以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態は、自動車に搭載されたコモンレール式筒内直噴型多気筒(例えば直列4気筒)ディーゼルエンジン(圧縮自着火式内燃機関)に本発明を適用した場合について説明する。
−エンジンの構成−
まず、本発明を適用するディーゼルエンジン(以下、単にエンジンという)の一例について説明する。図1はエンジン1及びその制御系統の概略構成図である。また図2は、ディーゼルエンジンの燃焼室3及びその周辺部を示す断面図である。
図1に示すように、この例のエンジン1は、燃料供給系2、燃焼室3、吸気系6、排気系7等を主要部とするディーゼルエンジンシステムとして構成されている。
燃料供給系2は、サプライポンプ21、コモンレール22、インジェクタ(燃料噴射弁)23、遮断弁24、燃料添加弁26、機関燃料通路27、添加燃料通路28等を備えて構成されている。
上記サプライポンプ21は、燃料タンクから燃料を汲み上げ、この汲み上げた燃料を高圧にした後、機関燃料通路27を介してコモンレール22に供給する。コモンレール22は、サプライポンプ21から供給された高圧燃料を所定圧力に保持(蓄圧)する蓄圧室としての機能を有し、この蓄圧した燃料を各インジェクタ23に分配する。インジェクタ23は、その内部にニードル弁及び圧電素子(ピエゾ素子)を備え、適宜開弁して燃焼室3内に燃料を噴射供給するピエゾインジェクタにより構成されている。このインジェクタ23からの燃料噴射制御の詳細については後述する。
また、上記サプライポンプ21は、燃料タンクから汲み上げた燃料の一部を、添加燃料通路28を介して燃料添加弁26に供給する。添加燃料通路28には、緊急時において添加燃料通路28を遮断して燃料添加を停止するための上記遮断弁24が備えられている。
また、上記燃料添加弁26は、後述するECU100による添加制御動作によって排気系7への燃料添加量が目標添加量(排気A/Fが目標A/Fとなるような添加量)となるように、また、燃料添加タイミングが所定タイミングとなるように開弁時期が制御される電子制御式の開閉弁により構成されている。つまり、この燃料添加弁26から所望の燃料が適宜のタイミングで排気系7(排気ポート71から排気マニホールド72)に噴射供給される構成となっている。
吸気系6は、シリンダヘッド15(図2参照)に形成された吸気ポート15aに接続される吸気マニホールド63を備え、この吸気マニホールド63に、吸気通路を構成する吸気管64が接続されている。また、この吸気通路には、上流側から順に、エアクリーナ65、エアフローメータ43、スロットルバルブ(吸気絞り弁)62が配設されている。エアフローメータ43は、エアクリーナ65を介して吸気通路に流入される空気量に応じた電気信号を出力するようになっている。
排気系7は、シリンダヘッド15に形成された排気ポート71に接続される排気マニホールド72を備えており、この排気マニホールド72に対して、排気通路を構成する排気管73,74が接続されている。また、この排気通路には、NOx吸蔵触媒(NSR触媒:NOx Storage Reduction触媒)75、及び、DPNR触媒(Diesel Paticulate−NOx Reduction触媒)76を備えたマニバータ(排気浄化装置)77が配設されている。以下、これらNSR触媒75及びDPNR触媒76について説明する。
NSR触媒75は、吸蔵還元型NOx触媒であって、例えば、アルミナ(Al2O3)を担体とし、この担体上に例えばカリウム(K)、ナトリウム(Na)、リチウム(Li)、セシウム(Cs)のようなアルカリ金属、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)のようなアルカリ土類、ランタン(La)、イットリウム(Y)のような希土類と、白金(Pt)のような貴金属とが担持された構成となっている。
このNSR触媒75は、排気中に多量の酸素が存在している状態においてはNOxを吸蔵し、排気中の酸素濃度が低く、かつ還元成分(例えば燃料の未燃成分(HC))が多量に存在している状態においてはNOxをNO2もしくはNOに還元して放出する。NO2やNOとして放出されたNOxは、排気中のHCやCOと速やかに反応することによってさらに還元されてN2となる。また、HCやCOは、NO2やNOを還元することで、自身は酸化されてH2OやCO2となる。すなわち、NSR触媒75に導入される排気中の酸素濃度やHC成分を適宜調整することにより、排気中のHC、CO、NOxを浄化することができるようになっている。本実施形態のものでは、この排気中の酸素濃度やHC成分の調整を、燃料添加弁26からの燃料添加動作によって行うことが可能となっている。
一方、DPNR触媒76は、例えば、多孔質セラミック構造体にNOx吸蔵還元型触媒を担持させたものであり、排気ガス中のPMは多孔質の壁を通過する際に捕集される。また、排気ガスの空燃比がリーンの場合、排気ガス中のNOxはNOx吸蔵還元型触媒に吸蔵され、空燃比がリッチになると、吸蔵したNOxは還元・放出される。さらに、DPNR触媒76には、捕集したPMを酸化・燃焼する触媒(例えば白金等の貴金属を主成分とする酸化触媒)が担持されている。
ここで、ディーゼルエンジンの燃焼室3及びその周辺部の構成について、図2を用いて説明する。この図2に示すように、エンジン本体の一部を構成するシリンダブロック11には、各気筒(4気筒)毎に円筒状のシリンダボア12が形成されており、各シリンダボア12の内部にはピストン13が上下方向に摺動可能に収容されている。
ピストン13の頂面13aの上側には上記燃焼室3が形成されている。つまり、この燃焼室3は、シリンダブロック11の上部にガスケット14を介して取り付けられたシリンダヘッド15の下面と、シリンダボア12の内壁面と、ピストン13の頂面13aとにより区画形成されている。そして、ピストン13の頂面13aの略中央部には、キャビティ(凹陥部)13bが凹設されており、このキャビティ13bも燃焼室3の一部を構成している。
なお、このキャビティ13bの形状としては、その中央部分(シリンダ中心線P上)では凹陥寸法が小さく、外周側に向かうに従って凹陥寸法が大きくなっている。つまり、図2に示すように、ピストン13が圧縮上死点付近にある際、このキャビティ13bによって形成される燃焼室3としては、中央部分では比較的容積の小さい狭小空間とされ、外周側に向かって次第に空間が拡大される(拡大空間とされる)構成となっている。
上記ピストン13は、コネクティングロッド18の小端部18aがピストンピン13cにより連結されており、このコネクティングロッド18の大端部はエンジン出力軸であるクランクシャフトに連結されている。これにより、シリンダボア12内でのピストン13の往復移動がコネクティングロッド18を介してクランクシャフトに伝達され、このクランクシャフトが回転することでエンジン出力が得られるようになっている。また、燃焼室3に向けてグロープラグ19が配設されている。このグロープラグ19は、エンジン1の始動直前に電流が流されることにより赤熱し、これに燃料噴霧の一部が吹きつけられることで着火・燃焼が促進される始動補助装置として機能する。
