以下、図面を参照して本発明の実施の形態の一例を詳細に説明する。
<第1の実施の形態 シリコンを含有するDLC膜>
第1の実施の形態は、シリコンを含有するDLC膜及びその製造方法と、シリコンを含有するDLC膜の光学定数の解析方法と、に関する。
(シリコンを含有するDLC膜:DLC−Si膜)
ダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like Carbon; DLC)は、ダイヤモンドに類似した炭素(カーボン)薄膜材料である。DLCは、炭素を主成分としながらも若干の水素を含んでいる。また、DLCには、ダイヤモンド構造(SP3結合)とグラファイト構造(SP2結合)の両者が混在している。このためDLCの構造は、非晶質(アモルファス)である。DLCは、レーザラマン分光分析において、1550cm−1付近を中心とした幅広のラマンバンドを示すと共に、1400cm−1付近を中心としたサブバンドを示すという構造的特徴を有している。
シリコンを含有するDLC(DLC−Si)は、DLCの炭素原子の一部が珪素原子で置換されたものである。DLC−Si膜は、DLC膜と同様に、ダイヤモンドに類似した高い硬度を備えると共に、耐摩耗性に優れ、低い摩擦係数を示す。特に、DLC−Si膜は、潤滑剤を使用しなくても、大気中で低い摩擦係数を示す。硬度はHv1000以上であり、摩擦係数μは0.1以下である。
DLC−Si膜は、炭素(C)、水素(H)、及び珪素(シリコン:Si)を主成分とする。水素含有量は20at%〜40at%である。シリコン含有量は1at%〜30at%の範囲である。残部の殆どは炭素で占められている。炭素の外に、塩素(Cl)、酸素(O)、窒素(N)等、他の元素を含んでいてもよい。なお、各元素の含有量は、at%(原子%)で表した。ここで原子% とは、全部の原子が炭素であると仮定した場合の、炭素の原子数に対する、他の元素の原子数の割合を百分率で表したものをいう。
シリコン含有量は1at%〜30at%の範囲とすることができる。シリコン含有量が多いほど、屈折率が高くなり、消衰係数が低下(透明度が向上)する。なお、後述するとおり、波長850nm以上では、シリコン含有量が多いほど屈折率が低下する。シリコン含有量の下限を1at%としたのは、下限を下回ると光学定数の変化が小さくなるためである。また、シリコン含有量の上限を30at%としたのは、上限を超えると光吸収係数が大きくなりすぎて光学素子には適さないためである。DLC−Si膜の用途に応じて、所望の光学定数(屈折率n、消衰係数k)が得られるように、シリコン含有量を調整することができる。シリコン含有量は1at%〜30at%の範囲が好ましく、4at%〜17at%の範囲がより好ましい。
DLCの光学特性は、結合状態(即ち、SP3結合とSP2結合との比率)に応じて大きく変化する。従って、炭素系材料の構造と光学特性との相関を把握することは重要な研究分野の1つであり、新規な光学素子の開発に繋がる。一般に、規則正しい結晶構造を持たないアモルファス炭素膜は、光学特性の評価が難しい。このため、DLCやDLC−Siは、従来、光学材料としては注目されていなかった。
例えば、DLC−Si膜の光学定数(屈折率n、消衰係数kの波長分散特性)は、依然として明らかではない。また、DLC−Si膜が低い摩擦係数を示す理由として、DLC−Si膜表面でのシラノール(Si−OH)基の生成と、Si−OH基上の表面吸着水の関与と、が指摘されているが、従来、表面吸着水の厚さを定量する手法はなく、炭素系膜の表面吸着水を評価した事例も報告されていない。
本発明者等は、分光エリプソメトリを用いて、DLC−Si膜の光学定数(屈折率n、消衰係数kの波長分散特性)と、表面吸着水の存在とを明確化した。分光エリプソメトリは、膜厚、屈折率、消衰係数(光吸収係数)、誘電率、光学エネルギーギャップを得る高感度な光学計測手法である。例えば、膜厚も数nmの精度で測定することができ、単分子膜の厚さも評価することができる。
従来、分光エリプソメトリは、DLC膜などのアモルファス炭素膜の評価に利用されてきた。しかしながら、DLC−Si膜に分光エリプソメトリを適用した例は報告されていない。その理由は、DLC−Si膜では、表面吸着水の考慮など、膜構造モデルの構築が難しいためであると推察される。なお、膜構造モデルの構築を含め、本発明者等が用いた解析手法及び解析結果については、以下に詳述する。
本発明者等が、DLC−Si膜の光学定数(屈折率n、消衰係数kの波長分散特性)を正確に解析したことにより、DLC−Si膜の光学定数は、シリコン含有量に応じて変化することが判明した。本発明者等は、この知見に基づいて、成膜時にDLC−Si膜のシリコン含有量を調整することにより、DLC−Si膜の光学特性を任意のレベルに制御する本発明を完成するに至った。なお、DLC−Si膜の成膜方法については、以下に詳述する。
図1は0at%、4at%、12at%、17at%とシリコン含有量の異なるDLC−Si膜について屈折率nの波長分散特性を示す線図である。また、図2はシリコン含有量の異なるDLC−Si膜について消衰係数kの波長分散特性を示す線図である。
これらを参照してシリコン含有量と光学特性との相関を概説すると、波長200〜850nmの範囲では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%→17at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の屈折率がDLC膜の屈折率よりも徐々に高くなる。一方、波長850〜1800nmの範囲では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の屈折率がDLC膜の屈折率よりも徐々に低下する。また、波長200〜1800nmの範囲では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%→17at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の消衰係数がDLC膜の消衰係数よりも徐々に低下する。
従って、シリコン含有量を調整することにより、DLC−Si膜の光学特性を任意のレベルに制御することができる。また、このDLC−Si膜を用いて、優れた光学機能を発現する光学素子が得ることができる。例えば、DLC膜をクラッド部とし、DLC膜より屈折率の高いDLC−Si膜(Si含有量>15at%)をコア部とした、薄膜光導波路素子を作製することができる。なお、優れた光学機能を発現する光学素子については、具体例を以下で詳述する。
