファス金属皮膜の縮みa3との差|a1−a3|を小さくして、上記の角度θの絶対値を小さくすることになるからである。そうして皮膜の割損を防止できると、上記のように高クロムの鉄クロム系アモルファス金属皮膜の形成が可能になり、皮膜付き金属材の適用可能性をさらに拡大することができる。
発明によるアモルファス皮膜付き金属材は、金属基材とアモルファス金属皮膜との間の密着性に優れていて、アモルファス金属皮膜が基材から剥離しがたい。そのため、種々の力学的または熱的な衝撃を受ける産業用機器・設備においても、安定した使用が可能である。
下地材としてNi−Cr合金またはNi−Al合金の層が形成され、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜が形成されているなら、基材上のアモルファス金属皮膜の密着性がとくに高く、種々の産業用機器等における使用可能性がさらに広くなる。
発明によるアモルファス皮膜形成方法によれば、基材と下地材、アモルファス金属皮膜の各層を、それぞれの間に溶融し合ってできた層をはさんで形成できるため、各層間の密着度を高くすることができる。そのため、産業用機器等において作用する力学的または熱的な衝撃によっても剥離することのないアモルファス金属皮膜を、基材上に形成することができる。
とくに、鉄クロム系のアモルファス合金皮膜を形成する際、アモルファス化のためのその溶射温度を430℃以上・480℃以下とすると、当該アモルファス合金皮膜中に一貫孔もミニクラックも発生しないようにすることができる。
基材やアモルファス金属皮膜に関する上記a1、a3、H2、H3、d1を用いて表される上記の角度θの絶対値を小さくするように溶射等の条件を定めるなら、アモルファス金属皮膜に生じる応力集中度を緩和し、当該皮膜の割損を防止することができる。またそれにより、高クロムの鉄クロム系アモルファス合金皮膜を形成して、耐食性および耐摩耗性を高めることが可能なる。
発明の金属材(軸スリーブ)の使用箇所であるスラリーポンプを示す縦断面図である。 Fe−Cr系アモルファス金属におけるCr量による性能変化を示す線図である。 Fe−Cr−Mo系アモルファス金属リボンについての、塩酸中1000時間浸漬による重量消失度合いを示す線図である。 アモルファス金属リボンの曲げ強度と成分との関係を示す線図である。 Fe−35Crアモルファス金属皮膜における表面クラックの発生状況を示す写真である。 Fe−35Crアモルファス金属皮膜の良好な表面を示す写真である。 Fe−35Crアモルファス金属皮膜の断面を示す1000倍SEM画像である。 アモルファス金属皮膜と下地材との密着に関する概念図(図8(a))、および当該密着状況を実現するための溶射温度の時間的変更経過を示す線図(図8(b))である。 下地材の層と、アモルファス金属皮膜と同一成分の金属層との界面を示す4000倍SEM画像である。 軸スリーブにおける軸端部の割損状態を示す写真(3枚)である。 熱膨張係数の違いにより生じる軸スリーブの端面の状態図である。 軸スリーブにおける軸端部皮膜角度と軸厚(肉厚)との関係を示す線図である。 軸端部皮膜角度と下地材厚み、基材温度差との関係を示す線図である。 軸基材を冷却しながら溶射する状態を示す模式図である。 軸基材を加熱しながら溶射する状態を示す模式図である。 溶射装置の概要を示す側面図(一部を断面図で示す)である。
発明の実施形態として、腐食性スラリーを扱う化学プラント用スラリーポンプの回転軸スリーブにおける皮膜形成を紹介する。
図1に示すように、当該ポンプ30は、ケーシング31の中にインペラ32を有し、回転主軸33にてそのインペラ32を回すことにより、スラリーを吸い込んで吐出する。上記の主軸33は、ケーシング31の外にある駆動手段(図示省略)に接続されるため、ケーシング31を内外に貫通し、その貫通部分にシール材(パッキン)34が配置される。主軸33は回転中にシール材34やスラリー中の固形物と摺動し合って摩耗するため、摩耗が進行したとき修復が容易であるよう、図のように円筒状の軸スリーブ11が被せられる。なお、ケーシング31の内面等はゴムライナー35によって被覆されている。