上記シリンダヘッド15には、燃焼室3へ空気を導入する吸気ポート15aと、燃焼室3から排気ガスを排出する上記排気ポート71とがそれぞれ形成されているとともに、吸気ポート15aを開閉する吸気バルブ16及び排気ポート71を開閉する排気バルブ17が配設されている。これら吸気バルブ16及び排気バルブ17はシリンダ中心線Pを挟んで対向配置されている。つまり、この例のエンジン1はクロスフロータイプとして構成されている。また、シリンダヘッド15には、燃焼室3の内部へ直接的に燃料を噴射する上記インジェクタ23が取り付けられている。このインジェクタ23は、シリンダ中心線Pに沿う起立姿勢で燃焼室3の略中央上部に配設されており、上記コモンレール22から導入される燃料を燃焼室3に向けて所定のタイミングで噴射するようになっている。
さらに、図1に示すように、このエンジン1には、過給機(ターボチャージャ)5が設けられている。このターボチャージャ5は、タービンシャフト51を介して連結されたタービンホイール52及びコンプレッサインペラ53を備えている。コンプレッサインペラ53は吸気管64の内部に臨んで配置され、タービンホイール52は排気管73の内部に臨んで配置されている。このためターボチャージャ5は、タービンホイール52が受ける排気流(排気圧)を利用してコンプレッサインペラ53を回転させ、吸気圧を高めるといった所謂過給動作を行うようになっている。本実施形態におけるターボチャージャ5は、可変ノズル式ターボチャージャであって、タービンホイール52側に可変ノズルベーン機構(図示省略)が設けられており、この可変ノズルベーン機構の開度を調整することにより、エンジン1の過給圧を調整することができる。
吸気系6の吸気管64には、ターボチャージャ5での過給によって昇温した吸入空気を強制冷却するためのインタークーラ61が設けられている。このインタークーラ61よりも更に下流側に上記スロットルバルブ62が設けられている。スロットルバルブ62は、その開度を無段階に調整することができる電子制御式の開閉弁であり、所定の条件下において吸入空気の流路面積を絞り、この吸入空気の供給量を調整(低減)する機能を有している。
また、エンジン1には、吸気系6と排気系7とを接続する排気還流通路(EGR通路)8が設けられている。このEGR通路8は、排気の一部を適宜吸気系6に還流させて燃焼室3へ再度供給することにより燃焼温度を低下させ、これによってNOx発生量を低減させるものである。また、このEGR通路8には、電子制御によって無段階に開閉され、同通路を流れる排気流量を自在に調整することができるEGRバルブ81と、EGR通路8を通過(還流)する排気を冷却するためのEGRクーラ82とが設けられている。これらEGR通路8、EGRバルブ81、EGRクーラ82等によってEGR装置(排気還流装置)が構成されている。
−センサ類−
エンジン1の各部位には、各種センサが取り付けられており、それぞれの部位の環境条件や、エンジン1の運転状態に関する信号を出力する。
例えば、上記エアフローメータ43は、吸気系6内のスロットルバルブ62の上流において吸入空気の流量(吸入空気量)に応じた検出信号を出力する。吸気温センサ49は、吸気マニホールド63に配置され、吸入空気の温度に応じた検出信号を出力する。吸気圧センサ48は、吸気マニホールド63に配置され、吸入空気圧力に応じた検出信号を出力する。A/F(空燃比)センサ44は、排気系7のマニバータ77の下流において排気中の酸素濃度に応じて連続的に変化する検出信号を出力する。排気温センサ45は、同じく排気系7のマニバータ77の下流において排気ガスの温度(排気温度)に応じた検出信号を出力する。レール圧センサ41はコモンレール22内に蓄えられている燃料の圧力(以下、燃圧ともいう)に応じた検出信号を出力する。スロットル開度センサ42はスロットルバルブ62の開度を検出する。
−ECU−
ECU100は、図3に示すように、CPU101、ROM102、RAM103及びバックアップRAM104などを備えている。ROM102は、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップ等が記憶されている。CPU101は、ROM102に記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて各種の演算処理を実行する。RAM103は、CPU101での演算結果や各センサから入力されたデータ等を一時的に記憶するメモリである。バックアップRAM104は、例えばエンジン1の停止時にその保存すべきデータ等を記憶する不揮発性のメモリである。
以上のCPU101、ROM102、RAM103及びバックアップRAM104は、バス107を介して互いに接続されるとともに、入力インターフェース105及び出力インターフェース106と接続されている。
入力インターフェース105には、上記レール圧センサ41、スロットル開度センサ42、エアフローメータ43、A/Fセンサ44、排気温センサ45、吸気圧センサ48、吸気温センサ49が接続されている。さらに、この入力インターフェース105には、エンジン1の冷却水温に応じた検出信号を出力する水温センサ46、アクセルペダルの踏み込み量に応じた検出信号を出力するアクセル開度センサ47、エンジン1の出力軸(クランクシャフト)が一定角度回転する毎に検出信号(パルス)を出力するクランクポジションセンサ40、及び、インジェクタ噴射圧センサ(インジェクタ23に内蔵)23aなどが接続されている。
なお、インジェクタ噴射圧センサ23aは、インジェクタ23のノズルシートの上流圧力を直接検出する圧力センサである。インジェクタ噴射圧センサ23aは、検出精度を確保することが難しいので、動作の正常/異常を判定することが要求される場合がある。その判定処理については後述する。
一方、出力インターフェース106には、上記インジェクタ23、燃料添加弁26、スロットルバルブ62、及び、EGRバルブ81などが接続されている。
そして、ECU100は、上記した各種センサの出力に基づいて、エンジン1の各種制御を実行する。例えば、ECU100は、インジェクタ23の燃料噴射制御として、後述するパイロット噴射、メイン噴射(主噴射)を実行する。さらに、ECU100は、後述する[噴射率波形の作成処理]、[燃焼状態の判定処理]、[燃焼重心移動制御]、及び[インジェクタ噴射圧センサの異常判定処理]を実行する。
−燃料噴射形態−
以下、本実施形態における上記パイロット噴射及びメイン噴射の各動作の概略について説明する。
[パイロット噴射]
