まず、図1を参照して、実施例1における切削装置について説明する。図1は、本実施例における切削装置100の概略構成図である。図1において、10はリードフレームの上に複数の半導体素子(ICチップ)を搭載して樹脂封止されたワーク(切削対象物)である。ワーク10は、後述のように、切削装置100により切削(切断)されて個片化される。本実施例では、ワーク10はX軸方向及びY軸方向に切削されて24個の半導体パッケージ(個片化ワーク)が製造される。このような半導体パッケージとしては、例えば一括封止BGA(ボールグリッドアレイ)パッケージが挙げられる。
ただし本実施例はこれに限定されるものではなく、切削装置100は、上記個数以外の半導体パッケージに個片化することもできる。また、切削装置100は、ワーク10を切断して個片化するためでなく、ワーク10を切削する(ワーク10の所定部分に切り溝を入れる)ためにも用いられる。さらに切削装置100は、半導体素子を備えたワーク10に対して、一括封止BGAパッケージに限定されることなく、例えば発光素子をマップ状に封止したLEDパッケージなどのように複数の素子を一括封止したパッケージや、更には樹脂封止前のウェハや、ウェハに直接樹脂封止を行ったWLP(Wafer Level Package)などにも広く適用可能である。
切削装置100において、20はスピンドルである。スピンドル20は、スピンドルモータ21(駆動手段)を備え、スピンドルモータ21により回転可能に構成されている。22はダイシングブレード(切断刃:以下、単に「ブレード」という)である。ブレード22は、スピンドル20の先端部に取り付けられている。ブレード22は、スピンドル20の回転と共に回転し、テーブル23上に載置されたワーク10を切削することが可能である。スピンドル20は、ブレード22に近接して設けられた支持部で装置枠体に取り付けられている。スピンドル20は、不図示の位置決めモータによりX軸方向(図1中の左右方向)に移動可能に構成されており、ワーク10の切削位置をX軸方向に変化させることができる。
27は切削水29を供給するノズルである。ノズル27は、ワーク10の切削時に発生する切削屑の除去と冷却のため、所定の水量の切削水29をブレード22の切削部及びその周辺に供給する。図1に示されるように、本実施例において、3つのノズル27は、ブレード22の左側、中央、右側の3方向からそれぞれ切削水29をブレード22に供給するように構成されている。ただし、本実施例はこれに限定されるものではなく、2つ以下又は4つ以上のノズルを設けてもよい。
テーブル23は、テーブルモータ24により駆動されることで、Y軸方向(図1中の上下方向)に送り移動可能に構成され、さらにXY平面内で回転可能に構成されている。このため、テーブル23に載置されたワーク10の切削方向を任意に設定することが可能となる。テーブル23による回転位置は、不図示の撮像装置から得られた位置情報に基づいて制御される。撮像装置は、ワーク10の切削位置の画像を撮像可能に構成され、制御部40を介して表示部60に出力可能に構成されている。
25は加速度センサである。加速度センサ25は、スピンドル20に取り付けられており、ワーク10の切削時及び非切削時に発生するスピンドル20の振動(加速度)を測定する。加速度センサ25により測定される振動(加速度)には、各モータ21、スピンドル20をX軸及びZ軸方向に移動させる各軸用のモータ、及び、テーブルモータ24が回転することより生じる振動の他に、ワーク10の切削時における振動や、ブレード22の状態や切削水29の量などに応じて生じる振動が含まれる。本実施例の切削装置100のように、スピンドル20に加速度センサ25を設けることにより、ブレード22の状態や実際に供給されている切削水29の量をリアルタイムに高精度で検出することができる。このため、ブレード22による切削不良の発生などを防止し、高品質な半導体パッケージを提供することが可能になる。
なお、本実施例において、加速度センサ25は、XYZ軸の3軸方向の加速度をそれぞれ測定する3軸加速度センサであるが、これに限定されるものではない。発明者が鋭意研究を行った結果、ワーク10の切削時においては、切削方向(Y軸方向)、換言すれば、送り方向の抵抗の方が他の軸方向の抵抗よりも、切削中の抵抗等により生じる振動の変化が比較的大きく検出し易く、ダイシングブレードの磨耗状態を確実に検出できることが判明したため、例えばY軸方向の加速度のみを測定する加速度センサ25を用いることで装置を簡素化してもよい。また、加速度センサ25は、ワーク切削中にスピンドル20が受ける振動の振幅を増幅して効果的に検出するため、ブレード22が取り付けられる先端部を支持する支持部から離れて配置されることが好ましい。例えば、本実施例の加速度センサ25は、ブレード22が取り付けられる先端部とは反対側の端部に設けられている。ただしこれに限定されるものではなく、スピンドル20の振動を検出できるものであれば、加速度センサ25をブレード22の近傍に設けてもよい。
