ヒトゲノムの解読、特にSNP(Single Nucleotide Polymorphism)地図を作成する国際ハップマッププロジェクトにより、ヒトゲノムに関する情報は増加の一途をたどっている。さらに、得られたゲノム情報と個人の体質との関連を見出し、遺伝子レベルで個人の体質の違いを把握し、個人の特性に応じた病気の診断・治療・予防や薬剤の投与を可能とする「個人の遺伝情報に応じた医療」(オーダーメード医療)の実現をめざした研究が、世界全体で大規模に展開されている。ここでの遺伝子の違いは、個々人のゲノムの塩基配列上での違いを意味し、その主たる違いは一塩基の違い(SNP)である。また、最近では、短い塩基配列が繰り返される回数(コピー数)の違い(Copy Number variation:CNV)も、ゲノム全体に広がっていることがわかり、このCNVの違いと病気との関連性も指摘されている。
ここで、個人の遺伝子レベルでの違いを把握するためには、各個人の遺伝子型を調べる必要が生じてくる。たとえば、あるSNPでは、その遺伝子型はAA、AG、GGの3種類であることが分かっているとする。Aはアデニン、Gはグアニン塩基を示し、このSNPは、ゲノムのその位置がアデニンの場合とグアニンの場合がある一例である。従って、当該SNPの遺伝子型を識別するための検査は、この3種類の遺伝子型のいずれであるかを決定することになる。すなわち、Aについて0と100のいずれであるか、Gについて0と100のいずれであるか、又は、AとGが50と50であるかどうかを見ればよい。このように、SNP等の生殖細胞系列変異の検出は、ほぼ定性的な検出といってよく、その方法は比較的容易で簡便な各種方法が実用化されている。
一方、がん細胞においては、体細胞のレベルで変異が生じ、その変異ががんの引き金となって異常な増殖につながると考えられている。従って、ある特定の種類のがん細胞では、特定の遺伝子の変異がみられることがあり、当該変異を指標にがん細胞の検出を行うことも可能である。但し、がん細胞は多様性に富み、一種類の変異でがん細胞を特定することは必ずしも容易ではない。
また、最近の薬物療法においては、生体内の特定の分子(タンパク質等)を標的とした薬剤が開発され、副作用が少なく、効果が高いものが見出されてきている。これらは分子標的薬と呼ばれ、主にがん治療の領域で活発に開発されている。ごく最近、これら分子標的薬では、標的としている分子のシグナル伝達の下流のタンパク質に変異が生じている場合には当該薬剤の効果が発揮できないこと等が明らかになってきている。この場合、変異を生じているタンパク質をコードする遺伝子の変異を調べることにより、当該薬剤の効果を予測することが可能となってきており、SNP検出とは異なる新たなオーダーメード医療の領域が開けつつある。
ここで述べた、がん細胞に特徴的な変異又は分子標的薬に抵抗性を示す変異は、そのほとんどが体細胞変異である。先に述べた生殖細胞系列変異の場合、どの細胞でも共通の変異が見られるのに対し、体細胞変異では変異を起こした細胞でのみ変異が見られ、変異を起こしていない細胞(通常は正常細胞)では変異は見られない。従って、通常、検体(検査の対象となる試料)中では、変異した細胞と正常細胞が混在する状況となっており、これらの細胞の存在比に応じて、変異した遺伝子と正常の遺伝子が存在することになる。つまり、試料の大部分が正常細胞であって一部変異細胞が含まれる場合、多くの正常な遺伝子中に存在するわずかな変異遺伝子を検出しなければならず、この点が生殖細胞系列における変異検出と異なる点で、体細胞の遺伝子変異検出をより困難にしている点である。
体細胞の遺伝子変異検出法には大きく分けて二つの方法がある。一つは、遺伝子増幅の段階で正常な遺伝子と変異遺伝子を区別する方法であり、具体的には、変異遺伝子のみを特異的に増幅する方法である。
例えば、最も感度がよいとされている方法は、正常な遺伝子のみを制限酵素を用いて切断し、切断されていない変異遺伝子のみを増幅する“mutant−enriched PCR”と呼ばれている方法である(例えば、非特許文献1参照。)。この方法では、変異遺伝子を増幅する反応を繰り返すことにより、正常遺伝子106分子中の1分子の変異遺伝子を検出できるとされている(例えば、非特許文献2参照。)。この方法はこのように高感度という点では優れているが、操作は非常に煩雑で一般の診断適用できる方法ではない。
また、PCR等のプライマーの伸張反応において、一塩基の違いを区別して増幅する方法が開発されている。この方法は、“ARMS(amplification refractory mutation system)”(例えば、非特許文献3参照。)、“ASPCR(allele specific PCR)”(例えば、非特許文献4参照。)等とも呼ばれている。この方法は、比較的高感度であり、さらに一般的なPCRの増幅反応以外の操作を必要とせず、反応のすべてを閉鎖系で行うことができ、かつ非常に簡便であり、PCRのキャリーオーバーコンタミネーションのない優れた方法である。しかしながら、一度でも一塩基識別を誤って正常遺伝子を増幅した場合、以後の増幅反応において、変異遺伝子の増幅と同じように正常遺伝子も増幅されてしまうため、擬陽性の危険が高い方法とも言える。この方法を用いる場合、反応条件、すなわち反応温度や塩濃度等を厳密に制御する必要があり、また鋳型量も厳密に同じにする必要があり(例えば、非特許文献5参照。)、不特定多数の検体を検査する臨床検査や、高い精度が要求される診断には不向きである。
体細胞の遺伝子変異を検出するもう一つの方法は、変異遺伝子と正常遺伝子を同時に増幅し、その後変異遺伝子と正常遺伝子を区別して検出する方法である。増幅された変異遺伝子と正常遺伝子を区別して検出する方法としては、電気泳動を利用する方法、ハイブリダイゼーションを利用する各種方法等がある(例えば、非特許文献5参照。)。しかしながら、ほとんどの方法において、多量の正常遺伝子に含まれる少量の変異遺伝子を精度よく検出することは困難である。例えば、変異遺伝子検出のゴールドスタンダードといわれている方法として、ジデオキシシークエンシング法がある。ジデオキシシークエンシング法は、変異遺伝子を比較的高感度で検出することが可能であるものの、変異遺伝子と正常遺伝子が混在する場合に、変異遺伝子の検出感度は10%程度であり、それほど高感度の検出はできない。その他、ピロシークエンシング法では、5%程度まで検出感度を高めることができ、ジデオキシシークエンシング法より優れていることが報告されている(例えば、非特許文献6参照。)。
また、変異を含む配列をPCRにより増幅し、その生成物の2本鎖DNAの融解曲線を求め、変異遺伝子と正常遺伝子の融解曲線の違いから変異遺伝子の割合を求める方法が開発されている。この方法でも、正常遺伝子に含まれる変異遺伝子を5%程度まで検出できるとされている(例えば、非特許文献7参照。)。
その他、同じ塩基配列をもつ2本鎖間での鎖の組み換え反応(鎖置換反応)を利用したPCR−PHFA法が開発された。PCR−PHFA法は、遺伝子型の識別対象であるサンプル(2本鎖核酸)と配列既知の標準2本鎖核酸との間で塩基配列がまったく同じであれば、それぞれの鎖を区別することができず、鎖の組換え(鎖置換)が起こるが、1塩基でも違いがあれば、完全に相補的な塩基配列を持つ鎖同士が優先的に2本鎖を形成するために、サンプルと標準2本鎖核酸との間で組換えが起こらないことを利用した変異検出法である。このPCR−PHFA法を用いることにより、実際の検体から1%程度という高感度で変異遺伝子を検出できることが報告されている(例えば、特許文献1及び非特許文献8参照。)。
PCR−PHFA法の改良法も幾つか提案されている。例えば特許文献2には、PCR−PHFA法の改良法として、蛍光共鳴エネルギー移動を利用する方法が開示されている。微量の変異遺伝子を高感度で正確に測定するPCR−PHFA法においては、同じ配列をもつ二つの2本鎖核酸の間での鎖の組換えを検出する必要があるが、サンプルの2本鎖核酸は非標識とし、鎖の組換えを起こさせるための配列既知の標準核酸を標識する場合が多い。特許文献2記載の方法では、標準核酸の一方の鎖の5’末端付近に蛍光物質を結合させて標識し、他方の鎖の3’末端付近を別の蛍光物質で標識する。鎖組み換え反応が起こらず標準核酸が元の2本鎖の場合には、二つの異なる蛍光物質の間での蛍光共鳴エネルギー移動が観察される。これに対して、サンプルの2本鎖核酸との間での鎖組み換え反応が起こると、蛍光共鳴エネルギー移動は観察されなくなる。従って、この蛍光共鳴エネルギー移動の程度を測定することで鎖の組換えの程度を測定することができる。
具体的には、例えば、ある核酸配列のある位置(識別対象とする変異部位)がアデニンである場合とグアニンである場合とを区別する場合、当該位置を含み、かつ当該位置の塩基がアデニン(相補鎖ではチミン)である標準2本鎖核酸を準備する。さらに、その標準2本鎖核酸を、一方の鎖は蛍光物質Xで、他方の鎖は蛍光物質Xと互いにエネルギー移動可能な蛍光物質Yで、それぞれ標識する。つまり、標準2本鎖核酸では、二つの蛍光物質が近接しているために、そのままでは蛍光共鳴エネルギー移動が生じる状態にある。
一方で、サンプル由来の核酸を、核酸増幅反応により、標準2本鎖核酸とまったく同じ長さとなるように増幅して調製する。得られたサンプル由来2本鎖核酸と標準2本鎖核酸を混合し、熱を加えて2本鎖を変性させた後、徐々に温度を低下させて再び2本鎖を形成させる。このとき、サンプル由来2本鎖核酸の変異部位が、すべて標準2本鎖核酸と同じアデニンであった場合、サンプル由来2本鎖核酸と標準2本鎖核酸との間では鎖の組み換え反応が生じる。理論上は、サンプル由来2本鎖核酸と標準2本鎖核酸の分子数の比が1:1であった場合、組み換わる確率は1/2であり、また元の2本鎖にもどる確率も1/2であり、蛍光共鳴エネルギー移動の程度も1/2となる。サンプル由来2本鎖核酸の変異部位が、すべて標準2本鎖核酸とは異なるグアニンであった場合、鎖組み換え反応は起こらず、従って蛍光共鳴エネルギー移動の程度は変化しない。これをもって、サンプル中の検出(識別)したい目的の塩基がアデニンであるかグアニンであるかを検出することが可能となる。サンプル由来2本鎖核酸と標準2本鎖核酸との比を増大させることにより、組換えの程度を大きくすることができる。たとえば、サンプル由来2本鎖核酸と標準2本鎖核酸の比が20:1である場合、組換えの割合は20/21、すなわち標準2本鎖核酸が元の2本鎖に戻る確率は1/21となり、蛍光共鳴エネルギー移動の変化が大きくなり検出が容易になる。
