以下、本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
(実施の形態)
[シートプラズマ成膜装置の全体構成]
まず、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置の構成について、図1を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置の概略構成を示す模式図である。
図1に示すように、シートプラズマ成膜装置は、プラズマガン10と、シートプラズマ成形室20と、成膜室30とを備えている。プラズマガン10、シートプラズマ成形室20および成膜室30は、カソードKからアノードAに向かう方向(所定方向)に沿って、この順で配置し、かつ、互いに気密に接続されている。なお、前記所定方向とはプラズマの輸送方向に相当し、カソードK側が上流、アノードA側が下流となる。
プラズマガン10は、円筒状の第一筒部材11とその一端を閉鎖するフランジ12とを備えている。フランジ12は、プラズマガン10の一端で内壁面を構成し、このフランジ12の内壁面から突出するようにカソードKが設けられている。プラズマガン10の他端はシートプラズマ成形室20の一端に接続され、シートプラズマ成形室20の他端はボトルネック部41を介して成膜室30の一端に接続されている。成膜室30の他端には、プラズマ通過用の通路42が接続されており、当該通路42の末端にはアノードAが設けられている。そして、プラズマガン10、シートプラズマ成形室20および成膜室30、並びにアノードAへつながる通路42は、それぞれ気密で連通している。したがって、プラズマガン10、シートプラズマ成形室20および成膜室30によって気密な一つの容器(気密容器)40が構成されることになる。この気密容器40の内部は後述するように減圧可能である。
[プラズマガン]
プラズマガン10は、前記第一筒部材11およびフランジ12に加え、カソード部13、第一中間電極14、第二中間電極15を備えており、カソード部13に前記カソードKが含まれる。第一筒部材11は、プラズマガン10の本体となり、その内部は放電空間となっている。第一筒部材11の一端には、前記のとおり放電空間を塞ぐようにフランジ12が配置されている。フランジ12には、カソード部13が当該フランジ12の中心部を貫通して取り付けられている。カソード部13は、一次元方向に長さを有し、プラズマガン10内部(第一筒部材11内部)の気密を維持するように、当該フランジ12の中心部を貫通し、フランジ12の内側面(プラズマガン10の内壁面)から前記所定方向に向かって延伸するように配置されている。
カソード部13は、図1では詳細に図示されないが、円筒状の補助陰極および円環状の主陰極、並びにこれらを保護する円筒状の保護部材および窓部材を備えている。補助陰極は例えばタンタル(Ta)で形成され、その一方の端部(後端)はフランジ12に気密を維持するよう固定されるとともに、図示されないアルゴン(Ar)ガスタンクと配管により接続されている。これにより、補助陰極の他方の端部(先端)から気密の放電空間内にArガスが供給される。主陰極は、補助陰極の先端近傍の外周面に配置され(もしくは位置し)、例えば六ホウ化ランタン(LaB6 )で形成される。前記補助陰極の外周には、当該補助陰極および先端近傍の主陰極を覆うように保護部材が配置されている。保護部材の形状は、補助陰極と同軸で、かつ、補助陰極よりも径の大きい円筒形状となっている。保護部材は、例えばモリブデン(Mo)またはタングステン(W)により形成される。保護部材の後端はフランジ12に対して気密を維持するよう固定され、その先端には円環状の窓部材が設けられている。前記補助陰極および主陰極によってカソードKが構成され、前記保護部材および窓部材によりカソードKの保護容器が構成される。カソードKは、図示されない直流電源からなる主電源と電気的に接続されている。
第一中間電極14および第二中間電極15はいずれも円環状であり、カソード部13の先端側に前記所定方向に沿ってこの順で配置されている。第一中間電極14および第二中間電極15はそれぞれ前記主電源と電気的に接続され、所定の正の電圧が印加される。これにより、カソードKで発生したアーク放電が維持され、放電空間内には荷電粒子(本実施の形態ではAr+ および電子)の集合体としてのプラズマが形成される。なお、本実施の形態では、プラズマガン10は、第一中間電極14および第二中間電極15の2つの中間電極を備えているが、中間電極は少なくとも1つ備えていればよい。
