JP5343683B2 - 低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼 - Google Patents

低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼 Download PDF

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Description

本発明は、オートバイや自転車などの二輪車のディスクブレーキのディスクに用いられる、耐食性に優れ、適正な焼入れ硬さを有すると共に、ブレーキ制動時の発熱に対する焼戻し軟化抵抗にも優れる低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼に関するものである。
オートバイや自転車などの二輪車のディスクブレーキのディスク(ブレーキパッドによる摺動部)は、制動時には、ブレーキパッドとの摩擦熱により500℃程度まで繰り返し昇温される場合がある。そのため、ブレーキディスクに用いられる素材には、制動時の発熱に対して軟化しない耐熱性(耐焼戻し軟化性)が必要とされる。
一方、ブレーキディスクの硬さが高過ぎると、制動時にブレーキ鳴きを起こしたり、ブレーキパッドの磨耗が大きくなったりする。従って、ブレーキディスクには、適正な硬さ範囲が存在し、通常、HRC(ロックウェル硬さのCスケール)で31〜38程度が適正とされている。ただし、その上限は、ブレーキパッドの種類やブレーキパッドとディスクとの組み合わせによっても変化するため、HRCで40を超えるレベルまで許容される場合もある。
また、ブレーキディスクは、美観上の問題や、ブレーキ性能低下への悪影響が懸念されることから、耐食性(耐錆性)に優れることも要求される。このため、ブレーキディスク用の素材としては、従来、ブレーキディスクとして必要とされる耐食性を有するだけでなく、焼入れたままの状態で適正な硬さを有し、かつ、500℃で1時間程度の焼戻し処理を受けても、ほぼ適正な硬さを保持することができる12〜13mass%のCrを含有する低炭素マルテンサイト系ステンレス鋼が多く使用されている。
しかしながら、ブレーキの制動能力向上等の高性能化や軽量化、あるいはデザインの多様化を図る観点からは、ブレーキディスクおよびその素材に対して、さらに優れた耐熱性が求められるようになってきている。この要求に応えるため、各種の高耐熱鋼が提案されている。例えば、特許文献1および特許文献2には、C,Cu,Nb,VおよびMoなどの焼戻し軟化抵抗を高める元素を添加または増量して、焼入れ後だけでなく、550〜650℃で1時間程度の焼戻し後においても、HRCで30以上の硬さを保持することができる耐焼戻し軟化性に優れる鋼が提案されている。また、特許文献3には、Nb,NiおよびVを適正量添加し、さらに、高N化して相対的に低Cとすることにより、耐食性に優れ、HRC32〜38という適正焼入れ硬さを確保でき、かつ、600℃で2hr保持の焼戻し後もなおHRC32以上の高硬度を維持できる鋼が提案されている。
特開2001−220654号公報 特開2007−070654号公報 特開2005−307346号公報
通常、オートバイや自転車などの制動時に、ブレーキディスクが650〜700℃の温度域まで加熱されることはほとんどない。しかし、ブレーキディスク用素材がそのような温度域でも耐熱性を有することによって、ブレーキの高性能化や、薄肉化による軽量化、あるいは、デザインの自由度の拡大などのメリットが生じる。特に、大・中型のオートバイ、中でもスポーツタイプのオートバイでは、そのメリットが大きく、素材の高耐熱化に対する期待は大きい。
そこで、本発明の目的は、従来から使用されあるいは提案されている素材よりも高い耐熱性(耐焼戻し軟化性)を有するブレーキディスク用素材を提供することにある。具体的な本発明の目標は、焼入れ後の硬さがHRCで31〜40であり、かつ、700℃で1時間の焼戻し処理を行った後でもHRCで31〜38の適正な硬さを保持することできる耐焼戻し軟化性を有するブレーキディスク用素材を提供することにある。
