以下、本発明による車両の4輪操舵制御装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る4輪操舵制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。本装置は、前輪操舵制御機構20と、後輪操舵制御機構30と、ハイドロリックユニット40とを含んでいる。
前輪操舵制御機構20では、運転者に操作されるステアリングホイール21が、アッパステアリングシャフト22、ステアリングギヤ比可変機構VGRS(STRf)、ロアステアリングシャフト23を介して電動パワーステアリング機構(EPS)に接続されている。これにより、ステアリングホイール21の回転がEPSに伝達されるようになっている。
EPSは、周知の構成の一つにより構成されていて、ロアステアリングシャフト23の回転運動をロッド24の車体左右方向の並進運動に変換するとともに、ロアステアリングシャフト23から受ける回転トルクを助勢する方向にロッド24を駆動するアシスト力を図示しない電動モータにより発生するようになっている。以上より、運転者によりステアリングホイール21が回転操作されると、運転者の操舵トルクが前記アシスト力により助勢されながら、前輪FL,FRが転舵されるようになっている。
STRfは、モータMTfと、図示しないギヤ機構部とから構成されていて、モータMTfの(絶対)回転角度を制御することで、アッパステアリングシャフト22に対するロアステアリングシャフト23の相対回転角度(以下、単に「相対角」とも称呼する。)を調整可能となっている。これにより、相対角を制御することで、前輪FL,FRの舵角に対するステアリングホイール21の回転角度の比率(ステアリングギヤ比)が変更可能に構成されている。
後輪操舵制御機構30は、後輪操舵機構STRrを有している。STRrは、モータMTrと、図示しないギヤ機構部とから構成されていて、モータMTrの(絶対)回転角度を制御することで、ロッド31の車体左右方向における位置を調整可能となっている。これにより、モータMTrの回転角度を制御することで、後輪RL,RRの舵角が変更可能に構成されている。
ハイドロリックユニット(HU)40は、複数の電磁弁、液圧ポンプ、モータ等を備えた周知の構成を有している。HU40は、非制御時では、運転者によるブレーキペダルBPの操作に応じたブレーキ液圧を各車輪のホイールシリンダW**にそれぞれ供給し、制御時では、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダW**内のブレーキ液圧を車輪毎に調整できるようになっている。
なお、各種記号等の末尾に付された「**」は、同各種記号等が何れの車輪に関するものであるかを示すために同各種記号等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であり、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示している。例えば、ホイールシリンダW**は、左前輪ホイールシリンダWfl,
右前輪ホイールシリンダWfr, 左後輪ホイールシリンダWrl, 右後輪ホイールシリンダWrrを包括的に示している。
本装置は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサ51**と、ステアリングホイール21の(中立位置からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール回転角度センサ52と、運転者のステアリングホイール21の操舵トルクTswを検出する操舵トルクセンサ53と、車体のヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサ54と、車体前後方向における前後加速度Gxを検出する前後加速度センサ55と、車体横方向における横加速度Gyを検出する横加速度センサ56と、アッパステアリングシャフト22に対するロアステアリングシャフト23の実際の相対回転角度(実相対角θrela)を検出する相対角センサ57(前記検出手段に対応)と、後輪RL,RRの実際の舵角(実後輪舵角δra)を検出する後輪舵角センサ58と、ホイールシリンダ圧力Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサ59**と、電子制御装置(ECU)60とを備えている。
