<発明の実施形態>
以下、本発明の一実施形態に係る車両1について説明する。
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照し、車両1の構成について説明する。ここに、図1は、車両1の構成を概念的に示す概略構成図である。
図1において、車両1は、操舵輪として左右一対の前輪FL及びFRを備え、これら前輪が転舵することにより所望の方向に進行可能に構成されている。車両1は、ECU(Electronic Control Unit:電子制御装置)100、VGRSアクチュエータ200、VGRS駆動装置300、EPSアクチュエータ400及びEPS駆動装置500を備える。
ECU100は、夫々不図示のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備え、車両1の動作全体を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「車両の走行制御装置」の一例である。
ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述する車両走行制御処理を実行可能に構成されている。車両走行制御処理は、車両1の走行路を目標路(レーン)に追従させるための軌跡制御を含む処理である。
車両1では、ハンドル11を介して運転者より与えられる操舵入力が、ハンドル11と同軸回転可能に連結され、ハンドル11と同一方向に回転可能な軸体たるアッパーステアリングシャフト12に伝達される。アッパーステアリングシャフト12は、本発明に係る「操舵入力軸」の一例である。アッパーステアリングシャフト12は、その下流側の端部においてVGRSアクチュエータ200に連結されている。
VGRSアクチュエータ200は、ハウジング201、VGRSモータ202及び減速機構203を備えた、本発明に係る「軌跡可変装置」の一例である。
ハウジング201は、VGRSモータ202及び減速機構203を収容してなるVGRSアクチュエータ200の筐体である。ハウジング201には、前述したアッパーステアリングシャフト12の下流側の端部が固定されており、ハウジング201は、アッパーステアリングシャフト12と一体に回転可能となっている。
VGRSモータ202は、回転子たるロータ202a、固定子たるステータ202b及び駆動力の出力軸たる回転軸202cを有するDCブラシレスモータである。ステータ202bは、ハウジング201内部に固定されており、ロータ202aは、ハウジング201内部で回転可能に保持されている。回転軸202cは、ロータ202aと同軸回転可能に固定されており、その下流側の端部が減速機構203に連結されている。
減速機構203は、差動回転可能な複数の回転要素(サンギア、キャリア及びリングギア)を有する遊星歯車機構である。この複数の回転要素のうち、サンギアは、VGRSモータ202の回転軸202cに連結されており、また、キャリアは、ハウジング201に連結されている。そしてリングギアが、ロアステアリングシャフト13に連結されている。
このような構成を有する減速機構203によれば、ハンドル11の操作量に応じたアッパーステアリングシャフト12の回転速度(即ち、キャリアに連結されたハウジング201の回転速度)と、VGRSモータ202の回転速度(即ち、サンギアに連結された回転軸202cの回転速度)とにより、残余の一回転要素たるリングギアに連結されたロアステアリングシャフト13の回転速度が一義的に決定される。この際、回転要素相互間の差動作用により、VGRSモータ202の回転速度を増減制御することによって、ロアステアリングシャフト13の回転速度を増減制御することが可能となる。即ち、VGRSモータ202及び減速機構203の作用により、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とは相対回転可能である。また、減速機構203における各回転要素の構成上、VGRSモータ202の回転速度は、各回転要素相互間のギア比に応じて定まる所定の減速比に従って減速された状態でロアステアリングシャフト13に伝達される。
このように、車両1では、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とが相対回転可能であることによって、アッパーステアリングシャフト12の回転量たる操舵角MAと、ロアステアリングシャフト13の回転量に応じて一義的に定まる(後述するラックアンドピニオン機構のギア比も関係する)操舵輪たる前輪の舵角との比たる操舵伝達比が、予め定められた範囲で連続的に可変となる。