発明者らは、上記課題を解決するため、Cr含有鋼の耐熱性に及ぼす各種成分の影響について詳細に調査した。その結果、焼入れ加熱時に生成して焼入れ後も残存し、従来、適正に制御されていなかったδフェライト相の量を低減するよう各元素の添加量を調整した上で、C,N,NbやVを適正量同時添加することにより、これら元素の固溶効果と析出物の効果によって、700℃の温度での焼戻しに対しても十分な耐熱性を有することを見出した。さらに、Mo,WおよびTaを適正量添加することにより、より安定して耐熱性を確保できること、および、Ca,MgおよびBを適正量添加することによって、耐食性や製造性(熱間加工性)の改善を図ることができることを見出した。なお、本発明において用いる「δフェライト」とは、焼入れ処理における加熱時に生成するフェライト相の意味である。
本発明は、上記知見にさらに検討を加えて開発したものである。
すなわち、本発明は、C:0.02〜0.10mass%、N:0.02〜0.10mass%でかつC+N:0.08〜0.16mass%、Si:0.5mass%以下、Al:0.1mass%以下、Mn:0.3〜3.0mass%、Cr:10.5〜13.5mass%、Nb:0.05〜0.60mass%、V:0.15〜0.80mass%でかつNb+V:0.25〜0.95mass%、Ni:0.02〜2.0mass%、Cu:1.5mass%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式;
Fp値=−230C+5Si−5Mn−6Cu+10Cr−12Ni+32Nb+22V+12Mo+8W+10Ta+40Al−220N ・・・(1)
ただし、上記式中の各元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示す。
で表されるFp値が80.0〜96.0であり、焼入れ後の硬さがHRCで31〜40、700℃で1時間の焼戻し後の硬さがHRCで31以上である低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼である。
本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Mo,WおよびTaのうちから選ばれる1種または2種以上を合計で0.1〜2.0mass%含有することを特徴とする。
また、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Ca:0.0002〜0.0030mass%、Mg:0.0002〜0.0030mass%およびB:0.0002〜0.0060mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
また、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、焼入れ処理後のδフェライト相が5vol%以下の組織を有することを特徴とする。
また、本発明は、上記の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼からなることを特徴とするブレーキディスクである。
本発明によれば、700℃の温度で焼戻しを受けても、HRCで31以上の硬さを維持することができる低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼を提供することができる。したがって、本発明の鋼をオートバイや自転車等のブレーキディスクに用いた場合には、ブレーキの高性能化や薄肉化による軽量化が図れるだけでなく、デザインの自由度を拡大することも可能となる。
Fp値と焼入れ処理後のδフェライトの量との関係を示すグラフである。 Fp値と700℃焼戻し処理後の硬さとの関係を示すグラフである。 δフェライト量と700℃焼戻し処理後の硬さとの関係を示すグラフである。 Cu添加量と500℃焼戻し後の硬さとの関係を示すグラフである。 Cu添加量と500℃焼戻しによる硬さ上昇代との関係を示すグラフである。
本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、ブレーキディスク用として十分な耐食性(耐錆性)を有すると共に、焼入れままの状態における硬さがHRC:31〜40、好ましくはHRC:33〜38であり、かつ、700℃で1時間の焼戻し後においてもHRC:31以上の硬さを維持可能な耐熱性(耐焼戻し軟化性)を有するところに特徴を有する。なお、上記焼入れままの状態には、焼入れ後、目的に応じて軽度の歪取り焼鈍や焼戻し処理を行った状態をも含むものとする。