ECU60は、互いに通信バスCBで接続された複数のECU(ECU0〜4)から構成されたマイクロコンピュータである。ECU60は、HU40、及び前記センサ51〜59と電気的に接続されている。ECU60内のECU0〜4は専用の制御をそれぞれ実行するようになっている。
具体的には、ECU0は、車輪速度センサ51**、前後加速度センサ55等からの信号に基づいて周知のアンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御(前後力制御)を実行するようになっている。ECU1は、ステアリングホイール回転角度センサ52、車輪速度センサ51**等からの信号に基づいて後に詳述する前輪操舵制御を実行するようになっている。ECU2は、相対角センサ57、車輪速度センサ51**等からの信号に基づいて後に詳述する後輪操舵制御を実行するようになっている。ECU3は、操舵トルクセンサ53からの信号に基づいて周知の電動パワーステアリング制御を実行するようになっている。ECU4は、図示しないエンジン、オートマチックトランスミッション等のパワートレイン系の制御を実行するようになっている。
(前輪操舵制御)
次に、本装置(具体的には、ECU1)による前輪操舵制御について、その機能ブロック図である図2(の上段部)を参照しながら詳述する。本装置は、前輪操舵制御に係わる機能ブロックA1〜A4を含んで構成されている。
目標基準前輪舵角演算手段A1は、上記相対角(前記前輪舵角相当値に対応)に関する目標基準相対角θrel1t(前記「前輪舵角相当値の基準値」に対応)を演算する手段であり、機能ブロックA11,A12から構成されている。
操舵ギヤ比演算部A11は、車輪速度センサ51**から得られる車輪速度Vw**に基づいて計算される車体速度Vxと、図3に示したテーブルとに基づいて第1操舵ギヤ比SGf1を決定し、ステアリングホイール回転角度センサ52から得られるステアリングホイール21の回転角度θswと、図4に示したテーブルとに基づいて第2操舵ギヤ比SGf2を決定し、下記(1)式に基づいて、前輪舵角に対するステアリングホイール21の回転角度の比率である操舵ギヤ比SGfを求める。
SGf=SGf1+SGf2 ・・・(1)
これにより、操舵ギヤ比SGfは、車体速度Vx、及びステアリングホイール21の回転角度θswに基づいて決定され、車体速度Vxが大きいほどより大きい値に決定され、回転角度θsw(の絶対値)が小さいほどより大きい値に決定される。
目標基準相対角演算部A12は、操舵ギヤ比演算部A11により求められた操舵ギヤ比SGfと、ステアリングホイール21の回転角度θswとに基づいて、操舵ギヤ比SGfを達成するために必要な上記相対角である目標基準相対角θrel1tを求める。以上、目標基準相対角θrel1tを求める目標基準前輪舵角演算手段A1は、前記基準値決定手段に対応する。
目標修正前輪舵角演算手段A2は、上記相対角に関する目標修正相対角θrel2t(前記「前輪舵角相当値の修正値」に対応)を演算する手段であり、機能ブロックA21〜A26から構成されている。
目標運動状態量演算部A21は、上記車体速度Vxと、ステアリングホイール21の回転角度θswと、上記操舵ギヤ比SGfと、後輪舵角センサ58から得られる後輪RL,RRの実舵角δraと、周知の手法の1つとに基づいて、車両の旋回状態(ヨー方向の運動状態)を表すパラメータの目標値である目標運動状態量Vmtを求める。ここで、車両の旋回状態(ヨー方向の運動状態)を表すパラメータとは、例えば、ヨーレイト、横加速度、車体スリップ角、車体スリップ角速度のうちの少なくとも1つを用いて演算される値である。
実運動状態量演算部A22は、上記車体速度Vxと、横加速度センサ56から得られる横加速度Gyと、ヨーレイトセンサ54から得られるヨーレイトYrと、周知の手法の1つとに基づいて、前記パラメータの実際値である実運動状態量Vmaを求める。
運動状態量偏差演算部A23は、目標運動状態量演算部A21により求められた目標運動状態量Vmtから実運動状態量演算部A22により求められた実運動状態量Vmaを減じることで、オーバーステアの程度を表すパラメータである運動状態量偏差ΔVm_os、及びアンダーステアの程度を表すパラメータである運動状態量偏差ΔVm_usを求める。