スラリーが腐食性のものであるとき、軸スリーブには、耐食性と耐摩耗性との双方が求められる。そのため従来、軸スリーブには特殊な金属が使用され、たとえば、硫酸、塩酸(濃度20%以下)、苛性ソーダ、硝酸等を含むスラリーにはハステロイが、また次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄等にはチタンがそれぞれ使用されている。そのような従来の軸スリーブの耐用寿命は、使用条件によって異なるが3ヶ月〜2年にとどまっている。腐食を受けることに加え、使用される金属の硬度がHvで400以下であることから、シール材等による機械的なアブレシング摩耗を受けて寿命が限定されるのである。
発明者らは、上記の軸スリーブの表面にアモルファス金属皮膜を形成し、もって軸スリーブの耐用寿命を延長しようと考えた。当該皮膜はFe−Cr系(とくにFe−Cr−Mo系)アモルファス金属によるものとし、その皮膜を溶射によって形成することとした。
Fe−Cr−Mo系アモルファス金属は、全ての化学薬品に対して耐食性、耐摩耗性に優れたもので、その性質の一例は表1に示してある。ただし、図2に示すように、Crを増加させると耐食性、耐摩耗性が確実に向上するものの延性が失われて皮膜が割損しやすくなる。Cr量が20%(at%)前後のものでも比較的安定的に使用出来るが、高い耐食性を望む以上、図3に示すようにCr量で35%(at%)はほしい。しかし、Cr量が増すにつれて、図4のとおり曲げを受けて折れやすくなるなど延性が低下して皮膜の割損が生じやすくなる。
そこで、発明者らは、開発の目標や手法をつぎのように定めた。
1) まず、現在最高位の耐食性を有するハステロイ合金の3倍以上の耐食性と耐摩耗性を前提条件とし、そのために、Fe−Cr−Mo系アモルファス金属で最高位の耐食性を有するCr量35%(at%)のもの(Fe−35Cr系、たとえば38Fe−35Cr−7Mo−13P−7C)を皮膜として使用することを基本目標とした。具体的には、スリーブ軸の基材(軸基材)とアモルファス金属皮膜との間の密着強度が十分あり、皮膜の表面にクラックがないうえ皮膜内部に一貫孔がなく、また、形成後の皮膜中の残留応力が十分に小さい、というアモルファス金属皮膜の形成技術の確立をめざす。
2) アモルファス金属皮膜の成分については、上記のとおりCr量35%(at%)を前提にするものの、成分として、
Cr量が8〜40%、Fe量が40〜70%、Mo量が3〜11%
(いずれもat%。残部にNi、P、CまたはBを含み得る)
のものをも対象内にする。また、軸基材として、ハステロイ合金、デュリメット合金、ステンレス(SUS304、SUS316,SUS403)、鉄(炭素鋼)を取り扱う。
3) 軸基材に対するアモルファス金属皮膜の形成は、前述のような溶射装置を用い、基材支持装置(軸基材を水平に支持して軸心回りに回転させるもの。後述)に支持させた基材の外周面等に対して溶射することにより行う。
図16に示すように、溶射装置1は、粉末式フレーム溶射ガン2の前部に、外部冷却装置とも言える筒状体5等を取り付けたものである。溶射ガン2は、溶射する材料粉末を搬送ガス(たとえば窒素)とともに供給する管と、燃料とするアセチレンおよび酸素の各供給管、ならびに内部冷却ガス(たとえば窒素)の供給管とが接続されている。溶射ガン2の前端にはノズル3があり、それより火炎と溶融材料(上記粉末の溶融したもの)とを噴射する。上記の内部冷却ガスは、ノズル3の周囲に接する位置から吹き出してノズル3の冷却と火炎の温度調節をする。溶射ガン2には、その前端付近であってノズル3の周囲にフランジ状の前部プレート4を固定し、それを介して筒状体5を取り付けている。図示の筒状体5は、溶射ガン2が噴射する火炎Fの前半部分(ノズル3に近い部分。材料粉末の溶融領域)において火炎Fと外気とを隔てるとともに、先端部より火炎Fの後半部分に冷却ガス(たとえば窒素)Gを吹き出して火炎Fを冷却する。