このように、PCR−PHFA法は、検出感度が高く、再現性に優れた方法であるが、長時間を要する、という問題がある。例えば、特許文献1や非特許文献8に記載の方法においては、PCR−PHFA法において精度良く鎖組み換え反応を起こすためには、DNAの変性温度から、70℃若しくはハイブリダイゼーションが完結するそれ以下の温度まで、非常に緩やかな温調(0.1℃/分)をかけて、ハイブリダイゼーションを行う必要があるとされている。蛍光PHFAは非酵素反応であるため、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸の鎖交換効率は熱力学に支配されており、極端な温度変化は識別の精度を悪くすると言われているためである(例えば、非特許文献9参照。)。つまり、十分な精度で核酸を識別する場合には、PHFAに数時間必要となり、本法による変異検査を実用化する上で大きな課題であった。
一方、近年の遺伝子検出技術の進展は著しく、微細加工技術と蛍光検出法を組み合わせた多数の遺伝子発現や変異を同時に検出する方法が開発されており、これらの技術と組み合わせることの可能な変異遺伝子の高感度検出が望まれるところである。
本発明及び本願明細書において、「標的塩基配列を識別する」とは、試料に含まれる核酸が、標的塩基配列を有する核酸であるか否かを識別することを意味する。
本発明の標的塩基配列の識別方法(以下、「本発明の識別方法」ということがある。)は、試料2本鎖核酸(試料由来の2本鎖核酸)の塩基配列が、PCR−PHFA法を用いて試料2本鎖核酸の塩基配列が標的塩基配列を含むか否かを識別する方法において、試料2本鎖核酸と、標的塩基配列と同一の塩基配列を含む標準2本鎖核酸とを混合して熱変性させた後、温度を低下させて競合的鎖組み換え反応を行う際に、標準2本鎖核酸のTm値付近の温度範囲における降温速度を、当該温度範囲よりも高温における降温速度よりも遅くすることを特徴とする。Tm値付近の温度範囲における降温速度を、十分な識別精度が保持し得る程度に遅くしつつ、高温時における降温速度を速くすることにより、識別精度を損なうことなく、識別に要する時間を大幅に短縮することができる。
ここで、標準2本鎖核酸のTm値付近の温度範囲は、当該標準2本鎖核酸の融解曲線において、吸光度又は蛍光強度の温度に対する平均変化率、あるいは微分値(蛍光強度の場合には、温度に対する蛍光強度の変化量;dF/dT)が最大となる温度、すなわち相転移付近の温度範囲である。
一般的にはPHFAによる遺伝子変異等の標的塩基配列の識別は、2本鎖核酸の熱変性温度から緩やかな温度勾配(0.1℃/分)中のハイブリダイゼーションにおいて、塩基配列が完全に相同的である1本鎖核酸同士が優先的に2本鎖核酸を形成すると言われている。つまり、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換え(交換)反応が生じた場合には、両者が同一の塩基配列を有している、と識別することができる。一方で、両者の間に鎖組み換え(交換)反応が生じなかった場合には、試料2本鎖核酸の塩基配列は標準2本鎖核酸とは異なる、と識別することができる。この鎖組み換え(交換)反応の際の降温速度が速い場合には、塩基配列の識別精度が十分ではなく、特に1〜2塩基の違いを識別することができずに、塩基配列が相違する核酸鎖同士の間で鎖組み換え反応が生じてしまい、擬陽性を出してしまう。
このような従来法に対して、本発明は、後記実施例1及び図4において示すように、十分な識別精度を保持するために必要な最小限の温度範囲が存在し、その他の温度範囲においては、降温速度を速くしたとしても識別精度が損なわれない、という新規な知見に基づきなされた発明である。そして、当該知見は、PHFA法においては非常に緩やかにハイブリダイゼーションを行うことが重要である、とする一般論を覆すものであり、本発明者らにより初めて見出された知見である。従来のPCR−PHFA法は、特許文献2等に示すように、鎖組み換え反応を固相担体上で酵素を用いて検出しており、後記実施例1のようなリアルタイムの測定ではなくエンドポイント(鎖組み換え反応の終点)で観察しているため、当該知見に気付かなかったと推察される。
具体的には、本発明の識別方法は、試料2本鎖核酸と、標的塩基配列と相同的な塩基配列を含む標準2本鎖核酸とを、一の反応液内において熱変性処理する熱変性工程と、前記熱変性工程の後、前記反応液の温度を低下させることにより、前記試料2本鎖核酸と前記標準2本鎖核酸とにおいて競合的鎖組み換え反応を行う降温工程と、前記標準2本鎖核酸と前記試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定する測定工程と、前記測定工程により得られた測定結果に基づき、前記標準2本鎖核酸と前記試料2本鎖核酸との同一性を識別する識別工程と、を有し、前記降温工程において、前記標準2本鎖核酸のTm値における前記反応液の降温速度が、(当該Tm値+10)℃における降温速度より遅いことを特徴とする。
標的塩基配列としては、類似するその他の塩基配列と識別可能な程度に配列が既知であれば、特に限定されるものではない。本発明の識別方法においては、特に、遺伝子の部分塩基配列であることが好ましく、遺伝子変異の変異部位を含む領域の塩基配列であって、特定の遺伝子型と相同的な塩基配列であることがより好ましい。標的塩基配列を特定の遺伝子型の変異部位を含む領域の塩基配列とした場合には、本発明の識別方法により、試料二本鎖核酸が、当該遺伝子型と同一の遺伝子型であるのか、それとも別の遺伝子型であるのかを、識別することができる。
本発明において遺伝子変異とは、同一生物種の個体間において存在する遺伝子の塩基配列の相違を意味し、変異部位とは、塩基配列中の相違する部位を意味する。具体的には、塩基配列中の1又は複数の塩基が置換・欠失・挿入されていることにより、塩基配列の相違は生じる。すなわち、本発明において遺伝子変異とは、SNPやマイクロサテライト多型等の遺伝子多型のような先天的な変異に加えて、同一個体中の細胞間において存在する遺伝子の塩基配列の相違である体細胞変異等のように後天的な変異も含む。
本発明の識別方法において、標的塩基配列が遺伝子変異の変異部位を含む領域の塩基配列である場合に、当該変異部位(識別対象とする変異部位)としては、がん関連遺伝子、遺伝病に関連する遺伝子、ウィルス遺伝子、細菌遺伝子及び病気のリスクファクターと呼ばれる多型性を示す遺伝子等に存在するものが挙げられる。がん関連遺伝子としては、例えばk−ras遺伝子、BRAF遺伝子、PTEN遺伝子、ALK遺伝子、EGFR遺伝子、N−ras遺伝子、p53遺伝子、BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子、又はAPC遺伝子等が挙げられる。遺伝病に関連する遺伝子としては、各種先天性代謝異常症等との関連が報告されている遺伝子等が挙げられる。ウィルス遺伝子、細菌遺伝子としては、例えばC型肝炎ウィルス、B型肝炎ウィルス等の遺伝子が挙げられる。多型性を示す遺伝子としては、例えば、HLA(Human Leukocyte Antigen)や血液型に関する遺伝子のように、病気等の原因とは必ずしも直接は関係のない、個体によって異なる塩基配列を持つ遺伝子や、高血圧、糖尿病等の発症に関係するとされている遺伝子等が挙げられる。これらの遺伝子は、その大部分が宿主の染色体上に存在するものであるが、ミトコンドリア遺伝子にコードされている場合もある。
本発明において、Tm値とは、標準2本鎖核酸のTm値(融解温度)を意味する。Tm値は、常法により、融解曲線から求めることができる。融解曲線は、例えば、標準2本鎖核酸のみを含有する溶液の温度を、熱変性を生じさせる高温から低温へと変化させる際に、当該溶液の吸光度や蛍光強度を経時的に(リアルタイムに)測定することにより求めることができる。得られた融解曲線において、吸光度や蛍光強度の温度に対する平均変化率、あるいは微分値が最大となる温度がTm値である。
本発明において、Tm値は、融解曲線から求めた実測値であることが好ましいが、算出値を用いてもよい。例えば、汎用されているプライマー/プローブ設計ソフトウェア等を用いることにより、標準2本鎖核酸の塩基配列情報から、Tm値を算出することができる。
熱変性工程は、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸とを、一の反応液内において熱変性処理する工程である。具体的には、適当な組成の反応液に、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸とをそれぞれ添加した後、当該反応液を加熱することにより熱変性処理を行う。例えば、当該反応液を90〜100℃、好ましくは95〜100℃に一定時間加熱することにより、当該反応液に含有される試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸とを変性させることができる。なお、試料2本鎖核酸又は標準2本鎖核酸は、それぞれを含有する溶液として、反応液に添加してもよい。
本発明の識別方法において、標準2本鎖核酸とは、PCR−PHFA法において、識別対象である試料2本鎖核酸と競合的に鎖組み換えをさせる塩基配列既知の2本鎖核酸であって、標的塩基配列と同一の塩基配列を含む塩基配列を有する2本鎖核酸を意味する。例えば、標準2本鎖核酸は、対象の遺伝子の変異部位を含む部分領域であって、変異部位が特定の遺伝子型である配列と同一の塩基配列を含む2本鎖核酸(標的塩基配列と同一の塩基配列を含む2本鎖核酸)を用いた場合に、この標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換え反応が起こった場合には、当該試料2本鎖核酸が含まれている試料中に含まれている遺伝子は、標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型であり、鎖組み換え反応が起こらなかった場合には、標準2本鎖核酸とは異なる遺伝子型であると識別することができる。