<DLC-Si膜の作製方法>
次に、DLC−Si膜の作製方法について説明する。DLC−Si膜は、プラズマCVD(Chemical Vapor Deposition:化学気相成長)法により成膜することができる。プラズマCVD法では、プラズマ反応室内に被処理材を配置し、反応室内を特殊薄膜形成ガス(珪素化合物ガスと炭化水素ガス)雰囲気とし、放電を行うことにより被処理材の表面にDLC−Si膜を成長させる。プラズマCVD法には、高周波プラズマCVD法、マイクロ波プラズマCVD法、直流プラズマCVD法等がある。ガラス基板の場合には高周波プラズマCVD法が好ましく、金属基板の場合には直流プラズマCVD法が好ましい。
図3はプラズマCVD装置の構成を示す概略図である。プラズマCVD装置10は、プラズマ反応室12を備えている。プラズマ反応室12の中央には、被処理材24を載置する導電性の基台14が設けられている。基台14は、支持柱16により支持されている。支持柱16の内部には、冷却水を送る冷却水管(図示せず)が取りつけられている。プラズマ反応室12には、プラズマ反応室12内にガスを導入するガス導入管18と、プラズマ反応室12内のガスを排出するガス導出管20とが設けられている。
ガス導入管18は、コントロールバルブ(図示せず)を介して各種ガスボンベ(図示せず)に連結されている。ガス導出管20は、真空ポンプ(図示せず)及び拡散ポンプ(図示せず)に接続されている。プラズマ反応室12の内側には、ステンレス製陽極板22が設けられている。このステンレス製陽極板22と陰極である基台14との間に、数百ボルトの電圧を印加して放電させる。
DLC−Si膜の成膜工程を簡単に説明する。先ず、プラズマ反応室12の基台14上に被処理材24を配置し、ガス導出管20を介してプラズマ反応室12内を排気する。次に、連続して排気しながら、ガス導入管18から水素(H2)ガスなどの昇温用ガスを導入し、放電を開始すると、プラズマエネルギーにより被処理材24が所定の温度に加熱される。次に、ガス導入管18から、珪素化合物ガスと炭化水素ガスをプラズマ反応室12内に導入する。プラズマ反応室12内は、特殊薄膜形成ガス雰囲気となる。次に、陽極板22と基台14との間に電圧を印加して、特殊薄膜形成ガス雰囲気中で放電を行い、被処理材24の表面にDLC−Si膜を成長させる。
特殊薄膜形成ガスは、雰囲気ガスと、膜化原料ガスとしての反応ガスとで構成されている。雰囲気ガスとしては、水素(H2)、アルゴン(Ar)等の一般的な雰囲気ガスを用いることができる。反応ガスは、珪素化合物ガス、炭化水素ガス、及び水素ガスからなる。珪素化合物ガスとしては、四塩化珪素(SiCl4)、四フッ化珪素(SiF4)、トリクロルシリコン(SiHCl3)、テトラメチルシリコン(TMS、Si(CH3)4)などを用いる。また、炭化水素ガスとしては、メタン(CH4)、その他の炭化水素ガス(CmHn)などを用いる。
特殊薄膜形成ガスの組成は、原料ガス、処理温度等により、適宜決定される。また、全体の流量は、真空容器の容積と排気量とのバランスを考慮して決定される。これら成膜時の特殊薄膜形成ガスの組成(流量比)により、DLC−Si膜のシリコン含有量を調整することができる。これにより、DLC−Si膜の光学特性を任意のレベルに制御することができる。
例えば、珪素化合物ガスとしてTMS、炭化水素ガスとしてCH4を用いて、シリコン含有量が17at%のDLC−Si膜を得るためには、流量比で、TMSが10sccmに対し、CH4が100sccm、H2が30sccm及びArが30sccmとなるようにする。なお、「sccm」とは、standard cc/minの略であり、1atm(1.013hPa)、0℃下で、1分間あたりに何cc(cm3)という形式で、流量を表示するものである。
直流タイプのプラズマCVD法において、珪素化合物ガスとしてTMS、炭化水素ガスとしてCH4を用いて、ガス流量比を変えることにより、シリコン含有量が異なるDLC−Si膜を得た。表1には、シリコン含有量の異なるDLC−Si膜の成膜条件、膜組成、及び機械的特性を示す。DLC−Si膜の組成については、シリコン含有量は電子線マイクロアナライザー(EPMA)により、水素含有量は弾性反跳粒子検出法(ERDA)を用いて測定した。硬さ及び弾性率測定は、MTS社製のナノインデンター試験機を用い、10点測定して、その平均値とした。
炭化水素ガスとしてアセチレン(C2H2)等の反応性の高い炭化水素ガスを用いる場合や、処理温度やプラズマエネルギーが高く炭化水素ガスの分解が促進される場合には、珪素化合物ガスに対する炭化水素ガスの比率を小さくすることができる。また、水素ガスの流量を変化させることにより、含有水素量を変化させることができる。
真空放電時には、プラズマ反応室12内の圧力は、10−4Pa(パスカル)以下に減圧する。特に、放電が直流放電による場合には、10〜1000Paが好ましく、高周波放電による場合には、1〜300Paがそれぞれ好ましい。これは、この圧力範囲外では放電が不安定となるからである。
<評価サンプルの作製>
次に、直流プラズマCVD法により、光学特性を評価するための評価サンプルを作製した。まず、被処理材24として、ステンレス基板(SUS440C基板、16mm×6mm×高さ10mm)を用意した。なお、ステンレス基板を用いたのは、透明なガラス基板等で測定するよりも、不透明な基板を用いることで、より精密にDLC−Si膜の光学定数を評価できるからである。
このステンレス基板(被処理材24)を、図3に示すプラズマCVD装置10の基台14上に配置した。次に、プラズマ反応室12を密閉したのち、ガス導出管18に接続された真空ポンプにより、プラズマ反応室12内を減圧した。減圧したプラズマ反応室12内に昇温用ガスとして水素ガスを導入し、ステンレス製陽極板22と陰極である基台14との間に直流電圧を印加して放電を開始した。ステンレス基板の表面が所定温度になるまでイオン衝撃による昇温を行った。
次に、ガス導入管18から、メタンガス(CH4)、テトラメチルシリコンガス(Si(CH3)4)、及び水素(H2)ガスを導入して、プラズマ反応室12内を特殊薄膜形成雰囲気とした。この特殊薄膜形成雰囲気下で、ステンレス製陽極板22と陰極である基台14との間に直流電圧を印加して放電を行い、ステンレス基板(被処理材24)の表面にDLC−Si膜を形成した。雰囲気ガス及び反応ガスの流量比を変えて直流放電を行うことにより、ステンレス基板(被処理材24)の表面に、シリコン含有量の異なる3種類のDLC−Si膜を形成した(表1参照)。3種類のDLC−Si膜のシリコン含有量は、各々、4at%、12at%、17at%である。なお、DLC−Si膜の膜厚が約2〜3μmになるように、成膜時間を制御した。