プラズマガン10におけるシートプラズマ成形室20側の周囲には、プラズマを円柱状に成形する第一コイル43が設けられている。この第一コイル43は、磁力の強さをコントロールできる環状の電磁コイルであり、これに電流を流すことにより磁場が形成される。以下、このようにコイルにより形成される磁場をコイル磁場と呼ぶ。このコイル磁場と第一中間電極14および第二中間電極15による電界により、プラズマガン10の放電空間内において、前記所定方向に沿って磁束密度の勾配が形成される。プラズマを構成する荷電粒子は、前記磁束密度の勾配により前記所定方向に向かって運動するように、磁力線の回りを旋回しながら前記所定方向に進む。その結果、荷電粒子が円柱形状に略等密度分布してなるソースプラズマ(以下、円柱プラズマという。)CPとして、図示されない通路を介してプラズマガン10からシートプラズマ成形室20へ引き出される。
[シートプラズマ成形室]
シートプラズマ成形室20は、プラズマガン10の本体となる第一筒部材11と同一の軸を中心とする円筒状の第二筒部材21を備えており、この第二筒部材21がシートプラズマ成形室20の本体となる。第一筒部材11と第二筒部材21とは、気密を維持して接続されている。第二筒部材21は、導電性材料、半導体材料、絶縁性材料のいずれで形成されてもよいが、強度等を考慮すると導電性金属材料で形成されることが好ましい。第二筒部材21の内部すなわちシートプラズマ成形室20の内部は、プラズマの輸送空間となる。
第二筒部材21の適所には、図示されない真空ポンプ接続口が設けられている。当該真空ポンプ接続口はバルブにより開閉可能であり、図示されない真空ポンプ(例えば、ターボポンプ)が接続されている。この真空ポンプによりシートプラズマ成形室20内部を吸引することで、輸送空間内は、円柱プラズマCPを輸送可能なレベルの真空度まで減圧される。
シートプラズマ成形室20の周囲には、プラズマガン10側(すなわちカソードK側)に第二コイル44が設けられ、第二コイル44の下流側(すなわち成膜室30側またはアノードA側)に永久磁石対45が設けられる。第二コイル44は、第二筒部材21の周囲に巻き回される円環状の電磁コイル(空心コイル)であり、カソードK側をS極、アノードA側をN極とする方向に電流が通電される。永久磁石対45は、角型棒状の永久磁石45a(図中上方)および永久磁石45b(図中下方)からなり、第二筒部材21(正確には輸送空間)を挟んで互いに同極が対向するように配置されている。各永久磁石45a,45bは、その幅方向(長手方向に直交する方向)に磁化されている。つまり、各永久磁石45a,45bは、その両端部の面がN極およびS極となっているのではなく、角型棒状の一側面がN極、他の側面がS極となるように磁化されている。そして、各永久磁石45a,45bは、その長手方向がシートプラズマ成膜装置の横方向(図1では紙面に対する垂直方向)となり、かつ、互いに同極側が対向するように、シートプラズマ成形室20(第二筒部材21)の上下にそれぞれ配置される。本実施の形態では、永久磁石対45は、互いにN極側が対向するように配置されている。
シートプラズマ成形室20では、第二コイル44に電流を流すことにより輸送空間にコイル磁場が形成され、かつ、第二コイル44の下流側に位置する永久磁石対45により磁石磁場が形成される。これら磁場の相互作用により、前記所定方向へ円柱プラズマCPが移動するとともに、円柱プラズマCPがシートプラズマ成膜装置の横方向に広がる均一なシート状のプラズマ(以下、シートプラズマという。)SPに成形される。成形されたシートプラズマSPはボトルネック部41を通って成膜室30へ引き出される。
ボトルネック部41は、シートプラズマ成形室20と成膜室30との間に設けられ、内部にシートプラズマSPを通過させるスリット状の通路が形成されている。スリット状の通路の形状(すなわちボトルネック部41の形状)は、シートプラズマSPを適切に通過させるように設計されればよい。ボトルネック部41を設けることにより、シートプラズマ成膜室20の内部(輸送空間)において、シートプラズマSPを形成しない余分なアルゴンイオン(Ar+ )と電子とが成膜室30に流入することを回避することができる。そのため、成膜室30内では、シートプラズマSPの密度を高い状態で保持することができる。
[成膜室]
成膜室30は、シートプラズマ成膜装置の上下方向に沿った軸を中心とした第三筒部材31を備えており、この第三筒部材31が成膜室30の本体となる。つまり、第三筒部材31の中心軸と第一筒部材11および第二筒部材21の中心軸とは互いに直交している。第三筒部材31の側壁の適所には、スリット穴32が形成されており、このスリット穴32に前記ボトルネック部41が接続される。これにより、第三筒部材31と第二筒部材21の他端とは前記ボトルネック部41を介して気密を維持するよう接続される。第三筒部材31の側壁で、スリット穴32に対向する位置にはアノードAが配置される。第三筒部材は、例えばアルミニウム、SUS等の導電性材料で形成されている。