パイロット噴射は、インジェクタ23からのメイン噴射に先立ち、予め少量の燃料を噴射する噴射動作である。つまり、このパイロット噴射の実行後、燃料噴射を一旦中断し、メイン噴射が開始されるまでの間に、圧縮ガス温度(気筒内温度)を十分に高めて燃料の自着火温度に到達させるようにし、これによってメイン噴射で噴射される燃料の着火性を良好に確保するようにしている。すなわち、この実施形態におけるパイロット噴射の機能は、気筒内の予熱に特化したものとなっている。言い換えれば、この実施形態におけるパイロット噴射は、燃焼室3内でのガスの予熱を行うための噴射動作(予熱用燃料の供給動作)となっている。なお、パイロット噴射量を例えば2mm3とし、ピストン13の圧縮上死点前(BTDC)15°CAまでに噴射開始をすれば、予熱機能を十分に確保することができる。
このようにして本実施形態では、パイロット噴射によって気筒内の予熱が十分に行われる。この予熱により、後述するメイン噴射が開始された場合、このメイン噴射で噴射された燃料は、直ちに自着火温度以上の温度環境下に晒されて熱分解が進み、噴射後は直ちに燃焼が開始されることになる。
具体的に、ディーゼルエンジンにおける燃料の着火遅れとしては、物理的遅れと化学的遅れとがある。物理的遅れは、燃料液滴の蒸発・混合に要する時間であり、燃焼場のガス温度に左右される。一方、化学的遅れは、燃料蒸気の化学的結合・分解かつ酸化発熱に要する時間である。そして、上述した如く気筒内の予熱が十分になされている状況では上記物理的遅れを最小限に抑えることができ、その結果、着火遅れも最小限に抑えられることになる。従って、メイン噴射によって噴射された燃料の燃焼形態としては、予混合燃焼が殆ど行われないことになり、大部分が拡散燃焼となる。
[メイン噴射]
メイン噴射はエンジン1のトルク発生のための噴射動作(トルク発生用燃料の供給動作)である。メイン噴射の燃料噴射量は、エンジン回転数、アクセル操作量、冷却水温度、吸気温度等の運転状態に応じて決定される要求トルクに基づいて、そのトルクを発生させるための目標燃料噴射量として設定される。
上記エンジン1のトルク要求値は、エンジン回転数、アクセル操作量、冷却水温度、吸気温度等の運転状態、補機類等の使用状況に応じて決定される。例えば、エンジン回転数(クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されるエンジン回転数)が高いほど、また、アクセル操作量(アクセル開度センサ47により検出されるアクセルペダルの踏み込み量)が大きいほど(アクセル開度が大きいほど)エンジン1のトルク要求値としては高く得られる。
−燃料噴射圧−
上記メイン噴射を実行する際の燃料噴射圧は、コモンレール22の内圧により決定される。このコモンレール内圧として、一般に、コモンレール22からインジェクタ23へ供給される燃料圧力の目標値つまり目標レール圧は、エンジン負荷(機関負荷)が高くなるほど、及び、エンジン回転数(機関回転数)が高くなるほど高いものとされる。すなわちエンジン負荷が高い場合には燃焼室3内に吸入される空気量が多いため、インジェクタ23から燃焼室3内に向けて多量の燃料を噴射しなければならず、よってインジェクタ23からの噴射圧力を高いものとする必要がある。
また、エンジン回転数が高い場合には噴射可能な期間が短いため、単位時間当たりに噴射される燃料量を多くしなければならず、よってインジェクタ23からの噴射圧力を高いものとする必要がある。このように、目標レール圧は一般にエンジン負荷及びエンジン回転数に基づいて設定される。この燃料圧力の目標値を設定するための具体的な手法については後述する。
上記パイロット噴射やメイン噴射などの燃料噴射パラメータについて、その最適値はエンジン1や吸入空気等の温度条件によって異なるものとなる。
例えば、上記ECU100は、コモンレール圧がエンジン運転状態に基づいて設定される目標レール圧と等しくなるように、つまり燃料噴射圧が目標噴射圧と一致するように、サプライポンプ21の燃料吐出量を調量する。また、ECU100はエンジン運転状態に基づいて燃料噴射量及び燃料噴射形態を決定する。具体的には、ECU100は、クランクポジションセンサ40の検出値に基づいてエンジン回転数を算出するとともに、アクセル開度センサ47の検出値に基づいてアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を求め、このエンジン回転数及びアクセル開度に基づいてメイン噴射での燃料噴射量を決定する。
−目標燃料圧力の設定−
次に、上記目標燃料圧力の設定手法及び燃圧設定マップについて説明する。まず、本実施形態において目標燃料圧力を設定する際の技術的思想について説明する。
ディーゼルエンジン1においては、NOx発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼行程時の燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することが重要である。本発明の発明者は、これら要求を連立するための手法として、燃焼行程時における気筒内での熱発生率の変化状態(熱発生率波形で表される変化状態)を適切にコントロールすることが有効であることに着目し、この熱発生率の変化状態をコントロールするための手法として、以下に述べるような目標燃料圧力の設定手法を見出した。
まず、図4に、メイン噴射で噴射された燃料の燃焼に係る理想的な熱発生率波形と、インジェクタ23から噴射される燃料の噴射率波形とを示す。図4中のTDCはピストン13の圧縮上死点に対応したクランク角度位置を示している。
図4に示す熱発生率波形においては、例えば、ピストン13の圧縮上死点(TDC)からメイン噴射で噴射された燃料の燃焼が開始され、ピストン13の圧縮上死点後の所定ピストン位置(例えば、圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点)で熱発生率が極大値(ピーク値)に達し、さらに、圧縮上死点後の所定ピストン位置(例えば、圧縮上死点後25度(ATDC25°)の時点)で上記メイン噴射において噴射された燃料の燃焼が終了するようになっている。
このような熱発生率の変化状態で混合気の燃焼を行わせるようにすれば、例えば、圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点で気筒内の混合気のうちの50%が燃焼を完了した状況となる。つまり、圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点が燃焼重心となって、膨張行程における総熱発生量の約50%がATDC10°までに発生し、高い熱効率でエンジン1を運転させることが可能となる。
また、この燃焼重心に到達した時点でのクランク角度と燃料の噴射率波形との関係としては、インジェクタ23に対して燃料噴射量減量開始した時点から燃料噴射が完全に停止するまでの期間(図4における期間T1)に燃焼重心が位置することになる。
なお、図4に示す熱発生率波形では、ピストン13の圧縮上死点(TDC)において例えば10[J/°CA]の熱発生率となっており、これにより、メイン噴射で噴射された燃料の安定した拡散燃焼が実現されることになる。この値は、これに限定されるものではなく、例えば、上記総燃料噴射量に応じて適宜設定される。また、メイン噴射に先立ってパイロット噴射も行われており、これによって気筒内温度を十分に高めて、メイン噴射で噴射される燃料の着火性を良好に確保している。