先ず、本発明を開発する契機となった実験について、以下に説明する。
C:0.01〜0.12mass%、N:0.01〜0.10mass%、Si:0.4mass%以下、Al:0.03mass%以下、Mn:0.5〜2.3mass%、Cr:10.5〜13.5mass%、Nb:0.55mass以下、V:0.84mass%以下、Ni:2.24mass%以下、Cu:2.2mass%以下を含有し、下記(1)式;
Fp値=−230C+5Si−5Mn−6Cu+10Cr−12Ni+32Nb+22V+12Mo+8W+10Ta+40Al−220N ・・・(1)
ただし、上記式中の各元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示す。
で定義さるFp値を70〜110の範囲で変化させた各種成分組成を有する鋼を高周波真空溶解炉で溶製して100kgの鋼塊とした後、これらの鋼塊を熱間圧延して板厚が4mmの熱延板とし、その後、この熱延板に、不活性ガス雰囲気中で650〜850℃×8hr焼鈍後、徐冷する熱処理を施して熱延焼鈍材とした。
次いで、上記熱延焼鈍板から、板厚×30mm×30mmの大きさの試験片を採取し、980〜1240℃×0.2〜10min加熱後、空冷する焼入れ処理を施し、得られた焼入れ後の試験片の表面を研削してのスケールを除去した後、JIS Z2245の規定に準拠してロックウェル硬度計で表面硬さHRCを各試験片について5点ずつ測定し、その平均値をその材料の焼入れ硬さとした。
また、上記焼入れ後の試験片の厚さ方向断面を研磨し、村上試薬(赤血塩のアルカリ溶液)で腐食後、その鋼組織を光学顕微鏡を用いて400倍で5視野ずつ写真撮影し、各視野のδフェライト相の面積率を画像解析して求め、5視野の平均値をその試験片のδフェライト相の量(vol%)とした。
さらに、上記焼入れ後の試験片に、700℃×1時間加熱後、空冷する焼戻し処理を施した後、試験片表面を研削してスケールを除去し、上記と同様にして、表面硬さHRCを測定し、耐熱性(耐焼戻し軟化性)を評価した。
図1は、上記試験結果から得られたFp値と焼入れ処理後のδフェライトの量との関係を、また、図2は、Fp値と700℃焼戻し処理後の硬さとの関係を示したものである。これらの図から、Fp値が96.0を超えると、焼入れ処理後のδフェライト量が急激に増加し、それと同時に、焼戻し処理後の硬さも急激に低下していること、すなわち、焼入れ時に生成するδフェライト相の量が多くなると、700℃の温度での焼戻し処理では、軟化が進み易くなる。したがって、700℃という高温での耐焼戻し軟化性を検討する上では、このδフェライト相の分率(vol%)は極めて重要であることがわかる。
図3は、δフェライト量と700℃焼戻し処理後の硬さとの関係を示したものである。この図から、700℃という高温で焼戻しを受けても適正な硬さを維持し続けるためには、δフェライト相の量が5vol%以下が必要であることがわかる。そして、図2から、δフェライト相の量を5vol%以下とするためには、Fp値を96.0以下とする必要があること、より安定してδフェライト相を低減するには、Fp値95.0以下が好ましいことがわかる。好ましいδフェライト相の量は、3vol%以下、より好ましくは1vol%以下である。
上記のように、500〜670℃の温度範囲での耐熱性(耐焼戻し軟化性)を満足させるためには、δフェライト相が数vol%存在していても問題はないが、700℃という高温での耐熱性を満たすためには、δフェライト相の分率を厳密に制御する必要があることが判明した。このような、δフェライトトと700℃での焼戻し軟化性との関係は、本発明において見出された新規な事項である。
次に、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼の成分組成を上記範囲に限定する理由について説明する。
C:0.02〜0.10mass%、N:0.02〜0.10mass%でかつC+N:0.08〜0.16mass%
