光ビームを偏向させる光学装置をMEMS技術を利用して製造する技術が開発されている。この種の光学装置は、基板と可動ミラーと可撓梁を備えており、可撓梁によって可動ミラーを基板から離反した位置に支持する。可撓梁は変形可能であることから、可動ミラーは基板に対して揺動することができる。この種の光学装置は、可動ミラーの一部を基板に向けて吸引する等によって可動ミラーを揺動させるアクチュエータを備えている。アクチュエータを作動させると、可撓梁が変形し、可動ミラーの一部が基板に向けて接近し、可動ミラーが基板に対して揺動する。
微弱な吸引力で可動ミラーを揺動させるためには、可撓梁を細長くして変形し易くするのが有利である。しかしながら、変形し易い可撓梁を利用すると、例えば光学装置の搬送中の振動によって可動ミラーが基板に密着してしまう現象が生じる。可動ミラーが基板に一旦でも密着すると、その後に剥離することが困難となる。すなわち、光学装置が損傷してしまう。あるいは、アクチュエータによって可動ミラーの一部を基板に向けて吸引すると、可動ミラーが基板に対して揺動するだけでなく、可動ミラーの揺動中心が基板に接近する現象も生じる。可動ミラーの揺動中心が基板に接近すると、小さな揺動角で可動ミラーの一端が基板に当接してしまう。可動ミラーの揺動中心が基板に接近すると、可動ミラーの揺動可能角が小さくなってしまう。変形し易い可撓梁を利用して微弱な吸引力で可動ミラーを揺動させられるようにする一方において、可動ミラーの揺動中心が基板に向けて接近することを防止する必要がある。
可動ミラーの揺動中心が基板に向けて接近することを、沈み込みという。また基板に向けて接近することを、下方に変位するという。変形し易い可撓梁を利用して微弱な吸引力で可動ミラーを揺動させるようにすればするほど、沈み込みを防止する必要性が高まる。
特に静電駆動型の光学装置においては、沈み込みを防止する必要性が高い。静電駆動型の光学装置では、可動ミラーの一部に可動電極を設置し、基板に固定電極を設置する。可動電極と固定電極との間に駆動電圧を印加すると、両電極間に静電気力が作用する。この静電気力によって基板側(可動ミラーの下方側)に向けて可動ミラーの一部を吸引することによって、可動ミラーを揺動させる。静電気力は、可動電極と固定電極との距離が小さいほど大きくなるが、可動電極と固定電極との距離が小さく成り過ぎると、可動ミラーが大きく傾いた場合に可動ミラーに設置された可動電極と基板に設置された固定電極が接近しすぎて、可動ミラーが強く基板側に引き寄せられ、可動ミラーと基板が接触してしまう。この現象をプル・イン(pull-in)と呼ぶ。pull-inが発生することを防ぐために、可動ミラーと基板との距離を十分に確保する必要がある。
静電駆動型の光学装置では、低い駆動電圧で大きな揺動角を得ることが求められている。特に、静電駆動型の光学装置を集積化し、DMD(Digital Micromirror Device)等のミラーアレイとする場合には、集積化した駆動回路で印加可能な低い電圧で可動ミラーを揺動させる必要がある。
可動ミラーの揺動角は、可撓梁の捻り抵抗力と、アクチュエータによる駆動力とが釣り合う位置によって決まるため、可撓梁を細長くし、捻り抵抗力を低減することができれば、少ない駆動力によって大きな揺動角を得ることができる。静電駆動型の光学装置において低い駆動電圧で大きな揺動角を得るためには、可撓梁を十分に細長くして変形し易くすることが有効である。しかしながら、細長く変形し易い可撓梁を用いると、可動ミラーを揺動させる際に可動ミラーの沈み込みが発生し易い状態となってしまう。
可動ミラーに沈み込みが発生し、可動ミラーと基板との距離が小さくなってしまうと、pull-inを防ぐために、可動ミラーの最大揺動角を小さくして可動ミラーと基板との距離を十分に確保せざるを得なくなってしまう。すなわち、低い駆動電圧で大きな揺動角を得るためには、可動ミラーの沈み込みを抑制することが必須である。