標準2本鎖核酸は、例えば、公知の化学合成によって調製することができる。化学合成法としては、トリエステル法、亜リン酸法等が挙げられる。例えば、液相法又は不溶性の担体を使った固相合成法等を利用した通常の自動合成機(APPLIED BIOSYSTEMS社392等)を使用して1本鎖のDNAを大量に調製し、その後アニーリングを行うことにより2本鎖DNAを調製することができる。
また、試料2本鎖核酸は、その塩基配列が標的塩基配列と同一か否かを識別する対象となる2本鎖核酸である。本発明の識別方法においては、特に、遺伝子の部分領域の塩基配列を有する核酸であることが好ましく、生体から採取された試料中に含まれる核酸であることがより好ましい。このような試料としては、例えば、細菌、ウィルス等の病原体、ヒト等の生体から分離された血液、唾液、組織病片等、或いは糞尿等の排泄物が挙げられる。更に、出生前診断を行う場合は、羊水中に存在する胎児の細胞や、試験管内での分裂卵細胞の一部を検体とすることもできる。また、これらの試料は直接、又は必要に応じて遠心分離操作等により沈渣として濃縮した後、例えば、酵素処理、熱処理、界面活性剤処理、超音波処理、或いはこれらの組み合わせ等による細胞破壊処理を予め施したものを、反応液に添加することができる。なお、細胞破壊処理の具体的な方法は、PCRプロトコルス・アカデミック・プレス・インク(PCR PROTOCOLS Academic Press Inc.,p14、p352(1990))等の文献に記載された公知の方法に従って行うことができる。
生体から採取された試料中に含まれる核酸は、一般的に非常に微量である。このように、もともと微量の核酸を識別対象とする場合には、予め標的塩基配列を含む核酸断片を核酸増幅反応により増幅し、得られた増幅産物を、標準2本鎖核酸とともに反応液に添加することが好ましい。
核酸増幅反応としては、特に限定されるものではなく、PCR法、LCR(Ligase chain Reaction)法、3SR(Self−sustained Sequence Replication)法、SDA(Strand Displacement Amplification)法等の公知の核酸増幅反応の中から適宜選択して用いることができる(Manak,DNA Probes 2nd Edition p255〜291,Stockton Press(1993))。本発明においては、特にPCR法が好適である。
例えば、変異部位を含む増幅する領域を挟むようにプライマーを設計し、ポリメラーゼを用いたプライマーの伸長反応を繰り返し行うことにより、試料2本鎖核酸を調製することができる。この伸長反応に用いられるdNTP、ポリメラーゼ等の試薬は、核酸増幅を行う場合に通常用いられている試薬の中から、適宜選択して用いることができる。例えば、ポリメラーゼとしては、E.coliDNAポリメラーゼI、E.coliDNAポリメラーゼIのクレノウ断片、T4 DNAポリメラーゼ等の任意のDNAポリメラーゼを用いることができるが、特にTaq DNAポリメラーゼ、Tth DNAポリメラーゼ、Vent DNAポリメラーゼ等の熱安定性DNAポリメラーゼを用いることが好ましく、これによりサイクル毎に新たな酵素の添加の必要性がなくなり、自動的にサイクルを繰り返すことが可能になり、更にアニーリング温度を50〜60℃に設定することが可能なためプライマーによる標的塩基配列認識の特異性を高めることができ、迅速かつ特異的に遺伝子増幅反応を行うことができる(詳細については特開平1−314965号公報、特開平1−252300号公報参照)。また、この伸長反応を行う際の反応条件等の具体的な方法については、実験医学第8巻第9号(羊土社、(1990))、PCRテクノロジー・ストックトン・プレス(PCR Technology Stockton press)(1989)等の文献に記載された公知の方法に従い行うことができる。例えば、増幅反応の反応液中の核酸は、トータル量で5〜50ng程度であることが好ましいが、5ng以下でも充分増幅可能である。
例えば、遺伝子変異の変異部位を含む遺伝子の部分配列を標的塩基配列とし、試料2本鎖核酸が標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型であるのか否かを識別する場合には、変異部位を含む遺伝子中の領域のうち、標準2本鎖核酸と完全に同一の領域を核酸増幅して得られた2本鎖核酸を試料2本鎖核酸とすることが好ましい。この場合には、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸とは、変異部位のみが異なるため、変異部位が1塩基のみである場合の識別精度をより向上させることができる。
次いで、降温工程として、熱変性工程後の反応液の温度を低下させることにより、前記試料2本鎖核酸と前記標準2本鎖核酸とにおいて競合的鎖組み換え反応を行う。競合的鎖組み換え反応は、相同な塩基配列を持つ2本鎖核酸と1本鎖核酸との間、或いは相同な塩基配列を持つ2本鎖核酸と2本鎖核酸との間で起こる競合的な核酸鎖の置換反応(コンペティティブハイブリダイゼーション)であり、熱変性させた標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸の混合溶液の温度を、高温(一般的には、変性温度であり、例えば、90〜100℃の範囲のいずれかの温度)から降下させてアニーリングすることにより行うことができる。
なお、以降の降温工程における競合的鎖組み換え反応においては、反応液中の塩濃度が最適になるように調製することが好ましい。最適な塩濃度は、一般的には鎖長に依存する。一般に、ハイブリダイゼーションにおいては、SSC(20×SSC:3M塩化ナトリウム、0.3Mクエン酸ナトリウム)やSSPE(20×SSPE:3.6M塩化ナトリウム、0.2Mリン酸ナトリウム、2mM EDTA)が使われており、本発明の識別方法においても、これらの溶液を好適な濃度に希釈して使用することができる。また、必要に応じてジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルフォルムアミド(DMF)等の有機溶媒を添加することもできる。特にDMSOをPHFAの反応系(反応液)に添加することにより、標準2本鎖核酸のTm値を下げることが可能であり、このため、塩基配列が異なる、すなわち、反応液の組成が同一である場合にはTm値が異なる標準2本鎖核酸同士であっても、降温工程を同じ温度条件により行うことができる。
反応液の塩濃度の調整は、降温工程開始前に行えばよく、予め塩濃度を最適化した反応液に標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とを添加して熱変性処理を行ってもよく、熱変性処理後に塩濃度を調整してもよい。
反応液の降温速度は、標準2本鎖核酸のTm値における降温速度が、(当該Tm値+10)℃超における降温速度より遅いことを特徴とする。Tm値付近の温度範囲における降温速度を、十分な識別精度が得られる速さとし、当該温度範囲よりも高い温度においては、降温速度をより速くすることにより、降温工程に要する時間を短縮することができる。降温工程に要する時間は、標準2本鎖核酸の種類や、反応に用いる装置の仕様等により決定されるが、1〜30分間であることが好ましい。
Tm値及びTm値付近の温度範囲(Tm値±10)℃において、反応液の温度低下がゆっくりであるほど、非相補的な塩基配列を有する1本鎖同士がハイブリダイズする確率が低減され、精度よく競合的鎖組み換え反応を行うことができる。例えば、当該温度範囲おける降温速度は、0.25℃/分〜10℃/分であることが好ましい。Tm値付近の温度範囲における反応液の温度低下を、0.25℃/分〜10℃/分で行うことにより、長時間緩やかに降温させてハイブリダイゼーションを行った場合と同等の塩基識別能を有する。
なお、Tm値付近(相転移付近)でも早い速度(10℃/分超)で降温させると、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸との塩基配列が異なる場合であっても、誤って鎖組み換え反応を起こし、擬陽性に繋がる可能性が高くなり、標的塩基配列の識別性が大きく損なわれてしまう。一方で、また、Tm値付近を非常に緩やかな速度(0.25℃/分未満)で降温させると、測定時間に長時間を要することになる。
Tm値付近の温度範囲よりも高い温度範囲における降温速度は、少なくともTm値における降温速度よりも速ければ、特に限定されるものではないが、10℃/分超であることが好ましく、50℃/分超であることがより好ましく、使用する装置の最大速度とすることがさらに好ましい。降温速度が速いほど、識別に要する時間をより短縮することができる。
本発明においては、Tm値付近の温度範囲よりも低い温度範囲における降温速度も、当該温度範囲よりも高い温度範囲と同様に、Tm値における降温速度よりも速いことが好ましい。Tm値付近の温度範囲のみを、0.25℃/分〜10℃/分で降温し、その他の温度においてはより迅速に反応液の温度を低下させることにより、識別に要する時間を、従来法よりも大幅に短縮することができる。Tm値付近の温度範囲よりも低い温度範囲における降温速度は、少なくともTm値における降温速度よりも速ければ、特に限定されるものではないが、10℃/分超であることが好ましく、50℃/分超であることがより好ましく、使用する装置の最大速度とすることがさらに好ましい。
具体的には、記反応液の降温速度が、(Tm値+2)℃超では10℃/分超であり、(Tm値+2)℃〜(Tm値−10)℃では0.25℃/分〜10℃/分であり、(Tm値−10)℃未満では10℃/分超であることが好ましい。
なお、降温工程における反応終了時点の反応液の温度等の反応条件は、降温速度以外は、標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸の鎖長や塩基配列に応じて適宜設定することができる。