前後力演算部A24は、ホイールシリンダ圧力センサ59**から得られるホイールシリンダ圧力Pw**と、車輪速度Vw**等と、周知の手法の1つに従って車輪**の前後力FX**を計算する。前後力FX**は、例えば、ホイールシリンダ圧力Pw**から得られる車輪**についての制動トルク、図示しないエンジンの駆動トルクから得られる車輪**の駆動トルク、車輪速度Vw**の微分値である車輪**の角加速度、及び車輪**の回転運動方程式等から計算することができる。また、ホイールシリンダ圧力センサ59**は省略することもできる。この場合、HU40を構成する液圧ポンプ、モータ、電磁弁等の作動状態に基づいて前後力FX**を推定することができる。
前後力差演算部A25は、左右輪の前後力差ΔFXを求める。前後力差ΔFXは、例えば、下記(2)式に従って求めることができる。
ΔFX=(FXfr+FXrr)−(FXfl+FXrl) ・・・(2)
目標修正相対角演算部A26は、前後力差演算部A25により求められた前後力差ΔFXと、図5に示したテーブルとに基づいて第1修正相対角θrel2t_fxを決定し、運動状態量偏差演算部A23により求められた運動状態量偏差ΔVm_osと、図6に示したテーブルとに基づいて第2修正相対角θrel2t_vmosを決定し、運動状態量偏差演算部A23により求められた運動状態量偏差ΔVm_usと、図7に示したテーブルとに基づいて第3修正相対角θrel2t_vmusを決定し、下記(3)式に基づいて、前輪舵角の修正量(修正すべき量)に対応する上記相対角である目標修正相対角θrel2tを求める。以上、目標修正相対角θrel2tを求める目標修正前輪舵角演算手段A2は、前記修正値決定手段に対応する。
θrel2t=θrel2t_fx+θrel2t_vmos+θrel2t_vmus ・・・(3)
これにより、目標修正相対角θrel2tは、前後力差ΔFX、運動状態量偏差ΔVm_os、及び、運動状態量偏差ΔVm_usのうちの少なくとも何れか1つに基づいて決定され、前後力差ΔFX、運動状態量偏差ΔVm_os、運動状態量偏差ΔVm_us(の絶対値)が大きいほど、(絶対値が)より大きい値に決定される。なお、第1修正相対角θrel2t_fxについては、ABS制御、或いはTCS制御の実行中(且つ、μスプリット路面走行中)の場合のみ上述のように図5に示したテーブルに基づいて決定し、それ以外の場合は「0」に設定してもよい。
目標相対角演算部A3は、下記(4)式に従って、目標基準相対角θrel1tを目標修正相対角θrel2t分だけ修正して、上記相対角に関する制御目標値である目標相対角θrelt(前記「前輪舵角相当値の目標値」に対応)を求める。目標相対角演算部A3は、前記目標値決定手段に対応する。
θrelt=θrel1t+θrel2t ・・・(4)
モータ駆動指示部A4は、相対角センサ57から得られる実相対角θrelaが目標相対角演算部A3により求められた目標相対角θreltと一致するようにSTRf内のモータMTfを制御する。
これにより、前輪舵角は、ステアリングホイール21の回転角度θswと操舵ギヤ比演算部A11により求められた操舵ギヤ比SGfとから決定される値(=θsw/SGf、以下、「前輪基準舵角」とも称呼する。)を上記目標修正相対角θrel2tに対応する値(以下、「前輪修正舵角」とも称呼する。)の分だけ修正した値に制御される。
これにより、上記目標修正相対角θrel2tが「0」に維持されている場合、前輪舵角は上記前輪基準舵角と一致するように制御される。一方、この状態にて、上記目標修正相対角θrel2tが「0」以外となった場合、前輪舵角は上記前輪基準舵角から上記前輪修正舵角分だけ自動的に修正される。
この結果、上述した安定性向上用ヨーモーメントが発生し、車両安定性が向上する。具体的には、上述した前後力差起因ヨーモーメントによる車両の偏向が抑制され、また、車両の旋回状態が目標状態に近づく。換言すれば、本装置は、上述した「前輪舵角修正制御」を実行するようになっている。モータ駆動指示部A4は、前記第1制御手段に対応する。
(後輪操舵制御)
次に、本装置(具体的には、ECU2)による後輪操舵制御について、その機能ブロック図である図2(の下段部)を参照しながら詳述する。本装置は、後輪操舵制御に係わる機能ブロックA5〜A7を含んで構成されている。
制御用前輪舵角演算手段A5は、後輪操舵制御における目標後輪舵角の決定に使用される制御用前輪舵角δfhを演算する手段であり、機能ブロックA51,A52から構成されている。