可動ミラーの沈み込みを抑制する技術が提案されている。例えば、特許文献1に、光ビームを偏向させる静電駆動型の光学装置500が開示されている。図18に示すように、光学装置500は、下部基板501と、上部基板502と、可動ミラー503と、可動ミラー503の外周に位置するリング部508と、可動ミラー503を揺動可能に支持するトーションスプリング504と、可動ミラー503の中央部に対向する位置において下部基板501に設置された凸部505と、可動ミラー503の中心に対向する位置において凸部505の上面に設置された支点突起506と、下部基板501の上面に設置された下部電極507を備えている。トーションスプリング504は、図18に示す位置に1対設置されており、可動ミラー503とリング部508を接続している。図18に示す1対のトーションスプリング504と垂直な方向(紙面に対して垂直な方向)にさらに1対のトーションスプリング(図示しない)が設置されており、可動ミラー503とリング部508を接続している。下部電極507は、図18に示す位置に1対設置されており、図18に示す1対のトーションスプリング504と垂直な方向(紙面に対して垂直な方向)に、さらに1対の下部電極507が設置されている。合計4箇所に設置された下部電極507の中から選択した単数または複数の下部電極507に電圧を印加することによって、電圧を印加した下部電極507に対向する範囲の可動ミラー503を静電気力で基板側に引き寄せる。これによって、可動ミラー503は揺動し、可動ミラー503に入射する光ビームの反射方向を変化させる。
可動ミラー503は支点突起506と2対のトーションスプリング504によって支持されており、支点突起506を中心に揺動する。可動ミラー503の中心と対向する位置に支点突起506が設置されているため、可動ミラー503が下方へ変位すること(沈み込むこと)を防止することができる。
特開2003−57575号公報
特許文献1の光学装置500では、可動ミラー503が支点突起506を中心に揺動する。支点突起506が、可動ミラー503の中心に対向する位置に正確に設置されていない場合、可動ミラー503の正常動作を阻害する要因となる。例えば、可動ミラー503が揺動する方向によって、同じ駆動トルクに対する揺動角が変わってしまう。支点突起506の設置位置の僅かなずれによって、下部電極507等に電圧を印加して可動ミラー503を揺動させた場合の可動ミラー503の揺動角が変わるために、所望の揺動特性を有する光学装置を安定して供給することが難しい。量産時には、製品ごとに揺動特性が大きくばらつき易い。
そこで本発明では、基板と、可動ミラーと、可動ミラーを基板から離反した位置で揺動可能に支持する可撓梁(変形可能なしなやかさを有する梁)と、可動ミラーを揺動させるアクチュエータと、可撓梁の変位の下限を規制する下限規制部とを備えた光学装置を提供する。
本発明の下限規制部は、可撓梁の下方に位置する範囲の基板上に設置されており、可撓梁の下方から可撓梁に接離可能となっている。可撓梁が可動ミラーに接合する第1接合位置から可撓梁が基板に接合する第2接合位置までの長さをLとした場合に、下限規制部は、第1接合位置からの距離がL/2までの領域内に位置する部分を備えている。アクチュエータによって可動ミラーが揺動する際に、下限規制部が可撓梁に接触した状態で可撓梁が変形可能に構成されている。
本発明の光学装置では、下限規制部が可撓梁の下方に設置されている。可動ミラーが下方へ変位する(沈み込む)場合には、可撓梁が下方に変位する。例えば、アクチュエータによって可動ミラーを揺動させる場合に、可動ミラーが基板に向けて変位する(すなわち可動ミラーが沈み込む)。可動ミラーに沈み込みが発生する場合、可撓梁が撓む。下限規制部によって可撓梁を下方から支持し、可撓梁がそれ以上には下方に変位しないようにすれば、可動ミラーの沈み込みを抑止することができる。
下限規制部は、可撓梁と接離可能に設置されており、可動ミラーに沈み込みが無い場合には、可撓梁と下限規制部が離反している。そのために、可動ミラーの正常動作を阻害しない。可撓梁が下方へ変位し、可撓梁が下限規制部と接触しながら可動ミラーが揺動する場合においても、可動ミラーと比較して細長くて弾性がある可撓梁を支持するため、可撓梁と下限規制部との接触による負荷が可撓梁の弾性によって緩和され、可動ミラーの正常動作を阻害しない。下限規制部の位置のずれに対して可動ミラーの揺動特性がばらつきにくい関係が得られる。