尚、減速機構204は、ここに例示した遊星歯車機構のみならず、他の態様(例えば、アッパーステアリングシャフト12及びロアステアリングシャフト13に夫々歯数の異なるギアを連結し、各ギアと一部分で接する可撓性のギアを設置すると共に、係る可撓性ギアを、波動発生器を介して伝達されるモータトルクにより回転させることによって、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とを相対回転させる態様等)を有していてもよいし、遊星歯車機構であれ上記と異なる物理的、機械的、又は機構的態様を有していてよい。
VGRS駆動装置300は、VGRSモータ202のステータ202bに対し通電可能に構成された、PWM回路、トランジスタ回路及びインバータ等を含む電気駆動回路である。VGRS駆動装置300は、図示せぬバッテリと電気的に接続されており、当該バッテリから供給される電力によりVGRSモータ202に駆動電圧を供給することが可能に構成されている。また、VGRS駆動装置300は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。尚、VGRS駆動装置300は、VGRSアクチュエータ200と共に、本発明に係る「軌跡可変装置」の一例を構成している。
ロアステアリングシャフト13の回転は、ラックアンドピニオン機構に伝達される。ラックアンドピニオン機構は、ロアステアリングシャフト13の下流側端部に接続されたピニオンギア14及び当該ピニオンギアのギア歯と噛合するギア歯が形成されたラックバー15を含む操舵力伝達機構であり、ピニオンギア14の回転がラックバー15の図中左右方向の運動に変換されることにより、ラックバー15の両端部に連結されたタイロッド及びナックル(符号省略)を介して操舵力が各操舵輪に伝達される構成となっている。即ち、車両1では所謂ラックアンドピニオン式の操舵方式が実現されている。
EPSアクチュエータ400は、永久磁石が付設されてなる回転子たる不図示のロータと、当該ロータを取り囲む固定子であるステータとを含むDCブラシレスモータとしてのEPSモータを備える。このEPSモータは、EPS駆動装置500を介した当該ステータへの通電によりEPSモータ内に形成される回転磁界の作用によってロータが回転することにより、その回転方向にアシストトルクTAを発生可能に構成されている。
一方、EPSモータの回転軸たるモータ軸には、不図示の減速ギアが固定されており、この減速ギアはまた、ピニオンギア14と噛合している。このため、EPSモータから発せられるアシストトルクTAは、ピニオンギア14の回転をアシストするアシストトルクとして機能する。ピニオンギア14は、先に述べたようにロアステアリングシャフト13に連結されており、ロアステアリングシャフト13は、VGRSアクチュエータ200を介してアッパーステアリングシャフト12に連結されている。従って、アッパーステアリングシャフト12に加えられる運転者操舵トルクMTは、アシストトルクTAにより適宜アシストされた形でラックバー15に伝達され、運転者の操舵負担が軽減される構成となっている。
EPS駆動装置500は、EPSモータのステータに対し通電可能に構成された、PWM回路、トランジスタ回路及びインバータ等を含む電気駆動回路である。EPS駆動装置500は、図示せぬバッテリと電気的に接続されており、当該バッテリから供給される電力によりEPSモータに駆動電圧を供給することが可能に構成されている。また、EPS駆動装置500は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
車両1には、操舵トルクセンサ16、操舵角センサ17及びVGRS相対角センサ18を含む各種センサが備わっている。
操舵トルクセンサ16は、運転者からハンドル11を介して与えられる運転者操舵トルクMTを検出可能に構成されたセンサである。
より具体的に説明すると、アッパーステアリングシャフト12は、上流部と下流部とに分割されており、図示せぬトーションバーにより相互に連結された構成を有している。係るトーションバーの上流側及び下流側の両端部には、回転位相差検出用のリングが固定されている。このトーションバーは、車両1の運転者がハンドル11を操作した際にアッパーステアリングシャフト12の上流部を介して伝達される操舵トルク(即ち、運転者操舵トルクMT)に応じてその回転方向に捩れる構成となっており、係る捩れを生じさせつつ下流部に操舵トルクを伝達可能に構成されている。従って、操舵トルクの伝達に際して、先に述べた回転位相差検出用のリング相互間には回転位相差が発生する。操舵トルクセンサ16は、係る回転位相差を検出すると共に、係る回転位相差を操舵トルクに換算して操舵トルクMTに対応する電気信号として出力可能に構成されている。