第三筒部材31の両端部は蓋部材33,34により気密を維持するよう閉鎖されている。また、蓋部材34の適所には、図示されないバルブにより開閉可能な真空ポンプ接続口35が設けられている。真空ポンプ接続口35には、図示されない真空ポンプ(例えばターボポンプ)が接続されている。この真空ポンプにより第三筒部材31内部(成膜室30内部)を吸引することにより、第三筒部材31の内部空間は、スパッタリングプロセス可能なレベルの真空度にまで減圧される。なお、真空ポンプ接続口35は蓋部材33に設けられてもよい。
第三筒部材31の内部には、それぞれ平板状の基板支持電極36およびターゲット電極37が設けられる。基板支持電極36およびターゲット電極37は、シートプラズマ成形室20から引き出されたシートプラズマSPが移動する空間を挟んで、それぞれの表側面が対向するように、第三筒部材31の両端部にそれぞれ位置している。
基板支持電極36は、図1では詳細に図示されないが、成膜対象である基板51をその表側面で支持する平板状の基板ホルダと、基板51を基板ホルダ表面に固定するチャック機構と、基板ホルダを第三筒部材31の軸方向(すなわちシートプラズマ成膜装置の上下方向)に沿って移動可能に支持するホルダ支持機構とを備えている。基板ホルダは、基板支持電極36の本体であり、図示されない基板用バイアス電源の負極と配線によって電気的に接続され、基板用バイアス電源は成膜プロセス中に基板支持電極36(正確には、基板ホルダ)に対して負のバイアス電圧−Vbiasを印加する。チャック機構としては、例えば公知の静電チャック等を好適に用いることができるが特に限定されない。ホルダ支持機構は、蓋部材34とは絶縁されており、気密に蓋部材34を貫通する支持軸と第三筒部材31の外部に位置する図示されないアクチュエータとを備えている。ホルダ支持機構は、アクチュエータの動作により支持軸の先端に取り付けられる基板ホルダを蓋部材34側に移動(後退)させたりターゲット電極37側に移動(前進)させたりすることができる。
ターゲット電極37は、図1では詳細に図示されないが、膜の材料からなるターゲット52をその表側面で固定するバッキングプレートと、バッキングプレートを前記軸方向に沿って移動可能に支持するプレート支持機構とを備えており、さらにターゲット電極37の裏側面に軟磁性材料からなる磁性部材46が設けられている。バッキングプレートは、ターゲット電極37の本体であり、その表側面にターゲット52を溶接又はボルト等の固定部材により固定することで、当該ターゲット52を保持するとともに、その背面に給電極が取り付けられている。給電極は、図示されないターゲット用バイアス電源の負極と配線によって電気的に接続されているため、ターゲット用バイアス電源は成膜プロセス中にターゲット電極37に対して負のバイアス電圧−Vbiasを印加する。プレート支持機構は、前記ホルダ支持機構と同様の構成を有しているので、その説明は省略する。なお、プレート支持機構も蓋部材33とは絶縁されている。ホルダ支持機構及びプレート支持機構のアクチュエータとしては、例えば、エアシリンダ、モータ又は手動によるネジ送り機構、ラック−ピニオン機構等の公知の駆動機構を採用することができる。
このように、基板支持電極36およびターゲット電極37は、互いの間隔を変更可能に対向し、その間にシートプラズマSPを挟むことになる。すなわち、基板支持電極36およびターゲット電極37の間に形成される空間は、シートプラズマSPが輸送される輸送空間であり、かつ、基板51に成膜処理を施す成膜空間となる。なお、前記磁性部材46については後述する。
なお、基板支持電極36およびターゲット電極37は、二次元の広がりを有する平板状であれば、その具体的構成は限定されず、例えば、その表側面が凹状または凸状に湾曲していてもよい。
第三筒部材31の外部には、その外周面を囲む位置に第三コイル47および第四コイル48が設けられる。第三コイル47および第四コイル48は、いずれも磁力の強さを調節できる電磁コイル(空心コイル)であり、互いに異なる極同士が対向する(例えば、第三コイル47がN極、第四コイル48がS極)ように対をなして配置される。これら第三コイル47および第四コイル48に電流を流すことによりコイル磁場が形成される。このコイル磁場は、シートプラズマSPの幅方向(シートプラズマ成膜装置の横方向)の拡散を抑える磁場となる。すなわち、シートプラズマSPがシートプラズマ成形室20から成膜室30に引き出され、アノードAに向かって成膜空間内を移動する間、前記コイル磁場は、シートプラズマSPの幅方向にプラズマが拡散しないように形状を成形する。