実前輪舵角演算部A51は、下記(5)式に基づいて、実前輪舵角δfaを求める。ここで、値Kは、ロアステアリングシャフト23(図1を参照)の(中立位置からの)回転角度に対する前輪舵角の比率である。この実前輪舵角δfaは、前記「検出手段の検出値(θrela)に対応する前輪舵角」に相当する。
δfa=K・(θsw+θrela) ・・・(5)
制御用前輪舵角演算部A52は、下記(6)式に基づいて、制御用前輪舵角δfhを求める。(6)式から理解できるように、制御用前輪舵角δfhは、「前輪舵角から前記修正値に相当する分を除いた」値である。以上、制御用前輪舵角δfhを求める制御用前輪舵角演算手段A5は、前記算出手段に対応する。
δfh=δfa−(K・θrel2t)=K・(θsw+θrela−θrel2t) ・・・(6)
目標後輪舵角演算手段A6は、後輪舵角に関する制御目標値である目標後輪舵角δrtを演算する手段であり、機能ブロックA61,A62から構成されている。
前後輪操舵比演算部A61は、前記車体速度Vxと、図8に示したテーブルとに基づいて前輪舵角に対する後輪舵角の比率である前後輪操舵比SGrを求める。これにより、前後輪操舵比SGrは、車体速度Vxが大きいほどより大きい値(≧0)に決定される。
目標後輪舵角演算部A62は、下記(7)式に基づいて、目標後輪舵角δrtを求める。目標後輪舵角演算手段A6は、前記目標後輪舵角決定手段、及び前記基準舵角決定手段に対応する。
δrt=δfh・SGr ・・・(7)
モータ駆動指示部A7は、後輪舵角センサ58から得られる実後輪舵角δraが目標後輪舵角演算部A62により求められた目標後輪舵角δrtと一致するようにSTRr内のモータMTrを制御する。
これにより、後輪舵角は、制御用前輪舵角演算部A52により求められた制御用前輪舵角δfhと前後輪操舵比演算部A61により求められた前後輪操舵比SGrとから決定される値(=δfh・SGr、以下、「後輪基準舵角」とも称呼する。)と一致するように制御される。
この結果、後輪舵角は、前輪舵角(より具体的には、制御用前輪舵角δfh)が大きいほど、且つ、車体速度Vxが大きいほど、同位相方向においてより大きい値に制御される。即ち、本例では、上述した同位相制御がなされる。モータ駆動指示部A7は、前記第2制御手段に対応する。
(作用)
次に、目標後輪舵角δrtの算出に際し、実前輪舵角δfaに代えて制御用前輪舵角δfhを使用することによる作用について図9A,9B、図10A,10Bを参照しながら説明する。先ず、図9A,9Bを参照しながら、ステアリングホイール21が中立位置に維持された状態でμスプリット路面走行中においてブレーキ操作がなされた場合について説明する。図9Aは、目標後輪舵角δrtの算出に際して実前輪舵角δfaが使用された場合(即ち、δrt=δfa・SGr)を示し、図9Bは、本装置のように目標後輪舵角δrtの算出に際して制御用前輪舵角δfhが使用された場合(上記(7)式を参照)を示している。
図9A,9Bに示すように、この例の場合、車体左側が高摩擦路面に、車体右側が低摩擦路面にそれぞれ対応している。従って、ブレーキ操作がなされると、上述した左右輪の前後力差(制動力差)が発生して車体を左回り方向(車両上方から見て反時計回り方向)に偏向させる「前後力差起因ヨーモーメント」が発生する。
この場合、図5に示したテーブルに従って決定される上述した第1修正相対角θrel2t_fx(の絶対値)が大きい値となって、目標修正相対角θrel2t(の絶対値)が大きい値(ゼロより大きい値)に設定され得る。この結果、上述した「前輪舵角修正制御」により、前輪舵角が上記前輪基準舵角(=0、図中の破線を参照)から右方向に自動的に修正される。即ち、カウンタステア操作がなされる。これにより、右回り方向(車両上方から見て時計回り方向)の「安定性向上用ヨーモーメント」が発生し(図中の円弧状の矢印を参照)、「前後力差起因ヨーモーメント」に起因する車両の左方向への偏向が抑制され得る。
このように「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が「0」から右方向に修正された場合において、目標後輪舵角δrtの算出に際して実前輪舵角δfaが使用されると、図9Aに示すように、「後輪操舵制御」の同位相制御により後輪が前輪舵角の修正方向と同じ方向、即ち、右方向に転舵される。このような後輪舵角の変化は、左回り方向のヨーモーメントを発生させる。この結果、「前輪舵角修正制御」により発生する「安定性向上用ヨーモーメント」が「後輪操舵制御」により打ち消され、上述した車両の左方向への偏向が効果的に抑制され得ないという問題が生じ得る。
