III/V族化合物半導体であるGaInAsP系材料からなり、障壁層の間に井戸層が介挿された量子井戸構造を有する光半導体装置では、たとえば発光層となる井戸層に結晶歪み(以下、歪みと称する)を導入した構造が用いられている。井戸層への歪みの導入は、そのバンド構造を変化させるので、格子整合系では不可能な利得波長特性等を利用できるという利点がある。また、光半導体装置の一種であり、量子井戸構造を複数有する多重量子井戸構造を用いた半導体レーザにおいて、歪みの導入によって効率よくレーザ発振を行えるという利点がある。例えば、井戸層に圧縮歪みを導入した場合、レーザ発振時の閾値電流の低減や、それに伴う温度特性の改善が得られることが知られている。また、井戸層に引っ張り歪みを導入した場合、圧縮歪みを導入した場合と同様、閾値電流の低減効果や、半導体レーザの変調速度を決定する微分利得を大きく取ることが出来ることが知られている。
このように、半導体レーザにおいて、井戸層に歪みを導入することで、より広帯域な利得波長や、半導体レーザの性能の向上を実現することができる。しかしながら、その一方で、格子緩和による結晶中欠陥の発生が問題となる。
すなわち、井戸層や障壁層などの結晶層は、本来の格子定数とは異なる歪んだ状態で成長を進行させた場合、その層厚が、与えた歪み量に応じた臨界膜厚を超えると、格子緩和が発生し、結晶中に多数の転位・欠陥が入り込む。格子緩和による転位・欠陥の発生は、発光素子における非発光再結合の原因となり、発光素子としての特性に悪影響を与える。
これに対して、井戸層が臨界膜厚を超えた場合の格子緩和の発生を抑制するため、井戸層に導入した歪みと逆方向の歪みを障壁層に導入し、多重量子井戸構造全体での歪みを補償することで、結晶層を格子緩和させずに歪み導入の利点を得る技術が開示されている。このような構造を歪み補償量子井戸構造と呼び、現在の多くの半導体レーザではこの歪み補償量子井戸構造が用いられている。以下、この歪み補償量子井戸構造を従来例1とする。
図16は、この種の多重量子井戸構造を含む光半導体装置の一例としてのGaInAsP系半導体レーザの構造を示す模式的な断面図である。図16に示すように、この半導体レーザは、n−InPからなる基板51上に順次積層した、厚さ1μmのn−InPからなる下部クラッド層52、厚さ100nmのGaInAsPからなる分離閉じ込め層としての下部SCH(separate-confinement heterostructure)層53b、およびGaInAsPからなる多重量子井戸層53a、更に、下部クラッド層52側と対象の形で積層した厚さ100nmのGaInAsPからなる上部SCH層53c、および厚さ0.5μmのp−InPからなる上部クラッド層54からなる。なお、多重量子井戸層53a、下部SCH層53b、および上部SCH層53cは活性層53を形成している。
ここで、GaInAsP系半導体レーザでは、このような従来例1の歪み補償量子井戸構造を用いた素子も含め、その製造過程におけるピーク波長の短波長シフト現象が知られている。この短波長シフト現象とは、レーザ活性層の利得波長が、レーザ構造の製造過程において設計値より短波長側にシフトする現象をいう。この利得波長のシフト量は通常、再現性なくばらつくため、製造した半導体レーザの利得波長もばらつくこととなり、半導体レーザの製造歩留停滞の一因となる。
この利得波長の短波長シフトの原因として、多重量子井戸層の構成元素、特にV族元素(As元素およびP元素)の相互拡散が考えられている。図17は、図16に示す多重量子井戸層の一部の模式的断面、ならびにこの断面に対応するV族(As)元素の組成の分布およびバンドギャップエネルギーのエネルギー構造を示す図である。図17に示すように、多重量子井戸層53aの成長直後の障壁層53aaと井戸層53abとの界面(障壁界面I51、I52)におけるV族組成の分布は、実線L51で示すように急峻な形状を有しており、これに伴ってバンドギャップエネルギーも、実線L52で示すように急峻な形状を示している。しかしながら、その後の半導体レーザの製造過程において施される熱処理によって、障壁層/井戸層間で特に組成差の大きいV族元素が、障壁界面I51、I52において相互拡散する。その結果、V族組成の分布は破線L53で示すような形状となり、障壁界面I51、I52付近における組成が設計値からずれてしまう。これに対応して、バンドギャップエネルギーも破線L54が示すように設計からずれてしまうので、製造された半導体レーザにおいて利得波長の短波長シフトが発生するのだと考えられている。