また、操舵トルクセンサ16は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵トルクMTは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
操舵角センサ17は、アッパーステアリングシャフト12の回転量を表す操舵角MAを検出可能に構成された角度センサである。操舵角センサ17は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵角MAは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。尚、ECU100は、この検出された操舵角MAに対し時間微分処理を施すことによって、操舵角速度MA’を算出する構成となっている。即ち、ECU100は、本発明に係る「操舵角速度検出手段」の一例である。
VGRS相対角センサ18は、VGRSアクチュエータ200におけるハウジング201(即ち、回転角で言うならばアッパーステアリングシャフト12と同等である)とロアステアリングシャフト13との回転位相差たるVGRS相対回転角δVGRSを検出可能に構成されたロータリーエンコーダである。VGRS相対角センサ18は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたVGRS相対回転角δVGRSは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
車速センサ19は、車両1の速度たる車速Vを検出可能に構成されたセンサである。車速センサ19は、ECU100と電気的に接続されており、検出された車速Vは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
尚、車速センサ19は、車両の車速Vを検出可能であるから、本発明に係る「車速検出手段」の一例ともなり得るが、ECU100が車速センサ19を介し、車速センサ19により検出された車速Vを電気的情報として受け取ることも、広義においては「検出」の範疇である。
車載カメラ20は、車両1のフロントノーズに設置され、車両1の前方における所定領域を撮像可能に構成された撮像装置である。車載カメラ20は、ECU100と電気的に接続されており、撮像された前方領域は、画像データとしてECU100に一定又は不定の周期で送出される構成となっている。ECU100は、この画像データを解析し、車両走行制御処理に必要な各種データを取得することが可能である。
次に、ECU100が実行する車両走行制御処理について、図2を参照して説明する。図2は、本実施形態に係るECUが実行する車両走行制御処理のフローチャートである。
図2において、ECU100は、軌跡制御の実行要求の有無を判定する(ステップS101)。ここで、本実施形態に係る「軌跡制御」は、車線を維持するための走行路の制御であり、所謂LKA等と概念的に等価である。軌跡制御の実行要求は、例えば、車両1の運転者が、車室内に設置された専用のボタンスイッチを操作する等した場合に発生する。尚、軌跡制御の実行要求は、運転者の意思に基づいたものである限りにおいて、如何なる操作やアクションにより生じてもよい。
軌跡制御の実行要求が無い場合(ステップS101:NO)、ECU100は、処理をステップS101で待機状態に維持する。軌跡制御の実行要求が有る場合(ステップS101:YES)、ECU100は、車両1における各種フラグ及び上記各種センサに係るセンサ信号等を含む各種情報を読み込む(ステップS102)。この読み込まれた情報には、車載カメラ20により撮像された車両前方領域の画像データ等も含まれる。
各種情報を読み込むと、ECU100は、車両1の目標軌跡に関する情報(目標軌跡情報)を取得する(ステップS103)。ここでは、この目標軌跡情報が、車両1と維持すべき車線を規定する白線との横方向偏差Xであるとする。目標軌跡情報とは、車両1の軌跡を目標軌跡に追従させるための状態制御量(後述するように、本実施形態では前輪舵角δfである)を導き得るものである限りにおいて、どのようなものであってもよい。例えば、横方向偏差Xに替えて、車両1と白線とのヨー角偏差φ等であってもよい。尚、目標軌跡情報は、車両前方領域の画像データに基づいた公知の各種画像解析処理により横方向偏差Xを算出することによって取得される。
横方向偏差Xが取得されると、ECU100は、この横方向偏差Xを所定の目標値に収束させるための前輪舵角δftgの変化量を算出すると共に、この前輪舵角の変化量を、VGRS相対回転角δVGRSのうち軌跡制御に寄与する成分としての軌跡制御角δLKAに変換する(ステップS104)。このような変換は、ラックアンドピニオン機構におけるギア比等に基づいて一義的に算出可能である。