アノードAは、第三筒部材31の側壁のうちスリット穴32に対向する位置に配置される。アノードAと側壁との間には、前述のとおりプラズマ通過用の通路42が設けられている。この通路42は、前記ボトルネック部41と同様に、シートプラズマSPを適切に通過させるように設計されればよい。アノードAは、主電源の正極と配線により電気的に接続されており、この主電源は、アノードAとカソードKとの間に正の電圧(例えば100V)を印加する。これにより、カソードKおよびアノードAの間に直流のアーク放電が発生し、当該アーク放電が、シートプラズマSP中の荷電粒子(特に電子)を回収する。
アノードAの裏側面(カソードKの対向面の反対側となる面)には、永久磁石49が設けられる。この永久磁石49は、アノードA側をS極、大気側をN極とするように配置されている。この永久磁石49のN極からS極に向かって形成される磁力線より、アノードAに向かうシートプラズマSPの幅方向の拡散を抑えることができる。これにより、シートプラズマSPは幅方向に収束されるため、アノードAはシートプラズマSPの荷電粒子をより適切に回収することができる。なお、この永久磁石49は必ずしも設けなくてよい。
なお、プラズマガン10、シートプラズマ成形室20、ボトルネック部41、通路42、アノードA、永久磁石対45、コイル43,44,47,48、および永久磁石49がシートプラズマ形成機構を構成している。
前記のとおり、本実施の形態では、シートプラズマ成膜装置を構成するプラズマガン10およびシートプラズマ成形室20は、前記所定方向に沿った軸を同じくする円筒形状であるため、その断面も円形であるが、本発明はこれに限定されず、多角形等の形状であってもよい。同様に、成膜室30も前記所定方向に直行する方向に沿った軸を有する円筒形状であるため、その断面も円形であるが、多角形等の形状であってもよい。また、前述した各部の配置は、本発明の範囲内で適宜変更することができ、また各部や各部材等の具体的構成は、公知の構成に置き換えることができる。
[磁性部材および磁性部材移動機構]
次に、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置が備えている磁性部材46の構成について、図2を参照しながら説明する。図2は、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置に設けられる磁性部材46を移動させる構成の一例を示す模式図である。
図2に示すように、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置は、ターゲット電極37の裏側面に、当該裏側面内を移動可能に配置される磁性部材46をさらに備えている。磁性部材46は、第三コイル47および第四コイル48の少なくとも一方により磁化される。これにより、磁性部材46の配置位置に対応するシートプラズマSPの部位には凸状の変形部位Pcが形成される。本実施の形態では、磁性部材46は、ターゲット電極37よりも小さい面積の矩形平板であり、軟磁性材料により形成されている。
具体的な軟磁性材料は特に限定されないが、鉄、ニッケル、およびその合金を挙げることができる。合金としては、ケイ素鋼等の鉄−ケイ素系合金、パーマロイ等の鉄−ニッケル系合金、センダスト等の鉄−ケイ素−アルミニウム系合金、パーメンジュール等の鉄−コバルト系合金を挙げることができる。軟磁性材料の具体的な物性も限定されないが、少なくとも高い透磁性を有しかつ保磁力が低いことが必要である。透磁性が高ければ磁力線を通しやすいが、保磁力が高ければ磁力線の影響が長期間残るためである。一般に透磁率が1000H/m以上であれば高い透磁性を有すると判断できる。また保磁力は80A/m以下であれば低いと判断できる。それゆえ、本発明で用いられる磁性部材46は、透磁率が1000H/m以上の軟磁性材料で形成されていることが好ましく、当該軟磁性材料の保磁力が80A/m以下であることがより好ましい。
磁性部材46の具体的な構成も特に限定されず、ターゲット電極37よりも小さい面積を有する平板であればよい。平板の形状としては、円形、矩形、多角形等の各種形状を選択することができるが、シートプラズマSPに凸状の変形Pcを生じさせる点から見れば、本実施の形態のように矩形であることが好ましい。また、磁性部材46は、少なくとも軟磁性材料からなっていればよく、必ずしも軟磁性材料のみからなる平板でなくてよい。例えば、ターゲット電極37の裏側面に対向する面(対向面)が軟磁性材料からなっていれば、対向面の反対側の面(背面)は、非磁性材料からなっていてもよい。つまり、磁性部材46は、対向面を形成する軟磁性材料の層と、この層に積層される非磁性材料の層とを含む多層構造であってもよい。磁性部材46として用いることができないのは、永久磁石等の硬質磁性材料のみである。