プラズマCVD終了後、放電を止め、減圧下でステンレス基板を冷却し、冷却後の基板をプラズマ反応室12より取り出したところ、ステンレス基板の表面にはDLC−Si膜が形成されていた。DLC−Si膜の表面粗さを、光学式非接触の表面粗さ測定機で計測した。なお、表面粗さRaは、JIS(B0601)の「表面粗さ−定義及び表示」に規定された「算術平均粗さ」である。
プラズマCVDで形成したDLC−Si膜について、Χ線回折法による物質同定試験を行った結果、被処理材からの回折線の他に回折線が認められず、アモルファス状態であることが分かった。また、同時にプラズマCVDで形成したDLC−Si膜について燃焼法により水素含有量を測定したところ、約20〜40at%の範囲内であることが分かった。また、EPMA分析により、水素を除く組成で炭素含有量が測定され、残部が珪素を主成分とすることが分かった。更に、DLC−Si膜の硬度を測定し、硬度が10GPa以上であること確認した。アモルファスで且つ硬質であることから、DLC構造を有する膜であることが確認された。
また、レーザラマン分光分析で、1400cm−1付近を中心としたサブバンドを持つ1550cm−1付近を中心とした幅広のラマンバンドが観測された。これはDLC構造に由来するものである。即ち、プラズマCVDで形成した膜は、ダイヤモンドライク成分が主体であることが分った。3種類のDLC−Si膜の膜組成と表面粗さRaとを表2に示す。
比較のために、マグネトロン・スパッタリング法により、シリコンを含有しないDLC膜が形成された比較サンプルを作製した。比較サンプル用に、被処理材24として、クロム(Cr)からなる中間層を形成したステンレス基板(SUS440C基板、16mm×6mm×高さ10mm)を用意した。Cr中間層は、マグネトロンスパッタ法で形成した。Cr中間層の膜厚は約400nmである。
ガス導入管18から、メタンガス(CH4)、及び水素(H2)ガスを導入して、プラズマ反応室12内を特殊薄膜形成雰囲気とした以外は、上記と同様にして、被処理材24の表面にDLC膜を形成した。なお、DLC膜の膜厚が約1.5μmになるように、成膜時間を制御した。被処理材24の表面には黒色のDLC膜が形成されていた。DLC膜の表面粗さを、光学式非接触の表面粗さ測定機で計測した。DLC膜の膜組成と表面粗さとを表2に示す。
<DLC-Si膜の光学特性>
上記の評価サンプル及び比較サンプルについて、DLC-Si膜の光学特性を解析した。解析結果を図1、図2に示す。図1に示すように、シリコン含有量に応じてDLC-Si膜の屈折率nが変化する。紫外〜可視域(波長200nm〜850mn)では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%→17at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の屈折率がDLC膜の屈折率よりも徐々に高くなる。一方、近赤外〜赤外域(波長850nm〜1800nm)では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の屈折率がDLC膜の屈折率よりも徐々に低下する。
例えば、波長300nmでは、シリコン含有量が0at%のDLC膜では、屈折率nは1.97であるが、シリコン含有量が17at%のDLC−Si膜では、屈折率nは2.27である。このように、シリコン含有量を異ならせることで、約0.3までの屈折率変化Δnを得ることができる。
また、図2に示すように、シリコン含有量に応じてDLC-Si膜の消衰係数kが変化する。紫外〜赤外域(波長200nm〜1800mn)では、シリコン含有量が0at%→4at%→12at%→17at%と増加するのに応じて、DLC−Si膜の消衰係数がDLC膜の消衰係数よりも徐々に低下する。
消衰係数kは、物質による光の吸収を定義する量であり、吸収係数αと消衰係数kとの間には、k=α×λ/4πという関係がある。従って、ある波長領域で光学濃度が一定の試料があったとすると、吸収係数に波長依存性が無い場合には、消衰係数は短波長側ほど大きくなる。また、同じ波長では、消変係数kが低いと、吸収係数αが小さく、透明度が高いことになる。
例えば、光通信用の1200nm以上の波長では、シリコン含有量が0at%のDLC膜では、消衰係数kは0.1前後であるが、シリコン含有量が17at%のDLC−Si膜では、消衰係数kは略0である。このように、DLC−Si膜のシリコン含有量を高くすることで、消衰係数kが低下する。消衰係数kが0に近づくことで、光伝搬効率を大幅に向上させることができる。
<光学特性の測定方法>
次に、DLC-Si膜の光学特性の解析手法を説明する。上記の評価サンプル及び比較サンプル(表2参照)に関する解析は、分光エリプソメトリを用いた以下の手法により行った。分光エリプソメトリを用いて、DLC-Si膜の紫外〜赤外域(波長200nm〜1800nm)での光学定数(屈折率n及び消衰係数k)の波長分散を求めた。
(1)DLC−Si膜の光学定数の解析手法の概略
分光エリプソメトリでは、DLC-Si膜の光学定数を直接測定するのではなく、サンプル表面から反射される光の偏光状態の変化を測定する。測定値はΨとΔである。これらの値はp偏光とs偏光のそれぞれのフレネル反射係数RpとRsの比ρ(下記式で表す)に関係している。
ρ=Rp/Rs=tan( Ψ)exp(iΔ)
上記の式から分かるように、tan(Ψ)はp方向とs方向の複素反射係数の比ρの振幅に等しく、Δはpとsの反射係数の間の位相差に相当する。
光学定数の解析手法の概略は、以下の通りである。(1)基板の光学定数などを測定可能な光学特性を予め測定しておく。(2)例えば「基板/界面層/薄膜」の3層モデルというように、膜構造モデルを構築する。(3)膜構造モデルについて、光学モデルと既知の光学特性とを使用して、ΨとΔの予測データを計算する。(4)分光エリプソメトリでΨとΔの実測データを取得する。(5)予測データと実測データとを比較して、その差が最小になるように、膜構造モデルを見直し、光学モデルのパラメータを調整(フィッティング)する。(6)最適化された条件で、実測されたΨとΔの値を再現可能な光学定数を算出する。
