JP5286220B2 - 機械構造用鋼およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、切削加工して機械構造部品を製造するために用いる機械構造用鋼、およびその製造方法に関するものである。
自動車用変速機や差動装置をはじめとする各種歯車伝達装置に利用される歯車、シャフト、プーリーや等速ジョイント等、更にはクランクシャフト、コンロッド等の機械構造部品は、機械構造用鋼に鍛造等の加工を施した後、切削加工することによって最終形状(部品形状)に仕上げられるのが一般的である。切削加工に要するコストは製作費全体中に占める割合が大きいことから、上記機械構造用鋼には被削性の良いことが要求される。
上記機械構造部品のうち特に歯車を製造するときの切削加工においては、ホブによる歯切りを行うのが一般的であり、この場合の切削は断続切削と呼ばれている。ホブ加工に用いられる工具としては、高速度工具鋼にAlTiNなどのコーティングを施したもの(以下、「ハイス工具」と略称することがある)が現状の主流である。しかしハイス工具を用いたホブ加工(断続切削)による歯切りは、低速(具体的には、切削速度150m/min程度以下)・低温(具体的には、200〜600℃程度)であるが、断続切削のため空気と触れ易く、工具が酸化・摩耗し易くなるという弊害がある。そのためホブ加工等の低速断続切削に供される機械構造用鋼は、被削性のなかでも特に工具寿命を伸ばすことが求められている。
断続切削性を改善する技術として、特許文献1に、Al:0.04〜0.20%、O:0.0030%以下を含有する断続高速切削用鋼が提案されている。この技術では、Al含有量を高めた鋼を高速で断続切削することで、工具面上にAl酸化物を付着させており、これにより工具寿命を向上させている。しかしこの断続高速切削用鋼は、切削速度200m/min以上の高速断続切削が念頭に置かれることが多く、ホブ加工のような低速断続切削は意図されていない。
一方、切削加工に用いられる工具としては、上記ハイス工具の他、超硬合金にAlTiNなどのコーティングを施したもの(以下、「超硬工具」と略称することがある)もある。この超硬工具は、焼きならし材に対して適用すると「欠け」が発生し易いという問題があることから、旋削等の連続切削に適用されることが多い。旋削等による連続切削は、通常、切削速度が150m/minを超え、多くの場合は200m/min以上の高速で行われる。
このように上記断続切削と連続切削とでは切削機構が異なり、夫々の切削に応じた工具が選ばれる。しかし被削材としての機械構造用鋼には、いずれの切削においても良好な被削性を発揮することが望まれる。
ところで最終形状に仕上げられた後は、浸炭処理や浸炭窒化処理(大気圧、低圧、真空、プラズマ雰囲気を含む)等の表面硬化処理を施され、更に焼入れ焼戻しや高周波焼入れ等の熱処理が施されて所定の強度に高められる。しかし熱影響を受けると靱性が低下し、衝撃特性が悪化することがある。
衝撃特性を改善する技術として、特許文献2には0.1%を超え0.3%以下の範囲でAlを含有する機械構造用鋼が提案されている。この文献には、固溶N量を低減することによって被削性と衝撃特性を向上できることや、Al含有量を適正化して被削性向上効果に有効な固溶AlおよびAlNを適量確保することによって低速から高速までの幅広い切削速度域に対して有効な切削性能が得られることが開示されている。この文献では機械構造用鋼の衝撃特性をシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーを測定することによって評価している。しかしこの文献で達成できている吸収エネルギーは、50J/cm2に到達しておらず、衝撃特性の更なる向上が求められる。
本出願人もハイス工具での断続切削と超硬工具での連続切削の両方で優れた被削性を発揮し、更に浸炭−油焼入れした後、焼戻し処理した場合であっても優れた衝撃特性を示す機械構造用鋼を特許文献3に提案している。この技術では、CrとAlの含有量と、これらの含有量の比を適切に制御することで、被削性と衝撃特性を改善している。
特開2001−342539号公報 特開2008−13788号公報 特開2009−30160号公報
本発明の目的は、本出願人が先に提案した上記特許文献3とは異なる方法で、ハイス工具を用いた低速での断続切削(例えば、ホブ加工)において優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮し、しかも超硬工具を用いた高速での連続切削(例えば、旋削)においても優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮し、更に焼入れ焼戻し等の熱処理を施した後でも優れた衝撃特性を示す機械構造用鋼、およびその製造方法を提供することにある。