この溶射装置は、材料粒子を含む火炎Fをノズル3から噴射し、当該材料粒子を火炎Fによって溶融させたうえ上記冷却ガスGで冷却することにより、基材10の表面にアモルファス皮膜を形成することが出来る。溶射ガン2のノズル3から噴射される火炎Fは、筒状体5とそれより噴出される冷却ガス(窒素)Gに囲まれて基材10に達するため、アモルファス皮膜中に酸化物の介在する量が少ない。また、冷却ガスGの流量を調整することにより、溶射粒子の温度(冷却速度)をコントロールすることが出来る。
4) アモルファス金属皮膜を形成した軸スリーブは、上記したスラリーポンプ(図1参照)の回転軸スリーブとして使用することとする。軸スリーブ(の基材)の寸法は、たとえば、長さ30〜500mm、軸径30〜300mm、肉厚2mm以上のものとする。
具体的な開発内容とその実績は以下のとおりである。
1) 良好なアモルファス金属皮膜の形成
(1)皮膜のミニクラックおよび一貫孔の発生を“0”にする開発
アモルファス金属の皮膜製作は溶射法で行うため、溶射特有の一貫孔やミニクラックが発生しやすい。一般溶射では熱処理(800度前後)等で一貫孔等を無くすことが出来るが、アモルファス金属の場合にはそれが適用出来ない(高温では結晶化する)。しかし、アモルファス金属の皮膜形成時には結晶化温度からガラス温度となるが、この僅かな間に塑性流動がある領域がある。この塑性流動性を利用して一貫孔等を無くすことを考え、その中での最適皮膜製作温度を決定することとした。
(i) アモルファス金属皮膜製作時の溶射温度水準を変えて、各条件での皮膜断面を電子顕微鏡でチェックした。なお、溶射温度(基材表面での溶射皮膜温度)の測定は、溶射皮膜に直接、熱電対を押し付けて測定した。
a) 試験をした皮膜温度水準(実行温度の誤差±10度):
300度、430度、480度、550度
(ii) 試験結果
a) 300度では、図5に示すように皮膜表面にミニクラックが発生した。
b) 430度では、図6に示すように皮膜表面でのミニクラックの発生が“0”であり、皮膜の内部は、図7に示すように小さな気孔はあるものの一貫孔はない。
c) 480度では430度と同じ結果であった。
d) 550度では、一部皮膜が結晶化してしまい、耐食性が劣化し不適格となった。
(2)試験結果による最適皮膜作製温度。
(i) 上記の結果より、最適皮膜形成の最適作製温度(溶射温度)は430〜480度の間である。
2)皮膜の密着性の向上について
アモルファス金属皮膜を安定して使用するためには、基材と皮膜との密着性が重要である。種々の衝撃を受けても皮膜が剥離を起こさないためには、皮膜と軸基材間の密着強度が必要である。たとえば、衝撃の一つはヒートショックである。これは、ポンプ稼働中から運転停止時に起きる現象である。薬液が軸側に流れ込み、薬液が常温から瞬時に100度(軸基材は180度以上)となり、ボイリング状態で腐食力が上がるとともに、皮膜と軸基材間で熱膨張差による応力が発生し、それと元々の残留応力とが重なり合って大きな応力となる。そのとき、密着力が弱いと、皮膜にクラックが発生し剥離が生じる。二つ目は、ポンプの組立・分解時等の作業員によるハンマー打ちによるもので、密着力が弱いとやはり皮膜剥離を起こす。
一般に溶射での密着強度向上は、(i)ブラストにより基材界面をRaで1〜3μm荒立てて碇効果(アンカー効果)をねらい、(ii)上記(i)により荒立った表面をたとえば800度前後の温度で、界面の数μmを溶融させる、といった方法で行っている。しかし、アモルファス金属の適切な溶射温度は上記(430〜480度)のとおり低いため、基材表層界面とアモルファス金属の溶け込みはなく、ブラスト効果による碇効果だけとなり、密着力は弱い。これらを解決するために、下地材として使われている材料である、Ni-Cr合金やNi-Al合金を利用することとした。基材の表面にこのような合金による下地材の層を設け、その上にアモルファス金属皮膜を形成するわけである。しかし、それでも、温度500度以下では、界面での溶融層は出来ない。そこで、アモルファス金属用の新しい概念を構築し、その概念に基づいて開発を行った。
(1)下地材の役割と密着度向上の為の新しい概念