ここで、可動ミラーが揺動するとは、可動ミラーが基板に対して所定の軸の周りに回転して揺れることを指し、可動ミラーが傾斜して停止する動作、および傾斜方向を反転させながら繰り返し揺動する動作を含む。
下限規制部がなければ、可動ミラーが沈み込むことを防止できない。可動ミラーが沈み込むことによって可撓梁が下方へ変位する場合、少なくとも第1接合位置からの距離がL/2までの領域内の可撓梁は、可動ミラーの沈み込みに追従して下方へ変位する。第1接合位置からの距離がL/2までの領域において可撓梁の下方への変位量を下限規制部によって規制すれば、可動ミラーの下方への変位量(沈み込み量)を顕著に規制することができる。
本発明では、可撓梁の短手方向(長手方向と垂直な水平方向)の下限規制部の長さを、可撓梁の短手方向の幅よりも大きくすることが好ましい。光学装置の可動ミラーが水平になるように設置されていない場合に可動ミラーや可撓梁に作用する重力や、光学装置を移動体に搭載した場合に移動体の加速によって光学装置に作用する力の影響によって、可撓梁がその短手方向に変位する場合がある。可撓梁がその短手方向に変化するような場合にも、下限規制部によって確実に可撓梁の下方への変位を規制することができる。量産時に、可撓梁の短手方向における下限規制部の設置位置のマージンを確保することもできる。
また、特許文献1のように、支点突起が可動ミラーの裏面側に配置されていると、製造工程において、支点突起の位置を視覚的に把握することは非常に困難である。可撓梁の短手方向(長手方向と垂直な水平方向)における下限規制部の長さを、可撓梁の短手方向の幅よりも大きくすれば、光学装置を平面視した場合に、下限規制部の位置を容易に確認することができる。可動ミラー上面側から観測することによって下限規制部の位置を確認することができるので、光学装置の量産時に、下限規制部の設置位置や高さ等を容易に検査することができる。
本発明では、下限規制部の上面に可撓梁の下面に沿う凹部を設けたり、あるいは、可撓梁の中心軸に近い側で深く、可撓梁の中心軸から遠い側で浅い傾斜部を設けたりすることができる。凹部や傾斜部によって、可動ミラーが揺動する際に、可撓梁がその短手方向に変位することを効果的に抑制することができる。
また、本発明では、可撓梁に設置された第1導電部と、下限規制部に設置された第2導電部と、第1導電部および第2導電部の間に電圧を印加する手段を付加することもできる。これによって、可撓梁と下限規制部との間に静電気力による引力を作用させ、可撓梁を下限規制部に固定することができる。光学装置の運搬時等における耐衝撃性を向上させることができる。
沈み込みの発生を抑制する目的が、光学装置の運搬時等のためのものである場合、アクチュエータによって可動ミラーを最大に揺動させても下限規制部が可撓梁に接触しないことがある。この場合でも、光学装置の運搬時等には下限規制部が有効に機能し、可動ミラーが沈み込むことを防止できる。
その一方において、下限規制部の位置が、アクチュエータによって可動ミラーが揺動する際に、下限規制部が可撓梁に接触してそれ以上に可動ミラーが沈み込むことを防止した状態で可撓梁がさらに変形する関係が得られる位置に設定されていることが好ましい。
上記の関係が得られていると、下限規制部によってそれ以上の沈み込みを防止しながらアクチュエータによって可動ミラーを揺動させることができる。可動ミラーを大きく揺動させることと可動ミラーが基板に接触するのを防止することの両者を同時に実現することができる。
本発明によれば、可動ミラーの正常動作を阻害することなく、可動ミラーの沈み込みを抑止することができる。