一方、このように「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が「0」から右方向に修正された場合において、目標後輪舵角δrtの算出に際して実前輪舵角δfaから上記前輪舵角修正制御による修正成分が除かれた制御用前輪舵角δfhが使用されると、図9Bに示すように、「後輪操舵制御」の同位相制御により後輪が前輪舵角の修正方向と同じ方向(即ち、右方向)に転舵される事態が抑制される。この結果、「前輪舵角修正制御」により発生する「安定性向上用ヨーモーメント」が「後輪操舵制御」により打ち消される事態が抑制され得、上述した車両の左方向への偏向が効果的に抑制され得る。即ち、「前輪舵角修正制御」による車両安定性向上効果が効果的に発揮され得る。
次に、図10A,10Bを参照しながら、右旋回中において旋回状態がオーバーステアになった場合について説明する。図10Aは、目標後輪舵角δrtの算出に際して実前輪舵角δfaが使用された場合(即ち、δrt=δfa・SGr)を示し、図10Bは、本装置のように目標後輪舵角δrtの算出に際して制御用前輪舵角δfhが使用された場合(上記(7)式を参照)を示している。
この場合、図6に示したテーブルに従って決定される上述した第2修正相対角θrel2t_vmos(の絶対値)が大きい値となって、目標修正相対角θrel2t(の絶対値)が大きい値(ゼロより大きい値)に設定され得る。この結果、上述した「前輪舵角修正制御」により、前輪舵角が上記前輪基準舵角(右方向の舵角、図中の破線を参照)から左方向に自動的に修正される。これにより、左回り方向の「安定性向上用ヨーモーメント」が発生し(図中の円弧状の矢印を参照)、オーバーステアの程度が抑制され得る。
このように「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が右方向の或る舵角から左方向に修正された場合において、目標後輪舵角δrtの算出に際して実前輪舵角δfaが使用されると、図10Aに示すように、「後輪操舵制御」の同位相制御により後輪が前輪舵角の修正方向と同じ方向、即ち、左方向に転舵される。このような後輪舵角の変化は、右回り方向のヨーモーメントを発生させる。この結果、「前輪舵角修正制御」により発生する「安定性向上用ヨーモーメント」が「後輪操舵制御」により打ち消され、オーバーステアの程度が効果的に抑制され得ないという問題が生じ得る。
一方、このように「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が右方向の或る舵角から左方向に修正された場合において、目標後輪舵角δrtの算出に際して上記制御用前輪舵角δfhが使用されると、図10Bに示すように、「後輪操舵制御」の同位相制御により後輪が前輪舵角の修正方向と同じ方向(即ち、左方向)に転舵される事態が抑制される。この結果、「前輪舵角修正制御」により発生する「安定性向上用ヨーモーメント」が「後輪操舵制御」により打ち消される事態が抑制され得、オーバーステアの程度が効果的に抑制され得る。即ち、「前輪舵角修正制御」による車両安定性向上効果が効果的に発揮され得る。
以上、説明したように、本発明の第1実施形態に係る4輪操舵制御装置によれば、前輪操舵制御において、車体速度Vxと、ステアリングホイール21の回転角度θswとに基づいて前輪基準舵角(θrel1tに相当)が決定され、車両のヨー方向の運動状態(左右輪の前後力差ΔFX、及び運動状態量偏差ΔVm_os,ΔVm_usのうちの少なくとも何れか1つ)に基づいて前輪修正舵角(θrel2tに相当)が決定される。そして、前輪舵角は、前輪基準舵角を前輪修正舵角分だけ修正した値に制御される。即ち、「前輪舵角修正制御」が実行される。
一方、後輪操舵制御(同位相制御)において、実前輪舵角δfaから「前輪舵角修正制御」による修正成分が除かれた制御用前輪舵角δfhと、車体速度Vxとに基づいて後輪基準舵角(δrt)が決定され、後輪舵角は、後輪基準舵角δstに一致するように制御される。