以上のようにして本実施形態では、パイロット噴射によって気筒内の予熱が十分に行われる。この予熱により、メイン噴射が開始された場合、このメイン噴射で噴射された燃料は、直ちに自着火温度以上の温度環境下に晒されて熱分解が進み、噴射後は直ちに燃焼が開始されることになる。
上述したように、本実施形態に係る目標燃料圧力の設定手法は、熱発生率の変化状態の適正化(熱発生率波形の適正化)を図ることで燃焼効率の向上を図るといった技術的思想に基づくものである。そして、それを実現するために後述するような目標燃料圧力の設定を行っている。この点について図5を参照して説明する。
図5の実線は、本実施形態に係るエンジン1における要求出力(要求パワー)と、その要求出力に応じて設定される目標燃料圧力との関係を示している。このように、要求出力と目標燃料圧力とは比例関係にあり、要求出力に対して目標燃料圧力が一義的に決定されるようになっている。言い換えると、各要求出力に対して目標燃料圧力がそれぞれ予め割り付けられている。
以下、要求出力に対する目標燃料圧力の設定手法について図5を用いて具体的に説明する。
まず、図5に破線で示す仮燃圧ラインを設定する。この仮燃圧ラインは、要求出力が「0」である場合には目標燃料圧力も「0」となるように設定され、この図5に示すグラフの原点を通り、かつ、所定の傾きを有する直線として与えられている。
この仮燃圧ラインの傾きは、エンジン1の排気量等によって決定される。つまり、例えば排気量の大きなエンジン1ほど仮燃圧ラインの傾きとしては小さく設定される。この仮燃圧ライン上の目標燃料圧力は、要求出力に対して所定の比例定数(上記仮燃圧ラインの傾きに相当)をもって比例関係とされて求められることになる。つまり、要求出力に対して所定の比例定数が乗算されることで目標燃料圧力が求められ、この目標燃料圧力の集合が上記仮燃圧ラインとなっている。
そして、この仮燃圧ライン上のパワー重心点(図5に示すものでは要求出力40kWの点)に対し、所定の圧力オフセット量だけ仮燃圧ラインを高燃料圧側(図5の上側)に平行移動させ、これにより、図中に実線で示す燃圧ラインを設定する。なお、上記パワー重心点としては上記の値に限定されるものではない。
ここで、上記パワー重心点は、エンジン1の出力範囲のうち最も使用頻度の高い出力に相当する値として設定されている。
さらに、上記圧力オフセット量としては、インジェクタ23から噴射されたメイン噴射の燃料が、上記ピストン13の圧縮上死点(TDC)で燃焼を開始した場合に、圧縮上死点後の所定ピストン位置(圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点)で筒内の熱発生率が極大値(ピーク値)に達するように設定されたものである。つまり、上記パワー重心点において、図4に示した理想的な熱発生率波形が得られるように上記圧力オフセット量は設定されている。
なお、この圧力オフセット量はエンジン1の排気量や気筒数などに応じ、予め実験やシミュレーションによりエンジン1の種類毎に個別に設定されることになる。また、本実施形態に係るエンジン1の燃料供給系2にあっては、目標燃料圧力の上限値(上限レール圧)としては200MPaに設定されている。
図6は、目標燃料圧力を決定する際に参照される燃圧設定マップである。この燃圧設定マップは、図5に実線で示した燃圧ラインに従って作成されたものであって、例えば上記ROM102に記憶されている。また、この燃圧設定マップは、横軸がエンジン回転数であり、縦軸がエンジントルクとなっている。また、図6におけるTmaxは最大トルクラインを示している。
この燃圧設定マップの特徴として、図中にA〜Iで示す等燃料噴射圧力ライン(等燃料噴射圧力領域)は、アクセルペダルの踏み込み量などに基づいて求められるエンジン1に対する要求出力(要求パワー)の等パワーライン(等出力領域)に割り付けられている。つまり、この燃圧設定マップでは、等パワーラインと等燃料噴射圧力ラインとが略一致するように設定されている。
具体的には、図6の曲線Aはエンジン要求出力が10kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として66MPaのラインが割り付けられている。以下、同様に、曲線Bはエンジン要求出力が20kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として83MPaのラインが割り付けられている。曲線Cはエンジン要求出力が30kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として100MPaのラインが割り付けられている。曲線Dはエンジン要求出力が40kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として116MPaのラインが割り付けられている。曲線Eはエンジン要求出力が50kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として133MPaのラインが割り付けられている。曲線Fはエンジン要求出力が60kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として150MPaのラインが割り付けられている。曲線Gはエンジン要求出力が70kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として166MPaのラインが割り付けられている。曲線Hはエンジン要求出力が80kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として183MPaのラインが割り付けられている。曲線Iはエンジン要求出力が90kWのラインであり、これに燃料噴射圧力として200MPaのラインが割り付けられている。これら各値は、これに限定されるものではなく、エンジン1の性能特性等に応じて適宜設定される。
また、上記各ラインA〜Iは、エンジン要求出力の変化量に対する燃料噴射圧力の変化量の割合が略均等に設定されている。
このようにして作成された燃圧設定マップに従い、エンジン1に対する要求出力に適した目標燃料圧力を設定し、サプライポンプ21の制御等を行うようになっている。
また、エンジン回転数とエンジントルクとが共に増加する場合(図6における矢印Iを参照)、及び、エンジン回転数が一定でエンジントルクが増加する場合(図6における矢印IIを参照)、並びに、エンジントルクが一定でエンジン回転数が増加する場合(図6における矢印IIIを参照)の何れにおいても燃料噴射圧力が高められる。これにより、エンジントルク(エンジン負荷)が高い場合における吸入空気量に適した燃料噴射量を確保し、また、エンジン回転数が高い場合における単位時間当たりの燃料噴射量を多くして短期間で必要燃料噴射量を確保することができる。