C,Nは、鋼中に固溶し、または、NbやVなどと炭窒化物を形成して析出し、焼入れ後や焼戻し後の硬さを高める効果を有する、本発明においては重要な元素である。焼入れ後および焼戻し後においても所定の硬さを確保するためには、CおよびNはそれぞれ0.02mass%以上含有することが必要であり、さらに、CとNの合計で0.08mass%以上含有することが必要である。しかし、Cは、0.10mass%を超えて過剰に添加すると、粗大な析出物が増加し、却って、焼戻し軟化を抑制する効果を低下させ、また、耐食性や靭性も低下させる。また、Nも、0.10mass%を超えて過剰に添加すると、高温延性が低下し、鋳造時や熱間圧延時に割れやヘゲを引き起こして、製造性を低下させる原因となる。よって、CおよびNの上限は、それぞれ0.10mass%とする。さらに、CとNの合計が0.16mass%を超えると、製造性、打抜き加工性、耐熱性の何れの特性も低下する。よって、C,Nは、それぞれ0.02〜0.10mass%で、かつ、その合計量は0.08〜0.16mass%の範囲とする。
なお、耐熱性を安定して確保する観点からは、Cは0.03mass%以上、Nは0.04mass%以上であることが好ましく、その合計量も0.10mass%以上であることが好ましい。また、700℃焼戻し処理後の硬さは、HRCが31以上の適正範囲内で高いほど好ましいが、Nを0.04mass%以上添加することで、HRC32以上を安定して確保することができる。
Si:0.5mass%以下
Siは、脱酸剤として添加される元素であり、その効果を得るためには、Mnと共に0.05mass%以上添加することが望ましい。しかし、0.5mass%を超えて過度に添加すると、焼入れ時にδフェライト相が生成し易くなり、硬さが低下する原因となる。よって、Siは0.5mass%以下とする。
Al:0.1mass%以下
Alは、脱酸剤として添加される元素であるが、0.04mass%を超えて添加しても脱酸効果が飽和する。また、Alの過剰な添加は、Al系介在物による表面欠陥の増加や打抜き加工性の低下を引き起こす。特に、Alの含有量が0.1mass%を超えると、その悪影響が顕著となるので、上限は0.1mass%とする。好ましくは、0.04mass%以下である。さらに、Alは、Siと同様、焼入れ時にδフェライト相を生成し易くするため、硬さ低下の原因にもなる。したがって、Siを0.1mass%以上添加する場合には、Alは0.02mass%以下とするのが好ましい。
Mn:0.3〜3.0mass%
Mnは、脱酸効果がある他、焼入れ時のδフェライト相の生成を抑制し、焼入れ後に安定して適正な硬さを確保するために有用な元素であり、この効果を得るためには、0.3mass%以上添加する必要がある。しかし、過剰に添加すると、打抜き加工性や耐食性が著しく低下するため、3.0mass%以下とする。なお、焼入れ性を安定して確保する観点からは、0.5mass%以上、打抜き加工性や耐食性を向上する観点からは、2.5mass%以下であることが好ましい。
Cr:10.5〜13.5mass%
Crは、本発明の鋼では、耐食性を向上するための必須元素であり、ディスク用素材に求められる耐食性を得るためには、10.5mass%以上の添加が必要である。一方、13.5mass%を超えて添加すると、打抜き加工性や靭性が低下すると共に、焼入れ後に十分なマルテンサイト相が生成せず、適正な焼入れ硬さの確保が困難になる。よって、Crは10.5〜13.5mass%の範囲とする。なお、耐錆性を重視する場合には11.0mass%以上、打抜き加工性や耐熱性を重視する場合には13.0mass%以下であることが好ましい。
Nb:0.05〜0.60mass%、V:0.15〜0.80mass%でかつNb+V:0.25〜0.95mass%
NbおよびVは、鋼中に固溶したり、C,Nと炭窒化物を形成したりすることにより、焼戻しによる軟質化を抑制する効果が高く、本発明が目的とする耐熱性、即ち、700℃で1時間の焼戻し後においてもHRC:31以上の硬さを確保するために必要な元素である。また、その効果を得るためには、NbとVを同時に添加することが重要であり、Nbを0.05mass%以上、Vを0.15mass%以上、かつその合計量を0.25mass%以上とする必要がある。しかし、Nb,Vを過剰に添加すると、焼入れ時にδフェライト相が生成し、却って、焼入れ後あるいは焼戻し後の硬さが低下する原因となるので、Nb,Vは、それぞれ、0.60mass%以下、0.80mass%以下、かつ、その合計量を0.95mass%以下とする。よって、Nbは、0.05〜0.60mass%、Vは、0.15〜0.80mass%、かつその合計量を0.25〜0.95mass%の範囲とする。