このような多重量子井戸層における構成元素の相互拡散による利得波長の短波長シフトは、半導体レーザの静特性(発振しきい値、量子効率、出力光強度)、動特性(変調速度)の変化の一因となるだけでなく、モノリシック光集積回路や光電子集積回路の実現においてより大きな影響を与える。ここで、半導体基板上に、光源、導波路、変調器、光検出器の全ての光部品を集積した回路をモノリシック光集積回路と呼ぶ。また、同一半導体基板上に光デバイスと電子デバイスを集積化し、両機能を融合させることで高性能素子の実現を図る素子を光電子集積回路と呼ぶ。
これら集積回路を作製する際には、半導体レーザのような個別素子を作製する場合に比べて、多重量子井戸構造を含む半導体結晶層の組成・層厚に、より一層高い均一性が要求される。その理由は、集積回路を作製する場合は、従来の半導体レーザの個別素子を作製する場合と比較して工程数が増大するため、元素の相互拡散の影響が大きくなること、かつ特性のばらつきは光源の利得波長特性のみならず、導波路、変調器等の、他の素子特性にも影響するためである。したがって、元素の相互拡散が集積回路全体の特性に与える影響は、個別素子の場合と比較して増大することが予想され、相互拡散の問題は利得波長の短波長シフトだけの問題から広がり、より重要になることが予想できる。
このような元素の相互拡散による利得波長の短波長シフト化を抑制するための技術が開示されている(たとえば非特許文献1参照)。非特許文献1では、障壁層/井戸層界面での元素の相互拡散、特に障壁層/井戸層間での組成差の大きなV族元素の相互拡散の影響を低減させるため、障壁層と井戸層とのV族組成を等しくした多重量子井戸構造を採用する技術(以下、従来例2とする)が開示されている。非特許文献1では、この従来例2によって、利得波長の短波長シフト量が46nmから4nmへと10分の1程度に抑制できたと報告されている。
また、多重量子井戸構造の歪み量制御と発光特性の向上の目的で、多重量子井戸構造に無歪みの障壁層を導入する技術が開示されている(たとえば特許文献1参照)。特許文献1では、障壁層/井戸層の界面で発生するV族元素の相互拡散の原因は、V族元素の組成差だけでなく、歪み量子井戸構造の結晶成長時において、障壁層/井戸層の界面において歪み量の差が最大となることが原因であり、この大きな歪み量の差を低減する方向へ、V族元素の相互拡散が起きやすいのだと説明している。特許文献1では、これを解決するため、井戸層と障壁層との間に無歪みの障壁層を導入することで、相互拡散を抑制している。
なお、特許文献1では、結晶成長時の相互拡散の抑制により、界面準位からの発光の抑制を目的としており、障壁層/井戸層界面におけるV族組成差自体は大きいため、利得波長の短波長シフトの抑制効果は小さいと考えられる。
しかしながら、利得波長の短波長シフトを抑制するために、従来技術2のように障壁層と井戸層とのV族組成を等しくすることは、本来GaInAsP系材料が有する、基板との格子整合を保ったまま(歪み量子井戸構造では格子緩和が発生しない範囲で)、多重量子井戸層の組成を変えることによって、より広範囲での自由度の高いエネルギーバンド構造の設計が可能である、という利点に大きな制限を与えることが知られている(たとえば、非特許文献2参照)。また、従来例2は、この利得波長の観点のみならず、歪み補償が難しいという観点からも、多重量子井戸構造の設計に大きな制限を与えるという問題がある。
図18は、従来例1の多重量子井戸層における利得波長の井戸層厚、障壁層組成依存性を示す図である。図18に示す従来例1においては、障壁層は、歪み量が−0.3%であり、かつその組成を、障壁層のバンドギャップエネルギーの波長(以下、障壁層波長とする)が1.25μmとなる組成(Ga0.306In0.694As0.571P0.429)から1.4μmとなる組成(Ga0.402In0.598As0.772P0.228)まで変化させている。なお、図18において、1.25Qとは、バンドギャップエネルギーの波長が1.25μmとなる組成であることを意味する。一方、井戸層は、歪み量を+1.0%とし、井戸層厚が3.9nmにて利得波長1.55μmが得られるような組成に設計している。なお、歪み量は、いずれもInPからなる基板に対する歪み量である。