加速度センサ25により検出された加速度(加速度センサ25からの出力信号)は、A/D変換器30へ入力される。A/D変換器30は、アナログ信号である加速度センサ25の出力信号を、後段における各種処理を行うためにデジタル信号へ変換する。具体的には、A/D変換器30は、加速度センサ25からのアナログ信号を一定期間毎にサンプリングすることによりデジタル信号を得る。A/D変換器30から出力されたデジタル信号は、制御部40へ入力される。
制御部40は、切削装置100の各部の動作を制御する。また、制御部40は、入力されたデジタル信号に対して、後述のように各種の信号波形処理を行う。また制御部40は、加速度センサ25の検出値(出力信号)に基づいてフィードバック制御を行う。制御部40は、後述のように、基準状態にて算出された残差パワー値に基づいて決定されたしきい値と、実際の判定時に得られた残差パワー値とを比較する。そして制御部40は、実際の判定時に得られた残差パワー値がしきい値を超えた場合、警報を出力するように警報部70を制御する。また制御部40は、例えば、加速度センサ25により検出された加速度(残差パワー値)がしきい値を超えた場合、切削を停止させるように制御することもできる。ただし本実施例はこれに限定されるものではなく、しきい値を超えた場合に、例えばY軸の切削速度を下げて、ワーク切削時の抵抗を小さくするように制御し、切断の中断による不良の発生を防止してもよい。
記憶部50は、例えば半導体メモリやハードディスク等により構成されており、後述する制御プログラムが記憶されている。また、記憶部50は、制御部40が各種の信号波形処理を行う間、制御部40との間で情報のやり取りを行いながら、順次、情報を記憶していく。例えば、後述のように、基準状態にて算出した残差パワー値、実際の判定時において得られた残差パワー値、及び、所定のしきい値等を記憶する。また、記憶部50は、加速度センサ25の検出値をログとして記録するように構成されているため、ワーク切削後の調査が可能となる。また、記憶部50に記憶された情報に対して、FFT解析等の数値解析や統計分析を行うこともできる。
表示部60には、3軸加速度(振動)の情報が表示される。さらに表示部60には、例えば、ワーク10の切削状況、ワーク10の切削位置、スピンドル20の回転数、負荷電流、切削速度、切削トータル距離、ブレード外径、及び、切削加速度等の各加工条件情報や後述する信号処理結果などがマルチ画面で一括表示される。このような表示部60を採用することにより、ワーク10の切削状況やブレード22の状態等をリアルタイムで把握できる。
警報部70は、実際の判定時に得られた残差パワー値が所定のしきい値を超えた場合に警報を出すように構成される。警報部70を作動させるためのしきい値としては、例えば切削を停止させるためのしきい値と同じ値を用いることができる。この場合、制御部40は、警報部70を作動させると同時に切削を停止させる。ただし本実施例はこれに限定されるものではなく、警報部70を作動させるためのしきい値を、切削を停止させるためのしきい値よりも低く設定してもよい。この場合、制御部40は、警報部70を作動させた後、スピンドル20の残差パワー値が更に増加したときにのみ切削を停止させる。また、制御部40は、所定のしきい値を超えた場合に警報部70を作動させるだけで、切削をどの時点で停止させるかについて、オペレータ(作業者)に判断させるように構成してもよい。この場合、切削の回転動作を続行させるか否かがオペレータにより判断される。
次に、図2乃至図6を参照して、本実施例の切削方法について説明する。本実施例の切削方法は、ブレード22の状態を検出してワーク10を切削する切削方法であり、オペレータによって行われる一部の工程を除き、切削装置100の制御部40の指令に基づいて行われる。まず、本実施例の切削方法において用いられる逆フィルタについて説明する。逆フィルタは、ブレード22の状態や切削水29の量等の実際の判定時(逆フィルタの適用時)に生成することは二重に演算時間を取られてしまい実用的でないため、事前に生成しておくことが好ましい。逆フィルタは、例えば、ブレード22のツルーイングの完了直後に作成されるが、これに限定されるものではない。