図1は、本実施例の光学装置100を上面から見た平面図である。図2は、図1のII−II線断面図であり、図3は、図1のIII−III線断面図である。図1〜図3に示すように、光学装置100は、下部基板101、下部基板101上に固定された枠状の上部基板102、可動ミラー103、上部基板102と可動ミラー103とを接続する1対の可撓梁104を備えている。図1と図2に示すように、各々の可撓梁104の下方に、下限規制部109が設置されている。下限規制部109は、可撓梁104と可動ミラー103との接合位置(第1接合位置)110と距離Aだけ離れた位置から、可撓梁104と上部基板102の接合位置(第2接合位置)111に向けて延びている。
図2、図3に示すように、上部基板102は、上部基板下層102aに上部基板上層102bが積層されることによって形成されている。可動ミラー103は、可動ミラー下層103a、可動ミラー上層103b、ミラー105が積層されることによって形成されている。上部基板下層102aは、下部基板101の絶縁膜層の上に設置された導電層と、その側面および上面に形成された絶縁膜層とを備えている。上部基板上層102bは、可撓梁104および可動ミラー下層103aと同一の層によって一体に形成されており、導電層からなる可動電極122がその内部に設置され、可動電極122の上下面および側面は絶縁膜層によって被覆されている。可動ミラー上層103bは、可動ミラー下層103aの上面を被覆する絶縁膜層の上面に形成された導電層と、その側面および上面に形成された絶縁膜層とを備えている。下限規制部109は、下部基板101の絶縁膜層の上に設置された導電層と、その側面および上面に形成された絶縁膜層とを備えている。下限規制部109は、可撓梁104と距離Dだけ離反している。
図3に示すように、下部基板101には、固定電極121a、121bが埋め込まれており、2つの固定電極用コンタクトパッド(図示しない)にそれぞれ導通している。可動ミラー103に設置された可動電極122は、可動電極用コンタクトパッド(図示しない)に導通している。固定電極用コンタクトパッドおよび可動電極用コンタクトパッドは、制御装置(図示しない)に接続されている。制御装置は、固定電極121a、121b、可動電極122に印加する電圧を制御する。これによって、例えば、固定電極121aと可動電極122との間に静電気力による引力を作用させ、可動ミラー103を固定電極121a側に引き寄せるように揺動させることができる。
図4は、図1のIV−IV線断面を拡大した図である。尚、可動ミラー下層103a上に積層された可動ミラー上層103bおよびミラー105については、図4においては図示を省略している。図4は、可撓梁104の短手方向(長手方向と垂直な水平方向)に沿った断面図に相当する。図4の下部に矢印で示す可撓梁104の短手方向において、下限規制部109の幅W2は、可撓梁104の幅W1よりも大きくなっている。これによって、光学装置100を上面視した図1において、下限規制部109の設置位置を容易に把握することが可能となる。また、可撓梁104の短手方向における下限規制部109の設置位置のマージンを確保することができる。また、可動ミラー103が揺動することによって、可撓梁104がその短手方向に変位した場合にも、その下方に存在する下限規制部109によって、可撓梁104の下方への変位量を規制することができる。また、図4に示すように、下限規制部109の幅W2は、可撓梁104を挟んで対向する位置にある可動ミラー103の端部間の距離Bよりも小さいため、可動ミラー103と下限規制部109が接触することはない。下限規制部109によって可動ミラー103の揺動が阻害されることはない。
図1および図4に示すように、可動ミラー103の正常動作を阻害しないように、下限規制部109は、可撓梁104の下方に設置されており、可動ミラー103の下面には侵入していない。また、可動ミラー103に沈み込みが無い場合には、可撓梁104と下限規制部109は離反しており、可撓梁104の変形を阻害しないから、可動ミラー103の正常動作は阻害されない。可動ミラー103の沈み込みによって可撓梁104が下方へ変位し、可撓梁104が下限規制部109と接触している場合であっても、可動ミラー103と比較して細長くて弾性のある可撓梁104に対しては、下限規制部109との接触による影響は殆どなく、可動ミラー103の正常動作は阻害されない。