上記課題を解決することのできた本発明に係る機械構造用鋼は、C:0.05〜0.8%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.03〜2%、Mn:0.2〜1.8%、Al:0.1〜0.5%、B:0.0005〜0.008%、N:0.002〜0.015%を含有し、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、O:0.002%以下(0%を含まない)を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼であり、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)が0.020〜0.2である点に要旨を有している。
鋼中に析出しているBNは、旧オーステナイト粒界に析出しているBNと旧オーステナイト粒内に析出しているBNの個数比(粒界BN/粒内BN)が0.50以下であることが好ましい。
上記機械構造用鋼は、更に他の元素として、
(a)Cr:3%以下(0%を含まない)、
(b)Mo:1%以下(0%を含まない)、
(c)Nb:0.15%以下(0%を含まない)、
(d)Zr:0.02%以下(0%を含まない)、Hf:0.02%以下(0%を含まない)、Ta:0.02%以下(0%を含まない)、およびTi:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種、
(e)V:0.5%以下(0%を含まない)、Cu:3%以下(0%を含まない)、およびNi:3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種、
等を含有してもよい。
本発明に係る機械構造用鋼は、上記成分組成を満足する鋼をいったん1100℃以上に加熱した後、900〜1050℃の温度域で150秒以上保持し、その後冷却するに際し900℃から700℃までの平均冷却速度を0.05〜10℃/秒とすることによって製造できる。本発明では、上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、1000℃以上で熱間加工すると共に、900〜1050℃の温度域での保持時間を150秒以上としてもよい。
本発明には、上記機械構造用鋼を用いて得られた機械構造部品も包含される。
本発明によれば、AlNの析出を抑える一方でBNを積極的に析出させて、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)を適切な範囲に調整しているため、低速での断続切削と高速での連続切削の両方で優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮し、更に熱処理しても優れた衝撃特性を示す機械構造用鋼、およびその製造方法を提供できる。
本発明者らは、低速での断続切削と高速での連続切削の両方で優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮し、更に焼入れ焼戻し等の熱処理を施しても優れた衝撃特性を示す機械構造用鋼を提供するために様々な角度から検討を重ねてきた。その結果、機械構造用鋼の化学成分組成を適切に調整しつつ、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)を適切に制御すれば、断続切削と連続切削の両方で良好な被削性を示し、且つ熱処理後の衝撃特性も向上できることを見出し、本発明を完成した。
まず、本発明に係る機械構造用鋼の化学成分組成について説明した後、本発明を特徴付けるBNとAlNの質量比について説明する。
本発明の機械構造用鋼は、C:0.05〜0.8%、Si:0.03〜2%、Mn:0.2〜1.8%、Al:0.1〜0.5%、B:0.0005〜0.008%、およびN:0.002〜0.015%を含有し、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、およびO:0.002%以下(0%を含まない)を満足するものである。このような範囲を規定した理由は次の通りである。
Cは、強度を確保するために必要な元素であり、0.05%以上含有する必要がある。好ましくは0.1%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。しかしC含有量が過剰になると、硬さが上昇し過ぎて被削性や靭性が低下する。従ってC量は0.8%以下とする。好ましくは0.6%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