(i) アモルファス金属と下地材との接合部については溶射温度を上げて、600度〜800度とする。両者の接合部の界面にしっかりとした溶融状態を作り上げて、密着度を強固なものとする。アモルファス金属皮膜形成の温度を100度から300度超えた高温なので、アモルファス金属と成分は同じであっても、アモルファスでない金属(ナノ組織金属)となる。したがって界面は「下地材−アモルファス金属と同一成分の金属(ナノ組織金属)」の溶融層となる。次に、溶射温度600度〜800度から、アモルファス金属皮膜形成の温度500度以下にする。そのような温度には、前記のようにアモルファス金属の塑性流動域があり、その温度レンジを通過させる。そこには、「アモルファス金属と同一成分の金属(ナノ組織金属)−アモルファス金属」の溶融層が出来て、密着強度が高くなる。この概念を図8(a)に示す。基材の上に、当該基材と上記下地材とが溶融し合って出来た層をはさんで下地材の層が形成され、当該下地材の層の上に、当該下地材と上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属。アモルファスでない一般金属)とが溶融し合って出来た第一中間層、および上記アモルファス金属の成分の金属(ナノ組織金属。アモルファスでない一般金属)と上記アモルファス金属とが溶融し合って出来た第二中間層をはさんで、アモルファス金属皮膜の層が形成されている。なおこれらの実施は、前述の溶射装置(図16)を使用し、図8(b)のように溶射温度を変化させ、的確な温度での冷却速度コントロールを行いながら行う。
(ii) 試験方法
a) 軸基材に対して下地材を予定板厚まで溶射する。その時の溶射温度は800〜600度とする。(このとき、基材と下地材の表面界面はお互いの溶融層を形成)
b) 下地材に対して、アモルファス金属と同一成分の金属の溶射を、溶射温度800度〜600度からアモルファス金属皮膜形成温度500度以下まで下げながら行う。その間の厚みは、5〜20μm位である。溶射温度は冷速コントロールをしながら行う。
(iii) 試験結果
a) 基材と溶射皮膜との間の密着強度については、溶射JIS規格に基づき試験した。結果は、密着強度が11MPaであった。下地材のない軸基材とアモルファス金属とでは7MPaなので、60%弱の向上となり、良好な結果となった。また、上述した衝撃にも耐えられるものであった。
b) 下地材とアモルファス金属との界面の電子顕微鏡写真(SEMでの4000倍)を図9に示す。下地材の界面に沿って、隙間もない状態で密着している様子が分かる。
3)軸端面の残留応力の緩和による軸端割損の防止について
(1)発生原因
軸基材の表面(側面)とそれに続く端面にアモルファス金属皮膜を形成する場合、軸基材とアモルファス金属との熱膨張係数(表2参照)の違いにより、アモルファス皮膜の溶射後の冷却途中や室温冷却後に、軸基材とアモルファス金属の延びや収縮差が軸端部に応力として集中し、軸端部が割損しやすい。実際に割損を生じた例を図10に示している。また、その軸端割損部を観察すると、皮膜先端部が軸方向に延びて、軸基材のエッジ部との間に角度(図11における角度θ)が付いていることがある。ここで、主な割損要因は軸方向の延び差によるものと考えた。但し径方向の応力は軸肉厚によるものとして別整理をした。
(2)軸端面にかかる応力評価モデルの構築の考え方
今回は、モデル構築上、アモルファス金属、下地材、軸基材について下記の前提条件をベースとしてモデル構築した。厚みは冷却後のものとして、アモルファス金属皮膜の厚みは500μm、下地材の厚みは350μmとした。したがって、今回モデルは特別解で狭い範囲の適用となる。しかし、この考え方によると、多様なケースにおいても範囲を限定して最適皮膜角度θを決めれば、良好な皮膜の製作が出来る。
(i) 前提条件
a) 基材、下地材、アモルファス金属の密着性は完全であることとする。
b) 基材、下地材、アモルファス金属の外部応力による圧縮代はゼロである。(但し線熱膨張係数によるものは除外)
c) アモルファス金属の外部応力による延び代はゼロである。(但し線熱膨張係数によるものは除外)
d) 下地材の延びは、EL20%まで可能であるとする。
(3)簡易モデルの構築
使用した語句・符号を以下に説明する(図11を参照)。
軸基材長さ;Ld、 軸基材管径の肉厚;H1、 軸基材の線熱膨張係数;α1