尚、本実施例においては、上記のとおり、下限規制部109の幅W2は可撓梁104の幅W1よりも大きくなっているが、幅W2と幅W1の大きさがほぼ同程度である場合や、幅W2が幅W1よりも小さい場合であっても、可撓梁104の下方への変位量を規制することは可能である。
図5(a)〜(d)は、可動ミラー103の変位によって、可撓梁104がどのように変位するかを説明する図であり、図2と同じ位置での断面図を示している。図5(a)は、可動ミラー103に沈み込みが無い場合を示しており、図5(b)は、可動ミラー103に沈み込みが発生した場合を示しており、図5(c)は可動ミラー103の沈み込みによって、可動ミラー103が下部基板101と接触して固着した状態(スティッキング)を示している。図5(d)は下限規制部109によって沈み込みが抑止される場合を示している。
図5(b)に示すように、可動ミラー103に沈み込みが発生すると、可動ミラー103は平面の状態を維持したまま、可撓梁104が歪曲することによって、可動ミラー103の位置が下方へ変位する。図5(b)に示すように沈み込みが発生すると、図5(a)の場合と比較して、下部基板101と可動ミラー103との距離が小さくなってしまい、可動ミラー103が揺動する際の揺動角の最大値が小さくなってしまう。さらに、沈み込み量が大き過ぎると図5(c)のように、可動ミラー103が下部基板101と接触するまで沈み込み、固着してしまう(スティッキング)。スティッキングが起こった場合、破壊を伴わずに可動ミラー103を下部基板101から離すことは、非常に困難である。
図5(b)に示すように、可撓梁104は、可動ミラー下層103aおよび上部基板上層102bと同一の層によって形成されている。そのため、可撓梁104の歪曲は、可動ミラー103との接合位置である第1接合位置110、上部基板102との接合位置である第2接合位置111、およびこれらの近傍では小さくなっている。第1接合位置110、第2接合位置111、およびこれらの近傍では、可撓梁104は、ほぼ水平な状態を維持している。本実施例のように、下限規制部109を設置すれば、図5(d)に示すように、可撓梁104が下限規制部109によって下方から支持される。これよって、可動ミラー103の沈み込みを抑止することができる。
図6は、図5(b)に示すように可動ミラー103が沈み込んだ場合に、可撓梁104の各部がどの程度変位するかを説明する図である。すなわち、可撓梁104が下限規制部109によって下方から支持されない場合の変位を説明する図であり、第1接合位置110からの距離xと、その位置における可撓梁104の変位yの関係を示している。図6において、可撓梁104と可動ミラー103が接合している第1接合位置110は、距離x=0の位置であり、可撓梁104と上部基板102が接合している第2接合位置111は、距離x=Lの位置である。図6では、第2接合位置111での変位量がゼロとされており、それよりも下方に変位する場合に変位yはマイナスとなる。(0−y)が下方への変位量となる。
図6の縦軸に示す変位y=−t1は、可動ミラー103の変位に等しく、この場合の変位量(沈み込み量)はt1である。可動ミラー103の変位量に対して、可撓梁104の距離xにおける変位yは変化し得るが、これらの関係については、例えば予め試作、実験等を行うことによって知ることができる。
図6に示すように、可撓梁104の下方への変位量は、可動ミラー103側ほど大きく、上部基板102側ほど小さくなっている。x=0〜x1の領域(第1接合位置110の近傍の領域)では、可撓梁104の下方への変位量は、可動ミラー103の沈み込み量t1とほぼ等しい。