一方、エンジン回転数及びエンジントルクが変化したとしても、その変化後のエンジン出力が変化していない場合(図6における矢印IVを参照)には、燃料噴射圧力を変化させないようにして、それまで設定されていた燃料噴射圧力の適正値を維持する。つまり、上記等燃料噴射圧力ライン(等パワーラインに一致している)に沿うようなエンジン運転状態の変化では燃料噴射圧力を変化させないようにし、上述した理想的な熱発生率波形での燃焼形態を継続させる。この場合、NOx発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼行程時の燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を継続的に連立させることができる。
以上のように、本実施形態では、エンジン1に対する要求出力(要求パワー)と燃料噴射圧力(コモンレール圧)との間に一義的な相関を持たせ、また、エンジン回転数及びエンジントルクの少なくとも一方が変化することでエンジン出力が変化する状況では、それに応じた適正な燃料圧力での燃料噴射が行えるようにし、逆に、エンジン回転数やエンジントルクが変化してもエンジン出力が変化しない状況では、燃料圧力をそれまで設定されていた適正値から変化させないようにしている。これによって、エンジン運転領域の略全域に亘って熱発生率変化状態を理想状態に近付けることが可能になる。
−噴射率波形の作成処理−
次に、噴射率波形の作成処理の一例について以下に説明する。
<噴射率波形の実測>
燃圧及び燃料噴射量を下記の(i)〜(iv)の値に設定して、長管法に基づく噴射率計測装置を用いて複数の噴射率波形を実測した。
(i)燃圧:40MPa、パイロット噴射:2.4mm3/st、メイン噴射:28.3mm3/st]、
(ii)燃圧:80MPa、パイロット噴射:2.4mm3/st、メイン噴射:61.6mm3/st
(iii)燃圧:140MPa、パイロット噴射:1.8mm3/st、メイン噴射:89.4mm3/st
(iv)燃圧:200MPa、パイロット噴射:1.6mm3/st、メイン噴射:79.3mm3/st
このようにして計測した噴射率波形の実測結果を図7〜図10の実線で示す。
ここで、図7〜図10の実線で示す噴射率波形は、各燃圧(40MPa、80MPa、140MPa、200MPa)における基準波形(ノミナル値)であって、理想的な熱発生率波形(例えば図4に示す熱発生率波形)が得られるように、パイロット噴射及びメイン噴射の噴射開始時期・噴射終了時期(TDCに対する時刻)及び燃料の噴射率が設定されている。
なお、上記噴射率波形の実測に適用する長管法は、燃料の噴射率を計測する一般的な方法であって、一定断面積の長い管を燃料で満たした状態で、その管中にインジェクタから燃料を噴射し、燃料噴射により管内に発生する圧力波を検出することにより、噴射率を計測する方法である。
<噴射率波形のモデル化・数値化>
図7〜図10に示すように、実測した噴射率波形を直線(破線)で近似してモデル化する。次に、モデル化した各噴射率波形(破線:メイン噴射)から、それぞれ、図11に示す噴射率波形のパラメータ、つまり、立上り側(噴射開始側)の噴射率傾きG1、到達噴射率Q1、立上り側の噴射率傾きG2、到達噴射率Q2、立下り側(噴射終了側)の噴射率傾きG3を読み取って数値化した。ただし、噴射率傾きG1、G2、G3については、それぞれ、[G1=Q1/xl1]、[G2=(Q2−Q1)/xl2]、[G3=Q2/xl4]で算出した。なお、図11にはメイン噴射の噴射率波形のパラメータのみを示している。
上記噴射率波形のパラメータのうち、噴射率傾きG1は、インジェクタ23のニードル弁がフルリフトに到達するまでの噴射率の時間変化率であり、噴射率傾きG2は、インジェクタ23のニードル弁がフルリフトに到達した後の噴射率の時間変化率である。
また、到達噴射率Q1は、インジェクタ23のニードル弁がフルリフトに到達した時点の到達噴射率であり、到達噴射率Q2は、インジェクタ23のニードル弁がフルリフトに到達した後に噴射率が一定となる状態(サチュレート状態)に到達したときの到達噴射率である。
以上のようにして採取した噴射率傾きG1、到達噴射率Q1、噴射率傾きG2、到達噴射率Q2、噴射率傾きG3の各データ(読み取り値)を図12に示す。なお、図12には、メイン噴射のデータのみを示している。
<各パラメータの算出式の導出>
まず、インジェクタから燃料を噴射する場合、噴射量Q、噴射圧(燃圧)ΔP、噴孔面積A、流量係数Cとすれば、[Q=C・A・√(ΔP)]の関係がある。
ここで、上記した各パラメータG1[mm3/ms2]、Q1[mm3/ms]、G2[mm3/ms2]、Q2[mm3/ms]、G3[mm3/ms2]は、それぞれ、主成分が[mm3/ms]であるので、各パラメータは噴射圧の平方根つまり燃圧の平方根[√(燃圧)]に相関する。このような点に着目し、噴射率波形の各パラメータ(実測値)をそれぞれ燃圧の平方根[√(燃圧)]で整理したところ、図13(a)〜図17(a)に示す結果が得られた。
図13(a)の結果から明らかなように、到達噴射率Q1は√(燃圧)と相関があり、その関係を2次曲線で近似可能である。その近似式つまり到達噴射率Q1の算出式を導出すると、
Q1=0.0253[√(燃圧)]2+3.2189[√(燃圧)]−0.2033 ・・(1)
となる。なお、図13(a)のグラフは、同図(b)の表に示すデータをプロットしたものである。
図14(a)の結果から明らかなように、到達噴射率Q2についても、[√(燃圧)]と相関があり、その関係を2次曲線で近似可能である。その近似式つまり到達噴射率Q2の算出式を導出すると、
Q2=0.0018[√(燃圧)]2+4.7593[√(燃圧)]−0.1076 ・・(2)
となる。なお、図14(a)のグラフは、同図(b)の表に示すデータをプロットしたものである。
図15(a)の結果から明らかなように、噴射率傾きG1についても、[√(燃圧)]と相関があり、その関係を2次曲線で近似可能である。その近似式つまり噴射率傾きG1の算出式を導出すると、
G1=0.7636[√(燃圧)]2+9.0974[√(燃圧)]−0.488 ・・(3)
となる。なお、図15(a)のグラフは、同図(b)の表に示すデータをプロットしたものである。
図16(a)の結果から明らかなように、噴射率傾きG2についても、[√(燃圧)]と相関があり、その関係を2次曲線で近似可能である。その近似式つまり噴射率傾きG2の算出式を導出すると、
G2=0.3111[√(燃圧)]2+1.6959[√(燃圧)]−0.6092 ・・(4)
となる。なお、図16(a)のグラフは、同図(b)の表に示すデータをプロットしたものである。
図17(a)の結果から明らかなように、噴射率傾きG3についても、[√(燃圧)]と相関があり、その関係を2次曲線で近似可能である。その近似式つまり噴射率傾きG3の算出式を導出すると、
G3=0.2107[√(燃圧)]2+20.304[√(燃圧)]−0.0207 ・・(5)
となる。なお、図17(a)のグラフは、同図(b)の表に示すデータをプロットしたものである。
これら噴射率波形のパラメータQ1、Q2、G1、G2、G3を算出する式(1)〜式(5)は、例えば、ECU100のROM102(記憶手段)内に記憶しておく。