下地材の厚み;H2、 下地材の線熱膨張係数;α2
アモルファス金属の厚み;H3、 アモルファス金属の線熱膨張係数α3
軸基材管径延び代(圧縮代);d1 ただし線熱膨張係数による。
溶射時基材温度;TA1、 冷却後基材温度;TB1
溶射時アモルファス金属温度;TA3、 冷却後アモルファス金属温度;TB3
基材の溶射中と冷却後の温度差;ΔT1=TA1−TB1
アモルファス金属の溶射中と冷却後の温度差;ΔT3=TA3−TB3
(4)モデルの考え方
今回のケースモデルでは各部材の線熱膨張係数の差を α1>α2>α3 とした。そのモデルケースとして溶射冷却後の状態図を図11に示してある。
評価関数としては、軸端面部のアモルファス金属皮膜先端部と軸基材の先端部の「皮膜角度;θ」(図11に示す)の大きさで残留応力の大きさを判定することとした。これは、溶射が完了して冷却した後に、軸端部で、基材とアモルファス金属の熱線膨張係数差により、縮み差がアモルファス皮膜の軸端部に「角度θ」を付ける状況となる。よって、この「角度θ」が大きければ大きいほど、残留応力が大きいと判定した。
(i) 具体的な簡易モデル
軸端面に現れる縮みについて考えると、軸端面は両サイドにあるので、軸長さの1/2分の歪が片端面に生じる。
軸材の縮み;a1=Ld/2×(TA1−TB1)×α1 …(1)
アモルファス金属の縮み;a3=Ld/2×(TA3−TB3)×α3 …(2)
軸管径の肉厚の縮み;d=H1×(TA1−TB1)×α1 …(3)
軸基材とアモルファス金属の縮み差は、式(1)と(2)からC=|a1−a3|。ここでの絶対値表示である。なぜならα1とα3の大きさそれぞれの線熱膨張係数により、Cが正、負になるためである。
内側からアモルファス金属外側までの距離;L=H2+H3+d …(4)
軸端面角度;θ=tan-1 C/L …(5)
(5)計算に必要な実機の具体的な項目
(i) 前提条件
基材材質:SUS304、 軸長さ:Ld=80mm、 軸肉厚:8mm
下地材厚み:150μm、350μm、
アモルファス金属厚み:500μmで一定、
アモルファス金属の線熱膨張係数;13.4×10-6/度
基材の線熱膨張係数;18.9×10-6/度、
溶射中温度と冷却後の基材温度差;ΔT1は250度。
アモルファス金属は皮膜状態を考えてΔT3は450度としたが、試験的に300度でも実施。
計算前提に基づいて実機製作を実行。その結果で最適軸端面角度θを決定する。
(ii) 計算と実試験結果とでの最適軸端面角度θについて
計算結果と試験結果とを表3に示してある。ここで分かることは、
a) この仕様では、端面角度が3.4度以内だと良好な端面形成である。
b) 溶射に関する温度条件が同じなら、下地材の厚みを厚くした方が端面角度を下げて安定領域に向かう。
c) 端面角度を下げるために、アモルファス金属皮膜の溶射温度を下げること(ここではΔT3=300度)は端面角度が2.3度となり端面には良い結果となる。しかし、上記1)に示した良好なアモルファス金属皮膜の形成温度の範囲から外れており、軸表面にミニクラックが発生した。皮膜としては不合格である。
(iii) 機械仕様に合わせた最適な端面角度の算定の考え方
化学用スラリー用ポンプ軸の機械仕様は多様であり、それぞれに合ったアモルファス金属皮膜を形成せねばならない。その為に軸端面部の最適角度の指標が必要となる。そこで、いろいろな機械仕様の内容で試験を行ったが、最適端面角度は一定とならず、各機械仕様毎に異なった角度となった。この原因は、前述した軸管径の肉厚方向(径方向)の応力のとらえ方の不足と考えた。その理由は、軸管径肉厚が厚いと、薄いものに比して軸端部の割損する確率が高い事実からである。そこで、機械仕様の違うものの試験を行って、その軸端面角度θを縦軸にし、軸管径肉厚tを横軸にして良否の相関をとった。その結果を図12に示した。図の斜線部分では割損が生じなかったため、両者には相関があることが分かる。図12によれば、肉厚t(mm)に対する軸端面角度θ(度)を、
0 ≦ θ ≦ −1.19t+12.5
となるようにすると、両者の関係が図12の斜線部分に入り、軸端部にもアモルファス金属皮膜の割損は発生しない。これにより、新しい機械仕様でも最適軸端面角度θを決めて、良好なアモルファス皮膜の製作が出来る。