x=0〜L/2の領域では、距離xに対する可撓梁104の変位量を示す曲線は下に凸であり、x=L/2は可撓梁104の変位量を示す曲線の変曲点である。x=L/2における可撓梁104の下方への変位yは、y=−t1/2である。x=L/2〜Lの領域では、距離xに対する可撓梁104の変位量を示す曲線は上に凸となり、x=x2〜Lの領域(第2接合位置111の近傍の領域)では、変位量はほぼ0である。第2接合位置111では、可撓梁104の下方への変位量はゼロである。図6より、少なくとも可撓梁の第1接合位置110からの距離がL/2までの領域では、可動ミラー103の沈み込みに追従して、可撓梁104が大きく下方へ変位することがわかる。図1に示す距離Aを0≦A≦L/2に設定すれば、図5(d)に示すように下限規制部109によって可撓梁104の下方への変位が抑止され、可動ミラー103の下方への変位も抑止される。可動ミラー103の沈み込み量t1に対し、第1接合位置110からの距離がAとなる位置での可撓梁104の下方への変位yを調べ、これに応じて下限規制部109の高さを設定し、第1接合位置110からの距離がAとなる位置に設置すれば、可動ミラー103の沈み込み量が所定量以下となるように設計できる。
図6に示すように、x=0〜x1の領域(第1接合位置110の近傍の領域)における可撓梁104の下方への変位量は、可動ミラー103の沈み込み量t1とほぼ同じである。また、この領域内において可撓梁104はほぼ水平の状態となっている。すなわち、図1の距離Aを0≦A≦x1に設定すれば、図2等に示す距離Dが可動ミラー103の沈み込み量t1とほぼ等しくなる。また、光学装置100の製造工程において、下限規制部109を設置する位置(図1に示す第1接合位置110からの距離)のずれが生じた場合であっても、可撓梁104の下方への変位量が大きく変化しない。
下限規制部109の高さおよび設置位置については、例えば、アクチュエータによって可動ミラー103を揺動させることによって可動ミラー103が下部基板101に向けて変位する場合に、下限規制部109が可撓梁104に接触してそれ以上に可動ミラー103が沈み込むことを防止した状態で、可撓梁104がさらに変形する関係が得られるように設計することが好ましい。例えば、本実施例のように静電駆動型のアクチュエータを用いている場合には、プル・イン(pull-in)の発生を防ぐために、静止時の可動ミラー103の下面と下部基板101の上面との距離をHとすると、揺動時の可動ミラー103と下部基板101との最短距離が2H/3以上となる範囲で可動ミラー103が揺動できるように、光学装置100を設計し、制御することが好ましい。そのため、可動ミラー103の沈み込み量がH/3より小さくなるように、下限規制部109の設定位置および高さを設計することが好ましい。この場合は、下限規制部109によってそれ以上の沈み込みを防止しながらアクチュエータによって可動ミラー103を揺動させることができる。可動ミラー103を大きく揺動させることと可動ミラー103が下部基板101に接触するのを防止することの両者を同時に実現することができる。
尚、アクチュエータによって可動ミラー103を最大に揺動させても下限規制部109が可撓梁104に接触しない場合であっても、光学装置100の運搬時等には、下限規制部109が有効に機能する。すなわち、光学装置100の運搬時等に可動ミラー103が沈み込むことを、下限規制部109によって防止できる。
また、本実施例では、1対の可撓梁104によって可動ミラー103が支持されており、各々の可動梁104の下方に下限規制部109が設置されている。このため、図5(d)に示すように、沈み込みが発生した場合には、2つの下限規制部109によって、2つの可撓梁104を支持できる。また、図5(d)に示すように、可撓梁104の下面を下限規制部109の上面により支持しており、接触面積がある程度確保できる。MEMS技術を用いた光学装置では、搬送時などに強い衝撃が加わることによって、可撓梁が折れたり、スティッキングが発生したりすることがある。本実施例によれば、可撓梁104と下限規制部109との接触面積がある程度確保されているため、搬送時などに受けた衝撃による負荷を分散することができ、可撓梁の折れやスティッキングが発生しにくい。
上記のとおり、本実施例の光学装置によれば、下限規制部によって可撓梁を下方から支持することによって、可動ミラーの沈み込みを抑止する。下限規制部は、可撓梁と接離可能に設置されており、可動ミラーに沈み込みが無い場合には、可撓梁と下限規制部は離反しているため、可動ミラーの正常動作を阻害しない。可撓梁が下方へ変位し、可撓梁が下限規制部と接触しながら可動ミラーが揺動する場合においても、可動ミラーと比較して細長くて弾性がある可撓梁を支持するため、可撓梁と下限規制部との接触による負荷が可撓梁の弾性によって緩和され、可動ミラーの正常動作を阻害しない。可動ミラーの位置のずれに対して可動ミラーの揺動特性がばらつきにくい。