Siは、脱酸元素として作用し、内部品質を向上させる元素であり、0.03%以上含有させる必要がある。好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかしSi含有量が過剰になると、部品形状に加工するときの熱間加工性や冷間加工性が劣化したり、部品形状に切削加工した後に行う浸炭処理時や浸炭窒化処理時に粒界酸化などの異常組織が生成することがある。従ってSi量は2%以下とする必要があり、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.6%以下である。
Mnは、焼入れ性を向上させて強度を高める元素であり、0.2%以上含有させる必要がある。好ましくは0.4%以上であり、より好ましくは0.5%以上である。しかしMn含有量が過剰になると、焼入れ性が向上し過ぎて、焼きならし後でも過冷組織が生成して被削性が低下する。従ってMn量は、1.8%以下とする必要がある。好ましくは1.5%以下、より好ましくは1%以下である。
Alは、鋼中に固溶状態で存在させることによって断続切削したときの被削性を向上させるために必要な元素である。また、Nと結合して析出したAlNは、部品形状に切削加工した後に行う浸炭処理時や浸炭窒化処理時に結晶粒が異常成長するのを抑制し、また靱性の低下による衝撃特性の悪化を防止するのに寄与する。またAlは、脱酸作用を有する元素であり、内部品質を向上させるために必要な元素である。従って本発明ではAlを0.1%以上、好ましくは0.13%以上含有させる。しかしAlを過剰に含有してAlNが多く析出すると連続切削したときの被削性が劣化する。また過剰なAlNは、部品形状に加工するときの熱間加工性を低下させる。従ってAl量は0.5%以下、好ましくは0.4%以下、更に好ましくは0.35%以下とする。
Bは、Nと結合して鋼中にBNを析出し、断続切削したときの被削性と連続切削したときの被削性の両方を改善するのに寄与元素である。また、BNを析出させることで固溶N量を少ない方向に調整できるため、部品形状に加工するときの熱間加工性も改善できる。また、Bは、切削加工後に焼入れ焼戻し等の熱処理を行うときに、焼入れ性を向上させると共に、粒界強度を高め、機械構造部品の強度向上に寄与する元素である。従ってB量は、0.0005%以上含有させる必要がある。好ましくは0.0007%以上、より好ましくは0.0010%以上である。しかし過剰に含有すると硬くなり過ぎるため被削性が低下する。従ってB量は0.008%以下とする必要があり、好ましくは0.006%以下、より好ましくは0.0035%以下である。
Nは、Bと結合して鋼中にBNを析出し、上述したように、断続切削時と連続切削時の被削性向上に寄与する元素である。またNは、Alと結合して鋼中にAlNを析出し、部品形状に切削加工した後に行う浸炭処理時や浸炭窒化処理時に結晶粒が異常成長するのを防止するのに寄与する元素であり、靱性の低下が抑制されることで衝撃特性を向上させるのに作用する。こうした作用を発揮させるために、N量は0.002%以上とする。好ましくは0.003%以上、より好ましくは0.004%以上である。しかしNを過剰に含有してAlNが多く析出し過ぎると、連続切削したときの被削性が劣化する。またAlNの析出量が多くなると熱間加工性が低下する。従ってN量は0.015%以下、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.008%以下とする。
Pは、不可避的に含まれる不純物元素であり、熱間加工時に割れが発生するのを助長するため、できるだけ低減する。従って本発明では、P量は0.03%以下、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下とする。なお、P量を0%とすることは工業的に困難である。
Sは、鋼中にMnS系介在物を生成させて被削性を向上させるのに寄与する元素である。しかしMnS系介在物を過剰に含有すると延性や靭性が低下する。MnS系介在物は圧延時に圧延方向に伸展し易いため、圧延方向に対して特に直角方向の靭性(横目の靭性)を劣化させる。従ってS量は0.03%以下、好ましくは0.02%以下とする。なお、Sは、不可避的に含まれる不純物元素であるため、S量を0%とすることは工業的に困難である。
Oは、不可避的に含まれる不純物元素であり、粗大な酸化物系介在物を形成して、被削性や延性、靭性、熱間加工性などに悪影響を及ぼす元素である。従ってO量は0.002%以下、好ましくは0.0015%以下とする。なお、O量についても0%とすることは工業的に困難である。
本発明の機械構造用鋼は、上記成分組成を満足するものであり、残部は、鉄および不可避不純物である。
本発明の機械構造用鋼は、更に他の元素として、
(a)Cr:3%以下(0%を含まない)、
(b)Mo:1%以下(0%を含まない)、