ここで、パイロット噴射の噴射率波形について説明する。パイロット噴射の立上り側(噴射開始側)の噴射率傾きPG1はメイン噴射の噴射率傾きG1と同じとみなすことができるので、この例では、メイン噴射で求めた噴射率傾きG1の算出式(上記式(3))をパイロット噴射の噴射率傾きPG1の算出にも用いる。また、パイロット噴射の立下り側(噴射終了側)の噴射率傾きPG3についても同様にメイン噴射で求めた噴射率傾きG3の算出式(上記式(5))を使用する。
なお、図7〜図10に示すように、パイロット噴射の実測噴射率波形を直線(破線)で近似してモデル化し、上述した処理と同様にして、パイロット噴射の立上り側(噴射開始側)の噴射率傾きPG1を算出する数式、及び、パイロット噴射の立下り側(噴射終了側)の噴射率傾きPG3を算出する数式を求めておき、その数式を用いて、パイロット噴射の噴射率傾きPG1、PG3を算出するようにしてもよい。
<噴射率波形の作成処理>
噴射率波形の作成処理の具体的な例について説明する。
まず、レール圧センサ41の出力信号から燃圧を取得し、その取得した燃圧を用いて上記した式(1)〜式(5)から、噴射率波形の各パラメータである到達噴射率Q1、到達噴射率Q2、立上り側の噴射率傾きG1、立上り側の噴射率傾きG2、立下り側の噴射率傾きG3の値を算出する。その算出したQ1、Q2、G1、G2、G3、及び、エンジン1のトルク要求に応じた目標燃料噴射量(メイン噴射の燃料噴射量)を用いて、図18(a)〜(c)に示す横軸xl1、xl2、xl3、xl4を決定して噴射率波形を作成する。その具体的な波形作成処理の例について、図18(a)、図18(b)、図18(c)の各例ごとに説明する。
[波形作成処理1]
図18(a)の例は、メイン噴射の燃料噴射量(目標燃料噴射量)が、噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1未満(h1<Q1)となるような噴射量である場合を示す。この図18(a)の例において、噴射率波形の面積をSとすると、その面積S[S=h1*(xl1+xl2)/2]は燃料噴射量に相当する。
ここで、xl1=h1/G1、Xl2=h1/G3であるから、図18(a)に示す噴射率波形の高さh1は、
h1=√((2*S*G1*G3)/(G1+G3)) ・・・(6)
となる。
そして、このように燃料噴射量が、噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1に到達しない噴射量である場合は、その高さh1、立上り側の噴射率傾きG1、立下り側の噴射率傾きG3を用いて、図18(a)に示すxl1、xl2を決定してメイン噴射の噴射率波形を作成する。このメイン噴射の噴射率波形の噴射開始時期(TDCに対する時刻)は基準値(固定値)とする。つまり図7〜図10に示す基準の噴射率波形(実線)の噴射開始時期とする。
なお、パイロット噴射の噴射率波形についても、パイロット噴射の燃料噴射量(噴射率波形の面積に相当)、上記メイン噴射の噴射率傾きG1、G3を用いて、この[波形作成処理1]と同じ方法にて図18(a)に示すxl1、xl2を決定して噴射率波形を作成する。このパイロット噴射の噴射率波形の噴射開始時期(TDCに対する時刻)ついても基準値(固定値)とする。つまり図7〜図10に示す基準の噴射率波形(実線)の噴射開始時期とする。
[波形作成処理2]
図18(b)の例は、メイン噴射の燃料噴射量(目標燃料噴射量)が、噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1に到達するが、高さh2が到達噴射率Q2に到達しない噴射量(h1=Q1かつh2<Q2となるような噴射量)である場合を示す。この図18(b)の例において、噴射率波形の面積S(燃料噴射量に相当)は、[S=xl1*Q1/2+xl2*(Q1+h2)/2+xl3*h2/2]となる。
ここで、xl1=Q1/G1、xl2=(h2−Q1)/G2、xl3=h2/G3であるから、図18(b)に示す噴射率波形の高さh2は、
h2=√((2*S−Q1*Q1*(1/G1−1/G2))/(1/G2+1/G3)) ・・・(7)
となる。
そして、このように燃料噴射量が、噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1に到達するが、高さh2が到達噴射率Q2に到達しない噴射量である場合は、その高さh2、到達噴射率Q1、立上り側の噴射率傾きG1、G2、立下り側の噴射率傾きG3を用いて、図18(b)に示すxl1、xl2、xl3を決定してメイン噴射の噴射率波形を作成する。このようにして作成する噴射率波形の噴射開始時期(TDCに対する時刻)についても基準値(固定値)とする。つまり図7〜図10に示す基準の噴射率波形(実線)の噴射開始時期とする。
[波形作成処理3]
図18(c)の例は、メイン噴射の燃料噴射量(目標燃料噴射量)が、噴射率波形の高さh2に到達する噴射量である場合を示す。この図18(c)の例において、噴射率波形の面積S(燃料噴射量に相当)は、[S=xl1*Q1/2+xl2*(Q1+Q2)/2+L*Q2+xl4*Q2/2]となる。
ここで、xl1=Q1/G1、xl2=(Q2−Q1)/G2、xl4=Q2/G3であるから、図18(c)に示すL(噴射率一定期間)は、
L=(1/Q2)*(S−(Q1*Q2)/(2*G1)−(Q2*Q2−Q1*Q1)/(2*G2)−(Q2*Q2)/(2*G3)) ・・・(8)
となる。
そして、このように燃料噴射量が高さh2に到達する噴射量である場合は、噴射率一定期間L、到達噴射率Q1、Q2、立上り側の噴射率傾きG1、G2、立下り側の噴射率傾きG3を用いて、図18(c)に示すxl1、xl2、xl4を決定してメイン噴射の噴射率波形を作成する。このようにして作成する噴射率波形の噴射開始時期(TDCに対する時刻)についても基準値(固定値)とする。つまり図7〜図10に示す基準の噴射率波形(実線)の噴射開始時期とする。
次に、ECU100が実行する噴射率波形の作成プロセスについて説明する。
(S1)レール圧センサ41の出力信号から燃圧を取得するとともに、エンジン1の要求トルク値から目標燃料噴射量(メイン噴射量)を算出する。取得した燃圧を用いて、上記した式(1)〜式(5)から到達噴射率Q1、到達噴射率Q2、噴射率傾きG1、噴射率傾きG2、噴射率傾きG3を算出する。
(S2)算出した噴射率傾きG1、噴射率傾きG3、及び、目標燃料噴射量に相当する噴射率波形の面積Sを用いて、上記した式(6)から図18(a)に示す噴射率波形の高さh1を算出する。その算出した高さh1と到達噴射率Q1とを比較し、高さh1が到達噴射率Q1よりも小さい場合(h1<Q1の場合)は、その噴射率波形の高さh1、噴射率傾きG1、G2を用いて、上記した[波形作成処理1]の処理にて図18(a)の横軸xl1、xl2を求めて噴射率波形を作成する。