図2は、逆フィルタ生成処理のフローである。図3は、逆フィルタ生成処理の際に得られる波形図である。逆フィルタを生成する際には、まずステップS101において、基準状態でのスピンドル20の加速度波形データ(第1加速度波形)が取得される。本実施例において、第1加速度波形はワーク10の切削方向(Y軸方向)における加速度波形であるが、これに限定されるものではない。より信頼性を向上させるため、複数の方向(X軸、Y軸、Z軸など)における複数の波形を第1加速度波形として利用してもよい。この場合、複数の方向のそれぞれについて逆フィルタが生成される。
本実施例において、基準状態とは、破損等の異常のない芯だし調整済みのブレード22が安定して回転している状態、ノズル27から切削水29が供給されていない状態、かつ、ブレード22がワーク10に接触していない状態(非切削状態)のことをいう。その他、本実施例はこれに限定されるものではなく、ブレード22がワーク10に接触している状態(切削状態)を基準状態とする方法もある。この場合、実際の切削条件で切削を行う際の加速度波形に基づいて逆フィルタを生成する。この逆フィルタを、非切削状態で安定回転時の加速度波形に対して適用し、残差パワー値を求めてもよい。しかしブレードの初期状態や磨耗状態、切削水の再現性や当り方の微妙な変化を含めて検出する意味においても、前者の基準状態がより望ましい。ステップS101では、このような基準状態において実際にブレード22を回転させ、ブレード22の振動(加速度)の波形(第1加速度波形)を取得する。
このとき、例えば図3(A)に示されるような加速度波形(第1加速度波形)が得られる。図3(A)の加速度波形は、基準状態における切削方向(Y軸方向)の加速度を示している。X軸方向やZ軸方向など複数の方向について逆フィルタを生成する場合には、複数の方向についての加速度波形を取得するように構成される。また、図3(A)の加速度波形は、ブレード22がワーク10に接触していない状態(非切削状態)で得られたものであり、加速度波形の振幅は比較的小さい。
次に、ステップS102にて逆フィルタが生成される。ここで逆フィルタについて簡単に説明する。逆フィルタの生成には、通常、自己回帰モデル(ARモデル)が用いられる。時系列信号をX(t)、t=1,2、…とするとき、現在の信号をX(n)とすると、過去にサンプリングした信号は、X(n−1)、X(n−2)、X(n−3)、…、で表すことができる。このとき、自己回帰モデルを用いると、信号X(n)は、M個前までの信号を使って、以下の式(1)のように表される。
ここで、Mは自己回帰モデルの次数、Akは自己回帰係数、e(n)は予測誤差である。Akは予測誤差ができるだけ小さくなるように決められるが、その算出アルゴリズムは、いくつかの方法が知られており、本実施例ではユール・ウォーカー方程式をレビンソン・ダービン法により解くことによって求めている。また、次数MはAIC基準により決定する。なお、自己回帰モデル、ユール・ウォーカー方程式、レビンソン・ダービン法、AIC基準などの用語は、社団法人計測自動制御学会発行の「信号処理」などに記述されている周知の用語である。時系列信号X(n)に対する自己回帰係数Akを求め、自己回帰モデルを決定することを逆フィルタの生成と呼ぶ。
また、信号X(n)を用いて、Y(n)を以下の式(2)のように定義する。
Y(n)は、過去のM個のデータから算出される自己回帰モデルによる予測値である。予測誤差e(n)は、以下の式(3)のように表される。
予測誤差e(n)は信号X(n)と予測値の差、つまり残差であると理解される。信号X(n)から予測値Y(n)を減じて残差を算出することを、逆フィルタを適用すると称する。
次にステップS103において、基準状態における残差パワー値を算出する。残差パワー値は、ステップS102にて生成した逆フィルタを適用することにより算出される。具体的には、図3(A)の加速度波形にステップS102で生成した逆フィルタを適用することにより、図3(B)の残差波形が得られる。本実施例では、後述のように、この残差波形を用いてブレード22の状態が正常であるか否かを判定する。