なお、耐熱性を安定して確保する観点からは、Nbを0.10mass%以上とし、NbとVの合計量は0.35mass%以上とすることが好ましい。また、Nbおよび/またはVを過剰に添加すると、熱間加工性が低下して割れやヘゲが発生しやすくなるので、製造性を確保する観点からは、NbとVの合計量を0.80mass%以下にするのが好ましい。
Ni:0.02〜2.0mass%
Niは、焼入れ時のδフェライト相の生成を抑制し、焼入れ性を高めたり、耐食性を向上したりする元素である。それらの効果を得るためには、0.02mass%以上添加する必要がある。一方、過剰に添加すると、焼入れ前の硬さが増加して打抜き加工性が低下し、また、焼入れ後の硬さが、所定の範囲を超える場合もあるため、上限は2.0mass%とする。特に、打抜き加工性を確保するために、焼入れ前の硬さをHRBで95以下とするには、Niは1.5mass%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.1〜1.4mass%の範囲である。
Cu:1.5mass%以下
Cuは、耐食性を向上する元素であり、また、焼戻し時に500〜600℃の温度で析出し、焼戻し軟化を抑制する効果を有する元素でもある。図4は、後述する実施例におけるCu添加量と500℃焼戻し処理後の硬さとの関係を、また、図5は、同じく実施例におけるCu添加量と500℃焼戻し処理による硬さ上昇量との関係を示したものであり、Cu添加により焼戻し後の硬さが上昇していることがわかる。したがって、上記効果を得るには、Cuは積極的に添加することが好ましい。
しかし、Cuは、鋳造組織中に低融点の富Cu相を形成するため、添加量が多いほど、熱間加工性が低下し、割れやヘゲなどの表面欠陥が発生しやすくなる。さらに、NbやVと共に、Cuを過剰に添加すると、焼戻し時の析出により硬さが適正範囲を大きく超過し、ブレーキ鳴きやパッド磨耗の原因となる。多少の硬さの超過は、ブレーキ構造やパッドの種類の選択などによって許容できることもあるが、HRC:42を超えるレベルになると許容範囲を超えてしまう。よって、Cuの添加は、1.5mass%以下とする。なお、焼戻し時の硬さがHRC:41を超えないためには、0.5mass%以下であるのが望ましい。
さらに、後述するFp値が95.0を超え、熱間圧延時にδフェライト相が4〜5vol%程度生成する場合には、熱間加工性の低下によるヘゲや割れなどの表面欠陥がより発生しやすく、特に、Cuを添加した場合には、鋳造時にCu偏析部が形成され、熱間圧延時にオーステナイト相とδフェライト相の界面にある融点の低いCu偏析部で割れを生じやすくなる。これを防止するにはNiの添加が有効であるが、Niは高価な元素である。したがって、原料コストを低減する上では、Cuは0.3mass%以下が好ましく、場合によっては、添加せずに不可避的不純物レベルとしてもよい。
Fp値:80.0〜96.0
本発明が目的とする耐熱性(耐焼戻し軟化性)を得るためには、上記成分が上記所定の範囲内にあることの他に、前述したように、さらに下記(1)式;
Fp値=−230C+5Si−5Mn−6Cu+10Cr−12Ni+32Nb+22V+12Mo+8W+10Ta+40Al−220N ・・・(1)
ただし、上記式中の各元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示す。
で定義されるFp値が、80.0〜96.0を満たすよう含有することが必要である。
このFp値は、焼入れ時におけるδフェライト相の生成のし易さを示す指標値であり、この値が大きいほどδフェライト形成能が高いことを示す。ただし、Fp値を80.0より低く下げ過ぎると、焼入れ処理前の鋼硬さが上昇し過ぎて、打抜き加工性の低下を招いたり、焼入れ後の硬さが過剰に上昇したり、さらには、残留オーステナイト相の形成により、700℃焼き戻し後に適正な硬さが得られなくなったりする。よって、本発明においては、上記(1)式で定義されるFp値は、80.0〜96.0の範囲に制限する。好ましくは85.0〜95.0の範囲である。