ここで、パイロット噴射の噴射率波形については、上述したように、パイロット噴射の立上り側の噴射率傾きPG1及び立下り側の噴射率傾きPG3は、それぞれ、メイン噴射の噴射率傾きG1、G3と同じとみなすことができるので、この例では、上記メイン噴射の噴射率波形を作成する際に算出した立上り側の噴射率傾きG1及び立下り側の噴射率傾きG3と、パイロット噴射の燃料噴射量に相当する噴射率波形の面積Sとを用いて、上記した[波形作成処理1]の処理にて図18(a)の横軸xl1、xl2を求めてパイロット噴射の噴射率波形を作成する。
(S3)図18(b)に示すように、目標燃料噴射量(メイン噴射量)が、上記した噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1に到達する噴射量である場合は、到達噴射率Q1、噴射率傾きG1、G2、G3、及び、目標燃料噴射量に相当する噴射率波形の面積Sを用いて、上記した式(7)から図18(b)に示す噴射率波形の高さh2を算出する。その算出した高さh2と到達噴射率Q2とを比較し、高さh2が到達噴射率Q2よりも小さい場合(h2<Q2の場合)は、その噴射率高さh2、到達噴射率Q1、噴射率傾きG1、G2、G3を用いて、上記した[波形作成処理2]の処理にて図18(b)の横軸xl1、xl2、xl3を求めて噴射率波形を作成する。
なお、図18(b)の処理において、噴射率波形の高さh1が到達噴射率Q1に到達した時点(h1=Q1となった時点)で、同図(b)に示すドット領域の面積Sbに相当する燃料噴射量と目標燃料噴射量とが等しい場合には、xl1(xl1=Q1/G1)、xl2′(xl2′=Q1/G3)を求めて噴射率波形を作成する。
(S4)図18(c)に示すように、目標燃料噴射量が、上記した噴射率波形の高さh2が到達噴射率Q2に到達する噴射量である場合は、到達噴射率Q1、Q2、噴射率傾きG1、G2、G3、及び、目標燃料噴射量に相当する噴射率波形の面積Sを用いて、上記した[波形作成処理2]の処理にて図18(c)の横軸xl1、xl2、L、xl4を求めて噴射率波形を作成する。
なお、図18(c)の処理において、噴射率波形の高さh2が到達噴射率Q2に到達した時点(h2=Q2となった時点)で、同図(c)に示すドット領域の面積Scに相当する燃料噴射量と目標燃料噴射量とが等しい場合には、xl1(xl1=Q1/G1)、xl2=(Q2−Q1)/G2、xl3′=Q2/G3を求めて噴射率波形を作成する。
以上の処理により、燃料の噴射開始時期、噴射終了時期、噴射率を検出する圧力センサを用いることなく、燃圧と燃料の噴射量とから噴射率波形を作成することができる。
そして、このようにして得られた噴射率波形は、図7〜図10の実測噴射率波形を基づく波形であり、パイロット噴射及びメイン噴射の噴射開始時期・噴射終了時期(TDCに対する時刻)及び燃料噴射率が、最適な熱発生率変化状態(メイン噴射で噴射された燃料の大部分が拡散燃焼する状態)となるように設定された目標噴射率波形となる。従って、この噴射率波形を用いて実際の燃焼状態(拡散燃焼状態)を評価することができる。その処理(燃料状態の判定処理)の一例について説明する。
[燃焼状態の判定処理]
まず、メイン噴射で噴射された燃料燃焼(大部分が拡散燃焼)する場合に、その燃焼重心(図4参照)が適正なタイミングであれば、エンジン1の燃焼室3内での燃料が良好に行われており、NOx発生量及びスモーク発生量を低減することによる排気エミッションの改善、燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することができていると判定できる。
そこで、この例では、レール圧センサ41の出力信号から得られる燃圧、及び、目標燃料噴射量を用いて、上述した処理によって噴射率波形を作成し、その作成した噴射率波形(基準波形)の噴射終了時期(図4における期間T1)と、実際に検出(実測)された燃焼重心位置とを比較し、その実際の燃焼重心位置が図4に示す期間T1内に入っているか否かを判定する。
ここで、比較の基準となる噴射率波形は時間[ms]がパラメータであり、実測の燃焼重心位置は角度(TDCからのクランク角度)であるので、クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されるエンジン回転数NE[rpm]から、単位角度当たりの所要時間((60*103/360)/NE[ms/°CA])を求めて、実際の燃焼重心位置(角度)を「TDCからの時刻」に変換して上記比較を行う。なお、エンジン回転数NEから単位時間当たりの所要角度を求めて、上記基準の噴射率波形の期間T1(時刻)をクランク角度(TDCからのクランク角度)に変換して上記比較を行うようにしてもよい。
また、燃焼重心位置(クランク角度)を実測するための手法としては、エンジン回転数の変化(上記クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されるエンジン回転速度の変化)に基づいて行われる。また、筒内圧センサを備えさせ、その筒内圧変化に基づいて燃焼重心位置を実測するようにしてもよい。さらには、シリンダブロックに取り付けられたノッキングセンサからの信号(振動信号)に基づいて燃焼重心位置を実測するようにしてもよい。さらには、これらの組み合わせによって燃焼重心位置を実測するようにしてもよい。
そして、上記比較結果により、実際の燃焼重心位置が基準の噴射率波形の期間T1内に入っている場合は熱発生率が適正に得られると判定する。一方、実際の燃焼重心位置が基準の噴射率波形の期間T1からずれている場合は熱発生率が適正に得られていないと判定する。つまり、NOx発生量及びスモーク発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することができていないと判定する。このような判定が行われた場合には以下の燃焼重心移動制御を実行する。以下、この燃焼重心移動制御について説明する。
[燃焼重心移動制御]
この例の燃焼重心移動制御は、上述した処理によって作成された基準の噴射率波形の期間T1に対して、実際に検出された燃焼重心位置(TDCからの時刻に変換した後の燃焼重心位置)が遅角側または進角側にずれている場合に、燃焼重心がずれていると判定した際の制御である。つまり熱発生率が適正に得られていないと判定した場合に、この熱発生率を適正に得る(燃焼重心を適正に得る)ための制御である。以下、具体的に説明する。
この燃焼重心移動制御としては、具体的には、インジェクタ23から噴射される燃料の噴射時期の補正や、燃焼室3内の酸素濃度の補正を行うようにしている。
燃料噴射時期の補正としては、上述した処理によって作成された基準の噴射率波形の期間T1に対して、実際に検出された燃焼重心位置(TDCからの時刻に変換した後の燃焼重心位置)が遅角側にずれている場合には、燃焼重心位置を進角側に移動させるように燃料噴射時期を進角側に補正する。逆に、基準の噴射率波形の期間T1に対して、実際に検出された燃焼重心位置(TDCからの時刻に変換した後の燃焼重心位置)が進角側にずれている場合には、燃焼重心位置を遅角側に移動させるように、燃料噴射時期を遅角側に補正する。これにより、燃焼重心を適正な位置にすることで、熱発生率の適正化が図れ、NOx発生量及びスモーク発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することが可能になる。