磁性部材46のサイズも特に限定されず、少なくともターゲット電極37よりも小さい面積であればよい。後述するように、磁性部材46は、基板保持電極36およびターゲット電極37の間の成膜空間に位置するシートプラズマSPの厚みを調整するために用いられる。そのため、ターゲット電極37の大きさやシートプラズマSPにおける厚みの調節領域の広さ等に応じて、適切なサイズの磁性部材46を選択することができる。
磁性部材46は、図2に示すように、磁性部材移動機構60によりターゲット電極37の裏面内で移動するよう構成される。本実施の形態では、磁性部材移動機構60は、回転駆動源61と支持腕62とを備えており、磁性部材46は、ターゲット電極37の裏側面37a内で、磁性部材移動機構60の動作により公転移動する。回転駆動源61は、少なくとも公知のモータから構成され、その出力軸61aが支持腕62の一端に接続されている。回転駆動源61は、出力軸61aがターゲット電極37の裏側面37aに垂直な軸の周りに回転するように配置されている。
なお、磁性部材46の公転移動の条件によっては、出力軸61aと支持腕62との間に加減速機を設けてもよい。支持腕62は、磁性部材支持体であり、その長手方向がターゲット電極37の裏側面に対して平行となるよう配置され、他端に磁性部材46が固定支持されている。このように、支持腕62の一端が回転中心となり他端に磁性部材46が取り付けられることで、磁性部材46は、支持腕62の長さを回転半径として公転移動する。これによって、後述するように、シートプラズマSPの濃度の相違によるエロージョンのアンバランスを有効に緩和することができる。
[シートプラズマ成膜装置の動作]
次に、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置の動作について、図1、図2および図3(a),(b)を参照しながら説明する。図3(a)は、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置の成膜室30において磁性部材46を設けた場合のシートプラズマSPの状態を示す模式図であり、図3(b)は、図3(a)に示す成膜室において、基板51の表面に穴53a〜53cが形成されている場合に、ターゲット52の表面でスパッタされた原子が基板51の表面へ到達する状態を説明する模式図である。なお、図3(b)では、説明の便宜上、図3(a)に示すターゲット電極37および基板支持電極36は記載を省略している。
まず、成膜室30内に、基板51およびターゲット52が搬入される。そして、図示されない真空ポンプの吸引により、気密容器40内部、すなわち、それぞれ気密に連通されるプラズマガン10、シートプラズマ成形室20、および成膜室30内のそれぞれが真空状態となる。
次に、図示されない基板用バイアス電源をターゲット電極37に電気的に接続するとともに、図示されない主電源をアノードAに電気的に接続する。次に、プラズマガン10では、カソードKを構成する補助陰極の先端からアルゴン(Ar)ガスが放電空間内に供給され、当該補助陰極でグロー放電が行われる。このグロー放電により補助陰極の先端部分の温度が上昇すると、この熱でカソードKを構成する主陰極が加熱されて高温になり、アーク放電が行われる。これにより、カソードKからプラズマ放電誘発用熱電子が放出され、プラズマが発生する。発生したプラズマは、第一中間電極14および第二中間電極15による電界と第一コイル43によるコイル磁場により、カソードKからアノードA側に引き出され、円柱プラズマCPに成形される。円柱プラズマCPは、第一コイル43によって形成されるコイル磁場の磁力線に沿ってシートプラズマ成形室20に導入される。
シートプラズマ成形室20に導入された円柱プラズマCPは、永久磁石対45と第二コイル44から発生する磁場によってシート状に広がり、シートプラズマSPに成形される。シートプラズマSPは、ボトルネック部41(およびスリット穴32)を通過して成膜室30に導入される。
成膜室30に導入されたシートプラズマSPは、第三コイル47および第四コイル48によるコイル磁場によって、幅方向の形状が整えられ、基板51とターゲット52と間の空間(成膜空間)に導入される。ターゲット52には、バッキングプレートを介して、シートプラズマSPに対して負のバイアス電圧−Vbiasが印加される。基板51には、基板ホルダを介して、シートプラズマSPに対して負のバイアス電圧−Vbiasが印加される。ターゲット52の電圧が負にバイアスされることにより、シートプラズマSP中のアルゴンイオン(Ar+ )がターゲット52に向かって引き付けられ、ターゲット52に衝突する。このときアルゴンイオンとターゲット52との衝突エネルギーにより、ターゲット52を構成する材料の原子(ターゲット原子)が、基板51に向かってはじき出され、スパッタが生じる。