続いて、この残差信号から128点のデータを取り出し、FFT(高速フーリエ変換)を行い、パワースペクトル値を計算し足し合わせることで、残差パワー値を求める。その後、データの取り出し点を1つずつずらしながら、順次パワー値を算出することで、図3(C)の残差パワー波形を求める。図3(C)に示されるように、基準状態における残差パワー値はほぼ一定の値となる。これは、逆フィルタを、逆フィルタの作成元の時系列信号に適用した場合や、自己回帰モデルが同一で同じ特性の信号に適用した場合は、残差として白色雑音化された信号が得られることが知られており、白色雑音はパワースペクトルが全ての周波数帯域において一定値をとるため、基準状態における残差パワー値はほぼ一定の値となる。以上により逆フィルタ生成処理は終了する(ステップS104)。なお上述のように、複数の方向について第1加速度波形を取得した場合には、逆フィルタは第1加速度波形に基づいて複数生成される。
次に、図4を参照して、本実施例における切削方法の一部である切削工程について説明する。図4は、切削工程のフローである。まず本実施例の切削工程では、ステップS201において、加速度波形データ(第2加速度波形)を取得する。ステップS101において、複数の方向(X軸、Y軸、Z軸など)における複数の波形を第1加速度波形として取得した場合には、ステップS201においても、これらの複数の方向における複数の波形を第2加速度波形として取得する。ステップS201で取得される加速度波形データは、ワーク10を実際に切削する前(非切削時)に得られた加速度波形データである。この加速度波形データに基づいて、ブレード22の破損やツルーイング状態等のブレード22の状態が検出され、ブレード22の交換やスピンドル20の回転軸とブレード22の軸との位置合わせ等が行われる。
次にステップS202において、ステップS201で得られた加速度波形に対して、上述のように予め生成された逆フィルタを適用し、残差波形を生成する。切削前の時系列信号に逆フィルタを適用しているので、残差信号は、基準状態と切削前の状態との差を表す信号となる。続いてステップS203において、残差パワー値を算出する。残差パワー値は、図3(C)の残差パワー波形の算出方法と同じ方法で求める。
この際、リアルタイムな処理による切削状態の判断を行うために、順次データの取り出し点をずらしながらフーリエ変換を行い残差パワー値を算出する処理を高速化している。具体的には、サンプル数Nの時系列信号をX(n)とし(n=0,1、…、N−1)とし、これに対する離散フーリエ変換(DFT値)をG(k)とし(k=0,1、…、N−1)としたときに、このDFT値を利用して、{X(n)}からm個ずれた信号{X(n+m)}に対するDFT値G(m)(k)を求める。この場合、DFT値G(m)(k)はDFTの定義を変形することで、以下の式(4)のように表すことができる。
式(4)において、l、Wはそれぞれ以下の式(5)、(6)のように定義される。
以上より、重なりのある時系列信号に対するDFT値G(m)(k)が、G(k)を利用して求まることがわかる。G(k)を事前に求めておけば、m個ずれた信号に対するDFT値が、DFTを定義通りに計算するよりも簡略化して計算可能となる。ただし、mが大きな値になると、計算量が増加するので、mは小さいほど効率が良くなる。例としてm=1(1個ずらし)の場合、DFTの計算式は、以下の式(7)のように表される。
本実施例では、残差パワー値を算出する際、残差信号から128点のデータを取り出し、FFTを行うことでパワー値を算出するが、パワー値の時間変化を得るために、順次データの取り出し点をずらしながらフーリエ変換を行う。この際、上記の簡略化計算を利用している。これにより、順次パワー値を算出するときに、先のパワー値の算出結果の一部を利用して次のパワー値の算出するため、パワー値算出のための計算量を減らすことができる。この結果、残差パワー値の算出処理の高速化によって切削状態のリアルタイムな判断を行うことが可能となる。
次にステップS204において、ステップS203にて算出された残差パワー値が基準値から外れたか否かを判定する。具体的には、基準値として所定のしきい値を設定し、残差パワー値がしきい値を超えたか否かによって判定する。ワーク10の非切削時に得られる残差パワー値は、ブレード22の破損や、スピンドル20の回転軸とブレード22の軸とのズレ等のブレード22の状態によって、基準値から外れる場合がある。このとき、ノイズを除去するため、しきい値を所定の回数だけ超えた場合に異常であると判定するように構成してもよい。しきい値の大きさは、基準状態にて算出された残差パワー値に基づいて決定される。このように、ワーク10の非切削時における残差パワー値と所定のしきい値とを比較することで、ブレード22の状態そのものをリアルタイムに高精度で把握することができる。