また、測定工程として、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定し、識別工程として、得られた測定結果に基づき、前記標準2本鎖核酸と前記試料2本鎖核酸との同一性を識別する。標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度は、いずれかの核酸を標識物質により標識し、当該標識を指標として測定することができる。例えば、標準2本鎖核酸を構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖をある標識物質で標識し、他方の鎖を別の標識物質で標識する。この場合、鎖組み換え反応が起こらなかった場合には、2種類の標識物質は全て同じ分子から検出される。一方、鎖組み換え反応が起こった場合には、2種類の標識物質のうちのいずれか一方のみ検出される分子が存在する。よって、反応液中の2本鎖核酸の各分子がいずれの標識物質で標識されているかを検出することにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することができる。なお、標準2本鎖核酸に代えて試料2本鎖核酸を同様に標識してもよい。さらに、標準2本鎖核酸の一方の核酸鎖をある標識物質で標識し、この標識した核酸鎖と鎖組み換え反応が起こり得る試料2本鎖核酸の一方の核酸鎖を別の標識物質で標識してもよい。
標識物質としては、非放射性、放射性物質のどちらを用いてもよいが、好ましくは非放射性物質が用いられる。非放射性の標識物質としては、直接標識可能なものとして蛍光物質[例えばフルオレッセイン誘導体(フルオレッセインイソチオシアネート等)、ローダミン及びその誘導体(テトラメチルローダミンイソチオシアネート等)]、化学発光物質(例えばアクリジン等)等が挙げられる。 また、標識物質と特異的に結合する物質を利用することにより、間接的に標識物質を検出することができる。このような標識物質としては、ビオチン、リガンド、特定の核酸あるいはタンパク質ハプテン等が挙げられる。そして、標識物質と特異的に結合する物質としては、ビオチンの場合にはこれに特異的に結合するアビジンあるいはストレプトアビジンが、ハプテンの場合はこれに特異的に結合する抗体が、リガンドの場合はレセプターが、特定の核酸あるいはタンパク質の場合はこれと特異的に結合する核酸、核酸結合タンパク質あるいは特定のタンパク質と親和性のあるタンパク質等が利用できる。 上記ハプテンとしては2,4−ジニトロフェニル基を有する化合物やジゴキシゲニンを使うことができ、更にはビオチンあるいは蛍光物質等もハプテンとして使用することができる。これらの標識物質は、いずれも単独又は必要があれば複数種の組み合わせで公知の手段(特開昭59−93099号公報、特開昭59−148798号公報、特開昭59−204200号公報参照。)により、導入することができる。
また、2種類の標識物質のうち、いずれかの標識物質を固相単体に結合可能な物質とした場合には、汎用されている固液分離作業を行うことにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することができる。例えば、標準2本鎖核酸の一方の鎖を標識物質Aで標識し、他方の鎖を固相単体に結合可能な標識物質Bで標識し、鎖組み換え反応後の反応液を標識物質Bが結合可能な固相単体に接触させる。その後、当該固相担体に結合している2本鎖核酸中の標識物質Aを測定する。鎖組み換え反応が起こった場合には、固相担体に結合している2本鎖核酸中の標識物質Aにより標識されている2本鎖核酸の割合が減少する。
なお、測定工程における標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度の測定は、降温工程の終了時、すなわち鎖組み換え反応後(エンドポイント)において行ってもよく、降温工程の開始時及び終了時に行い、両者の測定値を比較することにより、試料2本鎖核酸が標準2本鎖核酸と同一であるか否かを識別してもよい。また、測定工程における測定は、降温工程において経時的に(リアルタイムに)行ってもよい。
特に、本発明においては、互いにエネルギー移動可能な2種類の標識物質(例えば、励起により蛍光を発生するドナー標識物質と、その蛍光を吸収するアクセプター標識物質)を用いて、これらの標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを指標として、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することが好ましい。
標識物質間のエネルギー移動とは、エネルギーを発生するドナー標識物質とこのドナー標識物質から発生したエネルギーを吸収するアクセプター標識物質との少なくとも2種の標識物質が、互いに近接した状態にある場合に、ドナー標識物質からアクセプター標識物質へのエネルギーの移動をいう。例えば、2種の標識物質が蛍光物質である場合、ドナー標識物質を励起して生じる蛍光をアクセプター標識物質が吸収し、このアクセプター標識物質が発する蛍光を測定するか、又はドナー標識物質を励起して生じる蛍光をアクセプター標識物質が吸収することにより起こるドナー標識物質の消光を測定することができる(PCR Methods and applications 4,357−362(1995)、Nature Biotechnology 16,49−53(1998))。なお、ドナー標識物質の蛍光波長とアクセプター標識物質の吸収波長に重なりがなくてもエネルギー移動が起こる場合があるが、このようなエネルギー移動も本発明に含まれるものである。また、アクセプター標識物質はクエンチャーであってもよい。このようなくクエンチャーとして、例えばdubcylやブラックホール等が挙げられる。
具体的には、標準2本鎖核酸として、構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖の3’端部を第1標識物質により標識し、他方の鎖の5’端部を第1標識物質と互いにエネルギー移動可能な第2標識物質により標識したものを用いる。第1標識物質と第2標識物質のいずれがドナー標識物質であってもよい。この標準2本鎖核酸は、第1標識物質と第2標識物質が近接した状態にあるため、エネルギー移動が生じる。一方、試料2本鎖核酸との間で競合的鎖組み換え反応が起こると、鎖の組み換えが起こった2本鎖核酸では、第1標識物質と第2標識物質とが離れているため、エネルギー移動が生じず、反応液中のエネルギー移動が生じた2本鎖核酸の割合が減少する。そこで、第1標識物質又は第2標識物質から発されるエネルギー(蛍光物質である場合には蛍光強度)を測定することにより、エネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定し、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することができる。
遺伝子型が異なる(変異部の塩基配列が相違する)核酸鎖同士に比べて、遺伝子型が同一の(完全に相補的な塩基配列を持つ)核酸鎖同士のほうがより優先的に2本鎖を形成する。このため、これに伴って標識物質間でのエネルギー移動によるエネルギー変化の度合、すなわち、鎖置き換え反応によって生じたり消失したりするエネルギー移動の変化の度合を任意の検出器を用いて測定することにより、試料中に含まれていた遺伝子の変異部位の遺伝子型が、標準2本鎖核酸と同一であるかどうかや、試料中に含まれていた標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型の割合を検出することができる。例えば、検出に蛍光エネルギー移動を利用する場合には、分光蛍光光度計、蛍光プレートリーダーなどで特定波長の蛍光スペクトルを測定することにより、標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型を持つ遺伝子の有無や割合を容易に検出することができる。
標準2本鎖核酸は標識せず、試料2本鎖核酸を構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖の3’端部を第1標識物質により標識し、他方の鎖の5’端部を第2標識物質により標識したものを用いてもよい。この場合には、標準2本鎖核酸を標識した場合と同様に、鎖の組み換えが起こった2本鎖核酸ではエネルギー移動が生じず、反応液中のエネルギー移動が生じた2本鎖核酸の割合が減少する。
また、標準2本鎖核酸の一方の核酸鎖の3’端部(又は5’端部)を第1標識物質により標識し、この標識した核酸鎖と鎖組み換え反応が起こり得る試料2本鎖核酸の一方の核酸鎖(第1標識物質により標識した核酸鎖の相補鎖)の5’端部 (又は3’端部)を第2標識物質により標識したものを用いてもよい。この場合には、鎖の組み換えが起こった2本鎖核酸ではエネルギー移動が生じ、反応液中のエネルギー移動が生じた2本鎖核酸の割合が増大する。
このように、標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定することによって、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することにより、固液分離作業等の煩雑な作業を要することなく、迅速かつ簡便に標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との同一性を識別することができる。しかも、両標識物質を、互いに近接する3’端部と5’端部とに導入することにより、鎖の置き換えが生じた程度を正確かつ確実に捕えることができる上、標準2本鎖核酸又は試料2本鎖核酸が鎖の長い遺伝子断片であっても、常に良好な感度をもって正確かつ確実に相補鎖の置換の程度を測定し得、遺伝子型の同一性を正確かつ安定的に識別することができる。特に、従来の煩雑な固液の分離作業を必要としない簡易な方法であることから、自動化も可能となり、最前線の医療現場での要望に応えることができる。