また、図19は、従来例2の多重量子井戸層における利得波長の井戸層厚、障壁層組成依存性を示す図である。図19に示す従来例2においては、障壁層は、従来例1と同様に歪み量が−0.3%であり、その組成を障壁層波長が1.25μmとなる組成(Ga0.306In0.694As0.571P0.429)から1.4μmとなる組成(Ga0.402In0.598As0.772P0.228)まで変化させている。一方、井戸層は、障壁層とV族組成(As組成およびP組成)を、それぞれ等しくした上で、歪み量が+1.0%となるような組成に設計している。
図18に示す従来例1では、障壁層と井戸層とで、格子緩和が発生しない範囲で自由度の高いGaInAsPの混晶組成を選択できるため、所望の利得波長(ここでは1.55μm)を得るための障壁層、井戸層の組成や井戸層厚の制限が小さい。このため、たとえば同じ井戸層の組成、井戸層厚であっても、障壁層の組成として、1.25Qから1.4Qのものまで幅広く選択することができる。
これに対して、図19に示す従来例2では、障壁層と井戸層とでV族組成を等しくするという制限のため、所望の利得波長を得るための組成の自由度が減少しており、たとえば図19では、利得波長が1.55μmの井戸層に対して、障壁層の組成としては1.4Qのものしか選択できず、設計の自由度としては、主に井戸層厚による制御しか残されていない。
つぎに、歪み補償の制限の一例を説明する。図20は、従来例1、2の多重量子井戸構造における、総歪み量の総層厚依存性を示す図である。なお、総歪み量は、歪み量ε%を単位膜厚当たりの歪み量(ε%/nm)と定義し直し、層厚(nm)との積(単位は%)として定義している。また、総層厚とは、多重量子井戸層の下端を基準とした多重量子井戸層の厚さである。また、図20では、従来例1の障壁層波長、井戸層厚はそれぞれ1.4μm(Ga0.402In0.598As0.772P0.228)、6.5nmであり、従来例2の障壁層波長、井戸層厚はそれぞれ1.25μm(Ga0.306In0.694As0.571P0.429)、6.0nmである。また、各層の歪み量は図18、19で用いた値(障壁層の歪み量が−0.3%、井戸層の歪み量が+1.0%)であり、井戸層の利得波長は1.55μmとしている。また、図20において、総層厚に対して総歪み量が負の傾きを有する領域が、歪み量が負である障壁層の領域であり、正の傾きを有する領域が、歪み量が正である井戸層の領域である。図20に示す総層厚150nm内での井戸層と障壁層との繰り返し周期は、従来例1では約10周期、従来例2では約9周期となっている。
図20に示すように、従来例2の場合は、従来例1の場合と比較して総層厚に対する総歪み量が大きい。ここで、従来例1については、図20に太線Lで示した多重量子井戸層の総層厚(〜100nm、総歪み量〜5%)を越えると、歪みの蓄積によって障壁層/井戸層界面に、発光効率の低下の原因となる揺らぎが発生することが実験的に確認されている。したがって、従来例2においては、総歪み量が同程度の〜5%となる層厚〜30nmが、障壁層/井戸層界面に揺らぎが発生しない上限であると考えられる。
このように、従来例2では、所望の利得波長を得るための井戸層の層厚に制限があるため、総層厚に対する総歪み量は従来例1と比較して大きい。その結果、障壁層/井戸層界面の揺らぎが発生しない範囲の総層厚とする場合に、井戸層と障壁層との繰返し周期も小さくならざるをえない。このような現象は、利得波長の制限と同様に、障壁層と井戸層とのV族組成を等しくしていることに起因する。このように、従来例2は、利得波長の短波長シフトの抑制に効果的だが、その設計(利得波長、繰返し周期)に大きな制限を与えるという問題がある。