(c)Nb:0.15%以下(0%を含まない)、
(d)Zr:0.02%以下(0%を含まない)、Hf:0.02%以下(0%を含まない)、Ta:0.02%以下(0%を含まない)、およびTi:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、
(e)V:0.5%以下(0%を含まない)、Cu:3%以下(0%を含まない)、およびNi:3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、
等を含有してもよい。
(a)Crは、焼入性を向上させ、強度を高める元素である。またAlと複合添加することによって、断続切削したときの被削性を改善するのにも作用する元素である。こうした効果を発揮させるには、Crは0.1%以上含有することが好ましい。好ましくは0.3%以上であり、より好ましくは0.7%以上である。しかし過剰に含有すると、粗大な炭化物を生成させたり、過冷組織を生成させて被削性を劣化させる。従ってCr量は3%以下とすることが好ましい。より好ましくは2%以下であり、更に好ましくは1.6%以下である。
(b)Moは、焼入れ性を高め、不完全焼入れ組織が生成するのを抑制する元素である。こうした効果はMo含有量が増加するにつれて増大するが、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上含有するのがよい。しかし過剰に含有すると、焼きならし後でも過冷組織が生成して被削性が低下する。従ってMo量は1%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。
(c)Nbは、CやNと結合して炭化物や窒化物、炭窒化物を形成し、これらの化合物が、部品形状に切削加工した後に浸炭処理や浸炭窒化処理を行うときに結晶粒が異常成長するのを抑制するのに作用し、衝撃特性が向上する。こうした効果はNb量を増加するにつれて増大するが、有効に発揮させるには0.05%以上含有させることが好ましい。しかし過剰に含有させると、硬質の炭化物や窒化物等が過剰に析出して被削性が低下する。従ってNb量は0.15%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.13%以下である。
(d)Zr、Hf、Ta、およびTiは、上記Nbと同様に、結晶粒が異常成長するのを抑制する元素であり、衝撃特性向上に寄与する。こうした効果は、これらの元素の含有量が増加するにつれて増大するが、有効に発揮させるには、各元素とも、夫々単独で、0.002%以上含有させることが好ましい。より好ましくは各元素とも、夫々単独で、0.005%以上である。しかし過剰に含有させると、硬質の炭化物や窒化物等が多く析出して被削性が低下する。従って各元素とも、夫々単独で、0.02%以下であることが好ましい。より好ましくは0.015%以下である。Zr、Hf、Ta、Tiは、任意に選ばれる2種以上の元素を含有してもよい。2種以上の元素を含有する場合は、合計量を0.02%以下とすることが好ましい。合計量は、より好ましくは0.015%以下である。
(e)V、CuおよびNiは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効に作用する元素である。こうした効果は、これらの元素の含有量が増加するにつれて増大するが、有効に発揮させるには、Vは0.05%以上、Cuは0.1%以上、Niは0.3%以上含有させることが好ましい。しかし過剰に含有させると、過冷組織が生成したり、延性や靭性が低下するので、Vは0.5%以下、Cuは3%以下、Niは3%以下とすることが好ましい。より好ましくはVは0.3%以下、Cuは2%以下、Niは2%以下である。
本発明では、機械構造用鋼の化学成分組成を上記規定範囲に調整することに加えて、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)が0.020〜0.2であることが重要である。
即ち本発明では、Alを比較的多く、0.1〜0.5%の範囲で含有させて鋼中にAlを固溶状態で存在させることで、断続切削したときの被削性を向上させている。しかしAlを多く含有させると、固溶Al量は増加する反面、一部のAlが鋼中のNと結合してAlNを析出し、このAlNが旋削やドリルなどの工具摩耗を促進して工具寿命を短くする。AlNは、硬質粒子であるため工具摩耗を促進し、特に連続切削したときの工具寿命(被削性)を劣化させる。
そこで本発明では、鋼中のNをBと積極的に結合させて、鋼中にBNを析出させることで、AlNの析出を抑制し、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)を0.020〜0.2とする。BN/AlN比を0.020〜0.2とすることで、断続切削したときの被削性と、連続切削したときの被削性を両方改善でき、しかも熱処理後の衝撃特性も改善できる。