また、可撓梁の短手方向の下限規制部の長さを可撓梁の短手方向の幅よりも大きくしているため、光学装置の可動ミラーが水平になるように設置されていない場合に可動ミラーや可撓梁に作用する重力や、光学装置を移動体に搭載した場合に移動体の加速によって光学装置に作用する力の影響によって、可撓梁がその短手方向に変位した場合にも、下限規制部によって、確実に可撓梁の下方への変位量を規制することができる。可撓梁の短手方向における下限規制部の設置位置のマージンを確保することができ、所望の揺動特性を有する光学装置を安定して製造することができる。また、可動ミラー上面側から下限規制部の位置を視覚的に確認できるため、製造工程等において下限規制部の設置位置の確認を容易に実施できる。
また、下限規制部によって可動ミラーの沈み込みを抑止することができるため、可動ミラーを支持する可撓梁を従来よりも細長く設計することも可能である。可動ミラーの揺動角は、可撓梁の捻り抵抗力と、アクチュエータによる駆動力とが釣り合う位置によって決まるため、可撓梁を細長くし、捻り抵抗力を低減することができれば、少ない駆動力によって大きな揺動角を得ることができる。特に、静電駆動型のアクチュエータを用いている場合には、他の駆動方式と比較して、可動ミラーの揺動角を大きくすることが難しい。本実施例の光学装置では、可撓梁をより細長く、変形し易いように設計することができるため、静電駆動型のアクチュエータを利用した場合にも、低い駆動電圧で可動ミラーを揺動させることができ、揺動角の最大値を大きくすることができる。静電駆動型アクチュエータを用いた可動ミラーは、可動ミラーの応答性、消費電力、加工性などの観点から、集積化してミラーアレイ構造を形成するのに適している。本実施例の光学装置によれば、可動ミラーの揺動角が大きく、ミラーサイズの大きいミラーアレイ構造の光学装置を提供することもできる。
さらに、本実施例では、可撓梁が下限規制部と接触する際の接触面積をある程度確保することができる。接触面積が大きいため、光学装置が衝撃を受けた場合にも、衝撃による負荷を分散することができ、光学装置の耐衝撃性を向上させることができる。
尚、本実施例においては、図7(a)に示すように、下限規制部109の上面に可撓梁104の下面に沿う凹部131を設けたり、図7(b)に示すように、可撓梁104の中心軸に近い側で深く、中心軸に遠い側で浅い傾斜部132を設けたりすることもできる。可撓梁104がその短手方向に変位した場合には凹部や傾斜部に当たるため、可撓梁104がその短手方向に変位することを抑制することができる。
また、本実施例においては、下限規制部109の内部にポリシリコン等の導電部が充填されており、この導電部を電極として用いることも可能である。下限規制部109内部の電極と導通するコンタクトパッドを形成し、制御装置によって適宜電圧を印加して、例えば、可撓梁104と下限規制部109との間に静電気力による引力を発生させることも可能である。これによって、可撓梁104と下限規制部109とを静電気力(引力)によって固定させることができる。例えば、予め静電気力によって可撓梁104と下限規制部109とを図5(d)に示す状態に固定しておけば、光学装置が衝撃を受けた場合にも、可動ミラー103が動くことを抑制できるため、より効果的に可撓梁の折れやスティッキングの発生を抑制することができる。
次に、光学装置100の下限規制部109の製造方法について、図8〜図17を用いて説明する。尚、光学装置100のその他の構成については、従来用いられている一般的なMEMS技術を用いた光学装置の製造方法を適用することができる。