スパッタによりはじき出されたターゲット原子は、直進してシートプラズマSP中を通過する。このとき、ターゲット原子はシートプラズマSPにより電子を剥ぎ取られて電離され、陽イオンにイオン化する。基板51は負の電圧にバイアスされているため、この陽イオンの進行速度は基板51に向かって加速する。この加速により、陽イオンは、基板51の表面に対して付着強度を高めて堆積し、堆積に伴って電子を受け取ることで基板51の表面にターゲットの材料からなる膜を形成する。その後、シートプラズマSPは、永久磁石49の磁力線により幅方向に収束され、アノードAがシートプラズマSPの荷電粒子を回収する。
ここで、磁性部材46を設けない構成であれば、成膜空間内のシートプラズマSPは、当該成膜空間の中央部分で厚みが大きくなる傾向がある(図5(a)参照)。これは、第三コイル47および第四コイル48が成膜室30の外側に位置するためである。すなわち、第三コイル47および第四コイル48により形成されるコイル磁場は、シートプラズマSPの拡散を抑える磁場である。そのため、第三コイル47または第四コイル48の近傍部分となる、成膜空間の上流側(シートプラズマ成形室20側、カソードK側)および下流側(アノードA側)においては、磁場は相対的に強くなるが、これら第三コイル47および第四コイル48から離れる中央部分では、磁場は相対的に弱くなる。それゆえ、中央部分ではシートプラズマSPが拡散し、その厚みが増大する。
前記のとおり、スパッタは、シートプラズマ中のアルゴンイオンがターゲット52の表面に衝突することにより生じる。したがって、シートプラズマSPの厚みが増大すれば、ターゲット52における対応部位でのスパッタ量も増大する。また、成膜空間の中央部分に対応するターゲット52の表面では、より多くのターゲット原子が多方向にはじき出されるため、基板51の表面の中央領域では堆積量が多くなるとともに、さまざまな入射角でターゲットの陽イオンが表面に到達するため、段差被覆性も向上する。
これに対して、成膜空間の上流側や下流側ではシートプラズマSPが拡散せず収束しているため、相対的にスパッタ量も少なくなる。さらに、基板51の表面の周辺領域は中央領域と比較するとイオン粒子の入射量が相対的に少ない。その結果、基板51の表面の周辺領域では堆積量が相対的に少なくなるとともに、表面に到達する陽イオンの入射角も制限されるため、段差被覆性も低下する(図5(b)参照)。
成膜対象である基板51の表面が平坦であれば、このような堆積量や段差被覆性の部分的な相違は、成膜にあまり影響しない。しかしながら、基板51の表面に溝や穴等の立体形状が形成されている場合、これら溝または穴は表面における段差であるため、この段差の「影」となる部位では陽イオンの到達が妨げられやすくなる。ここで、基板51の中央領域では、ターゲットの陽イオンは多方向から表面に到達するため「影」が生じにくく、それゆえ段差被覆性が良好となる。一方、基板51の周辺領域では、その表面に到達する陽イオンそのものが制限される上、陽イオンの進行方向から見て段差の「影」となる部位には陽イオンは到達しにくくなる。その結果、周辺領域では、段差被覆性が低下するため、同一の基板51表面での膜厚や被覆状態の顕著なばらつきが生じる。
そこで、本発明では、図2および図3(a)に示すように、ターゲット52の背面側(正確には、ターゲット電極37の裏側面)に軟磁性材料からなる磁性部材46を配置する。磁性部材46を配置することで、第三コイル47または第四コイル48により磁性部材46が磁化するため、磁性部材46の位置に対応する部位では、シートプラズマSPは磁性部材46側に引き付けられ凸状に変形する。そして、磁性部材46を公転移動させることによって、シートプラズマSPの凸状の変形部位(以下、凸状部位という。)Pcも移動する。凸状部位Pcの移動により、スパッタ量の多くなる部位が移動するため、ターゲット原子のイオン化率のばらつきを調整することが可能となり、堆積量および段差被覆性の部分的なばらつきを有効に緩和することができる。