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、利得波長の短波長シフトを抑制できるとともに、多重量子井戸構造の設計の自由度が高い光半導体装置を提供することを目的とする。
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る光半導体装置は、III/V族化合物半導体からなり、主障壁層の間に井戸層が介挿された量子井戸構造を複数有する多重量子井戸構造を備えた光半導体装置において、前記主障壁層と前記井戸層との間に、前記主障壁層と略同一のバンドギャップエネルギーと、前記井戸層と同じV族組成とを有する組成で成長させた極薄障壁層を備えることを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、III/V族化合物半導体からなり、主障壁層の間に井戸層が介挿された量子井戸構造を複数有する多重量子井戸構造を備えた光半導体装置において、前記主障壁層と前記井戸層との間に、前記井戸層との界面において前記主障壁層と略同一のバンドギャップエネルギーおよび前記井戸層と同じV族組成を有し、かつ前記主障壁層との界面において該主障壁層との間でのV族元素の相互拡散により形成されたV族元素の組成分布を有する極薄障壁層を備えることを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、III/V族化合物半導体からなり、主障壁層の間に井戸層が介挿された量子井戸構造を複数有する多重量子井戸構造を備えた光半導体装置において、前記主障壁層と前記井戸層との間に、前記井戸層との界面において前記主障壁層と略同一のバンドギャップエネルギーを有し、かつ前記主障壁層から前記井戸層へのV族元素の相互拡散を抑止する極薄障壁層を備えることを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、上記の発明において、前記極薄障壁層は、前記井戸層とは逆向きの結晶歪みを有することを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、上記の発明において、前記多重量子井戸構造の総歪み量が、該多重量子井戸構造内の格子緩和もしくは界面揺らぎが抑制される量になるように、前記主障壁層、前記井戸層、および前記極薄障壁層の組成および層厚が設定されていることを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、上記の発明において、前記多重量子井戸構造の総歪み量が零となるように、前記主障壁層、前記井戸層、および前記極薄障壁層の組成および層厚が設定されていることを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、上記の発明において、前記極薄障壁層は、前記主障壁層との界面で発生するV族元素の相互拡散の相互拡散長と同一以上の厚さを有することを特徴とする。
また、本発明に係る光半導体装置は、上記の発明において、前記極薄障壁層の厚さは基板材料の1原子層以上であることを特徴とする。
本発明によれば、利得波長の短波長シフトを抑制できるとともに、多重量子井戸構造の設計の自由度が高い光半導体装置を実現できるという効果を奏する。
以下に、図面を参照して本発明に係る光半導体装置の実施の形態を詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。また、各図面において、同一または対応する構成要素には適宜同一の符号を付している。
(実施の形態1)
はじめに、本発明の実施の形態1に係る光半導体装置について説明する。本実施の形態1に係る光半導体装置は、分布帰還型(Distributed-FeedBack:DFB)半導体レーザである。
図1は、本実施の形態1に係る光半導体装置の模式的な一部破断斜視図である。また、図2は、図1に示す光半導体装置100の要部断面図である。図1に示すように、この光半導体装置100は、n−InPからなる基板1の(100)面上に、順次、n−InPからなり、バッファ層を兼ねた下部クラッド層2、活性層3、p−InPからなる上部クラッド層4、5、p−InGaAsPからなるコンタクト層6が積層された構造を有する。なお、上部クラッド層4には、紙面奥行き方向である長手方向において、活性層3に沿って回折格子4aが形成されている。回折格子4aの周期はレーザ発振波長に応じて設定され、レーザ発振波長が1.55μmの場合は240nmである。これらの下部クラッド層2からコンタクト層6は、たとえばMOCVD(有機金属気相成長法)法等の公知の結晶成長方法によって成長したものである。