このように、後輪操舵制御において実前輪舵角δfaに代えて実前輪舵角δfaから「前輪舵角修正制御」による修正成分が除かれた制御用前輪舵角δfhが使用されると、「後輪操舵制御」の同位相制御により後輪が前輪舵角の修正方向と同じ方向に転舵される事態が抑制される。この結果、「前輪舵角修正制御」により発生する「安定性向上用ヨーモーメント」が「後輪操舵制御」により打ち消される事態が抑制され得、「前輪舵角修正制御」による車両安定性向上効果が効果的に発揮され得る。
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る4輪操舵制御装置について説明する。第2実施形態は、「後輪操舵制御」においても、「前輪操舵制御」における「前輪舵角修正制御」と同様の「後輪舵角修正制御」を行う点においてのみ、「後輪舵角修正制御」を行わない上記第1実施形態と異なる。
以下、図11を参照しながら、係る相違点についてのみ説明する。なお、第2実施形態において、第1実施形態における部材、機能ブロック等と同じものについては第1実施形態における符号と同じ符号が付されている。
図11に示すように、第2実施形態では、目標後輪舵角演算手段A6により求められた後輪基準舵角δrtに、目標修正後輪舵角演算部A8により求められた目標修正後輪舵角(以下、「後輪修正舵角」とも称呼する。)δstを加えることで目標後輪舵角δrtが求められる。
目標修正後輪舵角演算部A8は、上述した目標修正前輪舵角演算部A2と酷似していて、図5、図6、及び図7にそれぞれ対応する図12、図13、及び図14に示したテーブルに基づいて第1修正後輪舵角δst_fx、第2修正後輪舵角δst_vmos、及び第3修正後輪舵角δst_vmusを決定し、下記(8)式に基づいて、目標修正後輪舵角δstを求める。以上、目標修正後輪舵角δstを求める目標修正後輪舵角演算手段A8は、前記修正舵角決定手段に対応する。
δst=δst_fx+δst_vmos+δst_vmus ・・・(8)
これにより、目標修正後輪舵角(後輪修正舵角)δstは、前後力差ΔFX、運動状態量偏差ΔVm_os、及び、運動状態量偏差ΔVm_usのうちの少なくとも何れか1つに基づいて決定され、前後力差ΔFX、運動状態量偏差ΔVm_os、動状態量偏差ΔVm_us(の絶対値)が大きいほど、(絶対値が)より大きい値に決定される。なお、第1修正後輪舵角δst_fxについては、ABS制御、或いはTCS制御の実行中(且つ、μスプリット路面走行中)の場合のみ上述のように図12に示したテーブルに基づいて決定し、それ以外の場合は「0」に設定してもよい。
そして、モータ駆動指示部A7において、実後輪舵角δraが上記目標後輪舵角δrt(後輪基準舵角δrt+後輪修正舵角δst)と一致するようにSTRr内のモータMTrが制御される。この結果、後輪舵角は、後輪基準舵角δrtを後輪修正舵角δst分だけ修正した値に制御される。
これにより、後輪修正舵角δstが「0」に維持されている場合、後輪舵角は後輪基準舵角δrtと一致するように制御される。一方、この状態にて、後輪修正舵角δstが「0」以外となった場合、後輪舵角は、後輪基準舵角δrtから後輪修正舵角δst分だけ自動的に修正される。即ち、「後輪舵角修正制御」が実行される。
以上、説明したように、本発明の第2実施形態に係る4輪操舵制御装置によれば、「後輪舵角修正制御」による「安定性向上用ヨーモーメント」が発生し、車両安定性が向上する。即ち、「前輪舵角修正制御」による安定性向上用ヨーモーメントに加え、「後輪舵角修正制御」による安定性向上用ヨーモーメントも発生し得、第1実施形態に比して、車両の安定性がより一層向上し得る。
以下、「後輪舵角修正制御」について付言する。一般に、「後輪舵角修正制御」による後輪舵角の修正方向は、「前輪舵角修正制御」による前輪舵角の修正方向と逆になる。例えば、図9A,9Bに示した場合では、「前輪舵角修正制御」による前輪舵角の修正方向が右方向であったのに対し、「後輪舵角修正制御」による後輪舵角の修正方向は左方向となる。
一方、第2実施形態では、上記第1実施形態と同様、後輪基準舵角δrtの決定に際し上述した制御用前輪舵角δfhが使用されているから、上述のごとく、「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が修正された場合において後輪基準舵角δrtが前輪舵角の修正方向と同じ方向に変化することが抑制される。即ち、第2実施形態では、「前輪舵角修正制御」により前輪舵角が修正された場合における後輪基準舵角δrtの変化方向と「後輪舵角修正制御」による後輪舵角の修正方向とが相反しない(し難い)。この結果、「前輪舵角修正制御」による車両安定性向上効果が維持され得ることに加え、「後輪舵角修正制御」による車両安定性向上効果も十分に発揮され得る。