以下、DLC-Si膜の光学定数の解析手法を、(1)〜(4)の測定解析工程と(5)〜(6)の評価工程とに分けて、詳細に説明する。
(2)DLC−Si膜の光学定数(波長依存性)の測定解析方法
分光エリプソメトリ測定前に、上記の評価サンプル及び比較サンプル(表2参照)を、ヘキサン溶剤中に10秒ほど浸漬して洗浄した後、乾燥させた。この洗浄操作を3回繰り返した後、直ちに分光エリプソメトリ測定を行った。分光エリプソメトリ測定は、市販の分光エリプソメータ(J.A.WOOLLAM社製、「M-2000」)用いて、以下の条件で行った。測定により、Ψ(s偏光とp偏光の擬幅比)、Δ(s偏光とp偏光の位相差)のスペクトルを得た。
集光ビーム:ビーム径300μm
測定波長 :200nm〜1700nm
入射角 :65度
積算回数 :100回
上記の評価サンプル及び比較サンプルの外に、使用したステンレス基板(SUS440C基板)自身の光学定数を求めるために、DLC−Si膜の付着していないステンレス基板のΨとΔを測定した。波長毎に屈折率nと消衰係数kをフィッティングパラメータとして、Ψ、△スペクトルを計算し、下記式(1)で表される実測値との平均二乗誤差(Mean Squared Error、(以下、MSEと略記する))が最小になるように、Levenberg-Marwuardt(リーベンバーク・マークァート)法に基づく回帰解析手法により、ステンレス基板の光学定数を求めた。
上記式(1)において、「i」はそれぞれの波長と入射角で特定されるi番目の値、「σ」は標準偏差、「N」は(Ψ、△)の個数、「M」はフィッティングパラメータの個数を各々表す。また、“cal”は計算値を表し、“exp”は実験値を表す。
アモルファス半導体の光学定数を記述するのに、様々な誘電関数モデルが提案されてきた。代表的なモデルは、Tauc-Lorentz(タウク・ローレンツ)モデル、Cauchy(コーシー)分散式、Forouhi-Bloomer(フォロウハイ・ブローマー)モデルなどである。下記式(2)〜(5)にTauc-Lorentz振動子の誘電関数とフィッティングパラメータとを示す。ここでは、下記式(3)に示すTauc-Lorentz振動子型の誘電関数モデルを用いて、基板のΨとΔの測定値を解析し、ステンレス基板の屈折率n(λ)、消衰係数k(λ)を求めた。
上記式(2)において、「εn」はn番目の複素誘電率を表す。「εn1」はその実部であり、「εn2」はiを虚数単位とする虚部である。また、上記式(3)において、「Ampn」、「En」、「Cn」、「Egn」がフィッティングパラメータである。「Ampn」はn番目の振動子の振幅、「En」はn番目の振動子のピークトランジションエネルギー、「Cn」はn番目の振動子の広がり、「Egn」はn番目の振動子のバンドギャップ(Taucギャップ)を各々表す。「E」はエネルギーを表す。
Lorentz(ローレンツ)振動子モデルやGaussian(ガウシアン)振動子モデルでは、誘電関数の虚部(ε2)のピークは中心エネルギーに対して対称的な形となるが、Tauc-Lorentz振動子モデルでは非対称になる。Tauc-Lorentz振動子では、非晶質特有の光学バンドギャップ(Taucギャップ)Egに、Lorentz振動子モデルをかけあわせることで、誘電関数の虚部(ε2)のモデル化が行われている。Tauc-Lorentz振動子モデルは、TaucギャップEgよりも低い光子エネルギーでは、吸収をもたない(消衰係数k=0)と仮定したモデルであり、吸収端近傍での急激な吸収の立ち上がりを表すのに適している。
上記式(5)のεn1は、下記式(6)に示すKramers-Kronig (クラマース・クローニッヒ:K-K)の関係式で記述される。
上記式(5)、(6)において、複素誘電率εの実部ε1と虚数部ε2とは、互いに独立ではなく、虚数部ε2が変化すると実部ε1も変化する。また、「P」は分極、「ω」は光の角振動数を表す。また、「ω´」は振動子のピークトラジションに相当する光の角振動数を表す。
屈折率n、消衰係数kは、下記の関係式(7)、(8)から求めることができる。
DLC−Si膜については、複数の膜構造モデルについて、サンプルのΨとΔの測定値を解析し、DLC−Si薄膜の屈折率n(λ)、消衰係数k(λ)を求めた。図5は膜構造モデルの層構成を示す概念図である。膜構造モデルとしては、図5(A)に示す[基板/薄膜/表面粗さ層]からなる2層モデル、図5(B)に示す[基板/薄膜/表面粗さ層/吸着水]からなる3層モデル、図5(C)に示す[基板/界面層/薄膜/表面粗さ層/吸着水]からなる4層モデルの3種類の膜構造モデルについて検討した。
4層モデルで解析した場合の、各層の厚さを表3に示す。
界面層の誘電関数は、ステンレス基板とDLC−Si膜とが1:lの比率であるBruggemann(ブラッグマン)型の有効媒質近似(Effective Medium Apporoximation:EMA)により設定した。表面粗さ層の誘電関数は、膜の誘電率と空気とが1:1の比率であるBruggemann型のEMAにより設定した。Bruggemann型のEMAを、下記式(9)に示す。
上記式(9)において、「εa」は誘電体aの誘電率、「εb」は誘電体bの誘電率、「ε」は混合体の誘電率、「fa」は誘電体aの体積分率、「1−fa」は誘電体bの体積分率を表す。
水の光学定数は、文献「EDWARD D.Palik and W.R.Hunter, Handbook of Optical Constants of Solids II Academic Press, Inc., 1059-1077(1991)」に記載されたデータを使用した。上述したTauc-Lorentz振動子モデルの誘電関数のパラメータと各層の厚さとをフィッティングパラメータとして、Ψ、△スペクトルを計算し、実測値との平均二乗誤差MSEが最小になるように、回帰解析手法を用いて、DLC−Si膜の光学定数と各層の厚さとを求めた。
(3)DLC−Si膜の光学定数(波長依存性)の評価
図6はΨ(λ)の予測データと実測データとの比較結果を表す図である。図6はステンレス基板上に、シリコン含有量が4at%のDLC−Si膜を形成した場合の比較結果を表すものである。図6(A)は吸着水を考慮した3層モデルを用いた場合の比較結果を表し、図6(B)は吸着水を設定しない2層モデルを用いた場合の比較結果を表す。図中、実線はΨ(λ)の予測データ(モデル・フィット)を表し、点線はΨ(λ)の実測データを表す。