上部クラッド層4、活性層3、および下部クラッド層2の上部は、メサストライプ状に加工され、メサストライプの両側は、電流ブロッキング層として形成されたp−InPからなる下部ブロッキング層7とn−InPからなる上部ブロッキング層8によって埋め込まれている。なお、これらの下部ブロッキング層7および上部ブロッキング層8は、メサストライプの成形加工の後に、公知の結晶成長方法を用いた埋め込み再成長によって形成されたものである。また、コンタクト層6の上面には、p側電極9が形成され、基板1の裏面には、n側電極10が形成される。
光半導体装置100の長手方向の一端面である光反射端面には、反射率80%以上の高光反射率をもつ高反射膜11が形成され、他端面である光出射端面には、反射率が1〜5%の低光反射率をもつ低反射膜が形成される。高反射膜11と低反射膜とによって形成された光共振器の活性層3内に発生した光は、光共振器の作用、回折格子4aの分布帰還作用、および活性層3の光増幅作用によって、回折格子4aにより選択された波長においてレーザ発振し、単一縦モードのレーザ光LLとして出射される。
また、図2に示すように、この光半導体装置100において、活性層3は、下部SCH層3bと、多重量子井戸層3aと、上部SCH層3cからなる。
つぎに、図3は、図2に示す多重量子井戸層の一部の模式的断面、ならびにこの断面に対応するV族(As)元素の組成の分布およびバンドギャップエネルギーのエネルギー構造を示す図である。図3に示すように、本実施の形態1においては、多重量子井戸層3aは、主障壁層3aaの間に井戸層3abが介挿されるとともに、主障壁層3aaと井戸層3abとの間に極薄障壁層3acを備えている。
この極薄障壁層3acは、主障壁層3aaと略同一のバンドギャップエネルギーを有し、かつ井戸層3abと同じV族組成とを有するように成長させたものである。なお、図3では、As組成について示しているが、この極薄障壁層3acと井戸層3abとは、V族元素であるAsとPのいずれの組成も、同じとなっている。したがって、多重量子井戸層3aの成長直後の主障壁層3aaと極薄障壁層3acとの界面(以下、拡散界面I1とする)におけるV族組成の分布は、実線L1で示すように急峻な形状を有しており、極薄障壁層3acと井戸層3abとの界面(以下、障壁界面I2とする)におけるエネルギー構造も、実線L2で示すように急峻な形状を示している。
なお、主障壁層3aaのV族組成については、井戸層3abと同じV族組成でなくてもよく、井戸層3abに対して適切なバンドギャップエネルギー差(エネルギー障壁)を実現するような組成とされている。
ここで、この多重量子井戸層3aの成長後に、電流ブロッキング層の再成長等などの工程において熱処理が施されると、拡散界面I1間で特に組成差の大きいV族元素が、拡散界面I1において相互拡散し、V族組成の分布は、破線L3で示すような、相互拡散によって形成された分布形状となる。しかしながら、この相互拡散は障壁界面I2にはほとんど及ばない。そのため、極薄障壁層3acは、障壁界面I2において、主障壁層3aaと略同一のバンドギャップエネルギーと、井戸層3abと同じV族組成とを有するように保たれる。
すなわち、この多重量子井戸層3においては、V族元素の相互拡散の界面を、障壁界面I2ではなく、拡散界面I1に移動させている。その結果、主障壁層3aaから井戸層3abへのV族元素の相互拡散は抑止される。したがって、障壁界面I2におけるエネルギー構造は、実線L2で示すように急峻な形状に保たれる。したがって、多重量子井戸層3aのエネルギー構造における設計からのずれがほとんど発生しないため、製造された光半導体装置100において利得波長の短波長シフトが抑制されるのである。