本発明は上記第1、第2実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第1、第2実施形態においては、操舵ギヤ比演算部A11は、第1操舵ギヤ比SGf1と、第2操舵ギヤ比SGf2と、上記(1)式(SGf=SGf1+SGf2)とに基づいて操舵ギヤ比SGfを求めているが、運動状態量偏差演算部A23により求められる運動状態量偏差ΔVm_usと、図15に示したテーブルとに基づいて第3操舵ギヤ比SGf3を更に決定し、下記(9)式に基づいて操舵ギヤ比SGfを求めてもよい。
SGf=SGf1+SGf2+SGf3 ・・・(9)
これは、旋回状態がアンダーステアにある場合であって「前輪舵角修正制御」が実行されている間、前輪の転舵方向がステアリングホイール21の中立位置からの回転方向に対応する方向に一致し続けることに基づく。これにより、操舵ギヤ比SGfは、前輪の転舵角(の絶対値)が小さくなる方向に修正される。この場合、目標修正相対角θrel2tは、上記(3)式において第3修正相対角θrel2t_vmusを省略して得られる式に基づいて求めることができる。
また、上記第1、第2実施形態においては、「後輪操舵制御」の同位相制御に関して、前輪の転舵開始に対して後輪の転舵開始を極短期間だけ意図的に遅らせることで旋回初期における車両の旋回特性を向上させる上記「回頭性制御」が実行されてもよい。
この場合、図16に示したように、機能ブロックA9〜A11が追加される。以下、図17を参照しながら、機能ブロックA9〜A11について説明する。時間変化率演算部A9は、前輪の転舵開始時点(図17における時刻t1の直後)における制御用前輪舵角δfhの時間変化率(時間微分値)dδfhを求める。
位相遅れ時間演算部A10は、上記時間変化率dδfhに基づいて位相遅れ時間τph(図17を参照)を求める。位相遅れ時間τphは、例えば、上記時間変化率dδfhが大きいほどより大きい値に設定される。
位相遅れ処理演算部A11は、前輪の転舵開始時点(図17における時刻t1の直後)以降において、目標後輪舵角(後輪基準舵角)δrtを、目標後輪舵角演算部A62により求められる目標後輪舵角(後輪基準舵角)δrsに対して上記位相遅れ時間τphのむだ時間処理を施した値に設定する。
これにより、前輪の転舵開始に対して後輪の同位相方向への転舵開始が位相遅れ時間τphだけ遅れ、この結果、旋回初期における車両の旋回特性が向上する。
また、回頭性制御として、前輪の転舵開始に対して初めの極短期間だけ後輪を逆位相方向に転舵する制御が実行されてもよい。この場合、図18に示したように、機能ブロックA9,A12,A13が追加される。この機能ブロックA9は、図16におけるものと同じである。
以下、図19を参照しながら、機能ブロックA12,A13について説明する。瞬時逆相舵角演算部A12は、前輪の転舵開始時点(図19における時刻t11の直後)における制御用前輪舵角δfhの上記時間変化率dδfhに基づいて、瞬時逆相舵角δrg、及び位相遅れ時間τrg(図19を参照)を求める。瞬時逆相舵角δrg、及び位相遅れ時間τrgは、例えば、上記時間変化率dδfhが大きいほどより大きい値に設定される。
瞬時逆相処理演算部A13は、前輪の転舵開始時点(図19における時刻t11の直後)以降において、目標後輪舵角(後輪基準舵角)δrtを、目標後輪舵角演算部A62により求められる目標後輪舵角(後輪基準舵角)δrsに対して上記位相遅れ時間τrgのむだ時間処理を施した値に設定することに加えて、前輪の転舵開始時点(図19における時刻t11の直後)から位相遅れ時間τrgの間だけ、上記瞬時逆相舵角δrgをピークとする逆位相方向の値に設定する。
これにより、前輪の転舵開始に対して後輪の同位相方向への転舵開始が位相遅れ時間τrgだけ遅れ、且つ前輪の転舵開始に対して初めの位相遅れ時間τrgだけ後輪が逆位相方向に転舵されるから、旋回初期における車両の旋回特性が更に向上する。