図6(A)に示すように、吸着水を考慮した3層モデルで回帰解析することにより、吸着水のない2層モデルよりも、MSEが17から3まで小さくなり、図示するように、Ψの予測データと実測データとの合致度が高くなった。なお、2層モデル解析と3層モデル解析とでは、最適化された誘電関数パラメータ自体に大きな相違は無く、光学バンドギャップ(Taucギャップ)も0.5eV程度と同等であり、DLC−Si膜の光学定数(屈折率n、消衰係数k)の波長分散もそれほど違いがなかった。また、DLC−Si膜の膜厚と表面粗さの値も同等であった。
シリコン含有量が4at%のDLC−Si膜の場合には、同じ程度の膜の誘電関数(すなわち、光学定数)と膜厚と表面粗さであれば、膜表面に数mn程度の吸着水が存在する構造モデルの方が、実測値と計算値の合致度がよくなることから、DLC−Si膜表面には、吸着水が存在すると推察した。
表3に示すように、DLC膜の表面には吸着水が存在しないのに対し、DLC−Si膜の表面には厚さlnmから4nmの吸着水が存在している。この結果は、誘導体化光電子分光法(XPS)の分析結果に対応している。即ち、DLC−Si膜は、DLC膜よりもより多くのシラノール(Si−OH)基を有していることと対応しており、DLC−Si膜の表面には、確かに吸着水が存在することを示す。
一方、3層モデルでは、長波長領域(波長1000nm〜1700nm)の実験値と計算値の合致度はよくないという課題もあった。これを改善するために、膜と基板との間に界面層を導入した4層モデルによる解析により、短波長から長波長の全測定領域(波長200nm〜1700nm)にわたって、実験値と計算値の合致度が高くなった。また、基板と膜との界面層の厚さは、ステンレス基板の表面の微小凹凸の厚さと一致していた。
以上より、DLC−Si膜の光学定数の波長依存性を精密評価するためには、膜構造モデルとして、図5(C)に示す[基板/界面層/薄膜/表面粗さ層/吸着水]からなる4層モデルを用いることが好適であると分かる。図4はこの4層モデルを用いた場合の予測データと実測データとの比較結果を表す。図4に示すように、4層モデルを用いた場合には、予測データと実測データとが略一致する。従って、この多層膜構成の光学モデルを用いたDLC−Si膜の光学定数の解析結果(図1、図2)は信頼性が高い。
即ち、分光エリプソメトリを用いた上記の解析手法により求めた、シリコン含有量の異なるDLC−Si膜について屈折率nの波長分散特性(図1)、シリコン含有量の異なるDLC−Si膜について消衰係数kの波長分散特性(図2)は、いずれも信頼性が高い。なお、従来、報告されている炭素膜の屈折率の値には、かなりのバラツキがある。これは光学モデルの不適切な解析に原因があると推察される。
以下、シリコン含有量を調整することにより光学特性が任意のレベルに制御されたDLC膜を用いて、優れた光学機能を発現する光学素子(例えば、多層反射膜、光導波路素子、回折格子、及び光記録媒体)を作製した例を示す。
<第2の実施の形態 誘電体多層膜ミラー>
第2の実施の形態は、DLC−Si膜を備えた誘電体多層膜ミラーに関する。図7は本発明の実施の形態に係る誘電体多層膜ミラーの構成を示す概略断面図である。この誘電体多層膜ミラー30は、ガラス基板32と、このガラス基板32上に積層された誘電体多層膜34とを備えている。誘電体多層膜34は、シリコンを含有しないDLC膜からなる低屈折率層36と、シリコンを17at%含有するDLC−Si膜からなる高屈折率層38とを、交互に8層(2×4)積層したものである。
波長400nm〜850nmの範囲では、DLC−Si膜からなる高屈折率層38は、DLC膜からなる低屈折率層36に比べて屈折率が高い。低屈折率層36と高屈折率層38の各々は、波長の1/4程度の膜厚で形成されている。例えば、波長400nmの光学用途には、約100nmの厚さのDLC膜(低屈折率層36)と、約100nmの厚さのDLC−Si膜(高屈折率層38)とが形成される。低屈折率層36の膜厚と高屈折率層38の膜厚とは、同じ厚さでもよく、異なる厚さでもよい。この誘電体多層膜ミラー30は、波長400nm〜850nmの範囲で、中心波長を含む特定の波長領域の光を反射又は透過させる機能を有する。
上記の誘電体多層膜ミラー30は、例えば、図3に示すプラズマCVD装置などを用いて、以下の方法(高周波プラズマCVD法)により作製することができる。まず、被処理材として、ガラス基板32(40mm×40mm×1.1mm(厚み))を用意する。このガラス基板32を、プラズマCVD装置の基台上に配置して、減圧したプラズマ反応室内に昇温用ガスを導入し、電極間に高周波電圧を印加して放電し、ガラス基板32を昇温する。
次に、ガス導入管から、メタンガス(CH4)、及び水素(H2)ガスを、所定の流量比で導入して、プラズマ反応室内を特殊薄膜形成雰囲気とする。この特殊薄膜形成雰囲気下で、電極間に高周波電圧を印加して放電を行い、ガラス基板32の表面に、DLC膜(低屈折率層36)を形成する。DLC膜の厚さは138nmである。
次に、ガス導入管から、メタンガス(CH4)、テトラメチルシリコンガス(Si(CH3)4)、及び水素(H2)ガスを、所定の流量比で導入して、プラズマ反応室内を特殊薄膜形成雰囲気とする。この特殊薄膜形成雰囲気下で、電極間に高周波電圧を印加して放電を行い、DLC膜(低屈折率層36)の表面に、シリコンの含有量が17at%のDLC−Si膜(高屈折率層38)を形成する。DLC−Si膜の厚さは138nmである。
同様にして、プラズマCVD法のガス流量比を変えることにより、DLC膜とDLC−Si膜とを交互に成膜し、8層構成の誘電体多層膜34を形成する。プラズマCVD終了後、放電を止め、減圧下でガラス基板32を冷却し、冷却後のガラス基板32をプラズマ反応室より取り出したところ、ガラス基板32の表面にはDLC/DLC−Si多層膜が形成されていた。これにより、ガラス基板32上に誘電体多層膜34が積層された誘電体多層膜ミラー30が得られた。
得られた誘電体多層膜ミラー30について、紫外可視分光光度計(島津製作所社製、「UV-3600」)を用いて、反射率スペクトルと透過率スペクトルとを測定した。測定結果を図8に示す。図8(A)は得られた誘電体多層膜ミラー30の反射率スペクトルを示す線図であり、図8(B)は得られた誘電体多層膜ミラー30の透過率スペクトルを示す線図である。これらから、得られた誘電体多層膜ミラー30は、波長550nm〜580nm付近でのみ、反射率が高く且つ透過率が低いという波長依存性を示すことが分かる。即ち、特定波長の光のみを反射又は透過する機能が得られている。