第1標識物質又は第2標識物質として用いることができる標識物質としては、互いに近接した状態でエネルギー移動可能なものであれば特に制限されないが、中でも蛍光物質、遅延蛍光物質が好ましく、場合によっては化学発光物質、生物発光物質等を用いることもできる。このような標識物質の組み合せとしては、フルオレセイン及びその誘導体(例えばフルオレセインイソチオシアネート等)とローダミン及びその誘導体(例えばテトラメチルローダミンイソチオシアネート、テトラメチルローダミン−5−(and−6−)ヘキサノイックアシッド等)との組み合わせ、フルオレセインとダブシルとの組み合わせ等が挙げられ、これらの中から任意の組み合わせを選択することができる(Nonisotopic DNA Probe Techniques.Academic Press(1992))。その他、近接させた場合に熱エネルギーの放出が生じる組み合わせの分子であってもよい。このような標識物質の組み合わせとしては、Alexa Fluor(登録商標)488(インビトロジェン社製)、ATTO 488(ATTO-TEC GmbH社製)、Alexa Fluor(登録商標)594(インビトロジェン社製)、及びROX(Carboxy-X-rhodamine)からなる群より選択される1とBHQ(登録商標、Black hole quencher)−1又はBHQ(登録商標)−2との組み合わせ等が挙げられる。
なお、グアニンは、FAMが近接した場合にクエンチする能力があるため(Nucleic acids Research 2002,vol.30.no.9 2089-2195)、これを利用してもよい。例えば、標準2本鎖核酸の一方の鎖の3’端部をFAMで標識した場合であって、他方の鎖の5’末端の塩基がグアニンである場合には、当該他方の鎖を標識物質で標識せずともよい。
標準2本鎖核酸又は試料2本鎖核酸に、第1標識物質又は第2標識物質を導入する方法としては、一般的な核酸への標識導入方法を採用することができる。例えば、標識物質を核酸に直接化学的に導入する方法(Biotechniques 24,484−489(1998))、DNAポリメラーゼ反応あるいはRNAポリメラーゼ反応により標識物質結合モノヌクレオチドを導入する方法(Science 238,336−3341(1987))、標識物質を導入したプライマーを用いてPCR反応を行うことにより導入する方法(PCR Methods and Applications 2,34−40(1992))等が挙げられる。
標準2本鎖核酸又は試料2本鎖核酸に標識物質を導入する位置は、鎖置き換え反応によりエネルギー移動が生じたり、消失する位置、すなわち、核酸鎖の3’端部及び/又は5’端部である必要がある。具体的には、本発明において、5’端部及び3’端部とは、核酸鎖の5’末端及び3’末端からそれぞれ30塩基以内の範囲を示すが、両方の標識物質が近ければ近いほどエネルギー移動を起こし易いため、好ましくはそれぞれの末端から10塩基以内であり、最も好ましくは5’末端及び3’末端である。ここで、標識物質を相補鎖とハイブリダイズする塩基部分に多数導入すると1塩基程度の置換が検出できなくなる可能性があるため、それぞれの核酸鎖の端部分のみに導入することが好ましい。例えば、2種の標識物質の一方を一方の核酸鎖の5’端部(3’端部)に導入すると共に、これと相補的な他方の核酸鎖の3’端部(5’端部)に他方の標識物質を導入することにより、ハイブリダイゼーション反応に影響を与えることなく、両核酸鎖は鎖置き換え反応により、エネルギー移動を生じたり、消失したりする。
具体的には、5’端部に標識を有する核酸鎖を調製するには、5’端部に標識物質が導入されたリンカーと任意の核酸鎖をリガーゼにより結合させる方法(Nucleic Acids Res.25,922−923(1997))、あるいは5’端部に標識物質が導入されたプライマーを用いてPCR反応を行う方法(PCR Methods and Applications 2,34−40(1992))等が挙げられる。
一方、3’端部に標識を有する核酸鎖を調製するには、上記5’端部に標識物質を導入する場合と同様に、3’端部に標識物質が導入されたリンカーと任意の核酸鎖をリガーゼにより結合させる方法がある。なお、核酸鎖がDNAではなくRNAであったり、DNAの3’端部がRNAである場合には、その末端のRNAの糖(リボース)部を選択的に開環させて、生じたアルデヒド基を利用して標識することもできる。
さらに、標識物質を導入したモノヌクレオチド三リン酸を、ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼの働きにより核酸鎖の3’端部に導入することもできる(Biotechniques 15,486−496(1993))。
なお、標準2本鎖核酸が100塩基以下の比較的短い核酸鎖である場合には、直接化学合成により標識核酸を調製することもできる(Nucleic Acids Res.16,2659−2669(1988)、Bioconjug.Chem.3,85−87(1992))。
標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いの測定は、一般的に、標識物質から発される蛍光を測定することにより行われるが、この蛍光測定は、多数の検体を同時に測定でき、しかも多彩な温度制御ができるいわゆるリアルタイムPCR装置等を使う場合が多い。しかしながら、このような装置では、検出ごとの蛍光測定精度は必ずしも高くなく、バラツキの大きい結果となる場合が多い。また、添加する標準2本鎖核酸の添加量のバラツキも、測定精度に大きな影響を与える要因となり得る。反応を微量で行うための装置では、このような測定のバラツキ、標準物質の添加量のバラツキはさらに大きくなることが危惧される。従って、定量的な測定を行う場合には、それら測定間でのバラツキを補正することが好ましい。
一般的に測定間のバラツキを補正する方法として、各測定間で同じ結果となることが明らかな標準物質を用いる方法がある。例えば、各反応液に、第1標識物質及び第2標識物質のいずれとも異なる蛍光物質を共通に添加しておき、当該蛍光物質の値に基づき、目的の蛍光測定値を補正することが可能である。しかしながら、このような補正方法は、間接的である上に、標準2本鎖核酸の添加量のバラツキを補正することはできない。
また、蛍光共鳴エネルギー移動を利用した検出法においては、一般的に、ドナーとなる蛍光物質とアクセプターとなる蛍光物質の両方蛍光値の比を求めることにより、測定間のバラツキを補正する方法が行われている。すなわち、ドナーを励起して生じる蛍光と、ドナーからのエネルギー移動で励起されて発光したアクセプターの蛍光との両方を測定し、その比を求める方法である。そこで、本発明者は、本発明の識別方法において、標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定する際に、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比を求めることによりバラツキが低減できるかどうかを検討したが、満足できる結果には到らなかった。これは、鎖組み換え反応後のドナー標識物質の蛍光値は非常に小さく、このような状態での蛍光測定はバラツキが非常に大きくなり易く、このため、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比も非常に大きなバラツキを生じることになるためと考えられる。なお、ドナー標識物質の蛍光値が小さいのは、鎖組み換え反応が起こらずに、変性後の標準2本鎖核酸が元の2本鎖核酸に戻ったときには、エネルギー移動が生じるため、ドナー標識物質の蛍光はほとんどアクセプター標識物質にエネルギー移動される結果、非常に弱い発光となるためである。
さらに、本発明の識別方法では、標識物質の種類、標的塩基配列の種類、標準2本鎖核酸や試料2本鎖核酸の塩基配列の種類等により、標識物質の蛍光値の変化、特にドナー標識物質の蛍光値の変化の挙動が影響を受けるという問題があることを、本発明者は見出した。図1は、遺伝子型が異なる場合のドナー標識物質の蛍光挙動の一例を模式的に示した図であり、図2は、同じく遺伝子型が異なる場合のアクセプター標識物質の蛍光挙動の一例を模式的に示した図である。まず、3種類の遺伝子型がある遺伝子変異に対して、一の遺伝子型であるPCR産物を試料2本鎖核酸とし、このPCR産物と同一の遺伝子型の標準2本鎖核酸(マッチ)と、このPCR産物と異なる遺伝子型の標準2本鎖核酸(ミスマッチA)と、両者いずれとも異なる遺伝子型の標準2本鎖核酸(ミスマッチB)とを用意し、各標準2本鎖核酸は、構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖の3’端部をドナー標識物質により標識し、他方の鎖の5’端部をアクセプター標識物質により標識した。試料2本鎖核酸と各標準2本鎖核酸をそれぞれ混合し、変性させた後、95℃から35℃まで反応液の温度を降下させ、各温度における蛍光強度を測定したところ、標準2本鎖核酸(ミスマッチA)と標準2本鎖核酸(ミスマッチB)とでは、ドナー標識物質の蛍光値が大きく異なり、特にエンドポイント(35℃)では、標準2本鎖核酸(ミスマッチB)の蛍光強度は、標準2本鎖核酸(ミスマッチA)の蛍光強度よりも大幅に大きく、標準2本鎖核酸(マッチ)の蛍光強度に近くなっている。このように、遺伝子型の塩基の種類、すなわち標的塩基配列の種類によって、蛍光強度が影響を受ける場合があり、本発明の識別方法では、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比を求めることによっては、データのバラツキを補正することにはつながらない。