尚、VGRS相対回転角δVGRSは、運転者による操舵入力(操舵角MA)が生じていれば、通常の制御として、この操舵入力に応じた変化分を含み得る。この場合、VGRS相対回転角δVGRSは、軌跡制御角δLKAにこの操舵入力に応じた変化分を加算した値となる。
軌跡制御角δLKAが決定されると、ECU100は、許可条件が満たされるか否かを判定する(ステップS105)。許可条件とは、軌跡制御の開始又は再開が許可される条件であり、本実施形態では、後述のステップS112に示す通り、操舵速度MA’が基準操舵速度A未満であり且つ操舵速度MA’が基準操舵速度A未満となる状態が継続している時間値としての継続時間Tlstが基準継続時間Bより長いことを意味する。尚、許可条件が満たされているか否かは、許可条件フラグFLAGAにより判定される。許可条件フラグFLAGAは、許可条件が満たされている場合に「1」に、満たされていない場合「0」に夫々ECU100により設定されるフラグである。許可条件フラグFLAGA=0、即ち、許可条件が満たされていない場合(ステップS105:NO)、処理はステップS112に移行される。
許可条件フラグFLAGA=1、即ち、許可条件が満たされる場合(ステップS105:YES)、ECU100は、ステップS104で決定された軌跡制御角δLKAに基づいた軌跡制御を開始又は継続する(ステップS106)。具体的には、軌跡制御角δLKAが得られるように、VGRSアクチュエータ200が制御される。
軌跡制御が開始又は継続されると、ECU100は、軌跡制御の停止要求が有るか否かを判定する(ステップS107)。軌跡制御の停止要求は、人為的な停止要求と非人為的な停止要求とに大別される。前者は、軌跡制御の実行要求に係るボタンスイッチ等の操作が解除された場合等に相当し、軌跡制御を再開する必要のない停止要求を意味する。これに対し、後者は、例えば、運転者のオーバーライド操作が生じた場合や、目標軌跡を設定することが出来ない場合(白線やレーンマークを見失った場合等)等に相当し、軌跡制御の継続が否定されないことからして、軌跡制御を再開する必要があると判定される停止要求を意味する。但し、運転者の操舵意思を尊重する観点からは、所定以上に大きい操舵入力に対しては、それ自体を運転者の意思に基づいた軌跡制御の停止要求、即ち、人為的停止要求として扱ってもよい。
軌跡制御の停止要求が無い場合(ステップS107:NO)、処理はステップS102に戻され、一連の処理が繰り返されることによって軌跡制御が継続する。その結果、車両1の走行路が目標路に追従し、好適な車線維持走行が実現される。
一方、軌跡制御の停止要求が有る場合(ステップS107:YES)、ECU100は、軌跡制御終了処理を実行し、軌跡制御を終了させる(ステップS108)。この際、先に述べた許可条件フラグFLAGAは、軌跡制御の実行が許可されない旨に相当する「0」に設定され、また、再開要求フラグFLAGBが、軌跡制御の停止要求の性質に応じて設定される。再開要求フラグFLAGBは、軌跡制御を再開する必要がある場合に「1」に、軌跡制御を再開する必要がない場合に「0」に夫々設定されるフラグである。即ち、比較的小規模な運転者のオーバーライド操作が生じた場合等において、当該オーバーライド操作による運転者の意思を反映した車両挙動変化と軌跡制御による車両挙動変化とが干渉することを防止する観点から一時的に軌跡制御が中断される場合や、白線やレーンマーク等を見失った結果、一時的に目標軌跡を設定することが出来なくなった場合等、軌跡制御を再開すべき状況においては、再開要求フラグFLAGBは「1」に設定される。
軌跡制御終了処理の実行が開始されると、ECU100は、軌跡制御の再開要求が有るか否かを先に設定された再開要求フラグFLAGBに基づいて判定する(ステップS109)。再開要求フラグFLAGB=0、即ち軌跡制御の再開要求が無い場合(ステップS109:NO)、処理はステップS101に戻される。一方、再開要求フラグFLAG=1、即ち軌跡制御の再開要求が有る場合(ステップS109:YES)、ECU100は、軌跡制御終了処理が完了したか否かを判定する(ステップS110)。軌跡制御終了処理が完了しない場合(ステップS110:NO)、ECU100は、処理をステップS108に戻し、一連の処理を繰り返す。軌跡制御終了処理が完了すると(ステップS110:YES)、ECU100は、操舵速度MA’の基準値である基準操舵速度Aと、操舵速度MA’が基準操舵速度A未満である状態が継続している時間としての継続時間Tlstの基準値である基準継続時間Bとを予め設定された制御マップから取得する(ステップS111).