一方、燃焼室3内の酸素濃度の補正としては、上述した処理によって作成された基準の噴射率波形の期間T1に対して、実際に検出された燃焼重心位置(TDCからの時刻に変換した後の燃焼重心位置)が遅角側にずれている場合には、燃焼重心位置を進角側に移動させるように、燃焼室3内の酸素濃度を高める動作を行う。具体的には、EGRバルブ81の開度を小さくするか、もしくは全閉にする。または、ターボチャージャ5の可変ノズルベーン機構に備えられているノズルベーンの開度を小さくし、エンジン1の過給圧を高くする。あるいは、上記スロットルバルブ62の開度を大きくする。なお、これらEGRバルブ81の制御、ノズルベーンの制御、スロットルバルブ62の制御のうち、1つの制御のみを実行してもよいし、複数を同時に実行してもよい。
これらの動作により燃焼室3内の酸素濃度が高められ、燃焼速度が高くなることに伴って燃焼重心位置が進角側に移動して、燃焼重心を適正な位置にすることができる。その結果、熱発生率の適正化が図れ、NOx発生量及びスモーク発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することが可能になる。なお、上述した処理によって作成された基準の噴射率波形の期間T1に対して、実際に検出された燃焼重心位置(TDCからの時刻に変換した後の燃焼重心位置)が進角側にずれている場合には、燃焼重心位置を遅角側に移動させるように、燃焼室3内の酸素濃度を低くする動作を行う。この動作は、上述した燃焼室3内の酸素濃度を高める動作とは逆の動作により行われる。
以上説明したように、本実施形態では、燃焼重心が適正タイミングからずれているか否かを判定し、その判定結果に従って燃焼重心移動制御を実行するようにしたことにより、燃焼室3内で行われる燃焼の燃焼重心が適正タイミングからずれた状態での運転が継続されてしまうといった状況を早期に解消することができる。その結果、適正な熱発生率での燃焼が可能になって、NOxの発生量及びスモークの発生量を共に抑制し、排気エミッションの改善を図ることができる。
−インジェクタ噴射圧センサの異常判定−
上述した処理にて作成したパイロット噴射の噴射率波形及びメイン噴射の噴射率波形を用いて、インジェクタ噴射圧センサ23aの異常の有無を判定することができる。その具体的な例について以下に説明する。
まず、インジェクタ噴射圧センサ23aの出力信号から得られるインジェクタ噴射圧波形は、例えば図19に示すような波形であって、こうしたインジェクタ噴射圧波形において、燃料の噴射開始時期から噴射終了時期までの領域(ドットで示す領域)が噴射率寄与領域となる。なお、図19では、横軸をクランク角度とし、縦軸インジェクタ噴射圧としている。また、図19にはピエゾ駆動信号波形も併記している。
このような特性を有するインジェクタ噴射圧センサ23aを用いて、上記したパイロット噴射及びメイン噴射を実施したときのインジェクタ噴射圧波形を採取すると、それらパイロット噴射及びメイン噴射に応じて波形が変化する(図20参照)。
ここで、インジェクタ噴射圧センサ23aが正常に動作している場合には、そのインジェクタ噴射圧センサ23aの出力信号から得られるインジェクタ噴射圧波形と、上述した処理にて作成した噴射率波形(基準の噴射率波形)とが対応するので、この場合はインジェクタ噴射圧センサ23aが正常であると判定することができる。
具体的には、図20に示すように、インジェクタ噴射圧センサ23aの出力信号から得られるインジェクタ噴射圧波形(後述する[クランク角度→時間]変換後のインジェクタ噴射圧波形)と、基準の噴射率波形とを比較し、(1)基準の噴射率波形の噴射開始時期・噴射終了時期に対するインジェクタ噴射圧波形の噴射時期・噴射終了時期のずれ量が許容範囲内であり、(2)基準の噴射率波形の面積(ドット部分の面積)に対するインジェクタ噴射圧波形の噴射率寄与領域(ドット領域)の面積のずれ量が許容範囲内である場合(例えば図20(a)の場合)は、インジェクタ噴射圧センサ23aが正常に動作していると判定することができる。
一方、基準の噴射率波形の噴射開始時期・噴射終了時期に対してインジェクタ噴射圧波形の噴射開始時期・噴射終了時期が許容値以上ずれている場合(例えば図20(b)の場合)、または、基準の噴射率波形の面積に対してインジェクタ噴射圧波形の面積が許容値以上ずれている場合は、適正なインジェクタ噴射圧波形が得られないと判定することができる。つまりインジェクタ噴射圧センサ23aが異常であると判定することができる。
このように、上述した処理にて作成したパイロット噴射の噴射率波形及びメイン噴射の噴射率波形(基準の噴射率波形)を用いて、インジェクタ噴射圧センサ23aの異常の有無を判定することが可能になる。
なお、上記基準の噴射率波形とインジェクタ噴射圧波形とのずれ量に対する許容値は、実験・シミュレーション計算等によって経験的に適合した値を設定する。
ここで、インジェクタ噴射圧波形と基準の噴射率波形とを比較する際に、クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されるエンジン回転数NE[rpm]から、単位角度当たりの所要時間((60*103/360)/NE[ms/°CA])を求めて、インジェクタ噴射圧波形のパラメータ(横軸)を時間に変換して上記比較を行う。
なお、エンジン回転数NEから単位時間当たりの所要角度(クランク角度)を求めて、上記基準の噴射率波形のパラメータ(横軸)をクランク角度(TDCからのクランク角度)に変換して上記比較を行うようにしてもよい。
−他の実施形態−
以上の例では、到達噴射率Q1、Q2、噴射率傾きG1、G2、G3を算出する数式を2次式としているが、図13(a)、図14(a)及び図17(a)に示すように、到達噴射率Q1、Q2及び噴射率傾きG3については、直線で近似することも可能であり、それらQ1、Q2、G3を算出する数式については1次式としてもよい。
以上の例では、燃圧と燃料噴射量から作成した基準の噴射率波形を用いて、燃焼状態の判定処理やインジェクタ噴射圧センサの異常判定処理を行っているが、これに限られることなく、他の物理量(例えばインジェクタ自体の燃料噴射量の低下など)の検証・評価にも上記した基準の噴射率波形を用いることができる。
以上の例では、コモンレール式筒内直噴型多気筒(4気筒)ディーゼルエンジンに本発明を適用した場合について説明した。本発明はこれに限らず、例えば6気筒ディーゼルエンジンなど他の任意の気筒数のディーゼルエンジンにも適用可能である。また、本発明が適用可能なエンジンは、自動車用のエンジンに限るものではない。
以上の例では、通電期間においてのみ全開の開弁状態となることにより燃料噴射率を変更するピエゾインジェクタ23を適用したエンジン1について説明したが、本発明は、可変噴射率インジェクタを適用したエンジンへの適用も可能である。