そこで、本発明者は、さらに検討を重ねた結果、鎖組み換え反応後(エンドポイント)における蛍光強度のみではなく、反応液の温度低下による蛍光強度の変化量、つまり、変性により1本鎖の状態における蛍光強度と、アニーリング後の2本鎖核酸の状態における蛍光強度との変化量ΔF(フルオラセンス)に基づいて補正することにより、測定間のバラツキをよく補正できることを見出した。ΔFは、ドナー標識物質の変化量であってもよく、アクセプター標識物質の変化量であってもよい。ドナー標識物質のΔFは、具体的には、下記式(1)により求めることができる。同じくアクセプター標識物質のΔFは、下記式(2)により求めることができる。下記式(1)及び(2)中、「F[start-point]」は、反応液の温度降下開始時点の温度における蛍光強度、「F[end-point]」は、反応液の温度降下終了時点の温度における蛍光強度を意味する。
また、ΔFは、ドナー標識物質とアクセプター標識物質のいずれであっても、下記式(3)により求めることもできる。下記式(3)中、「F[max]」は、反応液の温度降下開始から終了までの温度依存的な蛍光挙動内で最も高い蛍光強度を意味し、「F[min]」は、同じく温度依存的な蛍光挙動内で最も低い蛍光強度を意味する。
図3は、図1と同様にしてPCR産物(試料2本鎖核酸)、標準2本鎖核酸(マッチ)、標準2本鎖核酸(ミスマッチA)、及び標準2本鎖核酸(ミスマッチB)を調製し、競合的鎖組み換え反応を行った場合の、上記式(1)に基づき求めたドナー標識物質のΔFを示した図である。図3において、標準2本鎖核酸(マッチ)のΔFがマイナス値となっているのは、Tris緩衝液の温度依存的なpH変化による蛍光物質の変化、あるいは蛍光物質の温度依存性によるものである。特に、ドナー標識物質としてフルオラセインを用いた場合には、このようにΔFがマイナス値となるような挙動を示す。つまり、試料2本鎖核酸とは遺伝子型が異なる場合(ミスマッチの場合)のΔF値は大きくなり、試料2本鎖核酸と遺伝子型が同一の場合(マッチの場合)のΔF値はマイナスから0に近い値となる。逆に、アクセプター標識物質のΔF値を指標とした場合、試料2本鎖核酸と遺伝子型が同一の場合のΔF値は大きくなり、試料2本鎖核酸とは遺伝子型が異なる場合のΔF値はマイナスから0に近い値となる。そして、これらのΔF値を算出することにより、遺伝子型等の標的塩基配列の種類を識別することができる。
鎖組み換え反応が起こらずに、変性後の標準2本鎖核酸が元の2本鎖核酸に戻ったときには、鎖組み換え反応後のドナー標識物質の蛍光は弱く、また、1本鎖の状態におけるアクセプター標識物質の蛍光も弱いものの、ΔFのバラツキは、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比をとった場合ほど大きくなく、測定間のバラツキをよく補正できることがわかった。
測定機器の種類により蛍光強度の測定値は変動する傾向があるが、ΔFによる補正では、測定機器間のバラツキを補正することは困難である。そこで、本発明者は、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸うち、標識物質で標識されていない2本鎖核酸を含有しない対照反応液を調製し、この対照反応液の温度低下による蛍光強度の変化量ΔFを用いることにより、測定装機器のバラツキをより低減できることを見出した。これは、対照反応液のΔFを測定ごと、あるいは測定装機器ごとに参照することにより、蛍光測定時の外部標準としての役割を果たしているためである。
つまり、標準2本鎖核酸を標識物質で標識した場合に、試料2本鎖核酸を含まず標準2本鎖核酸を含むものを対照反応液とし、反応液のΔFと対照反応液のΔFとの比を測定することにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定する。この比は、具体的には下記式(4)により求めることができる。なお、式(4)中、「ΔF[反応液]」は、反応液の蛍光変化量ΔF、「ΔF[対照反応液]」は、対照反応液の蛍光変化量ΔFを意味する。
標識した2本鎖核酸のみの蛍光共鳴エネルギー移動の程度、つまりΔF[対照反応液]を100%とし、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸の組み換えがどの程度起こっているかを求めることができる。標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とを混合し、鎖組み換え反応を行った場合に、INDEX値が100%に近い場合には、鎖組み換えが起こらなかったことを示し、試料2本鎖核酸の塩基配列は標準2本鎖核酸とは異なると識別される。一方、INDEX値が0%に近い場合には、鎖組み換えが起こったことを示し、試料2本鎖核酸の塩基配列は標準2本鎖核酸と同一であると識別される。
また、前述したように、鎖組み換え反応では、反応液の温度をゆっくりと低下させていくことが重要であるが、降温速度を低下させることにより、鎖組み換え反応に非常に長時間を要するという問題もある。そこで、標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定することによって、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定する場合には、予め、標識した2本鎖核酸の融解曲線を描き、第1標識物質又は前記第2標識物質の蛍光強度の温度に対する平均変化率(dF/dT;温度に対する蛍光強度の変化量)を求め、この平均変化率が大きい温度範囲において反応液の降温速度を十分に小さくし、その他の温度範囲についてはより大きな降温速度で行うことにより、鎖組み換え反応における識別精度を損なうことなく、短時間で鎖組み換え反応を行うことができる。
具体的には、蛍光強度の温度に対する平均変化率が最大となる温度の±3〜5℃の温度範囲にのみを、十分に小さな降温速度、例えば0.1℃/分〜0.3℃/分、より好ましくは0.1℃/分という非常に緩やかな降温速度とし、他の温度範囲ではより早い降温速度とする。事前に標識した2本鎖核酸の相転移付近の温度を把握することにより、効率的な測定を行うことができ、測定時間の短縮化に繋がる。
本発明の識別方法は、遺伝子型等の1又は数塩基のみが相違する塩基配列同士の識別精度が非常に優れており、SNP等の生殖細胞系列変異のみならず、がん細胞等で観察されるような体細胞変異をも十分な精度で識別することが可能である。
本発明の識別方法は、その高い識別精度及び迅速性から、臨床検査等においても有用である。医療現場における遺伝子検査の実用性を考えた場合に、測定時間の短縮は非常に重要である。本発明の識別方法並びに標的塩基配列の識別方法の時短化方法により、SNP等の生殖細胞変異のみならず、体細胞変異も高精度にかつ超短時間で識別することができる。
例えば、K−rasはシグナル伝達系のタンパク質であり、プロトオンコ―ジーンである。多くのがん細胞においてK−ras遺伝子に変異が生じていることが報告されている。特にK−ras遺伝子のコドン12、13にアミノ酸置換を伴う変異が顕著に見られ、13種類の変異パターンが存在することが知られている。最近、K−ras遺伝子に変異がある患者では、抗がん剤であるEGFR抗体薬(セツキシマブ、パニツムマブ)等が効力を発揮できないことが次々に明らかとなっている。このような抗がん剤治療は副作用のみならず高額な費用を要する。したがって、治療前にK−ras変異の検査を行い、効く患者のみを選別して治療することがオーダーメード医療の一環として提案されている。
また、EGFR抗体薬であるセツキシマブは、大腸がん治療薬として使用されている。大腸がんの年間罹患数は10万人弱であり、平成17年の死亡者数は4万800人であった。食生活の欧米化により増え続ける傾向にあり、4年後には40,000人の大腸がん患者がEGFR抗体薬治療の対象となるとのEGFR抗体薬のメーカーによる試算もある。当該試算が正しければ、K−rasの検査市場は日本国内だけで4年後には4億円を越すものと予想される。
しかしながら、従来の識別法では、体細胞変異を十分な精度で迅速に識別することは困難であり、擬陽性が多い、と言う問題があった。本発明の識別方法は、体細胞変異をも非常に精度よく迅速に識別可能であることから、臨床検査における精度改善のみならず、医療費の削減にも資することが期待できる。
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
がん遺伝子であるK−rasのコドン12の遺伝子変異を識別対象の変異部位とし、特定の遺伝子型のK−ras遺伝子のコドン12を含む部分領域の塩基配列を標的塩基配列として、試料2本鎖核酸の遺伝子型が、標準2本鎖核酸の遺伝子型と同一か否かを、本発明の識別方法を用いて識別した。なお、使用する標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸は、常法の化学合成法により調製した。
まず、コドン12の遺伝子変異の遺伝子型に対して、表1記載の遺伝子型の標準2本鎖核酸をそれぞれ作製した。各標準2本鎖核酸は、一方の核酸鎖の両末端をFAM標識(グレンリサーチ社製)し、他方の核酸鎖の両末端をDABCYL標識(グレンリサーチ社製)した。各遺伝子型の標準2本鎖核酸は、プライマーを設計してPCRにより調製することもできるが、本実施例においては、構成する2本の核酸鎖を1本ずつ化学合成したものをハイブリダイズさせることにより調製した。表1に、化学合成した核酸鎖の配列を、遺伝子型ごとに示す。
表1中、コドン12は下線で示し、変異部位は小文字で表した。また、「Wild」はK−ras遺伝子の野生型を、「G12S」はコドン12の点突然変異により、グリシンがセリンに改変されている変異型を、「6−FAM」はFAM標識を、「DAB」はDABCYL標識を、右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を、それぞれ示す。