ステップS204において残差パワー値が基準値から外れていないと判定された場合には、ステップS207に進み、ワーク10の切削加工が行われる。一方、残差パワー値が基準値から外れていると判定された場合には、ステップS205において警報出力処理を行う。このとき、警報部70は、制御部40からの指令に基づいて警報を出力する。警報は、スピンドル20(ブレード22)の状態が致命的になる前に、ある程度の余裕をもたせて出力されるように後述する切削停止の基準よりも小さく設定すればよい。なお警報は、複数の方向における第2加速度波形に複数の逆フィルタをそれぞれ適用して算出された複数の残差パワー値を利用する場合には、複数の残差パワー値と複数のしきい値とをそれぞれ比較して出力される。
次にステップS206において、切削動作を停止させるか否かが判定される。切削を停止させる際の基準は、警報を出力する際の基準(ステップS204のしきい値)よりも大きく設定されることが好ましい。ステップS206にて切削を停止させない場合にはステップS207に進み、ワーク10の切削加工が行われる。一方、切削を停止させる場合、切削工程は終了する(ステップS208)。切削を停止させた後、ブレード22のドレッシング又はブレード22の交換が行われる。
ブレードが破損している場合、基準状態における残差パワー値と切削前の状態の残差パワー値には差が生じる。このため、本実施例において、ブレードが破損しているか否かは、基準状態における残差パワー値と実際の判定時に得られた残差パワー値とを比較して判定されるが、これに限定されるものではない。例えば、正常なブレードの残差パワー値(基準状態における残差パワー値)と破損したブレードの残差パワー値とを予め取得してそれらの差分値を記憶するように構成してもよい。この場合、この記憶された差分値と、正常なブレードの残差パワー値とブレード状態の判定時におけるブレードの残差パワー値との差分値とを比較することで、ブレードの破損の有無を判定することができる。また、破損したブレードの残差パワー値の、正常なブレードの残差パワー値に対する倍率を記憶するように構成してもよい。この場合、この記憶された倍率と、ブレード状態の判定時におけるブレードの残差パワー値の、正常なブレードの残差パワー値に対する倍率とを比較することで、ブレードの破損の有無を判定することができる。
次に、図5及び図6を参照して、本実施例における切削工程の一部である切削加工(ワーク10の切削加工)について説明する。図5は、本実施例における切削加工(ステップS207)のフローである。また、図6は切削加工で得られる波形データの一例であり、縦軸は各波形の振幅を示し、横軸は時間(Sec)を示す。まず本実施例の切削加工では、ステップS301において、全ての切削加工が完了したか否かが判定される。切削加工が完了したと判定された場合には、切削加工は終了する(ステップS308)。
一方、切削加工が完了していないと判定された場合には、ステップS302において加速度波形データ(第2加速度波形)を取得する。ステップS101において、複数の方向における複数の波形を第1加速度波形として取得した場合には、ステップS302においても複数の方向における複数の波形を第2加速度波形として取得する。ステップS302で取得される加速度波形データは、ワーク10を実際に切削する時に得られた加速度波形データである。図6(A)は、このとき得られた加速度波形(第2加速度波形)の一例である。図6(A)において、区間Cはワーク10とブレード22が接触している期間(切削状態)を示す。一方、区間Cに含まれない部分は、ワーク10とブレード22が接触していない期間(非切削状態)を示す。区間Cは、撮像装置から得られる撮像画像、切削音、切削動作のプログラム等に基づいて適宜設定可能である。図6(A)に示されるように、切削状態(区間C)では、非切削状態と比較して、加速度波形の振幅が大きくなっている。
次にステップS303において、逆フィルタを用いて残差波形を生成する。具体的には、図6(A)に示される加速度波形に対して、上述のように予め生成された逆フィルタを適用し、残差波形を取得する。図6(B)は、このとき得られた残差波形の一例である。切削状態の時系列信号に逆フィルタを適用しているので、残差信号は、基準状態と切削状態との差を表す信号となる。図6(B)においては、区間Cにおける振幅が大きくなっており、基準状態との差が大きいことを示している。次に、ステップS304において、残差パワー値を算出する。図6(C)はこのとき得られた残差パワー値の一例である。図6(C)の残差パワー値は、図3(C)の残差パワー波形の算出方法と同じ方法で求める。逆フィルタを、逆フィルタの作成元の信号とは異なる特性の信号に適用した場合、残差信号は白色雑音化しない。このため、パワー値が一定とならず、残差パワー値は基準状態との差を顕著に表わす大きな値となる。図6(C)においては、区間Cにおける振幅が大きくなっており、基準状態との差が大きいことを表している。