例えば、図3(b)に示すように、基板51の中央領域に穴53aが形成され、周辺領域に穴53b(図中右側),53c(図中左側)が形成されているとし、ターゲット53の周辺部分におけるシートプラズマSPとターゲット52の表面との距離D0 を基準とする。磁性部材46により、ターゲット52の周辺部分に凸状部位Pcを生じさせると、当該凸状部位Pcとターゲット52の表面との距離D2 は距離D0 よりも小さくなる。ターゲット52の表面におけるスパッタ量は、当該表面からプラズマまでの距離に依存するので、周辺部分でターゲット52の表面と凸状部位Pcとの距離が小さくなると、周辺部位におけるスパッタ量が増大する。それゆえ、例えば、図3(b)の右側に示す、基板51の周辺領域の穴53bでは、イオン粒子の進行方向(図中矢印)から見て段差の「影」となる部位が生じにくくなり、当該穴53b内で形成された膜54の厚みは均一性を増す。
ここで、凸状部位Pcが図中右側の位置から動かず静止していれば、周辺部分でのスパッタ量の増大により、基板51の中央領域の穴53aに到達するイオン粒子の量に差が生じ、膜厚に不均一が生じることになる。ところが前記のように、磁性部材46はターゲット52(正確にはターゲット電極37の裏側面)で公転移動するので、凸状部位Pcも移動する。それゆえ、穴53aにおいても、図3(b)に示すような膜厚の不均一は生じず、均一性を増した膜54を形成することができる。なお、図中左側の穴53cについても同様に膜厚の均一性が増す。
また、磁性部材46は軟磁性材料で構成されるため、永久磁石のように外部から強制的な磁場を加えることがない。それゆえ、シートプラズマ成形室20の永久磁石対45とアノードAとの間では、弱磁場が維持される。その結果、シートプラズマSPは、シート形状および高密度の状態を維持して成膜空間に移動することができる。また、磁性部材46を回転移動させるときに、ターゲット電極37の裏側面全体に磁性部材46が隅々まで均等に移動するように設定することで、基板51の表面の周辺領域だけでなく中央領域においても段差被覆性を改善することが可能となる。
ここで、磁性部材46の公転速度は特に限定されず、成膜のばらつきに応じてシートプラズマSPの凸状部位Pcを適切に移動させることができれば、どのような速度であってもよいし、速度を変化させてもよい。また、公転は一定周期で行ってもよいし、断続的に行ってもよい。本実施の形態では、磁性部材46の公転速度は一定であるが、公転速度を段階的に変化させることにより、膜厚の均一性および段差被覆性をより一層改善することが可能となる。
なお、磁性部材46をターゲット電極37の裏側面に静置し移動させない場合、磁性部材46の静置位置でシートプラズマSPの凸状部位Pcが静止するため、ターゲット52の表面では、凸状部位Pcに対応する位置でスパッタ量が多くなりエロージョンが集中する。それゆえ、必ずしも堆積量や段差被覆性のばらつきを抑制できるわけではなく、静置位置によっては、ばらつきが悪化する可能性もある。したがって、本発明では、磁性部材46は磁性部材移動機構60によってターゲット電極37の裏側面を移動するように構成される必要がある。
[変形例]
本実施の形態では、前記のとおり、磁性部材移動機構60が磁性部材46を公転移動させるよう構成されているが、本発明はこれに限定されるものではなく、往復移動させるように構成されてもよい。往復移動させる構成は特に限定されず、磁性部材46をターゲット電極37の裏側面で単純に往復移動させるよう構成されてもよいし、裏側面全体で磁性部材46を走査移動させるよう構成されてもよい。具体的な構成としては公知の構成を採用することができる。
なお、磁性部材46を往復移動させるか公転移動させるかについては、ターゲット52や基板51の形状に合わせて適宜選択すればよい。例えば、ターゲット52および基板51が円形であれば、磁性部材46を公転移動させればよく、ターゲット52および基板51が矩形であれば、磁性部材46を往復移動させればよい。もちろん、磁性部材46の移動の仕方は往復または公転に限定されない。
また、本実施の形態では、支持腕62の一端に回転駆動源61の出力軸61aを接続し、他端に磁性部材46を固定支持する構成となっているが、本発明はこれに限定されない。例えば、出力軸61aを接続する部位と磁性部材46を固定する部位との間隔が変更可能な構成であってもよい。
この場合、支持腕62は、ターゲット電極37の裏側面37aに対向する側(支持側)のいずれかの箇所に磁性部材46を固定支持し、前記支持側の背面側(駆動側)のいずれかの箇所に出力軸61aを接続するよう構成されればよい。この構成では、支持腕62における磁性部材46の固定部位と出力軸61aの接続部位とを、支持腕62の延伸方向において異ならせることで、磁性部材46を公転移動させることができる。前記固定部位と接続部位とが、支持腕62の延伸方向において異なっていなければ、支持腕62の回転中心の直下で磁性部材46が固定支持されているため、磁性部材46が自転することになる。この場合、磁性部材46を静置した状態と同様に、シートプラズマSPの凸状部位Pcがターゲット52の表面で移動しないことになるため、好ましくない。