本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、上記成分に加えてさらに、耐熱性を向上するために、Mo,WおよびTaの内から選ばれる1種または2種以上を、合計で0.1〜2.0mass%の範囲で含有することができる。
Mo,WおよびTaは、鋼中に固溶しあるいは析出物を形成することにより、焼戻しによる軟質化を抑制する効果がある。特に、焼戻し温度が650℃を超える温度領域における軟質化の抑制に効果があるので、700℃での焼戻し後の硬さの低下も小さくなる。この効果を得るためには、Mo,WおよびTaの内から選ばれる1種または2種以上を合計で0.1mass%以上添加することが好ましい。しかし、過剰に添加すると、熱間変形抵抗の増加による製造性の低下や、焼入れ前の硬さ上昇による打抜き加工性の低下、あるいは組織中に偏在して焼入れ時のδフェライト相生成による700℃焼き戻し後の硬さ低下などの原因となるため、合計で2.0mass%以下とすることが好ましい。よって、Mo,WおよびTaは、耐熱性の要求レベルに応じて、1種または2種以上を合計で0.1〜2.0mass%の範囲で添加するのが好ましい。なお、耐熱性向上の観点からは、0.2mass%以上であることがより好ましく、また、製造性や加工性あるいはコスト低減の観点からは、1.5mass%以下であることがより好ましい。
また、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、上記成分に加えてさらに、製造性や耐食性を向上するために、Ca:0.0002〜0.0030mass%、Mg:0.0002〜0.0030mass%およびB:0.0002〜0.0060mass%の内から選ばれる1種または2種以上を添加することができる。
Ca,MgおよびBは、熱間加工性に有害なSやPの悪影響を抑制し、熱間圧延などの製造性の向上に効果がある。その効果を得るためには、Caは0.0002mass%以上、Mgは0.0002mass%以上、Bは0.0002mass%以上添加することが好ましい。しかし、過剰に添加すると、Ca,Mgは耐食性を低下させ、Bは、鋳造性や熱間加工性を低下させるため、Ca,Mgは、それぞれ0.0030mass%以下、Bは、0.0060mass%以下とするのが好ましい。よって、Ca,MgおよびBは、必要に応じて、Ca:0.0002〜0.0030mass%、Mg:0.0002〜0.0030mass%、B:0.0002〜0.0060mass%の範囲で、1種または2種以上を添加することが好ましい。より好ましくは、Ca:0.0005〜0.0030mass%、Mg:0.0005〜0.0030mass%、B:0.0005〜0.0060mass%の範囲である。なお、不可避的不純物として、Sを0.005mass%超え含有する場合には、耐食性を確保する観点から、Caは0.0010mass%以下に制限するのが好ましい。
本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。ただし、不可避的不純物のうち、PやSは、熱間加工性や靭性、耐食性を低下させる有害元素であるため、できるだけ低減するのが好ましく、P:0.05mass%以下、S:0.008mass%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは、P:0.03mass%以下、S:0.005mass%以下である。
また、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼は、本発明の作用効果を害さない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではなく、例えば、耐熱性、耐食性および製造性を向上する観点から、Tiを0.1mass%以下、Coを0.4mass%以下あるいはREM,Hf,Y,Zr,Sbを合計で0.05mass%以下含有してもよい。