BN/AlNが0.020未満では、BNに比べてAlNが多く析出していることになるので、連続切削したときの被削性が劣化する。従ってBN/AlNは0.020以上とする。好ましくは0.025以上、より好ましくは0.030以上である。
BN/AlNの値は大きい方が好ましいが、AlNが少なくなり過ぎてBN/AlNが0.2を超えると熱処理後の衝撃特性が劣化する。従ってBN/AlNは0.2以下とする。好ましくは0.15以下、より好ましくは0.1以下、更に好ましくは0.08以下である。
鋼中に析出しているBNは、例えば、電解抽出と酸溶解と吸光光度法とを組み合わせることで定量できる。一方、鋼中に析出しているAlNは、例えば、臭素−酢酸メチル法で定量できる。
鋼中に析出しているBNのうち、旧オーステナイト粒界に析出しているBNと旧オーステナイト粒内に析出しているBNの個数比(粒界BN/粒内BN)は0.50以下であることが好ましい。旧オーステナイト(以下、旧γと表記することがある)粒界に析出しているBNの個数を低減し、旧γ粒内に析出しているBNの個数を増加させることで、特に部品形状に切削加工した後に焼入れ焼戻し等の熱処理を行っても衝撃特性が劣化することなく衝撃特性を一層改善できる。粒界BN/粒内BNは、より好ましくは0.45以下であり、更に好ましくは0.40以下である。なお、粒界BN/粒内BNの下限値は、0.30程度である。
旧γ粒界に析出しているBNの個数と旧γ粒内に析出しているBNの個数は、走査型電子顕微鏡(SEM)に付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて存在位置と成分組成分析すれば測定できる。
次に、本発明に係る機械構造用鋼を製造できる方法について説明する。
本発明に係る機械構造用鋼は、上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、900〜1050℃の温度域で150秒以上保持し、その後冷却するに際し900℃から700℃までの平均冷却速度を0.05〜10℃/秒とすれば製造できる。また、上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、1000℃以上で熱間加工すると共に、900〜1050℃の温度域での保持時間を150秒以上とすれば、その後の冷却過程で旧γ粒内にBNを積極的に析出させることができるため一層好ましい。このような範囲を規定した理由について説明する。
[1100℃以上に加熱]
上記成分組成を満足する鋼をいったん1100℃以上に加熱し、鋼中に含まれるAlNやBNなどの析出物を再固溶させる必要がある。即ち、Alを0.1%以上含有する鋼は、その製造条件によって、AlやB、Nの固溶状態と析出状態が大きく変化するため、本発明では、鋼を1100℃以上に加熱することで、鋼中に含まれるAlNとBNを鋼中に再固溶させる。
[900〜1050℃の温度域で150秒以上保持]
1100℃以上に加熱した後は、900〜1050℃の温度域で150秒以上保持することで、BNを析出させることができる。即ち、AlNの析出温度はおおよそ900℃未満、BNの析出温度はおおよそ1050℃以下であるため、900〜1050℃の温度域で保持することで、BNを選択的に析出させることができる。
但し、保持時間が150秒未満では、BNの析出が充分に進まず、BN不足となり、連続切削したときの被削性を改善できない。また、熱処理後の衝撃特性も劣化する。従って保持時間は150秒以上とし、好ましくは170秒以上、より好ましくは200秒以上である。保持時間の上限は特に限定されないが、長時間保持してもBNの析出量は飽和し、また生産性が悪くなるため、例えば、600秒以下とするのがよい。
900〜1050℃の温度域での保持は、恒温で行ってもよいし、この温度域内で加熱および/または冷却してもよく、該温度域での保持時間が150秒以上であればよい。
[900℃から700℃までの平均冷却速度が0.05〜10℃/秒]
900〜1050℃で保持してBNを析出させた後は、900〜700℃の温度域を通過する時間を短くすることで、AlNの析出を抑制すると共に、BNがAlNに変化するのを防止し、BNの析出量を確保できる。即ち、900〜700℃の温度域では、BNよりもAlNの方が熱力学的に安定なため、900〜1050℃の高温域でBNを選択的に析出させても、900〜700℃の低温域を通過する時間が長くなると、BNがAlNに変化し、BNの析出量が減少する。そのためBN/AlN比を上記範囲に制御することができない。従って本発明では、900℃から700℃までの低温域を冷却するときの平均冷却速度を0.05℃/秒以上とする。好ましくは0.1℃/秒以上、より好ましくは0.5℃/秒以上、更に好ましくは1℃/秒以上である。しかしこの温度域の平均冷却速度が大き過ぎると、マルテンサイトやベイナイト等の過冷組織が生成して被削性が却って低下する。従って900℃から700℃までの平均冷却速度は10℃/秒以下とする。好ましくは9.5℃/秒以下、より好ましくは8℃/秒以下、更に好ましくは5℃/秒以下、特に好ましくは3℃/秒以下である。