(iv) 簡易モデルの特性について
軸端部の割損の評価基準は、(5)式の軸端面角度:
θ=tan-1 C/L
=tan-1(|a1−a3|/(H2+H3+d))
である。ここでこの式の分母と分子の軸端面角度に及ぼす影響を考えてみる。
a) H2は下地材の厚みで、その厚みは100μm〜350μmぐらいである。
b) d1は軸管径の肉厚の縮み代で、10μm〜50μmである。したがって、(H2+H3+d1)の値は310μm〜900μmとなる。最大と最小の比率は3倍弱となっている。
c) 軸長は一定で考えれば、分子のa3について、アモルファス金属のΔT3は皮膜性状のために450度。また線熱膨張係数もアモルファス金属(耐摩耗のFe−35Cr系)では一定である。一方、a1は軸材の物性できまる。したがって、ΔT1の次第で如何様にも変わる。結局(|a1−a3|)は10μm〜180μmに変化する。最大と最小の比率は18倍にもなる。したがって、このモデルでは、軸端面角度については分母の影響より分子の影響が大きいこととなる。その分子の軸基材の縮み(延び)の影響が最も大きく、その中で、最も影響力の大きいのはΔT1である。したがって、ΔT1のコントロールが大事になる。分母については、下地材の厚みの影響が最も大きい。
d) これらの関係を上記3)(5)(i)に示した前提条件で、パラメーターをΔT1として変化させ計算した結果を、軸端面角度θを縦軸、下地材厚みH2を横軸にとって図13に示している。その結果、温度差ΔT1は、大き過ぎても小さ過ぎても良くない。ここでのケースでは基材の温度差が250度近くが最適であるとわかる。また下地材の厚みH2が厚くなれば有利であることもわかる。
上記のような知見に基づき、発明者らは以下のように温度制御用機器を開発した。
上記の簡易モデルから、スリーブの軸端面にアモルファス金属皮膜を形成する際には、軸基材の温度制御が重要であると分かった。そこで、当該温度制御(冷却または加熱を実施)のための機器を開発した。
1) 前提条件
(1)制御厚み(軸管径肉厚+下地材厚み+アモルファス金属厚み);2000μm〜9000μm
(2)アモルファス金属皮膜形成の作業温度
軸スリーブの表面で400度〜500度(望ましくは430度〜480度)
(3)温度制御範囲(すなわち軸基材の温度)
冷却;100度〜300度、 加熱;200度〜600度
a) 冷却装置
アモルファス金属よりも軸基材の線熱膨張係数が大きい場合、軸管内は冷却を行わなければならない。ここではエアー冷却を採用している。すなわち、図14に示すように、基材支持装置20で軸基材10を支持するとき、冷却配管26(管壁に穴をあけて冷却エアーの噴出口としたもの)を軸基材10の内側に通し、当該冷却配管26内に冷却エアーを送る。温度制御はエアーの供給圧を変えて行う。
なお、基材支持装置20は、モータ等(図示省略)で回転するように設けた一対の取付座21の間に、内筒22、外筒23、締付ナット24等を用いて軸基材10を内側から支持し、回転させ得る装置である。この装置20で支持し回転させる軸基材10の側面および両端面に対し、図示のように溶射装置1を使用し、その火炎Fの角度を適宜変更しながら溶射を行う。
b) 加熱装置
アモルファス金属よりも軸基材の線熱膨張係数が小さい場合は軸管内は加熱しなければならない。ここでは電熱器による加熱を採用している。すなわち、図15に示す基材支持装置20で軸基材10を支持するとき、軸基材10の内側に電熱器27を通し、その電流の制御によって加熱温度の制御を行う。そのように加熱しながら支持装置20で回転させる軸基材10に対し、図示のように溶射装置1にて溶射を行う。
前述の知見に基づいて上記のようにアモルファス金属皮膜を形成した軸スリーブを、化学プラント(腐食性スラリーを扱う化学用スラリーポンプの回転軸)に使用して実証試験を行った。
軸基材は、本来はSUS304でも良いのだが、ここは、本格的な化学プラントでの実施設備検証試験であるため、万が一の腐食事故等を考え合わせて、本来使用されている基材の上にアモルファス金属皮膜を形成して使用した。