なお、極薄障壁層3acの厚さは、拡散界面I1で発生するV族元素の相互拡散の相互拡散長と同一以上の厚さであることが好ましい。なお、この相互拡散長は、GaInAsP系材料からなる量子井戸構造において一般的に採用される井戸層と障壁層とのバンドギャップエネルギー差を実現する際の、井戸層と障壁層とにおけるV族組成の差、相互拡散を促進する熱処理温度・時間を考慮すると、基板材料の約1〜6ML(MLはMonoLayerすなわち1原子層分の厚さであり、たとえば基板材料がInPの場合では約0.3nmである)である。したがって、極薄障壁層3acの厚さは基板材料の1ML以上が好ましい。また、極薄障壁層3acの厚さの上限については特に制限がないが、たとえば主障壁層3aaの組成の選択に影響を与えない程度の厚さとすることができる。
また、この多重量子井戸層3aは、極薄障壁層3acを備えることによって、多重量子井戸層3a全体の設計の自由度が高くなる。つぎに、この自由度の高さを利用して、多重量子井戸層3aの総歪み量を抑制できることについて説明する。
図4は、図1に示す光半導体装置100の多重量子井戸層3aにおける、総歪み量の総層厚依存性を示す図である。また、図5は、図4の一部を拡大して示す図である。また、総層厚とは、多重量子井戸層3aの下端を基準とした多重量子井戸層3aの厚さである。また、図4、5では、井戸層3ab、極薄障壁層3acの歪み量はそれぞれ−1.5%、+1.0%であり、極薄障壁層3acは、井戸層3abとは、逆向きの歪みを有するものである。また、極薄障壁層3acの層厚は1.2nm、井戸層3abの利得波長は1.55μm、層厚は2.3nm、主障壁層3aaは障壁層波長が1.35μmとなる組成としている。また、図5において、領域A1aが井戸層3abの領域、領域A1bが主障壁層3aaの領域、領域A1cが極薄障壁層3acの領域である。
図4、5に示すように、この多重量子井戸層3aの総歪み量は2%以下に抑制されており、たとえば図20に示す従来例2の場合と比較しても、多重量子井戸層3aの総層厚を厚くしても総歪み量が一定の低い範囲内に留まるため、結晶の格子緩和を抑制できる。その結果、この光半導体装置100は、多重量子井戸層3aの結晶性が良質となるため非発光再結合が抑制され、かつ井戸層3abの数も多くできるので、高出力かつ高効率の光半導体装置となる。
つぎに、利得波長を1.552μm、または1.3μmとする場合の、多重量子井戸層3aの特性について説明する。図6は、光半導体装置100の多重量子井戸層3aにおける利得波長の井戸層厚、主障壁層組成依存性を示す図である。なお、図6においては、極薄障壁層3acの層厚を1.2nm、すなわち4MLとし、歪み量を−1.5%としている、また、井戸層3abは、歪み量を+1.0%としている。また、主障壁層3aaは、障壁層波長が1.15μmとなる組成(Ga0.238In0.762As0.424P0.576)から1.35μmとなる組成(Ga0.371In0.629As0.707P0.293)まで変化させている。
図6に示すように、多重量子井戸層3aでは、設計の自由度が高くなるため、たとえば1.55μmの利得波長を得るための主障壁層3aa、井戸層3abの組成や井戸層厚の制限が小さい。このため、たとえば図6に示す井戸層厚において、極薄障壁層の組成として、1.2Qから1.35Qのものまで幅広く選択することができる。
また、図7、8は、それぞれ利得波長を1.552μm、1.3μmとする場合の多重量子井戸層3aの組成、層厚、歪み量、繰り返し周期の設計の一例を示す図である。なお、図7、8において、繰り返し周期とは、極薄障壁層3ac、井戸層3ab、極薄障壁層3ac、および主障壁層3aaの構造を1周期としている。なお、図7、8においては、Ga組成、As組成のみを示しており、井戸層3abと極薄障壁層3acとでAs組成が同一であることが示されているが、P組成についても、井戸層3abと極薄障壁層3acとで同一になっている。
図7、8に示すように、この多重量子井戸層3aは、いずれの利得波長においても、繰り返し周期を8として、0.028%または0.688%という、きわめて低い総歪み量を実現できる。