ここで、図3及び図4を参照し、基準操舵速度A及び基準継続時間Bについて説明する。ここに、図3は、基準操舵速度Aと車速Vとの関係を例示する図であり、図4は、基準継続時間Bと車速Vとの関係を例示する図である。
図3において、基準操舵速度Aは、車速V1未満の低車速領域PRD1においては最大値A1で維持される。また車速V2(V2>V1)以上の高車速領域PRD3では、最小値A0に維持される。車速V1以上且つV2未満の中間車速領域PRD2では、車速Vの増加に対しリニアに減少する減少関数となる。制御マップには、図3に例示される関係が数値化されて格納されており、ECU100は、その時点の車速Vに応じた基準操舵速度Aを制御マップから取得する構成となっている。
図4において、基準継続時間Bは、車速V3未満の低車速領域PRD4においては最小値B1で維持される。また車速V4(V4>V3)以上の高車速領域PRD6では、最大値B1に維持される。車速V3以上且つV4未満の中間車速領域PRD5では、車速Vの増加に対しリニアに増加する増加関数となる。制御マップには、図4に例示される関係が数値化されて格納されており、ECU100は、その時点の車速Vに応じた基準継続時間Bを制御マップから取得する構成となっている。
図2に戻り、その時点の車速Vに応じた基準操舵速度A及び基準継続時間Bを取得すると、ECU100は、操舵速度MA’が基準操舵速度A未満であり、且つ継続時間Tlstが基準継続時間Bより長いか否かを判定する(ステップS112)。操舵速度MA’が基準操舵速度A以上であるか、又は基準操舵速度MA’が基準操舵速度A未満である時間としての継続時間Tlstが基準継続時間B以下である場合(ステップS112:NO)、処理はステップS101に戻される。ステップS101に処理が戻されると、ステップS101に係る判定が、再開要求フラグFLAGB=1であることからYES側に分岐して、ステップS105で許可条件が満たされないことにより再びステップS112に係る処理が実行される。
一方、操舵速度MA’が基準操舵速度A未満であり且つ継続時間Tlstが基準継続時間Bよりも長い場合(ステップS112:YES)、ECU100は、許可フラグFLAGA=1に設定し、軌跡制御の実行を許可して(ステップS113)、処理をステップS101に戻す。車両走行制御処理は以上のように実行される。
ここで、本実施形態に係る車両走行制御処理の効果について、図5を参照して説明する。ここに、図5は、車両走行制御処理の一実行期間における車両挙動を説明する図である。
図5において、上段から順に、前輪舵角δf、操舵角MA及び軌跡制御角δLKAの各々の時間推移が例示されている。
図5において、時刻Ta以前の時間領域PRDAにおいて、先に説明した通りの軌跡制御が実行されている。軌跡制御により、車両1は、図示点線により規定される車線LANE1を維持して走行している。時間領域PRDAにおいては、目標軌跡が直線路であるため、軌跡制御角δLKAは、略ゼロ近傍に維持される。また、本実施形態に係る軌跡制御においては、EPSアクチュエータ400によるアシストトルクTAの付与により、前輪を転舵する際に生じる操舵反力が打ち消されている。このため、運転者の操舵入力が生じていない状況では、操舵角MAは略ゼロに維持される。
ここで、時刻Taにおいて、運転者が、車線LANE1から車線LANE2への車線変更を行うべくオーバーライド操作を行ったとする。この場合、時刻Taを境に操舵角MAは左旋回方向に増加し、必然的に前輪舵角δfも増加する。
運転者によるオーバーライド操作が生じても、ECU100は、基本的に軌跡制御を継続するため、軌跡制御角δLKAは、維持すべき車線LANE1からの逸脱が生じる傾向にあるとして、右旋回方向に徐々に増加していくが、車両1が白線と交差する状況等においては、ECU100が、一時的に目標体である車線をロストする場合がある。ここでは、時刻Tbにおいて、ECU100が車線をロストしたとする。
このように軌跡制御の継続が困難になると、ECU100は、時刻TaからTbに至る時間領域PRDBについて継続されていた軌跡制御を一時的に停止する必要があると判定する。即ち、時刻Tbにおいて、車線走行制御処理のステップS107に係る「軌跡制御停止要求」が生じることとなる。
軌跡制御停止要求が生じたため、ECU100は、時刻Tbにおいて、軌跡制御終了処理を開始する。この際、軌跡制御の継続が否定されていないため、再開要求フラグFLAGBは、再開要求が有ることを示す「1」に設定される。時刻Tb以降、軌跡制御角δLKAは、軌跡制御角δLKA=0を目標として減少制御され、軌跡制御終了処理が時刻Tcにおいて終了する。即ち、時刻Tbから時刻Tcに至る時間領域PRDCについて、軌跡制御終了処理が実行される。
ここで、軌跡制御終了処理が完了した時刻Tcにおいては、運転者のオーバーライド操作は完了しておらず、車線変更に際して膨らみ過ぎた軌道を修正するべく、暫時揺り戻し操舵が発生する。図5では、時刻Tcを挟む暫時の期間において、操舵角MAの右旋回方向への揺り戻しが発生している。