この際、上記の簡略化計算を利用している。これにより、順次パワー値を算出するときに、先のパワー値の算出結果の一部を利用して次のパワー値を算出するので、パワー値算出のための計算量を減らすことができる。この結果、残差パワー値の算出処理の高速化によって切削状態のリアルタイムな判断を行うことが可能となる。次にステップS305において、ステップS304にて算出された残差パワー値が正常か否かを判定する。具体的には、所定のしきい値を設定し、残差パワー値がしきい値を超えたか否かによって正常又は異常を判定する。切削時に得られる残差パワー値は、ワーク10の加工個数や加工距離などで表される加工量によってブレード22の切れ味が悪化してスピンドル20の加速度(振動)が大きくなり、時間と共に基準値から外れる場合がある。その結果、残差パワー値が上記のしきい値を超えると、切削加工は異常であると判定される。
ステップS305において残差パワー値が正常であると判定された場合には、ステップS301に戻り、上述のステップを繰り返す。一方、残差パワー値が異常であると判定された場合には、ステップS306において警報出力処理を行う。このとき、警報部70は、制御部40からの指令に基づいて警報を出力する。
次にステップS307において、切削動作を停止させるか否かが判定される。切削を停止させる際の基準は、警報を出力する際の基準(ステップS305のしきい値)よりも厳しく設定されることが好ましい。ステップS307にて切削を停止させない場合にはステップS301に戻り、上述のステップを繰り返す。一方、切削を停止させる場合、切削加工は終了する(ステップS308)。切削を停止させた後、ブレード22のドレッシング又はブレード22の交換が行われる。なお、ステップS307において切削を停止させる代わりに、スピンドル20の回転速度を下げることや切削速度を下げることで、切削時の抵抗を減らすように制御してもよい。
以上のように、本実施例によれば、基準状態にて生成した逆フィルタを利用するため、ワークの切削に伴って発生する振動(切削水の噴出によるものを含む)だけを効果的に検出することができ、ブレードの破損やワークの切削状況(ブレード22の磨耗状態)を高精度に把握することが可能となる。このため本実施例によれば、リアルタイムで信頼性の高い振動解析が可能な切削装置及び切削方法を提供することができる。
次に、本発明の実施例2について説明する。本実施例における切削装置は、図1に示される切削装置100と同様の構成であるが、ノズル27からブレード22に実際に供給される切削水29の水量を検出できるように構成されている点で、実施例1とは異なる。すなわち本実施例の切削装置及び切削方法は、切削水29の水量を検出してワーク10を切削するものであり、切削水29の基準水量を設定し、その基準水量と判定時における実際の水量とをそれらに対応した残差パワー値を用いて比較する。
まず、図7乃至図9を参照して、本実施例における基準水量データの設定方法について説明する。図7は、本実施例における基準水量設定処理のフローである。図8は、基準水量設定処理にて得られる波形データの一例(水量が0の場合)であり、縦軸は各波形の振幅を示し、横軸は時間(Sec)を示す。図9は、基準水量設定処理にて得られた波形データから算出された残差パワーを示す図である。
まず、ステップS401において、ノズル27から所定の回転数で回転しているブレード22に向けて供給される切削水29の水量を設定する。続いてステップS402において、加速度波形データ(第2加速度波形)を取得する。図2のステップS101において、複数の方向における複数の波形を第1加速度波形として取得した場合には、ステップS402においても複数の方向における複数の波形を第2加速度波形として取得する。ステップS402で取得される加速度波形データは、ワーク10の非切削時に所定の切削水量に設定された状態で得られた加速度波形データである。図8(A)は、このとき得られた加速度波形(第2加速度波形)の一例である。図8(A)の加速度波形データは、非切削時に得られたデータであるため、突出して大きな振幅変化は見られない。