[1000℃以上で熱間加工]
本発明では、上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、1000℃以上で熱間加工すると共に、900〜1050℃の温度域での保持時間を150秒以上としてもよい。1100℃以上に加熱してAlNとBNを再固溶させた後に、1000℃以上で熱間加工を施すことにより、鋼中に加工歪を導入することができ、この加工歪がBNの析出ポイントとなり、その後の冷却過程でBNがγ粒界よりもγ粒内に析出し易くなる。その結果、BNを旧γ粒内に析出させることができ、焼入れ焼戻し等の熱処理を行った後の衝撃特性を一層改善することができる。上記熱間加工は、1050℃以上で行うことがより好ましい。熱間加工温度の上限は、上記加熱温度よりも低ければよい。熱間加工は、例えば、熱間鍛造すればよい。
なお、上記熱間加工を1000〜1050℃の温度域で行う場合は、熱間加工を行っている時間を上記900〜1050℃の温度域で行う保持の時間に合算して保持時間を制御する。
このようにして得られる本発明に係る機械構造用鋼は、BNとAlNのバランスが適切に制御されているため、低速での断続切削と高速での連続切削の両方で優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮する。
また、本発明の機械構造用鋼は、BNとAlNのバランスが適切に制御されているため、この機械構造用鋼を部品形状に切削加工した後、焼入れ焼戻し等の熱処理を施して得られる機械構造部品は、衝撃特性に優れたものとなる。
熱処理条件は、機械構造部品を製造するときに通常採用される条件であればよい。例えば、800〜1000℃程度に加熱した後、焼入れを行ない、次いで150〜600℃程度で、20分〜1時間程度保持して焼戻しを行えばよい。
部品形状に切削加工した後、焼入れ焼戻し等の熱処理を行う前には、常法に従って浸炭処理や浸炭窒化処理を行なってもよい。このとき浸炭処理または浸炭窒化処理は、例えば、上記900〜1050℃の温度域で行うのがよい。浸炭処理または浸炭窒化処理した後は、引続き焼入れ焼戻し等の熱処理を上記条件で行えばよい。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
下記表1に示すNo.18〜22以外の化学成分組成の鋼150kgを真空誘導炉で溶解し、上面:φ245mm×下面:φ210mm×長さ:480mmのインゴットに鋳造し、鍛造(ソーキング:1250℃×3時間程度、鍛造加熱:1100℃×1時間程度)および切断し、一辺150mm×長さ680mmの四角材形状を経由して、下記(a)、(b)の2種類の鍛造材に加工した。
(a)板材 :厚さ30mm、幅155mm、長さ100mm
(b)丸棒材:φ80mm、長さ350mm
Figure 0005286220
得られた(a)板材と(b)丸棒材を加熱した後、冷却した。冷却するに際して、900〜1050℃の温度域で所定時間保持した。また、冷却するに際して、900℃から700℃までの平均冷却速度を変化させた。下記表2に加熱温度(℃)、900〜1050℃の温度域での保持時間(秒)、900℃から700℃までの平均冷却速度(℃/秒)を夫々示す。
一方、下記表1に示すNo.18〜22の化学成分組成の鋼については、上記と同じ条件で一辺150mm×長さ680mmの四角材形状とした後、1200℃に加熱し、次いで1100℃にて150mm角からφ80mmへ鍛伸する熱間加工を行った後、上記(a)、(b)の2種類の鍛造材に加工し、冷却した。冷却するに際して、900〜1050℃の温度域で所定時間保持した。また、冷却するに際して、900℃から700℃までの平均冷却速度を変化させた。下記表2に加熱温度(℃)、900〜1050℃の温度域での保持時間(秒)、900℃から700℃までの平均冷却速度(℃/秒)を夫々示す。
冷却後の丸棒材に含まれるBNとAlNを定量分析し、質量比でBN/AlN比を算出した。BN量とAlN量は、同じ部位から採取したサンプルを2つ用意し、次の手順で定量した。