なお、上記では、DLC膜とDLC−Si膜とが交互に積層された誘電体多層膜ミラーを作製する例について説明したが、シリコン含有量の異なる複数種類のDLC−Si膜が交互に積層された多層膜とすることもできる。例えば、シリコンの含有量が4〜10at%のDLC−Si膜(低屈折率層:屈折率n<2.1)と、シリコンの含有量が15〜17at%のDLC−Si膜(高屈折率層:屈折率n>2.15)とが交互に積層された多層膜構造とすることができる。
また、上記では、8層構造の誘電体多層膜ミラーを作製する例について説明したが、 多層膜の層数は、所望の光学機能を得るために適宜変更することができる。例えば、5〜20層とすることができる。
また、上記では、波長550nm〜580nm付近でのみ、反射率が高く且つ透過率が低いという波長依存性を示す誘電体多層膜ミラーを作製する例について説明したが、シリコン含有量を調整することにより光学特性が任意のレベルに制御されたDLC膜を用いることで、波長200nm〜1600nmの範囲の特定の波長領域の光を反射又は透過させる機能を有する反射ミラー、光学フィルタ、反射防止膜等を作製することができる。また、誘電体多層膜を一対の反射膜で挟み込むことにより、特定の波長領域の光を透過させる機能を有するFabry-Perot(ファブリー・ペロ)型の光共振器や光干渉計を作製することができる。
<第3の実施の形態 光導波路素子>
第3の実施の形態は、DLC−Si膜を備えた光導波路素子に関する。
図9は本発明の実施の形態に係る光導波路素子の構成を示す斜視図である。この光導波路素子40は、ガラス基板42と、ガラス基板42上に形成された第1クラッド層44と、第1クラッド層44上に短冊状に形成されたコア部46と、コア部46の周囲を埋めるように形成された第2クラッド層48とを備えている。短冊状のコア部46の長手方向が、光伝搬方向である。
第1クラッド層44と第2クラッド層48とは、シリコンを含有しないDLC膜で構成されている。第1クラッド層44と第2クラッド層48とがクラッド部である。コア部46は、シリコンを12at%含有するDLC−Si膜で構成されている。波長200nm〜850nmの範囲では、コア部を構成するDLC−Si膜は、クラッド部を構成するDLC膜に比べて屈折率が高く、消衰係数が低い(透明度が高い)。
第1クラッド層44とコア部46とは、約1μmの膜厚で形成されている。コア部46は、幅20μmの短冊状に形成されている。第2クラッド層48は、最大膜厚が約2μmとなるように形成されている。コア部46の光入力側の端面46Aと光出力側の端面46Bとは、光導波路素子40の側面に各々露出している。端面46Aと端面46Bの外周形状は、略矩形である。この光導波路は、クラッド部にコア部が埋め込まれた埋め込み型の薄膜導波路である。端面46Aから入力された光は、コア部46を伝搬して、端面46Bから出力される。
図10(A)〜(C)は上記の光導波路素子40の作製工程を示す断面図である。これらの図面を参照して、上記の光導波路素子40の作製工程を説明する。
図10(A)に示すように、最初の工程は、ガラス基板42上に第1クラッド層44を形成し、第1クラッド層44上にマスク43を形成する工程である。まず、ガラス基板42(20mm×20mm×1mm)を用意する。このガラス基板42の表面に、高周波RFスパッッタ法により、第1クラッド層44であるDLC膜を1μmの厚さで成膜する。この第1クラッド層44上に、フォトレジストを用いてマスク43を形成する。マスク43は、フォトリソグラフィー手法により、コア部46が形成される領域を除いて第1クラッド層44の表面を覆うように、所定パターンで形成する。
図10(B)に示すように、次の工程は、第1クラッド層44上にコア部46を形成する工程である。コア部46は、例えば、図3に示すプラズマCVD装置などを用いて、以下の方法(交流タイプのプラズマCVD法)により成膜することができる。まず、第1クラッド層44及びマスク43が形成されたガラス基板42を、プラズマCVD装置の基台上に配置して、減圧したプラズマ反応室内に昇温用ガスを導入し、電極間に高周波電圧を印加して放電し、ガラス基板42を昇温する。
次に、ガス導入管から、メタンガス(CH4)、テトラメチルシリコンガス(Si(CH3)4)、及び水素(H2)ガスを、所定の流量比で導入して、プラズマ反応室内を特殊薄膜形成雰囲気とする。この特殊薄膜形成雰囲気下で、電極間に高周波電圧を印加して放電を行い、シリコンの含有量が12at%のDLC−Si膜を堆積する。DLC−Si膜の厚さは1μmである。その後、フォトレジストをエッチング液により溶解させ、マスク43を除去する。これにより、短冊状のコア部46が形成される。
図10(C)に示すように、最後の工程は、コア部46を覆うように第2クラッド層48を形成する工程である。コア部46が形成された第1クラッド層44上に、高周波RFスパッッタ法により、第2クラッド層48であるDLC膜を最大2μmの厚さで成膜する。これにより、ガラス基板42上に、高屈折率のDLC−Si膜からなるコア部46と、低屈折率のDLC膜からなる第1クラッド層44及び第2クラッド層48と、が形成された光導波路素子40が得られた。
得られた光導波路素子40について、光スペクトラム解析システム(安藤電機社製)により、可視光光通信に利用できる波長680nmでの伝播損失を測定したところ、伝播損失は30dB/cmであった。
なお、より短い波長領域でも、コア部(DLC−Si膜)の消衰係数kは少し大きくなるが、コア部(DLC−Si膜)とクラッド部(DLC膜)との屈折率nの差が大きく、光導波路として機能した。
なお、上記では、コア部にDLC−Si膜を用い、クラッド部にDLC膜を用いた光導波路素子を作製する例について説明したが、シリコン含有量の異なる複数種類のDLC−Si膜でコア部とクラッド部とを構成することもできる。例えば、シリコンの含有量が15〜17at%のDLC−Si膜(屈折率n>2.15、消衰係数k<0.1)でコア部を構成し、シリコンの含有量が10at%以下のDLC−Si膜(屈折率n<2.1)でクラッド部を構成することができる。このような構成でも、コア部とクラッド部との屈折率nの差が大きく、コア部の消衰係数kが小さいことから、伝播損失が少ない光導波路として機能する。
また、上記では、クラッド部にコア部が埋め込まれた埋め込み型の薄膜導波路を作製する例について説明したが、シリコン含有量を調整することにより光学特性が任意のレベルに制御されたDLC膜を、光導波路のコア部とクラッド部とに用いることで、スラブ型、ストライプ型、ファイバ型など他のタイプの光導波路とすることもできる。