また、磁性部材46は、ターゲット電極37の裏側面で、当該ターゲット電極37に対向する基板支持電極36の表側面に対して相対的に公転するようになっていればよい。したがって、磁性部材移動機構の具体的構成は、図2に示すような、回転駆動源61により支持腕62を回転させる構成に限定されず、例えば、ターゲット電極37を磁性部材支持体として用い、当該ターゲット電極37の前記裏側面に磁性部材46を固定させる構成であってもよい。この構成であれば、回転駆動源61によりターゲット電極37を自転させるので、磁性部材46は、基板支持電極36の表側面に対して相対的に公転することになる。
また、回転駆動源61の出力軸61aは、裏側面37aに垂直な軸となっている必要はなく、裏側面37aと平行な軸であってもよいし、傾斜してもよい。すなわち回転駆動源61の回転出力が磁性部材支持体またはターゲット電極37を自転させるようになっていればよく、例えば、ベベルギヤやウォームギヤ等の回転力の方向を変える機構を備えていてもよい。
このように、本発明においては、磁性部材46を裏側面37aで公転させる構成を採用するのであれば、磁性部材移動機構は、公知の回転駆動源と磁性部材支持体とを備え、前記磁性部材を前記裏側面内で相対的に公転させるようになっていればよい。
(実施例)
次に、図4(a)〜(d)を参照して実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこの実施例のみに限定されるものではない。本実施例では、本発明の効果をより明確に示すために、磁性部材46を設けないときに穴に形成された膜の段差被覆性と、磁性部材46を設け、かつ、磁性部材46を敢えて移動させないときに、穴に形成された膜の段差被覆性とを比較した。
図4(a),(b)は、図5(b)に示す従来の構成に対応する比較例であり、本実施の形態に係るシートプラズマ成膜装置において磁性部材46を用いないで基板151に成膜したときの穴153aおよび153bの段差被覆性の結果(電子顕微鏡写真)を示す図である。図4(a)が、基板151の中央領域に形成された穴153aに対応する結果を示し、図4(b)が、
周辺領域(外周部)に形成された穴153bに対応する結果を示す。
また、図4(c),(d)は、図3(b)に示す本発明の構成に対応する実施例であり、前記シートプラズマ成膜装置において磁性部材46を用いて基板51に成膜したときの穴53aおよび53bの段差被覆性の結果を示す図である。図4(c)が、基板51の中央領域に形成された穴53aに対応する結果を示し、図4(d)が、周辺領域(外周部)に形成された穴53bに対応する結果を示す。
図4(a)に示すように、基板151の中央領域では、穴153a内において膜厚は均一なものとなっているのに対して、図4(b)に示すように、基板151の周辺領域では、穴153b内において、中央側の膜厚が小さく外周側の膜厚が大きくなっている。これに対して、本発明を適用すれば、図4(d)に示すように、基板51の周辺領域では、穴53b内の膜厚は、図4(b)に示す穴153b内の膜厚と比較して、明らかに段差被覆性が向上している。
なお、本実施例では、前記のとおり、磁性部材46を回転させていないので、図3(b)におけるシートプラズマの進行方向(図の右から左側)を基準とすれば、図4(c)に示すように、基板51の中央領域では、穴53a内において、前記進行方向の下流側(図中左側)の膜厚が大きく、前記進行方向の上流側(図中右側)の膜厚が小さくなっている。これは、穴53aから見れば、前記進行方向の上流側で磁性部材46が静止しているためである。しかしながら、磁性部材46を回転させることによって、中央領域でも、図4(a)に示す穴153aと同様に膜厚の不均一性を解消することができる。それゆえ、本発明によれば、穴の段差被覆性を向上させ、膜厚の分布をより均一とできるだけでなく、被覆の対象性も向上できることがわかる。
前述した本発明をシートプラズマ処理方法としてみれば、スパッタリングによる薄膜形成において、表側面を互いに対向させて配置されるターゲットおよび基板の間に、シート状のプラズマを導入する工程と、前記ターゲットおよび前記基板それぞれに電極を介して電圧を印加し、スパッタを行う工程を含み、スパッタを行う工程では、スパッタを行うと同時に、前記ターゲットの裏側面で、軟磁性材料で形成される磁性部材を移動させている。これにより、基板に被覆される膜の膜厚分布を向上させることができるとともに、基板表面に穴や溝が形成されていても、段差被覆性や被覆の対象性を改善することができる。
なお、本発明は上記の実施形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。