次に、本発明の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼の製造方法について説明する。
本発明のCr含有鋼の製造方法は、ブレーキディスク用素材の製造方法として公知の方法を適用することができ、例えば、以下のような製造方法であるのが好ましい。
上記成分組成を満たす鋼を、転炉、電気炉などで溶製し、さらにその溶鋼をVODやAODなどで二次精錬した後、連続鋳造法あるいは造塊−分塊圧延法で厚さ100〜250mmのスラブとする。なお、生産性や鋼板材質の均一性の観点からは、連続鋳造法が好ましい。
次いで、上記のようにして得たスラブを、1000〜1300℃に加熱後、熱間圧延して板厚が3〜10mmの熱延鋼板とし、必要に応じて熱延板焼鈍し、ショットブラストや酸洗、研削などを施してスケール除去し、さらに必要に応じてスキンパス圧延などの形状矯正を行い、ブレーキディスク用素材とする。この際、ブレーキディスクへの打ち抜きを容易にするため、熱延板焼鈍は650〜900℃の温度で行い、硬さをHRB(ロックウェル硬さBスケール)で100以下にするのが好ましい。HRB:95以下であればさらに好ましい。
なお、厚さが3mm以下のブレーキディスクの場合には、その素材は、3mm以下に熱間圧延した熱延鋼板を用いるか、あるいは、3mm以上の熱延鋼板に、さらに冷間圧延を施し、さらに必要に応じて、焼鈍、スケール除去、形状矯正などを行った冷延鋼板を用いるのが好ましい。
次に、ブレーキディスクを製造する方法について説明する。
まず、ブレーキディスクの製造方法は、従来公知の方法を用いることができ、例えば、上記のようにして得た熱延鋼板あるいは冷延鋼板のコイルあるいは切り板から、打抜き加工などにより円盤状に打ち抜き、さらに、冷却や磨耗粉などの排出機能を有する溝や小孔などを打ち抜き加工し、所望の形状とする。次いで、高周波誘導加熱装置や、バッチ式あるいは連続式の熱処理炉を用いて、950〜1250℃の温度に加熱後、空冷以上の冷却速度で冷却する焼入れ処理を行い、その後、酸洗処理や表面研磨によるスケール除去、不動態化処理などの酸処理や塗装による防錆処理などを施してブレーキディスクとするのが好ましい。なお、焼入れ処理の方法としては、形状矯正を兼ねた金型冷却を用いてもよい。また、必要に応じて、歪取り焼鈍を行ってもよい。さらに、本発明の鋼は、焼入れ処理のみでブレーキディスクに使用できること(焼戻し処理不要)が大きな特徴の1つであるが、焼戻し処理を行ってから使用してもよい。
表1−1および表1−2に示す成分組成を有する鋼を高周波真空溶解炉で溶製して100kgの鋼塊とした後、これらの鋼塊を通常の条件で熱間圧延して板厚が4mmの熱延板とした。その後、この熱延板に、不活性ガス雰囲気中で650〜850℃×8時間以上の焼鈍後、徐冷する熱処理を施して熱延焼鈍材とした。なお、上記熱間圧延の際には、圧延時の割れ発生の有無や圧延荷重の調査を行い、また、圧延した熱延板については鋼板表面を目視観察して、ヘゲや割れ等の欠陥発生の有無を調査し、割れ等の発生が大きいものを製造性×、割れ等の発生が軽微で実用上問題ないものを製造性△、まったく問題が認められなかったものを製造性○と評価した。
Figure 0005343683
Figure 0005343683
上記のようにして得た熱延焼鈍板を用いて、下記の試験を行った。
(1)焼入れ試験
上記熱延焼鈍板から、板厚×30mm×30mmの大きさの試験片を採取し、表2−1および表2−2に示した各種条件に加熱後、空冷する焼入れ処理を施した。次いで、焼入れ後の試験片の表面のスケールを研削、研磨して除去後、JIS Z2245の規定に準拠してロックウェル硬度計で表面硬さHRCを5点測定し、その平均値をその材料の焼入れ硬さとした。そして、焼入れ後の硬さが、HRCで31〜40のものを合格と判定した。
(2)耐熱性(耐焼戻し軟化性)試験
上記焼入れ後の試験片に、さらに500℃×1時間、650℃×1時間および700℃×1時間の3水準に加熱後、空冷する焼戻し処理を施した後、試験片表面のスケールを研削により除去してから、JIS Z2245の規定に準拠してロックウェル硬度計で表面硬さHRCを5点測定し、その平均値を求め、耐熱性を評価した。そして、700℃×1時間の焼戻し処理後の硬さがHRCで31以上のものを合格と判定した。
(3)δフェライト量の測定