次にステップS403において、逆フィルタを用いて残差波形を生成し、残差パワー値を算出する。具体的には、図8(A)に示される加速度波形に対して、図2を参照して実施例1で説明したように、予め生成された逆フィルタを適用し、残差波形を取得する。図8(B)は、このとき得られた残差波形(第1残差波形)の一例である。非切削時に所定の切削水量が供給されている状態の時系列信号に逆フィルタを適用しているので、残差信号は、基準状態と非切削時に所定の切削水量が供給されている状態との差を表す信号となる。また、図8(C)はこのとき得られた残差パワー値(第1残差パワー値)の一例である。図8(C)の残差パワー値は、図3(C)の残差パワー波形の算出方法と同じ方法で求める。
次に、ステップS404において、所定数の水量設定でデータを取得したか否かを判定する。本実施例では、図9に示されるように、切削水29をブレード22に供給しない状態(水量が「0」である状態)と、水量を2段階(目盛り値で「50」と「80」)に変更したそれぞれの状態との3段階の大きさに設定を変更した。なお、切削水29の設定についてはこれに限定されるものではなく、3段階以外の複数段階に設定してもよい。所定数の全ての水量についてデータを取得していないと判定された場合には、ステップS401に戻り、ステップS401乃至S403を繰り返す。一方、所定数の全ての水量についてデータを取得したと判定された場合には、ステップS405に進み、基準水量データを算出する。具体的には、設定水量ごとの残差パワー値(第1残差パワー値)の平均値を算出する。本実施例では、図9に示されるように、水量が0、50、80の平均値は、それぞれ、約120、250、520と求められる。そしてステップS406において、基準水量データを設定する。すなわち、設定水量と残差パワー値の平均値との関係をテーブルとして記憶する。以上により、基準水量の設定処理は終了する(ステップS407)。
次に、図10乃至図12を参照して、本実施例における切削工程について説明する。図10は、本実施例における切削工程のフローである。図11は、切削工程で得られる波形データの一例であり、縦軸は各波形の振幅を示し、横軸は時間(Sec)を示す。図12は、切削工程における判定処理を示す図である。
まず、本実施例の切削工程では、ステップS501において、加速度波形データ(第3加速度波形)を取得する。このとき、ノズル27からブレード22に向けて、所定の設定水量の切削水29が供給されている。例えば本実施例では、設定水量を35として切削水29が供給される。ステップS501で取得される加速度波形データは、ワーク10を実際に切削する前(非切削時)に設定水量35の切削水29が供給されている状態で得られた加速度波形データである。図11(A)は、このとき得られた加速度波形(第3加速度波形)の一例である。この加速度波形データに基づいて、設定水量がブレード22に対して正確に供給されているか否かが検出される。
次にステップS502において、ステップS501で得られた加速度波形に対して、上述のように予め生成された逆フィルタを適用し、残差波形を生成する。図11(B)は、このとき得られた残差波形(第2残差波形)の一例である。非切削時に所定の設定水量の切削水が供給されている状態の時系列信号に逆フィルタを適用しているので、残差信号は、基準状態と非切削時に所定の設定水量の切削水が供給されている状態との差を表す信号となる。本実施例では、後述のように、この残差波形を用いて水量が正常であるか否かを判定する。
続いてステップS503において、ノズル27から実際に供給されている切削水量を算出する。具体的には、実際の切削水量は、残差パワー値を算出することにより推定される。図11(C)はこのとき得られた残差パワー値(第2残差パワー値)の一例である。図11(C)の残差パワー値は、図3(C)の残差パワー波形の算出方法と同じ方法で求める。
次にステップS504において、ステップS503にて算出された実際の切削水量(第2残差パワー値)が設定値から外れたか否かを判定する。ここで、設定値とは予め設定された基準水量であり、図7乃至図9を参照して説明したように、例えば基準水量として0、50、80が設定されている。そして、各基準水量に対応する残差パワー値の平均値が予め算出されており、それらの残差パワーの平均値が、ステップS503における設定値(しきい値)として定められている。本実施例の切削工程において、切削水量(設定水量)は例えば35に設定されているため、切削水量よりも多い基準水量50(第1基準水量)、及び、切削水量よりも少ない基準水量0(第2基準水量)を利用する。すなわち、基準水量50、0の場合に算出された残差パワー値の平均値(第1平均値、第2平均値)をそれぞれ上下のしきい値として用いる。