試験では、4本の軸スリーブの表面に、アモルファス金属皮膜を作製して耐久テストに臨んだ。ここでのアモルファス金属の成分はそれぞれの薬品に合わせたものとした。たとえば表4に示すように、腐食性が強い「塩酸(濃度12%)+0.2%フッ酸」にはFe−35Cr系を、また腐食性が弱い「リン酸+硫酸」にはFe−10Cr系とした。実機での本格試験では事故発生もなく、表4に示すように従来材の合金鋼に対して3倍以上の耐食性能がもたらされた。なお、取替(寿命)判定は、「塩酸(濃度12%)+0.2%フッ酸」を除き、軸スリーブのシール部分での摩耗量で決めた。これらアモルファス金属の成分をFe−35Cr系にすれば、さらに大幅な寿命延長が確実にあると予想される。
以上の結果、本件発明により、あらゆる薬品に対応出来る超耐食性・耐摩耗性を有する化学用スラリーポンプ軸スリーブの作製、およびそのためのアモルファス金属皮膜の形成に成功したと言える。とくに、従来、耐食性には優れるが割れ感受性が強く工業材料としての使用が不可能とされてきた超耐食・耐摩耗性(硬度でHvが1100以上)を有する「Fe−35Cr系」のアモルファス金属皮膜の作製に成功した。そしてその皮膜は、工業用で最高位の耐食性材料であるハステロイ合金に比して3倍以上の耐食・耐摩耗性を発揮した。
この開発技術の特徴は、つぎのような点にある。
(1)一貫孔がなくミニクラックの発生もない皮膜の形成に成功した。それには、アモルファス金属の結晶化温度とガラス化温度との間の塑性流動性を捉えた最適温度の管理をが重要である。
(2)基材との密着温度が11MPaと高い皮膜の形成に成功し、これにより、衝撃に強いアモルファス金属皮膜となった。密着度向上のために適用した新しい概念とは、アモルファス金属を600度以上の高温にして、アモルファス金属ではないがそれと同一成分の金属として使うことである。すなわち、アモルファス金属界面には「アモルファス金属−同一成分の金属」として、下地材とアモルファス金属の界面では「下地材−アモルファス金属と同一成分の金属」としたことである。これらの実施には、前掲の文献1にて開示した溶射装置における温度・冷速のコントロール機能を使用した。
(3)軸端面部の応力集中を軽減して良好な皮膜の形成に成功した。そのために、軸端部での「最適端面角度θ」を決める新しい簡易モデルを構築した。これにより、いろいろな新しい機械仕様の化学用スラリーポンプの軸スリーブ表面上へアモルファス金属皮膜の形成が出来るようになった。
(4)上記の開発技術を実施するものとして、溶射中の軸基材を予定設定温度にすることが出来る、加熱および冷却装置の開発にも成功した。
今回開発した、アモルファス金属皮膜を有する化学用スラリーポンプの軸スリーブは、すでに実際に実機ポンプの部品として使用されている。
従来の工業材料では耐食性・耐摩耗性があって衝撃に強い(セラミックスよりも強い)等の優れた性能を兼ね備えた材料はなかった。上記の開発はこれらの要求に応えるものであり、高機能アモルファス金属皮膜の利用技術を確立したものと言えよう。また、工業的にも、実機における使用が具現化された意義は大きい。
今後、高耐食性・耐摩耗性を有する工業用材料としてアモルファス金属皮膜は、安く、大量に化学プラント、海洋構造物、大型橋梁、海水利用機器等の幅広い分野での適用が可能となり、省資源(とくにNi、Mo、Cr、Ti、Ta等)、省労働力(長期間メンテナンスフリー化。たとえば100年保証以上)の面でこれからの社会に大いに貢献する基幹工業材料となる。
1 溶射装置
10 基材
11 軸スリーブ
20 基材支持装置
26 冷却配管
27 電熱器
30 スラリーポンプ

Claims (11)

  1. 金属基材の表面に、溶射により形成された下地材を介して、溶射により形成されたアモルファス金属皮膜を有する金属材であって、
    上記基材の上に、当該基材と溶射された上記下地材とが溶融し合ってできた層をはさんで下地材の層が形成され、
    当該下地材の層の上に、溶射された上記アモルファス金属の成分の金属と当該下地材とが溶融し合ってできた第一中間層、および上記アモルファス金属の成分の金属と溶射された上記アモルファス金属とが溶融し合ってできた第二中間層をはさんで、アモルファス金属皮膜の層が形成されている