このような、運転者の操舵入力が安定しない状況、即ち車両挙動が安定しない過渡的期間において軌跡制御の再開を許可してしまうと、操舵入力に起因する車両挙動と軌跡制御の車両挙動とが干渉して、運転者が違和感、不快感又は不安感を覚えることとなる。このため、ECU100は、軌跡制御終了処理が完了した時刻Tc以降、十分に車両挙動が安定したと判断されるまで、軌跡制御の再開を許可しない。
この判断は、既に述べたように操舵速度MA’と継続時間Tlst(即ち、操舵入力)に基づいてなされる。その結果、時刻Tcから時刻Tdに至る時間領域PRDDにおいては、係る操舵入力に基づいた車両挙動の判定に費やされ、操舵速度MA’が基準操舵速度A未満である状態が基準継続時間Bよりも長きにわたって継続した時刻Tdにおいて、軌跡制御の再開が許可され、ECU100は、車線LANE2を維持した自動走行を開始する。その結果、時刻Td以降の時間領域PRDEにおいて、車線LANE2を維持した軌跡制御が再開される。
ここで、軌跡制御終了処理が完了した時刻Tcにおける車両1の車速によっては、操舵入力に対する車両挙動は大きく異なり得る。また、運転者の車両挙動の安全性に対する感度もまた異なり得る。即ち、高車速側程、操舵速度MA’に対する車両挙動の変化は大きくなり且つ車両挙動の安全性に対する感度も高くなる。従って、高車速側程、車両挙動が安定していると判定し得る条件は厳しくなり、また、軌跡制御の再開が運転者に安心して受け入れられる条件も厳しくなる。この点に鑑み、軌跡制御再開可否に係る基準操舵速度A及び基準継続時間Bには夫々図3及び図4に例示される車速特性が与えられている。即ち、高車速側程、より慎重に軌跡制御の再開を許可すべきか否かが判定され、車両挙動が確実に安定した状態で軌跡制御の再開が許可されるのである。また、軌跡制御の再開が許可された時点における車両挙動に対する運転者の感覚を車速によらず概ね安定させることができ、違和感、不快感又は不安感の発生が防止されるのである。
次に、図6を参照し、車両走行制御処理におけるステップS110の効果について説明する。ここに、図6は、本実施形態の車両走行制御処理との比較に供すべき比較例に係り、軌跡制御中の一車両挙動を例示する図である。尚、同図において、図5と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
図6において、図5と同様、時刻Tbに軌跡制御終了処理が開始されたとする。ここで、軌跡制御終了処理の完了を待たずして軌跡制御の再開を許可してしまうと、時刻Tc’において車両1が車線変更後に維持すべき車線Ltg2(破線)に到達していない段階で、軌跡制御角δLKAが左旋回方向へ急変する。その結果、前輪舵角δfもまた左旋回方向へ急変し、運転者は左旋回方向への車両挙動の変化を抑制するために操舵角MAを右旋回方向へ急変させる。その結果、時刻Tc’以降の時間領域において、運転者の操舵入力に起因する車両挙動と、軌跡制御に起因する車両挙動とが干渉して、車両挙動の安定が妨げられる。このような事態は、軌跡制御の安全な運用を妨げるだけでなく、運転者に違和感、不快感又は不安感を与える要因となる。これに対し、本実施形態では、軌跡制御終了中において軌跡制御の再開が許可されないため、このような事態は生じることがない。
尚、無論、操舵速度MA’及び継続時間Tlstに基づいた判定が軌跡制御許可側へ変化するのに要する時間は、軌跡制御終了処理の実行期間よりも一般に長い。従って、通常、軌跡制御終了処理の実行期間における軌跡制御の再開は生じない。然るに、軌跡制御終了処理実行期間中において、操舵速度MA’及び継続時間Tlstに係る判定が再開許可条件を満たす可能性はゼロではなく、一種の予防的見地から、軌跡制御再開時に車両挙動を大きく変化させ得る軌跡制御終了処理実行期間中における軌跡制御の再開が禁止されているのがより望ましい。
尚、本実施形態では、軌跡制御を実現するための本発明に係る軌跡可変装置の一例として、VGRSアクチュエータ200が採用されたが、例えば、車両1にARS等の後輪舵角可変装置や、前輪又は後輪或いはその両方の左右制駆動力差を変化させる制駆動力差可変装置が備わる場合等には、後輪舵角δr、前輪左右制駆動力差Ff又は後輪左右制駆動力差Fr等により車両1の軌跡が制御されてもよい。また、車両運動方程式によれば、実現すべき車両挙動に係る車両状態量の自由度は、車両挙動の変化を促す状態制御量の個数と一致する。従って、上述した前輪舵角可変装置としてのVGRSアクチュエータ200に加えて、上記いずれか一の装置等が備わる場合には、ヨーレートγや車体スリップ角β等を含む二自由度の運動制御も可能である。本発明に係る軌跡制御とは、このような多自由度の運動制御も好適に含むものである。
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両の走行制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。