まず、シリコン基板をエッチングして凹部を設け、ポリシリコン等を充填して、固定電極121を図3に示す位置に形成する。次に、熱酸化を行い、下部基板101の表面に酸化膜を形成する。酸化膜によって表面が被覆された状態の下部基板101を、図4に示す断面で見た図が、図8である。図8の状態の下部基板101に対して、ポリシリコン等を用いて、第1犠牲層301を形成する。図9に示すように、第1犠牲層301には、孔部311が2箇所に設置されている。2つの孔部311の距離W3は、下限規制部109の幅W2に応じて設計する。第1犠牲層の厚さは、下限規制部109の高さに応じて設計する。次に、熱酸化を行い、図10に示すように、孔部311を含む第1犠牲層301の表面に酸化膜302を形成する。次に、図11に示すように、RIE(Reactive Ion Etching)等によって酸化膜302にドライエッチングを行い、図11に示すように、第1犠牲層301上面の酸化膜302を、2つの孔部311の幅W3と同程度の幅だけ残して取り除く。
次に、図12に示すように、第1犠牲層301および酸化膜302の上層に、ポリシリコン等を用いて第2犠牲層303を形成する。図12に示す第2犠牲層303と接する酸化膜302の上表面と、第2犠牲層303の上表面との距離dは、図4に示す可撓梁104の下表面と下限規制部109の上表面との距離Dに応じて設計する。次に、熱酸化を行い、図13に示すように、第2犠牲層303の表面に酸化膜304を形成する。
次に、ポリシリコン等によって、図14に示すように、可動電極層305a、305bを形成する。可動電極層305a、305bは、図14に示す断面とは別の面において、接合されている。図14において、中央部の可動電極層305aの幅W4は、図4に示す可撓梁104の幅W1に応じて設計される。また、両側の可動電極層305b間の距離bは、図4に示す可動ミラー下層103a間の距離Bに応じて設計される。
次に、熱酸化を行い、図15に示すように、可動電極層305a、305b等の表面に酸化膜306を形成する。さらに、RIE等によって酸化膜306にドライエッチングを行い、図16に示すように、可動電極層305a、305bの表面を被覆する以外の酸化膜304および306を除去する。図16に示す可動電極層305aと、その表面を被覆する酸化膜304、306は、図4における可撓梁104となる。可動電極層305bと、その表面を被覆する酸化膜304、306は、図4における可動ミラー下層103aとなる。可動ミラー下層103aとなる層の上層に、さらに可動ミラー上層103bおよびミラー105を形成した後、第1犠牲層301および第2犠牲層303をXeF2ガスによる気相等方性エッチング等によって除去すると、図17の状態となる。尚、図17では、可動ミラー上層103bおよびミラー105となる層については図示を省略している。図17に示すように、酸化膜302等によって囲まれている部分は除去されず残る。例えば、第1犠牲層301のうち、孔部311の間にある層は、酸化膜302等によって囲まれているので、除去されず、下限規制部109の内部の導電部となる。これによって、図4等に示すように、下限規制部109、可撓梁104等を形成することが可能である。
尚、図7(a)(b)に示す凹部131や傾斜部132は、下限規制部109の製造工程において、エッチングを行うことによって形成することができる。例えば、図9の状態で、下限規制部109となる層(第1犠牲層301の2つの孔部311間の部分)の上面に、等方性エッチングを行うことで、図7(a)のような断面が半円状の凹部131を設けることができる。傾斜部132は、例えば、下限規制部109となる層の上面がシリコン結晶の(100)結晶面となるようにし、KOH溶液などを用いて{111}結晶面に対する異方性エッチングを行うことで形成できる。これによって、図7(b)に示す角度αが約54°となる傾斜部132を得ることができる。
上記のように、本実施例の光学装置は、一般的なMEMS製造技術を応用して製造することが可能である。従来の製造工程を大幅に変更する必要がないため、製造工程での手間やコスト、時間を大幅に増大させることなく製造することが可能である。
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。