    ことを特徴とするアモルファス皮膜付き金属材。
  2. 上記した第一中間層および第二中間層におけるアモルファス金属の成分の金属が、ナノ組織金属であることを特徴とする請求項1に記載のアモルファス皮膜付き金属材。
  3. 上記基材の表面に溶射によって下地材の層が形成されたうえ、
    当該下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同じ溶射温度で上記アモルファス金属の成分が溶射され、その後、当該アモルファス金属の成分がアモルファス化に適した溶射温度まで下げられて溶射されることにより、上記の第一中間層、第二中間層およびアモルファス金属皮膜の層が形成されている
    ことを特徴とする請求項1または2に記載のアモルファス皮膜付き金属材。
  4. 上記の下地材としてNi−Cr合金またはNi−Al合金の層が形成され、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜が形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアモルファス皮膜付き金属材。
  5. 金属基材の表面にアモルファス金属皮膜を形成する皮膜形成方法であって、
    上記基材の表面に溶射によって下地材の層を形成したうえ、
    当該下地材の層の表面に、下地材の溶射温度と同じ溶射温度で上記アモルファス金属の成分を溶射し、その後、当該アモルファス金属の成分の溶射温度をアモルファス化に適した温度まで下げて溶射を行う
    ことを特徴とするアモルファス皮膜形成方法。
  6. 材料粒子を含む火炎を基材に向けて溶射ガンより噴射し、当該材料粒子を火炎によって溶融させたうえ、当該材料粒子および火炎を基材に達する前から冷却ガスにて冷却する機能を有する溶射装置を用いて、上記それぞれの溶射を行うことを特徴とする請求項5に記載のアモルファス皮膜形成方法。
  7. 上記の下地材としてNi−Cr合金またはNi−Al合金の層を形成し、アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜を形成することを特徴とする請求項5または6に記載のアモルファス皮膜形成方法。
  8. アモルファス金属皮膜として鉄クロム系アモルファス合金皮膜を形成することとし、アモルファス化のためのその溶射温度を430℃以上・480℃以下とすることを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載のアモルファス皮膜形成方法。
  9. 上記基材の表面とそれに続く端面とにアモルファス金属皮膜を形成するにあたり、
    長さ方向における片側端部に溶射後に生じる基材の縮みをa1、同様に生じるアモルファス金属皮膜の縮みをa3とし、下地材の厚みをH2、アモルファス金属皮膜の厚みをH3、基材表面の厚さ方向の縮み代をd1とするとき
    θ = tan-1{(a1−a3)/(H2+H3+d1)}
    で表される角度θの絶対値を小さくする方向に、上記基材の寸法、下地材の厚み、アモルファス金属皮膜の厚み、下地材の材質、アモルファス金属皮膜の材質、溶射中の基材の温度、またはアモルファス金属皮膜の溶射温度を定める
    ことを特徴とする請求項5〜8のいずれかに記載のアモルファス皮膜形成方法。
  10. 上記基材が円筒状のものであるとき、その肉厚t(mm)に対する上記の角度θ(度)を、
    0 ≦ θ ≦ −1.19t+12.5
    となるようにすることを特徴とする請求項9に記載のアモルファス皮膜形成方法。
  11. 上記基材の線膨張係数が上記アモルファス金属皮膜のそれよりも大きい場合には、溶射中に上記基材を冷却し、上記基材の線膨張係数が上記アモルファス金属皮膜のそれよりも小さい場合には、溶射中に上記基材を加熱することを特徴とする請求項9または10に記載のアモルファス皮膜形成方法。
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