<第4の実施の形態 屈折率変調型回折格子>
第4の実施の形態は、DLC−Si膜を備えた屈折率変調型の回折格子に関する。図11は本発明の実施の形態に係る屈折率変調型の回折格子(グレーティング)の構成を示す斜視図である。この回折格子50は、ガラス基板52を備えている。ガラス基板52の表面には、同じ幅の短冊状の低屈折率領域54が、所定間隔を隔てて平行に複数形成されている。隣接する2つの低屈折率領域54の間には、隙間を埋めるように、短冊状の高屈折率領域56が各々形成されている。この通り、低屈折率領域54と高屈折率領域56とは、交互に配列されている。また、複数の高屈折率領域56は所定周期(上記の所定間隔)で配列されて、屈折率変調型の回折格子が形成されている。
本実施の形態では、7つの低屈折率領域54が、所定間隔(100nm〜1μm)を隔てて形成されている。また、隣接する低屈折率領域54の隙間を埋めるように、5つの高屈折率領域56が形成されている。本実施の形態では、低屈折率領域54と高屈折率領域56とは、約1〜3μmの膜厚で形成されている。また、本実施の形態では、低屈折率領域54の幅と高屈折率領域56の幅とは同じである。
低屈折率領域54は、シリコンを含有しないDLC膜で構成されている。高屈折率領域56は、シリコンを17at%含有するDLC−Si膜で構成されている。波長200nm〜850nmの範囲では、高屈折率領域56を構成するDLC−Si膜は、低屈折率領域54を構成するDLC膜に比べて屈折率が高く、消衰係数が低い。従って、低屈折率領域54と高屈折率領域56とが形成された表面側から所定の入射角度で光を照射すると、低屈折率領域54を通過した光と高屈折率領域56を通過した光との間で位相差を生じ、回折現象が生じる。例えば、回折角度は波長に応じて変化するので、白色光を照射すると単色光に分光される。
図12(A)〜(D)は上記の屈折率変調型の回折格子50の作製工程を示す断面図である。これらの図面を参照して、上記の回折格子50の作製工程を説明する。
図12(A)に示すように、最初の工程は、ガラス基板52上にマスク53を形成する工程である。まず、ガラス基板52(40mm×40mm×1.1mm)を用意する。このガラス基板52の表面に、フォトレジストを用いてマスク53を形成する。マスク53は、フォトリソグラフィー手法により、低屈折率領域54が形成される領域を除いてガラス基板52の表面を覆うように、所定パターンで形成する。
図12(B)に示すように、次の工程は、ガラス基板52上に低屈折率領域54を形成する工程である。マスク53が形成されたガラス基板52の表面に、高周波RFスパッッタ法により、低屈折率領域54となるDLC膜を1μmの厚さで堆積する。その後、フォトレジストをエッチング液により溶解させ、マスク53を除去する。これにより、複数の低屈折率領域54が、所定間隔を隔てて互いに平行に形成される。
図12(C)に示すように、次の工程は、低屈折率領域54上にマスク55を形成する工程である。低屈折率領域54上に、フォトレジストを用いてマスク55を形成する。マスク55は、フォトリソグラフィー手法により、低屈折率領域54の表面だけを覆うように、所定パターンで形成する。
図12(D)に示すように、最後の工程は、ガラス基板52上に高屈折率領域56を形成する工程である。高屈折率領域56は、例えば、図3に示すプラズマCVD装置などを用いて、以下の方法(高周波プラズマCVD法)により形成することができる。まず、低屈折率領域54及びマスク55が形成されたガラス基板52を、プラズマCVD装置の基台上に配置して、減圧したプラズマ反応室内に昇温用ガスを導入し、電極間に高周波電圧を印加して放電し、ガラス基板52を昇温する。
次に、ガス導入管から、メタンガス(CH4)、テトラメチルシリコンガス(Si(CH3)4)、及び水素(H2)ガスを、所定の流量比で導入して、プラズマ反応室内を特殊薄膜形成雰囲気とする。この特殊薄膜形成雰囲気下で、電極間に高周波電圧を印加して放電を行い、シリコンの含有量が17at%のDLC−Si膜を堆積する。DLC−Si膜の厚さは1〜3μmである。その後、フォトレジストをエッチング液により溶解させ、マスク55を除去する。
これにより、ガラス基板52上に、低屈折率のDLC膜からなる低屈折率領域54と、高屈折率のDLC−Si膜からなる高屈折率領域56と、が所定周期で交互に形成された屈折率変調型の回折格子50が得られた。得られた回折格子50に白色光を照射すると、単一波長の光に分光される回折現象が観測された。
なお、上記では、高屈折率領域にDLC−Si膜を用い、低屈折率領域にDLC膜を用いた回折格子を作製する例について説明したが、シリコン含有量の異なる複数種類のDLC−Si膜で高屈折率領域と低屈折率領域とを構成することもできる。例えば、シリコンの含有量が15〜17at%のDLC−Si膜(屈折率n>2.15)で高屈折率領域を構成し、シリコンの含有量が10at%以下のDLC−Si膜(屈折率n<2.1)で低屈折率領域を構成することができる。このような構成でも、低屈折率領域と高屈折率領域との屈折率nの差が大きいことから、回折格子として機能する。
また、上記では、屈折率変調型の回折格子(グレーティング)を作製する例について説明したが、シリコン含有量を調整することによりDLC−Si膜の屈折率を任意のレベルに変調することができ、これを低屈折率領域と高屈折率領域とに用いることで、ビーム整形素子や、フレネルレンズなどの屈折率変調型の集光レンズを作製することもできる。
<第5の実施の形態 相変化型光記録媒体>
第5の実施の形態は、DLC−Si膜を備えた相変化型の光記録媒体に関する。本実施の形態に係る光記録媒体は、最外層である保護層に、シリコンの含有量が15〜17at%のDLC−Si膜(屈折率n>2.15、消衰係数k<0.1)を用いている。図13は本発明の実施の形態に係る相変化型の光記録媒体の構成を示す断面図である。この光記録媒体60は、ランドやグルーブ等の凹凸が形成された透明基板62を備えている。透明基板62上には、反射層64、下部誘電体層66、記録層68、上部誘電体層70、及び保護層72が、透明基板62の側からこの順で積層されている。