さらに、試料2本鎖核酸の調製をPCRにて行った。PCR反応液の組成は、250nM KFプライマー、250nM KRプライマー、250μM dNTP、1×PCRバッファー、2.5ユニット Taq DNAポリメラーゼ(Takara Taq Hot Start Version)、とし、全体の反応液を47.5μLとした。このPCR反応液に10ng/μlの鋳型DNAを2.5μl添加し、全体の反応容量を50μlとした。PCRの反応条件は95℃3分間の処理後、95℃(20秒間)→57℃(30秒間)→72℃(30秒)の変性、アニーリング、伸長反応を、40サイクル行った。使用したKFプライマー及びKRプライマーの塩基配列を表2に示す。表中の右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を示す。なお、鋳型DNAはがん細胞由来DNA(DLD−1とA549)を用いた。DLD−1のk−rasの遺伝子型は野生型(ホモ)であり、A549のk−rasの遺伝子型はG12Sの変異型(ホモ)である。これらの配列についてはダイレクトシークエンスにより配列を確認している。
得られたPCR反応液(14.4μL)、500nM wild−FAM(野生型の標準2本鎖核酸のうちのFAM標識された1本鎖核酸)(1μL)、500nM wild−DAB(野生型の標準2本鎖核酸のうちのDABCYL標識された1本鎖核酸)(1μL)、2M NaCl(1μL)、ROX(0.6μl)を混合し、蛍光PHFA反応液とした。この調製した蛍光PHFA反応液を、蛍光強度(蛍光共鳴エネルギー移動)の測定装置(ABI−7900)にセットし、95℃で5分間保持して変性させた後、90℃から75℃の温度範囲を0.25℃/分の降温速度で温度を下げ、それ以外の温度については本装置の最高の降温速度(96℃/分)で実施し、35℃まで温度を下げた。なお、ROXは内部標準物質として添加し、well間差のFAMの蛍光強度を補正した値(FAM/ROX)を求めた。
各温度における反応液の蛍光強度をリアルタイムで測定した結果を図4に示す。図4中、「温度変化」は蛍光強度測定時の反応液の温度を示す。また、同じく図中、「野生型サンプル(マッチ)」は野生型の標準2本鎖核酸と野生型の試料2本鎖核酸とを用いた場合の、「G12Sサンプル(ミスマッチ)」は野生型の標準2本鎖核酸とG12S遺伝子型の試料2本鎖核酸とを用いた場合の、反応液の蛍光強度をそれぞれ示す。この結果、野生型の標準2本鎖核酸とG12S遺伝子型の試料2本鎖核酸とを用いた場合(「G12Sサンプル(ミスマッチ)」)の蛍光値は95℃から86℃までは蛍光値が変化せず、85℃から温度変化に応じて蛍光値が変化していることが分かった。また、90℃から75℃の範囲において降温速度を0.25℃/分とするために、各温度において3分間保持させ、約1分間かけて1℃ずつ降温させているが、蛍光値は、同一の温度で保持している時間もほとんど変化しておらず、1℃温度を降温させる際に劇的に変化していることが分かった。つまり、1℃降温させている降温速度で蛍光値が変化しており、保持している時間は実質的に蛍光値が変化していない測定上無駄な温調時間であることが分かった。特に90℃から85℃の温度範囲はほとんど蛍光強度が変化していないにも関わらず、全体の測定時間の2分の1を占めており、これらの時間を無駄にしていることになる。さらに、温度変化に対する蛍光値の変化は、85℃、84℃、83℃で大きく変化していた。ここで、反応に用いた標準2本鎖核酸のTm値は84℃である。また、75℃付近の蛍光強度と35℃付近の蛍光強度はほとんど変化しておらず、鎖組み換えに伴うハイブリダイゼーションは、75℃付近において概ね安定したと考えられた。よって、標準2本鎖核酸のTm値から−5℃〜10℃までの蛍光強度を追跡することで、競合的鎖組換え反応は評価でき、それ以下の温度について蛍光挙動を追跡する必要はなく、ここでも無駄な時間を削除することができることがわかった。つまり、反応液の蛍光強度は、標準2本鎖核酸のTm値付近において大きく変化しているものの、その他の温度範囲においては、単に降温速度依存的に変化していることが分かった。
これらの結果から、標準2本鎖核酸のTm値付近の温度範囲において、ほとんどの割合の標準2本鎖核酸は試料2本鎖核酸が同一の塩基配列であるか否かを識別しており、よってPHFAにおいて標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とが正確なハイブリッドを形成するためには、Tm値付近、特に(Tm値+2)℃〜(Tm値+5)℃から(Tm値−5)℃〜(Tm値−10)℃までの温度範囲における降温速度をある程度緩やかに制御することが重要であり、それ以外の温度域は降温速度を緩やかにしても識別精度の点からは意味がないと考えられた。このように、熱変性の温度から低温まで一律にゆっくりと反応液の温度を低下させていく従来のPCR−PHFA法においては、識別精度に影響しない無駄な温調時間が存在することは、蛍光で修飾した標準2本鎖核酸を用い、注意深く蛍光強度変化をリアルタイムで観察した結果初めて見出された知見であり、エンドポイントにおいてのみ鎖組み換えが生じた程度を測定する従来のPCR−PHFA法では各温度における鎖組換え効率が把握できないため、全く気付かなかった点である。
すなわち、本実施例の結果から、特許文献1や非特許文献8で報告されているような非常に緩やかな降温速度は必ずしも必要ではないこと、及び、標準2本鎖核酸のTm値付近の温度変化は識別性に重要な温度域であるということが分かった。
[実施例2]
実施例1において用いた標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とを用いて、実施例1と同様の反応液組成にて競合的鎖組換え反応を行った。さらに、試料2本鎖核酸を混合せず、標準2本鎖核酸のみを添加した反応液を、他と同様にして蛍光強度をリアルタイムに測定した。なお、標準2本鎖核酸のみの反応では、試料2本鎖核酸の代わりに1×PCRバッファー(10mM Tris−HCl(pH8.3),50mM KCl,1.5mM MgCl2 )を14.4μl、500nM wild−FAM(1μL)、500nM wild−DAB(1μL)、2M NaCl(1μL)、ROX(0.6μl)を混合し、蛍光PHFA反応液(標準2本鎖核酸のみ)とした。
蛍光強度測定は実施例1で用いた測定装置ABI7900を用い、下記の3つの温度条件にて連続的に蛍光測定を行った。なお、測定条件1及び2は、実施例1の結果より蛍光強度が変化していない温度範囲については本装置最大の速度で降下させ、標準2本鎖核酸のTm値付近(85℃〜75℃)のみを緩やかな温調として、測定時間を短縮した条件である。さらに測定条件2では、Tm値付近(85℃〜75℃)を、従来よりも降下速度が速い0.96℃/分で実施した。
条件1:95℃で5分間変性し、85℃から75℃の間を0.25℃/分の降温速度で温度を下げ、それ以外の温度範囲については本装置の最高の降温速度(96℃/分)で実施し、35℃まで温度を下げた。測定時間は約60分間であった。
条件2:条件1終了後、95℃で30秒間変性し、85℃から75℃の温度域を0.96℃/分の降温速度とし、それ以外の温度域については本装置の最大の降温速度(96℃/分)で実施し、35℃まで温度を下げた。測定時間は約13分間であった。
条件3:条件2終了後、95℃で30秒間変性し、35℃まで本装置の最大の降温速度(96℃/分)で実施し、35℃まで温度を下げた。測定時間は約数十秒間であった。
各温度における反応液の蛍光強度をリアルタイムで測定した結果を図5に示す。図5(A)は各反応液の蛍光強度の変化を、図5(B)は各反応液の温度プロフィールを、それぞれ示す図である。図5中、「野生型サンプル(マッチ)」及び「G12Sサンプル(ミスマッチ)」は図4と同様である。また、同じく図中、「野生型標準2本鎖核酸のみ」は、蛍光PHFA反応液(標準2本鎖核酸のみ)の結果を示す。図5(A)に示すように、測定条件1及び2では、野生型の標準2本鎖核酸とG12S遺伝子型の試料2本鎖核酸とを用いた場合(「G12Sサンプル(ミスマッチ)」)の蛍光強度は、野生型標準2本鎖核酸のみが存在する場合(「野生型標準2本鎖核酸のみ」)の蛍光強度とほぼ同様の挙動を示した。これらの結果から、測定条件1及び2は、いずれも野生型とG12S変異型とを高精度に識別し得ることが明らかである。特に測定条件2では、識別精度を損なうことなく、測定時間(識別に要する時間)が約13分と、数時間を要していた従来法に比べ、大幅に短縮することができた。一方で、測定条件3では、野生型の標準2本鎖核酸とG12S遺伝子型の試料2本鎖核酸とを用いた場合(「G12Sサンプル(ミスマッチ)」)の蛍光強度は、野生型標準2本鎖核酸のみが存在する場合(「野生型標準2本鎖核酸のみ」)の蛍光強度よりもむしろ野生型の標準2本鎖核酸と野生型の試料2本鎖核酸とを用いた場合(「野生型サンプル(マッチ)」)の蛍光強度の挙動に近く、降下速度が速すぎるために、誤ってG12S型の試料2本鎖核酸が野生型の標準2本鎖核酸と鎖組み換え反応を行っていると推察できる。つまり、Tm値付近の温度範囲における降下速度が速すぎることにより、ミスマッチの識別性が劇的に低下することが確認された。すなわち、本実施例の結果から、識別性を保持できるTm値付近の温度範囲における降温速度にも幅があることが推察された。
さらに本結果をより正確に捉えるため、それぞれの反応における温度低下による蛍光強度の変化量ΔFを求めた。具体的には、前記式(1)に基づき、95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引いた値をΔFとした。前記式(4)からIndex(%)を求めた値を表3に示す。この結果からも、温度条件2における標準2本鎖核酸の識別性は、温度条件1と同等に保持されていることが分かる。なお、本実施例において示された本発明の識別方法及び標的塩基配列の識別方法の時短化方法の効果は、蛍光標識されていない、あるいはリアルタイムで測定を行わない場合においても有効である。
[実施例3]
実施例1において用いた標準2本鎖核酸(G12S型)と試料2本鎖核酸(野生型又はG12S型)とを用いて、実施例1と同様の反応液組成にて競合的鎖組換え反応を行った。また、試料2本鎖核酸を混合せず、標準2本鎖核酸のみを添加した反応液については、実施例2と同様にして行った。