図12は、水量35の場合に得られた残差パワー値の波形と、基準水量0、50の場合に算出された残差パワー値の平均値(しきい値)との関係の一例であり、切削工程における判定処理を示す。図12に示されるように、設定水量が35の場合に得られた残差パワー値は、時間ta付近において下限のしきい値(水量0の場合の残差パワー値の第2平均値)よりも小さく、また、時間tb付近において上限のしきい値(水量50の場合の残差パワー値の第1平均値)よりも大きい。実際の波形がこのような上限及び下限のしきい値の少なくとも一方を超えた場合、切削水量が設定値から外れたと判定する。例えば、ノズル27までの切削水29の供給経路に問題があり実際に供給される水量が規定量と異なることがある。また、ノズル27がブレード22に対して正しい向きに向けられていないために適正な水量がブレード22に供給されていないこともある。このような場合であっても、ブレード22に実際に供給されている切削水29の水量に応じた大きさの残差パワー値を算出し、これにより切削水29の水量を確認することで切削水29の供給が正しく行われているかを確認することができる。このように、ワーク10の非切削時において、切削水量の残差パワー値の波形と基準水量で得られた残差パワー値の平均値とを比較することで、実際に供給されている切削水量を確実に把握することができる。なお、切削水29の水量設定の設定段階数をより多くすれば高精度に切削水量を把握することができる。
ステップS504において切削水量が設定値から外れていないと判定された場合、すなわち第2残差パワー値が所定のしきい値を超えていない場合には、ステップS507に進み、例えば図5に示されるようなワーク10の切削加工が行われる。一方、切削水量が設定値から外れていると判定された場合、すなわち第2残差パワー値が所定のしきい値を超えている場合には、ステップS505において警報出力処理を行う。この際に、設定水量と残差パワー値の平均値とのテーブルを用いて、残差パワー値から推測される切削水29の水量を表示部60に表示してもよい。これにより、メンテナンス作業を容易にすることができる。この場合、ステップS503で算出した残差パワー値の平均値が含まれる区間の上下限値のそれぞれと、算出した残差パワー値の平均値との差の案分により水量を推測して表示してもよい。例えば、算出した残差パワー値の平均値が「400」程度であれば水量は「70」程度と推測されるため、その値を表示することもできる。なお、残差パワー値の算出結果として把握される水量が設定水量となるように水量を増減する機能を設けることで適切な水量を維持する構成としてもよい。またステップS506において、切削動作を停止させるか否かが判定される。切削を停止させる際の基準は、警報を出力する際の基準(ステップS505のしきい値)よりも厳しく設定されることが好ましい。ステップS506にて切削を停止させない場合にはステップS507に進み、切削加工が行われる。一方、切削を停止させる場合、切削工程は終了する(ステップS508)。切削を停止させた後、ノズル27を含む切削水供給システムの調整や交換が行われる。
上記各実施例によれば、ブレードの状態やブレードに供給される実際の水量をリアルタイムに高精度かつ確実に検出可能な切削装置及び切削方法を提供することができる。特に、ワークを実際に切削する前にブレードの状態等を検出することで、ブレードを適切に管理することが可能となる。
以上、本発明の実施例について具体的に説明した。ただし、本発明は上記実施例として記載された事項に限定されるものではなく、本発明の技術思想を逸脱しない範囲内で適宜変更が可能である。
例えば、2つのスピンドル20のブレード22同士を対向して設け、ワーク10を同時に切削可能なツインスピンドル構成としてもよい。この場合、各スピンドル20に加速度センサ25を設けることで、各ブレード22の状態や各ブレード22に供給される実際の水量を個別に把握できる。なお、一方のスピンドル20のみに加速度センサ25を設け、検出された加速度に基づいてブレード22の状態を把握可能に構成してもよい。
また、逆フィルタ生成処理において残差パワー値は算出せず、残差波形に基づいてしきい値を設定してから切削加工時の残差波形に基づいて切削状態が正常であるか否かを判別してもよい。
また、制御部40は切削装置100の各部の動作制御のみを実行し、別のコントローラ(制御部)が逆フィルタの生成、残差波形の生成、及び、残差パワーの算出といった信号処理を行って制御部40に処理結果を出力する構成を採用してもよい。