サンプルに含まれるBN量は、電解抽出と酸溶解と吸光光度法とを組み合わせて定量した。具体的には、AA系電解液(10質量%のアセチルアセトンと1質量%の塩化テトラメチルアンモニウムを含むメタノール溶液)を用いてサンプルを電気分解した後、濾過して未溶解残渣を採取し、この残渣を塩酸と硝酸で分解した後、硫酸とリン酸を加えて加熱分解した。その後、JIS G1227に準じてホウ素をホウ酸メチルとして蒸留し、水酸化ナトリウムに吸収させる。吸収させたホウ酸メチルに含まれるホウ素量を、JIS G1227に準じてホウ酸メチル蒸留分離クルクミン吸光光度法で定量した。定量したホウ素が全量BNを生成しているものとしてこのホウ素に結合するN量を計算し、定量したホウ素量に計算された結合N量を加えたものをBN量とした。
また、サンプルに含まれるAlN量は、臭素−酢酸メチル法で定量した。具体的には、サンプルをフラスコに入れ、臭素と酢酸メチル中で70℃に加熱して溶解した後、濾過して未溶解残渣を採取し、この残渣を酢酸メチルで充分に洗浄した後、乾燥させる。乾燥させた残渣を、JIS G1228に準じてアンモニア蒸留器に水酸化ナトリウムを加えて蒸留し、0.1%ホウ酸を吸収液として吸収させ、得られた吸収液をJIS G1228に準じてアミド硫酸標準液で滴定し、吸収液中のN量およびサンプルの計り取り量からAlN量を定量した。
定量結果に基づいて、質量比でBN/AlN比を算出した。算出結果を下記表2に示す。
また、冷却後の丸棒材の表面から10mm位置を中心として走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、観察視野内に認められる析出物の成分組成をSEMに付属するエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて分析すると共に、旧γ粒界に存在するBNの個数と旧γ粒内に存在するBNの個数を測定し、粒界BN/粒内BNの個数比を算出した。BNの個数は、検出限界を直径0.1μmとし、観察倍率10000倍で10視野測定した結果を平均して算出した。算出結果を下記表2に示す。
Figure 0005286220
次に、冷却後の板材と丸棒材を用い、下記条件で断続切削したときの被削性と連続切削したときの被削性を評価した。
[断続切削時の被削性評価(エンドミル切削試験)]
断続切削時の被削性を評価するために、エンドミル加工したときの工具摩耗量を測定した。エンドミル切削試験には、上記板材をスケール除去した後、表面を約2mm研削したものを試験片(被削材)として用いた。具体的には、マニシングセンタ主軸にエンドミル工具を取り付け、上記のようにして製造した厚さ25mm×幅150mm×長さ100mmの試験片をバイスにより固定し、乾式の切削雰囲気下でダウンカット加工を行った。詳細な加工条件を下記表3に示す。断続切削を200カット行った後、工具表面を光学顕微鏡下、100倍で観察して平均逃げ面摩耗量(工具摩耗量)Vbを測定した。結果を上記表2に示す。本発明では、断続切削後のVbが80μm以下のものを「断続切削時の被削性が優れる」と評価した。
Figure 0005286220
[連続切削時の被削性評価(旋削試験)]
連続切削時の被削性を評価するために、上記丸棒材(φ80mm×長さ350mm)をスケール除去した後、表面を約2mm研削したものを旋削試験片(被削材)として用い、外周旋削加工を行なった。外周旋削加工の条件は、下記の通りである。
(外周旋削加工条件)
工具 :超硬合金P10(JIS B4053)
切削速度:200m/min
送り :0.25mm/rev
切り込み:1.5mm
潤滑方式:乾式
外周旋削加工後、工具表面を光学顕微鏡下、100倍で観察して平均逃げ面摩耗量(工具摩耗量)Vbを測定した。結果を上記表2に示す。本発明では、連続切削後のVbが100μm以下のものを「連続切削時の被削性が優れる」と評価し、Vbが70μm以下のものを「連続切削時の被削性が特に優れる」と評価した。
次に、冷却後の丸棒材を用い、下記条件でシャルピー衝撃試験を行って熱処理後の衝撃特性を評価した。
[衝撃特性の評価]
熱処理後の衝撃特性を評価するために、冷却後の上記丸棒材から、幅12mm×幅12mm×長さ55mmのサンプルを切り出し、これを850℃に加熱した後、焼入れを行ない、次いで500℃で30分間焼戻して熱処理したものからJIS4号 Uノッチを切り出したものをシャルピー衝撃試験片とした。この試験片を用いてJIS Z2242に準じてシャルピー衝撃試験を行った。結果を上記表2に示す。
表2から次のように考察できる。No.1〜22は、本発明で規定する要件を満足する例であり、鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)を適切な範囲に調整しているため、低速での断続切削と高速での連続切削の両方で優れた被削性(特に、工具寿命の延長)を発揮し、焼入れ焼戻しした後であっても衝撃特性に優れている。