蛍光強度測定は実施例1で用いた測定装置ABI7900を用い、Tm値付近の温度範囲(85〜75℃)における降温速度がそれぞれ異なる10の条件(条件1〜10)にて連続的に蛍光測定を行った。すなわち、95℃で5分間変性し(条件1以外は、前の条件終了後95℃で30秒間変性し)、85℃から75℃の間を0.25℃/分の降温速度で温度を下げ、それ以外の温度範囲については本装置の最高の降温速度(96℃/分)で実施し、35℃まで温度を下げた。各条件の85〜75℃における降温速度(Tm値付近温度降下速度)を表4に示す。
さらに、各温度条件におけるΔFを前記数式(1)から算出し、各条件における95℃終点から75℃終点の蛍光強度を差し引きし、ΔFとした。さらに前記数式(4)より各条件におけるINDEX(%)を算出した。算出結果を図6及び表5に示す。
全ての条件において、G12S型の標準2本鎖核酸とG12S型の試料2本鎖核酸とを混合した反応液のINDEXの値はほぼ0を示し、鎖組換え効率に目立った相違はなかった。しかしながら、条件7〜10では、野生型の標準2本鎖核酸とG12S型の試料2本鎖核酸とを混合した反応液のINDEXの値は、両者の塩基配列が1塩基相違しているにも関わらず、50%以上も誤って鎖組換え反応が起きていることが示された。
条件1〜4は、いずれもほぼ同様の高い識別性を保持していることが分かった。すなわち、本発明の標的塩基配列の識別方法の時短化方法により、従来のPHFA法ではその測定時間に数時間要していたのが、わずか5〜15分間で標的塩基配列を識別できることが明らかとなった。つまり、ミスマッチの識別性を損なわずに時短化するためには、標準2本鎖核酸のTm値付近の±5℃〜10℃の温度域の降温速度を、Tm値付近以外の温度域の降温速度よりも遅くすることが必要であり、その速度差が2倍程度あれば、充分に時短化することが可能であることが分かる。また、条件7〜10では明らかにミスマッチの識別性が欠如しているため、本発明の識別方法及び標的塩基配列の識別方法の時短化方法に有効な、Tm値付近の温度範囲における降温速度は0.25℃/分〜10℃/分であることがわかった。
生殖細胞系列遺伝子変異の場合は、条件10のようなS/N比であったとしても、遺伝子型の判定は可能であると考えられる。一方で、条件1〜6のような降温条件とすることにより、体細胞変異のように過剰な野生型が存在する中で微量な変異をも精度よく検出することができる。
[実施例4]
実施例3の条件1において、微量なK−ras遺伝子変異(G12S)を検出できるかを検討した。
具体的には、まず、実施例1において試料2本鎖核酸の調製の際に鋳型DNAとして用いたDLD−1(野生型)とA549(G12S型)の混合比を変化させて、A549の含有割合(変異の割合)を0%、2.5%、5%、10%、25%、50%、100%と変化させたサンプルを準備し、それらをそれぞれ鋳型DNAとして用いて、実施例1と同様の方法でPCRにより各サンプルの試料2本鎖核酸を調製した。なお、鋳型DNAの代わりに蒸留水(DW)を加えてPCRを行い調整し対照試料とした。得られた各試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸(G12S型)とを用いて、実施例2と同様にしてPHFA反応液を調製し、実施例1と同様の反応液組成にて競合的鎖組換え反応を行った。
実施例1で用いた測定装置ABI7900を用い、これらのPHFA反応液の温度変化に伴う蛍光変化(蛍光強度変化)を測定した。温度条件は、95℃で30秒間変性し、85℃から75℃の間を0.96℃/分の降温速度で温度を下げ、それ以外の温度については本装置の最高の降温速度(96℃/分)にて実施した(実施例3の測定条件1)。
各温度における反応液の蛍光強度をリアルタイムで測定した結果を図7に示す。図7中、「温度変化」は蛍光強度測定時の反応液の温度を示す。また、同じく図中、「変異X%」は、反応液に添加した試料2本鎖核酸の調製に用いた鋳型DNA中のA549(G12S型のK−ras遺伝子)の含有割合がX%であることを、「NC(PCR)」は、反応液に添加した試料2本鎖核酸の調製に鋳型DNAの代わりにDWを加えた対照試料の結果を、それぞれ示す。さらに「温度変化」は蛍光強度測定時の反応液の温度を示す。この結果、条件1のように測定時間を大幅に短縮させた場合であっても、2.5%のK−ras変異遺伝子(G12S)を検出することが可能であった。すなわち、これらの結果から、本発明の識別方法及び標的塩基配列の識別方法の時短化方法により、識別性を損なうことなく、識別に要する時間を大幅に短縮することができること、特に、生殖細胞遺伝子系列遺伝子(SNP)や体細胞変異を高感度かつ迅速に検出できることが示された。
[実施例5]
標準2本鎖核酸のTm値付近の降温速度を緩やかにすることが重要であることを、EGFR遺伝子変異(L858R)の検出例から示した。EGFRのL858Rの変異はexon21上に起きる高頻度で出現する点突然変異である。がん遺伝子であるEGFRのL858Rの遺伝子変異を識別対象の変異部位とし、試料2本鎖核酸の遺伝子型が、標準標識2本鎖核酸の遺伝子型と同一か否かを、本発明の識別方法を用いて識別した。なお、使用する標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸は、常法の化学合成法により調製した。
まず、L858Rの遺伝子変異の変異型に対して、標準2本鎖核酸を作製した。標準2本鎖核酸は、一方の核酸鎖の両末端をFAM標識(グレンリサーチ社製)し、他方の核酸鎖の両末端をDABCYL標識(グレンリサーチ社製)した。当該標準2本鎖核酸は、プライマーを設計してPCRにより調製することもできるが、本実施例においては、構成する2本の核酸鎖を1本ずつ化学合成したものをハイブリダイズさせることにより調製した。表6に、化学合成した核酸鎖の配列を示す。表6中、「L858R」はコドン858の点突然変異により、ロイシンがアルギニンに改変されている変異型を、「6−FAM」はFAM標識を、「DAB」はDABCYL標識を、右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を、それぞれ示す。
さらに、試料2本鎖核酸の調製をPCRにて行った。PCR反応液の組成は、250nM Fプライマー、250nM Rプライマー、250μM dNTP、1×PCRバッファー、2.5ユニット Taq DNAポリメラーゼ(Takara Taq Hot Start Version)、とし、全体の反応液を47.5μLとした。このPCR反応液に10ng/μlの鋳型DNAを2.5μl添加し、全体の反応容量を50μlとした。PCRの反応条件は95℃3分間の処理後、95℃(20秒間)→57℃(30秒間)→72℃(30秒)の変性、アニーリング、伸長反応を、40サイクル行った。使用したFプライマー及びRプライマーの塩基配列を表7に示す。表中の右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を示す。なお、鋳型DNAはfemale genome DNA(novagen社製)を用いた。本ゲノムはインベーダーアッセイなどの他手法により野生型(L858のホモ、もしくは変異があっても1%以下である)であることを既に確認している。
得られたPCR反応液(14.4μL)、500nM R858−FAM(変異型の標準2本鎖核酸のうちのFAM標識された1本鎖核酸)(1μL)、500nM R858−DAB(変異型の標準2本鎖核酸のうちのDABCYL標識された1本鎖核酸)(1μL)、2M NaCl(1μL)、ROX(0.6μl)を混合し、蛍光PHFA反応液とした。この調製した蛍光PHFA反応液を、蛍光強度(蛍光共鳴エネルギー移動)の測定装置(ABI−7900)にセットし、95℃で30秒間保持して変性させた後、90℃から70℃の温度範囲を0.96℃/分の降温速度で温度を下げた場合(条件1)と95℃で30秒間保持して変性させた後、80℃から70℃の温度範囲を0.96℃/分の降温速度で温度を下げた場合(条件2)により標識標準2本鎖核酸の識別性がどのように変化するか観察した。なお、両温度条件ともにそれ以外の温度については本装置の最高の降温速度(96℃/分)で実施した。標準2本鎖核酸のみの蛍光挙動を観察する場合は、PCR反応液の代わりとして1×PCRbufferを14.4μl加えた。
また、図8の蛍光強度はFAMの値をROXで補正(FAM/ROX)した値である。図8の(A)に条件1、(B)に条件2で蛍光PHFAを行った結果を示す。図中、「温度変化」は蛍光強度測定時の反応液の温度を示す。また、同じく図中、「標準2本鎖核酸のみ」はPCR反応液を添加しなかった蛍光PHFA反応液の結果を、「ゲノムサンプル」はPCR反応液を添加した蛍光PHFA反応液の結果を、それぞれ示す。図8(A)では、R858を検出する標準2本鎖核酸の蛍光挙動は、温度変化に伴って大きく変化していることが分かる。このことからハイブリダイゼーションに伴って、標準2本鎖核酸は試料2本鎖核酸と鎖組換えを起こさず、元の2本鎖を形成していることが分かる。すなわち、標準2本鎖核酸は、サンプルDNA(試料2本鎖核酸)とミスマッチであることを示している。また、本蛍光挙動からこの標準2本鎖核酸のTm値は85℃付近に存在していることが分かる。
一方、標準2本鎖核酸のTm値付近を緩やかにせず、Tm値よりも−5℃あたりから緩やかにして蛍光PHFAを行った条件2の場合は、標準2本鎖核酸の蛍光挙動が温度変化によってほとんど変化しておらず、見かけ上、サンプルDNA(試料2本鎖核酸)中にR858(標準2本鎖核酸)とマッチのものが少なくとも50%以上存在していることを示している。これは、標準2本鎖核酸のTm値付近を急激に温度変化させてハイブリダイゼーションを行ったため、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸との間でheteroduplex(不安定なハイブリッド)が多く形成されているためだと推測できる。この結果から、標準2本鎖核酸のTm値を考慮せずに降温速度の制御を行って測定時間の短縮化を図ると、蛍光PHFAにおいて擬陽性を出す恐れがあること、よって、本発明のように標準2本鎖核酸のTm値、あるいはそれよりも前から緩やかな降温速度で蛍光PHFAを実施する必要があることが分かる。