以下、「回頭性制御」について付言する。係る回頭性制御を正確に行なうためには、目標後輪舵角(後輪基準舵角)δrtの決定に使用される「前輪舵角」の値は、前輪舵角の実際値に極めて近い値であることが要求される。
ここで、「前輪舵角修正制御」に使用されるモータMTfには応答遅れが不可避的に存在する。即ち、例えば、前輪舵角の制御目標値(具体的には、K・(θsw+θrelt))が急激に変化すると、前輪舵角の実際値が前輪舵角の制御目標値から大きくずれる(遅れる)事態が発生し得る。従って、目標後輪舵角δrtの決定に使用される上記制御用前輪舵角δfhの算出に使用される「前輪舵角」として前輪舵角の制御目標値(=K・(θsw+θrelt))が使用されると、後輪の転舵が早めに開始される等、回頭性制御が正確に行われない場合が発生し得る。
これに対し、上記第1、第2実施形態では、目標後輪舵角δrtの決定に使用される上記制御用前輪舵角δfhの算出に使用される「前輪舵角」として、相対角センサ57の検出値θrelaに基づく実前輪舵角δfa(上記(5)式を参照)が使用される。即ち、前輪舵角の実際値に極めて近い値に維持され得る値が使用されるから、回頭性制御が正確に行われ得る。
また、上記第1、第2実施形態においては、制御用前輪舵角δfhを、上記(6)式(δfh=K・(θsw+θrela−θrel2t))に基づいて求めているが、下記(10)式に基づいて求めてもよい。この場合、制御用前輪舵角δfhは、「前輪舵角の制御目標値から前輪舵角修正制御による修正成分を除いた」値となる。また、制御用前輪舵角δfhを、上記前輪基準舵角(=θsw/SGf)と等しい値に設定してもよい。
δfh=K・(θsw+θrelt−θrel2t)) ・・・(10)
また、上記第1、第2実施形態においては、実前輪舵角δfaを、上記(5)式に従って、相対角センサ57の検出値θrelaを利用して求めているが、前輪舵角を直接検出するセンサ61(図1を参照)を備え、このセンサ61の検出値を利用して実前輪舵角δfaを求めてもよい。
また、上記第1、第2実施形態においては、上記前輪修正舵角(具体的には、上記目標修正相対角θrel2t)の絶対値に制限を設けてもよい。これにより、運転者の積極的なステアリングホイール操作によるカウンタステア操作のオーバーライドの余地を残すことができる。
また、上記第1、第2実施形態においては、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側前後輪FR,RRの前後力FXfr,FXrrの和から左側前後輪FL,RLの前後力FXfl,FXrlの和を減じて得られる値が使用されているが(上記(2)式を参照)、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側前輪FRの前後力FXfrから左側前輪FLの前後力FXflを減じて得られる値が使用されてもよい。前後力差が制動力差である場合、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側前輪FRの制動力から左側前輪FLの制動力を減じて得られる値が使用され得る。前後力差が駆動力差である場合、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側駆動輪の駆動力から左側駆動輪の駆動力を減じて得られる値が使用され得る。
また、上記第1、第2実施形態においては、前輪操舵制御機構20において、ステアリングホイール21と操舵輪FL,FRとが機械的に接続されているが、ステアリングホイール21と操舵輪FL,FRとが機械的に接続されていない所謂ステア・バイ・ワイヤ方式の前輪操舵制御機構(即ち、ステアリングホイール21の回転角度θswを示す電気信号に基づいて前輪操舵制御を行う機構)を備えた車両に対しても、本発明は適用可能である。この場合、操舵操作部材として、ステアリングホイール21に代えて棒状部材(所謂、ジョイスティック)が使用されてもよい。
10…車両の4輪操舵制御装置、20…前輪操舵制御機構、21…ステアリングホイール、22…アッパステアリングシャフト、23…ロアステアリングシャフト、30…後輪操舵制御機構、40…ハイドロリックユニット、51**…車輪速度センサ、52…ステアリングホイール回転角度センサ、57…相対角センサ、58…後輪舵角センサ、60…電子制御装置(ECU)、STRf…ステアリングギヤ比可変機構、STRr…後輪操舵機構、MTf,MTr…モータ