上記焼入れ後の試験片の断面を研摩し、村上試薬で腐食した後、光学顕微鏡を用いて400倍で5視野の組織を写真撮影し、得られた組織写真を画像解析してδフェライト分率を測定し、5視野の平均値を、その試料のδフェライト相の量とした。
(4)耐食性試験
上記熱延焼鈍材から、板厚×70mm×150mmの大きさの試験片を採取し、試験片表面を#320のエメリー研磨紙で湿式研磨したのち、JIS Z2371の規定に準拠した塩水噴霧試験(SST)を行った。SST試験は、48時間行い、試験後の試験片表面を目視観察し、発錆点の数を測定し、発錆点なしを耐食性優(○)、1〜4個を耐食性良(△)、5個以上を耐食悪(×)とし、○、△を合格とした。
上記試験の結果を表2−1および表2−2に併せて示した。これらの表から、本発明に適合する成分組成を有するNo.1〜12、23〜26および30〜34の鋼板は、いずれも焼入れ後の硬さがHRC:31〜40で、700℃での焼き戻し後の硬さがHRC:31以上であり、優れた焼き戻し軟化抵抗性を有していること、また、耐食性や製造性にも優れていることがわかる。
これに対して、本発明の成分組成を満たしていないNo.13〜22、27〜29および35〜40の鋼は、焼入れ後の硬さがHRC:31〜40でないか、また、例え、焼入れ後の硬さがHRC:31〜40を満たしていても、700℃での焼き戻し後の硬さがHRC:31未満であるか、あるいは製造性か耐食性のいずれかが本発明の目標を満たしていないことがわかる。ここで、No.35〜38の鋼は、引用文献3に記載された発明例の鋼No.F,G,LおよびXに相当するものである。
なお、No.16の鋼は、Nb,Vを過剰に含有しているため、熱間加工性が低下して表面欠陥が発生した例を、また、No.25の鋼は、SとCaの含有量が発明範囲を超えているため、耐食性が低下した例である。
Figure 0005343683
Figure 0005343683

Claims (5)

  1. C:0.02〜0.10mass%、N:0.02〜0.10mass%でかつC+N:0.08〜0.16mass%、
    Si:0.5mass%以下、
    Al:0.1mass%以下、
    Mn:0.3〜3.0mass%、
    Cr:10.5〜13.5mass%、
    Nb:0.05〜0.60mass%、V:0.15〜0.80mass%でかつNb+V:0.25〜0.95mass%、
    Ni:0.02〜2.0mass%、
    Cu:1.5mass%以下、
    残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式で表されるFp値が80.0〜96.0である成分組成を有し、焼入れ後の硬さがHRCで31〜40、700℃で1時間の焼戻し後の硬さがHRCで31以上である低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼。

    Fp値=−230C+5Si−5Mn−6Cu+10Cr−12Ni+32Nb+22V+12Mo+8W+10Ta+40Al−220N ・・・(1)
    ただし、上記式中の元素記号は、各元素の含有量(mass%)を示す。
  2. 上記成分に加えてさらに、Mo,WおよびTaのうちから選ばれる1種または2種以上を合計で0.1〜2.0mass%含有することを特徴とする請求項1に記載の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼。
  3. 上記成分に加えてさらに、Ca:0.0002〜0.0030mass%、Mg:0.0002〜0.0030mass%およびB:0.0002〜0.0060mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼。
  4. 焼入れ処理後のδフェライト相が5vol%以下の組織を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼。
  5. 請求項1〜4のいずれか1項に記載の低炭素マルテンサイト系Cr含有鋼からなることを特徴とするブレーキディスク。
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