以上説明したように、本実施の形態1に係る光半導体装置100は、利得波長の短波長シフトが抑制されている。また、多重量子井戸層3a全体の設計の自由度が高いので、たとえば多重量子井戸層3aの総歪み量を抑制できるため、高出力、高効率の特性を実現できる。
(実施の形態2)
つぎに、本発明の実施の形態2に係る光半導体装置について説明する。本実施の形態2に係る光半導体装置は、実施の形態1に係る光半導体装置とは、その多重量子井戸層の構造のみが相違するので、以下では主にこの相違点について説明する。
図9は、本実施の形態2に係る光半導体装置における多重量子井戸層の一部の模式的断面、ならびにこの断面に対応するV族(As)元素の組成の分布およびバンドギャップエネルギーのエネルギー構造を示す図である。図9に示すように、この多重量子井戸層13aは、主障壁層13aaの間に井戸層13abが介挿されるとともに、主障壁層13aaと井戸層13abとの間に極薄障壁層13acを備えている。
主障壁層13aaは、組成が1.4Q、歪み量が+0.27%、層厚が8.2nmである。井戸層13abは、利得波長が1.55μmになるような組成としており、歪み量は+1.0%、層厚は2.3nmである。また、極薄障壁層13acは、井戸層13abと同じV族組成を有し、かつ組成を1.35Qとし、主障壁層13aaと略同一であるがやや高いバンドギャップエネルギーを有するように成長させたものである。また、極薄障壁層13acの歪み量は−1.5%、層厚は1.5nmである。また、なお、図9においても、As組成について示しているが、この極薄障壁層13acと井戸層13abとは、AsとPのいずれの組成も同じとなっている。
したがって、多重量子井戸層13aの成長直後の主障壁層13aaと極薄障壁層13acとの拡散界面I11におけるV族組成の分布は、実線L11で示すように急峻な形状を有しており、極薄障壁層13acと井戸層13abとの障壁界面I12におけるエネルギー構造も、実線L12で示すように急峻な形状を示している。なお、極薄障壁層13acは、実線L14に示すように主障壁層13aaよりもやや高いバンドギャップエネルギーを有する。
そして、この多重量子井戸層13aは、成長後の熱処理の後には、相互拡散によってV族組成の分布が破線L13で示すような形状となる。しかしながら、極薄障壁層13acは、障壁界面I12において、主障壁層13aaと略同一のバンドギャップエネルギーと、井戸層13abと同じV族組成とを有するように保たれる。その結果、障壁界面I12におけるエネルギー構造は、実線L12で示すように急峻な形状に保たれるので、製造された光半導体装置において利得波長の短波長シフトが抑制される。
また、この多重量子井戸層13aは、総歪み量の制御が容易であるため、各層の層厚、歪み量を上記のように設定したことによって、総歪み量がきわめて抑制されたものとなる。図10は、図9に示す多重量子井戸層13aの総歪み量の総層厚依存性を示す図である。また、図11は、図10の一部を拡大して示す図である。なお、図10、11における総層厚は、極薄障壁層13acの下端を基準とした多重量子井戸層13a内の厚さを意味している。また、図11において、領域A2aが主障壁層13aaの領域、領域A2bが井戸層13abの領域、領域A2cが極薄障壁層13acの領域である。
図10、11に示すように、この多重量子井戸層13aの総歪み量は、最大で0%に抑制されており、多重量子井戸層13aの総層厚を厚くしても総歪み量が増大しないものとなる。その結果、本実施の形態2に係る光半導体装置は、多重量子井戸層13aの結晶性が良質となるため非発光再結合が抑制され、かつ井戸層13abの数も多くできるので、高出力かつ高効率の光半導体装置となる。
(実施の形態3)
つぎに、本発明の実施の形態3に係る光半導体装置について説明する。本実施の形態3に係る光半導体装置は、実施の形態1、2に係る光半導体装置とは、その多重量子井戸層の構造のみが相違するので、以下では主にこの相違点について説明する。
図12は、本実施の形態3に係る光半導体装置における多重量子井戸層の一部の模式的断面、ならびにこの断面に対応するV族(As)元素の組成の分布およびバンドギャップエネルギーのエネルギー構造を示す図である。図12に示すように、この多重量子井戸層23aは、主障壁層23aaの間に井戸層23abが介挿されるとともに、主障壁層23aaと井戸層23abとの間に極薄障壁層23acを備えている。