特にNo.18〜22は、1200℃に加熱した後、1100℃で熱間鍛造すると共に、900〜1050℃で所定時間保持した例であり、これらNo.18〜22の化学成分組成は、夫々、No.3、6、7、8、9と同じである。No.3とNo.18、No.6とNo.19、No.7とNo.20、No.8とNo.21、No.9とNo.22を比較すると、熱間鍛造することで、粒界BN/粒内BNを0.50以下に制御することができ、熱処理後の衝撃特性を、熱間鍛造なしの場合よりも相対的に高めることができている。
これに対し、No.23とNo.28は、加熱温度が1100℃を下回っており、BNの析出が不充分となり、BN/AlN比が0.020を下回っているため、連続切削時の被削性と、熱処理後の衝撃特性が劣っている。No.24は、900〜1050℃の温度域での保持時間が150秒より短く、BNの析出が不充分となり、BN/AlN比が0.020を下回っているため、連続切削時の被削性と、熱処理後の衝撃特性が劣っている。No.25は、900℃から700℃までの温度域の平均冷却速度が0.05℃/秒を下回っており、AlNが多く生成し、BN/AlN比が0.020を下回っているため、連続切削時の被削性と、熱処理後の衝撃特性が劣っている。No.26は、Al量が少ない例であり、固溶Al量が不足しているため、断続切削時の被削性が劣っている。No.27は、B量が少ない例であり、BNの析出が不充分となり、BN/AlN比が0.020を下回っているため、連続切削時の被削性と、熱処理後の衝撃特性が劣っている。

Claims (10)

  1. C :0.05〜0.8%(質量%の意味、以下同じ)、
    Si:0.03〜2%、
    Mn:0.2〜1.8%、
    Al:0.1〜0.5%、
    B :0.0005〜0.008%、
    N :0.002〜0.015%を含有し、
    P :0.03%以下(0%を含まない)、
    S :0.03%以下(0%を含まない)、
    O :0.002%以下(0%を含まない)を満足し、
    残部が鉄および不可避不純物からなる鋼であり、
    鋼中に析出しているBNとAlNの質量比(BN/AlN)が0.020〜0.2であることを特徴とする機械構造用鋼。
  2. 鋼中に析出しているBNのうち、旧オーステナイト粒界に析出しているBNと旧オーステナイト粒内に析出しているBNの個数比(粒界BN/粒内BN)が0.50以下である請求項1に記載の機械構造用鋼。
  3. 更に他の元素として、
    Cr:3%以下(0%を含まない)を含有する請求項1または2に記載の機械構造用鋼。
  4. 更に他の元素として、
    Mo:1%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の機械構造用鋼。
  5. 更に他の元素として、
    Nb:0.15%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の機械構造用鋼。
  6. 更に他の元素として、
    Zr:0.02%以下(0%を含まない)、
    Hf:0.02%以下(0%を含まない)、
    Ta:0.02%以下(0%を含まない)、および
    Ti:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する請求項1〜5のいずれかに記載の機械構造用鋼。
  7. 更に他の元素として、
    V :0.5%以下(0%を含まない)、
    Cu:3%以下(0%を含まない)、および
    Ni:3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する請求項1〜6のいずれかに記載の機械構造用鋼。
  8. 請求項1〜7のいずれかに記載の機械構造用鋼を製造する方法であって、
    上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、
    900〜1050℃の温度域で150秒以上保持し、
    その後冷却するに際し900℃から700℃までの平均冷却速度を0.05〜10℃/秒とすることを特徴とする機械構造用鋼の製造方法。
  9. 請求項1〜7のいずれかに記載の機械構造用鋼を製造する方法であって、
    上記成分組成を満足する鋼を1100℃以上に加熱した後、
    1000℃以上で熱間加工すると共に、900〜1050℃の温度域での保持時間を150秒以上とし、
    その後冷却するに際し900℃から700℃までの平均冷却速度を0.05〜10℃/秒とすることを特徴とする機械構造用鋼の製造方法。
  10. 請求項1〜7のいずれかに記載の機械構造用鋼を用いて得られた機械構造部品。
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