通常の光記録媒体では透明基板を通して記録再生を行うが、上記の積層構造の光記録媒体60では、保護層72の側(記録層側)から光を照射して記録再生を行う。DLC−Si膜は、従来、保護膜として用いられているDLC膜より消衰係数kが小さい(透明度が高い)。DLC膜では、特に、短波長領域(青色レーザの波長410nm付近)での光透過率が小さくなり、反射率が低くなるという問題があった。例えば、波長400nmでの反射率は10%前後である。これに対し、DLC−Si膜は、DLC膜の約1/2以下の消哀係数k(波長400nm付近)を有しており、透明性が高く、光記録媒体の保護膜として好適である。
近年のマルチメディア化に対応して、記録の高密度化が注目されている。高密度記録を行うためには、記録スポットを小さくする必要がある。記録スポットを小さくする方法としては、レーザ光の波長を短くする方法と、集光レンズの開口数(NA)大きくする方法とがある。実際には、NAを大きくすると球面収差の影響でレンズ系の焦点深度が浅くなり、記録面上で焦点を維持するための制御系が複雑になることから、NAをむやみに大きくすることはできない。このため、通常の光記録装置では、NAとしては最大0.6程度のレンズが用いられている。
最近、光記録装置の記録密度を制約する回折限界の問題を解決する一手法として、イマージョンレンズを使用して実効的にレンズのNAを上げる方法が提案されている。この技術では、記録再生にイマージョンレンズから滲み出る近接場光(near field 光)を用いるため、イマージョンレンズと記録層との隙間を記録レーザ波長の1/4程度にする必要がある。例えば、波長680nmの赤色レーザ光を記録光として用いた場合は、イマージョンレンズと記録層との距離は170nmとなる。この距離は、通常の光記憶装置の光ヘッドと光記録媒体との間隔に比べてはるかに小さい。そのため、近接場光を用いる場合には、通常の光記憶装置のように、透明基板を通しての記録再生は不可能で、記録層側からレーザ光を入射させる必要がある。
近接場光を利用した光記録では、光記録媒体の記録層側からヘッドを近づけ、ヘッドに設けられたレンズ(イマージョンレンズ)と記録層とを、少なくとも170nm以下に近接させて記録再生を行う。このように、イマージョンレンズを浮上型のスライダーに組み込んで、記録再生を行うとなると、走行時に光記録媒体との接触を生じることになるから、光記録媒体の最外層に、耐摩耗性に優れ、低い摩擦係数を示すDLC膜のように、摺動特性に優れた保護膜を設けることが必要となる。
従って、近接場光を用いて光記録を行う光記録媒体としては、本実施の形態に係る光記録媒体60のように、保護層として、シリコンの含有量が15〜17at%のDLC−Si膜(屈折率n>2.15、消衰係数k<0.1、硬度>10GPa、摩擦係数μ<0.1)を形成した光記録媒体が好適である。
本実施の形態では、透明基板62として、ランドやグルーブ等の凹凸(案内溝)が形成されたポリカーボネート樹脂製のディスク状基板(外径120mm、内径15mm、厚さ1.1mm)を用いた。この透明基板62上に、RF高周波スパッタ法により、反射層64としてA1合金を膜厚100nmで成膜する。次に、反射層64上に、RF高周波スパッタ法により、膜厚155nmのZnS-SiO2からなる下部誘電体層66、膜厚20nmのGe2Sb2Te5からなる記録層68、膜厚40nmのZnS-SiO2からなる上部誘電体層70を、この順で成膜する。次に、上部誘電体層70上に、高周波プラズマCVD法により、シリコンの含有量が17at%の高屈折率のDLC−Si膜からなる保護膜72を100nmの厚さで成膜する。
また、成膜直後の膜では、記録層68を構成するGe2Sb2Te5は非晶質であるために、最初に初期化プロセスと称して、基板を回転させながらランド、グルーブ等の案内溝を含めた光記録媒体の全面に、レーザビーム(500〜700mW、非集光)を照射して、GeSbTe層を全て結晶化した。
保護膜72の作製工程では、反射層64、下部誘電体層66、記録層68、及び上部誘電体層70がこの順に作製された透明基板62を、プラズマCVD装置の基台上に配置して、減圧したプラズマ反応室内に昇温用ガスを導入し、電極間に高周波電圧を印加して放電し、透明基板62を昇温する。次に、ガス導出管から、メタンガス(CH4)、テトラメチルシリコンガス(Si(CH3)4)、及び水素(H2)ガスを、所定の流量比で導入して、プラズマ反応室内を特殊薄膜形成雰囲気とした。この特殊薄膜形成雰囲気下で、電極間に高周波電圧を印加して放電を行い、上部誘電体層70上にDLC−Si膜を堆積して、保護層72を形成する。
得られた相変化型の光記録媒体60は、分光光度計(島津製作所社製、「UV-3600」)を用いて、反射率を測定したところ、波長400nmでの反射率が20%であり、DLCを保護膜に用いた場合(反射率10%)よりも反射率が顕著に向上した。次に、光記録媒体評価装置(ナカミチ社製、「OMS-2000」)を用いて、光記録媒体の特性を以下の条件で評価した。
記録・消去波長:680nm
再生波長:780nm
集光レンズのNA:0.45
光記録媒体の線速度:2.8m/sec(CDの2倍速に相当)
Duty(デューティ)比が50%で周波数f0=400kHzのパルス波信号をレーザ光強度の変調に用いた。このパルス波信号は、コンパクト・ディスク(CD)のシステムにおいて、11T信号に対応するパルス幅を有する。周波数fl=500kHzの異なる周波数のパルス波を照射することにより、記録層(結晶)の案内溝に沿って非晶質の記録マークが形成される。これにより、光記録媒体のダイレクトオーバーライト特性を評価することができる。
再生レーザパワーは1mW、記録パワー(Pw)は5〜19mW、消去パワーは3〜11mWであった。周波数スペクトルアナライザーと動的光記録媒体評価装置とを用いて、光記録媒体をオーバーライトした時のC/N(Carrier to noise ratio:キャリア信号対ノイズ比)を計測した。DLC膜からなる保護層を備えた光記録媒体では、30dBのC/Nであったが、DLC−Si膜からなる保護層を備えた光記録媒体では、47dB以上の高いC/Nが得られた。
以上の通り、DLC−Si膜は、DLC膜に比べて消哀係数kが低く(透明性が高く)、DLC膜を保護膜とした場合よりも、光記録媒体の反射率が向上すると共に、ディスク特性(C/N)が顕著に向上する。従って、DLC−Si膜は、光記録媒体の保護膜として好適である。
なお、上記では、DLC−Si膜からなる保護層を備えた相変化型の光記録媒体を作製する例について説明したが、消哀係数kが低い(透明性が高い)DLC−Si膜は、他の光学素子の保護膜としても利用することができる。