そして、この多重量子井戸層23aにおいては、主障壁層23aaが3層構造を有している。主障壁層23aaの3層構造の特性は、極薄障壁層23acに近い側から、組成1.375Q、歪み量+0.4%、層厚1.5nm、および、組成1.400Q、歪み量+0.3%、層厚1.5nm、および、組成1.425Q、歪み量+0.1%、層厚1.5nm、である。
また、井戸層23abは、実施の形態2の場合と同様に、利得波長が1.55μmになるような組成としており、歪み量は+1.0%、層厚は2.3nmである。また、極薄障壁層23acは、実施の形態2の場合と同様に、井戸層23abと同じV族組成を有し、かつ組成を1.35Qとし、主障壁層23aaの平均のバンドギャップエネルギーよりもやや高いバンドギャップエネルギーを有するように成長させたものである。また、極薄障壁層23acの歪み量は−1.5%、層厚は1.5nmである。なお、図12においても、V族組成はAs組成について示しているが、この極薄障壁層23acと井戸層23abとは、AsとPのいずれの組成も同じとなっている。
したがって、多重量子井戸層23aの成長直後の主障壁層23aaと極薄障壁層23acとの拡散界面I21におけるV族組成の分布は、実線L21で示すように急峻な形状を有しており、極薄障壁層23acと井戸層23abとの障壁界面I22におけるエネルギー構造も、実線L22で示すように急峻な形状を示している。なお、主障壁層23aaについては、エネルギー構造およびV族組成のいずれも、実線L24、L25で示すようにステップ状の形状をしている。
そして、この多重量子井戸層23aは、成長後の熱処理の後には、相互拡散によってV族組成の分布が破線L23で示すような形状となる。しかしながら、障壁界面I22におけるエネルギー構造は、実線L22で示すように急峻な形状に保たれるので、製造された光半導体装置において利得波長の短波長シフトが抑制される。
また、この多重量子井戸層23aは、実施の形態2の場合と同様に、総歪み量がきわめて抑制されたものとなる。図13は、図12に示す多重量子井戸層23aの総歪み量の総層厚依存性を示す図である。また、図14は、図13の一部を拡大して示す図である。なお、図13、14における総層厚は、極薄障壁層23acの下端を基準とした多重量子井戸層23a内の厚さを意味している。また、図14において、領域A3aが主障壁層23aaの領域、領域A3bが井戸層23abの領域、領域A3cが極薄障壁層23acの領域である。
図13、14に示すように、この多重量子井戸層23aの総歪み量は、実施の形態2の場合と同様に最大で0%に抑制されている。その結果、本実施の形態3に係る光半導体装置は、多重量子井戸層23aの格子緩和が抑制されるため、結晶性が良質となるため非発光再結合が抑制され、かつ井戸層23abの数も多くできるので、高出力かつ高効率の光半導体装置となる。
また、図15は、その他の実施の形態に係る光半導体装置における多重量子井戸層の一部の模式的断面、ならびにこの断面に対応するバンドギャップエネルギー(E)のエネルギー構造を示す図である。図15に示すように、多重量子井戸層33aの主障壁層33aaおよび極薄障壁層33acのエネルギー構造、またはこれを実現するための組成は、井戸層33abの利得波長を変えず、かつ結晶の格子緩和・歪みの発生しない範囲で設計することができる。
なお、上記実施の形態では、多重量子井戸層がGaInAsP系の半導体材料からなるものであるが、多重量子井戸層の構成材料はIII/V族化合物半導体であれば特に限定されない。
また、上記実施の形態では、主障壁層と前記井戸層との間に備える極薄障壁層をそれぞれ1層としているが、複数の極薄障壁層を備えるようにしてもよい。
また、上記実施の形態では、光半導体装置はDFB型の半導体レーザであるが、本発明はこれに限らず、ファブリーペロー型や面発光レーザ等の他の構造の半導体レーザや、多重量子井戸構造を採用する他の発光素子、受光素子、光変調素子等の他の光半導体装置に適用できるものである。
また、上記各実施形態の各構成要素を適宜組み合わせて構成したものも本発明に含まれる。